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もんもん日記

ここではもんもん博士の日々のエピソードや思いついたことなどを日記でご紹介します。
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平成26年12月30日(火)

 この日は不在となります。きょうは28日(日)である。明日から旅行に出かけるので、きょうの内に簡単な更新をしておく。外来は27日(土)に終えた。去年と比べると、患者さんの数や収入は微増していた。ここ数年は毎年減っていたので、少し歯止めがかかった。この年になると、若い時と違って来年の目標が曖昧になってくる。細々とした小さな目標はある。10年以上言い続けている中国語の勉強や最近やり出した映像の勉強である。今年こそ結婚するとか、人生の大きな目標がなくなった。子どもはまだ学生なので、次の大きな目標である仕事の引退はもっと先である。
 この年齢は中途半端である。まだ、老人の仲間入りしたわけでもない。かといって、現役バリバリではない。自分では現役の仲間に入れて欲しいと思っても、40〜50代からみたらもう年寄りである。私自身が40〜50代の時には、そう思っていた。還暦を過ぎると、欲しい物も本当になくなってきた。車も14年目である。ガソリンはハイオクで、市内を走っているとリッター当たり6kmぐらいである。燃費は悪いが、それでも満タンにして1ヶ月半ほど持つ。きのうはセルフのガソリンスタンドで60リットル満タンにして、1万円もかからなかった。前回入れたのは11月11日である。燃費が悪いと言っても、新車を買うことから比べたら微々たるものである。車に関しては2人の子どもが免許を取ったので、近い将来欲しがるかも知れない。
 私はこの日記では、安倍政権を批判している。この年になると、右も左も日本の将来を心配する。日本という国家規模では大きすぎるなら、それぞれの業界のことでもいい。実際に、私の所属している医療業界では、医師会から各学会までそれぞれ専門家が将来を憂いて、医療改革を訴えている。誰もが、業界や日本の救済者として自分の意見を主張している。国家規模で言えば、日本人として天皇を中心とした国家を築けと言っている人もいれば、日本の再軍備に反対する人もいる。こんなに主張内容は違うのに、みんな日本を何とかしなければならないという気持ちは同じなのである。我こそは日本の救済者だと信じている。私も自分の意見をここに書きながら、少し不思議な気がしてきた。
 この日記は患者さんには宣伝していない。過激な内容を読んだら、もっと患者さんが減るだろうと思っているぐらいである。首相の靖国神社参拝に反対したり、中国や韓国の擁護をしたら、袋叩きになることもわかっている。それでも、ここに書くのは、私なりに日本の将来を心配しているからである。私のスタンスは、今はこう考えているということで、すべて正しいとは思っていない。新しい事実を知ったら、いつでも考えを修正できる。来年も権力や大衆に媚びず、自分の思ったことは好き放題書いていこうと思う。会社や大きな組織に属していたら、自分の身分を隠さず自分の意見を主張するのは難しい。還暦を過ぎたメリットと言えば、これぐらいかもしれない。

今週の愛聴盤 127 (141230)

R.N.A.O meets P.O.P.O / R.N.A.Organism
R.N.A.O meets P.O.P.O / R.N.A.Organism

 このあたりのレコードになると、まったく覚えていない。1980年の発売である。久しぶりに聴いてみたら、なかなかよかった。ジャケットを見ても、どれがアーテイスト名で、どれがアルバム名なのかさっぱりわからなかった。ネットで調べてみたら、何と日本のミュージシャンであった。ここでも何回も紹介している「ロック・マガジン」の阿木謙が創ったVanityレコードから出ていた。このVanityレコードからの知られたアーティストとしては、アーント・サリーのPhewがいる。無題 / アーント・サリー(1979年)は私は持っておらず、1985年にコジマ録音から再発されたLPレコードを持っている。この中の解説を読むと、オリジナルは400枚程度の限定発売であった。
 さて、このR.N.A.Organismはネットで調べてみると、ミュージシャンは佐藤薫と書いてあった。1980年代に京都でEP-4というバンドを率いていたという。まず、R.N.A. Organism - Weimar 22である。次に、R.N.A. Organism - Say it Loudも紹介しておく。ついでに、アーント・サリーの曲も1曲追加しておく。私はコニー・プランクなどと制作したUntitled / Phew(1981年)のCDを持っている。このCDよりも、やはりアーント・サリーの方が好きである。Aunt Sally - 醒めた火事場でで聴くことができる。
 次のレコードも、どれがアーテイスト名で、どれがアルバム名なのかさっぱりわからなかった。少し前に調べてみた時には、YouTubeにはアップロードされていなかった。今回調べてみたら、そっけないタイトルだけの動画がアップロードされていた。45回転のレコード1面を使った曲である。14分を越えている。私はこういう音のコラージュも好きである。Aide Memoire / Georg Katzer(1983年)である。Georg Katzerは東ドイツのパイオニア的電子音楽家である。長い曲なので、あえて聴き所を書くと、7分を過ぎたあたりである。Georg Katzer - Aide Memoireで聴くことができる。
 今回は、またアップロードされていなかった曲を私がアップロードした。このバンドも最近他の曲がアップロードされるようになった。もしかしたら、著作権の関係ですぐに削除されるかもしれない。英国のバンドで、CDも再発されていた。動画のダンス場面はAVから取った。アルバム名はProduct Perfect / Fashion Music(1979年)である。Fashion Music - Bike Boysで聴くことができる。
 最後に、いつものように「Music Box」からである。気に入った曲が段々と少なくなってきた。今回紹介する曲は1964年に世界的ヒットとなった「恋のダウンタウン」である。ペトゥラ・クラークはイギリスを代表する歌手で女優である。「Music Box」ではこの曲の1988年のリミックスを放送していた。世界中で大ヒットしただけあって、メロディーがいい。Petula Clark - Downtownで聴くことができる。

 

平成26年12月23日(火)

 きょうはせっかくの休みだが、この日記を書くために医院に出てきている。毎週書き続けるのは、けっこう大変である。午前中はゆっくりしていたので、午後からまず今週の愛聴盤から書き出した。思ったより、時間がかかってしまった。年末だというのに、雑用が多い。開業したばかり先生が、書類書きが大変だと話していた。前から書いているように、精神科関係は自立支援や障害者手帳、障害者年金用の診断書が山ほどある。福祉関係や介護関係の書類も油断をしていると、どんどんと溜まっていく。外来をしている時でも、患者さんが大量服薬したりトラブルを起こし、他の医療機関から紹介状をすぐファックスで送ってくれと頼まれる。経過が長い患者さんの情報提供書は書くだけでも大変である。
 少し前であるが、デパートにお歳暮を頼みに行ったら、たくさんの人が待っていた。自分の順番がまわってくるのに、30分ぐらい待たされた。年賀状はネットで注文し、すでに届いている。会計事務所に送る医院の資料が2ヶ月分たまっていた。10月分と11月分である。12月20日は給料の締め日であった。医療事務以外の仕事は私がすべてやっている。通帳と領収書などを整理するのに、2ヶ月分で2時間以上かかった。その後で、年末調整のため、給与計算をして、すべての資料を整えた。この20日は土曜日だったので、夕方に京都駅前の郵便局まで出しに行った。最近また待合室の電灯がちらちらしたりするようになった。しばらくすると、ちらつきがなくなるので今はそのまま放ってある。この蛍光灯の交換も私がやらなければならない。
 先週はまた映画を見に行った。土曜の夜9時過ぎにもかかわらず、上映室には大勢の観客が見に来ていた。題名は、「ゴーン・ガール」である。妻がある日突然行方不明になり、夫の自分に犯人の疑いがかかるという物語である。映画に出てくる行方不明となった妻は魅力的である。しかし、夫婦生活が長くなったら(まだ5年)、こんな妻でも夫の方はセックス拒否である。最初のストーリーの進め方が、もうひとつ私にはしっくりとこなかった。話は思わぬ展開となっていく。最後に、妻が何を考えているのかわからないという場面で終わる。ここまで極端でなくても、結婚した男性が妻に感じる戸惑いは同じだと思う。
 さて、今読み終えた本である。他の部分は全部書き終えたので、残りの部分は書ける所まで書こうと思う。夕食を自炊して食べ終え、今は午後7時半である。馬淵睦夫「『反日中韓』を操るのは、じつは同盟国・アメリカだった!」(WAC)である。著者は元駐ウクライナ大使である。前防衛大学校教授ともなっている。こういう本とのつきあい方は難しい。頭からトンデモ本とも言い切れない部分もある。私は専門家でないので、歴史的解釈についてどこまで正しいのかよくわからない。
 実は、この本を読んでいて、以前に買った中丸薫+菅沼光広「この国を支配/管理する者たち」(徳間書店)を思い出した。この本のまっさきに書かれていたことが、「9・11テロは米政府の自作自演である」であった。この部分を読んで、もう後の文章を読む気がしなくなった。中丸薫はコロンビア大学大学院を修了した国際政治評論家である。菅沼光広は元公安調査庁調査第2部長である。この本は平成18年に出版されている。私は今でもそのまま読まずに残している。それなりに肩書きのある人の書いた本なので、どう扱っていいのか本当に困る。今回ぱらぱらと本をめくっていたら、小泉元首相の靖国神社参拝のことが書かれていた。小泉元首相は首相になる前には1度も靖国神社には行ったことはなかった。日中友好の状況下で利益を上げていたのが(日本企業の中国での許認可などの口利き)、田中・竹下派の流れを経世会である。この関係をぶっつぶすために、靖国神社参拝をしたという。この本の後半では、今回取りあげる本にも書いてあるロスチャイルドなどのユダヤ系国際銀行についても書かれている。
 ユダヤについては、ぐるーぷ・21世紀原初の会=編集「ユダヤブック」(徳間書店)を今でも残している。この本は最初から最後まで読んだ。昭和63年に出たので、あまり詳しい内容は覚えていない。副題は「ユダヤが世界を支配している」は本当かである。今回取りあげる馬淵睦夫の本では、それこそユダヤが世界を支配しているという主張である。グローバリズムの背景にあるのが、ユダヤ思想だという。日本で外資と呼ばれているウォールストリートやロンドン・シティの銀行家たちの多くはユダヤ系である。ディアスポラによって、世界に散らばったユダヤ民族が迫害を受けないために、国王や政府に金を貸してコントロールする方法を考えつく。国際主義と金融支配がユダヤ思想の根幹にあるという。国際主義というのは、金融至上主義、国境廃止、主権廃止、無国籍化で、ユダヤ系金融資本家の多くは社会主義者でグローバリズムと相性がいいという。
 著者は歴史を解くカギはユダヤ思想にあると述べる。1917年のロシア革命もユダヤ革命であったというのが西洋では常識になっているという。日ロ戦争で日本がユダヤ人の国際銀行家に借りたお金を返し終えたのは、驚くべきことに1986年である。アメリカでは「目に見えない統治機構」をつくるために、ユダヤ系銀行家たちが金融の力でメディアを抑え、情報も握るようになる。
 アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度)は連邦政府の機関ではなく、100%民間銀行である。主要な株主はロスチャイルド系の銀行である。彼らはドルの発行権を握っている。ここでは通貨発行権さえ握れば世界を支配できると書いてある。FRB議長はみなユダヤ系である。FRBの最大の問題点は、自国の通貨を発行するのに、アメリカ政府はFRBの株主である民間銀行に借金をして利子を払わなければならない。朝鮮戦争についても、このような悲惨で無益な戦争で利益を得たのは、戦争資金を融資した国際銀行家と、武器売買で設けた軍需産業であると述べている。どこまでユダヤ陰謀論なのか、私には判断できない。しかし、歴史的事実については事実として知り、こういう考え方もあるのかと、肯定も否定もせずこころの片隅に残して置くことは大事である。グローバリズムとナショナリズムが単純に対立関係にあるのかよくわからない。著者は明らかにナショナリストである。
 最後に、私が作った動画である。題材は11月23日〜25日まで旅行してきた香港である。いつもはもんもん写真館に気に入った写真を載せている。しかし、今回はこの旅行で撮ってきたビデオや写真を使って、4分ちょっとの作品にまとめてみた。使っている映像は、すべて私がこの3日間で撮ってきたものである。ここで何回も書いているように、動画の方が圧倒的に情報量が多い。ビデオを撮るより、写真を撮る方が遥かに面白い。しかし、何十年後に見ることを考えたら、動画で残しておくことも大事である。特に、子どもの場合は動いている方がかわいい。
 今回はこの動画を作るのに本当に手間暇がかかった。香港の旅行では、今までと違い意識的にビデオを撮るようにした。何十本とある短い動画の中から5〜10秒ぐらいにカットしてつなぎ合わせた。この動画を作るのに、バックの音楽は香港のものを使いたかった。しかし、香港の音楽にはまったく疎い。YouTubeで調べて、何とか気に入った曲を見つけた。しかし、この動画はダウンロードできなかったので、YouTubeとは関係のないネットの動画から曲を手に入れた。廿四味(24Herbs)は香港のヒップホップユニットである。この曲は衛蘭 (Janice Vidal)と共演している。私がこれまで自分で作製してYouTubeにアップロードした動画では、2番目の傑作だと思っている。1番目は前にも紹介したmonmonLife - 1.Everybody's A Dreamerである。
 新しく香港の動画をYouTubeにアップロードしました。興味のある人はmonmonTravel - Hong Kongで視聴することができます。

今週の愛聴盤 126 (141223)

Jerusalem / Mark Stewart And The Maffia
Jerusalem / Mark Stewart And The Maffia

 私の持っているこのアルバムは、12インチ45回転シングルレコードである。1982年に発売されている。A面に2曲、B面に1曲はいっている。このMark Stewartについてはまったく記憶になかった。ネットで調べてみたら、あのPop Groupを率いていた。このPop Groupのアルバムは何枚か持っていた。処分して今は1枚も残していない。けっこう癖のある音作りで、高い評価の割りには私好みでなかった。日本語のウィキペディアでは、ヘビーなダブ・ファンクのサウンドとなっていた。
 まずA面の1曲目である。Mark Stewart & The Maffia - Jerusalemである。次に、B面すべてを使った曲である。Mark Stewart & The Maffia - Liberty Cityで聴くことができる。
 さて、今年最後の12月30日の愛聴盤に載せるLPレコードはすでに決めている。ところが、きょう紹介しようと思う2枚目がなかなか決まらなくて困っている。候補はいくつか決めていた。ところが、今聴き直してみると、もうひとつであった。何冊も書きためたノートを見ながら、どれにしようかと四苦八苦している。苦し紛れに、日本で発売された同じ12インチ45回転シングルレコードを紹介する。Un Naufrage En Hiven / Mikado(1984年)である。日本語のタイトルは「冬のノフラージュ」である。テイチクから1200円で発売されている。フランス人2人によるユニットで、帯に細野晴臣推薦となっている。、Mikado - Naufrage En Hiverで聴くことができる。
 最後に、私の録りためたNHK衛星放送の「Music Box」からである。これも、少しずつネタ切れになってきた。日本であまり有名なミュージシャンはここで紹介するのは避けている。ハードロックもたくさんのバンドを録りためている。年をとったせいか、今聴いてみるとあまりピンとこない。カビの生えたVHSテープは何本も捨ててしまったので、今から考えたらもったいないことをした。まず、ドイツのバンドである。、Mysterious Art - Das Omenで聴くことができる。さて、最後はイギリスのバンドである。若い時には、これぐらいぶっ飛んで欲しい。Jacques Beef - Lazen Hagsである。

 

平成26年12月16日(火)

 急に寒くなり、外に出るのがおっくうになる。きょうは往診に行っていて、帰ってきたのが午後3時半である。この日記を書くために、きょうは医院に泊まる。ついでに、夕食も買ってきた。選挙の結果は大半の予測通りであった。国民が選んだことについては、国民がその結果について引き受けるしかない。子どもが小さな時から私が言い聞かせたことは、ただ1つである。誰でも、人生の選択については自由である。しかし、選んだ結果については、その人の人生なので、その人が引き受けるしかない。神様ではないので、間違った選択もする。Aを選ぶかBを選ぶかにおいては、人は自由なのである。もちろん、なるべく選択の幅が広い人生の方がいい。私は現実主義者である。選択の幅を広げる手っ取り早い方法は、身も蓋もないことであるが、とりあえずいい大学にはいることである。
 こ難しいことを書いたが、きょうは書くことがなくて困っている。先週の土曜日は、京都府立医科大学精神医学教室開講120年記念式典があった。初代教授島村俊一が明治27年(1984年12月)に精神医学教室を開講してから今年で120年になる。こういう大きな会は、学長など偉い先生方が大勢出席して、講演などをする。記念撮影もあるので、ふだん教室の行事に参加されない先生も出てきた。今年の春に息子が一浪して、母校の入試に落ちた。今は大阪の私立医学部に通っている。そのせいか、母校に対する思い入れが少し薄れた。これからは息子の時代なので、息子は好きなようにしたらいいと思う。
 記念撮影の後は、祝賀会である。私は卒後35年である。若い世代の先生は今ではほとんど知らない。いつもの年末の同窓会とは違い、今回は80代の先生も大勢参加していた。私がお世話になった2人目の教授も80歳を超えている。開業して1年半で、早くも保険収入が5千万円を突破している後輩の先生もいた。デイ・ケアなどをやっている先生を除いて、開業している精神科の先生は、なるべく保険収入が5千万円を超えないようにしている。それ以上になると、飛躍的に税金が高くなるからである。手を抜いて仕事をしているわけではなく、実際に1人の医者がきちんと診察できる患者数はこの当たりが限度である。企業秘密なのでよくわからないが、ここまで保険収入が達している開業医はそれほど多くいないと思う。商売をしている人にとっては、売上金が最高5千万円なんて知れていると思う。院内で薬を処方したり、内科のように検査をしたら、あっという間に保険収入は5千万円は越える。ここから家賃代やスタッフの給料、検査代などの経費を支払っていく。
 最近は京都市内で精神科を開業する先生は少なくなっている。精神科では、最初から患者さんを持たずに開業するのはけっこう大変である。よほど精神科医が足りない地域は別である。そういうことを考えると、私のように総合病院で勤めていた者は有利である。総合病院の精神科が閉鎖になり、そのまま開業した先生もいる。自分から総合病院をやめて、医局から代わりの先生がおらず、そのまま患者さんを引き継いだ先生もいる。精神病院に勤めていた先生が開業した場合は、どうなるのかよくわからない。よく言われることであるが、1にも2にも場所である。場所に恵まれていたら、落下傘でも大丈夫である。私の開業している東山区は今は65歳以上が30%を軽く越えている。亡くなったり、施設などにはいる患者さんが増えてきている。その分、患者さんの数はどんどんと減ってきている。私がもっと若かったら焦るかもしれない。身体をこわして、午前中しか外来をしていない少し上の先生でも、手取額はフルで働いている勤務医よりいいぐらいである。
 私は結婚が遅かったので、まだ娘は22歳で息子は20歳である。少し下の先生に子どもについて聞いてみた。1人ぐらい子どもが医学部に行っている先生も多かった。母校に入れるのは至難の技で、皆無に近い。前から書いているように、純粋な競争原理が働いているからである。大した大学も出ず、世襲で議員になった人が、真に優れた政治家になる確率は天文学的に低いとしか言いようがない。政治家の子どもが(日本という国をリードしていくほど)優秀だなんて、まったく幻想に過ぎない。子どもが長崎大学医学部に入れている先生によると、府立医大より長崎大学の方が古いという話もあった。少し年齢が離れた女医さんに聞いてみたら、みんな出産は遅いという。年齢の割りに子どもはまだ小さかった。私はこの年になって、やっと子どもを大学に入れることができた。前から書いているように、あまり遅く子どもをつくると、年をとってからは大変である。医学部は6年間あり、卒後研修もあるので、女医さんの出産年齢は本当に難しいと思う。
 書くことがなかったので、だらだらと何とかここまでもたせた。最後に、引きこもりのことで、日頃考えていることを書き足したい。まず、引きこもりは「うつ病か?」である。最近は鶏が先か卵が先かよくわからなくなってきた。うつ病で引きこもることはある。仕事をばりばりやっていた人でも、退職後引きこもっていると、段々とうつ病みたいな症状も出てくる。中には食っちゃ寝食っちゃ寝をくり返し、ぶくぶくと太ってくる人もいる。少しは身体を動かすように伝えても、ほとんど効果がない。今は寒くなったので、ますます必要最低限の外出しかしない。
 先週はたまたまこういう女性の患者さんが1ヶ月ぶりに受診した。何かいい言い方がないか考えていた。ネトゲ廃人とは、朝から晩までネットゲームばかりして社会生活が破綻した人のことである。ふと思い浮かんだのは、トドの姿である。丸々と太って、岩場で横になっている。この時に、「そんなことをしていたら、トド廃人になるぞ」と思わず口から出た。患者さんはこの言葉をすごく厭がっていた。後から考えたら、いい言葉だと思った。太っている人の蔑称ではなく、食っちゃ寝食っちゃ寝をくり返している人の究極の姿を表現している。グーグルで調べてみたら、この言葉は誰も使っていなかった。引きこもりだけではなく、同じような専業主婦にも使えるかもしれない。流行語大賞に選ばれるように、少しづつこの「トド廃人」を広めて行こうと思う。

今週の愛聴盤 125 (141216)

An Afflicted Man's Musica Box / Various Artists
An Afflicted Man's Musica Box / Various Artists

 このLPレコードは1982年に発売されたコンピレーション・アルバムである。もう内容はすっかり忘れていて、はじめは1つのバンドが演奏しているのかと思った。アルバムのジャケットに、実験音楽家であるジョン・ケージの言葉が書かれている。"You don't need to call it music, if the term shocks you"  クレジットを見ていたら、「Nurse with Wound」が出てくる。どんな音楽の傾向かはわかる人にはわかるだろう。あまりにも実験的過ぎると、私もついていけない。ここでは、比較的聴きやすい曲を紹介する。
 まず、Jacques Berrocal - Animaである。このJacques Berrocalはネットで調べると、フランスのアンダー・グランド・シーンで活躍している。次は、Foetus In Your Bed - Industrial Go Slowである。最後に、Nurse with Woundである。英語のウィキペディアによると、アバンギャルドで、実験的的で、インダストリアル・ノイズなどを演奏するイギリスのバンド(後に1人のミュージシャン)である。私の持っているアルバムには、「I Was No Longer His Dominant」がはいっている。しかし、YouTubeで調べてみたら、たくさんの曲がアップロードされていた。どれも長い曲が多いのに、数万の視聴者数を集めていた。ここでは、視聴者数の多かった曲を紹介する。Nurse With Wound - "The Bottom Feeder"である。他にも、興味深い曲がいくつもあった。
 さて、次も私の持っているLPレコードからである。YouTubeにはアップロードされていなかったので、また私が最初から新たに作った。苦労して作った割りには、あまりぱっとしなかった。仕方ないので、別の曲でもう1度作り直した。このアルバムを紹介したかったのは、世界で1000枚しか出ていなかったからである。あまりにもマニアックなので、視聴者はあまりいないだろう。しかし、記録に残せる物は残そういう私の強迫的な思いは強い。誰もアップロードしていなかったので、アーカイブの1つとして加えておきたかった。アルバム名はThreatening Hizz / Shoulder Of Mutton A (1980)である。ドイツのバンドである。音楽的には、この曲も病的かもしれない。Shoulder Of Mutton A - From Outside To The Inner Sideで聴くことができる。
 頭のおかしくなる曲ばかり聴いて、お耳直しが必要である。いつもの「Music Box」からは聴きやすい曲を紹介する。まず、Sandra - Heaven Can Waitである。英語のウィキペディアによると、サンドラはドイツの歌手である。作曲は、この愛聴盤でも紹介したMichael Cretu(エニグマの創始者)である。最後に、スイスのポスト・インダストリアル・バンドである。The Young Gods - Rue Des Tempetesで聴くことができる。

 

平成26年12月9日(火)

 年賀状とお歳暮の季節がやってきた。毎年、今年こそは早く出さなければならないと思っている。しかし、いつもぎりぎりになって、最後は年内に出したらいいかとあきらめる。他にも、年内にしなければいけない細かい雑用が山ほど残っている。例えば、私の年金の手続きはそのまま放っている。2年以内か忘れてしまったが、手続きをしないと無効になる。医療事務以外の医院の細々とした仕事は私がすべて処理している。今でこそ、院外の仕事は簡単な労災の意見書を手伝っているぐらいである。しかし、年をとってくると、何もかもが段々と面倒臭くなってくる。
 先週の金曜日に京都新聞の夕刊を読んでいたら、中京の古書店が再開した記事が載っていた。この店は幻想文学などを主に扱う店として、全国のファンに愛されてきたという。店主が病に倒れ、先月に営業を再開したという。以前は、生田耕作や澁澤龍彦ら多くの文学者が来店していた。実は、この記事の中に出てくる生田耕作編訳「愛書狂」(白水社)は今でも私は持っている。1980年に第1刷が出て、私の持っているのは翌年に出た第2刷である。今回調べてみたら、1981年に出ている生田耕作「黒い文学館」(白水社)も残していた。澁澤龍彦の本は、1990年に新装版で出た「幻想画廊」(青土社)だけであった。パラパラとページをめくっていたら、夏に京都市美術館に来ていたバルテュスの絵が載っていた。私はこの「バルテュス展」は見逃した。
 年をとってくると、あまり出かける所がなくなってくる。キャバクラも行ったことがないぐらい、水商売関係はダメである。時間があると、いつも本屋に寄る。面白そうな本があるとついつい買ってしまう。アマゾンでも注文するので、読み切れないほどの本が溜まってしまった。最近は意識的にあまり本屋には立ち寄らないようにしている。その分、映画をよく見るようになった。今回は2週続けて映画館に行った。最初の映画は「ポイントブランク 標的にされた男」である。韓国映画はあまり見ているわけではない。韓流ドラマも見たことはない。日本の映画より、人間臭さが全面に出ているような気がする。話の内容は、アクション物(クライム・サスペンス)である。詳しい内容は書かないが(私はコピペするのが嫌いで、自分で内容をまとめようとすると、けっこう時間がかかる)、大感動とはいかなくても、本当に面白かった。
 2本目は、今話題のブラッド・ピット主演の「フューリー」である。久しぶりに戦車の戦いを見て、迫力があった。仲間の戦車がやられて、任務を受けた十字路で、残ったたった1台の戦車で300名のナチス・ドイツの親衛隊の進行を阻止する物語である。この映画も緊迫感があって、最後まで楽しめた。映画ではナチス・ドイツについては残酷に描かれていた。ふと思ったのは、この映画をドイツ人が同じように楽しめるのであろうか。ナチス・ドイツのためではなく、祖国のために戦って戦死した若者も大勢いたはずである。もしかしたら、日本人が日本軍の残虐さを描いた映画「赤いコーリャン」を楽しむのと変わりないのかもしれない。敗戦国ドイツでは戦争犯罪人はヒトラーをはじめとするナチスである。敗戦国日本では、天皇ではなくA級戦犯である。だから、首相の靖国神社参拝については私はこの日記でも批判している。下手にA級戦犯をかばうと、天皇に戦争責任が及んでしまうからである。敗戦国日本は両方を救うことはできない。日本では首相をはじめとする保守派の一部がまだ敗戦の負け惜しみを言い続けているぐらいである。ドイツ人の内面的な戦後処理がここまで徹底しているのは、正直言って、わかったようでよくわからない。
 さて、きょうは気になったメルマガの記事について書く。私はほとんど毎日送られてくる医者向けのm3.comや日経メディカルの記事をチェックするだけで精一杯である。たまに送られてくる新書マガジンのメルマガも見ている。きょう取りあげるのは、『 大前研一 ニュースの視点 』である。ふだんはさっと目を通すぐらいである。勉強になる記事もあれば、あまりピンと来ない記事もある。11月28日に送られて来たメルマガで、「日本の歴史に隠されてきた『嘘』を知る」という文章が載っていた。私の専門はあくまでも精神科で、歴史問題や政治問題ではない。この日記で書いていることは、私が本などで勉強してきた中で今はこう考えるということである。新しい事実を知ったら、いつでも考えを変えることができる。
 さて、私の知らなかったことである。ここでその記事を引用する。「沖縄返還にあたっては、『民政』は日本に返すが、『軍政』は引き続き米国(米軍)が掌握する、という約束だったのです。」「(米国が)どのような懐柔策をとるにせよ、本質的に沖縄の軍政は米軍が握っており、それは過去の歴史において日本政府と約束(密約)している、というのが動かしがたい事実です。」 他にも、この日記でも私が書いていたことが述べられている。「例えば、北方4島返還のダレス会談の件などを読むと、日本がロシアともめているのは米国の思惑だとわかります。」
 私がこの日記で取りあげようと思ったのは、たまたま最近読んだ雑誌に同じようなことが書かれていたからである。雑誌の名前は「Apple Town」である。この雑誌の名前を知っている人はほとんどいないと思う。最近はアパホテルには泊まっていないので、この雑誌が各部屋に備え付けられていたかよく覚えていない。アパグループが発行している雑誌である。どうして私がこの雑誌を読んだかというと、私の持っている京都駅近くのキャンパス・プラザ前にあるマンションはアパグループが建設したからである。1年間に何回か郵便受けにこの雑誌がはいっている。
 1月号の内容は、まず最初に田母神俊夫との特別対談が載っている。日本派の議員を増やし、保・保連立政権を作れとも書いてある。この雑誌はアパグループ代表の元谷外志雄の世界観が色濃く反映されている。日本では、学歴や血筋などの偏見が社会での成功を阻んでいる。私は決して学歴偏重主義ではない。しかし、社会的に恵まれない人が這い上がってこれる1つの手段は、学歴であることも間違いない。この代表の略歴はこの雑誌に載っている。この代表の主義信条に賛同もしていない。しかし、この代表が高卒なのを知って、とんでもない努力をして這い上がってきた実力者なのだと認めざるをえない。ネットで調べてみたら、安倍首相の後援会「安晋会」の副会長であった。少し前の週刊文春に載っていた記事である。北朝鮮の高官との会談で、「安倍首相は日本で尊敬される大学の出身者でなない。」とバカにされている。血が出るほど勉強した人にとっては、血筋は満たしても学歴は満たしていないので、当たらずとも遠からずである。日本という国を牽引するトップのリーダーに厳しい物が求められるのは当然である。学歴はお金では買えない。
 さて、藤誠志というよくわからない人物が書いている記事の内容である。ネットで調べてみたら、元谷外志雄のペンネームとなっていた。肩書きは社会時評エッセイストである。写真も載っているが、アパグループの代表と同一人物だとは信じられない経歴が書いてある。この中で、「アメリカは1972年に沖縄と一緒に尖閣諸島の施行権を日本に返還したが、その領有権については与り知らないと日中間に争点を作って返還した。」と書いている。敗戦については日本はもうどうしようもない。後は、アメリカの支配からどう逃れるかである。少子高齢化で日本の人口はどんどんと減っていく。他の諸国のように、いやでもすぐに移民問題に直面する。やはり、アメリカ一辺倒ではなく、したたかに、中国と上手付き合っていくしかないような気もする。

今週の愛聴盤 124 (141209)

Schatten Voraus / Geisterfahrer
Schatten Voraus / Geisterfahrer

 今週はドイツのプログレである。このアルバムは1980年にハンブルグから出ている。LPレコードには、まだ東西に分かれていたので、西ドイツと書いてある。あまり有名なバンドではない。ネットで調べてみたら、その後CDは再発されていた。久しぶりに聴いてみたら、34年前のアルバムとは思えなかった。それほど、新鮮な音作りである。ジャケットの写真しか写っていない。まず、1曲目のGeisterfahrer - Das Uferである。次は、Geisterfahrer - Das Hausで聴くことができる。このアルバムでは、Geisterfahrer - Schattenも悪くない。
 今回はどのアルバムを紹介しようかと日曜日に苦労していた。何枚かの候補を選んで、このアルバムにした。2、3週先のアルバムはすでに選んだので、一安心である。毎週、自分の持っているアルバムから選ぶのは、けっこう大変である。残っているのは、あまり内容を覚えていないものばかりである。CDと違って、LPレコードは1曲1曲チェックするのに手間暇がかかる。実は、前から紹介したいと思っていたアルバムがあった。確認したら、YouTubeにはアップロードされていなかった。今回Geisterfahrerのアルバムを調べていたら、4人のメンバーのうち2人が組んで出しているアルバムだと日曜日にわかった。3曲の曲しかはいっていないLinientreu / Die Schonsten(1981年)である。先ほどの最後の動画の終わりで、4人のメンバーの名前が出てくる。今回は、メンバーの1人であるMichael HoffやGeisterfahrerの写真をネットで探し出してきて動画を作った。この曲はぶっとんでいて、私は好きである。Die Schonsten - Spatkapitalismus Tで聴くことができる。
 最後に、いつものように、私がVHSテープに録画していた「Music Box」からである。最近の若者は物わかりがよく、私の世代からみたら覇気がない。大半の大学生の将来の夢が、正社員になることである。この日本を変えていこうという熱いエネルギーも感じられない。もっと社会に怒りをぶつけてもいいと思う。きょう紹介するのは、以前にもこの日記でも詳しく紹介したドアーズである。私の録りためた「Music Box」に、1曲はいっていた。ベトナム戦争の反対運動が盛んな時代であった。The Doors - Roadhouse Bluesで聴くことができる。この季節になると、ワムの「ラスト・クリスマス」(1984年)がよくかかるようになる。この曲は「Music Box」で知り、私もいい曲だと思う。きょうは、当時印象に残った曲を紹介する。1982年の作品である。The Snowman - Walking In The Airである。

 

平成26年12月2日(火)

 いよいよ12月である。今年ももうすぐ終わるのかと思うと、光陰矢の如しである。私は来年の5月には62歳になる。大学の医局にいる時に、2人目の教授にはイエスマンに徹した。そうでなければ、社会保険中央病院精神科の部長になれなかった。その後の京都第一赤十字病院心療内科の部長も同じである。昔の医局の大学教授についてはあまりいい印象を持っていない人も多いかも知れない。私の時代は、まだ白い巨塔であった。しかし、教授になる人は、やはり競争原理が働いて、それなりに勝ち抜いて来た人であった。当時の助教授(准教授)ぐらいまでは、口先や運でなれたかも知れない。しかし、教授は別である。今は官僚と同じで、地方の医学部教授になっても割りが合わなくなっている。
 何が言いたいかというと、また選挙である。こんな小さなホームページでも、ここまで書いたら嫌がらせをされるかもしれない。しかし、私はこの年になったら、何もこわいものはない。昔は人前に出て話すことは大の苦手であった。しかし、今はTV討論でもビビルることなく、在特会の会長でも徹底的に議論で叩きのめす自信はある。在特会には、在日の特権ではなく、世襲議員の特権について抗議をして欲しい。これだけで、先ほどの討論の勝負はついた。私は被害妄想なので、パソコンのデータもすべて盗み見られていることを前提にして使っている。各政党の政策については、マニアでない限りその細かな違いはわかりにくい。実際に公約なので、どこまで実現できるかもわからない。投票する人は、今度の選挙で何を基準にしていいかわからないだろう。
 私は現実主義の保守派なので、原発の再開について頭から反対しているわけではない。中国との関係も、何もかも中国の言うとおりにしろと主張しているわけでない。欧米諸国は人権問題については一応中国を批判はしている。しかし、大多数の人口を抱え、どんどんと富裕層が出てくる中国市場については虎視眈々と狙っている。人件費の安いベトナムやミャンマーで工場を建てることはできる。しかし、日本は少子高齢化で、市場はどんどんと縮小している。安倍政権は中国とまともにけんかして、一体どうしようというのかと思う。賢い人はここまで関係がこじれないように、上手にけんかする。
 さて、選挙である。何を基準にして投票したらいいのかというと、先週も書いたように「世襲議員には投票するな」である。これだけでは、組織力を持った世襲議員に負けてしまう。どの政党でもいい。世襲議員でない人に投票しなければならない。そんなことをしたら、日本が混乱すると心配する人もいるかもしれない。でも、よく考えて欲しい。お友達内閣で、世襲議員の小渕優子はまだ40歳である。それが、この前まで財務省に次ぐぐらいの経済産業省の大臣をしていたのである。成城大学出身で、学歴ロンダリングで早稲田大学の大学院を出ている。
 大した能力もないのに、ただ親の選挙基盤を受け継いだだけである。どの政治評論家も奴隷根性で、誰も議員の世襲問題については批判をしない。厚生労働大臣になったら、日本医師会の会長はぺこぺこと頭を下げて、こんな小娘に陳情に行くのであろうか。私は、ムダな医療費は削減しろという立場なので、必ずしも日本医師会と考えが一致するわけではない。それでも、学識も経験もある業界の会長がぺこぺこと頭を下げるのは、誰がどう考えてもおかしい。何回でも声を大にして言うが、世襲議員に日本を牛耳らせてはいけない。そんなことをしていたら、冗談ではなく日本は滅びる。それから、もうひとつ大事なことも書いておく。現政権のマスコミに対する圧力にも警戒しなければならない。後から、気付かなかったではもう手遅れである。
 さて、香港の旅の続きである。2日目は、今回の旅の目的である西貢に行ってきた。香港の地理をおおざっぱに分けると、九龍や新界を含む中国本土と接する部分と、ディズニーランドや国際空港があるランタオ島と、金融センターがある中環(セントラル)やヴィクトリアピークがある香港島である。西貢は本土に接する大陸の東側の海岸にある。詳しいことについては、写真付きで後で解説する。私は長野県の山奥で育っているので、海や島が好きである。円安で高くついたが、いい気分転換になった。
 この日の夜は、少し前まで警察とデモ隊が衝突していた旺角(モンコック)に行ってきた。学生デモにあまりは関心がなく、いいマッサージ屋がないかと探しに出かけただけである。この問題については、私より上の団塊世代の学生運動を見ているので、思いは複雑である。アメリカは今でこそ偉そうに民主主義を唱えている。しかし、過去には黒人の市民運動やベトナム戦争の反対運動を弾圧している。今回のデモは十分に目的を果たしたので、学生は撤退してもいいと思う。焦らす放っておいても、もうすぐ民主的な選挙ができる時期が来る。今回の学生デモの成果は何かというと、台湾の選挙結果である。
 翌日は、早起きしてまだ行っていない坪洲島に行きたかった。しかし、この日は夜1時過ぎまで起きていたので、行くのはあきらめた。帰りの飛行機は、午後3時25分の出発である。仕方ないので、またフェリーに乗って、前に行けなかった香港芸術館に行ってきた。入場料は10元である。入場者は少なく、入場しているのは欧米人ぐらいであった。この美術館は現代美術を扱っている。私が1番びっくりしたのは、題名を忘れてしまったが、上映されていた1本のフィルムである。途中から見ているので、最初は何が何だかわからなかった。何と、女性のワギナの縫いぐるみを来ていることに気が付いた。頭の髪は陰毛である。身体全体が、唇のように盾に割れている。この中に大きなタンポンを入れ、赤く染まったタンポンを取り出すのである。娼婦のように、客をとる場面も出てくる。客はこのワギナに頭を突っ込むのである。あまりの過激さに、本当にびっくりした。芸術に関しては、日本より開放的だと思ったぐらいである。

バス停  地下鉄の彩紅駅を出た所にあるバス停。西貢に行くには、ここからバスに乗っていく。「地球の歩き方」に詳しい行き方が書いてある。この手前にあるミニバス停からミニバスに乗った。料金は8.4HKドル(約150円)である。

海鮮料理  西貢は昔は小さな漁村であった。今は、マリンスポーツやハイキング、新鮮な海鮮料理が楽しめる。海鮮料理の店の前にはこんな看板が立っている。左上には、以下の料理から2人で5点選んだら、480HKドルと書いてある。

生け簀  海沿いの通りには海鮮料理の店が並んでいる。生け簀から好きな物を選んで、料理してもらうことができる。香港なので、店の女主人とは英語でやり取りができる。けっこう欧米人も訪れていた。

昼食  私が昼食に海鮮料理店で注文した物。メニューに書いてあったカニのカレー炒めが180HKドル。青島ビールが30HKドル。生け簀から選んだウニ2匹が80HKドルであった。サービス料も取られて、計305HKドル(約5400円)であった。いかに円安が進んでいるかがわかる。

海岸  海岸沿いの風景である。大きな桟橋みたいなものが海に突き出ていて、ここから近くの島に行く船が出ている。この桟橋から海岸沿いを撮った写真である。

サンパン  桟橋やこの海岸から島巡りなどをするサンパン(私営の小舟)が出ている。たまたま海岸沿いを歩いていて、50元(約900円)と看板が出ていた船に乗った。大勢の観光客が集まると、船は出発する。船が出るのに、10分も待たなかった。

海  この日は青空が出て、本当に気持ちがよかった。長袖のシャツ1枚で出かけたが、汗ばむほどであった。恐らく、27℃ぐらいまで気温は上昇していたと思う。船内では中国語で説明していたが、もちろん何もわからなかった。

下船  私が乗ったサンパン。海岸沿いにたくさん乗り場があり、大体似たような値段である。今は香港のベストシーズンなので、1度は乗ってみる価値がある。

中環  スターフェリーで中環(セントラル)から九龍に向かうフェリーで撮った写真である。これは、香港の金融センターがある中環(セントラル)側である。

旺角(モンコック)  この日は九龍の繁華街である旺角(モンコック)に行った。うろうろしていたら、道路が封鎖されている所があった。抗議集会にそれほど大勢の市民が聞き入っていたわけではない。

テント村  学生のテント村はのんびりとした雰囲気であった。この時には、警察も遠くから取り囲み、緊迫したムードはなかった。

尖沙咀  九龍側の尖沙咀。海沿いには「アベニュー・オブ・スターズ」がある。この像は香港の映画賞の受賞者に贈られるトロフィーの像である。このすぐそばに香港芸術館がある。

今週の愛聴盤 123 (141202)

L'Araignee-Mal / Atoll
L'Araignee-Mal / Atoll

 今週はフランスのプログレである。このアトールは、マーキームーン社の「フレンチ・ロック集成 」(1994年12月刊)によると、イエスとしばしば比較されたという。このアルバムが出たのは1975年である。もう昔のことなので、すっかり忘れていた。この本の表紙にはこのアトールのアルバムのジャケットが使われている。日本では6枚のアルバムすべてが日本盤として発売されていたという。私の持っているのは、フランスの原盤である。ユーロロック・マガジンの「フールス・メイト」(1979年11月刊)では、アトールの最高傑作はTeritio / Atoll(1978年)と書いてあった。あまり印象に残っていなかったので、長いことこのアルバムを聴く気になれなかった。しかし、今回聴いてみたらなかなかよかった。
 まず、B面すべてをうめつくしているタイトルの組曲である。1曲目のAtoll - Imaginez Le Tempsである。次は2曲目である。Atoll - L'Araignee-Malで聴くことができる。YouTubeには先ほどの「Teritio」のフル・アルバムもアップロードされていた。2曲目の「Les Dieux Meme...」がよかったので、興味のある人は自分で検索して下さい。
 次は、同じフランスのUntitled / Altais(1986年)である。以前に調べたら、YouTubeでは1曲もアップロードされていなかった。仕方ないので、またマキシ・シングル・レコードからパソコンに取り入れ、ノイズ・クリーニングをかけて、自分で動画を作った。今回は自分の持っているDVDから動画を取り入れた。昔の映像なので著作権は大丈夫だと思う。曲が7分40秒もあり、動画で全編もたせるのができなかった。仕方ないので、曲は前後をカットした。バンドは、マグマの流れを汲むものである。万人向けではないが、私の好きな曲である。何とアップロードしてみたら、知らない間にすでにアップロードされていた。これからは動画を作る前に、きちんとチェックしなければならない。Altais - Altaisで聴くことができる。
 さて、いつものようにNHKの「Music Box」からである。まず、ポップスに近い曲である。今回日本語のウィキペディアで調べてみたら、アメリカの歌手であった。私はすっかり欧州の歌手かと思っていた。アメリカで1位を獲得し、日本でも日本語のカバー曲が出たという。1989年の作品である。Martika - Toy Soldiersで聴くことできる。次は、オーストラリアのバンドである。地味な曲だと思っていたら、視聴者数が多いのに驚いた。1987年の作品である。Midnight Oil - Beds Are Burningで聴くことができる。

 

平成26年11月25日(火)

 この日記は27日(木)に書いている。どこに行っていたかというと、また香港である。今回は日本の航空会社が売り出していたお得なホテルと航空券のパックを使った。23日(日)から25日(火)までの2泊3日の旅である。料金は82,800円である。わずか2年余りの間に、1ドルが80円から117円になった。航空券とホテルを別々に予約すると、びっくりするほど値段が高くなる。特に香港は1人で泊まると、ちょっとしたホテルで1泊2万5千円にもなる。前から書いているように、個人資産はドル換算でいくと、68%まで目減りしている。国民の給与は2年前と比べ、1.46倍に増やしてもらわないと、割りがあわないことになる。留学や海外での滞在費用は、1.46倍になる。株でわずかに儲かったぐらいで、喜んでいる場合ではない。
 患者さんの話を聞いていても、アベノミクスの恩恵を受けているのは、輸出企業ぐらいである。大企業が儲かっていても、個人の給与に反映されるのは微々たるものである。なぜかというと、日本では正社員の給与を一旦上げてしまうと、今度はなかなか下げにくいからである。厳しい国際競争の中で、現在好調な輸出企業もいつまで勝ち続けることができるのか、誰も予想できない。今回は異次元の金融緩和で円安がもたらされているだけである。本来の企業の競争力によるものではない。景気回復というが、急速な少子高齢化が進む日本の社会で、内需が拡大するとは到底思えない。ここでも何回も書いているように、長い不況で消費者意識もすっかり変わった。
 最近、患者さんの話を聞いていても、まったく景気が回復していないと実感している。若い夫婦の場合は、今は共稼ぎが多い。妻が正社員で、夫が正社員というケースも少なくない。正社員といっても、妻の場合はせいぜい手取りで18万円ぐらいである。今は売り上げなど、女性社員でもノルマは厳しい。子どもがまだ小さく、ノルマも厳しいと、妻の方は正社員をやめたくなる。ところが、そんな時に限って、今度は夫が今の仕事をやめたいと言い出す。夫の方も安い給与でこき使われ、精神的に限界に達している。サービス残業も多く、給与もほとんど上がらない。
 中には、夫が転職したばかりの人もいる。その夫がまた新しい仕事は合わないと言い出している。今の世の中は、特殊なスキルがないと、転職しても条件のいい仕事に巡りあうことほぼ不可能である。こんな場合は、正社員をやめたい妻も、ノルマに追われる仕事をいつまでたってもやめることができない。じゃあ、高給をとっているエリートと言われる人が楽な生活を送っているかというと、決してそうではない。超人的な努力をして、恐ろしいほど多忙な生活を送っている。昔と違って、最近は本当においしい仕事がなくなったと思う。パートでも、時給はほぼ同じである。仕事内容に、多少の温度差があるぐらいである。給与は安くても、ゆったりとした生活を送りたいというのは夢のまた夢である。
 さて、選挙である。私は国会議員の数も知らないぐらい無知である。ネットで調べてみたら722人である。今回の衆議院選では475議席が争われる。最近の選挙では、誰を選んでも何も変わらないというあきらめムードが流れている。私は今回の選挙で言いたいことはただ一つだけである。「世襲議員を選ぶな」である。小渕優子は26歳で当選している。小泉進次郎は28歳である。私は皇室制度は守るべきだと思っているし、大企業の社長を息子が引き継ぐのも反対しているわけではない。親の七光りで、TV局に勤めるのもかまわない。しかし、日本の将来を担う国会議員を世襲するのは声を大にして反対である。
 この点では、まだ地方選挙の方がましである。例えば、橋本大阪市長が急逝した場合、その時に26歳になっている息子が大阪市長に選ばれることはありえない。もし、大阪市民が選挙で選んだら、世間の笑い者になる。どこの国でもある程度世襲の国会議員はいる。しかし、先進国では日本は異常なほど多い。選挙制度が十分に機能していない証拠である。それこそ、世界の笑い者である。どうしてこれだけ世襲議員が多いかというと、それだけ堅固たる利権構造ができているからである。せいぜい少しできのいいセールスマン程度の頭で、マスコミが名門出身であると持ち上げる。国民も単なるタレントを選ぶような気分で投票する。まさに、奴隷根性に等しいと言わざるを得ない。
 日本の国民が世襲議員に日本を牛耳らせたいと望むなら、それでもかまわない。世間では官僚が悪者扱いされることが多い。しかし、官僚は世襲制ではない。昔と違って、今では本当に優秀な若い官僚は辞めていくと言われる。官僚を非難したいなら、血が出るほど勉強したこともなく、単なる耳学問の知識しかない世襲議員を選んではいけない。それこそ批判したい官僚の言いなりになるだけである。
 香港には23日(日)の朝10時10分の飛行機に乗り、現地時間(1時間遅い)で午後1時半に着いた。空港からは自分でホテルまで行かないといけない。9月に香港に行った時に、大体の地理感覚はついた。今回泊まるのは、香港島の金融センターやフェリー乗り場がある中環(セントラル)から一つ地下鉄で行った上環である。私はここで初めてトラムを見た。トラムというのは線路の上を走る2階建ての電車である。気候はベストシーズンで、15℃から25℃の間ぐらいである。日中は半袖姿の人も多い。夜は軽く羽織る物があった方がいいぐらいである。3日間とも晴天であった。駅からはけっこう遠く、歩いて行けども行けども目的のホテルは見つからなかった。長袖シャツに軽い上着を着ていたので、汗だくであった。さすがに、行き過ぎたと思ったので、ホテルの場所を聞いた。何と、大分通り過ぎていた。ホテルに着いて、私もいよいよ呆けてきたのかと思った。
 この日はホテルでどこに行くか考えていた。ゆっくりしていたら、大分遅くなってしまった。結局ビクトリア・ピークにまた上って、前回暴風雨のリベンジである。今回新しいカメラを買った。発売になったばかりのパナソニックのハイエンド・コンデジLX100は迷って買うのはやめた。買ったのは、ソニーのデジタル一眼カメラのα6000である。私の許容範囲内の大きさと重さで、使い勝手はよかった。駅までは、トラムに乗ることにした。前回買ったオクトパス(カード)があるので、便利である。チャージしたら、JR西のICOCAみたいに使える。ほぼすべての交通機関に利用できるだけではなく、セブンイレブンなどの店でも使える。このトラムは一律2.5香港ドルである。(1香港ドルは18円弱)
 この日はビクトリア・ピークに行くトラムが混雑しており、30分以上待った。よく考えたら、日曜日なので、オフィスの電気はあまり灯いていないことになる。それでも、何枚も写真を撮ってきた。帰りのトラムも混んでいて、無理に来ることもなかったと少し後悔した。夕食は日本食レストランでとった。グラスビールが30(香港)ドルである。定食が110ドルである。サービス料も含め、合計163ドルであっt。日本円にしたら、約2900円になる。日本で食べても、せいぜい1800円ぐらいである。いかに円安が進んでいるかがわかる。この日は、同じ香港島のナイト・スポットである湾仔にも行ってみた。主に白人専用のバーなどが並んでいるRockhart Rdである。フィリピン人がいるトップレス・バーもあった。ネットで調べてみたら、ぼったくりバーも多いと書いてあった。店の前に立っているママさんと話した。結局、はいるのはためらった。この続きは次週にします。

トラム  トラムの2階建ての電車である。窓が開いているので、2階からの眺めは抜群である。写真も好きなように撮れる。香港に行ったら、是非とも1度は乗ってみたい乗り物である。

ホテル  今回のパックツアーで泊まったホテルである。手前にバスルームがある。部屋は広くて、快適であった。唯一の欠点はTVがついていなかったことぐらいである。私は3泊4日程度の旅行ではTVはまったく見ないので、不自由はしなかった。

ビクトリア・ハーバー  前回リベンジのビクトリア・ハーバーの写真である。あまりにも人が多くて、少しうんざりした。日本人観光客もちらほら見た。日本人観光客が必要ないほど、世界各国から大勢の人が訪れていた。

怪しいバー  湾仔にはこんなバーが何件も並んでいる。カーテンの奥は覗けない。ビール1杯50(香港)ドルという所もあれば、100ドルという所もあった。フィリピン人だけではなく、中国人や香港人もいるようである。店の前に座っていた中国人らしき女の子はぼられてもいいと思うほど魅力的であった。ネットでは連れだし料が1000ドル(約1万8千円)と書いてあるホームページもあった。

コヨーテ  こちらは健全なオープン・バーである。金融センターで働く白人のビジネスマンが多いという。日常会話ぐらいの英語は不自由なくしゃべれないと、楽しめないかも知れない。

今週の愛聴盤 122 (141125)

Canterbury Tales The Best Of Caravan / Caravan
Canterbury Tales The Best Of Caravan / Caravan

 今回紹介するアルバムは1978年に出たキャラヴァンのベスト・アルバムである。私の持っているレコードは日本盤である。たかみひろしが書いているライナーノートを読むと、英国盤(1976年)は2枚組であった。ここでは、イエスとキング・クリムゾンが日本で受けていて、ソフトマシンとキャラヴァンはどうして人気薄かと書いてあった。ソフトマシンもキャラヴァンもカンタベリー系で、曲としては少し癖がある。ライナーノートの詳しい解説を読むと、ディヴ・スチュワートが他にもエッグやナショナル・ヘルスなどのカンタベリー系グループに在籍していたことがわかった。キャラヴァンの名曲は「For Richard」ということぐらいしか覚えていない。
 さて、このアルバムの中にはいっている1974年のライブ曲はYouTubeで見つけることができなかった。仕方ないので、アルバムからの紹介である。前半はあまりぱっとしないが、後半になるとよくなる。Caravan - Can't be long now/Francoise/For Richard/Warlockで聴くことできる。次に、ライナーノートでも、名曲としている曲である。Caravan - L'auberge Du Sanglier / A Hunting We Shall / Go Pengola / Backwards A Hunting We Shall Go Repriseである。
 次は、前から紹介したいと思っていたDaniel Lentzである。アメリカの電子音楽作曲家である。久しぶりにYouTubeで調べてみたら、いくつかの曲がアップロードされていた。私の持っているアルバムの曲はまだアップロードされていなかった。著作権の関係で削除されているのかよくわからない。アルバム名は、After Images / Daniel Lentz(1981年)である。10インチのレコードである。とりあえず、私が1番好きな曲をアップロードすることにした。レコードのノイズはきれいに取り除けなかった。動画は私が青島、海陵島、グアム島、プーケット島で撮りためてきたものである。青空を舞う凧は海陵島で撮ってきた。Daniel Lentz - Solar Cadenceで聴くことができる。すでにアップロードされている曲では、Daniel Lentz - Luminareを紹介しておく。
 最後は、いつものように私が「Music Box」から録りためた曲である。NHKで衛星放送をしていたのは、1980年代後半だったと思う。実は、この番組では過去の古い映像も放送していた。ここでは、懐かしのThe Whoを紹介する。1965年の発売である。楽器を叩き壊すのはジミ・ヘン(ジミ・ヘンドリックス)だけのおはこではなかった。The Who - My Generationで聴くことができる。次は、ヴェルヴェッド・アンダーグラウンドのシスター・レイを思い出させる曲である。イギリスのバンドで、1989年に発売されている。Spacemen 3 - Revolutionである。

 

平成26年11月18日(火)

 最近患者さんの話を聞いていると、老後の逆転夫婦も多くなってきた。逆転夫婦というのは、年老いた妻が夫の面倒をみるのではなく、年老いた夫が妻の面倒をみるケースである。今は夫婦とも長生きするので、妻の方が先に呆けてきたり、体力が衰えてきたりする。夫の世話に手がかかるのに、夫がデイ・サービスに行くのをいやがるというのはよく聞く話である。80歳を越える夫はこれまで亭主関白できたので、夫に怒鳴られると妻は何も言えなくなる。こんな亭主関白の夫も、先に妻に呆けられてしまうともうお手上げである。年老いた夫のぼやきを聞くことも珍しくなくなってきた。最近もうひとつよく耳にするようになったことは、自分や夫の兄弟についてである。夫はまだ手がかからなくても、夫の兄が1人暮らしをしていて、呆けてきた場合である。徳島や福井に住んでいたら、まだ知らん顔もできる。しかし、近所に住んでいたら、もう逃げられない。年をとると、自分の妻や夫の面倒だけですまない。下手をすると、1人暮らしの兄弟の分までのしかかってくる。
 先週の土曜日はまた京都駅裏のイオンモールに映画を見に行った。映画のタイトルは「ザ・ゲスト」である。映画館の予告編で面白そうだったので、予備知識なしで行った。私好みの作品で、内容は面白かった。「ノーカントリー」、「ヒストリー・オブ・バイオレンス」、「ドライブ」などに出てくるある種の殺し屋に通じるものがあった。ある日突然、戦闘で亡くなった息子の戦友が訪れてくる所から物語が始まる。話の展開が思わぬ方向に進み、飽きることなく最後まで楽しめた。ホームパーティの場面で、「今週の愛聴盤」で紹介したDAFの「Mussolini」の曲が流れていた。サスペンスやアクションものが好きな人にはお勧めの映画である。
 さて、最後にきょう読み終えた本である。鈴木大介「最貧困女子」(幻冬舎新書)である。日曜日の京都新聞で、中村淳彦「職業としてのAV女優」(幻冬舎新書)が取りあげられていた。内容としては、共通したものがあるのだろう。この本については先週の「週刊スパ」に取りあげられていた。著者は裏社会・触法少年少女を中心とした取材活動をするルポライターである。この本を読んでいて平成20年に出版された「家のない少女」(宝島社)と同じ著者だとわかった。この単行本は今でも残している。しかし、買ったまま、まったく読んでいない。貧困に関する本は何冊も持っている。まだ読みかけの本も多い。
 私は診察で病歴を取るときには、問題のありそうな患者さんの生い立ちはかなり詳しく聞いていく。だから、ここに書かれていることについては、特別驚くことでもない。しかし、私の知らない世界のこともかなり詳しく解説している。前から書いているように、最近は子どもの虐待について報道されるようになった。幼い子どもをストーブの上に置いてやけどさせたり、自殺しろと言って自殺させたりする親もいる。最悪の場合は母親や義父に虐待され、そのまま亡くなってしまう。殺されはしなくても、過酷な環境で生き残った人も大勢いる。
 精神科をやっていると、こういう人と関わざるをえない。無理難題を言う薬物中毒の人もこういう環境で育った人が多い。まだ、30代だというのに、人生の半分を刑務所で過ごしている人もいる。この人は父親が刑務所暮らしで、母親が逃げ、親戚をたらい回しにされていた。生きるために、窃盗を繰り返している。父親の借金を返すために、高校を中退して風俗で働いている人もいる。劣悪な環境で育っても真面目に生きている人はもちろんいる。しかし、何でもかんでも「自己責任」にして切り捨ててしまうのは気の毒である。無理難題をいう人には、私もきれてしまう。この本にも書いてあるように、本当に気の毒であるが、救いようがないほど、面倒臭くて可愛らしくない人も多い。
 まず、貧困についてである。著者によると、低所得に加えて「三つの無縁」、「三つの障害」から貧困に陥るという。三つの無縁とは、「家族の無縁・地域の無縁・制度の無縁」である。三つの障害とは、「精神障害・発達障害・知的障害」である。今話題のマイルド・ヤンキーのことにも触れている。ここでは、プア充女子のことが引き合いに出されている。強い地元愛と地元仲間との連帯感がある。生活をやりくりする上で、地元仲間との支え合い、分け与えの「シェア」感覚が通底している。「地元を捨てたら負け」「上京したら負け」という感覚もある。「せっかく上京しても、余計貧乏になったみたいな子も多いし、特に女の場合は上京したら100パーセント婚期をのがしますね。」という鋭い発言もある。
 この本では「私的に売春するシングルマザー」のことも書いている。著者が取材した28歳の女性が出てくる。小学校に通う8歳と6歳の子どもがいる。出会い系サイトの「今すぐ系」の掲示板で売春相手を募集している。しかし、小柄な体躯は丸々と太り、厚塗りのファンデーションで短いスカートをはいている。生のセックスで1万円でも客がつくことは稀である。幼少時から母親に虐待され、結婚してからも夫に暴力をふるわれている。「死ね」スイッチがはいると、泣き叫ぶ子どもたちの前で手首を切る。学生時代に見た映画に「ドイツ・青ざめた母」がある。内容は忘れてしまったが、浴室で手首を切る母親に幼い娘が泣き叫んでいたシーンを思い出した。生活保護を受けることも子どもを児童養護施設に入れることも拒否している。自分が施設にいた時に感じた見捨てられたという感覚を子どもたちに味合わせたくないからだという。今の養護施設は経済的な理由より虐待が優先されるようである。
 この本では、少女の家出はわがままではなく、避難とも書いてある。しかし、現金収入もない少女が家出したら、すぐに泊まる所にも食べることにもこと欠く。せっかく上京しても、ネットカフェに未成年が深夜入店することは禁止され、プリペイド携帯の購入も今は不可能である。昔とは違って、すぐに補導される危険性が高い。この時に路上のセーフティネットワークが働く。最低限の生活を整えてくれ、セックスワークへと導いてくれる集団である。未成年でも、健康保険証貸しや身分証のレンタルもしてくれる。しかし、この世界でも落ちこぼれる少女がいる。デブで不細工で性格のゆがんだ少女である。商品価値のない少女に対しては、この業界の人間もドライである。
 ここでは、知的障害を抱えた女性らの売春ワークについても書いてある。売春で生活している最底辺の人たちである。AVのモデルプロダクションの社長の発言も出てくる。「いわゆる三大NG現場(ハードSM、アナル、スカトロ)にいる。特にスカトロAVに出ている女優の半数は知的障害だ」。 また、「1980年代に流行ったロリコン雑誌では、知的障害やダウン症などを抱える小中学生の少女をヌードモデルにしていた」とも証言している。多くは親が業者に売る形だったといい、業界の闇の歴史なのだという。性産業に生きる人々には、「知的障害者の女は太っている」という共通認識があるらしい。障害のある女性を扱うスカウト業者らの「知的障害の作業所で小銭をもらうか、自分の力で稼いでおしゃれをするのか?」という言葉も紹介されている。貧困の闇は果てしなく深い。

今週の愛聴盤 121 (141118)

Uzed / Univers Zero
Uzed / Univers Zero

 キャンパス・プラザ前のマンションで候補のアルバムを何枚か見つけて、いつも医院でチェックしている。マンションに置いてあるパソコンでも調べることはできる。しかし、LPレコードを調べるだけで精一杯である。大体土日にかけて調べ、原稿は月曜日には書くようにしている。ところが、YouTubeでチェックしても、曲がアップロードされていないことがよくある。今回も大船に乗ったつもりで候補のアルバムを決めていた。ところが、1曲しかアップロードされていなかった。急遽変更し、2枚目のアルバムのために、日曜日の夜にまた京都駅近くのマンションに戻った。
 さて、今回はプログレの中でも特殊な領域のロックである。チェンバー・ロック(室内楽ロック)である。Univers Zeroはベルギーのバンドで、この分野では大御所である。日本語のホームページに詳しいアルバムの紹介が載っていた。このバンドについては何枚か買って聴いたことはある。今残しているのは1984年発売のこのLPレコードだけである。チェンバー・ロックはなかなか癖があり、好みによって出来・不出来の評価が大きくかわる。前衛的でアヴァンギャルドな演奏は、一歩間違えると、独りよがりになってしまう。このアルバムの中から代表的な曲を紹介する。Univers Zero - Presageである。5ヶ月前にアップロードされたばかりなので、著作権の関係ですぐに削除されるのかもしれない。
 実は、2番目に紹介するチェンバーロックをどこのバンドにしようかと考えていた。YouTubeで検索していたら、初期のUnivers Zeroのメンバーが作ったバンドのことを思い出した。YouTubeの演奏内容がよかったので、マンションまでこのバンドのアルバム(CD)を取りに行っていた。N.6 / Present(1999年)である。私の持っているCDはベル・アンティークから出ている日本盤である。このCDは私の好みとしてはもうひとつであった。日本で発売されているCDは著作権にうるさいので、ここでは私の気に入ったライブ演奏を紹介する。まず、Present - Jack The Ripperである。次に、最後の方で楽器を破壊していく演奏である。昔のジミ・ヘンドリックスを思い出してしまった。Present - Promenade Au Fond d'un Canalで聴くことができる。他にも、「Present A Last Drop」の演奏もよかった。興味のある人は自分で検索して下さい。
 次に、前からYpuTubeにアップロードしたいと思っていた曲である。私の持っているのは1981年発売の10インチのレコードである。以前に検索したら、アップロードされていなかった。今回このレコードから曲をパソコンに取り入れ、ノイズクリーニングをして、動画をつけた。動画は私の録りためたビデオから取った。8mmビデオはアナログなので、再生時に日付を消したり付けたりすることができない。少し安易であるが、動画は日付がついたままである。私の作製したオリジナルの動画をアップロードしてみたら、すでに8ヶ月前に曲だけがアップロードされていた。曲の前後にジャケットの写真を載せた。右下のビニール袋が少し折れ曲がっている。ビニール袋を取った方がすっきりとしそうである。ところが、このイラストや裏面の曲目などはこのビニール袋の上に書かれている。この曲はZNRのHector Zazouが作曲している。。Video Adventures - Zazou Sur La Pisteで聴くことができる。
 いつものように、私が録りためた「Music Box」からである。まず、イギリスのオルタナティブ・ロックである。1989年の作品である。The Jesus And Mary Chain - Blues From A Gunである。次に、ビートルズもカバーしている曲である。今回カバーしているのは、ニューヨークのヒップホップグループである。1989年の作品である。Salt-N-Pepa - Twist & Shoutで聴くことができる。

 

平成26年11月11日(火)

 きょうはあまり書くことがない。読みかけの本もあるが、これからいくら頑張っても読み終えそうもない。東山区では精神科関係のクリニックがこの10月で閉院した。私の先輩にあたる院長先生は卒業年度でみると、70歳ぐらいである。この先生は完全引退ではなく、北区のクリニックで手伝うようである。この12月には精神科関係の病院も閉院になる。この院長先生は今年87歳になる。私は60歳を過ぎて、いつまで仕事を続けたらいいのかと考えたりする。息子はまだ1回生で、卒業までに6年かかる。私立医学部といえども、余裕で授業料分ぐらいの蓄えはある。
 前から、早くリタイアしたいと思っていた。しかし、退職した患者さんの話を聞いていると、まったく仕事がないのも大変そうである。男性は社会の中で常に自分の存在感を確認できていないと、だめなようである。社会からもう必要ないと宣告されているような気がすると、残りの人生に虚脱感を感じる。これまでは活躍の場を会社が用意してくれた。これからは自分で用意しなければならない。そう考えると、開業医も悪くはないかと考え直したりする。外来の患者さんの数は去年より微増している。しかし、11月にはいってからはまた少し減っている。年齢も年齢なので、最近は以前ほど患者数にこだわっていない。必要以上に患者さんに媚びることなく、自分の信じる医療を続けていこうと思う。
 先週の土曜日は、ある抗うつ薬の3周年記念講演会があった。京大と府立医大の両教授が座長をしていた。メインの講演は、兵庫医大教授の「強迫スペクトラムの現在とこれから〜うつ病との関連性を含めて〜」である。強迫性障害には、強迫思考と強迫行為がある。強迫思考とは、例えば数にこだわり、4という数字が縁起が悪いと思って頭から取り除けないことである。4という数字を極端に避ける行動が強迫行為である。他にも、ガスの元栓を何回も確認したり、バイ菌がついたのではないかと何回も手を洗ったりする。有名所では、サッカーのベッカム選手がいる。冷蔵庫の中でも、何でも対称的に物を置かないと気がすまない。
 今回新しく改訂されたアメリカの精神疾患の分類や今度改訂される国際分類のことが詳しく解説された。精神疾患は内科などのように病理診断などきちんとした検査結果で分類されるわけでない。単なる精神症状によって分類される。だから、改訂ごとに分類の位置づけや診断基準がころころと変わる。今回の講演では、アスペルガー障害などの自閉症スペクトラムに見られる強迫的なこだわりについては触れていなかった。話を聞けば聞くほど、疾患単位としてますます迷宮にはいっていくような印象を受けた。よく考えたら、今ではうつ病でさえ混迷をきたしている。
 講演会の後に、情報交換会(懇親会)があった。100名近くの参加者がいたということである。若い先生が多かった。それもそのはずで、母校の精神医学教室の同窓会名簿を見ると、全29ページのうち私の名前は前から7ページ目に載っている。開業してから14年目になるので、見知らない先生ばかりである。私より上の先生はよく知っている。たまたま福知山から参加していた平成5年卒の先生と久しぶりに話をしていた。このあたりでも卒後20年にはなるので、もうベテランである。同じ教室でも、平成10年以降の卒業の先生はほとんど知らない。ここでもひしひしと老いを感じた。
 さて、前からやりたいと思っていたことである。中国語と動画とHTMLの勉強である。中国語はまだまったく手をつけていない。次に動画である。先週は初めてYouTubeに動画をアップロードした。すでにTV番組で放送されたものなので、VHSテープからパソコンにデータを移し、途中途切れていた部分をつなぎ合わせただけである。動画編集ソフトの使い方がわからなかったので、最初どうやってパソコンにデータを入れたらいいのかわからなかった。今回はもう少し手の込んだ動画を作った。バックグラウンド・ミュージックとして、私の好きな「The Kinks - Celluloid Heroes」を選んだ。この曲は私の持っているLPレコードから録音した。ノイズがはいっていたので、パソコンソフトのノイズ・クリーニングを使った。
 元となる動画は私が録り溜めた8mmテープからである。動画編集ソフトを使って、必要な動画の部分だけトリミングをした。曲と動画の長さをそろえるのが面倒である。曲の長さより短く動画を編集してしまった。後から15秒ほどの動画を挿入してもよかった。しかし、慣れていないので、下手なことをすると、また最初からやり直しである。仕方ないので、曲の前奏をカットした。曲はフェードインし、動画はフェードアウトした。この効果のつけ方も入門書を見ながらやった。前にも書いたように、私は廃盤になったレコードを何枚も持っている。まだYouTubeにはアップロードされていない曲がたくさんある。時間があったら、少しずつアップロードしていこうと思っている。特殊な映像効果の勉強はこれからである。今回動画ソフトの基本的な使い方はわかった。動画から音声を抜いて、音楽を挿入する方法などでも覚えた。
 今回アップロードするのは純粋な音楽ビデオではない。このキンクスの曲は自分が年をとって、しみじみとそのよさがわかるようになった。内容はプライベート・ビデオである。私にとっては、初めての本格的なオリジナル作品である。個人的にはいい動画だと思っている。しかし、他人にとってはあまり面白くないかもしれない。何でも記録に残すことは大切である。ビデオはじっと構えていなければならないので、根気がいる。手ぶれさえしなければ、誰でもそこそこの動画は撮れる。写真を撮るのとは違って、あまり面白みがない。しかし、情報量は動画の方が圧倒的である。これから公開する動画を見たら、写真なんかでは物足りないことがよくわかる。
 新しく動画をYouTubeにアップロードしました。興味のある人はmonmonLife - 1. Everybody's A Dreamerで視聴することができます。

今週の愛聴盤 120 (141111)

Palepoli / Osanna
Palepoli / Osanna

 今回は決め手となるアルバムがなかなか見つからなかった。イタリアのバンドをいくつか聴いてみた。内容はもうひとつでピンとこなかった。プログレは曲が長いので、曲の善し悪しがすぐに判断できない。15分ほど聴いて何も盛り上がりがないと、腹が立つ。名盤と呼ばれていたアルバムは何枚も持っている。このOsannaもよく知られたバンドである。しかし、30〜40年も経つと、どんな曲だったのかまったく思い出せない。このアルバムは針を落として、最初の数分で名盤だとわかった。LPレコード1枚すべて聴き応えがあった。1973年の作品である。
 「イタリアロック集成(1965-1993)」(マーキームーン社)で調べてみると、このLPレコードはカーニバル的な、呪術的なアルバムとなっていた。さて、ナポリの方言で歌われているアルバムの第1曲目である。日本盤と原盤では曲の作りが違うようである。私の持っているのは、原盤である。この曲は長いので、前半の部分だけでいいだろう。Osanna - Oro Caldoで聴くことができる。次はB面すべてを使った曲である。20分以上あるが、最後まで聴いてみる価値はある。Osanna - Animale senza respiroである。
 実は私はもう1枚のLPレコードも持っている。Milano Calibro 9 / Osanna(1972年)である。先ほどの「イタリアロック集成」によると、以前に紹介したことのあるConcerto Grosso Per I / New Trolls(1971年)の作曲とアレンジの担当者も参加している。まず、アルバムの1曲目である。New Trollsのようにオーケストラもはいっている。Osanna - Preludioで聴くことができる。最後に、まったく画像の写っていない動画である。しかし、この曲は捨てがたい。5分40秒過ぎからまた盛り返す。Osanna - Variazione III -Yである。
 さて、最後はNHKBSで放送していた「Music Box」からである。まず、Guru Josh - Infinityである。英語のウィキペディアによると、アシド・ハウスとかテクノに属するようである。出身はJerseyというノルマンディの島で、所属はフランスではなくイギリスのようである。1990年の作品である。次に紹介するのは、リヴァプール出身の4人組である。日本語のウィキペディアによると、ビートルズやローリング・ストーンズと同じ世代である。この曲は1964年に発売されている。きょう紹介するのは1988年のリメイク盤である。The Searchers - Needles and Pinsで聴くことができる。

 

平成26年11月4日(火)

 異次元の金融緩和で、円安が進み株価が上昇している。しかし、患者さんの話を聞いていると、景気がよくなっているという実感はない。特に個人事業主はよくない。例えば、車関係は悪いと言われて久しい。これまで町の小さな修理工場で生計を立てていた人は、中古車も扱っていた。ところが、最近は新車を販売するとデイーラーが顧客を囲ってしまい、車検なども自分の工場でしてしまう。中古車もネットでの競売が中心となり、いい車が手に入らなくなった。町の床屋さんでも同じである。お客さんがカットだけの格安のチェーン店に流れてしまう。従業員を抱えているもう少し規模の大きい中小企業も同じである。これまで細々と生計を立てていた隙間産業に大手が容赦なく入り込んでくる。
 急速な少子高齢化や長引く不況で経済状況や産業構造がどんどんと変わっている。時代についていけなかったと言ったらそうかもしれない。しかし、長年自動車修理や床屋で生活していた人が、生活が苦しくなってきて、他の職業に変わろうと思ってもかなり無理がある。今さら他の事業に手を出しても、なかなか成功しない。建築関係の仕事を1人親方でやっていた人の中には、仕事がなくなり、子犬が高く売れた時に、ペットの販売をしていた人もいる。しかし、ブームが去って、今は工場で働いている。借金のない人はまだましである。多額の借金を抱え、個人事業主としてにっちもさっちもいかなくなっている人も大勢いる。消費者の意識が変わっているので、株価が上がったらどんどんと物が売れ、仕事が増えるというものでもない。株でもうけた人は、一時的に欲しかった物を買うかもしれない。しかし、ふつうのサラリーマンや自営業の人はなかなか株に手を出している暇はない。こういう問題は、どう解決していいのか私にもよくわからない。
 先週の木曜日は、ある製薬会社主催の講演会があった。私は午後の外来があったり、翌日の外来があるので、ふだんはウィークデイの講演会には参加しない。土曜日の夕方が1番都合がいい。今回は午後6時45分から9時半ぐらいまであった。新しい不眠症の治療薬についての講演会であった。演題は2題あり、睡眠専門の先生が「不眠症の新たな治療戦略」を講演し、次にこの不眠症治療薬を開発した筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の教授が「睡眠・覚醒の謎に挑む〜オレキシン系の発見からフォワード・ジェネティクスへ〜」を講演した。後の講演がこの日の呼び物で、会場は大勢の参加者でびっしりとつまっていた。
 最初の講演は、大体私が知っていることで、不眠症についてのおさらいであった。知識の整理には役だった。ここで1つ興味深いことを耳にした。ネットで医師専門の医療情報を発信しているm3.comでも取りあげられていたニュースである。私の所に勝手に送ってくるメディカル・トリビューンでも、「ベンゾジアゼピン系薬を長期使用している高齢者でAD(アルツハイマー病)リスク上昇を観察」の記事が載っていた。ベンゾジアゼピン系薬とは、睡眠導入薬や抗不安薬のことである。私がこの日記でも書いているように、現在では必要以上に悪者扱いされている薬である。講師の先生によると、他のデータも使ってこの見解を否定していた。鶏が先か、卵が先かである。もともとアルツハイマー病を発症する人が先に不眠などの症状を発現しているだけなのである。ベンゾジアゼピン系睡眠導入薬を長期服用していたから、アルツハイマー病になるリスクが高まったわけではない。
 次の講師の先生は世界的にも名の知れた睡眠研究者である。オレキシンというのは、神経ペプチドの一種で、食欲中枢に関与し、精神科領域では拒食症や過食症が取りざたされていた。この先生も当初はオレキシンを作れないノックアウトマウスを使って、摂食を調べていた。ところが、オレキシンがないのに、摂食量が増えたりして、思うように研究が進まなかった。そこで、夜間も監視カメラを使い、24時間マウスを観察することにした。マウスは昼間は寝て夜間に活動する。ところが、マウスの中に突然倒れて、また動き出したりするおかしな現象が認められた。当初はてんかんなどを疑ったが、最終的にナルコレプシーであることがわかった。
 ナルコレプシーというのは、笑ったりすると急に身体の力が抜けたり(情動性脱力発作)、突然強い眠気に襲われたりする睡眠障害の病気である。リタリンが治療薬として使われたので、一時自称ナルコレプシーの患者さんが増えた。ナルコレプシーという病気はオレキシンが欠乏した病気であることがつきとめられたのである。すなわち、オレキシンは覚醒系に関与していることが明らかとなった。
 だから、オレキシンの作用を阻害する薬を使うと、疑似ナルコレプシーの状態を作り、眠気を催すことになる。今回開発された睡眠の薬は、ベンゾジアゼピン系睡眠導入薬のように依存性はない。これまでの治験データを見ると、偽薬よりは睡眠効果は高まっていた。もうすぐ発売されるので、どこまで効果があるのかは、これからの治療できちんとした評価が出る。今まで使っていたベンゾジアゼピン系睡眠導入薬をいきなり切り替えるのは離脱症状も出るのでよくない。新薬は最初の1年間は最長2週間しか処方できない。実際に使用するのは、新規の不眠症の患者さんが対象になるだろう。人間の場合は、強い情動(笑いや怒りなど)で脱力発作が生じやすい。しかし、マウスの場合は笑わない。どんな時に脱力発作が起こしやすいかというと、チョコレートを与えた時である。基礎医学的な難しいことを言わなかったので、わかりやすくて本当に勉強になった。
 この連休はいつものように、書類書きで1日がつぶれた。さて、きょう読み終えた本である。木村正人「見えない世界戦争 『サイバー戦』の最新報告」(新潮新書)である。本の帯には、40万人のサイバー部隊、100万人の世論工作隊ー暴走中国のリアルと書いてある。著者は元産経新聞ロンドン支局長となっていた。中国のことばかり書いているのかと思ったら、公平にアメリカやイギリス、ロシア、イスラエルなどのことにも言及していた。本の内容としては、以前に紹介したグレン・グリーンウォルド「曝露 スノーデンが私に託したファイル」(新潮社)に書かれていたことに、中国やロシアなどの事情が追加されたものである。アメリカのNSA(アメリカ国家安全保障局)にあたるイギリスのGCHQについてはこの本で初めて知った。
 ここからは6日(木)の追加である。まず、ソチ五輪直前のハニーポット実験のことが書かれている。ハニーポットとは、パソコンなどを乗っ取るハッカーなどの活動を観測するため、わざと侵入しやすく設定したインターネット上のおとり捜査の箇所である。セキュリティ会社が調べた所、スマホにロシア側のSIMカードを入れ、喫茶店のフリーWIFIにつなげ、ソチ五輪を特集するサイトにアクセスし、アプリをダウンロードしたところ、コーヒーを飲み終えないうちに、メールの連絡先情報などを盗み出してたという。トレンドマイクロ社や警察庁が掲げる対策では、80%の攻撃しか防げないとも書いてある。ハッカーの手に落ちたビットコインのことも詳しく解説している。
 さて、中国である。中国ではハッカーのことは「黒客」と呼ばれる。「紅客」とは祖国の敵とみなす相手に攻撃をしかけるサイバー愛国者のことである。尖閣諸島のことが日中間で問題になった時には、中国最大のハッカー集団「中国紅客連盟」の攻撃を受け、警察庁のサイトがダウンしたり、総務省や防衛省などのサイトがつながりにくくなり、最高裁のサイトが改ざんされた。遡って、2001年に米海軍の偵察機と中国の戦闘機が接触し、中国機が墜落し、パイロットが行方不明になった。この時に、アメリカ側のハッカーと中国紅客連盟がお互いに政府側のコンピューターを攻撃しあったという。グーグルと中国とのやりとりも興味深い。当初グーグルは「グーグル・チャイナ」に接続すれば、香港経由で自主検閲なしの「グーグル香港」に自動転送されるサービスを開始した。ネットを通じて政府批判が高まり、民衆蜂起が起こるのを何よりも恐れた中国当局は、2010年にこの自動転送サービスを止める見返りに、グーグルのネット事業免許を更新した。中国のネット検閲システムは、グレート・ウォール(万里の長城)をもじって、通称「グレート・ファイアウォール」と呼ばれる。
 中国版ツイッターである微博(ウェイポー)では、役人の不正が表に出たり大事故などが起こると激しく批判される。そうすると、「五毛党」と呼ばれる当局と契約を結んだ人たちが、1本5毛(約8円)の報酬で当局寄りのコメントを書き込む。中国のスパイ活動は主に国家安全部と中国人民解放軍に二分される。大手防衛企業にもハッキング攻撃がされ、第5世代ステルス機のF35の機密が中国のハッカーに盗まれていた。解放軍がいつの間にかアメリカの電力会社や重要インフラにバックドアやマルウエアを組み込み、いつでもコンピューター・ネットワーク攻撃を仕掛けられる体制を構築していたという。
 この本では、国家レベルの情報セキュリティ確保の中心的な役割を担う第3部のことも詳しく解説している。マニアでない限り、ここまで詳しい情報はいらないような気もする。アメリカでは中国の華為(ファーウェイ)が中国政府や人民解放軍のサイバー活動を支援していることが疑われたが、確たる証拠は見つからなかった。しかし、マルウェアを埋め込まれた通信機器などを恐れ、市場では閉め出されている。皮肉なことに、中国のサイバースパイが尻尾をつかまれる理由は、ウィンドウズやiPhoneなどを使っているからである。解放軍の能力はアメリカには遠く及ばない。中国のサイバー活動はお役所仕事で、現地時間の9時に始まり、正午から1時間中断され、午後1時から再開され、午後6時には終わるという情報もある。
 これだけ書いていると、中国はけしからんとなる。しかし、アメリカのNSAとイギリスのGCHQはドイツのメルケルが首相になる前の2002年から彼女の携帯電話を盗聴していた。NSAは日本、中国、ロシアなど世界122ヶ国の国家指導者の通話も盗聴していたという。表向きはテロリストから国を守るである。しかし、スノーデン事件が明らかになって、データの保管先を自国に戻す企業が続出した。アメリカのデータ会社は1800億ドルの売り上げを失ったという推計もある。産業スパイ行為も含め、ありとあらゆることが覗き見られている可能性がある。スノーデン・ファイルによると、NSAやGHCQは極秘裏にウィキリークスのサイトに訪れる利用者のIPアドレスを特定し、アサジンや支持者の動向を監視していたという。  私は知らなかったが、スノーデン・ファイルを最初に報道したイギリスのガーデイアン誌の編集長は英下院内務特別委員会の公聴会で反テロ法違反で厳しく問われている。私から言わせたら、自由報道したガーディアン紙を反テロ法違反で問うなら、スノーデンに機密ファイルを持ち出されたNSAの管理責任者も反テロ法違反で裁判にかけられるべきである。報道した側が悪いわけではない。こんなに重要な国家機密を盗まれた方が悪い。この本では、ガーデイアン誌のサーバーや記者のパソコン、携帯電話はNSAやGCHQに監視されていると考えるのが自然だろうとも書いている。今さらながら、中国と英米を比べて、どちらの方が監視国家なのかわからなくなる。日本はこの分野ではアメリカに頼るしかない。しかし、前にも書いたように、ミイラ取りがミイラにならないことをただ祈るばかりである。

今週の愛聴盤 119 (141104)

Ocean / Eloy
Ocean / Eloy

 久しぶりにドイツのクラウトロックである。クラウトロックというのは、1960年〜70年代にドイツで出てきた実験的な音楽である。ドイツのプログレにあたる。Eloyについては、日本語のホームページで詳しく紹介されていた。今回調べてみたら、2枚のLPレコードを残していた。このジャケットのデザインがもうひとつで、最初は別のアルバムを紹介しようと思った。ところが、こちらの方が中身が充実していた。1977年の作品である。このレコードは見開きジャケットである。普通は正方形のビニール袋に入れる。しかし、梅田のLPコーナーでは、二つ折りのジャケットをすべてビニール袋で包んで、折っていた。だから、30年以上経っているのに、まだ新品同様にきれいである。
 まず、ベスト曲である。今聴いても、素晴らしい曲だと思う。典型的なプログレの進行で、後半には泣きのギターもはいる。ジャケットの写真だけであるが、最後まで聴く価値はある。Eloy - Poseidon's Creationである。次は、私が持っているもう1枚のアルバムからである。Floating / Eloy(1974年)から、私の1番好きな曲を紹介する。もう、40年も経つ。視聴者数はまだ少ないが、動画の付いた方を紹介する。2分過ぎから曲の内容はよくなる。Eloy - Castle In The Airである。
 次に紹介するLPレコードは、Hansten Klork / Metabolist(1980年)である。どんな曲がはいっているのか忘れてしまっていた。今回改めて聴いてみたら、これがなかなかよかった。玄人好みの曲である。マグマやキング・クリムゾンの暗黒の部分がわかる人にはわかる。今回ネットで調べてみたら、幻のアルバムとなっていた。1度CD化され、現在は入手困難である。アマゾンで見てみたら、CDが1枚2万円で取引きされていた。イギリスのポストパンク・バンドである。まず、Metabolist - Curly Wallである。最後に、同じアルバムからMetabolist - Hoi Hoi Hoiを紹介する。
 さて、いつものように私が録りためた「Music Box」からである。曲がりなりにも、私がロックの流行を追えたのはこの番組のおかげで、1990年頃までである。だから、テクノ・ダンスやレイブ(ダンス音楽を一晩中流す大規模な音楽イベントやパーティー)のことはほとんど知らない。きょう紹介するのは、その中の初期のバンドである。ダビングしたビデオには「英国直送 ニューダンスビート」と書いてあった。N-Joiはイギリスのバンドである。N-Joi - Manic,Astoria,Techno gangsters,Century gangstersで聴くことができる。
 前から、YouTubeに投稿したいと思っていた。実は録りためた「Music Box」を見ていたら、「今週の愛聴盤5」(平成24年9月4日)で取りあげたビデオの一部がダビングしてあった。当時は誰の曲が使われているのかわからなかった。たまたま、買ったCDを聴いていて、Julee Cruiseの曲だとわかった。どこまで著作権法違反になるのかよくわからない。前のN-Joiの曲も、5分30秒あたりを見ていたら心配になった。私の動画は、VHSテープに録画して、またVHSテープでダビングしたものである。しかし、アップロードする前にヌード写真が使われていることも気になった。YouTubeでは音楽番組しか見ていないので、ヌード写真が違反になるのかわからなかった。いくら日本のTVで一般放送されていたといっても、今までヌード写真は見たことはない。念のため「nude」で検索してみたら、男性器が丸見えの動画もアップロードされていた。今回私がアップロードした動画は、もしかしたらすぐに削除されるかもしれない。この動画については、アーカイブとして是非とも残して欲しい。Julee Cruise - I Remember / Mysteries Of Loveで聴くことができる。

 

平成26年10月28日(火)

 最近はこの日記で書いている「今週の愛聴盤」に時間を取られるようになってしまった。私の持っているLPレコードやVHSテープに録りためた「Music Box」から毎週5〜6曲選曲している。この作業はそれなりに楽しい。しかし、手間暇がかかり、他にやりたいことができなくなってしまう。せっかく買ったソースネクストの「本格中国語」もまだ1回もパソコンで見ていない。次の旅行までに、簡単な会話ぐらいは覚えておきたい。YouTubeに投稿したい動画の作成も、思うように進んでいない。私は自分で撮影した動画の素材はたくさん持っている。ブルーレイ・ディスクやDVDに保存しているので、うまいことパソコンに動画ファイルを取り込めなかったりする。花や風景などを素材として撮りためた写真も山ほどある。動画ソフトの本を読みながら操作しているが、わからないことだらけである。講師料を払って、動画ソフトに詳しい人に直接聞いた方が早そうである。
 先週の土曜日は、京都駅のイオンモールにある映画館に行ってきた。キャンパス・プラザ前にある私のマンションから歩いて近い。夜9時過ぎからの最終上映を見るのには便利である。映画のタイトルは「イコライザー」である。ホームセンターで働いている元CIA諜報員が少女を助けるために、ロシアン・マフィアと戦う物語である。個人的には、最近見た映画の中で1番面白かった。何しろ、緊張感のある戦いのシーンが多い。超人的な強さで、ロシアン・マフィアを1人1人倒していくのが、何とも気持ちがいい。娯楽映画として本当に楽しめる。少し前に、「フライト・ゲーム」を見たが、もうひとつ乗り切れなかった。ストーリーの細部が気になって納得がいかなかった。クリント・イーストウッド監督の「ジャージー・ボーイズ」は悪くはなかった。しかし、この類いの話はよく知っているので、感動的とまではいかなかった。
 さて、きょうは往診が終わった後で、午後5時過ぎまで読んでいた本である。この日記も書き始めなければならないので、最後まで読み切れなかった。それでも、今回だけは例外的に取り上げようと思う。この日記では原則的には私が最後まで読んだ本しか取り上げていない。私は単行本については速読ができない。よく速読したのは、医学論文を書くときに使った引用文献ぐらいである。雑誌も斜め読みはする。実は先週の木曜日に京都新聞を読んでいたら、第1面に本の広告が載っていた。白井聡「永続敗戦論」(太田出版)である。「大好評17刷」となっていた。実は私の持っている本は第9刷で、今年の1月に出ている。最初の1章に福島の原発事故のことが書いてあった。もうひとつこの文章に乗り切れず、そのまま放置していた。
 新聞の広告を見て、また気を取り直して最初から読み始めた。第2章の「領土問題の本質」が面白かった。正直言って、第3章は時間がなくて最後まで読みきれていない。しかし、日本の国民が1番関心のある部分については今回是非とも書き記しておきたかった。この本を読んで、これまで私がこの日記で書いてきたことは概ね間違いでなかったと安心した。著者は早稲田大学を卒業し、現在は文化学園大学助教である。
 まず、戦後とは何かである。著者によると、日本は純然たる「敗戦」を「終戦」と呼び換えるという欺瞞によって、戦後レジームの根本が成り立っているという。実行されなかった本土決戦、戦後処理における寛大な賠償、一部の軍部指導者に限られた戦争責任追及、かっての植民地諸国に暴力的政治体制の役回りを引き受けさせた上でのデモクラシ−など、これらの要素が「日本は第二次世界大戦の敗戦国である」という単純な事実を覆い隠してきた。敗戦の帰結として、政治・経済・軍事的な意味での直接的な対米従属構造が永続化される一方で、敗戦そのものを認識において巧みに隠蔽する(否認する)という日本人の大部分の歴史認識・歴史的意識の構造が続いている。敗戦を否認しているがゆえに、際限のない対米従属を続けなければならず、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認し続けることができる。かかる状況を、著者は「永続敗戦」と呼ぶ。
 日本の支配的権力はポツダム宣言受託を否定し、東京裁判を否定し、サンフランシスコ講和条約をも否定する蛮勇は持ち合わせてはいない。(私も考えたように、もう一度戦争をやり直して、勝利をおさめるということである) 国内およびアジアに対して敗戦を否認してみせることによって自らの信念(神洲不敗など)を満足させ、自分たちの勢力を容認し支えてくれる米国に対して卑屈な臣従を続けることになる。この日記でも書いたように、いつまでも負け惜しみを言い続けている女の腐ったような人たちという表現も、あながち外れていない。
日本の誇りを取り戻すと中国や韓国を非難すればするほど、対米従属の卑屈さが際だってしまう。現実的にはアメリカとの関係は上手にやっていかなければならない。しかし、皮肉なことに、中国や韓国に対して強い態度に出れば出るほど、アメリカに対して尻尾を振っているみっともない姿がこれまで以上に浮かび上がってしまう。中国との関係はそこそこ、韓国との関係もそこそこ、アメリカとの関係もそこそこと一見みえる方が、卑屈さは目立たない。
 さて、領土問題である。ここで大事なことは、3つの領土問題(尖閣諸島・竹島・北方領土)はいずれも第二次世界大戦後の戦後処理(敗戦処理)に関わっていることである。古地図や古文書を引き出してきてもほとんど意味がない。領土問題を複雑にしているのは、サンフランシスコ講和条約に中国・韓国・ソ連は参加していないことである。実際に「日本固有の領土であることにいささかの疑問の余地もない」というのは正当なのかは、締結された条約や共同声明等の条文を読むことだという。
 まず、尖閣諸島である。日中国交正常化の時に、当時の首相だった田中角栄と中国の周恩来首相の間でこの問題が出て、棚上げしたという事実は明白である。1978年に来日した当時副首相のケ小平が「双方この問題には触れない」と述べ、領土問題の「棚上げ」は事実上日中間で暗黙の合意となっていた。ところが、中国漁船の船長を日本の正式の司法プロセスによって処断したことは、日本側がこの「棚上げ」を根本的に変更するというメッセージにほかならなかったという。日本側の「棚上げ」の合意を確証する証拠として、1997年に署名された日中漁業協定がある。この中では、「中国国民に対して、当該水域において、漁業に関する自国の関係法令を適応しないとの意向を有している。」と書いている。日本が無条件降伏をして受け入れたポツダム宣言では、敗戦の結果として、基本的に、日清戦争以降に獲得した領土をすべて失うことになる。尖閣諸島については、日本政府は領土的主張の根拠をサンフランシスコ講和条約に求めている。しかし、中国は代表派遣を拒否されている。1895年1月に尖閣諸島が日本の領土に組み入れられた。それは日清戦争の最中である。日清戦争の結果として領土化されたわけではないが、時期が微妙なのである。両者の主張にそれぞれ分があると言わざるをえない。決して、「疑問の余地もないこと」ではない。他にも、興味深いことが山ほど書いてある。右の人も左の人も熱狂的な愛国者の人も是非とも読んで欲しい1冊である。

今週の愛聴盤 118 (141028)

Nova Solis / Morgan
Nova Solis / Morgan

 今回紹介するLPレコードは、いかにもプログレらしいジャケットである。メンバーのMorgan Fisherはイギリス出身のキーボード奏者および作曲家である。このコーナーでも以前に紹介したことのあるモット・ザ・フープルのメンバーである。40年以上前の1972年の作品である。まず、このアルバムのベスト曲である。Morgan - Samarkhand The Goldenで聴くことができる。アルバムタイトルになっているNova Solisは、B面すべてを使って20分以上になる。YouTubeでは1曲全部がアップロードされていた。これだけの時間をかけて、最初から最後まで聴いてみる価値があるのかというと微妙である。とりあえず、最初の曲であるThemeである。2分ほどと短いが、悪くない。他の曲も聴きたいという人は、8分過ぎから15分過ぎまでがいいかもしれない。Morgan - Nova Solisで聴くことができる。
 私が持っている次のLPレコードは日本盤である。Voice / Capability Brown(1973年)である。日本では4年後に発売されている。ライナーノートを読むと、長いこと隠れたブリティッシュ・ロックの名盤だったようである。このアルバムは2枚目で、後から評価されたときにはバンドはすでに解散となっていた。このアルバムのベスト曲も長い。20分を越えている。大感動とまではいかない。しかし、こちらの曲は何とか最初から最後まで聴くことができる。Capability Brown - Circumstancesである。
 最後に、私が録りためた「Music Box」からである。まず、視聴者数は少ないが、私好みの曲である。イギリスのアーティストで「Wire」と関係が深い。YouTubeでは1989年となっているが、1986年の作品である。A.C. Marias - Just Talkで聴くことができる。2番目の曲は、なぜか日本語でタイトルが書いてあり、歌詞も日本語訳が流れていた。「Music Box」からダビングしたことは間違いないと思う。ところが、バンド名が出てこなかった。仕方ないので、ネットで調べてみた。曲名は「マイ レディー ダーバンヴィル」である。YouTubeで調べてみたら、キャット・スティーヴンスの代表曲であった。なかなか目的のバンドが出てこなかった。And Also The Treesはイギリスのポスト・パンク・バンドである。1989年の作品である。And Also The Trees - My Lady d'Arbanvilleで聴くことができる。

 

平成26年10月21日(火)

 きょうはあまり書くことがないので、政治について書く。政治資金問題で経済産業相と法相が辞任した。私はどちらかというと、この問題についてはそれほど目くじらを立てているわけではない。むしろ、マスコミなどが問題にしていないことの方が日本の将来にとって重要である。わかっている人はわかっているが、みんな声に出さない。それぞれの立場があるので、声を大にして言いにくいのかもしれない。私はもう還暦を過ぎたので、失うものもなくなってきている。憎まれ役になってもいいので、言うべきことは言っていこうと思う。権力に寄り添いながら、ネットで匿名で好き放題書くことは誰でもできる。私みたいな人間も世の中では必要である。
 まず、小渕優子である。父親は内閣総理大臣をした小渕恵三である。成城大学を出て、TBSに入社している。現在40歳である。最近新聞の記事を見ていて、やたらと2世、3世議員、兄弟など血縁議員が多いことに気付く。ここでも何回も書いているが、私の母校の府立医大では、教授でさえ自分の子どもを入学させることは至難の技である。それだけ、競争原理が働いており、いくら優秀な教授の子どもが入学できなくても誰も困らない。東大、京大を合わせても、毎年6千人近くが入学している。医学部は9千人を超えている。私は何も学歴を重視しているわけではない。競争原理がきちんと働いている一般企業などで、一流大学出身でない人がトップに立つことは珍しいことではない。こういう人は学閥がない分、本当に優秀な人なのだろうと思う。創業者企業では、父親の後をできのよくない息子が引き継ぐことがある。これもある程度仕方ないことだと思っている。
 しかし、政治は別である。ネットでざっと調べてみたが、最新の2世、3世議員など世襲議員が占める割合はよくわからなかった。一昔前で、約半数である。国会議員はもちろん民主的な選挙で選ばれる。世襲議員の強みは、地盤・看板・カバンの「三バン」と言われている。地盤とは親から受け継いだ後援会組織で、看板とは親の七光りで、カバンとは親から無税で受け継いだ選挙資金である。国会議員の子どもだけが、特別優秀な人の集まりとは到底思えない。何しろ、衆議院は475人で参議院は242人である。この人たちで、それぞれの業界に影響する予算や重要な法案をすべて決める。
 私は選挙のことは詳しくない。ネットで調べたら、世襲制については小選挙区制が元凶とも書いてあった。それにしても、少しできのいい営業マン程度の頭で当選して、莫大な権力を得、みんなからちやほやされる。マスコミも名門の出だと持ち上げる。誰もおかしいとは思わないのであろうか。地位が人を作るのはわかる。しかし、議員の世襲制が続いたら、必ず腐敗する。中国は民主的ではないと誰もが批判する。現実の日本は中国の太子党以上の国なのである。日本を支配しているのは政治家ではなく、官僚だという人もいる。しかし、官僚になるには、まず東大に入学して今はトップの成績でなくても上位の成績を修め、試験に合格して過酷な激務をこなさければならない。純粋な競争原理が働き、決して世襲制ではない。他にも、表には出てこない日本を支配している人たちがいるのかよくわからない。
 自民党の中でも世襲制の制限を唱える人もいる。安倍内閣官房長官の菅義偉である。本気で言っているのか、政治的に利用しているのかよくわからない。しかし、この人の履歴を見ると、秋田県の高校を卒業して、集団就職で上京している。ここまで上りつめて、とんでもない人だと思う。(政策について賛同しているわけではない。) 世襲制で選ばれた人に、選挙改革なんてできるわけがない。今の国会議員は自分の選挙区だけ面倒をみていたらいいわけでない。国際社会の中での日本も考えなければならない。選ぶ国民も変わらないと、日本は本当に世界からどんどんと取り残されていく。
 この前の日曜日は、東山医師会秋の集いがあった。毎年この会では講師の先生を招いて、話を聞き、その後は懇親会である。今回の講師は、元都ホテルのソムリエで、全国ソムリエ最高技術賞コンクールのファイナリスト「グランソムリエ」に2回選ばれた人である。演題は「日本人にとってワインとは〜東京オリンピックから始まるソムリエの歴史」である。私はもともとアルコールは強くない。学生時代は缶ビール1本も飲めないぐらいであった。今は1番飲むのは、ビールである。ラム酒も好きである。ウィスキーもバーボンもブランデーも飲む。若い頃と違って、最近は飲み過ぎるとすぐに眠たくなる。神戸に住んでいた時には、大吟醸のおいしさにも目覚めた。しかし、ワインだけは正直言ってよくわからない。特に赤ワインはダメである。ごく稀であるが、白ワインで美味しいと思うことはある。
 だから、あまり期待せずに話を聴いていた。ところが、話の内容は本当に面白かった。録音機で録音していたらよかったと思ったぐらいである。懐石料理は、料理自体が完成しているので、ワイン自体はそれほど必要ない。ところが、フランス料理などは油濃かったり、辛かったり、苦みがあるので、ワインを飲んでバランスを取るという。日本人はフランスに行っても、まずビールを頼むのでレストランとしては歓迎されないという。ビールも食前酒にとどめておくべきだという。東京オリンピック前から始まる日本でのソムリエの歴史も興味深かった。日本では当初はドイツワインが主流であった。フランス料理がはいって、フランスのワインがはいり、イタリア料理店が流行ってイタリアワインも飲まれるようになった。
 東山医師会ではワイン好きの先生がたくさんおられた。講師の先生は私と同じぐらいの世代で、ワインについては生き字引みたいな人である。懇親会では、1つ1つテーブルを回り、各先生の質問に丁寧に答えていた。私は映画監督のフランシス・コッポラがカルフォルニア・ワインで財をなしたことを知っていた。講師の先生はカルフォルニア・ワインのことをカルトワインと呼んでいた。私は日本のワインのレベルについて質問した。よく聞かれるらしく、美味しいと言う。私もこの年になってわかってきたことである。職業に貴賎はなく、その道一筋でやってきた人の話は本当に面白い。

今週の愛聴盤 117 (141021)

Untitled / Machiavel
Untitled / Machiavel

 きょう紹介するのは、ベルギーのバンドである。私の持っているLPレコードは日本盤である。この中にはいっているライナーノートを読むと、1976年度ベルギー音楽誌最優秀グループに輝く注目デビュー作と書いてあった。ライナーノートに日付は書いていなかった。LPレコードで確認したら、同じ1976年の発売であった。ジャッケトはやぼったいデザインである。このアルバムには私の好きな曲か何曲かはいっている。ここでは、1番出来のいい曲を紹介する。Machiavel - Leave It Where It Can Stayである。
 次は、Machiavelの作品の中で私の1番好きな曲である。YouTubeを調べていたら、昔聴き慣れたメロディーが流れてきた。Machiavelの曲だったとは、まったく覚えていなかった。これだけ頭の中にこびりついているメロディーなので、この曲がはいっているLPレコードを残しているはずだと思った。ところが、いくら調べてみても見つからなかった。代わりに、Jester / Machiavel(1977年)のLPレコードを見つけた。この中にはいっている歌詞の紙の裏に、少し倒錯的な女性のヌードが描かれていた。さて、ジャッケトの写真だけで、視聴者数が12万人を越えている曲である。ここでは、動画のついたバージョンを紹介する。Machiavel - Rope Dancerで聴くことができる。
 さて、2枚目のLPレコードは、オランダのシンフォニックロック・バンドである。Sound Of Passion / Coda(1986年)である。日本のアマゾンでは、高い評価を受けていた。アルバム名になっている曲は、4つのパートに分かれ、全部で29分を越える。この曲以外はあまり面白くない。まず、最初にCoda - 2nd Movementである。次に、このアルバムの中での1番の聴き所である。少し長い曲なので、聴ける所まで聴いたらいい。この曲の最後のパートである。Coda- 4th Movementで聴くことができる。
 最後に、いつものように「MUsic Box」からである。現在日本は不景気で、少子高齢化がどんどんと進んでいる。日本の黄金期であったバブルは1986年から5年間続いた。この時には、日本中が浮かれて、熱い熱気に覆われていた。そんな時代を象徴する動画である。イギリスのニューウェーブ・バンドの1986年の作品である。T-Rexの曲とまぎらわしいタイトルである。Sigue Sigue Sputnik - 21st Century Boyで聴くことができる。次は同じイギリスのシンガー・ソングライターのクリス・レアである。名前はよく知られているが、どんな曲を演奏していたか知っている人は少ないだろう。日本語のウィキペディアによると、日本では「オン・ザ・ビーチ」が車のCMに使われ、ヒットしている。それにしても、他にもこんなすごい曲を作っていた。1989年の作品である。Chris Rea - Road to Hellで聴くことができる。

 

平成26年10月14日(火)

 連休の土曜日は、外来が終わってから大阪に行っていた。何をしに行っていたかというと、グランフロント大阪のパナソニック・センターで見たい物があったからである。同じ梅田のソニー・ストアーにも新製品が発表された時は見に行く。今回は11月中旬に発売されるハイエンドのコンパクト・デジカメ、ルミックスLX100を見るためである。私は梅田のヨドバシカメラにはよく行く。グランフロントの中にはいるのは今回初めてである。パナソニック・センターのカメラコーナーにはあまり人はいなかった。お目当てのカメラの実質的な値段は、10万円ちょっとぐらいである。年をとると、お金はあってもあまり欲しい物がなくなる。ハイレゾの周辺機器も必要ない。4KのTVも無理に買い替えようとは思わない。
 しかし、今回は久しぶりに、物欲が出た。実際に触れてみたら、高級感があり、適度な大きさと重さである。私は最近はずっとソニーのコンデジファンであった。新製品の軽量ミラーレス・一眼カメラにも心が傾きかけていた所である。でも、このカメラを見て、一気に吹き飛んでしまった。私は同じような性質のカメラを何台も使い分けることはしない。このカメラと買うと、今持っているソニーのRX100Vと競合する。ソニーのコンデジは10倍、30倍と持っていて、大きさと重さでそれなりに使い分けている。今のうちにRX100Vを処分して、LX100に買い替えようかと思った。
 日曜日には、6月に買ったデスク・トップのパソコンを診察室に設置していた。なかなか設置している暇がなく、3ヶ月以上も遅れてしまった。現在使っているデスク・トップのパソコンはYouTubeとの相性が悪い。動画を再現中に画面が1度暗くなり、ストップしてしまう。その後、自動的に回復するが、使い勝手が悪い。TouTubeだけではなく、他の動画も同じである。この日記は、HTMLで自分で書いて、FFFTPを使ってアップロードしている。一時にソフトをすべて入れ替えるのは無理である。FFFTPの設定の仕方も忘れてしまった。とりあえず、しばらくは2台のデスクトップを診察室に置いて、1つのディスプレーとキーボード、マウスで使い分けようと思っている。京都のヨドバシカメラで切り替え装置を買ってきて、何とか設置することはできた。
 新しいデスク・トップのパソコンを買ったのは、動画を本格的にやりたいと思ったからである。今週の愛聴盤で、私の持っているLPレコードを調べても、アップロードされていない曲も多い。著作権に守られている曲ももちろんある。しかし、それほど知られていなくて、廃盤になったレコードもある。全世界で1000枚限定というレコードも持っている。その後、CD化もされていない。昔は日本でも枚数限定で自主レコードを製作することもあった。しかし、身内の者に配られることがほとんどで、世界に配布されたわけではない。写真は以前から趣味で撮っている。実は、長いこと動画の製作もしてみたかった。今はパソコンも高性能になり、動画ソフトもたくさん出ている。まず、手始めに、好きな曲に動画をつけてYouTubeへのアップロードである。
 私はパソコンのマルウェアやウィルスについては神経質過ぎるほど神経質になっている。ネットでは、無修正のAVもこわくて見れない。メールアドレスも楽天やアマゾンなどふだん利用している所にしか知らせていない。それでも、最高度のフィルターをかけても迷惑メールがかなり届いたりする。一時にメールアドレスを変更すると、ミスも起こりやすい。必要な所には一つ一つゆっくりと変更のメールを送っていこうと思う。まだ忙しいので、残された人生でどこまでできるかわからない。とりあえず、私のやりたいことは、動画製作、HTML & CSSと中国語の勉強である。
 きのうの月曜日は、また今月中に書かなければならない自立支援や障害者福祉手帳、障害者年金の継続の診断書を朝8時ぐらいから書いていた。いつも遅れている税理士事務所に送らなければならない9月分の資料もまとめていた。通帳を見ていたら、使途不明金が落ちており、詳しく調べなければならない。時々、クレジットカードの明細書でも何に使ったのか思い出せないことがある。私が司会をする予定であった10月の労災会議は取り消しとなった。しかし、代わりにぶ厚い資料が送られてきた。この資料にも、目を通していた。デスクトップのパソコンを2台も診察室のデスク周りに置くと、これまで置いていたカルテや雑誌、パンフレットの置き場所がなくなる。必要のない雑誌なども整理していた。こんなことをしていたら、もう午後3時過ぎである。きのうは大型台風が近づいているということで、午後からは人通りも少なかった。雑用を終えて、いつも行っている床屋に行ったら、もう店を閉めていた。大騒ぎしていた割りには、京都では大雨も突風も激しくなかった。
 さて、きょう読み終えた本である。曽野綾子、クライン孝子「日本人はなぜ成熟できないか」(海竜社)である。2人の対談形式になっている。クライン孝子はドイツ在住の作家である。最初に断っておくが、最後のページに、本書は2003年に出版された同じ題名の本に、加筆訂正し改訂した新版ですと書いてあった。今年の7月に出版されているので、最後のページまで気付かなかった。ほとんどが、10年以上前の内容で、少し腹が立ってきた。せっかく最後まで読んだので、気を取り直して書き続けて行こうと思う。もちろん現在にも通じることが書いてある。曾野は、日本人の多くは、不幸の根源を社会や政治が悪いからだと考える。不幸を自分の人生の糧にしようとしないから大人になれないとも言っている。クラインは、ドイツの戦後の歴史は日本とは違い、過酷な運命の渦中で、鍛えられ、成長したという。
 曾野によると、ヨーロッパでは、中世の騎士道に通じる勇気と、女性に対する丁重な行動を「ギャラントリー」という。まだこの精神がどこにでも受け継がれているという。クラインは、ドイツの職場では男女の差別がないとも述べている。NHKの衛星放送を見ていた友人が、「男性ばかりで気持ちが悪い。日本はホモの国なの?」と聞かれたそうである。曾野は、北朝鮮の拉致問題について、マキアベリの言葉を引用している。「次の二つのことは、絶対に軽視してはならない。第一は、忍耐と寛容を持ってすれば、人間の敵意といえども溶解できるなどと、思ってはならない。第二は、報酬や援助を与えれば、敵対関係すらも好転させうると、思ってはならない」である。
 クラインによると、日本での「友だち親子」はドイツでは考えられないことだという。家庭における序列は明確で、外から金を運んで一家を養う者が、1番強くて偉い。子どもが将来仕事をしていくには、家庭の中での上下関係をきちんと学んでおいた方がいいと、当たり前すぎることを述べている。ドイツでは、18歳になると、親も子どもを突き放し、有無を言わせず、経済的に独立することを要求する。欧米では、成人しても、いつまでも親の元でいることは普通ではない。1人で生活するより、2人で生活した方がメリットがあるので、結婚や事実婚の動機付けにもなる。その点、日本ではいつまでも家族と同居し、娘でさえほとんど家事もしない。ドイツ人は他人の考えによって自分の考えを左右されることがほとんどない。昔から指摘されていることであるが、キリスト教など絶対的な神を信仰している人は神と自分の関係がすべてである。ところが、日本人は絶対的な神を持たないので、その時に所属している集団などの考えに合わせて、ころころと態度を変える。
 曾野は、日本はドイツのように様々な言葉や異文化のシャワー、憎悪のシャワーを浴びてこなかったという。クラインは、日本人は「個人主義」を「無関心」と勘違いしているという。ドイツでは、国民1人1人にキリスト教による奉仕の精神が浸透している。ボランティア活動も盛んで、老後も社会奉仕する人が多い。こういう本は、どうしても日本人批判になってしまう。実の所、コインの裏表の関係で、短所と思われる所が長所となっている部分もある。ドイツや欧米にない日本のいいところもたくさんある。しかし、この本が指摘しているように、日本の若者は本当に大丈夫なのかと心配になる。教育の中に討論の場がない。内向き志向で、どこかひ弱で、ものわかりがよく、素直である。それだけで、この競争社会の中で、世界の人々とやっていけるかである。ある患者さんが、息子に「世界に出て、活躍したいと思わないのか?」と聞いたら、「僕は食事が合わない」と返事が返ってきたそうである。我田引水であるが、円安になったら留学もしにくい。もっと社会の仕組みに、若者を鍛える装置があっていいと思う。

今週の愛聴盤 116 (141014)

This Is the Ice Age / Martha and The Muffins
This Is the Ice Age / Martha and The Muffins

 そろそとネタ切れになってきたと思ったら、うまいこと毎回LPレコードが見つかるものである。今回紹介するのは、てっきりイギリスのバンドかと思った。英語のウィキペディアで調べたら、カナダのニューウェーブであった。1981年の作品である。どんな曲を演奏していたのか、すっかり忘れていた。最初の曲がいいと、ほっとする。Martha and the Muffins - Swimmingである。このアルバムからは、ジャケットしか写っていない曲ばかりである。彼らのヒット曲であるライブ演奏を見つけたので、紹介する。Martha and the Muffins - Echo Beachである。
 次に紹介する2枚目のアルバムは、日本ではほとんど知られていない。あまりにもマニアックで、YouTubeでの視聴者数も多くない。個人的には、最初に紹介したMartha and The Muffinsのレコードより好きである。More Wealth Than Money / Normil Hawaiians(1982年)である。2枚組のLPレコードで、好きな曲は今でもしっかりと覚えている。このバンドについては、ネットで調べたら、実験的なポスト・パンク・バンドとなっていた。ギタリストを中心にセッションのようにメンバーが変わっているようである。イギリスのバンドである。ジャケットの写真しか載っていないので、動画としては面白くない。まず、比較的聴きやすい曲である。Normil Hawaiians - Yellow rainである。最後に、この2枚組のレコードの中で私が1番好きな曲である。アップロードされてから4年近く経っているのに、まだ視聴者数が1000ぐらいである。過小評価ではないかと思う。9分もある曲なので、聴き所を解説する。1分半を過ぎないと、本格的な演奏は始まらない。5分過ぎぐらいからよくなり、6分30秒過ぎぐらいから盛り上がってくる。Normil Hawaiians - British Warmで聴くことができる。
 最後に、私がVHSテープに録りためた「Music Box」からである。有名なバンドが続いたので、今回は知る人ぞ知るバンドである。まず、誰にでも受ける曲である。イギリスのオルタナティブ・ロック・バンドである。1988年の作品である。House Of Love - Christineで聴くことができる。最後に、アメリカのオルタナティブ・ロック/フォーク・バンドである。1987年の作品である。The Horse Flies - Hush Little Babyである。

 

平成26年10月7日(火)

 今週は久しぶりにゆっくりとできた。いつも締め切り間際にバタバタするのは私の悪い癖である。気分のむらもあり、パソコンのようにすぐにやる気が立ち上がるわけではない。仕事がたまったら、日曜日にやったらいいというのもよくない。外来のある日は、ややこしい雑用はなかなかやる気になれない。唯一外来のない日曜日は、まだエネルギーが溜まっているので、朝からでもばりばりとできる。火、木、土の午後は休診である。火曜日は午後から往診があり、この日記も書かなければならない。木曜日の午後も往診があるが、数は少ない。唯一ゆっくりできるのが、この木曜日の午後と土曜日の午後ぐらいである。原則土日が休みの勤務医と比べると、私の場合はメリハリがなく、1週間だらだらと過ごすようになった。その分、外来の時間以外はある程度融通は利く。前にも書いたように、火曜の午前の外来を休んだら、連休の時には土曜日の午後から3泊4日の旅行にも行ける。
 この日記でも何回も書いているように、息子が今年の2月に大学に合格するまでは、外来のある月曜から土曜まで毎朝5時前に起きて、6時前には医院に出てきた。この生活を開業してから13年ほど続けてきた。私は今年の5月に61歳になり、息子も大学に入学したので、もうゆっくりとしようと思った。それでも、なかなか生活習慣は変えられない。毎朝5時半ぐらいには起きている。唯一土曜日だけは夜中の3時頃に床に就いて、日曜日は朝10時頃まで寝ている。
 以前は、月、水、金と断酒していた。ところが、夜遅く寝るようにしたら、いつのまにか毎晩飲むようになってしまった。量も前より増えたような気がする。あまり飲み過ぎると次の日の外来に影響する。いつまで続くかわからないが、きのうからまた月、水、金と断酒を始めた。この日記も夕方ぐらいからビールを飲みながら書いている。ついつい飲み過ぎて、これもよくない。体重も増えてきた。運動もせず、朝から晩までほとんど医院で過ごしている。思い切って、前の生活に戻し、毎朝1時間中国語の勉強をしようかと思っている。CNNは最近はあまり見ていない。中途半端な英語力のままである。何もしなかったら、英語力はどんどんと衰えていく。人生の後半は迷走を続け、結局何も成し遂げず、このまま年をとっていくような気もする。
 さて、先週の金曜日の夜9時からMBSテレビで放送していたた金スマSPである。私はニュースでさえ、ふだんはほとんど見ない。ただ、新聞のTV欄は毎日見るようにしている。近藤誠の名前を見つけたので、録画して本人が出演している部分だけ見た。実は、少し前に、近藤誠「近藤先生、『がんは放置』で本当にいいんですか?」(光文社新書)を読み終えたばかりであった。今年の9月20日に初版が出され、著者の最新作になる。TV番組では、48歳でスキルスがんで亡くなった司会者の逸見政孝の息子(タレント)が出ていた。最初の部分はいつものように、近藤誠のこれまでの人生が語られていた。大学をトップの成績で卒業したという。番組では、慶応義塾大学の名前はふせられていた。なぜなら、近藤は当時乳腺外科をはじめとする大学病院からは村八分にされていた。近藤の治療を求めてきた乳がんの患者さんも外科にまわされ、全摘手術が行われそうになっていた。実は、この番組の大部分は著者の生い立ちを含め、先ほどの著書に書いてあったことと同じである。しかし、TV番組で大々的に放送されたので、その影響力は大きいだろう。
 放射線科医の近藤が乳がんにおける乳房温存療法(現在の乳がん患者の手術の6割)を日本に紹介し、がんの告知を始めたのは事実である。近藤の姉が(おそらく)第一号で現在も健在であると述べている。昨年の3月に大学を退職後、セカンド・オピニオン外来をオープンしている。家族も含め、2700組以上の相談にあずかり、その95%以上が不当な治療法を受けたり提案されていたという。ここでは、やしきたかじん、中村勘三郎などの有名人を取り上げている。中村勘三郎は自覚症状がなく、人間ドックで食道がんが見つかった。ところが、転移している可能性があるのに大手術を受け、4ヶ月で亡くなっている。赤塚不二夫は食道がんを宣告され、手術は拒否。放射線治療を受け、酒を飲み続けていた。脳内出血で入院するまで4年間再発はなく、10年以上生きていた。
 著書の主張する「がんもどき理論」とは、「がんには転移する本物のがんと、転移しないがんもどきがある」である。がんが本物であれば、転移があるので、何をしても治らないから治療をしてもムダ、もどきであれば、放っておいても転移しないので、治療が必要ないである。だから、「がん放置療法」となる。この本では質問形式で書いてある。手術で治る可能性についても、手術しても寿命が延びた証拠がないと述べている。「抗がん剤は効かないのか?」では、肺がんにかかった梨元勝が抗がん剤治療を受け、副作用で苦しんで2ヶ月で亡くなったことも書いてある。今はタレントなどの家族が本を出し、その時の状況を詳しく書いているので、その当時のことがある程度わかる。著者によると、厚労省の抗がん剤の認可の基準も、延命効果ではなく「がんが大きくなったり転移したりしない期間が、延びるかどうか」だという。新しい分子標的薬(がん細胞の中の特定分子に抱きついて、その働きを妨げることで、がん細胞を殺す)も、延命効果は証明されていないという。
 著者の専門である放射線療法についても書いてある。今の放射線療法はかけ過ぎだという。がんもどきの人に放射線をかけると2000〜3000人の人に本物がんが出てしまうので、現在では乳がんでも原則として放射線をかけないようにしているという。検診についても、効果がないということで、欧米では肺がん検診は導入されていないことも紹介している。早期発見・早期治療が効果的という人たちの根拠は、「5年生存率が上がっているから」である。しかし、これも発見する時期が早くなっただけで、ゴールは変わらず、5年間生きられるようになったからだという。その根拠は、がんで亡くなる人の比率が1960年以来減っていないからである。
 さて、私は精神科医である。がんについては、まったくの専門外である。著者の主張することがどこまで正しいのか判断はできない。実は金スマSPでは、勝俣範之「『抗がん剤は効かない』の罪」(毎日新聞社)の本も紹介していた。この著者については、医師向けのネット版医療ニュースで知っていた。番組のビデオを見たのが、土曜日である。アマゾンで注文しても、この日記に間に合いそうもなかった。いくつかの本屋で探したが、見つからなかった。日曜日に京都駅裏のイオンモールにある本屋で手に入れた。最後まで読んだので、その内容について簡単に紹介する。副題に、ミリオンセラー近藤本への科学的反論とついている。著者は、国立がん研究センター中央病院を経て、現在は日本医科大学腫瘍内科教授である。
 日本では年間75万人ががんに罹患し、約半数の35万人が亡くなっているという。ここでは、抗がん剤で治癒させることはできなくても、ある一定期間、がんが大きくなることを防ぐことができた場合には、「延命」ということになるという。わかりにくい表現で、「延命」というのは、近藤が主張する寿命が延びたということとは違うのか判別できない。抗がん剤を使う目的は、手術後の再発を予防するためと再発や転移したがんに対する延命治療である。最初から単独では、治療効果は期待できにくいのである。乳がんの術後療法では、最終的な全生存率も、受けた群では34%治り、受けなかった群では25%であった。術後補助療法は、特に乳がんや卵巣がん、小細胞肺がんでは完治させるというメリットがあるので、副作用があっても積極的に勧められるべきだという。分子標的薬のハーセプチンも予後の悪いあるタイプの乳がんに効果があるという。
 この本では、近藤の「抗がん剤ワールド」についても批判している。医者や製薬会社、厚労省の役人などが自分たちの利益を守るために、効果のない抗がん剤を承認し、患者に辛くてムダな治療を強いているである。1997年の薬事法改正で、新GCP(治験を実施する際に守るべきルール)ができ、人為的操作がはいる隙がなくなったという。しかし、新薬承認のための臨床試験(治験)以外の「医師主導臨床試験」については、罰則も設けられず、製薬会社の宣伝のためとしか思えない臨床試験が横行している。製薬会社と医師の癒着の指摘は、正しい部分もあると述べている。近藤はハーセプチンなどの承認治験のデータに関して人為的操作があったと主張している。しかし、近藤が主張する生存曲線についてもまったく根拠がないと、著者は新たに章を設けて反論している。
 近藤のかんもどき理論についても批判している。ここではすべて紹介するわけにはいかないので、非浸潤がんは100%がんもどきであるという主張を取り上げる。少ないながらも、進行がんになるものもあるという。乳房温存療法や放射線治療、術後のホルモン療法を受けた非浸潤がんの長期経過観察では、最終的に乳がんで死亡した人は約3%だったという。現在、アメリカでは40代のマンモグラフィーでは過剰診断になるので、検診の対象を50歳以上としている。胃がん検診に関しては、有効性を証明する科学的根拠に乏しいことは否定していない。近藤の主張については、解釈の完全な間違いや勘違いなどもあるが、現代のがん医療の問題点を浮き彫りにしている部分もあると認めている。転移性発がん患者さんに対して抗がん剤が安易に処方され続け、患者さんを副作用で苦しめていること。抗がん剤の有効性はがんが再悪化するまでの期間だけではなく、最終的に死亡するまでの期間で評価することが大切であると主張していること。そして、医師と製薬会社の癒着である。
 著者はがん放置療法は人権を無視した人体実験であるとも主張している。各学会から出されている診療ガイドラインは最善の治療法だと述べている。診療ガイドラインに記載のない治療法は新治療法であり、研究的・実験的治療法だと断言している。がん放置療法が有効であるという150人のデータというのは、単なる経験・体験談の例を紹介しているだけで、医学的・科学的に有効性を示す信頼のあるデータとはみなせないという。この主張はもっともである。免疫療法については、近藤と同じように効果がないと述べている。がん治療と精神科の治療は違うかも知れない。この本でも出てくる権威のあるニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン編集部で20年間働いたマーシャ・エンジェルは、2009年に月刊誌「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス」で「公表された臨床研究の多くがまるで信用ならないうえに、医師や医学的ガイドラインに頼ることもできない」と書いた。彼女によると、ゴーストライダーの存在と研究者へのリベートの問題は、精神医学の分野におけるSSRI(脳のセロトニンを増やすと言われている抗うつ薬)研究で顕著であったという。このことはこの日記でも何回も書いている。著者も述べているように、今は海外では製薬会社から資金を提供されている場合は金額も含め明らかにしないといけない。
 この本は、腫瘍内科の専門医が抗がん剤についてその有効性について書いたものである。がん治療は手術もあり、その合併症などについては書かれていない。現在のがん治療は専門家でない医者からみても、わかりにくく、玉石混淆である。一般の人には、私以上に理解できにくいと思う。個々の症例で結果論であるが、少なくとも中村勘三郎や梨元勝では放置療法の方が生活の質が保たれ、もっと長生きしたものと考えられる。生活の質が保たれず、苦しみながらただ長生きしたらいいというものでもない。抗がん剤の有効性が示されたと言っても、決して高いとは言えないこの有効性をどこまで評価するかは個人によっても異なるだろう。人間はいつかは死ぬ。私は個人的にはがん放置療法も悪くない生き方だと思っている。
 もんもん写真館の中国の最後に、香港の写真をアップロードしました。興味のある人は見て下さい。×印の下にNextの文字が出てきます。

今週の愛聴盤 115 (141007)

Malicorne4 / Malicorne
Malicorne4 / Malicorne

 きょうは少し地味なアルバムである。フランスのトラッド・フォーク・バンドである。プログレ・ファンはこういう曲にも手を出す。私の持っているLPレコードは1979年になぜかイタリアで発売されている。オリジナルは1976年の作品である。タイトルは何もついていない。ネットで調べてみたら、4とついていたのでつけた。ジャッケトにもレコードにも何も書いていなかった。YouTubeで調べてみたら、いくつものアルバムからたくさんの曲がアップロードされていた。このアルバムから、電子的な効果やシンセサイザーが用いられたようである。
 このアルバムからはB面の2曲目にはいっているMalicorne - Le Jardinier Du Couventを紹介する。他のアルバムからも私好みの曲があった。まず、。Malicorne - Le Luneuxである。最後に、Malicorne - Une Fille Dans Le Desespoirもよかった。
 さて、私の持っている2枚目のLPレコードも、フランスのトラッド・フォーク・バンドである。Tradition & Renouveau / Asgard(1978年)である。まず、このアルバムの最初の1曲目である。Asgard - Le Braconierで聴くことができる。次に、同じアルバムから、よりプログレに近づいた曲である。Asgard - La Petite Hirondelleである。
 最後に、いつものように私が録り溜めた「Music Box」からである。今回も有名バンドである。しかし、今とは違って、20〜30年前(特に洋楽について)は、名前は聞いたことはあるが、曲は聴いたことはないという人も多いだろう。アメリカのオールタナティヴ・ロックのR.E.M.である。私は勝手にレム睡眠のレム(Rapid Eye Movement)かと思っていた。日本語のウィキペディアによると、メンバーの1人が「Remember Every Moment」と言っている。
 このバンドについては、この「Music Box」で知った。大分経ってから、CDのThe Best of R.E.M. / R.E.M.(1991年)を手に入れた。ところが、題名も忘れていたので、私の1番好きな曲がはいっていなかった。このCDが発売された年に発表された曲であった。R.E.M. - Losing My Religionで聴くことができる。。

 

平成26年9月30日(火)

 今この日記を書き出している。何時かというと、午後7時である。夕食を自炊して食べたところである。きょうはあまり書くことがないので、往診の後で今週の愛聴盤を先に書いていた。これから書けるところまで書く。いつもより、日記の方はあまり内容がないかもしれない。その分、今週の愛聴盤の方を充実させた。
 この前の日曜日には、久しぶりに1人で池田の母親の所に行ってきた。私立大学経済学部の学科長をしている妹は仕事で忙しく、不在であった。今年医学部の6回生になる妹の娘と旦那、母親と一緒に、近くのそば屋に昼食をとりに行った。妹は今年58歳である。妹の旦那は今年の5月に60歳を迎えた。男性にとっては、40歳や50歳になる時と違って、還暦を迎える時の感慨は特別なものがある。弁護士事務所では、今の時代を反映して、離婚や遺産相続の相談が多いという。妹の息子は4回生で就職も決まったという。2人とも、来年の春には大学卒業である。
 私の娘は英文科の3回生で、息子は医学部の1回生である。61歳になったというのに、卒業するまでにまだ気が遠くなるほど長い。患者さんの話を聞いていると、40歳過ぎて子どもが欲しいという人もいる。しつこいようであるが、年をとったらしんどいぞ。母親は82歳で、びっくりするほど元気である。ただ耳が遠いので、電話での会話は難しくなってきた。今は妹と母親の仲はよくなっている。父親の面倒は母親にとってはかなりの負担になっていたようである。父親は、最後は有料老人ホームにはいっていた。それでも、大変だったようである。父親が亡くなって、今は人生を謳歌しているようである。妹もあちこち連れて行ってくれる。
 昼食後は、池田市の五月山公園に母親と一緒に父親の墓参りに行った。妹がお彼岸に供えた花がまだ残っていた。この日はやることが山ほどあった。しかし、医院に帰っても何もやる気がしなかった。その分、きのうは忙しかった。福祉関係の書類が山ほど残っていた。覚悟を決めて、きのうも夜の外来が終わってから自炊をしていた。夕食が終わってから、溜まっていた書類を書いていた。今月の受付の人の給与計算もしなければならなかった。11時過ぎになっても終わりそうもなかったので、この日は床についた。
 きょうは朝6時過ぎから残っていた仕事をしていた。近畿厚生局に届けをしなければならない向精神薬多剤投与に係る報告書を書いていた。ホームページを見ても、どこに届けの書式が載っているのかわからなかった。先週の金曜日に医師会に問い合わせをして、ホームページの場所は聞いていた。きょう初めて書式を見たら、ややこしいことが書いてある。何とか書き上げ、受付の人にタクシーで京都の地方事務所に届けに行ってもらった。最終締め切り日がきょうである。ところが、私がきちんとホームページを読んでいなかったので、精神科専門医認定証のコピーを忘れてしまった。また、受付の人がタクシーで医院に戻ってきた。あわてて、山ほど積もった資料や書類の中からお目当ての認定証を探し出した。二度手間であるが、受付の人が再びタクシーで事務所に届けに行った。人生とはこんなものである。
 香港から帰ってきて、忙しくて本を読んでいる暇もない。中国語をまた本気で勉強しようと思って、ソースネクストで安売りしていた「本格中国語」を買った。まだ、中身を確認していないぐらいである。きょうはこのままでは短すぎるので、スマホにいれた映画について書く。ホテルなど外泊した時だけベッドの中で見ている。少し前に、このスマホで「ムカデ人間」を見た。今回は「冷たい熱帯魚」である。2本とも強烈な映画であった。それでも、最後まで楽しめた。私は精神科を選んだぐらいで、もともと血を見るのは嫌いである。患者さんのリストカットで血には大分慣れた。「冷たい熱帯魚」は単なるスプラッターとも違い、とんでもない個性の人物がこれでもかと出てくる。幼少時に虐待された人物でも、大人になった時の表現形はいろいろあると思う。それにしても、よくこんな映画を作ったものだと感心した。

今週の愛聴盤 114 (140930)

Twenty Tens / Virgin Prunes
Twenty Tens / Virgin Prunes

 このジャッケットだけを見ていると、LPレコードのように見える。実は日本で発売されたEPレコードである。カタカナで「トウェンティー ワンズ」などと書いてある。EPレコードというのは、直径7インチで18cm弱になる。ちなみに、LPレコードは直径12インチ(30cm強)である。オリジナルは1980年の作品で、日本では1981年に発売されている。値段は700円である。A面に2曲、B面に2曲はいっている。バンドはアイルランド出身である。1983年8月号のプログレ専門誌「Fool's Mate」ではロンドンのスタジオでのインタビューが載っている。音楽は世紀末デカダンスとも紹介されている。私は、他にも2枚組のセット・ボックスであるHeresie / Virgin Prunes(1982年)も持っている。こちらは、10インチ(25cm強)のレコードである。
 個人的には、このEPレコードが好きである。まず、1曲目のVirgin Prunes - Twenty Tensである。次に、同じように視聴者数は多くない曲である。B面の2曲目にはいっている。The Virgin Prunes - Greylightである。他にいい曲がないか調べてみた。私は完全なストレートなので、「Fool's Mate」に書いてあったようなアンドロギュノス的な部分は苦手である。タンザニアのトゥル族のことわざにあるように、「心で受け入れられるものも、目では受け入れない」。それでも、実際のライブは音楽的には十分楽しめる。Virgin Prunes - Decline And Fallで見ることができる。他には、ライブの「Virgin Prunes - Pagan Lovesong」もよかった。
 次に紹介するのは、私の持っている12インチの45回転ジャイアント・シングル・レコードである。Temple Of Love / The Sisters Of Mercy(1983年)である。ニューヨークのバンドである。まず、アルバム名になっているThe Sisters Of Mercy - Temple of Loveである。次も、このアルバムにはいっている曲である。ローリングストーンズで有名な曲のカバー曲である。The Sisters of Mercy - Gimme Shelterで聴くことができる。実はYouTubeで調べると、視聴者が何百万人と越えている曲がいくつもあった。しかし、私にはどうもあまりピンとこなかった。
 さて、いつものように私が録りためた「Music Box」からである。ここでも何回も書いているように、この時代のバンドはほとんど「Music Box」から知った。自殺した中村とうようが編集長をしていたニュー・ミュージック・マガジン(後にミュージック・マガジン)を調べていたら、前年度のベストアルバムを特集していた1975年2月から1992年2月号までの特集号だけ残していた。最後の2〜3年は毎月の雑誌を読まず、2月の特集号だけを買っていたと思う。私がロックやプログレを追いかけられたのは、ここまでである。今回学生時代から何回引っ越しをしたか調べてみた。現在の自宅が10回目である。この間、今残している本や雑誌、レコードなどをすべて持ち運んできたことになる。
 今回は超有名バンドである。このバンドやペット・ショップ・ボーイズ、オアシスはこの「Music Box」で知った。同時代に熱心に追いかけていたファンと比べたら、私なんてこれらのバンドについてほとんど知識はない。それでも、ポップさを持ち合わせた曲は私好みである。今回VHSテープを見ていたら、久しぶりにライブとプロモーションビデオを見つけた。今回紹介するデペッシュ・モードはイギリスのバンドである。まず、1曲目はDepeche Mode - Strangeloveである。1987年の作品である。実は、私の1番好きな曲はどこのVHSテープにはいっているのかまだわからない。カビのはえたテープは捨ててしまったので、今から考えたらもったいないことをした。テープは簡単に取り外すことができるので、表面のカビを拭いたら、再現できたかもしれない。曲名を忘れてしまったが、YouTubeで何とか見つけることができた。当時印象に残っていた映像は、やはり娼館が舞台であった。1989年の作品である。Depeche Mode - Personal Jesusで聴くことができる。

 

平成26年9月23日(火)

 きょうは朝8時前に医院に出てきた。空は雲1つない青空であった。しかし、医院でやることが山ほどある。この前の日曜日も午後から夕方まで、ずっと書類を書いていた。今月中に書かなければならない自立支援医療や障害者手帳、障害年金の診断書である。更新のための診断書でも、京都市の診断書の様式が新しく変わったので、また最初から書き直さなければならない。デイ・ケアをやっている医院や患者さんの多い医院では、この更新の診断書を事務員に書かせている所もあるようである。私のような小さな個人医院では、受付けの人がしてくれる事務仕事以外はすべて私がやらなければならない。
 トイレットペーパーやA4用紙が切れたら、私がホームセンターまで買いに行く。職員の給与計算も私がする。土曜日から医院のコピー機のトナーの調子が悪かった。この日はコンビニまで診断書のコピーを取りに行った。土曜日にはトナーのカートリッジをまとめてインターネットで注文していた。しかし、外来のあるきのうの月曜日には間に合いそうになかった。仕方ないので、純正品を1つヨドバシカメラまで買いに行った。裏の入り口の照明もつかなくなっていた。中の蛍光灯の型を調べて、ついでに買ってきた。日曜日は、遅れ遅れになっていた医院の資料をまとめて、会計事務所に送らなければならなかった。7月分と8月分の2ヶ月分がたまっている。しかし、この日は夜も遅くなって、もう何もやる気がしなかった。
 さて、きょうは何が何でも2ヶ月分の資料をまとめて送らなければならない。9月も後半なので、下手をすると3ヶ月分たまってしまう。1時間半ぐらいの仕事でも、雑用が山ほどあるとなかなか手がつけられない。実は、私はまだ京都労働局の労災医員をしている。労災の意見書について、簡単な手伝いをしている。送られて来た資料を読んで、私の医院まで出向いた来た労災補償課の人と話をして意見書をまとめる。来月は京都労働局まで行って、臨時的に労災判定会議の司会をしなければならない。それほど時間を取られるわけでない。ただ、その分ゆっくりとしている暇がない。来年は62歳になるので、この仕事からは完全引退するつもりである。きょうは火曜日なので、この日記の更新日である。医院の会計のまとめより、日記の方を優先して朝から書いている。
 円安が進行している。きょうは1ドル108円であった。ちょうど2年前の2012年9月には1ドル77円台であった。円の価値はわずかな間に71%にまで下がっている。アベノミクスではインフレターゲットを設定し、大胆な金融政策を取るという方針で、2013年1月には早くも90円台の円安になっている。私は経済についてはまったくの素人なので、ここまで急激に円安にしていいものか判断はつかない。
 この日記でも何回も書いているように、これまで株にも金融商品にも手を出したことはない。なぜかというと、バブルの時に買った家を売って、4千万円以上の損をしたからである。私は嘘ではなく、本当に43歳で無一文になった。私の友人や知人の中には株の信用買いやワンルームマンションに手を出して、一生かかっても返しきれない借金を抱えた者もいた。京都の家を売った後すぐに、教授から京都第一赤十字病院部長の声がかった。翌年の春に神戸から京都に戻ってきた。バブルが弾けて、証券会社や銀行がつぶれた時代である。この時の体験が身にしみて、株や金融商品には手を出せないでいる。円安で株価は上昇している。しかし、恩恵を受けているのは、国民の本の一部である。
 私が最近疑問に思っていることは、安倍首相が円安になるまで異次元の金融緩和策をすると宣言するのは、一種のインサイダー取引につながらないかである。特に、仲間内の国会議員に保証した場合である。円をドル貯金しただけでも、わずか2年間で1.4倍に増えたことになる。株は複雑な動きをするので、予想は難しいかもしれない。しかし、単純に為替の変動を基にしたFXなどでは、莫大な利益が得られることになる。投資家が予想する以上に、仲間内の国会議員に首相自ら円安について保証した場合である。実際に、首相は円安になるまで好き放題金融緩和策が取れる。一般庶民は円安であえいでいる時に、国会議員が千載一遇のチャンスとばかり、為替変動による投資で莫大な利益を上げている可能性もある。一昔前は、派閥のボスが身内の議員に多額のお金をばらまいていた。安倍首相が国会議員に絶対に利益が得られる投資を保証したら、派閥のボスがお金をばらまくのと同じことになる。
 さて、香港の旅の続きである。これだけ円安だと、ショッピングのメリットはない。翌日の14日(日)は目覚ましをかけるのを忘れていた。こんな狭い部屋でも、11時頃までぐっすりと眠っていた。昼食を兼ねて、近くのマクドナルドまで食べに行った。アイスクリームやゼリーのはいったちょっと凝ったアイスコーヒーとサンドイッチで45香港ドル(720円)であった。ちなみに、コンビニの缶ビールは、アサヒが10ドル(160円)ちょっとで、サンミゲルが8ドルであった。昼食後は、今回の旅の目的である南Y島(ラマ島)へ行った。まず、地下鉄を使って、尖沙咀から二駅先の中環まで行く。ここにフェリー乗り場がある。「地球の歩き方」によると、南Y島は欧米人に人気で村人の半分を占めているとも言われている。
 この日は天気に恵まれ、死ぬほど暑かった。私は今回の旅はTシャツも短パンもスポーツサンダルも持って行かなかった。おかげで、全身汗だくであった。中環からフェリーで30分もかからない所にある。海辺に面して海鮮レストランやバーが並び、雰囲気のいい所であった。昼食を食べたばかりだったので、1軒の店にはいり、ハイネッケンの小瓶を頼んだ。値段は25ドル(400円)であった。暑すぎて、オープンエアーより冷房の効いた室内の方が快適であった。フェリー乗り場から歩いて20分の所に、Hung Shing Ye Beach(中国語は省略)がある。ここでは大勢の人が泳いでいた。都会の喧噪から離れて、ちょっとした南の島気分を味わえる。フェリーからはビクトリア・ハーバーの高層ビル群も楽しめる。
 15日(月)は8時頃に起きて、今度は同じ場所にあるフェリー乗り場から長洲島に行った。ここは漁港ということで、船着き場あたりには、たくさんの船が停まっていた。船を下りて、メイン通りを反対方向に歩いた。ちょうど早めの昼食にはいい時間であった。海に面した少しひなびた海鮮料理店にはいった。この日は天気はあまりよくなかった。曇り空で、少し雨がぱらつく時もあった。それでも、前日の夜に買ったTシャツ(80ドル・1280円)と短パン(99ドル)を着ていった。大瓶の青島ビールが28ドル(450円)で、料理を3品を頼むと割安となり、158ドル(2530円)であった。私は、カニ、エビ、貝の3品を頼んだ。サービス料を含めても、3千円ぐらいであった。味は絶品であった。私が客の呼び水となって、欧米人のカップルが2組はいってきた。
 昼食の後、島の海水浴場である東湾と観音湾に歩いて行ってみた。海は荒れ、誰も泳いではいなかった。南Y島や長洲島に泊まることもできる。私の持っていた「地球の歩き方」には2011年までの情報しか載っていなかった。情報が古くて、私が泊まったホテルの地下街もなくなっていた。香港は英語が通じるので、旅行していても本当に楽である。もう1回行ってみようと思って、帰ってきてから、最新の2014〜15年版の本を買いなおした。最新版では、島のホテルや私の泊まった重慶大厦(Chungking Manshions)のことが詳しく載っていた。知らない所を旅行するときには、本代(1700円)をけちらず、最新の旅行案内書を持って行くのがいい。
 この日の夜は、ビクトリア・ピークに上って、香港の夜景を撮るつもりであった。ところが、天候が悪くなって大雨が降り出した。私はいつも旅行の時は折りたたみ式の傘は持っていく。地下鉄の中環駅から歩いて10分ぐらいで、頂上まで行くトラム・カーに乗れる所まで行ける。私は大きなバス乗り場からバスで行くことにした。係の人に聞いたら、ピーク・トラムに行くということで、ミニバスに乗った。ところが、バスの中ではまったく案内がない。どこで降りたらいいのかわからず、そのまま乗っていた。(実際には1つ目のバス停で降りなければならなかった。) どんどんと山側を上っていき、もしかしたらバスを乗り間違えたのではないかと思った。途中で降りてしまったら、帰ってこれるかどうかもわからない。覚悟を決めて、最終まで乗っていた。出発点まで戻るかと思ったら、最後のバス停で降ろされた。
 大きな団地の中みたいな所で、バス停がどこにあるのかもわからなかった。たまたまタクシーが1台この団地から出ようとしていた。あわてて近づいて、停めた。高齢のタクシー運転手で英語はしゃべれなかった。それでも、最初の目的のピークトラムまで案内してもらった。このピークトラムはピッチャムとしか聞こえなかった。トラムカーに乗って、頂上まで行った。しかし、頂上は暴風雨でほとんどの扉は閉じられ、開放されていなかった。唯一1つの扉からわずかに香港の夜景が見えたぐらいである。風が強くて、カメラを構えるのも一苦労であった。ここでは、「地球の歩き方」の本を持った若い日本人の男女を2人見た。それぞれ1人で来ていた。「若者よ、旅に出よ」である。私はこの年になっても、まだ自分探しの旅を続けている。
 翌日の16日(火)の午前中は、歩いて5分ほどの所にある香港芸術館に行くつもりであった。ところが、突風などで、午前10時からの開館が遅れ、いつ入場できるのかわからなかった。ビクトリア・ハーバーに面し、この日も雨が降ったり、突風が吹き荒れたりしていた。香港の旅行はこれからがベストシーズンになる。帰りの飛行機で、英字新聞のSouth China Morning Postを読んでいた。この日記でも取り上げた「トゥヤーの結婚」の映画監督が北京で買春の罪で逮捕されていた。31歳の売春婦を800元(1000香港ドル)で買ったという。中国ではこんなことで逮捕されるのである。他にも、中国の富裕層の半分が国外の移住を希望し、第一位は香港で、第2位がカナダである。最近はカナダへの移住が難しくなったという。ここでいう富裕層とは、150万米ドル以上の資産を持っている人のことである。1ドル77円の時なら、1億1550万円である。1ドル108円の今なら、1億6200万円にもなる。
 前回の日記では後半に付け加えたので、もう一度紹介しておく。もんもん写真館の米国の後に、新たにオーストラリアを設け、ケアンズの写真をアップロードしました。興味のある人は見て下さい。もんもん写真館には、不備のあるケアンズの写真を誤って掲載していました。今回、正式に訂正しました。×印の下にNextの文字が出てきます。

南Y島1  南Y島である。この日は晴天で、本当に暑かった。タイなどの南の島と比べると、海は透き通ってはいない。それでも、充分に南国気分を味わえる。海沿いにオープンエアのレストランが並んでいる。ホテルもたくさんある。

南Y島2  路地の海鮮レストランの水槽。自分の好きな物を選んで、料理してもらう。私はこの島では海鮮料理は食べなかった。気軽にはいってビールが飲めるバーなどもたくさん並んでいる。

ビーチ  フェリー乗り場から歩いて20分の所にある、Hung Shing Ye Beachである。ここも雰囲気がよかった。私は水泳パンツを持って行かなかった。9月の半ばでもまだ充分に海水浴が楽しめる。

ビクトリア・ハーバー  ビクトリア・ハーバー沿いの高層ビル群。ここは中環(セントラル)のフェリー乗り場から九龍側を望んでいる。中環側にも大きなビルが建つのか、工事をしていた。

長洲島1  長洲島の港付近の通りである。土産物屋や海鮮料理の店が並んでいる。私は観光客が大勢行く方向とは逆の方向に行った。

長洲島2  わざとひなびた海鮮料理店にはいった。通りがかりの通行人に店の人がメニューを持って声をかけていた。一品はいくらか忘れたが、3品頼むとかなりのディスカウントになる。写真付きの料理から3品を選んだらいい。香港なので、店の女主人は英語をしゃべる。この料理はエビである。日本人好みの味付けで、本当に美味しかった。

長洲島3  島の海水浴場である東湾である。手前側をもっと行くと観音湾になる。天候の加減で、海は荒れていた。香港の人々の海水浴場として有名である。思ったより、海岸は狭かった。島の散策もできる。個人的には、この長洲島より、南Y島の方がお薦めである。

夜景  暴風雨の中、ビクトリア・ピークから苦労して撮った香港の夜景である。香港の夜景を撮るには、ウィークデイの午後7時〜8時ぐらいがベストと言われている。あまり遅くなると、オフィスの電気が消えてしまうからである。

香港芸術館  香港芸術館の入り口近くの壁である。モダン・アートに力を入れているようである。是非とも、見学をしたかった。天候が悪くて、いつ開館するのかわからなかったので、入場するのはあきらめた。

今週の愛聴盤 113 (140923)

Vertrauensmann Des Volkes / Frieder Butzmann
Vertrauensmann Des Volkes / Frieder Butzmann

 今回紹介するアルバムを知っている人は日本全国でもほとんどいないだろう。私の持っているLPレコードは1981年に発売されている。ドイツの作曲家で音楽家でパフォーマーである。ベルリンのアンダーグラウンドシーンで活躍していた。同時代には、ここでも紹介したDie Todliche Doris(平成13年6月11日)やDer Plan(平成26年9月2日)がいる。DAFの初期メンバーという情報もある。面倒臭いので、ドイツ語のウィキペディアは訳して読んではいない。音楽としては、実験的な音のコラージュで、私好みである。ところが、YouTubedeで調べてみたら、このアルバムからは2曲しかアップロードされていなかった。 とりあえず、私の好きな曲を紹介する。Frieder Butzmann - Geflusterである。仕方ないので、他のアルバムからいい曲がないか調べてみた。曲としては、Frieder Butzmann - Glaserne Jugendがよかった。最後に、Frieder Butzmann - N'GAも紹介しておく。
 次は私が持っている2枚目のLPレコードである。Vibing Up The Senile Man / Alternative TV(1978年)である。パンク・ミュージックから実験的なポスト・パンクミュージックに変わっていた時のアルバムである。イギリスのバンドである。ここでは、Alternative TV - The Good Missionary を紹介する。
 さて、次は毎回おなじみの「Music Box」からである。まず、イギリスのニューウェーブである。この曲はイギリス、ドイツ、オーストリアでヒットしている。英語のウィキペディアによると、アナルセックスの治療という悪評価も得ている。ジョン・ウェインと何が関係するのかというのは、英語のウィキペディアに詳しく書いてある。Haysi Fantayzee - John Wayne Is Big leggyで聴くことができる。1982年の作品である。
 最後に紹介するのは、The Wolfgang Press - Kansasである。このコーナーでも紹介したRema Rema(平成13年3月12日)やMassの流れをくむイギリスのポスト・パンクバンドである。1988年の作品である。このバンドのアルバムも1枚ぐらい持っていたと思うが、今は残していない。

 

平成26年9月16日(火)

 この日記は18日(木)に書いている。16日(火)は何をしていたかというと、その前に先週の出来事を順番に書いていく。前回の日記でも書いたように、先週の木曜日は何百枚という6月の外来処方をすべて印刷して出し、抗不安薬、睡眠薬、抗うつ薬、抗精神病薬を投与した患者数を1枚1枚、正という字を書きながら、処方数をチェックした。睡眠薬や抗不安薬で3種類以上使っている処方数と抗うつ薬と抗精神病薬で4種類以上使っている処方数も調べた。私のレセコンはまだソフトが対応していないので、6月分のすべての処方に目を通したことになる。私はドグマチールを抗うつ薬としてよく使う。しかし、ドグマチールは抗精神病薬として分類されていたので、抗うつ薬に関しては助かった。
 抗うつ薬で4種類以上使っている処方数は11例で、抗精神病薬は5例で、抗不安薬は4例であった。抗うつ薬は頑固な不眠を訴える人に睡眠薬代わりとして使っている例が多い。問題は睡眠薬である。何十例とあった。1錠ずつ3種類の睡眠薬を使っている患者さんは、2種類にしてどちらかの睡眠薬を2錠にしたらいい。困るのは、ちょっとやそっとでは薬を減らせない患者さんである。時々、引きこもりの患者さんが、日中やることがないと言って、昼に睡眠薬を飲むことがある。私もこんな患者さんの面倒までは見ていられない。1番困るのは薬物中毒の患者さんである。自助グループにはいるような人でなく、覚醒剤をやっては刑務所を行き来している人である。
 この日記でも何回も書いているが、私の専門の1つは薬物中毒である。酒井法子が覚醒剤をやっていた時の、腕に注射をする方法ではなく、加熱してその煙を吸っていた方法を日本で初めて報告したのは私である。この時に、調査のため京都府警には大変お世話になった。私が関連病院の知の精神病院に勤めている時にも、当時の院長が警察から頼まれた犯罪者の精神鑑定をしていた。そのおかげで、管轄の警察署の協力を得てある調査をすることができた。何の調査かというと、高知市浦戸大橋からの投身者についてである。この時には、橋ができた1972年(昭和42年)から1989年(平成元年)までの64名の投身者について調査できた。もちろん、論文にもしている。今はいくら学術研究のためと言っても、個人情報保護法があるので協力は得られない。
 京都府警には大変お世話になったので、犯罪を犯して留置している人の薬の処方については協力している。例えば、覚醒剤使用の容疑で逮捕された人が、医療機関で睡眠薬などが処方されていても、その薬を警察署の留置所に持ち込むことはできない。新たに、税金(自費診療)で医療機関で処方してもらわないといけない。だから、今回の保険診療の制限とは直接は関係しない。中には、警察に協力的でない医療機関や、他府県の医療機関もある。警察官がわざわざ他府県まで留置人の薬を取りに行けないので、近くの医療機関で薬を新た処方してもらうことになる。この時に、薬物関係で逮捕された人は、留置所でも暴れたり、大騒ぎをして、睡眠薬2種類ぐらいではまったく落ち着かない。中には、山ほど睡眠薬を要求する人もいる。留置所にいる時に、警察官の取り調べがある。まだ、刑が確定したわけでないので、薬を極端に制限すると、人権問題として弁護士に訴える人もいる。特に夜間に騒ぐ人は、他の留置人から眠れないと苦情が出る。
 他にも、通常の睡眠薬で眠れない人がいる。以前にも書いたように、殺されはしなかったが、激しい虐待で育った人である。もともと睡眠覚醒リズムが乱れているとしか考えられない人もいる。医者はヒポクラテス・バイアス(困っている人を助けなければならない)があるので、眠れなくて困っていると訴えられると、ついつい多めに薬を出してしまう。この辺りの見極めが本当に難しい。中には、3種類以上の睡眠薬を服用して、ばりばりと仕事をこなしている人もいる。今の日本は余裕のない社会である。きょうしっかり眠っておかないと、びっしりとつまった明日の予定がこなせなくなる。なかなかゆっくりと薬を減らしている暇がない。
 多めに睡眠薬を服用している人でも、どんどんと薬が増えるかというと増えない。患者さんはしっかり眠れたら満足である。いずれにしても、睡眠薬を3種類以上使ったら、診療報酬減らすというのは、どこの誰が考えたのかと思う。確かに、ほとんどの人は2種類までで充分である。しかし、私の患者さんの1人でも持ったら、現実の厳しさがわかるだろう。私から言わせたら、こんなことを一律に決めるのは、楽な患者さんばかり診て、きれい事だけ言っている人の発想としか考えられない。
 結局、木曜日には時間がなくて、日本精神神経学会が専門医を対象に行っているe-ラーニングを受けることができなかった。15日が最終締め切りであった。仕方ないので、金曜日の外来が終わってから、20〜30分の精神科薬物療法研修会を5講義全部パソコンで受けた。1講義に5問質問があり、全部正解しなければならない。ビールを飲みながらやったので、25問中1問をうっかり間違えてしまった。何とか全正解をして、後は今月末までに届けをする。そして、やっと抗うつ薬と抗精神病薬については、4種類以上処方が可能となる。これだけ苦労しても、睡眠薬は2種類を越えると(3種類以上)、診療報酬は同じように減らされる。実際に調べてみたら、抗精神病薬と抗うつ薬はそれほど多くない。工夫したら、今から何とでもなる。届け出するのも、段々とばからしくなってきた。
 さて、土曜日の診察が終わってからである。午後6時発の飛行機で、香港まで行っていた。16日(火)の夜12時前に医院に帰ってきた。海外旅行ばかり行って、楽そうに見えるが、旅行の前後は死ぬほど忙しい。経済的にも、車を買い替えることを考えたら、微々たるものである。私も61歳になったので、元気なうちに好き放題しようと思っている。前にも書いたように、火曜日の外来は午前中だけなので、連休の時はこの日を休診にする。そうすると、土曜日の外来が終わってから3泊4日の海外旅行に出かけられる。台湾も韓国も興味がないので、近場は限定される。しかし、香港は円安の影響でホテル代が高い。今回は往復のチケットだけは手に入れていた。少し前に、ホテルだけは決めないといけないと思って調べていた。1人旅なので、ちょっとしたホテルは1泊2万5千円もかかる。3泊したら、飛行機代より高くなってしまう。ただ寝るだけなので、安いホテルがないかチェックしていた。何と、1泊5300円ぐらいのホテルが見つかった。場所も、香港の中心街の尖沙咀である。
 どうしてこんなに安いかというと、バックパッカーが泊まるようなホステルとかゲスト・ハウスだからである。私は香港の地理についてはまったく疎いので、とりあえず出発間際にグーグルの地図を印刷して持って行った。飛行時間は3時間10分であった。香港に着いたのは、午後9時過ぎである。空港で両替したが、レートは悪かった。ここでは、最低限の両替でいいと思う。私は自宅に残っていた米ドルで両替した。日本円では、1香港ドルが16円を少し超えるぐらいである。空港では、300ドルのオクトパスを買うのが便利である。私の今回の旅の目的は香港の島巡りであった。地下鉄からフェリー、バスなどすべてこのカードをかざして通過できた。
 まず、空港エクスプレスで九龍まで行く。料金はカードで払っているので、80ドルぐらいだったかよく覚えでいない。最終の次の香港駅までは90ドル(約1440円)である。九龍からはホテルまでどうやっていくのかよくわからなかった。タクシーを使って、料金は42ドル(670円)であった。私は知らなかったが、香港では有名な重慶大厦(Chungking Manshions)の中にあった。すぐそばには、ホリディ・インがある。ここにはたくさんのゲストハウスがはいっており、A地区、B地区、C地区と分かれていた。1階は両替屋や売店などが並び、アフリカ人や中東系の人たちが大勢たむろしている。慣れない人はびっくりするかもしれない。欧米人のバックパッカーや中国人の若い女性も泊まっている。今はフェイスブックなどSNSの時代なので、悪い評判が立たないようにそれぞれのゲストハウスは防犯も考えている。部屋にはカードで入室する。ホテルの受付とは別の地区の部屋まで案内された。もっと安い部屋もあるが、私はトイレ付きのデラックス・シングルを頼んだ。詳しいこについては、以下に写真付きで紹介する。翌日からの島巡りについては、来週に書こうと思う。

重慶大厦  この中にはいると一見治安が悪そうである。しかし、まったく心配ない。通りには一流ブランドの店が建ち並んでおり、周囲とはそぐわない感じである。こんな一等地の便利な場所に格安のゲストハウスがあるのは、うれしいことである。何件も両替所がはいっているが、ここの両替所が1番レートがいいと言われている。

部屋1  私の泊まったデラックス・シングル。この写真は扉を開けて撮った。ベッドとトイレだけである。右下の木の枠は扉の閉まる部分である。わかりにくいが、ベッドの上にはバスタオル1枚と歯ブラシ、トイレットペーパーが置いてある。トイレにはシャワーが付いている。コップやハンガーは置いていない。もちろん窓もない。

部屋2  入り口側の壁にはTVが付いている。エアコンもある。ベッドの下は広く、大きなスーツケースも置ける。ベッドの長さは170cm弱の私でも、少し足りないぐらいであった。横になって足の指先まで伸ばすと、壁に触れるぐらいである。荷物はベッドの上で広げる。少し狭いと思ったが、3日間ここで泊まった。もう少し広い2人用の部屋を借りてもよかった。

今週の愛聴盤 112 (140916)

Are You Glad To Be In America? / James Blood Ulmer
Are You Glad To Be In America? / James Blood Ulmer

 今回のアルバムは日本盤のLPレコードである。原盤はRough Tradeから1980年に発売されている。日本盤は翌年の1981年である。James Blood Ulmerはアメリカのジャズ、フリーミュージック、ブルースのギタリストである。このアルバムについて英語のウィキペディアで調べてみると、ジャズやロック、ファンクやサーフギターが熱狂的な旋律に合わせて出てくると高く評価されていた。久しぶりに聴いてみたら、プログレ・ファンを満足させる音作りである。まず、James Blood Ulmer - Jazz is the Teacher Funk is the Preacherである。視聴者数は多くないが、このアルバムからはJames Blood Ulmer - Time Outも紹介する。YouTubeにはもっと視聴者の多い曲もたくさんアップロードされている。しかし、個人的にはブルースそのものやジャズ寄りの曲はあまり面白くない。ここでは、最後に、別のアルバムから私が気に入った曲を紹介する。James Blood Ulmer - Arenaである。
 さて、次は毎回おなじみの「Music Box」からである。まず、ミュンヘン出身のドイツのロックバンドである。ここでは私の録画した動画を紹介する。新しい全く別の動画の方は20万人近くの視聴者がいる。Dominoe - Here I amである。1988年?(ウィキペディアでは1987年)の作品である。あまりマニアックな曲ばかり紹介してもいけない。次に日本でも大ヒットした曲を紹介する。Los Lobos - La Bambaである。Los Lobosはメキシコ系アメリカ人のバンドである。スペイン語で「狼たち」を意味する。1987年の作品である。最後に、掘り出し物を紹介しよう。私は掘り出し物だと思ったら、日本語のウィキペディアでは紹介されていた。イギリスのバンドである。音楽のジャンルはヒップ・ホップに属する。私が録画していた曲は、Bomb The Bass - Beat Disである。今回このバンドの他の曲も調べてみた。「Bomb The Bass - Megablast [HD]」が私の録画した動画よりよかったぐらいである。興味のある人は自分でコピペして検索して下さい。

 

平成26年9月9日(火)

 いつの間にか円安が進んでいる。1ドル80円だったのが、きょうは106円を超えていた。アベノミクスによって、円安誘導政策がとられた。しかし、こんなわずかな期間で極端すぎると思う。私は経済についてはまったくのシロウトである。円安効果によるメリット・デメリットの総合判断はできない。ただ、前から書いているように、日本での貯蓄の1000万円は1000万円で同じである。しかし、グローバル経済の中で、ドルベースで計算すると、1000万円の資産が760万円以下まで下がっていることになる。これだけお札を発行しているので、世界経済の中での国の資産はどうなっているのかよくわからない。少なくとも、個人の資産はこれだけ目減りしていることになる。退職金の1000万円でしばらく海外で暮らしたいと思っても、今の海外では実質760万円以下の価値しかない。
 きょうの京都新聞を読んでいたら、昭和天皇実録公表のことが詳しく報道されていた。今回の公表では、歴史の専門家にとってはそれほど目新しいことはなかったようである。しかし、富田メモや欧州での天皇の戦争責任問題のことが書かれていた。一般の国民もきちんと歴史的事実を知ることができてよかったと思う。富田メモ(昭和天皇が1975年『昭和50年』から靖国神社の親拝を取りやめたのは、A級戦犯合祀が理由)については、櫻井よしこが否定的な意見を書いていた。だから、この日記では「真偽はわからないが」と但し書きを入れていた。
 日本では天皇の戦争責任を論じることは長いことタブーであった。そのため、天皇の戦争責任問題のことは国民はすっかり忘れていた。このあたりのことも京都新聞では詳しく書いてあった。この日記でも、戦後26年を経た1971年(昭和46年)の欧州歴訪のことは書いた。実録によると、対戦国であった英国で植樹した杉が切り倒され、「彼らは無意味で死んだのではない」とのプラカードが残された。オランダでは天皇が乗った車に魔法瓶が投げられフロントガラスにひびがはいる事件が起きたことも明らかにされている。
 欧州ではこれだけ天皇に対する反発(恐らく、日本に対しても)が強かった翌年(1972年)に、中国との間で日中国交正常化の共同声明が出された。この日記ではしつこいほど取り上げている。私は筋の通らないことは嫌いなので、もう1度繰り返す。このとき周恩来が国内に向けて行った説得が、「先の日本軍による中国侵略は一部の軍国主義者が発動したものであり、大半の日本国民は中国人民同様被害者であった」である。この時に賠償放棄もしている。中国政府は天皇にも日本国民にも戦争責任はなく、一部の軍国主義者が悪かったと中国国民を説得したのである。だから、A級戦犯が合祀されている靖国神社への首相の参拝は、重大なルール違反になる。
 今回天皇に関することは、一般紙でも知ることができた。安倍首相が靖国神社を参拝をしたときの中国の反発については、内政干渉だとか外交的に利用しているだけと一般紙は報道していた。歴史的事実を知らずに、国民が感情的に反応するのは大変危険である。これからは、一般紙も日中共同声明のことについてきちんと報道すべきである。ついでに付け加えると、中国の民間人が起こした戦後補償を巡る訴訟でも、日本政府はこの日中共同声明の賠償放棄を盾にとって、中国政府を批判している。約束も守らず、一方的に自分たちの都合のいい権利だけを主張をしているのである。るろうに剣心風の表現を借りると、武士の風上にも置けぬ卑怯者でござる。
 この前の日曜日は、精神科薬物療法研修会の案内を見ていた。今年の4月から診療報酬の改定があり、精神安定剤などの向精神薬の処方が厳しく制限されるようになった。半年間の猶予期間があり、10月からは規定の種類を越えて処方すると、処方せん料などが大幅に減らされる。学会の精神科専門医は、インターネットで研修を受けると、抗うつ薬と抗精神病薬だけに限っては、規定の種類を越えても保険点数が減らされない。締め切りがぎりぎりになったので、今回初めて詳しく文書を読んだ。私は抗不安薬と睡眠薬も免除されるかと思ったら、違っていた。インターネットの研修は2時間半ほどで済むようである。
 ところが、その前に6月に来た患者さんの処方を調べなくてはいけない。デパスなどの抗不安薬、レンドルミンなどの睡眠薬、パキシルなどの抗うつ薬、ジプレキサなどの抗精神病薬を投与した患者数と規定の種類以上(例えば睡眠薬では3種類以上)を処方した患者数を報告しなければならない。6月にきちんと調べておけばよかった。この時は、後で何とでもなると放っておいた。簡単に調べられると思ったら、レセコンの会社に聞いても、これからの対策ソフトを考えているぐらいであった。仕方ないので、6月に来院した何百人という患者さんの処方を全部印刷して、1枚1枚チェックするしかない。受付の人は何が抗うつ薬で何が抗不安薬か瞬時にわからないので、私がやることになる。今月の15日が締め切りである。土曜日の午後から連休にかけては用事がある。今度の木曜日に処方を全部チェックして、インターネットの研修会を終了できるのか今から心配になってきた。
 さて、きのうは東山救急講演会があった。きょうの救急の日にちなんで、毎年開かれている。今年は東山医師会から頼まれて私がすることになった。演題は、「いまどきのうつ病(病気ですか、それとも甘えですか?)」である。今はうつ病概念が混乱している。ここでも何回も書いているが、うつ病の障害者年金の診断書がよく問題になる。安易に書いてしまうと、生活保護と同じで、症状が改善しても一生もらい続けることになる。
 インターネットで調べると、障害者年金を扱っている司法書士の宣伝がたくさん載っている。中には、精神科医は障害者年金のことをよく理解していないので、うつ病では等級3級または該当しないことが多いと書いている所もある。当事務所に相談したら、必ず障害者年金がもらえるようになると、成功報酬のことまで書いてある。そういう診断書を書いてくれる病院も紹介するという。統合失調症や躁うつ病は一生の病である。うつ病は基本的には治る病気である。もちろん、難治性のうつ病もあるので、該当する人はいくらでも診断書を書いてもらったらいい。
 基準は、仕事ができないではなく、日常生活や社会生活に支障をきたしているである。どの程度のことをいうのかというと、顔を洗ったり、着替えをしているかとか、郵便局や銀行に行って必要な手続きができるかである。うつ病の診断基準は、実は誰にでも起こりうる主観的な自覚症状に基づいている。検査ではわからないので、患者さんが事実とはかけ離れて強めに症状を申告しても、主治医は判断に困る。それでも、素人の司法書士の入れ知恵に対抗する手段はある。今はうつ病の入院治療を熱心にしている精神病院も多い。疑わしい患者さんについては、入院治療も1つの手段である。引きこもりで日常生活が乱れている人でも、入院治療(規則正しい生活)をしたら、ほとんどの人は日常生活については改善する。入院すると、患者さんの申告だけではなく、どこまで日常生活に支障があるか、プロのスタッフの客観的判断も得られる。どんな病気でも、外来治療で改善しなかったら、入院治療が必要である。充分な治療もせずに、安易に障害者年金の診断書を書くのは、本来の趣旨からかけ離れている。

どこからうつ病?  講演で用いたスライド。「私はうつ病ですか」とよく聞かれるが、答えにくい。縦の線が体調のよさである。上の赤い水平線が普通だとすると、下の赤い線は誰もが見てもうつ病である。夜も眠れず、体重も減り、好きなTVも見れず、死にたいと思ったりする。スライドでは正常と書いてあるが、誰でも青い線のように、体調がよかったり悪かったり多少の波がある。しかし、正常かうつ病かではなく、幅があるのである。真ん中の赤い曲線のように普通の波より大きく下がった場合をどう言うかである。軽いうつとか、うつ気味とか表現が難しい。どこまで下がったらうつ病というかは、診断する医師によっても変わる。

うつ病の重症度  先ほどのスライドと同じである。A。B.C.D.Eとそれぞれの出来事を山としてかいている。人によって山の高さは変わる。Eは決算期で夜中まで残業である。1番低い山のDは家でパジャマを着てTVである。Bは旅行である。体調が少しづつ悪化して下に下がってくると、高い山から越えられなくなる。よく仕事ができなくて、旅行できるのはおかしいと言うが、仕事の山と旅行の山の高さは本来違うのである。仕事の山と友だちと飲みに行く山も当然違う。どんどんと下がってきたら、Dの山も越えられず、好きなTV番組も見れなくなる。

ストレスの強さと回復  人間を家に例えている。1個の重し(ストレス)が載ったら、家はミシミシと音を立てる。重しを取り除いたら、家は無傷である。原因となるストレスを取り除いたら、すぐに体調は回復する。真ん中のもう1つ重しを増やし2個になったら、家の屋根の一部が壊れ、壁にもひびがはいり、窓ガラスも割れる。あわてて重しを取り除いても、修理に時間がかかり、回復も遅れる。3つ重しが載ると、今度は家が全壊し、いくら原因となる重しを取り除いても、簡単には修復できない。休養期間が長くなり、職場復帰して仕事の負担を減らしても、元通りに戻るには相当の時間がかかる。

今週の愛聴盤 111 (140909)

Mu / Riccardo Cocciante
Mu / Riccardo Cocciante

 今回紹介するのは、イタリアのカンタウトーレ(シンガーソングライター)である。30年以上前のLPレコードが多いので、アーティストも内容もほとんど忘れてしまっている。いつもは、ウィキペディアを参考にしている。今回は久しぶりに、「ユーロ・ロック集成 イタリア編」(マーキームーン社)を開いてみた。私の持っている本は1993年に出版されている。1965年からこの年までに発売されたイタリアン・ロックのアルバムを紹介している。ここでは、サイゴン生まれのコッチャンテのアルバムが7枚取り上げられている。私の残しているLPレコードはこれだけである。レコード評を読むと、このアルバムが1番プログレに近い。アレンジをヴァンゲリスなどがしている。1972年の作品である。
 さて、YpuTubeで検索してみたら、すべての曲がアップロードされていた。しかし、古いアルバムのせいか、動画ではなく、ジャケットの写真だけである。まず、最初に聴きやすい曲である。Riccardo Cocciante - Coltivo tutte le valliで聴くことができる。次に、まだロック色が残っているRiccardo Cocciante - Ora Che Io Sono Luceである。このアルバムからは、Riccardo Cocciante - Uomoも紹介しておく。コッチャンテはカンタウトーレとして有名で、その後数多くの歌ものをヒットさせている。1976年に発売されたアルバムの中の「Riccardo Cocciante - Margherita」はイタリアのラブ・ソングとして有名である。ライブは400万人の視聴者数を越えている。私はプログレ・ファンなので、好みからは少しずれる。他にいい曲がないか探してみた。歌ものの中では、Riccardo Cocciante - Bella Senz'Animaがよかった。
 今回はこのアルバムの曲がアップロードされていなかったり、他にいい曲が見つからなかった場合を考えて、別のイタリアのカンタウトーレのアルバムも用意していた。Lucio Battistiである。私は1枚のLPレコードをまだ残している。先ほどの「ユーロ・ロック集成 イタリア編」で調べてみると、傑作となっていた。また、別の機会に紹介しようと思う。
 もう、40年以上音楽を聴いてきたことになる。しかし、自分の好きなジャンルの音楽を追いかけられるのは、若い時の本の一時期である。私は1990年前後まで、かろうじて「Music Box」を通じて、ヨーロッパを中心に流行している曲を知ることができた。ヒップ・ホップ・ミュージックが出てきた時にも新鮮であった。もともとハード・ロック・ファンである。「Music Box」を見ていて、当時ぶっとんだ曲を紹介する。RUN-DMC & Aerosmith - Walk This Wayである。1986年の作品である。エアロスミスは私の学生時代からのバンドである。今でも、Draw The Line / Aerosmith(1977年)のLPレコードを残している。ボーカルのスティーヴン・タイラーはよく麻薬中毒から回復したものだと思う。
 最後に、「Music Box」に録りためた珍しいヒップ・ホップ調の曲を紹介する。Edelweiss - Bring Me Edelweissである。オーストリアのバンドである。古い方の動画は22万人の視聴者数を越えている。英語のウィキペディアによると、ヨーロッパで大ヒットした曲である。もし、この動画が削除されたら、古い方を見よう。

 

平成26年9月2日(火)

 先週はいろいろと忙しかった。まず、8月28日(木)は14年目になる車の車検があった。前にも書いたように、ぱっと見では、14年目になる車には見えない。500万円近くした車なので、塗装がいい。少し前にオートバックスでアルミホイルを替えたら、俄然見栄えがよくなった。トヨタの販売店の話では、私の持っている車種はみんななかなか乗り換えしないらしい。モデルチェンジしても、あまり売れないので、今はこの車種は廃止となっている。私も中途半端な新車に乗るぐらいなら、今の車で十分である。唯一の欠点は燃費である。京都市内では、ハイオクでリッター6kmぐらいである。しかし、これだけの年数になると、燃費がかかっても、新車を買うよりお得である。以前のように、長距離を走ることもない。
 8月30日(土)の夕方からは、京都精神科医会の夏の学術講演会があった。今回の演題は「ドパミン過感受性精神病の治療」で、講師は千葉大学医学部教授であった。内容は専門的になりすぎるので、ここでは省略する。統合失調症はいろいろな病態を含んでいるので、この講演会で述べていた理論があてはまる患者さんも大勢いるかもしれない。しかし、私は35年間精神科医をしているので、いろいろな仮説が出ては消えていった過程をよく知っている。試験管内で起こっていることが、人間の脳内で実際にどこまで反映しているのかは不明である。私の悪い癖で、仮説に対してはいつも懐疑的である。
 講演会の後は、情報交換会(懇親会)があった。今回の講演会では、数多くの精神科医が参加していた。この精神科医会だけは年配の先生も大勢参加する。昔、私がお世話になった先生ばかりである。私は母校の大学を含め、開業するまでに8つの病院に勤めている。大学病院、精神病院、私立総合病院、公的総合病院である。若い時には医局から関連病院に2年ごとに派遣されていた。別の病院に当直のアルバイトにも行っていたので、先輩の先生はほとんど顔見知りということになる。中には75歳を越えた元病院長もいる。昔お世話になった大先輩でも、気楽に声をかけて、近況を聞くことができる。それにしても、みんな元気である。外来で患者さんを診察していると、60歳の定年を迎え、同じ会社で再雇用で働く人も大勢いる。しかし、2〜3年でやめる人も少なくない。私も60歳を越えて、仕事量を減らそうと思っていた。この講演会に参加して、60歳を越えたぐらいでは、医者の世界ではまだまだひよっこであると痛感した。
 日曜日は、やることがあった。9月8日(月)に東山医師会から頼まれていた講演会のスライド作りである。東山消防署が主催する東山救急講演会である。演題名は「いまどきのうつ病(病気ですか?それとも甘えですか?)」である。この日記でも紹介した、村松太郎「『うつ』は病気か甘えか。」(幻冬舎)も参考にしている。会場は東山区総合庁舎の大会議室である。他に「救急落語」もあるので、それなりに人は集まるのだろう。締め切りは講演直前でいいのかと思ったら、準備があるようである。以前に作った原稿などを参考に、1日でパワーポイントで作ろうと思った。
 ところが、保存していたと思った原稿のファイルが見つからない。京都駅近くのマンションまで行って、昔使っていたXPのノートパソコンを調べたが、だめである。ポータブルのハードディスクもいくつか調べてみた。保存しているのは、昔懐かしいアダルト系のお宝写真ぐらいであった。確かに、パソコンと接続している外付けのハードディスクに残していたはずである。復元ソフトを使って復元することも考えたが、面倒臭そうなのでやめた。何とか残っている原稿をつなぎ合わせて、話す内容を考えた。結局、この日の夜は医院で自炊して、夜10時ぐらいまでスライド作りをしていた。
 きのうの月曜日は、入院の必要な患者さんをいつもお世話になっている精神科病院に頼んだ。満床だったので、予約だけした。日にちが決まったら、患者さんの自宅に連絡するということであった。ところが、患者さんの家に連絡したら、電話がつながらなかったと病院から連絡があった。自立支援医療を受けていたので、後は院外薬局に電話番号を聞くことである。ところが、ここでも電話が通じない電話番号が登録されていた。患者さんに入院の受診日時を伝えなければならない。他に方法は、私がグーグルを使って自宅を調べ、直接行くしかない。夜の外来が終わってから、この日の夕食も自炊し、その後でグーグルの地図を頼りに患者さんの家に車で向かった。  ところが、懐中電灯を持って、表札を1軒1軒見てまわったが、よくわからなかった。仕方ないので、少し離れた交番に行って、場所を聞いた。同じ番地でも、地図で見るとけっこう広い範囲であった。何とか見つけることができ、患者さんには受診日時を知らせた。医院に帰ってきたら、夜の9時過ぎであった。日曜日だけでは講演のスライド作りが終わらなかったので、この後で原稿作りの続きである。夜中の12時過ぎには何とか完成させることができた。きょうの午前中に、係の人がパワーポイントのデータを取りにきた。
 きょうは午後から往診があったので、この日記を書き出すのが遅かった。きょうも医院で夕食を自炊して、今また書き始めている。現在は午後8時半である。ケアンズについては、書ける所まで書こうと思う。ケアンズでの3日目になる8月21日(木)は朝からパックになった「世界遺産キュランダツアー」に参加した。日本人35名の参加者がいた。キュランダ高原鉄道に乗り、キュランダ村に行き、ここで昼食を取り、今度は熱帯雨林の上をスカイレール(ゴンドラ)で空中散歩して帰る。ここでも、1人旅は私だけである。家族連れ、男女のカップル、2人組の女性だけである。列車の座席は対面となっている。私は男女のカップル、2人組の女性と同じ席になった。窓側はあきらめ。2人組の女性の横に座った。目の前の男女のカップルがけっこう熱々であった。恋人はいても、女性同士で旅行することはある。しかし、30代を越えていそうな2人組の女性の前でイチャイチャするのはまずいと思った。今回日本の2人組の女性同士はどうしているのかと思ったら、昼食の時も、見しらぬ女性同志はほとんど話もしていなかった。
 帰りの熱帯雨林のスカイトレールについてのガイドの話は、面白かった。エリザベス女王が来たときに、高所恐怖症の女王に乗ってもらうために、ゴンドラの重量を計算し、ゴンドラが揺れないようにすべてのゴンドラに住民が乗ったという。オーストラリアの国旗に、イギリスの国旗が描かれていることは知らなかった。この日記でも紹介した、グレン・グリーンウォルド 「暴露:スノーデンが私に託したファイル」(新潮社)によると、アメリカの情報機関は最高機密を自国を含め5つの国で共有する協定を結んでいる。ファイブ・アイズと呼ばれ、オーストラリアやニュージーランドも含まれる。今回オーストラリアに行って、いかに歴史的結びつきが強いかよくわかった。日本なんかそう簡単にこの仲間に入れてもらえそうにない。入国には、予めインターネットでETA(電子入国許可)を取得しておかなければならない。日本では2020年にオリンピックが開催される。何が何でも、テロなどは未然に防がなければならない。どうしても、アメリカの情報機関の協力が必要になる。ミイラ取りがミイラにならないように、ただ祈るばかりである。
 ケアンズでの4日目は、前日の午後8時過ぎに現地の旅行代理店で頼み、フィッツロイ島に1人で行くことにした。船は11時の出発なので、朝はゆっくりとできる。料金はシュノケールを借りて、84オーストラリアドル(8820円)である。フェリーで45分である。日本人は島で1組見ただけである。グリーン島に比べると、人は少ない。それでも、十分に楽しめる。食事は海辺に面したレストランで食べる。ビールは1杯6.5ドル(680円)であった。今回の旅行で気づいたことは、オーストラリア人のおもてなしである。日本人と違い、気軽に声をかけてくる。私はお土産はあまり買わないが、蝶を描いたガラスのコースターを買った。この時でも、「どうでしたか?」と声をかけてくる。フィッツロイ島から帰る時にも、引退した学校の先生が「島はよかったですか?」と声をかけてきた。おもてなしというと、日本人の特権のように思いやすい。他の場面でも遭遇したが、オーストラリア人のホスピタリティもすごい。日本人は外国人観光客に気さくに声をかけてやるということができにくい民族だと、つくづく思った。きょうはもう書くのに疲れたので、9月4日(木)に簡単な写真と解説を追加しようと思う。
 ここからが、4日(木)の追加分です。

キュランダ高原鉄道  ケアンズ駅からキュランダ駅まで2時間ほどかかる。途中1回停車する。ここからは緑に包まれた渓谷などが展望できる。TV番組「世界の車窓から」のオープニングに使われていたという。

歩道  帰りはキュランダからスカイレール(ゴンドラ)を使って、降りてくる。アボリジニの聖地になるので、鉄塔などはロシアの軍用機を借りて空から運んだという。

ゴンドラ  ここは世界最古の熱帯雨林で、アマゾンは世界最大の熱帯雨林になる。ゴンドラで手つかずの自然を空中散歩する。

フィッツロイ島1  ここはフィッツロイ島の船着き場。グリーン島に比べると、こじんまりとした島である。ケアンズのフェリー乗り場からの乗船も、カウンターでの手続きは必要ない。旅行代理店の予約券を持って、直接フェリーまで行く。フェリー乗り場の1番端にあったので、乗り場がわかりにくかった。

フィッツロイ島2  きれいな海岸線に緑の小高い山がすぐに迫っている。グリーン島と同じように、宿泊施設もある。島の中には熱帯雨林の中の歩道もある。キャンプ場もあって、いくつものテントが張ってあった。

フィッツロイ島3  船着き場近くのレストラン。ここでチキン・バーガーを食べた。屋根のついたテーブルと海辺が見渡せる外のテーブルがある。ビールも飲めて、のんびりするには最高である。

フィッツロイ島4  グリーン島に行くには、朝8時にフェリー乗り場のカウンターに行かなければならない。フィッツロイ島には11時発のフェリーがあるので、朝はゆっくりとできる。帰りのフェリーの出発は午後6時である。それまで、スノーケルからグラスボートまで大体のことは楽しめる。

ギリガンズ  ケアンズでは、雰囲気のいい海辺沿いのレストランやバーがたくさんある。ここは街の中にあるギリガンズ・バックパッカーズホテルにあるクラブみたいな所である。看板には、日曜日にはウェット・Tシャツなどと、催しものが書いてある。

今週の愛聴盤 110 (140902)

Geri Reig / Der Plan
Geri Reig / Der Plan

 さて、久しぶりにドイツのバンドである。私の持っているLPレコードは1980年に発売されている。このレコードがファースト・アルバムになる。当時のNeue Deutche Welle(ドイツのニュー・ウエイヴ)に属する。音楽のジャンルとしては、実験的なシンセポップになる。音楽に合わせて、いろいろなパフォーマンスもする。まず、このアルバムの1曲目である。Der Plan - Adrenalin Lasst Das Blut Kochenで聴くことができる。このアルバムでは、「Der Plan - Commerce Exterieur Mondial Sentimental」もいい。興味のある人は自分で検索して下さい。
 実は、私は今でも日本で発売されたDer PlanのVHSテープを残している。「進化論 デア・プラン・ライブ」(1984年)である。東京とミュンヘンのライブを収めたものである。40分で値段は9800円である。当時は今と違って安売りはしていなかった。輸入盤レコードの店では、輸入盤と日本盤のレコードを買うと、輸入盤(実は日本盤)の値段を割り引いてくれた。さて、今回ネットで調べてみたが、このライブの映像はDVDなどでは再発はされていないようである。CDでは進化論 / デア・プランで発売されていた。YouTubeでは、この中から何曲かアップロードされていた。しかし、残念なことに音はあまりよくない。このVHSテープの中で1番の聴き所である。Der Plan - Gummitwistで聴くことができる。この曲の後に続く、「Der Plan - Spasebob」もいい。あまりにも音が悪いので、私が新しい動画をアップロードしようかと思うぐらいである。他にも、たくさんの曲がアップロードされている。最後に、Der Plan - Copyright Slaveryも紹介しておく。
 次に、もう1本のVHSテープである。これも日本で発売されたNeue Deutche Welleのバンドをいくつも集めたテープである。実は、このテープはカビが生えていたので、大分前に捨ててしまった。題名がなかなか多い出せなかった。ネットでいろいろ調べてみたが、「スピリッツ・オブ・ジャーマニー」だったと思う。とにかく、次に紹介したいのが、DAF(Deutsch-Amerikanische Freundschaft)である。日本語訳では独米友好協会(造語)となる。LPレコードも持っていたが、今は残していない。テープもレコードも手元にないので、ここで紹介するのはルール違反である。アマゾンを見ると、このバンドは高い評価を受けている。「ロック・マガジン」の阿木謙も高い評価をしていた。しかし、私はあまり好きなバンドではなかった。VHSテープでは、腕を高く振り上げるダンスが印象的であった。DerPlanを紹介したので、今回取り上げぬわけにはいかない。
 まず、私の好きな曲である。DAF - Alle Gegen Alleである。最後に、個人的にはこのバンドのベスト曲だと思っている曲である。DAF - Der Mussoliniで聴くことができる。
 最後に、私がVHSテープに録り溜めた「Music Box」からである。1981年の作品とは思えないほど、しゃれた曲である。日本語のウィキペディアによると、Grace Jonesはジャマイカ系アメリカ人の歌手、モデル、女優である。Grace Jones - I've Seen That Face Beforeで聴くことができる。

 

平成26年8月26日(火)

 今週の愛聴盤を先に書いていたら、思ったより時間がかかってしまった。今はもう午後5時15分過ぎである。これからこの日記を書ける所まで書いていく。どうしてこんなに遅くなってしまったかというと、19日の夜から24日の夜まで旅行に出かけていたからである。帰ってきたら、急ぐ書類が山ほど溜まっていた。さて、どこに行っていたかというと、オーストラリアのケアンズである。あのグレート・バリア・リーフの入り口である。夏はハワイもベストシーズンである。子どもも20歳を過ぎると、親との旅行より友だちとのつき合いを優先する。私1人で、ケアンズはどんな所か、人身御供のつもりで行ってきた。
 ケアンズにはジェット・スターで早朝に着く。仕方ないので、ネットでホテルも含め旅行代理店に頼んだ。時差は、オーストラリアでは日本より1時間早い。オプションの日本語の現地ツアーがついたパック・ツアーを選んだ。しかし、到着は朝の5時過ぎなので、この日の早朝のオプションツアー以外は自分で現地で頼んだらよかった。ホテルのチェックインは午後2時からなので、どうしてもそれまでの時間をもてあそぶ。なるべく深夜便は避けたかったが、今回は選びようがなかった。関西空港から夜8時半頃の飛行機に乗った。ふだんは眠剤は使用しないが、この時だけはエバミールを飲む。飛行時間は7時間ちょっとである。
 ケアンズに着いてからは、現地にある日本の旅行代理店に案内された。ここでまず両替をした。1万円で950オーストラリア・ドルである。何と、1ドル105円である。男1人で来ているのは私ぐらいである。いくつかの日本語のツアーに参加したが、小さな子どもを連れた家族連れか、男女のカップル、友人と来ている2人組の独身女性がほとんどであった。男性2人で来ている日本人はツアーでは1人も見かけなかった。日本人の観光客が多いらしく、空港では英語と日本語の表記がされていた。
 さて、日本人観光客の特性から、ツアーの内容も自ずと決まってくる。まず、到着した20日(水)朝のオプショナルツアーである。「コアラと一緒に朝ごはん」である。ホテルのチェックインまでの時間、何もすることがなく、うろうろしていても仕方ない。日本の旅行代理店も一生懸命考えたのだろう。家族連れ、若い女性、カップルには受けると思う。60歳を過ぎたおじさんにはビミョーである。ここでしかコアラを抱けないという売り文句であった。キュランダでも同じようなことが書いてあった。それでも、コアラも間近で見ると、それなりにかわいい。動物園としては、見所が多いわけでない。オーストラリアの動物園でカンガルーを見ても、それほど感動もしない。
 午後2時からホテルにチェックインした。その後で、海岸沿いを歩いてみた。歩道が整備され、雰囲気はよかった。ツアー満載の旅行を頼んだので、夕方は「夜のジャプカイ&星空見学と夜景ツアー」に参加した。8割ぐらいが日本人であった。アボリジニの歌と踊りなどを楽しんで、食事である。50人以上の参加者がいたが、1人で参加していたのは、私も含め3人だけである。1人若い女性がいた。この人は、翌日のグリーン島に出るフェリーのチケット売り場で、中東系の男性と一緒にいるのを見た。星空見学では残念ながら南十字星を見ることはできなかった。
 翌日の21日(木)はグリーン島クルーズとアウターリーフのツアーである。ツアーと言っても、自分でフェリー乗り場まで行って、乗船手続きなどをしなければならない。ここでも、オーストラリア人の受付の人が、(乗り場は)「1番」と日本語で教えてくれる。フェリーで約1時間でグリーン島に着き、2時間ほど自由に過ごす。また1時間フェリーに乗り、今度はアウターリーフ(グレート・バリア・リーフ)に行く。船の中は、日本人スタッフがいて、日本語で声をかけてくる。船内には、英語、日本語、中国語のパンフレットが置いてある。便利になって何でもかんでも日本語ですませることができるのは、いいことなのか疑問に思った。今回たまたま日本語のツアーに参加する機会が多かった。どのスタッフも親切で丁寧である。自由時間はもちろんある。しかし、こんなに至れり尽くせりの旅では、まるで修学旅行みたいである。
 今回オーストラリアに行って、気づいたことを書く。まず、物価の高さである。コンビニはあまりなく、大きなスーパーが市内中心部にある。ウールワースで買い物をすると、びっくりする。リプトンのレモン紅茶が500cc入りで8ドル(840円)である。普通の日本食レストランで、冷メンと餃子5個、小瓶のアサヒビールを頼んだら、30ドル(3150円)であった。酒はスーパーで売ってはいない。旅行代理店が渡す地図には書いてあるので、チェックしておいた方がいい。缶ビールは1缶3ドル(315円)ちょっとぐらいである。それと、注意が必要なのは、コンセントの形である。アメリカやアジアの国では、日本の電源プラグを差し込むことができる。ところが、オーストラリアでは差し込み口が3つに均等に分かれていて、変換プラグが必要である。これがないと、スマホやデジカメのバッテリーが充電ができない。先ほどのウールワースには置いてあった。今の時期はベストシーズンになる。しかし、早朝は15℃で、日中は28℃になる。夜は本当に寒かった。

コアラ  「コアラと一緒に朝ごはん」のオプショナルツアー。コアラを抱いた1人1人の記念撮影の後は、別のコアラのいる所で朝食である。レストランの中に、コアラがしがみつく木が用意されている。

歩道  海岸沿いの歩道。右側にスィミング・ラグーン(人工プール)がある。紫外線は強い。風があるので、歩いていても、ベンチに腰掛けていても、気持ちがいい。

アボリジニ  夜のオプショナルツアーで行ったジャプカイアボリジニカルチャパーク。アボリジニの歌や踊りがある。客の顔にペインティングをしてくれる。夕食後にはグループごとに、ツアー客全員の記念撮影に応じてくれる。

グリーン島  グリーン島である。船着き場付近の海が1番きれいであった。遠浅なので、珊瑚のある所まで出るのは難しい。橋の上から撮った写真である。誰が撮ってもきれいに写る。

フェリー  本格的な珊瑚礁を見たかったら、アウターリーフ(グレート・バリア・リーフ)まで行かなければならない。グリーン島からまた1時間フェリーに乗る。ここは船の屋上である。

洋上施設  アウターリーフでは上陸できる場所がない。ここはフェリーがつけられる洋上施設である。食事をしたり、日光浴をしたり、スノーケルなどをしたりする。

スノーケル  洋上施設の横に、スノーケル用の足場がある、ここから海にはいる。事故が起こらないように、常にスタッフが監視している。フィンをつけると、かなり遠くまで泳いでいける。ここを離れる時も、大勢の客がフェリーにきちんと乗船しているか、何回も数を確認していた。

珊瑚礁  本格的な珊瑚礁である。いつものように、防水用のペンタックスを持って行った。私はPADIのCカードを持っている。スキューバは本格的な装備が必要である。今は腹が出てきたので、ウエットスーツを着るのも大変である。スノーケルで十分に楽しめる。

今週の愛聴盤 109 (140826)

Some Experiences With Shock / Die Form
Some Experiences With Shock / Die Form

 きょう紹介するLPレコードは日本ではあまり知られていない。名前からドイツのバンドかと思ったら、フランスのポスト・インダストリアル系のバンドであった。レコードにはいっている小さな紙にはフランスでの制作となっていた。1984年に発売されている。今からちょうど30年前である。しかし、音は古めかしくなく、現在聴いても新鮮である。まず、このアルバムにはいっていた曲である。この曲にはいろいろなバージョンがあるようである。女性ボーカルがはいった曲の方がいい。しかし、ここでは動画の優れた方を紹介する。Die Form-Masochistで聴くことができる。このアルバムのA面の1曲目とB面の1曲目がよかった。しかし、YouTubeで調べてみたら、私好みの曲が他のアルバムからももたくさんアップロードされていた。
 まず、Die Form - Electroidである。次は、再び倒錯的な動画が付いている曲である。動画の中に出てくる人物は、バンドのメンバーのようである。Die Form - The Hidden Cageで聴くことができる。最後に、Die Form - Bite of Godも紹介しておく。他にも、「Die Form- Automatic Love 2」など、不思議な存在感のある曲が多い。興味ある人は自分で検索して下さい。
 さて、最後に私が録り溜めた「Music Box」のVHSテープからである。今回は少しコミカルな曲をドイツとフランスから紹介する。番組ではヨーロッパのヒット曲を幅広く紹介していた。「Music Box」の番組が終了してから、MTVを見た。しかし、物足りなくて見るのをすぐにやめてしまった。その後は、仕事も忙しくなった。気まぐれ的に通信販売で主にユーロ・ロックを買うぐらいであった。音楽に本当に夢中になれて、最先端を追いかけることができるのは、人生の中の本の一時期である。
 まず、ドイツの曲である。1987年の作品である。YouTubeでは、1996年のリメイク版が27万人の視聴者を越えていた。しかし、最後が途中で途切れている。私が録画した動画はどうも日本では視聴できなくなっているようである。仕方ないので、リメイク版の方を紹介する。EAV - Kuss die Hand schone Frauである。次にフランスである。1988年の作品である。Debut de Soiree - Nuit de folieで聴くことができる。

 

平成26年8月19日(火)

 この日記の大部分は前日の18日(月)に書いている。どうしてかというと、きょうの夕方から遅い盆休みを取るからである。今年は盆には休まず、夏季休暇を1週間ずらした。区役所や銀行、私の医院の近くにある京都第一赤十字病院は盆休みは関係ないので、院外薬局も開いている。しかし、思ったより患者さんの数は少なかった。盆休みは何でも高くなる。それでも、いつも通りに盆は休診にした方がよかったかもしれない。今年はどうしても行きたい所があった。ところが、旅行を申し込んだのが遅くて、航空券が取れなかった。きょうは、午後5時前のはるかに乗って、関西空港に行く。午後からは往診もあったので、ゆっくりと書いている暇もなかった。
 旅行の準備もあり、書ける所まで書こうと思う。この1週間はあまり体調もよくなかった。最近は朝はゆっくりと起きている。それでも、5時半ぐらいで、医院に泊まる時も遅くても6時前には起きている。翌日に外来のない土曜日だけは夜中の3時ぐらいまで床につかない。起きるのも朝10時ぐらいである。この日記でも何回も書いているが、私は開業してから外来のある月曜日から土曜日までは、毎朝5時前に起きて6時前には医院に出ていた。もちろん、いつも勉強ばかりしていたわけでない。息子が今年の4月に大学に入学するまで、約13年間続けたことになる。今は、夜は遅くまで起きて、朝はゆっくりと起きようと思っている。しかし、なかなかこの習慣は改善しない。娘が大学を卒業したら、外来の一コマを休診にしようかと考えたりしている。
 さて、きょうはあまり書くことがないので、過去に読んだ本である。三日坊主という言葉がある。私が小さい頃は、主に日記に使われていた。毎年正月には、今年こそ毎日日記を書こうと思っていた。ところが、1週間も続かず、自分の意志力の弱さを嘆いたものである。時々患者さんの中に、何十年と日記を書き続けている人がいる。十何年前の何月何日に、どこの病院に行き、薬は何々をもらっていたと正確に答える人もいる。最近の三日坊主は、日記などと違い、英語の勉強やダイエットなどに用いられることが多い。
 私は日記を書き続けることができないとわかったので、せいぜい予定表はきちんと書き残すようにした。見た映画の名前や読んだ本の名前も色を変えて予定表に書き込むようにした。1番いいのは読書録を書くことである。しかし、いちいちメモをしていたら、読書に集中できない。最近の私の読書の仕方は、気になった所や関心した所はマーカーペンでどんどんと印を付けていく。この日記で紹介する時には、全部読み終えて、もう1度最初から線を引いた所をチェックして、内容と感想について書ける所まで書いている。昔はきれいに本を残そうと思っていた。しかし、次から次へと新しい本が出てくる。残すのは本のごく1部である。残していた本も置き場所がなくなったら、どんどんと入れ替わっていく。プロの著述家は大きな書庫を持っている人も多い。しかし、実際に後から読み返すのは、その中のごくわずかだと思う。
 さて、長い前書きになった。当時はシステム・ダイアリーを使っていた。現在の小型版のシステム手帳である。たまたま1989年(平成元年)の予定表を見ていたら、この年は本や映画をたくさん見ていた。当時はあまり評判のよくない私立の総合病院に勤めていた。独身で、定時に帰れていたので、自分の好きなことはできていた。1月には8冊の本を読み、2本の映画を見ていた。2月には7冊の本を読み、4本の映画を見ていた。読書録も、システム・ダイアリーの読書録シートを使ってメモ書き程度のことはしていた。こちらの方は、あまり長続きしていない。今流行のアドラー心理学の本についても書いてある。野田俊作「アドラー心理学―性格はいつでも変えられる」(星雲社)は1989年に発売されている。私は続編も含め、2冊ともまだ残している。しかし、25年前の本なので、なかなか内容は思い出せない。メモ書きをみると、ヴァン・デン・ベルクの「無意識とはまわりの人々がよく知っていて、本人だけが知らないもののことだ」とか、親の言うことではなく、やることを見て子どもは育つなど書いてある。
 ここでは、ジャック・マッキーバー ウエザーフォード「ファーストフード・ラブ―都会人の性の飢えと渇き」(廣済堂出版)を簡単なメモ書きを頼りに紹介する。出版は1989年である。私は本の題名しかメモしていないので、インターネットで著者や出版社を調べた。著者は文化人類学者で、ニューヨークのポルノ・ショップに勤め、そこに来る人々の生態を人類学者としての性の知識を駆使して読み解いている。うろ覚えであるが、この店に勤めていた著者の前の従業員は、強盗に襲われ殺されている。気になった言葉だけを書いているので、意味のわからないものもある。メモの一部を紹介すると、原住民…マスターベーションに頼るのはよほど醜い男か絶倫男だけ。原始社会でも性器は隠した。オーガズム…人間だけ。発情期の喪失とオーガズムの発展。「心で受け入れられるものも、目では受け入れない」タンザニアのトゥル族のことわざ。チャーリー・チャップリン…1晩に6回。ペニスは人を選ばず。最後の言葉だけは、私が勝手につけ足した。

年間スケジュール  システム・ダイアリーの年間スケジュールシート。1989年(平成元年)1月と2月の半分である。本は赤字、映画は青字で書いている。1月15日にこの日記でもとりあげたヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」を見ている。1月19日には「クロワッサン症候群」の本も読み終えている。

2月  1989年(平成元年)の2月を拡大したもの。2月4日に「ダイ・ハード」の1作目を見に行っている。翌日の5日には、「Good Morning, Vietnam」も見に行っている。つい先日自殺したロビン・ウィリアムスの主演作である。この日には、「グルジェフとともに」を読み終えている。グルジェフはアルメニア生まれの神秘思想家である。

読書シート  システム・ダイアリーについていた読書録シート。最初は頑張って書いていたが、段々と面倒臭くなった。ここでは、「フィールドとしての宗教体験」について、メモが書かれている。一部を引用すると、不幸とは、実際の人生が物語の筋書きから逸脱してきたところに生まれ、人生と物語の一体化を回復することが救済となる。

今週の愛聴盤 108 (140819)

Un Peu De L'ame Des Bandits / Aksak Maboul
Un Peu De L'ame Des Bandits / Aksak Maboul

 最近は今週の愛聴盤のLPレコードやCDを探し出すのに苦労している。せっかくいいアルバムを見つけたと思っても、YouTubeでアップロードされていなかったりする。ずらりと曲名を書き出してきて、1曲もアップロードされていない時には、本当にがっかりである。さて、今週はベルギーのアバン・ロック・バンドである。マーク・ホランダーの他に、ヘンリー・カウのメンバーであったクリス・カトラーやフレッド・フリスが参加している。1979年の作品である。
 このアルバムの1曲目だけが飛び抜けてよく出来ている。LPレコードに貼ってあるラベルの紙には、「1 BO DIDDLEY」と曲名が書いてある。ジャッケットに書いてある曲名となぜ違っているのかよくわからない。Aksak Maboul - Modern Lessonで聴くことができる。他にも、そこそこの曲ははいっている。他のアルバムで、もっと私好みの曲がないか調べてみた。視聴者数はそれほど多くない。しかし、Veronique Vincent/Aksak Maboul - Chez les aborigenesがよかった。
 2枚目のアルバムは、CDである。The Body Album / Body(1981年)である。オリジナルは1981年に発売され、私の持っているCDは1992年に再発されたものである。イギリスのバンドである。このアルバムも1曲目の曲がいい。Body - The Sun Will Never Shineで聴くことができる。この曲が楽しめた人には、Body - Silver Lady も悪くない。
 さて、いつものように、私が録り溜めた「Music Box」のVHSテープからである。当時厳選した曲ばかりなので、選ぶのには苦労しない。まず、最初に紹介するのは、イギリスのシンガーソングライターである。英語のウィキペディアでは左翼の活動家となっていた。曲のテーマになっている「The Great Leap Forwards」は、中国の毛沢東が推し進めた大躍進政策のことである。ここでは、視聴者数の多い最近の動画ではなく、VHSテープと同じオリジナルの動画を紹介する。1988年の作品である。Billy Bragg - Waiting For The Great Leap Forwardsで聴くことができる。
 最後に、誰もが楽しめる動画である。今回どこのバンドかと思って調べてみたら、スロベニアであった。1988年にビートルズの「Let It Be」をカバーしたアルバムを発表している。この中のヒット曲である。Laibach - Across the Universeで聴くことができる。

 

平成26年8月12日(火)

 少し前に、平成23年度の日本人の平均寿命が発表されていた。男性が80.2歳で、女性が86.6歳である。私の医院はお年寄りの患者さんも多い。患者さんに、誰の平均寿命かと聞くと、ほとんどの人が答えられない。この平均寿命をみていたら、85歳になる女性は自分の寿命も、後せいぜい3〜4年ぐらいかと思いやすい。85歳の女性の平均余命は8.1年あるので、実際の平均寿命は93.1歳になる。わかったようでわからない平均寿命とは、今おぎゃーと生まれた赤ちゃんの平均余命のことである。年を取ると、病気や事故などの危険を逃れてきたことになる。だから、平均寿命は0歳の時より当然長くなる。私は現在61歳である。60歳の平均余命は約23歳である。私の平均寿命は83歳ということになる。
 暑いので、床屋に行って髪の毛を短めに切ってもらった。久しぶりに、鏡で頭の上や横をみたら、信じられないほど薄くなっていた。いくら髪の毛を染めていても、明るい照明の下では、地肌が透けて見える。歯はインプラントを入れいるので、まだ大丈夫である。私は髪の毛で、自分の老いをひしひしと感じている。真正面から見ていると自分ではわかりにくい。段々とハゲ親父に近づいていくのかと思うと、本当にショックである。後10年で71歳である。10年や20年前のことはそう遠くないこととして思い出せる。しかし、これからの10年、20年は人生の天井が段々とつかえてくる。患者さんの話を聞いていると、あれもしたかったと後悔しているお年寄りも多い。仕事ばかりではなく、元気なうちにやりたいことはやろうと思う。
 さて、この前の日曜日は相かわらず、細々とした書類を書いていた。今年は、障害者福祉手帳や自立支援医療の更新の診断書は去年より少ない。それでも、1週間でたまった書類が山ほどある。先週ときょうの外来は患者さんの障害者福祉手帳の診断書のことでもめた。該当しないと説明しても、なかなか納得してくれない。障害者年金の診断書と障害者福祉手帳の診断書はまったく別物である。しかし、本来はそれぞれの等級は一致しなければまずい。安易に障害者福祉手帳の診断書を書いてしまうと、より厳密な障害者年金の診断書も書かなければいけなくなる。障害者福祉手帳が3級で、障害者年金が3級に該当しなかった場合には、また新たなトラブルの原因となる。私の医院は朝8時半から始まる。きょうは前回の外来に引き続いて、9時20分までの50分間すったもんだして該当しないと説明していた。しかし、患者さんは納得せずに帰って行った。
 さて、今読み終えた本である。二村ヒトシ「なぜあなたは『愛してくれない人』を好きになるのか」(文庫銀河堂)である。この本を知ったのは、8月2日と3日に東京に行った時である。新聞の書評でこの本のことが紹介されていた。先週は石井希尚「結婚に遅いということはない」(さくら舎)のことについてこの日記で書いた。この本を読み終えた後で、新聞で紹介されていたこの本のことが気になって仕方なかった。ところが、本の名前が思い出せない。私はふだんは京都新聞しか読んでいない。遠くに出かける時には、日経新聞を買って新幹線の中で読む。
 最初は、土日のどちらかの日経新聞にこの本の紹介が載っていたと思った。早速、東山区の日経新聞販売店に電話して、まだこの日の新聞が残っているか尋ねた。残っているというので、取りに行った。ところが、行きと帰りの新幹線の中で読んだ日経新聞には載っていなかった。他に読んだ新聞は、ホテルで朝食をとった時に読んだ読売新聞である。まさか、夕刊フジには載っていなかったと思う。同じ東山区の読売新聞の販売店に電話をすると、他の販売店には残っていた。最初取りに行った所では、別の販売店に取り置きしているということであった。車で行ったが、教えてもらった場所が最初はよくわからなかった。しかし、何とか見つけることができた。ここは、特に新聞代はいらないということであった。医院に帰って調べてみたら、やっとこの本の題名がわかった。アマゾンで注文し、きのう届いたので、早速読んでみた。
 本には、上野千鶴子の「このやさしさ! 男なのにどうしてここまで知っているんだっ!」とか、信田さよ子の「読んでびっくり! 直球で家族をえぐる本当に怖い本です」などの言葉が紹介されている。過去に出版された本に「女性読者の恋のお悩みに答える」や信田さよ子(臨床心理士)との特別対談、湯山玲子(著述家)の解説が新たに加えられ、文庫本化されている。著者の二村ヒトシは今年50歳になるアダルト・ビデオ監督である。アダルト・ビデオ監督でカウンセリング本みたいな本を書いているのは、この日記でも昔紹介した代々木忠である。詳しい内容は忘れたが、かなり強引な理論をぐいぐいと押しつける感じであった。
 この本は特に前半部は魅力的な内容であった。くり返し出てくるのは、自己受容で、自分のこころの穴を知ることである。読んでいるときには、わかったような気がしてくる。しかし、「女性読者の恋のお悩み」になると、少し内容がぐちゃぐちゃしてきて、わかりにくくなる。信田さよ子との対談では、こころの穴をトラウマとは呼びたくないとも述べている。読売新聞のビタミンBOOKでは、この本について小児科の先生が書評している。この書評の内容が本当にすばらしい。(だから、苦労してまでこの本を手に入れたのだが) きょうは少し疲れたので、今からうまくまとめるパワーがない。木曜日にはまた自分なりにまとめて、追加しようと思う。
 さて、これからが追加部分である。苦しい恋をして、冷たくされると気になるのは、自分を愛さない男を無意識に選んで自分から好きになっている可能性が高いという。「自分は女として、人間として、価値が低いんじゃないか」と心の底で思っていると、ダメ出しをしてくれる男性に男らしさや頼りがいを感じてしまう。彼女たちは「好き」と言ってくれる男に興味がわかない。2つのケースがあって、「見下し型」と「怖がり型」があるという。「見下し型」というのは、私なんか好きになるような男は、女を見る目がないといって、相手をバカにしてしまう。「怖がり型」は、この人が好きになった私は本当の私じゃない、本当の私がバレたら、嫌われてしまうと不安になる。
 恋愛で苦しんでいる人には、もう1つの特徴がある。恋と愛の区別がついていないという。恋とは欲望で、愛するといくことは、相手を肯定することである。自分で自分のことが嫌いな人や自分自身を受け入れていない人は、恋した相手を愛することも、愛せる相手に恋することも、なかなかできない。愛だと思って、彼のためにしていることは、実は彼を失うのが怖いから自分のためにしていることなのである。自分を受け入れていない女性は、むしろ恋をすることでだめになっていく。
 自分を好きということには2種類あり、ナルシズムと自己受容がある。ナルシズムは自分への恋で、自己受容は自分への愛である。自分磨きや女磨きも頑張っている自分が好きなのは、ナルシズムである。ナルシズムも必要なだけも持ちながら、自分を認めて愛する自己受容も必要である。自分が恋している男性が、自分を愛さない限り、理想の男性であり続ける。自分を愛せないでいると、彼が本当に自分を愛し始めたら逃げ出したくなってしまう。この本では、あなたは自分の「理想とする男性像」を、実在する「自分を愛してくれない男性たち」に投影しているだけで、自己受容していない女に近づいてくるのは、ろくでもない男だけとも書いている。
 自己受容するためには、自分のこころの穴を知ることが必要だと書いている。つきあっている彼にもこころの穴がある。「自分の欠点」だと思うところを無理に直そうとしなくてもいい。自分の欠点について抱いている劣等感や罪悪感といった自己否定の気持ちの方がはるかに他人に迷惑だし、しばしば人を傷つけると、下手な心理療法家や精神科医よりためになることも書いている。治療というのは本当に難しい。後半のあまりにも断定的になる部分は、必ずしも賛成ではない。それにしても、現代の女性が抱える問題をよくここまで踏み込んで書き込めたものだと感心する。
 さて、最後に私の持っている京都本の紹介である。記録に残すというのは、私の一種の強迫観念になっている。レコードや本も必要な物は残すようにしてきた。電子書籍は永遠に色あせない。今はスマホがあるので、写真を含め、記録に残すということは簡単である。最初に書いたように、私ももう61歳である。若い頃にこれだけは永遠に残しておこうと、意識してずっと保存してきたことは、この年になってよかったと思う。

京都味の店  本の題名は、「京都味の店506」である。京の味店案内決定版とついている。発刊は、昭和54年(1979年)12月である。私が大学を卒業した年である。まだ詳しく調べていないが、この35年間に消えた店も多いだろう。

イラストマップ京都  「イラストマップ京都」と書いてある。その下に、株式会社市民書房となっている。私の持っている本は第2版で、昭和48年(1973年)1月に発売されている。初版は前年の12月である。表紙がついていたが、破れてしまったので捨てている。この年は私が大学に入学した年である。これまで数え切れないほど引っ越しをしている。実家は長野県なので、そのたびに本もレコードも持ち運んでいる。

地図  「イラストマップ京都」の中に書かれている東福寺付近の地図である。地図の右に書いてある斜めの長方形に日赤病院と書いてある。まだ市電が走っていた時で、東福寺市電停も書いてある。

今週の愛聴盤 107 (140812)

Pale Hands I Loved So Well / Eyeless In Gaza
Pale Hands I Loved So Well / Eyeless In Gaza

 きょうまたいつものようにLPレコードである。私の持っているアルバムは1982年に発売されている。イギリスのポスト・パンク・バンドである。ボーカルとキーボードに特徴があり、独特の世界を作り出している。何曲も聴いていると、少し飽きてくる。好みは分かれるかもしれない。まず、このアルバムから1曲紹介する。私の好きな曲は音が悪いので、今回は短めの曲である。Eyeless in Gaza - To Ellenで聴くことができる。このバンドは数多くのアルバムを発表している。YouTubeの中から、私の気に入った曲も紹介する。Eyeless in Gaza - Still Airである。他にも、Eyeless In Gaza - Transience Bluesがいい。
 実は、私はボーカリストのMartyn Batesの小さめの変形ジャケットのソロ・アルバムも持っている。Letters Written / Martyn Bates(1982年)である。ついでに、この中から1番好きな曲を紹介する。Martyn Bates - Aftertaste of oldである。次に、この曲に合わせた別のアルバムである。私の持っているLPレコードから1曲だけ紹介する。Phase The Plateau / Crispy Ambulance(1982年)である。同じイギリスのポスト・パンク・バンドである。Crispy Ambulance - Travel Timeで聴くことができる。
 さて、最後にいつものように、私が録りためた「Music Box」からである。今回はサイモンとガーファンクルの曲をカバーした「The Bangles - Hazy Shade Of Winter」を紹介したかった。ところが、いくらYouTubeを調べても、同じ動画が出てこなかった。いつもお世話になっているVEVOでさえ、ジャケットの写真が載っているだけである。著作権がうるさいのか、よくわからない。私が録画した映像と音が本当によくマッチしていた。仕方ないので、きょうは他のアーティストを紹介する。「MUsic Box」からは紹介したい曲は山ほどある。愛聴盤を選ぶほど苦労しない。さて、きょう紹介するのは、The Banglesと同じように、イギリスの女性ボーカリストのバンドである。英語のウィキペディアによると、デビュー曲がイタリアと日本で1位を獲得している。きょう紹介する曲は、Pet Shop Bpysが提供している。1988年の作品である。Eight Wonder - I´m not scaredで聴くことができる。

 

平成26年8月5日(火)

 先週はニューヨーク・タイムズの「大麻禁止の連邦法、撤廃を」という社説が話題になっていた。大麻はアルコールやタバコより害がないという主張である。私はもともと薬物依存の専門家(今でも日本アルコール・薬物医学会の評議員)なので、この説は今さら目新しいものではない。マリファナを使用しているとより依存性の強いドラッグに進んでいくというゲートウェイ説もある。しかし、大分前にこの説は否定されている。40代ぐらいの時に、小学校に貼り出すポスターの中身を書いて欲しいと頼まれたことがある。何についてかというと、大麻の害についてである。この時に、大麻にはほとんど害がないので、書くのに本当に苦労した。私は大麻解禁論者ではない。日本では違法なので、もちろん使用すべきではない。ここでも何回も書いているように、年をとってインポテンスになる前に、大麻よりポルノを解禁して欲しい。
 ついでに、アルコール、タバコ、精神安定剤や睡眠導入剤として用いられるベンゾジアゼピン系薬剤についての依存性について書こうと思う。個人的にはタバコは百害あって一利なしだと思っている。しかし、お酒の飲めない人には、かけがえのない嗜好品になる。アルコールも嗜好品である。精神科医をしていると、アル中や酒乱の患者さんに出会うことも少なくない。健康問題も含め、アルコールによる経済的損失も大きい。しかし、禁酒法時代のように、アルコールを飲むのはやめましょうというキャンペーンは起こらない。酒は百薬の長という言葉もあるように、上手に飲んだらストレスの解消にもなる。暑い夏は、仕事の終わった後での冷えたビールは何にも代えがたい。適度に酔いながら、好きな音楽を聴くのも最高である。
 さて、しつこくベンゾジアゼピン系薬物である。違いは嗜好品と医薬品である。現在の医学の流れの中では、アルコールのように適切に使用するではなく、基本的には使うなである。しかし、最近の抗うつ薬であるSSRIやSNRIでは効果のない人に使用すると、見違えるほどQOL(生活の質)が改善する患者さんも少なくない。ここでは、QOLの改善とは、今まで外出の出来なかった人が、買い物に行けたり、町内会に参加できるようになることである。私は副作用が出ておらず、患者さんのQOLが改善するなら、それでいいと思う。欧米の学者仲間にはいれないからと言って、安全性の高い薬だとわかっていても、必要以上に依存性を強調するのは、大麻の害を強調するのと変わりない。
 この前の土曜日は用事があって、東京に行ってきた。ついでに、品川プリンスホテルで公演している「エンパイア」を見てきた。謳い文句は「ニューヨーク発 ありえないほど近い! サーカス・エンターテイメント」である。宣伝文句として、デイリー・テレグラフの「エンパイアはセクシーで極度の興奮をもたらすサーカスだ」という言葉も紹介されている。世界中のセレブティにも絶大な人気とも書いてある。会場には30分前にはいり、ビールをんでいた。オレンジのスライスがはいっていて、1杯千円である。この日は金持ちモードに切り替えているので、あまり値段は気にならない。入場料は1万1千5百円である。会場は最初は恐ろしくガラガラであった。2階席にはほとんど観客ははいっておらず、開演直前でも1階は7〜8割程度の入りであった。私はニューヨークのブロードウェイで、ヘアー丸出しのミュージカル「オー、カルカッタ」も見ている。いっそのこと、ヘアー丸出しでもよかったと思う。
 いつものように、前日に調べてみたら、フラッシュをたかなければ、写真や動画は取り放題であった。早速カメラを持って行くことにした。ここでも暗所に強いソニーのカメラである。実は私は最新の3台のソニーのコンデジ(コンパクト・デジカメ)を持っている。自分なりに、使い分けをしている。その中で、1番軽くて小さい10倍ズームのカメラを持って行った。ある程度ズームがあった方がいいと思って、最上機を持って行かなかった。こんなカメラでも、動画はきれいに写っていた。写真の方は動きのあるシーンはもう1つであった。特殊な舞台照明にも影響され、なかなかいい写真が撮れなかった。この日記の最後に、撮ってきた写真と簡単なコメントを紹介する。
 次の日はいつものように、東京都写真美術館に行った。何を見てきたかというと、世界報道写真展である。この写真展はいつも見甲斐がある。本当に感動する写真ばかりである。世界中の報道写真のプロが命がけで撮ってきた写真である。写真の好きな人は是非とも見て欲しいと思う。京都では、立命館大学国際平和ミュージアムで9月17日〜10月12日まで開催する。私は医者になれなかったら、報道写真家になりたかったと今でも思っているぐらいである。それにしても、京都は芸術にも恵まれている環境だと思う。京都市立美術館でやっているバルデュス展にも行ってみたいと思う。私は車に乗っている時には、FM COCOLOを聞いている。きょうは車での往診があった。たまたま聞いていたら、演劇情報で、京都のアート・コンプレックス「ギア」のことを紹介していた。これも、是非とも見に行きたい。
 最後に、きょう読み終えた本である。石井希尚「結婚に遅いということはない」(さくら舎)である。著者は結婚カウンセラーである。精神科医からみたら、うさん臭い職業である。しかし、本の内容は本当によくできている。医者は社会的地位が高いので、自分は何でも知っていると勘違いしている人も多い。精神科医もいろいろな患者さんを見ているので、何でも知っていると勘違いしやすい.私は自分の専門領域に関係することでも、いかに無知であるかいつも痛感している。精神科の治療では、病気や薬に関する知識だけでは不十分である。患者さんの悩み事にできるだけ対応できるように、数多くの引き出しを持っていた方がいい。
 この本では、カウンセリングの経験上、37歳が不安になるピークだという。本気で結婚を考えているなら、恋愛相手を探すのはやめましょうとも書いている。30代以降である程度社会的立場を持っている男性たちは、重くない女性を探しているというのも、同感である。重くないというのは、寄りかからない女性という意味である。結婚したい理由が漠然とした不安を打ち消すためであると、決して充実した結婚生活をもたらさないという。結婚したら、自由がなくなるとも書いてある。結婚における最大の間違いは、「好き=結婚」だと思い込んでいることだと指摘もしている。好きが結婚の土台なら、その気持ちが失せたら結婚生活を維持する理由も同時に消えてしまう。恋は盲目という言葉があるように、感情は現実を見えなくしてしまう。こういう時に相手を見る目は、ほとんど思い込みである。
 他にも、勉強になることが山ほど書かれている。「平凡でも幸せに暮らせればいい」と多くの女性が言う。しかし、結婚したらあまりにも平凡で変化のない毎日の繰り返しになる。結婚というのは、恋愛ではなくて「生活」で、生活とは地味なことのくり返しである。結婚の意味と意義を理解し共有することが大事である。結婚には「気持ち婚」や「焦り婚」、「プレーーシャー婚」などがある。しかし、何のためという目的がはっきりしない時には、その意義もそれをやる意味さえなくなる。地味で退屈な仕事でも、そこに意味と意義が見い出せないと、長続きしないのと同じである。ユング派分析家の河合隼雄が西洋のおとぎ話を分析し、最後は王子様と結ばれ、その後幸せに暮らしましたという話に異議を唱えていたことがある。どういうことかというと、結婚するまでの苦労より、結婚してからの苦労の方が大変だからである。30代で独身の女性は1度は読んでみる価値がある本である。

開演前  開演前のひととき。出演者が観客の前に現れて、ちょっとしたパフォーマンスをする。左のカーテンが垂れ下がっている所がステージである。私は前から2列目であった。びっくりするほど観客席とステージが近い。

ショー1  天井からのカプセルを使ったショー。出演者の中では、1番若い女性であった。水着姿の開脚がアーティスティックでソフィスティケートされていた。要するに、清潔感のあるセクシーさがよかった。

ショー2  基本的には大人のショーである。こちらは、直球である。セクシーな下着姿の3人娘がアクロバット的な組み体操みたいなことをする。ステージの大きさはこれだけしかない。

ショー3  黒人の親子(?)。足の上で、若い男性をくるくると回す。それなりに、見ごたえはあった。

ショー4  こちらもアクロバット的なショーである。ステージは狭いので、大がかりな舞台装置はない。他にも、観客をステージの上に呼び、下ネタを使ったコントみたいなこともする。

フィナーレ  最後のフィナーレ。ニューヨークのビルを並べ、出演者が全員出てくる。公演時間は全部で90分である。狭いステージと観客席が近いことで、出演者と観客の一体感を味わえる。

今週の愛聴盤 106 (140805)

The Way She Was
The Way She Was "Janis" / Janis Joplin

 きょう紹介するのは私も持っているDVDである。DVDの表紙は細長いので、写真はLPレコードのように、私が勝手に正方形に切り取った。ジャニス・ジョップリンのこのドキュメンタリーは1974年に作られている。私は日本で発売されたVHSテープも持っている。その後、DVDが発売されてから、わざわざ買い直している。現在はアマゾンで千円ぐらいで手に入る。日本で初公開されたのは1990年である。ベトナム戦争が激しかった頃に、AMラジオからジャニス・ジョップリンの曲が流れていたことを思い出す。今みたいに冷房はなく、だだでさえ暑苦しい夏に暑苦しい曲が流れ、当時はあまり評価していなかった。その後、レンタルで借りたVHSテープを見て、私の評価は変わった。ブルースの女王と言われたわけが、やっとわかった。その後、ベッドミドラーがジャニス・ジョップリン演じた映画「ローズ」も見た。
 まず、私がこのフィルムの中で、1番最高のライブと思っている曲である。たくさんの同じ動画がアップロードされている。比較的音のいい物を紹介する。Janis Joplin - Ball And Chainで聴くことができる。私はジャニス・ジョップリンのCDは1枚も持っていない。ツタヤで何枚か借りて、好きな曲をコピーした。ここでは代表的な曲を紹介する。。Janis Joplin - Summertimeである。
 私が今回ジャニス・ジョップリンを取り上げたのは、改めて27歳で亡くなったロック・スターを取り上げたかったからである。ジャニスは、1970年にヘロインの打ち過ぎで亡くなっている。27歳でたくさんのミュージシャンが亡くなっているのは、ネットでもすでに話題になっている。ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズがプールで亡くなったのは、同時代で知っている。有名所ではジミ・ヘンドリックス、ドアースのジム・モリソンなどがいる。ニルバーナのカート・コバーンについては私はあまりよく知らない。このことを知ったのは、この日記でも書いているように(平成23年7月26日)、CNNでエイミー・ワインハウスが亡くなったことを大々的に放送していた時である。
 私はエイミー・ワインハウスについては当時まったく知らなかった。YouTubeで調べてみても、あまりいい動画はアップロードされていなかった。イギリスのミュージシャンで、グラミー賞を受賞している。酒とドラッグに溺れ、27歳の時にロンドンの自宅で遺体で発見された。私はこの人の動画を見て、何となくジャニス・ジョップリンのことを思い出してしまった。現在は当時と違い、たくさんの動画がアップロードされている。CDもDVDも持っておらず、ここで紹介するのはルール違反である。本当に優れたミュージシャンなので、今回だけここで紹介させてもらう。まず、Amy Winehouse - You Know I'm No Goodである。次に、同じライブからAmy Winehouse - Rehabも紹介する。この曲の公式ビデオ(?)は6500万人の視聴者がいる。
 最後に、いつものように私が録りためた「Music Box」のビデオ・テープからである。きょう最初に紹介した音楽はリズム&ブルースに属する。これから紹介する曲は、どちらかというと民族音楽になるかもしれない。しかし、曲はしっかりプログレしている。ギニアの歌手で、1987年に発表している。私の持っているテープの方が画像がいいぐらいである。ただし、前後は少し切れている。Mory Kante - Yeke Yekeで聴くことができる。

 

平成26年7月29日(火)

 暑い日が続いている。患者さんの話を聞いていると、仕事をしている人以外はほとんど外出を避けている。外出も最低限の用事と買い物ぐらいである。私も同じである。往診と銀行などの振り込み以外はほとんど外に出ていない。スーパーが医院から歩いて1〜2分の所にある。それでも、お昼に食べ物を買いに行くのも面倒臭い。その時はありあわせの物で何日も間に合わせてしまう。昔から自宅ではズボンやシャツを着て過ごす習慣がない。医院でも外来が終わったら、すぐにパジャマに着替える。このかっこうが1番楽である。休みの時は、書類書きなどで1日中この姿で過ごす。宅配便などが来た時には、以前は普段着に着替えていた。最近は開き直って、そのままパジャマ姿で受け取りに行く。東京の娘(正確には川崎)はお金が必要な時だけ連絡してくる。最近反抗期にはいった息子も、連絡してくるのは京都駅近くのマンションを友だちと借りたい時だけである。
 開業して14年目にはいった。もう61歳なので、若い時のようなパワーはない。ここでも何回も書いているが、毎日が同じ繰り返しで、刺激がない。昔のように、いろいろな役を引き受けて外に出るのかいいのかというと、そうでもない。段々と新しいことには挑戦せず、守りの生活にはいってしまう。開業して経済的には恵まれたことは確かである。しかし、このあたりが開業医の落とし穴かもしれない。定年退職後の患者さんを見ていても、その後の生き方が難しいと思う。同じ職場で65歳まで再雇用になっても、何をやるのかによっても変わってくる。第一線で活躍していた人が、いきなり雑用みたいな仕事になってもプライドが傷つく。かといって、いつまでも重い責任を伴う仕事を続けるのも大変である。いずれにしても、60歳を過ぎたら、仕事はそこそこ頑張り、元気な内に人生を楽しんだらいいと思う。
 さて、この前の旅行の続きである。20日(日)に遅い昼食をとった後は、ホアヒン駅まで行った。最初は、列車でバンコクまで帰ろうかと思った。しかし、遅れることもよくあるようで、片道4時間ほどかかる。ここは王室の待合室が有名である。この後は、一旦ホテルに戻った。マーケット・ヴィレッジからナイト・マーケットまでの大通りは、ソンテオという乗り合いバスが走っている。1回10バーツ(32円)である。この日に行きたかった所は、ホアヒンの北側にあるチャアム・ビーチと南側にあるスアンソン・ビーチであった。短い時間で要領よく廻るにはタクシーが必要である。ホアヒンにはタクシーがないので、車のドライバーと交渉になる。2時間で1200バーツ(3720円)と言ってきた。ドライバーが最初に言い出した値段なので、1000バーツぐらいに値切ってもよかった。もう少し高い値段も予想していたので、これで頼んだ。
 チャアム・ビーチは片道30分近くかかり、スアンソン・ビーチは5分ぐらいの近さである。最初に、タイ人がよく行くというチャアム・ビーチに向かった。たまたま関西空港からタイ国際航空の飛行機に乗っていたら、機内誌にブミポン国王の長男が62歳の誕生日を迎えるお祝いの特集をしていた。国王は現在86歳である。長女と違い、長男の評判が昔から悪いことは知っていた。このドライバーにこの長男のことを聞くと、やはり評判はよくなかった。次は誰が引き継ぐのか、タイ王室も大変なようである。最近医院で置いている週刊文春を読んでいたら、愛子さまのことがよく特集されていた。愛子さまの遅刻や欠席が多いということで、皇太子ご夫妻の教育方針を暗に批判する内容であった。私は専門家でないので詳しいことはわからない。しかし、愛子さまについては、単なる教育方針の問題ではないような気もする。このドライバーに、ついでにタクシンのことを聞いたら、アンチ・タクシン派であった。
 チャアム・ビーチは垢抜けないタイ人のビーチであった。オフシーズンなので、海も少し荒れ、あまりきれいでなかった。最近はこのあたりも観光地として開発されてきているという。未開発でも、飛び抜けて水が澄んでいたら別である。個人的には、あまり魅力のあるビーチとは思えなかった。その後で、ホアヒンのすぐ南にあるスアンソン・ビーチに向かった。ここは軍の施設内のビーチということであった。もう夕方であったが、風光明媚な所にあった。この日は早めに夕食をとった。場所は、ホテルの近くのマーケット・ヴィレッジである。前回も書いたように、日本食レストランがいくつもはいっている。けっこう高い値段であるが、タイ人でいっぱいであった。私はこの店の豪華弁当とビールを頼んだら、500バーツ(1600円)であった。夜はホアヒンでも有名なナイト・マーケットにも行ってみた。TV番組の「世界行ってみたらホントはこんなトコだった」ではよく市場も出てくる。私はもうナイト・マーケットも市場も見飽きてしまった。家族連れや若い人にはいいかもしれない。
 翌日の21日(月)はバンコクに帰る日である。朝は、海岸に出て、こんどはホテルの南側に行ってみた。あまり人は出ていなかった。しばらく歩いていると、モーターボートなどが置いてある場所に出た。ここでウォータースポーツを楽しむようである。ホテルに戻ってから、チェックアウトである。バンコクまではミニバスを使うことにした。ホテルの近くにミニバス乗り場があった。料金は180バーツ(580円)である。オフシーズンと午前11頃だったせいか、乗客は少なかった。ミニバスの場合は、大きなスーツケースを持っていて混んでいる場合は利用しにくい。私はいつも最小のスーツケースを持って行くので、いざとなったら座席の隙間にも置ける。途中で乗客が乗ってきたり降りたりし、最終的にバンコクまで行ったのは10人乗りで、3人だけである。思ったより早く着いて、戦勝記念塔まで2時間40分である。ここからはナナまでスカイ・トレインに乗って行った。戦勝記念塔を取り囲む広場は広いので、ここからホアヒン行きのミニバス乗り場を見つけるのは難しいかもしれない。
 ナナでは朝食付き1泊1500バーツ(4800円)のホテルを見つけて泊まった。女性の連れ込みは可能である。しかし、私はバンコクの夜は清く正しく過ごした。タニヤにも顔を出してみた。夕食はいつもここで冷麺と餃子とビールを頼む。全部で300バーツ(960円)である。ナナではゴーゴーバーにも行ってみた。今回はあまり客ははいっていなかった。シンハ・ビールは1本155バーツ(500円)である。援交喫茶であるテルメにも歩いて顔を出してみた。ここは日本人(もちろん男)だらけであった。シンハ・ビールは100バーツ(320円)である。声をかけてくるのを待っている女性は男性の4〜5倍はいた。たまたまそばにいたニュージーランド人と話をしていたら、20年以上前とは違うということで意見は一致した。昔は日本人なんてほとんど誰もいなかった。通りを歩いていると、黒人女性が声をかけてくる。年をとると、あまりにも欲望が露骨にむき出しになっている都市もだめである。
ホアヒン、チャアム・ビーチについては、もんもん写真館のタイにアップロードしたので、興味のある人は見て下さい。×印の下にNextの文字が出てきます。

ホアヒン駅  ホアヒン駅である。鉄道の好きな人はバンコクまで乗ってみるのもいいだろう。ただ、列車はよく遅れるようで、スケジュール通りには運行していないようである。時間は片道3時間半〜4時間かかる。

花  道ばたに咲いていた花。今回カメラは買ったばかりのソニーRX100M3を持って行った。接写には強くなっている。旅行カメラとしては望遠が足りない感じもした。全画素超解像スームを使ったら何とか大丈夫である。暗所での撮影は一段ときれいになり、画像は等倍表示でも著しく向上している。

チャアム・ビーチ  チャアム・ビーチの手前の道路に建っていた食堂。色が印象的だったので、タクシーを止めてもらって、写真に撮った。

スアンソン・ビーチ  ホアヒンからタクシーで5分ぐらい南側にあるスアンソン・ビーチである。ここはチャアム・ビーチより波が穏やかで、海もきれいであった。のんびりするには、いい場所である。

船  ホテルから南側に歩いて行ったビーチ。船がたくさん留めてあった。

乗馬  海岸線の写真を撮るのは難しい。どうしても平凡でたいくつな風景写真になってしまう。乗馬をしている人を取り入れると、写真が引き締まる。

今週の愛聴盤 105 (140729)

Songs From The Ark / Last Man In Europe
Songs From The Ark / Last Man In Europe

 きょう紹介するLPレコードはイギリスのシンセ・ポップ・アルバムである。1982年に発売されている。グーグルの検索では、このアルバムについて日本語で書いているコメントは上位では見つからなかった。どちらかというと、地味なアルバムだと思っていた。YouTubeで調べてみたら、a forgotten Dance-Floor Killerとなっていた。Last Man In Europe / Midas Touchで聴くことができる。他にいい曲がないか、調べてみた。Last Man In Europe - A Certain Bridgeも悪くない。
 さて、次は私の持っているCDからである。ジャケットだけ見ていても、この人の正体がよくわからない。グーグルで検索しても、日本語どころか、英語でもよくわからなかった。ハンガリーのミュージシャンなので、ハンガリー語のウィキペディアには載っていた。きょう紹介する電子音楽の曲と歌物を出していて、同じ人物とは思えない。しかし、同姓同名でハンガリー人なので、おそらく同一人物なのだろう。アルバム名はElectromantic / Presser Gabor(1982年)である。まず、アルバム名にもなっているPresser Gabor - Electromantic を紹介する。次に、このアルバムの中で1番視聴者数が多い曲である。Presser Gabor - La Baletta No. 2で聴くことができる。最後に、同じアルバムからGabor Presser - 2000 Dioptriaも紹介しておく。
 最後に、いつものようにVHSテープに録りためた「Music Box」からである。オリジナルの放送をVHSテープで録画し、その中から自分の気に入った曲だけをまたダビングしている。映像はよくないが、音はいい。1990年前後の厳選された曲ばかりである。別のテープを久しぶりに見てみていたら、本当に残して置いてよかったと思った。記憶の彼方に消え去って、二度と巡り合うことのできないお宝映像ばかりである。さて、きょう最初に紹介するのは有名バンドである。私はその後、このバンドのベスト盤を買った。やはり、この曲が最高である。昔、精神病院の当直で、若いドクターがこのバンドのCDを自分の机の本棚に入れていたのを思い出す。1979年の作品である。35年前の曲とは信じられないほど、よくできている。The Clash - London Callingで聴くことができる。
 次も同じイギリスのバンドである。ポスト・パンク・バンドで1988年の作品である。当時この曲が好きだったので、長いことまた聴いてみたいと思っていた。しかし、バンド名も曲名もうろ覚えで、YouTubeで検索してもヒットしなかった。今回たまたまテープを見ていたら、この曲が出てきた。Swansで検索していたが、前にWild が付けないといけなかった。The Wild Swans - Bible Dreamsで聴くことができる。

 

平成26年7月22日(火)

  この日記は24日(木)に書いている。22日(火)は何をしていたかというと、旅行に出かけていた。7月19日(土)は1年に2回ある医局の同門会があった。今回はこの会の参加も遠慮させてもらった。どこに出かけていたかというと、タイのホアヒンである。土曜日の午後から出かけたら、海の日の祝日があるので、火曜日の外来だけ休診にしたらいい。しかし、今回は土曜日も休診にさせてもらった。タイだけは、深夜便を使わないと、休診を1回だけにして3泊4日の旅行するのは難しい。今年は6月の日本精神神経学会には参加しなかった。学会に参加すると、最低2日間(午前診と午後診の計3回)は休診にしなければならない。今はどこでも、行ける時に行こうと思っている。もう年なので、なるべく深夜便は避けたい。
 タイのホアヒンは王室の別荘があることで知られている。バンコクからバスで3〜4時間である。以前から機会があったら行きたいと思っていた。相変わらず、いつものように旅行の前日に行き方を調べていた。簡単にバンコク市内のバス・ターミナルから行けるかと思ったら、けっこう面倒臭い。1番いいのは空港から出ているバスで直接行くことである。1日7便ある。午後4時半から出ているが、これを逃すと次は7時半である。3時間も待っていられないので、この時はバンコクに泊まることになる。飛行機の到着時刻は3時半なので、定刻通り着いたら、間に合う。関空発11時45分の飛行機に乗り、機内ではゆっくりとした。ビールとブランデーを飲み、すっかり出来上がっていた。
 日本との時差は、タイでは2時間遅れる。大体定刻通りに着いたが、空港が混んでいたので、10分ほど上空で待機させられた。厳密な到着時刻というのは、どの時点をいうのかよくわからない。飛行機が着陸した時を言うのか、上空で待機していても空港に着いていたら言うのか、それとも、飛行機が開いて、外に出れる時をいうのか、これだけで15分ぐらいは変わってくる。入国手続きをして、荷物が出てくるのを待っていたら、もう4時15分を過ぎていた。半分あきらめモードで、1階のチケット売り場に行った。どこのチケット売り場か、すぐにはわからなかった。何とかぎりぎり間に合い、バスに乗ることができた。汚らわしいバンコクとはおさらばである。
 特に渋滞もなく、夜7時40分ごろにはホアヒンのバス・ターミナルに着いた。今回の旅行はホテルは予約していなかった。楽天で大体の値段を調べて、場所の便利そうなホテルをいくつか候補に選んできた。今はオフシーズンなので、ホテルは安い。それでも、1泊7千円ぐらいの中級ホテルを選んだ。場所がまったくわからないので、バイク・タクシーを頼んだ。50バーツ(現地の両替で1バーツ3.2円)と言われ、OKしたら驚くほど近くであった。ホテルでは値段の交渉である。最初は土曜日ということで、高い値段を言ってきた。2泊する予定だったので、日曜日は安くなると言って、朝食付きで2泊4160バーツ(約1万3300円)で泊まることにした。場所は、マーケット・ヴィレッジの近くである。夕食はここでとり、歩いてホアヒンのバー街に行った。夜は涼しく、20分ぐらい歩いた。プーケットのような騒がしさはなく、いい雰囲気であった。後から聞いたが、米国からの観光客より欧州からの観光客が多いということであった。
 翌日は、ホテルの近くから海岸に出てみた。天気は最初はよくなかった。ホテルでモーニングをとっていたら、ポツンポツンと雨が降ってきた。ここから、海岸沿いに北のフィッシング・ピアまで歩いて行った。ガイドブックでは、乗馬と読書を楽しむぐらいののんびりとしたビーチとして紹介されていた。あまり期待していなかったが、なかなか雰囲気はよかった。ヨーロピアンの家族連れが思ったより多かった。途中から天気がよくなってきた。私は半日ほどで真っ赤に焼けてしまった。出てきた時には、今にも雨が降りそうだったので、日焼け止めクリームは塗って来なかった。海岸沿いにシーフードのレストラン街もあった。このシーフード店の下を通り抜けていった。フィッシング・ピアに着いた時にはかんかん照りで、暑さとのどの乾きで倒れそうなぐらいであった。ここから、ひとつビーチから奥まった細い道を歩いてUターンした。安いホテルがいくつもあり、こういう所で泊まってもいい。途中でレストランにはいり、昼食をとった。ビールとハマグリなどのシーフードを頼み、500バーツぐらいした。それでも、短パンとTシャツ姿で昼からビールを飲むのは極楽であった。この続きは、来週にします。

空港バス  スワンナプーム空港から直接ホアヒンまで出ている1日7便の定期バス。片道3〜4時間となっている。全部で25席しかない。進行方向の右に2列、左に1列である。後ろにトイレも付いている。オフシーズンだったので、私は19番目であった。片道305バーツ(976円)である。渋滞はなかったので、3時間10分で着いた。

マーケット・ヴィレッジ  私の泊まったホテルの近くにあるマーケット・ヴィレッジである。ホアヒン最大のショッピング・モールである。レストランが充実していた。日本食レストランがいくつもはいっていたのには驚いた。

ホテル  私の泊まったホテルである。部屋は清潔で広い。道路に面していたが、夜はそれほどうるさくなかった。日本のビジネスホテルでも、今は値上がりして、朝食付きで1万2千円を越える。タイの日本食レストランと比べたら、まだホテルは安い。

ビーチ1  北側のビーチである。あまり海の透明度はよくない。それでも、プーケット本土のビーチよりきれいである。モデルと見間違えるほどのスタイルのいい金髪の美女が少なからずいて、高級リゾート地のような雰囲気を出していた。

ビーチ2  ビーチと乗馬というのは、あまりいい組み合わせでないと思っていた。ところが、これがけっこう様になっていた。ビーチの写真というのは、思ったより撮るのは難しい。どうしても、平凡な間の抜けた写真になってしまう。浅瀬の乗馬というのは、なかなかよかった。

ビーチ3  海辺のレストランに波が寄せている。このあたりは、ほとんど観光客ははいっていなかった。砂浜にメニューが置いてあったのが、印象的であった。

ビーチ4  ここは海に突き出たシーフード・レストラン街の店の床下部分である。私は夜にここは訪れていない。ここで夕食をとったらきっと最高である。

ビーチ5  フィッシング・ピアから望んだヒルトン・ホテル。ホテルの向こう側にビーチが広がっている。

ビーチ5  シーフードレストラン街。いくつものレストランがこのように海に並んでいる。

今週の愛聴盤 104 (140722)

First Utterance / Comus
First Utterance / Comus

 きょうは少し癖のあるアルバムである。記憶が定かでないが、このLPレコードは手に入れるのに苦労したと思う。今回ネットで調べてみたら、日本盤でも発売されていた。イギリスでは1971年に発売されている。今回調べて初めて知ったが、コウマスとはギリシャ/ローマ神話に登場する欲望と快楽の神の名らしい。音楽は少し狂気を帯びたフォーク・ソングである。今週の愛聴盤14(平成24年11月6日)で紹介したCatherine Andrewsのように、アシッド・フォークに属するようである。まずは、比較的聴きやすいComus - Song to Comus である。この曲が気に入った人は次の曲も楽しめる。Comus - Dianaである。プログレ・ファンならこういう曲もぜひとも楽しんで欲しい。最後に、このアルバムからComus - Drip Dripを紹介する。
 さて、次にこのコウマスに合わせてたバンドである。今回は早めにこの愛聴盤を書かなければならなかったので、なかなかいいバンドが思い浮かばなかった。いくつかの候補はあった。しかし、私の好きな曲はYouTubeでアップロードされていなかった。仕方ないので、今回は無理をせず、VHSテープに録りためた「Music Box」から3曲を紹介する。私はよくできたダンス・ミュージックも好きである。一昔前のディスコ・ミュージックはダメである。たまたま見ていたVHSテープに当時のダンス・ミュージックがいくつかはいっていた。プログレとはかけ離れているが、ここで紹介する。
 まず、初めにFat Boys & Chubby Checker - The Twist である。ファット・ボーイズはニューヨーク出身のヒップ・ホップ・トリオである。この曲は1988年に発売されている。実はこの1990年前後の黒人ダンス・ミュージックと言ったら、忘れてはいけないアーテイストがいる。あまりにも有名なので、最初はここで紹介するのをためらった。しかし、VHSテープを見ていたら、やはり改めて超一流のアーティストであることが確信できた。20年以上前の曲なので、若い人は知らないだろう。MC Hammer - U Can't Touch Thisで聴くことができる。1990年の作品である。MCハマーは来日もしている。番組名は忘れたが、ビートたけしのTVにも出ていた。この時に、アマチュアの子どものダンサーが出演し、ふんどし姿でSumo Danceを踊っていたことを思い出す。
 最後は、同じテープにはいっていた曲である。ダンス・ミュージックではない。曲のよさより、このフェッティシュな動画が印象に残った。私も思わずひざまづきたくなるほどである。イギリスのバンドで、1990年に発売されている。Revenge - Pineapple Faceで聴くことができる。

 

平成26年7月15日(火)

 きょうは院内の光ケーブルの工事があった。もともとイオ光を入れていたが、電話はNTTのアナログ回線であった。警備会社の回線をアナログからイオ光にするため、工事が必要であった。LANケーブルは直接外から、診察室の机の近くの壁を通して入れている。工事の人がばたばたしていたので、この日記を書き出すのも大幅に遅れた。
 私の息子は一浪して、この春の入試では地元の国公立の医学部に落ちた。今は合格した大阪の私立医学部に通学している。子どもが受験期を迎えないと、今の医学部の入試状況についてはわからないだろう。息子が受験した今年の春の入試の偏差値はどうなったのか、ずっと気になっていた。インターネットで調べてみても、去年の入試の偏差値が出たままで、なかなか更新されなかった。たまたま先週調べてみたら、今年の医学部の偏差値が新たに発表されていた。ホームページは医学部偏差値ランキング(2015)をクリックしたら見ることができる。このランキングをみると、地方の国公立の医学部より、東京や大阪の私立医学部の方が去年よりもますます偏差値が高くなっていることがわかる。
 私の時代や後からの時代でも、私立医学部は学力の足りない人(わかりやすく言うと、開業医のバカ息子)がお金ではいるというイメージが強かった。私も息子が前期の国公立の医学部に落ちた時には、直前まで後期の地方の国公立を受けるのが当然だと思っていた。この偏差値ランキングを見て、にわかに信じがたいという人もいるだろう。補欠入学や特別枠などは含まれていないかもしれない。少なくとも、正規合格者の偏差値はこの通りなのだろう。私立の入試の方が先なので、国公立に入学した人は正規合格者でもどんどんと抜けていく。反対に、私立に落ちても、国公立に合格した人も大勢いるということである。私の母校の偏差値も上から11番目と高くなっているのには驚いた。昔はこんなに難しくなかった。受験生の大都会志向がどんどんと強まっている。私立医学部には高い学費がかかる。しかし、これからは、東京や大阪の私立医学部の方が地方の国公立医学部より遥かに難しいという考えが定着していくだろう。
 さて、きょう読み終えた本である。村松太郎「『うつ』は病気か甘えか。」(幻冬舎)である。著者は慶応義塾大学の准教授である。私より5歳若い。この本は話がまわりくどく、内容が堂々巡りとなっており、正直言ってあまり面白くなかった。表紙には、主張する患者様。無視できないお医者様。ばらまかれる診断書。処方されまくる薬。困惑する家族、職場、裁判所。こうして「うつ」は増殖する。となっている。よくあるトンデモ本かというと、そうではない。精神科医なら患者さんを診察をしていて、誰もが何となく感じていることを取り上げている。厚労省の統計によると、平成8年に約43万人であったうつ病(気分障害)が、平成20年には100万人を突破している。
 この本ではいきなり、甘えの診断基準が出てくる。これがなかなかよくできている。A特権への安住と自己主張(次のうち2つ以上を満たす) 1自分はうつ病であると公言してはばからない。2うつ病として配慮するように要求する。3うつ病について理解がないと人を責めることが多い。4注意や指導を受けると、すぐにハラスメントであると言う。 B未熟な性格(次のうち2つ以上を満たす) 1言動の中に親の陰が見え隠れする。2プライドが高い。3自分のことはぺらぺらとよどみなく喋る。人の話はあまり聞かない。4言動が全体に年齢より幼い。5人が自分のことをわかってくれないという意味合いのことをよくいう。 C病気とは思えない、人の神経を逆なでする言動(以下のうち1つ以上満たす) 1以下のような場面での元気の差が大きい。:業務と休み時間。出勤日と休日。2病気休養中の活動(例:海外旅行)のことを自慢気に話す。何と言うことはない。今話題の若い人に多い自己愛的で他罰的な新型うつとあまり変わりがない。しかし、新型うつだからといって侮ってはいけない。中には、発作的に自殺する人もいる。
 精神科診断学の弱点は主観至上主義だという。主観的な自覚症状があれば、病気と診断されやすい。また、主観市場主義とも述べている。うつ病の診断基準が誰にでもある感情や苦悩をリストアップしている。「誰にだってある」ことを商品にすれば、全人口が顧客になる。ここでは抗うつ薬バブルについて指摘している。抗うつ薬の売上高が平成12年から平成20年の間に5倍に増えている。ストレス社会という風潮にも釘を刺している。今や頭痛や腰痛など、何でも「ストレスですね」にハズレなしである。この本では人は嘘をつくことができるとも書いている。医師に障害認定を求める時には症状を誇張する。
 生活保護の患者さんは自立支援医療の診断書を書くと、かなりの医療費が京都市から国に移る。だから、福祉事務所は何でもかんでも自立支援医療の診断書を求めてくる。自立支援医療の対象となるのは、原則的にはパニック障害などの不安障害の患者さんは外れ、うつ病や統合失調証などの患者さんである。何でもかんでもうつ病にして、自立支援医療の診断書を書く人が福祉事務所にとってはいい医者となる。中には、患者さんに障害者福祉手帳の診断書をもらってこいという担当者もいる。ここで何回も書いているが、傷病手当の対象者は仕事ができないである。障害者福祉手帳の対象者は、障害が重すぎて1人では日常生活ができないである。また、アル中の患者さんが酒を飲んでいくら生活が破綻していても、障害者福祉手帳の対象とはならない。今は多めの睡眠導入薬を処方するのがうるさくなった。仕方ないので、睡眠薬代わりに値段の高い抗うつ薬を使うようになった。しかし、症状は頑固な不眠なのに、抗うつ薬を使っているので、保険病名としてはうつ病をつけなければならない。
 この本では、診断する医者側のバイアスも書いている。まず、ヒポクラテスバイアスである。医療は科学的な正確さより、患者の利益を優先する。「ヒポクラテスの誓い」の患者の利益を第一とし、患者に危害を加えたり不正を働かないこと等が基になっている。詐病の疑いがあっても、迷ったときにはヒポクラテスである。診断書に「灰色うつ病」と書けないとも述べている。また、ハンマーバイアスのことも解説している。由来は「ハンマーを手にしていれば、物は何でも釘に見える」である。技術者につきまとうバイアスで、自分の能力をあらゆる局面で発揮したいと思うことである。そのため、精神科全般で起こっていることは過剰診断が深く静かに蔓延していることだという。やがて、過剰が標準になる。
 ここでは、社会学者のパーソンズの病者役割(sick role)について書いている。「義務からの解放」と「自己責任の免除」である。しかし、これだけではない。第3は「回復への意図を持つ」で、第4は「回復に向けて医師の指示に従う」という義務も伴うのである。ここまでまとめてきて、なかなか面白い本だと思う人も多いだろう。しかし、丸ごと1冊読むと、最初に書いたようとにかくまわりくどいのである。結局、結論は、診断書に書かれたうつ病は、病気も病気未満も含んだ記号として化しているということである。私が今の新型うつにある程度同情するのは、現在はブラック企業が多いからである。昔は残業手当もなく、もっとブラックだったという人もいるかも知れない。それでも先輩も見ていて、将来は給料も上がり、家族も養えるようになるという希望が持てたのである。35年間精神科医をやってきて、社会は混迷し、私もどう対応していいのかわからなくなってきた。

今週の愛聴盤 103 (140715)

Gothic Impressions / Par Lindh Project
Gothic Impressions / Par Lindh Project

 きょうはスウェーデンのプログレである。私は2枚のCDを持っている。このアルバムは1994年に発売されている。ネットで調べてみたら、日本語でこれまでのアルバムについて詳しく解説されていた。EL&Pのキース・エマーソンに思い入れしたキーボード奏者のバンドとなっていた。このアルバムでは、最初の曲と最後のムソルグスキーの「禿山の一夜」がなかなかよかった。しかし、YouTubeではアップロードされていなかった。仕方ないので、まず初めにPar Lindh Project - Gunnlev's Roundを紹介する。全体的に長い曲が多い。このアルバムからは、最後に Par Lindh Project - Iconoclastを紹介する。
 次に、私がもう1枚持っているCDからである。Mundus Imcompertus / Par Lindh Project(1997年)である。このアルバムには、たった3曲しかはいっていない。アルバム名となっている最後の曲は26分を越える。ライブの映像を見ることもできるが、出来はビミョーである。今回は2曲目を紹介したかったが、この曲もYouTubeではアップロードされていなかった。ここでは1曲目の曲をアレンジしたPar Lindh Project - Baroque Impressions (edit) を紹介する。他にいい曲がないか探してみた。少し長い曲であるが、次から次へと曲が展開し、十分楽しめる。Par Lindh Project Gradus ad Parnassumで聴くことができる。
 さて、次はオーストラリアのプログレである。CDを見ても、いつどこで発売されたのかよくわからなかった。ネットで調べてみたら、1975年に演奏された「ファウスト」をテーマにしたロック・オペラであった。シンフォニック系のプログレである。私の持っているCDは、超レアアルバムであったLPレコードの再発である。この中から1曲目のPaul Gaffey - Mephistophelesを紹介する。
 さて、最後にいつものように、VHSテープに録りためた「Music Box」からである。今回はイギリスのインディーズ系バンドである。適度なポップ性を持っていて、今聴いても魅力的である。1990年の作品である。The Heart Throbs - Dreamtimeで聴くことができる。

 

平成26年7月8日(火)

 この7月で息子が20歳の誕生日を迎えた。娘も今月中に22歳になる。何が言いたいのかというと、結婚が遅いと、やっと子どもが成人した時にはもう61歳になっている。私が結婚したのは38歳で、妻は33歳である。前から書いているように、現在は晩婚化が進んでいる。若い時にはイケイケ気分でも、年をとると大変である。アラフォーで子どもを産む人は、60歳になってやっと子どもが成人することになる。私の時代とは違い、今の女性は左うちわで老後を迎えるわけにはいかない。将来は、この年代になっても、夫と同じように仕事を続けることが求められるようになる。
 私が開業した時(平成13年)に、女の学校の先生が通院していた。夫も別の学校の先生をしていた。この時に、家計を夫婦別々にしていると聞いて、ひどく違和感を感じたことを覚えている。家のローンや生活費、教育費をそれぞれが決めて出し合っている。それぞれの収入や貯金はお互いに把握していない。家族というより、他人同士のような印象を受けた。夫婦ともに公務員でも、こういう家庭は珍しくないかもしれない。池田の妹は経済学部の教授をしていて、夫は弁護士なので、それぞれの家計は別である。昔は違和感を感じたことでも、今はこれが理想の夫婦の形かもしれないと思うようになってきた。お互いに経済的に自立し、家族のためにそれぞれがお金を出し合い、協力していく。妻が経済的に自立したら、離婚も多くなると心配する人もいるかもしれない。しかし、一方的に経済的に頼る方も頼られる方も、これからの時代にはついていけない。そのためには、女性のやりがいのある職場がもっと必要である。長い目でみたら、夫婦はそれぞれが経済的に自立するのが1番いいと思う。
 私は医院にいる時の昼食はほとんど自炊である。外食する場所も少なく、すぐに飽きてしまった。寒かったり、暑かったりすると、外に出るのもおっくうである。昼食はうどんやそば、ラーメンが多い。ネギも自分で刻んだ方が美味しい。いつのまにか体重が増えてきたので、最近はまたダイエットをしている。夕食もきょうみたいにこの日記を書いているときは、自炊をしている。学生時代や独身時代は自炊もしていたので、その時と比べたら今は便利である。外食より、自分で作った方が美味しいと感じるぐらいである。野菜だけは冷凍できないので、パックを使っている。1人前でも後は冷凍したら何とでもなる。時々焼きぞばも作っている。スーパーで買うと、麺が30円ちょっとで、こんなに安くていいのかと思う。
 最近はすっかり節約生活にも慣れてきた。年をとると、自分の趣味以外にお金を使う気になれない。もともとキャバクラ(行ったことはない)やクラブは嫌いである。ブランド物にも興味がないし、服装にも凝らない。時計も、今している84gのセイコー・ブライツがお気に入りである。この時計を越えるものが出てきたら、また買い替えるかもしれない。音楽もYouTubeで充分である。アダルトビデオも宅配レンタルがお得である。ゲオは1本80円で借りることができる。何を借りたかは個人情報の保護でしっかりと守られていると信じている。今はインターネットが発達しているので、裏ビデオも簡単に見ることができる。信じてもらえないかもしれないが、私はFC2の会員になったこともないぐらいで、他の動画もネットでは見たことがない。(無料の裏動画はウィルスにかかりそうで、こわい) 表ビデオはモデルがいいので、捨てがたい魅力がある。最近、児童ポルノ禁止法が施行されることが決まった。これは世界の潮流に合わせて、徹底的に取り締まったらいいと思う。しかし、その分、成人のポルノは未成年に配慮し、解禁すべきだと思う。この年になると、ダブルスタンダードで、法的に取り締まられるのは余計なお世話だと思う。
 今年の9月で14年目の車の車検がある。燃費が悪く、市内はハイオクでリーター6kmぐらいである。それでも、買い替えるより安いので、乗り続けるつもりである。若い時にはいい車に乗りたいと思っていた。しかし、今はその情熱も失せてしまった。今乗っている車は買った時には500万円近くしたので、塗装がいい。下手な新車より、14年目になるとは思えないほど見栄えはいい。開業した時には、あまりにも収入がよかったので、京都駅近くに駐車場も借りた。医院の近くの駐車場が月2万円で、京都駅近くの駐車場が3万円であった。この日記でも書いているように、そのうち経費節約のため、京都駅近くの駐車場は打ち切り、その後医院の近くの駐車場も打ち切った。この頃は自宅から京阪電車で通い、往診は市バスを使っていた。今はまた、医院の近くの別の駐車場と契約をし、月1万4千円である。
 最近は、京都駅近くのマンションに泊まることも多い。市バスは回数券を使っても、医院からは片道200円ぐらいかかる。JRが1番安く、片道140円である。しかし、急いでいると、駅まで歩くのも面倒臭い。マンション近くの新町の駐車場は夜10時から朝6時までは1時間100円である。時々この時間帯に車を停めることもあった。ところが、つい最近、もっと安い駐車場を見つけた。キャンパスプラザ前のマンションから歩いて7分ぐらいである。土日を除いて、何と夜6時から朝8時まで300円である。場所はイオンモールの南側で、昼間は15分100円と京都駅周辺の駐車場と変わりない。明るい所に停めていたら、傷つけられる心配もない。金曜の夜に停めたらどうなるかと思ったら、土曜の朝8時までは同じように300円であった。土日は無理であるが、京都駅周辺の駐車場に夜間停めたいと思った時には便利である。昼間もっと安く停めたいなら、この駐車場のもっと南にもある。こんな節約に喜びを感じていたら、とってもでないが、贅沢する気になれない。60分1万円を超える風俗なんてとんでもなく高いと思う。
 先週の土曜日の夜は、イオンモールの映画館に行った。60歳からのシニア割引は、消費税が上がって1100円となっていた。トム・クルーズ主演の「オール・ユー・ニード・イズ・キル」である。私はマンションから近いので、時々土曜の夜にこのT.ジョイ京都に映画を見に行く。最終上映の映画は、数人しかはいっていないことも多い。しかし、この映画はほぼ満席であった。日本の小説が元になっているSF映画である。タイム・ループの概念がしっかり頭の中にはいっていないので、いろいろな疑問がわいてくる、最後に、敵である「ギタイ」をどうして滅ばすことができたのか、わかったようなわからないような内容であった。映画が終わってから、私の前を歩いていた若者が、「よくできた映画だ」と関心していた。原作を読んでいたら、もっと楽しめたかもしれない。この日は夜3時頃まで起きていた。もともと夜型なので、少しずつ朝はゆっくり起きようと思っている。以前ほどではないが、それでもまだ5時過ぎに起きることも少なくない。

今週の愛聴盤 102 (140708)

Goo / Sonic Youth
Goo / Sonic Youth

 いつもこのコーナーの最後にNHKの「Music Box」から録りためた曲を紹介している。この「Music Box」は邦楽の方が有名である。邦楽は教育TVで不定期に深夜などに放送されていたようである。私が紹介している洋楽は、衛星放送であったと思う。たまたま見ていたVHSテープの曲に「BSNHK」のマークがついていた。しかし、他の曲にはこのマークがついておらず、なかなか確信が持てない。まだ数本しか見ていないが、1990年代初めの曲が多かった。この時代は何をしていたかというと、医局の関連病院を転々としていた。滋賀県の精神病院に勤めていた。人生の中では、誰でも若い時に音楽に夢中になる。仕事が忙しくなると、音楽なんて聴いていられなくなる。私はこの音楽番組で忘れかけていたロックに再び目覚めた。ソニック・ユースはこの「Music Box」で初めて知った。たまたま今週見ていたVHSテープに、忘れかけていたソニック・ユースと次に紹介するザ・フォールの好きな曲がはいっていた。大分経ってから、このCDは手に入れた。1990年の発売である。
 アメリカのインディーズ系ロックである。私は今回調べてみるまで、てっきりイギリスのバンドと勘違いしていた。それにしても、今回VHSテープを見ていて、久しぶりにぶっとんでしまった。このアルバムの中にはいっている曲である。Sonic Youth - Kool Thingで聴くことができる。うろ覚えであるが、この曲も「Music Box」で放送していたと思う。カビの生えたVHSテープは処分してしまったので、他のテープにはいっているのかまだわからない。Sonic Youth - Sundayである。最後に、YouTubeで見つけた曲である。カーペンターズの名曲をカバーしている。妹のカレンは拒食症にかかり、その後亡くなっている。Sonic Youth - Superstarで聴くことができる。
 さて、次はフォールである。イギリスのバンドである。今回YouTubeを検索していて、このバンドのLPレコードを持っていることに初めて気がついた。デビューアルバムのLive at the Witch Trials / The Fall(1979年)である。この「Music Box」では私好みの曲が放送されていた。私はA sides / The Fall(1994年)というベスト盤に近いCDを持っている。この中にもはいっておらず、長いこと曲の題名がわからなかった。今回VHSテープを見ていて、やっとわかった。The Fall - White Lightningである。次は私の持っているCDにもはいっている曲である。The Fall - Hit The Northである。最後に、私の大好きなキンクスのカバー曲である。The Fall - Victoriaで聴くことができる。
 最後に、しつこくVHSテープに録りためた「Music Box」からである。こんな曲も放送していたのである。どこの国のバンドかというと、ノルウェーである。今から考えると、ヨーロッパの音楽が好きな者にとっては最高の番組であった。この曲は1989年に発売され、世界中で大ヒットしている。ネットで調べてみたら、ライブ公演で来日もしていた。Bel Canto - Birds Of Passageである。

 

平成26年7月1日(火)

 いよいよ7月である。それにしても、今年の梅雨は雨が少なかった。この時期は蒸し暑くて、あまり何もやる気がしない。よく考えたら、梅雨に限らず年がら年中のような気もしてくる。相変わらず、雑用ばかりがたまってくる。きょう締め切りの「経済センサスー基礎調査」の書類はまだ何も見ていない。従業員の去年の労働保険料の計算もまだである。急遽、書かなければならない障害者福祉手帳用の診断書や新規の自立支援用の診断書などはこの前の日曜日に半日かけて書いた。後は何となく、だらだらと過ごしている。最近はCNNのニュースも見ていない。中国語の勉強なんて、夢のまた夢である。
 他府県のスーパーで店長をしている患者さんが、従業員のセクハラのことでぼやいていた。本部に報告書を書くために、セクハラをした男性社員の事情聴取を何回もしているという。これまで正社員として働き続けていたが、首になる可能性もあるという。少し前に、平成25年度の精神疾患の労災申請が過去最多の1409人であったことが発表された。最近はパワハラやセクハラの申請が増えている。私は今では労災の仕事は補助的なことを少し手伝っているぐらいである。長いこと第一線で関わってきた印象としては、過重労働よりセクハラの方が労災として認められやすいことである。女性の身体を触るのは、一歩間違えると強制わいせつ罪になるので、悪質なのは理解できる。しかし、たった1回でも即労災として認められやすい。一方で、月70時間ぐらいの残業が長いこと続いて体調をこわしていても、なかなか労災としては認められない。前にも書いたように、当初同意のようにみえる職場の男女関係も難しい。一旦仲がこじれると、後からセクハラにされかねない。(こういう人は隠れ境界性人格障害の人が多い。) 労災ではないが、中には「これまで洗脳されていた」と言い出す人もいるぐらいである。
 きょうはあまり書くことがないので、もう少し労災のことについて書く。少し前に、京都新聞に他府県の労災認定の地裁判決のことが載っていた。全国に配信されているので、注目を集める裁判であったことがわかる。新聞に載っていた記事では、デイサービスセンターに勤務していた介護職員の男性がうつ症状を発し、自殺したのは職場での執拗な叱責が原因だとして、労働基準監督署の決定を取り消していた。裁判長は判決理由で、指示役の立場にあった生活指導員の女性が過去の失敗を持ち出し、10分にわたり男性を叱責し続けることがあったことなどを指摘。「障害を発病させるほど行き過ぎがあった」と認定している。パワハラと厳しい指導の区別は難しい。実はこの裁判の意見書は国側に立って私が書いている。山のような裁判資料を読んで、個人的には自信作であった。他には、労災の解説書に載っている他府県の裁判事例の意見書も私が書いている。これも自信作であったが、裁判に負けている。裁判に負けてばかりいるようであるが、そうでもない。この2つの判決はそれだけ世間の注目を浴びたということであろう。
 さて、今週読み終えた本である。今話題の嵐山光三郎「年をとったら驚いた!」(新講社)である。作者の名前は昔よく目にしていた。私より11歳上で今年1月で72歳になっている。どうしているかと思ったら、神楽坂の仕事場と97歳になる母親の住んでいる家の書斎で原稿を書いている。私は今年の5月で61歳になったばかりである。どんどんと年をとっていくので、何か参考になることが書いてないかと思って手に取った。この本は週刊朝日の連載エッセイが元になっている。寄せ集めの文章なので、正直言って感動するほど面白いとは思わなかった。
 著者は平凡社に入社したので、数多くの作家と知りあいになっている。その後、出版社を自分たちで作り、食と旅のエッセイなどで名が知られるようになった。まず、年をとることについてである。「いくつになったときに体力が劣えたと思うか。セックスは何歳で劣えるか」である。ほとんどの人が65歳と答えている。私も後4年かと思ったら、少し焦ってきた。最近はAVを見ても、あまり興奮しなくなってきた。SMビデオを見ても、よくわからない場面が多すぎる。もともと目隠しも赤いローソクもムチも嫌いである。以前と比べると、鼻輪などで女性の顔を変形させるシーンが多くなったような気がする。こんなことをして何が面白いのか、この年になっても謎である。女性の不倫の絶頂期は50歳代といっても過言ではないとも書いてある。60代の高校同窓会のときは病気が話の中心であったが、70代になると話題は葬式になる。新年の抱負は、「今年も死なずに生きる」決意につきるという。
 著者は自分の人生をふりかえってみて、30代、40代はやりたいことだらけで、欲にまみれて生きてきたという。50代が1番よかったという。私は結婚が遅く、子どもがまだ小さかったので、神戸の社会保険病院で部長をしていた時が1番幸せであった。30代後半から40代前半である。子どもが小さい頃は、「とうちゃん、とうちゃん」と言って寄ってくるので、目に入れても痛くないほどかわいかった。しかし、一歩間違えて成長してしまうと、姿を目にしただけでも目が痛くなってしまう。30代の頃は、関連病院を転々としていた。いかに注目を集める論文を書いてかえり咲くか腐心していた。この頃は上昇志向の塊であった。実力が伴わないので、焦りもあった。48歳で開業したときには、こんなに稼いでいいのかと思った。精神科開業医にとって1番恵まれていた時代であった。
 著者は著名人との交流も多く、けっこう知りあいが自殺で亡くなっている。澁澤達彦と離婚した詩人の婦人が自殺しているのも初めて知った。堺屋太一が女子プロレスのファンで、リングサイドで大声を出し、とんでもない方向に紙テープを投げたりしていることも紹介している。南伸坊の本も紹介していて、団塊の世代は誰も老人とは自覚していないらしいとも書いている。吉本隆明の「最後の晩餐」は好物の「きつねどん兵衛」であったことも明かしている。私がこの本で1番面白かったのは、95歳になる画家の堀文子について書いた部分である。世界各地を旅して「日本女性は自立していない」という言葉をきくたびに、堀文子は首をかしげた。逆に西洋の女性のほうが、男がいないと不安がり、男のために着飾り、いつも男の関心を挑発して頼っている。日本の女性は、家を取り仕切って、精神がしっかり自立している、という確信がある。70歳を目前にしてイタリアに渡り、76歳の時にアマゾンの熱帯林を旅し、81歳の時に幻の高山植物であるブルートピーを求めて、ネパールに行っている。私も元気なうちに、是非とも南米とロシア、東ヨーロッパは旅したいと思った。

今週の愛聴盤 101 (140701)

Mysterium / Rodrigo Leao & Vox Ensemble
Mysterium / Rodrigo Leao & Vox Ensemble

 この音楽家を知っている人は日本でも少ないと思う。ポルトガルの演奏家で作曲家でもある。私の持っているCDは1995年に発売されている。アマゾンで調べてみたら、まだ安い値段で簡単に入手できた。少しがっかりである。この人はマドレウスという人気バンドにも所属していた。いろいろなグループや歌手と組んで、たくさんの作品を発表している。まず、このアルバムからはRodrigo Leao & Vox Ensemble - Ave Mundiを紹介する。35万人の視聴者を越えるライブもアップロードされている。しかし、私はオリジナル曲の方が好きである。このアルバムでは「Carpe Diem」もよかった。YouTubeでは素晴らしい演奏がたくさんアップロードされている。今回はこちらの方から何曲か選んでいこうと思う。
 まず、Rodrigo Leao - Solitudeである。ポルトガルというとファドを思い出す。民族色のあるメロディーも作品に取り入れられている。次の演奏はRodrigo Leao / O Tango Dos Malandrosである。最後に、3曲続けて演奏されているRodrigo Leao & Cinema Ensemble - Historias,Vida Tao Estranha & A Cordaを紹介する。
 実は今回最初に紹介したかったアルバムは、Senza Tempo / Tamia(1981年)であった。LPレコードすべてが、16トラックを使った1人のボーカルだけで成り立っている。伴奏もはいっていない。さすがに、何曲も聴いていると少し飽きてくる。ネットで調べてみたら、フランスの女性ヴォイス・パフォーマーとなっていた。YouTubeではこのアルバムの中のベスト曲がアップロードされていた。たまには、こういう生の声の可能性に挑戦した実験的で静かな曲に耳を傾けるのもいい。Tamia - Stray Windで聴くことができる。
 最後に、NHKの「Music Box」から私が録りためたVHSテープである。今回紹介するバンドとも関係してくるが、初めて「Cold Wave」という言葉を知った。当初は、ドイツのクラフトワークやイギリスのポスト・パンク・バンドに用いられていた。やがて、フランスやベルギーなどのポスト・パンク音楽に使われるようになった。フランスのバンドなので、French Cold Waveとなるようである。1990年の発売である。Little Nemo - Cadavres Exquisで聴くことができる。

 


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