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もんもん日記

ここではもんもん博士の日々のエピソードや思いついたことなどを日記でご紹介します。
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平成27年12月29日(日)

 この日記は28日(月)に書いている。明日から日本にはいない。年末最後の外来日だというのに、あまり患者さんは多くなかった。官公庁と同じで、1月4日(月)から医院は開ける。前にも書いたように、5日(火)にしたらよかったと後悔している。まだ、夕方の外来が終わっていない。去年と比べると、患者数も収入もほぼ同じである。
 きのうの日曜日は、今年中にやっておかなければならない雑用をしていた。年賀状も書いた。去年は違う会社の新しいプリンターを使って住所は印刷した。今年はやり方を忘れてしまって、1枚1枚手差しで印刷した。びっくりするほど時間がかかってしまった。労働保険の計算など、1年に1回のことはすぐやり方を忘れてしまう。
 忙しくて、なかなかお歳暮を頼みに行っている暇がなかった。24日(木)までとは覚えていた。夜7時前に行ったら、6時で終了したという。仕方ないので、日曜日にデパートまで行って、商品券だけでも送る手続きをした。子ども2人に仕送りをするのも忘れていた。家賃が銀行口座からの引き落としになるので、手渡しするわけにはいかない。これも送金の手続きだけは日曜日にしておいた。仕事関係ではいろいろとややこしいことがある。しかし、ここで書くわけにはいかない。
 実は、今週読み終えた本について書くつもりであった。しかし、どうやっても間に合いそうにない。昼の時間に、明日からの旅行の用意をしていた。全部はできず、夜診の診察が終わってからまた準備しなければならない。今回は航空券とホテルだけは頼んでいた。どうやって空港からホテルまで行くかは、自分で調べないといけない。9月の初めに申し込んでから、まだ何も見ていない。ホテルはどこに頼んでいたかも、覚えていない。これからメールで確認をする。現地の国内便もころころと出発予定時間が変わっていた。その度ごとに、メールが来ていた。これもきちんと確認しなければならない。1回印刷して出していたと思うが、いくら探しても見つからない。 そんなことで、きょうはこの日記は、この辺で終わりにする。

今週の愛聴盤 178 (151229)

Autoportrait / Mecano
Autoportrait / Mecano

 今回紹介するLPレコードは、オランダのプログレである。以前から、このコーナーで取り上げたいと思っていた。ところが、YouTubeでは1曲もアップロードされていなかった。CDでは再発されていない。日本と米国のアマゾンで調べても、何も出てこない。今では、すっかり幻のアルバムとなっている。1982年の発売である。YouTubeではアップロードされていない曲でも、半年ぐらいしてチェックすると、アップロードされていることがある。まさか、すぐに削除されているわけでもないと思う。
 仕方ないので、私がまたアップロードすることにした。今は動画をダウンロードすることは禁止されている。それでも、YouTubeの動画をダウンロードするソフトもたくさん出ている。私の使っている無料ソフトは、そこそこ役には立っている。著作権で保護されている動画は、ダウンロードできない。アップロードしたばかりの動画は、簡単にダウンロードできる。私のアップロードした動画でも、いつのまにかダウンロードできなくなっている動画もある。
 さて、A面の1曲目である。ここで使った動画はすべて私が撮影してきたものである。京都水族館と中国・九寨溝で撮ってきた。Mecano - Profileで聴くことができる。次の曲も、私がアップロードしたものである。B面の1曲目である。曲名がギリシア語かどこの国かよくわからない。Mecano - Безпризорныeである、
 次に紹介するLPレコードは、以前に紹介したものである。どうしてわざわざもう1度紹介するかというと、同じアルバムの別の曲を新たにアップロードしたからである。誰かがアップロードしてくれていたら、私がわざわざする必要はない。Die Moschusfunktion / Grosse Freiheit(1982年)である。「今週の愛聴盤149」(平成27年6月2日)で紹介済みである。今回半年ぶりに再チェックしてみたら、私好みの知らない曲を見つけた。2年前にアップロードされていたのに、半年前には見つけることができなかった。時々、こういうことがある。  まず、最初にこちらを紹介する。、Grosse Freiheit ?-- Ein Mann Zuvielである。次に、私が新たにアップロードした曲である。こちらの曲名の方がよく知られているようである。Grosse Freiheit - Piroschkaである、
 最後に、私がハイ8テープに録画したMTVからである。1995年に発売の曲である。20年前の曲なのに、とんでもない視聴者数である。米国のロックバンドである。日本でも有名だったのかよくわからない。日本語のウィキペディアには載っていた。しかし、グーグルの上位検索では、あまり日本語の記事は出てこなかった。No Doubt - Don't Speakで聴くことができる。

 

平成27年12月22日(火)

 年末になると、忙しい。家庭裁判所から成年後見用の鑑定を1件頼まれている。会計事務所に提出する11月分の書類と年末調整のための従業員の給与明細もすぐに送らなければならない。先週の日曜日は、今月中に提出しなければならない残りの自立支援医療や障害手帳の診断書などを書いていた。毎月、簡単な労災の意見書も頼まれている。今は京都労働局まで行かなくても、係の人が私の医院まで来てくれる。それほど手間はかからないが、雑用が重なると負担になってくる。年をとると、あまり忙しいのもよくない。何をするのも段々と面倒臭くなってくる。今から考えると、40〜50代の時には、あれだけよく頑張れたと思う。
 最近、パソコンをWindows7からWindows10にアップグレードしてみた。このパソコンは、性能は悪くないのに、最初から動作が鈍く、あまり使っていなかった。Windows8で懲りているので、試しにWindows10にしてみた。使い勝手は、悪くなかった。いろいろな設定法があるようである。そのまま設定していったら、Windows7とほとんど変わりなかった。ソフトもすべて動いた。一部、パスワードを設定し直さなければならない。あまり使っていなかったパソコンに関しては、動作が見違えるように速くなった。結局、今使っているこのパソコンもWindows10にアップグレードした。技術が発達している分、性能はよくなっていると思う。唯一心配なのは、今まで以上にマイクロソフトに個人情報を握られることである。今の時代、なかなかパソコン無しの生活はできない。それぐらいのことは覚悟して、上手に利用するしかない。
 今、民泊が流行している。私の開業している東山区は超高齢化で、空き家も多い。80歳を越える1人暮らしの患者さんから聞いたことである。近所に、中国人がたくさん住んでいる家があるという。日本人が空き家を買って、宿泊施設にしている。ゴミ出しなどは、きちんと家主が管理しているという。近くに、欧米人を泊めている民泊施設もたくさんできているようである。Airbnbなどを使って、客を集めている。
 民泊の問題点はいろいろ指摘されている。火事などの災害の時にどう対応するかである。私はあちこち海外に出ているので、こういう仕事も面白そうである。どうせやるなら、消防法に基づいたきちんとした施設でやりたい。私は、海外ではAirbnbなどを使って泊まりたいとは思わない。被害妄想と思われるかもしれないが、盗撮が心配だからである。日本では、トイレや女性のスカートの中を盗撮して警察に捕まる人が後を絶たない。今の隠しカメラは技術が発達して、風呂場やトイレに仕掛けられたら見つけることはほぼ不可能である。大半の人は国際交流や純粋なビジネスとして民泊に取り組んでいる。しかし、雨後の竹の子のようにできてくると、こういう問題が必ず将来出てくる。
 さて、今週読んだ本である。正直に言うと、最後の章はまだ読んでいない。この日記を途中まで書き、その後でずっと読んでいた。しかし、段々と疲れてきた。ビールを飲みながら読んでいるのも悪かった。明日は休みなので、この日記は今日中までに書けたらいいと思っていた。夜8時過ぎだというのに、眠くて仕方ない。酔いをさますために、一旦30分ほど寝た。副島隆彦×佐藤優「崩れゆく世界 生き延びる智恵」(日本文芸社)である。こういう本は、私たちの知らない日本や世界についての曝露本に近い。読めば読むほど、何を信じていいのかわからなくなる。新聞やTVで報道できない裏の世界が、2人の対談でこれでもかと暴かれている。
 第1章は、安倍暴走内閣で、窮地に立つ日本である。ここでは、米国債は売れないと書いてある。現物の受け渡しを行わず、差金決済(売りと買いの差額の受け取り)しかできないという。毎年30兆円買い続け、アメリカに貢いでいるのである。私がこの日記でも指摘しているように、佐藤は、自国の通貨が下がることを喜ぶ心理は危険だと指摘している。円安を喜ぶ一方で、ロシアのルーブル安を大変だというのは矛盾している。
 安倍首相が作った内閣人事局のことについても書いている。自民党政調会長の稲田朋美が、この内閣人事局で幹部公務員600人(全省の本省課長以上)の人事を握っている。日本はワシントンの政治家から相手にされていないので、マイケル・グリーンやリチャード・アミテージのような下っ端の人間に操られているという。ここでは、尖閣諸島のことについても書いている。正式に日本のものになっていた尖閣諸島が、ヤルタ・ポツダム会談で日本から取り上げられ、日本も認めている。前から言われていることであるが、尖閣諸島の一部がまだアメリカの領土なのである。安倍首相の反知性主義についても、徹底的に批判している。
 第2章は、世界革命を目指すイスラム国の脅威である。この章では、現在のイスラム国のことをわかりやすく説明している。イスラムのスンニ派は4つの法学派に分かれている。ハンバリー法学派がイスラム原理主義である。ハンバリー法学派の中の急進派がワーハップ派で、サウジアラビアの国教である。あまり専門的になると、興味のない人には面白くないだろう。次の第3章では、ウクライナ政変で見えてきた世界大戦の予兆である。ウクライナのことになると、外務省でロシアの主任分析官として活躍した佐藤の独壇場になる。ウクライナの歴史は複雑で、ここでは簡単にまとめることはできない。しかし、今回は西ウクライナに拠点を置く、旧ナチスとつながる勢力が武装強化し、ヤヌコーヴィッチ政権を倒したのである。西側の計画的なクーデターで、現在の首相を操っているのが、アメリカの女性国務次官補である。
 第4章では、オバマとヒラリーの激闘から読む世界の明暗である。アメリカの大統領は黒人の次は女性で、その次はヒスパニックで、それからユダヤ系の大統領が出るという。カダフィー殺しをやったのは、リビア人やアラブ人ではないという。ヒラリーに激励されたアフガニスタンの傭兵にやらせたという。カブールの空港に着陸する寸前の所で、タリバン系の反政府ゲリラがロケット弾を撃ち込んだことにして、すべて殺して証拠隠滅したという。他にも、いろいろな興味深いことが書いてある。ビル・クリントンはロックフェラー家の4男であるウィンスロップ・ロックフェラーの隠し子であるとか、戦争はアメリカの公共"破壊”事業であるとかである。私が憲法改正派であるのは、アメリカの言いなりになるためではない。アメリカの言いなりにならないためである。

今週の愛聴盤 177 (151222)

Il Canto Dell'arpa E Del Flauto / Pepe Maina
Il Canto Dell'arpa E Del Flauto / Pepe Maina

 今回は久しぶりに日本で発売されたLPレコードである。キング・レコードから出た「ヨーロピアン・ロック・コレクション2000」の中の1枚である。原盤は1977(8?)年にイタリアで発売されている。1980年3月にライナーノートを山岸伸一が書いている。ハープ、ギター、各種ギター、ピアノ、ピッコロ、パキスタンベル、シタールなどの民族楽器などを使い、すべて1人で演奏している。マイク・オールドフィールドの世界にも通じるものがあると、このシリーズの「ユーロ通信」で、たかみひろしが書いている。
 日本語のアルバムタイトルは、「ハープとフルートの歌」である。YouTubeでは、フルアルバムがアップロードされていた。しかし、この年末の忙しい時に、よほど暇のある人しか聴いていられない。ここでは、ベスト曲を1曲紹介する。それでも、10分以上ある。アルバムタイトルにもなっている曲で、パート1の方である。Pepe Maina - Il Canto Dell'Arpa E Del Flauto (Parte 1)で聴くことができる。
 次は、イギリスの2人の兄弟が作ったアルバムである。Whichever Way You are Going, You are Going Wrong / Woo(1982年)である。ネットの解説によると、実験的インディーズ・ロックとなっていた。当初は、兄弟だけで外の世界から離れて、自分たちのためだけに音楽を作っていたという。その後、何枚ものアルバムを発表している。Y0uTubeでは、たくさんの曲がアップロードされていた。ここでは、視聴者数が少ないが、私好みの曲を紹介する。後半は曲調が変わり、飽きさせない。Woo - Pokharaである、
 実験的音楽は、曲によってついていけなかったり、新鮮に感じたり、その人の感性によって感じ方が異なる。Wooの曲でも、7千を越える視聴者数の「Woo Collective - It's Cosy Inside」より、ここで紹介した曲の方が私は楽しめる。次に紹介するアルバムは、これもまた実験的音楽である。LPレコードではなく、CDである。Onea Gako / Marcus Schmickler(1993年)である。ネットの情報によると、マーカス・シュミックラーは1980年代後半から活動するドイツの電子音楽家である。ここでは、ロバート・フリップ様のギター音が聴けるMarkus Schmickler - Waverecorderを紹介する。YouTubeでは「Marcus Schmickler - Risset Brain-Hammer」の視聴者数が1万3千人を越えている。先ほどの日本語の解説を読むと、この曲は評価されているようである。
 最後に、私がハイ8テープに録画したMTVからである。ネットで調べてみたら、日本語の解説がたくさん載っていた。私が知らないだけで、日本でもよく知られていたようである。日本語のウィキペディアによると、米国の女性シンガー・ソングライターである。1996年の作品である。Tori Amos - Caught A Lite Sneezeで聴くことができる。

 

平成27年12月15日(火)

 この前の日曜日は、医院のトイレの洗面台と2階の水洗トイレの入れ替えをした。全部で、値段は21万円ちょっとであった。待合室のトイレの洗面台は、以前から水漏れしていた。長いこと放っておいたら、洗面台の床の部分が腐ってきた。最近は水漏れがひどく、隣の小さな荷物室まで濡れてくるようになった。2階の私専用の水洗トイレも水を流した後で、床が濡れるようになった。水漏れの時は、どこに修理を頼んだらいいかである。ネットで調べてみると、法外な値段を要求されることもあるようである。
 私の医院は開業して、14年半になる。床の下を通っている水道管に問題があったら大変である。結局業者に電話して、水漏れの原因を調べてもらった。洗面台は部分的に腐っていたので、2階のトイレも含めて交換してもらうことにした。値段が適切なのか、よくわからない。新聞のちらしに載っているリフォームの値段と、それほど変わりなかった。今は25万円もする水洗トイレもある。交換して、気分一新になった。
 実は、京都駅近くのマンションの風呂に、室内乾燥機を取り付けることにした。暖房付きである。最近は家電量販店でも、家のリフォームを引き受けるようになった。リフォーム専門店に頼むより、名の知れた家電量販店に頼む方が、値段も明瞭で、何となく安心である。委託された業者の人が見積もりに来た。値段もチラシと変わりなかった。こちらの方は、壁の取り付け工事も含め、11万円ぐらいであった。冬の京都は寒いので、風呂場に暖房があったら便利である。
 少し前に、雑誌の「Family 医学部進学大百科 2016完全保存版」にざっと目を通した。この中に、10年後の診療科ガイドという特集があった。それぞれの科の有望度、ワークライフバランス、開業医の平均報酬年額などが載っていた。星3つで評価しており、例えば小児科の有望度は星1つである。開業医の平均報酬年額を見て、実態を反映をしているのか疑問に思った。産婦人科医が最高で、3471万円である。すべての科が載っているわけではない。7つの科の中で精神科医は1番低く、1869万円であった。報酬年額とは、年収のことを言っているのか、わかりづらい。手取りでも、もうちょっとあるのではないかと思う。
 面白いのは、開業率である。私は昭和54年(1979年)卒である。さすがに60歳を越えると、同級生の8割以上は開業している。精神科医の現在の平均開業率は、24%である。ちなみに、眼科は63%と1番高く、皮膚科と耳鼻咽喉科が6割ぐらいである。ここに書いてある医師数もどこまで正確なのかはわからない。精神科医は1万5千人近くいる。私は精神科のことしか知らない。しかし、こういう雑誌を読んでいると、実態とはずれた少しピント外れのことも書いてある。精神科医の有望度が星3つになっていた。昔は素直でよくなる患者さんが多かった。最近は、社会が複雑になり、ややこしい患者さんが多くなった。薬だけではなかなか改善しない。
 先週の土曜日は、毎年恒例の忘年会を兼ねた医局の同門会があった。私がお世話になった3人目の教授は来年の3月で定年退職の予定であった。ところが、今年12月で退職し、大学の保健センターの特任教授になるという。後輩の先生に聞いたら、新たにできたこの保健センターでは、学生や職員の健康管理をするという。挨拶で、大学には40年いたという。研修医や大学院を含め、1度も大学を離れていない。どんな教授でも、若い頃に1度ぐらいは関連病院に出される。珍しいケースだと思う。最後は、病院長をしていた。バルサルタン問題では本当にご苦労様でした。教授になると、仕事以外で自分の好きなことができる時間はほとんどない。まだ身体が元気なうちに、やり残していることを充分に楽しんで下さい。
 この会で、久しぶりに珍しい先輩に会った。65歳で当時の国立舞鶴病院を定年退職し、いっさい医者の仕事から退いていた先生である。今年80歳になったという。15年間、まったく医療には関わっていない。こんなに潔い先生はいない。開業していなくても、だらだらとパートで仕事を続ける人が多い。なぜかというと、時給が税込みで1時間1万円になるからである。これだけ収入があると、なかなかやめられない。私がお世話になった先生はますます高齢になっている。チェロなどの楽器の演奏に凝っている先生もいた。自分の言い訳ではないが、60歳を越えたら、残りの人生で自分の趣味を充実させたらいいと思う。私でも、忙しい時には、いつ桜が咲いて散って、いつ紅葉になったのかさっぱり季節感がなかった。
 さて、今週読み終えた本である。前回の日記で紹介した井上章一「京都ぎらい」(朝日新書)を含め、4冊の本を同時並行読みしていた。どうしても、読みやすい本から読み終えていく。毎年出ている本である。この日記では去年も紹介している。大前研一「日本の論点 2016〜2017」(プレジデント社)である。この本は是非ともみんな手にとって読んで欲しい。著者は私より10歳年上である。こんなことまで書いていいのかと思うほど、歯に衣着せぬ発言をしている。本屋には、安倍政権の御用評論家の本があふれている。こんな本を読んで満足している人には、是非ともお薦めの本である。
 この本は親切で、各章ごとに「結論!」というまとめがついている。私は自分の言葉で本の要旨を書かないと気が済まない。各章ごとにまとめがついていると、どうしても似たような内容になってしまう。見た映画の紹介でも、ストーリーは自分の言葉で書き直している。引用先を紹介せずに文章をコピペするのは、軽蔑している。だから、今回は本の内容を自分でまとめて紹介するのは、ものすごくやりづらい。ここでは、印象に残ったことを簡単にまとめて書く。
 まず、沖縄から基地がなくならない隠された理由である。1972年の沖縄返還に際して、アメリカ政府は「軍政がこれまで通りなら、民政については返還する」という条件を出した。ところが、このことは当時一切国民に説明しなかった。軍政が残された以上、沖縄の基地に米軍が核を持ち込もうと、日本政府は文句は言えない。日米ガイドラインによると、尖閣諸島が攻撃された場合には、米軍に頼ることはできないはずとも書いている。戦後70年も経っているのに、これからも沖縄の軍政は米国が持ち続けることができるのかはよくわからない。
 文科省提言の「G(グローバル)大学・L(ローカル)大学」は若者をつぶすでは、大学とは「稼ぐ力を身につける場所」と書いている。他の本でも、アメリカの名門大学のランキングは年収のランキングと書いていた。世界のどこにいっても稼げる三種の神器は、「英語」「ファイナンス」「IT(ITスキルを含んだ問題解決能力)」だという。アベノミクスにも批判的である。アベノミクスでは地方は活性化しないし、女性も輝かないと断定している。
 私は、この日記でも敗戦後、日本が分断されなかったでけでも御の字であると書いた。ここでは、ヤルタ協定のことも書いている。ソ連が日ソ中立条約を破って南千島を不当占拠したという日本政府の言い分は当たらないという。スターリンは北海道を南北に割って、北半分をソ連が占領することを求めた。ドイツ降伏直前に亡くなったルーズベルトが生きていたら、実現していた可能性もあった。後を受けたトルーマンが拒否したのである。ここでは、その後日ソ関係の修復をアメリカが警戒したことも書いてある。アメリカは沖縄返還の条件として、時の外相に、実現がほぼ不可能な北方四島の返還をソ連に求めるように要求したのである。他にも、安倍首相が閣議決定した集団的自衛権の本質とは、アメリカの大義も判断力もない国の要請に対して、軍隊の出前をすることと断言している。

今週の愛聴盤 176 (151215)

Superchip / The Broughtons
Superchip / The Broughtons

 グーグルの検索では、上位に日本語の解説は出てこなかった。ブロートンズなんて、知っている人はほとんどいないと思う。それでも、エドガー・ブロートン・バンドなら、名前ぐらい聞いた人もいるだろう。エドガー・ブロートン・バンドは1968年に結成された英国のサイケデリック・ロック・バンドである。英語のウィキペディアによると、メンバーの入れ替わりがあり、1979年に再グループ化されたバンドがブロートンズである。1982年の作品である。同じアルバムが、後にエドガー・ブロートン・バンド名で出ている。私の持っているLPレコードには、プラスチックのルーペが付いている。最近はレコードラベルの円の周囲に沿って書いてある小さな文字が読みにくくなってきた。このルーペが役立つかもしれない。
 前置きが長くなってしまった。正直言って、前置きが長いアルバムほど、あまり大した内容ではない。段々と紹介するLPレコードも少なくなってきた。YouTubeでは、Edgar Broughton Bandの曲はたくさんアップロードされていた。このアルバムからの曲も、Edgar Broughton Band名で出ていた。まず、Edgar Broughton Band - Subway Informationである。私の好きな曲は、アップロードされていなかった。ここでも何回も書いているように、私には記録として残して置かなければならないという強い強迫観念がある。また、私がアップロードすることにした。The Broughtons - Innocent Bystandersで聴くことができる。
 次は、イタリアのアバンギャルド・エレクトロ・ロックである。Untitled / Albergo Intergalattico Spaziale(1978年)である。オリジナルは自主制作盤で、わずか200枚プレスされただけである。私の持っているのは、再発CDである。ネットで見つけた日本語の解説によると、「同じくイタリアの Jacula にも通じる不気味なサウンドとインパクトのある Art-Work」となっていた。ここでは、視聴者数は少ないが、私の好みの曲を紹介する。まず、Albergo Intergalattico Spaziale - Tastiera Soloである。他に、聴きやすい曲は、Albergo Intergalattico Spaziale - Hymalaya である。
 最後に、私がハイ8テープに録画したMTVからである。ネットで調べてみたら、このバンドも日本語の解説がほとんどなかった。日本ではあまり知られていないようである。アメリカのインダストリアル・ロックである。1996年の作品である。Stabbing Westward - Shameで聴くことができる。

 

平成27年12月8日(火)

 いよいよ年末が近づいてきた。年末年始の休みをどうするかである。来年は1月3日が日曜日である。官公庁は12月29日〜1月3日が休みである。最初は、4日の月曜日に休みにするのは中途半端だと思った。今回は官公庁と同じで、1月4日(月)から外来を始めることにした。院内掲示板にもお知らせの紙を貼った。ところが、外来の患者さんの話を聞いていると、大手の企業は4日まで休みという所が多かった。1月4日に外来を始めても、それほど患者さんは多くない。1月5日からにしたらよかったと後悔した。しかし、今かさら変更するわけにはいかない。
 来年のカレンダーを見ていたら、例年と比べ、月曜日が休みになる日が少ない。そのかわり、木曜日が祝日になる日が多い。新しくできた山の日も、8月11日で木曜日である。外来は月曜日から土曜日まである。週のど真ん中が休みになると、午前の外来を1回だけ休みにして連休にするのが難しい。11月の文化の日と勤労感謝の日も木と水である。今年の9月は日曜日から4連休続いた。木曜日の午前中の外来を1回休んだだけで、ベストシーズンの中国・九寨溝に行けた。来年の同じ時期の休みは月と木だけである。来年は是非とも行っておきたい所があるので、今から苦労しながら予定を立てている。
 今週は、先々週の日曜日に録画したNHKの日曜美術館を見ていた。「写狂老人"時”記 〜写真家・荒木経惟 75歳の日々〜」である。実は、中国の九寨溝に行っているとき、北京の空港で久しぶりに荒木経惟の名前を目にした。空港に置いてあった「Air Traveller」という雑誌に、「左眼」という写真集のことが載っていた。中国語でも「右眼完全失明」と書いてあった。英文で前立腺がんのことも書いてあった。私はこの時まで、病気のことは全く知らなかった。そのまま忘れかけていた。たまたま新聞でTV欄をみていたら、この番組を放送していた。
 「写狂老人」は、尊敬している北斎が75歳になった時に「画狂老人」と名付けたことにちなんでいる。2008年に前立腺がんになり、「東京ゼンリツセンガン」と言う写真集も出している。昔と変わらない姿なので、あまり年をとったようには見えない。それでも、番組では体力が衰えていることを訴えていた。パリで写真展が控えていることも話していた。「KaoRi」という荒木お気に入りのモデルも出てきた。番組では、荒木のMuseと伝えていた。「淫夏」という写真展も開催していた。私の印象としては、芸術家というより、エロ写真家というイメージが強い。(決して、悪い意味ではない。) きのうの「週刊大衆」の広告に、アラーキー「人妻エロス」が載っていた。強烈な個性で、私は好きである。
 今回私が残している飯沢孝太郎「『写真時代』の時代!」(白水社)を久しぶりに開いてみた。2002年2月の発行である。「今週の愛聴盤」で30〜40年前のLPレコードを紹介しているので、あまり希少価値はないかも知れない。ここでは、1980年代の荒木経惟の写真がたくさん載っていた。今回気がついたが、「少女世界」(1974年〜1984年)では、少女のヌードが出ていた。こんな本を持っていて、逮捕されないか心配になってきた。女性器をオブジェにした写真も載っている。「景色を写したいのに、どうしても風景になってしまう」という言葉も紹介していた。久しぶりにページをめくってみたら、北島敬三の写真がよかった。今と違って、私の時代はアダルトビデオもなかった。「はじめに」で、単なる「エロ雑誌」ではなかったと書いてある。それでも、私にとっては芸術うんぬんより、エロ雑誌であった。
 前立腺がんの手術をすると、インポテンスになる人もいる。私の患者さんで、長いことお金持ちの愛人で生活している人がいる。スポンサーが高齢で、前立腺がんの手術をしてからだめになったという。荒木経惟の場合はよくわからない。言葉と行動が一致しない場合は、言行不一致という。性的な欲望と行動が一致しない場合はどうなるのであろうか。欲行不一致という言葉もない。性的に興奮して、インポテンスという状況は私にはもう1つ想像できない。番組の中で、荒木は撮影中に欲情しているようなことを言っていた。
 さて、私は写真が趣味なので、自分のことについても書く。私が医局から知の精神病院に派遣されていた時である。高知医大の先生が、写真を趣味にしていた。この先生は、カメラ(まだフィルム時代)を持って行くと、旅行が楽しめないので、カメラを置いていくと言っていた。私はカメラを持っていて楽しくなる所しか行かない。写真のための旅行で充分である。写真になる所を散歩していると、本当にうきうきして幸せである。アダルト関係では、私は性行為と撮影から選べと言われたら、撮影の方を選ぶ。女性には指1本触れなくてもいい。昔は、加納典明なんかは、ヌード写真を撮るときにモデルとやってしまうようなことを発言していた。私は欲望を満たしてしまったら、いい写真が撮れないような気がする。
 さて、最後に、3日間の釜山旅行で読み終えた本である。今話題の井上章一「京都ぎらい」(朝日新書)である。韓国で「京都ぎらい」を読むのは、自分でもいい組み合わせだと思っている。京都で「韓国ぎらい」の本を読むより、まだましである。韓国というと、男1人で女遊びでもしてきたのではないかと疑われそうである。最近は、ビールを飲むとすぐに眠くなる。2日間の夜はこの本を読んでいた。それぐらい、読みやすくて面白かった。ただ、ここまで書いていいのか心配になった。話の内容は、嵯峨で育った著者が、京都の中心部で育った人から田舎者扱いされてきたことである。昔、河合隼雄が、京都に三代住まないと京都人と言われないといういとを書いていた。知りあいからは、南は五条通りまでで、御所の近くに住んでいる人しか京都人と言われないと聞いたこともある。
 私は長野県の山奥で育ったので、はなから京都人とは思っていない。この本では、洛中の中華思想のいやらしさをこれでもかと書いている。「祇園も先斗町もわしらでもっているようなもんや」という僧侶の言葉も紹介されている。「比叡山は男色の総本山とでもいうべき場所である。稚児愛をくりひろげてきたアカデミアに、ほかならない」とも書いている。千日回峰行も、ある種体育会系的な業績で、比叡山ではそれほど重んじられていないという。結局、最後の落ちは、嵯峨における南朝のことである。
 私は祇園や清水寺がある東山区で開業している。といっても、五条通りより南で、場所柄もいいわけではない。私が精神科の医局に入局したときには、少し年増の秘書さんがいた。この秘書さんが祇園のど真ん中に住んでいた。小学生の頃は、同級生には著名人のお目かけさん(芸妓)の子が多かったという。80歳を越えている東山医師会の先輩の先生の話によると、昔は忘年会になると、各班の芸妓の取り合いで大変だったという。
 実際に京都に住んでいて、著者の言うように、マスコミがヨイショしすぎだと思う。私は府立医大を出て医者をしているので、直接不愉快な思いをしたことはない。京大でも、他府県出身者が多い。東山区は住民が超高齢化している。今は昔の勢いはない。ここでは、宇治や亀岡、城陽のことも書かれている。どこまで京都と言うかである。
 著者はどこに住んでいるかでの幼少時の体験が、今でもトラウマとなっている。結局、今の時代はいろいろな差異が作用していると思う。高層階のマンションに住んでいて、下層階の人より優越感を味わっている人もいるかもしれない。買い物はデパートだけという人もいる。学歴も同じである。どこの大学を出ているかで、内心バカにしている人もいる。昔のように、言葉には出さないだけである。私は医局の派遣で地方の関連病院に出されたこともある。確かにこの時には、都落ちという挫折感をしみじみと味わった。地方で、TVの京都特集を見ていると、どんなにすばらしい所かと思ってしまう。しかし、実際に京都に戻ってきたら、それほど過ごしやすいとも思わない。私自身が年をとって、都会の生活に疲れてきただけかもしれない。

今週の愛聴盤 175 (151208)

Untitled / Standarte
Untitled / Standarte

 今回はイタリアのプログレである。2枚ともCDである。こちらの方のアルバムは1995年に発売となっている。LPレコードの方がよく聴きこんでいる。忘れていたメロディーでも、すぐに思い出したりする。CDの方は、忙しかった時期に買っている。その分、あまり充分に聴きこなせていない。このアルバムもジャケットを見ても、どこの国のバンドだったか思い出せなかった。グーグルで検索してみたら、日本語の詳しい解説がたくさん載っていた。けっこうよく知られたバンドのようである。音作りは、一昔前の懐かしい典型的なプログレサウンドである。ここでは、長めの曲を1曲紹介する。今年の8月にアップロードされたばかりである。もしかしたら、すぐに削除されているのかもしれない。Standarte - Dream Love Sequence Nr. 9である。
 さて、次もイタリアのバンドである。YouYubeの解説にも書いてあるように、ゴシック・シンフォバンドになる。Animi Aegritudo / Ordo Equitum Solis(1991年)である。ここでは、このアルバムの中で1番視聴者数の多い曲を紹介する。私の好きな曲はアップロードされていなかった。Ordo Equitum Solis - Our Lady Of The Wild Flowersで聴くことができる。2曲目は、YouTubeの中から私の気に入った曲を紹介する。Ordo Equitum Solis - Playing With The Fireである。
 最後に、私がハイ8テープに録画したMTVからである。最初は、アメリカのバンドかと思った。YouTubeで調べると、たくさんの曲がアップロードされていた。私好みのなかなかいい曲が多かった。いくつかの動画を見ても、やはりアメリカのバンドかと思った。グーグルで検索してみたら、何と日本のグループであった。日本語のウィキペディアでは、「日本のクラブシーンにおいてジャズを選曲するDJのパイオニア」と、もうひとつよくわからないことが書いてあった。外国人を含む3人組のプロジェクトである。当時はよく名前が知られていたようである。私が録画した曲は、YouTubeにはアップロードされていなかった。仕方ないので、私がアップロードすることにした。MTVのマークは付いていなかった。1995年の作品である。United Future Organization - Cosmic Gypsyで聴くことができる。

 

平成27年12月1日(火)

 前回は11月22日(日)〜24日(火)まで韓国の釜山に行ってきた。このことについては、この日記の最後に書く。今年の紅葉はよくなかった。28日の土曜日は天気がよかったので、東福寺まで行ってみた。私の医院から歩いて、10分もかからない。連休中は不在だったので、きれいな紅葉を見ておきたかった。新しく買ったばかりのキヤノンの「PowerShot G5 X」の試し撮りも兼ねていた。ところが、沿道を歩いていても、あまり色づいていない。通天橋まで行って覗いて見たら、ぜんぜんだめであった。今年はあきらめて、そのまま引き返した。毎年東福寺に行っているわけではない。しかし、ここ10年以上で、最悪の年ではなかったかと思う。観光客が大勢訪れていたので、迎える側にとっても本当に残念であった。
 私はふだんあまりTVは見ない。興味のある番組だけ録画して、後から見る。先週の金曜日はたまたま読売TVで「日本一の頭脳決定戦」をやっていた。よくある大学の対抗合戦かと思ったら、最強の頭脳王を決める対戦であった。最後はどうなったのかわからない。決戦に残った東大医学部の学生と京大医学部の学生が難問に挑戦していた。2人とも、東大医学部と京大医学部に入るために、1日1〜2時間程度の勉強しかしていないという。日本だけでもこの世代の人たちは毎年120万人前後が生まれている。中には突然変異的に異常に知能の発達した人も生まれてくるだろう。こんな人たちと学力で競争しても無理である。ノーベル賞とまではいかなくても、将来医学研究で誰もが考えつかないような大発見をできるのか興味深い。もしかしたら、ノーベル賞級の発見は、努力や才能ではなく、単なる偶然や運が左右しているだけかもしれない。
 番組の途中で、ふだん見ない「報道ステーション」に切り替えた。新聞は毎日読んでいる。ふだんTVニュースはほとんど見ない。土曜夜10時からの「ニュースキャスター」を録画し、後から1週間の出来事をさっと確認するぐらいである。たまたま、報道ステーションを見ていたら、英国のキャメロン首相の演説が放送されていた。議会で、イスラム国に対する英国の空爆参加を訴えていた。ニュースでは出てこなかったが、「outsorce our security」という言葉が続いていた。実は、キャメロン首相の演説は、この日のCNNのニュースで知っていた。議会を説得するために、わが国の安全保障を外注(外部委託)していいのかという言葉を使っていた。私は最近はこういう演説を素直に受け取らない。欧米の軍産複合体を潤すための空爆にしか聞こえなかった。
 ここで大事なことは、日本の安全保障をすべて米国に外注していいのかである。日本の安全保障は日本がすべきである。足りない部分は各国の協力を得たり、協力し、日本の判断で拒否すべきことは拒否したらいい。それができないうちは、1人前の国家とは言えない。ビン・ラディンを米国の特殊部隊がパキスタンで殺したときに、米国支持を表明したのは日本とイスラエルだけである。国際法違反になるので、イギリスでさえ支持しなかったのである。前の日記でも書いたように、国連憲章の敵国条項についてはどうしたらいいのか、素人の私にはよくわからない。
 土曜日の夜は、京都駅裏のイオンモールに映画を見に行った。先行ロードショーをしていた「007スペクター」である。夜9時前の上映であった。会場はほぼ満席であった。出来はどうであったかというと、期待していたほど感動的でもなかった。個人的には、前作や前々作の方が好みであった。年をとってくると、ちょっとやそっとのことでは驚かなくなる。全世界が相手というのは、市場としてはケタ違いの大きさである。とんでもないお金をかけていることはよくわかった。
 さて、11月22日(日)〜24日(火)までの釜山の旅である。釜山には30年ぐらい前に1度行っている。この時の写真は、もんもん写真館に載せている。2泊3日で日本から行ける海外は、中国と韓国ぐらいしかない。残念ながら、どちらの国の言葉もしゃべれない。中国語は漢字を使うので、まだ紙に書いて意思表示はできる。韓国はハングル文字だらけで、看板を見ても何もわからない。前にも書いたように、漢字表記ではなく、英語表記にすると地名などは余計にわからなくなる。ソウルは2回行ったが、大都会は私にはあわない。今回はキヤノンの高級コンデジを買ったので、思う存分写真を撮ってきた。
 2泊3日の旅だったので、旅行会社に頼んだ。往復の航空券とホテルと空港までの送り迎え付きである。空港からホテルまでは日本語のできる女性ガイドが案内してくれた。釜山には22日(日)午後1時過ぎには着いた。タクシーの中で話していたら、中国人観光客は、釜山にはフェリーで寄り、その後長崎に行くという。韓国では漢字が使われないので、中国語の勉強は大変だという。この日本語ガイドも漢字混じりの日本語はほとんど読めないようである。日本語の会話だけが不自由なくできる。ガイドがホテルを案内してくれるときには、私はどこにホテルがあるのか事前に調べない。今回も忙しくて、前回の日記を書き上げるだけで精一杯であった。現地に着いてから最寄りの地下鉄の場所を聞いた。
 この日はホテルの近くのロッテリアで昼食をとった。この後、両替のレートがいいと言われている国際市場に行った。100円が9350ウォンになる。100ウォンは10.7円になる。ロッテリアではエビバーガーセットを頼んだが、6500ウォンであった。日本円に直すと、695円である。日本では690円なので、ほとんど値段が変わらない。こんなに円安にして、本当にいいのかと思う。下手をしたら、発展途上国並みの通貨安である。ドルベースで計算したら、資産価値は実質65%まで下がっている。先進国の中で、ここまで通貨安で喜んでいるのは日本ぐらいである。先進国としてのプライドはどこに行ったのかと思う。これだけ円安になると、ただでさえ内向きの若者が海外に留学することはほぼ不可能である。
 釜山は地下鉄が発達しているので、どこに行くのも不自由しない。1日券が4500ウォン(481円)であった。この日は釜山タワーや国際市場に行った。夕食はチャガルチまで行き、新鮮な海鮮料理を食べてきた。値段はビールも含め、3万5千ウォン(3745円)であった。どちらかというと、観光地料金であった。物価は日本と変わりなく、物によっては、デフレの日本の方が安いぐらいであった。詳しいことについては、写真付きで解説する。
 23日(月)は、釜山駅まで地下鉄で行き、循環型の釜山シティツアーのバスに乗るつもりであった。バス亭で自由に降りられ、また次のバスに乗れる。バスを待っている間、個人でやっているミニバスの運転手が声をかけてきた。市内を周遊するという。すでに、地方から来たと思われる韓国の年配客が乗っていた。値段は2万ウォン(2140円)と言われた。韓国語はまったくわからなかったが、このバスに乗ることにした。運転席の横に座らせてもらって、本当によかった。10人ぐらいのグループで、運転手がマイクで説明する。そうすると、乗客がかけ声をかける。先ほどの英国の議会でも同じである。キャメロン首相が演説すると、他の議員たちはかけ声をかける。
 このバスツアーでは釜山の主立った所に寄った。乗客はみんな親切であった。昼食をとっている時に、お年寄りの夫婦が自動販売機でコーヒーを買ってきて私にもってきてくれた。この日は途中から少し雨がぱらついた。私は傘を持って行かなかった。広安里のビーチで雨に濡れながら写真を撮っていたら、ドライバー同志で傘をさして話していた運転手が、自分の持っていた傘を私に貸してくれた。この日は午前11時から午後4時40分ぐらいのツアーであった。韓国語はまったくわからなかったが、現地の田舎の人とのツアーもいいと思った。この日の夕食は、釜山の1番の繁華街である西面(ソミョン)でとった。ここまで都会都会していると、何の魅力も感じない。
 翌日は午後2時半にガイドがホテルに迎えに来るまで、地下鉄で前日行けなかった海雲台(ヘウンデ)まで行っていた。この日は天気がよくて、本当に気持ちよかった。私の趣味は写真である。南の島だけでなく、海が好きである。釜山は歩いていても、写真になる場所が多く、大満足であった。もうちょっと円高なら、もっとお得に楽しめたと思う。韓国では済州島や釜山は自然に恵まれ、お薦めである。済州島はガイドを雇わないと効率よく廻れない。釜山は地下鉄やシティバスがあるので、1人でも自由に廻れる。月曜日が休みの時には、自分で格安チケットを買って、土曜の午後からでもまた来たい。

屋台  ここは国際市場近くの屋台である。庶民的な雰囲気にあふれていて、よかった。。観光客も多いので、写真を撮るのにはそれほど抵抗はない。

釜山タワー  釜山は港町なので、夜景がきれいである。釜山タワー(118m)に上って、写真を撮った。私は、ガラス越しに写真を撮るときには、ティッシュペーパーでガラスを拭く。それでも、タワー内の照明がガラスに映りこんでしまう。いろいろ場所を変えて、写真を撮った。

市場  海沿いのチャガルチ市場である。海鮮料理を食べさせてくれる屋台が並んでいる。私は、屋根付きの大きな市場で夕食をとった。日本語をしゃべるおばさんがいた。生け簀から魚や牡蠣などを選んで、その場で調理してもらう。

海岸  地元の人たちのバスツアーで行った所。場所はどこかよくわからなかった。太宗台(テジョンデ)近くの海岸だったと思う。風が強く吹いていた分、荒々しい海が楽しめた。

中華街  「地球の歩き方」に釜山駅の近くに小さな中華街とロシア人街があると書いてあった。コンビニで、何人かのロシア人は見かけた。こういう店でも、それなりの雰囲気はある。

焼き肉店  釜山の1番の繁華街である西面(ソミョン)の焼き肉店である。注文したのは、左の赤いチゲ鍋と右のスライスした牛肉とブタ肉、ライスとビールである。韓国料理を頼むと、これだけの物がついてくる。チゲ鍋だけが辛すぎて、口に合わなかった。他の料理は本当に美味しかった。値段は1万7千ウォン(1820円)であった。

海雲台1  ここは海雲台(ヘウンデ)の海岸である。青空が出て、海はきれいであった。海岸の写真を撮るのは、本当に難しい。どうしてもメリハリのない平凡な写真になってしまう。美しい波も、海岸に打ち寄せる波だけに気を取られていると、後続の波模様がもう一つだったりする。

海雲台2  海岸線を東に歩いて行くと、魚の処理をしている人たちが見えてくる。ここも雰囲気があって、よかった。

海雲台3  漁船乗り場から見た海雲台ビーチである。こんな写真が撮れたら、もう何も言うことはない。ここからもっと東に行くと、廃線跡ウォーキングが海岸沿いにできる。私は時間がなくて行けなかった。

今週の愛聴盤 174 (151201)

Wild And Wandering / Wasted Youth
Wild And Wandering / Wasted Youth

 今回紹介するLPレコードは、英国のエレクトロ・ロックである。1981年の作品である。アマゾンで調べてみると、CD化されていた。中古のCDが5480円からとなっていた。正直言って、それほど名盤ではない。しかし、段々と紹介するアルバムがなくなってきた。少し苦し紛れに、今回取りあげる。グーグルの上位検索では、日本語の紹介はなかった。このアルバムの中からは、私好みの曲を紹介する。同じアルバムから、2万6千を越える視聴者数の曲もアップロードされていた。まず、Wasted Youth - Housewifeである。次に、このアルバムにははいっていない曲である。Wasted Youth - Jealousyを紹介する。
 次のLPレコードも、ますますマニアックとなっている。こういう曲は、ごく一部の人にしか受け入れられないだろう。10 Suicides / Ilitch(1980年)である。フランスのバンドである。ネットで調べると、ジャンルはニューウェイヴ、インダストリアル、アバンギャルド、実験音楽となっている。私がアルバムを紹介するときには、おおざっぱでいい加減なジャンル分けをしている。最近のマニアックな音楽ほど、きちんと細分化されているかもしれない。上位検索で、日本語のレビューが1つだけあった。「プログレッシブ・ロックとニューウェイヴの大きなプレートがぶつかり合った時期に生まれたカルト伝説バンド」ということになる。
 実際には、それほど大げさな音作りをしているわけではない。まず、Ilitch - Peripherikredcommandoである。次に、同じアルバムからIlitch - Elle Voulait Que Je Sois Droleを紹介する。
 最後に、私がハイ8テープに録画したMTVからである。今回も、アメリカのオルタナティブ・ロック・バンドである。日本語のウィキペディアによると、カルフォルニアの出身の3人組である。ベーシストが高度なテクニックを持っているという。最初見た時には、よくわからなかった。ハイ8テープには、2本の動画が入っていた。最初は、「Primus - Southbound Pachyderm」を紹介するつもりであった。ところが、視聴者数を見てみたら、こちらの方が遥かに多かった。癖のある音作りで、どうして1千万人を越えているのかよくわからない。1995年の作品である。Primus - Wynona's Big Brown Beaverで聴くことができる。

 

平成27年11月24日(火)

 この日は不在となるので、この日記は11月21日(土)に書いている。きょうの朝刊を読んでいたら、北の湖が亡くなっていた。私は特に相撲ファンでもない。しかし、北の湖とは生年月日が近い。花の二八(ニッパチ)と言われた昭和28年(1953年)生まれである。北の湖は5月16日生まれで、私は5月19日産まれである。今でも覚えているのは、成人式の日である。式には参加しなかったが、私は京都で1人迎えた。この時に大相撲では北の湖が優勝したか何かで大騒ぎとなっていた。私は一浪して大学に合格していた。しかし、もう1つ学生生活に馴染めていなかった。この時に、同じ20歳で、一体自分は何をしているのだろうとひどく焦った。それから、もう40年以上過ぎ去った。同世代として、心からご冥福をお祈りします。
 きょうはあまり書くことがないので、最近の単身赴任事情について書く。国家公務員の患者さんを診察していると、中には単身赴任で全国あちこちを転勤している人もいる。一般の会社でも、転勤はよくある。子どもが小さい時には、家族で引っ越しする。大きくなると、夫は単身赴任である。妻の方は、昔は専業主婦が多かった。今はパートぐらいの仕事をしている。中には、正社員としてバリバリ仕事をしている人もいる。
 子どもが小さいうちは、父親が単身赴任先から帰っても歓迎される。しかし、思春期なって反抗期にはいると、父親が帰ってきてもうっとうしがられるだけである。妻の方の同じである。うるさい人が帰ってきたぐらいで、内心歓迎していない。男性の方は、家族のために1人で頑張って仕事をしているという強い思いがある。ところが、単身赴任が長くなればなるほど、妻にとっても子どもにとっても、単なる給料運搬人になってしまう。
 定年退職で単身赴任を終えて自宅に帰っても、少しも家族から感謝されていない。いくら専業主婦でも、家庭は自分が1人で守ってきたという自負がある。「これからは、ゴミ出しはあなたにやってもらいます」といきなり宣言された患者さんもいる。2人とも正社員で、子どもがまだ小さい場合である。夫の転勤が決まった場合は、妻が正社員をやめて子どもと一緒に夫についていく場合が多い。ところが、妻の実家が京都にあり、妻が条件のいい正社員についている場合は、事情が変わってくる。夫が単身赴任して、妻は実家で小さな子どもと一緒に住んだりする。掃除、洗濯、夕食は母親が全部やってくれる。恋愛時代と違い、結婚生活ではいつまでもラブラブが続くわけではない。夫がたまに単身赴任先から疲れ切って帰っても、子どもが自分より妻の両親になついていたりする。外来で患者さんを診ていると、単身赴任だけではなく、70代、80代の夫婦関係も難しくなっている。
 きょうは、前に紹介した本で、この日記で書けなかったことを書いておく。苫米地英人「日本人だけが知らない戦争論」(フォレスト出版)である。本の内容については、今年8月4日の日記に簡単に紹介した。この本の中で、1番最後に書かれていることが気になっていた。何かというと、国連憲章に書かれている日本に対する敵国条項である。最近はTVでも解説されるようになったが、「United Nations」というのは、第二次世界大戦での連合国を意味する。この本によると、集団的自衛権の集団とは、日本にとってアメリカとの集団である。よく言われているように、集団的自衛権は主権国家なら、どんな国でも保有する権利である。戦争を起こす権利は外交権の1部なので、そもそも個別的自衛権か集団的自衛権かということを問題にする必要はない。
 ところが、国連憲章の敵国条項によって、日本には戦争を起こす権利がないと決められている。この敵国条項の削除が行われていないため、日本は国連加盟国193国の中で唯一戦争を起こす権利がない特殊な国になっているという。かっては、敗戦国であったドイツやイタリアも同じ扱いであった。しかし、今は両国ともNATOに加盟したので、事実上、敵国条項は適用されない。
 だから、日本にとって必要なのは、憲法解釈の変更でも、集団的自衛権の行使容認でもないという。敗戦によって失った主権を完全に回復することだという。いまの日本は、事実上大日本帝国として国連に加盟しているからである。どうすれば敵国条項を外すことができるかというと、一旦国連を脱退することだという、その時に、日米安保条約もひとまず破棄する。そして、新しい日本国として、再び国連に加盟し、アメリカと新たに安保条約を結ぶことだという。いずれにしても、敗戦の重みというのはこういうことである。
 ついでに、ドイツのことも書いておく。「日本ばかりが悪かったのではない」といつまでも女の腐ったような負け惜しみを言い続けていると、歴史修正主義者として世界のどこからも相手にされなくなる。この問題を考えるには、ドイツとイスラエルの関係が参考になる。実は、CNNニュースを見ていると、イスラエルのパレスチナ政策が欧米から非難を受けている。この問題は日本とは違って、よくニュースで取りあげられている。この時に、ユダヤ人を大虐殺をしたドイツはイスラエルに対して、ヨルダン川西岸や東エルサレムの入植地建設に反対できるかである。ネットの記事である「ドイツとイスラエルの和解とパレスチナ問題 武井彩佳 / ドイツ現代史、ユダヤ現代史」によると、ドイツはイスラエルに対して反対している。パートナーであっても言うべきことは言うである。もしかしたら、ここまできれい事ではすまず、イスラエルに対してのドイツの批判が手ぬるいという意見もあるのかもしれない。
 さて、日本である。私はドイツと同じように、現在の中国に対して批判すべきことは批判していいと思う。しかし、このことができるのはきちんと自分の足もとを固めてからである。安倍首相のように、中国への侵略も否定するような発言をし、A級戦犯が祀られている靖国神社を参拝すると、いくら現在の中国を批判しても、歴史修正主義者としてどこからも信用されない。私は前から書いているように、憲法改正派である。最近の「週刊ダイヤモンド」に載っていた櫻井よしこの記事を読んで驚いた。憲法改正で、天皇を国の象徴ではなく、元首にするという。元首の解釈もいろいろあるようである。安倍首相お気に入りの稲田朋美の発言などを記事で読むと、保守というよりまさに右翼である。こんな人たちに日本を牛耳らせたら、本当に危険である。
 最後に、19日(木)の夕方に、二条城まで「アートアクアリウム城〜京都・金魚の舞」を見に行った。買ったばかりのキヤノンの「PowerShot G5 X」の試し撮りのためである。以下に、写真付きで簡単に紹介する。

行灯  会場は午後5時〜10時までである。照明を使っているので、暗くならないと楽しめない。入場券は一般1600円である。会場で買うより、セブンイレブンで買っておいた方がいい。会場のチケット売り場には長い列ができていた。行灯の中に金魚が泳いでいる。

踊り  ホームページの案内によると、「二十四節気七十二候の舞」である。バックに金魚が泳いでいる。カメラのレンズが明るいので、激しい動きでなければ、あまりぶれていなかった。大勢の観客がいたので、カメラを高く上げ、液晶を開いて撮った。

ディスプレー  あちこちに金魚鉢が置いてあり、ここでは沢山の金魚鉢を積み重ねている。色鮮やかな照明が照らされ、いろいろな色に変わっていく。芸術作品としても面白い。写真を撮る技術より、作品の方が上回っているので、誰でもきれいな写真が撮れる。

金魚鉢  こういう金魚鉢が1つ1つ置いてあった。大勢の人が思い思いに、写真を撮っていた。照明があるので、スマホでもきれいに撮れる。一脚と三脚の使用は禁止である。動画も禁止になっている。フラッシュを焚かなければ 、写真は自由に撮れる。

着物  着物の上に、ざまざまな色の照明が次から次へと照らし出す。これもきれいであった。あまりにきれいすぎてもよくない。すっと心の中を通り過ぎさってしまって、かえって余韻があまり残らない。

今週の愛聴盤 173 (151124)

Anima Mundi / Ingrid Karklins
Anima Mundi / Ingrid Karklins

 きょう紹介するアルバムは、久しぶりのCDである。発売されたのは1994年である。この時にはLPレコードはほとんどCDに置き換えられていた。Anima Mundiとは、宇宙霊魂である。ネットで調べると、宇宙は全体としてひとつの魂を有する活きものであり、その魂は宇宙に遍在する原理的なものとなっているという考え方である。Ingrid Karkiinsは、アマゾンのカスタマーレヴューによると、バルト三国のラトビア出身で、アメリカで音楽活動をしていた。その音楽は、一種のシャーマニズ的な色合いも伝えるとなっていた。
 実際の所はどうであろうか。まず、私が持っているアルバムから、Ingrid Karklins - Sencu Elpaを紹介する。このアルバムは2枚目である。YouTubeには、1枚目のアルバムの曲もアップロードされていた。ここでは、Ingrid Karklins - Visas Manas Sikas Dziesmasを紹介する。まだ視聴者数は少ないが、「Ar Vilcinu Riga Braucu ~ Ingrid Karklins, A Darker Passion」と言う曲も捨てがたい。興味のある人は、コピペして自分で検索してみて下さい。
 次は、正真正銘のLPレコーである。その後、CD化もされていない。Wishing Thing / Torch Song(1984年)である。Torch Songとは、失恋や片思いの歌である。英国のシンセ・ポップバンドである。YouTubeで調べてみたら、フルアルバムがアップロードされていた。このアルバムでは、2曲目の「Telepathy」がよかった。自分で、6分48秒の所に、マウスを合わせると聴くことができる。フルアルバムはTorch Song - Wish Thingである。他にいい曲がないか調べてみた。他のアルバムにはいっているTorch Song - White Nightもよかった。
 最後に、私がハイ8テープに録画したMTVからである。今回も、アメリカのオルタナティブ・ロック・バンドである。きょう紹介する曲は、1996年の作品である。YouTubeを見ると、数多くのヒット曲がアップロードされていた。このバンドも日本ではそれほど知られていないようである。Garbage - Stupid Girlで聴くことができる。

 

平成27年11月17日(火)

 この日記は午後5時前から書き出している。何をしていたかというと、きのう書けなかった「今週の愛聴盤」を先に書いていた。先週の木曜日は、患者さんの往診の後で、泉涌寺に行く道のそばにある悲田院に写真を撮りに行った。ところが、ほとんど紅葉になっていなかった。前にも書いた発売になったばかりのコンデジであるキヤノンのPowerShot G5 Xを買ったばかりである。純正のソフトケースも買いそろえた。これがよくできていて、手になじんで愛着がわく。悲田院からは京都市内が見渡せる。私はまだ行ったことはないが、五山の送り火を見るにはいいという。市内は、まだ緑だらけであった。数枚写真を撮っただけで帰ってきた。
 今度の連休は日曜日からまた旅行に出かける。火曜日を休診にして3日間の旅である。その前に、9月の連休に行った九寨溝の動画を作らなければと思った。外来が終わった土曜日の午後と、日曜日、そして、きのうの外来が終わってから夜12時過ぎまでかかって、11分余りの動画を作っていた。そして、夜中12時を越えてから、動画をYouTubeにアップロードした。ところが、けさ起きて見たら、あわてて作ったので、不十分な所が何ヶ所か見つかった。改めて修正し、アップロードしていた動画は削除し、新しい動画をまたアップロードした。そんなわけで、きのうは「今週の愛聴盤」を書くことができなかった。
 YouTubeで「九寨溝」の動画を調べてみた。日本からの動画はあまりアップロードされていなかった。私は特別写真やビデオの撮り方を誰かに教えてもらったわけではない。自己流で、何十年と撮ってきた。何も考えず感覚的に一瞬で、それなりの映像は撮れるようになっている。芸術的センスというより、車の運転と一緒で、すべて慣れである。写真の枚数は数えていないが、動画のシーンは180近くあった。今回アップロードした動画は、最初の地図以外はすべて私が現地で撮ってきた写真と動画である。必要な動画のシーンを切り取り、動画の音声も別に取り出した。カメラの動画の音声はあまりよくなく、そのままでは使えない。音楽ソフトを使って音質を変え、音量も下げた。フェイドインやフェイドアウトをつけ、映像の部分に合わせて貼り付けた。
 司会の声は、以前に紹介したゴールデン・トライアングルとヘロインの時と同じように、ソフトを使って作った。テキストを書き込むと、合成音で読み上げてくれる。これも、簡単なようでいて、けっこう難しい。文章の中で、単語のイントネーションがおかしくなってしまうことがある。単語をカタカナやひらがなに変えて、改善する時もある。どうしても改善しないときには、その単語を使わないように別の言い方を考える。今回は気温という単語がどうしてもうまく発音できなかった。仕方ないので、温度という言葉に変えた。
 ナレーションを1つ1つ作って、映像の部分に貼り付けていく。もう少し柔らかな声にならないかと、前回音楽ソフトを使っていろいろな効果をつけてみた。しかし、ソフトの使い方がよくわからないので、もうひとつであった。今回、ノイズリダクションをかけてみたら、意外と聞きやすくなった。ノイズリダクションは、レコードのプチプチやパチパチという音だけ取り除いてくれるだけではない。ヒスノイズなども除去してくれる。簡単にできているように見えるが、完成させるのに、とんでもない手間暇がかかった。作り直した分、完成度が高まっている。興味のある人は是非とも中国・九寨溝の旅で見て下さい。びっくりするほど美しい九寨溝の風景が楽しめます。中国のチベット弾圧については世界でも非難の的となっている。ここはチベットではない。それでも、ムチばかりではなく、中国の融和策(懐柔策?)も見て取れる。
 ついでに、「今週の愛聴盤」のことも書く。今回も気に入った曲がYouTubeにアップロードされていなかったので、私がアップロードした。このLPレコードから録音したら、ノイズがけっこうはいっていた。昔からノイズを除去するために、いろいろやってきた。まず、レコードクリーナーをレコード盤にスプレーして、特殊な布で拭き取るである。この方法は、レコードクリーナーをスプレーすると、かえってノイズが増えたりしてよくなかった。次は、強力なレコード用の粘着テープをローラーでレコード盤の上を走らせるである。これも、アイデア倒れで、ノイズ除去にはあまり役に立たなかった。レコードの溝につまったゴミや油分、カビなどをどう取り除くかである。今回初めて新しい方法を試してみた。誰かから聞いたわけではなく、前からいい方法ではないかと思っていた。
 製薬会社の人は、今は昔と違って、ボールペンやメモ帳、ティッシュペーパーを持ってくるぐらいである。この中に、おもちゃやテーブル、ドアノブを拭く防菌用のウェット・ティッシュがあった。私の持っているのは、「クリスタルヴェール拭いて防菌24」である。アルコールが含まれているので、すぐに乾燥する。今回これで、ごしごしとレコード盤を拭いてみた。あまり期待していなかったが、何と見事にレコードの溝の中のゴミなどが除去された。うそのように、ノイズが消えた。今は技術が発達しているので、レコードを傷つけず、固まった汗なども簡単に除去できるのかもしれない。汗ふき用のウェット・ティッシュが効果があるのかよくわからない。あまりにもノイズが多いと、音楽ソフトを使っても取り除くのは難しい。今は一部の人に、アナログレコードが人気となっている。物理的なすり傷は、この方法では無理である。中古のレコード盤も人気が出ている。レコード盤用に、専用のウェット・ティッシュを作ってもいいような気がする。今回は「中国・九寨溝の旅」の動画作りで疲れたので、これで終わりにしておく。

今週の愛聴盤 172 (151117)

Saat / Emtidi
Saat / Emtidi

 もう紹介するLPレコードがなくなったと思っていると、それなりに出てくる。何とか200回までは続けたい。今回はドイツである。きのこのマークのPILZから出ている。1972年の発売である。いつものように、マーキームーン社刊「ジャーマンロック集成」(1994年)を参照したら芸がないと思い、他の雑誌をあたってみた。私は今でもプログレ専門誌の「ロック・マガジン」、「フールズ・メイト」、「マーキームーン」、「Archangel」などの月刊誌をかなり残している。私の実家は長野県の山奥である。大学に入学してから、今までに10回引っ越しをしている。その間、引っ越しのたびに整理して処分はしてきた。今ある本とレコードはずっと持ち運んできたことになる。オタクもここまでくると、筋金入りとなる。
 1冊1冊調べるのも大変なので、1983年の「マーキームーン」のヨーロピアン・ロック・カタログで調べてみた。なんと、「ジャーマン・ロック集成」に載っていたのと同じレコード・レヴューであった。LPレコードは見開きジャケットで、表紙と同じように美しい。音楽的には、平成26年2月11日(今週の愛聴盤81)にこのコーナーで紹介した「Holderlins Traum / Holderlin」にも通じるものがある。レヴューでも書いてあるように、「カナダ人の女性ドリー・ホルメスの奏でるオルガン、ピアノ、ハープシコードの無常感が漂う調べ」が聴ける。
 まず、Emtidi - Walki´ In The Parkである。A面3曲、B面3曲で、どの曲も甲乙つけがたい。ここでは、視聴者数の多かったEmtidi - Saatを紹介しておく。視聴者数の少なかった「Emtidi - Love Time Rain」も侮りがたい。幸い他の曲もアップロードされているので、興味のある人は聴いて下さい。
 さて、ジャーマン・ロックと言ったら、耳のマークのOhrからも出ている。きょう紹介するアルバムは、Lieder von Vampiren,Nonnen Und Toten / Bernd Witthuser(1970年)である。どちらかというと、フォークに近い音作りである。このアルバムにも参加しているが、後にWestruppと組んで、Witthuser & Westrupp(W & W)で何枚もアルバムを出している。最初は、何が悲しくてこんなむさ苦しい男の歌声を聞かなければならないのかと思った。ところが、聴き進めていくと、これがなかなかよかった。
 先ほどのEmtidiとこのアルバムは後にCD化されている。ライブ盤しかなかったので、こちらの方を紹介する。曲の長さは8分を超えているが、実際には5分にも満たない。まず、W&W - Liebesliedである。次に、私の好きな曲がアップロードされていなかったので、また私がLPレコードとジャッケトを使ってアップロードした。Bernd Wittuser - Kann Die Klage Deuten Wer?で聴くことができる。
 最後に、私がハイ8テープに録画したMTVからである。Spongeはアメリカのオルタナティブ・ロック・バンドである。きょう紹介する曲は、1995年の作品である。別バージョンでは、視聴者数が186万を越えている。日本では、あまり知られていないようである。Sponge - Plowedで聴くことができる。

 

平成27年11月10日(火)

 先週は比較的ゆっくりとしていた。60歳の定年前の患者さんの話を聞いていると、みんな忙しい。昔と違って、定年前だからといってゆっくりとはさせてくれない。それこそ、全力疾走で定年を迎える。その後で、65歳までの再雇用である。ゆっくりとできる時に、いろいろな雑用をしたらいい。しかし、私の生活は日曜日にも働くパターンになっている。ふだんゆっくりできる時にはゆっくりしてしまう。日曜日はまた午後から医院に出てきて、今月中に書かなければならない自立支援医療や障害者手帳の更新の診断書などを書いていた。診断書は全部で16通であった。他にも、細々とした書類も書いていた。医院の玄関の電球が切れ、シュレッダーの切れ味が悪くなったというので、ヨドバシカメラまで買いに行った。2階の蛍光灯も交換していたら、夕食時間も入れ、夜の9時近くになっていた。
 先週患者さんと話をしていたら、今の子育ては難しいと思った。ふだんは正社員として朝から晩まで働いているお母さんである。小学1年生の子どもがいる。たまたま学校の集まりで、他のお母さんたちと話していたら、塾のことが話題になった。みんな教育熱心で、有名進学校に行かせるにはどこの塾がいいとか話していたという。このお母さんがどこに行かせているのか聞かれて、「公文」と答えたら、みんな目を丸くしたという。家に帰ってこの話しを夫に聞かせたら、夫も焦って「英語の塾でも行かせるか」と言い出したという。別の患者さんである。京都市内の私立附属小学校の入試も終わったようである。小学校に入れたら、エスカレーターで大学まで行ける。ところが、この小学入試でいやがる子どもを2年間も塾に通わせていた。夏休みも、遊びたい盛りの子どもを無理矢理行かせて、子どもが気の毒である。
 私は小さいうちからあまり無理させて勉強させるのは反対である。英語なんて中学からでいい。私の子育ては必ずしもうまくいったとは言えない。しかし、2人の子どもの進学に関してはそこそこ成功している。前から書いているように、結婚が遅かったので、長女が来年3月にビリギャルを卒業し、息子は現在私立医学部2回生である。2人とも1浪している。参考になるかわからないが、私が教育で心がけたことを書いておく。亡くなった私の父親は教育熱心で、小さい頃はスパルタで育てられた。私が長男だったこともある。小学6年生までは、成績が悪ければぶん殴られていた。だから、子どもには、「勉強しろ」と言ってもムダなことはよくわかっていた。自発的に本人がしなければ何の意味もない。2人の子どもには「勉強しろ」と強制したことは1度もない。私より、家内の方がうるさかった。自分が大して勉強もせず、よく子どもに対してここまで言えるなと思ったことがある。
 私の基本的な考え方は、大学受験はマラソンである。最終ゴールまで42km以上ある。イメージとしては、最初は先頭集団からあまり後れず、後半からどんどんとペースを上げていくことである。そうは言っても、2人とも私立中学に入れた。小学5年生から塾に行かせた。こんなに勉強させて、内心虐待ではないかと思ったぐらいである。最初から、全力疾走させるのは反対である。マラソンと同じである。途中で力尽きて、成績が伸びなくなってしまう。これで挫折した人は、親に対して一生恨みを持つ。何とかついていける人も、その後の伸びしろが少なくなってしまう。
 2人とも中学は自由にクラブ活動させた。しかし、高校は大学受験が控えているので、やめさせた。大学に入ったら、いくらでも好き放題できると言って説得した。私は現役で中途半端な大学に入学させるより、1浪で1流大学にはいることを目指した。お金がかかると言っても、その後の60年以上の人生を左右する大事なことである。娘はこつこつと真面目に勉強するタイプである。1浪してもっと上の大学に入れると思った。しかし、私の言うことなんか聞いてくれない。実際に、大学での成績はよかった。息子はゲームとサッカーに夢中で、小学生の頃から「姉ちゃんほど勉強はできへんで」と宣言していたぐらいである。本当にどうなることかと思っていたら、高3から勉強しだし、浪人の時にはそれこそ血が出るほど勉強した。私の母校には不合格になったが、本当によく頑張ったと思う。
 よく言われることであるが、一流大学に行くことが当たり前という家庭の雰囲気作りも大事である。受験に関するいろいろな雑誌を読んでいると、母親の役割が大事とも書いてある。もしかしたら、私より家内の功績が大きかったかもしれない。こんなことを書くと、非難を浴びるかもしれない。決して職業の貴賎を強調したわけではない。仕事の大変さを強調しただけである。私は子どもが勉強するように、小さな頃から仕向けるようにしていたことが1つある。子どもにとっても現実的で身近に感じられることである。何かと言うと、家族で車でどこかに出かけた時に、かんかん照りの中で道路工事をしている人がいたとする。息子には、大きくなったらこの仕事に就くかと聞いた。当然、娘も聞いている。人がいやがるような仕事を見つけたら、必ず聞くようにした。そして、将来こういう職業に就くのがいやなら、勉強するように伝えていた。
 さて、土曜日にNHKで放送していた番組である。私は録画して、日曜日の午前中に見た。ETV特集で「それはホロコーストのリハーサルだった。70年目の真実」である。新聞の番組欄には、殺害に加担した医療者たちと書いてあった。本当に感動的なドキュメンタリーであった。下手な本を一冊読むより、この番組を見る方が遥かに勉強になった。今年の6月に日本精神神経学会が大阪であった。この時に、ドイツ精神医学精神療法神経学会の会長がこのことについて講演していたとは気がつかなかった。専門医更新のために、必要な点数だけ取ったらすぐに帰っていた。ユダヤ人虐殺が始まる前に、当時の社会的ダーウィニズムと結びつき、生きる価値のない精神障害者や知的障害者が精神病院のガス室に送られて殺されていたのである。その数は20万人以上とも言われている。5年前にこの事実が明るみに出て、今年の秋に第三者委員会の報告書が出た。
 この虐殺には当時有名な精神科医であったエルンスト・リューディンが深く関わっていた。良い遺伝しだけを残すという優生学の権威で、ドイツ国民の家系を調査し、遺伝的価値の低い人を選び出している。そして、この時に、「生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁」という本も出ている。1933年にナチスが政権を取ると、断種法ができ、視覚障害者も手術を受けるか、施設から1歩も外に出ないかの選択に迫られた。強制断種術を受けた人は、ドイツで40万人いた。
 第二次世界大戦が始まると、障害者にはT4作戦が取られた。生きる価値があるかどうか調査票で調べ、安楽死させるかどうか判定したのである。この時に、ミュンスター司教が信者の家族が殺されていることを知る。その時に、教会で説教した言葉が、手書きであちこちの教会に広がった。この時の語られた言葉が感動的である。「貧しい人、病人、非生産的な人がいて当たり前だ。私たちは他者から生産的であると認められた時だけ生きる権利があるのというのか。」 この後に、非生産的な市民を殺していいというなら、病人、傷病兵、仕事で体が不自由になった人すべて、老いて弱った時の私たちすべてを殺すことも許されるだろうと続く。司教の説教からわずか20日間で、このT4作戦は取りやめになった。
 しかし、その後も、精神病院のガス室では多くの障害者が殺されたのである。この虐殺に積極的に関わったのは、精神科医と看護師である。この時の組織的に効率的に大量虐殺するノウハウを使って行われたのが、ユダヤ人の大虐殺である。この時も、障害者の虐殺に関わった精神科医や看護師が積極的に協力している。この番組では犠牲者の家族も出てくる。NHkが放送していたドキュメンタリーの中では1番ではないかと思うほど、飛び抜けて優れた作品であった。ネットで見れるのかよくわからないが、是非とも見ておくべきドキュメンタリーである。
 この番組の中でも出てきたが、ヒトラーが台頭してきたのは、国民から熱狂的に歓迎されたからである。当時、ドイツは第一次世界大戦で負け、過酷な戦争賠償金を背負わされていた。そこに、世界恐慌が襲っていた。ドイツ国民が自信を喪失していた時に、ドイツ帝国の再現をうたってナチスが出てきたのである。前にも書いたように、ヒトラーのためというより、祖国ドイツのために戦って亡くなった若者も大勢いた。それでも、敗戦国となったドイツは、自分たちだけが悪かったわけでないとみっともない言い訳はしていない。先ほどのT4作戦が中止になったのは、ナチスと言えども国民の声を気にしていたからである。日本人の国民性としては、触らぬ神に祟りなし、長いものには巻かれろ、出る杭は打たれるである。しかし、国民が本気で声をあげたら、独裁政権でも好きなようにできるわけではない。アメリカについても同じである。日本の国民が声を大にしてノーと言ったら、アメリカも戦略を変えざるをえない。ジャパン・ハンドラーズと言われているアメリカの軍産複合体の人たち(リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーン、ケヴィン・メアなど)の言いなりになる必要はまったくない。

今週の愛聴盤 171 (151110)

Gialorgues / Shylodk
Gialorgues / Shylodk

 今回は久しぶりにフランスである。このアルバムはまだ紹介していなかったと思う。2枚目のアルバムは画像として残していないので、自分でもうろ覚えである。マーキームーン社刊「フレンチロック集成」(1994年)によると、ギタリストがロバート・フリップの影響を受けているという。1977年の作品である。A面2曲、B面1曲と、プログレらしい長い曲ばかりである。ここでは、A面1曲目を紹介する。Shylock - Le Quatriemeで聴くことができる。
 次に紹介するLPレコードもフランスからである。Shylodkは比較的よく知られている。CD化もされていた。先ほどの「フレンチロック集成」によると、自主制作盤や超マイナーレーベルからリリースされたシンフォニック・ロックの1つとなっていた。Gamme / Synopsis(1980年)である。こちらの方はCD化されていない。YouTubeにアップロードされていなかったら、また私がアップロードしようと思った。幸い、全曲アップロードされていた。
 曲の出来としては、そこそこである。このアルバムの曲もけっこう長い。ここでは、私好みの曲を紹介する。ジャッケットを見ても、アルバムのタイトル名がわかりにくい。YouTubeに出てくる写真を見ると、「Rock Progressif」かと思う。アルバムタイトルの「Gamme」は、よく見ると鍵盤の前の方に書かれている。後半は演奏に身を任せていると気持ちいい。Synopsis - L'homme Fouで聴くことができる。視聴者数は少ないが、続けて次の曲も聴くと、これもいい。Synopsis - Peludeである。
 最後に、私がハイ8テープに録画したMTVからである。前回、MTVのマークが付いた動画がそのままアップロードされていると書いた。きょうはまさにその動画を紹介する。私が録画したものとまったく同じである。 以前に、NHKのBSで放送していた「Music Box」から動画を紹介していた。「Music Box」では最初や最後の部分が、途中カットされることが多かった。ところが、MTVでは最初から最後まできちんと放送してくれる。きょう紹介するのは超大物である。ジミ・ヘンドリックスは当時上映されたウッドストックの映画でよく知るようになった。音作りは私の好みとは違った。だから、あまり詳しくない。この年になると、そのよさがわかってくる。1968年の作品である。The Jimi Hendrix Experience - Crosstown Trafficで聴くことができる。

 

平成27年11月3日(火)

 きょうは体育の日なので、きのうの夜は秘蔵ビデオを見て、本をゆっくり読むつもりであった。ところが、ビールを2缶飲んだだけで、眠くなってしまった。最近は酒を少し飲んだだけで眠たくなってしまう。どうにも我慢できなくて、夜10時過ぎに床にはいった。今朝目覚めたのは、朝4時である。仕方ないので、朝6時半に医院に出てきて、この日記を書いている。9時頃になったらまた眠くなったので、タイマーをかけて20分ほど医院のベッドで寝た。
 きょうは先週とは違って、あまり書くことがなくて困っている。前から書いているように、年をとると、本当に欲しい物がなくなる。若い頃と違って、物欲がなくなった。今さらいい車に乗りたいとも思わない。せいぜい、旅行にお金をかけるぐらいである。私はソニーのデジタル一眼カメラとコンパクトデジカメを持っている。2台持っていたら、充分である。ところが、最近発売になったキヤノンの「PowerShot G5 X」が気になって仕方ない。久しぶりに、物欲が刺激された。私はファインダー派なので、これぐらいの大きさのコンデジが丁度いい。値段はまだ9万円近くもする。今月の連休に旅行を予定しているので、それまでには買おうと思っている。
 残り少なくなってきた人生をいかに楽しく過ごすかである。私の趣味は、読書、写真、旅行と限られてきた。旅行に伴って語学も必要になる。私は60歳を越えて、やっとCNNの英語がほとんど聞き取れるようになった。留学は1度もしたことはない。英語が役立つのは旅行の時ぐらいである。聞くことはできても、しゃべるのは不自由する。
 2週間ほど前に、私の医院に英語圏の人が受診してきた。日本で働いている息子の元に、家族が旅行に来ていた。ところが、息子は躁状態になっていて、家族が振り回されていた。息子は他府県に住んでいる。こういう場合は本当にお手上げである。朝9時なのに、診察室で酒を飲んでこれからパーティをしようという。この時には家族にアドバイスをして、お引き取り願った。薬も処方しなかったので、診察代も請求しなかった。家族も途方に暮れて、本当に気の毒であった。こういう時にすぐ英語が出てくるかというと、なかなか出てこない。ふだん日本語で生活しているからである。海外旅行に出ていると、常に英語で何と言うか考えているので、段々と自分で考えていることを不自由なく英語で話せるようになる。冗談も言えるようになる。どこまで正確かは別にして、英語脳に切り変わる。
 この前の日記でも書いたように、英語が聞き取れるようになると、世界の出来事がCNNのニュースなどでどう報道されているかわかるようになる。中国語ができて、中国語のTVが理解できたら最強である。なかなか中国語の旅行会話も覚えられない。NHKの語学番組出ている壇蜜に先を越されている。よく評論家などが、新聞を数紙読み比べて、どう報道されているチェックしている。しかし、これはあまり意味がないような気がする。記者クラブでの政府側の大本営発表を各紙がただ色づけして報道しているだけである。
 趣味の話に戻ると、最近はYouTubeに動画をアップロードすることが楽しみとなった。勢いづいて、今週の愛聴盤でも、また2曲アップロードした。もともと、音楽や映像が好きである。写真編集はPhotoshop Elements 10を使っている。最新バージョンは14である。高度な使い方は知らない。1番便利なソフトは、ソーネクストから出ている「ピタリ四角」である。レコードのジャケットを撮るときに、なかなか正確に正方形に撮ることはできない。このソフトを使うと、台形になっても、簡単に正方形に修正できる。Photoshopを使っても修正できるようであるが、難しくてよくわからなかった。斜めから撮った看板でも、真正面から撮ったように簡単に修正できる。値段も安くお薦めのソフトである。
 動画編集には、CyberlinkのPower Directorを使っている。動画編集は画像編集よりもっと難しく、解説書を読んでもすぐに理解できない。画像編集のように、わからない所だけ本で調べるということも簡単にできない。私がこれまでYouTubeにアップロードした動画は、写真や動画をただ順番に並べ、音楽と合わせただけである。写真のパンやズームのやり方もわからない。Power Directorの最新バージョンが最近発売になった。私の持っているソフトはその前のバージョンである。ところが、写真の切り替え時のフェードインやフェードアウトのやり方がその前のバージョンとは違ってわからなくなった。仕方ないので、前回アップロードした唐十郎や寺山修司の動画は、以前に安売りしていた時に買ったソニーのMovie Studioを使って作った。解説書は読まず、いきなり直感だけである。ソフトをいろいろといじっているうちに、トランジションのやり方もわかるようになった。
 LPレコードから音楽をパソコンに取り込むと、どうしてもプチプチ、パチパチといったクラックルノイズがはいってしまう。このノイズも除去しなければならない。私の使っていソフトは、Digital Sound Cleanerである。1番簡単な方法は全曲ノイズ除去をかけるやり方である。しかし、この方法では曲全体の躍動感が失われてしまう(と思う)。ノイズと言っても、わずかに1〜2秒間である。選択範囲を決めて、1つ1つ消していくのが1番いい。実は、前回アップロードした唐十郎や寺山修司の曲は、けっこうレコードノイズがはいっていた。前回は気合いを入れて、このノイズを1つ1つ消していった。それでも、完全には取り切れていない。
 今は早く中国の九寨溝に行った時の動画を作ろうと思っている。動画はワンシーンがせいぜい10秒〜20秒である。パソコンに取り込むと、数が100〜200ぐらいになる。どんな動画だったのかいちいち開いて確認するのが面倒である。九寨溝の動画は一旦ブルーレイディスク・レコーダーに取り込んだ。TVで確認しながら、先にレコーダーで簡単な編集をしようと思っている。レコーダーでは、日付ごとにまとまって取り込まれるので、確認がしやすい。私はラインやフェイスブックなどはしておらず、この日記も特に宣伝していない。YouTubeについても同じである。自分のアップロードした動画の視聴者数が増えていくのを見るのは面白い。最近アップロードした動画では、まだ大した数ではないが、16分を越える「Bo Hansson - Born On The Gentle South」が意外にも勢いを増している。

今週の愛聴盤 170 (151103)

They Dance Like This From As Far Off As The Crazy House / Crazy House
They Dance Like This From As Far Off As The Crazy House / Crazy House

 きょう紹介するLPレコードは、CD化されていない。グーグルで検索しても、英語でわずかな紹介が載っていたぐらいである。このアルバムは英国の2人組ユニットによって、1982年に発売された。ジャンルとしては、エレクトロミュージックになる。YouTubeで検索したが、これも1曲もヒットしなかった。Crazy Houseでは、あまりにも一般的な名前である。きちんと曲名まで入れて調べてみたが、だめであった。仕方ないので、今回も私がこのLPレコードから2曲アップロードすることにした。
 それほど名曲ではない。YouTubeにアップロードされていないと、誰かが記録として残さなければいけないという強迫的な思いにかられる。もしかしたら、ただ単に削除されているだけのことかもしれない。私がアップロードするのは、必ずLPレコードからである。CDからのアップロードについては、抵抗がある。まず、A面の第1曲である。Crazy House - Come On Down No 1で聴くことができる。次の曲は、今度はB面の第1曲目である。、Crazy House - Fall In Line Lauraである。
 2枚目のLPレコードは、Dig That Groove Baby / Toy Dolls(1983年)である。最初に紹介したアルバムもこのアルバムも、同じような時期に出ている。2枚ともデビューアルバムである。当時はどちらが有名になるのか知る由もなかった。日本語のウィキペディアによると、トイドールズは英国のパンクバンドである。私はこのデビューアルバムしか知らない。日本ではそれなりに知られたバンドのようである。来日は12回を越えている。まず、アルバムのタイトル名にもなっている曲である。Toy Dolls - Dig That Groove Babyで聴くことができる。次の曲も同じアルバムにはいっている。Toy Dolls - Nellie The Elephantである。
 最後に、私がハイ8テープに録画したMTVからである。YouTubeを見ていると、MTVのマークが付いた動画がそのままアップロードされている時がある。このあたりの著作権がどうなっているのかよくわからない。私の録画したビデオはほぼ100%YouTubeにアップロードされている。日本で見れないビデオについては、視聴できないと表示される。私が録画したビデオをこれまでouTubeにアップロードしたのは2本だけである。ついこの前の10月12日の日記で紹介した「Hal From Apollo'69 - Rocket Khaos」とJulee Cruise - I Remember / Mysteries Of Loveである。後の動画はS−VHSテープからとった。
 前書きが長くなってしまった。今回紹介するバンドの曲は、視聴者数が1500万人を越えていた。当時は、こんな超人気バンドだったとは夢にも思わなかった。日本語のウィキペディアによると、スマッシング・パンプキンズは90年代のオルタナティヴ・ロックを代表するアメリカのバンドであった。1995年の作品である。The Smashing Pumpkins - Tonight, Tonightで聴くことができる。

 

平成27年10月27日(火)

 先週の火曜日は、この日記を早く書き終えたので、久しぶりに録画したCNNのニュースを見ようとした。私は毎日30分アトランタ発の「CNN Today」を録画している。ブルーレイディスク・レコーダーの電源を入れると、外部入力のままになっているので、そのままCNNのニュースが映る。午後8時20分頃であった。ライブだったと思う。中国の習近平国家主席が英国を訪問し、エリザベス女王をはじめとするロイヤル・ファミリーから大歓迎を受けている場面であった。ずっとその場面を中継していた。エリザベス女王と習近平が同じ馬車に乗っている姿も映し出された。走り出しの時だけかもしれないが、けっこう馬車が揺れていた。
 翌日、京都新聞の朝刊を見ていたら、このニュースは載っていなかった。夕刊には載っているだろうと思って気をつけて見ていたが、何も載っていなかった。グーグルやヤフーのニュースでは最後の方で小さく取りあげられていた。この日のNHKの夜9時からのニュースでは取りあげられたようである。私は早寝早起きである。10過ぎには寝て、朝5時頃には起きる。報道ステーションを録画して後で見たが、ここでも放送していた。日本のTVでは英国の歓迎ぶりがよく伝わらなかった。CNNの実況中継を見ている限りでは、とんでもない破格の歓迎ぶりであった。
 中国の習近平が英国を訪問している間、その後CNNでどう伝えられているのか、気をつけて見ていた。チベットの人権問題に抗議するグループのことも取りあげてはいた。しかし、キャメロン首相をはじめ、英国は歓迎一色である。CNNでは、2012年にキャメロン首相がダライ・ラマと面談してから、英国と中国の関係が冷え切っていたと伝えていた。これからの中国と英国の関係を、「Win-Win Situation」という言葉で何回も表現されていた。習近平の演説でも、英国の文化を讃え、ベッカムの名前まで持ち出していた。中国と英国との「Golden Era」の幕開けとも話していた。中国人旅行者がより安く、早く、長期間滞在できるように簡素な手続きにすることも約束もしていた。英国の中国製原子力発電所の建設は国の安全保障に関わることなので、中国に任せることについて懸念する声も伝えていた。
 さて、ユネスコの南京大虐殺の記憶遺産の登録問題である。私の時代は、共産主義革命を夢見ているような左翼の人たちが多かった。だから、私は左翼系の知識人の言動については反発していた。日本の自虐史観についても、同じである。いつまで反省したら気が済むのかとか、従軍慰安婦なんてどこの国でもあったとか、靖国神社参拝批判は内政干渉であるとか、東京裁判は茶番劇であると、長い間腹ただしく思ってきた。その証拠に、今でも渡部昇一「渡部昇一の昭和史」(ワック)を残しているし、東中野修道他「南京事件『証拠写真』を検証する」(草思社)も残している。しかし、いろいろな本を読んでいて、段々とこの考え方が間違いであることに気がついた。まず大事な前提は、日本は無条件降伏してポツダム宣言を受け入れた敗戦国であるということである。決して、戦勝国と同じ立場ではない。私は天皇が死刑にされず、日本が分割されなかっただけでも御の字だと思っている。戦争はテニスの試合とは違う。渡部昇一の本も東中野修道の本も南京大虐殺はなかったとしている。私も30万人という数字は頭から信用していない。しかし、数万人程度の虐殺があったことは否定できないと思っている。
 この問題の解決方法は、本来は外交で登録させないようにすべきであった。きょうの京都新聞を読んでいたら、「英の対中接近に外相懸念伝達へ」と記事が載っていた。安倍首相は「侵略の定義はまだ国際的に定まっていない」と発言し、首相の靖国神社参拝の中国の批判も内政干渉だと言い放っている。中国を仮想敵国とする発言も目立つ。同盟国である米国からも、歴史修正主義者のレッテルが貼られている。中国側の立場から言わせると、数万人の虐殺を30万人と言い張ることより、中国に対する侵略そのものを否定するような安倍首相の発言の方が遥かに悪質で罪が重いことになる。日本に対する中国の態度がエスカレートするのは、安倍首相の歴史修正主義的発言が関係していることは間違いない。
 先ほどの外相懸念の記事に、中国の人権問題への対応が不十分だという認識を英国に伝えるとも書いてあった。そもそも、チベットを弾圧したのは、親日派であった前国家主席の胡錦濤である。現在の習近平はその後をただ引き継いでいるだけである。日本政府が胡錦濤時代に、チベットの人権問題をどこまで取りあげていたのか、記憶にないぐらいである。中国の九寨溝に行ったときに感じたことであるが、アメとムチである。当然、弾圧ばかりではない。裏では、ダライラマ側とも交渉していたと思う。私は国際的に歴史修正主義者のレッテルが貼られた安倍首相は早くやめるべきだと思っている。安倍首相が何を言っても、国際的にはバカにされて相手にされない。戦勝国側からも、敗戦国ドイツからもである。日本の国益をこれ以上損ねてはいけない。日本人が考える以上に、英国はしたたかである。習近平の娘がアメりカのハーバード大学心理学科を卒業したことはすにこの日記でも書いた。中国も韓国も世界で1番嫌われている国であると信じているうちに、日本だけが世界から取り残されていく可能性もある。
 ついでに韓国のことも書いておく。CNNニュースでは、お年寄りの半数が貧困にあえいでいると伝えていた。子どもたちも経済的に親の面倒を見る余裕がないからである。中国人の観光客数では第1位である。ちなみに日本は第3位である。韓国経済はたち行かなくなっている。日本は輸出を増やすと言って、異次元の金融緩和策を取った。1ドル80円を120円の円安にしたのである。韓国にとってはウォン高になって、輸出が振るわなくなった。私は日本の国益優先であるが、国際的にここまでやっていいのか疑問である。韓国の慰安婦問題についても、日本政府(軍)が大々的に直接慰安婦を強制連行したとは思っていない。しかし、日本政府のいう資料が残っていないから、そんなことはまったくなかったという論法も信用していない。なぜかというと、小渕優子元経済産業相の関連団体と同じだからである。政治資金規正法違反に問われた元秘書は、証拠となるコンピュータのハードディスクを破壊している。当時は、敗戦がわかった時に、自分たちにとって都合の悪い多くの書類は、証拠を残さないように焼き捨てられたのである。
 さて、先週の土曜日は、ある製薬会社主催の講演会に行ってきた。特別講演の講師は、札幌医科大学の教授であった。演題は、「自殺問題とメンタルヘルス:その最新の知見」である。厚生労働省の平成24年度の発表では、20−29歳、30−39歳の日本人の死因の第1位は自殺であり、40−49歳で第2位、50−54歳で第3位となっている。世界では第11番目で、先進国の中では最悪の水準である。自殺者の大半が精神障害を患わっている。しかし、メンタルケアをしたらすべて解決でもない。なぜかというと、司会の京大教授が質問していたように、精神障害の罹患率は日本でも世界でもあまりかわりない。日本だけ飛び抜けて自殺者が多いのは、社会的要因が大きいからである。
 先週の土曜日には、夜9時から放送していたNHKスペシャル 私たちのこれから「#雇用激変〜あなたの暮らしを守るには〜」を録画して、後から見た。非正規雇用と正社員について討論の形で取りあげていた。私の患者さんでも、離婚して子どもが2人いて、時給910円であまり休みも取らず朝から晩まで働いているお母さんがいる。疲れたと言っていたので、もう少し仕事を減らしたらとアドバイスした。ところが、減らしたら、手取りが15万円を切ると言っていた。ある大企業で働いている患者さんから聞いた話である。とんでもない優秀な派遣の人が来ているという。しかし、どんなに頑張っても正社員にはなれない。正社員になるルートが違うのである。番組でも言っていたが、正社員をやめると、どんなに努力しても正社員に戻れる可能性は極めて低い。過労自殺の労災申請が2014年度で1500件近くまで増えている。介護離職は10万人である。
 番組では、非正規でも正規でもない第3の限定正社員という働き方を紹介していた。期間は無期で、役割給や賞与もある。基本給は正社員より少ない。この働き方もいろいろ問題点はあるようである。しかし、非正規のままよりはまだましである。これまで、日本は企業が社員の社会保障の役割を福利厚生面で担ってきた。しかし、結婚が永久就職と言われた時代とは違って、今は旦那が一生面倒を見てくれるわけではない。企業も同じで、正社員だからといって、定年退職までずっと手厚い福利厚生で面倒をみれるわけではない。やはり、若い人のための社会保障は企業に任せるのではなく、国がやるべきである。そもそも非正規社員に企業の福利厚生は受けられない。こんなことを書いたら、医者仲間から反発を受けそうである。前から書いているように、ムダな医療費を削り、もっと若者の住宅手当や子育て支援にお金をまわすべきである。最近は、自殺者数の数は3万人を切っている。それでも、まだ自殺率は先進国の中では飛び抜けて高い。日本は生きづらい社会なのである。講師の先生が話していたように、高齢者がどんどんと増えてくるので自殺者数も再び増えていく可能性も高い。(高齢者は病気で亡くなる人が多いので、死因の上位にはいってこないが、数としては多い。)

今週の愛聴盤 169 (151027)

四角いジャングルで唄う / 唐十郎
四角いジャングルで唄う / 唐十郎

 私の持っているこのLPレコードは、幻のアルバムである。ネットで調べてみたら、最初はキングレコードから発売予定であった。ところが、レコ倫(レコード制作基準倫理委員会)で、発売禁止となった。日本のフォークで有名なベルウッドから1973年に自主制作盤の形でリリースされた。当然、CD化もされていない。1973年2月8日後楽園ホールでの状況劇場の唄をレコード化したものである。状況劇場は唐十郎が率いていた1970年代のアングラ劇場である。40年以上前のことなので、記憶も曖昧になっていた。これもネットで調べてみたら、妻の李礼仙や四谷シモンの他に、麿赤児や根津甚八などが参加していた。
 このレコードの中にはいっている全ての曲が発売禁止の対象になったわけではない。もしかしたら、これから紹介する曲がその曲にあたるかもしれない。小室等が作曲をしている。誰もこのアルバムからは、YouTubeにアップロードしていなかった。40年以上前のLPレコードである。著作権がまだうるさいのかよくわからない。削除されるのを覚悟して、私が2曲アップロードした。まず、唐十郎 - ミドリのおばさんの唄である。2曲目は、1番最後の曲である。唐十郎 - ジョン・シルバーの合唱で聴くことができる。
 次に紹介するLPレコードは、同じアングラ劇場であった寺山修司が率いた天井桟敷である。田園に死す / 寺山修司(1974年)である。こちらのアルバムは、その後CD化されている。天井桟敷のJ・A・シーザーの音楽はプログレに通じて、私は大好きである。今月の11日(日)、12日(月)の連休では、東京恵比須で「寺山修司80年記念音楽祭」が催されていた。中心人物は、もちろんJ・A・シーザーである。このアルバムからは、YouTubeで何曲かアップロードされていた。まず、はじめにJ・A・シーザー - こどもぼさつ である。他に、私の好きな曲がアップロードされていなかった。仕方ないので、また私が新たに動画を作ってアップロードした。音源は、もちろんLPレコードからである。すぐに削除されないことを祈り、J.A.シーザー - 桜暗黒方丈記を紹介する。
 最後に、私がハイ8テープに残したMTVからである。MTVはアメリカのバンドがたくさん紹介されている。今回もアメリカのバンドである。日本語のウィキペディアによると、オハイオ州出身のインダストリアル・ロックバンドである。内省的な世界観というのは、このビデオをみるとよく理解できる。1994年の作品である。Nine Inch Nails - Hurtで聴くことができる。

 

平成27年10月20日(火)

 最近、あまり夜が眠れなくなってきた。せいぜい6時間で目が覚めてしまう。きのうは食事をして風呂にはいったら、眠くて仕方なかった。夜9時半ごろに床に就き、目が覚めたら朝4時ぐらいであった。自分としては、もうちょっと長く寝たかった。4時半前に寝床から起き出し、医院に着いたのが5時半である。毎週火曜日はこの日記を午前の外来や午後の往診が終わってから書き出している。月曜日までには、「今週の愛聴盤」だけは書き上げている。それでも、遅くなったら、この日記が仕上がるのは夜10時近くになってしまう。この間、夕食は自炊して食べている。きょうは朝6時ぐらいから書き出している。気楽に書いているようであるが、けっこう手間暇がかかっている。
 きのうの新聞でスマホなどの通信費が高いと出ていた。私も確かに高いと思う。子どもたちは2人合わせて、月2万円を超えている。若い世代は朝から晩まで使い倒しているので、それだけの価値はあるかもしれない。私はほとんど医院で過ごすことが多い。外出用に、ちょこっと使うぐらいである。タブレットも欲しいと思っていた。しかし、大手のキャリアを使っていたら、通信費が高くなる。WiFiルーターをいちいち持ち歩くのも不便である。今は通信費が安くなるフリーSIMが出ているのも知っている。私はあまりiPadには魅力を感じない。Yogaなども重い。
 結局、いろいろ調べて、ソニーの「Xperia Z3 Tablet」(8インチ)の輸入品をアマゾンで買った。日本のものと変わりない。唯一の違いは、日本で市販されている製品ではSIMカードが使えないことである。WiFiしか利用できない。最初は中国語表示であるが、簡単に日本語表示に切り変えられる。とりあえず、最初はIIJmioのプリペイドパックを買ってきた。最近は目が悪くなって、調べたパソコンの設定文字がIかiかわかりにくかった。設定するのに、けっこう手間取ってしまった。それでも、ルーターなしでネットが繋がるのは便利である。ソニー製のノイス・キャンセルのヘッドホンも使える。薄くて軽いので、外出時にはいつも持ち歩いている。私にとっては、今年1番の買い物であった。
 日曜日の夜は、毎年恒例の東山医師会「秋の集い」があった。講演者は龍谷ミュージアムの副館長で、演題は「日本の薬師信仰と薬師如来について」であった。詳しい要約と龍谷ミュージアムで12月20日まで開催している「アンコール・ワットへのみち」のパンフレットが配布された。私より年齢がいっているのかと思ったら、6歳も若い。現役ばりばりである。誰でもみんな自分の専門分野について話すときには、生き生きとしている。私もこんな時代があったなと思った。講演の内容としては、T薬師如来とは、U日本の薬師信仰の歴史、V日本における薬師如来の役割、W薬師如来像の名品についてであった。私のような素人は、釈迦、如来、観音、菩薩の区別がまったくつかない。仏像の見方もわからない。このあたりを詳しく説明してもらって、勉強になった。
 講演会の後は、テーブルを囲んでの懇親会である。私の隣の席には、日赤に勤務していた時にお世話になった内科の先生が座っていた。前から書いているように、私は60歳を過ぎて、仕事ばかりではなく、他にもやりたいことをやろうと考えていた。そのためには、どこかで外来のコマを1つぐらい減らさいといけない。68歳になるこの先輩の先生に聞いてみたら、まだ開業した当時のままだという。まったく診療時間を減らしていない。開業している先生をみていると、80歳を過ぎても病気で倒れるまで続けている先生も多い。私としては、これだけは避けたい。どうしてここまで続けるのかというと、それなりに収入があることと、患者さんに頼りにされることが生き甲斐となるからである。木曜日の午前中をやめて、1日休診にしたいと思っている。しかし、来年の4月からしたらいいのか、65歳になってからしたらいいのか、なかなか決断がつかない。
 同じテーブルに、東山医師会の新しい副会長が座っていた。この先生が、最近出版された奥さんが翻訳した本を持ってきてくれた。アーサー・H・スミス 「中国人的性格」(中央公論新社)である。アマゾンの紹介によると、「清朝末期の中国に二十年を越えて滞在したアメリカ人宣教師が、中国人の性格、民族性を驚くべき観察眼で描き出した古典的名著」となっていた。副会長の話によると、翻訳に5年かかったという。私はこの日記でも書いているように、中国についての本は何冊も紹介している。中国人のいう中庸とは、日本人の考えるAという考え方とBという考え方をプラスして2で割るではない。今回は私のAという考え方に従ってくれたら、次はあなたのBという考え方に従うである。最近は、こちらの考え方の方が正しいような気がしてきた。日本人のように争いを避け、まあまあ、なあなあと曖昧にするのがいいのか疑問に思っている。
 医者同士で政治的なことを話すことはあまりない。せいぜい診療報酬の改訂についてである。精神科医同士が集まっても、話題は専門分野のことである。他には、子どものことや身近な先生の動向ぐらいである。今度開業するとか、どこそこの院長になるとか、他の業界と変わりない。私の政治に関する知識はすべて自分が読んだ本からである。政治団体や他の人から直接教えてもらったことは何もない。このテーブルでは、たまたま中国のことが話題になった。私は酔っ払っていたので、安倍首相の靖国神社参拝について批判した。同席の先生方には、国際的に通用しないことをなかなか理解してもらえなかった。他の日本人もこんなもんかもしれない。天皇がA級戦犯が合祀されていること知ってから靖国神社を親拝されないのは、昭和天皇も現在の天皇もこのことを1番よく理解されているからである。
 前から書いているように、中国政府は本音をそのまま言うので、わかりやすい。その分、国際的には反発も招いている。英国やアメリカは洗練された巧みな発言をする。しかし、裏では何をやっているのかわからない。日本でも、東芝の不正会計やマンションの手抜き工事が明らかになっている。ごまかし方が巧みなのである。他の企業でも、多かれ少なかれ同じようなことをやっているのではないかと疑われても仕方ない。安倍独裁政治の危険性についてもほとんどの人が理解していない。日本の政治家は偏差値50程度の頭で、中国以上に世襲制で選ばれている。こんなことを書くと、私が中国の味方をしているように批判されるかもしれない。私はばりばりの保守派である。基本的には国際社会の中での日本の国益しか考えていない。いくら中国の悪口を言っても、日本にとって何のメリットもない。中国がもっと国力をつけて、英国やアメリカのように、国際的に通用する洗練された巧みな表現をするようになったらこわいと思っている。
 最後に、中国の九寨溝に行っていた時に読み終えた本である。いつも、関西空港の本屋に寄る。別の本も用意していたが、ここで買った本を先に読み終えてしまった。佐藤光展「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)である。発売は2013年の12月である。私の買った本はまだ第一刷であった。実は、きょうは3時頃からビールを飲んでまたこの日記を書き出している。今は5時半である。ビールを飲み過ぎて、もう出来上がってしまった。できる限り、紹介していこうと思う。著者は読売新聞東京本社医療部記者である。内容としては、精神科医療の批判である。目次を見ると、第1章 誤診、第2章 拉致監禁、第3章 過剰診断、第4章過剰投薬、第5章 処方依存、第6章 離脱症状との闘い、第7章 暴言面接である。
 精神科専門医からみたら、当たっている部分とピント外れな批判が入り混じっている。最近、医者用のホームページで、脳のセロトニンを増やすという抗うつ薬であるSSRIのことが批判されていた。私が以前から批判していたことと同じである。欧米の一流雑誌に製薬会社のゴーストライターが書いた論文が載っていたことが明らかにされていた。若年者に効果がないのに、有効性を統計的に操作して発表していたのである。SSRIの論文が1番ひどかったことは前にも書いた。他の科の論文でも製薬会社が雇ったゴーストライターの論文が恒常的に掲載されていた。最新の医学情報というのは、製薬会社が提供している場合が多い。うつ病のセロトニン説は、欧米の巨大製薬会社がSSRIを売るために提供したものである。
 ここからは10月22日(木)に追加している。安易な約束をしなければよかったと後悔している。ここに出てくる症例は、精神科専門医からみても、特殊で本当に難しいケースが多い。患者さんの一方的な訴えだけを取りあげても、アンフェアと言わざるをえない。薬漬けと無理な強制入院をどこの病院でもしているわけではない。私も精神科医を35年半やっているので、本当に大変な患者さんもたくさん経験している。ここに書かれているのような、いい加減な病院が一つもないとは否定しない。この本では薬の多剤処方を非難して、処方薬の単剤化率(1剤だけ)の高い病院は、精神科の実力の一端を示していると書いてある。治療の困難な患者さんがもちろん多剤処方でよくなるとは限らない。しかし、多剤を処方せざるをえない患者さんも少なからずいる。ややもすると、単剤処方が目的化し、患者さんが減らさないで欲しいと言っているにもかかわらず強引に減らし、治療者の自己満足に終わっていることもある。最初は単剤処方で始めても、充分な効果を発揮する前に、保険診療で認められている最高用量に達してしまう場合も珍しくない。

今週の愛聴盤 168 (151020)

Untitled / Lewis Furey
Untitled / Lewis Furey

 今回紹介するアルバムは、日本で発売になったものである。原盤は1975年に発売されている。輸入盤は高い値段で取引されていたようである。その後、「A & M Rock Special Collection」の1枚として再発されていた。値段は1800円である。このLPレコードには日本語の解説がついている。この中では「ロックマガジン」の情報を引用している。カナダ生まれで、ニューヨークのジュリアード音楽院で教育を受け、場末キャバレーのビアニストやB級ポルノ・映画の男優を経験し、当時はパリ周辺で活動していた。このアルバムのバック・ボーカルにキャット・スティーヴンスが参加している。彼がバイ・セクシャルであることも明らかにされている。
 さて、最初の曲である。これもなかなか強烈な歌詞である。「私を強姦したいんですって お金払わなきゃダメよ」で始まる。女性ではなく、男娼の歌である。Lewis Furey - Hustler's Tangoで聴くことができる。次の曲も、同じジャッケトの写真しか写っていない。ライブの動画より、こちらの方がいい。Lewis Furey - Louiseである。
 さて、次のLPレコードである。Guts / John Cale(1977年)である。このアルバムには、クリス・スペンディング、フィル・マンザネラ、イーノなどが参加している。ジョン・ケイルはイギリス出身のミュージシャンである。アメリカでヴェルヴェット・アンダーグラウンドのオリジナル・メンバーとして活動した。アマゾンで調べてみたら、中古のCDでも6千円以上の値段がついていた。ジャッケット・デザインは、白い仮面をつけ、ギターを抱えて立っている。このアルバムの中から、ベスト曲を紹介する。John Cale - Fear Is A Man's Best Friendである。他にいい曲がないか探してみた。John Cale - Dying On The Vineがよかった。
 最後に、私がハイ8テープに残したMTVからである。今回はアメリカのバンドである。ロサンジェルスのオルタナティヴ・ロック・バンドである。日本語のウィキペディアによると、コートン・ラブを中心に結成された。この人の夫が、ニルヴァーナのカート・コバーンだという。私はこの辺りのことはまったく詳しくない。このHoleは、同じテープに別の曲もはいっていた。ここでは、私の好みの曲を紹介する。1994年の作品である。Hole - Violetで聴くことができる。

 

平成27年10月13日(火)

 最近髪の毛が薄くなってきた。きのうや今日みたいに風が強い日は、いくらスプレーで固めていても、簡単にバラバラになってしまう。それこそ、吹けば飛ぶような髪の毛である。市販の製品を買ってきて、自分で染めている。昔ネットでは、私がカツラをつけているようなことが書かれていた。まだ、カツラはつけていない。もともと髪の毛は細いので、東京オリンピックまで持つのか段々と心配になってきた。
 こんなことを書くと、女性からは厭がられるかもしれない。以前に、年をとって性欲が衰えてきたと書いた。先週は、昔のアダルトDVDを整理していた。厳選したものだけ残している。久しぶりに見たら、滅多にないほど性的に興奮した。男性と女性は生物学的にも全く違う生き物である。医者や弁護士、大学教授、坊さんがアダルト・ビデオを見ていると聞いたら、女性はイヤらしいと思うかもしれない。それこそ、夫がこっそり見ていても許せない妻もいる。実際に浮気されるより、まだましである。私は履歴が残るのがいやで、ネットのアダルト動画は見ていない。将来、アダルトの履歴とマイナンバーが結びつくかもしれない。いずれにしても、これからの時代は、個人のプライバシーは守られるべきものではなく、自分がお金をかけて守っていくものになる。
 生きる生命力と性欲が連動しているのが、最近よく自覚できるようになった。女性の場合はよくわからない。少なくても、60代の男性の場合はそうである。若い時には、年を取ったら性欲も枯れるかと思っていた。仕事が忙しかったり、バタバタしていると、性欲も衰え、どうでもよくなってくる。しかし、今回、そうでもないことがよくわかった。年を取ると、好みがいろいろうるさくなり、ストライクゾーンは狭くなる。厳選したDVDだったから、反応しただけと考えることもできる。こんなことを言っていても、もう少ししたら、若かったら何でもよくなるかもしれない。
 私が性欲が衰えたと言っていたのは、自分が気ついていないだけで、もしかしたら長いことうつ状態にはいっていたのかもしれない。中国の九寨溝に行ってから、元気が出てきた。今は62歳なので、10年後は72歳である。仕事だけではなく、元気なうちに残りの人生を楽しもうと思っている。開業しているので、上手に連休と組み合わせたら、他にもいろいろな所に行ける。私と同じ世代で、まだ国公立(今は独立法人)や日赤などの病院で頑張っている先生も大勢いる。週休2日制であるが、なかなか都合のいい時に休みは取れない。開業している私より遥かに年収も少ない。年を取ると、名誉だけで生きていくのも疑問が生じる。仕事や研究に没頭して、家庭生活がおろそかになる人もいる。若い人にとって、これからの人生をどう生きたらいいのか本当に難しいと思う。
 11日の日曜日は、午後から医院に出てきた。今月中に更新しなければならない自立支援医療や障害者手帳用の診断書を書いていた。新規の診断書もあった。その後で、会計事務所に送らなければならない8月分と9月分の書類を整理していた。細々とした書類も処理していた。午後2時過ぎから始めて、終わったのは午後7時である、医者向けのネットの掲示板を見ていても、この2つの診断書と障害年金の診断書は精神科医にとってかなりの負担になっていることがわかる。12日の体育の日は、ゆっくりとできた。
 さて、中国に行く前に読み終えた本である。中国に行っていた時にも、本を1冊読み終えた。きょう紹介するのは、大村大次郎「やってはいけない相続対策」(小学館新書)である。著者は元国税調査官で、税関係の著書が多い。この日記でも、題名を忘れたが、大分前に1冊紹介した。最近は相続関係の本がたくさん出ている。今年から相続税が上がっている。私はまだ寿命があるので、まだ相続税は先のことである。しかし、この本を読んで、今から準備しても遅くないと思った。相続のことを考えることは、今から残りの人生を自分がどう楽しむかにつながってくる。
 最初の章は読者を引きつけるために、興味深いことが書いてある。最近話題になっている相続税の節税法を3つ挙げている。ビジネス誌によく載っている「タワーマンション節税」、「アパート経営」、「お墓の購入」である。タワーマンションでは、高層階であっても、低層階であっても相続税の評価基準は同じである。土地の所有分も少なくなる。3億円のタワーマンションの評価額が5千万円に圧縮できる。ところが、購入して所有者が亡くなり、家族がすぐに売ってしまうと、後から市場評価額でされる。裁判で、「租税回避行為」とみなされる。この本では、税務署が相続税の税務調査に訪れるのは、納税してから2〜3年後のことがほとんどだという。結局この家族は、3千万円の税金を追徴され、マンションを売った手数料なども含め、4450万円損をしている。しばらく賃貸にしておけばよかったと書いてある。
 庭に5億円を埋めていた話も載っている。5億円を2年間かけて、徐々に銀行から引き出し、庭に埋めたのである。亡くなった後、国税調査官が調べても、これだけの大金が他の金融資産にも移されておらず、不動産の購入にも充てられていなかった。2年間で5億円も愛人に注ぐのも無理がある。200人ぐらいいないとまずい。私の患者さんで現在生活保護を受けている人が、2年間で退職金3000万円以上キャバクラなどで使い果たしているが、これが限界であろう。結局、自宅に保管していると疑われ、ある日突然マルサに強制調査されている。2年ではなく、20年間かけた場合は把握しにくいかもしれない。脱税額が1億円以上を見込まれると、マルサが動くという。
 次の章には、相続の基礎知識が書いてある。わかりやすく、本当にためになる。興味深かったのは、相続人が遺産相続できないケースである。子どもは相続では第1順位にあり、遺留分も守られている。しかし、「相続欠格」に該当すると、相続できない。具体的に言うと、親などの被相続人や自分と同順位以上の相続人を殺したり、未遂に終わった場合である。遺言への干渉行為(遺書の偽造、破棄など)も該当する。次に、「排除」である。働かずに親のお金で生活し、日常的に暴力を振るったり、暴言を吐いたりする場合である。家庭裁判所に申したてするケースと遺言によるものの二つが認められている。しかし、相続人が異議申し立てをするケースも多いという。
 この本には興味深い相続税対策が山ほど書かれている。50歳ぐらいの人でも、親の相続があるので、1度読んでみる価値はある。税務調査に関して、納税者には黙秘権は与えられていないとも書いてある。最後に、資産家の相続である。なんと、資産家が財団を作ったり、財団に寄付をすれば、税金はかからないという。資産家は税金を払わず自分の財産を、財団に移転することができる。税務当局の厳しいチェックもなければ、公的機関の関与もない。すなわち、第三者を財団の中に入れなくてはならないという法律もなければ、財産の運用を厳しくチェックする外部機関もないのである。

今週の愛聴盤 167 (151013)

Untitled / Medina Azahara
Untitled / Medina Azahara

 今回は久しぶりにスペインである。残りのレコードはどんな音作りだったのか、さっぱり覚えていない。もう、30〜40年も経っているので、無理もない。それでも、曲を聴き出すと、うっすらと過去の記憶がよみがえってくる。このアルバムは、1979年の発売である。聴きやすい曲ばかりで、レコードのA面、B面をほとんど聴いてしまった。ネットで調べてみたら、このアルバムがデビュー作品となる。他のアルバムと比べ、プログレ色が強いようである。
 まず、Medina Azahara - Hacia Tiである。アルバム全体がこんな曲ばかりで、どの曲を紹介したらいいのか迷う。次にこのアルバムの中でベスト曲である。元の曲は9分40秒を越える。同じアルバム・ジャケットばかり見ていても面白くないので、曲を半分以下に編集した動画を紹介する。気に入った人は、別のジャッケトだけの曲を最初から最後まで聴いてみて下さい。Medina Azahara - Paseando Por La Mezquitaである。
 さて、次に紹介するのも私が持っているスペインのLPレコードである。Recuerdos de mi Tierra / Mezquita(1979年)である。このアルバムの方が玄人受けする。久しぶりに聴いてみて、これぞスペインという曲作りは見事である。この作品もデビュー作品となっている。このアルバムも、どの曲を紹介したらいいのか迷うぐらい出来がいい。まず、A面1曲目の曲である。Mezquita - Recuerdos de mi Tierraで聴くことができる。次は、Mezquita - Ara Buzaである。実は、まだ視聴者数は少ないが、捨てがたい曲もアップロードされていた。7分を越える曲である。興味のある人は、「Mezquita - Suicidio」で検索して下さい。
 最後に、いつものように私がハイ8テープに残したMTVからである。厳選された曲ばかりである。今回は前にも書いたことのある日本のデュオである。YouTubeで検索してみても、アップロードされていない。ネットで調べてみたら、ニコニコ動画にはアップロードされていた。私は会員になっていないので、同じ動画なのか確認できなかった。MTVで放送された場合には、必ず映像にMTVと書いてある。今回確認してみたら、このマークが最後までついていなかった。20年ぐらい前に録画したものなので、MTVからなのかよく覚えていない。
 ネットの情報によると、この曲はシングルCDとして、1995年に発売されている。Hal From Apollo'69は、女性ボーカリストHALとギタリストZOEによるデュオである。デビューアルバムは前年に日本とドイツで発売されている。この時に、ドイツでのツアーも行っている.日本の曲は著作権がうるさいので、もしかしたらすぐに削除されてしまうかもしれない。今回ハイ8テープから私が新たにアップロードしてみた。Hal From Apollo'69 - Rocket Khaosで聴くことができる。

 

平成27年10月6日(火)

 この前の土曜日は、私の医院の受付の面接をしていた。7年間ほど勤めていたパートの人が家庭の事情で9月の後半にやめた。1ヶ月ほど前からやめることはわかっていた。しかし、7年前と比べ、新聞の求人ちらしを見ても、医療事務の募集はほとんど載っていなかった。今はインターネットの時代なので、どこで募集したらいいのかよくわからなかった。午前中だけのパートの人の募集なので、今回初めてタウンワークを使ってみた。原稿は係の人が作ってくれた。販売や飲食店の募集とは違うので、経験者が集まりやすいように私が一部訂正した。
 シルバーウィーク前から無料配布のタウンワークに載り、ネットでは「フロム・エー ナビ」にも載った。最初は反応は悪かった。弱気になると、どんどんと弱気になる。それでも、最終的にはそれなりの応募があった。医療事務の経験者にしぼって面接した。私の医院は、すべて院外薬局で、デイ・ケアもしていない。日にもよるが、それほど患者さんが多いわけでない。医療事務としては楽である。医院にかかってくる電話もすべて私が取っている。どうしてかというと、ほとんど患者さんからの私あての電話だからである。
 私はここでも書いているように、京都市も含め、京都府すべての精神科に関する労災の部会長を、立ち上げの時から60歳前までやっていた。今は部会長は引退し、京都労働局には行かず、簡単な仕事だけ手伝っている。だから、パートの人でも有給が取れるように、労働基準法は遵守している。私の医院をやめたパートの人でも、最後に溜まった年休40日分を買い上げて、給与を支払っている。今回は、医療事務の経験を最優先して選んだ。私の医院だけではなく、女同志の職場は難しい。なんとか、長続きして欲しいと思う。必要な採血は私がやっている。プライドの高い看護師さんだけは雇わなくてすんでいるので、これは助かっている。
 日曜日は、午前中はゆっくりしていた。日曜日ぐらいはもっとゆっくりしたい。しかし、締め切りの迫った書類を書かなければならない。毎週、毎週、よくもこれだけ溜まるものだと思う。この中には、先ほどの労災の意見書なども含まれる。午後からは医院に出て、新規の障害者手帳用の診断書などを何枚も書いていた。ややこしい障害年金の診断書は書けなかった。会計事務所に送らなければならない8月分の書類の整理もできなかった。もう10月にはいったので、9月分とまた2ヶ月分送らなければならない。幸い12日が体育の日なので、今月中に更新しなければならない自立支援医療や障害者手帳用の診断書も一気に書き上げようと思う。
 さて、シルバーウィーク中の中国・九寨溝の旅の続きである。9月22日(火曜日)は九寨溝風景区に行った。この日は朝から雨であった。服装は、前日買った防寒具を着てシャツを着、下も防寒具を履き、ズボンは履かなかった。その上から、ゴアテックスの雨具を着込んだ。黄龍の時には、上着やズボンの上にゴアテックスの雨具を着込んだので、窮屈でその割りに寒かった。詳しい事は写真付きで解説する。この日は夜遅くまで、つききりで日本語ガイドが案内してくれた。
 9月23日(水)は朝11時55分発の飛行機に乗って成都まで戻った。この日は天気がよく、飛行機は予定通りに出発した。ホテルから飛行場までは1時間以上かかった。ガイドがホテルまでタクシーで迎えに来た。このタクシーには同じ22歳の日本語の若い女性ガイドが乗っていた。2人で私を空港まで送り、その後で普通のバスを使って成都まで帰るという。片道10時間である。別の日本語ガイドの方が、日本語はうまかった。2人とも日本のアニメなどで日本語に興味を持ち、大学で勉強している。この別の日本語ガイドは日本には一度も行ったことがないという。成都の日本語ガイドは20歳の女性であった。あまりの日本語のうまさに舌を巻いた。まだ若いので、中国在住の日本人の愛人でもしていたのではないかと疑ったぐらいである。この日は、あまり興味がなかったが、パンダの施設がある公園に案内された。
 9月24日(木)は北京経由で関西空港に帰ってきた。京都に着いたのは、夜の10時頃であった。今回の旅は30万円以上ついたが、それ以上の価値があった。九寨溝でのガイドの人には、中国の名所を教えてもらった。シャングリラという場所があるが、高度3600mクラスで行くのはあきらめた。帰りに九寨溝の空港に着いたら、3500mの高さでやはり空気が薄いのがよくわかった。他にも、行けそうな場所を教えてもらった。来年のゴールデン・ウィークぐらいに行きたいと思う。中国は広いので、とんでもない雄大な自然が残されている。中国語熱が冷めていたが、またやる気が起こってきた。今の時期はベストシーズンである。しかし、中国の大型連休である国慶節は避けた方がいい。世界遺産に登録されているので、あちこちで係の人が小さなゴミでも拾い集めていた。

観光バス  九寨溝風景区には、入場ゲートで、入場券220元(1元20円)と観光バス券90元を払い、観光バス(グリーンバス)乗り場から乗る。乗り降りは自由で、遊歩道のトレッキングもできる。この地区に湖は114ある。私が今まであちこち海外旅行した中で、1番感動した場所である。

湖  湖が沢山あるので、ここがどこだったのかよく覚えていない。この日は朝から小雨がぱらつき、霧が立ちこめていた。しかし、そのうち光が差し込み始め、青空も出てきた。このあたりはせいぜい2500mぐらいの高さである。歩いていてもまったく息苦しさは感じない。

五彩池  ここは五彩池である。山の天気は変わりやすく、ここに着いた時には青空が広がっていた。この日は朝方だけ雨がぱらつき、その後はほぼずっと快晴であった。移動はほとんどバスを利用した。遊歩道を歩いていても、本当に気持ちがよかった。

ランチ  昼食はバイキングである。ガイドの人がビールを飲むか聞いてきた。日本人観光客を案内していて、飲む人も多いのだろう。私はいつもなら飲むが、高地なので遠慮した。料理の味も悪くはなかった。すべて、旅行代金込みである。

五花海1  ここは、九寨溝の中で1番美しいと言われる五花海である。湖が神秘的な色をたたえている。私はカメラはソニーのα6000を持って行った。軽いので、標準のズームレンズで充分である。こういう景色を見ると、いくらいいカメラで平凡な風景を撮っても、あまり意味がないように思えてくる。

五花海2  これも五花海の写真である。私は急いで旅行の準備をしたので、水面の反射などを防ぐサーキュラーPLフィルターと間違えて、別のフィルターを持ってきてしまった。次の滝の写真を撮るのにも、光量を下げるNDフィルターがあった方がいい。大きくて重い望遠レンズはいらない。

珍珠灘瀑布  この九寨溝には、中国最大の幅のある滝など、沢山の滝が流れている。ここは珍珠灘瀑布である。この滝に至る遊歩道も見所が満載である。写真好きの人なら高いお金と手間暇をかけても、1度は訪れるべき場所である。日本語ガイドを雇っても、数人グループならもっと安くなるだろう。

九寨溝民族文化村  ここは、敷地内にある九寨溝民族文化村である。チベット族の村で、観光地化されている。それでも雰囲気があって、行ってみる価値はある。マニ車も置いてあり、1周して廻してきた。

民族舞踏  九寨溝風景区を出てから、夜はチベットの民族舞踏ショーを見に行った。予定では、前日の黄龍の後であった。しかし、飛行機が遅れて、見に行くことはできなかった。付き添いのガイドが話していたように、チベット族の男性は男前である。女性もきれいである。

中心部1  ここは九寨溝の中心部である。こんな所に、こんな繁華街がある。ホテルから離れていたが、ガイドの人が案内してくれた。タクシーで1人20元である。市内は乗り合いタクシーで値段は同じである。自家用車とタクシーの区別がつきにくい。ナンバープレートに「川U」と書いてある。

中心部2  この中心部では巨大なチベットの神様の像が祀られている。夜はここでチベット族のショーをしていた。中にははいらず、入り口から撮った。私はこの地区で夕食をとった。ガイドの人が案内してくれて、鍋物を注文した。日本語をしゃべるガイドがいると楽である。夕食を済ませており、すっと話し相手をしてくれた。

中心部3  この地域では、沢山のレストランやバーが並んでいた。ガイドの人とは夕食の後で別れた。孫悟空は九寨溝とは関係なく、映画のロケに使われたという。私はこのバーに入った。ビールは1本25元であった。中にはDJがおり、最新の音楽を流していた。ホテルまで1人でタクシーで帰れた。

パンダ  成都では、別のガイドの女性が午後から成都パンダ繁育研究基地に案内してくれた。私はタイの象やオーストラリア・ケアンズのコアラやこのパンダに特別興味があるわけではない。それでも、タイの象には1度乗ってみる価値はある。日本で見ることはできないのは、これだけの数の赤ちゃんパンダだろう。

髪飾り  ガイドの人によると、三国志の舞台となった成都で今流行している髪飾りである。翌日の9月24日に北京経由で関西空港に帰ってきた。北京国際空港のレストランは天井が高くて、すごく居心地がよかった。ビールを飲みながらの鶏手羽唐揚げが本当に美味しかった。

今週の愛聴盤 166 (151006)

The Cnfessions Of Dr Dream And Other Stories / Kevin Ayers
The Cnfessions Of Dr Dream And Other Stories / Kevin Ayers

 私がまだ所有しているこのLPレコードはカットアウト盤である。ジャケットの左下の部分が三角形に切り取られている。レコードは流行品なので、売れなかった在庫分はジャケットにカットを入れて、格安で売っていた。発売されたのは、もう40年以上前の1974年である。ケヴィン・エアーズについては、断片的な知識は今でも持っている。日本語のウィキペディによると、ソフトマシーンの1人で、サイケデリックムーブメントや、カンタベリー・ミュージックに深く関わっている。
 このアルバムについては、「ブリティッシュ・ロック集成」(マーキームーン社)1992年第2刷には、「ニコの粘りけのあるボーカルに導かれて、奈落の底まで引き込まれていくようなサウンド空間はまさに圧巻の一言」と書いてある。ニコはヴェルヴェット・アンダーグラウンドのファースト・アルバムに参加している。このアルバムには多彩なゲストが参加している。イーノや「チュブラーベルズ」のマイク・オールドフィールドの名前もクレジットされている。プロデュースはこの愛聴盤でも紹介したルパート・ハインである。
 まず、タイトル名となっている曲である。この曲だけで18分以上ある。幸い、組曲のように4つのパートに分かれている。最初に、ニコのボーカルが聴けるKevin Ayers "The Confessions Of Doctor Dream - A. Irreversible Neural Damage"である。次に、同じ曲からKevin Ayers "The Confessions Of Doctor Dream - D. Doctor Dream Theme"を紹介する。
 次のアルバムもカンタベリー系に属する。カンタベリー系とは、イギリスのカンタベリー出身者を中心とするプログレ・ロック系およびミュージシャンで、代表的なバンドはソフト・マシーンである。今回紹介するのは、Main Stream / Quiet Sun(1975年)である。チャールズ・ヘイワードやフィル・マンザネラ、ここでもイーノがシンセサイザーで参加している。フィル・マンザネラはロキシー・ミュージックのギタリストである。まず、A面第1曲目である。Quiet Sun - Sol Calienteで聴くことができる。長い曲が多い。同じアルバムからQuiet Sun - Rongwrongも紹介しておく。
 最後に、いつものようにハイ8テープに残したMTVからである。今回はイギリスのマンチェスター出身のバンドである。マンチェスター・ムーヴネントの中心的存在で、他にはにニューオーダーなどがいる。NHKのBS放送でやっていた「MUsic Box」でもよく出ていた。1994年の作品である。The Stone Roses - Love Spreadsで聴くことができる。

 

平成27年9月29日(火)

 9月20日から24日まで5連休で休んでいたので、きょうも外来は混んでいた。その後で、4人の患者さんの往診に行ってきた。5日間も休むと、当然雑用も溜まる。少し前に、私の医院に福祉を受けている患者さんが受診してきた。話しを聞くと、他の医院に通院していた。1年以上1回もその医院に受診せず、障害年金の更新の診断書を持って行ったという。当然、更新の診断書を書くのは断られている。私の医院を受診しても同じである。ところが、年金の交付が停止しているという証明がないと、母子手当が受けられないという。
 私にそんなことを聞かれても、どうしていいのかわからない。結局、私が年金事務所に問い合わせたら、遅れてもいいから障害年金の更新の診断書を私に書けという。私の診断書で障害年金が通らなかったら、そこで初めて中止となる。前の診断書は元の医院から取り寄せた。障害年金は2級である。パニック障害は強くて、日常生活に支障はきたしていた。しかし、障害年金の診断書には、現在の病状または状態像を書く項目に、パニック障害に関する項目はない。
 当初うつ病は悪化していたのかもしれない。しかし、今は障害年金2級には該当しない。うつ病が悪化している時には、日常生活に支障をきたし、誰もが1級に該当する。初診から1年半治療して、総合的に判断しなければならない。それにしても、まだ数ヶ月も診察していない患者さんの更新の診断書をどうして私が書かなければならないのかと思う。患者さんの説明の要領が悪く、私がどうしたいいのか福祉の担当者からも何の連絡もなかった。結局、私がわざわざ年金事務所まで問い合わせをすることになった。こんなことなら、元の医院で書いてもらったらよかったことである。
 さて、連休は何をしていたかである。前回の日記でも書いたように、中国に行っていた。中国のどこかというと、九寨溝・黄龍である。ベストシーズンが8月〜10月である。しかし、8月は暑くなるので、9月から10月の初めがいいようである。日本から大手旅行会社からパックツアーも出ている。しかし、成都から九寨溝までが大変である。距離は300kmである。ほとんどのツアーはバスを使い、片道12時間かかる。こんなに長くバスに乗っていられないと思い、個人旅行を扱う旅行会社に頼んだ。成都から九寨溝まで飛行機を使い、現地では日本語を話すガイドが付く。日本からのパック旅行に比べ、費用は倍以上かかった。30万円を超えた。19日(土)は外来をして、24日(木)を休診にした。今年みたいに5連休が続くことは滅多にないと思い、2月に申し込んでいた。
 20日(日)は北京経由で成都まで行った。関空ー北京、北京ー成都までそれぞれ約3時間である。1元は20円である。成都の空港には午後5時半頃に着き、ホテルまでは送迎の車で40分であった。成都は三国志の舞台である。京都と同じぐらいの温度で、半袖のシャツで充分であった。夕食はガイドの人に教えてもらったレストランに行った。ここは四川省になるので、四川語が使われていた。私は自慢ではないが、まったく中国語は話せない。それでも、何とでもなる。翌朝の九寨溝行きの飛行機の出発は朝6時20分である。近くの店で缶ビールを買った、値段は2.5元である。翌朝のホテルのチェックアウトは4時20分である。朝3時40分には起きなければならない。ちなみに、このホテルの値段は案内表示では250元〜300元ぐらいであった。
 そんなにビールは飲んでいなかったが、寝不足もあり、翌朝は気分が悪かった。もう、高山病にかかったような体調の悪さである。空港には5時前に着いた。ガイドの人がすべて手続きをしてくれるので、本当に楽ちんであった。空港で待っていたら、わかりにくい英語で放送があった。どうも天候が悪く、出発が遅れるようである。ずっと待ち続けていたら、私の後の飛行機に乗るらしい日本人が1人やってきた。チベットのラサ行きなどの飛行機はどんどんと出発していく。日本ならこんなに遅れたらキャンセルになりそうである。結局、待ちくたびれた10時半に出発した。現地の空港に着いたのは、11時20分である。
 空港には、運転手と日本語を話す女性ガイドが待っていた。成都の大学の研修生で22歳だという。日本には1度だけ訪れている。正直言って、日本語はあまり上手ではなかった。英語のガイドの方が楽だと思ったぐらいである。日本語をいちいちわかりやすい表現に変えて話すのはけっこう面倒臭い。タイのゴールデン・トライアングルに行った時には、山岳少数民族を訪ねるツアーに個人で英語のガイドを頼んだ。日本人では私が初めてだと言われた。ゴールデン・トライアングルにも九寨溝にも、フランス語やドイツ語、イタリア語を話すガイドがいるわけではない。欧米人はみんな英語のガイドを頼むことになる。九寨溝には、日本語のガイドが40人ほどいて、英語のガイドは100人ほどいるという。ちなみにこの学生のガイドのアルバイト料は1日500元だという。この日のことも含め、以下に写真付きで解説する。

地図  中国の地図。まず、関西空港から北京に行き、北京で乗り継ぎをして成都まで行く。目的地の九寨溝までは300kmである。飛行機では50分ほどである。バスツアーを使うと片道12時間である。しかし、ガイドの話によると、バスツアーも所々で雄大な景色が楽しめてお薦めだという。

レストラン  成都のホテルの近くのレストラン。500ccぐらいのビール瓶が18元であった。メニューの写真を見ながら、好きな料理が自由に選べる。このホタテの料理は本当に美味しかった。3品を選んで、ご飯付きで105元であった。

空港1  成都の空港。朝5時過ぎぐらいからここで九寨溝行きの飛行機を待っていた。空港は高度が高い所にあるので、天候は不順になりやすい。ツアーバスも大雨で通行止めになることもある。ベストシーズンには観光バスや自家用車が殺到し、道路の渋滞も起こる。

空港2  ここで、5時間以上待った。いつ出発するかもわからず、本当に心配になった。最悪の場合は夜まで待って、最終的にキャンセルになることも覚悟した。中国人は待ち慣れしているのか、仲間同士でわきあいあいと過ごしていた。

飛行機  飛行機の窓から外を見ていたら、あまりにも美しい風景で、思わず写真を撮ってしまった。本当にいい天候に恵まれた。帰りの飛行機では雲に覆われ、こんな風景にはお目にかかれなかった。

九寨溝空港  九寨溝の空港。ガイドの説明を聞いて、いきなり3500mかよと思った。中国で2番目に高い空港である。ちなみに、チベットのラサの空港は2800mである。じっとしている分は、それほど息苦しくは感じなかった。

みやげ物屋  九寨溝・黄龍にはチベット族とチャン族が住んでいる。言葉はチベット語である。ここは高度4500mの地点である。チベット族のみやげ物屋で、吸入用の酸素缶を買った。1本20元である。ついでに、記念写真を撮らせてもらった。

ロープウェイ  この日に行った所は黄龍である。ロープウェイで山頂まで登る。8人乗りのゴンドラに大勢の観光客が並んでいた。ここでは1時間ほど待った。2800mの地点から3600mの地点まで上がる。若い女性ガイドが一緒について案内してくれた。これまで、30回ほど日本人を案内したという。

山頂1  頂上からこんな遊歩道を歩いて降りて行く。こんなに大勢の観光客がいた。私はもっと暖かいと思っていたので、装備が不十分であった。おまけに酸素が薄いので、歩いていると身体がふらふらして荷物が重く感じた。ヒートテックの下着を着てくるべきであった。

山頂2  実は忙しくて、現地のことはほとんど何も調べていなかった。帰ってきて調べたら、ここは望龍坪であった。白く見えるのが、五彩池である。天候が変わりやすく、どんよりとしていた。

五彩池1  ここが五彩池である。実はここまでたどり着くまでで、精一杯であった。ここから、まだ下に行くには2時間以上かかる。気温は11℃で、小雨も降り出した。結局最初のロープウェイまで戻り、下に降りることにした。今度は上り道で、もっと息苦しくなった。ロープウェイの最終は5時半で、息も絶え絶え、5時29分にたどり着いた。

五彩池2  ロープウェイの入口から九寨溝の入口にあるホテルまでは車で3時間である。急カーブが続き、気分が悪くなった。ホテルには暖房がはいっていなかった。近くの店で防寒具を買い、隣のベッドの布団を重ねてこの日は寝た。

今週の愛聴盤 165 (15092)

In A Glass House / Gentle Giant
In A Glass House / Gentle Giant

 私の持っているこのLPレコードは日本盤である。1974年に日本フォノグラムから発売されている。値段は2200円である。原盤は1973年にロンドンで出ている。ジェントル・ジャイアントはイギリスのプログレバンドである。当時、このアルバムは高い評価を受けていた。私は、この変拍子を使った曲のどこがいいのかさっぱりわからなかった。何回も聴き直したが、結局そのよさが充分に理解できないままであった。日本語のウィキペディアには、「技巧派のジャズ・ロックにトラッドや古楽の要素を織り交ぜた音楽」となっている。
 紹介するLPレコードが段々と少なくなってきたので、久しぶりにこのアルバムを聴いてみた。以前の印象とは違い、なかなかよかった。技巧派の意味がやっと理解できるようになった。まず、このアルバムから、Gentle Giant - The Runawayを紹介する。YouTubeをみていたら、懐かしいジェントル・ジャイアントのアルバムが何枚もアップロードされていた。ここでは、Gentle Giant - I Lost My Headを紹介する。
 さて、次に紹介するバンドはよく知られている。同じイギリスの出身である。私は初期の2枚のアルバムを残している。Seventeen Seconds / The Cure(1980年)とPornography / The Cure(1982年)である。日本語のウィキペディアによると、キュアーの活動歴が長い。1978年に結成され、2013年のフジロックにも出演している。バンドの活動は第9期に分類され、当初のニュー・ウェイブから現在のゴシックやオルタナティヴに変化している。当然、メンバーも代わっている。私はこの初期の時代の作品しか知らない。私は初期の静謐な印象を受ける曲が好きである。まず、The Cure - Play for todayである。次に、私の持っているアルバムとは関係なく、視聴者数の多い曲を紹介する。1992年の作品である。The Cure - Friday Im In Loveで聴くことができる。
 最後に、私がハイ8テープに残したMTVからである。今回はロサンゼルスのガールズ・ロックである。このバンドが日本で知られていたのかはよくわからない。それでも、日本語のウィキペディアには載っていた。この時代のハードロックを聴くと、心が熱くなる。1992年の作品である。L7-Evergladeで聴くことができる。

 

平成27年9月22日(火)

 この日記は19日(土)に書いている。明日から中国5日間の旅である。旅行日程が送られて来ていたが、忙しくて見ている暇もなかった。2〜3日前に開封したら、関西空港から北京経由で目的地まで行く。目的地のことは何も詳しいことは調べていなかった。私は高原の景色のきれいな場所というイメージであった。ネットで、他の旅行会社の案内を見てみたら、なんと1番高い所で標高が3000mもある。山登りをするわけでないので、こんなに高いとは夢にも思わなかった。酸素の缶を1本無料提供するとなっていた。高山病の予防のため、飲酒は控えて下さいとも書いてあった。レインコートも必要である。さっそくゴアテックスの雨具を買ってきた。本当に大丈夫なのか、少し心配になってきた。
 5日間休むので、それまでに書かなければならない新規の障害者手帳の診断書や年金の診断書があった。他にも、相変わらずこまごまとした書類が山ほどたまっていた。「今週の愛聴盤」で曲を紹介するために、新しく2曲YouTubeにアップロードした。この動画を作るのにもけっこう手間暇がかかった。好き放題旅行しているように見えるかもしれない。しかし、その前後はうんざりするほど忙しい。これで高山病にでもかかって帰国したら、目も当てられない。
 さて、前回の日記で約束した先週読み終えた本である。何とか書き上げようと思ったが、もう時間がない。明日の用意もまだできていない。また、別の機会に書こうと思うので、ご容赦下さい。

今週の愛聴盤 164 (150922)

Interface / Heretic
Interface / Heretic

 今回紹介するアルバムはほとんどの人が知らないだろう。グーグルで検索しても、過去の売買の記録が残っているぐらいである。日本のバンドで、大阪と京都のスタジオで録音されている。発売は1985年である。唯一ネットに載っていた日本語の記事では、1984-1988年までの作品を集めたCDも出ているようである。内容としては電子音楽に分類される。
 私の持っているLPレコードには、A面に1曲、B面に2曲はいっている。YouTubeで検索しても、もちろんアップロードされていなかった。私の心の中には、常に記録に残せる物は残そうという強い思いがある。すべてを残すのは無理である。自分の関心のある本、レコード、写真などが中心となる。今となっては稀少なレコードとなっている。視聴者数は関係なく、アーカイブの1つとしてYouTubeには残して置こうと思う。
 どの曲をアップロードしようかと迷った。結局、A面すべての曲にした。しかし、この曲は1曲24分以上もある。いくら何でも長すぎる。作者には失礼であるが、私が勝手に編集することにした。編集と言っても、前半と後半の部分をカットしただけである。日本のプログレも有名なバンドはいくつかある。しかし、偏見かもしれないが、海外のバンドの二番煎じみたいで当時は聴こうともしなかった。むしろ、自主制作みたいなこういうアルバムを気まぐれ的に買っていた。久しぶりに聴いてみたら、なかなかよかった。後半からよくなってくる。Heretic - Interface Part1 (Edited)である。
 さて、次も日本盤である。こちらは有名人ばかり出てくる。YouTubeで調べてみたら、この曲もアップロードされていなかった。日本のアルバムは著作権などがうるさい。私の持っているLPレコードは1976年に発売されている。もう40年近く経つ。調べてみたら、その後、CDで再発されていた。アマゾンでは現在は入手困難である。今度も私がアナログから録音して、YouTubeにアップロードしてみた。もしかしたら、すぐに削除されてしまうかもしれない。
 アルバムは、家/筒井康隆・山下洋輔(1976年)である。アマゾンによれば、山下洋輔の最初期の作品である。ジャズ方より坂田明、向井滋春、近藤等則らが、さらにシュガーベイブから大貫妙子、寺尾次郎、村松邦男も参加している。筒井康隆が朗読し、タモリが気象予報士として出てくる。これはこれで、プログレしている。。筒井康隆・山下洋輔 - 嵐で聴くことができる。
 最後に、私がハイ8テープに残したMTVからである。今回はイギリスのオルタナティブ・ロックである。日本語のウィキペディアによると、デビュー当初はキンクスやビートルズの再来と注目された。私は1990年代のバンドになると、ほとんど知識はない。名前は知っていたが、どんな曲を演奏していたかはまったく覚えていない。1995年の作品である。Blur - The Universalで聴くことができる。

 

平成27年9月15日(火)

 今日は午後から5人の患者さんの往診に行ってきた。いつもは「今週の愛聴盤」を月曜日には書き上げている。今週は時間がなかったので、今やっと書き上げた。この日記は夕方5時過ぎから書き出している。今日の朝は5時前に起き、医院には6時前に来ている。朝晩は半袖では寒いぐらいである。しかし、今日の日中は暑かった。のどが渇いていたので、往診から帰ってきて、思わず缶チューハイを飲んでしまった。少し酔っ払うと勢いがついてしまい、ビールも飲んでしまった。この日記を書く前から出来上がってしまってはまずいので、コーヒーを飲みながら書いている。もう手遅れのような気もするが、書ける所まで書こうと思う。
 先週は、京都精神神経科診療所協会からファックスで役員会議の議事録が届いていた。(前に、京都都精神科診療所協会と書いていたのは間違いでした) この記事の中で、福祉事務所からの自立支援医療の診断書の要請に問題があるようなことが書いてあった。ファックスはすぐに捨ててしまうので、細部では違っているかも知れない。福祉事務所の担当の人に簡単な教育をして欲しいという要望が出ていた。私もまったく同じ意見である。何の知識もなく、何でもかんでも患者さんに自立支援医療の診断書を書いてもらって来いというのはやめて欲しい。最近は福祉事務所から「病状把握等調査票」が送られてくる。ここには、自立支援医療や障害者手帳、障害年金に該当するかの質問が載っている。この調査は、段階を踏んでいるので何も問題はない。
 実は、きょう受診した患者さんが、障害者手帳の診断書を持ってきた。自立支援医療を受けている患者さんである。前の日記で書いたように、6日の日曜日にこの人の更新の診断書を書いていた。保健センターに届けに行く時に、生活保護を受けている人は受給者証明書を福祉事務所でもらわなければならない。ところが、福祉の担当者から、うつ病なら手帳用の診断書を新たに書いてもらって来いと言われたそうである。私の書いた自立支援医療用の診断書を無視し、これまで書いたことのない障害者手帳(正式には精神障害者保健福祉手帳)用の診断書を書けということである。「病状把握等調査票」が送られてきたわけでもない。久しぶりに、私もきれた。今は自立支援医療などの手続きが遅れているので、早めに患者さんには郵便で届けている。それを、福祉の担当者の判断で勝手に保留している。障害者手帳に該当するかしないかは、医者の判断である。この患者さんは、人権派の医者も金儲けの医者も該当しないと絶対に診断書を書かない人である。
 患者さんが生活保護の申請に行くと、精神科にかかっているなら、障害年金の診断書を書いてもらえと言われることも少なくない。どういう患者さんが障害年金に該当するか福祉の人にまったく知識がない。無責任なことを言われても診察では本当に困る。ここでも何回も書いているが、手帳や年金の該当者は、仕事ができないではなく、生活ができないである。生活保護の患者さんは、どこまでうつ病なのかよくわからない患者さんも多い。医療費が京都市から国に変わるので、福祉事務所からは何でも自立支援医療にすることを頼まれる。でっち上げみたいな診断書も多い。実際に、せっかく書いても、年に数回ぐらいしか受診しない人も少なくない。中には、福祉の担当者が訪問する時だけ受診する人もいる。精神科にも受診せず、仕事ができないでは福祉の担当者からいろいろ言われるからである。
 最近、福祉の担当者から頼まれて障害者手帳の診断書を書いた。うつ病で、自立支援医療は受けていた。私の医院には最近家族の人が薬を取りに来ていた。安定していると言っていたので、その言葉を信じていた。どうしてかというと、私の医院には10年以上かかっていて、これまで大きな問題はなかったからである。福祉からの連絡によると、家がゴミ屋敷になっていて、小さな子どもをかかえ、日常生活が破綻しているということであった。患者さんが自ら受診した時には、あまり詳しいことは話してくれなかった。とりあえず、うつ病で障害者手帳の診断書を新しく書いた。
 ところが、最近京都第一赤十字病院の救急受診をした後で、私の医院を受診した。何と、朝から晩まで酒を飲んでいるという。完全なアル中である。実は、アル中や覚醒剤中毒などの薬物中毒では、現在飲んだり使用していると障害者手帳を受ける資格はない。どんなに生活が破綻していてもである。私は充分に病状を把握していなかった。しかし、福祉の担当者は知っていたはずである。障害者手帳を持っていると、いろいろな支援は受けやすくなるかもしれない。アルコールのことを書いたら、絶対に手帳は通らない。子どもたちが巻き添えにされて苦しんでいるのはよくわかる。それでも、精神科医に何でもかんでもでっちあげみたいな診断書を書かせ、セーフティネットにするのはやめて欲しい。
 先週の土曜日は、午後から立命館大学国際平和ミュージアムに「世界報道写真展」を見に行ってきた。この写真展を京都で見るのは初めてである。私は、東京都写真美術館で見たことは何回もある。正直言って、規模は小さかった。それでも、写真好きの人は1度見ておくべきである。私は開高健の「ベトナム戦記」や「オーパ!」などの旅行記が大好きである。いつもこんな写真を撮りたいと思う。
 この日の夜は、映画「ナイトクローラー」を見に行った。他にも見たい映画があったが、打ち切りになりそうだったので、こちらを優先した。久しぶりに三条まで出た。映画の内容は面白かった。ドロボー生活をしていた主人公が、ある日事故現場に遭遇し、現場に駆けつけたカメラマンが生々しい映像を撮り、TV局に売りつけていることを知った。そし、自分も同じことをしようとする。TV局に高い値段で売りつけるには、警察無線を傍受し、1番早く現場に駆けつけなければならない。TV局が欲しがっているのは、殺人事件などの生々しい現場映像である。段々とエスカレートしていき、殺人事件が起こるように工作し、助手が銃で撃たれる場面もカメラに収める。
 私は写真や映像に興味がある。誰にも撮れない映像を撮りたいという気持ちはよくわかる。事故にあって、自分が血だらけになってもカメラをまわし続けると思う。どんどんとエスカレートしてきて、危険も顧みなくなる。「世界報道写真展」も同じである。大義名分としては、世界の隠れた現状を知らせるである。虐げられた人々に光を当てるである。戦場カメラマンも同じである。自分にしか撮れない世界を感動させる写真を撮って、名誉も金も得たいのが現実だと思う。それが悪いと言っているのではない。「ナイトクローラー」を見ていると、私のようなアマチュアでさえ持つ欲望をグロテスクなまでに推し進めた物語だとわかる。私はプロではないので、純粋に金目的ではない。しかし、心のどこかに、プロを出し抜いてやろうという気持ちはあるかもしれない。
 さて、きょうは今週読み終えた本を紹介するつもりであった。来週の火曜日は連休で京都にはいない。前にも書いたように、今年の盆休みは短く、この期間に旅行に行く。この火曜日の日記の分は、土曜日の外来が終わってから書こうと思う。この時に、今週読み終えた本のことも紹介する。旅行は日曜から木曜(この日は休診)までの5日間である。無事に帰ってから、この日記で詳しく報告するつもりである。きょうは、最後に動画を紹介する。実は、立命館大学から車で帰ってくる時に、FM放送を聴いていた。この時に、懐かしい曲がかかっていた。私が高校生の時に見た映画のサウンドトラックである。放送では、この映画の主題歌とは言っていなかった。曲の題名は「What Is A Youth」である。あまりにも懐かしかったので、ここで紹介する。Romeo and Juliet (1968) - What Is A Youthである。

今週の愛聴盤 163 (150915)

In Lust / The Dance
In Lust / The Dance

 今回紹介するLPレコードは、2枚組である。1枚は33回転のレコードである。もう1枚はボーナストラックである。45回転で、A面に1曲、B面に1曲入っている。YouTubeでは、アルバムタイトルになっている「The Dance - In Lust」の曲がアップロードされていた。ネットの数少ない情報を調べてみたら、この曲が高い評価を得ていた。しかし、私の好みの曲ではなかった。興味のある人は自分で検索して下さい。ニューヨークのポスト・パンク・ファンク・グループである。シンセポップでもいいようである。1981年の作品である。このアルバムからは、私の好きな曲を紹介する。アップロードされていなかったので、また新たに私が動画を作った。The Dance - Survive Another Dayで聴くことができる。
 次に、イギリスからである。私の持っているLPレコードは、Immunity / Rupert Hine(1981年)である。英語のウィキペディアによると、シンガーソングライターで、ケヴィン・エアーやティナ・ターナーなどのアルバムをプロデュースしている。このアルバムからは1曲紹介する。Rupert Hine - I hang on to my vertigoである。
 前から書いているように、段々と紹介するレコードが少なくなってきた。日曜日に京都駅近くのマンションで「今週はこのレコードで決まり」と思った物を選んだ。ところが、医院で調べたらYouTubeにアップロードされていなかった。他にも、いくつかの候補を選んでいた。ところが、どの曲もアップロードされいなかった。仕方ないので、きのうの午後はまたマンションまで行って、曲をパソコンで録音してきた。ジャケットなどの写真も撮ってきた。そして、何とか動画を作った。アップロードしてからミスがあることに気がついた。
 きょうは朝6時から医院でまた動画を作り直した。16分以上の曲である。今回初めてYouTubeから自動電話がかかってきて、承認を得た。この曲は著作権がうるさいかもしれない。わざとレコードノイズも残した。Music Inspired By Watership Down / Bo Hansson(1977年)である。私の持っているのは、米国盤である。ジャケットの左隅に、カットアウトの印がある。Bo Hanssonはスウェーデンの音楽家である。他にも調べてみたが、この曲が1番いい。長い曲であるが、12分15秒過ぎあたりからこの曲の1番の聴き所になる。Bo Hansson - Born Of The Gentle Southで聴くことができる。
 最後に、私がハイ8テープに残したMTVからである。今回もアメリカのミュージシャンである。やはりMTVはアメリカのアーティストが多い。タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」のサウンドトラックに使われていたという。この映画は私も見た。音楽も映画の内容も刺激的でよかった。映画は1994年の作品である。曲は、ニール・ダイアモンドが1967年に作った。YouTubeで低い評価が多いのは、今ではセクハラまがいのタイトルが付いているからであろう。Urge Overkill - Girl You'll Be a Woman Soonで聴くことができる。

 

平成27年9月8日(火)

 きょうはいろいろと用事があり、その後で歯科にも行ってきた。帰ってきたのは、午後5時頃である。すぐにこの日記を書き出している。書ける所まで書こうと思う。この日記は毎回火曜日の夜遅くまでには更新している。しかし、最後はビールを飲んで酔っ払い、疲れも出てきて、書き上げるだけで精一杯である。文章を推敲している余裕はない。水曜日の朝に、誤字やこなれていない文章は訂正したりしている。先週の日記で夏目漱石のことを書いた。この時に、講演の時に書いたメモ用紙が見つからなかった。先週の土曜日に出てきたので、滅多にないことであるが、週末に一部の文章を訂正した。週を越えて更新することは100%ない。上から第4章目の文章である。興味のある人は読んで下さい。
 逆流性食道炎は薬を飲んでいても、なかなかよくならない。酒の飲み過ぎもよくない。原則的には、月、水、金は断酒している。この前の土曜日は午後から飲み出したら、夜になって調子が悪くなり、午後9時に寝た。次の日曜日は、また仕事である。今月中に更新しなければならない自立支援医療や障害者精神保健福祉手帳などの診断書や書類を書いていた。全部で20通ほどあった。自立支援医療などの更新の診断書はパソコンに保存しているので、一部訂正したらいいだけである。厳密に言うと、2年前の診断書と少し様式が変わっている。それでも、書く内容は同じなので、京都市から文句は言われないと思う。前から書いているように、診断書の様式をころころと変えられると、せっかくパソコンに診断書を保存しても、また最初から書き直さなければならない。
 さて、今週読み終えた本である。小林雅一「AIの衝撃 人工知能は人類の敵か」(講談社現代新書)である。著者は私より10歳年下で、ニューヨークで新聞社での勤務などを経て、現在はKDDI総研リサーチフェローをしている。先日本屋に行ったら、このAI(人工知能)についての新しい単行本が出版されていた。帯には、「AIが人類を滅亡されるのは本当か?」と書いてある。「脳科学とコンピュータの融合が私たちの常識を覆す」ともある。つい最近、「トヨタ自動車は、人工知能(AI)の研究で、米マサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学と協力することで合意した」と新聞記事でも載っていた。今現在、1番ホットな分野である。
 この本は第1章が1番面白かった。わくわくしながら読み進めた。しかし、AIの歴史になるとは少し専門的になり、さっと読んだだけではわかりにくかった。現在のロボット技術はまだ道遠しである。2013年12月に米国国防省の災害対策ロボットの開発プロジェクトで競技会が開かれた。人間が簡単な命令を下すだけで、あとはロボットが自分で判断して仕事をしてくれる次世代ロボットの開発である。この競技会では、わずか9段のはしごを登り切るのに、8分以上要している。(最初から階段への距離や大きさがプログラムされているわけでない) 技術が飛躍的に進化し、自ら学んで成長する能力を備えることができても、あたかも自立して人間のように判断できる能力を身につけることは永遠に無理な様な気がした。
 まず、AIの一分野である機械学習である。機械学習とは、コンピュータが大量のデータを解析し、そこからビジネスに役立つ何らかのパターンを抽出するという技術である。ロボットや自動車、あるいはスマホなどさまざまな機械が(各種センターから取得した)大量のデータをベースに、自ら学習して賢くなる」ためにも使われている。ここでは、投資業界で、機械学習する取引システムを開発し、1997年の金融危機とサブプライムローンによる株暴落を予知した例も紹介されている。
 機械学習の中でも、ディープラーニングが特に関心が持たれている。この技術は、人間の頭脳を構成する神経回路網を人工的に再現し、ディープニューラルネットと呼ばれることもある。この技術によって、画像認識や音声認識が飛躍的に進化したという。例えば、スカイプに機械翻訳機能を実装すると、国際ビデオ会議で英語とスペイン語の間で同時通訳ができる。このニューラルネットでは、新しい言語を学んだシステムは、それ以前に学んでいた語学力も向上し、その理由が開発したエンジニアにもわからないという。ホーキングなどは、超越的な進化を遂げたAIがいずれ暴走し、人類に破滅的な被害を与えるかもしれないという警告を出している。まさに、ターミネーターの世界の出現である。コンピュータがビッグデータを教材にして自ら学び、変化し、無限に成長する自立的マシンになったら、人間が制御できなる恐れもあるという。
 しかし、AI開発にはフレーム問題がある。フレームとはある問題を解く上での枠組みを意味する。コンピュータは、ある限定的な枠組み、チェスや将棋のようなルールがしっかり定まった限定的な世界であれば無限の力を発揮する。しかし、フレーム問題とは「所詮限られた情報処理能力しか持たないロボット(あるいはAI)には、複雑な現実世界に起こりうる全ての問題には対処できない」である。例えば、車の自動運転でも、正面の車と衝突が回避できないと判断した場合、歩道に乗り上げて歩行者を犠牲にしていいのかという問題も出てくる。
 コンピュータでAIは何をしているかというと、統計(あるいは確率)的な計算をしている。いかにも人間の知能らしきものを、統計・確率的な数値計算によって擬似的に表現したものに過ぎない。画像認識システムでも、過去に蓄積された大量の画像データを分析し、統計・確率的に計算している。ベイズ確率のことも詳しく説明している。現在、グーグル、フェイスブックなどがAI研究に莫大な投資をしている。AI開発の部分を取られると、全産業の主導権を米国勢に握られると、EU特にドイツの研究開発もすさまじい。興味のある人は是非ともこの本を手に取って読んで下さい。

今週の愛聴盤 162 (150908)

Relics (Collector Obscurities From The First Psychedelic Era '66-'69) / Various Artists
Relics (Collector Obscurities From The First Psychedelic Era '66-'69) / Various Artists

 紹介するLPレコードが本当に少なくなってきた。段々と病膏肓に入ってきた。きょう選んだLPレコードは、全世界で500枚限定である。嘘か本当かよくわからない。ネットで調べてみたら、Limited Editionにはなっていた。私の持っているアルバムは320/500と手書きで書いてあった。こんなマニアックなレコードは聴きたくないという人もいるだろう。しかし、心配はいらない。1960年代、アメリカのサイケデリック・ロックと呼ばれていたバンドのコンピレーション・アルバムである。唯一ネットで出ていた記事では、Unofficial Albumとなっていた。
 YouTubeでは、このアルバムから1曲だけ紹介されていた。悪い曲ではないが、アルバム・ジャケットだけだったので、私が新たに動画を作った。オリジナルは、Count Fiveの曲である。タイトルにある1966年(昭和41年)〜1969年(昭和44年)の間に日本で起こった出来事は、ビートルズ来日、ミニの女王ツイッギー来日、エンタープライズ佐世保寄港である。この時の動画も使ってみた。若き小田実の姿を見ることができる。「もっと見る」で詳しい解説も載せた。The Underground - Psychotic Reactionで聴くことができる。
 実は、この時代の2枚組のサイケデリック・ロックのコンピレーション・アルバムも持っていた。こちらの方がいい曲がたくさんはいっていた。最初に紹介したLPレコードが限定盤だったので、残すことにした。しかし、後からこの2枚組レコードを処分したことを後悔していた。アルバム名も好きだった曲名も覚えていなかった。ところが、今回YouTubeで調べていたら、当時のバンドが横にたくさん出てきた。
 アマゾンで調べてみたら、Original Artifacts From The Psychedelic Era 1965 - 1968 / Nuggets(1972年)の再発CDが出ていた。早速2千円ちょっとで手に入れた。全部で27曲はいっている。私の持っていたレコードと内容が同一だったのかよくわからない。好きだった曲ははいっていた。とにかく、CDは手に入れたので、ここで正々堂々と紹介する。(このコーナーでは原則的に私が現在持っているレコードかCDしか紹介しない) まず、1967年の作品である。The Electric Prunes - I Had Too Much To Dream (Last Night)である。再びこの曲に出会えて、YouTubeには感謝している。次は、1966年の作品である。The Seeds - Pushin' Too Hardで聴くことができる。
 最後に、私がハイ8テープに残したMTVからである。今回もアメリカのミュージシャンである。誰かというと、ゲロッパである。この人もソウルの超大物である。私はレコードもCDも持っていない。もしかしたら、コンピレーション・アルバムのCDに入っていたかも知れない。当時はプログレに凝っていたので、そのよさが充分にわかっていなかった。しかし、その後ヒット曲を聴き直して本当に感動した。1986年の作品である。これぞアメリカのショービジネスである。James Brown - Living in Americaで聴くことができる。

 

平成27年9月1日(火)

 きょうはいつものように、午後から4人の患者さんの往診に行ってきた。たまたま、ある患者さんの家でまたTVがついていた。何気なく画面に目をやっていたら、オリンピックのエンブレムが取り消しになったことを放送していた。ついつい、私も患者さんと一緒にTVに見入ってしまった。空港の写真のことを説明していたが、もうひとつ何の関係があるのかよくわからなかった。いつまでもTVを見ているわけにいかないので、そこそこで後にした。それにしても、何かとケチがついているオリンピックである。誰もが考えるように、国の信用に関わる問題である。
 先週の土曜日は、夕方から年に2回開催される京都精神科医会があった。この会は医師会に属しているが、精神科医なら誰でも参加できる。京都精神科診療所協会と比べると、年配の先生が大勢参加する。今回の特別講演は、筑波大学教授の「夏目漱石ー精神医学的考察ー」であった。この6月から新しい会長になった先生と同じ秋田の高校の1年先輩になるらしい。当時は東大理Uから医学部に進学している。病跡学では高名な先生ということであった。680ほど書いている論文(だったと思う)のうち、80は夏目漱石のものだという。
 私は個人的には夏目漱石の小説はあまり読んでいない。どちらかというと、もっとわかりやすい坂口安吾の小説や随筆をよく読んでいた。太宰治は、当時三島由紀夫がけなしていたので、少し熱が冷めていた。夏目漱石については、昔からうつ病説、てんかん説、非定型精神病説などいろいろな説が入り乱れていることは知っていた。この講演会には、母校の教授もわざわざ聞きにきていた。ふだんこの会に顔を出すことはないので、夏目漱石に対してよほど特別な思い入れがあったのかもしれない。
 講演会では詳しい資料を提供してくれた。小説を書き出したのが遅く、49歳で亡くなっていることを初めて知った。年配の先生によると、昔は「『甘え』の構造」で有名な土居健郎などが、学会などで自分の説を主張し、学者同士で大げんかになっていたという。この先生は、小説から手紙、妻の証言などを綿密に検討していた。病相期を3つに分けて説明してくれた。被害妄想や追跡妄想、幻聴などがあり、私には妄想型の統合失調症のようにしか聞こえなかった。いろいろと質問は出たが、結論めいたことは言ってくれなかった。講師の先生が講演の初めに、シュバイツァー博士がキリストの病跡学で医学博士号を取ったように、日本で初めて病跡学で医学博士号を取ったと自己紹介していた。実は、昔読んだ本で、シュバイツァーが論文の中で、キリストを統合失調症でないと否定すればするほど、統合失調症を思わせる内容であったと書いてあったことを思い出した。
 講演会があった後は情報交換会(懇親会)である。この会には、他にもふだん参加することのない先生がいた。私の大学の同級生であるF女医である。顔を合わせのは、本当に久しぶりであった。もともと内科医で、九大系の心療内科から精神科の患者さんも診察するようになった。摂食障害の患者さんもたくさん診ている。この先生も夏目漱石の話が聞きたくて、参加していた。年齢的には私より1学年上になる。しかし、見た目には若々しかった。個人差はあるが、60歳を越えると、同じ年齢でも男性より女性の方が老けて見えるのは私の偏見であろうか。
 私と同じように開業している。還暦を迎えた時に1ヶ月の休みを取って、スペインに行ってきたという。この間、外来は代理の先生に頼んでいる。巡礼の道を200km以上歩いてきたという。私も1ヶ月休んで南米に行きたい。東欧もいいかもしれない。この時にはロシアにも行ってみたい。この先生はもともと内科医なので、糖尿病の患者さんも診ている。インシュリンなど糖尿病の患者さんの医療費が気の毒なぐらい高い。ところが、精神科だけは軽症の患者さんでも自立支援医療にして医療費を安くするのはおかしいと話していた。私もまったく同感である。誰だって、気分の落ち込みぐらいはある。拡大解釈して自立支援医療の診断署を書いていたら、精神科を受診する患者さんは全員対象となってしまう。前にも書いたように、福祉事務所は精神科関係の患者さんは全員自立支援にしたがっているようである。どうしてかというと、この手続きをすると医療費が京都市から国に変わるからである
 最初にも書いたように、この会には母校の年配の先生も大勢参加していた。私は医局にいた時にはあちこちの関連病院に出されていた。当直にも行っていたので、当時お世話になった病院の院長などは顔見知りである。今でも80歳前後になられた先生たちに気楽に声をかけることができる。すでに仕事から完全に引退した先生もいれば、81歳になっても海外にあちこち出かけている先生もいる。この会の参加者では1番年配の昭和30年卒の先生にお年を伺っていたら、横にいた78歳の先生から、「先生は年ばかり聞いているな」と言われた。私が「老後の過ごし方がわからないので、参考に」と答えたら、この大先輩の先生からは「1日5時間勉強しなさい」と言われた。そこで、先ほどの81歳になっても旅行ばかりしている先生の言葉を思い出して、「『勉強ばかりしていたら、前立腺に来る』と言っていましたよ」と答えたら、「あいつは出来が悪い」と笑って答えられていた。
 翌日の日曜日は早く起きるつもりで、目覚ましを7時半にかけていた。目覚ましが鳴ったのは知っていたが、まだ眠かったのでふとんの中にいた。気が付いて時計を見たら、10時過ぎであった。10時間寝たことになる。この日は、前にも書いたように、家庭裁判所から頼まれていた成年後見用の鑑定書を書かなければならなかった。木曜日には必要な資料が届かなくて、書くことはできなかった。締め切りはこの日である。「今週の愛聴盤」のLPレコードは日曜日に調べることが多い。実際に医院に行って書き出したのは、午後1時ぐらいである。原稿をプリントアウトして、家庭裁判所への宛名を書いていたら、4時間半ぐらいで完成することができた。6時間ぐらいを予想していたので、思ったより早く書けた。私が主治医でないので、鑑定料は10万円である。主治医の場合は5万円である。割りのいい仕事のように見えるが、厳密な書類で資料をそろえたり、けっこう手間暇かかる。依頼されても、断る精神科医も少なくない。
 きのうの月曜日は朝6時過ぎから医院で、会計事務所に送る資料を整理していた。日曜日にやるつもりであったが、午後6時を過ぎたら何もする気になれなかった。日曜日は、医院にある台所の整理をしていた。いつか使うと思っていた古い調味料やコーヒーなどを処分し、戸棚の中をきれいに洗っていた。最近、会計事務所に送る資料は毎回2ヶ月分になっていた。今回も2ヶ月分たまるのは、何とか避けたかった。ふだんの生活でも隙間時間はある。しかし、締め切り間際にならないと、なかなか雑用をする気になれない。この日は月末で、給料日であった。すっかり忘れていて、あわてて計算した。
 きょうは待合室のエアコンから水が漏れていると受付の人から報告があった。これも、早く業者に連絡しなければならない。きょうは夕方に突然の豪雨があった。最近、こういう時に診察室が雨漏りするようになった。どこからかというと、天井に取り付けてある蛍光灯からである。診察室の上は院長室である。調べてみたが、どこから雨漏りしているのかよくわからなかった。豪雨以外の時には大丈夫なので、そのまま放っている。感電だけは気をつけなければならない。他にも、ここにはまだ書けないややこしい医院の仕事が残されている。
 ここからは水曜日に追加した分である。8月27日(木)の新聞に載っていた報道について解説する。どういう報道かというと、中国の新聞で天皇陛下の謝罪を求める記事が載ったことである。すでに解決済みの天皇の戦争責任論が初めて出てきたのである。どうしてこんなことが起きたかというと、安倍首相が東京裁判の歴史認識について異議を唱えているからである。新聞によると、今年の終戦記念日に自民党の稲田政調会長が東京裁判を検証する組織を立ち上げる方針を表明したという。東京裁判を「勝者の断罪」として考えるなら、どうして天皇が東京裁判で戦争責任を問われなかったかも検証されなければならない。もともと東京裁判は茶番劇である。宮台真司が述べているように、天皇の戦争責任を回避するために、A級戦犯が悪かったとした一種の手打ち式なのである。
 日中共同声明が発表された時にも、周恩来は中国国民に対して、日本国民も軍の犠牲者であったと説得している。そして、戦争賠償の請求を放棄した。すなわち、天皇にも国民にも戦争責任はなく、軍の一部に責任があるとしたのである。だから、首相がA級戦犯が合祀されている靖国神社へ参拝することについては反対している。私はこの日記でも、過去のことを蒸し返すなと何回も主張している。どうしてかというと、本来保守派が守るべき天皇の戦争責任問題が蒸し返されるからである。現在は単発的な報道で終わっている。安倍首相が歴史修正主義的な行動を取り続ける限り、天皇の戦争責任論や中国国民の戦争賠償の請求に火がつく恐れがある。

今週の愛聴盤 161 (150901)

Aufgeladen Und Bereit Fur Action Und Spass / Fire Engines
Aufgeladen Und Bereit Fur Action Und Spass / Fire Engines

 段々と紹介するLPレコードが少なくなってきた。何とか200回までは持たせたいと思っている。原則としては、毎週2枚のアルバムで4曲を紹介している。姑息的な手段としては、毎週1枚のアルバムに減らす方法もある。とりあえずは、このペースを守るつもりである。まだ40回近く残っているので、以前のように私の持っているCDも加えていこうと思う。そんなわけで、紹介するアルバムは、段々とマニアックなものになってきている。
 今回紹介するのは、アメリカのニューウェーブ、ポストパンクロックである。1981年に発売された。少し、癖のある音作りかもしれない。視聴者数では、「Fire Engines - Candyskin」の方が遥かに多い。ここでは、私好みの曲を紹介する。まず、The Fire Engines - everything's rosesである。次も同じアルバムからである。短い曲であるが、後半がよくなる。Fire Engines - Get Up and Use Meである。
 さて、次は古いLPレコードである。1970年に発売され、その後CDでも再発されている。英国のバンドである。ネットで調べてみたら、「若き日のデイヴ・エドモンズのポップ・センスが存分に発揮された」アルバムとなっていた。今ではデイヴ・エドモンズという名前もよく覚えていない。Forms And Feelings / Love Sculpture(1970年)である。ここでは、このバンドのヒット曲を1曲だけ紹介する。B面の半分を占め、11分を越える。日本語では「剣の舞」になる。Love Sculpture - Sabre Danceで聴くことができる。
 最後に、ハイ8テープに残したMTVからである。MTVなので、私の詳しくないアメリカのミュージシャンが多い。きょうも超大物である。名前だけは聞いたことはあっても、どんな曲を演奏しているのか知らない人も多いだろう。日本語のウィキペディアでは、日本のCMなどにも曲が使われていたようである。レニー・クラヴィッツはニューヨーク出身のシンガーソングライターである。ハイ8テープには私好みの曲がはいっていた。1993年の作品である。Lenny Kravitz - Are You Gonna Go My Wayで聴くことができる。

 

平成27年8月25日(火)

 私の乗っている車は今年の秋で15年目になる。家内のマーチは今年の7月で14年目にはいっている。娘や息子は車の免許を取り、自宅ではこのマーチに乗っている。自動車保険も子どもの年齢に合わせて変更している。息子は時々この車をクラブの試合などで使う。自分が運転して、友だちと名古屋まで遊びに行ったりもしている。家内も娘も息子もナビとETCがついていないので、2つとも付いている車が欲しいと言っていた。名古屋に行った時には、友だちのスマホのマップを頼りに走ったという。
 私の車は買った時には500万円近くした。15年前の車なので、カセットテープのプレイヤーが付いている。ハイオク仕様で、市内ではリッター6kmぐらいしか走らない。それでも、乗り心地はよく、外見からはそんなに古い車には見えない。しかし、マーチはそんなに頑丈にはできていない。家内の車を家族用として買い替えようと思った。来年4月から娘の就職先はどうなるかわからない。それでも、関西での可能性も高い。そうなると、自宅から通えなくても、週末には帰ってこれる。私の車もいつまで持つのかわからないので、とりあえず中古車を買うことにした。
 息子と中古車センターに行き、長さが4m20cmぐらいの車を考えていた。あまり大きいと、家内も娘もいやがるからである。ところが、息子と決めた車を家内が猛反対した。またマーチがいいと言う。今乗っているマーチの長さは3m70cm弱である。いくら何でも家族用の車としては小さすぎる。夏休みなど、息子が友だちと旅行で車を使いたい時には、私の車を使ってもいい。しかし、年数回のために、自動車保険を変えるのもためらっている。結局、3人で話し合って、長さ4mぐらいの日産ノートで話しがついた。ホンダのシャトルなら新車を買ってやってもよかった。しかし、新車は手続きが面倒で、在庫の関係でなかなかすぐに手に入らない。その点、中古車は速ければ2週間ぐらいで手に入る。決めた中古車は平成24年登録で、値段は下取りも入れて100万円ぐらいであった。
 私は昔と違ってあまり車には乗らない。だから、燃費もあまり気にならない。自宅の駐車場は家内のマーチをとめている。私の車は、医院近くの駐車場である。マーチは最初は自宅近くに駐車場を借りて、車庫証明をとっていた。途中から、駐車料金がもったいないので自宅にとめるようにした。中古車を買うには、車庫証明がいる。自宅の駐車場は私の車が車庫証明をとっている。だから、私の車の車庫証明を医院の近くの駐車場に移さないと、自宅では取れない。この手続きが、けっこう面倒であった。最初は、よくわからず伏見警察署に手続きに行ったら、管轄は東山警察署になると言われた。今週の月曜日に何とかこの手続きは済ませた。
 先週の日曜日は、相変わらず忙しかった。本当は、家庭裁判所から頼まれていた成年後見用の鑑定書を書き上げるつもりであった。ところが、依頼人が忙しくて、なかなか認知症の患者さんの診察ができなかった。デイサービスを受けている施設や主治医、最近入院したことのある病院の情報提供が間に合わなかった。代わりに何をしていたかというと、労災補償課から頼まれていた鑑定書を書いていた。けっこうややこしい事案で、書き上げるのに5時間近くかかってしまった。その前に、新規の障害者手帳の診断書などを書いていた。
 この日は、最近2ヶ月分たまってしまう会計事務所に送る資料を整理するつもりであった。しかし、機械のように、毎日朝から晩まで仕事ができるわけではない。午後6時を過ぎて、もう何もする気になれなかった。今度の日曜日ぐらいはゆっくりしたいので、成年後見用の鑑定書は今週の木曜日の午後から完成させるつもりである。やる気は、パソコンのようにスイッチを入れたらすぐに立ち上がるわけではないので、どうなるかわからない。
 なかなか、中国語も動画もホームページの勉強もしている暇はない。私はこれまでYouTubeに22本の動画をアップロードしている。今週の愛聴盤で新たに2本追加した。1番視聴者数が多いのは、「Alaap - Pyar De Punja bi」である。monmonHakaseで検索すると、視聴者数がわかる。ところが、正確な視聴者数を反映しておらず、実際にクリックしてみないとわからない。今回チェックしてみたら、monmonHakaseでは587であったが、実際には694であった。自分の作品をクリックすると、視聴者数のカウンターがすぐに上がってしまうので、なるべくクリックしないようにしている。(今回気づいたが、ある一定期間を過ぎると大丈夫のようである) この作品は、ネットから写真を集めて何も考えずに作っただけである。
 私が労作だと思っている作品は、最近作った「ゴールデン・トライアングルとヘロイン」と「monmonLife - 1. Everybody's A Dreamer」である。後の作品は音が小さく、動画の下にノイズがはいっている。タイトルを含め、作り直そうかと思っている。レコードの正確なノイズ除去については最近やっと覚えた。やり方はまだわからないが、動画も少し縮小したらノイズは消えると思う。ここでは、しつこいようであるが、現在ビリギャルと医学部に通っている私の子どもの動画を紹介する。monmonLife - 1. Everybody's A Dreamerで見ることができる。
 きょうの日記は苦労した。どうしてかというと、せっかく書き上げた日記の半分ぐらいをミスが重なって消去してしまったからである。もう1度半分、最初から書き直して本当にうんざりした。

今週の愛聴盤 160 (150825)

Untitled / Quartermass
Untitled / Quartermass

 きょう紹介するのは、英国のプログレバンドである。1970年に発売されている。私の持っているLPレコードは、残念ながら原盤ではない。東芝EMIから発売された日本盤である。何が残念かというと、ジャケットがまったく違うからである。写真に載せているのは、原盤のジャケットである。こちらの方が、はるかにシュールな感じがする。日本盤のジャケットはカラーのやぼったい絵が描かれている。このアルバムは当時名盤と言われていた。あちこちの輸入盤レコード店で探したが、結局手に入れることができなかった。そのうち、日本でも発売されることになった。やぼったいジャケットでも、仕方ないので手に入れることにした。
 まず、私がこのアルバムの中で1番好きな曲である。昔懐かしいプログレの香りがする。Quatermass - Black sheep of the familyで聴くことができる。次に、2番目に好きな曲である。もっと視聴者数の多い曲もアップロードされている。好みがあるかもしれない。Quatermass - Geminiである。
 実は、紹介したいアルバムも段々と少なくなってきた。音楽的には今となってはあまり面白くないレコードもたくさん残していた。今回は、YouTubeにまだアップロードされていない曲を私がアップロードする。視聴者数は少なくても、誰かがアーカイブの1つとして残しておくことは大事である。まず、インディーズ系のバンドである。7 Song EP / Name(1981年)である。ジャンルとしては、アメリカの実験的ロックになるようである。自主制作みたいなアルバムで、実はアルバム名もはっきりしない。ありふれたNameというバンド名なので、調べるのが大変であった。アルバムジャケットには四角い紙が貼られている。この紙のデザインもネットに紹介されていたのとは違っていた。このアルバムから、Name - X's For Eyesを紹介する。
 次のアルバムも、同じ45回転のレコードである。こちらは、スウェーデンのバンドである。どうして私が日本からスウェーデンのバンドをアップロードしなければならないのかと思う。スウェーデンの人ももうちょっと頑張って欲しい。スウェーデン語なので、何が書いてあるのかさっぱりわからない。Fyra nya vitsar med / Kraldjursanstalten(1980年)である。グーグルで調べても、このアルバムについての情報は皆無に近かった。ネットの販売で、売買の履歴が残っていたぐらいである。だから、詳しいことはわからない。アバン・プログレ・ロックと書いてあった。このアルバムからは、Kraldjurasanstalten - Ta Overを紹介する。
 最後に、ハイ8テープに残したMTVからである。いくつかのテープをチェックしたが、「Music Box」でも紹介した「R.E.M」や「Sonic Youth」の別の曲もはいっていた。紹介する曲がなくなったら、また取りあげようと思う。さて、きょう紹介するのはアメリカのミュージシャンである。ハード・コア・バンド「ミスフィッツ」のボーカリストである。解散後自身のソロ・プロジェクトで活動している。この作品は1988年に発表された。別のバージョンでは、視聴者が2000万人を越えている。Danzig - Motherで聴くことができる。

 

平成27年8月18日(火)

 きょうの朝方は涼しかった。それでも、診察室は東向きなので、私の座っている場所だけ直射日光が差仕込んでくる。ここだけは特別暑く、エアコンも効きにくい。開業して以来、エアコンは一度も買い替えていない。暖房の方は大丈夫なので、ついつい先延ばししてしまう。今年の盆は、8月14日と15日を休んだだけである。どうしてかというと、9月に連休があるからである。13日も開いていたが、患者さんの数は少なかった。きょうは久しぶりに患者さんが多かったので、ほっとしている。1番最後に、家庭裁判所から依頼された患者さんの診察をしていた。いつもの成年後見用の鑑定書を書くためである。この後、午後から5人の患者さんの往診に行っていた。以前に、駐車違反で罰金を取られた所では、コインパーキングがどこも満車であった。20分ぐらいグルグル回ってやっと見つけた。この日記は4時半ぐらいから書き出している。とりあえず、書ける所まで書こうと思う。
 15日の土曜日は、久しぶりに子ども達と池田の妹の所に行った。父親の墓参りを兼ねている。母親は相変わらず元気であった。83歳でふだんは市民プールに通っている。妹の娘は結婚式を挙げたばかりである。妹の息子は今年の4月から就職している。戦後70周年と言っても、私の娘も息子もまったく関心がない。友達と琵琶湖の花火大会に行ったり、青春を謳歌している。
 娘とは必要最低限のことはメールでやりとりはしている。しかし、顔を合わせて話すのは久しぶりであった。来年の3月にビリギャルを卒業し、就職も内定している。この日記では、娘のことは取りあげるなと釘を刺されている。それでも、大学選びから就職まで、私にはほとんど何も相談せず勝手に決めている。娘に言わせたら、相談しているということになるかもしれない。しかし、事後承諾に近いので、後からもう変えようがない。私の言うことはあまり聞かないので、その分新聞だけは強制的に取らせたらよかった。日経新聞でなくてもいい。一般紙でいい。毎朝朝食の時でも新聞に目を通す癖をつけたら、もっと世の中の動きがわかるようになっていただろう。ネットではだめである。いずれにしても、来年の4月からは学費と仕送りがなくなるので、親としては楽である。
 夜は妹の家で、みんなで夕食をとった。私の息子は21歳である。父親は息子が小さい時には、将来この子と酒を飲み交わすことを夢見る。ところが、息子はビールが苦手だという。運動部のコンパでも、酒はほとんど飲まない。梅酒を注文するぐらいである。だから、飲み放題の集まりは嫌いである。私も昔は酒は飲めなかった。今は、この日記でもビールを飲みながら書いているぐらいである。昔は強制的に飲まされて、酒の味を覚えていったものである。今はそんなことをしたら、犯罪である。酒を飲んでリラックスすることを、早く覚えて欲しい。私1人が酔っていても、ちっとも面白くない。
 妹は娘も息子も週末に帰ってくることが多いので、元気であった。弁護士事務所を開いている妹のダンナは景気はよくないようである。それでも、子ども達は2人とも働いているので、一安心である。私の息子は医学部の2回生なので、まだまだ先が長い。前期の解剖の試験では、6割以上が落ちたらしい。しかし、今回も1科目も落としていないという。(その後、成績表が送られて来たが、1科目1点足りず落としていた) 私にとって、唯一これが慰めである。息子はオリンピックの年の3月に卒業する。私は66歳で、この年の5月には67歳である。38歳で結婚しているが、晩婚とはこういうことである。
 今回ネットで、有名人の子どものことを調べてみた。まず、母校の先輩になる北山修である。私より7歳上である。長女は形成外科医をして、長男は歯科医である。次に、経営コンサルタントである大前研一である。私より10歳上である。「大前家の子育て」(PHP研究所)という本を出しているぐらいである。奥さんはアメリカ人で、長男はウェブコンサルティング会社を経営し、次男はゲーム開発会社の日本担当部長である。意外にもイクメンである。上位検索で出てくるので、興味のある人は読んで下さい。
 さて、今週読み終えた本である。「週刊ダイヤモンド」で紹介されていた。アマゾンで注文して早速最後まで読見おえた。泉正人「『世界標準』のお金の教養講座」(角川フォレスタ)である。著者は独立系ファイナンシャル教育機関の代表である。内容としては、子どもにも読ませたい本である。もっと若い時に読んでいたら、もうちょっと要領よく人生を生きられたかもしれない。過去の行いが信用をつくっていると述べ、金融の世界では、信用=お金を返す力だという。国の信用度は、国債の金利でわかると高校生でも理解できるように説明している。
 「私たちはなぜ学校で勉強するのか」についても、いいことが書いてある。勉強には3つの意味があるという。1つ目は、知識をつけるである。2つめは信用の積み重ねである。「勉強という履歴は、過去の努力を示しています。努力の積み重ねは信用につながります。」とある。3つ目は、受験という共通ルールのなかで効率よく勝ち抜く方法を考えられる思考を育てられるである。受験して高校や大学に上位で入学した人は、同じルールの中で勝ち抜く術を知っている人なのである。「世界史の年号を覚えてどうするのか」とか、「因数分解は社会ではまったく使わない」などと言う人がいるが、学んだ知識に価値があるのではなく、それをコツコツと勉強して身につけ、成績という成果を出したというその人の姿勢に価値があるという。信用を作るのは過去しかない。過去を作るということは、今の積み重ねでしかない。なぜ、勉強するのかというと、その本質は「信用を築くため」である。学生時代に真面目に勉強しているという履歴が、その人の信用になり、社会に出たときの信用になると述べている。
 先週は、滅多にはいらない本屋で、土井英司「資産1億円を築く教科書 お金持ち入門」(実業之日本社)を買った。まだ、3分の1ぐらいしか読んでいない。投資信託、不動産、税金、株式投資などの専門家が分担して執筆している。まず、貯金をし、そこからあふれた額を投資すると、堅実なことが書かれている。素人の私が読んでいても、納得のいく内容である。
 私は小さな医院の院長なので、表現は悪いが、患者さんを診てナンボの世界である。私が診察しないと、一銭もはいってこない。何人診察して、いくらである。いつも書いているように、自立支援医療や障害者手帳、障害年金の診断書などの雑用もすべて私がやっている。とにかく私が動かないと、お金は入ってこない。こういう稼ぎ方は年をとってくると、けっこう大変である。大きな病院の院長で、医師を雇ってお金を稼いでいるのとはわけが違う。この本に書いてあるように、自分が年をとってもお金がはいってくる仕組みを作ることが大事である。しかし、今から投資の勉強をするのは遅すぎる。短期で勝負するのも危険である。時間をかけて資産を増やしていくには、もう人生の残り時間が足りない。

今週の愛聴盤 159 (150818)

Brighter Now / The Legendary Pink Dots
Brighter Now / The Legendary Pink Dots

 きょう紹介するのは、英国の実験的ロックバンドである。1982年にRough Tradeから発売されていた。他にも、たくさんのアルバムを発表している。アマゾンで調べてみたら、再発のCDがかなり高い値段で取引されていた。グーグルで検索しても、日本語の解説はほとんど出てこなかった。それほど日本では知られていないバンドである。ジャケットのアルバムタイトルは、私の持っているLPレコードでは、上ではなく下に書いてあった。
 まず、このアルバムから私好みの曲を紹介する。The Legendary Pink Dots - Legacyである。今回YouTubeにアップロードされている他のアルバムの曲を聴いてみた。視聴者数の多い曲はそれなりに聴き応えがあった。ここでは、The Legendary Pink Dots - Rainbows Too?を紹介する。
 次のLPレコードも同じような年代に発売されている。In Silence / Fra Lippo Lippi(1981年)である。ノルウェーのバンドで、彼らの最初のアルバムである。ジャッケトには4人の骸骨姿の絵が書かれている。ゴシック系かと一瞬思ったほどである。ネットの日本語解説では、ボッティチェリの師である画家の名前をとったという。日本盤でもその後何枚かのアルバムが発売されていた。フジテレビ系のドラマの主題歌にも使われている。
 実は、YouTubeでは視聴者数が400万前後の曲が2曲もアップロードされていた。「Fra Lippo Lippi - Beauty and Madness」と「Fra Lippo Lippi - Later」である。ところが、2曲とも平凡なポップスに変わっている。プログレ・ファンとしては、初期のダークな雰囲気が好きである。まず、このアルバムからFra Lippo Lippi - Out Of The Ruinsを紹介する。2曲目も同じアルバムからである。アルバムジャケットだけより、動画がある方がいいので、最近アップロードされたばかりの方を紹介する。Fra Lippo Lippi - The Inside Veilである。
 最後に、ハイ8テープに残したMTVからである。この曲を久しぶりに聴いたらよかった。当時日本でも人気のあったバンドである。シン・リジーはアイルランドのダブリン出身のハードロック・バンドである。この作品は1991年に発表された。Thin Lizzy - Dedicationで聴くことができる。

 

平成27年8月11日(火)

 暑い日が続いている。南の島は好きであるが、暑いのは苦手である。やはり、それほど暑くないベストシーズンに行くのがいい。きょうは虫歯の治療に行っていた。帰ってきたのは午後4時である。これから、この日記を書いていこうと思う。のどが乾いて仕方ない。前回と同じように、ビールをすぐに飲んでしまいそうである。きょうは今週の愛聴盤も書き終え、紹介する本も読み終えているので、大船に乗った気分である。
 先週、一通の請求書が届いていた。毎月支払う所は決まっている。銀行に振り込みに行くのは薬の卸の支払いぐらいである。検査代や電話代、インターネット代などはすべて銀行の自動引き落としである。料金を請求してきたのは、「itアイタウン」である。NTTのインターネット案内と紛らわしい。請求書はよくできていて、そのまま間違えて振り込みそうである。実は、私が開業した時に、NTTのタウンページみたいな請求書が届いた。開業したてで、いろいろな請求書が届いていた。NTTのタウンページの料金は、電話代と一緒に銀行の口座から自動的に引き落とされることになっていた。しかし、慣れない事務作業で忙しく、何が自動引き落としになっているのかしっかり把握していなかった。結局、NTTのタウンページではなく、紛らわしい名前の所にお金を振り込んでしまった。今回は、インターネットで調べてみたら、NTTのインターネット案内は「iアイタウン」であった。tがないのである。日本でもこんな詐欺まがいのことが横行しているのである。
 最近、土曜の夜は京都駅近くのマンションに泊まっている。LPレコードはこのマンションに置いてある。「今週の愛聴盤」で取りあげるレコードはここで調べたりしている。最近はめぼしいレコードはほとんど紹介してしまったので、チェックするのに時間がかかるようになった。イオンモールに近いので、映画を見に行くのも便利である。書類書きや文章を書くときなどは、医院の診察室が1番落ち着く。マンションはゆっくりと時間を過ごすにはいい。
 しかし、この前の日曜日は、また今月中に更新しなければならない障害年金や自立支援医療の診断書などを20通以上書いていた。実際にはあまりゆっくりとはできなかった。気が付かなかったが、新しく更新した2年前の診断書と1番新しい診断書の様式がまた変わっていた。実際に書く内容は同じなので、古い診断書を使ってそのまま一部書き直してた。いつまで、古い診断書が有効なのかよくわからない。ふだんの日曜日でも、会計事務所に送る資料などを整理したり、いろいろと雑用が多い。家庭裁判所から頼まれている成年後見用の鑑定書も締め切りが近づいている。
 土曜日の夜は、また映画を見に行った。「ジュラシック・ワールド」である。最近は立て続けに、「マッド・マックス 怒りのデス・ロード」や「ターミネーター:新起動/ジェニシス」を見た。60歳を越えているので、シニア割引で1100円である。「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」はまだである。物語は予定調和的なストーリーである。しかし、今回はマンネリ化せず、話しの進み方も中だるみせず、映像も迫力があった。これまで見た「ミッション・インポッシブル」は充分に楽しめたが、感動するほどでもなかった。よほど出来のいい映画でなければ、この「ジュラシック・ワールド」が私にとってはベストである。
 さて、今週読み終えた本である。神山典士「ゴーストライター論」(平凡社新書)である。著者は、「週刊文春」で作曲家・佐村河内守氏のゴーストライター問題をスクープしている。著者もゴーストライターとして何冊もの本を手がけている。私がゴーストライターのことについて詳しく知ったのは、2010年6月の「Business Media誠」(現在はIT mediaビジネスonline)の特集である。今でも、過去ログで見ることはできる。ビジネス書の9割がゴーストライターということは知っていた。タレント本もほとんどゴーストライターが書いたものだとは昔から言われている。
 最初に、佐村河内氏のゴーストライターであった新垣隆氏のことが詳しく書かれている。家賃5万円の県営住宅に住み、6畳間で朝から晩までひたすら楽譜を書き続けていた。この時に、佐村河内氏からフルオーケストラで20分の交響曲を依頼され、指揮もやってほしいと頼まれた。貧しい芸術家は経済や名誉より、自分の作品を世に出す機会に飢えている。表現行為を目指す者にとって、打ち震えるような至福の瞬間が訪れている。
 この本では、何人ものゴーストライターにインタビューしている。堀江貴文のエッセイの構成もしたことのある人物や、ミュージシャン、女優、学者、大手メーカーの元役員、ジャーナリスト、漫画家などを著者とする作品の構成・執筆を手がけてきた人物も登場してくる。ゴーストライティングとは、著者と対面し、インタビューを何回も繰り返す。関係資料を漁り、時には著者とともに現場を取材する。周辺の関係者にも取材しながら、1冊の書物を練り上げていくことである。読者が読みやすいように、物語が立体化するように構成する。矢沢永吉の「成り上がり」がどのようにしてできたのかも詳しく書いてある。まず、この本を企画した編集者がいる。インタビューと執筆をまだ当時無名であった糸井重里に頼んでいる。約10ヶ月に及ぶ取材編集作業の結果出来上がり、ベストセラーとなっている。著者によると、ゴーストライティングとは、著者、編集者、ライターが力をあわせたチームライティングだという。
 出版界では新書ブームとなっている。雑誌の休刊が相次いでいるので、雑誌の編集経験者を新書の編集部に移籍させているという。著者としては、その世界の専門家である。ビジネスコンサルタント、評論家、大学の先生、スポーツ選手、タレント、医師、税務関係者などである。しかし、いずれもプロの書き手ではない。新書の世界では、ライターが支える比率が高いという。編集者が望む理想の著者はえて忙しい。「お忙しいと思いますので、口述でお願いします。」と頼み、ゴーストライターがインタビューから構成して原稿にまとめ、1冊の本ができる。これだけ多数の新書が生まれているので、10万冊を越えるのは100冊に1冊と言われている。売れるためには、3つのT(テーマ・タイトル・タイミング)が重要だという。少し前では、イスラム国やピケティなどに関連する本である。
 ここでは、編集者からみた仕事が任せられるライターの条件も上げている。まず、相手に信用されること。次に原稿力。それまでに、著者が言語化できなかったことを言葉にすること。これは質問によって、言語化することができるという。読者目線でインタービューするである。人が話した言葉を読んでわかりやすい言葉に直すのは、すごく高度な作業だとも書いてある。他にも、自費出版におけるゴーストライターのことなども書いてある。本の帯にも書いてあった、職人技の世界なのである。医学の世界、特に精神科における症例報告に通じるものを感じた。

今週の愛聴盤 158 (150811)

Untitled / Magical Power Mako
Untitled / Magical Power Mako

 LPレコードを見ていたら、こちらの方も少しずつ紹介するアルバムが少なくなってきた。何とか200回までは持たせようと思う。仕方ないので、きょうも日本のアーティストである。マジカル・パワー・マコはこのレコードがファースト・アルバムである。ネットで調べてみたら、その後何枚ものアルバムを出して活躍していた。発売されたのは1974年である。味もそっけもないジャッケトである。この裏のデザインは、Polydorと同じぐらいの大きさで、¥2,200と書いてあるだけである。A面はCAT SIDEで、B面はDOG SITEである。YouTubeには他のアルバムの曲もたくさんアップロードされていた。私はこのアルバムが1番好きである。今聴いても、新鮮な初々しさがある。
 まず、手始めに、Magical Power Mako - 朝の窓をあける、太陽が光る、今日の希望だ小鳥がなくである。各曲には、日本語と英語のタイトルが付けられ、歌詞まで英語で訳されている。このアルバムからは、何曲かアップロードされている。視聴者数が多いのは、「Magical Power Mako - 束縛の自由」である。しかし、私好みではない。ここでは、私の1番好きな曲を紹介する。Magical Power Mako - 空を見上げようである。
 さて、次のアルバムも日本のプログレである。地球空洞説 / Far East Family Band(1975年)である。このLPレコードもファー・イースト・ファミリー・バンドのファースト・アルバムである。当時、他のアルバムもしっかり聴いたわけでない。しかし、今でもこのアルバムがベストだと思っている。キーボード奏者として、高橋正明の名前がクレジットされている。後の、喜多郎である。YouTubeで調べてみたら、同じアルバムが「Nipponnjin」というタイトルで発売されていた。歌詞も英語になっていた。ここでは、あくまでもオリジナルにこだわって、日本語の曲を紹介する。まず、英語盤の方が視聴者数が多い曲である。最初から聴くのではなく1分30秒まで先送りする。Far East Family Band - 地球空洞説である。次は、私の1番好きな曲である。「いつも世界は創造り話さ」という歌詞が心地よい。Far East Family Band - 蘇生で聴くことができる。
 最後に、前回から紹介しているハイ8テープに残したMTVからである。録画したのは、1990年代半ばである。私は放送番組をそのまま残しているわけではない。当時気に入った曲だけをダビングして残している。最新の曲だけではなく、中には懐かしの曲も放送していた。きょう紹介するのは、ニューヨークのニューウェーブ・バンドである。1978年発表され、1979年にアメリカ、イギリス、オーストラリア、ドイツなどでチャート1位を獲得している。今までこのコーナーで紹介してきた中で、おそらく視聴者数がナンバー1だと思う。Blondie - Heart Of Glassで聴くことができる。

 

平成27年8月4日(火)

 きょうの午後は、4人の往診に行ってきた。3時過ぎに戻ってきたが、のどが乾いて仕方ない。危うくビールを飲みそうになった。この日記を書く前からビールを飲んだら、最後までたどり着けるかわからない。半分ぐらい書いたら、大丈夫である。暑い日が続いて、あまり夜も眠れていない。きょうの朝は眠くて仕方なかった。
 実は、5月のゴールデンウィークにチェンライからゴールデン・トライアングルに行った時には、これぐらいの暑さであった。やはりベストシーズンから外れてホテル代が安くなる分、暑さは厳しい。夏に中国の瀋陽、丹東に行った時も、死ぬほど暑かった。他人から見たら、気楽に海外に出かけているように見えるだろう。しかし、現地ではこれぐらいの炎天下の中をうろうろしていた。アメリカのラスベガスにも夏に行った。気温は連日40℃越えである。それでも、乾燥しているので1滴も汗をかかない。すぐに蒸発してしまうので、下着もまったく汗臭くならない。どっちにしろ、くらくらして暑いことに変わりはなかった。
 この文章を書きながら、どうにも我慢できなくなり、ビールを飲んでいる。とりあえずは、350cc1本でやめておこうと思う。最近、新聞を読んでいたら、障害年金格差のことが書かれていた。内容は障害年金の認定に地域格差があり、更新時に打ち切られる人も多いということであった。論調としては、障害年金を受け取る人の権利が損なわれているという立場であった。特に精神科関係の障害年金の認定に混乱を招いている。
 どうしてこんなことが起こるかというと、うつ病そのものの概念が混乱しているからである。従来の典型的なうつ病と違って、「新型うつ病」や「非定型うつ病」が増えてきた。これは専門誌に載っていた症例である。新入社員の研修会の時のことである。部長が説明している時に、ガムをクチャクチャさせている女性社員がいた。そこで、部長がその女性社員に向かって、厳しく注意した。すると、この女性社員は翌日から会社には出勤できなくなった。精神科を受診し、「うつ病」という診断書を書いてもらい、休みだした。この患者さんは長期欠勤となり、途中他の医療機関を受診し、何とか職場復帰することができた。
 こんな極端な例でなくても、人間関係や長時間労働などで体調を崩して、会社を長期間休む人もいる。中には、1年半の傷病手当期間が過ぎ、それでも職場復帰できない人もいる。公務員や大企業では、共済組合の補助もあり、最長3年間は休める。問題になるのは、この期間に復帰できなかった場合である。会社が保証している一定期間内に職場復帰できなかったら、退職扱いとなる。
 この時に、患者さんは当然のように、障害年金の診断書を書いてくれと頼んでくる。しかし、この日記で何回も書いているように、傷病手当の診断書と障害年金の診断書の間には、大きな隔たりがある。傷病手当の対象者は仕事ができないである。これは、課長の顔を見たら、吐き気がするでもかまわない。しかし、障害年金の対象者は日常生活ができないである。大半のうつ病の人は、仕事はできなくても、日常生活は何とかできている。日常生活というのは、自分で自炊したり、洗濯したりすることまで求めていない。コンビニで弁当を買ってきて食べているかとか、歯を磨いたり、風呂にはいったり、着替えをしているか程度である。社会的手続きも、高度なことは求めていない。銀行や役所に行って手続きができるかぐらいである。
 精神障害の年金は、本来は統合失調症や双極性障害(躁うつ病)などの精神病が対象であった。これらの傷病はある意味で一生の病である。現在は症状が安定していても、年金をもらうことに異存はない。問題は、急速に増え出したうつ病である。うつ病も再発することは多くなった。しかし、一生の病とまではいっていない。この時に、患者さんが気の毒だと思って安易に年金の診断書を書く精神科医も少なくない。例えば、評価をする項目に、他人との意思伝達・対人関係がある。これも、それほど大げさなことを求めているわけでない。私だって対人関係は苦手である。世の中には、引きこもりの人なんか山ほどいる。しかし、拡大解釈して書くと、年金の対象となる障害者があっという間に出来上がってしまう。患者さんのためを思って、障害年金に該当しない人の診断書を該当するように書くのは、本当にいい医者なのであろうか。一歩間違えると、公文書偽造である。厚労省から、仕事のできない人に対しては、基準を満たしていなくても障害年金をセーフティネットにしろという通達が出ているわけでもない。
 私は精神科医の中でも、安易には年金の診断書は書かない方である。それでも、他の医療機関から転医してきた患者さんの更新の診断書はそのまま書く。中には、どうしてこんなに元気な人が障害年金2級なのかと思うことも少なくない。生活保護と同じで、安易に年金の診断書を書くと、症状がよくなっても等級を落とせなくなってしまう。ほとんどのうつ病の患者さんは、仕事はできなくても、いつまでも日常生活に支障をきたすほど症状が長引くことはない。確かに、引きこもりの生活になる人は多い。しかし、もともと人付き合いのよくない人が、仕事を引退して、引きこもりの生活になるのとあまり変わりない。
 等級が上がると支給額が多くなるので、うつ病の患者さんでは症状を誇張する人も少なくない。うつ病が本当に改善しなかったら、入院治療をしたらいいだけである。入院治療もせず、患者さんの言いなりに等級の高い年金の診断書を書くのは私は反対である。さて、最初のガムをクチャクチャさせていた新入社員である。こんな患者さんでも、職場復帰できず、傷病手当が切れると、安易に障害年金の診断書を書く精神科医はいるのである。新聞記事に載っていた、更新時に打ち切られる人が多いというのは、もともとうつ病はよくなる病気なので、症状が大幅に改善しているか、本来対象とならない人が安易に認定されていた可能性が高い。本当に該当する人が更新時に打ち切られることはありえない。
 さて、今週読み終えた本である。苫米地英人「日本人だけが知らない戦争論」(フォレスト出版)である。著者の名前は聞いたことがある人もいるだろう。私も脳科学者という肩書きをTVか何かで見た。この本に書いてある紹介では、マサチューセッツ大学を経て、上智大学を卒業。三菱地所の2年間の勤務を経て、フルブライト留学生としてイェール大学大学院に入学。人工知能研究所などを経て、全米で4人目、日本人としては初めて計算言語学の博士号を取得したという。通産省の専門委員もしている。医者ではない。この本に書かれていることは、通貨発行権を持つヨーロッパの金融資本家たちが、いかにこれまで戦争を引き起こしてきたか詳しく解説している。ヨーロッパの金融資本家たちとは、ロスチャイルドやロックフェラーのことである。
 ユダヤ陰謀論はトンデモ本と一笑に付しやすい。信じる、信じないは別にして、こういう考え方もあるのかと知っておくことは大事である。実は、内海聡「99%の人が知らないこの世界の秘密」(イースト・プレス)も平行して読んでいた。内海聡とは、この日記でも取りあげた「精神科は今日も、やりたい放題」(三五館)の著者で、筑波大学医学部を卒業したお騒がせ内科医である。米国政府にドルを発行する権利はないということは、以前にも書いた。この権利を政府に取り戻そうとして暗殺されたのが、リンカーン大統領であるというのは、苫米地の本にも書いてあった。現在アメリカの通貨発行権は、FRB(連邦準備銀行)が独占している。FRBは純然たる民間銀行でアメリカ政府は一株も株式を持っていない。
 偽書といわれているシオンの議定書(プロトコール)についても詳しく解説している。イルミナティ、フリーメイソン、十三種族など、ユダヤ陰謀論によく出てくる用語がこれでもか解説されている。どこまで本当で、どこまで嘘なのか私には判断能力がない。ただ、段々とトンデモ本のような内容になってきたので、この本は3分の1ほどで読むのをやめた。
 苫米地は、経済学は、ヨーロッパの大銀行家の主張を正当化し、彼らに奉仕するためにに生み出された学問であると述べている。内海の本にも同じようなことが書かれていた。この通貨発行権ということについて詳しく知るには、苫米地の本が勉強になる。歴史的な事実と推測については、きちんと分けて解説している。ちなみに、日本では日銀の株式は法律により、政府が55%持っている。民間の45%のうち6%ぐらいを金融機関が持っている。残りは明らかにされていない。他の部分で、ヨーロッパの銀行家は、戊辰戦争を導くことによって、日本の通貨発行権を手に入れたとも書いてあった。今は、どうなっているのかよくわからない。ビールの飲み過ぎで、段々と集中力がなくなってきた。興味のある人は、是非ともこの本を手にとって読んでみて下さい。

今週の愛聴盤 157 (150804)

Market Square Heroes / Marillion
Market Square Heroes / Marillion

 きょうは久しぶりに、1曲が長い曲を紹介する。マリリオンは、英国のプログレ・バンドである。当時、ポンプ・ロックと言われていたことを覚えている。日本語のウィキペディアによると、ネオ・プログレッシブとも言われていた。雑誌でも特集されていたので、何枚か買って聴いた。音楽性としては、ふにゃふにゃした印象で、あまり歯ごたえを感じなかった。しかし、その中でも、このマリリオンだけは特別であった。あるバンドの二番煎じと言ったらそれまでである。しかし、当時は本当によくできていると感心した。私はこの最初のアルバム以外のことは詳しくない。その後、英国で第一位となるMisplaced Childhood / Marillion(1985年)も発表している。
 発売されたのは、1982年である。このLPレコードは、今となっては稀少品のようである。その後、CDでは再発されていない。A面に2曲、B面に1曲が収められている。今回調べてみたら、このアルバムの曲は、3曲ともCDであるSingles 82-88 / Marillion(2009年)の最初にはいっていた。今回紹介するのは、B面にはいっている曲である。17分を越える大曲である。YouTubeで調べてみたら、この曲をほぼ忠実に再現しているライブがアップロードされていた。Marillion - Grendelである。
 この曲を聴いて、ジェネシスを思い出した人もいるだろう。ジェネシスの曲の中でも「Supper's Ready」を思い出した人は本物のプログレ・ファンである。ジェネシスはピンク・フロイドやキング・クリムゾン、イエスと並ぶ英国の超有名プログレ・バンドである。私が詳しいのは、フィル・コリンズがボーカルをとる前の、ピーター・ガブリエル(正確には、ゲイブリエル)がボーカルをしていた時代である。学生時代に、The Lamb Lies Down On Broadway(魅惑のブロードウェイ) / Genesisi(1974年)の2枚組LPレコードを買ったことも覚えている。当時、なかなか2枚組LPレコードを買うことはなかった。他に覚えているのは、Quadrophenia(4重人格) / Who(1974年)ぐらいである。ジェネシスのこの2枚組は買って失敗したと思った。
 ジェネシスの初期の名盤は何と言ってもFoxtrot / Genesisi(1974年)である。この中に「Supper's Ready」がはいっている。1曲が23分近くもある。Youtubeでは、150万人以上の視聴者数を越えるライブもアップロードされていた。しかし、マリリオンのライブとは違い、明らかに原曲の方が優れている。ここでは、音がいいので、フルアルバムの方を紹介する。28分10秒を越えてから始まる。Genesis - Supper's Readyで聴くことができる。
 最後に、今回は「Music Box」とは違うテープからである。前から書いているように、紹介するバンドの種がつきてきた。どうしようかと思っていたら、ハイ8テープに録画したMTVのバンドを思い出した。調べてみたら、全部で9本あった。ハイ8テープはDVテープより一廻り大きい。私は再生機を持っている。「「Music Box」は当時衛星放送でしていた。現在のように、まだBSが普及しておらず、音楽もイギリスを含む欧州が中心で、稀少価値があった。年代的も古く、せいぜい1991年頃までの曲であった。
 MTVはロンドンにも支局がある。しかし、日本で放送されるのは、米国での放送がベースとなっているようである。1本目のテープを調べたら、Green Dayなど米国のバンドが多かった。曲も1995年ぐらいからで、比較的新しい。今回は、「HAL FROM APOLLO '69 - Rokket Khaos」を紹介したかった。日本の男女デュオでドイツでも活躍したようである。YouTubeにはアップロードされていなかった。ニコニコ動画は会員になっていないので、ここで紹介するのはあきらめた。MTVのマークが付いているので、私がアップロードしたらすぐに削除されてしまうのかよくわからない。仕方ないので、今回紹介するのは、これも日本のユニットである。渋谷系のクラブサウンドでよく知られたという。1996年の作品である。ICE - Baby Maybyで聴くことができる。

 

平成27年7月28日(火)

 相変わらず、暑い日が続いている。先週の土曜日はどうなったかというと、結局沖縄には台風で行けなかった。姪の結婚式はごく内輪の家族でやることになっていた。本人たちと両家の両親、私の母親は金曜日から沖縄に出発していた。私の家族は土曜日の飛行機で行く予定であった。仲間同士の結婚祝いは、秋ぐらいに大阪でやるということであった。土曜日の予定は、朝10時過ぎの伊丹発のフライトであった。台風でほぼ欠航になることはわかっていた。こういう時の対応はけっこうややこしい。もしかしたら、当日に台風の勢力が弱まったり、進行がそれるかもしれない。いつになったら欠航とわかるのか、金曜日にインターネットで調べてもわからなかった。
 とにかく、当日飛行機が出るかもしれないので、旅行の準備は整えていた。翌朝の6時にインターネットで調べてみたら、欠航が決定していた。伊丹空港まで行く必要がなかったので、ほっとした。結婚式をする姪の所には、結婚祝いの電報を打っておいた。電報なんて何十年も打っていない。今はインターネットで簡単に申し込みできる。こんな便利な世の中でも、まだまだ電報の需要はある。医者同士の結婚で、相手方の父親も私と同じ開業医である。姪のメールでは、結婚式では私の母親が1番泣いていたという。生まれた時から、1番結びつきが強かったので、無理ないかもしれない。これからの時代は私の時代より大変かもしれない。いろいろな困難があるかもしれないが、幸せな家庭を築いて下さい。
 土曜日は休診にしていたので、先週の連休に続きまた連休となった。土曜日の午前中は、結婚式に持って行く予定だったカメラを持って、久しぶりに水族館に行った。私は京都タワーと水族館の年間パスポートは持っている。水族館は2回行くと、元が取れる。京都駅裏のイオンモールでは、水族館の年間パスポートを持っていると、飲食店では割引になる。京都タワーでも年間パスポートを持っていると、中に入っている飲食店でも割引になる。何をしに行ったかというと、動画を撮るためである。水族館は、YouTubeに投稿するミュージック・ビデオに使う動画の素材撮りには最適である。今すぐに使わなくても、日頃撮りためておくと便利である。水族館で写真や動画を撮るこつは、自分や他の客が水槽に写りこまないようにすることである。
 日曜日は、京都駅近くのマンションの掃除をしていた。息子がきのうの月曜日に友人と泊まりで使いたいと言ってきたからである。マンションのカーテンは最近変えた。ソファやカーペットがブラウン系なので、同じ系統で統一したらいいと思った。ところが、部屋全体が暗くなってしまった。明るいカーテンは、夜でも蛍光灯の光を反射してくれるのである。買い替えたばかりなので、しばらくはこれでいこうと思う。息子は運動部にはいっているので、土日は練習や試合で最近はしばらく会っていなかった。大阪でマンションを借りて住んでいるので、ほとんど京都には帰ってこない。
 月曜日の午前中に、私の医院にマンションの鍵を取りに来た。久しぶりに会ったら、本当に男前になっていた。一緒に歩いていたら、女の子がホイホイ寄ってきそうで、将来が楽しみなぐらいである。母親がべっぴんの娘を連れ歩くのと同じである。西医大(西日本医科学生総合体育大会)が終わるまでは、クラブの練習が忙しいという。前期の試験は終わったばかりで、今回の見込みも全部通っているようである。1回生の成績も、上位5分の1にぎりぎり入り損ねたぐらいである。どうしてこんなことを書くかというと、私立医学部はお金ではいると誤解している人もいるからである。まだ、遅い反抗期が少し残っているかもしれない。親バカであるが、60歳を過ぎると子どものことで一喜一憂する。しかし、子どもには子どもの人生があるので、干渉的にならないように気をつけている。学生時代は親のすねをかじり、親のことは忘れて青春を楽しんだらいいと思う。
 結局、今週も本を読み終えることができなかった。映画は、「ターミネーター:新起動/ジェニシス」を見た。内容としては、そこそこであった。少し前に見た「マッドマックス 怒りのデス・ロード」もよかったが、若い時に見た感動は味わえなかった。その時の年代によって、感性が変わる。宅配ビデオで借りた「ルパンの消息」が面白かった。旧作なので、1本80円である。最近は、ビデオを借りるときには、5段階評価を参考にするようにしている。アクションやサスペンスものには役立つ。3億円事件を扱った作品である。見終わった後で考えていたら、いろいろ細かなことも気になった。しかし、見ている時には夢中で一気に見てしまった。CNNでは、先週の水曜日から「Freedom Project」の放送があった。題材は「Children for sale」で、Sex traffickingが扱われていた。場所はアトランタ空港があるアメリカのジョージア州である。まだ、全部は見ていない。この英語は、不自由なく聞き取れるまではいっていない。私は留学したことがないので、英語力といってもこんなもんである。
 今年の盆休みは、14日と15日の2日だけである。どうしてかというと、9月の連休が4連続続いているからである。土曜日は外来があるので、9月24日(木)だけ休んだら5連休になる。この時には、中国に行こうと思っている。私の行きたい所は、この時期がベストシーズンである。中国国内の飛行機の乗り継ぎは、あまり信用していない。現地のガイドを旅行代理店に頼んだ。これまでの中国旅行では、国際空港の横にある国内空港の運航も見ている。「Delayed」と表示されている便が多かった。空港からバスで行けないこともない。しかし、8時間以上乗るのは避けたい。いつもかけ声ばかりの中国語である。出発まで2ヶ月を切った。何とか、最低限の旅行会話は覚えていこうと思っている。

今週の愛聴盤 156 (150728)

One And A Half / Flue
the Sitting Room / Anne Clark

 アン・クラークはイギリスのシンガーソングライターである。ネットで調べてみたら、詩人とも書いてあった。音楽のジャンルとしては、シンセポップである。日本ではあまり知られていないようである。私の持っているLPレコードは1982年に発売されたものである。彼女のデビューアルバムである。その後、たくさんのアルバムを発表している。このアルバムでは、担当はwords / keyboardsなどと書かれていた。voiceでもvokalでもない。このアルバムを聴くと、その意味がよくわかる。全曲、彼女はまったく歌っていないのである。音楽に合わせて、詩を読み上げているだけである。まず、このアルバムのベスト曲である。Anne Clark - Short Storyで聴くことができる。
 今回YouTubeでチェックしてみたら、彼女の代表曲が何曲もアップロードされていた。まず、ライブである。Anne Clark-Sleeper in Metropolisである。他にも、「Anne Clark - Our Darkness」や「Anne Clark - Poem Without Words」がよかった。興味のある人は自分で検索して下さい。最初に、日本語のネットを引用して、シンガーソングライターと書いた。しかし、彼女の曲を聴くと、全然シンガーでないことがよくわかる。
 次は、日本ではほとんど無名のバンドである。こういうアルバムは、日本の輸入盤CDなどを扱っているホームページに簡単な紹介が載っていたりする。More Pages / Storyteller(1971年)である。音楽のジャンルとしたら、フォークロックやプログレに属する。YouTubeで調べてみたら、1曲だけアップロードされていた。地味な曲なので、視聴者数は少ない。しかし、こういう曲を聴いていたら、私はなぜか心がなごむ。Storyteller - Remarkableである。他に、曲がなかったので、新たにこのアルバムから1曲アップロードする。間奏が聴き所である。Storyteller - Night Gamesである。
 最後に、私がVHSテープに録りためた「Music Box」からである。このコーナーはいつやめようかと思案中である。それぐらい、私の気に入ったバンドがなくなってきた。メモを頼りに、何とか調べて、ようやく今回も紹介することができた。うろ覚えで申し訳ない。この作品であったと思う。The Fuzztonesはニューヨーク出身のガレージ・ロック・バンドである。1989年の作品である。The Fuzztones - Action Speaks Louder Than Wordsで聴くことができる。

 

平成27年7月21日(火)

 暑い日が続いている。きのうは休診だったので、きょうは久しぶりに大勢の患者さんが来ていた。午後からいつものように往診に行っていた。患者さんの数は4人である。ある患者さんの家で、TVでワイドショーをやっていた。何気なく画面を見ていたら、また台風が来るという。何と、進路の予測では今週の土日に沖縄を通過する。実は7月25日の土曜日は、池田の妹の娘の結婚式である。場所は沖縄である。この日は休診にしていた。つい最近台風が来たばかりなので、大丈夫だろうと思っていた。まだ火曜日なので、どうなるかわからない。今からもうハラハラドキドキしている。
 私は昔はスキューバ・ダイビングをしていた。ダイビング・ツアーで沖縄にも行ったが、台風で帰れなくなったことがあった。この時には、民間の精神病院に勤めていたので、まだ大丈夫であった。もっと若い時には、大学の友人と夏休みに沖縄旅行を申し込んでいた。ところが、直前に台風でキャンセルとなった。この時に、旅行会社から北陸の温泉を提案された。いつでも行けるので、この旅行は断った。代わりに何をしていたかというと、私の最初の医学論文となる「アルコール・フラッシュバック」について、自宅に籠もって書いていた。4〜5日閉じこもって朝から晩まで書いたおかげで、何とか論文を完成させることができた。台風ではないが、年末年始に息子とタイのサムイ島に行った時に、暴風雨で帰りの飛行機が飛ばなかった。翌日に日本に帰って来れなくなったことはこの日記でも書いた。いずれにしても、台風の進路がそれることを祈るしかない。
 最近は、宅配のレンタルビデオを借りて見ている。見れるのは、土曜日ぐらいである。何本か見たが、「るろうに剣心」がやはり面白かった。第1作と第3作は映画館で見ていた。第2作は連休だったので、この前の日曜日の夜にビデオで見た。私は大学入試は世界史を選んだ。古文が苦手だったので、日本史嫌いになってしまった。高3の時の社会の授業は、日本史であった。入試が近づいてくればくるほど、日本史の勉強はおろそかになった。最後は、明治、大正、昭和についてである。世界史の勉強だけで精一杯で、日本史の特に最後の方はほとんど覚えている暇はなかった。戦前から戦後にかけての歴史については、後から自分でも勉強してわかるようになった。「るろうに剣心」の映画を見て、江戸時代の最後から明治にかけての時代も激動の時代であったことがよくわかった。京都に住んでいながら、今までこのあたりの知識はほとんどなかった。改めて、勉強し直そうと思っている。知識というのは興味のあることだけに偏ってしまう。NHKの連続ドラマを見ている人は、私より遥かに歴史の流れについては詳しいと思う。
 さて、きょうは今読みかけている本を読み終えることができなかった。そうなると、あまり書くことがない。本屋には週2〜3回寄っている。それにしても、これだけ次から次へと新刊が出てくると、どこから手をつけていいのかわからなくなる。私は大型書店では、並べられた山ほどの本にいつも呆然とする。そして、無力感にも襲われる。ちょっとやそっとの本を読んでも、焼け石に水のような気がしてくる。何を買うか迷いだしたら、本当にきりがない。小さな本屋の方が、まだ選べる。若い人も、本の洪水の中で溺れかかっていることだろう。焦っても仕方ない。1冊の本との出会いは、一期一会である。乱読しているうちに、見えてこなかった物が見えてくる。本にも、限界があることもわかってくる。
 連休の間は、本の整理をしていた。読み終えた本はどんどんと処分してしまう。残すのはよっぽど気にいった本だけである。しかし、置く場所は限られているので、その分、今度は残していた本を処分することになる。30〜40年も残している本もあれば、途中から入れ替わっている本もある。60歳を越えると、本を残すことより整理する方に心が傾いてくる。学者や作家などは大がかりな書庫を持っている人も大勢いる。しかし、年をとってきたら、2度と開くことのない本がほとんどだと思う。新しい本が次から次へと出てくるので、自分の専門分野や興味のある分野を追いかけるだけでも大変である。
 本を整理していたら、青葉安里、諸川由実代「こころの治療薬ハンドブック第4版」(星和書店)が出てきた。2006年3月の発刊である。アマゾンで調べてみたら、最新の第9版が去年の1月に出ていた。そのまま捨てようと思った時に、ふとベンゾジアゼピン系薬物のことについてどう書いているのか気になった。この本の中で、「米国精神医学会では、抗不安薬の深刻な依存についての問題は、適切な治療量のもとにはごくわずかであり、多くの患者はその効果に恩恵を受けていると報告している」と書いてあった。米国精神医学会(APA)とは、最近、精神疾患の分類と診断の手引であるDSM-5を出した所である。
 ベンゾジアゼピン系薬物は昔からある古い薬で、もともと安全性の高い薬である。(妊婦が睡眠導入薬を10ヶ月服用しても、お腹の赤ちゃんにほとんど影響がない。一時に10万錠以上服用しないと死ねない) その後、急速に深刻な依存問題が生じたとは考えにくい。救急を悩ますのも、ベンゾジアゼピン系薬物の大量服用ではない。アルコールや抗うつ薬、抗精神病薬も大量に併用されると、ややこしくなるだけである。単独服用なら、アルコールの方が危険である。暴れたりするので始末も悪い。今の若いドクターには信じられないかもしれないが、ベンゾジアゼピン系薬物については、APAもお墨付きを与えていた薬なのである。今の教科書は適正使用と言うより、常用量依存のことが強調され、本を読めば読むほどもう使うなというメッセージが伝わってくる。まるで、これまで長いことつきあってきた古女房のを悪口をさんざん言って、若い娘に走ったようなものである。前から主張しているように(こんなことを主張するのは私ぐらいであるが)、製薬会社の陰謀というのも、あながち嘘ではないことがわかる。

今週の愛聴盤 156 (150721)

One And A Half / Flue
One And A Half / Flue

 久しぶりにオランダのバンドである。このバンドはまだ紹介していなかったと思う。前にも書いたように、ここで紹介している1枚目のアルバムの写真はすべて残している。しかし、2枚目に紹介しているアルバムについては記憶がうろ覚えである。すべてチェックしている暇がないので、ダブっていたらごめんなさい。一応、オランダのバンドを紹介している部分だけはチェックした。ネットで調べてみたら、ダッチ・ニューウェイブの代表バンドとなっていた。同じオランダのバンドであるMecanoと関係があるようである。1981年の作品である。  まず、後半に日本語のアナウンスがはいってくる曲である。Flue - Fridgedで聴くことができる。このアルバムには聴きやすい曲がたくさんはいっている。次に紹介するのは、別のアルバムの視聴者数の多い曲である。Flue - Esmafarjaである。
 さて、もう1枚もオランダからである。ネットで調べながらこのコーナーを書いていて、私の持っているMecanoのLPレコードを紹介したらよかったと思った。すでに別のバンドを用意していたので、今回はこちらの方を紹介する。Mecanoは別の機会にしようと思う。以前に調べた時には、YouTubeには1曲もアップロードされていなかった。Thijs Van Leer / Introspection 3(1977年)である。この名前だけでは、一体誰のことがわからないだろう。Focusのメンバーである。Focusはオランダの代表的なバンドで、このタイスとアッカーマンが中心的人物となっていた。私の持っているLPレコードはタイスのソロアルバムで、フルートを使った曲を演奏している。どちらかというと、クラッシックに近い。このアルバムについては、ネットで調べても詳しいことは載っていなかった。このアルバムにもはいっている曲は、ヴァージョンが違うようである。。Thijs van Leer - Rondoで聴くことができる。さて、Focusである。何枚かのレコードは持っていたが、今は1枚も残していない。最後に、このタイスがボーカル、キーボード、フルートと大活躍している代表的な曲を紹介する。Focus - Hocus Pocusである。
 最後に、いつもの「Music Box」からである。いよいよ種が尽きてきた。視聴者数は多いが、あまり私の好みではない。このバンドの曲は、「Music Box」で何曲か紹介されていた。私はてっきりイギリスのバンドかと思っていた。今回ネットで調べてみたら、オーストラリアのバンドであった。1987年の作品である。INXS - Need You Tonightで聴くことができる。

 

平成27年7月14日(火)

 蒸し暑いと、夜が寝にくい。私は外来のある月曜から土曜までは、毎朝5時ぐらいには起きる。床に就くのは、夜の10時過ぎである。今日は目覚めて時計を見たら、まだ2時半であった。エアコンのドライを付け、トイレに行って、また寝床にはいった。その後はあまり眠れなかった。仕方ないので、朝4時に起きて、寝床で本を読んでいた。そのおかげで、読みかけていた本を読み終えることができた。この本については、1番最後に紹介する。  先週の日記については、その後大幅に修正した。どの部分かというと、ベンゾジアゼピン系薬物についてである。人の日記なんか2度も読み直している暇なんかないと思う。しかし、その後、考えに考え抜いて、私が出した結論である。こういう発想は日本広しと言えども、私ぐらいしかいない。今日の内容より遥かに面白いと思う。 興味のある人は最後から3章目だけを読んで下さい。
 前回の日記でも書いたが、今の若いドクターはマニュアル人間である。病気の治療でも、そのままガイドラインに忠実である。しかし、人はそれぞれ異なる。ベンゾジアゼピン系薬物の副作用である習慣性、中断作用、筋弛緩作用、意識障害などはいつも全員に生じるわけではない。診察は、必ず1対1で行われる。一時に、100人全員に同じ処方を出したら、副作用が出る人もいるかもしれない。1対1の診察では、眠気やふらつきなどの副作用が出たら、必ず患者さんが苦情を訴える。その時に、減量したり、薬を変更したらいいだけの話である。身体依存についても、急な中断を避け、ゆっくりと漸減したらいい。精神依存については、プラシーボ(偽薬)効果との関係を今いろいろと考えているところである。うまく整理することができたら、この日記でも書こうと思う。
 私がここまでベンゾジアゼピン系薬物を擁護するのは、抗不安作用を持つ新薬のSSRIが効かない患者さんも大勢いるからである。抗うつ作用も持つSSRIは、うつ病の治療ガイドラインでは第一選択薬となっている。私の印象としては、古い三環系抗うつ薬と比べたら、抗うつ作用はもうひとつである。しかし、それほど目くじらを立てるつもりはない。どうしてかというと、新薬の開発にはお金がかかり、そのうちもっといい薬が出てくると期待しているからである。新しいSSRIやSNRI、NaSSAが効果のないときには、古い三環系抗うつ薬を使ったらいいと思っていた。ところが、この三環系抗うつ薬も副作用ばかりが強調されている。若いドクターは使い方も知らないのではないかと思う。
 前にも書いたが、ある患者さんが中堅ドクターから新しい抗うつ薬ばかり処方されていた。ところが、3年間通院していたにもかかわらず、少しも改善していなかった。私の医院に転院してきた時に、三環系抗うつ薬であるノリトレンを30mg処方したら、1週間で見違えるように改善した。この患者さんは今でも安定している。どうしてこんなことが起こるのかというと、欧米の巨大製薬会社のマーケティング手法は日本人の想像を遥かに超えているからである。
 治療ガイドラインでさえ、高名な学者を使って自分たちの新薬で書き替えてしまう。その新薬が本当に優れているかどうかは、おかまいなしである。開発にお金がかかるので、新薬を第一選択薬にすることについては、まだ目をつぶることはできる。目をつぶることができないのは、ライバルとなる他の薬の副作用を強調し、徹底的にマーケットから閉め出そうとすることである。製薬会社もあまりにも薬価の安い薬の宣伝はしない。ちなみに、私がよく使うベンゾジアゼピン系薬物であるセルシン2mg錠は5.9円である。最初はこれを半錠にして使う。先ほどの三環系抗うつ薬であるノリトレン10mg錠は5.6円である。新しい抗うつ薬であるSSRIなどは1日1回の服用でいい。しかし、サインバルタ30mgカプセルは235.3円で、レクサプロ10mg錠は218.1円である。古い薬でも、もうちょっと薬価を高くしたらいいと思う。
 先週の土曜日は、大学の同門会である叡修会があった。私がお世話になった3代目の教授は来年の3月で定年退職である。病院長として、ディオバン事件の後始末に追われ、本当にご苦労様でした。長い間空白だった循環器内科の教授ももうすぐ決まるという。来年は母校の府立医大の教授も大幅に変わるようである。今回の同門会では、医局関係の研究発表が4題あった。神経性食思不振症(拒食症)の患者さんの脳画像診断について発表していた。正直言って、苦労の割りには道遠しという感じであった。ロンドン大学留学の摂食障害治療については、他国の治療制度の違いなどがわかり、興味深かった。
 講演会の後は、いつものように懇親会である。精神病院の院長も若い先生に世代代わりしている。もう少ししたら、大学の教授と同じで、どんどんと若返っていくだろう。その分、こっちも年をとっていく。ある先輩の先生が、外来が楽しくて仕方ないと言っていた。院長も理事長も退いて、いろいろなしがらみから解放され、純粋に診察を楽しんでいるようであった。私も早くその境地に達したい。後輩の先生に聞いても、今は一時と比べたら、開業しようという先生は少なくなっているようである。ある先生に聞いたら、精神科デイ・ケアを大々的にやっているクリニックでも、施設を建てての老人介護デイサービスは経営的に苦しいようである。
 さて、きょう読み終えた本である。少し前に、本屋で平積みになっていた本である。岩瀬達也「パナソニック人事抗争史」(講談社)である。日本の大企業の裏面史が元役員たちの証言で明らかにされ、本当に面白かった。今日の経営不振を招いた原因は、3代目社長の山下敏彦によって始められた経営改革を、4代目社長の谷井昭雄がさらに推し進めようとするなか、松下幸之助の女婿であった松下正治と激しく対立したからである。創業者の松下幸之助も正治を経営者としては高く評価はしていなかった。谷井は、創業家と経営の完全分離を目指していた。幸之助が80歳で会長から相談役に退いたので、正治も80歳になったので、そろそろ相談役に退いて下さいと谷井が申し出た。ところが、その後会長の逆襲が始まる。社長の人事案について全部反対し、ナショナルリース事件や欠陥冷蔵庫事件などで辞任に追い込む。谷井が推薦した5代目の社長である森下洋一は、手のひらを返したように、会長に忠誠を尽くすようになる。
 会長に引退勧告した前社長の路線を否定するために、米国の総合メディア企業MCA(現NBCユニバーサル)が提案した有望な事業提案も森下はことごとく却下した。そのひとつが「ユニバーサル・スタジオ」である。森下は容赦なく蹴っ飛ばしたのである。現在のUSJは松下電器がMCAを転売したカナダの洋酒メーカー・シーグラムのもとで建設されたものである。このMCAの売却についてのやり取りは本当に面白い。ちなみに、森下については「マルドメ」というあだ名がついている。世界を舞台にした国際競争のことがわからず、「まるでドメスティック」という意味である。
 次の6代目社長になったのは、森下に徹底的に忠誠を尽くした中村邦夫である。この本では、プラズマ事業の失敗は人事の失敗であったと書いてある。事実を見据えて戦略を立てる人材ではなく、事実を都合良く解釈するブレーンを自身の周りに配置したからだという元役員の言葉も紹介している。中村のプラズマ戦略に異を唱えた岩谷は、最後は閑職に近い研究所長で定年を迎えている。7代目の社長は、大坪文雄である。プラズマ・ディスプレイの投資戦略の失敗が明らかになった後でも、何の見直しもしなかった。
 8代目の社長は。キ賀一宏である。プラズマへの投資額は、後を継いだ大坪が決済をした分を含めると、約4400億円に達している。そのずべてがムダに終わっている。中村が会長に退いても、自分からプラズマの失敗を認めるわけにはいかない。他の役員も何も言えない。この時に、キ賀が赤字を垂れ流している工場の停止を提案したのである。この提案が6か月早ければ、キ賀もどこかに飛ばされていたという。この本では、的確な経営戦略には、言いたいことを言い合える、活気あふれる会社でなければならないと書いている。創業家の嫁婿である松下正治が取締役相談役名誉会長を退いたのは平成24年で、99歳で亡くなる1月前であった。
 白い巨塔と言われた医学部の人事も昔はこれに近かったかもしれない。私が気になるのは、今の安倍政権である。私は保守派を自認し、ここでも何回も書いているように憲法改正派である。しかし、安倍首相の独裁的な手法については反対である。株価が上がったり円安で企業が潤っていることとはまったく別である。国立大学やマスコミを恫喝し、自分の気に入らないNHKの夜の司会者を交代させている。前にも書いたように、小選挙区になってからは官邸の力が強くなっている。昔と違って、自民党の議員は誰も安倍首相に異を唱えない。マスコミも同じである。一介のサラリーマンに、反対意見を主張しろといっても無理かもしれない。パナソニックと同じである。じゃあ、一体どうしたらいいかである。権力についている者は必ず引退する。言いたいことを言い合える、活気あふれる民主主義を守るには、引退した独裁者を徹底的に叩きのめすことである。次の首相になる人物が一線を越えないようにするには、これしか方法がない。奢る者は久しからずである。

今週の愛聴盤 155 (150714)

Untitled / TACO
Untitled / TACO

 今回は日本のバンドである。私の持っているLPレコードには、何もタイトルがついていない。タコ大全というアルバム名を聞いたような気もする。何しろ1983年の発売である。今から30年以上前のアルバムなので、あまりよく覚えていない。このアルバムは、アマゾンで調べたら、CDで2回再発されていた。日本語のウィキペディアによると、山崎春美がプロデュースし、いろいろな人が参加している。「小さなチベット人」という曲では、香山リカがボーカルを担当していた。曲の後に、実際の音声で、英語やフランス語、イタリア語などで解説がされている。以前に紹介した、「アーント・サリー」のような曲から、それこそぶっとんだ曲までバラエティ豊かである。
 まず、最初の曲である。歌詞が聞き取りにくいが、「もっと見る」とクリックすると出てくる。曲とはうって変わって、「シャブ打って打っておしゃぶり」などと過激である。放送禁止歌になったのもよくわかる。エンジェルダストとは違法ドラッグであるPCPのことである。TACO - 仏の顔は今日も三度までだったで聴くことができる。次の曲は戦後70年記念にふさわしい曲である。坂本龍一もシンセ、ピアノ、ボーカルで参加している。TACO - な・い・し・ょのエンペラーマジックである。他にも、YouTubeでは、「嘔吐中枢は世界の源」という曲もアップロードされていた。「吐いてまた食べて、そのうちぶくぶく太り出す」とまさに摂食障害の過食・嘔吐の世界である。この曲はライブの方がよかった。ここでは、今回私がアップロードした曲を紹介する。TACO - 人捨て節である。
 ここまで来ると、もう1枚のアルバムを紹介しないわけにはいかない。私の持っているLPレコードは、天皇 / Noise(1980年)である。レコード会社は、「アーント・サリー」の再発レコードを出した、コジマ・レコードである。アマゾンによると、2000枚限定の自主制作盤であった。再発のCDも出たようであるが、今は幻のアルバムとなっている。日本語の歌詞には、わざわざドイツ語訳を付けている。YouTUbeにはフルアルバムもアップロードされていた。決して聴きやすいアルバムではないので、代表的な曲を紹介する。アルバムタイトルにもなっている曲である。ボーカルが出てくるまでは、頑張ってみよう。Noise - 天皇で聴くことができる。
 最後に、いつもの「Music Box」からである。いよいよ種が尽きてきて、メモを頼りに調べても、好みの曲がなかなか出てこない。今回はイギリスのインディ・ロックである。日本語のウィキペディアに詳しい紹介が載っていたので、日本でもよく知られているのかもしれない。1990年の作品である。The Charlatans - The Only One I Knowで聴くことができる。

 

平成27年7月7日(火)

 きょうの午後はいつものように、往診に行ってきた。2週間前に、患者さんの住んでいる集合住宅の近くで、駐車違反の紙を貼られた。今は罰金の振り込み用紙がすぐに届く。罰金の額は1万5千円であった。早速コンビニで振り込んできた。5月に運転免許の更新に行った時には、軽微の違反では、講習が30分から1時間になると言っていた。今回は仕方ないので、近くのコインパーキングに停めることにした。ところが、ここのコインパーキングは満車であった。どこか他にないか、近所をうろうろしてやっと探し当てた。人通りの多い場所や絶対に駐車できそうもない所では、必ずコインパーキングを使う。今回は予想外の場所で駐車違反をとられたので、少し弱気になっている。
 この前の日曜日は、早めの昼食をとり、午後12時から医院で書類を書いていた。まず、7月中に近畿厚生局に提出する「向精神薬多剤投与に係る報告書」である。睡眠薬や抗不安薬を3剤以上使っている場合などでは、6月分について報告しなければならない。高齢の先生が閉院し、私の医院を受診する患者さんがいる。中には、ベゲタミンAやイソミタールなどを処方されている人もいる。私はこれらの薬をよく使ってきたので、処方することについては抵抗はない。しかし、今の医学の流れでは、50代の医者でもなかなか同じ薬は出してくれない。こんな薬を出したら、やぶ医者か老いぼれ医者扱いされるどころか、極悪非道の医者扱いされかねないからである。
 今の医学教育のおかげで、若いドクターは、イソミタールなんか飲んでいたら廃人になると信じている人も多い。昔は、ベンゾジアゼピン系睡眠導入薬をいろいろ使っても効果のない人に、少量加えると睡眠が改善する人が多かった。なかなか減らせないで、そのまま来ている患者さんも、ごくわずかであるがまだいる。量が増えなくても、常用量依存になっていると主張する人もいるかもしれない。しかし、患者さんはよく眠れて1番あっていると言っているのである。これまでずっと安定してきた患者さんを中毒者扱いして、無理に他のベンゾジアゼピン系睡眠導入剤に変える必要もないと思う。
 実際に、昔は大勢の患者さんに使ってきた。量がどんどんと増えてきて乱用で困った患者さんというのは、本当に思い出せないぐらい皆無である。今の教科書では、バルビツール酸系睡眠薬はすぐに効果がなくなり、どんどんと増えていき危険であると書いてある。しかし、実際に使ってきた実感としては、ベンゾジアゼピン系睡眠導入薬とあまり変わりがない。使ったことのない人には信じてもらえないかもしれないが、教科書で強調されているほど、危険な薬ではない。最近は、大量服薬や自傷行為をする人が増えてきた。危険ドラッグに手を出す人もいる。こういう人たちは何でも無茶飲みする。今は睡眠薬の選択肢も増えてきた。最初は、どの患者さんがこういう人なのかはわかりにくい。大量服薬した場合には、ベンゾジアゼピン系薬物より遥かに危険なので、新しく処方するのはもちろん控えた方がいい。
 次に、ベンゾジアゼピン系薬物である。6月に大阪であった日本精神神経学会総会に参加したときに、去年の6月に出た内科系総合雑誌である「モダンフィジシャン」も買った。特集は、睡眠薬・抗不安薬の適正使用を考えるである。前にも書いたように、この学会では、日本精神神経学会精神科薬物療法研修特別委員会編「精神科薬物療法グッドプラクティス」(新興医学出版社)も買っている。この本では、日本ではベンゾジアゼピン系薬物の使用が多いとなっている根拠の資料が示されていた。国際麻薬統制委員会(INCB)2010年の報告書である。前にも書いたように、日本のベンゾジアゼピン系薬物の使用量は、実は国際的にそれほど多くないという資料もある。
 この本の特集で興味深かったのは、「日本と海外での睡眠薬・抗不安薬療法の違い」であった。米国のコンサルテーション・リエゾン精神医療では、習慣性、中断作用、筋弛緩作用、意識障害に配慮してベンゾジアゼピン系薬物の使用は極力回避しているという。Yale-New Heaven Hospital (700床)では、ソラナックスやリボトリール、ワイパックスを使用している患者さんの薬(使用量は不明)をリフレックス、ジェイゾロフト、セロクエル、リスパダール、ジプレキサに置換しているという。日本では、多めのベンゾジアゼピン系睡眠導入薬の使用がうるさくなったので、抗うつ薬であるレスリンやテトラミドが併用されるようになった。しかし、米国では高価な抗うつ薬が処方されている。日本の感覚としては、セロクエルやリスパダールなどを使用する方が、副作用が強く出るのではないかと思う。
 現在はベンゾジアゼピン系薬物の常用量依存が必要以上に強調されている。適正使用というより、ベンゾジアゼピン系薬物はもう使うなという流れである。実際に、ガイドラインなどでは、大体3か月から6か月ぐらいで依存(身体依存で、中断で離脱症状が出る)が形成されやすいとなっている。今の若いドクターはマニュアル志向である。患者さんが眠れないと言っているのに、常用量依存になるからと言って、いきなり睡眠導入薬を中断する人もいる。
 米国は非合法薬物の天国である。おまけに、治療薬であるアルカロイド系合成薬物であるオキシコドンが癌以外の疼痛に広く使われている。オキシコドンの遙か強い依存性を放置し、もっと危険な違法薬物があふれているのに、安価で安全性の高いベンゾジアゼピン系薬物の依存性を強調するのは、誰が考えてもおかしい。私は、新しく開発した値段の高い新薬を売りたい製薬会社の陰謀だと思っている。前にも書いたように、ベンゾジアゼピン系薬物と新薬のSSRIは同じ抗不安作用を持つので、薬としてはライバルとなる。オキシコドンも癌以外の疼痛患者に適応を広げた方が、薬が売れて会社は儲かる。適応を広げるために、製薬会社に協力して安全性を強調し、多額の報酬を受けた専門家(医師)が大勢いたことは間違いない。
 最近の日本は米国以上に、ストレス社会である。アメリカは格差社会である。その分、宗教団体などのボランティア活動が盛んで、セーフティネットの役割を果たしている。日本では社会全体がいつも時間に追われ、職場でも家庭でもゆっくりとしている暇がない。ベンゾジアゼピン系薬物を使うのは、QOL(生活の質)の改善である。使用せずにすむ人はもちろん使用しなくていい。薬物としては、嗜好品として分類されているアルコールよりも安全である。(アルコールも一種の薬物) 人それぞれが抱える社会全体のストレスが、一部違法薬物やオキシコドンのような医療用麻薬、過度の飲酒によって解消されているなら、安全性の高いベンゾジアゼピン系薬物を上手に利用した方がいい。
 こんなことを書くと、私がベンゾジアゼピン系薬物を常用していると疑われるかもしれない。しかし、前から書いているように、私は薬嫌いである。精神科関係の薬を使うのは、唯一深夜の航空便を利用する時である。(フルフラットになるビジネスではなく、エコノミー) この時だけは、エバミール1錠を服用する。私はもともと薬物依存の専門家である。筋金入りのアンチ・ドラッグ派でもある。タバコも吸わず、唯一飲むのは、アルコールだけである。夜診のある月、水、金は休肝日にしている。実はこの日記もビールを飲みながら書いている。
 日曜日は、他にも、労働保険の確定保険料を計算していた。また、今月に更新する自立支援医療の診断書なども書いていた。今月からは、新しい様式で書いた診断書がパソコンに残っていた。一部訂正するだけなので、それほど時間はかからなかった。それでも、コンビニに行って、障害者福祉手帳用の診断書をA3にコピーしていたら、もう5時半であった。きょうはこの日記を書いている間、精神症状の不安定な患者さんから電話が7回もかかってきた。いくら説得しても、同じ内容の電話がかかってくる。私は居留守を使うことは絶対ない。トイレに入っている時に、電話がかかってきてもすぐに出れないことはある。きょうも、他の患者さんからかかってきているかもしれないので、すべての電話はとっている。開業して、平均的な医者よりお金を稼いでいるかもしれない。しかし、決して、楽をしているわけではない。

今週の愛聴盤 154 (150707)

Ca Va, Ca Vient / Pierre Barouh
Ca Va, Ca Vient / Pierre Barouh

 今回は久しぶりのシャンソンである。このコーナーでは、「今週の愛聴盤58」(平成25年9月3日)でComme A La Radio / Brigitte Fontaine(1969年)を紹介した。私の持っているこのLPレコードは、日本コロンビアから1982年に発売されていた。原盤は1971年の作品である。ライナーノートは、ブリジット・フォンテーヌ「ラジオのように」が日本で発売された時と同じで、蘆原英了が書いている。このアルバムでは、立川直樹も解説している。蘆原英了は舞踏、シャンソン、バレエ、演劇等の評論活動をしていた。前にも書いたが、私は1984年に出版された蘆原英了「サーカス研究」(新宿書房)を今でも残している。
 著作権がうるさいのか、YouTubeではアルバム名にもなっている曲はアップロードされていなかった。このアルバムからは、あまりいい曲は載っていなかった。とりあえずは、Pierre Barouh - Le courage d'aimerを紹介する。ライナーノートに書いてあることである。ピエール・バルーはクロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」に出演し、その主題歌を作詞している。フランシス・レイが作曲して、大ヒットした。1966年の作品である。Francis Lai - Un Homme Et Une Femmeで聴くことができる。
 次のLPレコードは、シャンソンとはまったく関係ない。アメリカのアイルランド系女性3人グループである。曲も地味である。どうしてここで紹介するかというと、キング・クリムゾンのロバート・フリップがプロデュースしているからである。ビル・ブラッドフォードなども演奏に参加している。Keep On Doing / The Roches(1982年)である。ここでは、私の好みとは別に、視聴者数の多い曲を紹介する。まず、後半にロバート・フリップのギター音が聴ける曲である。The Roches - Losing Trueである。次の曲も同じアルバムからである。こちらはライブである。どうしてロバート・フリップがこんなにも肩入れをしているのか、もうひとつよくわからなかった。私とは好みのジャンルがずれているので、視聴者数がこんなに多いのもわからない。The Roches - Hallelujah Chorusで聴くことができる。
 最後に、私がVHSテープに録りためた「Music Box」からである。今回は以前にも紹介したバンドの曲を紹介する。同じバンドであるが、もちろん別の曲である。久しぶりに聴いてみたら、やはり私好みのドンピシャリの曲であった。今回は、LPレコードを紹介していても、もう一つ不完全燃焼であった。最後に、この曲で決めたい。1988年の作品である。The Fall - Big New Prinzで聴くことができる。

 


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