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もんもん日記

ここではもんもん博士の日々のエピソードや思いついたことなどを日記でご紹介します。
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平成31年3月26日(火)

 この前の木曜日は、琵琶湖のマンションから車で帰る時に、思わぬ出来事にあった。トンネルを抜けて五条通に行く道をすぐに左折して馬町の方向に行く。京女(京都女子学園)の近くを通って東大路七条に出る近道である。実は、いつものようにトンネルを出てから左折して走っていたら、警察がスピード違反の取り締まりをやっていた。この道はいつもスピードを出す。しかし、左折する車も多く1車線なので、結果的にそれほどスピードは出ないことも多い。
 この日は違った。前の車がスピードを出して走っていたので、私も同じようにスピードを出していた。結局、前の車も私の車も捕まった。21kmのスピードオーバーである。点数は2点で、罰金は1万5千円であった。免停に即ならなかっただけでもよかった。私は若い頃と違って、大阪の池田の母親の所に行くときでも、今は安全運転である。現在はゴールドの免許を持っている。数年前にも思わぬ所で、これもスピード違反で捕まっている。今回はいつもスピードを出している所だったので、仕方ないと思った。こんな所で取り締まりをしているとはまったく知らなかった。反対車線のトンネルにはいる手前の所で取り締まりをしているのはよく見かけていた。
 この日の夕方に、車の修理に行った。事故で傷がついた所の修理だけではなく、少し傷がついているドアの部分の塗装も頼んだ。全部で修理代の見積もりは、32万円近くであった。前回の定期点検の時のギアの修理代などを合わせたら、50万近くかかることになる。今年の9月で,19年目にはいる。最低20年は乗るつもりである。
 それにしても、日本の車は大した故障もなくよく走ると思う。ふだんは京都駅のマンションと往診に行く時ぐらいしか使わない。ハイオク仕様でもあまりガソリン代は気にならなかった。しかし、最近は、休診である木曜と日曜に医院まで出てきて、2〜3時間仕事をしたら、また琵琶湖のマンションに戻ることも多くなった。そうすると、リッター6kmぐらいしか走らないので、早くガソリンがなくなる。それでも、ガソリン代は月1万5千円ぐらいなので、クラシックカーになるぐらい乗り続けてもいい。修理が終わる4月の始めまでは、車なしの生活である。交通機関を使ったり、歩いたりしていると、今まで見えてこなかった風景も見えてくる。これはこれでよかった。
 ゴールデンウィークは長い休暇を取るので、患者さんにはブラジルに行くと話している。前にも書いているように、65歳にもなると、すべてのことに枕言葉がつく。何かと言うと、「死ぬ前に」である。75歳を超えた患者さんは、1人だけではなく、「もう無理だけど」と前置きして、「私も死ぬ前に、行きたかった所がある」と言ってくれる。80歳を超えて、車イスに乗ってピラミッドを見に行っても仕方ない。50代ぐらいの人は、わざわざ「死ぬ前に」という枕言葉をつけなくても、まだまだチャンスはいくらでもある。海外旅行には興味がないと言う人もいる。人それぞれ趣味は異なるので、みんなにあてはまるわけではない。韓国や台湾、ハワイぐらいならまだ70歳を超えても行けるかもしれない。しかし、年齢的にリミットとなる国もある。
 私は団体旅行が嫌いなので、1人で行くことになる。ますます年齢制限が加わることになる。実は、まだブラジルの電子観光ビザが取れていない。用意するのは、写真とパスポートのコピーぐらいである。ところが、写真の背景は白色でないといけない。パスポートの写真の背景はうす青色であった。以前に医院で撮った写真を使うつもりであった。背景は白っぽいが白色とはいかない。昔はカンボジアのビザを取るときには、プリクラの写真でもよかった。しかし、ブラジルは写真については事細かく指定している。アゴから髪の上まで、写真の50〜69%に収まるようにして、目から下までは50〜69%以内である。画像の大きさもうるさい。
 背景の白は、ソフトを使って自動で切り抜いて作るつもりであった。ところが、フリーソフトを調べても、ふだん使っていないので、面倒臭そうである。仕方ないので、ペイントを使って、背景を白色で塗りつぶしていった。マウスを使っての作業なので、髪の毛と接する部分の塗りつぶしが難しい。拡大して作業しても、少し不自然な部分が残る。とりあえず、今回はこれで申請してみようと思う。もう1ヶ月前なので、明日には何とかやっておこうと思う。今年の6月からは観光ビザはいらなくなるようである。入国ビザだけは取らないと、ホテルの予約や現地ツアーも予約しにくい。治安はあまりよくないので、患者さんには連休明けに、「現在人質中で休診」という張り紙を出しているかもしれないと冗談半分で言っている。
 相変わらず、診断書などの書類を書く仕事が多い。たまたま障害者手帳の診断書を新規に書いた患者さんの保護者から何回もしつこく抗議の電話があった。私が書いた内容に、不満があったようである。あちこち行政機関を巻き込んで、書き直せと言ってくる。ある程度予測していたことである。今回のことは、実は障害者手帳の診断書でも、障害年金の診断書でも、本質的に重大な問題が隠されていることを明らかにしてくれる。
 少し前に、ある統合失調症の患者さんの障害年金の診断書を新規で書いた。この患者さんはあまり病識がなく、両親に暴力を振るったりしていた。大きな音で音楽を鳴らしたり、近所迷惑にもなっていた。私の医院には毎回1人で受診していた。どうもないですと言い、薬を減らして欲しいといつも訴えていた。こういう場合は、医者としての対応は難しい。説得して言うことをきく患者さんならいい。ある程度患者さんの要求に応じないと、それこそ薬を勝手に調整して飲まなくなる。
 障害年金の診断書に、家族に暴力をふるっていることなどは書かなければならない。しかし、家族ではなく、その診断書を患者さんが年金事務所に持って行くとなった場合は大変なことになる。診断書の内容を読んで、「先生にこんなことを言っているのか」と、また暴力をふるう可能性も大である。幸い、この時には内容を読まずに、そのまま提出したようである。骨折や事故などの診断書とは違い、精神科の診断書は患者さんや家族にとって不都合な内容も書かなければならない。そこを隠して書いたら、本来の障害の重さや背景が診断書に反映しないことになる。
 実は、前から書きたいことが山ほどあったことを少し書く。最近になって日米地位協定が新聞でも取り上げられるようになった。少し前の池上彰のTVでも、「富士山の上は誰のもの?」と放送していた。私は前から書いているように、憲法改正派である。ただ、安倍首相が唱えていたような、教育勅語の復活みたいなことは大反対である。日本会議のような右翼と深く結びついた安倍首相のもとでの改憲は危険である。沖縄の基地問題や、北方領土返還の妨げとなっている日米地位協定については、まだ国民の前には明らかにされていない。どこまでどういう風になっているのかわからないと、安易に改憲賛成とは言えなくなる。ただ、現在の屈辱的な日米関係については、我慢がならない。
 実は、百田尚樹「今こそ、韓国に誤ろう」(飛鳥新社)を今週読んだところである。中身があまりないので、あっという間に読み終えてしまった。書店に行くと、この本に新しい内容を追加をした文庫本が並んでいる。また、別の機会に詳しく紹介しようと思う。読んだ印象は、こんなヘイト本が出版されていいのかである。別に韓国だけではなく、他国の悪口をヘイト以上の侮辱した書き方をしたら、どの国民も怒るだろう。前回の日記で黒人差別のことを書いた。黒人は汚らしく不潔で、残飯のようなものを食べ、能力に劣り、家畜同然であったなどと延々と悪口を書いているような内容である。今は、百田尚樹「日本国紀」(幻冬舎)もベストセラーになっているようである。
 たまたま新聞を読んでいたら、直樹孝次郎のことが出ていた。私はこの記事を読むまでまったく知らなかった。この中で、「天皇の地位は違う豪族が何度も交代で取得した。万世一系は事実ではない」と主張していた。ところが、87年1月には皇居の「歌会始の議」で、天皇陛下に特別に招かれて歌を披露する召人に選ばれた。この人の「日本神話と古代国家」(講談社学術文庫)をアマゾンで早速注文して読み出した。本の出版は1990年である。私は天皇の名前はあまり知らないので、専門的になりすぎるとついていけなくなる。
 それでも、最初から説得力のある内容が書かれている。天武天皇は、天皇による国家統治に役立つものとして歴史書(古事記や日本書紀)を作ろうとしたのである。天皇には日本を支配する正当な理由があるということの説明が、帝紀・旧辞編集の目的であり、自分たちの都合のいいように書き改められた。「記・紀」が信用ができないなら、何によって古代の歴史を考えるかである。このあたりのことも、興味深い。大和朝廷の最初に実在したと思われる崇神天皇の前に、神武天皇をはじめとする9人の天皇がいたという「記・紀」が信用できない理由も具体的に実証的に説明している。他にも、興味深いことがたくさん書いてある。現在の神武稜は、中世期以来所在不明になっていたものを、幕末に幕府と朝廷が定めたものがもとになっているという。まだ、最初の2章ぐらいしか読んでいないが、本の内容は濃い。
 別の日に新聞に出ていた記事である。京都大学人文科学研究所の共同研究である。論集「近代天皇制と社会」(思文閣出版)として出版された。7884円もする。その内容の一部が紹介されていた。その中で、皇族で歴史学者の三笠宮崇人親王の「史学会発言」が取り上げられている。古事記、日本書紀は神話であり、皇室の信仰に過ぎず事実ではないとして紀元節復興反対の運動を呼びかけた。他にも、「倭の五王の1つの王墓でしかない大山古墳を『仁徳天皇陵古墳』として世界遺産登録を目指したり、神武東征のルートを日本遺産に登録しようとしたりする動きがひろまっていること」について危険だと批判している。私の手元には、2007年に発売された中野生志「万世一系のまぼろし」(朝日新書)がある。今回は読んでいる暇がなかった。
 さて、百田尚樹「日本国紀」(幻冬舎)はまだ読んでいないが、その内容は大体想像がつく。百田は学問の世界を知らず、よくこんな無知で恥知らずの本を書けると思う。私は学歴偏重主義ではない。東大、京大を卒業したからと言って、必ずしもみんな優秀なわけではない。しかし、東大、京大の上澄み部分は私なんて足下にも及ばないぐらいとんでもない人たちが集まっている。そういう人たちが、超人的な努力で各分野の研究をしているのである。素人がこんな本を書く前に、日本書紀の一流研究者の所に行って、教えを請うたらいい。「宋書倭国伝」「上宮聖徳法王帝説」などを原文で読めなかったら、誰も相手にしてくれない。学者と呼べない右翼の人たちの話を聞いて、一体何が書けるというのか。三流の人は三流の人に教えを請う。一流の学者は、百田の著書をトイレの落書き以下ぐらいしか思っていない。見向きもしてくれない。私ぐらいの人間が、実際に読んで批判をするぐらいである。たまたま、小和田哲男「見るだけ日本史年表」(宝島社)を読んでいたら、最近の研究では聖徳太子も実際には存在しなかったようである。

ベランダ ・この写真は、私のマンションのベランダから、24日(日)に撮った。前日の土曜日は、車を修理に出しているので、初めてJRを使った。日曜日に、4年に1度のガスの点検があったからである。私の医院から京阪・JR東福寺駅は歩いて8分ぐらいである。JRおでかけネットで検索したみたら、東福寺駅から京都駅まで行き、湖西線に乗り換えて全部で20分で大津京駅に着く。車では、よほど混んでいない限り、ドア・トゥ・ドアで30分である。帰りの時間を調べたら、大津京駅から東福寺駅まで最短時間は18分であった。ただ、湖西線から奈良線への乗り換え時間が2分しかないので、本当に間に合うかどうかは疑問であった。
 大津京駅から私のマンションまでは歩いて18分かかる。途中イオンに寄って買い物をしたりしていたら、それほど遠く感じない。もう少し年を取って、雨が降っていたら重い買い物袋を下げて歩くのは辛い。しかし、買い物だけだったら、マンションの近くにフレンドマートがある。
 このマンションは老後を過ごすために買った。高いお金を出して有料老人ホームにはいるぐらいなら、ここでヘルパーさんを頼んだらいい。どうしようもなくなったら、その時はその時である。ベランダから目の前に琵琶湖が見える。琵琶湖もその日、その時によって刻々と表情が変わる。1番きれいなのは、日の出時間である。今は朝6時前ぐらいだと思う。ただ、最近は仕事がない日は遅くまで寝て、仕事がある時には早く出てくるので、日の出は見れていない。

競輪場跡地 ・今年の11月に大津びわこ競輪場跡地に、ブランチ大津京という大型複合施設ができる。私のマンションから161号線を隔ててである。大きな公園も設置される。今は女性はほとんど働きに出ているので、大津の商業地域でもウィークデイは、それほどにぎわっていない。ここも土日は混むだろうと思う。近くにイングリッシュ・ガーデンがある。新たに公園ができることは、老後の生活にとってはいいことである。

平成31年3月19日(火)

 きのうは午後2時から年に1回ある「こころのふれあいネットワーク」の総会が東山区役所であった。久しぶりに、バスに乗って区役所まで行った。私の医院から区役所まで、停留所の待ち時間も含め、ドア・ツー・ドアで20分ぐらいであった。この日は天気がよかったので、大勢の観光客が歩いていた。前から書いているように、私はあちこち海外に出かけている。せっかく京都に来てもらっているので、本当に心からみんな楽しんで帰ってくれたらと思っている。
 この「こころのふれあいネットワーク」ができたのは、平成13年9月(?)だというので、私が開業した時である。まだ若かったので、当時はいろいろとお手伝いはした。私は年を取ったといつも言っているが、会長さんなどはずっと長いことやっている。本当にご苦労様である。今回は、東山医師会の会長も出席していた。前から書いているように、東山医師会は人数の少ない小さな医師会である。子育て中の女医さんには頼みにくようである。その分、医師会の仕事は年を取っても逃げられない。4月からは月に2回介護の審査会がある。帰りもバスに乗って帰ってきた。これから審査会もあるので、どのくらい時間がかかるか知りたかった。まだ本格的な観光シーズンではないので、15分ぐらいで帰れた。紅葉などの観光シーズンになったら、五条坂を通り過ぎるだけでも大変である。
 土曜日は、久しぶりに映画を見に行った。今話題の「グリーンブック」である。1960年代の人種差別が特に強かったディープサウスへの興業に出た黒人ピアニストにイタリア人運転手が付いていく物語である。グリーンブックとは、まだ知らない人のために説明すると、黒人でも宿泊できるホテルの案内である。イタリア人家族のこともよく描かれていた。単純なストーリーもひねりが効いていて、本当によかった。私が小学生の時には、暑い夏になるとシカゴなどの黒人暴動がTVのニュースでよく流されていた。ここでも何回も書いているが、黒人差別について「あの時は仕方なかった」と言い訳する人はいない。
 何が言いたいかというと、日本人による戦前、戦後の朝鮮人差別である。今ヘイトスピーチなどを叫ぶのは、少しオツムの足りないネトウヨぐらいである。しかし、徴用工問題などもあり、嫌韓ムードは収まりそうにない。ベースにあるのは、白人による黒人差別と何ら変わりない。戦後は、在日の人にとって就職差別が長いこと続いていた。東大や京大を卒業しても、どこの大手企業にも就職できなかった。商売も、日本人の仕事を邪魔していけないということで、パチンコ屋や焼き肉屋、廃品回収などが多かった。「朝鮮人、出て行け」と扉に落書きされることも多かった。今でも、長いこと日本に住んでいて、帰化しない人は多い。ここでも紹介した鈴木邦男「天皇陛下の味方です」(バジリコ)に書いてあったように、長いこと差別されてきたからである。まともな就職先がなくて、芸能界に進出したのは、同和関係の人も同じである。暴力団関係も受け入れ先となっていた。
 宅配ビデオは前にも書いたように、けっこう見ている。最近見たのは以前に話題になっていた「スリー・ビルボード」である。映画を毎年100本映画館で見るという患者さんからは、高い評価を得ていた。映画評も悪くなかった。物語はけっこう複雑であった。最初は退屈であったが、段々と話が思わぬ所に展開していく。2時間ぐらいの映画だとわかっていたので、最後の場面ではこのまま終わるなと思った。よくできた映画だとは思うが、もう1つ私のストライク・ゾーンにははいらなかった。バックミュージックのアシド・フォークみたいな曲はよかった。
 さて、この前の続きのカーナビである。写真のようにうまいこと設置できたので、この車は20年は乗ろうと思う。

ホルダー ・これが注文した車に取り付けるタブレットホルダーと吸着ゲルである。カーナビは軽いので、これで応用できそうである。セットで1180円であった。

取り付け ・吸着ゲルマットは強力で、故障したカーナビの液晶の上からぴったりとくっつく。古いカーナビの電源は切ってもらって、このままシガーソケットから電源を取ろうと思う。カーナビの精度は悪くない。しかし、本町通りで一方通行の道を逆走するように表示されたりもした。とりあえず、大体わかったらいいので、しばらく使って行こうと思う。

今週のトピックス 73 (190319)

岩波明「発達障害」 (文春新書)
岩波明「発達障害」 (文春新書)

 精神科医をしていて、発達障害の患者さんについては専門家ではないので、なるべく診察しないようにしてきた。どうしてかというと、将来、障害者手帳や障害年金などの診断書を患者さんから求められたときに、きちんと対応できないからである。他の専門外来できちんと診断がついた患者さんは別である。それぐらい、専門家でないと、確定診断をするのは難しい。特に、成人してからの「自分は発達障害ではないか」という人の診断はよくわからない。最近は、烏丸五条で開業した大学の後輩の先生にお願いするようにしている。
 著者は昭和大学医学部教授である。この本は専門書ではなく、一般向けに書いている。しかし、この程度の知識もない精神科医も多いと思う。この本を読めば読むほど自分は発達障害ではないかと思えてくる。ADHD(注意欠如多動性障害)の知識は一通り持っているつもりであった。あまり関心もなかったので、それほど深い知識もなかった。もともと強迫性格があったので、自閉症スペクトラム障害に近いのかと思っていた。ところが、この本を読んで、幼少期のことなどを思い出すと、むしろ部分的にはADHDの方に近いのではないかと思ったりした。このように、自分のことでさえなかなか診断がつかないのである。
 発達障害ではなく、単なる恐怖症や強迫性障害であったのかもしれない。小学6年生までは、学校の成績が悪ければ父親にぶん殴られて育てられた。家庭環境の影響も大きかったと思う。以前にも書いたように、私の成績が悪いと、父親は殴るだけではなく、自分の感情を抑えきれず、裏庭に咲いていたひまわりを日本刀でバサバサと切り倒して行ったぐらいである。虐待というより、溺愛と過干渉と暴力であった。
 まず、発達障害の定義である。ASD(アスペルガー障害を中心とする自閉症スペクトラム障害)、ADHDなどを漠然と示すことが多い。生まれつきの障害である。ASDは1000人に5人程度で男子に多く、1%弱の出現頻度という最近の報告もある。対人的な相互関係の障害に加え、常道的反復的行動パターンを認める。
 まず、ASDの行動特性を示す仮説である「心の理論」(他人の考えを推察する能力)の障害である。よく用いられるのが、「サリー・アン課題」である。「サリーとアンが、部屋で一緒に遊んでいる」、「サリーはビー玉をカゴの中に入れて出ていく」、「サリーがいない間に、アンがビー玉を自分の箱の中に移す」、「サリーが部屋に戻ってくる」 この時に、「サリーはビー玉を取り出そうと、最初にどこを探しますか?」と質問すると、幼児期や児童期のASDの当事者は「箱」と答える頻度が高い。知的な遅れがないASD患者、思春期以降のASD患者は、この課題をクリアすることも多い。これだけで、自分はASDではないと思った人も多いだろう。
 「自閉」や「引きこもり」は不安や恐怖が原因となっておらず、他者への関心が薄く周囲に対する社会的配慮が足りなく、自分の思ったことをそのまま口にする。特定の事柄に対してこだわりが起こりやすい。「外出の道順」、「物の位置」などで、数字にも固執しやすい。相手の表情や仕草などの非言語的なメッセージを感じとれないことがしばしばある。成人期の発達障害では、性同一性障害などの性別違和を示すケースも珍しくないという。この本に出てきた性別違和の症例では、他にもリストカットや幻聴が生じている。私にはASDと診断するのは無理である。統合失調症としてしまうだろう。実際に診察をしている患者さんの中には、ASDが強く疑われるが、幻聴が生じたので、統合失調症として治療している人も数人いる。
 一般の人は「対人関係が下手で、周囲とうまくいかない人」とか、「空気が読めない」、「人の気持ちがわからない」というだけで、ASDを疑い、病院を受診したりする。著者の所にも、同じ理由で産業医などから紹介されて受診してくる。しかし、診断には必ず「同一性へのこだわり」症状を伴う必要がある。
 この本を読んでいて、これまであまり関心のなかったADHDの方が、勉強になった。小児期においては総人口の5〜10%程度という報告もみられる。成人になると、約3〜5%である。小児期の「多動・衝動性」は大人になると一見改善しているように見えることが多い。しかし、内面の「多動・衝動性」は持続している場合が多いという。特に衝動性は、周囲への攻撃的な言動などで何らかの問題行動を起こすことがある。一般的にADHDの人は人当たりがよく、集団への仲間入りはスムーズなことが多い。しかし、同じ間違いを何回も繰り返し、マルチタスク的な状況でパニックに陥ったり、混乱しやすい。成人において、うつ病、躁うつ病など他の精神疾患が合併することが多い。
 小さな頃は忘れ物が多かったり、迷子になりやすいことはよく知られている。不注意には、「持続性」、周囲の様々な事柄に注意を配分する「分配性」、必要に応じて注意の対象を切り替える「転換性」に問題があることが多い。わかりにくいのは、興味を感じる特定の対象に対しては、むしろ過剰な注意、集中力が向けられることもあることである。好きな事柄には、徹夜しても取り組むケースも多い。デザイナーやイラストレーター、小説家などの仕事において優れた結果を示すことも多いという。
 ここでは「うつ病として治療されていた症例」が載っている。私も、ADHDと診断できないと思う。中には、主診断はADHDと考えられるが、ASD特性もあり、一過性にうつ病が発症したと考えられる症例もある。(とにかくややこしい) この本では、ASDとADHDの共通点と相違点も述べている。「対人関係が苦手な人」や「少し変わったところがあり、周囲から浮いた人」をASDと決めつけやすいが、世の中でASDと言われているケースは、「対人関係が不得手な」ADHDであることが多いという。ASDにみられる社会性の障害を、ADHDの不注意による障害と見なしている場合や、ADHDの衝動性をASDの社会性の未熟さと誤解している場合も多いという。ADHDの他の症例を読んでいても、学業が優秀な人も多い。これも、不注意と相反して理解しにくい。
 ここでは、アスペルガー障害として精神鑑定が出された殺人事件のことも書いている。まず、豊川主婦殺人事件である。事件が起きたのは2000年1月である。17歳の高校生が、近所の住宅街で見知らぬ家にはいり、台所の老女の頭をめがけて、ゲンノウを振り下ろした。殺すことができなかったので、台所の包丁で被害者をメッタ刺しにしている。1回目の精神鑑定で小田晋は人格障害として、完全責任能力があるとした。ところが、弁護側がこの鑑定に反発し、再鑑定を要求した。そして、アルペルガー症候群と結論づけた。本人や友人などの証言から、幼少時から何の兆候も見られず、反復的、常同的行動パターンがまったくみられなかったにもかかわらずである。
 もう1件は、私もよく覚えている佐世保小6殺人事件である。佐世保の公立小学校で、6年生の女子児童が同級生の少女にカッターナイフで切りつけられて殺害された。詳しいことについては、この本を読んでもらうことにする。精神医学的には、広汎性発達障害の可能性が指摘されたが、診断基準を満たすまでの顕著な症状はないと認定された。この事件をきっかけに、「不可解な少年犯罪=アスペルガー症候群によるもの」という見解が広まった。著者によると、この症例もアスペルガー障害ではないという。
 この本で興味深かったのは、ADHD患者の思春期以降の問題として、アルコール・薬物依存の比率が高いことであった。「深川の通り魔事件」では、覚醒剤中毒により幻覚妄想状態になっていた川俣軍司が、近くの主婦とその1歳の長男と3歳の長女を柳刃包丁で刺し殺し、通りがかりの別の女性を刺し殺し、もう1人の通行人の腹部を突き刺し、重傷を負わせた。この川俣軍司がADHDであったという。私も、これからはADHDを頭に置いて、薬物依存の患者さんを診察しなければならない。過剰集中から不適応を起こすADHDの人もよくみられるという。この本の最後には、発達障害を見逃されて、効果のない精神分析を続けてさせられてきた患者さんのことも出てくる。私も気をつけなければならないと思った。

 

平成31年3月12日(火)

 きょうは午後から歯科に行ってきた。歯が中で割れて炎症を起こしていた。この歯は救いようがないので、抜歯してもらった。この後は、インプラントを入れてもらう。入れるのは、5月である。私は目と歯が悪い。髪の毛も薄くなってきた。歯はインプラントの技術ができて、本当に助かっている。目はド近眼で、半径2mぐらいがよく見えるようにコンタクトレンズを調整している。細かい字も大丈夫である。夜間、車を運転するときにはメガネをかける。ふだんはメガネをかけないので、遠くは見えない。もし患者さんなどが私を見かけても、よく見えていないので、気を悪くしないで下さい。
 たまたま、以前他の所で診ていた患者さんからお手紙をいただいた。前回の日記で、厚生年金は23年ぐらいしかかけていないので、ベースは国民年金+αを書いた。この部分が間違いであると、ご指摘をいただいた。私は厚生年金がもらえるのは25年からと勘違いしていた。20年から出るようである。国民年金は以前は25年かけないと、1銭も出なかったのが、改正により10年以上に変わったということである。ご指摘いただいて、本当にありがとうございます。
 実は、私は65歳を超えたのに、びっくりするほど年金は少ない。年収も関係するのか、よくわからない。確か、国立福知山病院と滋賀医大の計4年半分の厚生年金がまだ請求できていない。国立病院などは、途中から母体が変わり、最初はどこに請求したらいいのかわからなかった。なかなか電話が通じず、書類をそろえるのも大変で、結局そのままになっている。今から請求しても手遅れなのか、これもよくわからない。
 年金事務所では、厚生年金のことも相談に乗ってくれるのかもわからないぐらいである。1度、社労士にお金を払って詳しい説明を受けてもいい。ただ、ふだん雑用に追われ、これも延び延びになっている。ちなみに、ここでも何回も書いているように、勤務医の退職金は、勤務先が変わるとぶつ切れになる。同じ国立病院や公的病院に勤務していたら、連続してつながる。神戸の社会保険病院に勤めていたときには、5年分の退職金が支払われた。その後に京都第一赤十字病院ではやめる時に、4年分の退職金が支払われた。日赤では、10年勤めると11ヶ月分の退職金がもらえ、最高は25年勤めて50ヶ月分であった。それ以降は、何年勤めても50ヶ月である。
 ゴールデンウィークの休診については、2ヶ月前に医院に張り出した。2〜3ヶ月に1回ぐらいしか受診しない患者さんもいる。私の医院は最近は新患の人は多くないので、患者さんに迷惑をかけないように、早め早めに対応をするつもりである。ゴールデンウィークはブラジルに1人で行くことは、この日記でも書いた。「地球の歩き方」やネットの案内を見ていたら、観光ビザを取るのが大変である。以前に、ベトナム(だったと思う)の国境を越えて戻るために、大阪の領事館までビザを取りに行ったことがある。
 ブラジル領事館は、近くでは名古屋にしかない。貯金残高証明書などそろえる書類も多い。受付は、朝の9時〜12時までである。その日にビザはもらえず、5日ぐらいしてまた取りに行かなければならない。南米でビザがいるのは、ブラジルぐらいである。木曜日を休診にしているので、なるべく早く書類を整え、名古屋まで行くつもりである。書類に不備があると、また別の日に再申請に行かなければならない。サンパウロまで飛行機を乗り継いで、東京から片道30時間である。郵便では受け付けていないようである。日本からの観光客なんてまったく相手にしていないような対応である。(その後確認したら、去年の1月から電子ビザで取得できるということでした)
 私は、ほとんどTVは見ない。毎週見ているのは、土曜の夜の「新・情報7days」と同じ土曜の夜中に始まる「7つの海を楽しもう!世界サマ〜リゾート」である。すべて録画して、日曜日に見る。世界サマ〜リゾートでは、南アフリカのビーチを紹介していた。治安は悪くはないが、1人歩きは避けるようにと言っていた。最近は、宅配ビデオを借りて、よく見ている。「イコライザー2」は面白かった。この中で、ベルギーではホテルの中までついてきて、部屋を開ける時に襲われる事件が多いと話していた。ブラジルは治安が悪いので、1人歩きは数人の時よりも何十倍も危険度が高くなる。身ぐるみ剥がされて、泣きながら帰ってこないとも限らない。生きて帰れたらいいぐらいのつもりで、楽しんでくるつもりである。
 この前の新・情報7daysでは、厚生労働省などが開いた薬物などの依存症についての啓発イベントに清原和博が出ていた。3年前に覚醒剤で逮捕されている。この時の映像で、司会者がちらっと出てきた。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の松本俊彦薬物依存研究部部長である。ここでも何回も書いているように、私が日本で初めて報告した覚醒剤のあぶり症例をその後たくさん集めて、博士号を取得している。以前の講演会では、タバコがやめられないと話していた。京都新聞を読んでいたら、岩倉にある精神科病院が断酒会の40周年記念をやると書いてあった。覚醒剤やアル中の患者さんを診るのは、本当に大変である。私は年のせいにして、今はアルコールや薬物依存の患者さんの本格的な治療からは逃げている。
 最近、覚醒剤を長いことやっていて、激しい幻聴が治らないと訴えていた患者さんが別の件で警察に逮捕された。留置されて取り調べを受けている時には、警察署に薬は持ち込めない。新たに、国費で医療機関に出してもらうことになる。当初、同じ薬を1ヶ月出した。ところが、2回目に警察が薬を取りに来たときに、1日3回の薬は夜しか飲んでいないので、余っていると言われた。どう言うことかというと、毎回診察で、幻聴が止まらなくて苦しいと訴え、何とか治そうとあれこれ薬を調整していた。しかし、実際にはきちんと飲んでいなかったことになる。私はいつも合わない薬は無理に飲むことないと言っている。いつでも、薬を変更している。こうなると、患者さんの訴えそのものが怪しくなる。この患者さんは障害者手帳までもらっている。
 正直言って、アルコールや薬物依存の患者さんの中には、箸にも棒にもかからない患者さんが多い。あちこちでトラブルを起こしやすく、うんざりするほど警察や病院からの問い合わせの電話がかかってくる。だから、松本先生をはじめ、第一線で頑張っている先生方には本当に頭が下がる。私の医院には、ダルクや断酒会、AA、NAなどの自助組織にも参加する気のない(過去に参加して挫折した)中途半端な患者さんが多い。こちらが切れそうになることもよくある。現在、児童虐待が問題になっている。すさまじい家庭環境から、男は薬物依存、女は風俗に行く人が多い。児童虐待のなれの果てが、現在の姿なのである。もちろん、例外の人も大勢いる。
 依存とか中毒を考えると、パチンコ依存とかギャンブル依存、ゲーム依存もある。セックス中毒は、男性には無理である。映画「カリギュラ」に出てきたような、美女を大勢も侍らせても、何人とも連続してセックスができるわけではない。若かったら、連続2回ぐらいはできるかもしれない。男性は1回射精したら、しばらくはセックスをする気になれない。勃起もしにくい。その点、女性は違う。男性とは違って、何回でも連続してオーガズム(いわゆるアクメ)を味わうことができる。
 薬物依存もギャンブル依存もゲーム依存も連続して際限のないエクスタシーが味わえる。寝ずにやっていたら、そのうちに体力的な限界がくるだけである。最近は、株や資産運用なども一種のギャンブル依存ではないかと思うようになってきた。一見理論的に資産を増やすことができるようでいて、予測不能なちょっとした出来事で莫大な利益を得たり、損失を被る。特に現在は、先が読めない。ゴーン元会長が逮捕され、莫大な資産が明らかとなった。お金はあの世までは持っていけない。しかし、お金に関しては、灼熱の砂漠で水を求めるように、いくら飲み干しても飲み足らない。これも、一種の依存でお金中毒だと思っている。

事故 ・この車の傷は6日(水)の夜につけた。普通はバンパーなどに傷がつくことが多い。こんな高い位置でえぐられることは滅多にない。どうしたのかというと、スーパーの駐車場に車を停める時に、左に寄りすぎて、隣のユニットと分けている鉄柵にぶつけたのである。翌日はトヨタで、ギヤの取り替えの予定がはいっていた。この料金は13万1千円ぐらいであった。
 車を買い換えるかどうか迷っていた所である。前にも書いたように、目標額に達するまで、定期貯金は崩したくない。小規模企業共済の積立退職金は、もうすぐ950万円に達する。この積立金と定期貯金を合わせたら、後1〜2ヶ月で目標額に達する。しかし、定期貯金だけで目標額に達するにはまだ時間がかかる。新車を買うには、定期貯金の目標額+新車代まで貯まらないと、買えないことになる。
 結局どうしたかというと、この傷は修理してもらい、傷ついたパンパーも取り替えてもらうことにした。修理代は23万1千円である。色はブラックに見えるが、正確にはグリーンブラックである。時間はかかるが、その気になったら、すべての塗装もやり直してもらえるようである。この修理にも1週間ぐらい車を預けなければならない。今では希少価値があるので、修理する以上は20年乗るつもりである。

カーナビ1 ・さて、18年目の車を使い続けるとなったら、カーナビである。もう、更新のDVDは発売されておらず、2年以上前のものである。それだけではなく、カーナビも故障して、点検に出さないと修理の見積もりができないという。点検だけでも、お金がかかる。純正品で、時計の上が開く。
 どうしてここまでこの車にこだわるのかというと、基本的に気に入っているからである。ハンドルも内装もウォールナットが使われている。最近の車では、こういう仕様はほとんどない。1番下にカセットテープのプレイヤーが付いている。収納したカーナビの上に、別のカーナビを取り付けるのは難しそうである。

カーナビ2 ・実はトヨタに相談したら、けんもほろろであった。新しい車に買い換えて欲しいのはわかる。この写真はカーナビを開いた所である。ここに新しいカーナビを取り付けることはできないかと思った。オートバックスに行って相談したら、前の部分の幅が狭いので、この純正品の前に新しいカーナビを置くのは無理だと言われた。
 仕方ないので、アマゾンで調べて、7インチの安いポータブル・カーナビを注文した。中国製かもしれない。12,799円が1,000円の割引クーポンがついて、11,799円であった。取り付け器具も付いていた。電源はシガーソケットからである。

カーナビ3 ・まず、液晶に取り付け器具を貼る。ぴったりとくっつき、かなり強固である。

カーナビ4 ・そして、ポータブル・カーナビを取り付ける。純正品より見やすく、実際に使ってみても、何ひとつ不自由なかった。アマゾンの評価では、星4つであった。
 しかし、私としては、このカーナビをもう使わない純正品の上に直接取り付けたい。液晶の電源は切り、開いたままにしておく。3つめの写真を見たらわかるように、液晶部分は少し窪んでいる。上の両隅にネジみたいに飛び出ている部分もある。当初、マジックテープを使って固定しようかと思った。このネジみたいな部分はヤスリでもかけて平らにしたらいい。窪んだ液晶部分は何か貼ることもできる。もし中で電源が取れるなら、液晶前の樹脂の部分に穴を開けてもらって、コードを出してもらうつもりである。
 いろいろと直接取り付ける方法を考えていたら、たまたまタブレットを取り付ける製品を見つけた。吸着ジェルマットを使う方法で、タブレットを取り付ける器具とジェルがセットになっていて1180円であった。早速楽天で注文した。きょうは間に合わなかった。カーナビも軽いので、たぶん簡単に取り付けることができると思う。飛び出た部分をヤスリで削ったり、窪んだ液晶部分を前に出す必要もなさそうである。

平成31年3月5日(火)

 最近、車のナビの調子が悪い。まったくGPS機能が効かない。ふだんはナビに頼ることはない。池田の母親の所は、何とかナビなしでも行けるようになった。ところが、草津のイオンに行くのは、ナビを使わないと行けない。ナビを見ていても、下の道路に行かず、そのまま間違えて1号線をまっすぐ行ってしまうこともある。行き過ぎて戻るのも大変である。1度、信号を間違えて一車線の陸橋みたいな所を行ってしまった。対向車とすれ違うことができない。車を降りて、一台一台頭を下げて何台もバックしてもらったこともある。土曜日など琵琶湖のマンションに行くときに、たまに気分転換で草津のイオンに寄ることもある。ここにはいっている本屋はそこそこ大きい。シネマやショッピングセンターがあり、いつも混んでいる。
 先週の木曜日は、車の定期検査があった。私の車は去年の9月で18年目にはいっている。ナビのDVDは2年以上前の物で、もう新しい更新のDVDが出ていない。だから、湖西道路を走っていても、地図に載っていない道路を走っている時もある。ナビについては、液晶が壊れているので、修理に出して見積もりを出してもらわないといけないという。また、点検でギヤの取り替えなどが必要ということであった。この取り替えは13万円ちょっとである。そろそろ買い換えてもいい時期である。私の車は18年前に買ったので、カセットテープ用のステレオデッキが付いている。ガソリンもハイオク仕様で、1リットル6kmぐらいしか走らない。
 何のメリットもないようである。しかし、乗り心地がよく、スタイルも好みで、私は気に入っている。最近は、走っている車をあまり見かけることもなくなってきた。希少価値があるかと、自分では勝手に思っている。レクサスISの新車が今年出る予定であった。たまたま本屋でカー雑誌を読んでいたら、レクサスの新車が出たばかりなので、2年ぐらい先になるようである。もっと安い車で、候補の車もある。しかし、なかなか買い換える気になれない。お金はあっても、貯金を崩すことに何となく抵抗があるからである。アマゾンでカーナビを見てみたら、けっこう安くて高性能な製品がたくさん出ていた。オートバックスなどで、余計な配線が目立たないように、新しいカーナビを買って取り付けてもらおうと思っている。最近は、車の小さな傷などもトヨタで直してくれるようである。
 さて、京都駅のキャンパスプラザ前のマンションにはいっていたチラシである。同じマンションの10階の物件が売りに出されていた。値段は6000万円であった。私のマンションは最上階の11階である。実際にこの値段で売れるかどうかは別にして、もっと高い値段になるだろう。この中古のマンションを買った時には、マンション不況の時で、3千300万か400万円であった。不動産をやっている患者さんに聞いたら、買った時の値段と売った時の値段の差額の2割が税金として取られるという。私が死んで、子どもが相続する時の評価額はびっくりするほど安くなる。この部屋はふだんはほとんど使っていない。昔は、京都駅裏のイオンモールに夜遅く映画を見に行くのには便利であった。最近は子どもがごくまれに使うぐらいである。本やLPレコードなどが置いてある。今が売り時かもしれない。しかし、将来子どもが使うかもしれないので、そのまま置いてある。
 気に入っているのは、琵琶湖のマンションである。最上階の角部屋を現金で買った。土日は、自立支援医療用の診断書などもここで書いている。医院から車で30分で行ける。目の前に琵琶湖が広がっているので、気持ちがいい。今年の11月には、すぐそばの161号線向かいの琵琶湖競輪場跡に、ブランチ大津京ができる。大型商業施設と公園である。すぐ近くの柳が崎にも、もうすぐ新しいマンションが建つ。最上階は私と同じ階である。しかし、値段は1千万円以上も高い。老後は、ここですごそうと思っている。自宅で開業している人の中には、ふだん近所の患者さんに気を遣ってリラックスできないという人もいる。誰も知らない所でゆっくりするのは、ストレスの解消になる。
 マンションを2つ持っていると、女性でも囲っているのではないかと疑われる。しかし、私は40年近く精神科医をしているので、男女のトラブルはうんざりするほど見てきている。関係がこじれた時に、マンションを持って逃げるわけにはいかない。だから、女性は入れない。今はお金で解決することはお金で解決したらいいと思っている。男女関係においては、ただより高いものはない。しかし、風俗嬢などを部屋に呼び込んで、変な噂が立つのもいやである。「あなたのお父さん、とっかえひっかえ女の人を連れ込んでいた」と言われたら、子どもたちも使うのをためらうだろう。もちろん、そんなことは気にしないという人もいる。私は、せいぜい宅配便のアダルト・ビデオを見るぐらいである。
 ふだん食事は外食することもあるが、自炊することも多い。特に昼食は、ほとんど簡単な自炊である。冬は寒いので、医院に泊まる時には1歩も外に出ないこともある。ふだんの生活は海外旅行を除いたら、質素である。もともと飲みにも出ないので、普通のサラリーマンが飲みに出て4〜5千円使うというと、びっくりする。何件かハシゴをして、1万円を超えるのも信じられない。ケチとは違って、普通の人と同じように無駄な物にはお金を使わず、節約する癖がついてしまった。しかし、使う時には使う。
 私は48歳の誕生日前に開業した。だから、厚生年金は23年ぐらいしかかけていない。厚生年金がもらえるのは25年からである。だから、ベースは厚生年金ではなく、国民年金+アルファである。年金の額はびっくりするほど安い。(この部分はまちがっていました。12日の日記で訂正しています) ここでも何回も書いているが、バブルの時に買った家を43歳の時に売り、4千万以上損をしている。手元に残ったのは、親から借りていた頭金のマイナス500万円であった。すなわち43歳で一文無しではなく、借金が500万円残ったのである。そこから出発して、現在の財産となっている。あのまま京都第一赤十字病院の部長を続けていたら、私立医学部に行っている息子の授業料も出せなかっただろう。私の場合は、開業して多額の報酬がはいった。他の先生たちがどのくらい稼いでいるのかよくわからない。中には、大きなビルを建てている人もいる。
 70歳を超えたら、相手してくれる人も少なくなってくる。だから、70歳を超えて、80歳過ぎまで開業を続けることはいいことだと思う。そのときの体力に応じて、週3回でも4回でも診察日数を調整することができる。しかし、年齢がきたら、診察室で診察ぐらいはできても、あちこち世界を飛び回るのは困難となってくる。だから、個人的には元気な今の内に海外で1年でも2年でも住んでみたいと思う。もちろん、そんなことをしたら、医院を再開しても誰も来てくれなくなる。夢のまた夢であるが、息子が大学を卒業したら、海の見える物価の安い国で、昼間からビールを飲み、のんびりと過ごしたい。まだ行ったことはないが、狙いは南米である。

 

平成31年2月26日(火)

 この前の土曜日は、毎年恒例の医療法人が開催している懇話会に出席した。いつもここの病院には、外来患者さんの入院についてお世話になっている。最初に、去年京都府精神保健福祉総合センター所長になった女医先生が、センターのデイ・ケアで取り組んでいる「発達障害専門プログラム」について講演をしてくれた。話を聞いていて、けっこう大変だと思った。対象は、主に自閉症スペクトラム障害(ASD)である。病気の判定はしていないということであった。大人になってからASDではないかという患者さんの判定は、本当に難しい。私が専門的な教育を受けてこなかったこともある。ただ、40年近く精神科の臨床をやってきている。きちんと両親から幼少期のことを詳しく聞かず、心理検査だけでどうして判定できるのかと思う。
 講演の後はテーブルを囲んで、懇親会である。今年のゴールデンウィークの過ごし方などを聞いたりした。ネットを見ると、海外旅行のツアーがもう売れ切れ続出だという。私は前にも書いたように、1人でブラジルに行く。今回はいつもの旅行と違って、4、5日前に慌ててホテルを予約したりはしない。万全の準備をしていく。たまたま同じテーブルに座っていた女医さん2人と話もできた。2人とも、海外旅行は好きなようである。平成10年卒だったので、まだまだいろいろな所に行けるチャンスはある。私はもう年なので、行ける時に行っておかないと、もう一生行けない。
 日曜日には久しぶりに息子と会った。スマホが壊れたので、買い換えるのに私が一緒について行かなければならなかった。スマホ代は私が出している。2人とも名義は私になっていると思っていた。ヨドバシカメラで待ち合わせをした。ところが、スマホコーナーでいろいろ調べてもらったら、スマホの名義は息子になっていた。係の人がいろいろと説明して、手続きをしてくれた。スマホを買い換えるのに1時間もかかった。
 息子は今年の4月から6回生である。卒業したら、京都の病院で初期研修を受けるという。自宅には帰ってくる。卒業したらスマホ代も含め、全部自分でやれと言っている。ただ、贈与税のかからない年間110万円の生前贈与は卒業したらやろうと思っている。一足先に社会人になっている娘には同じことをしている。卒業したら、これまでの授業料や家賃などがかからなくなる。これだけでも、とんでもない額が余ることになる。先ほどの懇話会でも、他の先生と話をしていたら、結婚年齢の遅い先生もいた。私は当時は超晩婚の38歳で結婚した。息子は1浪しかしていないのに、5月の67歳の誕生日前にやっと卒業である。若い内は子どもも可愛く、イケイケ気分である。しかし、年をとってからが大変である。再婚した人も、年齢の割にまだ子どもさんは幼い。晩婚で私の年齢に達した人は少ないので、実感として今の正直な気持ちを伝えておく。後1年でも、息も絶え絶えである。
 日曜日ときのうは、YouTubeにアップロードする動画を作っていた。テーマは、2月に行ったシキホール島である。まず、この日記で書いたことを印刷した。次に、写真と動画を選び出した。音声の解説は一つ一つテキストで書き、ソフトの合成音で読み上げる。これだけでは、音が不自然となるので、一旦別のソフトでMP3に変換し、また別のソフトでノイズ除去をかける。動画ソフトで、これも一つ一つ動画のカットをしていく。写真や動画に合わせて、音声を乗せていく。けっこう手間暇がかかった。
 前から書いているように、私は昔のプログレのレコードと旅行の動画をYouTubeにアップロードしている。最高はプログレの動画で、視聴者数は4万3千である。次のプログレの動画は2万である。旅行用の動画は、最高がベトナムのニャチャンで1万1千で、同じベトナムのフーコック島が5千近くである。フィリピンのボホール島は最近伸びてきて、2200である。中には、200にも達していない動画もある。今回のシキホール島の動画は、以前と違って高画質でもアップロードできるようになった。興味のある人はフィリピン・シキホール島の1人旅をクリックして下さい。

今週のトピックス 72 (190226)

安田峰俊「さいはての中国」 (小学館新書)
安田峰俊「さいはての中国」 (小学館新書)

 この本はちょこちょこ読んでは、他の本に浮気していた。フィリピンのシキホール島にも持って行ったが、あまり読めなかった。最初は、中国の穴場的な珍しい場所を紹介する本かと思っていた。あちこちの場所のルポになってはいる。しかし、全体を読み通すと、これまでの中国の歴史や現在抱えている問題が浮かび上がってくる。著者は、滋賀県生まれで、現在は立命館大学の客員研究員をしている。中国をメインに取材をおこなっているルポライターである。
 周りからは、日本での中国のイメージが悪いので、中国に取材に行くというと同情されるという。しかし、著者は自分が面白いから、望んで中国に行っていると述べている。私も、中国語ができたら、もっといろいろな所に行きたい。明日から米朝会談がベトナムで行われる。中朝国境の中国側の丹東市が最近よく出てくる。この日記でも何回も書いているように、私は中国語がまったく話せないのに、数年前に1人で行った。もちろん、英語もまったく通じなかった。売春宿やスラムだけではない。盆休みにわざわざこんな所を訪れたのも、何でも見てやろうと思ったからである。
 まず、広東省深セン市の三和地区のネトゲ廃人を紹介している。三和には、製造ラインの短期雇用の単純労働者を常に求めている職業斡旋所がある。消費の実態を伴わないままネット上の娯楽に散在し、破産する若者が後を絶たない。ネトゲ廃人の1日も紹介している。著者は、絶望の中で欲望に負け続ける人々と述べている。出稼ぎ農民の子弟が圧倒的に多く、多くの人が幼少期から親不在の崩壊状態の家庭で育っている。ある若者は「親がおらず、子どもの頃から他人に見下されてきた。でも、ゲームの世界は違う。ちゃんと認められるんだ」と述べている。
 次に広東省広州市である。アフリカ系外国人が極めて多い。国によって住む場所も違ってくる。1番人数が多いのはナイジェリア人である。中国で大量に買い付けた中古衣料品などを本国やガーナなどで売る。最近は物価が高騰し、貿易の利幅も減り、ナイジェリア人の渡航も以前ほど活発ではないという。ナイジェリアでは職がなく、大学を出ても無職で路上暮らしを余儀なくされる若者もいる。そんなナイジェリアにとって中国の広州は手軽に行ける「先進国」である。ナイジェリア国民の83%が中国に好意を示している。
 貿易業などをしているタンザニア人は、アフリカが欧州により植民地化されたことと、過去に同じく欧州の侵略を受けた中国を重ね合わせ、ここまで強く豊かになった中国からアフリカ人が学び取れる部分は多いと述べている。中国は毛沢東体制下で、1950年代〜60年代にアフリカ諸国が次々と独立を果たした際には、いち早く国家承認してきた。中国自身がまだ貧しかった1967年から、アフリカ諸国に巨額の無償借款や国家建設のための資材を提供している。
 タンザニアでは、隣国ザンビアとの間をつなぐタンザン鉄道が建設されている。「中国は過去にアフリカを侵略したことがなく、ただ助けてくれる」と、中国の国家イメージは日本とは違ってすこぶるいい。しかし、アフリカ人コミュニティと中国人社会との摩擦も問題化している。アフリカ人に対する中国人の苦情も書いている。日本人が中国人に対する苦情を言っているのと、あまり変わりない。もちろん、アフリカ人とのカルチャーギャップの方が大きい。少し前までは、路上でマリファナを吸ったり、酔っ払って大騒ぎをしていた。
 著者は陝西省の習近平の父親を讃えた習仲勲陵園も訪れている。習近平へのゴマスリ公園と書かれている。習近平に対する個人崇拝は、地方官僚が政権の意向を過剰に忖度して引き起こした可能性もあると、亡命中の民主活動家が述べている。2015年に人権派弁護士が100人単位で拘束された。習近平自身の意向は「少し脅しておけ」程度だったかもしれない。しかし、末端の幹部は出世の点数稼ぎを目的に、目立った成果を上げようとする。過剰なプロパガンダの蔓延にも、同様の構図がある」という。別の要因としては、社会の決定権を握る人間の多くが文革の主人公だった紅衛兵世代に代替わりした。毛沢東が発明した「文革式」の政治は、中国人民をまとめる上では意外と有用な手法であるという。
 副都心のことについては、平成30年10月23日の今週のトピックスで、近藤大介「未来の中国年表 超高齢大国でこれから起こること」 (講談社現代新書)の中で紹介した。このことについても書いている。よく雑誌などに載っているゴーストタウン(鬼城)のことも書いている。外モンゴルはソ連の衛星国になり、内モンゴルは中国に組み込まれている。内モンゴル自治区は、誰も住んでいない分譲マンションや利用者が誰もいないハコモノが林立する「鬼城」が特に多い地域として知られている。
 中国の歴史は、北方の草原地帯に住む遊牧民族と、南の農耕地帯の漢民族との闘争と同化の歴史であった。この本に出てくるモンゴル人は、民族への帰属意識は持っているが、中国国家の主役(漢人と満州人とモンゴル人が作った)としての自己認識も持っているという。そこが、チベット族やウィグル族との違いとなっている。胡錦濤政権の時代まで、地方官僚はとにかく赴任地を経済発展させたら高く評価された。汚職が蔓延し、野放図な都市開発によって地方官僚に多額のカネが転がり込んだ。内モンゴルは辺境の地だったので、中央の目が届きにくかった。中国1のゴーストタウン・オルドスのことも詳しく書かれている。歴史的には、関東軍は満州国を作り、内モンゴル東部では徳王に傀儡政権の蒙古総合自治政府を作らせた。実権は日本人に握られ、大戦中は日本の政府機関である興亜院の指示のもとで、アヘンばかり作らされていた。
 他にも、大連市にある世界一のラブドール工場やカンボジアへの中国進出、戦時中の中国人慰安婦のことも書いている。最後の章で、著者はカナダのトロントまで行って、香港系カナダ人のジョセフ・ウォンに会っている。ジョセフはトロントで、日本の第二次世界大戦中の戦争犯罪を告発するAE(ALPHAEducation)という組織を結成している。この組織の前身は、尖閣抗議運動団体である。世界的なベストセラーとなった書籍「ザ・レイプ・オブ・南京」の仕掛け人の1人としても知られている。この本の内容については、いろいろと問題のあることはよく知られている。ジョセフの本業は医師である。複数の社会福祉団体の代表を務め、カナダ社会のリーダーの1人となっている。高齢者福祉施設であるイーホン・センターは4000人以上の利用者を擁している。
 ジョセフは「中国であれ韓国であれ日本であれ、ナショナリズムは不幸な結果を招く」と述べ、中国政府からの援助は受けていないという。AEがオンタリオ州の教育行政に食い込み、州議会で南京大虐殺記念日の動議可決を勝ち取ったのも、その「普遍性」が中国系以外のカナダ人からも評価されたことが一因だという。著者は、「南京大虐殺について、被害を大きく見積もった情報ばかり教えるのは問題では?」と質問している。AEが認可したティーチング資料では、東京裁判で認定された、「20万人以上」と書いている。天安門事件の生き残りである中国民主化運動のリーダーも出てくる。過去の日本の中国侵略よりも、現在の中国共産党の人権弾圧をより憂慮する立場である。
 日系人の住民も2つに分かれている。インターネットTVで保守系(ネット右翼系)のチャンネル桜を見ている人もいる。そういう人が慰安婦の連行も南京大虐殺もでっち上げだとカナダで主張すると、歴史修正主義者だと批判されるという。2015年9月にアメリカのサンフランシスコ市議会で開かれた、慰安婦像設置をめぐる公聴会では、こうした右派活動家の日本人が出席者の韓国人元慰安婦に直接「証言は信頼できない」と発言した。どうなったかというと、議場の怒りを買い、逆に満場一致で議決案が採択された事件が起こっている。
 トロントではAEは、普遍的な人道主義の看板を揚げ、クリーンでインテリ受けのいい社会運動を展開している。著者は日本国内でしか通用しないネット右翼やチャンネル桜的な論理をぶつけても、むしろ日本への悪印象を強める結果をもたらしかねないと心配している。AEやトロントの州議には、日本の右翼から大量の抗議メールが届いている。ネトウヨが考えなしに行うメールボム攻撃が、日本の現実の傍証になっているのである。日本の右翼と強く結びついた安倍首相(侵略という定義は定まっていないとか、東京裁判は勝者の裁きなどと国会で発言したり、靖国神社を参拝している)が、実のところ、歴史修正主義者として世界であまり相手にされていないことは推して知るべしである。こんな無能な発言や行動は、国と国との交渉で揚げ足を取られ、ひいては日本の国益を損なうことになる。

 

平成31年2月19日(火)

 最近、土曜日の夜でも日曜日でも、知らない患者さんから問い合わせがある。長いこと通院しているある患者さんから、診療時間が間違って出ていると聞いていた。医療機関を紹介するサイトは山ほどある。そのうちの1つで間違った掲載があったのだろうぐらいで気にもしていなかった。ところが、最近受診した別の患者さんから、グーグルの地図で、間違った診療時間が表示がされていると聞いた。
 早速マップを開いてみると、診療時間が月曜日から日曜日まで10:00〜20:00になっていた。グーグルの案内を見て、土曜の夜や日曜日でも診察していると、勘違いして問い合わせがあるのである。私はグーグルのアカウントは持っている。訂正を試みたが、無理であった。ビジネスオーナーですかという所があり、ここでいろいろ手続きをしなければならないようである。グーグルの地図の掲載は、私の医院が頼んだわけではない。グーグルが勝手に載せているだけである。選択して掲載していたら、マップの意味がなくなる。しかし、私が気づかない間、長期にわたって診療時間の誤掲載を続けていたのである。これは一種の営業妨害ではないかと思う。開業している先生は、1度自分の医院の情報が正しいか、チェックしてみる必要がある。
 確定申告の時期が近づいてきて、いろいろ雑用が多くなっている。まだ、このグーグルの訂正の仕方をしっかりと読んでいない。実は、訂正前にやらなければならない事はまだ山ほどある。去年の6月までにこのホームページで医院の案内をわかりやすく整理するというのも、放置したままである。とりあえず、締め切りのあるものから処理していくだけで精一杯である。この日記も同じである。毎週火曜日に更新しているので、とりあえず今はこの日記を仕上げることが最優先である。木曜日を休診にしたが、結局新しいことは何もできていない。なかなかワンパターン化した人生を変えることは難しい。

ビーチ1 ・前回の続きである。2月9日(土)はガンブガハイ滝に行った後で、サラグドーン・ビーチに行った。トライシクルで案内してもらっている時には、島のどこにあるのかわからなかった。今「地球の歩き方リゾートスタイル」を見ていたら、島の東側にあった。これが私の乗っていたトライシクルである。幹線道路からビーチまではかなりの距離があった。この奥に入っていく。海岸近くにゲートがあり、入場料20ペソ、トライシクル30ペソ、計55ペソ(115円)が必要であった。

ビーチ2 ・ここのビーチは欧米人が比較的多かった。中国人とフィリピン人も同じぐらいいた。

ビーチ3 ・太陽が照らすと、海はブルーに輝いてきれいであった。

ビーチ4 ・大きな岩の上から見た景色である。

ビーチ5 ・このビーチの水はきれいであった。岩の上からの高飛び込み台もあった。

レストラン1 ・ここがビーチのレストランである。昼食時には座る席がないぐらい混んでいた。私は、料理は注文せず、サンミゲール(ビール)の小瓶1本と缶ジュース1本、バナナを2本を買い、全部で190ペソ(400円)であった。

マングローブ ・島のどこら辺になるのかよくわからない。この木みたいなのは、マングローブのようである。朝方は青空が出ていたが、午後からは雲が多くなってきた。他にも、リゾートホテルのビーチにも行ってみた。天気がよくないと、海の色ももうひとつであった。

夕日 ・ホテルには、午後3時半過ぎに戻った。トライシクルのドライバーには、6時間で1300ペソ(2730円)と約束していた。大した額でなかったので、チップを200ペソ加えて1500ペソ(3150円)渡した。前回書いたように、私の泊まったホテルから幹線道路に出るには、1km歩かなければならない。たとえ幹線道路に出ても、あたりには店らしきものは何もなかった。夕食は外で食べたかった。午後6時から3時間600ペソ(1260円)で、同じドライバーに案内してもらうことにした。
 ここはホテルのビーチから見た夕日である。一見きれいに見えるが、海岸は広くなく、日中の海もそれほど澄んではいなかった。

レストラン2 ・ホテルから港に向かって行く途中に、もっと大きなレストランみたい所が何ヶ所かあった。最初案内された時には、地元の人や中国人が多く、あまりこぎれいな感じがしなかった。照明も少し薄暗い感じであった。ここで、イカやエビ、魚、肉などを選んで、料理してもらった。

レストラン3 ・イカ1匹、エビ5尾、サンミゲールの小瓶1本を注文し、全部で300ペソ(630円)であった。地元の人で混んでいる店なので、料理は美味しかった。値段も安かった。もうちょっと、いろいろな物を頼んだらよかった。ドライバーは自分で何か注文して食べていた。
 この後で、港の近くのマッサージ屋に連れて行ってもらった。ふつうの真面目なマッサージである。1時間200ペソ(420円)であった。他にも、娼婦がいるカラオケバーみたいな所にも連れて行ってもらった。私は「何でも見てやろう」なので、スラムでもどこにでも行く。
 トライシクルのドライバーは英語もまともに通じないぐらいである。乗っているトライシクルもあまりきれいでなかった。1枚目の写真のトライシクルがやっと通れるぐらいの真っ暗闇の山道を走り続けた。途中、それこそ、藪の中の道らしき道のない所に入って行く。こんな先にカラオケバーがあるなんて考えられない。一瞬、仲間が待ち伏せしていて、襲われるのではないかと思ったぐらいである。それぐらい人家の明かりも何も見えないでこぼこの獣道みたいな所を長い時間走り続けた。
 やっと掘っ立て小屋みたいな所の明かりが見えた。オープンエアーのテーブルには地元の数人の男が座っていた。古い小さなブラウン管TVの歌詞を見ながら、マイクを使って大声で歌っていた。確かに、これぐらい山奥に入ったら、近所迷惑にはならないだろう。女の人が近づいてきて、どこのホテルに泊まっているか聞いてきた。もうちょっと魅力的な人だったら、ここでビールを飲みながら少し話をしてもよかった。
 何回も書いているように、私は病気嫌いなので、マニラのLAカフェでもバンコクのテルメでもお持ち帰りをしたことはない。女の子相手に安くビールを飲めるので、利用するぐらいである。正月にタイのクード島に行った時に、久しぶりにテルメに顔を出したら、女の人のレベルがびっくりするほど上がっていた。マニラのLAカフェがますますおばさん化しているのとは対照的である。それでも、昔と違って酒を飲みながら娼婦(セミプロ?)を相手に話をするのも飽きてしまった。
 結局、すぐにまた来た道を戻ってきた。ドライバーがダンスをする所があると言ってきたが、少し疲れたので行くのはやめた。結局、ホテルに戻ったのは、夜10時頃であった。チップを含め、700ペソ(1470円)渡した。

ホテル ・10日(日)の朝である。私の部屋の中から見た風景である。ガラス戸は、外からは鏡のように反射して中は見えない。この日の午後4時前の飛行機でドゥマゲッティの空港からマニラに帰る。最初の予定は、レンタルバイクを借りて午前中は島を巡ることであった。ところが、前回書いたように、運転免許がなければバイクは借りることができない。
 ホテルの受付けに船の出る時刻を聞いたら、午前10時発がいいと言われていた。前日のドライバーに8時半に迎えにくるように頼んでいたら、別の人が来た。この人は英語がペラペラであった。港まで来た時と同じ300バーツ(630円)で送ってもらった。途中、道端で手を挙げる人が何人かいた。トライシクルがジプニー代わりに、地元の人の交通手段として利用されていた。
 今回泊まったホテルを利用して思ったことは、もっと大きなリゾートホテルに泊まるか、港近くのホテルに泊まるのがいい。港近くは、トライシクルも多く、マッサージ店もあり、スーパーもあった。何かと便利である。

船 ・港には9時頃に着いた。チケットを買ったら、9時出発で140ペソ(295円)であった。来た時には200ペソだったので、船によって値段が違う。時間が間に合うのかと思ったら、15分ほど遅れて出発した。乗客はほとんど中国人観光客か地元の人であった。乗船時間は1時間15分ぐらいであった。来た時よりも15分ほど長く時間がかかった。

港 ・ここがドゥマゲッティの港である。出発時間まで長い時間があったので、海岸沿いに歩いてみた。

案内所 ・ここは港を出た所にあるパネルだけの案内所である。ネグロス島などの見所を紹介している。シキホールに渡らず、ここだけでも充分に楽しめそうである。

海岸1 ・海岸沿いを歩いていたら、ホテルもけっこうあった。日曜日だったので、フリスビーの大会みたいなものもしていた。海岸沿いの道に建っていた像である。道路を隔てて写真を撮ったので、解説は読んでいない。カトリックの布教に関係しているのだろう。おとなしく船に乗っておらず、シュールな手つきが気に入った。

海岸2 ・地元の漁師が海に潜って、網を引き揚げ、網に付いた魚を取っていた。中国人観光客の子どもが興味深そうに覗き込んでいた。どこの国でも、子どもは好奇心旺盛である。このスナップ写真は、撮れそうでいて撮れない。昼食はハンバーガーと缶ジュースを頼んで、220ペソ(462円)であった。別のスタバみたいな店で、カフェラテは130ペソ(273円)であった。
 マニラでは、エルミタに出てロビンソンの日本食レストランで夕食をとった。日曜日だったので、混んでいた。ビールやラーメン、餃子、おつまみなどいろいろ頼んで、925ペソ(1943円)であった。なかなか信じてもらえないかもしれないが、私の最近の旅は清く正しい旅である。もともとセックスをしないので、高級ソープには興味がない。スペシャル・マッサージも長いこと受けていないので(けっこう、見つけるのが難しい)、いつも両替したお金をたくさん余らせて、また旅行に来なければと思ってしまう。 

平成31年2月12日(火)

 この連休は、フィリピンのシキホール島に行っていた。2月7日(木)〜2月11日(月)である。8日(金)と9日(土)は休診にした。正月休みにタイのクード島から返ってきたばかりである。実は、毎年3月の春分の日に南の島に行く。ところが、今年は木曜の休診日に当たる。バリ島などを除いて、今が乾期でベストシーズンである。行ける時に行っておこうと思った。
 マニラで前後の7日と10日に1泊して、シキホール島には2泊した。私は寝泊まりさえできたら、ホテルは安宿でもいい。それでも、最近はあまりけちらず、今回は1万円前後の部屋を選んだ。マニラでは空港に近いエドゥサの老舗のホテルに泊まった。朝食付きで、1泊8500円であった。いつも書いているように、2人で泊まっても同じ値段である。朝食も2人分で、私は1人で泊まったので、2日連続の朝食券が付いていた。
 今回の旅行では、スマホに入れた映画を3本見た。「ユリゴコロ」と「ワンチャンス」と入れたまま長いことみていなかった韓国映画の「悪魔は誰だ」である。「ユリゴコロ」はいつも誰かが借りていて、長いこと見ることができなかった。久しぶりにエグい映画を見たと思った。発達障害と思われる女性の主人公が出てくる。ここまで極端でないにしても、本来の発達障害は生まれつきの脳の機能障害である。音に敏感になるとか、こだわりが強いとかで、簡単に自閉症スペクトル障害にしてしまう現在の精神科医にも疑問を持っている。
 リストカットの女性も出てくる。腕に刃物を当て、血だらけの場面も出てくる。昔は、精神科医としてリストカットをなかなか止めれない自分に対して、責めたり自信をなくしたこともある。しかし、段々とどんな名医でも簡単に治せないことがわかってきた。最近は私も開き直ってきて、なごみ系の一種の癖みたいなもので、少しでも減らせたらいいでしょうぐらいである。生活全体のことに焦点を合わせるようにしている。なかなか面白い映画であった。しかし、偶然の一致や自殺や殺人の手前でかろうじて止めることが多くなると、どうかなあという疑問も生じた。
 「ワンチャンス」はイギリスの労働者階級のことがよく描かれていた。オペラ好きの携帯ショップの店員が、コンクールでオペラを歌って優勝するという物語である。実話に基づいている。それなりに楽しめた。韓国映画は最近レンタルでよく見ている。この「悪魔は誰だ」も面白かった。
 海外に出てばかりいると、暇そうに見える。しかし、前後はけっこう忙しい。書かなければならない書類は、すべて旅行前に書き終えた。旅行前の6日は患者さんが多かった。労働基準監督署から頼まれていた労災の意見書をなかなか書いている暇がなかった。いつもの意見書とは別のものである。外来が終わってから、夜9時過ぎまでかかって、簡単な意見書を書いていた。この日は京都駅のマンションに泊まった。書いた書類は京都駅の郵便局に投函した。
 きのうは京都駅に着いたのは、夜の9時過ぎであった。マンションで着替えをして医院に帰ったのは、夜の10時過ぎである。私は冬でも靴下をはいてスポーツサンダルで出かける。上着の下のシャツも薄着である。上着は空港で預ける。書かなければならない書類が郵便受けに山ほど溜まっていた。シキホール島の1人旅については、以下に写真付きで解説する。

地図 ・フィリピンのシキホール島は赤いマークが付いた所である。上の右側(東側)からボホール島、セブ島、ネグロス島になる。マニラから午後2時前の飛行機に乗り、1時間10分ですぐ横のネグロス島のドゥマゲッティの空港に着く。セブ島からも行けるようである。

空港 ・ここはドゥマゲッティの空港である。ここからトライシクルを使って、港まで行く。最初は150ペソと言われた。マニラで両替して1ペソは約2.1円であった。何とか100ペソ(210円)に値切った。港まで20分弱ぐらいかかった。

港 ・ここからシキホール島行きの船に乗る。値段は200ペソ(420円)で、他に保険料みたいなものを14ペソ取られた。乗客は現地の人と中国人観光客が多かった。トライシクルの運転手に聞いたら、8割が中国人観光客だという。ドゥマゲッティから島を15km南に行くと、ダウィンがある。ここからアポ島に行く観光客が多いらしい。船は1〜2時間に1本ほどしか出ていなかった。ここで50分ぐらい待った。乗船時間は1時間ほどであった。シキホールの港に着いたのは午後6時頃で、あたりはもう薄暗くなっていた。

ホテル1 ・ホテルは島の高級ホテルを予約した。どの辺りが場所的にいいのかわかりにくかった。とりあえず、島の西側の南寄りにあるホテルを選んだ。港には、たくさんのトライシクルが並んでいた。ホテルの名前を言うと、400ペソ(840円)と言われた。こんな島で強気の値段である。ちなみに、マニラでジプニーに乗ると、1回9ペソ(19円)である。マニラでは比較的空港に近いエドゥサのホテルに泊まった。空港からホテルまでタクシーでぼられても120ペソ(252円)である。結局300ペソ(630円)に値切った。
 ホテルまでは、40分ぐらいかかった。島を1周する幹線道路は広かった。幹線道路から細い道に入って、海岸そばまで行く。着いた時は真っ暗だったので、この写真は翌朝撮った。私の泊まった部屋である。左側にもう一部屋ある。ガラス戸が鏡のようになって、部屋の前を写している。部屋の中から外はよく見える。食事なしで、2泊で2万7700円(1泊1万4千円弱)であった。2人で泊まっても、同じ値段である。

ホテル2 ・私の部屋の前の風景である。プールがあって、その向こうに海がある。右側にプールバーもある。海はそれほどきれいでなかった。ホテルの人に聞いたら、幹線道路まで1kmあると言う。途中、夜間は真っ暗な林みたいな所を通り抜けて行かなければならない。幹線道路に出ても、周囲には店らしきものは建っていなかった。港からの途中、所々で大きなレストランが建っていた。ここは独立したリゾートホテルで、食事もここでしなければならなかった。
 船での島巡りみたいなツアーがあるのか聞いてみたら、島巡りのツアーはないという。トライシクルを使った島内の観光はあった。仕方ないので、港からホテルまで案内してくれたトライシクルの運転手に案内を頼んだ。ホテルで頼んだら1500ペソ(3150円)である。300ペソぐらいはホテルの手数料になる。英語もろくにしゃべれないドライバーの方がこちらのペースで案内を頼める。午前9時〜午後3時までの6時間を1300ペソ(2730円)で交渉した。(ちなみに、「地球の歩き方リゾートスタイル」では1000ペソになっていた)

フットスパ1 ・レンタルバイクもあったが、運転免許証がいるという。たぶん、日本の免許証でいいと思う。コピーするのだろう。最初に行ったのは、センチュリー・オールド・バレテ・ツリーである。立派な木が立っている。池みたいな所でフットスパが楽しめる。無料である。

フットスパ2 ・この写真には写っていないが、けっこう大きな魚がやってきて、足をつつく。少し痛いぐらいである。

フットスパ3 ・ここではヤシの実を売っていた。カメラを向けると、人なつっこい笑顔を見せてくれる。ただ、フィリピン人の笑顔に油断していると、いろいろな場面で、ダメもとで法外な値段をふっかけられる時もある。

滝1 ・次に博物館に行ったが、興味がないと言って入館しなかった。教会も洞窟みたいな所ももう興味がない。途中、ガソリンを満タンにしたが、200ペソ(420円)要求された。ここはカンブガハイ滝である。ここでは、トライシクルの駐車場代が20ペソ(42円)取られた。駐車場から滝つぼまで急階段となっている。この滝のガイドが案内してくれると言っても、実際にしてもらったのはこの階段の上り下りに付いてきてもらったぐらいである。「地球の歩き方」には、チップとして100ペソ(210円)渡すように書かれていた。実際に請求されたので、仕方なく渡した。

滝2 ・ターザンロープを使って、ジャンプも楽しめる。(50ペソ) 右上に中国語で書かれた案内がある。私の印象では、シキホール島の観光客は8割が中国人で、1割が欧米人、日本人は皆無であった。

滝3 ・ここからターザンロープを使って、飛び降りる。 

滝4 ・こんな感じである。

滝5 ・ジャンプ台は3つ(4つ?)ぐらいあったと思う。

滝6 ・動画もたくさん撮ってきた。近いうちに、YouTubeにアップロードしようと思う。

滝7 ・私は南の島のいろいろな滝を見てきた。ここは水がきれいで、今まで行った中では1番のベストである。緑も美しかった。

平成31年2月5日(火)

 きょうはいつものように、午後から往診に行ってきた。最近は、これまであった駐車場が閉鎖して、車を止める場所がなくて困っている。土地の値段が高くなっているので、マンションやホテルなどの敷地として売り出されてしまっている。きょうも、かなり離れた場所で、やっと見つけた。いつもは1ヵ所で見つけるのが大変である。きょうは2ヵ所で同じように時間が取られた。
 最近、高齢患者さんの夫婦関係を聞いていて、難しいと思った。たいていの奥さんは、夫が1日中家にいるのを嫌がる。定年退職して、スポーツジムに通っていた夫が、70代半ばになってジムに行くのをやめた。1日中家にいだしたら、奥さんが切れるようになった。みんな言うことは共通している。「私はあなたの家政婦ではない」である。仲のよかった夫婦も難しい。夫はうるさくない。日中はTVを見て、夕食に焼酎を1杯飲んで機嫌良くしていた。ところが、80代も半ばを過ぎてくると、奥さんが買い物に行って毎回食事を作るのが大変になってきた。夫に食事の配食を提案したら、即座に断られたという。自分の身体が弱ってきて、家事を続けるのも辛いのに、(悪気があるわけでないが)理解しようとしない。
 時々、サラリーマンがTVで、嫁さんからもらう小遣いは3万円などと話している。子どもが小さい頃はこれでいいのかもしれない。しかし、これからはサイフも貯金もすべて奥さんに預けるのは危険である。時々、すべて奥さんに預けていたら、離婚の時に、お金は一銭も残っていなかったという夫もいる。理想的には、2人で共稼ぎして、それぞれが自分のサイフを握ることである。家賃や食費は分担し、誰がいくら出すと決めておくことである。ただ、それぞれが経済的に独立できると、必要以上に我慢することもないので、離婚の危機も高まる。
 子どもが欲しいということでなければ、お互いに会いたいときに会って、無理に結婚する必要もないかもしれない。若い男性の中には、どうして婚姻期間中に稼いだお金の半分を離婚する妻に与え、養育費も負担しなければならないのかと、結婚前から不満を言う人もいる。私の周りでも、小さな子どもを抱え、離婚した医師もそれなりにいる。やはり、結婚するならお金持ちである。みんなかなりの額の養育費を払っているようである。

今週のトピックス 71 (190205)

丹羽宇一郎「習近平の大問題」 (東洋経済)
丹羽宇一郎「習近平の大問題」 (東洋経済)

 この本は去年の12月に大阪の本屋で買った。最近は、大阪に出ることは滅多にない。特に欲しいものも興味のあるものもあまりないからである。本屋に寄ると、ついつい本を買ってしまう。アマゾンでもなるべく買いすぎないように気をつけている。時間的に、すべて読み切れるわけがないからである。この本も途中まで読みかけて、そのままになっていた。実はきのうの朝から本格的に読み出し、今日の午後5時前に読み終えた。読み終えた後で、アマゾンの書評を少し読んだら、著者を売国奴呼ばわりしているのもあった。
 著者は、伊藤忠商事の社長、会長を経て、2010年、民間出身での初の中国大使に就任した。今年80歳になる。まず、世界各国の中国に対する意識調査である。日本人の中国嫌いは、ベトナムに次ぐ。日本の中国人嫌いは5年にわたって80%以上を維持している。中国人の訪日旅行者は年間600万人を超えている。ところが、日本から中国を訪れる人は、ピーク時から100万人以上減っている。最近の若い中国人は「反日」ドラマは見ず、日本への印象は改善傾向にある。ところが、日本社会における「反中」の空気は依然高いままである。安倍首相の「嫌中」、「嫌韓」の影響も大きい。金になるからと、歴史修正主義に荷担するメディアも悪い。
 しかし、以前にも書いたように、日本からの輸出先としては、アメリカに次いで2位で、輸入先では第1位である。香港と中国の輸出額を合計すれば、輸出額でもアメリカを300億ドル以上上回る。日本の貿易は、中国なしではにっちもさっちも行かないのである。米中貿易戦争で、日本が計り知れないほど影響を受けるのは間違いない。インバウンドの観光客も1位が「嫌中」の中国で、2位が「嫌韓」の韓国である。欧米の観光客を増やそうと思っても限界がある。遠い分、途中で物価の安いタイやマレーシア、インドネシアなどに客を奪われる。距離が遠ければ遠いほと、観光客の規模も少なくなる。
 まず、人口の規模である。アメリカはせいぜい3億人である。EU(欧州連合)は5億人である。中国は14億人である。これだけの国民を統治しなければならない。習近平が追う「中華民族の夢」とは、19世紀から20世紀前半にかけて自分の国なのに主権がないという諸外国から屈辱を受けた中華民族の誇りと大国の地位を取り戻すことである。
 ケ小平が主席の任期を10年に制限するように定めたとされている。以後歴代主席は2期10年で退任している。しかし、退任しても、長老として隠然たる影響力を陰から行使していた。江沢民も、胡錦濤政権の手かせ足かせとなっていた。習近平が任期を撤廃したと言っても、陰で動いていた権力が、透明度の高いものとして、表に移っただけと考えることもできる。2017年10月に、5年に1度の中国共産党大会が開かれた、この時に習近平国家主席は3時間半の長い演説をした。この演説に関しては、長老の江沢民や胡錦濤には何も事前に相談しなかった。この長演説で、中国は、現在の指導部が権力を持ち、権力を行使するという意思表示を、長老および全国の代表者たちへ突きつけたのである。
 さて、先ほどの14億の人口である。全人代(全国人民代表大会)に所属する代表議員は3000人いる。著者は、国民の権利や自由を抑えつけたままでは、やがて国がたちいかなくなることは習近平も感じているはずだと述べている。民主的に議論すると言っても、3000人もいては限界がある。現状では、共産党独裁がベターな制度ではないかという中国政府幹部の言葉も紹介している。まだ、中国は民主主義的システムで国を運営できていない。著者は、中国は連邦制の民主国家に移行していくしかないと言う。6つのステイト(州)と中央政府で国をまとめて、運営する。共産党をホールディング・カンパニーとして、その下に事業会社である6つの州を作る。(詳細については、この本を読んで下さい。)
 統治者の第1の役割は飢えさせないことである。人々はパンを求めて毛沢東についたのであって、必ずしも思想的に共感したわけでない。パンを確保したことによって、ペン(自由と権利)も要求し始める。ペンを剣で抑えることはできない。著者は、急激な民主化を導入すれば、地域ごとに利害が対立し中国は大混乱に陥るだろうと述べている。いずれ民主化するが、それは30年以上先のことである。その前に、乗り越えないといけない山がいくつもある。改革は性急過ぎたら人は付いていかず、先送りすれば結局誰も何もしない。現在の組織を徐々に、しかし確実に改革することが中国の民主化の道のりだという。
 さて、日本の中国脅威論である。習近平は本気で覇権を求めているかである。まず、領土拡大は採算が合わないと書いてある。第2次大戦の戦勝国であるフランスは、植民地であるインドネシアやアルジェリアで起きた植民地の独立運動を押さえこもうとして、歳出の4割を植民地の戦費に投じるはめになった。イギリスもインドなどの植民地を放棄したが、その後始末に大変な出費を強いられた。敗戦で領土を失ったドイツや日本が戦勝国のイギリスやフランスより経済的に大きく成長した。植民地はいわば企業の不良資産と言える。国内にチベット問題や少数問題を現実に抱えている中国が、さらに面倒な事態を国外で抱え込むようなことはしないはずだという。
 1970年代末期からは、アメリカが中国に兵器や軍事技術を提供し、中国軍の近代化に協力した。アメリカと中国の戦略は、対ソ連という点で一致し、この時代の両国は「隠れた同盟国」だったという。この関係はソ連の崩壊まで続く。ソ連なき後のアメリカ軍が、予算獲得のため中国を仮想敵国にしようと図った気配があるという。中国の脅威を喧伝し、軍事予算を確保するねらいがあった。著者が中国の中枢の人物を話した時に、「中国が日本を取っても得るものは何もありません」と言われたという。日米安保条約があっても、アメリカが軍を出すとか出さないとかは、アメリカ政府と議会の判断で決まる。「尖閣問題」で中国と衝突しても、アメリカ参戦の可能性は極めて低い。日中問題は日中で解決するしかないのである。
 アメリカが超軍事大国で、中国の軍事費はアメリカの3分の1程度である。サイバー空間での戦争でも、世界第1はアメリカで、2位がロシアで、3位が中国である。中国の海軍は世界的に見ても遅れたままである。外洋に出て、自由に戦艦機を発着させる空母がないということは、陸上基地から飛び立つ航空戦力がカバーできる自国周辺しか行動範囲がないということである。習近平が提唱した「一帯一路」構想とは、陸のシルクロードである。もし、陸とシルクロードにある国々を支配下に置けば、現在の中国の数倍の地域、そして言語と文化の異なる民族を統治しなければならない。中国の一帯一路を中国の覇権主義を考える人は、「荷の大きさと重さ」を知らない人たちである。支配下に置くよりも、その地域の国々が平和になり経済発展するほうが、中国にとっては利益である。
 中国の南沙諸島の人口島の目的は、中国の潜水艦基地の防衛にあるという。現在、海南島の三亜に基地を移そうと建設を始めた。この三亜基地を防衛するためである。もうひとつの理由は、アメリカ海軍の偵察と情報収集に対するけん制である。自国の海軍基地の前で、アメリカ軍の海洋調査船や情報収集機が行動するのは、どこの海軍にとっても不愉快である。アメリカは「航行の自由作戦」と称して、当該海域での行動を続けている。もともとこの海域を船舶が通過するのは自由である。中国はこれまで他国の船舶に対し通行を妨害、威嚇するという示威行動に出たことはない。
 中国、日本でいう「王道」とは、王の徳によって国を治めるということである。「力」対「力」によって勝敗を決し、相手を征服する「覇道」は欧米の人々にはよくわかる。実力装置を持たない「徳の治政」を理解できる欧米人は少ない。力対力のアメリカのやり方では失敗例が多い。キューバ、ベトナム、イラクとみんな失敗している。数少ない成功例が日本だという。日本では、中国は北朝鮮の資源を狙っているという人がいる。中国は高い設備投資や人件費をかけて自分たちで採掘するより、現地の人から買えばよいので、現地を統治する必要はない。
 中国政府は2017年に統計法を法制化した。2019年以降は、統計数値はこの法制度によって厳密に取り締まられる。これまで、地方のトップである党幹部が、自分の評価を上げようと、実績の水増し、あるいは数字の操作をしているため、正確な数字が出てこないからである。反腐敗運動は、政敵を倒すために利用されている面も否定できない。しかし、今では、日本企業の接待ゴルフも断られるぐらいである。
 中国のような大国では、習近平のような独裁者によってしか国の改革ができないのも事実である。中国の発展には必要な、これまで誰も手をつけようとしなかったことをやろうとしているのである。これまでの国家主席は、汚職がはびこっていても、既得権者の権利は温存したままであった。単なる権力欲の塊であるなら、あえて危険な改革に挑む必要もない。アジアの歴史を見てみると、独裁体制の間に充分に経済発展を果たした国は比較的混乱なく民主化できている。韓国、台湾、マレーシアである。国が豊かにならないうちに民主化へ舵を切ったフィリピンやインドネシアは、いまだに混乱の余地を残しているという。
 中国については、いろいろな立場から書かれている。ある本では、「中国はかっての専制王朝の役割を中国共産党がそのまま継承している」と書かれている。この本に書かれていることを読めば読むほど、中国の民主化は将来どうなるのかと思う。一党独裁はいつまでも続くものではない。民主化も大事である。しかし、行き過ぎると、多数の意見が交錯し、何一つ決まらない国となってしまう危険性もある。

 

平成31年1月29日(火)

 きょうは寒いせいもあって、患者さんの数は少なかった。きのうも少なかった。木曜日を休診にして、1日辺りの患者さんは増えた印象である。しかし、1ヶ月の総患者数はむしろ減っている。息子が卒業するまでの後1年ちょっとはそれなりに頑張ろうと思う。今は、以前からの患者さんで食べているようなものである。1年に数回の受診でも、そういう患者さんをどの位持っているかである。そういう患者さんが多ければ多いほど、新患の人が減っても、それほどダメージは大きくない。
 この前の日曜日は、また新年会があった。同じ東山医師会の新年会でも、今回は私が属している第4班の新年会である。京都では有名な中華料理店でした。たまには、中華料理もいい。しかし、最近はコースの料理が多くて、全部食べきれなくなった。14日の東山医師会全体の新年会でも同じであった。美味しい丼とちょこちょこっとしたあてがあったら充分である。たまたま医院を出ようとしたら、私の医院に通院している薬物依存の患者さんのことで警察から問い合わせがあった。逮捕されたので、薬の内容などを教えた。留置されると、警察には薬を持ち込めないので、新たに薬を処方しなければならない。どっちにしろ、日曜日の夜は無理である。
 なかなかタクシーも捕まらなかったので、4〜5分ほど遅れた。席は決まっていないので、年齢の行っている先生が座っているテーブルしか空いていなかった。それでも、いろいろと話すことはできた。閉院した三聖病院の院長は、お年は92歳である。森田療法の大家として有名である。私はもともと強迫症状や恐怖症状を山ほど持っていたので、この先生の著書には大変お世話になった。前にも書いたように、私は薬嫌いなので、薬を飲まずに何とか日常生活に支障がない程度に改善した。
 パニック障害でも何でも、1番苦手なことを避けてその恐怖を克服しようと思っても無理である。滝に打たれようと、山に籠もって修行しようと、座禅を1日組もうと、恐怖は克服できない。1番苦手なことを克服するには、1番苦手なことを少しずつやるしかない。克服というと、語弊があるかもしれない。不安があっても、不安を持ちながら本来のやるべきことをやっていく癖をつけることである。人生の苦しみも同じである。苦しみから逃れようと、何をやっても逃れられない。グルジェフの本を読んでいる時に気がついた。引き受けて、生きていくしかない。
 たまたま80歳を超える同じ大学の大先輩の先生と話していた。前回の「今週のトピックス」で近藤誠 和田秀樹「やってはいけない健康診断」 (SB新書)の本を紹介した。お年寄りの血圧を正常値に近づけると、脳の血流量が少なくなり、血管内で血が固まって脳梗塞になる人が何万人もいると推定されている。脳の重さは体全体のたった2%なのに、血液は全体の15%が行っている。血圧を上げて血流を保とうとしているのに、薬で血圧を下げたらどうなるかである。脳の働きが落ちて、記憶力や判断力、気力の低下に繋がり、ふらつきも生じやすい。和田誠は精神科医である。しかし、東大系の高齢者専門の浴風会に勤めていた。ここでは遺体の半数以上は解剖して、脳の標本だけでも7000以上あるという。この病院で薬を使って血圧を下げると、みんな調子が悪くなるという印象を持っていると述べている。
 さて、私の大先輩になる先生である。京都の有名病院の院長もされていた先生である。今は老人病棟の患者さんを大勢診察している。入院してきた患者さんの血圧の薬をやめたら、劇的に元気になる患者さんが少なくないという。中途半端に改善すると、要介護度が低くなってしまって、受けられるサービスも限られてしまう。これはこれでいろいろと問題も生じるようである。しかし、必要もない薬で、寝たきりの状態にすることは避けなければならない。このあたりのことが、どこまで一般の先生に伝わっているのか、疑問である。患者さんを薬漬けにして、金儲けをしていると誤解されても仕方ない。何の根拠もなく、低い基準値を作った学会の責任も重い。

今週のトピックス 70 (190129)

嵐よういち「ブラジル 裏の歩き方」 (彩図社)
嵐よういち「ブラジル 裏の歩き方」 (彩図社)

 今年のゴールデンウィークは10連休になる。前から書いていたように、この機会を逃さず、ブラジルに行こうと思っている。「地球の歩き方」は2018〜19年版が去年の3月に出ていた。何とか、最新の情報は手に入れることはできた。ところが、最近の社会事情を扱った本がまったく出版されていなかった。ブラジルが日本で盛り上がっていたのは、2014年のFIFAワールドカップと2016年のリオデジャネイロ・オリンピックであった。一時は、経済的発展がめざましいということで、BRICSがもてはやされていた。オリンピック後のブラジルは、経済的に不況に陥り、治安が悪化したと言われている。
 日本からブラジルに行くには、いろいろなルートがある。どのフライトも直通はない。関西空港発ドバイ経由もあるようである。しかし、ほとんどが成田空港発である。アメリカかヨーロッパを経由してサンパウロまで行く。片道30時間ぐらいかかる。京都から成田空港までは、新幹線を使っても飛行機を使っても時間がかかる。アメリカ経由だと、ESTAが必要で入国審査や荷物の再検査がある。ヨーロッパ経由だと多少時間がかかるが、その分ややこしい手続きはない。乗り継ぎも7〜8時間も空港で待つのは大変である。
 日本からもブラジルへの観光ツアーは出ている。ただ、こういうツアーは、正月やゴールデンウィーク、盆の時は催行していない。ネットでは、なかなか見つけることはできない。もしかしたら、旅行代理店に行ったらあるのかもしれない。誰がこんな時に行けるのかと思う時期でも、けっこう値段がする。チリなどと組み合わせるツアーも多く、2人1部屋でも70〜80万円もする。ビジネスを使ったら、軽く100万円を超える。
 結局、1人で行くことにした。期間は2週間である。たいていのツアーはせいぜい10日ちょっとである。行きたい所はサンパウロを除いて、3ヵ所である。イグアスの滝とアマゾン川の拠点となるマナウスとリオデジャネイロである。伊丹空港から羽田空港まで行き、ビジネスを使って羽田空港発のヨーロッパ経由だと、飛行機代だけでも90万円以上もする。この便は乗り継ぎ時間も少ない。もう少ししたら安くなるのかよくわからない。国内線はそれほど高くはないだろう。ホテルもまだ調べていない。現地の英語ツアーに参加しようと思っている。ブラジルでは、英語もあまり通じないようである。早速ポルトガル語会話の本を買った。中国語はいつもかけ声ばかりで、ほとんど勉強ができていなかった。今度の旅行は、命がかかっている。本気で簡単な会話だけは覚えていこうと思っている。
 さて、きょう取り上げる本である。この人の本は、詳しい題名を忘れたが、前にも紹介した。今でも、感動した部分は覚えている。メキシコのバーに入ったら、いきなり口を開けさせられ、口の中に酒を入れられたという。何かのサービスかと思ったら、この酒代も請求されたという。実は、この本が書かれたのは、平成24年(2012年)6月である。6年以上前の本で、情報が古すぎると思った。しかし、最初に書いたように、最新のリアルなブラジルを書いた本がないのである。さーとTouTubeで見ても、最近は日本人観光客も少ないのか、あまり参考になるような動画にも出会えなかった。(英語版はまだ見ていない) それでも、予備知識は大事である。特に1人旅の場合は、1番狙われやすい。団体ツアーとは違って、犯罪に巻き込まれる確率も高い。
 まず、第1章の夜遊びである。私が東南アジアに出かけると、夜遊び目的のように誤解されるかもしれない。しかし、ここでも何回も書いているように、私は病気嫌いである。日本でも梅毒が大流行しているぐらいである。触ったり、マッサージぐらいはOKでも、本当に口のサービスやセックスはしない。最近は、年をとったせいかインポテンス気味である。
 TVでビートたけしが女の人と一緒にいても浮気しないと告白していた。道徳的理由ではなく、機能的理由である。まず、ブラジルの代表的な夜遊びのボアッチである。ブラジル特有のナイトクラブで、店内にはプータと呼ばれる娼婦がいて、自由恋愛が楽しめる。援交ナイトクラブみたいなものか。小さな田舎にもあるという。最高級店では、8年ぐらい前であるが、モデル級の女性が入場料や飲食代も含め、4万6千円と書いてあった。私は小田実の「何でも見てやろう」なので、見学には訪れたいと思っている。もしかしたら、梅毒にかかろうともうどうでもいいと理性を失うかもしれない。目隠しはかかっていたが、私好みの美女の写真が載っていた。
 カラオケバーやディスコなども紹介されている。ディスコの1番の盛り上がりが夜中の3時だという。私は早寝早起きである。時差の関係で睡眠リズムが狂っていたら、行けるかもしれない。この本ではブラジルの男女の関係についても書いている。フィカンチとは恋人未満、友達以上の存在を示し、日本でいうセフレみたいな関係である。ブラジルの場合は、交際する前にデートをしてまずセックスをして、体の相性がよかったら本格的に付き合い始めるケースが多いという。この恋人関係になる前の期間をフィカンチという。
 第2章は、「ディープなブラジル体感ツアー」である。リオのカーニバルの時期は治安が悪くなるという。2014年のカーニバルで、著者が観光客からもらったメールのことも書いている。日本人女性が襲われ、抵抗して足をナイフで切られ、病院に運ばれている。最初の3日間で29人が襲われて死亡し、その内26人が観光客であった。リオを代表するコパカバーナ・ビーチも日中は安全であるが、夜や早朝は危ないという。サンパウロの東洋人街リベルダージのことなども書いてある。もともとは日本から来た移民の町である。マナウスの格安アマゾン・ジャングルツアーやサンパウロから快適なバスで15時間で行けるイグアスの滝のことも紹介している。どこの国にでもあるドロップアウトした旅行者が集まる悪名高き日本人宿「ペンション荒木」の体験談もある。
 第3章は、「危ないブラジル アンダーグラウンド」である。ブラジルの治安の悪さは、現地に何年も住み常に警戒している人でも、強盗に襲われたりする。サンパウロの国際空港に地下鉄などを利用して行こうとした日本人観光客が強盗団に襲われ、拉致された。すべて強奪されただけではなく、すぐに解放されず殺されそうになっている。他にも、犯人の顔を見た人が殺されたりするので、強盗に襲われても顔は見ないように下を向いているのがいいようである。ブラジルの殺し屋はわずか100ヘアイス(約4500円)で人を殺す。憎い相手がいたりすると、ブローカーに頼む。警察もまともに捜査しないので、殺し屋も捕まらない。そのため、ブラジル人は恨みや妬みを買うこと避ける傾向があるという。
 地方都市に住む大金持ちの友人の所には、近所の貧しい男たちがよく金を借りにくるという。返済される見込みもないのに、気前よく貸していたという。その理由は、金の無心を断ったために、逆恨みされて、強盗に入られたり殺されたりする事件が山ほど起こっているからである。ブラジルの刑務所は慢性的に定員超過で、凶悪犯罪者でもすぐに仮釈放になるという。警察の腐敗についても書いている。リオの貧民街であるファベイラは有名である。現在は、見学ツアーも出ている。少し前に、このツアーの車がギャング団のものと間違えられ、警察と銃撃戦になって観光客が死亡している。このツアーにも参加したい。サルバドールのカーニバルは、リオのカーニバルより危険である。実際の体験記も書いている。
 ブラジルを安全に旅する7つのポイントも書いてある。@高級時計は身につけない A携帯電話は常に注意 B夜は短い距離でもタクシー C華美な服装は避ける Dカメラは絶対にぶら下げない。 E荷物はなるべく持たない。F地元の人に危険な場所を聞いて、絶対に近づかない である。この程度のことは、マニラを歩くときにはしている。ここでも何回も書いているように、カンボジアの内戦が終了した時に、プノンペンで強盗に襲われ頭に銃を突きつけられている。どんなに注意していても、ヤラれる時にはヤラれると書いてある。もちろん、大半の観光客は無事に帰っている。著者は夜中のタクシーでも友人と2人で利用している。1人で乗っても、安全なのだろうか。週末はLCCで釜山の射撃場に通い、銃の扱い方も覚えておいた方がいいのかもしれない。

 

平成31年1月22日(火)

 寒いと外に出るのがおっくうになる。最低必要限のことでしか外出しない。若い頃と違って、あまり出かける所もない。欲しいものがないのも影響している。こうやって年をとっていくのかと思うと、少し焦る。年末年始に行ったチャーン島とクード島については、動画を作ってYouTubeにアップロードしようと思っている。まだ勢いがあるうちに作っておかないと、永遠に延びてしまう。
 きょうは今週のトピックを書いていたら、もう夜の9時40分である。夕食は自炊をして食べた。ビールを飲みながら書いていたので、段々と眠くなってきた。きょうは、このまま本を紹介する。

今週のトピックス 69 (190122)

近藤誠 和田秀樹「やってはいけない健康診断」 (SB新書)
近藤誠 和田秀樹「やってはいけない健康診断」 (SB新書)

 この本は2018年3月に発刊されている。買ったまま長いこと読んでいなかった。やっと、去年の12月に読み終えた。私の読書は同時並行読みで、読みかけては他の本に浮気している。今は昔ほど読んではいない。きょうは書くことがなかったので、とりあえずこの本を取り上げた。
 実は、私は開業してから17年になる。この間、胃カメラ3回(実際に、逆流性食道炎が見つかった)受けたぐらいで、血液検査も数回ぐらいしかしていなかった。去年の5月までは月曜日から土曜日まで外来をしていたので、検査を受けにいく時間もなかった。6月からは木曜日を休診にしたので、好きな時に行ける。ところが、もう半年も経ったのに、面倒臭くて人間ドックにも健康診断にも行っていない。患者さんが痔だと思ってそのまま放置していたら、直腸がんが発見され、人工肛門の手術をした。がんはやはり早期発見が大事だと思っていた。
 しかし、この本の帯には、欧米には職場検診も人間ドックも存在しないと書いてある。早期発見・早期治療の「罠」と副題がついている。著者は「がんもどき」理論で有名な近藤誠とベストセラー本を何冊も出している精神科医の和田秀樹である。対談形式で書かれている。近藤誠の「がん放置療法」などは、専門家から目の敵にされている。近藤医師の書いた本を読んで信じている患者を近藤教と言って、一般の医師が嫌っていることも書いてある。ウィキペディアでも、近藤の文献の誤用などを挙げて激しいバッシングとなっている。私は専門家ではないので、この領域については深く立ち入らない。手術をしたら治るがんを放置して悪化している人も大勢いると思う。この本の中で和田が、放置群と治療グループを長期追跡した大規模な比較調査がほとんどなされていないので、本当はわからないと述べている。
 この本のテーマは健康診断である。近藤の書いている内容はすべて間違いだと結論づけるのも暴論である。ややもすると、日本の医者すべてを敵に回しているような所もあるので、医者にとって不都合な部分も洗いざらい暴露してくれる。医者同士みんな内心わかっていても、口に出せないこともある。その部分も遠慮なく書いてくれる。近藤自身もこれだけ強い批判にさらされているので、中には文献の誤用はあるかもしれないが、徹底的に調べて書いていると思う。がんを放置して悪くなった人のことをいくら書いても、「がん放置療法」を否定したことにならない。「早期発見・早期治療」によるデメリットがまったく評価されていないからである。これはQOLの低下などだけではなく、医療経済のことまで含めてである。
 ただ、同じ精神科医である和田の発言を読んでいると、必ずしもすべて同意できる内容でもない。誤解を招きやすい表現で、この分野(精神科領域)も9割は悪徳医で、「抗うつ剤は一生飲まないとダメだ」とか言っている、と書いている。この本は職場健診や健康診断に否定的な内容となっている。私は専門外なの正しい評価はできない。しかし、一部誤った部分はあるかもしれないが、内容は説得力がある。私はここでも何回も批判しているように、精神科領域の診断基準や治療ガイドラインに及ぼすに巨大製薬会社の力は計り知れない。この本を読んで、同じようなことが、各学会でも起こっていることがよくわかった。
 まず、健診である。欧米では合計14件(総被験者数18万人)に健診の比較試験が行われた。健診群と放置群である。結果は無効であった。肺がんの検診でも、放置群より健診群では肺がんの発見は多かったが、死亡者数は健診群で多かった。他にも、いろいろなデータを紹介している。効果がないとわかったので、欧米では職場健診も人間ドックもしないという。ここではイギリスの権威ある医学雑誌「BMJ」に載った「なぜ、がん健診は『命を救う』ことを証明できていないのか」という論文のことについても紹介している。世界中のデータをまとめて分析したら、「総死亡数が明らかに減った」という論文はひとつもなかったのである。ただ、延命効果についてはどうなっているのかよくわからない。
 子宮頸がん健診でも、このがんで死ぬ数千倍もの女性に「異常」が見つかって精密検査をされ、切除手術などをされている。前立腺がんについても、以前から言われていることである。PSA健診が普及して発見数は増えているのに、死亡者数は減っていない。死体解剖をすると、50〜60歳の男性の半分、80歳になると9割に前立腺の「潜在がん」が発見されている。前立腺がん、乳がん、甲状腺がんの発見数は何倍も増えたのにがん死は減っていない。がん健診は無効だという証拠として、世界的権威のある「ニューイングランド・ジャーナル・メディスン」の論文が使われている。
 乳がんのマンモ健診も批判している。乳がんの発見数は80年代の3倍以上に増えているのに、死亡者数はまったく減っていない。欧米でも医者の金づるになっているので、マンモ健診をやめようとしない。しかし、「40歳未満は、マンモ健診に意味がない」などと認めている。北斗晶が乳がんを告白して、「乳がん検診、受けて!」と呼びかけたら、若い女性たちが健診に殺到した。実は、北斗はマンモと超音波検査を毎年受けていたのに、自分でしこりに気づいたのでる。健診の無意味さを身をもって証明したケースなのである。
 ここでは血圧や総コレステロールの基準値などについても批判している。2014年に日本人間ドック学会と健康保険組合連合会が150万人の健診受験者の「ビッグデータ」を分析して、ゆるい「新基準値」を発表した。メタボ健診で、標準体型は25未満とされていたのが、男性では27.7まで上げられ、血圧も標準で上は147にした。ところが、日本高血圧学会や日本動脈硬化学会、日本医師会、日本医学会などが猛反発した。高血圧は、1987年に当時の厚生省が示した基準が180だったのが、根拠も示されないまま160、140と下がってきた。年と共に血管は硬くなって細くなっていく。血圧が年とともに少し上がらないと、脳にきちんと血液の中の酸素が届かない。血圧を下げると、脳の働きが落ちてしまう。
 2017年にアメリカ心臓協会とアメリカ心臓病学会が、高血圧の基準を10下げて130/80にした。あらたに、3000万人の高血圧患者が生まれたのである。これも、利害が一致する巨大製薬会社の働きかけと学会の結託が大きい。血圧が高いと血管が切れて脳出血になると恐れているが、現在は栄養が足りているので、滅多に切れることはない。脳出血は激減している。むしろ、血圧を下げ過ぎて脳の血流が減ると、血管が詰まりやすく脳梗塞になりやすい。日本高血圧学会で大規模な比較試験では、上の血圧が160以上ある4400人を2グループに分けた。一方は140未満まで下げる厳格な治療群、片方は140〜160のゆるい治療群である。結果は、血圧を厳しく下げた方が、死ぬ人が多くなっていた。
 他にも、糖尿病治療のことについても詳しく書いている。ヘモグロビンA1cを6.5以下にすると死亡率が急増するという。7〜9ぐらいのほうが、死亡率は低い。日本の国立国際医療研究センターでは、アメリカを含む世界の全9件の論文、27万人以上のデータを分析して、「糖質制限を長期間続けた人たちの全死亡リスクは明らかに高く、健康への効用は認められない」と発表している。
 1番長生きするのは、小太りの人とか、日本人の高血圧の98%は塩とは無関係とか興味深いことが書いてある。日本人の寿命が延びたのは、塩分を減らしたり、粗食をしたからではない。肉などの栄養を充分に摂るようになったからである。漫画「サザエさん」が始まったのは、終戦翌年の1946年である。磯野波平さんは54歳、フネさんは48歳のままである。閉経後のコレステロールが220に達する女性は5割もいて、治療は必要ないと言われている。コレステロールが高めの人の方が長生きをしている。最近は悪玉コレステロールも悪玉でないことがわかってきた。若い時に栄養をしっかり摂らないと、子宮や脳が充分に発達しない。不妊症に悩む女性の9割以上が、若い頃にダイエットしていた人という不妊外来の先生のコメントもある。
 和田は精神安定剤については非難する立場で書いている。ところが、薬好きで胃腸薬などいつも7〜8種類の薬を飲んでいる。その中に、頭痛を止めるために常用しているロキソニンがある。慢性の下痢もあるようである。近藤からストレスが溜まっているのではないかと指摘されている。私は、むしろその人のもともと持っている体質だと思う。私は薬嫌いで、今は血圧が高いので、ニフェンジピンCR40mgを飲んでいる。市販薬の総合ビタミン剤のポポンSはもう何十年と飲んでいて、サントリーのセサミンも習慣で飲んでいる。どこまで効いているのかよくわからない。安定剤も飲んだことがないぐらいである。睡眠導入薬はエコノミーで深夜便に乗る時だけ、エバミール1錠を飲んでいたぐらいである。
 開業する前には、一応簡単な健診は受けた。借金を抱えて、大きな病気が見つかったら困るからである。大腸の検診(内視鏡検査)はまだ受けたことはない。この本を読んで、特に不調もないので、あわてることもないと思った。それでも、春頃までには、簡単な検査を受けるつもりである。検査で何か見つかっても、どうするかはそれから考えたらいい。こんな本を紹介して、医者仲間から私までバッシングを受けるのではないかと思っている。前から書いているように、ますます増大する医療費は何とかしなければならない。予算の付け替えは簡単にいかないのはわかっている。それでも、無駄な医療費は削減して、もっと若い世代にお金を回すべきである。

 

平成31年1月15日(火)

 この連休はゆっくりできたかというと、きのうはほとんど書類書きで追われていた。実は6月から木曜日を休診にしていて、1つ困ったことがあった。何かと言うと、私の地区の京都市のゴミの収集日が月と木なのである。水曜日は午後の外来が終わってから、琵琶湖のマンションに行くことが多い。医院を出るのは夜8時ぐらいである。ゴミ収集のためには、朝8時ぐらいに来ないと行けない。面倒臭いので、今はゴミ収集は月曜日だけにしている。きのうのように、月曜日が休みになると、ゴミがどんどんと溜まってしまう。仕方ないので、13日は医院に泊まり、この夜も必要な書類を書いていた。
 きのうは朝のゴミ出しをしてから、溜まりに溜まった書類を書いていた。1月中に書かなければならない自立支援医療の診断書などや各種届け出の書類や会計事務所に送る資料などである。訪問看護指示書なども、何枚も溜まると、うんざりする。すべて書き終えたと思っても、すぐにちょこちょことした書類が溜まっていく。開業している他の精神科医も同じだと思う。デイ・ケアなどをやっている大きな医院は事務員にやらせている所もある。医療事務以外のことは、すべて私が対処しなければならない。
 私の日本で初めての覚醒剤のあぶりの症例報告は、京都府警に大変お世話になった。今は、個人情報がうるさいので、いくら学術研究のためと言ってもこんな協力は得られない。だから、今でも京都府警の依頼については、協力するようにしている。前にも書いたように、逮捕された人は薬を留置場に持ち込めない。自費診療で、それまで飲んでいた薬を医療機関で出してもらうことになる。覚醒剤で逮捕された人は、いらいらや不眠を訴え、山ほどの睡眠導入薬や精神安定剤を要求する。自費診療なので、保険診療のようにハルシオンなどの睡眠導入薬2種類、デパスなどの精神安定剤2種類、計3種類までという制限はない。中には、ヒルナミンやリスパダールなどは合わないと言って、いくら説得しても聞く耳をもたない人もいる。警察も取り調べがあるので、何とかして欲しいと頼んでくる。
 刑が確定して、刑務所にはいったら、容赦なく睡眠導入薬や精神安定剤は減量される。私はもっとこわかった時代の暴力団員でも覚醒剤中毒者でもビビることは全くない。しかし、説得するのは大変である。日曜日でも、警察から「睡眠薬を増やしてもいいか」と問い合わせが来る。それだけ、留置場で扱いが大変なのはわかる。どこにも医療機関にはかかっておらず、知り合いから手に入れていたという人も多い。ある患者さんから聞いた話である。乱用で発売が中止になった睡眠導入薬のエリミンが、裏でワンシート(10錠)2万円で売られているという。何回も警察から問い合わせがあると、こちらもうんざりすることがある。
 きのうは、毎年恒例の東山医師会の新年会が午後5時半からあった。今回は2人の女性が出てきて、1人はピアノを弾き、1人は歌を唄った。ボーカリストはバンドを解散後、活動を再開しているという。ユーミンの歌やビートルズの「オブラディ・オブラダ」などをやっていた。私は少し癖のあるボーカルでないと、あまり感動しない。ふだん車の中で、FM放送でロックなどを聞いていても、なかなかいい曲に出会わない。たまたま最近、フラワーカンパニーズの「大人の子守歌」がかかっていた。これはよかった。YouTubeなどで調べたら、著作権で堅く守られていた。1曲250円でダウンロードできる。他の曲も聴いてみたら、この曲が1番よかった。今回のチャーン島、クート島に行った時に、スマホに映画の動画を入れていった。夜寝ながら見るには、タブレットでは少し重すぎる。映画「暗黒女子」の最後に出てきた曲もよかった。
 テーブルでは、ふだん話す機会のない先生とも話ができた。子どもさんは西日本で1番偏差値の高いと言われている私学医学部に通っていた。私の息子はここは落ちている。やはり運動クラブにはいっていて、大学の近くで部屋を借りているという。ここは入学してから1度電話で寄付の依頼があったという。結局、任意の寄付は一銭も払っていないという。東山医師会も高齢化し、新年会の参加者も減ってきている。東山区の介護認定審査会の委員を会長から頼まれた。私より若い先生であるが、人手不足で頼まれると断りにくい。私よりもっと上の先生も引き受けるようである。

地図 ・1月2日はクート島に行った。地図では、チャーン島の南にある。途中の小さな島はマーク島である。12月31日に島巡りツアーを申し込んだ時に、チャーン島からクート島に行くチケットを申し込んだ。午後2時頃からの出発が満席で、正午出発に申し込んだ。今回も午後11時にホテルまで迎えに来て、港まで送ってくれる。クート島に着いたら、予約しているホテルまでまた送り届けてくれる。今回は値段が高く、900バーツ(3150円)であった。

ボート ・今回はフェリーではなく、こんなボートにぎゅうぎゅう詰めであった。私は運転席の横の席に座らせてもらった。

マーク島 ・ここはマーク島の港である。私はクート島と間違えて、上陸してしまった。足が中途半端に切れてしまって、もうちょっと下から撮ったらよかった。クート島に行く乗客がたくさん待っていた。

上陸 ・ここがクート島の船着場である。1番前に置いてあるのが、私の旅行カバンである。今回は6泊7日だったので、大きいカバンにした。いつも使っているのは、もっと小さなカバンである。できる限り荷物は少なくしている。

ホテル ・船を下りてから、荷台付きのトラックに乗る。荷台には、屋根と椅子が2列に並んでいる。大勢の乗客がいて、どの乗り合いトラックに乗ったらいいのかよくわからなかった。胸にシールを着けていたら、ドライバーが声をかけてくれた。
 降ろされた所は、あまり人家のない掘っ立て小屋よりは少しましという程度の所であった。家主かマネージャーが出てきて、少し待たされた。奥に、バンガローのような建物が建っている。食堂を兼ねた受付の横に、レンタルバイクが1日200バーツ(700円)と出ていた。
 部屋が空いていないと言われ、案内されたのがここである。ここのホテルで借りたレンタルバイクは、1日250バーツ(875円)であった。温水は出るが、冷蔵庫はついていなかった。女主人から聞いたら、ここは朝食付きで1500バーツ(5250円)だという。私の予約したホテルは1泊8250円ぐらいであった。最後の日に、このホテルに行って抗議したら、電話口のオーナーがもう1泊泊めると行った。しかし、そんな余裕はない。

川 ・島はレンタルバイクを借りないと、どこにも行けない。道路は舗装されている。メイン道路からビーチに出るまでは、デコボコ道である。ヘルメットは着けるように言われた。しかし、これは旅行者だけで、現地の人は誰もかぶっていなかった。
 免許の提示もいらず、多少酒を飲んで運転していても、事故でも起こさない限り何も言われない。ガソリンは、ペットボトルに入れて売っていた。1リットル以上入っているのか、1本40バーツ(140円)であった。クローン・チャオ滝に行く途中風景である。クート島の表記は、上の地図のような表記や現地では、KO KUTになっていた。

滝 ・ここはクローン・チャオ滝である。

橋 ・橋の上から撮った写真である。今回は、カメラを向けるとピースサインをする人が意外に多かった。

昼食 ・ここでは遅い昼食をとった。まだ繁華街みたいな所は作られていなかった。旅行代理店みたいな所もなかった。今「地球の歩き方」を見たら、「ツーリスト・インフォメーション」があったようである。林のおおわれた何もない舗装道路を走っていると、道路沿いに所々に木造立ての食堂や小さなコッテージみたいな所が見えたりする。
 ここで翌日のスノーケリングツアーと4日のクート島のホテルからトラート飛行場までのチケットを買った。スノーケリングツアーは昼食付きで1200バーツ(4200円)であった。トラート飛行場までは、800バーツ(2800円)であった。

夕日1 ・島の西側に舗装道路が整備され、南側の道路を使って、東側までは行ける。しかし、まだ道路が作られていないので、そのまま東側を北に行くことはできない。ビーチが西側なので、夕日がきれいである。ただ、この日は水平線の夕日は見れなかった。

リゾートホテル ・ビーチ沿いに大きなリゾートホテルが建っている。しかし、軒を連ねているわけではなく、あちこちのビーチに、かなり離れて、ポツン、ポツンと建っている。メイン道路を走っていると、こんな大きなリゾートホテルがあるなんてわからない。町のレストランもほとんどないので、たとえ小さなホテルでもほとんどそこで夕食をとることになる。
 私はこの日は船着き場の近くのレストランで夕食をとった。頼んだタイ料理の品がもうひとつ味があわなかった。ビールを飲んだりして、全部で420バーツ(1470円)であった。 

ツアー ・ここは別のリゾートホテルからのツアーのボート乗り場である。参加者はイタリア人家族4人とフランス人家族4人と私である。午前出発と午後出発があった。私は午後からバイクで島を巡りたかったので、午前出発にした。天候はあまりよくなかった。

ビーチ1 ・途中スノーケリングをしながら、ここの島にたどり着いた。ここは、本当にきれいなビーチであった。残念であったのは、空が厚い雲のおおわれ、太陽がほとんど差し込まなかったことである。

ビーチ2 ・綱にぶらさがって、海に飛び込む。太陽が出てくれたら、もっと水が透き通ってきれいであった。

ビーチ3 ・昼食は先ほどのボート乗り場に戻り、リゾートホテル内のレストランでした。ここで、ゆっくりと過ごすことができた。ただ、天候は回復しなかった。サムイ島に台風が近づいていることはまったく知らなかった。ここはホテルに戻って、バイクで行った別のリゾートホテルのプライベートビーチである。

アオヤイ1 ・島の1番南側を走って、東端にたどり着くと、アオヤイになる。このまま道路を走っていても何もないのではないかと心配になるほど、両側は林が続いている。何回も引き返そうと思ったぐらいである。ここに、海鮮料理の店が何軒か建っていた。

アオヤイ2 ・私はこういう雰囲気は好きである。まだ洗練されていない店が出ている。さすがに観光客もわずかで、ここまでは出てきていなかった。クード島は今注目の島なので、そのうちここもどんどんと開発されていくだろう。

レストラン1 ・メイン道路から1番近い海鮮レストランである。実は、偶然であったが、私が泊まっていたホテルの女主人がこの店を経営していた。チェックインする時に、このレストランの名刺みたいな物をもらった。10%割り引くと書いてあった。地図でわかるわけがないと思っていた。少し早い時間であったが、ここで夕食をとることにした。

レストラン2 ・この写真は少しピンぼけしていた。生け簀の中の物を選んで、料理してもらえる。生ウニは1匹100バーツ(350円)であった。ホタテが売り切れということで、ハマグリの料理も頼んだ。ビールの小瓶2本やライスも頼んだ。左側のカニの一品は絶品であった。生ウニはそこそこであった。他にも、何か頼んだが、すぐに思い出せない。全部で、780バーツ(2730円)であった。ちなみに、バンコクに到着した日に、ショッピング・センターにはいっている大戸屋でビールの中瓶(620ml)と1人用ビーフスキヤキを頼んだら、603バーツ(2110円)もした。

ビーチ4 ・1月4日は悪天候であった。バイクに乗っていても、ぽつぽつと小雨が降ったりしていた。ここも別のリゾートホテルのビーチである。波も荒れていた。この日は、前日のようなスノーケリングツアーは無理だと思った。

フェリー ・実は天候が悪かったので、タイ本土にあるトラートの港までたどり着けるのか心配であった。チャーン島からクード島に渡ってきたボートみたいなのでは危ないと思った。ところが、島の北側から大型のフェリーが出ていた。車は乗れない。ここがフェリー乗り場であった。大勢の人が乗っていた。

船着き場 ・フェリーはトラートの港(チャーン島行きとは別)まで1時間ほどかかった。港に着いてから、バスターミナルまでこの大型カートに乗っていく。特に案内があるわけでないので、また胸にシールを貼ってバスターミナルまで行った。ここからバンコクへのバスが出ていた。2階建ての大型バスで、快適そうであった。「地球の歩き方」には5〜6時間と書いてあったが、バンコク市内で渋滞に巻き込まれると、とんでもない時間がかかる。少し前に行ったパタヤはミニバンを使った。しかし、渋滞に巻き込まれ、びっくりするほど時間がかかった。
 待合室で待っていたが、誰からも声をかけられなかった。空港行きのバスは午後2時半出発で、トラート空港まで1時間かかるという。間に合うかどうか、気が気ではなかった。2時半少し前に、女性ドライバーが声をかけてきた。ミニバンで私を迎えに来たのである。他に乗客は誰もいなかった。空港まで50分かかった。他の乗客が空港までのタクシーを頼んでいたが、呼ぶのに時間がかかるという答えであった。最初は800バーツと聞いて、随分と高いと思った。しかし、これだけ時間がかかるなら無理ないと思った。

トラート空港 ・ここはトラート空港の待合室である。飛行機の出発は午後4時25分であった。小さな空港なので、30分ぐらい前に到着しても飛行機に乗れそうである。
 今回チャーン島とクート島に行って思ったのは、4泊5日ぐらいの旅行ならチャーン島で充分だと思った。クート島はマニアでない限り、もうちょっと開発されてからの方がいい。チャーン島でもレンタルバイクを借りることができる。ツアーもたくさん出ているので、クード島にも日帰りで行けるかも知れない。チャーン島で泊まるなら、前回書いたようにサイカオ・ビーチがお薦めである。ホテルも多い。夏は雨期にはいるので、ゴールデン・ウィークぐらいまでがベストシーズンである。

平成31年1月8日(火)

 明けましておめでとうございます。今年になってからこの日記が最初になる。年末年始はどこに行っていたかというと、タイのクート島である。たまたまネットの記事で、世界一美しいビーチ(だったと思う)に選ばれていた。こういうランキングは、発表している旅行予約サイトなどによってころころ変わる。それでも、年末に1度行ってみようと、発作的に航空券だけは予約した。
 今回の旅は12月30日〜1月5日までの6泊7日の旅であった。夜行便は使わず、行き帰りはバンコクに1泊する。結局、バンコクに2泊、チャーン島に2泊、クード島に2泊してきた。第一目的のクード島は、あまり天候はよくなかった。帰国してから新聞を見ていたら、タイ南部に4日に上陸した台風が5日に横断し、サムイ島などで被害が出ていた。チャーン島やクート島はカンボジア寄りにあるので、被害はなかった。しかし、天候に影響した。
 息子が高2の時だったと思う。年末年始に2人でサムイ島に行った。この時に、夜サムイ島からパンガン島に行こうとした。ところが、あまりにも大勢の人がいたので、行くのはやめた。実はこれが正解であった。どうしてかというと、翌日だったか、天候が悪くなって海が大荒れになった。バンコクに帰るために、サムイ島の空港で待っていたら、悪天候のためにバンコク行きの飛行機が中止となった。その日は、航空会社が用意したホテルに泊まって、帰国も1日遅れた。パンガン島に渡っていたら、サムイ島までボートで帰ることもできなかった。
 今回の旅については、以下に写真付きで解説する。

地図 ・チャーン島やクート島と言っても、どこにあるのかよくわからないだろう。私は以前にタイからカンボジアへ陸路(バス)を使って行ったことがある。この時に海がきれいだったことが印象に残っている。今回はバンコクからトラートまで飛行機で行った。バンコクからはバスを使って5〜6時間である。

飛行機 ・バンコクのスワンナプーム国際空港からトラートの空港までは、約1時間である。ここから港まで行って、船でチャーン島に渡る。チャーン島はタイで2番目に大きな島である。

フェリー1 ・「地球の歩き方」では、空港からどう行ったらいいのか案内がよく理解できなかった。何と、空港からミニバンが出ていて、そのまま港で車ごと船に乗って、チャーン島に着いてから泊まっているホテルまで送り届けてくれる。値段はすべて含めて550バーツ(1バーツが3.5円で、1925円)であった。この港でフェリーに乗り込んでいく。

フェリー2 ・ここがフェリーの中である。私の乗っていたバンには8人乗っていた。

フェリー3 ・ここは船尾である。

港 ・ここはチャーン島の港である。ここから車ごと上陸して、各ホテルまで案内してくれる。空港からホテルまで荷物の持ち運びもなく、快適である。

ホテル1 ・ホテルの予約が1週間前だったので、思うようなホテルが見つからなかった。島のどのあたりが繁華街になるのかもわからなかった。今回は、12月31日と1月1日に泊まるので、高くなるのを覚悟して高級ホテルに泊まることにした。大晦日の日は、夕食を兼ねてホテル主催のガラナパーティがある。この費用も含め、2泊で7万円であった。ガラナパーティ代を除いて、1人で泊まっても2人で泊まっても値段は変わらない。

ホテル2 ・ちなみに、きょう2月の土曜日の宿泊代を調べてみたら、1泊2万2千円であった。部屋のランキングも同じなのかよくわからない。私の泊まった部屋は海側に面していない。しかし、ガラナパーティがあるときには、道路を隔てた山側の方が静かでいい。ガラナパーティは午後6時から夜中2時まである。息子とサムイ島に行った時には、一晩中花火と音楽がうるさくて、ほとんど眠れなかった。

ビーチ1 ・チャーン島にはいくつもビーチがある。私の泊まったサイカオ・ビーチ(ホワイト・サンド・ビーチ)が島で1番賑わいのあるビーチのようであった。

ビーチ2 ・このビーチは欧米人が多かった。寒い日本で過ごすより、暑いビーチでビールを飲むのは最高である。

ガラナパーティ1 ・ホテル主催のガラナパーティである。私は6時から1人で出席した。ステージに近いいい席を用意してくれた。他にも、1人で参加している少し高齢の欧米人がいた。どうしてこんないい席に座れたのかよくわからなかった。最初は泊まった部屋が高かったのかもしれないと思った。もしかしたら、私の年齢を考慮して、高齢者を大事に扱ったのかもしれない。
 本格的なガラナパーティは、ベトナムのフーコック島などで参加した。ここは高級ホテルで、家族連れも多いこともあり、うるさくなくてよかった。タイの踊りや生演奏などお金がかかっていることがよくわかった。この写真の右側にステージがある。

ガラナパーティ2 ・ここはステージになる。ちょっとしたショーだけではなく、子どもの椅子取りゲームをしたり、男性や女性が参加してそれぞれゲームなどを競い合う。賞金は2000バーツ(7500円)相当のクーポン券などが用意されている。参加者は欧米人というより、ほとんどがヨーロッパ人であった。中には、ウクライナ人もいた。スウェーデン人も多かった。みんな賞金目当てに気楽に参加する。
 海沿いの敷地も広く、子ども用の遊び場も充実していた。プーケット島などに行くより、家族連れには充分に楽しめると思った。料理も充実していて、よかった。

船乗り場1 ・1月1日は、前日に申し込んだスノーケリングツアーに参加した。私が当初申し込んだツアーには、手違いで参加できなかったようである。代理店から似たようなツアーに参加させられた。スピードボートを使った朝10時から午後3時までのツアーである。値段は1200バーツ(4200円)であった。ここから、船が出る。

船乗り場2 ・ここでスピードボートが来るまで待った。向こう岸に見えたビーチである。

島巡り1 ・何カ所かでスノーケリングをした。スピードボートは早くていいが、波が強いとけっこう酔う。途中、かなり揺れる所もあった。

島巡り2 ・ここは途中で上陸したKO NGAMである。KOは島になるので、NGAM島である。けっこう晴れていたが、風が強かった。ここで昼食もとった。昼食はもうひとつであった。

島巡り3 ・この白い砂浜の向こうに見えているのが、前の写真である。

島巡り4 ・なかなかいい雰囲気の島であった。自然が残り、ほとんど開発されていない所がいい。

島巡り5 ・ここもスノーケリングをした別の島である。写真の女の人たちは、別のボートで来ていた。

町 ・ツアーが終わったのは、4時過ぎであった。先ほどの船の発着場から車で各ホテルまで送ってくれる。途中の町の風景である。

夕日 ・ホテルのあるサイカオ・ビーチである。島の西側の浜辺なので、夕日がきれいである。

ビッグ・ラグーン2 ・夕食はここで食べた。明朗会計で、支払いの時には印刷したレシートを渡してくれた。小瓶のシンハビールは1本70バーツ(240円)であった。2本飲んで、料理を2品頼んでも、合計420バーツ(1470円)であった。

平成31年1月1日(火)

 この日は不在なので、12月29日(土)に書いている。6泊7日の旅行に出るので、今回はいつものように後での追加はなしである。きょうは平成30年度のことについて、簡単に書いておく。去年と比べると、外来患者数はだいぶ減った。それでも、実質的な収入はほとんど変わらない。どういうことかというと、娘が東京の大学を卒業して2年になる。この支出がなくなったので、収入が減っても実質的には何も変わらない。
 息子は西日本で1番学費の安い私立医学部に通っている。最初の試験で合格しているので、任意の寄付金は一銭も払っていない。(もちろん、強制の寄付金もない) 息子が卒業したら自分で母校に寄付したらいい。来年は6回生である。自宅からそう遠くないのに、大学の近くに部屋を借りている。この費用がバカにならない。卒業したらこの分の支出が減るので、外来数が減っても実質的には収入は増えることになる。
 私の開業している東山区は京都市内でも高齢化が突出して進んでいる。周囲にも心療内科の医院がいくつも新しく開業した。最近の新患の人は、同じ東山区でも祇園より南である。後はバスで直通で来れる南区である。伏見区や山科区はまったくいないわけではないが、それほど多くない。最近、また南区に心療内科が新しくできたようである。
 たまたま年末に、NTTがタウンページの更新の契約に来た。私が開業した平成13年は、北部版と南部版に分かれていた。東山区は南部版に入っていた。開業したばかりだったので、高い広告料を払って両方に載せた。実際に北部版から来た新患の人は、1年間でたった2人だけであった。当時は京阪電車の看板も2つ掲示した。丹波橋と東福寺である。開業した当時は、大手筋も丹波橋も今ほど多く開業していなかった。多少の効果はあったかもしれない。今は東福寺だけである。
 さて、来年からのタウンページの広告である。電話帳とネットの広告になる。今はいくつかに分かれていて、私は東山区が入っている北中部版と南区や伏見区が入っている南部版の2冊に出していた。この広告料が、1ヶ月36,612円になる。年間44万円近くである。私が開業した当時とは違って、今は電話帳を使う人はほとんどいない。タウンページのネットはどのくらいの人がクリックするかというと、平均年に500ちょっとぐらいである。訪れる人は、1日1〜2件ぐらいである。私のタウンページのホームページ(全く別)は、この日記も書いていることもあり、年間千ちょっと程度である。年間44万円も払って、この程度である。来年のタウンページの更新はすべてやめた。電話帳なので、電話番号は載る。
 私はもう65歳なので、今さらあせくせ働く必要もない。実際に、こんな程度の患者数でいいと思っている。息子は自分の好きな科を選んだらいい。ただ、どんどんと激減するのもよくないので、対策も考えている。まず、このホームページのリニューアルである。まず、パソコン用だけではなく、スマホ用に対応することである。医院の紹介がわかりにくので、この部分も作り直さなければならない。実は、6月から木曜に休診することになった時に、すべてリニューアルするつもりであった。それが、延び延びになってまだできていない。裏を返せば、患者さんの数が減っても、それほど焦っていないからである。
 理想的には、年齢とともにゆっくりと患者さんの数が減っていくのがいい。医院の経営とは別に、YouTubeに精神科疾患の啓蒙ビデオを載せようと思っている。あまりにも杓子定規なうつ病や発達障害などの情報があふれているからである。経験の少ない精神科医でさえ(40〜50代でさえ)、精神科治療は不正確なガイドラインがすべてだと思っている。
 たまたま患者さんから聞いた話である。京都の大学に地方から来ている。授業料はすべて親に出してもらっている。しかし、生活費は自分で稼がないといけない。奨学金は6万円を借りている。4年間の大学生活の奨学金の平均額は約300万円である。月6万円借りると、大体この額になる。これでは生活できないので、後6万円をアルバイトで稼がなければならない。せいぜい時給千円ぐらいのアルバイトで、最低これぐらい月にしなければならない。体調を壊したり、サークル活動などで時間が取られると、直接生活に支障をきたす。上昇志向の強い人なら、アルバイトの60時間を授業や資格などの勉強に専念したい。高学歴の人でも、一歩間違えると、高給の風俗などに流れてしまう。平成30年度の私が考えた流行語大賞である。学生だけに限らない。独身の人もも家族を持っている人も同じである。「生かさず、殺さず」である。

 


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