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もんもん日記

ここではもんもん博士の日々のエピソードや思いついたことなどを日記でご紹介します。
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平成27年6月30日(火)

 先週は患者さんが多かったが、今週はまた少ない。なかなか均等にならない。私はパソコンを何台も持っている。医院にもデスクトップが2台あり、京都駅近くのマンションにもデスクトップが2台置いてある。ほとんど使っていない古いノートパソコンも1台ある。医院では私用と医院用に分けて使っている。京都駅近くのマンションにはインターネットの回線は引いていない。持ち運びのできるWiFiを使っている。ふだんは映画館の上映時間や臨時的な調べ物に使うぐらいである。NTTのスマホとWiFiステーションの合計で月に2GBの制限がある。それでも、これまで1度も超えたことがない。子どもが使えるように、居間の近くに置いてある。もう一台は私の部屋の中である。LPレコードからの録音用などに使っている。この部屋には学生時代から残してきた本やレコードを置いている。子どもが友人などとマンションを使うこともあるので、鍵がかかるようにしている。
 実は医院で私用に使っているパソコンが、ずっといらいらするほど起動が遅かった。性能の悪いパソコンではないので、どうしてこんなに遅いのか原因がわからなかった。先週の日曜日は、思い切ってウィルス対策ソフトも含め、全部削除してみた。すると、これまでとはうって変わって、速度が速くなった。私用なので、必要最低限のソフトだけ入れた。医院用のパソコンのハードディスクはほとんど残っておらず、外付けのハードディスクに動画ファイルなどを移している。この医院用のパソコンも、どうしてこんなにハードディスクを占めているのかよくわからない。バックアップ用なのか、「コンピューター」で開いて調べても何も出てこない。「今週の愛聴盤」は150回を越えたので、全部チェックして新しく修正し、新たに独立したホームページとして作り直そうかと思っている。こちらは、私用のパソコンでアップロードしようと思っている。
 きのうの新聞を読んでいたら、「秋篠宮ご夫妻が銀婚式」という記事が出ていた。結婚して25年になる。私とは一廻りも年下である。(正確には13歳下) 私が結婚したのは38歳なので、1年ぐらい違うが同じような時代に結婚している。前から書いているように、当時としては超晩婚である。最近は、芸能人などが私よりもっと年上で結婚している。私の実感としては、本当に大丈夫かと思う。自慢ではないが、私は晩婚の最先端を行っているのである。50歳近くで結婚している人も、まだ私の年代には達していない。私は5月に62歳になり、子ども2人は今年の7月に23歳と21歳になる。今では晩婚とも言えない38歳で結婚しても、年を取ったら本当に大変である。そのうちわかると思うが、開業して経済的に恵まれていても同じである。
 さて、秋篠宮ご夫妻である。結婚生活の評価は、優や良ではなく可である。大学の成績の評価は、この下には不可しかない。25年も結婚生活を送っていたら、実際はこんなもんである。皇室に属しているので、記者会見では可の評価であったかもしれない。一般人だったら、とっくに離婚している可能性もある。週刊誌によると、次女の佳子さまと父親の関係はあまりよくないようである。患者さんの話しを聞いていても、父親と思春期からの娘の関係は難しい。父親を無視したり、聞こえよがしに「あの人」と言ったりする。反抗期がないのは、ただ我慢して父親に合わせているだけで、これもよくない。最近の若い男性は草食化していると言われている。反抗期に関しても、息子より娘の方が強くなっているかもしれない。
 いずれにしても、女性の社会進出には賛成である。母親とは違い、これからの時代は専業主婦で生きていくことはできない。娘でも、社会に出て、父親の100分の1の苦労でも味わったらいい。患者さんの離婚の原因を聞いていると、昔からある浮気や借金が原因でないことが多くなってきた。直接の暴力と言うより、日常の夫の暴言を挙げる人も少なくない。仕事のストレスを家で発散するのはもちろんだめである。同じように、仕事で疲れ切っている夫に、妻が求めすぎるのもよくない。父親として、子どもが自立するまでの面倒をみる義務はある。母親も同じである。しかし、結婚生活の評価が不可に近い夫婦で、夫が妻を一生面倒をみていく義務があるのかは疑問である。
 さて、しつこいようであるが、またヘロインである。最近のヘロイン事情について、知識として整理しておく。私が作った動画の「ゴールデン・トライアングルとヘロイン」では、タイ、ミャンマー(当時のビルマ)、ラオスを扱った。他にも、アヘンの有名な産地がある。どこかというと、ゴールデン・クレセント(黄金の三日月地帯)である。アフガニスタン、パキスタン、イランの国境が交錯する地帯である。ソ連がアフガニスタンに侵攻したのは、1979年である。激しいイスラム教徒の抵抗にあい、撤退するのに10年かかっている。アメリカのベトナム戦争介入と同じである。帰還した兵士によって、ソ連にもヘロイン中毒が急速に広がった。私の知っているのはここまでであった。
 今回YouTubeで動画を検索していたら、面白い動画を見つけた。すべて英語である。しかし、まだわかりやすい英語である。映画を見ていると、何を言っているのかさっぱりわからないこともある。この動画はほとんど聞き取ることができた。この日記でも書いたが、映画「ハーツ・アンド・マインズ/ベトナム戦争の真実」の英語もわかりやすかった。ほとんど不自由なく聞き取ることができた。私のこれまでの英語の勉強は、本気でしばらく続けたり、長いこと中断したり、むらだらけである。英語のペーパーバック(スパイ物)を読んでいたこともある。「時計じかけのオレンジ」の原文は、当時何が書いてあるのかさっぱりわからなかった。ここ最近は、CNNのニュース(30分)を週3〜4回見るぐらいである。それ以外、何もやっていない。英語の勉強をしている人は、これぐらいの英語を聞き取れることを目標にしたらいい。
 動画は、Heroin Crisis(クリック)である。青い部分の「理解した上で続行する」をクリックする。ちょっと前の動画なので、最新の情報ではない。それでも、その後アフガニスタンではどうなったのか、事情を説明している。ゴールデン・トライアングルではほとんどケシの栽培が行われなくなった。現在ではヘロインの元となるアヘンの90%がアフガニスタン周辺で生産されている。前にも書いたように、メキシコではギャング同志のの抗争で数多くの死者が出ている。コカインではなく、このアヘンを巡る抗争なのである。この動画では興味深いことを指摘していた。アフガニスタンにソ連が侵攻した後、内戦が続いていた。この時に、1996年から2001年までタリバンが実行支配するようになった。タリバンは農民のケシの栽培を禁止した。違反を犯した農民の手足を折ったりしたのである。どうしてかというと、イスラム教では、飲酒を禁止しているように、こういう嗜癖物の売買や使用を禁じているからである。ところが、米軍がタリバンを一掃すると、再び農民がケシを栽培するようになった。また一大産地となって、世界生産の9割を占めるようになったのである。

今週の愛聴盤 153 (150630)

Untitled / Il Paese Dei Balocchi
Untitled / Il Paese Dei Balocchi

 今回は久しぶりにイタリアのプログレである。実は2枚とも、日本のキング・レコードからヨーロピアン・ロック・コレクションで出ている。最初に紹介するアルバムは、日本語の解説がはいっていた。2枚目のアルバムは日本語の解説を残していなかったので、初めは輸入盤かと思った。レコード盤に丸く周囲に沿って、「MANUFACTURED BY KING RECORD CO., LTD. TOKYO,JAPAN」と書いてあった。1972年の作品である。いつものように、1993年に発刊された「イタリアン・ロック集成」(マーキームーン社)で調べてみた。最初は、Iで調べたが、載っていなかった。Ilは冠詞か何かで、PaeseのPで調べたら、出てきた。1972年の作品である。このバンドが残しているのは、唯一このアルバムだけである。
 まず、このアルバムの中にはいっている1曲目である。曲のタイトルが恐ろしく長い。YouTubeより長く書くが、実際はこの倍ぐらいある。Il Paese dei Balocchi - Il trionfo dell'egoismo,Della VIolenza…で聴くことができる。日本語のタイトルは「子供達の国」である。YouTubeではフルアルバムもアップロードされている。ここでは、代表的な曲を紹介する。Il Paese Dei Balocchi - Canzone della speranzaである。
 さて、次も同じイタリアのバンドである。Untitled / Reale Accademia Di Musica(1972年)である。「イタリアン・ロック集成」のレコード評を読むと、A面の1曲目と2曲目を評価している。A面もB面も3曲づつはいっている。私はB面の方が好きである。このアルバムもYouTubeではフルアルバムがアップロードされている。まず、A面2曲目の1番視聴者数が多い曲である。Reale Accademia di Musica - Il Mattinoで聴くことができる。次は、B面の1曲目である。Reale Accademia Di Musica - Padreである。
 最後に、いつものようにNHKの衛星放送でやっていた「Music Box」からである。今回も以前に調べたメモを頼りに、調べている。この曲は、ここでは紹介していないと思う。今回は忙しくて、チェックしている暇がなかった。英語のウィキペディアによると、1968年のヒットのカバー曲である。フランス語のタイトルは英語に訳すと、「How to say goodbye?」になる。1989年の作品で、英国で当時ヒットした。Jimmy Somerville & June Miles Kingston - Comment te dire adieuで聴くことができる。

 

平成27年6月23日(火)

 毎日判で押したような生活が続いている。穏やかな日々が続いている分、どうしても生活が単調になりやすい。わくわくするような刺激的なことは何も起こらない。月曜日が来て、火曜日が来て、毎日同じ繰り返しである。感動的なこともなければ、とんでもない不幸なことも襲ってこない。しかし、小さな不幸は、きょうの往診の時に起こった。往診の時は、原則的に車はコイン・パーキングに停める。しかし、人通りの少ない通りやコイン・パーキングが近くにないときには、路上に駐車する。きょうは往診を終えて車に戻ってみたら、駐車違反の張り紙が貼ってあった。時間を見たら、4分前に貼られたものである。この道路は終日駐車禁止になっていた。若い頃だったら、すぐに頭にきただろう。最近は、長い人生、こういうこともあるだろうと思うようになってきた。
 実は、先週の木曜日の午後は胃腸専門のクリニックに行っていた。たびたび、朝に我慢できないほど胸が苦しくなった。どうして胃腸科に行ったかというと、物を食べるとのどがしみるようになったからである。病気としては、逆流性食道炎か食道がんである。胸焼けというより、我慢できないほどの胸痛である。狭心症ではないかと思うほどである。胃カメラの検査をしたいが、午前中は月曜日から土曜日まで外来がある。前日の夜から絶食になるので、ほとんどの医療機関では胃カメラの検査は午前である。特に、大きな病院ほど検査時間が決まっている。午後から胃カメラの検査をしてくれる所がないか、ネットで調べてみた。幸い、午後1時半からやってくれるクリニックを九条通りで見つけた。医院からは車で比較的近くであった。検査結果は、逆流性食道炎のグレードAであった。実際に食道がんが見つかる人は、私が考えている以上に少ないようである。これもほっとしたが、それほどうれしさは続かない。
 土曜日の夜は、映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を見に行った。映画館は、前の方の席を除いて、ほぼ満席であった。同じ監督の作品だとは、初めて新聞で知った。私の好きな作品は「マッドマックス2」(1981年)で、レーザーディスクを買ったぐらいである。内容としては、最初の頃のストーリーを引き継いでいる。パワーアップした車の戦闘シーンは迫力があった。バイクが大型トラックの下敷きになるシーンは昔の映画でもあった。物語もよく練られており、息子とか若い世代にもお薦めの映画である。
 ついでに、少し前に見た映画である。「誘拐の掟」である。「96時間」シリーズの俳優が出てくる。(俳優の名前も、あまり覚えなくなってしまった) この映画も充分楽しめた。最近は、アクションやサスペンス物ばかりで、文芸作品と呼ばれるような重いテーマの作品は見なくなってしまった。映画もその時にはわくわくするが、あまり余韻は残らなくなってしまった。
 さて、トヨタ自動車常務役員のハンプ容疑者がオキシコドンの錠剤の密輸容疑で逮捕された事件である。私はがん患者を扱っていないので、オキシコドンのことについては何の知識もなかった。「ゴールデントライアングルとヘロイン」の動画を作ったときに、一応アメリカのヘロイン中毒についてはネットで調べてみた。この時に、疼痛からヘロイン中毒になる人がいると書いてあって、もうひとつピンと来なかった。今回の事件で、やっとこの意味がよく理解できた。日本では、処方薬としてのモルヒネ類は厳密に規制され、がんの疼痛に用いられている。ところが、米国では疼痛の適応の範囲が広いようである。土曜日に「ニュースキャスター」を見ていたら、歯の疼痛でも用いられているようである。こんなのを使っていたら、中にはヘロイン中毒になる人がいるのもよくわかる。
 実は、「ゴールデントライアングルとヘロイン」の動画をYouTubeにアップロードしてから、他にヘロインや薬物中毒のことに関する動画がないか調べてみた。日本語でも、たくさんの動画がアップロードされていた。Vice Newsというところが、アップロードしている動画が面白かった。「違法ドラッグの正体 第4回『アヘン・モルヒネ・ヘロイン』」という動画は45分近くあった。ここで、米国のヘロイン中毒がどう扱われている見てみた。このベトナム戦争時のヘロイン中毒者の増加については、「なぜかわからないが」と解説していた。こんな動画でも、ごまかしがあるのである。
 まだ、このゴールデントライアングルとヘロイン(クリック)の動画を見ていない人は、是非とも見て下さい。次に書くNHKの番組でもベトナム戦争のことは取りあげていた。ベトナム戦争をおさらいするには、私の動画の方がわかりやすい。若いドクターに伝えたいことは、動画に出てくるこんな症例報告でも、オリジナルの論文に残すことが大切である。こんな症例報告を書くのにも、これだけの本を読んでいる。TVを見ているとタレントみたいな医者がよく出てくる。一般の人は偉い人かと思いやすい。しかし、医学界ではきちんとした研究をして医学論文を書いていない人は評価されない。今は専門医の資格を取ることばかりに目が向いてしまっている。若い時には、学会発表や論文を書くことも大切である。最先端の医学知識をアップデートするだけでは、単なる物知りだけで終わってしまう。
 実は、この土曜日には、NHKスペシャル「戦後70年・日本の肖像『冷戦・日本の選択』」を録画して、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」の映画を見てから、この番組を見ていた。新聞のTV欄では、日中国交正常化の真実、沖縄の密約などと書いてあった。私は前から気になっていたことは、日中共同声明のことをTVでどう放送するかである。この日記ではしつこいほど書いているが、日中共同声明で中国は戦後賠償を放棄し、この時に戦争責任も日本国民や天皇には責任がなく、一部の軍部の人間が悪かったと中国国民を説得したのである。尖閣諸島問題については、かなり詳しく事実を述べていた。しかし、日中共同声明では、このことについては何もふれていなかった。
 同じ土曜日の「池上彰のニュースSP」で、少し前に靖国神社問題について取りあげていた。この番組でも、どうして中国が首相の靖国神社参拝に反発しているのか、まったく触れていなかった。周恩来が、国民を説得して、戦後賠償を放棄し、戦争責任についても、一部の軍部の人間が悪かったとしたのである。だから、A級戦犯が祀られている靖国神社の首相参拝は明らかに日本のルール違反なのである。こんな大事な歴史的事実さえ、日本のTV局では放送しないのである。歴史的解釈は国民1人1人がしたらいい。国際的にどうやっても勝てないことで中国に揚げ足をとられ、国益を損ねているは確かである。
 さて、今週読み終えた本である。佐藤優、宮崎学「『殺し合う』世界の読み方」(アスコム)である。田原総一朗が司会をしていて、対談形式なのであっという間に読めてしまう。佐藤優はよく名前が知られているので、宮崎学について簡単に紹介する。この日記でも紹介している「突破者」の作者である。伏見のヤクザの組長の息子として生まれ、早稲田大学を中退し、共産党ゲバルト部隊隊長として名を馳せていた。この人の本は何冊も読んでいる。当時、台湾の黒社会のボスの葬式に出席しているのを読んで、まったく別世界に住んでいると改めて思った。
 食道がんではないとわかったので、ビールをがぶがぶと飲んで、この日記を書いている。飲み過ぎて、だんだんと眠くなってきた、書ける所まで書いて行こうと思う。まず、最初にピケティの「21世紀の資本」が取りあげられている。佐藤は、ピケティの強い国家による統制はファシズムになってしまうと指摘している。女性の学歴が高くなればなるほど少子化が進むことも書いてある。よく、所得上位1%のシェアという数字が出てくる。上位1%の高額所得者層に、総個人書所得の何%が集中しているかである。アメリカでは、20%近くである。日本では、9%ぐらいである。
 次に、上位10%である。上位10%の1番下の年収は580万円である。上位1%の1番下の収入は、それほど高くなく年収1270万円である。この日記でも紹介した大森研一「低欲望社会」(小学館)にも書いてあったように、日本にはとんでもない金持ちは欧米社会のように多くない。富の分配も、課税所得が1800万円を超えると、その半分が税金で取られるように、社会主義国に近いのである。この本で指摘しているように、問題は格差ではなく、まともな生活ができない「絶対貧困」なのである。年収1000万円あっても、専業主婦で子ども2人の家庭では、年2回のボーナスを4か月分とすると、毎月の手取りは45万円になる。
 マルクスの資本論についても取りあげている。日本の左翼理論の二大柱、「講座派」と「労農派」の違いについても詳しく説明している。私は、学生運動が荒れた後のポスト団塊世代である。まったくのノンポリで、左翼運動については醒めた目で見ていた。ソ連や中国の共産国の実態が明らかになるにつれ、最後の楽園は北朝鮮とアルバニアぐらいであると言われた時もあった。私もマルクスの本(原本ではなく、要約本)に挑戦したことがあるが、結局よく理解できなかった。この本を読むと、本当に理解しているのは佐藤ぐらいのようである。
 安倍政権が妙な方向に走ってしまう危険性はあまりないと佐藤は述べている。なぜかというと、公明党という存在があるからである。公明党が歯止めになるという。創価学会は2014年に教義を変えて、世界宗教になると言ったからである。韓国にはすでに創価学会員が150万人いる。世界宗教になる以上、中国への「広宣流布」(法華教の教えを広く宣べて流布させる)を考えているので、絶対に中国とはケンカできない。韓国も同じである。現在の日本の政局を見るには、公明党と沖縄の動きを見ていたらわかるという。
 他にも、興味深いことがたくさん書いてある。ヨーロッパには死刑がないので、テロリストはその場で殺してしまうとか、1951年のサンフランシスコ講和条約は処分的条約なので、ちゃぶ台返しをしてはいけないとか、ドイツとロシアの間に平和条約がないなど書いてある。ドイツとロシアが平和条約を結ばなかったのは、領土問題を解決できなかったからである。佐藤は、外務省高級官僚であった孫崎亮の対米従属主義批判については、「まったく寝ぼけた話だ」と批判している。私はここでも何回も書いているが、憲法改正派である。憲法の拡大解釈については反対である。改憲して、非戦を貫いたらいい。国家の安全保障を全面的にアメリカに頼るのは反対である。対米従属についてはある程度仕方ないことだとは思っている。それにしても、孫崎をここまで一刀両断することもないと思う。過去の外務省の中でのことが関係しているかもしれない。

今週の愛聴盤 152 (150623)

This Is The Master Brew / The Stick Men
This Is The Master Brew / The Stick Men

 毎週このコーナーでは、2つのバンドやアーティストを紹介している。2つの候補のうち、どちらを先に紹介するかである。有名アーティストは、他のホームページでも山ほど紹介されている。ここでは、なるべく、世間ではあまり知られていない方を最初に取りあげるようにしている。さて、きょうもこのバンドを知っている人はほとんどいないと思う。グーグルの検索でも、上位に日本語の記事はまったく出てこなかった。米国のフィラデルフィアのバンドである。私の持っているこのLPレコードは1982年に発売されている。英語のウィキペディアによると、バンドの活動はわずかに1980年〜1983年だけである。音楽は、実験的なパンクロックである。今聴いても、誰にもまねのできないぶっ飛んだ音作りである。
 まず、このアルバムの中にはいっている1曲目である。The Stick Men - Master Brewで聴くことができる。YouTubeで検索していたら、このアルバムの中にはいっていない曲で私好みの曲がアップロードされていた。今回はこちらの方を紹介する。The Stick Men - Jampireである。
 もしかしたら、ついていけない人もいたかもしれない。次に紹介するのは、イギリスのパンクバンドである。日本語のウィキペディアによると、アナーコパンク(無政府主義パンク)の代表的なバンドということであった。私の持っているLPレコードはThe Feeding of the 5000 / Crass(1978年)である。このアルバムからは、視聴者数の多い曲を紹介する。Crass - Punk Is Deadである。このアルバムには、「Crass - So What」など、それなりに聴き所のある曲がたくさんはいっている。今回は、別のアルバムから、私の気に入った曲を紹介する。Crass - Big A Little Aである。
 最後に、いつものようにVHSテープに録りためた「Music Box」からである。以前に調べたメモを頼りに、YouTubeで調べている。今回はアフリカからである。英語のウィキペディアによると、モーリシャス出身のミュージシャンである。音楽のジャンルはマダガスカル音楽(Malagasy Music)となるようである。大分前に調べた曲なので、どんな動画であったのか思い出せない。こんなに名前の多い動画でなかったのは確かである。しかし、他に動画が見つからないので、強引にこの動画を紹介する。1990年の作品である。Denis Azor - Alalilaで聴くことができる。

 

平成27年6月16日(火)

 最近は欲しい物がなくなってきた。年寄りはお金を持っていても、低欲望社会となっている。70歳前後の女性の患者さんに欲しい物があるかと聞くと、まだあると答える人もいる。以前だったら、新しいモデルのカメラが出ると、すぐに買い替えたくなった。しかし、今は持っているカメラで充分である。最新式のカメラを特別欲しいとも思わない。4Kのテレビもカメラも、TVの一般放送が4Kにならないと買う気がしない。ハイレゾも同じである。「私の愛聴盤」で数年前から使い出したレコードプレーヤーも、30年ぐらい前に買った物である。私はMC型の音が好きなので、針だけは新しい物に換えた。今考えているのは、京都駅近くのマンションのカーテンの色を変えることぐらいである。
 やはり物欲が衰えているということは、あまりよくない。あれも欲しい、これも欲しいと、ギンギラギンに欲望が溢れている方がいい。年をとったら、何事に対しても淡泊になってきた。患者さんの中には、私と同じ年代で、仕事から完全引退した人もいる。現役時代はバリバリと第一線で働いていたのに、今ではお孫さんの面倒をみている。私もやりたいことがないわけではない。しかし、毎日仕事をしていると、どうしても身近にできることしか手を出せなくなってしまう。
 先週の土曜日は、夕方6時から京都精神神経科診療所協会の学術講演会があった。この会は年に2回ある。受付けをしたら、去年の会費を払っていないと言うことで、今年の分も合わせていきなり2万円取られた。自分では、毎年払っているつもりであるが、よく覚えていない。この会は京都で精神科を開業している医者の集まりである。京都府全体で80施設ある。ほとんどが京都市とその周辺の診療所である。精神病院が経営しているサテライト・クリニックも含まれている。高齢で廃業する先生もいて、今は山科区で開業医が少ないとも言われている。この日に後輩の先生に聞いたら、伏見区の大手筋付近は開業している先生が多いのに、まだまだ患者さんが溢れているという。人口の減少と高齢化の著しい東山区と比べたら、うらやましい限りである。
 講演会の講師は久留米大学の教授で、内容は統合失調症における薬物療法についてであった。睡眠についても専門にしていた。人間の生体リズムは1日25時間であるとか、昼に短時間の昼寝が有効であるとか、起きてから16時間後に眠気が来るというような睡眠についての知識はおさらいをすることができた。私は相変わらず朝5時過ぎには起きている。昼食後にタイマーをかけて、診察室のベッドで20分だけ眠っている。この日の朝日新聞に、この先生が取り組んでいる高校での短時間の昼寝のことが特集されていたという。講演会では、私がただ1つ気が付かなかったことを指摘してくれた。それは何かいうと、精神病院では起床時間が朝6時で、消灯時間が午後9時である。消灯時間を16時間後の10時にしないと、患者さんは眠れないのである。実際に消灯時間を10時にすると、夜間に不眠などいろいろと訴えて来る患者さんも少なくなったという。デイケアも睡眠リズムを保つのに役立っていることがよく理解できた。
 この講演会では、幻覚・妄想を改善する抗精神病薬が、性機能を障害し、特に男性ではドラッグ・コンプライアンス(医師の指示通りに服薬すること)を低下させていると指摘していた。女性では、体重増加である。新しい抗精神病薬の持続性注射薬の解説もしてくれた。新薬なので、注射の用量と薬の血中濃度を詳しく測定している。薬の量が多くなれば、薬の血中濃度も高くなる。しかし、同じ量の投与でも血中濃度にびっくりするほど個人差があった。抗うつ薬でも同じであるが、血中濃度がどれだけ脳内に反映しているのかよくわからない。代謝の違いもある。PETで、ドーパミン受容体の占有率が確認されていると言っても、仮説の上に仮説を立てたら、何が何だかわからなくなる。
 実は、6月4日の日本精神神経学会では、学会の精神科薬物療法研修特別委員会編「精神科薬物療法グッドプラクティス」(新興医学出版社)を買った。小さな本なのに、3500円もした。この本では、抗不安薬や睡眠導入薬として用いられているベンゾジアゼピン系薬物のことについても解説していた。一定以上のベンゾジアゼピン受容体作動薬を投与しても、作用は「頭打ち」となると書いてあった。以前から指摘しているように、抗不安薬や睡眠導入薬の効き方には個人差がある。私も安易に量を増やすのは反対である。しかし、この本の説明だけでは、有効な用量の個人差は、本人が効かないと勝手に思い込んでいるだけということになる。
 さて、最後に、きょう読み終えた本である。程衛「だから日本人は”うつ”になる」(幻冬舎)である。著者は北京大学医学部を卒業し、附属病院で勤務し、日本で医師免許を取っている。東京大学医学部大学院も卒業し、ハーバード大学にも留学している。現在は帰化して開業している。もともとは内科出身で、専門は免疫である。帯には、他人の目を気にしない「中国人」、他人も自分も愛せる「米国人」、他人ばかり気にする「日本人」と書いてある。私は比較文化論で、各国の精神医医療事情について書いているものと思って、アマゾンで注文した。実際に読んでみると、3分の2ぐらいは一般向けにうつ病の解説が書いてあった。
 この本では、日本では、「和を以て貴しとなす」という言葉に代表されるように、「何事をするにも、みんなが仲良くし、いさかいを起こさないのが良い」とされてきたと指摘している。中国やアメリカでは、仕事が遅いことは仕事ができないこととして考えられる。上の人ほど早く帰ることで仕事ができることをアピールする。ところが、日本では遅くまで仕事をした方が「頑張っている」という評価につながる。出席したくない飲み会が多いことも驚きだという。日本の穏やかで便利な生活は、自分で考えるという思考を止めてしまい、周囲に流されやすくなるとも述べている。
 日本人は他人の目という物差しで自分を測ることは上手であるが、自分を自分でジャッジする客観性に低い。第三者から見て明らかに相手の行動に非があるような場合でも、相手とうまくやっていけない自分を責めたり、組織のやり方についていこうとする傾向がある。客観的に自分を評価することができずに、他人から言われたことをそのまま鵜呑みにして悩みを大きくする。自分の性格や個性を生かすよりも、無理をして「平均点」を目指す。日本人特有の協調性や社会性、同質性が行き過ぎると、本当の自分ではない、他人が望む姿を追い求めてしまうとも指摘している。中国人の友人が、東京の終電の人の多さにも驚愕していたことも書いている。

今週の愛聴盤 151 (150616)

The Way Out / L. Voag
The Way Out / L. Voag

 きょう紹介するアルバムもほとんどの人が知らないだろう。イギリスのRecommended Recordから発売されていた。ポスターや冊子みたいなのが、いろいろとはいっている。バンド名はL. Voagだとかろうじてわかった。イギリスのあるパンクバンドの仕掛け人が別名義で1979年に自主制作したものだという。その後、CD化されている。音楽はパンクというより、実験音楽に近い。こういう音楽は、ついて行けない曲もある。しかし、断片化された雑音のような音が、時には美しいメローディを奏でる。
 さて、YouTubeで検索してみたら、フルアルバムがアップロードされていた。LPレコードにははいっていないボーナストラックも付いていた。まず、L. Voag - The Way Outを開く。「もっと見る」をクリックすると、山ほどの曲名が出てくる。ところが、どの曲がどこから始まるのかわからない。1曲1分にも満たない曲もはいっている。私の好きな曲を見つけるのは、至難の技である。仕方ないので、私がさわりの部分だけ紹介する。まず、8曲目と9曲目の「The Lengthy Pause,Franco's Prayer」である。マウスを16:07まで送り、18:30まで聴く。次に、このアルバムのハイライトである。14曲目から17曲まで6分ほど聴く。タイトルは「Helping the Police with Their Enquiries-The Tuned Knife and Fork Toned Down to a Light Lunch」である。マウスで25:00に送り、31:00まで聴いたらいい。最初の1曲目から3曲目までの6分11秒も悪くはない。
 次は、ドイツからである。YouTubeで検索してみたら、1つだけ(2曲一緒)アップロードされていた。私の好みの曲ではなかった。仕方ないので、また私が自分の持っているLPレコードからアップロードすることにした。Sitting In A Dream / Tantalus(1978年)である。このアルバムは日本ではあまり知られていないようである。バンド名のタンタロスはギリシア神話に出てくるゼウスの息子である。同名の別バンドもあるので、検索するときには気を付けなければならない。プログレに属するが、音は地味である。聴き所は、後半の間奏部分である。Tantalus - Sleeping Beautyで聴くことができる。
 最後に、いつものように「Music Box」からである。ブラックサバスは、イギリスの超有名なヘヴィメタルバンドである。私が知っているのは、デビュー当時の「Black Sabbath - Paranoid」ぐらいである。きょう紹介するのは、1987年の作品である。Black Sabbath - No Stranger To Loveで聴くことができる。

 

平成27年6月9日(火)

 この日記は夕食をとった後に、午後7時過ぎてから書き出している。いつものように、午後からは往診があった。その後ずっと何をしていたのかというと、5月の連休に行ったゴールデントライアングルの動画を作っていた。今回は音楽ビデオではなく、動画に日本語の音声で解説をつけた。私の声ではなく、自動的にテキストを読み上げるソフトからである。少し高いアニメ用(?)のソフトを買って試してみたが、どうしても声の質が合わなかった。仕方ないので、以前に買ったソフトで作ってみた。もう少し音声を加工して、ソフトな声にしたら聴きやすい。やり方がよくわからず、とにかく、完成させるだけで精一杯であった。
 最近は体調はあまりよくない。きのうの夜からとんでもない症状が出てきた。精密検査が至すぐに必要である。ところが、午前中は月〜土まで外来があるので、簡単には休診できない。午後からは、どこも必要な検査をしてくれる医療機関がない。6月4日は日本精神神経学会の総会が大阪であった。専門医の更新のために、休診にした。この時に、簡単な検査を受けようと思っていた。まだ心配するほどの症状は出ていなかったので、ついつい行きそびれてしまった。何の症状かはここでは内緒である。しかし、今回は大げさではなく、命取りになる病気にかかっている可能性も捨てきれない。これまで、時々出ていた症状を考えると、いやな予感がして仕方ない。
 私が学会に行っているときに、私の患者さんが自宅外で、自殺騒ぎを起こしていた。警察も出動し、大騒ぎになっていた。この日は、当然私とは連絡がつかなかった。その後で、私の医院を受診した。自分の抱えているストレスに耐えきれず、苦し紛れに大騒ぎを起こす。訴えが誇張され、演技的な面も認められる。しかし、腕を見ると、激しい自傷行為をしていた。家族も治療者も時限爆弾を抱えているようなものである。爆発しないように、慎重に怒りや絶望感を解除する。しかし、回路の線をいじっているうちに、間違えて切ってしまう。時々、大爆発を起こす。こういう患者さんの扱いは、本当に難しい。
 土曜日には、また映画を見に行った。題名は、「メイズ・ランナー」である。それなりに楽しめたが、感動するほどでもなかった。人工的に作られた迷路に送り込まれた若者が、何とか脱出を試みる物語である。続編があるような終わり方であった。劇場には、大勢の観客がはいっていた。「ビリギャル」の評判がいいので、見たいと思っていた。洋画のアクション物が次から次へと封切られるので、ついついこちらの方を見てしまう。レンタルになったら、借りて見てみようと思う。
 日曜日は、午前中は運転免許の更新に行っていた。最近は若い頃のようにスピード違反をしないので、優良ドライバーである。8時半から手続きを含め、2時間ぐらいで済んだ。更新手続き用のハガキがいくら探しても見つからなかった。他の書類に紛れて、捨ててしまったのかもしれない。運転免許試験場に問い合わせをしたら、なくてもいいということであった。午後からは、いつものように、6月分の自立支援などの更新用の診断書を書いていた。今回は、2年前に新しい様式で書いた診断書も混じっていた。この分は、一部訂正するだけなので、楽である。来月からの更新は、すべて新しい様式で診断書か書かれている。新規も含め、今月はそれほど時間はかからなかった。
 さて、最後に、きょう作った動画の紹介である。ヘロインについても詳しく解説し、学術ビデオに近い。しかし、日本広しと言えども、この動画を作れるのは、私以外誰もいない。現役の薬物依存専門家でも無理である。この中では、私が書いた論文も引用している。24年前の論文に出てくる患者さんのインタビューもカセットテープに残していた。一部、この時の音声を使っている。ベクターで注文したボイスチェンジャーのソフトが間に合わなかったので、そのままである。ベトナム戦争の動画も使っているので、後半の部分は若い人にも見て欲しい。こういう動画は、誰かが記録として残しておくことが大切である。全部で6分45秒である。ゴールデントライアングルとヘロイン(クリック)で見ることができる。
 FTPが突然アップロードできなくなり、更新が遅れたことをお詫びします。最初は原因がわからず、まったくのお手上げでした。サーバーがセキュリティのために、パスワードを無効にしたためとわかりました。サーバーにログインする方法もわからず(2002年に契約してから、自動的にサーバーが変わっていた)、再設定するのに時間がかかってしまいました。

今週の愛聴盤 150 (150609)

Untitled / Ike Yard
Untitled / Ike Yard

 このアルバムジャケットを見て、バンド名とタイトル名がわかったら奇跡である。裏のジャケットも同じデザインで、「IKE」の部分が「YARD」となっており、「A SECOND」の部分が「A FACT」となっている。レコード盤には何も書いていない。発売年の1982と書いてあるだけである。レコードを入れる袋に曲名とメンバーのことが書いてあった。A面(@)に3曲、B面(A)に3曲はいっている。こういう場合は、どうやって検索したらいいのかわからない。とりあえず、YouTubeでは、ありふれた曲名ではない曲名を入れて検索してみた。すると、うまいこと最初からヒットした。何とバンド名は、Ike Yardで、アルバム名は付いていなかった。
 ニューヨークのバンドで、ジャンルはミニマルな電子音楽である。1983年に解散して、2006年に再結成をしてリミックス盤などを発表している。グーグルの検索で、日本語の解説(主に再結成後)が多かったのには驚いた。まず、曲名からバンド名がわかった曲である。Ike Yard - M Kurtzで聴くことができる。個人的には、「Ike Yard - Cherish 8」が好きである。ここでは、視聴者数の多いIke Yard - Lossを紹介する。
 次は、曲調はがらりと変わり、英国からである。発売は同じ1982年である。ここでも何回も書いているように、私は知、福知山、神戸、それと京都市内を何回も引っ越ししている。そのたびごとに、33年前のレコードをずっと持ち運んできたことになる。Epic Garden Music / Sad Lovers & Giants(1982年)である。このレコードは45回転で、A面(Seaside)とB面(Countryside)に4曲づつはいっている。このアルバムからは、Sad Lovers & Giants - Clintを紹介する。今回このアルバムの中の曲とは別に、視聴者数の多い曲を見つけたので、こちらも紹介する。Sad Lovers & Giants - Things We Never Didである。
 最後に、私がVHSテープに録画した「Music Box」からである。日本語のウィキペディアによると、ニューヨーク出身のギタリストである。ミック・ジャガーやディープ・パープルなどとツアーをしている。1989年の作品である。Joe Satriani - Big Bad Moonで聴くことができる。

 

平成27年6月2日(火)

 今週は外来の患者さんが少ない。ゴールデンウィークがあったので、どうしても片方の週に患者さんが寄ってしまう。その分、先週は忙しかった。盆や年末年始の休みがあった時も同じである。各週ともほぼ均等に来ていた患者さんは休診の1週間近くは来院できない。翌週に受診することになるが、本来定期的に通院していた患者さんと重なってしまう。しばらくしたら、また各週ともほぼ同じように振り分けられてくる。しかし、最近はなかなか同じにならない。どうしてかというと、ピーク時に比べて患者さんの数が減ったからである。5年ぐらい前から少しずつ減り、最近は低め安定である。今回調べてみたら、平成22年から平成23年にかけて大幅に減少していた。私はまったく無頓着で、この頃に近隣にいくつか新しい精神科や心療内科が開業したのかもしれない。
 たまたま最近、患者さんから2件続けて「死にたい」という電話がかかってきた。うつ系統の患者さんは診察でもしょっちゅう「死にたい」と言う。1人の患者さんは、「仕事もうまくいかず、彼氏との関係も終わったので今から死ぬ」と診察中に電話がかかってきた。医院にかかってくる電話の9割は私あてである。だから、かかってくるすべての電話は私が最初に取る。時々、「医院にはどう行ったらいいのか」とか「予約はいるのか」という類いの電話もかかってくる。簡単なことは受付に廻さず、そのまま対応することも多い。診察時間でない時でも、「死にたい」という電話はよくかかってくる。この患者さんは海に来ていて、今から海に呼び込むという。さて、どう対応するかである。この時の診察中の患者さんも、深刻でややこしい問題を抱えていた。この患者さんはこれまで大騒ぎをした後で、けっこうケロッとして受診することが多かった。リストカットや大量服薬をして入院した場合は、病院から私の所に問い合わせがある。何の連絡もないので、大丈夫だと思う。
 もう1人の患者さんも、「生きていても仕方ない。今から死ぬ」と電話があった。受診するように説得したら、私の医院を訪れてきた。深刻な家族問題を抱えていて、いつも自暴自棄となっていた。「もういいです。死にます」と言って、そのまま診察室を出て行った。私は患者さん1人かと思っていたら、別居していた娘さんがその後診察室にはいってきた。スーパーで買ってきた食品などを母親に渡そうと思って来たという。この患者さんは生活保護を受けている。いつも診察では「死にたい、死にたい」と言っていたが、この日は深刻であった。娘さんの話によると、パチンコで生活保護費を使い果たしてしまったという。旦那がパチンコばかりしていたので、離婚したのではなかったのか。なかなか患者さんは本当のことを語ってくれない。中には、ラインやフェイスブックで非難されたことを黙っている患者さんもいる。診察室ではただ「死にたい」と訴える。こちらはうつ病の波が来て、悪化したのではないかと思ったりする。日常の診療では、患者さんに振り回されることも少なくない。しかし、いつものことだと思っていると、稀であるが本当に自殺する患者さんもいる。
 ついでに、警察関係である。私は昔、加熱吸煙の覚醒剤中毒の人の調査で京都府警のお世話になった。だから、今でも留置人の診察の依頼のあった場合は断らないようにしている。この日記でも何回も書いているように、被疑者が逮捕されるとこれまで服用していた薬は警察署に持ち込めない。他の医療機関で、新たに税金で薬を処方してもらうことになる。覚醒剤を始めとする薬物依存の人は本当に大変である。直前まで他の医療機関にかかっている人は、そのまま同じ処方を出す。ところが、これだけでは済まない。すぐに睡眠薬や安定剤を増やしてくれと訴えてくる。覚醒剤が切れたばかりの人を取り調べする警察官も大変だと思う。中には、警察署の留置場で暴れたり、執拗に身体症状を訴える人もいる。ケイレンのようなパニック発作やヒステリー発作を起こす人もいる。警察もそのまま放置していいのか判断できないので、何回も救急病院を受診したりする、
 診察室で「ヒルナミンは合わない」、「エリミンを出せ」とか、好き放題言う人も多い。いくら説明しても、聞く耳を持たない。考えてみたら、覚醒剤などが切れてイライラがピークに達している。私も「いいかげんにしろ」と切れそうになる。今は刑務所にはいると、大量の睡眠薬や精神安定剤はほとんど削除される。留置人はまだ刑が確定していないので、そんなことをしたら人権問題になる。取り調べにも支障をきたす。ほとんどの精神科医は、大量の薬を処方するのを厭がる。現在のシステムや制度が悪いと非難することは誰にもできる。世間的には、社会的弱者の救済のために頑張っていますというのはわかりやすい。しかし、社会的弱者を救済するのも、私のように警察に協力するのも同じである。むしろ汚れ役になる分、こちらの方が社会的に貢献しているかもしれにない。もちろん私も、被疑者の言いなりに薬を出すわけでない。最近は、投薬した薬のことで、警察からの問い合わせの電話も多くなってきた。刑務所を出た人が私の医院に大勢受診したら雰囲気が悪くなる。勘違いしないように、「警察から頼まれて薬を出しているだけで、ふつうの診察では出さない」と宣言している。
 最後に、最近の結婚事情である。今は特に夫にとって不況が厳しくのしかかっている。妻も働いている人は珍しくない。夫がリストラや転職などで、新しい仕事に就く。ところが、給料は安くてなかなか上がらず、仕事は厳しく、人間関係も難しい。一昔前みたいに、飲みに行って憂さ晴らしをする金銭的余裕もない。どうなるかというと、ついつい妻や子どもたちにあたってしまう。別の仕事に代わっても、条件のいい仕事がないことは夫が1番よく知っている。職場のストレスを家庭に持ち込んではいけないとわかっていても、出口のない職場環境でひどく不機嫌になってしまう。こんな事情で、まだ子どもが小さいのに、別居や離婚する人が多くなっている。昔は、専業主婦は「私は働いたことがないので、(夫が)大変なのはよくわからない」という言い分がまかり通っていた。今から考えたら、本当に寝ぼけた時代だったと思う。別居や離婚の動機は、今でも浮気や借金が少なくない。しかし、これからの若い夫婦では、こういうケースが増えてくるような気がする。

今週の愛聴盤 149 (150602)

Die Moschusfunktion / Grosse Freiheit
Die Moschusfunktion / Grosse Freiheit

 きょう紹介するこのアルバムも知っている人はほとんどいないと思う。グーグルで調べても、日本語では輸入盤レコード店の過去ログ(すでに売り切れ)が出てきたぐらいである。ややこしいが、同じ名前で活躍しているドイツのバンドもある。私の持っているのは、45回転のマキシ・シングルレコードである。A面に2曲、B面に2曲はいっている。ジャケットからして癖のあるデザインである。ドイツの実験的なシンセポップ・バンドである。1982年の作品である。
 YouTubeでは最初はなかなかヒットしなかった。何回か検索しているうちに、A面1曲目の曲を見つけた。音も少し癖があるかもしれない。その分、30年以上前の曲なのに、ぶっとんでいる。Grosse Freiheit - Wenn Ich Vergnugt Binで聴くことができる。他に、私の好きな曲はアップロードされていなかった。仕方ないので、いつものように私がアップロードすることにした。これからは、まったくYouTubeにない曲だけをアップロードしていこうと思う。アナログレコードからの録音の方が、CDより削除されにくいかもしれない。今回の動画はいつもと違って、少し気合いをいれて作った。しかし、音が小さめである。少しボリュームを上げて聴いて欲しい。Grosse Freiheit - Das Lied Vom Madelである。
 次もドイツからである。私の持っているLPレコードはUntitled / Eroc(1975年)である。ジャンルはシンセ・ミュージックである。Erocはバンド名ではなく、1人のミュージシャンである。グロープシュニットのドラマーであった。まず、このアルバムの代表的な曲である。30秒ぐらい経たないと本格的な演奏が始まらない。Eroc - Kleine Evaである。このアルバムからは、他にも「Eroc - Norderland」がアップロードされていた。しかし、私の好きな曲は別である。実はYouTubeにはフルアルバムもアップロードされていた。この中から好みの曲を見つけ、LPレコードで曲名を探した。何とオリジナルのレコードは36分弱だった。このフルアルバムは55分弱あるので、ボーナストラックも追加した再発CDのようである。オリジナルのレコードでは1番最後の曲である。Eroc - Sternchenで聴くことができる。最後の無音部分が長く、曲は3分半で終わる。
 最後に、いつものように「Music Box」からである。いよいよ種が尽きてきたので、少し有名所を紹介する。私は今でも、女性の下着姿が写っているCountry Life / Roxy Music(1974年)のLPレコードを残している。当時は、ヴォーカルのブライアン・フェリーを、自殺した今野雄二が高く評価していた。「Music Box」では、2曲録画していた。「Virginia Plain」と「Do The Strand」である。このコーナーは以前にVHSテープをチェックしたメモを見て書いている。だから、中にはどんな動画だったのか覚えていないものもある。2つとも、当時在籍していたブライアン・イーノが出ていた。今回は、この動画だったと思うRoxy Music - Do The Strandを紹介する。

 

 

平成27年5月26日(火)

 きょうは暑い。往診から帰ってきたら、ビールを飲みたくなった。しかし、この日記は最低半分ぐらい書き上げないと、無理である。冷たい飲み物でごまかしながら書いている。タイの黄金の三角地帯については、私の患者さんのインタビューも交え、少し学術的な動画を作ろうと考えている。来週は「今週の愛聴盤」でまだYouTubeにはない曲を新たアップロードする予定である。だから、再来週あたりで、「ゴールデン・トライアングルとヘロイン」というタイトルで、日本語の動画をアップロードするつもりである。実は、この動画で使おうと思っているベトナム戦争の記録はすでに1分半ぐらいでまとめた。どういう内容にするかも、大体決めた。最近の私の楽しみはこんなことぐらいしかない。
 先週の土曜日はゆっくりと過ごした。ふだんはほとんど見ない夜9時からの「世界ふしぎ発見!」を録画して見た。その後の「新ニュースキャスター」は毎週録画して、時間のない時にはさーと飛ばして興味のある所だけ見る。新聞は毎日読むが、TVでニュースを見るのはこの番組ぐらいである。CNNのニュース(30分)も毎日録画している。実際に見るのは、週3〜4回ぐらいである。「世界ふしぎ発見!」を録画したのは、「アマゾン大紀行!」を特集していたからである。私は海や大河の水辺のある風景が好きである。やはり、南米とか東欧に行ってみたい。盆休みや年末年始の休みではなかなか行けない。
 最近は350ccのビールを3本飲んでもすぐに眠たくなる。土曜日は借りてきたビデオを見て、録画したこれらの番組を見ていた。ところが、夜中の1時になったら、どうにも眠気が我慢できなくなった。目覚ましを8時半にかけ、そのまま寝た。日曜日に目覚めて時計を見たら、何と11時45分であった。いつのまにか、目覚まし時計を止めていた。ゴールデン・ウィークのタイの旅行の時にも、寝過ごしていた。この時には目覚ましをかけ忘れたと思っていた。もしかしたら、勝手に止めていたのかもしれない。日曜日には特に急ぐ用事もなかったのでよかった。今まで皆無に近かった寝過ごしが2度続くと、少し心配になる。目覚ましをかける時には、時計を遠くに置くようにしている。
 レンタルしたビデオは、少し前の「インターステラー」である。映画の予告編では地味だったので、内容もチェックせずパスをした。「ゼロ・グラヴィティ」が期待はずれだったので、似たような作品をイメージしてしまった。上映時間は2時間49分である。これだけ長い作品なのに、時空が交錯する複雑な物語をよくここまでまとめきったものだと感心した。本当に歯ごたえのある感動作である。最近の映画では「アメリカン・スナイパー」が面白かった。感動はしたが、物語は予定調和的な進み方である。しかし、この「インターステラー」はまったく予測できない複雑な進行をする。賞味期限切れの作品であるが、レンタルするには大推薦の映画である。
 さて、ゴールデン・ウィーク明けの下痢をしている時に読み終えた本である。私は旅行の時には必ず1冊の本を持って行く。タイに行くときには片道5〜6時間あるので、飛行機の中でも読める。ところが、関西空港の中の本屋に寄ったら、どうしても買いたい本があった。私の持って行った本より、こちらの方が面白かった。今話題の大森研一「低欲望社会」(小学館)である。著者は私より10歳年上である。内容は刺激的で、御用学者が書いていることと比べたら、はるかに勉強になる。前から早く取りあげたいと思ってのは、私の育った長野県飯山市のことも書いてあったからである。「とくに飯山は、冬になると私が毎週末スノーモビルを楽しみに通うほど大好きなところだが、周辺には斑尾高原や野沢温泉などの良質なスキー場と温泉がいくつもあり」と評価してくれている。少しほめ過ぎで、愛人でもいるのではないかと思ったりする。(ゴメンナサイ)
 この日記では何回も書いているが、私は両親が住んでいた愛知県で生まれた。アメリカのサクラメントに住んでいる1歳下の妹は飯山で生まれた。現在まだカルフォルニア州の職員をしている。カルフォルニアの州都がロサンゼルスやサンフランシスコではなく、サクラメントであるというのは最近知った。3歳離れている池田の妹は、当時長野県の進学校であった長野高校に進学している。(今とは違って、都立日比谷高校のようにどこでも公立高校がトップであった。) 冬の間は飯山線が雪で閉ざされることが多いので、長野で下宿していた。田舎なので、池田の妹は小中とずっと成績はトップであった。私は小中の時にはそこまで成績はよくなかった。そのまま、地元の高校に進学した。
 当時の飯山北高校は、トップが千葉大の工学部に現役ではいるぐらいであった。5年に1人ぐらい浪人も含めて東大に合格する者がいるかどうかぐらいである。どうして私の成績が伸びたかというと、私の学年だけ、もっと田舎にとんでもない優秀な人が大勢いたからである。飯山に出てくるのがやっとの田舎である。長野まで出るのはとうてい無理である。私の学年だけ、東北大や金沢大の医学部に合格したり、同じクラスでも東大に2人合格していた。今から考えると、本当に奇跡的な突出した学年であった。1年早くても遅くても、今の自分はない。
 さて、肝心の本の内容である。まず、ピケティの「21世紀の資本」については批判的である。私も累進課税については反対である。現在はいろいろな控除を差し引いて、課税所得が1800万円を超えると、40%所得税がかかる。住民税の10%を加えると、半分が税金なのである。法改正によって、平成27年度からは課税所得が4000万を超えると、最高所得税が45%になる。開業医の所得は診療報酬なので、美容整形のような自費診療をしない限り収入はガラス張りである。しかし、スーツは経費として認められないが、通勤や往診用のベンツは経費として認められ、倉庫用や休憩用のマンションも経費として認められる。勤務医はいくら高給取りでも、ほとんど経費が認められないので、税金だらけである。
 アジアの富裕層を呼ぶには、現行の税を撤廃し、「資産税」と「付加価値税」の二つだけにするという案も説得力がある。これからはどうしても移民問題が出てくる。優秀な人材を世界から呼び寄せるといっても、これだけ税金が高く、能力給といいながらほぼ横並びの給与体系では、誰も来てくれない。世界には、もっと能力に応じて報酬を支払う国が山ほどある。前にも書いたように、中国でNHKの「プロジェクトX」が人気がなかったのは、これだけの大成功を収めた人たちが普通のサラリーマンで退職していたからである。
 この本では目から鱗のことが沢山書かれている。小選挙区制についても批判している。小選挙区制になると、市長レベルの選挙区になってしまう。そうなると、議員が長居する。どうしても地元への利益誘導が政治活動の中心になり、天下国家を論じる人がいなくなる。地方自治体の議会も無用の長物だという。どうしてかというと、日本の地方には自治がなく、国から地方の行政サービスを行うことを認められた地方公共団体だからである。著者も田原総一朗も官僚には批判的である。しかし、偏差値50程度の国会議員が世襲制で選ばれることの方が問題だと思う。もちろん、私も官僚がすべてだとは思っていない。
 橋下大阪市長の後に、子どもが世襲制で引き継ぐことなんてありえない.そんなことになったら、誰でもおかしいと思うだろう。ところが、国会議員レベルでは当然のことのように行われている。今の若者は何のメリットもなく、何十年も滅私奉公するとは思えない。最近は本当に優秀な人は官僚にはならないとも言われている。農業など、効率化できるところは効率化したらいいと思う。ただ、1つ著者に異議を唱えるとしたら、あまりにも効率化を進めると、代わりの雇用の確保ができなくなってしまう恐れもある。

今週の愛聴盤 148 (150526)

Untitled / Negativland
Untitled / Negativland

 きょう紹介するバンドのこのジャッケットは多分誰も知らないだろう。どうしてかというと、グーグルの画像で検索しても、出てこなかったからである。このジャケットを見たら、アルバムタイトルは「Savings whiz with a wallop」と誰もが思うだろう。しかし、これでグーグルで検索しても、何もヒットしない。1980年に発売されたLPレコードである。ジャッケットの写真がないので、私が持っているレコードの分を撮影した。自主制作に近い形で発売されたのかもしれない。Negativlandは米国カルフォルニア州の実験音楽バンドである。このアルバムが最初で、2000年代になっても活躍していていた。
 以前にYouTubeで調べてみたら、このアルバムはアップロードされていなかった。今回は最初に同じ米国の前衛的実験音楽バンドであるThe Residentsを紹介するつもりであった。今回調べてみたら、Negativlandは去年にフルアルバムでアップロードされていた。私の持っているレコードのジャケットを是非載せたいと思ったので、急遽こちらを先にした。今回アルバムタイトルがついていないことを初めて知った。何と曲名もついていない。
 しかし、心配することはない。Negativland - Untitledで聴くことができる。いつものように、「もっと見る」をクリックする。最初はそのまま1曲と2曲を聴いたらいい。2分27秒で終わる。次の聴き所は、9曲目の14:42をクリックする。そのままB面にはいり、15曲目が終わる24分27秒までである。1分にも満たない音のコラージュを楽しんだらいい。YouTubeでは、他にも沢山の動画がアップロードされていた。「Negativland - Guns(Now)」は目の保養にはいいかもしれない。しかし、音はもう一つである。ここではNegativland - Freedom's Waitingを紹介しておく。
 さて、The Residentsである。こちらの方がよく知られている。自分たちでラルフ・レコードを設立し、1970年代から数多くのアルバムを発表している。メンバーは4〜5人で目玉のかぶり物などを着て、謎に満ちていた。曲によって癖のある音楽で、ついてはいけない作品も沢山あった。きょう紹介するLPレコードは、何枚か聴いた中で1番聴きやすかった。Not Available / The Residents(1974年)である。この中からThe Residents - The Making Of A Soulを紹介する。実は、私はVHSテープで輸入盤のMole Show / The Residents(1983年)を今でも持っている。1982年の秋から1983年の夏にかけてのマドリッドやワシントンなどのライブショーを映像にしたものである。YouTubeでは山ほどの動画がアップロードされていた。ここでは、1994年の作品を紹介する。最初の女性ボーカルでめげずに聴いて欲しい。The Residents - Gingerbread Manである。
 最後に、いつものように私がVHSテープに録りためた「Music Box」からである。視聴者数が多いのに驚いた。調べてみたら、同じアメリカのハードロック・バンドであった。1989年の作品である。Tesla - Love Songで聴くことができる。

 

平成27年5月19日(火)

 きょうはたまたま午後から往診がはいっていなかった。銀行の振り込みや夕食の材料を買いに行っていた。火曜日はこの日記を書き上げなければならないので、もう外出はしない。前回の日記でも、タイで撮ってきた写真を選んで加工したりしていたら、書き終えたのは夜10時過ぎであった。きょうも先週すでに読み終えていた本を紹介していたら、またそれぐらいの時間になってしまう。どうするかは、この日記の進み具合による。
 実は、きょうは私の誕生日である。60歳を過ぎてからは、開き直っている。もう、いくつになっても同じである。それでも、70歳になったらまたかわるかも知れない。今回62歳になった。新聞の記事などで62歳と書いてあると、こんな爺さんがと思う。実感はないが、その爺さんの年代になってしまった。20歳ぐらいの時には10歳上の女性とつきあってもよかった。今は10歳年上の女性(72歳)どころか、同年代の女性でも勘弁してほしい。純粋な話し相手で、性的な対象にはならない。62歳になって対策本部を作っても同じである。とりあえず、目の前の仕事をただひたすらこなすだけである。こうやって少しずつ老いていくのかと思う。私と同じ年代の人でも、会社の役員クラスの人は現役時代とかわらず、まだ忙しいようである。
 先週の日曜日は相変わらず忙しかった。土曜日の夜は遅くまで起きていて、日曜日の朝はゆっくり起きるのが理想である。書類書きがあっても、午後1時ぐらいから医院に出ると楽である。今回は書かなければならない診断書が山ほどあった。医院には覚悟を決めて早めに出て、朝10時ぐらいから書き出した。自立支援医療用、障害者福祉手帳用、障害年金用の診断書が計22枚である。自立支援と手帳用の診断書はすでにパソコンで電子化していた。ところが、2年前と診断書の様式が変わり、すべて新しく書き直さなければならなかった。
 1番いい方法は、古い様式と新しい様式の診断書を並べ、コピペすることである。ところが、私が書き込めるように使っているソフトは特殊で、一時に1つの文書しか開けない。結局、最初の一部分だけコピーして、後は最初から最後まで自分で書き直すことになる。昼食は自炊してとった。手帳用の診断書はA4用紙2枚である。今回は6件あった。コンビニに行ってA3用紙にコピーし終えたのが、夜の7時前である。夕食も自炊して、書類をチェックしていたら、手帳用の診断書の2枚目が他の人の診断書と入れ替わっているものがあった。再びコンビニに行って、コピーし直したのが夜の9時である。人生とはこんなものである。
 さて、ゴールデン・トライアングルの旅の続きである。5月5日(火)は朝からゴールデン・トライアングルに行った。近くのソンテウ乗り場から乗った。料金は40バーツ(290円)であった。前回1バーツは3.6円と書いたが、少し間違っていた。私は残っていた米ドルを両替したので、わかりにくかった。両替所の電光掲示板に出ていたレートを写真で確認したら、3.7円であった。メーサイからは約30km離れている。このソンテウには大阪から来たという30歳前後の女性が乗っていた。1人旅で、きょうはラオスに入国して、世界遺産のルアンパバーンに行くという。交通の便を考えると、そう簡単な旅ではないので、びっくりした。これまで、あまり危ない目にはあっていないという。
 ゴールデン・トライアングルは観光地化されていた。ここでは、オピウム博物館にも行った。後で、写真付きで詳しく解説する。もう一度、知識として整理すると、黄金の三角地帯とはアヘンの一大産地のことである。この博物館では、麻薬王クン・サーのことも解説していた。シャン族解放組織の指導者で、黄金の三角地帯を作り上げた人物である。前にも書いたように、私は薬物中毒の専門家である。1982年から1991年の間に出た薬物に関する一般書は36冊持っていた。この中に、1987年出版の小田昭太郎「クンサー」(情報センター)も含まれている。ケシに代わる代替え作物のことで、笹川良一も登場していた。
 今残している本は、3冊だけである。1974年出版のA.W.マッコイ「ヘロイン(上)(下)」(サイマル出版会)、1984年出版の剣持加津夫「これが麻薬だ」(立風書房)、1986年出版のA.ワイル他「チョコレートからヘロインまで」(第三書館)である。前回の日記で紹介したヘロイン中毒の患者さんのインタビューは今でもカセットテープに残している。久しぶりに聞き直したら、同じ質問をしつこいほど何回も何回も繰り返していた。患者さんもよく切れなかったと思う。それほど厳密な症例報告である。この人がタイで運び屋をしていた25〜6年前は、まだアヘンの産地であった。この患者さんはヤオ族のヘロイン密造所も訪れていた。アヘンから作られるヘロインはその危険性から、今はアメリカでもあまり使われていない。少し前に、メキシコのゲレロ州イグアラ市で学生43人失踪する事件があった。麻薬組織の犯罪となっていたので、すっかりコカインのことかと思っていた。ところが何と、このゲレロ州は現在アヘンの一大産地となっていた。
 このゴールデン・トライアングルでは、メコン川をボートで上り、ラオスに行く周遊もした。さて、午後3時過ぎになって、メーサイに戻ろうとした。ところが、午後2時を過ぎたら、メーサイに帰るソンテオはないと言われた。実は、昼食をとった後で、メーサイに戻ろうと思った。来た時と同じソンテオが走っていた。道路で止めても、なぜか乗車拒否された。2台続けて拒否されたので、ボート乗り場に近い所まで戻り、帰りの乗り物がないか探していた。たまたまボートが出るということだったので、周遊のボートに乗った。結局、同じボートの案内をしていたガイドがミニバスで欧米人の団体を連れて、メーサイに戻るということであった。100バーツ払って、メーサイまで乗せてもらうことにした。
 ホテルでゆっくりとして、午後4時にチェックアウトした。ここからバスでチェンライに行く。バス停はけっこう市内から離れていた。モータサイ(バイク・タクシー)を使い、50バーツ(185円)であった。ここからチェンライまでのバス代は39バーツ(144円)であった。冷房なしのドアを開いたままで走る生活用のバスである。あちこちで停車し、途中からギュウギュウ詰めになった。1時間40分ほどでチェンライのバス停に着いた。バス亭は中心部にあるので、比較的わかりやすかった。ホテルはバンコク以外は、予約なしで現地で決める。「地球の歩き方」では、一泊1800バーツからとなっていた。しかし、オフシーズンなので、朝食付きでメーサイと同じ900バーツ(3300円)であった。広いロビーで、こちらの方が高級ホテルである。翌日のチェンライ発バンコク行きの飛行機は、夜8時55分の出発である。ここも1時間100バーツ(370円)で、チェックアウトを遅らせることができた。しかし、夜6時までである。ホテルの周辺には、マッサージ店とバーがたくさん並んでいた。
 翌日の5月6日(水)は、ガイドを頼んで朝8時半から午後3時まで案内してもらうことにした。英語をしゃべるタイ人の男性である。これも後で写真付きで詳しく解説する。1対1のガイドは少し大げさである。しかし、かなり細かいことまで聞くことができる。ハノイでも済州島でも1対1のガイドであった。英語のガイドをしていて、1番わかりにく英語はイタリア人やスペイン人だという。5年間英語の勉強をしたということで、癖のない英語を話していた。これまで日本人のガイドはしたことはないという。日本では中国人観光客のマナーの悪さが話題になる。ガイド仲間の話では、1番やりにくいのはロシア人だという。プーケット島にもたくさんのロシア人観光客がいた。スタイルのいい美人そろいと思っていたが、意外であった。チェンライでもレディハウスと呼ばれるような所は当局によって閉鎖され、すべてマッサージ店がその代理をしているという。私はマッサージ店にもオープンバーにも行かなかった。
 この日は山岳民族館にも行ってみた。入場料は50バーツ(185円)である。少数民族に関する展示物が置いてある。それほど見所があるわけではない。最初に、日本語のビデオを30分ほど見せてくれる。タイで1番多いのはカレン族で、山岳民族の半分を占めている。それぞれ独自の文化と言語を持ち、精霊信仰であった。しかし、今はほとんどがキリスト教に改宗しているという。リス族だったと思うが、双子を忌み嫌い、昔は赤ん坊を殺すか村を出るしかなかったという。お土産売り場では、コーピーしてA4用紙を折り曲げた11ページほどの冊子を2冊買った。1部20バーツである。1冊は「Opium Through the Ages」である。アヘンの歴史をメソポタミア時代から1996年までコンパクトにまとめてくれている。もう1冊は「The Hilltribe Museum and Education Center」で、こちらの方は山岳民族のことを要領よく紹介している。
 夜遅く飛行機に乗ったので、バンコクの空港に着いたのは10時15分であった。旅行カバンを受け取り、スカイトレインなどを乗り継いで、最初のホテルに着いたのは夜中の12時過ぎである。この日は疲れていたので、どこにも出ることができなかった。ここまで書いてきて、少し疲れてきた。やはり読み終えた本の紹介は来週にすることにした。これでも、アップロードしてチェックしたりしていたら、午後8時になりそうである。

ゴールデン・トライアングル  ゴールデン・トライアングルに行くと、あちこちに地図が書かれている。このタイルでできた地図が1番わかりやすい。メコン川がYの字のように描かれ、川の右側がラオス、川の上がミャンマー、左下がタイになる。ここはタイ側の川が3つに分かれる所になる。もう少し北に行くと、中国の雲南省と接する。

ラオス側  地図だけ見ていると、どんな辺境地かと思う。しかし、今は観光地化され、大きなタイ風の派手な寺院が建っている。大型バスやミニバスなどで大勢の観光客が訪れている。タイ人や中国人らしき人が多かった。川の向こうがラオス側である。私はメーサイからソンテウに乗って行った。途中検問所があった。

オピウム博物館  ゴールデン・トライアングルから歩いてすぐそばにあるオピウム博物館である。1kmほど離れた所にもっと大きなオピウム・ホールがある。このゴールデン・トライアングルはアヘンの一大産地であった。その役割を担っていたのが、少数民族のHilltribe(山岳民族)であった。アヘンは彼らの貴重な収入源であった。

オピウム  ケシの実を傷つけて、生アヘンを取る。これをぱパイプに詰めて、吸煙する。精製すると、モルヒネができる。現在はガンの痛みなどを緩和するために医療用として使われている。このモルヒネを無水酢酸で処理すると、ヘロインができる。

ヘロイン  ヘロインのロゴマークである。山岳民族の村にも密造所があった。数多くのロックスターなどが中毒になったり、死亡している。米国はこの地域の共産化を恐れ、毛沢東に追われた蒋介石の国民軍を援助した。資金源となるアヘンの取引も黙認していた。しかし、ベトナム戦争で多くの兵士が中毒者となった。

周遊ボート  ゴールデン・トライアングルからは観光ボートがたくさん出ている。私の乗ったボートはメコン川を上り、ラオス領ドンサウ島に上陸した。入国手続きは必要なかった。約1時間で、300バーツ(510円)である。ミャンマー側の岸には、タイ人を相手にしたカジノができている。、

ナイトバザー  チェンライのナイトバザール。オフシーズンのためか、市内のレストランやバーにはあまり観光客がはいっていなかった。ところが、このナイトバザールにあるテーブルが並んだ広間のような所(周囲を飲食店が囲んでいる)には大勢の人が食事を取りにきていた。ここもバザールの中のレストランで、雰囲気はよかった。

象  タイ北部の観光の1つに、山岳民族の村を訪れるトレッキングがある。実際にその村で寝泊まりするツアーもある。私は英語のガイドを頼んだ。ランドクルーザーで昼食付きで朝8時半から午後3時まで案内してくれる。料金は1500バーツ(5550円)である。ここからエレファント・トレッキングもできる。

滝  ほとんどランドクルーザーで案内してもらった。途中、滝までの簡単なトレッキングがある。急斜面を上っていくので、息も絶え絶えになった。わかりにくいが、かなり大きな滝である。少し水は冷たかったが、水浴びをした。外の気温は30℃以上あった。それでも、冬は5℃ぐらいになるという。

アカ族  アカ族の村である。民族衣装を着ているのかと思ったら、暑いので何か儀式の時以外は着ないという。ごくふつうのかっこうをしている。細い道を通って、山奥にはいったが、車も停めてあった。もうひとつ古きよき時代のイメージと違う。ゲストハウスみたいな所に2人のアメリカ人らしき人が滞在していた。

リス族  こちらはリス族の村である。今はタイの学校に通っているという。生活の糧は米などの農作物である。貧しい生活である。現金収入も少ないので、チェンライの市内に出ることも少ないようである。タイ北部の少数民族は中国やチベット、ミャンマーなどから来ている。

スパ  最後は、ホットスパに寄る。ここは温泉が湧き出ている。ラノーンにも温泉があり、タイにはけっこうあるのかもしれない。私はほとんど歩いていないが、トレッキングをした後で、ゆっくりお湯につかるのは本当に気持ちがいい。1人で独占である。

今週の愛聴盤 147 (150519)

Florian / Le Orme
Florian / Le Orme

 今回紹介するイタリアのレ・オルメは有名である。私は日本で発売されたFerona & Sorona / Le Orme(1973年)のLPレコードを今でも持っている。日本で発売されたのは1977年である。中の解説を読むと、3人組でイタリアのELPと呼ばれていた。このアルバムは彼らの最高傑作とも言われている。バンダー・グラーフ・ジェネレーターのピーター・ハミルが英語訳をして、英語盤を発売したと書いてある。個人的には、レ・オルメの作品については、どうも煮え切らない演奏で、もうひとつ乗りきれない所があった。
 きょう紹介するアルバムはクラシック寄りである。1979年に発売されている。きょうはわざと本流を外して、このアルバムから紹介する。YouTubeで調べてみたら、ライブの演奏がアップロードされていた。こちらの演奏の方が緊迫感がある。フルコンサートがアップロードされているが、心配することはない。第1曲目を聞いたらいい。最初の6分20秒である。Le Orme - Florianで聴くことができる。2曲目を聴いてみたら、アルバム通りの順番であった。次も同じアルバムからである。Le Orme - Fine Di Un Viaggioである。
 さて、今回はクラッシック寄りのアルバムでまとめるつもりであった。しかし、2枚目に紹介するアルバムで少し苦しくなった。ベルギーのバンドである。私の持っているLPレコードはA Neuf / Julverne(1980年)である。思ったよりクラシック寄りで、演奏もあまり面白くなかった。YouTubeでは、このアルバムからは1曲もアップロードされていなかった。仕方ないので、地味な曲であるが、私が1曲アップロードすることにした。Julverne - Impuissanceである。このJulverneは他のアルバムも出している。YouTubeからはJulverne - Le Sheikを紹介する。
 最後に、いつものように「Music Box」からである。調べてみたら、同じベルギーの出身である。レコード会社も同じCrammed Discsからであった。1989年の作品である。アラビック・エロクトロ・ミュージックである。Foreign Affair - Sandanyaで聴くことができる。

 

平成27年5月12日(火)

 このゴールデン・ウィークは、5月3日(日)から7日(木)の5日間タイに行っていた。目的地は、タイ北部のゴールデン・トライアングルである。一昔前は、アヘンの一大産地として有名であった。タイ、ミャンマー、ラオスの国境が接する場所で、今回はタイ側からミャンマーとラオスに入国してきた。
 どうしてこんな所に行ってきたかというと、以前から1度訪れてみたいと思っていたからである。前にも書いたように、私の専門の1つは薬物依存である。ここにはオピウム博物館がある。なかなか日本ではアヘン中毒やヘロイン中毒の患者さんには巡り合わない。私が精神病院に勤めている時に、タイから帰国した人がヘロインの禁断症状を呈して入院してきた。まだ20代の若者で、タイの麻薬組織のメンバーとなり、そこで働いていた。左肩には組織の印であるサソリの入れ墨を入れていた。現地でのヘロインの離脱に失敗して、そのまま飛行機に乗って帰国していた。この症例は、平成3年10月に「ヘロイン離脱症状を呈した帰国者例」という論文にして、「アルコール研究と薬物依存」に発表している。
 5月3日は関空発11時45分発の飛行機でバンコクに行った。バンコクには現地時間の午後3時半頃に着く。ホテルはいつものように、ナナ付近で予約しておいた。朝食付きで1泊4500円ほどである。この日の夜は、ゴーゴーバーにも行かず、タイマッサージを受け、おとなしく寝た。次の日のバンコクからチェンライ行きの飛行機の出発時刻は朝の8時20分である。ホテルは朝6時半ぐらいにチェックアウトした方がいい。そうすると、朝6時には起きなければならない。
 ところが、朝目覚めたら、何と6時45分であった。私は目覚ましが鳴る前に起きることもある。ところが、目覚ましがオンになっていなかった。本当に心臓が止まりそうになった。あわてて荷物をまとめ、顔を洗い、トイレにはいった。15分ぐらいでチェックアウトし、すぐにタクシーをつかまえた。これだけでも、もうとっくに7時を過ぎていた。運転手に聞いたら、空港まで20分ほどで着くと言われた。高速道路を猛スピードで走ってもらった。何とかぎりぎり飛行機には間に合うことができた。本当に今回こそ間に合わないと思った。私は大事な場面で寝過ごすことは皆無に近い。1度、学会発表の時にホテルで寝過ごし、会場は数駅先にあったので、絶対に間に合わないと思ったことがある。これも、ぎりぎりセーフで大丈夫であった。
 チェンライは25年前(?)ぐらいに1度来たことがある。その時の記憶はあまりない。ただ、夜は真っ暗だったことを覚えている。空港から市内行きのバスは出ていない。空港のリムジンタクシーを頼んだら、200バーツもかかる。たまたま出払っていたので、外に出てみた。すぐそばに、タクシー乗り場を見つけた。メーサイまで600バーツで行くという。最初は、市内のバス乗り場からメーサイ行きのバスに乗ろうと思っていた。バスで約1時間半かかる。帰りは、メーサイからチェンライまではバスで帰る。市内まで出るのが面倒臭くなり、550バーツ(約2千円)でメーサイまでタクシーで行くことにした。この後のことについては、後で写真付きで解説する。
 実は、今回の旅では帰国してからが大変であった。4泊5日の旅と言っても、第1日目と5日目はほとんど特急はるかと飛行機でつぶれる。帰国する7日(木)の朝は、ホテルでモーニングをとり、体調は何ともなかった。バンコク発11時の飛行機に乗り、しばらくすると、身体がだるくて疲れやすい感じであった。機内食が出てきても、匂いが鼻につき、まったく何も食べれなかった。ビールどころでない。何ともいいようのない体調の悪さを感じた。関西空港に着いて、入国手続きを終えたのは午後7時前であった。トイレにはいったら、水のような便が出た。医院に着いたのは、夜9時過ぎで、とにかく立っていることもできないぐらいだるかった。この日の夜は、一晩中1時間ごとに目が覚め、トイレに行った。水様便が出るので、脱水したらいけないと思って、水分を取る。そうすると、またすぐに水様便が出るという感じで、悪循環であった。
 8日はゴールデン・ウィーク明けの外来である。夜中に日赤の救急に飛び込もうかと何回も考えた。しかし、行く気力も果てていた。朝、自動販売機でスポーツ飲料を何本も買ってきた。水分を補給しなければと思って飲むと、その分以上に水様便が出てしまう。血管からの輸液が必要であった。外来は死ぬほど辛かった。声が変わり、患者さんからは風邪をひいたのですかと尋ねられた。患者さんが途切れるたびに、隣の処置室のベッドで横になった。途切れると言っても、10秒ぐらいの時も多かった。身体がだるくて昼は横になったまま、まったく身動きができなかった。午後の外来は4時からであるが、3時半過ぎから来院した患者さんを診る。長期の休み明けの時は、昔だったら1日で80人を越えていた。この日は61人であった。外来が終わってから、ポカリスエットを買いに行き、ベッドで横になっていたら、そのまま寝てしまった。起きたら、夜中の12時半であった。そのまま布団を敷き、今度は起きたら朝6時であった。
 土曜日は身体は少し楽になった。しかし、水様便はまだ続いていた。最初は、アメーバ赤痢なども疑った。しかし、潜伏期や便の状態を考えると否定的である。私はあちこち海外に出ているので、ごく稀に下痢をすることもある。しかし、大抵は1日で治る。こんなに長引いたのは初めてである。水様便はむしろコレラに近い。実は土曜日の夜に、母校の柔道部の新入生歓迎会があった。ふだんは参加しない。1年先輩の先生が秋田から出席するというこで、すぐ下の後輩の先生から連絡があった。この日はぜひとも、お世話になった先輩の先生に会いたかった。しかし、どうやっても長時間座っていることは無理であった。泣く泣くこの会に参加することはあきらめた。日曜日には、ほぼふだん通りに体調は戻ってきた。今回は本当に死ぬぐらい辛い思いをした。

マップ  タイ北部の地図。今回の旅行で目指したのは、ゴールデン・トライアングルである。まず、飛行機でバンコクからチェンライまで行く。チェンライからメーサイまではバスまたはタクシーを使う。メーサイとチェンセーンの間のタイ、ミャンマー、ラオスの国境が接する所がゴールデン・トライアングルになる。

ホテル  メーサイのホテル。5月はオフシーズンになるので、朝食付きで一泊900バーツであった。1バーツ3.6円で計算すると、3240円である。翌日にゴールデン・トライアングルに行き、夕方バスでチェンライに戻る予定であった。12時がチェックアウトの時間である。ホテルに荷物を預けると、戻ってからシャワーを浴びたり、部屋でゆっくりすることができない。延滞料金は1時間100バーツ(360円)であった。

ボーダー  メーサイからミャンマーのタチレイまでは陸路で歩いて国境を越えることができる。車やソンテウなどがたくさん並んでいた。欧米人はわずかに見たぐらいである。日本人らしき人も見なかった。中国人らしき観光客は見た。ほとんど地元の人かタイ人観光客みたいである。

川  これが国境の川である。もっと大きいかと思った。タイ北部なので、あまり暑くないかと思っていた。ところが、うだるような暑さで、逃げ場がない。国境ゲートビルにある大きな電光掲示板に34.5℃と出ていた。

越境  ミャンマーへの入国には500バーツかかる。手続きは至って簡単である。ラノーンからボートを使って、ミャンマーのコートーンに入国した時の方が国境を越えているという実感があった。ここでは、パスポートを預からなかった。「地球の歩き方」には、午後5時に国境のゲートが閉まると書いてあるが、夜の9時まで大丈夫である。

山岳民族  タチレイに入国すると、ガイドがたくさん寄ってくる。4つほどの場所の写真が載ったパンフレットを見せ、ソンテウで案内するという。料金は200バーツ(720円)である。私はパゴダはあまり興味がなかった。山岳民族の首長族の写真が載っていたので、ここだけ案内してくれと頼んだ。料金は100バーツである。途中、ゴルフ場付きの大きなホテルがあった。

カレン族  首長族はカレン族の一部である。入場料を140バーツ取られ、ぼられていると思った。観光客はほとんどいなかった。ダンス・ショーもやっていなかった。緩やかな坂道沿いにお土産屋が並び、もっと首の長いお年寄りの人が何人かいた。チェンライの「Hilltribe Museum」で見たビデオでは、鶴のように首を伸ばすのが美しいとされていた。

マーケット  一旦国境ゲート付近に戻った。この辺りにはマーケットが広がっている。ここは少し離れた所なので、それほど客はいない。ゲート付近のガイドの中には、レディ、レディと声をかけてくる者もいる。とにかく、死にそうなほど暑かった。冷房の効いたレストランやカフェがまったくない。コンビニもないので、涼むこともできない。

僧侶  タイ側の国境付近にいた僧侶。スマホをいじっていた。このドイ・チャーンと書いてあるのは、コーヒーのチェーン店のようである。チェンライでも見た。

夕食  夕食をとろうと思って、外に出たら、なかなかいい店がなかった。ホテルのそばにあった店は夜8時に閉店となっていた。仕方ないので、国境ゲート付近で見たホテルのレストランにはいった。ステージで何人かの歌手が交代で歌っていた。ところが、客は私以外誰もいない。鳥のカレー炒めとライス、ビールで300バーツであった。

今週の愛聴盤 146 (150512)

Untitled / Phylter
Untitled / Phylter

 きょう紹介するのはベルギーのプログレである。ジャンルで言うと、シンフォニックである。ジャケットから最初は北欧のバンドかと思った。このあたりのアルバムについては、どんな曲だったのかさっぱり覚えていない。久しぶりに聴いてみたら、なかなかよかった。グーグルで調べてみたら、上位検索では日本語の解説が1つもなかった。それだけ、レア・アイテムということになる。私の持っているLPレコードは1978年に発売され、1993年にCD化されている。
 YouTubeで調べてみたら、フルアルバムだけがアップロードされていた。ここでは、比較的聴きやすい2曲を紹介する。まず、フルアルバムがアップロードされているホームページである。Phylter - Untitledである。ここで「もっと見る」をクリックすると、全曲が出てくる。4曲目の「Promenade (16:11)」と5曲目の「Consideration (22:12)」がいい。2曲続いているので、4曲目の(16:11)をクリックしたら2曲とも聴ける。最初の曲はなかなか始まらない。
 次は、オランダのプログレである。Iskander / Supersister(1973年)である。こちらのアルバムについては、グーグルの上位検索で日本語の解説がたくさん出てきた。バンドの4作目のアルバムで、アレキサンダー大王をテーマにしている。YouTubeでは、これもフルアルバムでアップロードされていた。YouTubeにアップロードされているのは、再発されたCDからである。私の持っているLPレコードにはボーナストラックはついていない。このアルバムからも、2曲紹介する。まず、フルアルバムがアップロードされているSupersister - Iskanderを開く。まず、2曲目の「Dareios the Emperor (0:42)」である。時間の部分をクリックしたら曲は始まる。次の曲は、6曲目の「 Bagoas (23:21)」である。
 最後に、私がVHSテープに撮りためた「Music Box」からである。前にも書いたように、メモを頼りに選んでいる。きょうは私より、私の上の世代によく知られた曲である。映画「イージー・ライダー」(1969年)に使われた曲である。オリジナルはステッペンウルフである。この曲を聴くと、どうしてもベトナム戦争を思い出してしまう。きょう紹介するのは、オーストラリアのバンドである。1985年の作品である。Rose Tattoo - Born To Be Wildで聴くことができる。

 

平成27年5月5日(火)

 この日記は5月5日は不在になるので、2日(土)に書いている。ゴールデンウィーク前だというに、きょうの外来の患者さんは多くなかった。飲食関係に勤めている患者さんの話を聞くと、外国の観光客が増えて忙しいという。景気がよくなって、目出度い話だと思ったら、従業員にはあまり評判はよくない。どういうことかというと、オーナーがお客さんを入れるだけ入れるので、注文をさばききれないほど忙しいという。そう簡単に従業員の数も増やしてはくれない。結局、忙しいだけで、給料も上がっていないという。少し前までは、外食産業は不況が続いていた。私も自営業なので、オーナーの気持ちもわからないではない。
 世間は不況が続いている。雑誌などを読むと、株で儲けている人は国民の1割にも満たない。(そもそも、ほとんどの人は株で資産運用をしていない。) 地方から京都に出てきて、家賃代を含めた生活費が稼げなくて、実家に帰る患者さんをこれまで大勢見てきた。ある女性の患者さんで、アルバイトをしても仕事が続かず、実家に帰るとこれまで何回も話が出ていた。その度に、私は紹介状を書いていた。いくら何でももう無理だろうと思っていると、ひょっこりまた外来を受診する。借金を抱え、母親が引っ越しのために遠くから部屋の掃除にも来ていた。もうとっくに実家に帰ったものと思っていたら、つい最近久しぶりに受診した。何と、風俗に勤めているという。来店のお誘いを受けたが、ノーサンキューである。たまたま偶然であるが、引きこもりの患者さんが5月から風俗デビューするという。もうホームページには顔が載っていると話していた。この患者さんからは来店のお誘いは受けなかった。2人とも30歳を越えているので、私がとやかく言うことでないかもしれない。今は時給800円でも、のんびりとはさせてくれない。びっしりと働かせる。本当に大変な世の中になったと思う。
 患者さんの中には、ストリッパーをしている人もいれば、ピンサロで働いている人もいる。ピンサロで働いている人の話を聞いていると、昼は時間を持て余したお年寄りが多いらしい。なかなかいかない人も多いという。私は年をとって性欲は衰えている。アダルト・ビデオを久しぶりに借りてみたが、ほとんど見ずに返している。ビートたけしも同じようなことをTVで発言していたと思う。うつになると性欲が衰えるので、私の場合はもしかしたらこちらの方かもしれない。ストリッパーも固定ファンがつくと、やりがいのある職業のようである。関東の劇場などにも呼ばれたりしている。
 さて、前回約束していた本の紹介である。原英史「国家と官僚」(祥伝社新書)である。著者は今年49歳になる。東大法学部を卒業し、通産省に入省している。20年勤めて退職し、現在は政策工房代表取締役社長をしている。副題は、こうして国民は無視(スルー)されるである。まず、岩盤規制である。医療、電力、農業などの分野にある堅く維持された規制である。ここでは、混合診療がやり玉に挙げられている。既得権者対一般国民で解説されている。私も個人的には混合診療は解禁してもいいと思っている。ただ、混合診療を安易に認めてしまうと、新しい高価な検査や治療はなかなか保険では認められなくなり、いつまでも自費(混合診療)でどうぞという懸念も残されるのである。
 鉄のトライアングルとは、政治家(族議員)は、官庁(官僚)に法案成立や予算獲得での協力を与え、官庁がさまざまな便宜を受ける。官庁は、業界団体に補助金や保護的な規制を与え、業界団体から「天下り」ポストを得る。さらに、政治家は、業界団体にさまざまな場面での支援を与え、業界団体から票や資金を得る。この鉄のトライアングルに+1で、マスコミもしばしば既得権者の味方をする。日本のマスコミだけに特有の「記者クラブ」があり、実際に役所にとって本当に困るような記事が大手マスコミ発で出されることはきわめて稀だと書いている。私が前に書いたように、大手新聞に載っている政府批判の記事は単なるガス抜きの記事に過ぎない。
 この本では、官僚の歴史についても詳しく書いている。明治政府では、薩摩藩や長州藩などの藩閥による情実人事も横行し、人材劣化の問題が生じた。帝国大学の設置で、帝大法科の優秀者が天皇の官吏となる伝統が生まれ、戦後まで引き継がれた。官僚こそ全体の奉仕者という意識は、現在も霞が関の官僚たちの意識のなかに根強く残っているという。しかし、時代が変わり、2012年のいわゆるキャリア組の採用者を見ると、東大法学部卒は約20%となっている。女性の活躍を阻む最大の要因は、長時間労働である。夜中まで働くのは当たり前で、ブラック企業レベルの過酷な環境と書いてある。官僚の三大業務として、国会対応、予算請求、法案作成がある。この本は一応最後まで読んだ。最後の方で、官僚制改革のことも詳しく書いてある。もう時間がないので、きょうはこれで終わりにする。私は官僚には同情的である。なぜかというと、ここでも書いているように、偏差値50〜60の国会議員がほとんど世襲で受け継いでいるからである。今回の安倍首相のアメリカ議会での演説でも、歴史修正主義者として非難されないように、官僚がどんなに苦労をしたのかは想像に難くない。

今週の愛聴盤 145 (150505)

Metal Box / PIL
Metal Box / PIL

 セックス・ピストルズを知っている人でも、このPIL(パブリック・イメージ・リミテッド)を知っている人は少ないだろう。セックス・ピストルズを脱退したジョン・ライドンが結成したバンドである。当時ロック・マガジンの編集長であった阿木謙がこのPILを評価していた。このボックスはアルミ缶(?)でできている。中には、3枚のレコードがはいっている。1979年の発売である。私の持っているアルミ缶は今では錆びて黒くなっている。このコーナーを始めてから、缶を開こうと思ったら、なかなか開けるのが大変であった。今週はこの中から1曲紹介しようと思った。YouTubeで調べてみたら、他にもいい曲がたくさんアップロードされていた。ルール違反であるが、このアルバムの中の曲とは違う曲を紹介する。PIL - Public Imageである。
 やはり私はロンドン・パンクの代表であるセックス・ピストルズが好きである。Never Mind the Bollocks / Sex Pistols(1977年)のアルバムも持っていたが、今は残していない。今回ネットで調べてみたら、このアルバムは英国で第一位を獲得していた。今でも、レーザーディスクのThe Great Rock’n’Roll Swindle / Sex Pistols(1979年)を持っている。セックス・ピストルズと言ったら、英国の国歌を歌った「God Save The Queen」が有名である。私はこちらの曲の方が好きである。Sex Pistols - Anarchy In The UKである。今回YouTubeをしらべていたら、私の知らない曲がアップロードされていた。しかし、視聴者数は1千万を超えていた。最後に、この曲を紹介する。The Sex Pistols - My Wayである。他にも、「Sex Pistols - Holidays In The Sun」など、久しぶりに聴いたら本当によかった。
 次に、ニューヨーク・パンクを紹介したらいいが、ラモーンズなど当時のLPレコードは残していない。パンクの前になるのか、ニューヨーク・ドールズは残していたと思う。仕方ないので、イギリスのプログレに戻る。私の持っているLPレコードはSecond Album / Curved Air(1971年)である。日本語のウィキペディアによると、このバンドにはエディ・ジョブソンやポリスのドラマーが一時在籍していたという。このアルバムの中にはいっている曲の実際の演奏がアップロードされていた、Curved Air - Backstreet Luvで聴くことができる。
 最後に、「Music Box」からである。段々とネタが切れてきたような気がする。先ほど、Sex Pistolsのレーザーディスクのことを書いた。今はプレイヤーを持っていないので、見ることはできない。しかし、レーザーディスクの作品はDVDとして発売されている。むしろ、VHSテープに録画した当時のTV番組などの方が、今見るのは難しい。TV局は番組を残しているのかもしれないが、なかなか表に出てこない。きょう紹介する動画は1988年の作品である。オフィシャル・ビデオとして出ているので、画像はきれいである。イギリスの女性歌手である。Sam Brown - Stopで聴くことができる。

 

平成27年4月28日(火)

 ここ2〜3日暑い日が続いている。あまり体調はよくない。しかし、体調がよくても悪くても外来を続けなければならない。忙しいというより、体調が悪くて仕事がはかどらないかもしれない。昔からそうであるが、やることが山ほどあっても、やる気が全然出てこない。本音としては、こんな生活は早く終わらせたい。開業医は定年がないのでいいとよく患者さんから言われる。しかし、客商売なので、けっこう気は使う。TV番組の「Dr.倫太郎」の第1回目を何回にも分けて、無理して最後まで見た。内容としてはだらだらしていて、全然面白くなかった。しかし、番組に出てきたように、精神科医は話をずっと聞き続けているので、ストレスがたまるのは確かである。
 最近は年をとってせいか、すぐに煮詰まってくる。ゴールデン・ウィークは5月3日から7日の木曜日まで休ませてもらう。7日だけは1日休診をとる。そうなると、今までは火曜日が不在の時は木曜日に書いていたこの日記が更新できなくなる。きょう読み終えようと思っていた本が読み終えることができなかった。今週の愛聴盤と読み終える予定の本の内容をまた2日の土曜日に書いて、5月5日(火)分の更新にしようと思う。連休中はまた海外に出る。今は金魚鉢の金魚のように、水面で口をパクパクさせて窒息しそうである。とにかく、一刻も早くこの狭い日本から脱出したい。
 きょうの午後は往診に行ってきた。帰ってきたのは4時近くである。この日記はある程度書いてから、ビールを飲む。きょうは暑かったので、書く前から飲んでしまった。明日が休みなので、本当にうれしい。先週の土曜日は、医院にある古いプリンターやパソコン、京都駅近くのマンションのいらなくなった机や椅子を処分した。マンションの部屋の中はだいぶすっきりとした。このマンションは平成10年5月に建てられ、平成17年2月にカルテ庫として買った。値段は当時3400万円であった。マンション不況の時だったので、安く買えたようである。部屋は最上階にあり、売り出しの時には5千万円を越え、2番目に高かったと聞いている。今では支払いは全部済んでいる。少し古くなったので、ガスコンロを替え、風呂場をリフォームしようかと考えたりする。今売ったら高く売れるかもしれない。しかし、子どもたちが使うかもしれないので、残しておこうと思う。
 きのうはこのマンションに泊まった。車は京都駅のイオンモール南の駐車場に停めた。ここの駐車料金は夜6時から翌朝8時までたった300円である。今は土日も同じである。私は相変わらず朝が早く、5時過ぎには起きている。きょうで2回目であるが、朝5時45分ぐらいにこの駐車場に行くと、係の人が料金を支払う機械の釣り銭や領収書の用紙の入れ替えをしている。この作業中に機械を通して料金を徴収するのが面倒臭いのか、無料で駐車場から出してくれる。無料は別にしても、夜間京都駅付近に車を停めたい人には、安くて便利な駐車場である。
 この前の日曜日には、四条烏丸まで映画を見に行った。最近四条に出ることはない。京都駅付近で大体のことは間に合ってしまう。四条に出るより、梅田に出る方が多い。相変わらず観光客が多くて、びっくりした。映画の題名は「ハーツ・アンド・マインズ ベトナム戦争の真実」である。1日1回の上映である。私より年配の人が大勢見に来ていた。私より上の団塊の世代はベトナム戦争についてはある種の思い入れがあるかもしれない。京都市長が人生に影響を与えた出来事をして、ベトナム戦争を挙げていたのをどこかで読んだ。私はノンポリだったので、当時流行ったロックぐらいしか印象がない。それでも、年をとるごとにあのベトナム戦争は何だったのかと気になってくる。ベトナム戦争に関しては、これまでたくさんの本を読んできた。このドキュメンタリーは1975年に作られたようである。(この年にサイゴン陥落で戦争は終わっている) 中学生の頃には、市内のあちこちにあった掲示板にアメリカ兵に腹を割かれたベトコンの写真が貼られていた。ソンミ村の虐殺など、あの騒然としていた時代を今でも思い出す。
 若い世代の人ほとんど見に来ていなかった。私の英語力もついたのか、このドキュメンタリーの英語はわかりやすく、ほとんど聞き取れた。やはり、アメリカのベトナム侵攻は侵略である。invasionという言葉が盛んに使われていた。アメリカの空爆もひどいものであった。子どもを殺された村人の証言も出てくる。この映画を見ると、自国が侵略されるということの意味がよくわかる。大義名分が何であれ、自分たちの土地に他国の軍隊にはいられるということは、民族の尊厳を踏みにじられる屈辱以外の何物でもなかった。アメリカが力尽くで押さえ込もうとすればするほど、ベトナム人の抵抗が強くなる。このドキュメンタリーでは、当時のアメリカ側の戸惑いも語られている。
 ベトナムのアメリカ兵相手の娼婦も出てくる。バンコクのゴーゴーバーもアメリカ兵を慰安するためにできたものである。この映画では、ドラッグのことは出てこなかった。戦場で極度の緊張を強いられた兵士たちは、アヘンなどのドラッグに溺れたのである。アメリカに戻った兵士たちによって、本国ではこれまで無縁だった一般社会に深刻な薬物中毒がもたらされた。ソ連がアフガニスタンに侵攻した時も同じである。若い兵士によってアヘンが乱用された。同じように兵士たちによってソ連社会に深刻な薬物中毒がもたらされた。毛沢東は、アメリカ兵をアヘン中毒にするために、アヘンの生産や流通に協力したと言われている。このドキュメンタリー映画は是非とも若い人にも見て欲しい。

今週の愛聴盤 144 (150428)

Greatest Hits / Freddie Aguilar
Greatest Hits / Freddie Aguilar

 今回取りあげるのは、フィリピンの歌手である。フィリピンのロックも出来がよくてびっくりしたことがある。残念ながら、今そのバンド名を思い出せない。このアルバムは、1979年にLPレコードで発売された。私の持っているのは、現地で買ったカセットテープである。写真は今も残しているカセットテープの表紙を撮ったものである。当時、マニラのレストランで、地元のバンドがディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を演奏していたのを覚えている。
フレディー・アギラはフィリピンの国民的フォーク歌手である。日本ではその後「Anak (息子)」という曲で知られるようになった。このカセットテープの1曲目にこの曲がはいっている。YouTubeではFreddie Aguilar - Anakで聴くことができる。他にも、たくさんの曲がアップロードされている。ここでは、同じカセットテープにはいっていた私好みの曲を紹介する。それほど視聴者数が多くない。Freddie Aguilar - Alaalaである。他にも、「MAGBAGO KA (Freddie Aguilar)」がよかった。
 次に紹介するアルバムは、フィリピンとは何の関係もない。いきなり南米のベネズエラに飛ぶ。私の持っているLPレコードは Mas alla de tu mente / Estructura(1978年)である。ジャケットを見ると、1978年の作品を1986年に再発したものである。グーグルで調べてみたら、日本語の紹介が載っていた。ベネズエラのプログレである。A面に9曲はいっており、レコードの溝を見ても、どこから何曲目が始まっているのかわかりにくい。アルバムタイトルになっている曲は3曲目である。この曲も悪くはない。ここではB面の1曲目から3曲目の曲を紹介する。全部で12分を超える。それなりに楽しめるが、長いという人もいるかもしれない。そういう人は6分を越えてからが聴き所である。YouTubeで使われているのは再発のCD用ジャケットのようである。私の持っているLPレコードのジャケットは、白黒で人の顔が描かれている。Estructura - Su presencia/Irrealidad/Un ninoで聴くことできる。
 最後に、いつものようにNHKでやっていた「Music Box」からである。私の録りためたVHSテープは一応全部チェックはした。カビの生えたテープは何本も捨ててしまったので、今から考えるともったいないことをした。私もいい加減で、チェックしてよかったと思うアーティスト名と曲を一冊のノートにまとめて書いていない。その場にあったメモ用紙に書き殴っていたので、メモ用紙が何十枚とたまっている。1枚のメモ用紙に3曲を書き出している。表と裏に書く場合もあれば、表だけの時もある。この中から選んでいるので、どんな動画だったのかはうろ覚えである。きょう紹介するバンドもこの動画で間違いなかったと思う。スコットランドのバンドで、英語のウィキペディアでは、テクノ、アシドハウス、レイヴと書いてあった。1991年の作品である。The Shamen - Progenで聴くことができる。

 

平成27年4月21日(火)

 きょうは午後から往診の日であった。件数が少なく、1件だけであった。この若い患者さんは退院してからは大分よくなり、きょうは自ら私の医院を受診してくれた。だから、往診に行く必要はなかった。前回の往診は私がエンシュア・リキッド48缶を持って3階まで階段で運び、息も絶え絶えであった。最近はデイ・サービスを利用する患者さんも増えてきた。往診の曜日もばらばらになってきた。私としては、なるべく火曜と木曜の午後に固定したい。明日も1件はいっている。
 日曜の朝だけは唯一喫茶店でモーニングを食べる。前日の土曜日に夜中3時頃まで起きていると、なかなかモーニングの時間に間に合わない。この前の日曜日は、書かなければならない書類があったので、前日は早く寝た。喫茶店で備え付けの日経新聞を読んでいたら、たまたまちょっとした記事が目に止まった。大学を卒業する女子学生が総合職で就職を決めたら、母親に自分を放っておくのかと反対され、総合職をあきらめ地元採用に変えたという話である。ここでは、この母親に対して毒親という言葉が用いられていた。
 親離れ、子離れというのは家族にとって永遠のテーマである。私が精神科医になった頃には、空きの巣症候群(empty nest syndrome)という言葉が流行していた。当時は主に専業主婦に用いられた。子どもたちが自立して巣立っていき、夫は仕事で忙しく、家で孤独感に襲われ抑うつ気分が強くなる一連の症候群である。私は結婚が遅かったので、子ども2人は学生である。しかし、2人とも家を離れて住んでいる。20代前半なので、人生の中では1番楽しい時である。私もそうであったが、自分のことで精一杯で、両親のことなんてあまり気にしていない。
 しかし、この年になってわかるが、空きの巣症候群というのは、専業主婦だけではなく、男親にも起こるし、バリバリと働いているキャリア・ウーマンにも起こる。それまでは、子どもの受験のことで気をもんだり、就職のことで心配したりする。しかし、子どもはいつまでも親の元にいるわけではない。親の知らない世界をどんどんと切り開いていき、子どもの中では親の占める世界は相対的にどんどんと狭まっていく。親はあまり自覚していなかったこれまでの子ども一辺倒の生活から、子どもを引いた生活を新たに構築しなければならない。「子はかすがい」という言葉もある。日経新聞に載っていた母親は、子離れができないだけではなく、子どもをいつまでも支配しようとしている。夫との夫婦関係も透けて見えてくる。
 子離れは自然とできるわけではなく、意識的にやらないといけない。子どもたちには子どもたちの人生があるので、なるべく干渉しないように心がけている。小中高の子どもを持っている人には、なかなかこのあたりのことがわからないと思う。経済的にはまだ頼りにされているが、精神的にはどんどんと自立していくので、他のことではあまり頼りにされない。これも親としては寂しい。私の池田の妹は経済学部の教授をして、バリバリのキャリア・ウーマンである。しかし、妹の娘の話によると、同居していた息子がこの4月に就職して家を出、かなり寂しがっているという。仕事で疲れて帰ってきても、息子の食事の用意をするのが、1つの生き甲斐になっていたようである。
 日曜日には、翌日の20日が締め切りの成年後見用の鑑定書を書いていた。認知症により、自分の財産を管理処分することができないという家庭裁判所に提出する書類である。3月の終わりに、付き添いの人と一緒に本人の診察はしている。入退院を繰り返していた病院や往診のクリニックの先生、現在介護保険で利用している居宅サービスをしている所にこれまでの経過や検査結果などの情報を集めなければならなかった。いつものように、締め切りぎりぎりにならないと、尻に火がつかない。17日(金)の朝にそれぞれの所にFAXを送って、情報提供を求めた。幸い、病院、クリニック、居宅サービスをしている所から土曜日までには返事のFAXが送られて来た。
 実は日曜日だけでこの鑑定書を書けるか心配であった。現病歴の所は、時系列に何年何月にどういう出来事があったか、書き出して行かなければならない。内容としては、どんどんと認知症が悪化していく様子が読み取れるのがいい。医療機関にこのあたりのことを求めても、なかなか難しい。頭部MRIなどの所見は必要である。今回は居宅サービスをしている所の担当の人が入退院も含め、時系列にまとめて書いてくれたので、本当に助かった。この鑑定書を書く時の診察は、患者さんの了解をとって録音しておく。精神の状態を書くときには、この録音を聞きながら、書いて行く。結局、鑑定書を完成させるのに、A4用紙4枚で5時間近くかかった。やはり年をとると疲れる。若い頃のように達成感はあまりない。こういうややこしい書類は自分の患者さん以外はもう遠慮しようかと思う。
 さて、今週読み終えた本である。柳美里「貧乏の神様」(双葉社)である。副題に、芥川賞作家困窮生活記となっている。私は最近はずっと小説は読んでいない。この作家の小説も読んだことはない。大分前に小説のモデルとなった人と訴訟問題になっていたことは新聞で読んでいた。東京キッドブラザーズを率いた東由多加との間に子どもをつくっていたことも知っていた。私は天井桟敷を率いた寺山修司の世代なので、東京キッドブラザーズについては全く興味はなかった。今回ゆう・みりと読むのを初めて知った。平成9年に「家族シネマ」で芥川賞を受賞し、「フルハウス」で泉鏡花文学賞、野間文芸新人賞を受賞している。本の帯には、作家とは日雇い労働者そのものであると書いてある。常時貯金ゼロ。私には貧乏神という神様がついているという。神様であることに変わりにないので、精一杯おもてなしをしてきました。たぶん、わたしに小説を書かせてくれているのは、この神様ですとも記している。
 まず、著者の経歴である。この本では在日韓国人と書いているが、北朝鮮にも家族で訪れている。父親はパチンコ屋の釘師で高給取りであったが、博打に溺れ、母親がキャバレーのホステスとして生活費を稼いでいた。給料日前には困窮を極め、ただでもらってきたパンの耳などで食いつないできたという。弟が夜中に高熱を出して引き付けを起こした時に、救急車を呼んでいいのか判断ができず、母親の働いていた伊勢佐木町のキャバレーまでひた走りしている。薄暗い店内から、厚化粧し露出が激しいドレスを着て香水の匂いをぷんぷんさせた母親が出てきて、「そんなことを言われたって、働いているんだから、帰れないよ! お姉ちゃんなんだから、なんとかしなさいッ!」と叱り飛ばされ、青線地帯が軒を連ねていた繁華街を1人で帰っている。幼少期から母親に「居なくなってやる」、「死んでやる」と脅迫を浴びせ続けられたとも書いている。
 息子が生後3か月の時に、東由多加は末期がんで亡くなっている。34歳の時に、神戸のコンビニで働いていた当時19歳の村上くんとネットで知りあい、その後呼び寄せて一緒に暮らしている。うつで仕事ができなかった3年間クレジットカードで食いつないでいたという。気が付くと、多重債務になっていて、ブラックリストに載っていた。大底は平成21年3月である。買い置きのチキンフレークやコーンフレークで凌いでいた。9月には、料金未払いのため固定電話とインターネットの回線が切られ、後2日で携帯電話が切られるという段になって、記念切手などを売ってお金に替えている。深刻な出版事情のことも書いてある。どこに行っても本が売れないという嘆き節しか聞こえてこない。インタビューを出版社内で受ける時に、お金がないので美容院に行って財布を忘れたと嘘を吐いている。
 この本では、精神科に行ってジェイゾロフト(脳のセロトニンを増やすと言われている抗うつ薬)など処方されたことも書いている。平成12年に息子が中学校に入学し、大学卒業まで後10年書き続ければなんとか親としても責務を果たすことができると書いている。今は大分かわってきたが、どこの父親も同じである。この子が1人前になるまで、後何年頑張ったらいいのかいつも思っている。著者は平成25年7月の読売新聞の記事に衝撃を受けている。書籍の販売が前年同期比5.5%減、雑誌は同6.5%減で、落ち込み幅としては1950年の集計開始以来最大となっていた。
 本の最後に、月刊「創」編集部との原稿未払いの交渉記録が載っている。編集長とのやりとりが詳しく書かれている。太宰治は一貫してお金に困り、稿料と印税の前借りばかりしていた。これは理解できる。近年発見された谷崎順一郎の手紙の内容も、生活の逼迫と借金のお願いばかりである。山本周五郎も「前借り魔」と呼ばれていたそうである。著者は高校受験目前の息子の塾代も何ヶ月も滞納し、除籍すると塾長から電話がかかってきていた、水道も止められそうになっていた。「創」という雑誌については私は詳しいことは知らなかった。連載人の1人に香山リカがいるという。彼女は、「宮崎勤本、黒子のバスケット脅迫犯本などここじゃなければできなかった仕事も多数」として評価し、著者も同じである。
 去年の11月にこの未払い問題は解決している。この時の稿料未払いの原稿は400字詰めで388枚である、「創」の最低原稿料である1枚4千円で計算し、最終的に140万円ほど支払われた。この中から滞納していた国民健康保険12か月分などを支払っている。私はこの日記を書いているが、ただでもなかなか人の文章なんか読んでくれない。今の時代、本にして売るということは本当に大変なことだと思う。最後に、最初にテーマに戻る。著者の息子は私の息子と同じ年代ぐらいである。母1人子1人の今後の人生の最大のテーマは、やはり親離れ、子離れになりそうである。

今週の愛聴盤 143 (150421)

Opera Electronica / Data
Opera Electronica / Data

 きょう紹介するのは、ロンドンのシンセ・ポップ・バンドである。発売されたのは、1981年である。このあたりの音作りは、少し古めかしさも否めない。それでも、音楽はまだまだ充分楽しめる。まず、はじめにData - Falloutである。このアルバムには、他にもいい曲がたくさんはいっている。アルバムタイトルになっている「Data - Opera Electronica」も捨てがたい。ここでは、他のアルバムから視聴者数の多い曲を紹介する。Data - Living Inside Meである。
 私の持っている次のLPレコードも、イギリスからである。The Bridge / Thomas Leer & Robert Rental(1979年)である。同じエレクトロ・ミュージックである。こちらの方がまだ新鮮かもしれない。まず、このアルバムの中で私が1番好きな曲である。Thomas Leer & Robert Rental - Attack Decay で聴くことできる。もう少しポップさのあるThomas Leer & Rober Rental - Day Breaks, Night Healsも悪くない。
 最後に、NHK衛星放送でやっていた「Music Box」からである。今回もYouTubeで何曲か調べてみたら、「この動画は、お住まいの国では公開されていません」となっていた。動画によっては、けっこう著作権に守られている。この「Music Box」もどの曲を紹介したのか記憶が曖昧になってきた。今回紹介する曲が以前に紹介していなかったか、チェックしてみた。この「Music Box」からの曲は平成26年5月27日から始めている。まだ1年にも達していなかったので、簡単に調べることができた。イギリスのスラッシュ・メタル・バンドである。1989年の作品である。Xentrix - Ghostbustersで聴くことができる。

 

平成27年4月14日(火)

 きょうも書くことがなくて困っている。本を1冊読むと、今週の愛聴盤と組み合わせて、この日記は何とでもなる。映画だけでは、内容が乏しくなる。途中まで読みかけた本はたくさんある。それこそ、過食症の人が食べ物を食い散らかすのと同じである。途中まで食べかけて、もうひとつ食欲が満たされず、別の食べ物に手を出すようなものである。現在は電子書籍が流行っている。私はあくまでも紙派である。スマホでちょっとした記事を調べるのは便利である。しかし、これで長時間本を読むなんて信じられない。タブレットにダウンロードしても同じである。本1冊を読破するにはそれなりの時間がかかる。どうせダウンロードするなら、直接脳にダウンロードできないかと思ったりする。本の内容を直接脳にダウンロードするたびに、「憲法改正反対」から「憲法改正賛成」にころころと考えが変わるかもしれない。
 ほったらかしにしていた年金の手続きをしている。戸籍謄本は郵便で私の故郷の飯山市に依頼した。今は誰も住んでいないが、本籍地はそのままである。年金の本を買ってきた。さっと目を通したが、仕組みが複雑でさっぱりわからない。厚生年金が25年に達する前に開業したので、ややこしいかもしれない。共済年金は別に請求しなければならないようである。20歳を過ぎた息子の分の手続きも忘れており、これも早くしなければならない。娘は、国民年金保険料学生納付特例の申請書は出していた。
 この前の日曜日は、京都労働基準局から頼まれていた少しややこしい労災の意見書を書いていた。他にも書かなければならない書類があり、休みの日でものんびりとしている暇はない。最低4〜5時間ぐらいかかるかと思っていたら、2時間弱で書き終えることができた。最悪の場合は、次の日の朝早く起きて書かなければならないと覚悟していたので、一安心である。後は前回書いたように、成年後見用の鑑定書である。締め切りは今月の20日なので、次の日曜日もつぶれそうである。家庭裁判所から頼まれると、なかなか断りづらい。見知らぬ人なので、鑑定料は10万円である。40〜50代の頃とは違って、今はバリバリとはいかない。今年は天候が悪かったので、桜の写真を撮りに行っている暇がなかった。YouTubeで使う素材を動画で撮りたかった。開業したての頃は、京都労働局、京都府医師会、京都市などから頼まれた仕事を山ほどやっていたので、いつ桜が咲いて、いつ散ったのかもわからないぐらいであった。
 日曜日の夜は、前にも書いたように籍を入れた妹の娘夫婦が京都に出てきた。事前に予約して、私の息子と一緒に祇園八坂の天ぷら料理店に行った。結婚式は7月なので、私の家族も出席する。初めて、妹の娘の夫に会った。姪より卒業が2年上の先輩である。同じ大学を出た医者同士である。京都には2人で結婚の写真を撮りに来たという。姪の夫の両親は私と同じぐらいの年代で、大阪で開業している。息子は大学近くのマンションに住んでいるので、会ったのは久しぶりである。クラブの練習が土曜日にあり、日曜日は試合である。私に対する一時の遅い反抗期は終わったようである。大学生活を楽しんでいるので、ひとまずほっとした。
 息子が通っている大阪の私立医学部では1回生の10人が留年し、10人が仮進学だという。追試1科目の料金が2千円から5千円に値上がったという。姪が行っていた大阪の私立医学部では3千円だという。息子は幸い1科目も落としていない。2回生は解剖の実習も始まり、これから忙しくなるようである。他の近畿圏の私立医学部でも、2週ごとに定期的に試験をしている所もあるようである。医学部に入ったからと言って、決して安泰ではない。国家試験に落ちそうな学生はどこも卒業させてくれない。近畿圏の私立医学部では授業料が1番安い息子の大学でも、留年したら年間450万円近くの授業料を払わなければならない。(もしかしたら、留年はもっと安くなるかもしれない) 正規合格した学生の偏差値は高いが、私立医学部の学生は玉石混淆のようである。患者さんに聞いたら、私立の薬学部は年間180万円ぐらいかかるようである。
 姪の夫は内科系に進んでいる。そのまま母校の大学に残るという。医学部は6年あり、臨床研修を受けて、前期専攻医を受けたら5年かかる。専門医の資格も必要なので、1人前になるのに気が遠くなるほどである。息子が専門医を取る頃には、私は寝たきりになるかもしれない。私の時代は授業はさぼるだけさぼっていた。学生時代から授業で締め付けられ、卒業しても死ぬほど忙しいので、本当に大変な時代になったと思う。医者のアルバイトは1時間1万円が相場である。年収1千万円もすぐに越える。しかし、大学にいつまでも残っていたら、多忙で薄給である。もちろん仕事のやりがいも大事である。名誉を取るか、お金を取るかである。
 私が開業したのは48歳である。若いうちは名誉を取って、苦労したらいいと思う。社会が名誉を重んじなくなったので、一生名誉を重んじて生きるのがいいのかは別である。定年になって退職してしまうと、名誉の価値はあまりなくなる。名誉を極めることができる人は本のわずかである。私は開業してお金を残すことができた。年を取ると、これはこれでよかったと思う。いくら名誉があっても、自分より格下の者がとんでもないお金を稼いでいると、心はかき乱される。人が心をかき乱されやすいのは、このお金と性である。若い頃は、女性に不自由していないと聞くと、うらやましいと思ったりした。
 実は先週の土曜日は京都駅のイオンモールに映画を見に行った。本当は、「ソロモンの偽証・後編」を見に行きたかった。最終の時間に間に合わなかったので、「カイト/KITE」にした。日本人原作のカルトアニメを映画化したものである。近未来社会で、両親を殺された少女が復讐する物語である。前にも書いたように、年をとるということは、人生経験を積んできたということである。両親を殺した犯人は最初からすぐにわかった。精神科の診察でも同じである。初診の患者さんの話をちょっと聞いただけで、瞬時に大体の見立てができるようになる。後10年ぐらいは大丈夫である。ただ、瞬時に患者さんの病理がわかるということと治療をするということは別である。若い頃のように、難しい患者さんと格闘しながら治療していくというスタイルは取れなくなってきている。これまで大変な患者さんを山ほど診てきた。もう、あえて難しい患者さんを診る必要はないと思っている。もっと若い世代の人に頑張って欲しい。経験の少ない医者から、段々と老いぼれ扱いされやすい年代となった。若い世代の人には、製薬会社の言いなりにならないように、是非ともアドバイスしたい。

今週の愛聴盤 142 (150414)

Skeleton In Armour / Fusion Orchestra
Skeleton In Armour / Fusion Orchestra

 このコーナーも140回を越えると、どのアルバムを紹介したか忘れる。ジャケットの写真を載せているアーティストだけは写真を一覧で見れるようにしている。困るのは、2枚目に紹介しているアルバムである。どのアーティストだったのか、しっかり覚えていない。この日記を見たらわかるが、140回分もチェックしている暇はない。もしかしたら、すでに紹介しているアルバムをまた紹介しているかもしれない。
 このLPレコードは1973年にイギリスで発売された。女性ボーカリストを含む、広い意味でのプログレ・バンドである。こういう懐かしの音作りも、たまに聴くといい。まず、はじめにFusion Orchestra - Sonata In Zである。次はアルバム名になっている曲である。Fusion Orchestra - Skeleton In Armourで聴くことできる。
 さて、次のアルバムもイギリスからである。私の持っているLPレコードはNach Mundeya / Alaap(1987年)である。当時、UKバングラ・ビートが話題になっていた。英国のインド人が作ったパンジャブ・ミュージック・バンドである。パンジャブ地方の音楽とロックが融合した音楽である。YouTubeではこのアルバム・タイトルにになっている「Alaap - Nach Mundeya」がアップロードされていた。しかし、私の1番好きな曲がはいっていなかった。仕方ないので、またLPレコードからパソコンに録音し、新たに動画を作った。1曲8分もある。ネットから写真や動画を手に入れ、自分の撮ってきた写真と組み合わせ、何とか8分持たせた。Alaap - Pyar De Pujariで聴くことできる。
 最後に、いつものようにVHSテープに録りためた「Music Box」からである。MTVで放送していたものと当然かぶる。Music Boxでは、私の好きなヨーロッパのヒット曲がたくさん紹介されていた。MTVは日本向けに作られていたので、どちらかというと米国や英国のヒット曲が多かった。さて、きょう紹介する曲はMTVでも盛んに放送されていたものだと思う。1991年の作品である。1990年代の初めの曲を聴くと、今でもちょっと前の曲という印象である。それでも、25年近く経ったかと思うと、まさに光陰矢の如しである。今回YouTubeで調べてみたら、とんでもない視聴者数であった。当時こんなに人気があったなんて信じられない。AC/DCはオーストラリアのハードロック・バンドである。この半ズボン姿はよく覚えている。AC/DC - Thunderstruckである。

 

平成27年4月7日(火)

 きょうも往診に行ってきてから、この日記を書き始めている。桜の写真を撮りに行こうと思っていたら、週末は天気が悪かった。京都駅周辺は相変わらず、大勢の観光客でにぎわっていた。毎年4月になると、新たな目標を立てる。しかし、この年になると、何を目標にしたらいいのかわからなくなってきた。中国語の勉強もかけ声ばかりで、何も手をつけていない。5月になったら誕生日が来るので、その時にまたゆっくり考えようと思う。統合失調症の患者さんが、幻聴の声は若いままで、自分だけが年をとっていくと嘆いていた。患者さんも私も年だけはとっていく。
 先週の日曜日は、朝から1日中書類書きをしていた。医院には朝9時頃出てきた。近くのスーパーはもう開いていたので、その前に食材やビールなどを買い込んだ。この日の夜は医院に泊まった。その間、一歩も外出をしなかった。昼食も夕食も自炊して食べた。それほど多くはないが、閉院した医院などから転院してきた患者さんの障害者年金の診断書や4月中に提出しなければならない自立支援医療などの診断書がたくさん残っていた。新規の診断書もあった。この診断書や提出しなければいけない書類を書き終えたのは、午後4時ぐらいであった。労働基準局から頼まれていた労災の意見書は手をつけることができなかった。家庭裁判所から頼まれていた成年後見用鑑定書の資料を整理している暇もなかった。これまでのかかっていた医療機関などから早く病歴などを取り寄せなければならない。その後も、2年近くほったらかしにしていた年金の書類を読んだりしていた。それだけで、この日はあっという間に終わってしまった。
 実は、原田泰「ベーシック・インカム」(中公新書)を読み終えるつもりであった。薄っぺらな本であるが、思ったより中身が濃い。副題は、国家は貧困問題を解決できるかである。著者は早稲田大学政治経済学術院特任教授で、私より3歳年上である。半分ぐらい読んだが、今日中に読み終えることはあきらめた。半分しか読んでいない本をこの日記で紹介するのは、ルール違反である。しかし、きょうは書くことがないので、簡単な紹介だけする。所得の再分配というまさにホットな話題がテーマである。この本は寝転がって読めないことはない。しかし、どちらかというと、メモを取りながら読んだ方が知識の整理ができる本である。
 ベーシック・インカムとは、すべての人に最低限の健康で文化的な生活をするための所得を給付するという制度である。働いていようといまいと関係ない。現在の日本は企業を通じた社会保障制度が危機に瀕している。非正規雇用が増え、その恩恵を受けない人も多い。この本では、企業を生活保障の責務から解放した方がいいと述べている。政府が公共事業を無理やり発注して雇用を作るより、直接お金のない人にお金を配る方がましだとも述べている。
 日本の生活保護制度にも批判的である。大事なことは、保護の水準を維持することより、すべての人がそこにアクセスできることだという。日本の生活保護制度は、支給額は高いが限られた人にしか配らないという奇妙な制度となっていると指摘している。私の患者さんで、70歳前後で働いている人は何人もいる。身体に負担がかかり大変だというので、もうゆっくりとしたらいいと思う。ところが、年金が足りなくて働かないと生活できないという。一方では、医療費に悩むことなく、生活保護でゆうゆうと過ごしている人も大勢いる。現状では、言ったもん勝ちである。個人的には、(特に若い人については)出口戦略を考えない安易な生活保護の給付については疑問を持っている。
 所得再分配については、3つの考え方がある。功利主義、リベラリズム、リバタリアンである。所得再分配とベーシック・インカムの考え方は別である。この3つの考え方はさっと流し読みしただけでは、わかったようでわからなく、簡単に区別がつかない。何回か読み直して、やっと理解できる。ここで簡単に説明するのは難しいので、興味のある人はこの本を読んで下さい。私がきょう読み終えるのをあきらめた理由がよく理解できると思う。ベーシック・インカムの発想に、新たに息を吹き込んだのは、日本では評判の悪いあの自由主義の総帥ミルトン・フリードマンである。彼は「負の所得税」を提唱し、所得の低い人には政府が負の税金を与える、所得を給付するという考え方である。きょうは少し手を抜いて書いている。私はベーシック・インカムという考え方については、肯定的である。この本は、ベーシック・インカムについて興味がない人でも、少子高齢化の日本で、社会保障の考え方について知るには最適な本である。累進課税や消費税のことについても、考える材料を与えてくれる。

今週の愛聴盤 141 (150407)

Inner Mystique / The Chocolate Watchband
Inner Mystique / The Chocolate Watchband

 私が30年以上前にプログレのファンであったことは、現在鉄オタなどをしている人と基本的には変わらない。今でこそ、偉そうに当時のプログレを語ることができるのは、30年以上前のアナログのレコードを沢山残しているからである。プログレ雑誌も山ほどある。京都に出てきてから10回引っ越しをしている。そのたびことに、大事なレコードや本は整理して荷物にまとめて運んでいる。オタクでいいので、趣味を掘り下げ、何十年も続けることは大事である。集めたお宝も、30年後には貴重な思い出にもなるし、手に入れることができない稀少品にもなる。仕事以外に、誇りを持って何でもオタクの趣味を続けたらいい。
 さて、今週のLPレコードも内容は何も覚えていなかった。ジャッケトが印象的だったので、手にとってみた。グーグルで検索してみると、上位に日本語の詳しい解説がいくつも出てきた。米国の西海岸出身のバンドで、サイケデリック・ミュージックに属する。同時代のバンドとしては、ジェファーソン・エアプレインなどがいる。1968年の作品である。まず、第1曲目である。声の質は違うが、アニマルズのエリック・バートンを思わせる部分もある。The Chocolate Watch Band - I Ain't No Miracle Workerである。同じアルバムから、The Chocolate Watch Band - In the pastもいい。
 さて、次のアルバムは、Teenage head In My Refregerator / Deep Freeze Mice(1981年)である。ニューウェーブに属するイギリスのバンドである。少し、癖のある音作りである。まず、同じアルバムから、Deep Freeze Mice - Path To Youである。次に、別のアルバムから比較的聴きやすい曲を紹介する。The Deep Freeze Mice - A Red Light For The Greensである。
 最後に、いつものようにNHKの衛星放送で放映していた「Music Box」からである。先週の週刊スパ!を読んでいたら、ビョークのニューアルバムのことが紹介されていた。最近送られて来たアサヒメディカルの別冊(The New York Times Style Magazine)の表紙も飾っていた。私にとっては、あくまでも通りすがりのアーティストである。この「Music Box」では、The Sugarcubes前のバンドも紹介していたように思う。今回調べてみたが、よくわからなかった。あれよあれよという間に一流のアーティストになっていた。ビョークはアイスランドの歌姫である。ここでは、The Sugarcubes - Birthdayを紹介する。1987年の作品である。

 

平成27年3月31日(火)

 きょうは本当にいい天気である。午前の外来が終わってから、いつものように往診に行き、この日記は午後3時半から書き出している。最近は体調がもうひとつである。気分も沈みがちである。自分の精神症状というのは、なかなか自覚できない。夜はよく眠れるが、気分変調症に近いかもしれない。きょうは実は、あまり面白い内容のことは書かれていない。先週の日記をいつものように、きのうまでに部分的に書き直したので、こちらの方が断然面白い。それでも、人の日記なんか何回も読んでいる暇はないという人がほとんどだと思う。
 この日記の最後の「今週の愛聴盤」は前日の月曜日までに書くようにしている。日記の最後は、大抵読んだ本についてである。本の内容をまとめ、簡単な感想を書く。しかし、最後の方は夜の10時頃になる時も多く、こちらも書いていて疲れてきて、うまいことまとめきれなくなってくる。夕方からビールを飲み、途中夕食を自炊して食事をとる。時々夜11時近くまでかかることもある。書きながら、ビールの缶を何缶も開けるので、疲れと酔いとで最後の方は考えるのも面倒臭くなる。
 先週は孫崎享、マーティン・ファクラー「崖っぷちの国家 日本の決断」(日本文芸社)の本を紹介した後に、ずっといろいろと考えていた。ようやく自分でも納得のいく答えを見つけて、書き直している。最初に書いたように、きょうの日記を読むよりこちらの方が面白い。飯山の写真を載せている前の2章である。こういう発想をしている人が他にいるのかよくわからない。日本では水戸黄門のドラマのおかしさに気づいていない文化人がほとんどではないかと思う。「お上に逆らったら何をされるかわからない」という恐怖心が根柢にある。「長いものには巻かれろ」、「触らぬ神に祟りなし」、「出る杭は打たれる」。新入社員の処世術としてはいいかもしれない。お上がおかしなことをしたり、不正なことをしていていても、見て見ぬ振りをするのが、わが国の国民性である。しかし、おかしいと思ったことについては、沖縄県知事のようにもっと逆らったらいい。ここでは書かないが、どうして沖縄に米軍基地ができたのか、経緯も知るべきである。(先の孫崎らの本にも書いてあるし、医師向けのm3.comにも載っていた。なぜか、今は過去ログとして消えている。)
 それでも、何も書かないわけにはいかないので、1週間の出来事を書く。先週の土曜日は久しぶりに池田の妹の所に行った。夜は近くの母親の所で泊まった。母親は83歳である。しかし、本当に元気であった。この日は妹の娘が婚約し、息子がこの4月から東京に就職が決まったので、2人の内輪の祝いであった。予約してある店までタクシーでいくつもりであった。ところが、混んでいて20分以上かかると言われた。歩いて30分ぐらいかかる場所である、母親はすたすたと先頭を切って歩いていた。妹の娘はこの3月に医学部を卒業し、同級生と結婚である。この時期を逃すと、女医さんの結婚は遅くなると言われている。妹の所は2人の子どもが出るので、母親は寂しいと言っていた。母親に関しては、妹と妹の娘には、私は頭が上がらない。妹の娘は最近母親を連れて、出雲大社まで行ってくれている。
 妹は私立経済学部の科長をしている。もう少しで任期がきれ、普通の教授に戻るという。大阪府内のある市の監査役もしている。透析患者の医療費が月に何百万円もかかると話していた。妹は私以上に海外に行っている。隙間時間を利用して、最近ではインドに1人で行ってきたという。一度行ったら人生観も変わると、評価していた。私もインドには一度行ってみたい。グアム・サイパンも家族で10回以上行っている。妹の旦那は弁護士事務所を開いているが、去年はよくなかったようである。比較的一等地にあるので、テナント料や事務員の費用も高くつく。妹の家族は娘を除いて3人とも阪大を出ている。先週紹介した私の家を買った長野に住んでいる持ち主の息子も阪大医学部を出ている。私より、大分年下だと思う。妹は私が撮ってきた飯山の写真を見て、今度母親を野沢温泉まで車で連れて行くと言っていた。
 日曜日は、東山医師会の定例総会があった。この時期は東山医師会の会長などが交代する。東山医師会は高齢化して人数も少ないので、いろいろな役が廻ってくる。私は名ばかりの役をしている。実際に動きまわらないといけない先生方は本当にご苦労様である。実は精神科の医者はあまり出番はない。東山医師会でやっている電話相談も担当したことがある。相談内容は内科関係が多く、いつもそちらの先生にお願いしていた。京都第一赤十字病院の先生も大勢参加していた。私は平成13年5月に開業したので、今年の5月で満14年になる。当時の先生方は副院長になったり、部長になったりしている。公的な病院なので、みんな本当に安い給料で頑張っている。私が以前から官僚を擁護するのは、このことも関係している。今では患者数が減ってきて、どんどんと開業した後輩に追い抜かれている。名誉はないが、それでもお世話になった院長よりまだ所得は上だと思う。私だけ楽をしていそうであるが、今は労働基準局から労災の少しややこしい意見書を頼まれている。
 さて、きょう読み終えた本である。丸山佑介「そこまでやるか!裏社会ビジネス」(さくら舎)である。副題には、黒い欲望の掟と書いてある。私はヤクザを含む裏関係の本も溝口敦を始め、これまで山ほど読んできた。この本で書いてある最初の部分は知っていることばかりで、もの足りなかった。しかし、後半は知らないことだらけで、本当に面白かった。ヤクザ社会の業界用語まで詳しく解説している。例えば、「泳ぎに行く?」とか「山に登る?」は、水死や生き埋めを意味する。2013年現在で、国内のヤクザの総数は5万8千人だという。
 ここでは「オンライン英会話」について面白いことが書いてあった。スカイプを通じた英会話講座では、フィリピン講師が安い。なかでも、女性講師が中高年の日本人男性から絶大な支持を集めているという。ところが、中にはプライベートの話をしているうちに特別なことをしてくる講師もいる。ちょっとオッパイを見せてくれたりする。相手の個人口座にお金を振り込むと、もっと過激なサービスをしてくれるという。そのうち、「こっちに来ませんか」と誘いがくる。かなりの美人なので、急いで飛んでいってしまう。どんな結果になるかというと、あれこれ買い物をさせられ、母親の病院代とかせびられ、最後はこわいお兄さんが出てくる。英会話の勉強を始めようと思っている中高年の人は気をつけて下さい。
 ここでは、ヤミ金のことも詳しく解説している。2008年には最高裁で、ヤミ金から借りたお金は返さないでいいという判決が出た。この時に、多くのヤミ金業者が叩きつぶされた。しかし、新たな手口を次々と考えられている。顔を見ながらの「手がし手回収」である。人対人とのやりとりで、帳簿や証文の類いがないので、警察も手出しができないという。ヤミ金業者は、ハローワークやパチンコ屋など、日銭に困っている人がいそうな場所に行き、営業努力を重ねているという。Aからお金を借りて返せなくなった時には、Bの業者を紹介する。Bのお金が返せなくなったらCの業者を紹介する。当然、Cはお金を回収できない。どうするかというと、最近は違法な薬物の運び屋に仕立てられることが多いという。去年から今年にかけて、振り込め詐欺の初期(第一世代)に逮捕された詐欺師たちが出所し始めるという。詐欺市場は再び大きく動き出すと見られている。
 他にも、枕営業など興味深いことがたくさん書かれている。興味のある人はこの本を手にとって読んで下さい。裏の人間にとっては、1番の権力者は警察である。税務署もこわいという。別の意味で、地方の権力者として、地方議員も挙げている。国会議員のことばかりでは不公平であるので、この本に書かれている地方議員のことも紹介する。著者は週刊誌のフリー記者としても働いたことがある。基本的に、地方議員のスキャンダルが表沙汰になることはほとんどないという。著者がかって取材した九州地方の県議は、「国政に行くのはアホですよ」、「注目は浴びるし、使途不明金などいろんなことに目が厳しくなる」と言っていたそうである。

今週の愛聴盤 140 (150331)

Dangerous Moonlight / Die Unbekannten
Dangerous Moonlight / Die Unbekannten

 今回紹介するアルバムは1982年にベルリンで作られた45回転の4曲入りのレコードである。グーグルで検索しても、日本語の紹介は上位検索には載っていなかった。こんなアルバムは誰も知らないだろうと思って調べると、けっこうプログレなどを扱っているレコード店やブログなどで紹介されていたりする。今回はまったく見つからなかった。リーダーはマンチェスター生まれのイギリス人で、ベルリンに住んでいる時にこのバンドを結成している。ドイツ語の意味は、「Unknown」である。4曲ともそこそこいい。
 ここでは、第1曲目の曲を紹介する。Die Unbekannten - Don't Tell Me Storiesである。YouTubeでは、同じアルバムの「Perfect Love」や「Against The Wall」などもアップロードされている。ここでは、他のアルバムから1曲紹介する。Die Unbekannten - Radio Warで聴くことができる。
 次のアルバムはイギリスからである。Oceans / Artery(1982年)である。ポスト・パンクバンドに属する。このバンドについても日本語の紹介はなかなか見つからなかった。12インチのミニ・アルバムで、全部で7曲はいっている。ここでは、このアルバムにはいっている曲のライブ盤を紹介する。ケイレンのようなダンスが特徴的である。Artery - Afterwardsである。このアルバムの中で1番視聴者数が多い曲は、「Artery / InTo The Garden」である。YouTubeでは同じバンド名で、いくつかの曲がアップロードされている。しかし、もっと視聴者数の多い曲は同名の別のバンドである。2曲目はこのアルバムにはいっていない曲である。Artery - The death of Peter Xで聴くことができる。
 最後に、VHSテープに録画した「Music Box」からである。段々とネタが切れてきた。以前にメモした残りの分から選んでいる。日本語のウィキペディアによると、イギリスのバンドで、デジタルビートとパンクロック、ラップミュージックを合わせたデジロックの先駆けとして評価を得ているという。1990年に来日したが、まったく客がはいらなかったそうである。1988年の作品である。Pop Will Eat Itself | Def Con Oneで聴くことができる。

 

平成27年3月24日(火)

 今週は、確定申告をした税理士事務所から送られた書類を詳しく見ていた。私は去年より収入が多いと思っていたら、今年は数万円少なかった。書類上の所得金額は約1320万円であった。ここから、所得税と住民税が引かれる。後は、実際にかかった経費とみなし経費(計算の仕方がある)の差額である。保険収入が年間5千万円までは、特別措置法が適応され、この差額には税金がかからない。前にも書いたように、一般内科のように、自分の医院で院内処方をしたり、検査をすると、あっという間に保険収入は5千万円を越えてしまう。5千万円を越えなくても、みなし経費より実際の経費(薬代や検査代、賃貸料、保険料、看護師や事務員の給与など)の方が高くなってしまう可能性もある。この措置法による差額は企業秘密である。1番恩恵を受けているのが、デイ・ケアをしていない個人の精神科開業医である。
 さて、前回書いたように、3月20日(金)は休診にしていた。当初の予定では、サイパンに29日(木)の夜から出かけるつもりであった。22日(日)までの3泊4日の旅行である。今がベストシーズンなので、半年前から予定を立てていた。京都市内の旅行会社に直接行って申し込んだ。いつもはネットで申し込むが、この旅行はできなかった。店頭で予約したのは、去年の10月23日である。丁度5ヶ月前である。グアム経由で、グアムまでの行きと帰りの飛行機は確保してもらった。グアムもサイパンも個人で予約するより、ホテルも含め旅行会社でしてもらった方が楽である。出発の1ヶ月前からキャンセル料が発生するので、キャンセルされた旅行パックが動くのはわかっていた。しかし、確実に確保するため、多少料金が高くついても仕方ないと思っていた。特に、1人部屋を使う場合は追加代金がつく。泊まるホテルのランクによって、旅行代金は大きく変わる。3泊と言っても、朝9時半にサイパンの空港に着く。この追加料金は2万2千円であった。支払った旅行代金は全部で158,590円であった。
 大船に乗ったつもりで、19日(木)の夜9時前に関西空港からグアムに向けて出発するつもりであった。1週間ほど前に、Eチケットを含めた旅行日程が送られて来た。帰りのサイパンからグアムの便を見てみたら、グアムには朝9時半に着く。ところが、グアム発の関西空港行きの便は午後4時45分発である。あの狭いグアム空港で、7時間15分も待たないといけない。3泊4日といっても、夜行便で行くので、実質2泊3泊の旅である。これだけ高い料金を払って5ヶ月前に申し込んでいるのに、あまりにもひどいスケジュールであった。この旅行会社はケアンズの時にもネットで頼み、昔からよく利用していた。電話をかけて抗議したら、担当の人がパフレットにも書いてあると開き直った。確かに、(8時〜15:20)の発と書いてある。しかし、こちらとしてはタイトなスケジュールで5ヶ月前に申し込んでいる。トランジットでグアム空港で7時間以上も待たされるなんて予想もしていなかった。その可能性もあると聞いていたら、最初から申しこまず、他の旅行代理店に頼んでいた。
 実は知りあいの人が2人で同じ日の出発でグアムに出かけた。キャンセルの取り消し料が発生してからの直前のに近いし込みである。料金を聞いてみたら、4泊5日で1人7万円ちょっとだったという。パンフレットに書いてあるので、旅行代理店に非はないという理屈も通るかもしれない。しかし、このとんでもないスケジュールを知ったのは、わずか出発の1週間前である。5ヶ月前に申し込んでいるのにである。休診にするときには、1ヶ月半以上前から張り紙を出す。もっと早く知っていたら、キャンセル料がかかっても取り消して、休診も取り消すことができた。実は、キャンセル料より、連休前の休診の方が実害が大きい。場合によったら、他の旅行を探すこともできた。直前に旅行日程を知っても、まったく身動きが取れない。横柄な態度をとるこんな世間知らずのひよっこにカモにされた気分で、本当に不愉快であった。結局頭にきて、旅行はキャンセル料を払ってキャンセルした。ここでは旅行会社の名前は伏せておく。医者向けのホームページのm3.comで、以前に投稿でやり玉に挙がっていた会社である。どんなトラブルがあったのかは読んでいない。
 さて、この20日の休診日をどう使うかである。結局、木曜日の午後から私の実家があった長野県の飯山に行くことにした。長野で1泊して、翌日の20日に帰ってくる。ホテルは屋上に大きな浴場がついており、朝食付きで8千円であった。旅行前に、京都駅でチケットも購入した。出発前に、長野周辺や飯山の天候などを調べた。まったく気が付かなかったが、今度開通した北陸新幹線が飯山に停車する。両親が住んでいる時から、新幹線の駅ができるとは聞いていた。前回飯山を1人で訪れたのは、平成22年11月であった。この時には、池田の妹の近くで住んでいた父親も健在であった。
 翌日の20日(金)は行きは長野から飯山線で行った。飯山駅では、大きな駅が建っていた。ここから野沢温泉行きのバスが出ている。本数はまだ少ない。帰りの時間も見たが、野沢でゆっくりしている時間はなかった。結局、今回は行くのをあきらめた。まだ開業したばかりで、駅の近くに大きなビルを建てている。交通の便は不便である。詳しく見なかったが、駅の近くにレンタカーが必要である。レンタカーがあったら、野沢温泉や志賀高原にも行ける。この日は母校(飯山北高校)までタクシーで行った。新しい校舎を工事中であった。千曲川の堤防や飯山城跡まで行き、旧飯山スキー場のジャンプ台の近くまで歩いた。昼は有名な本多のうなぎを食べた。うな丼が3千円である。私が小さな頃(生まれる前?)からある店である。帰省した時には、父親によく出前を取ってもらった。帰りは長野駅まで新幹線で帰ってきた。詳しいことは最後に写真付きで解説する。
 さて、今週読み終えた本である。実は長野駅の前に大きな本屋がある。木曜日はここで、めったに買わない美術手帖を買った。世界の新世代アーティストの特集をしていた。この時に、気になる本があった。しかし、荷物になるので、買うのはやめた。ところが、次の日もこの本が気になって仕方なかった。本屋で出会う本は一期一会である。次から次へと新刊が出てくるので、その時に買わなかったら永遠に出会うことがない。翌日の金曜日に、特急しなのに乗る前にまた行って買ってきた。
 孫崎享、マーティン・ファクラー「崖っぷちの国家 日本の決断」(日本文芸社)である。この本は最後まで読んだ。孫崎は元外務相国際情報局長で、ファクラーはニューヨーク・タイムズ東京支局長である。この本も面白かった。私はよく人を金魚鉢の金魚に例える。水が赤みがかっていると、そこで生まれ育った金魚は水が赤みがかっていることは認識できない。水が青みがかっていても同じである。青みがかった水で育った金魚は、赤みがかった水はよくわかる。この水は文化でも、家庭環境でもいい。日本で生まれ育つと、日本のやり方に何の疑問もわいてこない。この本を読んで、日本人同士の議論には限界があることを改めて思い知った。日本の問題を考える時に、日本の事情に詳しい外国人の考え方を知ると、日本人同志では想像もつかなかったことが見えてくる。
 最初に、ファクラーによる日本のマスコミに対する批判である。大手新聞を読むと、どこも省庁の発表通りに書いているだけである。政府が見ようとしない問題、取りあげない問題を報道していないという。オリンパスの粉飾会計問題が出たときにも、外国の各紙とも一面に記事を載せていた。しかし、日本経済新聞は10日ほど取りあげず、金融庁が動き出してやっと記事にしたのである。国境なき記者団による世界報道自由度ランキングでは、日本は11位から59位に転落したという。「特定秘密保護法」の制定に対して、日本外国特派員協会の会長が「全面的撤回か大幅改訂」の勧告を出した。ところが、日本の新聞はまったく報道せず、内閣広報室は内政干渉だと言ったそうである。小沢一郎に対しては、個人的にはあまりいい印象を持っていない。しかし、この本では、チャレンジャーを許さない日本の既得権権益集団の1つである東京地検に失脚させられたと書いてある。日本の記者クラブは一種のカルテルで、大本営型ジャーナリズムとも述べている。
 ここでは日本政治を巧みに操るジャパン・ハンドラーのことについても書いてある。日本人の多くはアミテージなどをアメリカの代表だと思っている。実態は、本の一部のグループだという。日本には政策を語れる議員がいない。ファクラーによると、そういう政治家は韓国にも中国にもいるという。ビジネスの世界では優秀な人がたくさんいるのに、今の日本の制度では優秀な人たちが政治家にならないからとも指摘している。最後の方でも、私がここで主張していることと同じ内容が語られている。今の日本の政界はインドのカースト制度に似ていて、政治家になることを生まれながらに家族の特権のようにしていると苦言を呈している。
 ここでは印象に残った沖縄の米軍基地のことを取りあげる。歴史的にも面白いことが書いてある。ペリー提督が日本に来る前に、琉球で日本の情報を聞いたのである。当時の琉球人は「日本は鎖国しているので、あまりその国のことは知らない」と述べている。ペリーと接触していた琉球人はみんな中国語を話していたのである。米軍基地の問題は日本と沖縄の問題だという。日本を守るために、沖縄は二度切り捨てられたという。1945年の沖縄戦と戦後の沖縄基地一極集中である。アメリカは、日本政府自身が防衛のために基地が必要だと決めたなら、なぜ平等にそれを全国に均等に分けることをしないのかという疑問を持っているという。沖縄の人はとにかく差別されていると感じている。
 ファクラーが地方を取材して感じたことは、「みんなお上を待っている」ことだという。国がどうするか待つという、非常に受け身的な態度である。主権は国民側にあるという前提ではなく、ただ上から何かをもらうという意識なのである。韓国や台湾に行くとまったく違うという。韓国や台湾は一般の国民が、自分の手で軍事政権を倒し、民主主義を勝ち取ってきたのである。この部分を読んで、大分前にこの日記で紹介した本のことを思い出した。今は放送終了となった水戸黄門である。どうして民衆が悪代官や悪庄屋に苦しめられているのに立ち上がらず、権力側の黄門様に助けられて胸をなで下ろしているのかである。外国人の目からみたら、この人気番組は日本人の異様な国民性を示しているのである。それこそ、封建時代の奴隷根性そのものなのである。
 サミュエル・ベケットの戯曲に「ゴドーを待ちながら」という戯曲がある。神の沈黙を扱った不条理劇と言われている。神の沈黙とは、神がいてどうしてこんなに悲惨で不幸な出来事が地球上に起こるのかということである。このゴドーは神だという解釈もある。この本を読んできて、今やっと日本人の特徴的な心性がわかってきた。最初に書いた大本営型ジャーナリズムも同じである。日本人は常に「お上を待ちながら」なのである。日本は民主主義国家になったが、自分の力で勝ち取ったものでない。アメリカから与えられたものである。だから、自由とか国民主権というものが、真に根付いていない。もしかしたら、今はアメリカがお上になっているかもしれない。他にも、日本では戦後70年も経っているのに、戦争のコンセンサスができていないことも指摘している。中国や韓国に対していつまで反省したらいいんだという人もいる。しかし、「日本は何も悪いことはしていない」という人もいて、国としてのコンセンサスはできていない。他国から見たら、まったく反省していないととられても仕方ない。

飯山駅  北陸新幹線が開通した飯山駅。長野から各駅停車の飯山線で通常50分ほどかかる。新幹線では片道11分である。玄関の上のガラスに千曲川側の景色が映っている

千曲川  千曲川の堤防から撮った写真。当初は霧で覆われて、何も見えなかった。1度写真を撮って、飯山城の跡に上った。霧が晴れてきたので、またここまで戻って写真を撮り直した。

遠景  旧飯山スキー場のジャンプ台近くから撮った遠景の写真。今回もLumixTZ70を持って行った。ほぼ30倍の望遠で手撮りである。

自宅  旧商店街の私の実家。今は左の隣家が買った。両親は池田の妹の近くに移り住み、父親は3年前に亡くなっている。私は両親の実家がある愛知県で生まれ、サクラメントに住んでいる1歳下の妹はここで生まれた。改修しているのでわかりにくいが、中央の右側のドアから右の部分が私の家である。停めてある軽トラと比べたら大きさがわかる。

雪下ろし  これは平成18年1月に自宅の裏から撮った写真である。母親が雪下ろしをしている。この時には、今は空き地になっている所に大きな建物が建っていた。郊外に大きなショッピングセンターなどができ、旧商店街は空き地が目立つ。

今週の愛聴盤 139 (150324)

Untitled / Intergalactic Touring Band
Untitled / Intergalactic Touring Band

 今回紹介するアルバムはあまり視聴者数は多くない。私の持っているLPレコードはイギリス盤である。1977年の発売である。英語のウィキペディアで調べてみたら、アメリカでも発売されていた。当初は、私の知らないバンドかと思った。ウィキペディアによると、当時の有名ミュージシャンが集まって作ったアルバムであった。ミートローフ、「スタンド・バイ・ミー」で有名なベン・E・キング、アニー・ハズラム等が参加している。アニー・ハズラムはルネッサンスのボーカリストである。ルネッサンスはプログレに属するが、個人的にはもう一つ乗り切れなかった。
 さて、第1曲目である。出だしはもうひとつであるが、後半の方がよくなる。Intergalactic Touring Band - Keeper Keep Usである。次の曲も聴きやすい。アニー・ハズラムのボーカルが全面に出ている。Intergalactic Touring Band - Reaching Outである。前回紹介しようと思って、思いとどまった。やはり、音楽としては少し地味であった。
 きょう紹介するアルバムは寄せ集めである。次のバンドはドイツである。知る人ぞ知るきのこのマークのピルツ・レーベルからである。Untitled / Broselmaschine(1969年)である。ここでは、個人的に1番好きな曲を紹介する。視聴者数を見てみると、「Broselmaschine - Schmetterling」の方が多い。タブラなどの楽器はもうひとつである。Broselmaschine - Gedankenで聴くことができる。
 次のアルバムはオランダからである。私の持っているLPレコードはThe First Goobye / Cirkel(1983年)である。当初は自主製作され、その後CD化されている。以前から紹介したいと思っていたアルバムである。しかし、YouTubeでは1曲もアップロードされていなかった。著作権がうるさくてすぐに削除されてしまうのかもしれない。今回は私がアナログから録音し、動画を作ってみた。使っている写真は私が撮りためたものである。動画はこの前の日曜日に水族館で撮ってきたものである。4分20秒ぐらいからの動画は我ながら気に入っている。Cirkel - Elfinである。
 最後に、VHSテープに録画した「Music Box」からである。1989年の作品である。日本語のウィキペディアによると、イギリスの二人組ミュージシャンである。名前の由来は、メンバーが受けていたルドルフ・シュタイナーが提唱した舞踏芸術(Eurythmy)の授業からである。Eurythmics - Don't Ask Me Whyで聴くことができる。

 

平成27年3月17日(火)

 アベノミクスにより、円安が進み、株価が上昇している。私が診察している患者さんの話を聞いていると、景気がよくなっているという実感はない。食品関係の会社の経営に関係している人の話では、6億円の借金があり、銀行と話し合っているという。毎月、数十人の従業員の給与を払うのも四苦八苦である。呉服関係の会社をしている人も、1億円以上の借金があり、今住んでいる所は売り払うという。車やバイク関係もよくない。廃業している人もいる。ごく一部の人を除いて、自営業や中小企業の人は息も絶え絶えである。生活が苦しく、生活保護の受給を考えている人も大勢いる。日本はこの先どうなるのだろうかと、本当に心配である。私はこれまで株や金融商品などに手を出したことはない。バブルの時に家を買い、43歳の時に売って、一文無しになっている。
 先週の水曜日に、医院で購読しているディリースポーツを読んでいたら、ある記事が目についた。「横浜・関東学院高校1年生36人も万引!謹慎処分」である。どこにでもある記事である。まだ、子どもなので、面白半分にやったことだろう。若気の至りで、真面目にやり直したらいい。店側にとっては、実質の損害を受けているので、そう簡単に許せないかもしれない。この記事で注目したのは、この学校名である。小泉進次郎が行っていた高校である。そのまま進学し、平成16年に関東学院大学経済学部を卒業している。
 実は、私の知りあいの娘さんが一浪して、今年は京大に不合格となった。ごく普通の家庭なのに、また二浪するという。両親は来年合格するという保証もなく、下の子どももうすぐ受験なので、経済的にも精神的にも苦しい。娘さんがやる気満々なので、二浪を認めざるを得なかったという。小泉進次郎が卒業した関東学院大学経済学部の偏差値が気になったので、調べてみた。1番いいのは、小泉進次郎が入学した平成12年の偏差値である。ネットで調べてみたが、よくわからなかった。最近の偏差値は、去年が44である。
 次は小渕優子である。成城大学経済学部経営学科を卒業している。そのまま附属で上がってきている。最近の偏差値は、経済学部で53である。安倍首相も同じ大学の法学部政治学科を卒業している。40年も前の偏差値は大きく変わっている可能性もある。私の母校は現在医学部の中では上から11番目にランクされている。今だったらとうてい合格できないと同級生とも話しているぐらいである。40年前は、全国の秀才は今以上に東大を目指していた。当時の東大合格者数のトップは都立日比谷高校で、各都道府県のトップクラスの公立高校がほとんど占めていた。安倍首相が卒業した成城大学法学部の去年の偏差値は56である。
 今は放送終了となったビートたけしのTVタックルで、衆議院議員の平沢勝栄が安倍首相の家庭教師だったことをよく話していた。平沢勝栄は東大法学部を卒業した元警察官僚である。恵まれない環境で、不本意な大学を卒業している人もいる。もともと普通のサラリーマンでいいという人もいるし、学力より技術力で勝負する人もいる。もちろん、これらの大学を卒業して、社会的に成功している人もいる。しかし、これだけ恵まれた環境にいて、この偏差値の大学しか卒業できないということは、どう考えて能力がないとしか言いようがない。眠れる獅子とか大器晩成型も信用しない。今は国立大学医学部でも、地域枠ができている。しかし、正規の入試で合格した人と比べ、学力が低いと話題になっている。特別人格が優れているという評判も聞かない。偏差値人間はダメだと否定する人もいる。世の中には、頭がよくて、スポーツもでき、人格に優れている人は掃いて捨てるほどいる。何しろ、東大・京大合わせて毎年6千人が合格し、医学部だけでも9千人以上合格している。
 日本の総理大臣というのは、日本の人口約1億2千7百万人のトップに立つ人である。こんな偏差値の大学を出た世襲議員である小泉進次郎が将来の首相候補と言われ、小渕優子は将来の女性首相候補とマスコミが持ち上げていた。どう考えても、おかしいと思わないのだろうか。小泉進次郎は学歴ロンダリングをして、コロンビア大学大学院政治学修士号を取得している。小渕優子も学歴ロンダリングをして、最終的には早稲田大学公共経営修士(専門職)を終了している。コロンビア大学はノーベル賞受賞者を101名輩出しているアメリカの名門大学である。こんな所に小泉進次郎がどうして入学できたかである。きょう読み終えることができなかった本に、コロンビア大学ではなく、ハーバード大学のからくりが詳しく書いてあった。最後の本の紹介で、簡単に触れる。
 今回、G7のトップを全員調べてみた。日本のように、世襲議員は1人もいない。全員その国のエリートである。例えば、フランスのフランソワ・オランドは、フランスのエリート養成校であるグランゼコール(パリ政治学院)を卒業し、フランス随一のエリート官僚養成学校であるフランス国立行政学院を7番で卒業している。アメリカのオバマ大統領は、コロンビア大学に編入学し、ハーバード大学ロースクールを修了している。イギリスのデーヴィッド・キャメロンはオックスフォード大学で一級優等学位(first class honours)を得て卒業している。イタリアの首相は日本のようにころころと変わっている。少し前のシルヴィオ・ベルルスコーニは中流家庭の出である。ミラノ大学を卒業し、建設業と放送事業で財を成した企業家である。話は変わるが、最近CNNのニュースを見ていたら、CMの時間帯に安倍首相の顔がよく出てくる。「Japan will continue to contribute globally」とある。他の国のトップがこんなことをするのかよくわからない。まるで、発展途上国の大統領が自分の顔を宣伝しているようである。
 G7では、偏差値40台、50台の大学を卒業している人は誰もいない。学歴ロンダリングもしていない。海外では、親と子は別の人格という考えが徹底している。私はここでも何回も書いているように、一流企業を子どもが引き継ぐことに反対しているわけではない。親のこねで一流企業に就職することもかまわない。しかし、国会議員の世襲だけは、唯一反対である。学歴偏重主義者ではなく、業界団体や労働組合などから選ばれるのはおおいにけっこうである。私自身が中の下ぐらいの家庭出身なので、叩き上げの人は好きである。大して能力のない人がこのまま日本を牛耳ることに、本当に危機感を抱いている。
 各国とも日本のトップに立つ人については徹底的に調べている。何の後ろ盾もなく、勝ち抜いてきた各国のトップからは、安倍首相は格下に評価されても仕方ない。結局、この状態を改善するには、国会議員の世襲を禁止する以外に方法はない。日本はこれだけの借金を抱え、少子高齢化が進んでいる。地方のボスがいつまでも日本を牛耳っている時代ではない。中国には報道の自由がないとよく批判する。しかし、私に言わせれば、大した能力のない世襲議員の小泉進次郎や小渕優子を持ち上げるのも同じ構造である。国民のために、地道に活動している国会議員のことが報道されず、世襲議員だけにスポットライトが当てられる。マスコミも権力側について、世論操作をしているのである。しつこいようであるが、前回で紹介したネットのニュースを別の記事で紹介する。。記者に手渡される怪しいカネ……メディア汚染の問題点とは である。私の意見に反論したい人は、この記事をクリックして読んでからにして下さい。
 先週の土曜日には不愉快な出来事があった。実は今週の金曜日の20日は休診にしていた。半年前から、予定を立てていた。ところが、急に予定の出来事がなくなってしまった。2ヶ月近く前から休診の張り出しはしている。今さら急に休診を取り下げることもできない。やることがなくなって、本当に困った。あわてて、とにかく予定を入れることにした。この辺りの事情については、来週の日記で詳しく書こうと思う。
 土曜日の夜は、また映画を見に行った。見たい映画が京都駅近くのT・ジョイ京都で上映していなかった。仕方ないので、嵯峨野線で二条駅のTOHOシネマズ二条まで行った。映画の題名は、「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」である。この映画も評判通り面白かった。第二次世界大戦時のナチスドイツの暗号(エニグマ)を解読する英国人数学者アラン・チューリングの物語である。映画を見ていると、アラン・チューリングはアスペルガー障害の典型例であることがわかる。アインシュタインもアスペルガー障害と言われている。以前に紹介した、キャサリン・ロッシ「フェイスブック 子どもじみた王国」(河出書房新社)では、シリコンバレーではサバン症候群みたいな人が大勢いると書いてあった。サバン症候群とは、アスペルガー障害とも重なり、コミュニケーション障害があるが、一部の領域で特殊な能力を発揮する。最後の孤独な自殺を知って、同性愛者の今野雄二などの自殺を思い出した。人ごとではなく、現代人は同じような孤独感を抱えて生きているかもしれない。
 さて、きょう読み終えそうになった本である。実は、全部で8章ある本の最後の2章はまだ読み終えていない。本当に面白い本だったので、すべて読み終えてから、木曜日に追加しようと思った。しかし、先ほど書いたように、木曜日の午後から金曜日の休診日にかけて予定を入れてしまった。峰村健司「十三億分の一の男」(小学館)である。副題に、中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争とついている。著者は、朝日新聞国際報道部機動特派員である。大衆に迎合し、中国の表面ばかり見て、悪口ばかり書いている薄っぺらな評論家の本を読んで満足している人には、是非ともこういう本を読んで欲しい。現場取材がすべての取材者の基本だと思っているという著者の言葉にも納得できる。著者は、2007年から2013年まで、朝日新聞の北京特派員として、中国の躍動を見てきた。この本では、すべて著者が現場に足を運び、高官などから直接得た情報に基づいて書かれている。内容としては、副題にあるように、中国共産党中央委員会総書記を勤めた江沢民、胡錦濤、現在の習近平の権力闘争についてである。
 江沢民は天安門事件で失脚した趙紫陽の後継者として、ケ小平の指名を受け、総書記に抜擢された。上海閥と呼ばれる江沢民を頂点とする権力基盤を作った。胡錦濤はケ小平の臨終の席で次の総書記に指名された。胡錦濤は若手エリートの集団である共産主義青年団(共青団)出身である。江沢民は総書記引退後も、中央軍事委員会主席にとどまり、長老政治である院政を強いたのである。この本では、最高実力者だったケ小平におびえていた江。その江の院政にがんじがらめになっていた胡と書いてある。著者は、胡錦濤が総書記を引退する時に、中央軍事委員会主席にとどまらず、完全引退をすることを世界に先駆けてスクープしている。江を道連れにして、10年間に渡る院政に終止符を打ったのである。共産党の権力闘争では、腹心を追い落とすことで、本人に揺さぶりをかけることが繰り返されてきた。習近平は江と胡の壮絶な争いの上に誕生したのでる。
 この本の最初の章では、ロサンゼルス郊外にある中国高官の愛人村のことも書かれている。高い物件は6億円以上で、平均でも1億8千万円の物件を、現金で買っていく。「裸官」が1番多いという。「裸官」とは、賄賂などの不正収入を得て、妻や子、資産を海外に移す党や政府、国有企業の幹部を指す。出産した子どもがアメリカの国籍を取得できるように、中国人専門の産後ケアセンターについても書いている。一定額を投資したら米国永住権を得られる投資移民制度を利用する中国人も多い。2013年では8割(約8万人)を中国人が占めている。1番驚いたのは、習近平の唯一の娘がハーバード大学に入学していたことである。偽名を使い、心理学を専攻していた。両親の反対を押し切って、渡米したという。この事実も著者のスクープである。習近平指導部でも、ハーバード大学出身者が主要ポストを占めている。ハーバード大学の入学にはコネはほとんど通用しない。ただ大学院の場合は、特にケネディスクールでは政治家や王族などの特別枠があって、優遇されるという。本の帯には、「窮地の江沢民が習近平にかけた命乞い電話」とある。まだ、ここまで読み終えていない。久しぶりの大推薦の本である。

今週の愛聴盤 138 (150317)

Inner Thought Zone / Maurice Deebank
Inner Thought Zone / Maurice Deebank

 このコーナーではいつも2枚のアルバムを紹介している。ピンク・フロイドやキング・クリムゾン、イエスやELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)などの有名所は避けている。きょう紹介するアルバムも知っている人は少ないと思う。Maurice Deebankは以前に紹介したことのあるFeltの初期のギタリストである。イギリスのDrutti ColumnやこのFeltのギターの音色は独特な響きがある。このアルバムは全編ギターによるソロアルバムとなっている。1984年の作品である。いつものように、今回手にとって聴くまでは、このLPレコードのことはまったく覚えていなかった。
 まず、。Maurice Deebank - The Watery Songである。ここに出てくるジャケットの写真は、再発されたCDのものである。オリジナルのLPレコードのジャケットはここに載せたものである。次に紹介する曲は、私のLPレコードにははいっていなかった。CD化される時に、ボーナス・トラックとして追加されたものである。Maurice Deebank - So Sereneである。
 次に紹介するLPレコードもイギリスからである。Seeing Yourself As You Really Are / Third Quadrant(1982年)である。このアルバムは、以前にも紹介しようと思った。ところが、フルアルバムの曲がレコードノイズだらけで、紹介するのをためらった。今回チェックしてみたら、その後、何曲かアップロードされていた。このアルバムは自主製作盤のようである。LPレコードには、何も印刷されていない白い丸い紙が貼られている。まず、このアルバムの中でのベスト曲である。Third Quadrant - Backwards Into The Futureで聴くことができる。次に紹介する曲は私が今回アップロードしたものである。B面の最初の曲である。ところが、人のことは言えなくて、けっこうノイズがはいっていた。LPレコードは外側の縁の方を持つので、指の汗なんどで1曲目の最初の方がノイズがはいりやすい。Third Quadrant - State of Mindである。この曲の聴き所は、2分を越えてからのギターの演奏である。
 最後に、VHSテープに録画した「Music Box」からである。1988年の作品である。今回ネットで調べて見たら、この女性歌手はバナラマのメンバーであった。脱退して、この曲がはいっているアルバムを製作していた。Shakespears Sister - Break My Heart (You Really)である。

 

平成27年3月10日(火)

 きのう、今日とわが母校や大阪大学、京都大学、東京大学などの合格発表が行われている。きょう受診した患者さんのお孫さんが一浪してこの中の大学に落ちたという。医学部以外は、二浪しにくい。浪人して1年間必死に勉強しても、報われるとは限らない。受験生だけではなく、家族も本当に大変である。しつこいようであるが、何回も書く。大した大学を卒業していない世襲議員についてである。附属の小・中からそのまま上がって大学を卒業する人もいる。しかし、一般の受験生のように、必死で勉強したことがあるとは到底思えない。必死で勉強してこの程度なら、国会議員の仕事を本当に理解しているかどうかも怪しい。こんな人たちが日本の将来を決めて行くかと思うと、暗澹たる気持ちになる。
 この日記の後半で今週読み終えた本を紹介する。このことは、本の内容とも関係してくるので、詳しいことは後で書く。歌舞伎界にプリンスがいても、政界に世襲のプリンスなんてありえない。マスコミも、政治家の世襲についてはまったく批判せず、人気のあるなしで、スターのように持ち上げる。政治家としての資質を問うこともない。国の選挙そのものが、まるで、AKB48の総選挙みたいなものである。このことについては、何でもお上に任せるわが国の国民性とも関係してくる。サラリーマンは自分の仕事のことで忙しく、身近な問題以外は政治に関心を持たない。専業主婦が多いことも、その資質を吟味することなく、単なる人気で投票してしまうことと関係するかもしれない。今は優秀な官僚ほどどんどんとやめていくという。何年間かの官僚生活は単なるキャリアのひとつに過ぎない。ここからは私の勝手な想像である。優秀な官僚ほど、あまりにもレベルの低い世襲議員に仕えるのはアホくさくなるかもしれない。安倍首相のお友達内閣で、小渕優子が経済産業大臣になっていた。こんな小娘に、各業界のボスが頭を下げるなんて、屈辱以外の何ものでもない。レベルの低い国会議員の世襲には、声を大にして反対である。
 この日記は実名で書いている。こんなことを主張すると、いろいろといやがらせを受けそうである。しかし、誰かが言わないといけないので、私も覚悟して書いている。バックに特定の政党や人物がいるわけではない。自分がこれまで読んできた本などに基づいて書いている。私の知っていることは、本の氷山の一角に過ぎない。マスコミ関係者もサラリーマンなので、議員の世襲については書きにくいかもしれない。しかし、わが国は他の先進国に比べ、異常に世襲議員が多いのである。ついでに、少し前に話題になったことについて書く。それぞれの業界で常識になっていることでも、なかなか国民に伝わってこないことも多い。最近の週刊文春に、具体的な数字が載っていた。何かというと、これまでの中国への戦後賠償の代わりになるODA(政府開発援助)の額である。全部で3兆6千億円を超えているという。いつまで続いているのかわからないが、この3%が政治家の懐にはいっていたのである。
 さて、政治評論家も含めたマスコミである。2010年8月にネットの「Business Media誠」に載っていた記事である。小渕内閣で官房長官を務めた野中広務が、マスコミ対策に「官房機密費を毎月5000万円〜7000万円くらいは使っていた」ことを明らかにした。さらに政治評論家にも配っていたことを暴露している。どういうことかというと、大手新聞社の幹部や政治評論家に税金である官房機密費からお金を渡し、政府側に都合のいいように世論操作をしていたのである。今でも続いているのかよくわからない。もしあるとしたら、安倍首相のお友達である櫻井よしこや勝谷誠彦などが怪しい。詳しい記事を読みたい人は、上杉隆の「ここまでしゃべっていいですか」(5)をクリックして下さい。このシリーズは全部で5つに分かれている。1ページ目に載っている目次の(2)の記事も面白い。
 先週の木曜日は久しぶりに京都タワーに上った。何をしに行ったかというと、買ったばかりのLumix TZ70の試し撮りである。発売になったばかりの30倍の望遠がついたコンデジである。前回の日記でも書いたように、ナイトロ・サーカスでの写りはもう一つであった。京都タワーの入場料は700円である。1年間のパスカードは2千円である。当日チケットやパスカードを持っていると、タワーのレストランや地下の居酒屋などが1割引になる。今回は通年カードを買った。この前の日曜日には、東山花灯路に行ってきた。これも、夜間の試し撮りのためである。清水寺から八坂神社まで歩いて行った。この日はあまり寒くなかった。外国人客を含む大勢の観光客が訪れていた。私の医院からバス停の五条坂までは歩いて15分ほどである。もちろん行き帰りはバスである。医院に着いて撮ってきた写真をパソコンで見たら、びっくりするほどきれいに撮れていた。日記の最後で、簡単に紹介する。
 さて、今週読み終えた本である。オティエ由美子「イギリス、日本、フランス、アメリカ、全部住んでみた私の結論。日本が1番暮らしやすい国でした。」(リンダブックス)である。受け狙いの安直なタイトルのようにも思える。著者は1975年のレバノンで生まれ、東大を卒業し、パリ第三大学を修了した翻訳家である。フランス人の夫について、ロンドン、ニューヨークと住んでいる。私は欧米については一般の日本人より詳しいと思っていた。しかし、この本を読んでほとんど何も知らなかったことを改めて知った。日本に住んでいて、欧米の善し悪しを部分的に取りあげ、日本的解釈をしても、まったく的外れなことがよくわかる。
 たまたまネットの記事で、新婚旅行でパリに行った若い夫婦の投稿を読んだ。東洋人に対する人種差別が強いのか、レストランでは従業員に冷たく扱われ、不機嫌そうに追い払われたという。この本をよると、フランスのサービス業を一言で表すとしたら、「お客様は王様」とは正反対の、「店員は王様」という言葉に尽きるという。都市部では、店員や窓口係員の気分によって、客は無視されたり喧嘩を売られたり、はたまた追い返されたりする。お役所の窓口ではさらに独裁的になる。少しでも下手に出るとバカにされ、鷹揚に構えていると、敵意をむき出しにしてくる。著者は近所のスーパーに行くのも臨戦態勢であったという。日本では中韓の悪口を書いた本が山ほど出版されている。この本を読むと、欧米については遠いので、日本人はただ詳しい事情を知らないだけだとわかる。
 4ヶ国の中で祝日も含め1番休みが少ないのは、意外にもアメリカだという。年休もフランスの1ヶ月以上と比べると、10日弱の日本とあまり変わりない。海外旅行も一般的でないという。アメリカは広いので、ほとんど国内旅行で、英語の通じない国に行くのは好まない。アメリカのTV局も、海外のことについてはほんとんど放送しない。CNNを見ていると海外のニュースが多いが、これは特別なのである。
 安全性については、アメリカ、イギリス、フランスでは、児童を誘拐から守るため、保護者は子どもが一定の年齢を迎えるまで、送迎を行うことが義務づけられている。米英仏では、「共稼ぎでなくてはやっていけない」というのがスタンダードになっている。中学に上がるぐらいまで、子どもは保護者の同伴なしでの外出が禁止されている。子どもが友達の家に遊びに行くのでも、大人の送迎が必要になるので、両親や祖父母、ベビーシッターが必要になる。
 この本ではイギリスの階級制度など興味深いことがたくさん書いてある。日本では夫の母親に悩む妻が多いが、米英仏では、妻の母親に悩む夫が多いという。どうしてかというと、共稼ぎが多いので、夫が一家の主だという感覚を持っていないからである。最近の日本では、専業主婦でも夫が一家の主だとは思ってもくれない。フランスでは夫が特別な理由もなく夜に1人で行動するのは、妻に対して失礼なことだという。日本のサラリーマンのように、仕事の帰りに1杯ひっかけたり、夜友人と出かけたりすることはないらしい。基本は常に夫婦一緒のカップル社会なのである。
 結論としては、日本が圧勝となっている。日本にはユダヤ人もイスラム教徒も身近にいない。韓国や北朝鮮のように、国家が分断もされていない。正式な軍隊を持たずに平和を唱えることができるのは、安全保障はアメリカが担っているからである。軍隊を持っていても、大国に翻弄されている国はいくつもある。地理的にも有利な条件で、異質なものが極力はいってこなかった。日本人にとって、あうんで通じる日本が住みやすいのは確かである。しかし、これからの国際社会では、いつまで移民を排除できるかはわからない。もともと文化や宗教の違う移民を上手に受け入れることは不可能である。欧米諸国のように、とんでもない混乱を引き受けていくこと以外に方法はないように思える。

風景  京都タワーからの烏丸通りの眺め。あまり望遠の倍率は高くしていない。パソコンで等倍にしても、建物の隅々まできれいに写っていた。天気がよかったことも幸いしている。ここから私のマンションの部屋を撮ることもできた。

京都タワー  私のキャンパスプラザ前のマンションの部屋から撮った。最上階の11階からである。右にキャンパスプラザがあり、左に武田病院がある。地図で調べたら、直線距離にして420mぐらいである。30倍の望遠である。ベランダに肘をのせて撮ったが、まったく手ぶれしていない。展望台の中の人の姿も見える。

花灯路1  東山花灯路で撮ってきた写真の中で、1番気に入ったものである。すべてインテリジェントオートプラスモードで撮ってきた。手持ちでシャッターを押すと、カメラの中で勝手に写真を合成してくれる。びっくりするほどきれいな、しっとりとした写真が撮れた。等倍にすると、縦に並んでいるしおり(?)の字が鮮明に読み取れる。

花灯路2  人が多いと、どうしても観光客の姿がはいってしまう。これも手持ちである。フラッシュは発光禁止にしている。この写真も鮮明に撮れている。

花灯路3  コースのあちこちに生け花が飾ってある。強い照明を受けている部分はどうしても白飛びしてしまう。大きな花を避け、横の部分だけ撮った。

花灯路4  手持ちで、これだけ撮れる。大きなカメラに高そうなレンズを付け、三脚や一脚を使って撮っている人もいた。カメラの中で画像を合成しているのは、邪道かもしれない。しかし、正直言って、このコンデジで充分である。等倍にしても、本当にきれいな写りであった。

今週の愛聴盤 137 (150310)

Viva Bomma / Cos
Viva Bomma / Cos

 今週はベルギーのバンドである。最初はイギリスのバンドを考えていた。しかし、うまいことYouTubeにアップロードされていなかった。急遽変更し、たまたまこのアルバムをレコード棚から取った。好みの曲は何曲かはいっていた。ベルギーのCosはアヴァンギャルド音楽を演奏し、ジャズに近くなる。メンバーのマーク・ホランダーやダニエル・シェルはよく知られている。実は、Egmont and The ff Boom / Daniel Schell & Dick Annegarn(1978年)のLPレコードも持っている。
 まず、私の1番好きな曲である。Cos - Flamboyaで聴くことができる。次に好きな曲はアップロードされていなかった。仕方ないので、LPレコードからパソコンに録音し、ジャケットの写真などを撮って、動画を作った。日記でも紹介したように、この前の日曜日には東山花灯路に行ってきた。この時に撮ってきた写真がたくさんあるので、動画の中に入れてみた。音楽はあまり楽しめなくても、写真は楽しめる。Cos - Nog verderである。
 さて、次もベルギーのバンドである。以前にこのコーナーで紹介しようと思ったら、1曲もアップロードされていなかった。今回久しぶりに検索してみたら、いくつか曲が聴けるようになっていた。Untitled / Band Apart(1983年)である。ジャッケットの写真ばかりでは面白くないので、また新たに自分で動画を作ってみた。この曲には、新しいカメラで撮った京都タワーからの写真と京都駅付近の写真を使ってみた。1983年の作品である。他の曲も視聴者数は多くない。ベルギーのポスト・パンク・バンドで、音作りは少し癖があるかもしれない。Band Apart - Jaguarで聴くことができる。
 最後に、これも前から紹介しておきたかった曲である。実は、日本ではまだ聴くことできない。クリックしても、「お住まいの地域は著作権上の問題でブロックされています」となっている。Seashanties / High Tide(1969年)の中にはいっているベスト曲である。ところが、9分以上の曲が7分ちょっとに短縮されている曲がなぜか聴くことができるようになっている。もしかしたら、この曲もここで紹介したら削除されるかもしれない。私はこのLPレコードだけではなく、このアルバムとHigh Tideという同名のアルバムのカップリングCDも持っている。イギリスのバンドである。削除される前に、是非とも聴いて下さい。High Tide - Death Warmed Upである。
 いつものように、「Music Box」からである。ステイタス・クォーはイギリスのハードブギーのバンドである。当時はLPレコードを何枚も買っていた。今では1枚も残していない。VHSテープを見ていて、懐かしいと思った。1990年の作品である。Status Quo - Anniversary Waltz Part 1である。YouTubeでは、「Caroline - Status Quo」の方がよかった。

 

平成27年3月3日(火)

 先週はうんざりしながら、何とか確定申告の書類をまとめて税理士事務所に送ることができた。きょうはこの日記は少し手を抜いて書こうと思う。読みかけの本も途中で別の本に浮気してしまったので、今週は読み終えることができなかった。物足りない人は、先週の日記の読書録を大幅に追加して書き直したので、また読んで下さい。
 最近は老後の生き方をよく考えるようになった。患者さんも高齢化してきているので、70代、80代の患者さんの生き方も勉強になる。80歳を過ぎている患者さんの夫が、冬には毎朝琵琶湖バレーにスキーに行っているという。老後を自由に楽しんでいてうらやましいと思ったら、75歳まで仕事をしていたという。そこそこの収入があったので、なかなか思い切ってやめれなかったようである。私も開業していると、中途半端な収入があるので、やめる思い切りがつかない。80歳を過ぎても、普通のサラリーマンより収入があったら、だらだらと続けそうな気もする。
 今週の週刊ダイヤモンドを読んでいたら、湯沢スキー場のリゾートマンションが投げ売りされていることが書かれていた。1DKなら販売価格が10万円という物件も目立つという。実は、ある患者さんが北海道に別荘を持っていた。春から秋にかけて北海道で過ごし、冬の間はこちらに帰ってくる。2〜3千万円ぐらいで買った物件が今では300万円ぐらいだという。高齢で、以前のように北海道で過ごすことはできなくなっている。ハワイの別荘を買っている人もいる。ハワイに別荘を買っても、完全引退しないと無理である。結局、私の場合は、年をとって診療日を減らしても、せいぜい行けるのは琵琶湖周辺である。普通のサラリーマンでも、年齢が行っていると、畑付きのセカンドハウスを滋賀県に持っている人も少なくない。今週の週刊ダイヤモンドは、家やマンションの売り買いを考えている人には、役に立つ情報が満載である。両手仲介など業界のカラクリが詳しく書いてある。何千万円という取引になるので、本屋で正価で買っても損はない。
 さて、この前の土曜日は京セラドーム大阪に行っていた。何しに行っていたかというと、ナイトロ・サーカスを見るためである。この日は夜が遅くなるので、心斎橋付近のホテルで泊まることにした。2週間前にホテルを探したら、どこも満員である。最近の大阪のホテル不足については知っていた。少し前までは、一泊朝食付きで7千円を切っていたホテルが倍ぐらいになっている。私の許容範囲内は、一泊朝食付きで1万2千円ぐらいまでである。何とか、一泊朝食付きで9500円のホテルを見つけた。部屋は狭かったが、朝食は充実していた。この日は梅田のヨドバシカメラに寄り、発作的に出たばかりのパナソニックの30倍コンデジを買ってしまった。3時頃にホテルにチェックインし、バッテリーの充電をしていた。日本で開催のFIFAのサッカーの試合はカメラの使用が許可されている。今回のナイトロ・サーカスは撮影が許されているのかわからなかった。とりあえず持って行くことにした。
 私がピアで買ったチケットはSS席で、15000円であった。場所はよかった。内容はバイクなどのアクロバットショーである。本当に危険なショーで亡くなっている人もいるぐらいである。後半になるほど、思わず手に汗を握るほど迫力のあるシーンが続いた。ショーとしては、本当によかった。新しいコンデジは使い慣れていないこともあって、写りはもうひとつであった。動画もあまりよくなかった。空中を高速で走る被写体をとらえるのは、至難の技である。撮影の条件も悪かったかもしれない。最近は街中で高倍率の写真は撮りにくくなった。近いうちに、京都タワーに上って実際の写り具合をソニーの30倍コンデジと比較してみようと思う。

会場の全景  ナイトロ・サーカスの会場。右側に白く光る大きなすべり台みたいな物が見える。下に人影が映っている。15mの高さから競技用自転車やバイクなどで走り、ジャンプする。

ステージ  こちらがジャンプの着地点である。向こう側の斜面に滑り落ちていく。こちら側からは台の陰になって見えない。しかし、ジャンプ台の上の大きなスクリーンにその様子が映し出される。

ライダー  今回持って行ったパナソニックのLumixTZ70で撮った会場のライダー。30倍の望遠レンズがついている。1枚目の写真でわかるように、向こう側の観客席前である。会場の中では、写真や動画は許可され、撮り放題であった。最初からわかっていたら、もっといいカメラを持って行った。

ジャンプ  新しく買ったばかりのカメラで動画も撮っていたので、途中でバッテリーが切れてしまった。仕方ないので、ソニーのスマホのXperia Z2で撮った写真である。正面から照明を受けると、画面が白くなってしまって、いい写真が撮れない。Lumixのオートでは、かなりぶれていた。高速シャッターにしたらよかったかもしれない。

道頓堀1  久しぶりに大阪の難波に行った。もう4〜5年は行っていない。ヨドバシがある梅田付近はたまに気分転換で出かける。ソニーのサイバーショットの30倍コンデジが出てこないので、まだ発売されたばかりのLumixTZ70を衝動的に買ってしまった。夜景は何枚か撮って、カメラの中で合成しているようである。

 

道頓堀2  ここは大勢の人でにぎわっていた。中国人や台湾人の観光客が多かった。ラーメン屋の前でも、たくさんの人が道路にあふれて行列を作っていた。暗所での撮影はソニーのカメラが強いと思っていた。しかし、このパナソニックのコンデジでもきれいに撮れていた。

実は、オフィシャル・ビデオはYouTubeで、ナイトロ・サーカス ライブ 日本公演で見ることができる。

今週の愛聴盤 136 (150303)

666 / Aphrodite's Child
Untitled / Utopia

 このアルバムのことはすっかり忘れていた。特徴的なデザインだけは覚えている。見開きのジャケットを開いても、曲名が小さく載っているだけである。レコード会社はUnited Artistsで、1973年にロンドンで発売された。最初はイギリスのバンドかと思った。好みの曲を何曲かピックアップし、YouYubeで調べてみた。なんと、Amon Duul IIがUtopiaという名前で発売していたアルバムであった。アモン・デュールUはドイツのバンドである。以前にも書いたように、阿木謙のロック・マガジンは今でもたくさん残している。この雑誌の付録についてきたProgressive Rock Catalogでは、ドイツを中心にヨーロッパのアルバムが94枚選ばれている。最初に出てくるバンドが、このアモン・デュールUである。ここでは10枚のアルバムが紹介されている。しかし、このUtopiaについては載っていなかった。
 まず、私の好きな曲である。Amon Duul II - The Wolfman Jack Showで聞くことができる。次に紹介する曲は、アモン・デュールUのアルバムにもはいっていた曲である。私はUtopiaのバージョンの方が好きである。Amon Duul II - Deutsch Nepalである。実はアモン・デュールのファースト・アルバムであるPsychederic Underground / Amon Duul(1969年)の再発CDも持っている。日本のCaptain Trip Recordsから1995年に発売された世界初のCDである。
 当時のLPレコードとしては、Live In London / Amon Duul II(1973年)を今でも残している。実は、先ほどのProgressive Rock Catalogではこのアルバムが高く評価されていた。一面をさいているレコード評から一部を紹介する。「A面の『目の震える王様』に於けるインタープレイは圧巻の1語だ。テクニックも非常にしっかりしているしドイツ特有の沈むような美しさも随所に見られるのだが、それら全てを越えたところから凄まじいエネルギーが放射される。」 YouTubeではフルアルバムで紹介されていた。このレコード評の部分は2曲目である。もっと見るをクリックすると、2 Eye Shaking Kingが出てくる。クリックする場所はすぐ後ろの6:17ではなく、1曲目のArchangels Thunderbirdの終わりの 3:14である。Amon Duul II - Live in Londonで聴くことができる。
 さて、次のアルバムはBluebell Wood / Big Sleep(1971年)である。このLPレコードは、先ほどのProgressive Rock Catalogで知って、手に入れた。イギリスのバンドである。ここでのレコード評は、「ブリティッシュ・ロックのみが持つくすんだような光沢を放つ特異な流れの上を滑っていく」となっている。今となっては、少し地味かもしれない。後半キャメルを思い起こさせる部分もある。Big Sleep - Death Of A Hopeで聴くことができる。
 さて、「Music Box」からは有名所である。日本語のウィキペディアでは、ケルティック・パンク(パンク・ロックにケルト音楽の要素を持ち込んだ音楽)となっていた。同じバンドの曲をVHSテープには何曲か録画していた。ここでは視聴者数の多い代表的なヒット曲を紹介する。1987年の作品である。The Pogues Featuring Kirsty MacColl - Fairytale Of New Yorkである。

 

平成27年2月24日(火)

 明日から国公立大学の前期日程試験が始まる。38歳で結婚した私は、2人目の子どもである息子が去年一浪してようやく大学に合格した。遅まきながらその苦労は終えている。受験生もその親も本当に大変である。患者さんの話を聞いていても、孫が1浪して○○大学を受けるなど、親以上に心配している。特に浪人生を抱える親の気持ちは身にしみてよくわかる。本当に良い結果が出ますように、心よりお祈りします。
 先週はゆっくりできるかと思ったら、患者さんが出し忘れていた障害年金の診断書や新規の自立支援医療用の診断書などがどっと来ていた。どれも急ぐ診断書ばかりである。1通の障害年金の診断書は、私が初めて書くものであった。ところが、これまで他府県の医院で書いてもらっていた診断書のコピーがなく、その医院はとっくに廃院になっていた。障害年金の診断書は厳密である。初診日から始まって、これまで入院したり通院したりしていた医療機関とその治療期間を何年何月から何年何月までと、すべて書き出さなければならない。おまけに、依頼された患者さんは他府県で逮捕され、留置場の中であった。
 私は郵便物が来ても、すぐに開けず、数日放っておくこともある。なぜかというと、日によっては10通を越えることも珍しくないからである。封筒を見て、すぐに開封しなければならない書類か見分けている。中には、単なる請求書かと思っていたら、締め切りが間近に近づいていた提出物だったりすることもある。この患者さんは逮捕されていたことは知っていた。警察からの捜査関係事項照会書の回答を文書で出したばかりであった。(これもすぐに提出しなければならない。) 患者さんからの手紙は2〜3日放っておいた。日曜日に開いてみたら、すぐに書かなければならない障害年金の診断書がはいっていた。何とか苦労して、書きあげた。生活保護の患者さんだったので、後の手続きは福祉の担当の人に頼んだ。
 日曜日は、12時過ぎから医院に出てきて、こんな診断書を夕方5時半ぐらいまで書いていた。この日は前にも書いたように、確定申告の書類もまとめなければならなかった。ふだんの日の隙間時間にやったらいいが、なかなかやる気がしない。いつの間にか、日曜日に出てきて雑用をするという癖がついてしまった。月から土までは、患者さんの診察が終わると、なかなかやる気が起こらない。唯一ゆっくりできるのは、午後の外来のない木曜と土曜である。木曜日は午後から往診がはいるが、それほど多くない。火曜日の午後は往診もあるし、この日記も書かなければならない。
 実は、日曜日の夜6時から、東山医師会第4斑の班会があった。遅い新年会も兼ねている。場所は祇園の由緒あるホテルのフレンチ・レストランであった。飲み物はワインだけで、ビールは頼みそびれた。他の先生方はワインに詳しく、いいワインが出てきたようである。私は飲み慣れていないので、よくわからない。この日は13人の先生が出席していた。私より若い先生は1人だけであった。後は同じ年代かもっと上の先生である。私はこの5月に62歳になるので、内心早く引退したいと思っている。ところが、東山医師会は高齢化しており、私なんてまだ若手なのである。80歳を過ぎた先生も大勢参加されていた。
 同じ卒業年度の整形外科の先生が私の隣に座っていた。整形外科も診断書の多い科のようである。盆休みも3日ぐらいしかとっていないという。毎日朝から晩まで忙しく、唯一のストレス解消は夜に飲みに行くことだという。奥さんが毎日医院を手伝っており、大学の先輩になる内科の先生の奥さんも毎日受付の手伝いをしている。どちらがいいのか難しい所である。しかし、日常診療以外に、次から次へと来る診断書や書類、職員の供与計算から確定申告の書類の整理まですべて私1人でこなしていると、心情的には割り切れなくなる。
 この日も、班会が終わってからまた医院に戻り、残りの診断書を書いていた。会計事務所に出さなければならない書類はまた2ヶ月分たまってしまった。早く整理して、確定申告の書類とともに、今週の木曜日には送らなければならない。私は京都労働局の労災医員をしており、今年の3月で完全引退する予定であった。ところが、また来年も医員の継続を頼まれてしまった。最近は申請件数がどんどんと増えてきているという。きのうの月曜日に2件、今週の金曜日に2件私の医院で労災補償課の人と簡単な協議をする。それほど難しいケースはない。それでも、事前に送られてくるぶ厚い資料は、さっとでも目を通しておかなければならない。
 さて、唯一ゆっくりとできる土曜日である。この日だけは夜中の2時、3時まで起きていられる。しかし、今回のように、次の日曜日に山ほど書類を書かなければならない時には、早く寝るようにしている。この日の夜は、久しぶりに、京都駅裏のイオンモールに映画を見に行った。今話題の「アメリカン・スナイパー」である。予告編で、懐かしい映画の宣伝をしていた。数秒で、何の映画かわかった。私の大好きな「マッド・マックス」のリメイク版である。これも、是非とも見に行こうと思った。
 最近は評判のいい映画を見ていても、そこそこという作品が多くなった。年をとると、これまでの経験の蓄積ができているので、なかなか新鮮な感動が生まれにくくなっている。映画も数え切れないほど見てきたので、ちょっとやそっとのことでは驚かない。しかし、この映画は本当によかった。好みもあるが、これほど感動したと思える前の映画は何だったのか思い出せないぐらいである。佳作はいくつも見ている。イラク戦争に4度従軍したシールズの最強狙撃手を描いた物語である。実話に基づいているという。最後のシーンで少し唐突な印象も受けた。しかし、戦闘シーンが迫力があった。砂嵐に襲われる場面では、なぜか藤原新也の旅行記を思い出した。砂漠をおんぼろバスで横断している時に、砂嵐に襲われ、バスの中まで砂で覆われる話である。年に数回しか映画を見ない人にも推薦の映画である。
 さて、最後に今週読み終えた本である。本屋に寄ると、面白そうな本をすぐ買ってしまう。アマゾンで買った少し堅い本がなかなか読めない。松田賢弥「権力者 血脈の宿命」(さくら舎)である。副題に、安倍・小泉・青木・竹下・角栄の裸の実像とついている。著者は私より1つ年下で週刊誌などを中心に執筆活動を行うジャーナリストである。全部で10章に別れ、副題についている政治家だけではなく、小沢を含む10人の政治家や秘書について書かれている。最初の章が安倍晋三で、最後の章は小泉純一郎である。どの章を読んでも、政治家のどろどろとした権力欲が、これでもかと暴かれている。この本を読むと、誰を信用したらいいのか本当にわからなくなる。私は田中角栄などについて書かれた本は山ほど読んでいる。すべて読み捨てで、今残している政治家についての本は、魚住 昭 「野中広務 差別と権力」(講談社)ぐらいである。
 田中角栄の時代は中選挙区制で、派閥のボスにお金がかかっていたことは理解できる。時代も高度成長期であった。角栄の「政治は数、数は力、力はカネ」という言葉も紹介されている。娘の真紀子に関する本も当時読んでいた。この本でも再確認できたが、国民は何も知らず、こんな人に人気が集まっていたなんて今でも信じられない。竹下登について書いた本も読んでいた。この本では、リクルート事件で自殺した大物秘書であった青木伊平についても1章さいている。初めて、身内の者に対しては冷酷であった竹下の一面を知った。
 最近の政治家についてはあまり内情は知らなかった。まず初めに、小泉純一郎である。息子の進次郎で4代続く政治家一家である。離婚した妻のことについてはこれまで明らかにされてこなかった。4年間の結婚生活で、3人の子どもをもうけている。離婚したのは、3男を身ごもっている時である。19年間沈黙を保っていた妻が、小泉が首相に就任してから、2001年のサンデー毎日で「私がいたらなかった点が多々ある」と述べている。離婚から19年ぶりにメディアに登場した元妻に対して、首相秘書官の飯島勲は責め立てた。選挙区にはいるのを厭がった元妻に離婚の非があると終始非難していた。特に元夫である首相の悪口も言っていないのに、どうしてここまで過剰反応するのか、著者はいつものように選挙区を取材している。
 地元の人の話によると、元妻は赤ん坊の進次郎を抱いて横須賀中央駅に立ち、後援会の幹部から「ここで泣くんだ。なんでそんなこともできないんだ!」と怒鳴られていたという。朝から晩まで立つ姿を見せてボロボロ涙をこぼして歩けば、票が取れる。元妻は必死の形相で歩いていたという。選挙参謀を務めた人物も、「一生懸命やったというものじゃない。とにかく力の限り走り回っていた」と証言している。どうしてこんなに過剰反応して元妻をなじり倒したのかというと、3男を身ごもっていた妻を捨てたという秘密が世間に出ることを恐れたからである。金庫番である姉の信子については私も雑誌などで知っていた。女系家族で、純一郎は何一つ自分で決めることができなかったという。こんな所に嫁いだ妻も大変である。元家政婦も、どんなに別れた2人の子どもに会いたかったことかと、涙を浮かべて述懐している。離婚した当時、孝太郎は4歳で、進次郎は1歳である。著者は、小泉が首相に就いた頃、鎌倉の住宅街で元妻を待ち伏せして、インタビューを試みている。しかし、離婚のことについては重い口を開かなかった。子どもたちに迷惑がかかることを恐れたからである。高2になる進次郎のスナップ写真を見せると、「進次郎、こんなに大きくなったの」と言って泣き崩れ、あたりかまわず号泣したという。
 最後に、安倍首相である。私の立場は、改憲派である。しかし、首相の手法については不快感を催す。前から書いているように、靖国神社参拝も反対で、お友達内閣も反対である。最近の週刊文春に書いてあったことである。NHKのニュースウオッチ9の司会者が今年の4月から交代するという。大越氏の報道姿勢が安倍官邸にとって面白くないための更迭だとされている。これも気に入らない。この本では、父親の晋太郎の異父弟である叔父・みずほホールディングス元会長の発言も載っている。晋三は靖国神社参拝が国際的に「こころの問題だ」という理屈が通用しないとことがわかっていないと述べている。
 私は新聞は読むが、TVのニュースはほとんど見ている暇はない。たまたまNHKのニュースでドイツのドレスデン空襲70周年式典のことが伝えられていた。米英空軍の無差別攻撃で、最大見積もって15万人の市民が亡くなったという。攻撃した当事者側からも非難が出た空襲である。東京大空襲での犠牲者は10万人である。ドイツの大統領がどういう演説をしたかというと、先の大戦の深い反省を述べただけである。この本によると、安倍が目指しているのは、岸信介の真の後継者で、父親の後継者ではないという。しかし、どう考えても無理である。最初から頭の出来が違う。皇室が政治に関与することは厳しく禁じられている。しかし、天皇や皇太子の最近の発言を聞いていると、暗に安倍の発言を批判しているようにも聞こえる。
 さて、1番大事なことである。最初の話題に戻る。国公立大学の前期日程試験が始まる。親も子どもも一流の大学に入学することがいかに大変なことであるかと改めて思い知らされている。学歴のない人が社会で成功している場合は、誰に聞かなくても(思想信条に賛同できるかは別にして)、その人物がとんでもない才能があり、実力のある人物だとわかる。政治家の子どものように、恵まれた環境にいて、大した大学を出ていない場合である。どう解釈したらいいかである。
 小泉進次郎は関東学院大学を卒業後、コロンビア大学大学院で政治学修士号を取得している。私は英語の勉強をしているので、この経歴には懐疑的である。理系ではないので、バイリンガルに近いぐらいの語学力が必要である。たった2年ですべてを英語で終了するのは至難の技である。入学に各国の政治家枠があるにしても、とんでもない学歴ロンダリングのような気がする。前から書いているように、一流の民間会社の社長をできの悪い息子が引き継ぐのを反対しているわけではない。親の七光りで子どもが民間の一流企業に就職してもかまわない。しかし、日本という国を担う国会議員は別である。世襲で国会議員が選ばれるのは大反対である。
 官僚は決して世襲制ではない。東大に合格して、優秀な成績を修めないといけない。課長になるまでは、安い給料で滅私奉公である。私の息子は去年母校を受験して落ちている。100人いる同級生で、子どもを母校に入学させている親は2人しか知らない。それだけ、公平な競争原理が働いているからである。田原総一朗や大前研一などはよく官僚を批判している。しかし、官僚を批判する前に、政治家そのものを非難しなければならない。官僚も所詮サラリーマンなので、官邸の意向は無視できない。この日記でも紹介したように、日本の政治家はLawmakerではなく、単なるロビイストである。どういうことかというと、自分たちに法律を作る能力はないので、官僚にこういう法律を作ってくれと命令(お願い?)するのである。
 どうして世襲が続くかというと、隠れた利権があるからである。中国に対するODAの3%は政治家の懐にはいっていたことはここでも紹介した。まさに、「国のお金を盗んではいけませんよ」と道徳の授業を真っ先に受けなければならないのは、小学生ではなく国会議員なのである。今はどうなっているのかも気になる。公共事業の口利き料もまだあるのかよくわからない。世襲が続く時は、権力は必ず腐敗する。マスコミは小渕優子や農相のスキャンダルで大騒ぎしている。しかし、私から見たら巨悪から目をそらせるためのガス抜きとしか見えない。マスコミが今すぐやらなければならないことは、国会議員の世襲制を禁じるキャンペーンである。歌舞伎とは違うので、政治に血筋はいらない。学力低下の著しい世襲議員たちに日本を牛耳らせていたら、わが国の将来はない。戦後レジームの真の脱却とは、大して才能のない人が世襲でみこしの上に乗って地元に利益誘導を図ることではなく、「ジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)」のない有能な若い人が政治家になれるシステムを築くことである。

今週の愛聴盤 135 (150224)

666 / Aphrodite's Child
666 / Aphrodite's Child

 最近紹介していたアルバムはプログレの中でもあまり知られていないアーティストばかりであった。きょう紹介するアルバムは、日本でも発売されていたLPレコードである。ヨーロピアン・ロック特集のように、後にシリーズとなって発売されたものではない。実際に、当時リアルタイムで出ていたものである。後にCDで再発されているアルバムもある。このコーナーでは、私が当時のLPレコードを今でも残していると証拠のために、LPレコードを持っている者しか知り得ないことを、さりげなく書き込むようにしている。
 マニアックなプログレファンでなくても知っているギリシアのバンドである。発売されて40年ほど経っているので、若い世代の人は知らないだろう。原盤は1972年に出て、日本フォノグラムから1976年に2枚組で発売されている。「炎のランナー」などの映画音楽で知られているキーボード奏者のヴァンゲリスが在籍していた。ヴァンゲリスのアルバムは1枚ぐらい残しているかと思ったら、見つからなかった。中にはいっている日本語の解説を読むと、アフロディーテとは愛と美の神で、ローマ神話のヴィーナスにあたるという。アルバムタイトルになっている「666」は、旧約聖書における天地創造の7という数字は完全を意味し、6は不完全で不吉を意味し、それが3つ並んでいると当時まことしやかに伝えられていた。しかし、日本語の解説を読むと、1度読んだだけでは理解しがたいややこしいことが書いてあった。
 さて、YouTubeにはフルアルバムもアップロードされている。よっぽど熱心なファン以外、すべて聴くのは無理である。ここでは、代表的な曲を紹介する。まず、Aphrodite's Child - Aegian Seaである。次に、1番視聴者数の多い曲である。Aphrodite's Child - The Four Horsemenで聴くことができる。
 次のアルバムも日本で発売されたLPレコードである。日本語の解説がはいっていなかったので、最初はイタリアの原盤かと思った。日本盤は必ず日本語のライナーノートがついていたので、どこかになくしてしまったのかもしれない。どうして日本盤とわかったのかというと、裏のジャケットの下に、¥2000と書いてあったからである。日本のレコード会社の名前は書いてなかったので、わかりにくかった。 日本でいつ発売されたのかはわからない。Photo of Ghosts / Premiata Forneria Marconi(1974年)である。今回久しぶりに聴いて見たら、当時の衝撃を思い出した。40年以上前の曲とは思えないほど、新鮮である。PMFはその後たくさんのアルバムを出している。ライブの名盤と言われているCook / PFM(1974年)の再発CDも持っている。しかし、私の好きなアルバムはこれである。
 まず、記念すべき第1曲目を紹介する。PFM - River Of Lifeである。このアルバムもフルアルバムでアップロードされていた。全曲ほとんど最後まで聴いてしまうほど、よかった。昔は、今のようにインターネットもなかった。TVでもラジオでもほとんど放送していなかった。わずかなプログレ雑誌の情報を頼りに、直接LPレコードを聴くしかなかった。今は当時手に入れることができなかったアルバムもすべて無料で聴ける。最後に、視聴者数の多い曲を紹介する。前にも書いたように、私はNHKBSの「Music Box」で、かろうじて1990年代初めぐらいまでの音楽を追い続けることができた。2002年に来日していたことは知らなかった。PFM - E Festaで聴くことができる。曲名はイタリア語であるが、同じアルバムのCelebrationである。
 さて、今あげた「Music Box」からである。今回もメモを頼りに調べてみた。今回はイギリスのシンセポップである。1989年の作品である。バンド名かと思ったら、日本語のウィキペディアによると、スコットランド出身のミュージシャンである。現在は大阪に拠点をおいて、文筆活動もしているという。Momus - Hairstyle Of The Devil で聴くことができる。

 

平成27年2月17日(火)

 中国の春節(旧正月)が19日からだという。昔は中華圏などを旅行するときには、この時期に当たらないように気をつけていた。最近は京都駅付近を歩いていても、観光客がめっきりと減っている。こんな寒い時期に本当に中国人や台湾人の観光客が増えるのか、気をつけて観察しようと思う。この春節は25日までである。きょう発売の週刊スパ!によると、この時期の日本への航空運賃は日本のゴールデン・ウィークや盆の時のように値上がる。それでも、高い運賃で日本に来ても、充分にペイするという。高級炊飯器や温水洗浄便座などを買って帰ったら、高く転売できるからである。この記事を読んで、日本でも昔似たようなことがあったと思い出した。わざわざパリまでの航空運賃を払ってまで、ルイ・ヴィトンなどの高級バッグを買ってこさせるツアーがあったのである。
 先週の土曜日は、いつもお世話になっている精神病院の懇話会があった。最近でも、2名の統合失調症の患者さんがお世話になっていた。外来をしていると、どうしても急激に精神症状が悪化する患者さんがいる。そういう時には、いつも迅速に入院で対応してもらっている。最初に、簡単な講演会があり、その後で懇親会である。今回の特別講演は、府立医大准教授による「摂食障害の社会機能」であった。最近の知見をわかりやすく、要点をまとめて聴くことができた。こんな言い方をすると誤解を招きやすいが、今でも慢性化してなかなか治りにくい疾患だと再確認できて、少しほっとした。どういうことかというと、どんな病気でもなかなか改善しないと、自分のやり方が悪いのではないかという懸念が常につきまとう。専門家が診たら、もっとよくなるのではないかと思ったりするからである。
 今回の講演で知ったことであるが、摂食障害の患者さんの社会機能は統合失調症の患者さんと同程度か低いという。他人との交流で傷つきやすく、引きこもりがちとなり、独自のルールを持っているので、作業療法や集団療法などになじみにくい。京都では、摂食障害者支援団体 「SEEDきょうと」 がある。ここでも活動をしていて、本当にご苦労様である。私はこれまでアルコールや薬物依存関係の患者さんを大勢診察してきた。今の若いドクターは覚醒剤中毒の患者さんなんて、あまり診ていないと思う。断酒会に関わっていたこともある。本格的にアルコールや薬物依存の患者さんと関わろうと思ったら、それこそ片手間では無理である。一生捧げるぐらいの覚悟が必要である。誤解を招きやすい表現をまた使うが、実際、労多くして功少なしという面もある。だから、今は京都府警関連の留置人やダルクやNAなどから落ちこぼれた人を細々と診ているぐらいである。摂食障害の患者さんと本格的に関わろうと思ったら、同じぐらいの覚悟が必要だと思った。
 懇親会では、今でも仕事をしている高齢の先輩の先生や後輩の先生と話をした。病院を含め、ほとんど母校の大学関係の先生である。同じテーブルについた先生も全員顔なじみである。ふだんはなかなか精神科の先生と接する機会はない。私は酔っ払うとついついしゃべり過ぎてしまうので、気をつけなければならない。私の隣に座っていた70歳を過ぎた先生は、能に凝っているという。能のことについては、生き生きと話す。61歳というのは中途半端な年齢である。私も残りの人生で、仕事以外に何をしたらいいのかいつも考えている。長いこと中断していたCNNのニュースを最近また見るようようになった。TOEIC900点を目指していたが、今はどうでもよくなった。最高点は2004年の865点である。10年経って、ヒアリングは向上していると思う。いつもかけ声ばかりで、なかなか中国語の勉強ができていない。今年の夏は中国旅行を計画しているので、4月から語学教室に通い、本格的に勉強しようかと思っている。
 さて、最後に今週読み終えた本である。渡邊賢太郎「なぜ日本人は、こんなに働いているのにお金持ちにならないのか?」(いろは出版)である。本屋で並んでいるのを見つけ、発作的に買ってしまい、あっという間に読んでしまった。副題には、21世紀のつながり資本論と書いてある。帯には、大きな字で世界40ヶ国を旅して分かった!お金の仕組みとある。読み終わって作者の紹介を見てみたら、立命館大学アジア太平洋大学卒業し、大手証券会社に勤めている。リーマンショックを機に退職し、20011年5月〜2013年4月まで2年間で40ヶ国訪れる世界1周の旅に出ている。出版社は、同じ京都である。発売日は2月14日となっていた。私が買ったのは、2月12日である。まだ数日しか経っていない。著者は今年33歳になる若者である。私の年齢からすると、ツッコミ所もある。しかし、年寄りが若者の提言について、あーだこーだと非難するのはよくない。こういう主張の中から、社会を変えるパラダイム・シフトが出てくる。
 同じ京都の出版社でまだ発売されたばかりの本なので、今回は印象に残ったことを簡単に書き記す。ここに書いてある、日本人は世界一お金のことは知らないとうのはまったく賛成である。「お金は汚いモノ」という無意識な誤解のもと、お金に関する教育をほとんど受けてこなかったというのもうなづける。学校では道徳教育より、お金に関する教育をもっとしたらいいと思う。どうしてかというと、国民が医療費を含め、社会福祉費に対するコスト感覚にも乏しいからである。少子高齢化社会を迎え、借金大国になっているのに、何の対策も打たず、ただ先延ばしになっている。世界で初めて一般向けの定価販売を始めたのは、越後屋(後の三越)だという。昔読んだ本に、定価のない中東の国では、同じ物を3つ頼むと、値段がディスカウントされず、反対に3倍以上請求されたという。それだけ買い手がその品物を高く評価しているということで、値段が上がるのである。
 著者の旅はバックパッカーの旅である。コロンビアのスラム街の近くでは強盗に襲われ、パスポートからカメラ、現金などすべて奪われている。これだけあちこち旅行しているのに、宿泊代はほとんどかかっていない。そのことが、副題のつながり資本論と結びついていく。私が要領よくまとめてしまったら、この本が売れなくなる。興味のある人は、是非とも手にとって読んで下さい。

今週の愛聴盤 134 (150217)

Fuseg / East
Fuseg / East

 今回選んだアルバムはどこの国のアーティストで、どんな曲だったかまったく覚えていなかった。Eastという一般的な単語で調べる時には、目的の動画を探すのが難しい時がある。必ずしもバンド名に当たるとは限らないからである。アルバム名と組み合わせでもヒットしない時もあれば、曲名との組み合わせでもヒットしない時もある。中には1〜2曲しかアップロードされていない場合もあり、1つ1つすべての曲と組み合わせて調べていくのも大変である。なかなか探し出すことができない場合は、最初から1曲もアップロードされていない可能性もある。幸い、今回はすぐに見つけることができた。ハンガリーのバンドで、1982年の作品である。
 曲名には、ハンガリー語に英語が書かれている。アルバム名のFusegはfaithである。YouTubeには他のアルバムからもたくさんの曲がアップロードされていた。ファースト・アルバムは日本のキングレコードから「ヨーロピアン・ロック・コレクション」としてオリジナルより大分遅れて発売されていた。この中の曲としては「East - Nezz ram (Jatekok, 1981)」がよかった。今回紹介するアルバムからも何曲かアップロードされていた。「East - En Voltam.... [It Was Me]」が聴きやすい。興味のある人は自分で検索して下さい。
 今回は他にもいい曲があったので、こちらの方を紹介する。Eastと書いてあっても、必ずしも同じバンド名とは限らない。特に、冷戦時代は東側という意味もある。これから紹介する曲は偶然にも同じアルバムからである。アルバム名はRadio Babel / East(1994年)である。YouTubeでは1993年となっている。ハンガリー動乱が起きたのは1956年である。ベルリンの東西の壁が崩壊したのは1989年である。最初に紹介する曲のタイトルをグーグル翻訳を使って調べてみた。意味のわからない翻訳が出てきた。「恐怖によって分割」という言葉が含まれていた。East - Ha Zaszlot Bont A Felelemで聴くことができる。次の曲も同じアルバムからである。。East- Szel repitsenである。
 さて、当時の共産圏のバンドというと、よく覚えているバンドがある。レコード棚から出してみると、ずっしりと重かった。2枚組かと思ったら、ぶ厚い冊子がはいっていた。Egon Bondy's Happy Hearts Club Banned / Plastic People of the Universe(1978年)である。チェコスロバキアのバンドである。プラハの春は1968年である。アルバム名はビートルズの「サージェント・ペパーズ〜」をもじっている。bannedは禁止されたである。久しぶりに聴いてみたら、通好みの曲作りであった。まず、The Plastic People of the Universe - Magicke nociである。こちらの方がオリジナルジャケットである。最後に、同じアルバムから、Plastic People of the Universe - Toxikaを紹介しておく。
 さて、いつものように「Music Box」からである。今回もメモを頼りに調べてみた。イギリスのバンド名かと思ったら、歌手の名前のようである。サントリーのTVコマーシャルにも使われた曲だという。このアーテイストの名前では、もう1曲VHSテープに録画していた。曲名は「Everything's Coming Up Roses」である。今回紹介する曲の方が私好みでる。1987年の作品であるBlack - Wonderful Lifeで聴くことができる。

 

平成27年2月10日(火)

 明日は祝日なのでバンザイである。開業しても、休みになるとうれしい。今月は今のところそれほどややこしい書類は溜まっていない。明日で何とかなりそうである。後は、確定申告の書類の整理である。これは、今月の終わりに、12月分の保険収入が確定してからである。きょうは1件だけ往診に行ってきた。これからこの日記を書かなければならない。明日は休みでも、なかなか楽はさせてもらえない。
 最近、高齢の精神科の先生が相次いで廃業している。少し前の分を入れると、同じ東山区で2件である。他にも、北区や山科区でも廃業している。それほど多くはないが、私の医院にも紹介患者さんが来る。中には、ベゲタミンAや睡眠導入薬などが比較的多く使われている患者さんもいる。私の世代やその上の世代はベンゾジアゼピン系の精神安定剤や睡眠導入薬、バルビツール酸系薬物を多く使ってきた。だから、その薬で安定している患者さんについては内心無理に減量する必要はないと思っている。しかし、今やベンゾジアゼピン系の睡眠導入薬や精神安定剤、ましてやバルビツール酸系の薬物は極悪者扱いである。40代の医者でも、今の医学教育は徹底している。ハルシオンやロヒプノールを処方したら犯罪者扱いされかねない。
 私が大学の精神科に入局した時には、教授の外来についてカルテを書いていた。この時に、ヒステリーや亜混迷の患者さんについては、イソミタール・インタビューが行われていた。イソミタールをゆっくりと静脈注射するのである。そうすると、押し黙っていた患者さんがしゃべり出すようになる。一種の自白剤みたいなものである。イソミタールの粉末はどうしても眠れない患者さんに使っていた。昔は私だけではなく、教授もみんな使っていた。薬物中毒の人に使うわけではないので、どんどんと量が増えるわけでもない。少量使うと、睡眠は確かに改善していた。大量服薬したり、リストカットをする患者さんが増えてきたので、今では使わないようにしている。昔から使っている人は数人いるだけである。今回紹介患者さんの中にも1人いた。
 どうしてイソミタールやベンゾジアゼピン系の薬物を長いこと使っていたかというと、副作用で何も悩んでいなかったからである。今は薬物依存の副作用などが昔と比べたら100倍以上強調されている。普通の人に使っていて、薬物依存で悩んだことは本当に思い出せないぐらいない。急激な中断で離脱症状は出現するので、これだけは注意したらいい。漸減法で何とでも対処できる。覚醒剤や危険薬物をやるような人は、医薬品でも何でも乱用する。こういう人を見て、依存性が高いと強調するのはおかしい。リストカットや大量服薬を繰り返す境界性人格障害の人も同じである。
 前にも書いたように、欧米でここまでベンゾジアゼピン系薬物が悪者扱いされるのは、もっと値段の高い新薬のSSRIやSNRIに移行させるためだったのではないかと私は勝手に想像している。これらの薬は抗うつ作用だけでなく、抗不安作用もある。安価で即効性のある精神安定剤を駆逐するために、戦略的なキャンペーンを組んだ可能性が高い。お前の妄想を勝手に話すなと言われそうである。しかし、SSRIが世の中に出た時には、欧米の著明な雑誌に、高名な精神科医たちが製薬会社から多額の謝礼を受け取り、ゴーストライターにその有効性を強調した論文を書かせていたのである。これは私の妄想ではなく、隠しようのない事実として知られている。これは精神科だけはなく、他の科でも行われていた。その中でも、SSRIが突出してひどかっただけである。
 欧米の巨大製薬会社のやるマーケッティング手法は、日本人の想像を遥かに超えている。この日記でも書いたが、最近、ベンゾジアゼピン系睡眠導入薬を服用している人はアルツハイマー病になりやすいという論文が出た。しかし、事実としては、アルツハイマー病になる人は不眠をきたしやすいだけの話である。私はベンゾジアゼピン系薬物の悪口を書いた論文は、これも製薬会社から研究資金が出ているのではないかと勝手に想像している。(少なくても、SSRIのゴーストライター問題が公になる前はほぼ間違いないと思っている)今回、ネットでベンゾジアゼピン系薬物の副作用を書いたホームページをいくつか読んでみた。「可能性があります」とか、「もたらすことがあります」と書いてある。この程度のことなら、私もSSRIの副作用を同じように強調して書くことができる。
 常用量依存については否定する気はない。安易に大量処方するのは、もちろん控えなければならない。体調の波があるように、睡眠についても波がある。眠れなくなった時に合わせて薬を増やしてしまうと、どんどんと増えてしまう。最近は睡眠スケジュール法など新しい治療法も出ている。これで有効な人はこれでいい。しかし、これでも眠れない人は大勢いる。睡眠に関しての大家が、ベンゾジアゼピン系薬物をいくら増やしても、GABA受容体に結合する量は決まっているので、意味がないとある講演で述べていた。一見科学的な説明のように聞こえる。しかし、私は懐疑的である。臨床経験から、ベンゾジアゼピン系薬物の効き方には、アルコールのように個人差があるからである。また、脳内で実際に起こっていることについてはまだよくわかっておらず、他にも介在する未知の物がたくさん存在する可能性が高い。日本でのベンゾジアゼピン系薬物の使用量が欧米の諸国と比べて多いというのは間違いである。睡眠導入薬だけは多いようである。このあたりのことについても、そのうち本気で調べてみようと思う。
 どうして、これだけくどくど書いたかというと、最近私の患者さんがある病院に内科的な問題で入院した。付き添いの人の話なので、どこまで本当なのかわからない。この患者さんにはベゲタミンAとロヒプノールを処方していた。若いドクターから、「こんな薬の処方は時代遅れで、間違っている」と言われたそうである。大分前に、イソミタールを使用していた患者さんが、ある精神病院で「こんな薬を飲んでいたら廃人になる」と言われたこともある。私も時代の流れに逆らうつもりはない。しかし、若いドクターから時代遅れの老いぼれ医者みたいなことを言われると、心外である。若いドクターはここに書いたことは知識として知っておくことは必要である。そうでないと、これからも製薬会社の話を鵜呑みにして、ただ言いなりになるだけである。
 私は最近覚醒剤や薬物中毒の人に薬を処方する時にはこの話を利用している。どういうことかというと、あまり薬を出し過ぎると、時代遅れのヤブ医者扱いされると言っている。これでも納得しない患者さんには、ダメ押しの話をする。プロの精神科医として仕事をしていて、何が1番いやなのかわかるかと聞く。ヤクザでも警察でも同じである。シロウトから何を言われても気にしない。1番いやなのは、プロの精神科医として仕事をしていて、同業者のプロの精神科医からバカにされることである。こう話すと、あーだこーだと言っていた人もなぜか黙る。
 最後に、今週読み終えた本である。今話題の、谷崎光「日本人の値段」(小学館)である。副題には、中国に買われたエリード技術者とついている。著者は北京在住14年目の女性作家である。2011年に日系企業が世界で雇う現地従業員522万人のうち、中国人は168万人である。最後の方で、日系企業の技術流出にも書いている。今は中国で基幹技術を開発する日中共同研究所が流行しているという。ここから技術流出が起こり、軍事に転用される恐れもあると著者は指摘している。他人の国で金儲けするということは、両刃の剣であるとも述べている。元日本企業勤務の技術者の流出も、経済問題だけではなく、技術者自身の技術の発露への欲求も関係している。技術者は自分の技術を生かせる所で生かせたいと願っている。
 ここでは、最初に、中国の自動車メーカーの研究所で働く元日本企業勤務の技術者に取材している。ヘッドハンターされて、中国にやってきている。中国企業で働く、日本人の車のエンジニアで、1年で3600万円の報酬を受け取る人はけっこういるという。多いのは、2700万円程度である。日本人のエンジニアは信頼性に命をかけているのに、中国人の安全知識は極端に低い。中国の会社では不正のチームが張り巡らされている。これは自動車関係だけではなく、次に取りあげる家電でも同じである。職場の仲間内で、部品を安い物にすり替えて差額を山わけしたり、正規品を他社へ売り飛ばす。中国では命の値段は消費者が持ち、成功したときの利は企業のものという図式ができあがっているという。中国の企業というのは、国営も民営も基本的には政府と黒社会の財布とも書いてある。集団で開発する大がかりなプロジェクトができるのは、単一民族の日本だけというのは他の本にも書いてあった。2008年の日本の車の世界シェアは3分の1であったが、2011年には4分の1まで落ちた。ところが、2009年には中国の自動車生産台数はアメリカを抜き、世界第一位となった。世界での人材獲得戦争はすでに始まっている。
 この本では、中国ナンバー1の家電メーカーに勤める元大手企業の日本人技術者にもインタビューしている。この人の給与は1400万円である。職務発明のことも詳しく書かれている。個人の発明と研究環境を与えた企業の貢献である。まず、発明者が権利を持つが、勤務先には無料で使わせるである。他に、発明者が特許を受ける権利を企業に譲渡するが、会社は相当の対価を払わなければならないである。この日本人技術者は多い時の実施料の1度の受け取りは30万円ぐらいであったという。これも他の本で読んだことである。日本ではNHK総合テレビの「プロジェクトX」が大人気であった。番組の内容は、日本の企業が新製品の開発プロジェクトなどでいかに困難を乗り越えて克服してきたかというドキュメンタリーである。日本のテレビ番組は中国では評判がいいのに、この番組だけは受けなかった。どうしてかというと、登場人物がこんなに画期的な技術開発をしても、お金持ちになるわけでもなく、ふつうのサラリーマンで終わっていたからである。
 この日本人技術は最初の希望退職者を募った時、48歳でやめている。会社から引き留められたが、外で食べていける人からやめるという。特許は属地主義で、国際的に統一された法はないという。自国内で他国の特許をタダで使って生産、販売するのは合法である。しかし、先進国の技術者はそれをやらない。韓国と中国は別である。もちろん、その特許を持っている国に製品を輸出することはできない。特許を出願して1年半経つと、自動的に内容が公開になる。外国からパクられ放題になるので、本当にコアで革新的な技術は逆に特許を出願しなくなっている。中国の研究所は、研究開発をする所ではなく、買ってきたものをバラして単に設計する場所だという。他社の新製品を分解して研究するのは、リバースエンジニアリングと言われる。どこのメーカーでもしていることである。韓国で技術指導の誘いにのって行くと、夜の接待で韓国ナンバー1みたいな整形した美人がやってくる。ここで大抵の人は落ちるという。中国は韓国のように、人材獲得に女性を使うことはない。しかし、格差社会で、若い女性や水商売の女性は簡単に手に入る。「お金はモテますが、私はモテません。そこをハキちがえてはいけない」とためになることも言っている。
 ここでは大手外資系のヘッドハンターをしている敏腕女性も出てくる。正式な英語名は、エグゼティブ・サーチである。年収1000万円以下の人材は扱わない。中国企業から支払われるマージンは送り込んだ人の年収の25〜30%である。求人の技術者は自動車や家電だけではなく、食品の冷凍技術など多岐に渡る。求人の激増と逆に、この1,2年は求人に応じる人は激減している。1番の理由は、中国の環境汚染である。著者によると、本当に能力のある女性は外資、それも東京で働いているという。日本は男尊女卑というのも同感である。社会的スキルが高いと、「こうあるべき自分」は実現できるが、「こうしたかった自分」は置き去りになると、鋭い意見も述べている。この本は単なる現在の社会現象について書かれたものではない。日本と中国のりっぱな比較文化論になっている。
 最後に、この前の日曜日に苦労して作った動画である。バンコクから飛行機でスラーターニに行き、ここから市内のミニバス乗り場に行き、ラノーンに行った。ラノーンから小型ボートでミャンマーのコートーンに渡る。その後、ラノーンに戻って温泉に行った。翌日はスラーターニーに戻り、日中を過ごした。音楽は、25年ぐらい前にチェンマイのタクシーの中でかかっていた曲である。気に入ったので、カセットテープをお金を払って譲ってもらった。動画については、久しぶりの自信作である。monmonTravel - Thailand 1で見ることができる。

今週の愛聴盤 133 (150210)

Allez-Teia / Heldon
Allez-Teia / Heldon

 今回最初に選んだアルバムを、初めに紹介するつもりであった。しかし、YouTubeで調べてみたら、好きな曲はあまりアップロードされていなかった。このアルバムを最初に取りあげようと思って、同じフランスのアーティストの中から2枚目を選んでいた。ところが、こちらの方がいい曲が何曲もアップロードされていた。急遽、紹介する順番を逆にした。最近はネットよりも、マーキームーン社の「フレンチ・ロック集成」(1994年)を使って調べている。今回は他の本にもあたってみた。エルドンは有名なので、昔はあちこちの雑誌で紹介されていた。フールズ・メートのスペシャルストックパート1(1980年)とパート2(1981年)で調べてみた。しかし、ここには載っていなかった。パート1では未公開名盤100選、パート2では未公開名盤150選が紹介されている。ロック・マガジンやフールズ・メート、マーキームーンの月刊誌はかなり残している。ロック・マガジンの古い本は1977年である。1冊1冊を調べるのは面倒なので、結局「フレンチ・ロック集成」に戻る。1975年の作品である。
 まず、曲名からして、ロバート・フリップの信奉者だとわかる。ロバート・フリップはキング・クリムゾンのリーダーである。メンバーのリシャール・ピナスは、ソロで何枚もアルバムを出している。以前にこのコーナーでも紹介しようとして、見つからなかったIceland / Richard Pinhas(1979年)も今回はあった。さて、A面の1曲目である。Heldon - In Wake Of King Frippで聴くことができる。このアルバムでは「Omar Giop Blondin」もよかった。見開きのアルバムジャッケトの内側には、Fripp & Enoに捧げると書いてあった。しかし、曲はアップロードされていなかった。
 「フレンチ・ロック集成」ではわざわざエルドンの章を設けている。評者の意見では、Interface / Heldon(1978年)が最高傑作となっていた。他のアルバムからの曲もたくさんアップロードされていた。ここでは、私好みの曲を紹介する。まず、視聴者数の多い曲である。Heldon - Only Chaos Is Realで聴くことができる。最後に、私が1番気に入った曲である。特別なアルバム(シングル・アルバム?)のようで、CD化されていない。CDで再発されていたら、買いたいぐらいである。ノイズがはいり、音の状態は最悪である。それでも、よかった。見覚ええのある名前を曲名に見て、もう40年になるのかと思った。Heldon - Baader-Meinhof Blues / O.D.B.である。
 さて、最初に紹介しようと思ったアルバムである。Dans Quel Etat J'erre / Booz(1979年)である。このアルバムはよく覚えている。曲ではない。何かというと、最初に聴いた時に、どこがいいのかさっぱりわからなかったからである。雑誌では高い評価を受けていた。しつこいほど何回も聴いたが、結局そのよさがよくわからなかった。今回久しぶりに聴き直してみると、なかなかよかった。ここでは、1曲だけ紹介する。Emmanuel Boozは元々はフランスのシャンソン歌手のようである。アップロードされていた他のアルバムの曲も聴いてみたが、ぜんぜんプログレしていない。Booz - La Symphonie Catastrophiqueで聴くことができる。
 さて、最後に、私がVHSテープに録画した「Music Box」からである。今回もメモを頼りに調べてみた。1回チェックしただけなので、もう1度曲を聴き直してみないとわからない。最初の1曲目でそこそこよかったので、紹介する。アイルランドのバンドである。1990年の作品である。今回も、この動画であったのかもうひとつ自信はない。The Stunning - Brewing Up A Stormで聴くことができる。

 

平成27年2月3日(火)

 先週は、ふだんお金が必要な時にしかメールを送ってこない娘から手紙が届いていた。内容は娘の今後のことについてであった。最後に書いてあったのは、この日記で娘のことや弟のこと、母親のことを書くのはやめて欲しいということであった。娘がこの日記を読んでいるとは思ってもみなかった。それはそれで、父親の苦労が少しでもわかってくれたらいいと思う。息子は私には何も言わない。しかし、家族を代表しての意見のようであった。書くことがないと、ついつい家族のことを話題にしてしまう。年をとると、子どもたちはどんどんと自立していく。異性のパートナーを見つけたり、新しい家庭を築いていく。親も子離れが必要である。しかし、年老いた患者さんを診ていると、それこそ話題は自分の子どもや孫のことぐらいしかなくなっていく。そのことと、実名でネットに日記を書くことは別である。子どもたちがいやがっているなら、行事的な出来事以外は極力書かないようにしようと思う。すでにこれまでの日記を読んでいる人は、なるべく早く忘れるようにして下さい。
 ついでに、前回の日記で、数千万円の買い物をしたと書いた。徳川埋蔵金の発掘資金でも、AVメーカーの設立でもない。人生の最後にしたかったことである。以前にマンガに出てきた話である。子どもに遺産を譲りたくなくて、全身美容整形する婆さんが出てきた。もちろん、若返りでもカツラでもない。性欲が衰えてきて、愛人も必要ない。人生は1度しかないので、もっと若いうちに、経験しておいてもよかった。最近、女性の患者さんが世話をしていた親戚の人が亡くなって、かなりの額の遺産を相続したという。しかし、70歳を越えているので、もう何も欲しい物もしたい事もないという。足腰が悪いので、旅行も無理である。今さらステーキを腹一杯食べたり、高級マグロを食べたいとも思わない。手押し車で、エルメスのバーキンを持って、近所のスーパーに大根を買いに行っても仕方ない、私がよく思うのは、80歳を過ぎて寝たきりになって、3億円の宝くじが当たってもあまりうれしくないということである。神様の嫌がらせかと思う。人生の最後なので、身体が元気なうちに、自分のためにお金をぱっと使ってみたい。しかし、何千万円と書いたのは、誤解を招くようである。何千万円ではなく、一応、何千円に訂正しておきます。
 この前の日曜日は、車のエンジンがかからなかった。場所は医院の駐車場である。仕方ないので、またJAFを呼んだ。いつの間にかバッテリーが上がっていた。しかし、まだ新しいバッテリーなので、交換の必要はない。どうして切れたのか原因は不明であった。14年乗り続けているので、老朽化しているのかと思った。これも、あまり関係ないようである。この時に知ったが、走行距離はまだ7万キロにも達していなかった。何のために車を使おうとしたのかというと、京都駅近くのマンションに行くためであった。実は、今週の愛聴盤のために、すでに候補の曲は選んでいた。ところが、医院でYouTubeで調べていたら、好きな曲がアップロードされていなかった。仕方ないので、自分でアップロードすることにした。LPレコードからパソコンに録音したり、ジャッケットなどを写真で撮らなければならなかった。バッテリーを充電するために、1時間ほどエンジンをかけ続けなければならないと言われた。駐車場は離れているので、医院の前でエンジンをかけ続けた。マンションから帰ってきて、夜遅くまでYouTubeにアップロードする動画を作っていた。
 きょうの午前中の外来の後は、往診であった。今回は1人の患者さんが新規で増えていた。お年寄りの1人暮らしで、これまで私の医院まで通院できていた。しかし、最近体調を崩し、往診が必要になった。今はグーグルのマップで簡単に場所を調べることはできる。先に車で別の2人の患者さんの往診に行き、その後で行った。ところが、住んでいるマンションが見つからない。何件かそれらしき建物が建っていたが、名前が違う。何も書いていないマンションにはいって、同じ部屋番号の呼び鈴を鳴らしたが、応答はなかった。こういう時には、電話で確認するのが1番いい。しかし、スマホは持ってきていなかった。どうしてかというと、カバンがカルテや湿布などを入れた薬でぱんぱんになり、血圧計をやっと押し込むことができたぐらいである。スマホを入れる隙間がなかった。考えたら、いつもとは違う大きなカバンを使ったらよかっただけである。仕方ないので、また医院まで戻り、電話して確認した。言われた建物にはいったが、まったくマンションの名前が出ていなかった。患者さんは出ているといったので、往診の帰りにまた確認した。何と、マンションの名前だと思った管理会社の看板の上に、ほとんど読めないぐらいかすれた字で名前が書かれていた。
 先週の土曜日は久しぶりに本屋に寄った。前にも書いたように、本屋によると読めない(読む時間のない)本まで買ってしまうので、最近はあまり近づかないようにしている。新聞や雑誌で読む書評もだめである。面白そうな本はアマゾンですぐ注文してしまう。前から同じ本屋に積んであった本である。面白そうだったので、つい発作的に買ってしまった。その後は、土日で一気に読んでしまった。読みやすい本ばかり読んでしまうので、読みかけの少し堅い本はいつも置き去りになる。田原総一朗・百田尚樹「愛国論」(KKベストセラーズ)である。翌日の朝刊に、「NHK経営委員を百田氏退任の意向」と書いてあった。
 私は以前は百田以上に、自虐史観については反発していた。平成15年に出版された渡邊昇一「渡邊昇一の昭和史」(WAC)を残しているぐらいである。この本1冊で、自虐史観を否定できると信じていた。本屋に行ったら、この日記でも取りあげたことのある稲垣武「『悪魔払い』の戦後史」(文藝春秋)の改訂版が出ていた。私の残している本は、平成6年9月に出た第3刷である。副題は、進歩的文化人の言論と責任である。私の若い頃には、共産主義革命を夢見ているような左翼系知識人が寝ぼけたことばかり言っていたので、この本は今でも通用すると思う。
 私は学生運動が吹き荒れた後のポスト団塊世代(昭和28年生まれ)なので、左翼的な言動については冷めた目でみていた。こんな私が変わったのは、1冊の本を読んでからである。神保哲生・宮台信司「中国―隣りの大国とのつきあいかた」(春秋社)である。この本が出版されたのは平成19年なので、まだ7年ちょっとしか経っていない。こんなに私に影響を与えた本なのに、今ではすでに処分してしまっている。内容は、前回の日記でも取りあげた、中国はなぜ日本の靖国神社参拝を反対するのかということと日中共同声明のことである。この時に、日本は中国などの戦勝国とは対等な関係ではなく、無条件降伏をした敗戦国だと初めて自覚した。渡邊昇一の本は一見公正な本のようにみえるが、自分たちの都合の悪いことは巧みに隠して書いている。
 百田尚樹の発言については、この日記(平成25年2月25日)でも紹介した田原総一朗「私が伝えたい日本現代史1934-1960」(ポプラ新書)で否定した。その2人の対談がこの本である。私の予想に反して、百田の日本の歴史に関する知識は豊富であった。日露戦争についは、田原が知らない事実も披露している。百田は日本の軍隊を決して美化しているわけではなかった。例えば、電撃作戦でボルネオの石油を陸軍が取っても、陸軍は石油をあまり使わない。連合艦隊や航空機で大量に石油を使う海軍が石油をくれといっても、陸軍は石油をまわしてくれなかった。内輪もめなのである。零戦も名古屋で1万機以上製作した。ところが、工場のそばに飛行場がなかった。岐阜の飛行場までは、30kmほど離れていた。この道が舗装されていなかったので、揺れて故障が起きないように、終戦まで牛で運んでいた。零戦は微妙できれいな曲線でできていた。だから、一流の旋盤工や職工しか造ることしかできない。ところが、日本的な平等主義で、腕のいい職人も赤紙が来てみんな戦場に行ってしまう。このことについても、すべて百田が発言している。
 単なる酒の飲み過ぎであるが、書いていて少し疲れてきた。最後に、私が興味深かったことを簡単に書いておく。田原が以前に中央公論で書いていたことである。日本の天皇のすごさは、権力をまったく持っていないことだという。権力の源泉となる軍事力も財政力も何も持っていない。(だから、新しい権力者に殺されることはなかった。) しかし、権威だけはすごく、天皇が認めてくれなければ、征夷大将軍という最高権力者になることはできない。天皇の一言で帝国陸海軍の武装解除ができたのである。
 田原も百田も護憲派ではないと述べている。私も同じである。交戦権の放棄は「侵略戦争はしない」と書けばいいと田原は述べている。日本人の大多数が安全保障を考えないことが平和だと思っているというのも賛成である。百田は有事立法ができない理由は、「こういう事態が起こるとやっかいだから、法整備しましょう」といいたいけど、「こういうことが起こると言えない」という。田原も福島第一原発の地元を取材した時に、どこも避難訓練を一度もしていなかったという。避難訓練をすると、事故が起こる可能性があるということになるので、原発が建たなくなる。他にも、面白いことがたくさん書いてある。読みながらいろいろと自分で考えるには最適の本である。

今週の愛聴盤 132 (150203)

Perelandra / Eden
Perelandra / Eden

 今回はレコード棚から何枚か選んで聴いた。しかし、あまりぱっとするアルバムは見つからなかった。最後に手に取ったのがこのアルバムである。このLPレコードはなかなかよかった。30年も経つと、どんな曲だったのか聴き直しても思い出せない。多分、昔読んだ本も同じだと思う。よほど印象の強い本でないと、中身は忘れてしまっている。1980年に発売されたドイツのバンドである。いつものように、マーキームーン社の「ジャーマン・ロック集成」(1994年)をひもといてみた。レコード評には、「ジャーマン・シンフォの金字塔である。EDENを聞かずしてジャーマン・シンフォニックを語ってはならない」とまで書いてある。今聴いてみると、そこまで大袈裟なアルバムでもないと思う。
 YouTubeではたった2曲しかアップロードされていなかった。それも比較的最近である。こういう場合は、著作権がうるさくて削除されている場合が多い。調べてみたら、CDも再発されていた。A面の1曲目と2曲目である。悪くはないが、私の好きな曲はアップロードされていなかった。とりあえず、YouTubeの曲である。Eden - Er Wird Seinで聴くことができる。次は、久しぶりに私がアップロードした曲である。どの曲をアップロードするか迷った。前半部が好みの曲を選んだ。Eden - Lichtliedである。
 次のLPレコードはこのアルバムに合わせるために、「ジャーマン・ロック集成」の同じジャンルに載っているアルバムを選んだ。残しているレコードはまだたくさんあった。この中から、Pictures / Island(1977年)を選んだ。よく見てみたら、前々回紹介した日本で発売されたヨーロピアン・ロック・シリーズの1枚であった。日本語の帯には、「ギーガーの絵に包まれたクリムゾン・タイプのスイス最強のアルバム」となっていた。H.R.ギーガーはスイスの画家で、映画「エイリアン」のデザインで知られている。「ジャーマン・ロック集成」の中にスイスのバンドが入っているのは今回初めて知った。
 長い曲が多いので、どの曲を紹介していいのか迷う。すべての曲が1曲1曲アップロードされているわけではない。今回はフルアルバムを使って紹介しようと思う。「もっと見る」をクリックしたら、どれでも好きな曲を選ぶことができる。まず、フルアルバムである。Island - Picturesで聴くことができる。演奏テクニックは高い。ここでは、比較的聴きやすい最初の「1. Introduction 2. Zero」と「4. Herold And King / Dloreh」を推薦しておく。時間の部分をクリックしたら、曲が始まる。
 さて、最後に、いつものように「Music Box」からである。私の録画したビデオは1985年ぐらいから1990年ぐらいまでの曲が多い。YouTubeで調べると、MTVで放送していた曲とかぶるものもあった。きょう紹介するのは、以前に調べたものである。残してあるテープはすべてチェックした。比較的よかったアーティスト名と曲だけはメモをしている。しかし、大分前にチェックしたものは、たくさんの動画がアップロードされていると、どの動画であったのかわからなくなる。Pixiesはイギリスのバンドかと思っていたら、アメリカのバンドであった。1989年の作品である。この動画であったのかもうひとつ自信はない。Pixies - Monkey Gone To Heavenで聴くことができる。

 

平成27年1月27日(火)

 この前の日曜日は、大きな買い物をした。その手続きで、午後からは忙しかった。今乗っている車は14年目である。しかし、新車はいらない。今の車で十分である。おそらく、人生最後の自分の欲しかったものである。前から、漠然と人生の最後に買いたいと思っていた。中には、クルーズが欲しいとか、自家用ヘリコプターが欲しいという人もいるかもしれない。もちろん、そこまでは余裕はない。私は今年の5月には62歳になる。ガンか何かで早死にしたら、高い買い物になる。こんな不況の時に、こんな高い買い物をしたら、袋叩きにあいそうである。そのうち、何を買ったかは、明らかにしていこうと思う。数千万円の買い物でも、私は何でも決断した時には早い。吉と出るか、凶と出るかは、もうちょっとしてみないとわからない。
 前から書いているように、第一線を退いたが、今でも京都労働局の労災の意見書を手伝っている。60歳になる5月前の3月で、精神部会の部会長をやめると数年前から宣言していた。しかし、労災医員をなかなかやめることができず、簡単な意見書の手伝いをしていた。もう京都労働局まで労災判定会議に出る必要はなかった。少し前に、労災補償課の人が医院に来た時に、恐る恐る来年はどうなっているか聞いてみた。今回の期限は今年の3月までである。来年は労災医員の継続をしなくて済むようであった。私もなかなか断り切れず、2年間延長していた。充分に名誉的なことは味わったので、もう肩書きはいらない。
 私が精神科の労災と関わったのは、京都第一赤十字病院にいた時である。当時脳神経外科の部長であった先生から、精神科でも労災を判定する医者が欲しいと言われた。私が引き受けた時には、今あるような認定基準がなかった。頼まれた仕事の数も当初は年間に1例もないぐらいであった。滋賀県には精神科の労災判定をする医師がおらず、滋賀県の分も頼まれたことがある。平成11年には、各都道府県で3名の精神科医からなる精神部会ができた。最初の認定基準もできた。この時に、労災補償課から他の2名の精神科医を推薦して欲しいと頼まれた。府立医大だけで3名の医師を選んではまずいと思った。京大系の当時の国立京都病院の医長にも頼んだ。もう1人は京都第二赤十字病院の部長である。私は部会長として、労災判定会議の司会を60歳になる手前の3月までやっていた。
 開業すると、どうしてもだらだらしてしまう。私は精神科の労災に関しては、常に第一線を歩むことができた。このことに対しては、京都労働局に感謝している。慣れてくると、労災の判定はそれほど大変な仕事ではない。この日記でも書いているように、1番大変な仕事は労災裁判の意見書を書くことである。労災の裁判というのは、国が労災と認めないと判定したことに対して、被災労働者が不服として裁判に訴えることである。バックに、労働組合や業界団体がついていることも珍しくない。私は頼まれた仕事はすべて引き受けていた。他府県の仕事も何件もこなしている。
 被災労働者や組合などからみたら、私は憎まれ役である。しかし、何でも労災にしたらいいというわけではない。上司のパワハラで自殺したと訴えている場合でも、慎重に判断しなければならない。それこそ、今度は上司が殺人者のレッテルを貼られることになる。実際に国側について、無理な意見書を書いたことは1度もない。この仕事だけは、本当に自分の持っている全知全能が試される。山のような裁判資料を見ながら、何が裁判の争点なのか調べていかなければならない。精神科は何でもクリアカットにいかない科なので、込み入ったケースになると、どこから手をつけていいのかわからないぐらいである。本当に生きるか死ぬかぐらいの大変な仕事もあった。人は自分のキャパシティを越えた仕事をこなすことで、一回り大きくなっていく。これもいい経験をさせてもらったと、本当に感謝している。
 この前の日曜日は、大きな買い物をした後で、少しややこしい労災の意見書を書かなければならなかった。医院で自炊して夕食をとった。その後、8時ぐらいから本格的に資料を読み始めた。前から頼まれていた仕事である。しかし、いつものように、締め切り間際にならないと手がつかない。何とか夜11時半ぐらいまで、簡単な意見書を書いていた。最後の方は疲れて、少し手を抜いたかもしれない。この仕事も最後かと思うと、感慨深い。まだ、3月までは簡単な意見書を頼まれるかもしれない。
 さて、きょう読み終えた本である。読み終えたのは、夜の9時過ぎである。大前研一「日本の論点2015〜16」(プレジデント社)である。内容はわかりやすく、現在の世界における日本の事情を簡潔に書いている。この本の中では、ドイツのことや靖国問題などのことにも触れ、興味深かった。中国に対しては、私の考えとは違い、厳しい意見が書かれていた。企業経営はアジア戦略を見直し、カントリーリスクの高い中国のウエートを落とし、中国依存を減らして、他のアジア諸国の配分を高めていくべきと書いてあった。生産拠点としてはそうであるかもしれない。しかし、市場としての魅力が失われるわけではない。中国国内に生産拠点を持たない企業の製品が将来どこまで受け入れられるかも不明である。
 この本で1番面白かった部分だけ、簡単に紹介する。自民党政権には4つの特質があるという。まず、官僚主導による中央集権的国家運営である。2番目の特質は、票を金で買うことである。利益誘導で地元に交付金を持ってくる運び屋、アメリカでいう「ロビイスト」だという。3番目は継続性を担保する形になっていない近隣外交である。時の指導者が密約ベースで外交関係を築き、文書として残していないので、政権交代時に継続しない。日中国交正常化の時に、両国の指導者は尖閣問題を棚上げするという共通認識をもっていたが、その内容を知っているのは自民党の中でもごく一部の限られた政治家だけであった。
 田中角栄と周恩来による国交正常化では3つの密約があったと言われている。1つは尖閣棚上げ論で、2つめは戦後賠償問題である。中国の賠償請求に対してODAといういう形で日本の資金と技術を供与することを約束した。ODAの3%がキックバックされて田中派の利権になったことは半ば公然の秘密だったという。政治家は国民の税金の3%もくすねていたのである。国会議員になって一度も靖国神社を参拝したことのない元小泉首相が参拝したのは、この田中派の利権をつぶすためであったことはすでに書いた。私は京都に住んでいるので、この時の一連の政治的動きがやっと理解できるようになった。3番目の密約は、A級戦犯問題である。日本が戦後補償しない理由を考えるために周恩来が考え出した理屈は、A級戦犯を中国人と日本国民共通の加害者に仕立てあげたことだという。最後の部分については、以前にも紹介したホームページを参考に国民1人1人が考えたらいいと思う。リンク先は多摩の川風である。最後の特質は、憲法改正である。

今週の愛聴盤 131 (150127)

Untitled / Beckett
Untitled / Beckett

 いつもこのコーナーで紹介するレコードは、机の上に何枚も候補として積み重ねている。ここで取りあげるには、実際にレコード・プレイヤーで聴いてチェックしなければならない。今回紹介するLPレコードも候補として長いこと机の上に残していた。実際に聴いてみたら、なかなかよかった。1974年の作品である。もう40年以上経つ。いつもここで紹介しているマーキームーン社の「ブリティッシュ・ロック集成」(1991年の第2刷)によると、「オーケストラを導入して成功した数あるブリティッシュ・ロックの作品の中で、美しいストリングスを取り入れた隠れた名盤」となっていた。
 私の持っているLPレコードはカットアウト盤である。ここでも何回も書いているが、海外盤では廃盤の売れ残りのレコードを安く販売するために、レコードのジャケットの隅が切り取られた。レコードを入れるビニール袋も店によっては、店名が印刷されていた。だから、梅田のLPコーナーなど、レコードを入れているビニール袋で買った店名がわかる。このアルバムを入れているビニール袋には、「Down Town」と書いてあった。その上に、小さな字で、「imported records shop」とある。当時は京都市内でもあちこちのビルにレコード・ショップがはいっていた。今では店名を見ても、どこで買ったのか忘れてしまっている。
 さて、前書きが長くなってしまった。最初は、ストリングスが多くはいっている曲を紹介する。視聴数はまだ少ない音のいい方である。Beckett - Raincloudsで聴くことができる。次の曲はは視聴者数が多い。聴き所は4分過ぎてからである。Beckett - Life's Shadowである。最後に、ロック色の強い曲である。個人的には、B面1曲目のこの曲より2曲目の「Beckett - Green Grass Green」の方が好きである。コメントを読むと、後にIron Maidenがカバーした曲なので、視聴者数が多くなったようである。Beckett - A Rainbow's Goldである。
 さて、この頃のブリティッシュ・ロックのアルバムで、何かないか探していた。うろ覚えで1枚のアルバムを見つけた、聴いてみたらこれも悪くなかった。ジャケットには何年の作品か書かれていなかった。Crossroads Of Time / Eyes OF Blue(1968年)であった。レコードジャケットの裏に、Graham Bondが解説を載せていた。(ライナーノートではなく、sleeve noteというらしい) このGraham Bondは名前を聞いたことがある。しかし、どんな人だったか全く覚えていなかった。日本語のネットによると、イギリスのロック黎明期のアレクシス・コーナーの元にいたメンバーであった。後にハモンドの第一人者になったという。このアルバムではこの人の作品を2曲カバーしている。1曲は、アルバムタイトルの曲である。これも悪くはないが、やはり少し古めかしい。もう1曲の方は今聴いても名曲だと思う。Eyes Of Blue - Love Is The Lawである。
 最後に、いつもの「Music Box」からである。今回はデス・メタルである。こういう曲も久しぶりに聴くと新鮮である。日本語のウィキペディアで調べると、デス・メタルで間違いはないが、グラインド・コアと呼ばれているようである。ボーカルは典型的なデス声で、何とか許容範囲内である。ナパーム・デスはイギリスのバンドである。紹介するのは1990年の作品である。Napalm Death - Suffer The Childrenで聴くことができる。他にも調べてみたが、「NAPALM DEATH - On The Brink Of Extinction (OFFICIAL VIDEO)」もよかった。

 

平成27年1月20日(火)

 体調が悪いと思っていたら、いつの間にか風邪をひいていた。私の風邪のひき方は決まっていて、最初にのどに来て、次に鼻が出て、1ヶ月間ほどぐずぐずとしている。自分でも風邪とインフルエンザの区別がつかないぐらい長引く。今回はいつものパターンとは違って、鼻が少し出て、咳が続いている。身体もだるい。酒を飲み過ぎたり、風邪をひくと、私はうつになる。最近二日酔いはない。一旦起き出すとましになるが、早朝寝床の中ではあまりよくない。うつの人の気持ちは本当によくわかる。
 先週の日記で書けなかったが、1月10日(日)から、医院の電話が通じなくなった。光電話に変えて、まだそれほど経っていない。外来のあった土曜日の午前中はどうもなかった。留守中の宅配便に連絡しようと思ったら、まったく通じなかった。自分のスマホから医院にかけてみたら、話し中になっていた。いろいろやってみたが、うんともすんとも言わない。仕方ないので、NTTに電話してみた。係の人の指示通りにやってみたが、だめであった。幸い翌日の12日(月)は成人の日であった。この日に修理の人に来てもらって何とか直してもらった。アナログと違って、光ファイバーの場合は機器の不具合が起こるようである。
 実は、先週の火曜日にこの日記をアップロードした後で、トイレなどで少し席をはずした。机に戻ってみたら、パソコンの電源が切れていた。今までフリーズしたことはある。しかし、突然パソコンの電源が切れたことはなかった。スイッチを押しても、電源がはいらなかった。前のパソコンはクラッシュして、データを取り出すのに苦労した。今回もいやな予感がした。幸い、もう1台のパソコンを置いていたので、原因を検索してみた。コンセントを入れ直したり、いろいろやってみたが、やはり電源がはいらなかった。
 私はこの日記はHTMLを使って書いている。アップロードしても、写真がうまくはいっていなかったり、YouTubeのリンク先が間違っていたりする。また、すぐ訂正しアップロードし直す。誤字なども書き換える。訂正部分があったのに、それができなかった。コンセントはたこ足状につないでいた。直接壁のコンセントにつなげ直してみたら、今度はうまいことスイッチがはいった。もう1台の新しいパソコンは動画がカクカクと動き、原因がよくわからなかった。久しぶりに使ってみたら、今回はどうもなかった。新しいパソコンの方が性能がいい。本格的な動画編集に使いたかった。しかし、今使っているパソコンでも支障はなかった。これからは2台のパソコンを上手に使い分けていこうと思う。
 18日の日曜日は、医院にあったTVを息子の所に車で運んでいた。親バカと言われそうであるが、息子が1人暮らしをしたいというので、今年の4月から許可した。ところが、入試の合格発表前に部屋を見つけておかないといけないと言い出し、まだ1月だというのに勝手に契約してきた。子どもが京都から滋賀医大に通っている親を何人も知っている。1人暮らしはみんな専門課程にはいってからである。私の自宅のある丹波橋から息子の通う大学までは特急1本で行ける。マンションを借りるほどの距離でもない。それでも、練習のハードな運動部の1つにはいっているので、帰りはいつも遅い。
 車でナビを使って行ったら、大学のある近くには高速道路は走っていなかった。私は車では久御山のイオンぐらいまでしか行ったことはない。ここから1号線をただひたすら大阪方面に走って行った。途中、星ヶ丘医療センターがあった。こんな所にあるのかと初めて知った。息子のマンションはすぐにわかった。まだ、何も家具ははいっていなかった。窓からは大学病院が見えた。この年頃になると、1人暮らしをしたいのはよくわかる。私は経済的には何も困っていない。しかし、父親として、甘やかし過ぎではないのかと思った。息子は遅い反抗期にはいってたので、あまり大学生活のことは聞けていなかった。ややこしい女性を連れ込んで、留年でもされたらたまらない。髪の毛もまた茶色に染め直していた。
 ところが、後期の試験結果を聞いて、少し安心した。前期の試験の結果は親宛に送ってきていた。1科目も落としていない学生は全体の3分の1ほどであった。息子はこの中にはいっていた。息子の話によると、前期と後期の試験で1科目も落としていない学生は115名(だったと思う)中、25人だけだったという。練習のハードな運動部に所属していて、この中にもはいっていた。自分の息子ながら、やる時にはやるんだと感心した。高校の時にはそこそこ勉強して、ゲームをしたり、サッカーの試合ばかり見ていた。高3の夏から1浪にかけて、大分変わった。勉強に関しては、娘の方がこつこつと真面目にする方であった。
 私が学生の時には、授業をよくさぼり、ぎりぎり留年せず、かろうじて国家試験に通ったぐらいである。大学から送ってきた資料を見ていたら、今は代返できないように、本人が授業に出席しているかどうか、監視カメラでチェックしている。私立の医学部はここまでやっているのである。息子のことが出たついでに、阪神・淡路大震災についても付け加えておく。息子が生まれたのは、社会保険神戸中央病院に勤めている時であった。またしつこく紹介するが、私が以前に作った子どもの動画はこの震災のあった3月までのことが記録されている。monmonLife - 1.Everybody's A Dreamerの最後の方で出てくるように、どんな困難な出来事があっても、前に向かって進んで欲しいと思う。
 さて、最後に、旅行の時に読んだ本である。いつも旅行の時には本を持っていく。今回はバンコクまでなので、飛行時間は6時間以上あった。しかし、行きの時には、スマホにいれたYouTubeの音楽を聴き、途中からビールを飲みだし、週刊誌を読んだぐらいであった。帰りは、またスマホの動画を見ようと思ったら、手荷物の中にはいっていなかった。てっきりホテルに忘れたかと思った。(実際は、預けたバッグにはいっていた。) 読む本もなかったので、この本をひたすら読んでいた。手元にスマホがあったら、多分最後まで読めていなかっただろう。日常生活でも、YouTubeを見たり、ネット・サーフィンをしたりして、いかにムダな時間を過ごしているのかよくわかった。
 本の題名は、鈴木涼子「身体を売ったらサヨウナラ」(幻冬舎)である。副題には、「夜のオネエサンの愛と幸福論」と書いてある。これだけ読むと、どこかの風俗嬢の書いた本かと思う。著者の略歴を読むと、慶応義塾大学卒業、東京大学大学院博士課程修了、去年の秋、5年半勤めた新聞社を退職と書いてある。新聞社時代には「『AV女優』の社会学」の本も出版している。まだ誕生日が来ていなかったら、現在31歳である。ネットでは1歳若く載っていた。少し前に話題になっていた、「佐藤るり」という女優名で70本のAVに出演していた日経新聞の女性記者である。最近はわけのわからない人が多く出るようになった。たまたまTVを見ていたら、東大経済学部を首席卒業し、長銀からキャバ嬢になった人も出演していた。ネットで調べてみたら、今は株のトレーダーをしている村田美夏であった。
 さて、本の内容は自分の実体験をあからさまに書いている。週刊文春の記事では、父親は有名哲学者となっていた。とんでもなく恵まれた環境で育っている。日舞と乗馬とそこそこのピアノとか、毎シーズンの海外旅行、帰国子女のアイデンティティとも書いてある。同じ大学に娘が通っていても雲泥の差である。この日記でも何回も書いているように、私は神戸に住んでいる時に、バブルの時に買った京都の家を売った。この時に、43歳で無一文になった。売った後、すぐに教授から京都第一赤十字病院部長の声がかかり、4月から京都に戻っている。自宅を売った時には4千万円ぐらい損をした。しかし、開業してこの額は取り戻している。
 これだけ環境や才能に恵まれていても、全然満たされていないという。「ワタシはこんなところで終われないの。1億円のダイヤとか持っていないし、マリリン・モンローとか綾瀬はるかより全然ブスだし」とも書いてある。ワタシたちは、思想だけで熱くなれるほど古くも、合理性だけで安らげるほど新しくもないという。お金で買える幸せも信じていると述べている。この本では、AV女優の時のことはあまり書かれていない。当時「アタッカーズ」というレーベルのレイプものにも出演している。内容はキャバクラやホステスの時のことである。
 この本では父親はまったく出てこず、母親が出てくる。別れたオトコが両親に宛てて、自分のあられもないポーズで全身をさらしている写真や映像も送られたこともあるという。ここに出てくる母親はかなり特徴的である。それなりに教養があり、語られる内容も面白い。著者は女子高生の時に、パンツを脱いでは売り、パンツを脱いでは売っていたという。12章の題名は、「寺山修司も澁澤龍彦も鈴木いずみも墓の中だし」である。しかし、文章を読むと、これらの作家については何も語っていない。寺山修司や澁澤龍彦はこの日記でも何回も取りあげている。鈴木いずみをネットで調べてみたら、ホステスやヌードモデルなどを経て、作家になっている。寺山修司の「書を捨てよ町へ出よう」にも出演していた。36歳で自宅で首吊り自殺している。
 なかなか鋭いことも書いてある。「オトコは女以上に『男になる』生き物だと思っている。守るべきものを見つけてから非凡さを発揮するし、成熟するし、魅力的になる」という。他にもキャバ嬢やAV嬢のことが詳しく書いてある。ホストとの痴話げんかみたいなことも書いていあって、ふつうのホステス嬢が書いている文章と区別がつかなくなる部分もある。貧困女子がやむにやまれぬ事情で、風俗や水商売にいくことは珍しくもない。しかし、環境に恵まれたお嬢さんが刺激を求めて、風俗やAVにはいるかというと、普通ははいらない。
 精神科医としての想像であるが、満たされていないのは世間の注目やお金ではない。何かというと、母親の愛情である。わかりやすく言うと、岡田尊司が書いているような愛着障害である。生後6ヶ月から1歳半までの母親の無条件の愛が満たされていないのである。この時期に十分に甘えることができなかったのではないかと勝手に推測する。この本には、「私たちには、絶対に死ぬまで捨てる気にはならない自負がある。私たちの身体は、かってオトコたちがひと月に何百万と使う価値があったことだ。」と書いてある。日経新聞をやめて、これからどう生きていくのか心配な部分もある。家庭は裕福そうなので、生活には困らないだろう。年をとると、若さを売り物にして得ていた代償的な満足感は得られなくなっていく。それに代わる新たな生きがいを見つけるのは、至難の技である。

今週の愛聴盤 130 (150120)

One / Cirkus
One / Cirkus

 今回紹介するのは、日本で再発されたプログレのLPレコードである。キングなど大手からユーロ・ロック特集で発売されていた。きょう紹介するのは、その後発売されたヨーロピアン・ロック・シリーズである。日本語のライナーノートを読むと、ミュージック・ヴィジョン企画と書いてあった。最初に紹介するこのLPレコードはエジソンからの発売となっている。ライナーノートは、マーキームーン社の山崎尚洋である。日本ではいつ発売されたのか、書いてなかった。おそらく、1985年頃である。当時の値段は2500円であった。
 実は2枚目に紹介するLPレコードを最初に聴いた。このライナーノートの中にこの同じシリーズのアルバムが紹介されていた。このアルバムを残していることは覚えていた。日本語の帯には、ブリティシュ・シンフォニック・ロックの名盤と書いてあった。イギリスで発売されたのは1973年である。もう、40年以上前のアルバムになる。久しぶりに聴いてみたら、最初の20〜30秒で名盤だと思った。私の所蔵しているLPレコードには、まだまだお宝のアルバムが残されている。まず、最初のA面の1曲目である。Cirkus-You Areで聞くことができる。次の曲はA面の2曲目である。Cirkus - Seasonsである。こんな感じで曲が続いていく。
 次は、同じシリーズのDawn Dancer / Flyte(1979年)である。日本で再発されたのは1986年である。ベルギーのバンドである。YouTubeでは2曲しかアップロードされていなかった。私の好きな曲がなかった。しかし、他の曲も悪くはない。まず、Flyte - Womanを紹介する。次は、Flyte - Brain Damageである。
 さて、いつものように私が録りためたNHKBSの「Music Box」からである。前回書いたように、残されている曲はハードロックが多くなってきた。今回はカナダのヘビー・メタル・ロックである。1989年の作品である。こういう曲も久しぶりに聴くと、それほど悪くはない。Annihilator - Alison Hellで聴くことができる。

 

平成27年1月13日(火)

 相変わらず、体調はあまりよくない。それでも、先週は年末1週間の休みの患者さんと通常通りの患者さんが重なり、外来は多かった。その分、今週は少ない。連休があると、ほっとする。しかし、なかなかゆっくりとしている暇はない。いつものように書類書きに追われていた。唯一土曜日の夜は遅くまで起きて、日曜日の朝は10時頃まで寝ている。月曜日の朝はゴミ出しがあったので、あまりゆっくりと寝ていられなかった。
 きのうは毎年ある東山医師会の新年会があった。今年の出し物は、同じ東山区で活躍している「シルバービートルズ」の演奏である。地元の居酒屋で知り合った学校の先生を中心とするメンバーで作られたバンドである。リーダー格の人は2人とも還暦を過ぎている。ビートルズの曲を何曲も演奏してくれた。演奏としては、「ハロー グッバイ」と「イマジン」がよかった。
 今年は各班ごとのテーブルではなく、いろいろな斑の先生と混合であった。ふだんあまり話をする機会のない先生とも話すことができた。たまたま、私の隣に座っていた少し上の先生の子どもが私の息子が通っている私立医学部に通っていた。息子より上の学年で、学卒である。息子に聞いたら、他の大学を卒業し、仕事をした後で、また医学部に入り直している人も多いという。寄付はどうしているのかと聞いたら、していないと言う。後輩の先生に聞いても、寄付は任意なので、していないようである。息子は一般入試の一次合格なので、今のところ授業料以外は払っていない。どういう基準なのか、推薦10人という枠もあるらしい。
 さて、年末年始のラノーンの旅の続きである。3日目の12月31日は朝からラノーンのパクナム港へモーターサイで行った。青空が出て、本当に気持ちがよかった。入り口を抜けると、目の前に船乗り場が広がっていた。船頭がどこに行って手続きしたらいいのか、親切に教えてくれた。早く乗客を集めたがっていただけで、それ以上でもそれ以下でもない。1隻のボートが出ようとしている所に、私が駆け込んだ。ボートの上でのことは、後で写真つきで解説する。
 こういうボートに乗っていると、本当に旅をしているという実感がわく。私好みの風景が続き、写真やビデオをたくさん撮った。ミャンマー側のコートーンが近づいてきて、都会とは違った港風景が見えてきた。乗船時間は30〜40分ぐらいであったと思う。予測していたより、大きな町であった。船着き場の道路は大勢の人で活気あふれていた。ここで入国の手続きを取り、船着き場を散策してみた。絵になる写真が何枚も撮れた。
 前から書いているように、私は写真のテクニックがない分、珍しい被写体で勝負である。少し前に買ったソニーのα6000が使いよかった。長い間コンデジファンであった。これまでデジタル一眼カメラは何台か買ってみた。しかし、大きくて重すぎ、使い勝手が悪かった。値段が安くならないうちに、すぐに処分してしまっていた。このα6000はファインダーもついて、小さくて軽く旅カメラにはぴったりであった。コンデジのように身軽に撮るなら、望遠レンズはいらない。値段も安い。
 ここでは昼食を近くのレストランでとった。詳しいことは写真付きで後で解説する。モーターサイでパゴダにも行ってみた。ラノーンから日帰り旅行するには、異国情緒も味わえて大正解であった。欧米人も、ボートで一緒になったドイツ人ぐらいであった。ドイツ人とわかったのは、ボートでどこから来たのか英語で聞いたからである。誰も行ったことのない旅行を経験するには最適である。しつこい客引きもおらず、まったく安全である。ただ、天候が悪く、波が荒れていたら別である。
 ラノーンの港に着いてから、マーケットまで戻るにはソンテウが便利である。しかし、次の日の1月1日にスラーターニーにまで戻らなければならない。この日の夜にスラーターニー空港からバンコクまで飛行機で帰る。帰りのバス時刻だけはチェックしておかなければならない。モーターサイでバスターミナルまで行ってもらった。料金は交渉して50バーツ(200円)である。大きなバスターミナルのチケット売り場を見てみたら、スラーターニー行きの売り場がない。売り場で英語で聞いてみると、乗り場の方を指さした。バス乗り場で、スラーターニー行きの乗り場がどこか、バスを待っている人に聞いてみた。ほとんど英語は通じなかった。みんな首をかしげるばかりで、誰も知らない。タイ語で書かれたバス乗り場には、スラーターニー行きがないのである。ミニバスで降ろされたのは、確かにここである。午後4時頃であったが、少し焦った。バスの乗り場がわからないと、明日帰れない。
 バス停の向こう側に簡易ホテルが見えた。ここまで行って、スラーターニー行きのバス乗り場を聞いた。シャッターがすでに閉じていた隣の事務所がミニバス乗り場だという。出発は何と朝の6時である。間違えたら困るので、何回も確認した、1月1日にいつも通り出発するのかも心配になった。バスターミナルからマーケットまではソンテウが出ている。ホテルに着いてから、朝5時半のバスターミナルまでのモーターサイを予約した。値段は50バーツである。モーターサイが来なかったらバスに乗り遅れるので、ホテルの人にはしつこいほど確認をした。期限のある1人旅はこれぐらいしないと、予定通り無事に帰って来れない。
 この日の夜はラノーンの温泉に行った。マーケットまで行き、モーターサイに乗って行った。値段は交渉し、40バーツ(160円)である。この時のことも後で写真付きで解説する。河原で水浴びをしている家族も多かった。暖かいお湯が出ている所もあるのだろう。私は少し高級な有料SPAに行った。ここでは欧米人の団体客がいた。私はトラディショナルなタイマッサージが好きである。ところが、1時間半からである。1時間は無理なのかと聞いたら、アロマオイル・マッサージならできるということであった。オイルマッサージはただこするだけで、あまり好きではない。しかし、ここのマッサージは上手であった。
 1月1日の朝は5時に起きた。5時半にホテルをチェックアウトした。すでにモーターサイは待っていた。バス乗り場には、大勢の人がいた。今度は3列目の席に座った。1番いい席は運転席の横である。しかし、ここは来た時のように、最後の席がうまってからである。1番違いで、天国と地獄に別れる。値段は前回書いたように190バーツ(760円)である。今度の運転手は乱暴な運転はせず、快適であった。時間もそれほどかわりなかった。前回書いたように、スーラーターニーに着く頃には大変なことが起こっていた。何があったかというと、まず左腕に発赤を伴う丘疹がいくつもできた。ホテルに着いてから確認すると、少しずつ全身に発疹が広がっていた。とにかく痒くて仕方なかった。最初は、てっきり疥癬にかかったのかと思った。しかし、怪しい所はどこにも行っていない。
 バンコクから日本に帰る飛行機の中でわかったことである。やはり、疥癬ではなかった。私はいつもセットになった荷物をそのまま入れて持ってくる。その中にたまたまオイラックスがはいっていた。疥癬の場合は発疹が移動する。ところが、まったく同じ場所が痒い。全身に出ていたので、一体何なのか考えていた。結局、結論として出した答えは、アロマオイルによる接触性皮膚炎であった。私はアレルギー体質ではないので、これまで接触性皮膚炎になんかかかったことはない。帰国してからステロイドを塗ったりしていた。今は何もしておらず、少しずつ発疹は取れてきている。

港  ミャンマーへの渡し船がある港の入り口。乗り合いバスであるソンテウが停まっている。私はマーケットからここまでモーターサイを使った。けっこう距離があった。値段は60バーツ(240円)であった。ここからのソンテウはほとんどマーケットに行く。前にも書いたように、一律15バーツ(60円)である。

イミグレーション  海峡の対岸にあるミャンマー最南端の町コートーンまでビザなしで行ける。ここはタイ側の出国パスポート管理事務所である。私の前に、ドイツ人が手続きしていた。ここではまったく手数料はかからない。渡し船の船頭が料金は100バーツ(400円)と言って、客引きをしている。料金はぼられておらず、まったくこの通りである。

渡し船乗り場  ミャンマー側までの渡し船乗り場である。私はこういう風景が大好きである。しつこい客引きがいるわけではない。客を乗せると順番にボートは出ていた。乗客は地元のミャンマー人やタイ人だけである。欧米人は先ほどのドイツ人しか見なかった。

船上  同じボートに、パスポート管理事務所で見たドイツ人観光客が5人乗っていた。2組の老夫婦と娘らしい40歳ぐらいの女性である。船頭は乗客全員のパスポートを預かると、途中海上にあるラノーンの移民事務所に上陸した。この時に20バーツが必要と言われた。ところが、ドイツ人は必要ないと、頑として譲らなかった。他の船がどんどんと手続きして出発しているのに、ボートは長い間立ち往生していた。結局船頭が根負けして、私も20バーツは払わなかった。ぼられても80円なのに、ドイツ人はすごいと思った。

上陸  左側の海岸がミャンマーである。港というより、渡し船乗り場という言葉がぴったりと来るぐらい雰囲気があった。国境越えとしていると実感できる瞬間である。国際的にはまだ観光地化されていない所がいい。日本人はまだあまり来ていないだろうという満足感もあった。

港風景  海沿いの風景。上陸したら、近くのミャンマーのイミグレーションで入域料を払う。入域料は10米ドルである。その前に近くでパスポートのコピーを取り、パスポートをイミグレーションで預ける。パスポートのコピーにスタンプを押してもらい、これがパスポートの受取証になる。先ほどのドイツ人が入域料の10米ドルについても最初は文句を言っていた。

レストラン  昼食のためにはいったレストラン。ミャンマーと言っても、料金はタイバーツを使える。外は直射日光を浴びると、日本の夏ぐらい暑かった。まだ、猛暑とまではいかない。日陰にはいると、エアコンがなくても涼しい。

昼食  レストランで頼んだエビ料理。味は日本人好みで本当に美味しかった。他に、チャーハンとタイのビールであるシンハ・ビールも頼んだ。実はミャンマーのビールであるアンダマン・ゴールドも置いてあった。ところが、大瓶しかなく、飲むのをあきらめた。チャーハンも具だくさんでうまかった。全部で261バーツ(1040円)であった。

パゴダ  市内にはモーターサイがあり、あちこちを案内してくれる。実は、私は寺院や市場はもう見飽きてしまった。モーターサイの料金は50バーツ(200円)である。ミャンマー日帰り旅行は、ラノーンから1000バーツからのパック旅行もある。しかし、1人で行っても、実際にかかるのは往復の200バーツと10米ドルだけである。パスポートのコピー代や港までの交通費を入れても100バーツもかからない。

温泉  ミャンマーから帰った後は、ラノーンの温泉でゆっくりしたかった。ここは公営の温泉で無料である。私も足を入れてみたが、本当に熱かった。河原でも水に入っている人もたくさんいた。私が足を入れた所は特に熱くなかった。この日は近くの有料SPAに行った。ここの入場料は高く、個室込みで300バーツ、アロマオイルマッサージが1時間450バーツで、計3000円である。

ラノーンの夜  12月31日のラノーンの夜である。私のホテルの近くの店は夜8時過ぎだというのに、ほとんど閉じていた。マーケットから北に上がると、レストランが並んでおり、遅くまで開いていた。バーもある。私が夕食をとったレストランは、高級そうな雰囲気であった。夕食はビールも含め225バーツ(900円)であった。(写真とは別である)

ホテル  ラノーンは朝6時発のバスに乗った。スラーターニーには9時過ぎには着いた。バンコクまでの帰りの飛行機は午後6時55分発である。それまで、市内の格安ホテルで過ごすことにした。この部屋の値段は250バーツ(1000円)である。エアコン、冷蔵庫なしで、共同のトイレとシャワー室(水のみ)を使う。清潔感はあり、宿泊に利用してもまったく問題はない。

川  ホテルから近くにターピー川がある。川幅が広く、水は濁っていた。近くの港からサムイ島やパンガン島への船が出る。観光用のボートも出ていた。

フェリー  タオ島行きのナイトボート乗り場である。夜11時出発と書いてある。KOHはタイ語で島である。町中では、あまり欧米人は見なかった。閑散とした雰囲気であった。やはり、観光客はここまでは来ず、空港からそのままツアーで行くようである。少し離れた所にエクスプレスボート乗り場もある。

レストラン  河辺のレストラン。大きな橋を渡っていく。ここで昼食をとった。欧米人が1人タイ人女性といたぐらいである。客のほとんどは地元の人であった。ここでは久しぶりにビールとタイ料理を食べた。値段をメモするのを忘れてしまった。200バーツぐらいであったと思う。

今週の愛聴盤 129 (150113)

Escenes / Gotic
Escenes / Gotic

 さて、今回は久しぶりにスペインである。スペインのLPレコードもそれなりに残している。しかし、30年以上経つと、どんな曲だったのかほとんど忘れてしまった。1曲1曲チェックしていたら、とんでもない時間がかかる。今回は今までのやり方を変えて、マーキームーン社の本を読みながらチェックした。今までは、LPレコードをランダムに選んで、1曲1曲調べていた。このコーナーでの解説のため、たまに本の文章を引用するぐらいであった。これでは段々と効率が悪くなってきた。今回参考にしたのは、「ユーロ・ロック集成」(マーキームーン社)で、私の持っているのは第2刷(1990年)である。イギリス、フランス、ドイツ、イタリアのプログレについては各刊が出ている。北欧やベルギー、オランダ、スペインについては、この本を参照するしかない。同じスペインのバンドである「Iman」では、私の持っているLPレコードはこの本には載っていなかった。
 さて、Goticはスペインのキャメルと言われていたという。1978年の作品なのに、ついつい全曲聴いてしまうほど、内容はよかった。A面4曲、B面3曲である。A面の1曲目も悪くはない。私の好みはB面すべてである。最初から最後まで安心して聴くことができる。まず、B面の1曲目である。Gotic - Danca d'Estiuで聞くことができる。B面の2曲目も悪くない。この曲ではエレキギターもはいる。ここでは、視聴者数の多いB面の3曲目を紹介する。Gotic - Historia d'Una Gota d'Aiguaである。
 次も同じくスペインのバンドである。私の持っているLPレコードはAlkorea / Itoiz(1982年)である。Itoizはバスク地方で活躍していた。まず、このアルバムの中でのベスト曲である。曲は5分弱で終わるが、なぜか8分近くもある。Itoiz - Eroa Nazanで聴くことが出来る。このバンドは他にも何枚かアルバムを出している。他にいい曲がアップロードされていないか調べてみた。ついでに、視聴者数の多いItoiz - Lau Teilatuも紹介する。
 さて、最後にいつものように「Music Box」からである。LPレコードについては、まだイタリアやスペインのアーティストがたくさん残っている。「Music Box」については、いよいよ種が尽きてきた。そのうち、「Music Box」で放送していたハードロックも考慮しなければならない。今回紹介するのは、イギリスのオールターナティブ・ロックである。1991年の作品なので、まだこの頃までは放送されていたということである。ノイスがはいって少し聴きづらいかもしれない。Venus Fly Trap - Achilles Heelで聴くことができる。

 

平成27年1月6日(火)

 新年明けましておめでとうございます。年明け早々、あまり体調はよくない。診断書に平成27年と書いていて、今さらながら、昭和は長かったと思う。昭和は63年まである。天皇のお年を考えると、平成は40年を越えるのも怪しい。体調がよくないと、私自身あまり長生きはしないような気もしてくる。
 今年の年末はどこに行っていたかというと、温泉である。どこの温泉かというと、タイの温泉である。これだけでわかる人にはわかるだろう。場所はラノーンである。ここは温泉だけではなく、地理的にミャンマーと接している。ボートでミャンマーまで渡ることもできる。旅行自体は貴重な体験ができてよかった。しかし、最後の方はちょっとしたアクシデントがあり、ぼろぼろであった。息子は年末は友達とディズニーに行っていた。私は今回も1人旅である。去年の年末は上海に行っていた。今回事故が起こった外灘には大晦日の日に行った。平成26年1月6日の日記にも書いたように、大勢の人であふれていた。警察が出動し、身動きできないほどであった。帰りの飛行機の中で読んだ「International New York Times」では、ライトショーを見るために、例年より30万人多い人出であったと書いてあった。群衆がどっと押し寄せた時の、どうしようもない恐怖は実感している。とにかく、中国の群衆の数は半端ではない。
 昔は夜行便で行って夜行便で帰ってきた。今は年をとって、とってもでないがそんな体力はない。行きも帰りも昼の便を使った。12月29日に出発して、1月2日に帰ってきた。実質的な旅は中の3日間である。行きの飛行機の中では、YouTubeから録りためた音楽ビデオを見たり、雑誌を読んでいた。今回は往復のチケットを手に入れ、バンコクでのホテルだけは予約しておいた。関空は午前の11時出発し、現地には 午後4時前に着く。(時差は2時間遅れ) 今は空港から市内に出るのに、スカイトレインを使う。関空で見た両替は、1バーツ4.2円であった。現地で両替すると、4円弱である。今は円安なので、バンコクでお金を使うと高く感じる。スーパーで缶ビール(350cc)が1缶34バーツ(135円)である。ショッピングセンターの日本食レストランで、キムチ鍋とビール(500cc)を頼んだら、サービス料も含め455バーツ(1820円)であった。
 私はバンコクではいつもナナ付近で泊まる。スカイトレインがまだできる前は、タクシーですぐに高速にはいれて便利であった。今回泊まったホテルはネットで予約した。1泊5350円であった。帰りの1月1日も同じホテルに泊まった。現地で頼んだら、年末年始はもっと高くなる。この日はゴーゴーバーと援交バーのテルメに行った。私はあくまで見学である。翌日のバンコク発スラーターニー行きの飛行機は朝8時10分発である。6時過ぎにはホテルをチェックアウトしなければならない。
 スラーターニーは、サムイ島やパンガン島、タオ島に行くフェリーが出る場所である。飛行機の中はこれらの島に行く欧米人であふれていた。到着した空港では、バスやフェリー、宿泊などセットになったツアーを売るデスクがあった。大勢の人が並んでいた。私はここからバスに乗ってスラーターニーの市内まで出る。そして、そこからラノーン行きのバスに乗る。市内までは45分かかり、料金は100バーツであった。乗客はほとんどおらず、少し心配になった。乗車券を売っていたおばさんが、運転手に私がラノーン行きのバスに乗ると伝えた。市内は英語が書かれた看板は皆無に近かった。すべてタイ語である。私がミニバスに乗るというと、運転手があるバス乗り場で降ろしてくれた。ここでは、ラノーンまでの乗車券が390バーツと言われた。言われたまま料金を払った。時刻表を見たら、午後2時の出発しかない。私がそれまで待たないといけないのかと聞くと、11時半出発のバスがあるという。結局そこまでバイクで送ってもらった。
 ところが、乗車券を買ってもらって見たら、190バーツと書いてある。200バーツ(800円)もぼられたことになる。帰りのミニバス料金も同じだったので、間違いない。まったく油断も隙もあったもんでない。実は、スラーターニーからラノーンまでは正式にバスは出ていないようである。「地球の歩き方」にも書いてなかった。私はネットでミニバスが出ているのを知ったぐらいである。予め値段がわかっていたら、こんなにも払っていない。
バス乗り場で待っている時に、金髪の女性がはいってきた。この人も運転手と料金でもめているようであった。バスは11時半の出発が12時になった。私は1番後ろの席に座った。丸々と太った人が座っており、4人ぎゅうずめであった。おまけに、運転手の運転が荒く、ガタガタと車は揺れ、カーブでは吐きそうになった。1回トイレ休憩がはいる。3時間で着いたが、この間は荒行をしているぐらい本当に苦しかった。途中検問があった。バスの乗客全員が身分証明書をチェックされる。ミャンマーが近いので、不法入国を取り締まっているのかもしれない。たまたまではなく、帰りもあった。
 何とかラノーンのバス乗り場に着いた。広いバス乗り場には、番号がふってあって、それぞれの行き先が書いてある。ところが、すべてタイ語である。英語表示は何もない。この時には、どこかに、スラーターニー行きが書いてあると思った。ここからはモーターサイ(バイク・タクシー)で市内の中心地まで案内してもらった。料金は40バーツである。マーケット近くに中華系のホテルがあった。ホテルは1泊330バーツ(1320円)であった。ここで2泊した。夕食は近くのレストランで、ポークとフランクフルトのステーキとビールの小瓶を頼んだ。全部で137バーツ(550円)であった。市内をうろうろしてみたが、夜はモーターサイがなかなか見つからず、遠出ができなかった。この続きは来週にします。

地図  バンコクからスラーターニーまでは飛行機で1時間15分である。地図ではサムイ島が書いてある。ここから北に少し行った所にパンガン島がある。パンガン島からまた北に行くとタオ島がある。左下の赤い部分がプーケットである。ラノーンの上の地図の色が変わっている。左の海沿い側がミャンマーである。

バス乗り場  スラーターニー市内のミニバス乗り場。1台に最大15人の客が乗れる。前方に見えるのがミニバスである。市内にバス乗り場はいくつもあり、ラノーン行きの大きなバスも出ているかもしれない。しかし、乗客は多くないので、本数は少ないと思う。

ミニバス  バスの中はこんな感じである。陽がささないように、窓ガラスは黒く塗られている。1番後ろの席は4人で座った。身体の小さな人だけなら大丈夫である。男4人は無理があり、まさに苦行の3時間であった。

バス停  ラノーンのバス停。広いバス停の上には行き先がタイ語で書いてある。英語の表示はまったくない。バンコクやプーケット、サムイ島行きなどのチケット売り場もあった。ここでは、もちろん英語表示があった。

ホテル  市内で1番の中心地であるマーケット近くの中華系ホテル。1泊330バーツ(1320円)である。エアコンや冷蔵庫はない。シャワーは水である。天井に扇風機がついている。今の時期ならそれほど暑くはなく、天井の扇風機で快適であった。

マーケット前  道路を隔てた左向こうがマーケットである。乗り合いバスであるソンテウはほとんどがマーケットに行く。ソンテウの乗車賃は15バーツ(60円)である。マーケット前では黄色いジャケットを着たモーターサイも客待ちしている。

市内中心部  マーケットから北に上がった所。このあたりには、安いゲスト・ハウスも多い。マーケットの屋台で食べるのには抵抗がある人も、レストランがたくさん並んでいるので安心である。

レストラン  夕食をとるためにはいった主にステーキ専用のレストラン。値段はバンコクとは違い、驚くほど安かった。味もよかった。他にも、金持ちのカップルが来るしゃれたレストランもあった。

今週の愛聴盤 128 (150106)

Liberites? / Catherine Ribeiro + Alpes
Liberites? / Catherine Ribeiro + Alpes

 さて、今回はフランスである。万人向きではなく、このバンドもけっこう癖がある。ボーカルのCatherine Ribeiroはポルトガル移民の娘である。マーキームーン社の「フレンチ・ロック特集」によると、1968年の5月革命前に自殺未遂をしている。このアルバムは1975年に発売されている。まず、このアルバムの代表的な曲である。1曲が特に長い。YouTubeではパート1とパート2に分かれている。パート2の方が視聴者数が多い。しかし、おそらくこの時代を反映したメッセージ性の高いフランス語がわからないと、十分に楽しめない。ここでは、演奏部分が多いパート1を紹介する。Catherine Ribeiro+Alpes - Poeme non epique N°3 Preludeである。
 Catherine Ribeiroはフランスではよく知られている。当時何枚ものアルバムを出している。先ほどのマーキームーン社の「フレンチ・ロック特集」でも、有名なアーティストは章を独立させて特集を組んでいる。ここでは、他のアルバムから、Catherine Ribeiro + Alpes - Paixを紹介する。
 次に取りあげるのも、フランスのバンドである。私の持っているLPレコードはAction And Japanese Demonstration / Deficit Des Annees Anterieures(1982年)である。ネットで調べてみると、フランスの総合芸術集団となっていた。このアルバムは彼らが想像した日本の架空のサウンドである。実験的な音作りである。まず、私が1番好きな曲である。Deficit des Annees Anterieures - Three trees near the path in the Wakasa Forestで聴くことができる。視聴者数は少ないが、他にもそれなりに興味深い曲もアップロードされている。ここでは、DDAA - La Roue De Bicycletteも紹介しておく。
 さて、最後に「Music Box」からである。きょうは大物である。それでも、25年ぐらい経つと、若い人は知らないだろう。私はこの頃の音楽の情報源はこの「Music Box」だけである。このバンドの曲はVHSテープに2曲残していた。イギリスのペット・ショップ・ボーイズである。有名所とあって、TouTubeでは視聴者が1000万人を越えるものもある。ここでは、私の1番好きな曲を紹介する。1988年の作品である。Pet Shop Boys - Always On My Mind である。

 


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