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もんもん日記

ここではもんもん博士の日々のエピソードや思いついたことなどを日記でご紹介します。
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平成25年6月25日(火)

 先週はいよいよつぶクリ(つぶれかけのクリニック)になったかと思うほど、患者数は少なかった。開業以来の週間最低数ぐらいであった。台風や雨の日の影響もあったかもしれない。きのうときょうは患者さんの数が多かったので、一安心している。勤務医の時にはあまり意識していなかったが、開業すると医院の経営のことも考えなければならない。患者さんが多い時には、「医は仁術なり」で充分にやっていける。これまであまり「算術」のことは考えずにやってこれたのは幸せだと思う。一般企業を見ているとやはり利益中心で、そこで働いている人たちは大変だと思う。一般企業も医療機関も慈善事業をしているわけではないので、利益を出さなければならないのは頭でわかっている。しかし、この年になっても、このあたりのことがうまく整理できなくて困っている。
 この前の日曜日は、ある製薬会社主催のメンタルシンポジウムに参加するため、東京に行ってきた。前日の土曜日の外来が終わってから、新幹線で出かけた。交通費とホテル代は製薬会社が持ってくれる。前にも書いたが、私は製薬会社の接待の類いは大嫌いである。現在はいろいろと制約を受けるようになったが、昔はもっと派手であった。しかし、新薬の記念講演会など東京である時には参加させてもらっていた。身勝手な判断であるが、何かきっかけがないとなかなか東京には出かけない。今回は聞きたい講演内容もあった。東京に行っても、この年になると、今さらキャバクラや風俗に行きたいわけでもない。外人バーは機会があったら行ってみたい。日曜日は朝からのシンポジウムあるので、終わったらすぐに帰る。ゆっくりできるのは、この土曜日の東京に着いてからの午後4時過ぎからである。
 いつものパターンで、まず品川で降りて、恵比須の東京都写真美術館に行った。京都市美術館で「2013 JPS(日本写真家協会)展」をやっていたので、本当はこちらの方に行きたかったぐらいである。東京都写真美術館では「世界報道写真展」をやっていた。正直言って、あまり期待せずに入館した。午後6時には閉館になるというのに、大勢の人が見に来ていた。まず、シリアの戦況写真である。戦場カメラマンが命をかけて、悲惨な戦争状況を知らせたいというのはわかる。しかし、ただそれだけでないと思う。写真というのは、実際にこの世で起きて流れている時間と空間を切り取る。私は自己流で写真を撮っているのでわかるが、誰にも撮れないような世界を感動させる写真を求めて、どんどんと危険にのめり込んで行くような気もする。「世界報道写真展」なので、世界の珍しい被写体が題材となっている。こういう写真展を見ると、私もカメラを持って、今すぐにでも危険地帯に出かけたいと思う。私の原点はこの日記で何回も書いているように、藤原新也の「印度放浪」と後に読んだ開高健の「ベトナム戦記」である。
 いつもはこの後でビールを飲んで帰るが、今回は控えた。最近はすぐに酔ってしまうので、ここで飲んだら簡単にできあがってしまう。他にも行きたい所があったので、まずホテルにチェックインすることにした。製薬会社が用意してくれたのは、ホテルニューオータニである。私が一流ホテルに泊まるのはこんな時ぐらいである。学会の時は、朝食付きでせいぜい1万円前後である。地下鉄の駅の近くには売店やコンビニがなくて、缶ビールが買えなかった。ホテルでは荷物を置いて、少しゆっくりとした。のどが乾いたので、冷蔵庫に備え付けの缶ビールが飲みたかった。しかし、値段がわからない。こういう場合は、利用した分については個人持ちになることが多い。今回は製薬会社も気合いがはいっていて、東京駅からホテルまでの往復タクシーチケットもはいっていた。もしかしたら、部屋の備え付けの分も製薬会社が全部持ってくれるかもしれないと一瞬思った。しかし、あえてリスクは冒さないことにした。この場は何とか水道水でしのいた。
 この後で行った所は、前から行ってみたいと思っていた代官山の蔦屋書店である。駅から少し離れていて、場所は交番で聞いた。ここも期待通りよかった。ビールなどを飲みながら、本を読めるなんて最高である。こういう書店もあっていいと思う。ビールは夕食時に飲むつもりであったので、ここでも控えた。本は嵩張るので特に何も買わなかった。ところが、置いてあった革の書類入れが気に入ってしまった。1万円ちょっとである。こういうカバン類は気に入った物があると、ついつい買ってしまう。赤坂見附には、1人ではいれそうな居酒屋みたいな所があるのかよくわからなかった。遅い夕食をとるために、新橋まで出た。
 日曜日のシンポジウムは、朝9時半から午後1時半ぐらいまでであった。講演は4題あった。私が1番面白かったのは、東京女子医大の女性生涯健康センター所長の「女性のうつと診断と治療のストラテジー」であった。女性のうつ病の罹患率は男性の2倍である。きのうときょうの外来数が多かったと最初に書いたが、ほとんどが女性の患者さんであった。女性の場合は妊娠・出産という時期が15年ぐらいしかなく、この間は仕事のキャリアを積んでいく重要な時期と重なる。女性は更年期後に、夫が定年退職し、人生の選択肢が減少していく。ここでは、「昼食うつ病」という言葉を紹介していた。夫が退職し、夫の昼食をつくらなければならないからである。女性のうつ病などの発病は、弱り目に祟り目の時に生じやすいという。弱り目というのは、月経前や産後、更年期で、性ホルモンの変化が激しい時である。祟り目というのは、こういう時に家庭内の問題など大きなストレスが加わる時である。最近になって、20歳になるまでに性的暴力を受けている女性が3〜4割にも達していると、信じられない統計が発表されている。こういう経験もその後のメンタルヘルスに大きな影響を与える。男性と女性では生物学的に異なることも改めて認識した。
 講演の最後のトリは、笠原嘉先生の「クリニックでの軽症うつ病の治療」であった。私が精神科の勉強をしていて1番伸び盛りの時に、著書でお世話になった先生の1人である。今年85歳になるということであった。お元気であったが、さすがにお年の姿であった。笠原先生には個人的にもお手紙をいただき、大変お世話になった。このことについては、この日記でもすでに書いている。私も息子が大学にはいったら、お金のことなんか考えず、外来を楽しみたいと思った。こんなことを書くと失礼になるが、次にいつ講演が聞けるのかわからない。聞ける時に聞けて、今回のシンポジウムは本当によかった。

今週の愛聴盤 48 (130625)

Kraft / Mau Mau
Kraft / Mau Mau

 今週のジャケットを見ても、どちららがアルバム名でどちらがバンド名かよくわからない。曲の中に同じ「Mau Mau」という名前があるので、Kraftの方がバンド名かと思ったら、違っていた。このマウ・マウは、前々回に紹介したNeue Deutsche Welle(ドイツのニュー・ウェイブ)の1つである。数多くあるバンドの中で、私の1番のお気に入りである。1982年の発売である。今回調べていて知ったが、DAFのメンバーが参加していた。このアルバムはLPレコードだけで発売され、CDでは再発されていないようである。脳細胞を破壊してくれないが、演奏はかっこよくぶっとんでいる。こんなに素晴らしいアルバムなのに、日本ではあまり知られていないようである。YouTubeで調べると、「Mau Mau - Mau Mau」が1番視聴者数が多い。しかし、この曲は無視して、まずMau Mau - Auf Der Jagdである。少し前に、このアルバムの曲を検索してみたが、まったくヒットしなかった。この「Mau Mau」が他の無関係な無数の動画を呼び込んでしまうようである。2曲目はMau Mau - Rhythmus der Trommelを紹介する。3曲目は最後のトリである。実は私の1番好きな曲である。ところが、YouTubeでは視聴者数がまだ40ちょっとである。アップロードされているだけでも幸運かもしれない。Mau Mau - Kampfjackenで聴ける。もしかしたら、私の趣味だけで癖のある曲だけ推薦しているかもしれない。先ほどの1番視聴率の多い曲は、「Mau mau - Mau mau (1982)」で検索したらすぐに見つかる。
 次もドイツのニューウェイブである。こちらのバンドの方が有名である。私の持っているLPレコードはUntitled / Trio(1982年)である。この中の代表的な曲をYouTubeで調べてみたら、初めにアップロードされたオフィシャル・ビデオの視聴者が320万人を超えていた。ここでは、一般の人(?)が踊っている1番音質のいい動画を紹介する。Trio - Da Da Daで聴ける。ついでに、もう1曲である。一般受けしやすい曲で、Trio - Annaも悪くない。

 

平成25年6月18日(火)

 また今年も暑くなってきた。自宅の2階で寝ていると、寝苦しくて仕方ない。何回も目が覚めてしまう。扇風機とエアコンをつけたり消したりしている。狭い部屋は温度調整が難しい。もうちょっと暑くなったら、一晩中エアコンをかけるつもりである。季節は変わっても、ふだんの生活は変わらない。毎朝5時前に起きて、6時前には医院に出る。自分でも恐ろしいほど平凡な毎日を繰り返している。年老いていくのはかなわないが、このまま永遠に時が続くのも困る。若返って、若い時の苦労をもう1度繰り返したいかというと、もういい。誰でも自分の人生については、やり残したことなどいろいろと後悔がある。しかし、たとえ過去に遡ることができても、もう1度人生をやり直したいとは思わない。若い時には、目の前に立ちはだかる困難な出来事に、人生を早送りして早く老人になりたいと思ったりした。しかし、いざ自分が年を取ると、不思議な感じがする。自分が60年間生きてきたことは事実である。最近はこうやって年老いていくしかないと、妙に納得できるようになってきた。CNNの「トーク・アジア」で、シンガポールにライブ・ツアーに来ていたエアロスミスのスティーヴン・タイラーが出演していた。私が大学生の時からのバンドである。65歳になっても、まだ元気であった。
 今は気分転換に医院や京都駅近くのマンションを整理している。きょうみたいな日はこの日記を書くために医院に泊まる。本格的な夕食の自炊もしている。昼は以前から麺類などを自分で作って食べていた。この前は、ネギを刻んでいて、間違えて指を切りそうになった。指の爪がスパッと切れ、もう少しで肉まで達する所であった。少し前に、1万5千円ぐらいでハイアールの1番小さな冷凍庫を買った。大袋のアイスキューブやたくさんのアイスクリームを入れることができ、便利である。冷凍マンゴーや冷凍食品も入れている。マンションの方は、家具の模様替えのため、使っていないイスや机を片付けている。居間には40インチのTVが置いてあるが、思い切って50インチにしようかと迷っている。年を取っても、毎日仕事があると、なかなか贅沢している暇はない。最初に書いたように、外来のある月曜日から土曜日までは、毎朝5時前に起きている。この生活を続けて、もう10数年になる。
 この前の日曜日は、今月に書かなければならない自立支援や障害者手帳用の診断書を書いていた。今回はいつもと違って、手間暇がかかった。すべて書き終えるのに、7時間近くかかった。どうしてこんなに時間がかかったのかというと、継続の診断書をすべて書き直していたからである。実は、5月にもいつもと同じように継続の診断書を出した。ところが、こころの増進センターから新しい診断書に書き直せと各区の保健センターに書いた診断書が戻ってきたのである。自立支援も障害者手帳も、発達障害の項目が増え、新しい診断書になっていたことは知っていた。最初の頃は、1枚1枚診断書に自分で書き込んでいた。しかし、数が増えてくると、これでは間に合わなくなってきたので、この診断書をPDFで取り入れ、すべての項目が書き込めるように自前で作っていた。更新の時には、一部を訂正するだけでよかった。
 ところが、自立支援の診断書の様式がこれまで何回か変わっている。(誤字の訂正もいれたら、現在は4回目である。障害者手帳の診断書は2回目。)新規の患者さんは新しい様式で書いていたが、以前からの患者さんは古い様式のまま更新していた。手帳用の診断書は、古い診断書の足りない分は書き足すようにしていた。実は、自立支援用の診断書の様式が変わっていることを知ったのは、本当に1ヶ月前ぐらいである。たまたま患者さんがこの診断書を持ってきて、発達障害の項目が新たに追加になっていることを初めて知った。こころの増進センターに問い合わせをしたら、平成23年7月に診断書の様式が変わったことを各医療機関に知らせているということであった。私はまったく気がつかなかった。障害者手帳用の診断書が変更になっていたことも、患者さんがこの診断書を持ってきて1年ぐらい前に知ったぐらいである。期限については、古い診断書がなくなり次第ということで特に定めてはいないということであった。私もパソコンに入れてある古い様式の診断書がいつまで有効なのか疑問には思っていた。しかし、いきなり書き直せというのは乱暴である。毎月こころの増進センターからは自立支援医療の患者票の控えを送ってくる。この時の最初の用紙に新しい様式の診断書に書き直すように書いてあったのか、よくわからない。送付のお知らせぐらいと思っていたので、最後まで詳しく読んでいなかった。
 いずれにしても、次回からは書き直すということで、5月分はそのまま通してもらった。私の医院には数は少ないが、宇治市や城陽市で自立支援医療を受けている患者さんもいる。京都府精神保健福祉総合センターに問い合わせをしたら、旧式の診断書でも今のところ受付けをしているということであった。診断書が新しい様式になったことについても、特に医療機関にお知らせはしていないということであった。インターネットで京都市の新しい自立支援用の診断書をPDFでダウンロードし、新たに各項目が書き込めるように作り直した。詳しく調べなかったが、他府県のように医療機関用に書き込める診断書も公開されていたかもしれない。1番簡単なのは、旧式の診断書と新しい診断書を両方開き、旧式から新しい方へ必要な項目をコピペすることである。ところが、私の使っているソフトは、1文書しか開けなかった。仕方ないので、新しい様式にすべて書き直した。名前や住所、年齢などは間違えやすいので、何回も確認した。これからは毎月診断書の書き直しに時間がかかりそうである。
 さて、今週読み終えた本である。正確にいうと、17章のうち最後の2章はまだ読めていない。今から読んでも1時間もかからないと思う。しかし、内容が濃いので、今から早速この日記で書けるだけ書こうと思う。入山章栄「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(英治出版)である。副題は、知られざるビジネスの知のフロンティアである。著者はニューヨーク市立大学のビジネス・スクールでアシスタント・プロフェッサーをしている。この本が出たときに、半分ぐらいまで読んだが、4〜5ヶ月ぐらいそのまま放っておいた。改めて読み出したら、本当に面白かった。この本では、国際舞台で活躍している日本人の経営学者の数は少ないと指摘している。昨年の世界最大の経営学会では、世界85ヶ国の参加登録者数が9369人あり、日本からの参加者はたった41人であった。
 まず、アメリカの経営学者はドラッカーの本は読まず、話題にもしない。「未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ」などのドラッカーの言葉は、名言であっても科学でないからである。例えば、「攻めの経営が重要」という経営法則のようなものを検証するためには、理論分析と実証分析の2つのステップを踏まなければならない。理論分析というのは、なぜそうなるのかという原理を理論的に説明することである。そして、この仮説が多くの企業に一般的にあてはまるのか、数百社、数千社、あるいは数万社という企業のデータを集め、統計的に検証することが重要なのである。科学的に解明するというのはこういうことである。この「理論的仮説を立てて、それを統計的な手法で検証する」という演繹的なアプローチに近い方法は欧米で多く用いられ、世界の主流になっている。日本では、1社か数社の企業を選んで丹念に観察されるケース・スタディのアプローチがとられ、ここから得られた定性的な情報から、経営の法則や合意を引き出そうとする。(帰納的なアプローチ)
 経営学にはなぜ教科書がないのかも説明している。経営学の三大流派として、@経済学、A認知心理学、B社会学に基礎をおくグループがある。しかし、まだ発展途上の学問であることは著者も認めている。この本では、まず最初に、「ポーターの競争戦略論」はもう古いと述べている。私も含め一般の人は「ポーターの競争戦略論」なんて知らない。しかし、この本はすべての章に渡って、素人にもわかりやすい言葉で説明している。新規参入圧力や企業間の競合圧力、代替製品・サービスの圧力などから、いかに逃れて持続的優位性を保つかの戦略である。著者によれば、「どうやって競合他社との競争を避けるか」ということで、「競争しない戦略」のことであると喝破している。そして、その後の最前線の研究について紹介している。他にも、組織の記憶力を高めるにはどうすればよいのかとか、興味深いことがこれでもかと紹介されている。読めば読むほど、ため息が出るほど知的に刺激される。
 ひとつひとつ取りあげていったらきりがないので、最後に印象に残ったことだけ簡単に紹介する。日本人の集団主義についても書いている。集団主義は、実はグループ外の人たちと協業を進めるのは苦手かもしれないと指摘している。逆に個人主義の人たちは自分のグループに心理がひっぱられないので、外の人たちとの協力もスムーズにいきやすい。ある調査では、個人主義であるアメリカ人が外部の人たちを1番信用しやすかった。外部者を信頼する傾向が低かったのは、韓国人、中国人、日本人であった。不確実性の時代に事業計画をどう立てるべきかでは、経営戦略論のコンテンツ派とプランニング派を解説している。ここでは詳しい説明を避けるが、この本を読み進めていくと、経営戦略とは何も会社経営だけのことだけではないことがわかってくる。不確実性の時代は、考える前にまずやってみるべきで、事業の目的や計画は実際に事業を進めていくうちに自ずと形成されてくるという主張も紹介されている。将来起業家を目指していない人でも、自分の人生の経営戦略、人生設計をどうすすめていくべきか役立つことが沢山書かれている。

今週の愛聴盤 47 (130618)

Jura Soyfer - Verdrangte Jahre / Schmetterlinge
Jura Soyfer - Verdrangte Jahre / Schmetterlinge

 海外のLPレコードやCDを聞いていると、どれがアルバム名でどれがアーチスト名なのかよくわからない時がある。きょう紹介するアルバムもそうである。Yura Soyferがアルバムのタイトル名なのか、演奏家なのか区別がつかない。3つも並べて書いてあると、ますます混乱する。ふだん聴いている分には問題ない。しかし、今回のように紹介しようと思ったら、新たに調べ直さなければならない。このYura Soyfer(ユーラ・ゾイファー)はウクライナ出身のユダヤ系オーストラリア人である。政治ジャーナリストで、詩人でもあり、カバレッティストであった。1939年に強制収容所で亡くなっている。カバレッティストというのは、キャバレーでのコメディアンである。キャバレー音楽も創作していた。このLPレコードレコードは1981年の発売で、自分でもどうして手に入れたのかよく覚えていない。音楽雑誌で知ったのかもしれない。確かなことは、プログレを含めたロック関係のコーナーで手に入れたことである。初めて聴いた時に、新鮮で私の感性にぴったりときた。アルバムのタイトルは日本語に訳すと、「ユーラ・ゾイファー 抑圧された年」になる。
 まず、私の好きなキャバレー音楽の雰囲気あふれるSchmetterlinge - Lied des einfachen Menschenである。音が割れて音質がもうひとつなのは残念である。次に、日本語のウィキペディアに英語の歌詞が載っていたSchmetterlinge - Dachauliedである。日本語に訳すと、「ダッハウの歌」になる。最初に収容された強制収容所のことが歌われている。この時に作られたのか、よくわからない。私はこういう曲も好きである。
 さて、次はフィンランドのグループである。クラシックに属するミサ曲集である。しかし、このCDアルバムもプログレ関係の記事で知って、手に入れた。アルバム名はMesse for en saret jord / Ketil Bjornstad & Erik Hillestad(1992年)である。このアルバムの中に、プログレ風のギター間奏がはいっている曲がある。YouTubeで調べてみたら、何と1番プログレに近づいている曲が2曲アップロードされていた。このジャッケトも秀逸である。Ketil Bjornstad & Erik Hillestad - Credo & Agnus Deiで聴ける。クラシックや現代音楽、ジャズ、民族音楽などはあくまでもロック側から近づいて聴く。クラシックそのもののファンになることはない。クラシックで私が買った唯一のアルバムは、当時クラシックとしては異例のベストセラーになっていたグレツキ:悲哀のシンフォニー / ドーン・アップショウ他(1992年)ぐらいである。今回このアルバムジャッケトに載っているOslo Kammerkor(オスロ室内合唱団)を調べていたら、私好みの曲がアップロードされていた。グレゴリオ聖歌やブルガリアン・ボイスより魅力的である。視聴者数は少ないが、Oslo Kammerkor & Sondre Bratland - Nar mitt oye, trett av moyeで聴ける。このアルバムはちょっと前に出たばかりだと思っていた。発売日を見たら、もう20年も経っていた。光陰矢のごとしである。

 

平成25年6月11日(火)

 アベノミクスについて、専門家の間でも賛否両論がある。私のような株も何もしていない者にとっては、どこが景気回復なのかさっぱりわからない。患者さんに聞いても、景気がよくなったと答える人は、本の一握りである。私の唯一の楽しみは、海外に出かけることである。泊まるホテルはせいぜい2000円〜3000円ぐらいである。それでも、わずかな間に1ドルが78円から100円になるのは納得がいかない。退職金などを貯金で預けている人も多いと思う。日本国内では貯金1000万円は1000万円である。しかし、ドルなどの世界的な評価では資産価値がいつの間にか800万円に目減りしている。株を塩漬けにしていた患者さんは、今度の株高で利益を確保したと話していた。私は経済についてはまったく素人である。専門家の本を読んでも、専門用語もあまり理解できず、途中で投げ出したぐらいである。確実にわかるのは、雇用が回復しなければ、本当に景気が回復したとは言えないことである。今後人がやっていたことをどんどんと機械がするようになる。企業もいくら景気が回復しても、必要のない人までは雇わないだろう。
 先週の金曜日は久しぶりにツタヤにビデオを借りに行った。私はキネマ旬報のベスト10などを参考に、まだ見ていないDVDを借りたりする。最近では、今年の2月にアカデミー賞作品賞を受けた「アルゴ」を見た。イランの人質事件を扱った映画で、あまり面白くなかった。「J・エドガー」は映画館で見たが、これもつまらなかった。この日記でも、感想は書いた。「ヒューゴの不思議な発明」もDVDで見たが、あまり楽しめなかった。まったく予備知識なしで借りたスペイン映画の「ブラック・ブレッド」は、いかにも芸術路線の映画であった。しかし、内容は予想外によかった。今調べてみたら、スペインでゴヤ賞などを受賞していた。
 さて、ツタヤである。アクション映画などを4本借りて、料金は1000円である。夜の9時近くに行ったので、受付けは空いていた。いつものように会員カードと1000円札を渡した。ところが、いつもと違って処理がもたもたしていた。まだ慣れていない店員かと思ったら、今度はもう一度カードを見せて下さいと言ってきた。サイフから出して渡すと、画面を見ていた店員がシニア割引になると言った。予想外の言葉で、頭にガーンと来た。店員がシニア割引では新作がどうのこうのと説明していたが、頭にはいらなかった。不意をつかれて、すごくショックであった。結局料金の1000円が840円になった。5月に誕生日が来て、60歳になったことを忘れかけていた。それでも、現実を思い知らされた。映画がシニア割引で1800円から1000円になるのは知っていた。私にはなじみのレストランはない。しかし、他の客の前で、「60歳の誕生日おめでとうございます」と祝福されたら、いくらワインがサービスになってもうれしくない。自分が60歳になったことはまだ受け入れることができず、どこか隠しておきたい気持ちがある。10万円の物が5万円になるなら、ジジィ割でも何でもOKである。
 先週の水曜日は、外来でちょっとした事件があった。覚醒剤中毒の女性患者さんが不定期に私の医院を受診していた。この患者さんは以前に酔っ払っては私の医院にわけのわからない電話をよくかけてきた。薬を大量に服用し、ろれつのまわらない状態で受診することもあった。こういう患者さんは診察拒否をしたらいい。しかし、精神科関係ではなかなかそういうわけにはいかないことも多い。睡眠導入剤について、これを出せ、あれを出せと押し問答になるので、いやだったら他の医院に行ってくれと宣言している。もちろん、投与期間も制限していた。この前の水曜日に久しぶりに私の医院を受診した。量を増やすのでなければ、ある程度の睡眠導入剤の変更には応じている。ところが、毎回診察では薬の変更から薬の増量に段々と話が変わってくる。私が増量に応じないことがわかると、最後はあきらめる。しかし、この間の執拗な交渉はこちらのエネルギーを消耗させる。
 この日の診察では、長いこと血液検査をしていないので、して欲しいと頼んできた。私の医院では、内科などで検査をしていない人は年に1度ぐらい肝機能や血糖などを調べている。血糖を調べるのは、一部の抗精神病薬で上がることがあるからである。採血は診察室で私がする。採血が終わった後で、いつものように診察室を出て行った。私は次の患者さんを放送で呼び出した。この時に、ふといやな予感がした。私の診察室は2階にあり、待合室は1階である。2階の診察室の横は処置室である。下に置けない古いカルテも置いている。開業したての時にはこの部屋で抗うつ剤の点滴などもしていた。現在は、患者さんが待合室で気分が悪いという時に、横になって休んでもらうぐらいである。
 次の患者さんが入ってきた時に、この患者さんが階段を降りて行ったかを聞いてみた。すると、隣の処置室にさっと入って行ったという。あわてて隣の処置室を開けると、この患者さんが私のカバンの中を探っているところであった。私は通勤で使っているふだんのカバンは貴重品も入れて診察室に置いている。研究会の時のカバンや近所のスーパーに行くときの小さなバッグなどは隣の部屋に置いていた。私はまだ治安の悪かった時にカンボジア国内をうろうろしていた。この時に、防犯については徹底的に鍛えられた。安宿しか泊まっていなかったので、いかに盗まれないようにするか考えて考え抜いていた。貴重品を身につけていたら、外で襲われた時にすべてを失ってしまう。かといって、当時は安宿の貴重品預かりも信用できなかった。さて、この患者さんは私の姿を見ると、何事もなかったかのように、さっと階段を降りて行った。血液検査を希望したのも、私の隙を狙っていたのか、処置室の様子を探るためだったのかよくわからない。いずれにしても、次に私の所に来たら、診察を断る理由ができた。これで一件落着かと思ったら、その後担当の福祉の人から電話があった。あちこちの病院に行って迷惑をかけているようである。同じ東山区に住み保健センターから頼まれたら、私はこんな患者さんでも面倒は見るつもりである。これでも、地域医療のことは考えている。しかし、他の区なので、今回の事情を話して診察を引き受けることは断った。
 さて、今週は初めにも書いたように、アベノミクスの本に手を出してしまい、途中で読むのをあきらめてしまった。新聞の書評を読んでいたら、偶然にも昔読んだ本が2冊紹介されていた。新しい本ならわかるが、どうして今頃紹介されているのかわからなかった。1冊は、渡辺靖「アメリカン・コミュニティ - 国家と個人が交差する場所」(新潮社)である。この本については、この日記でも紹介している。朝日新聞が日本のゲーテッド・コミュニティを紹介していた時に、この本の中に出てくる本場米国のゲーテッド・コミュニティについて書いた。本屋で新しい本を見たが、この本の内容に新しい章を1章加えて再発刊していた。もう1冊は、森岡 正博「感じない男」(ちくま新書)である。この日記で紹介したのか、よく覚えていない。もう8年前の本で、どうして最近取りあげられていたのか、今でもよくわからない。
 今週は印象に残った雑誌の記事を取りあげる。まず、今週の週刊ダイヤモンドに載っていた記事である。特集の「成長が続く最後の市場 アフリカで勝つ方法」である。今さら、アフリカでのビジネスに興味があるわけではない。いくつかの企業が紹介されているが、関西ペイントという名前に興味をひかれた。どういうことかというと、今年の年末年始にベトナムのランソンを経て、中国に入ったことはこの日記でも詳しく書いた。このランソンで1番大きい市場に行った時である。市場の正面に巨大な看板がかかっていた。ソニーやホンダではなく、この関西ペイントだったのである。どうしてこんな所にこんな社名の看板がかかっているのか、不思議で仕方なかった。今回の記事を読んで、納得がいった。もうひとつは、今月の月刊保団連に載っていた記事である。海外医療レポートが載っており、ドイツの医師不足対策のことが紹介されていた。ドイツでは、医学部を卒業しても医業に就かないケースも多く、最近は医学部卒業生の4割程度が医療とは関係のない分野の仕事に就いているという。また、2010年の医学部卒業の63%が女性である。週の労働が35時間を下回る女性医師も多い。保険医の診療報酬改定のことも書いてある。日本では現在は医学部ブームであるが、将来はどうなるかわからないと思った。

今週の愛聴盤 46 (130611)

Untitled / Die todliche Doris
Untitled / Die todliche Doris

 さて、きょう紹介するのは脳細胞を破壊してくれる音楽である。万人向けの曲ではない。こんな曲を聴いていたら頭がおかしくなるという人には、お口直し(お耳直し?)の曲も用意している。ドイツ語のバンド名は日本語に訳すと「瀕死のドリス」になる。1982年の発売である。私は知らなかったが、今回調べてみると、このLPレコードは幻のアルバムであった。YouTubeに載っているコメントを読むと、3000枚しか発売されていない。CDも発売されておらず、同じジャケットのデザインのDVDがその後出ている。実験的で前衛的な音楽は、独りよがりになりやすい。あまりにも過激すると、こっちの方がついていけない。危ういバランスを保ちながら最後までたどり着ける曲もあれば、きょう紹介する曲のように、強引に最後まで引っ張って行く曲もある。少し前に、私の持っているLPレコードから好きな曲のタイトルを書き出してきた。YouTubeで検索したがまったくヒットしなかった。ところが、今回はなぜか数年前にアップロードされていた曲を見つけることができた。検索の仕方が悪かったのか、よくわからない。まず、素っ気ない写真しかアップロードされていないDie todliche Doris - Stummel mirである。視聴者数は多くないが、今聴いてもぶっとんでしまう。この曲が気に入った人はDie Todliche Doris - Uber-Muttiも楽しめる。
 次は、お口直しの曲である。私の持っている45回転のレコードから、ドイツのニューウェイブを紹介する。Durch Dick & Dunn / Ostro 430である。ニューウェイブと言っても、1981年の発売である。このバンドは日本ではほとんど知られていないようである。ネットの情報では、デュッセルドルフの4人の医学生が結成している。適度なポップス性があり、今聴いてもまったく古くささを感じない。まず、Ostro 430 - Ich halt mich rausである。アルバム最後の曲であるOstro 430 - Zu cool fur dichもいい。

 

平成25年6月4日(火)

 私は若い時には、自分は何者であるかとか将来どういう風に生きたらいいのか悩んでいた。アイデンティティの確立を求められて、死ぬほど苦労していた。人生の決断をいつまでも延期して、モラトリアム人間に近い状態であった。現在はこれまで当たり前のように決められていたライフ・サイクルとかライフ・ステージがくずれ、時が止まったかのように永遠に青年期を過ごしている人も多い。学校を卒業して、就職して、結婚して、子どもを育て、やがて仕事から退いていく。私は遅かれながら、アイデンティティを確立し、これらのことを一つ一つやり遂げてきた。開業しているので、60歳になってもまだ退職はしていない。しかし、気分は現役ばりばりというわけにはいかない。会社組織で退職が65歳に延長になっても、一部の人を除き、第一線で活躍する人は少ない。重大なことや責任のあることは、もっと若い人に交代である。青年期は自分はどう生きたらいいのか悩んでいたが、老年期もどう生きたらいいのか考え出したらきりがない。このまま仕事に夢中になって、老いを無視する方法もある。私は仕事だけで人生を終えるのは、寂しいような気がする。老年期のアイデンティティを確立するのもこれはこれでけっこう大変である。
 先週の土曜日は、タクシーで外来に来た患者さんが、1人で家に帰れなくなった。私の母親ぐらいの高齢で、これまで軽い認知症も出ていた。間違えて朝方に睡眠導入剤を飲んだのか、ふらふらで1人で立てないぐらいであった。以前にも間違えて薬を多く飲み過ぎて、ぼけ症状みたいなのが出ていた。薬を変更して、いつものように受付の人がタクシーを呼んだ。ところが、タクシーが来ても、自分の家がわからないという。運転手がこれでは家に送れないというので、グーグルで地図を調べて渡した。1人暮らしで、家族の連絡先も聞いていなかった。運転手が会社に連絡していたが、やはり自宅まで送れないということであった。仕方ないので、外来が終わってから受付の人に院外処方の薬を取りに行ってもらった。他に方法がないので、私が自分の車で送り届けるしかない。カーナビに自宅の番地まで入れて行ったが、途中迷子になってしまった。グーグルの地図もタクシーの運転手がわかるように拡大した地図だったので、位置関係がよくわからなかった。車を停めて、近所の人に聞いたら、目的地とかなり離れていた。患者さんを乗せて、聞いたあたりをぐるぐる走ったが、なかなか自宅にたどり着けない。また医院まで戻り、場所をきちんと調べ直さなければならないのかと思った。車を停め、もう一度カーナビで番地まで入力し直した。すると、今度は目的地をきちんと示してくれた。ふだんめったに行き先を検索しないので、最初に操作を間違えたのかも知れない。自宅についてからは、電話機のそばに置いてあった電話帳を調べて、家族に連絡した。何とか一件落着である。きのう家族から連絡があった。薬の飲み過ぎというより、高熱による熱せん妄のようであった。
 実はこの土曜日は、私1人で池田の母親の所に行ってきた。妹は用事があるということであった。私の父親は80歳ぐらいでぼけだした。母親はまだしっかりとしている。少し前に母親から郵便が来ていた。孫に教育費として送りたいというようなことが書いてあった。急ぐこともないと思ってあまり詳しく読んでいなかった。父親が亡くなって、遺産手続きの同意書もはいっていたようである。まだ妹のいる池田に引っ越しをしてくる前のことも話してくれた。父親が田舎で呆けだし、農協などに預けていたお金を解約した時に、かなりの額のお金が引き出され、何に使ったのかわからなかったという。母親は長男の私とカルフォルニアのサクラメントに住んでいる妹と池田の妹に渡す遺産分割の話もしてくれた。私は開業してそれなりに稼いだので、妹たちの取り分が多くても気にしない。患者さんの話を聞いていると、兄弟同士の相続争いは大変である。いつの間にか母親の貯金が引き出され、兄弟が毎日タクシー代1万円かけて見舞いに行っていたと言い張られている人もいる。母親の年代も私もそうであるが、年をとって子どもたちに迷惑をかけたくないというのは同じである。
 日曜日も何通かの診断書を書いていた。私はやる気がしない時にはまったくやる気がしない。障害者年金の診断書も書いても書いても毎週つきることはない。税理士に送る4月分の資料も早く整理しなければならない。中国語の勉強も始めたいが、毎日CNNのニュースを30分見るだけでせいいっぱいである。60歳を過ぎても、やっていることはまったく変わらない。さて、今週読み終えた本である。ベストセラーになっている本はあまり読まないが、今週は別である。毎週1冊紹介すると宣言してしまったので、なかなか歯ごたえのある本が読めなくなってしまった。新書版ではなく、ぶ厚い本も途中で止まったままである。これからは毎週にこだわらず、読み終えた本から紹介していこうと思う。医者向けの掲示板でも話題になっていた、近藤誠「医者に殺されない47の心得」(アスコム)である。現在の医療や薬害を批判する本は精神科関係でも多い。この日記でもいくつかの本や番組を取りあげてきた。しかし、私から言わせると、現状を知らないピントはずれの非難ばかりであった。一部にはそういうこともあるかもしれないが、畑違いの人が極端な理論を振りかざしているようにしか思えなかった。
 さて、この本は私の専門領域とは違う検診やがん治療、生活習慣病についてこれでもかと現在の医療を批判している。精神科治療の批判本はトンデモ本に近かった。内科などの専門家からみたら、この本も同じようなトンデモ本なのであろうか。実はこの先生が最初に書いた本を読んだ時に、私はすごい衝撃を受けた。この本にも書いてあるが、ニュースキャスターの逸見政孝氏のスキルス胃がんの手術に対して、当時公に批判をしたのはこの先生ぐらいであった。ほとんどの外科医は見て見ぬふりをしていた。私も外科医だったら、同じことをしていただろう。当時欧米でもしていない乳がんの手術(ハルステッド法)を批判し、乳房温存療法を本格的に紹介したのもこの先生である。今とは違い、白い巨塔で教授に逆らうことなんかできなかったことは理解できる。しかし、患者さんの不利益になっていたことは確かである。
 久しぶりにこの先生の本を読んだが、まだ「がんもどき」と「本物のがん」理論は生きており、今はがん放置療法になっていた。がん検診は意味がないというのは、専門家でなくても医療ニュースで時々見たりする。根拠となっているのは、がん検診をして早期がんをいくら発見しても、このがんで亡くなる人が減らないからである。検診群と非検診群に分けて調査しても差が出ない。中には検診群の方が亡くなる人が多いという調査結果も出ているぐらいである。私は高血圧や高脂血症の専門家ではない。しかし、この本に出てくるように、正常値の値が低くなったりするのは不可解である。こういう値を決める各種委員会の委員は、透明性を高めるために、製薬会社からの寄付金などはすべて公表すべきである。クレイマーみたいな人が増え医療現場が疲弊しているのはわかる。医療者側も医療に対する不信を払拭していかなければならない。この先生は精神科関係のトンデモ本の著者とは違い、かなり理論武装をしている。インターネットに出ているインタビューなどを読むと、反論があるなら、どこにでも行って議論する覚悟ができている。私は専門家ではない。しかし、この本は誤解を招きやすい部分もあるが、概ね正しいのだろうと思っている。年齢は私より5歳年上である。医学はどんどんと発達しているので、それほど遠くない将来に必ず証明されると確信しているのだろう。このあたりのことについては、東大外科医師グループとの討論がインターネットで公開されている。興味のある人は、「近藤がん理論」はどこまで正しいか?をクリックして下さい。

今週の愛聴盤 45 (130604)

Recycled / Nectar
Recycled / Nectar

 このアルバムは日本でも発売されている。しかし、日本ではそれほど知られていないようである。今回グーグルで検索したら、わずかに数人が取りあげているぐらいであった。(詳しく検索したら、もっと出てくるかもしれない。) ドイツで活動していた英国のプログレ・バンドである。私はこのバンドについてはこのアルバムぐらいしか知らない。この1枚が1番評価が高いようである。1975年の発売である。YouTubeでは沢山の動画がアップロードされている。少し前から選んでいた動画が最近著作権の関係か何かで削除されていた。Remasteredとなっていたのがよくなかったのかもしれない。今回紹介するのは、比較的音はいいが、一部音が歪んだりする。わざとレコードのスクラッチ・ノイズを残したり、音質を落としたりして、完璧なコピーにしない方が削除されにくいのかもしれない。ここではNectar - Recycledを紹介しておく。久しぶりに聴いたら、やはり名曲である。
 次に紹介するアルバムはAn Electric Storm / White Noise(1969年)である。もう20年前のことなので、うろ覚えであるが、このアルバムはLPレコードで持っていた。当時神戸に住んでいて、元町の中古レコード屋でこのLPレコードを委託販売していた。ところが、紛失されてしまい(万引き?)、レコード屋の人がどこかで同じアルバムのCDを見つけてきてくれた。今私の持っているのは、このCDである。1度は手放そうとしたアルバムであるが、今聴いてみると悪くはない。まず、私の1番好きな曲である。White Noise - Your Hidden Dreamsで聴ける。ついでに、視聴者数の多いWhite Noise - Here Come The Fleasも紹介しておく。

 

平成25年5月28日(火)

 先週の木曜日は午後から福岡の学会に出かけた。日本精神神経学会で、専門医の更新のために5年間で600点を集めなければならない。1時間出席して25点もらえる。学会は3日間あるが、1回の学会で獲得できる最高点数は300点までである。1日6時間150点の数え方は、朝受付の人に会員カードを渡してチェックし、6時間経過して帰る時にまたチェックしたらいい。途中抜け出すこともできる。以前に、シンポジウムや講演などを1回1回始めと終わりにチェックしていたら、会場が大混乱となり、会員に不好評だったようである。学会によっては、1回参加登録するだけで点数がもらえる所もある。木曜日は京都を2時過ぎに出たので、福岡にたどり着くだけで精一杯であった。新幹線に早割があるのは知らず、正規料金で往復した。学会から帰ってきたら、患者さんがジパングという60歳以上が割引になる制度があると教えてくれた。焦って調べてみたら、女性が60歳以上で男性は65歳以上であった。グリーン車で行ったので、片道2万円を超えた。飛行機も含めて、もうちょっと早めに調べておくべきだった。
 学会の参加は金曜と土曜である。場所は福岡国際会議場であった。金曜日は夕方7時までシンポジウムをしていたので、あまりあわてずに会場に行った。午前はメイン・シンポジウムの「今後のうつ病医療はいかにあるべきか」に参加した。メインホールは1000名収容できるそうである。それでも、大勢の会員が座れず立ち見していた。それぐらい、最近のうつ病が学会のトピックになっている。2時間のシンポジウムであったが、それほど目新しいことは何も言っていなかった。最近思うのは、精神科医はあまりにもナイーヴ過ぎるということである。もちろん患者さんは困って精神科を受診するし、精神科医も何とかしてあげようと思う。しかし、治療の過程で患者さんが本当にきちんと薬を服用しているのか、訴えている症状がどこまで深刻なのかわからなくなる時がある。こう感じるのは、生活保護を受けている人が福祉の人から働くように言われたり、休職している人が診断書の期限が近づいてきたりする場合だけではない。
 日本うつ病学会で薬物療法についてもっともそうなことを言っているが、本当に正しい薬の使い方をしたらよくなるのか。ブラックな企業に勤め、長時間のサービス残業で、やめたくてもやめられない環境は、薬で克服できるのか。なかなかうつ病が治らないというが、取り巻く環境を無視して、まだ何も証明されていない脳内の神経伝達物質の不足に本当に還元できるのか。前にも書いたが、パチンコで5万円負けたとか、ツイッターやブログで非難されたとかということを患者さんはなかなか診察室では話してくれない。気分が落ち込んだり、いらいらすると言われても、うつ病の悪化なのか、何かあっての反応なのか区別できにくい。職場に対する恨みつらみを治療者に向け、「治せるなら治してみろ」という隠れた攻撃性を感じることもある。中には、わざと治療者を困らせて内心楽しんでいるのではないかと思う患者さんもいる。境界性人格障害の患者さんで見られるような大量服薬やリストカット、攻撃性などは治療に対する抵抗としてわかりやすい。しかし、以前のDSMVの診断基準にあったような、passive-agggressiveな心理機制が働いている時には治療者にはわかりにくい。真面目な治療者ほど、患者さんの言葉に疑いを持たなくなる。環境も定量化できにくいのはよくわかる。しかし、こういうことが議論されず、難治症例の統計をとってもあまり意味がないように思える。
 この日は、午後から福岡タワーに行った。タクシーで2千円もかかり、お気に入りの福岡が少し厭になった。ここから「海の中道」までフェリーが出ていた。時刻表を見たら、ウィークデイで本数も少なく、乗れそうもなかった。このフェリー乗り場があるももち(マリゾン)の海の雰囲気がよく、私好みであった。青空も出て、気持ちよかった。ここでは、シーフードカレーとハイネッケンの小瓶を頼んだ。カレーは900円と高かった。しかし、貝など本格的なシーフードがはいっており、絶品であった。福岡タワーからの眺めもよく、中国の海陵島よりきれいな写真が撮れた。ここはタクシー代がかかっても、本当に来てよかったと思った。それでも他のツアーのガイドによると、海が霞んでいるという。中国の大気汚染の元であるPM2.5が原因のようで、この日の気象情報では基準値をはるかに超えていた。福岡に対する私の評価が上がっていたが、この話を聞いてまた盛り下がってしまった。この日はまた会場に戻ったが、知り合いの人とは誰も会わなかった。
 次の土曜日は午後3時前には終わるので、朝8時過ぎから出席した。最初に参加したのは、教育講演の「双極性障害の心理教育的アプローチ」である。そこそこの広さの会場であったが、すぐにいっぱいになり、ここも大勢の人が立ち見であった。ここで初めて、伏見区で開業している先生に会った。この後も、いろいろな会場に顔を出してみたが、どこもいっぱいである。私は途中で抜け出して、歩いて10分ぐらいの博多ふ頭に行った。ここからも「海の中道」までのフェリーが出ている。第2ターミナルからは壱岐、対馬、五島行きのフェリーが出ていた、時間があったらこのまま乗って行きたいぐらいであった。この日は20分で着く「海の中道」まで行った。ここには海浜公園やマリンワールドがあった。しかし、海の風景はもうひとつであった。ここは子ども連れが行くような場所である。それでも、きれいな植物園とバラ園があり、久しぶりに花の写真を撮って楽しんだ。ソニーのRX100はいいカメラであるが、やはり接写には物足りない。また、博多ふ頭にフェリーで戻り、ここで遅い昼食の海鮮丼を食べた。すぐに会場に戻るので、今回はビールを飲むわけにはいかなかった。会場に戻ってワークショップ「精神科臨床に役立つ睡眠障害の診断と治療」を聞きたかった。しかし、会場にはいれないほど人が溢れていた。
 きょうの午後は歯科に行って、インプラントを入れてもらっていた。今は午後の8時半過ぎであるが、今週読み終えた本を書けるだけ書こうと思う。海部美知「ビッグデータの覇者たち」(講談社現代新書)である。著者は、スタンフォード大学MBAを取得後、本田技研工業、NTTアメリカなどを経て、現在はコンサルティング会社代表を務めている。シリコンバレーでは「ビッグデータ」が旬になっている。著者はビッグデータは単なる技術論ではなく、一種の産業論として捉えるべきだという。「膨大なデータを扱う」という側面と「データを処理・分析して活用する」という側面がある。一見関係のなさそうな多種のデータを組み合わせて分析に活用するスタイルをマッシュアップと呼ぶ。例えば、クレジットカードでスニーカーを買い、その後車2台分のガソリンを入れると、典型的なカード泥棒の利用バターンになるので、確実にカードを止められるという。すべて、データ分析から出ている、きのう自宅でTVを見ていたら、「世界まる見え!テレビ特捜部」でグーグルのことを取りあげていた。この本にも書いてあるが、グーグルが上場したのは2004年でまだ10年も経っていない。ウェブ2.0というのは、カタログや新聞のように「片方向」の情報の流れではなく、ユーザー側からもさまざまな情報がシェアされたりフィードバックされたりする「双方向」になったことが特徴だという。
 「データは新しい石油」という言い方が、ビッグデータ業界ではよく聞かれるフレーズだという。ビッグデータを石油のようにプラスチックに変えようと努力している人々がたくさんいる。データという資源は先進国に豊富に埋蔵されている。データには機械で扱い易い無機データと扱いの難しい有機データがある。有機データというのは、ツイッターのつぶやきやフェイスブックの投稿などである。有機データを使ったビッグデータ手法では、ふだん使っているなじみの店のように店側がユーザーの顔と好みを把握し、ネットでしかできないサービスを提供し、他の店との差別化を図る。私はフェイスブックやツイッターなどはまったく利用していない。しかし、グーグルやアマゾンはよく利用している。この本では、ウェブ業界四天王といわれるグーグル、アップル、アマゾン、フェイスブックのことが詳しく書かれている。新書という一見ちゃちな本であるが、専門家が素人にもわかりやすく書いていて、本当に勉強になる。こんな本でも何十年と読み続けていたら、塵も積もれば山となるで、思わぬところで役に立つ。

今週の愛聴盤 44 (130528)

At Home / Not At Home / Soft Verdict
At Home / Not At Home / Soft Verdict

 今週紹介するのは、A面1曲、B面1曲の典型的な45回転マキシ・シングル・レコードである。ベルギーのクレプスキュールから1982年に出ている。バンドもベルギーからである。プログレ・ファンはロックから現代音楽に近づくことがある。以前にも紹介したフィリップ・グラスやスティーヴ・ライヒ、ジョン・ケージ、マイケル・ナイマンなどはよく知られている。何をミニマル・ミュージックというか答えるのが難しい。しかし、このSoft Verdictの曲は典型的なミニマル・ミュージックであることは感覚的にわかる。今回YouTubeやグーグルで調べていたら、このSoft Verdictの中心的人物ウィム・メルテンのことが詳しく紹介されていた。私と同じ1953年5月にベルギーで生まれ、ミニマリズムを用いた作曲家、演奏家であり、「アメリカン・ミニマル・ミュージック」という著書もある研究家でもある。YouTubeに出ていたコメントを読むと、Soft Verdictという名前はバンド名というより、ウィム・メルテンのもとに集まった音楽集団だという。この12インチシングルが彼の最初のレコードである。
 まず始めに、このアルバムのA面を占める曲である。YouTubeではB面も聴くことができる。ここでは動画も楽しめるSoft Verdict - At Homeを紹介する。YouTubeではWim Mertensになっているが、演奏は今回紹介するレコードと同じ内容である。後半は少し飽きてくるかもしれない。今回これだけだったら、このコーナーで取りあげることはなかった。わざわざ紹介するのは、このデビューアルバムから、その後現代音楽家やピアニストとして素晴らしい曲をいくつも作り出しているからである。まず、誰にも聴きやすいWim Mertens Often A Birdである。次に、感動的な演奏が楽しめるWim Mertens Ensemble - Struggle for Pleasureである。この曲の若かりし頃の演奏は「Soft Verdict - Struggle for Pleasure」で検索したら視聴できる。最後にWim Mertens - Close Coverも紹介しておく。他にも、自分好みの曲をいくつも見つけることができる。レコード棚に眠っていた1枚のシングル・アルバムからここまで知ることができて、今回は本当に幸運であった。

 

平成25年5月21日(火)

 いよいよ60歳になった。今回北の湖の誕生日を調べてみたら、5月16日であった。私は5月19日である。30代から40歳になる時には、いよいよおっさんになるかと思った。40代、50代と過ぎ、もう中年とは言えない年代になってしまった。私は平成9年4月に神戸の社会保険病院から京都第一赤十字病院に転勤となった。5月の誕生日前の43歳の時である。この時に、神戸でお世話になっていた精神科病院で、歓送会に招待してもらった。勤務時間以外のアルバイトについてはそれほどうるさくなかったので、土日の当直を手伝っていた。この会には神戸大の先生も大勢参加していた。当時、若手の精神科医に人気のあった神戸大の中井久夫教授の内輪話も聞けた。
 この時に大学の大先輩になる病院の院長と話していたら、感慨深げに、還暦を迎えると言っていた。私は父親の還暦祝いもしなかったぐらいなので、最初還暦の意味がよくわからなかった。そばにいた明石市立市民病院の先生が、60歳になることだと教えてくれた。(社会保険神戸中央病院、明石市立市民病院、歓送会をしてくれた病院ともう1つの精神科病院が大学の関連病院であった。) 私は京都に戻って日赤の部長になることが決まっていたので、やる気満々であった。まだ40代の半ばで、これからバリバリ働く時であった。院長が60歳になるなんて話を聞いても、年寄りのぼやきぐらいにしか聞こえなかった。60歳過ぎなんて、どこか社会的には用済みみたいな印象を持っていた。この前の日曜日は自分が60歳になって、なぜかこの時のことを思い出した。院長はどうなったのかうろ覚えであった。医局の同窓会名簿を調べてみたら、同じ病院でまだ理事長として活躍されていた。それにしても、私の残りの人生が本当に少なくなってきたと思う。不良中年にはなれなかったので、これからはいい意味での暴走老人になろうと思う。
 この4月からは自立支援医療の継続の診断書が山ほど増える。2年ごとの更新で、法改正の時に重なったので、今年は更新する患者さんが多い。日曜日は朝から医院に出て来て、1日中この診断書やその他の書類を書いていた。今は封筒の宛名書きや申請書の書き込みは事務の人にやってもらっている。少し前までは、すべて私がやっていた。デイ・ケアをしている所や患者さんの多い所では診断書も事務員に任せている。私のような小さな医院は、細々とした雑用もすべて私がやらないといけない。相変わらずバタバタとしている。このまま仕事だけで人生が終わるのも寂しいような気がする。中国語の勉強して、元気なうちにあちこち行ってみたい。もんもん写真館で海陵島と中山の写真をアップロードしたので、興味のある人は見て下さい。
 きょうは久しぶりにCNNの番組のことを書く。私は英語の勉強のために、最初はNHKニュースの二ヶ国語放送を聞いていた。以前は民放のニュースでも二ヶ国語放送をしていた。しかし、今ではごく一部のNHKニュースだけである。日本のニュースなので、最初はこれで耳を慣らす。そして、次にCNNのニュースである。私は留学はしたことがないので、毎日30分は見るようにしている。しかし、1週間ほとんど見れない時もある。今はアトランタ発のワールド・レポートを見ている。特別他の英語の勉強をしているわけでないので、聞き取れない部分も多い。それでも、世界やアメリカの動向がわかって面白い。
 めったに見ない5月13日放送のアンダーソン・クーパーのスペシャル・レポートを見ていたら、オハイオ州クリーブランドで女性3人が10年以上監禁されていた事件が取りあげられていた。National Center for Missing and Exploited Childrenによると、アメリカでは毎年80万人の子どもが行方不明なっているという。この事件のあったクリーブランドでも、今年だけですでに56人が行方不明になっている。今回の事件では、子どもが行方不明になっている親に、もしかしたらどこかで生きているかもしれないという希望をもたらしていた。番組では、同じ時期に同じ地区で子どもが行方不明になった親が出演し、インタビューに答えていた。成人に達している子どもについては、誘拐より家出の可能性が高いので警察もあまり取り合ってはくれない。
 この日記でも何回も取りあげているが、CNNではFreedom Projectで、長年Modern-day Slavery(現代の奴隷制)について取りあげている。特に性産業における子どもの人身売買の実態をドキュメンタリーで告発し、その取り組みについても紹介している。私はすべて見ているわけではないが、4月26日の放送ではアフリカのモザンビークにおける、性産業に人身売買された若い女性のための活動が取りあげられていた。アメリカの教会がアメリカで古いブラジャーを集め、比較的高く売れるモザンビークのマーケットで売っていた。犠牲になった女性の自立を援助するために、NPO団体が裁縫などの技術を教えることもある。先週の17日の金曜日には、「The Fighters」というタイトルで、フィリピンで子どもをセックスのための人身売買から守る活動を続けている女性が取りあげられていた。インターネットでCNNの記事を確認していたら、2時間のドキュメンタリー番組で、金、土と連続放送していた。私は土曜日は再放送かと思って金曜日しか録画していなかった。中途半端な終わり方だったので、納得できた。
 フィリピンでは、今でも10万人以上の子どもがセックス産業の犠牲になっている。番組では12歳の少女が出てきて、アメリカ人にされたことを生々しく告白していた。カトリック教会が避妊を禁止しているので、貧しい子どもがあふれ、ますます貧困の原因となっている。現在はサイバーセックスが流行しているという。国際的にも18歳以下の子どもについてはこれだけ取り締まりが厳しくなっているのに、インターネットで公開されている。私はふだんほとんどTVは見ない。「世界行ってみたらホントはこんなトコだった!?」だけ録画して気が向いた時に見ていた。3月の放送でこのフィリピンを特集していた。この時に、国民的英雄であるマニー・パッキャオのことを初めて知った。貧困から這い上がってボクシングの世界チャンピオンになり、現在は国会議員となっている。私は第2部を見ていないが、最後はこの国民的英雄の協力が得られたのだろう。最近はこの種のドキュメンタリーは少し食傷気味である。「Untold Story」では時々興味深いドキュメンタリーを特集している。私はCNNのまわし者ではないが、わずかな料金で国際社会について知ることができ、英語の勉強にもなる。
 さて、今読み終えた本である。医者向けのホームページm3.comでも話題になっており、少し前に京都新聞の読書欄でも紹介されていた。村上智彦「医療にたかるな」(新潮新書)である。著者は北海道生まれで、私より8歳も若い。薬剤師を経て医師になり、破綻した夕張市立総合病院を平成19年から5年間引き継いで、地域医療の再生に取り組んできた。医療にたかるなというのは誰のことかと思ったら、夕張市民のことである。まず、医療費が高い地域ということは、住民の健康意識が低く、病人が多いということで、ムダの多い過剰医療から予防医療に力を入れるべきだと述べている。この本では10日間のフィンランドへの研修のことも書いている。北欧は福祉大国と言われているが、ムダを省き、過剰なサービスを排し、ある意味では甘えが許されない厳しい社会である。胃ろうの問題が後の方で出てくるが、欧州ではほとんど行われていない。北欧でも食べれない時にはそれ以上無理して食べさせない。私はどうしても胃ろうをして延命させたかったら、家族がそれ相応の医療費を負担すべきだと思う。話が変わるが、バブル崩壊の時には、相続税が高くつくので、来年まで何とかもたせて欲しいという家族が多かった。
 ここでは、日本の医療費は世界的に見て高くないと述べている。著者は医療費が多いのではなく、税収が少ないという。現在医療費が年間40兆円であるが、パチンコ産業の売り上げは20兆円あると書いてある。しかし、長高齢化社会を控え、ムダな医療費は削減しなければならないとも述べている。防衛費でもそうであるが、私はこういう各国の数字の比較はあまり信用していない。基準が統一されていないので、どこまで医療費として計算しているのかよくわからない。全世界にあるCTスキャナーの5割以上が日本にあるという。私が以前から指摘しているように、近くの病院がいい医療機械を入れたからといって、自分の病院でも高い医療機械をそろえ、償却のため「念のために調べておきましょう」と言って、必要もない検査ばかりする現在の医療はもう限界がきている。この本では、検診を受ける集団は検診を受けない集団より長生きするのは、検診を受ける人たちはもともと健康意識の高い人たちだからと指摘している。
 北海道人気質や北海道の医療の特徴も書いてある。北海道は「官」と「組合」が強く、住民もそれに依存してしまう傾向があるという。北海道人のお任せ体質、いびつな権利意識、自立心の欠如も挙げている。人口10万人あたりの病院数や病床数が多く、1人当たりの医療費が高い。核家族化が進み、介護力が不足している。著者が地域医療の再生に取り組んできた夕張の「たかり体質」も指摘している。夕張は黒いダイヤと呼ばれた良質な石炭を産出し、炭都として栄えた。家賃や暖房費、光熱費、水道代、映画館の入場券、医療費まですべて無料で提供されていた。そのため、会社が丸抱えで生活の面倒を見るのが当たり前という歪んだ権利意識を持つようになってしまった。石炭産業が衰えても、権利意識と被害者意識の入り交じった夕張独特の心性が形成されたという。
 ここでは、既得権を死守する政治や行政についても容赦なく批判している。夕張市民の非常識についても1つ1つ例を挙げて指摘している。先ほどの住宅費や光熱費、映画代、入浴料を払うように言われた時に、多くの市民が大騒ぎして反対している。現在市営住宅の家賃を払っていない人が43%もいて、3億円分の家賃が滞納され、治療費の滞納分も2億円あまりに累積している。財政破綻をきっかけにゴミの分類がルール化され、粗大ゴミが有料になった時に、診察を受けに来た人が「もう夕張では生活していけない」と泣き出したぐらいである。夕張の人は「破綻の犠牲者」ではなく、「破綻の張本人」なのである。この本が優れているのは、夕張の市民だけではなく、その背後に控えている同じように高度成長期を経験した高齢者の姿が浮かび上がってくるからである。ここでは、高齢者に対する「闘う医療」から「ささえる医療」について書かれており、専門家による口腔ケアの大切さも書かれている。あまり期待しないで読んだが、今後の超高齢化社会に対応する医療について参考になることがたくさん書かれている。
 もんもん写真館の中国・海陵島と中山の写真を15日(水)にアップロードしました。

今週の愛聴盤 42 (130521)

Zarathustra / Museo Rosenbach
Zarathustra / Museo Rosenbach

 今週はイタリアン・プログレシブ・ロックである。この分野も語り出したらきりがない。ここでは、あまり有名でないバンドを紹介する。オリジナルは1973年発売である。私の持っているLPレコードは日本版で、1982年の発売である。ヨーロピアンロックコレクション2200と書いてあった。ライナーノートは当時のマーキームーン編集長の岩崎尚洋が1982年8月に書いている。もう1人のライナーノートを読むと、このアルバムも長らく幻の名盤と言われていたようである。museoとはmuseumのことで、日本語に訳すとローゼンバッハ博物館になる。最初はあまりぱっとしないアルバムだと思っていた。しかし、何回も聴いているとよくできていると思うようになってきた。YouTubeではフルアルバムも出ている。マニア以外、全部聴いている暇はないだろう。まず、最初の聴き所である。ツァラトゥストラ組曲の最初の2曲にあたるMuseo Rosenbach - L'ultimo uomo & Il Re di ieriである。次はこの組曲の最後の2曲である。こちらの方が曲のできはいいかもしれない。日本人がアップロードしているようである。YouTubeではMuseo Rosenbach - Superuomo & Il Tempio Delle Clessidreで聴ける。この2曲でも長いという人は、1番最後の曲が6分40秒前後から始まるので、早送りして聴いて下さい。プログレに縁のない人でも聴きやすい。
 次に、同じイタリア人歌手である。私も持っているLPレコードはA Fuoco / Claudio Rocchi(1977年)である。アレアなどで知られているクランプスから出ている。今回インターネットで調べてみたら、Stormy Sixの仕掛け人となっていた。プログレではないが、このアルバムは私好みの曲がはいっている。ここではClaudio Rocchi - Ho girato ancoraを紹介する。

 

平成25年5月14日(火)

 きのうは労災判定会議があった。私は今月の19日で60歳になるので、この3月で完全引退を目指していた。しかし、まれではあるが、どうしても外来が長引いて時間に間に合わないベテランの先生もいる。司会の先生がわずかでも遅れたら困るので、この1年間は私が年4回の司会を臨時で引き受けることになった。こういう会議の後では、他の先生の動向についても知ることができる。この7月には、私の患者さんもお世話になった総合病院の女医さんが伏見の大手筋で開業する。開業することは直接聞いていたが、いつどこでするのかはわからなかった。本当にしっかりした先生なので、心より成功をお祈りします。私は開業してこの5月で13年目にはいった。久しぶりに、開業したときの不安と期待の入り交じった複雑な心境を思い出した。長いこと開業していると、ついつい最初の頃の志を忘れてしまう。
 さて、ゴールデン・ウィークの中国・海陵島へ旅の続きである。今回も写真はたくさん撮ってきたので、近いうちにもんもん写真館で公開しようと思う。あまりいい写真は撮れなかったが、この島の雰囲気は伝わると思う。さて、旅行3日目の5日(日)である。泊まった所があまりにも観光地化され過ぎていたので、美しい自然が残されている所を求めて島巡りするつもりであった。どこで島を案内してくれるバイク・タクシーの運転手を見つけるかである。通りにはたくさんのバイク・タクシーが走っていた。しかし、ちょっと乗るだけで5元取られていた。何時間も島巡りを頼んだら、ぼられそうである。とりあえず、最初に着いたバス・ターミナルに行った。陽江市までの帰りのバスも確認しておきたかった。1時間に何本も出ていて、出発時間は気にすることはなかった。実はこのバス・ターミナルには何台ものバイク・タクシーが客待ちしていた。ところが、バスが着いてもバイク・タクシーを利用する客はほとんどいなかった。
 私はこういう所でどういうドライバーを選ぶかと言うと、外国人なんか相手にしたこともないような田舎くさいお年寄りである。すれたような若いドライバーはよくない。目星をつけた誠実そうなドライバーに島の地図を見せて、案内を頼んだ。どの位の値段が適切なのかよくわからない。しかし、こんなバス・ターミナルで1日中客待ちしていても、大した額になりそうもない。最初は3時間ぐらいの案内でいいかと思い、11時から2時までで100元と提示した。他のドライバーも集まってきたが、悪い値段ではなさそうであった。話がまとまり、早速バイクに乗って、きれいな景色の見える場所を案内してもらった。最初は、大角湾の海水浴場を見渡せる対岸側を案内してもらった。この日も午前中はあまり天気はよくなかった。遠くのホテルなども霞んで見えた。次に、海辺が見渡せる高台に案内してもらった。押し寄せる波がきれいであったが、ここも水平線が見えないぐらい霞んでいた。それでも、Tシャツに短パン姿で、バイクに乗るのは気持ちがいい。今回の旅行では、自宅からスポーツサンダルを履いてきた。私は南の島に行くときには、冬でも自宅からスポーツサンダルを履く。さすがに裸足では目立つので、現地に着くまでは黒い靴下を履く。なるべく荷物を減らしたい私としては、冬でもTシャツと短パンを着て浮き袋を持って自宅を出たいぐらいである。バイクは、気に入った場所があるとどこでも停めてもらえ、好きなように写真を撮れる。ドライバーも自分の住んでいる所に熱心にカメラを向ける観光客には親切である。
 途中、Days Hotel & Suitsというホテル(中国語はどう読むのかわからない)のプライベート・ビーチみたいな所にも寄った。守衛が立っていたが、ドライバーは止めるのを無視してはいって行った。波が荒く、観光客は海水浴というより水遊びをしていた。実際に泳いでいる人はほとんどいない。ここでは水上バイクに乗っている人がいたので、写真に撮った。ここの写真ももんもん写真館に載せる予定である。この後で、海岸沿いに東に向かった。インターネットで調べた案内では、十里銀灘でサーフィンをすると書いてあった。確かに波が荒く、サーフィンには向いているかもしれない。しかし、観光客はほどんどおらず、サーフィンをしている人もいなかった。私はサーフィンをしたことがないのでわからないが、下手をしたらそのまま海に持って行かれそうな雰囲気であった。午後からは段々と天気がよくなり、暑くなってきた。新しい道路が作られ、リゾートホテルやマンションがあちこちで建設中であった。海岸沿いに鄙びた海鮮料理の店があり、こちらの方がリーズナブルな値段で楽しめそうであった。
 この日は島の西半分を廻ってもらった。3時間ではゆっくりと廻れそうもなかったので、もう2時間延長してもらうことにした。11時から4時までの5時間である。値段は交渉して全部で150元である。2時頃に島の漁港みたいな所で昼食をとった。ドライバーの分は私が払った。カニ2匹とエビを注文し、私だけ青島ビールの大瓶を飲んだ。2人分で105元であった。青空が出て、港を見渡しながら美味しい昼食をとり、気分は極楽であった。この港周辺もたくさんの写真が撮れて満足であった。ちょうど午後4時に案内のドライバーとは別れた。天気がよかったので、また大角湾の写真を撮りに行った。もんもん写真館では漁師がカニ(?)を取っている写真を載せる。ロープで海岸を有料と無料で区切っている。写真の一番手前が公安の人で、勝手にはいらないように監視している。前日は何も言われなかったが、この日は注意された。仕方ないので、別の場所からはいって写真を撮った。この日の夕食も海鮮料理であった。水槽から出してその場で料理する新鮮な魚介類はとにかく美味しい。
 翌日の6日(月)は陽江市のバス・ターミナルまで戻り、珠海までまた高速バスで戻るつもりであった。ところが、バスの行き先を見ていたら、前にも行ったことのある孫文の故郷である中山まで出ていた。中山から珠海まではバスで80分である。泊まるとしたら、都会都会した珠海より中山の方がいい。結局この日は陽江から中山まで高速バスに乗ることにした。料金は90元であった。11時半に出発で、中山のバスターミナルには午後2時10分には着いてしまった。中国は高速道路が発達しているので、バスは早くて便利である。中山のバス・ターミナルからは2元で公共バスを使って以前泊まったホテルまで行った。青果市場ではドリアンが安い値段で売られており、タイに行かなくても楽しめそうである。最後の7日(火)は珠海の九洲港に戻り、12時40分発の香港国際空港行きのフェリーに乗った。香港からはいつものように午後4時20分発の関空行きに乗って日本に戻ってきた。今回の旅では身も心も洗われるとまではいかなかった。しかし、少しすっきりとして帰ってきた。次の南の島も決めたので、何とか最低限の中国語会話だけは晩強して行こうと思う。今週はゴールデン・ウィーク明けで、書く書類が山ほど溜まっていた。本を1冊も読み終えることができなかったので、次週には必ず紹介するつもりです。

今週の愛聴盤 41 (130514)

Aorta / Aorta
Aorta / Aorta

 今週紹介するアルバムは45年前の1968年発売のLPレコードである。Youtubeでは1969年発売となっていた。私が直接レコードでチェックしたので、間違いないと思う。時々、レコーディングの時期と発売時期が違うことがある。今回こんなに古いレコードを紹介するのは、ジャケットが珍しいデザインで、あまり知られていないバンドだったからである。シカゴのバンドで、曲は少し地味かもしれない。まず、最初にA面2曲目の曲であるAorta- What's In My Mind's Eyeである。少し古くささは否めない。次にAorta - Catalypticも悪くない。
 今回は地味なアルバムばかりである。次に紹介するのはThe Parlour Band / Is A Friend?(1971年)である。このアルバムも当時幻のアルバムと言われ、私は後に中古で手に入れた。ビニールの袋に入れているが、ジャケットはかなり傷んでいた。幻のアルバムと言われるほと内容はいいのかと問われると、答えるのが難しい。こういう曲調が好きな人は好きだろう。TouTubeでは最近アップロードされた曲ばかりしかなかった。こういう場合は、過去にアップロードされた曲が削除されている可能性もある。フルアルバムがアップロードされているので、この中からEveningを紹介する。YouTubeではまず始めにフルアルバムのThe Parlour Band - Is A Friend?を出し、「もっと見る」をクリックする。「06 Evening」の19:44をクリックすると、目的の曲が聴ける。この曲が気に入った人は最後の「10 Home」も楽しめる。

 

平成25年5月7日(火)

 この日記は5月8日(水)に書いている。このゴールデン・ウィークは前から行きたいと思っていた中国の海陵島に行ってきた。海陵島は中国で1番美しい十大島に選ばれている。香港から西へ海岸沿いに行くと、上川島、下川島と続き、次が海陵島になる。もっと西に行くと、海南島である。5日間で香港からフェリーやバスを使って行くには、ここまでが限界だろう。相変わらず、中国語は数字も言えないぐらいである。毎回簡単な旅行会話ぐらいと思っているが、なかなか勉強している暇はない。この海陵島についてはインターネットで調べてもほとんど情報がなかった。日本語のページでは数ページぐらいしか載っていない。行き方もよくわからない。珠海から海陵島のある陽江市までバスが出ているのは知っていた。何も情報がないので、グーグルの地図だけが頼りである。しかし、上川島やこの海陵島の地図を見ても、どこに何があるのかさっぱりわからない。バスターミナルの位置も確認できない。毎日朝から晩まで医院で過ごしているので、何か刺激的なことが必要である。この息苦しい日本社会に住んでいると、段々と酸欠状態になってくる。定期的に日本を飛び出して、五感を目覚めさせるのも必要である。
 3日の金曜日は、朝9時20分発の飛行機で香港まで行った。いつもはキャセイ航空で予約を取る。しかし、今回は安い航空券が取りにくかったので、共同運行便のJALで取った。飛行時間は4時間である。空港からは香港に入国せず、午後2時5分発のフェリーで珠海まで行く。料金は260香港ドルであった。1時間ほどで珠海の九洲港に着く。今度は2元でバスに乗り、拱北バスターミナルまで行く。今回の旅行ではタクシーは全く使わず、すべて公共交通手段を使った。陽江市まではバスが1日5便出ていて、次の出発時間は午後5時50分であった。何時間ぐらいかかるのか全く予想できなかった。大体4〜5時間ぐらいは覚悟していた。
 銀行で両替をして、早い夕食もとった。去年の11月に1万円で777元に両替できていたのが、最近の円安で今はたった600元にしかならない。(1元約17円) バス代は120元であった。バスは8割ぐらいの乗客が乗っていた。バスの中は走行中は真っ暗である。ただTVがついているだけであった。うとうとしていたら、夜の9時頃に陽江市のバスターミナルに着いた。高速道路が発達していて、思ったより早く着いた。この日は近くのホテルに泊まった。片言の英語を話す受付の人がいて、少し安心した。本当に中国語は何も話せないので、やりとりはすべて筆記である。メモ用紙に簡単な単語を書いて見せるだけである。ホテル代は1泊120元であった。チェックインしてからバイクタクシーで街中に出てみた。大きなホテルがいくつも建っていて、どこにでもある中国の地方都市という感じであった。
 翌日の4日はこのバスターミナルから海陵島までまたバスに乗る。ホテルの人の話では、約1時間の乗車である。海陵島のどこに着くのかよくわからなかった。どのバスに乗ったらいいのか行き先を紙に書いてもらった。ところが、バスターミナルが大きすぎて、乗り場がわからない。バスの乗り場が山ほどあり、ローカルバスのように、そのままバスに乗って料金を払ったらいいのか、あらかじめチケットを買うのか全くわからない。案内係の人がいたので、ホテルの人に書いてもらった行き先を見せた。普通だったらこれで通じると思うが、なかなかこちらの意図を理解してもらえない。結局、他の人を呼んできて、この人が携帯電話で英語の通じる人に電話した。私がこの携帯電話で英語の通じる人と話し、その人が英語で話したことをこの携帯電話の持ち主に話す。バス乗り場を聞きたかっただけなのに、こんなややこしいやり取りになった。それでも、親切にチケット売り場とバス乗り場まで案内してくれた。運賃は12元で、保険料みたいなのが別に1元付いていた。フェリーに乗るときでも、その時によって保険料みたいなのを取られたり、取られなかったりする。(外国人料金か?)バスはほぼ満席であった。
 海陵島は中国本土と島がつながっている。その分、悪天候でフェリーが運航中止になることはない。私は関西空港のように橋でつながっているのかと思ったら、そのまま陸続きで、どこから島にはいったのかよくわからなかった。1時間ほどで島の西南端の大角湾に着いた。ここは「東方ハワイ」とも呼ばれ、アジア1と言われる砂浜もある。海岸風景は和歌山の白浜温泉を大きくしたような雰囲気もある。この大角湾に沿ってホテルが何軒も立ち並んでいる。私は海に近いホテルを選んだ。1泊220元と言っていたが、中国語のディスカウントと書いた紙を見せ、180元にしてもらった。(ただ単に、安い部屋に代わっただけかもしれない。) この日は天気が曇り空で、少し肌寒いぐらいであった。青空が全く出ていなかった。大勢の観光客が海水浴を楽しむ場所で、自然の風景としてはもうひとつであった。この地区が島で1番の繁華街で、海岸沿いや街中には土産物店と海鮮料理店がひしめいていた。歩いてみると、どこか垢抜けない家族連れやカップルが多かった。海岸が有料ではいれる部分と無料の部分があり、リボンテープで仕切られた有料の所にはいっても特に何も言われなかった。
 昼食は海鮮チャーハンを食べ、夕食は水槽にはいった魚やエビ、かになどを選んで料理してもらった。島の案内パンフレットを見たら、料金は明瞭会計で、水槽ごとに500gあたり00元と表示を義務づけている。魚介類を選ぶと、測ってどのくらいの重さがあるか必ず客に確認させる。私は3.3sぐらいの大きな魚を選んでしまって、この魚だけで250元ぐらいかかってしまった。青島ビールの大瓶が10元である。地方からの観光客が多いみたいであった。その割に、値段は安くはなかった。夜になると、大勢の人が涼みがてらに散歩していた。この地区は観光地化されすぎていて、南の島特有の雰囲気のある写真は撮れなかった。(この続きは、また来週に書きます。)
 さて、旅行中に読み終えた本である。深尾葉子「日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体」(講談社+α新書)である。著者は現在大阪大学経済学部の准教授をしている。はじめにで、タガメのことが紹介されている。田んぼに生息し、カエルなどを前脚でがっちりと挟み、鋭い口吻を刺す捕食水性昆虫のことである。消化液を注入し、骨と皮になるまでカエルの溶かされた肉を吸いつくす。この姿は現代の男女関係にそっくりだという。女はガッチリと男を捕まえて、月1万円という小遣いで身動きがとれないようにし、チューチューと夫の収入と社会的リソースを吸いつくす。最近の専業主婦志向は、高度成長期に急激に増えた「タガメ女・カエル男システム」が世代交代で現代に再生産されているだけだと述べている。このシステムの維持に一役買っているのが、20〜30年間も払い続ける住宅ローンである。タガメ女たちはカエル男に箍(たが)をはめると同時に、タガメ女たちも「女の幸せはこうあるべきだ」と自分自身にも箍をはめている。
 現在は家制度を存続させるお見合い結婚から、恋愛結婚に代わっている。ところが、一見自由そうな恋愛結婚に恋愛なしである。男女が結婚に踏み切るのは、恋愛感情ではない。正社員であるとかないとか経済条件が第1となっている。この本ではカエル男度チェックシートとタガメ女度チェックシートが載っている。典型的なカエル男は、周囲からは親分肌だったり、権威的で偉そうに見えたりする。一見愛妻家に見えるが、恐妻家が多い。その反動で、自分より地位の低い者に、パワハラ、セクハラ、暴言が向きがちである。また、幸福の偽装工作で、ブログやフェイスブックなどで必要以上に、幸福をアピールする。家族や夫婦関係の息苦しさから目をそらし、息抜きとして不倫や浮気に走ることもある。
 次にタガメ女の典型例である。この本では、タガメ女=専業主婦ではないが、専業主婦にタガメ女率が高いという。このチェックシートは、「ふつう」の女性の特徴を羅列したものばかりである。それぐらい、女が男を捕食しているという恐ろしい構図が、「ふつう」という言葉の中に巧妙に組み込まれてしまっていると指摘している。具体的には、タガメ女は約束を好み、カエルコールでカエル男を洗脳し、アリバイとして家事・育児に一生懸命になり、忙しい妻を演出している。働きながら子育てする女性や独身女性とはあまり親しくしない。タガメ女は生存のためにカエル男をだまし、自らの気持ちさえ偽って、偽装された家庭を生み出す。この本では魂を売った娼婦とも書いてある。彼女たちは非常に計算高く、結婚のためには、ときには甘え、ときにはしなだれかかり、カエル男が自分を口説くように仕向ける。現在は正社員の身分は派遣社員と比べたら過剰なほど法的に保護されている。同じように正妻の座を射止めると、時代にそぐわないほど法的には妻に有利である。この本では現在の男女関係に搾取という言葉さえ使っている。最近は夫源病という言葉が流行っている。この本を読むと、吸いつくすカエル男も今は高度成長期のように栄養たっぷりとはいかない。夫源病とは、タガメ女が夫から吸いつくすものが足りなくなって、ただ栄養失調気味になっているだけのことのようにも思えてくる。

今週の愛聴盤 40 (130507)

Indian Summer / Indian Summer
Indian Summer / Indian Summer

 今週は40回記念である。しかし、特別な思いをいれず、いつものように紹介する。(実は海外に出かけていたので、ゆっくりと考えている暇がなかっただけである。)今週紹介するLPレコードはジャケットが少し傷んでいた。多分、中古で手に入れたと思う。この英国のバンドであるインディアン・サマーは当時幻の名盤と言われ、なかなか手に入らなかった。久しぶりに聴いてみたら、1971年の発売だというのに、なかなか良かった。このインディアン・サマーという意味は当時は知らなかった。その後、たまたまトルーマン・カポーティの「冷血」を翻訳で読んでいたら、最初からやたらとこのインディアン・サマー(小春日)というのが、出てきた。秋の陽が射して暖かい天気をいう。まず、1曲目の曲であるIndian Summer - God Is The Dogである。次に、Indian Summer - Glimpseも悪くない。この2曲が気に入った人はIndian Summer - From the Film of the Same Nameも聴いてみて下さい。
 次はイタリアのバンドで、アルバム名はChinese Restaurant / Chrisma(1977年)である。当時私のお気に入りのLPレコードであった。この中からChrisma - Black Silk Stockingを紹介する。

 

平成25年4月30日(火)

 きょうは午後から3人の往診があった。ある患者さんが借りているマンションは最上階で、道路に面して日当たりが良く、適度な広さがあり、行くたびにいい所だと感心している。京都駅近くのマンションは少し広すぎる。他の1人暮らしの患者さんでも、そこそこの広さがあり、居心地がよさそうである。最近、京都駅近くのマンションに、安売りされていたデスクトップのパソコンを入れた。もちろんwindows7である。インターネットへの接続はイーモバイルの定額wifiルーターである。NTTのマンションタイプ光ファイバーを入れることもできる。しかし、プロバイダー料を入れると、けっこう高くつく。私と息子がたまにしか使わないので、もったいない。デスクトップでも、インターネットには支障なくつながった。
 連休の最初の日曜日は、相変わらず書類を書いていた。会計事務所に送らなければならい2月分と3月分の資料も溜まっていた。早く送らないと、4月分と合わせて3ヶ月分にもなってしまう。細々とした領収書などを整理して、貯金通帳と振り込みなどを照合していたら、1時間半ほどで終わる。従業員の4月分の給与計算もしていた。給与明細書まで作っていたら、30分ちょっとである。ややこしい障害年金の診断書は1時間ぐらいである。1つ1つは大した作業ではないが、いくつもやることが積み重なるとうんざりする。他にも、自立支援医療の診断書も書いていた。最近は使っていない点滴セットなども整理して、処置室もきれいにした。
 せっかくの休みなので、気分転換に大阪梅田のソニーストアーに行った。5月に発売になる新しいサイバーショットを見に行くためである。コンパクト・デジカメファンとしては、30倍ズーム付きのHX50Vは購買意欲をそそる。新発売になったばかりのキヤノンの20倍ズーム付きパワーショットがすっかりかすんでしまった。別売の電子ビューファインダーが付けられるのもいい。実際に店頭で触ってみたが、適度な大きさと高級感があり、旅カメラにはもってこいである。5月の連休には間に合わないので、評価が出て、値段が落ち着いてきたら買おうと思う。欲しい物がなくて困っていたが、久々に物欲が刺激された。帰りは、ヒルトンのジュンク堂に寄った。ソニーストアーに来たときには、必ず立ち寄る。それにしても、こんな高級な建物に大きな本屋がはいっているなんて驚きである。いつもこの日記はテラパッドを使って、HTMLで更新している。基本的な勉強をしたいので、HTMLとCSSについての超入門書を買った。ついでに、動画編集ソフトのガイドブックも買った。撮りためている写真やビデオが山ほどあるので、YouTube用に編集できないかと思っている。
 きのうは久しぶりにゆっくりと眠っていた。この日は朝からマンションに行って、処分する本の整理をしていた。観光シーズンにはいっているのか、外国人も観光客も多かった。息子がゴールデン・ウィークに友だちと泊まりたいと言うので、部屋の掃除もしていた。いつも帰りが遅いので心配していたが、予備校の自習室で勉強しているという。受験勉強については、親はどうしてやることもできない。予備校の先生がゆっくりと休めるのは、このゴールデン・ウィークぐらいである。先はまだ長いので、息子も少しぐらいゆっくりとしたらいい。
 さて、今週読み終えた本である。実はまだ途中までしか読んでいなくて、今読み終えたのが夜の9時過ぎである。後は書ける所まで書こうと思う。水野スミレ「AV男優という職業」(角川書店)である。副題には、セックス・サイボーグたちの真実とついている。AV女優については、この日記でも紹介しているようにたくさんの本が出ている。しかし、AV男優について本格的に書かれた本は私は初めてである。まえがきには、AV男優たちが満足させる相手は女優でも自分でもなく、男性の視聴者であると書かれている。AVの歴史は、家庭用ビデオデッキが出てきた1981年に始まる。90年代に最盛期を迎え、2003年頃からデフレスパイラルにはいり、現在はハイリスク・ローリターンの業界となっている。現在のAV生産ペースは審査団体を通したものだけで、月に4500本である。プロダクションに登録しているAV女優の数はおよそ1万人である。ところが、プロと呼ばれるAV男優は70人ぐらいしかいない。この本では、加藤鷹などの有名男優のインタビューも出てくる。著者が取材した男優のセックスした女性の平均数は、推定5千人以上だったという。女性についても、男優の意見は「わからない」、「信用しなくなる」、「むずかしい」、「こわい」などいろいろである。男優に支払われるギャラは、1本につき2〜6万円である。プロは1現場が5万円が標準で、この30年間変わらないという。かっては、1本につき300万円かけていた制作費が、現在は100万円を超えることが珍しくなっている。女優のギャラはどんどんと減っている。男優の最高年収はよかった時で、2千万円である。
 当初のAV制作は、エイズが問題になる前で、生であった。私はそれほど詳しくないので、男優の名前と顔が一致しない。島袋浩が「男優は女優を引き立たせる黒子である。いい女優さんでない女の子が大半なので、その子達を平均点まで持っていけた時に喜びがあった」と述べている。他にも、本能は理性で抑えるよりもかきたてる方が難しいとも書いている。男優の対談も出てくる。男優は基本的に早漏が多いという。毎日セックスをすることで、ペニスが大きくなり、使わないと退化して小さくなると述べている。私も最近そんな気がしてきた。しみけんがAV女優について、「かわいいからって幸せになれるもんじゃない。かわいいから知恵がつく前に、そのかわいさを商品価値として利用されちゃう。中身も一緒に成長していかないと、商品価値がなくなった時にどう生きていくのだろう」と述べている。この人の自慢は、午前中に蒼井そら、午後に72歳の双子、イネとヨネとカラんだこととなっている。AV男優にとってのセックスや愛についての対談も載っている。それほど興味深いことは書かれていない。山本竜二が離婚した妻に引き取られた娘のことについて語っている部分が1番よかった。最近のAVでは、男優の顔が映っていないことが多いという。「男優の顔がうざい」とか「また同じやつを使って」という声もかなり多くなってきている。私は、好みの女の子が出てきて、撮影のアングルが悪かったりすると、カメラマンを代えろと怒鳴りたくなる。年を取るということは経験を積むということで、その分わくわくする新鮮な体験に出会う機会は少なくなっていく。私の性欲はまだ枯れてはいない。しかし、若い頃とは違って、女性の裸を見ても、あまり興奮しなくなっているのは事実である。

今週の愛聴盤 39 (130430)

Terminal Tower.An Archival Collection / Pere Ubu
Terminal Tower.An Archival Collection / Pere Ubu

 今回紹介するLPレコードをいつものように京都駅近くのマンションで探していた。どんな曲だったのかほとんど忘れてしまっており、1枚1枚レコード・プレイヤーで確認するのは大変である。たまたま変形ジャケットのアルバムを見つけ、プレイヤーで聴いたら予想外によかった。今週はこのアルバムで決まりと思って大船に乗った気分でいた。ところが、YouTubeにはこのアーティストのつまらない曲が数曲アップロードされているだけであった。このアルバムはAfter Images / Daniel Lentz(1977年)で、変形ジャケットというのは、LPレコードより少し小さい25.5cm四方の大きさである。CDでは再発されておらず、こんな古いアルバムが著作権で守られているとは思えない。老後の楽しみに、いつか私がアップロードしようかと考えている。他にも、あまり知られていないアーティストの曲を書き出してきたが、調べてみるとほとんどアップロードされていなかった。
 これではまずいと思い、きのうの夜はまたマンションに行き、いいアルバムがないか調べていた。とりあえず、何枚かのアルバムから、まず初めにこのペル・ウブを紹介する。1985年の発売である。ペル・ウブはアメリカのバンドで、今回調べてみたら見覚えのあるアルバム・ジャケットが何枚もあった。このアルバムの中の代表曲はPere Ubu - Final Solutionである。次に、紹介するアルバムはPromise / Gene Loves Jezebel(1983年)である。このバンドについてはほとんど知識がなく、当時ジャケットに惹かれて買ったかもしれない。イギリスのバンドである。このアルバムでは第1曲目の曲がよかった。YouTubeではGene Loves Jezebel - Upstairsで聴ける。実は1980年に発売されたKilling Jokeのアルバムも全曲調べてみたが、もうひとつ決め手となるいい曲がはいっていなかった。
 最後は、苦しまぎれにマニアックな曲を紹介する。得体の知れないアルバムである。私の持っているのは、A面2曲B面2曲のマキシ・シングル・レコードである。YouTubeで検索したら、奇跡的にもこのアルバムの曲がアップロードされていた。Untitled / Luc Van Acker(1982年)である。Luc Van Ackerはベルギーのミュージシャンで、インダストリー系に所属するようである。曲名は何も書いてなく、B面には、zas002B1、B2と書いてあるだけである。アルバム・ジャケットは動画の最初に出てくるぼやけた坊さんみたいな像である。曲には、瞑想の究極の状態を指すサマディ(三昧)というタイトルがついているが、レコードには何も書いていない。私は別の曲が好きであるが、この曲も悪くはない。Luc Van Acker - Samadhiで聴ける。

 

平成25年4月23日(火)

 歯を抜いてから、もうひとつ調子が悪い。もう片方も治療中なので、しっかりと食べ物がかめない。寒くなったり暑くなったりする気候のせいもあるかもしれない。きのうは体調が悪く、自宅で午後8時過ぎに夕食をとり、9時半頃には床に就いた。この日はきょう紹介する本を自宅に持って帰るつもりであった。ところが、帰る時に急いでいたので、医院に忘れてしまった。いつも寝床で本を読んで寝るが、仕方ないのでこの日はそのまま寝た。時計を見たら、朝3時ぐらいに目が覚めた。またうとうとしていたが、朝方まで眠れそうもなかった。私は元来睡眠はよくとれる方で、目覚めて眠りにくい時にはそのまま眠くなるまで本を読み続ける。睡眠導入薬などの精神科の薬に世話になることはない。唯一利用するのは夜行便の飛行機の中だけである。この時はエバミールを1錠飲む。精神安定剤や抗うつ薬などはこれまで服用したことはない。きょうは手元に本がないので、朝4時に起きた。先週はこの日記で本を紹介できなかったので、今週は何が何でも1冊読み終えなければならない。まだ半分ぐらいしか読んでいなかったので、朝5時前に医院に出てきて、きょう紹介する本を読んでいた。なんとか読み終えたので、最後に紹介しようと思う。
 先週は去年の暮れに買ったノートパソコンのOSを入れ替えていた。もともとWindows8であったが、使いにくいので、Windows7にダウングレードした。私はメーカーサイトで直接購入したので、ダウングレード権はなかった。店頭で販売されていたノートパソコンにはダウングレード権がついていた。メーカーのホームページでは期間限定でWindows7のOSが無償で提供されていた。それだけ要望が多かったということだろう。私は仕方ないので、楽天で格安のWindows7のOSを購入した。値段は6千円である。ソフトなども再インストールして、何とか快適に使えるようにした。来年の4月にはXPのサポートが切れる。まだ個人でも会社でもXPが数多く使われているという。OSをXPからWindows8に切り替えたら、ほとんどの人が卒倒するだろう。特にデスクトップやビジネス用に使っている人は、パソコンを叩き壊したくなる。タッチパネル専用のタブレットにはいいかもしれない。しかし、ふつうに使うには、わざと嫌がらせをしているのではないかと思うほど使いにくい。私も何とかなじもうと努力したが、無理であった。マイクロソフトに世界の頭脳が集まって、こんなものしか作れないなんて驚きである。Office2003から2010の変更はまだ何とかなる。人ごとながら、来年の4月は一体どうなることだろうと思う。
 きょうはあまり書くことがないので、早速きょう読み終えた本について書こうと思う。佐伯啓思「日本の宿命」(新潮新書)である。著者は京都大学大学院人間・環境学研究科教授である。出身は東大経済学部である。この本は新潮45に連載した平成23年9月〜平成24年5月分をまとめたものである。これ以前の掲載分は「反・幸福論」ですでに出版されている。私は勝手気ままに書店で本を手に取って選んでいる。書評を読んで、面白そうだと思ったらアマゾンでも注文する。お金を使う所がないので、本はよく買う。しかし、買いすぎても、すべて読めるわけではない。著者の本を読むのは、この本が初めてである。宿命とは、なぜ日本がこんなことになったのかである。人によって、政治家が悪いから、官僚が悪いから、マスメディアがけしからんから、グローバル経済が問題だから、道徳教育が崩壊しているからとか、百家争鳴の状態である。最後の方に読む進むうちに、その謎が解けるように構成されている。
 第1章では「橋下現象」について書いている。私は長続きしないと思っているので、あまり興味がない。ここでは、いかに独裁的といえども議会政治の形式的ルールに従う以外になく、独裁的にできるのは、自らの背後に絶対的な「民意」があると主張できる時だという。民主主義には2つの考え方があり、1つは議会制や政党政治そして官僚制度などと調和しつつ政治をすすめるという間接的で抑制的な民主政治である。もう1つは、国民の意思をできるだけストレートに政治に反映させる直接民主主義である。直接民主主義がうまくいくのは、民意が正しい場合だけである。民意は大体正しくないというのがプラトンの政治論だという。衆愚政治の中から独裁者が現れるとさえ言っている。ナチスを正当化したといわれる法律学者のカール・シュミットの考えも紹介している。議会政治はいわば様々な権益の争奪戦であり、それを調整する機関だけになってしまう。うまく機能しないので、人々の政治への不満や不信が高まり、「危機の時代」には民意を実現するという独裁者が必要になってくる。著者は独裁は困るということであれば、民意の反映こそが民主主義であるとする直接的な短絡した民主主義を放棄しなければならないという。今日の複雑な社会における民主主義は最初に書いたように、面倒で時間のかかる手続きをして行われる以外にないと述べている。私もまったく同感である。
 第2章では、政治とは「国民の望むもの物」を与えるだけのポピュリズムに陥ってはならないと述べる。政治とは3つの要素を持っており、@国や社会の長期的なあり方を国民に提示する。そのための方策をある程度実現する。A緊急事態などの時には、決定的な重大な決断をする。B多様な利害を調整する。である。第3章では、スペインの哲学者であるオルテガの「無脊椎のスペイン」を引用し、現在の日本に当てはめている。このオルテガの言葉も勉強になる。社会には様々な利益の対立があり、イデオロギーの対立があり、思想の対立がある方が健全だという。対立があるからこそ社会に活気が生まれ、創造的なものが出てくる。しかし、対立に意味があるのは、それぞれが、自らをあくまで全体の一部だと認識しており、対立者との間に相互性が成り立っている限りにおいてである。分立主義の本質は、各集団が自己を部分として感じなくなり、その結果、他の者との感情を共有しなくなることであると述べている。「大衆の反逆」の中では、政治というものは「エリート」によるプロジェクトの提示であり指導行為である。それに対して、この「エリート」を信頼して指導されるのが「大衆」である。ところが、現代社会では、「大衆」こそが政治の主役になり、政治家を自らの代表とみなすならまだしも、政治家をあたかも自らの「しもべ」であるかのように扱っている、とも述べている。
 全部の章を紹介するわけにはいかないので、印象に残ったことだけ書いておく。この本では、開国から明治維新、大東亜戦争、東京裁判、サンフランシスコ講話条約、90年代のグローバリズムに至るまでの経緯について詳しく解説している。ここでは紹介できないが、林房雄と福沢諭吉の主張が興味深かった。福沢諭吉のことは何も知らなかったが、こんなにすごい人だとは思わなかった。興味のある人は是非ともこの本を読んで下さい。最後に、何回も出てくる日本の近代化について書いておく。日本の近代化とは、西洋列強の「力」から逃れて自立を保つことであった。しかし、そのためには西洋並みの「力」を手にしなければならず、そこでは西洋模倣の「近代化」が不可欠だった。そうなると、わが国はやがて当然、西洋列強と「力」の対決を強いられるという宿命をたどる。開国とはもともとそういう意味を持っていたのである。この本は、早起きは三文の得と思わせる内容であった。

今週の愛聴盤 38 (130423)

As Your Mind Flies By / Rare Bird
As Your Mind Flies By / Rare Bird

 前回に続き、このアルバムも40年以上前の作品である。1970年に発売されている。LPレコードの大きさでこのジャケットを見ると、秀逸である。別バージョンの素っ気ない文字だけのジャケットと比べたら、雲泥の差である。このジャケットでなかったら、当時このアルバムを手に入れたかどうかもわからない。それぐらい、このアルバムはこのジャケットと音楽が一体になって、その魅力を発揮している。レア・バードについては、実は私はこのアルバムぐらいしか知らない。今回ウィキペディアで調べてみたら、詳しく載っていた。ブリティッシュ・オルガン・ロックに分類され、私の持っているフィールズやコロシアムなどに受け継がれているようである。YouTubeでは、以前にいい動画があったが、現在はもう視聴できなくなっていた。ここではRare Bird - As Your Mind Flies Byを紹介する。他に、いい曲がないか調べてみたら、Rare Bird - Sympathyも良かった。久しぶりに聴くいたら、40年前の曲とは思えないほど充実していた。
 次に紹介するのも、同じ時期の同じブリティッシュ・ロックである。スプーキー・トゥースの曲は「ザ・ミラー」という曲名をかすかに思い出すぐらいである。今回調べてみたら、セカンド・アルバムが高く評価されていた。ここで紹介するのは、私の持っているサード・アルバムである。プログレ・ファン向きで、賛否両論があるようである。アルバム・タイトルはCeremony / Spooky Tooth and Pierre Henry(1969年)である。フランスの現代音楽家であるピエール・アンリとの共演である。結局、趣味の問題になるが、私好みである。YouYubeではSpooky Tooth and Pierre Henry - Prayerで聴ける。本格的に曲が始まるのは、1分45秒過ぎである。早送りして、ここから8分過ぎまで聴いたら充分である。

 

平成25年4月16日(火)

 きょうも午後から歯科に行ってきた。歯の奥が割れていて、抜歯をしてきた。5月にはインプラントをする。特に痛くはないが、麻酔が切れてきて不快感が出てきた。今は午後4時40分である。夕食の弁当も買ってきたので、この日記はこれから書けるだけ書こうと思う。
 先週の土曜日は、京都不安・抑うつ精神科ネットワーク学術講演会があった。精神科病院協会や精神神経科診療所協会、精神科医会と2つの製薬会社が共催している。京都府立医大と京大の両精神科教授が座長として参加している。初めに、双極性障害(躁うつ病)に関する精神科医160名のアンケート調査の結果が発表された。大体予測通りで、特に目新しい知見はなかった。特別講演は、琉球大学教授の「多様化するうつ病への治療戦略ー定型を離れた病態への対応に向けてー」であった。現在のうつ病は以前とは違って、疾患概念が混乱し、どこまでがうつ病なのかよくわからなくなってきている。この講演会では、日常の診療で役立つ知識をうまく整理して話をしてくれた。定型的なうつ病とは、几帳面で他人に気を配り、迷惑をかけていると自責的になるタイプで、抗うつ薬がよく効く。
 ここでは、このタイプとは違ううつ病を大きく3つに分けて解説してくれた。まず、双極性スペクトラム障害である。過去に絶頂期があったり、眠らなくても元気な時期があったがどうかを聞くことである程度判断できる。患者さんがうつ状態で初めて受診すると、ついつい現在のうつ状態ばかりに気が取られてしまい、過去のこれらの出来事については聞き忘れてしまう。家族歴も大事である。混合うつ病の話も詳しくしてくれた。このタイプのうつ病では、抗うつ薬の投与で悪化したりする。次に、現代型新型うつである。ここでは、@逃避型うつ、A未熟型うつ、Bディスチミア親和型うつと3つに分けて説明していた。Bディスチミア親和型うつでは、旧世代の協調性や集団の和、自己犠牲などの価値観が失われ、周囲との不調和や挫折が傷つきとなって生じやすい。うつになって、回避、反抗、シックロールから離れられなくなる。安易にうつ病の診断書を書くと、ややこしくなると指摘していた。精神科医としては、傷つきには共感するが、不平については加担しないことが大事である。内省より、他人を責める方に向かいやすいので、認知行動療法(CBT)より、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)が有効だという。最後に、広汎性発達障害である。自分が発達障害ではないかと訴えて受診する人は9%ぐらいで、6割がうつ状態を訴えて受診する。軽症では、就労や学歴など社会的機能は比較的良好である。特に双極性障害や人格障害、摂食障害と最初に病名をつけてしまうと、ベースにある広汎性発達障害を見逃してしまう。杓子定規的な考え方や対人共感性の乏しさ、不自然な口調、過去の不登校やいじめ、対人関係や就労トラブルなどが診断の手助けとなる。
 講演会の後は、情報交換会(懇親会)があった。年代の近い何人かの後輩の先生と話をして、久しぶりにリラックスできた。話題は仕事や子どものことが多い。懇親会の後は、京都駅近くのマンションで泊まった。このマンションはカルテ庫として、平成17年に中古で買った。最上階で、キャンパス・プラザに面している。新築で売りに出された時には、2番目に高かったという。たまたま今週の週間ダイアモンドを読んでいたら、マンション特集をしていた。京都府の中古のマンションとしては、物件価格上ぶれ率が1番高かった。最上階なので、今では買った時より値段が上がっているかもしれない。耐震性もクリアし、京都駅に近いので便利である。しかし、防音性がもう1つのような気がする。息子が友だちと泊まったり、ゲームをする時には、すごく気を使う。
 この日は、ビールを飲みながら、TBSの情報7daysニュースキャスターを久しぶりに見ていた。その後で、眠くなり、何か見る番組がないか、たまたまKBSにチャンネルを変えた。面白くなかったら寝ようと思って見ていたら、眠気が一気にふっとんでしまった。番組名は「絶景じゃないと受けられない授業」で、ゲストは女性芸能記者である。ここまで芸能界の裏をバラしていいのかと思うほど、生々しい話が聞けた。イニシャルを使って芸能人の名前を挙げていたが、私は疎いのでさっぱりわからない。何週間も張り込みをしたり、尾行をして大スクープをしても、値段は20万円である。時には、その事務所のタレントの情報をつぶす代わりに、他の事務所のタレントのスキャンダルを教えてもらうこともあるという。今は芸能人もスキャンダルを嫌い、隠密行動を取るので、その尻尾をつかむのは大変である。グラビアアイドルは枕営業も多いという。人気番組に出ている女性も怪しいようである。放送禁止にならないのかと思うぐらい過激な内容であった。こんなことなら、きちんと録画しておいたらよかった。
 翌日の日曜日は、土曜日の夜に録画していたCNN「アントールド・ストーリー」を見ていた。私はCNNを見ていて、聞き取れない単語は適当にスペルを考え、電子辞書で調べたりする。それでも、何回聞いてもわからない単語はある。ふだんは聞き取れなくてもそのまま聞き流しである。たまたま今回はこの日記で紹介しようと思って、ふだんより時間をかけて見た。それでも、正確を期すために、インターネットのCNNの記事で内容を確認した。タイトルは「Shooting up legally」である。カナダのバンクーバーでは、麻薬中毒者のために、安全で清潔に自分で麻薬が打てるInSiteという施設がある。市内のダウンタウンでは、6万人の麻薬中毒者がおり、過去にAIDSが大流行し、過剰摂取で路上で亡くなる人が多かった。このセンターは朝10時〜明け方4時まで開いており、1日800人が利用している。運営費は年間300万カナダドルである。このセンターには看護師、ソーシャルワーカーなどが常駐している。階上では、リカバリープログラムも用意している。このようなSupervised Injection Centerは1986年に薬物問題に対する政策としてスイスで生まれている。ここまでしないといけないぐらいスイスとバンクーバーの薬物問題は深刻であった。
 当然政治家の中にはこの政策に反対する人もいる。しかし、最高裁はInSiteのようなセンターの存続を認めている。麻薬中毒者も同等に医療サービスを受ける権利があるとしている。クラックを使用するためのキットや安全に注射できるキットを車で配布するサービスも行っている。1日200人が利用しているという。それでも、この政策には賛否両論がある。片方では、自助組織などで薬物を絶つために闘っている中毒者もいるので、当然である。今では、オーストラリア、ノルウェー、スペイン、ドイツなどに同じようなSafe Injection Centerができている。日本では覚醒剤中毒が多い。しかし、薬物問題は他国から比べたらまだ知れている。将来移民を受け入れるようになったら、同じような問題に発展する可能性が高い。前にも書いたように、私の専門の1つは、薬物依存である。覚醒剤の加熱吸引(あぶり)を日本で初めて論文にしている。ガスライターのブタンガス乱用も日本で最初の論文である。覚醒剤中毒者の感応精神病を報告し、覚醒剤中毒者同士の感応のしやすさは統合失調症との鑑別の1つになりうることを指摘している。タイでヘロイン中毒になり、帰国後離脱症状を呈した人の症例報告もした。アルコール・フラッシュバックについて、最初に論文にしたのも私である。私は酒を飲むが、薬物に対しては筋金入りのアンチ・ドラッグ派である。
 毎週1冊本を紹介すると約束したが、今週は1冊も読み終えることができなかった。いきなり後退するが、できる限り毎週1冊は紹介していきたい。

今週の愛聴盤 37 (130416)

Doremi Fasol Latido / Hawkwind
Doremi Fasol Latido / Hawkwind

 時々嵐のような激しい音楽を聴きたくなる。今回紹介するアルバムはまさに今の私にぴったりである。今から40年以上前の1972年の発売である。私の持っているのは日本盤で、おそらく翌年に出ている。(大貫憲章が1972年12月1日の日付でライナーノートを書いている) もう1人のライナーノートを読むと、ホークウィンドというバンドの名前は、メンバーのニック・ターナーのアダ名から付けられたという。日本盤の1曲目は、オリジナルにはない「シルバーマシーン」が収録されている。以前にも書いた阿木謙の「ロックマガジン」付録の「プログレシッヴ・ロックアルバム94選」では、「プログレについて曲がりなりにも何らかの興味を持っている人は、せめてこの辺の音ぐらい耳にしてほしいものだ」と書いてあった。ここで紹介されているのはオリジナルのアルバムで「シルバーマシーン」ははいっていない。それでも、日本でホークウィンドの名を知らしめた「シルバーマシーン」を忘れるわけにはいかない。YouTubeではHawkwind - Silver Machineで聴ける。
 私はホークウィンドのそれほど熱心なファンではなかった。コンサート会場がIRA(アイルランド共和軍)に狙われているというのはよく耳にしていた。今回調べてみたら、IRAが当時ロンドンで爆弾闘争(IRA bombing campaign。誤訳しているホームページもあった。)を宣言している時に、ホークウィンドが「Urban Guerilla」という曲を発売し、BBCから放送禁止をくらっていた。今回は久しぶりにこのアルバムを聞いたら、オリジナル盤の1曲目にあたる曲もよかった。YouTubeではライブ盤も出ているが、ここでは1番新しくアップロードされたスタジオ盤を紹介する。3分前ぐらいからよくなり、4分過ぎには俄然よくなる。ジャッケットの写真しか写っていないが、目を閉じて音に身をゆだねていたら、はるか彼方までトリップできる。Hawkwind - Brainstormで聴ける。
 最後は、たまたまYouTubeで調べていて見つけた曲である。このライブの雰囲気も私好みである。最初の「シルバーマシーン」で出てきたステイシアというホークウィンド専属のダンサーは有名である。次に紹介する曲では、彼女のダイナマイト・ボディの全裸写真を見ることができる。それでも、月日の経つのは早く、40年も過ぎたらもう60歳を超えていることになる。人ごとではなく、当時19歳だった私も同じである。彼女のヌードはHawkwind - D-Rider(Live)で見ることができる。

 

平成25年4月9日(火)

 先週の木曜日は往診の帰りに、悲田院に桜の花の写真を撮りに行った。ここは高台になっていて京都市内が見渡せる。大文字の送り火の時には、大勢の人が見に来るという。桜の木も少しある。なかなか遠くまで出かける暇はないので、今年の花見はここだけである。青空が出ていたので、桜の花は思ったよりきれいに撮れていた。散歩もしていないので、今熊野観音寺まで歩いて行った。ここは紅葉はきれいだが、桜はほとんど咲いていない。鴨川も近いので毎日歩いたらいいと思っている。しかし、次から次へと相変わらず書かなければならない書類は出てくるので、ほとんど医院にこもって過ごしてしまう。
 先週の土曜日の夜は、NHKスペシャル「仕事と育児 女のサバイバル2013」を放送していた。私が最近この日記で書いてきたテーマと同じなので、きょうはこの番組について感想を書きたい。まず、男女雇用機会均等法ができたのが、昭和61年(1986年)である。現在女性が占める管理職はまだ7%である。第1子ができると、女性の6割が退職している。出産を機に仕事をやめた理由として、第1位が家事・育児に専念するため自主的にが41%で、2位が仕事と育児の両立が難しかったのでが31%で、第3位の解雇・退職勧奨が11%である。この日記でも書いたが、20代女性の専業主婦志向は平成21年の28%から平成24年の44%に上昇している。この番組では、法政大学女性教授や女性評論家が出てきてコメントしている。基本的には、私が考えていることとほぼ同じである。「王子様を待つのはやめよう」「結婚では食べられない」である。現在年収600万円以上の独身男性は20人に1人で、400万円以上でも4人に1人である。専業主婦にこだわると、結婚自体が遅れてできなくなるとはっきりと述べていた。
 専業主婦志向は母親の影響も大きい。私の娘は高校生の時に専業主婦志向だった。これからは離婚しても自分の力で子どもを育てられるぐらいの職業に就かないといけないと言ったら、家内と娘から猛反発を受けた。家内は娘はしっかりしているから離婚するはずがないと言い、娘はただでさえ反抗的だったのが余計に口もきいてくれなくなった。私は幼い子どもを抱え、離婚して安易に生活保護を受けるのは反対である。働く女性の割合と出生率をOECD加盟24ヶ国で見ると、働く女性の割合が高い国ほど出生率も高い。ちなみに、日本は女性1人当たり1.4人と少ない。
 この番組では保育園の待機児童問題も取りあげていた。平成20年のリーマン・ショック以来、共働きをしたい家庭が増えた。そのため、保活(保育園をさがす活動)が盛んになった。保育所の数は増えているが、需要に追いついていない。横浜市では1500人以上いた待機児童を2年間で約10分の1に減らした。認可外保育園を横浜保育室に認定し、子ども1人あたり月に8〜10万円補助したのである。保育士をパートから正社員にし、市役所の中に保育コンシェルジュを設け、利用者の相談にも応じるようになった。保育園料がいくらかかるのかわからないが、1人当たりこれだけの金額を市が補助しているのである。ちなみに、東京23区100人規模の保育園で運営費が年1億8千万円かかるという。私は、基本的には育児、教育、医療、老後の生活さえ安心できたら、所得税や消費税はいくらでも上げたらいいと思っている。これからの超高齢化社会を控え、低負担高福祉なんて無理である。ムダな医療費も削減したらいい。
 ここでは「3歳児神話の崩壊」を取りあげていた。3歳児神話というのは、子供は3歳頃まで母親自身の手元で育てないとその子供に悪い影響があるという考えを指す。 崩壊というのは、何を意味しているのかずっと疑問に思っていた。少し前に紹介した、ももせいづみ「女のしあわせがなくなる日」(主婦の友新書)にも「3歳児神話の崩壊」が事実かのように書かれていた。以前にも紹介した、岡田尊士「愛着障害」(光文社新書)では、基本的安心感や基本的信頼感とよばれる感覚を育んでいく愛着の形成時期は、生後6ヶ月から1年半が最も重要であると書いてあった。この本を読むと、この期間の母親の存在は大事なようである。働くにしても、帰ってきてからそれを充分に補うぐらいの接触が必要だろう。「女のしあわせがなくなる日」では、子育てを巡る大量の情報が渦巻いており、どこまでやれば合格点なのかわからなくなっている状況も指摘している。あまりにも子どもにエネルギーを注ぎすぎると、母子共生のような状態になってしまう恐れもある。「子ども、命」でもだめである。働いている方が、エネルギーが適度に削がれて子どもとの至適距離が保たれそうである。
 番組では日本の雇用システムなどの問題も指摘していた。新卒に労働市場が集中し過ぎており、再就職が厳しいので、能力のある女性も最初からあきらめてしまう。欧米のように、働き方や採用の多様性を求めていた。これまでの男性中心社会を批判する一方で、男性も仕事をやめる選択がなく、育児に参加したくてもできなかったことを指摘していたのはよかった。私は専業主婦の生き方は、これからの時代にはそぐわないと思っている。数多くの患者さんを見てきて、男性にも女性にもあまり幸福はもたらしていないような気がする。以前に紹介した本であるが、NPO法人プロジェクトK「霞が関から日本を変える」(マイナビ新書)の中で、育児休暇を取った男性官僚の話が出てくる。この期間は給与は支払われない。イクメンを実際に経験すると、子どもの変化にとても敏感になり、表情の変化や成長にもすぐ気づくようになったという。はしだのりのりひこが大分昔に専業主夫になって子育てしていたら、愚痴っぽくなっていったと書いていた。家にずっとこもっていると、夫に対する不満も溜まっていく。これも以前に紹介した本であるが、黒川伊保子「キレる女 懲りない男」(ちくま新書)で、男女の脳の違いから男女の考え方の違いを指摘していた。しかし、上記の男性の子育て経験を読むと、どこまで環境が影響しているのかよくわからなくなってきた。
 私は専業主婦と夫の関係を日本とアメリカとの関係に例えてきた。いくら夫が生活費を稼いできているといっても、妻は何でも夫のいうことを聞く必要はない。アメリカに防衛を依存しているからといって、日本は何でもアメリカの言うことを聞く必要はないのと同じである。しかし、妻は立場をわきまえず、夫に対して無理な要求をし続けることはできない。いずれにしても、前から書いているように、男女とも自分の仕事を持ち、男性も家事や育児を手伝い、お互いに自立して協力しあって生きていくのがこれからの理想の夫婦になるだろう。日米関係も同じである。
 ある化粧品会社が行った30代の未婚女性の調査結果が、先ほどの「女のしあわせがなくなる日」に書いてあった。結婚も出産も41歳ぐらいまで猶予が延びたと考える女性が多かった。結婚は年齢制限はないが、出産をアラフォーでするなんて無謀である。私はこの日記でもこのことを何回も書いてきた。これからは出生前診断ができるから安心とは言えない。母体そのものがアラフォーの出産には向いていない。また、アラフォーで産むことを考えている女性は、専業主婦の生き方が前提となっている。自分が60歳になっても子どもはまだ20歳にもなっていない。60歳を過ぎても夫と同じように働き、経済的負担を半々ぐらい負うぐらいの覚悟が必要である。私は今年の5月で60歳になる。子ども2人は7月に21歳と19歳になる。ある意味で、現在の若い世代を先取りした人生を生きている。若い頃はイケイケ気分であったが、年を取ると無理がきかず本当に大変である。
 さて、今週読み終えた本である。裴英珠「トリアージ仕事術」(ダイヤモンド社)である。著者は、金沢大学医学部を卒業して外科に進み、その後慶応大学ビジネススクールを主席で終了し、フランスグランゼコール大学院に留学している。以前に、日経メディカルオンラインで著者の記事が紹介されていた。現在は医療機関再生コンサルティング会社を経営している。トリアージの説明をしているだけで、時間がかかりそうである。とりあえずここでは、大規模災害で救急患者さんが殺到したときに処置をするための患者さんの優先順位のつけ方と覚えて下さい。著者の仕事の優先順位のつけ方は、ヒト・モノ・カネ・タイムの基準でそれぞれ点数をつけ、点数の高いことから先に手をつけていく。人間の体力・能力には限界があるので、手抜きも大事だという。ここでは、手抜きの3原則が書いてある。@仕事のボールを持っている時には手をぬかない Aルーチンワークの時には極力手を抜く B食事と布団の中では完全に手を抜く、である。仕事をするなら、3つのシングルが大事で、@シングルヒット(プチ成功体験の積み重ね)、Aシングルセンテンス(1文で要旨をつたえること)、Bシングルタイム(1人きりになる時間・空間を意識的に作る)である。
 この本では、著者のアサカツについても書いている。3ヶ月を1サイクルとし、それぞれ1サイクルで宅建主任者とファイナンシャルプランナーの資格を取得している。TOEICは3ヶ月2サイクルで890点を獲得している。、私は外来のある月曜日から土曜日まで毎朝5時前には起き、6時前には医院に出てくる。この生活を続けてもう10年以上になる。しかし、著者ほど生産的な過ごし方はしていない。作業パフォーマンスを上げるためには、スタートは、小さな一歩を強引に踏み出す(作業興奮の活用)、中盤は適当な運動で脳に刺激を与える、ゴールはエイヤッと一気にやり遂げる(接近勾配の法則)が必要である。実際に先週に書き終えた労災裁判の意見書はまったくこの通りのやり方である。掃除で気分を上げてから、仕事に取りかかるとなっているが、この前の日曜日は1日中掃除や書類の整理をしていて、肝心のことが何もできなかった。この本の中で、「自分の体に関しては、すべてを凌駕する最優先事項になる」と書いてあり、改めてそう思った。私自身が年をとってきて、三島由紀夫が座右の銘としていた、藤原定家の「歌道の極意は身養生にあり」を思い出すようになった。最初に書いたように、毎日鴨川でも散歩したらいいのだろう。

今週の愛聴盤 36 (130409)

Migrations / Richard Vimal
Migrations / Richard Vimal

 久しぶりに、プログレに戻ろうと思う。きょう紹介するアルバムは、日本と米国のアマゾンで調べてもまったくひっかからなかった。CDでは再発行されておらず、LPレコードもレア・アイテムである。しかし、日本の中古レコード店ではまだ取り扱っているようである。この愛聴盤では、ピンクフロイドやイエスなど有名バンドはネタが尽きてから、触れようと思う。素晴らしいアルバムかと言われると少し微妙である。このアルバムは1978年の発売である。当時は、何かの雑誌で読んで買ったり、ジャッケットにひかれて買ったりした。どうして手にいれたのか、今では思い出せない。手元に残しているLPレコードは、それなりに厳選している。気に入らないアルバムやそこそこのアルバムは中古レコード店にすべて売り払っている。今回調べてみると、Richard Vimalはフランスのシンセサイザー演奏家となっている。まず、1曲目のRichard Vimal - Migrationである。このアルバムの1番最後の曲も悪くない。Richard Vimal - Infinitudeで聴ける。
 次に、紹介するアルバムは3000 Miles Away / Philippe Grancherである。Philippe Grancherはまた同じフランスのシンセサイザー演奏家で、アルバムの発売時期もほぼ同じ1977年である。このアルバムの中から、Philippe Grancher - 3000 Miles Awayを紹介する。こういう曲の聴き方は、列車の窓から次から次へと移り変わっていく風景を楽しむように、次から次へと浮かんでは消えていくメロディーを楽しんだらいい。

 

平成25年4月2日(火)

 この日記は午後7時過ぎから書き出している。午後からは往診があったり、歯科の受診があった。歯科では仮歯を作り、思ったより時間がかかってしまった。私はいつも今週の愛聴盤を先に書いておく。大体月曜日までに書いておくと、この日記も何とか火曜日中にしっかりと書ける。ところが、きのうは忙しかったので、今週の愛聴盤は書けなかった。やっときょうの7時ぐらいに書き終えた。歯科から帰ってきた後は、スーパーで買ってきた夕食の弁当を食べていた。きょう中にどこまで書けるかわからないが、書ける所まで書こうと思う。それでも、まだ気分は楽である。どうしてかというと、何とか労災裁判の意見書を書き終えたからである。このことについてはまた後で詳しく書こうと思う。
 最近CNNを見ていると、昔と比べたらコマーシャルが多くなった。私は主に、朝8時から香港発のニュース・ルームを30分間録画して、午後に見ている。たった30分だけなので、コマーシャルの量は知れている。それでも、同志社大学のCMをよく見るようになった。日曜日の同じ時間帯はアトランタ発のワールド・リポートである。先週は上智大学のCMを見た。同志社大学は日本語で、上智大学は英語である。他にも、日本のオリンピック招致のCMやメディカル・ツアーと思われるCMも見た。私の見ている時間帯はサムスンやスズキのCMをよくやっている。この日記でも書いたことがあるが、まだミャンマーが今のように民主化される前に、軍事政権と深く結びついて資源を開発していた欧米の石油会社がCNNで批判されていた。しばらくしてから、この石油会社のCMをよく見るようになった。たった30分なので、たまたまCMがこの時間帯に流れてきたのかよくわからない。最近CNNを見ていたら、日本にも支店がたくさんあるスペインのアパレルメーカーがFreedom Projectで批判を受けていた。アルゼンチンの下請け工場で、ペルー人やボリビア人を使って劣悪な条件で働かせていたという。最近は年を取ってきたせいか、昔のようにこの類いの一罰百戒的な報道にはあまり感動しなくなってきた。
 さて、労災裁判の意見書である。結局、ウィークデイは何もやる気がせず、先週の土曜日から本格的に取りかかった。土曜日は外来が終わってから昼食をとり、他の用事をすませ、午後2時から覚悟を決めて取り組んだ。この前の日記にも書いた裁判資料は以前にもらった資料の中に入っていた。何百枚と資料があるので、十数ページのこの資料を簡単に探し出すことができなかった。休みの日だというのに、担当の人には迷惑をかけてしまった。土曜日には少なくともA4用紙で5枚は書かなければならなかった。資料を詳しく読み出したら、何を書いたらいいのかぼんやりと輪郭がつかめてきた。結局、この日は夜中の1時までかかって5枚も書けなかった。夕方に近くのスーパーで弁当を買ってきて、夕食に30分ほど休憩を取ったぐらいである。それでも、我ながらこの年になってもやる時にはやるものだと感心した。めどがついたので、この後は夜中2時ぐらいまでゆっくりとしていた。
 翌日は朝9時頃起き、10時からまたやり出した。昼は医院で簡単なダイエット食を取り、夕方6時ぐらいまで集中してやった。2日間ずっと診察室のイスに座っていると、少し飽きてくる。車で京都駅のイオンモールに行き、本屋に寄った。雑誌を立ち読みしたり、新しくはいった本などを眺めていたら、気分転換になる。しかし、これだけ本が溢れていると、若い人は何を読んだらいいのか焦ると思う。仕事を持っていたら、仕事関係のことを覚えるだけで精一杯である。まったく本を読まないのもよくないが、行動が伴わず本ばかり読んでいても性格が悪くなるだけである。先輩や上司、ライバルは山ほど本を読んで勉強しているに違いないと思いやすいが、そんなことはない。必要以上に自分を追い込まず、自分の興味のある分野を少しずつ勉強したらいい。どんなに偉い学者でも、何もかも知っているなんてありえない。帰りに、1階のスーパーで夕食の弁当を買って医院に戻った。夕食を取ってから、また夜中の12時近くまで意見書を書いていた。何とかA4で10枚の原稿を完成し、メールで送ることができた。月曜日はこの原稿の一部を書き直して、改訂版を送った。
 今回の労災裁判の意見書は、当初はあまり乗り気でなかった。しかし、書き出しているうちに、この裁判は絶対に負けてはいけないと思うようになってきた。これまでの裁判の流れには逆らわないように書いたつもりである。しかし、自分の意見もかなり書いてしまった。もしかしたら、余計なことまで書き過ぎたかも知れない。精神障害の傷病名や発病時期はもともとクリアカットにはいかず、曖昧なところがある。しかし、裁判官が混乱するような書き方はまずいようである。裁判には裁判の流儀があるようで、とにかく裁判官を困らせないように書かないといけない。私は今回好き放題書いたので、すっきりした。これから法務局とのやりとりがあり、後は裁判に勝てるようにいつでも書き直すつもりである。この労災裁判の意見書は今回が最後である。本屋には自己啓発など啓蒙書の類いの本が山ほど並んでいる。しかし、ビルの屋上から飛び降りた方が楽ではないかと思うほどの仕事は、魔法のようにこなす方法はない。ビルの屋上に何回も立つぐらいのことをして、うんうん唸りながらのたうちまわってやり遂げるしかない。私はこれまで何件も労災裁判の意見書は書いてきたが、今回は本当に大変であった。
 以前に毎週本を1冊紹介すると書いたが、今週は無理であった。読みかけている本は何冊もあるが、最後まで読む時間がなかった。そのかわり、先週の火曜日に発売になった週間スパに書いてあった記事を紹介する。「35歳以上 無職・独身者のリアル」を特集していた。この中にSNEPという言葉が載っていた。何のことかというと、Soritary Non-Employed Personsのことで、東京大学社会科学研究所の玄大有志向教授の「孤立無業(SNEP)について ー総務省『社会生活基本調査』匿名データによる分析ー」という論文に詳しく書かれている。この論文はインターネットで簡単に見ることができ、早速私もプリント・アウトした。全部で46枚の論文で、そのうち8枚は図表である。私はまだ全部読んでいないので、ここでは最初の要約だけ紹介しておく。このスネップという言葉は、これからはニートに代わる言葉になりそうである。スネップとは、20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚者で、ふだんの就業状態が無業のうち、一緒にいた人が家族以外に連続2日間いなかった人々を指す。2006年時点で100万人を超え、過去10年間で45万人の増加を見せている。スネップは電子メールやインターネットの利用も少なく、パソコンゲームやテレビゲームの利用頻度も特別多いとはいえない。精神科関係の患者さんも多く含まれるようで、これから注目の用語となりそうである。

今週の愛聴盤 35 (130402)

Shaggs'Own Thing / The Shaggs
Shaggs'Own Thing / The Shaggs

 時々何も考えず、ぼーとしていたい時がある。先週は死ぬほど仕事でエネルギーを使い果たした。きょう紹介するのは、1982年発売のシャッグスのセカンド・アルバムである。オリジナルは1975年となっている。私は少し前に、その後再発された紙ジャケットのCDを買い直している。その時の気分にもよるが、わざわざCDを買い直すことは珍しい。しかし、どんなにすごいアルバムかと期待されると、拍子抜けする。このシャッグスについては、日本でもあちこちのホームページで取りあげられている。アメリカの片田舎で生まれ、ファースト・アルバムのPhilosophy of the World / The Shaggsはフランク・ザッパに絶賛されたことでも有名である。当時はそんなことを知る由もなく、このセカンド・アルバムを愛聴していた。典型的な、ヘタウマバンドである。その後、ファースト・アルバムのCDを買って聞いたが、やはり私はこのセカンド・アルバムの方が好きである。YouTubeでは、ファースト・アルバムからの曲はアップロードされていたが、なぜかこのセカンド・アルバムの曲は視聴できなかった。最近やっとアップロードされたので、紹介する。どうという曲ではないが、「ああ、人生に疲れた」とかそんな時に聞くと、なぜか心にしみてほっとする。まず、The Shaggs - You're Somethin' Special to Meである。この曲の魅力はなかなかわかりにくいかもしれない。次に、The Shaggs - Shaggs' Own Thingである。ここまで気に入った人は、自分で調べて「The Shaggs - Paper Roses」を聴いてみて下さい。
 次にまったく曲調は変わるが、同じ女性バンドである。インターネットで調べてみると、パンクとダブを融合したことになっている。イギリスのバンドで、ザ・スリッツである。1979年にファースト・アルバムであるCut / The Slitsを発表している。この中からいい曲を紹介しようと思ったが、みんなそこそこよくできた曲である。きょうは大盤振る舞いで、フルアルバムを紹介する。全部聴いている暇はないという人でも大丈夫である。1曲目からいい曲なので、最初から聴いて好きな所でやめたらいい。YouTubeではThe Slits - Cut ( Full Album)で聴ける。最後に、このバンドのサード・アルバムである。アルバム名はTrapped Animal / The Slit(2009年)で、このCDは持っている。。1番気に入った曲は「Reggae Gypsy」であるが、まだアップロードされていない。ここではポップス色が強い日本人ボーカリストの曲を紹介する。The Slits - Be Itで聴くことができる。

 

平成25年3月26日(火)

 最近また体重が増えてきた。先週から食事の量を減らし始めている。しかし、おなかが空いて仕方ない。ついつい甘い物を間食してしまう。昼食は買ってそのままにしていたダイエットクッキーをまた食べ始めている。賞味期限が切れているが、あまり気にしていない。一粒が27kcalである。6粒ではさすがに我慢できないので、アミノ酸ゼリーで数十カロリー補っている。ビールは最近はあまり飲まなくなった。350ccの缶を1週間にせいぜい3本ぐらいである。ラム酒などの他のアルコールもほとんどとっていない。朝から晩まで医院でじっとしているのが1番よくない。毎週火曜日はこの日記を書かなくてはいけないので、医院で泊まり込みである。夕食を食べに出ると時間が取られてしまうので、昼に夕食の弁当を買ってくる。間食など、あまり買い込まないように気をつけている。1週間で1kgやせたが、いつまで続くかわからない。
 先週の木曜日はある患者さんの往診があった。1人暮らしで、いわゆるアル中の人である。酒を大量に飲んではやめを繰り返し、私の医院にも調子のいい時には断続的に通院していた。長いこと通院していなかったが、ある時、家で倒れているのを発見され、行政も巻き込んで大騒ぎとなった。まったく立つことができず、物忘れもひどく、少なくとも最近はアルコールは飲んでいないようであった。こういう時に、こっちにすべてふられても困る。確かに大分前に私の所に通院していたことは事実である。足の痛みも訴え、原因がよくわからず、本当に対処に苦労した。身体疾患を見逃している可能性があると、精神科の専門病院も患者さんを入院させてくれない。とりあえず慢性硬膜下血腫を疑い、病院でCT検査をしてもらったが、どうもなかった。次にウェルニッケ脳症を疑い、大量のビタミンB1を投与した。結局入院させることはなく、ぼけも歩行障害も徐々によくなっていた。食事は配食サービスを利用することになった。
 完全自力歩行はできないが、歩行器を使ってコンビニまでは歩ける。元気になると、また酒を飲み出した。私は2週間に1回往診していた。その時によって元気な時と、飲み出して苦しそうにしている時があった。2週間前に往診に行った時には、破れた布団にくるまりまた酒を飲み出していた。こういう患者さんの場合は入院のタイミングが難しい。どこの精神病院もアル中の患者さんは簡単には入院させてくれない。こんな状態でも、次に往診に行った時にはすっかり元気になっていたりする。先週往診に行ったら、患者さんがいなかった。考えられるのは、歩行器を使って外出しているか、知らないうちに入院しているかである。しかし、この患者さんの場合は、これまでの経過から、家のどこかで倒れている可能性もある。親が残した広い家で、一応声をかけながら部屋の中を調べていった。2階にも上がり、いないかどうか確認した。家の中はゴミ屋敷のようになっていた。家の奥の庭にも出て、調べた。トイレがどこにあるのかよくわからなかった。結局、薬だけ置いて帰ることにした。
 その後、自宅に電話しても通じなかった。トイレの中を確認しなかったことが気になり、ある団体に連絡を入れた。こういう場合は、生活保護を受けている人の方が担当者がすぐに対応してくれるので楽である。結局、郵便配達の人が自宅で倒れているのを発見し、救急車を呼んで救急病院に入院させていたことがわかった。私の医院は院外薬局なので、あらかじめ薬を用意して往診する。患者さんが入院している時には、もちろん往診も薬の保険請求もできない。この手続きも面倒であった。退院した日に自宅に電話したら、元気そうにしていた。往診の時には、本当に死体を発見するのではないかと心配した。
 さて、他府県の労災裁判の意見書である。20日の春分の日はあまりやる気がしなかった。裁判資料を調べていたら、大事な資料が抜けていることに気づいた。この部分は省いて、書ける部分だけ書こうと思った。一応昼前に、担当の人にメールを送った。休日だったので、翌日に返事が来ると思ったら、すぐに資料をメールで送ってきた。メールは早いが、すべて自分でプリントアウトしないといけない。他にも書かなければならない書類があり、この日はとにかく何を書いたらいいのか資料を読んでいた。23日の土曜日も午後から資料を読んでいた。被告準備書面や原告準備書面、原告、被告から出ている医学意見書、これまでに被災労働者が通院していた医療機関のすべての診療録、産業医のすべての診療録、会社の同僚や上司の証言録など山ほどある。医学意見書はそれぞれの立場で精神科医が書いている。今回の労災裁判の意見書は最初からあまり気乗りがしていなかった。これまでは頼まれた意見書は何件も書いてきた。今回は正直言って、精神科医にとってはどうでもいいことで、あーでもない、こうでもないと争っている。
 日曜日も朝早くから出てきて、資料を読んでいた。最近出た原告準備書面に対して反論の意見を書かなければならない。ところが、この書面で乙第○号証と書いてあるが、この資料も見つからなかった。たくさんの資料があるので、本当に手元にないのか確認するだけでも大変である。また、この日も担当の人にメールを送った。休みの日であったが、早速乙○号証などの資料を送ってきた。残されている日は31日の日曜日だけなので、この日に何としても意見書の3分の1ぐらいは書かなければならなかった。ところが、なかなか最初の文章が思いつかない。診察室をぐるぐる回りながら、今回は絶体絶命かと思うほど精神的に追いつめられた。私にとって最後の労災裁判の意見書であるが、越すに越されぬ大井川であった。天井からぶら下がったり、イナバウアーをしてみたがだめであった。途中、白髪が出てきたので、この日は髪の毛を染めた。一旦染め出すとなかなかやめにくい。結局夜8時までかかって、1枚半書き上げた。それでも、覚悟を決めて資料を読み込んでいくうちに、書く内容の大体のめどがついてきた。明日から締め切りまで残された日は5日間である。徹夜してでも何としても仕上げなければならない。
 さて、今週読み終えた本である。ももせいづみ「女のしあわせがなくなる日」(主婦の友新書)である。作者の若そうな写真が載っているが、年齢不詳である。生活コラムニストとなっている。帯には、これからの時代をしあわせに生きていくためにと書いてある。この本を読むきっかけになったのは、専業主婦という生き方に長いこと疑問を抱いていたからである。今は変わったかもしれないが、私の娘も高校の時は専業主婦志向であった。この本にも書いてあるように、平成21年の男女共同参画白書では、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」との考えに、20歳代の女性の44.3%が賛意し、30歳代より多いことが報告された。私の年代はほぼみんな結婚して、専業主婦になる人が多かった。ただ、昨今の不況で、50代以上の父親は息も絶え絶えになっている。疲れ切って、60歳前に退職する人も少なくない。私は医者なので楽して儲けていると思っている人もいる。しかし、きょうの日記に書いたように同じように息も絶え絶えである。経済的には恵まれているが、家族3人を後ろに引きずって、これからもずっと1人で歩き続けなければならないかと思ったら、気が遠くなる。
 年齢のいっている専業主婦の患者さんでも、「男の人って大変なんですね」と人ごとのように話す。妻の間で評判の悪い夫の言葉に「誰のおかげで生活できていると思うんだ」がある。家族の生活費を朝から晩まで働いて稼いできても、妻はほとんど感謝していない。年をとると、宝くじにはずれたぐらいの感覚である。それこそ、夫の大変さはシリア難民の大変さぐらいしか実感として感じられない。子どもに、バングラデッシュでは貧しくて夕食も食べれないと言うのと同じで、「大変だとは思うけど」ぐらいで、父親の苦労は実感としてわからない。専業主婦という生き方は、現在では日本独特の生き方で、世界標準ではない。欧米も中国も男女自立して働くのが普通である。アメリカではお金持ちでも共働きが当たり前である。この本にも書いてあるように、稼ぐ男と育てる女の組み合わせで成り立っていた結婚のシステムはもう稼働していない。ところが、平成20年の男女共同参画白書の中の、「稼得責任は夫にある」(夫が生活費を稼ぐのが当然)という国際比較では、東京の女性はやや賛成を合わせると95%である。この内賛成は6割いるが、パリやストックホルムでは1割にも達していない。ハンブルグで1割をちょっと超えるぐらいである。
 この本では、平成2年生まれの女性の4人に1人が独身で、現在結婚した人の3割が離婚と書いてある。母親から刷り込まれた女の幸せ3K(結婚、家庭、子ども)の法則は一旦捨てることが必要である。長く続けられる仕事に就く。出産でブランクができても、収入レベルを挽回できる技能を身につける。結婚しなかったとしても、自活できる収入の仕事を選ぶと、ためになることが書いてある。他にも、ワーク・ライフ・バランスにこだわる必要がないという。タレントのように、育児と家庭と仕事の両立なんてできないし、やる必要もない。必要以上の努力や頑張りを自分に課すことも禁じている。自分探しや自分磨きより、周りにあるたくさんの宝物とつながる方がずっと世界が広がっていく。周りにある環境(ソーシャルキャピタル)の充実の方が大事なのである。上手にSOSを伝えられることも必要である。少なくてもいいからずっと稼いで、誰かと収入や暮らしをシェアしていく方がいろいろなことがうまく行くとも述べている。ここに書かれていることは私も概ね賛成である。現在生き方に行き詰まっている女性には何かヒントを与えてくれる本である。

今週の愛聴盤 34 (130326)

Buffalo Gals / Malcolm Mclaren And The World's Famous Supreme Team
Buffalo Gals / Malcolm Mclaren And The World's Famous Supreme Team

 今週もまったく異なるアーティストの曲を4曲紹介する。深く考え抜いて選んでいるかというと、そうでもない。単なる思いつきである。山のようなレコードを前に、なかなか系統立てて紹介するのは難しい。以前に紹介したAffinityのボーカリストであるリンダ・ホイールのソロアルバムも、忘れていたが後から見つかった。本当は私の好きなドイツのバンドの曲を紹介したかった。脳細胞を破壊してくれるような名曲が多い。ところが、Die Todliche DorisやHans-A-Plastの曲をYouTubeで調べたが、あまり面白くない曲ばかりがアップロードされていた。著作権の関係なのか、好きな曲が1曲もはいっていなかった。仕方ないので、気を取り直して、きょうはBuffalo Gals - Malcolm Mclaren And The World's Famous Supreme Teamを紹介する。この曲もマキシ・シングル・レコードである。1982年の作品である。Malcolm Mclarenは当時は器用なアーティストとして知られていた。ヒップホップ調(?)の曲であるが、今聞いてもよくできた曲だと思う。次は、ほとんど知られていない曲である。ドイツのSkyレーベルから発売されている。ディスコ調の曲であるが、悪くはない。アルバムKing-Kong / King-Kong(1981年)から、king-kong - flying through the motionsが聴ける。
 次は一見軟弱なアルバムである。しかし、このLPレコードWarp / New Muzik(1982年)は私のお気に入りである。肩がこらず、A面最後まで聴ける。LPレコードはCDのように気に入らない曲を簡単にスキップできない。いちいちレコードプレイヤーのアームを次の曲の始めに持って行かなければならない。その点、プログレは長い曲が多いので、ゆっくりと楽しめる。このアルバムはプログレではないが、久しぶりに聴いたらよかった。YouTubeでは最近アップロードされた方を紹介する。コメントにも書いてあるが、こちらの方が音がいい。New Musik - A Train In Twisted Tracksで聴ける。この曲が気に入った人は、すぐに続く、 All you need is love (non beatles)やAll You Need Is Love (The Beatles Cover)もいい。最後も少し軟弱な曲である。このアルバムもけっこう続けて聴ける。Listen / A Flock Of Seagull(1983年)から、ここではA Flock Of Seagulls - Nightmaresも紹介しておく。

 

平成25年3月19日(火)

 この日記は午後3時半過ぎから書き出している。きょうは珍しく午後からの往診はなかった。何をしていたかというと、読みかけていた本を最後まで読んでいたからである。朝はいつも通り6時前には医院に出てきて、外来が始まるまでこの本を読んでいた。この本の紹介は日記の最後にまたするつもりである。私は同時並行読みで読んでいるので、途中まで読みかけている本は何冊もある。しかし、この日記の紹介では同じ傾向の本が続かないように気をつけている。今週の愛聴盤も同じである。どこまで続くかわからないが、毎週1冊は紹介していこうと思う。自分にある程度の課題をかけることはいいことである。
 先週の日記で書くことはできなかったが、3月11日は労災判定会議があった。私の任期は3月までなので、部会長として最後の司会であった。この日は4件出ていて、自殺事案が多かった。あらかじめぶ厚い資料が送られてきて、この会議までに目を通して行かなければならない。私は3年ほど前から60歳になる前の3月に引退すると宣言していた。ところが、完全引退はまだ無理なようで、引き継ぐ人が慣れるまでもう少し手伝わないといけない。しかし、労災裁判の意見書だけはもう無理であると伝えた。前にも書いたように、他府県から頼まれている労災裁判の意見書の締め切りが今月末である。まだ何も手をつけておらず、資料の整理もできていない。残された時間は、明日の春分の日と24日と31日の日曜日だけである。ワードでA4用紙10枚ぐらい書かないといけない。山のような裁判資料と取っ組み合いをしなければならないので、本当にこれが最後である。
 日曜日は久しぶりに池田の母親の所に息子と行った。娘はクラブなどで東京(正確には川崎)に戻ったままである。母親は2月に誕生日が来て、81歳になったばかりである。息子は受験に落ちて、今週は友達5人と北海道に遊びに行く。こんなに遊びぼけていて、遊び癖がつかないか心配である。4月からは予備校で死んでもいいから死ぬぐらい勉強して欲しい。妹夫婦とその娘、母親と一緒に昼食を食べに行った。妹が自分の娘と一緒に母親を沖縄まで連れて行ってくれた。母親はこの旅行がよかったみたいで、本当にうれしそうに話をしていた。妹には永遠に頭があがりそうもない。妹の旦那が最近いろいろな思いをノートに書き出したという。私より1歳下で、現在58歳である。将来子どもやまだ見ぬ孫が読んでくれたらという。そういうことをするタイプでないと思っていたが、この年代になるとみんな自分の人生を振り返っていろいろな思いにとらわれる。私の家庭は中の下ぐらいであったが、妹の旦那は本当に極貧の家庭から這い上がって弁護士になっている。私はこの日記で書いていることが、どこまで当たっているか将来見るのをが楽しみである。10年もしないうちに超高齢化社会に突入し、日本の未来がはっきりとしてくるだろう。
 妹の息子は私の娘と同い年である。妹の娘は医学部に行っているので就職の心配はない。唯一、息子の就職については気にしていた。少し前に、娘の大学から私の所に成績表が送られて来た。今の私立大学はこんなことまでしてくれるとは知らなかった。娘は私のいうことは何もきいてくれない。しかし、真面目でこつこつと勉強するタイプなので、成績はよかった。私は直接聞いていないが、息子によると娘の大学でも内部進学者の成績は悪いという。今は名の知れた大学でも附属中学だけではなく、附属小学校、附属幼稚園と設け、幼児の頃から受験戦争が加熱している。この大学も有名人の子どもが幼稚舎に入学したとかよく話題になる。しかし、内部進学でそのまま大学に入学する者と外部から受験で合格した者との学力差は歴然としているようである。今はどこの大学でも内部進学者が多くなってきている。就活では、面接担当者もそのことはわかっているので、内部進学か外部入学か聞くところもある。しかし、妹によると、親が力を持っていると、それほど成績がよくなくても一流企業に就職していくという。これからはどの企業もサバイバル・ゲームになるので、こんな人ばかり抱え込むわけにはいかないだろう。
 さて、きょう読み終えた本である。藤野英人「儲かる会社、つぶれる会社の法則」(ダイヤモンド社)である。何かあやしいタイトルであるが、著者は投信会社を運営し、2012年に「最高優秀ファンド賞」を受賞している。ファンド・マネージャーとしての経験が長く、優良な投資先を見つけるため、20年以上にわたってのべ5300社を超える会社を訪問し、5700人以上の社長に会うなど徹底した企業調査をしてきている。その経験の中から、将来有望な会社の見分け方について書いている。資産運用には興味ないという人もいるかもしれない。ところが、将来有望な就職先や信頼のおける取引先を見分けるのにも役立つ。就活学生が話題にするブラック企業についても詳しく解説している。この本にも書いてあるように、投資家の一般のイメージは「お金を転がして何の努力もせずに不労所得を得ている人」である。しかし、就職を「自分の労働力を投資して対価を得る投資行為」と考えることもできる。ここでは、努力し、リスクを取って挑戦する姿勢こそ「投資家的」であると述べている。よく考えたら、ファンド・マネージャーはお客さんのお金を預かり、将来有望な企業に投資し、利益を得ているのである。投資先を見極めるのは真剣勝負である。
 ここ10年間で去年12月までに株価が上昇した企業は、上場企業の約7割に上っている。ところが、日本を代表する30社のTOPIX CORE 30ではマイナス24%になっている。パナソニックやシャープを見てもわかるように、大きい有名な企業が安心とは限らない。かえって規模の小さな企業で構成される「東証小型株指数」は過去10年間で49%上昇し、「東証二部指数」は67%も上昇している。投資においては、成長する企業かどうか見極めることが大切だという。会社の性格は社長で決まると述べ、日本の大企業のトップはサラリーマン社長なので、成長が期待できにくいという。その理由として、短期志向で企業を経営しがちで、長期的な視野が欠落しやすい。トップに立てるのは、調整能力に優れ、敵を作らない「いい人」が多い。間違った経営もみんなで決めたと意志決定の責任を分散させる。赤字部門でも黒字部門でも同じように配慮し、経営上革新的なものが生み出されにくい土壌ができてしまう。(何か今の日本と置き換えてもおかしくないぐらいである。) また、オーナー経営者とは違って、株価にも無関心で、会社のことを他人事のように話すタイプも多いという。経営理念やビジョンを話すときに目を輝かせる社長は信頼できるという。社長が投資家に語った言葉が、減衰することなくアルバイトまで浸透していると、投資のポイントは高くなる。
 この本では興味深いことも書いてある。投資するにあたって、経営者の過去について知ることも重要である。日本にはピラミッド社会があり、底辺に学歴偏重主義や日本人純血主義が流れている。2000年までに登場した上場企業の社長には、学歴や人種、極貧生活で苦労した人がビジネスを始め、コンプレックスが原動力になっていた人が多かったという。2000年以降は、それまでのタイプとは違い、高学歴だったり、大企業で優秀な成績を上げている人が独立している。コンプレックスという負のエネルギーではなく、自己実現が会社の原動力になっている。しかし、コンプレックスが解消されたり、上場を果たしたりすると、そこで成長がストップしてしまう企業も少なくないという。先ほどの大学進学と同じで、内部進学ができるとわかると、安心してついつい努力を怠ってしまう。成功している経営者はネガティブ・シンキングの人が少なくないという。こういうトップは最悪の事態を想定して、対応策を練っていることが多い。大成功している社長は例外なく「ケチ」で「メモ魔」で「細かい」という。他にもいろいろなことが書いてあり、美人すぎる受付嬢がいる会社は問題があると書いてある。この点は、私の医院は大丈夫である。社内結婚が多い会社であれば、自分の将来をかけて厳しい目を向けている女性社員が合格点をつけているのと同じだという。映画は時々はずれることもあるが、最近読む本ははずれがない。この本も本物のプロが書いているので、1度は読んでおいて損はない。

今週の愛聴盤 33 (130319)

Virginia Astley / Virginia Astley
Virginia Astley / Virginia Astley

 今週は万人受けする曲である。このコーナーでアルバム・ジャケットを紹介しているものは、LPレコードでもCDでも現在私が持っているものである。この45回転のマキシ・シングル・レコードは「Virginia Astley」だけで検索してもなかなかヒットしない。12インチのレコードはすべてLPレコードかと思っていた。ところが、録音方式の違いでマキシ・シングルはLPレコードとは呼ばないようである。今回紹介する曲を調べていたら、後に坂本龍一がプロデュースして再発しているバージョンもあった。それでも、このオリジナル曲が最高である。1982年の発売である。YouTubeではいろいろなバージョンの曲がアップロードされている。しょぼい動画であるが、オリジナル曲を1曲だけで試聴できるのはこれだけである。Virginia Astley - Love's A Lonely To Beで聴ける。その後、私はエンヤのアルバムを最初に聴いた時に、このVirginia Astleyを思い出した。今ではエンヤの方がすっかり有名になってしまった。曲の比較のためEnya - Orinoco Flowも紹介しておく。
 さて、次は映画のサントラである。数多く残しているLPレコードの中で、今でも印象に残っているアルバムはそれほど多くはない。題名は、Full Circle / Colin Towns(1977年)である。随分と古いアルバムであるが、なぜかこのメロディーだけが記憶に残っている。YouTubeではこのアルバムからたくさん曲がアップロードされている。ここではColin Towns - theme from Full Circleを紹介する。今回も共通したものがある曲を選んでいるつもりである。最後は、ハンガリーのCDからである。買った時のカタログを残していないので、最初はどこの国のアルバムかもわからなかった。ハンガリー語で書かれているので、どこがタイトルでどこまでがアーチスト名なのかもわからない。アルバム名は多分Betlehemi csillag uzenete / Kormoran(1997年)で間違いないと思う。しかし、こんなアルバムでも日本のホームページで紹介されていた。私のお気に入りはKormoran - Jozsef es Mariaである。惜しむべきは、曲の長さである。さて、今回紹介した4曲に何か共通したものがあるのかないのか、その時の気分で選んでいるので、自分でもわからなくなってきた。

 

平成25年3月12日(火)

 先週の金曜日は息子の国公立大学前期の合格発表があった。今はインターネットでわかるので便利である。何時に発表になるのか知らなかったが、外来の合間の10時前に調べてみた。宝くじとは違うので、1番違いで悔しがっても仕方ない。見事に落ちていた。今回の受験はダメ元だと思っていた。ところが、息子はけっこうがっかりしていた。周りの友達も他学部も入れて合格者は半々ぐらいである。4月に直接大学に行ったら、入試の成績を教えてくれるという。実の所、私は息子の実力がどの位あるのかよく知らない。あまりにも悪い成績だったら、私も本気で現実路線を考えていくしかない。この日記で何回も書いているが、晩婚は年をとってから大変である。2浪までは覚悟しているが、その間にこちらの方はどんどんと年を取っていく。
 ふだんはインターネットで、自分の医院の評判を調べることはない。今回たまたま見てみたら、いろいろ書き込んであった。これから病院や医院も、食べログのように、あることないことの書き込みから逃れられないだろう。医療関係はまだあまり露骨なウソの書き込みは少ないと思う。怪しいのは、ある特定の医療機関だけ不自然に投稿数が多い場合である。すでに食べログで問題になったような業者も出てきているかもしれない。どんな医院でも、何でも患者さんの要望を満たしてくれるわけではない。12年前に開業した頃と比べると、今は難しい患者さんが増えてきた。
 まず、今問題となっている睡眠導入薬の投与である。私はまだ若いドクターと比べたら出す方である。出し過ぎと非難されるぐらいである。しかし、「なくした」と言って何回も取りに来る患者さんには厳しく警告する。「掃除していて間違えて捨てた」「タクシーに忘れた」「実家に帰っていて忘れた」等、耳にタコができるほど言い訳は聞いている。最近は、眠れないと執拗に訴え、薬をどんどんと要求する患者さんには、最初から「紛失しても処方しない」と伝えておく。それでも、中には「紛失した」と言って、要求をエスカレートさせてくる患者さんもいる。睡眠薬を2週間処方しても、8日ぐらいで再受診する患者さんもいる。何回注意しても守れない患者さんは完全予約制にしている。しかし、いろいろ理由をつけて「薬を出して欲しい」と、朝早くから何回でも電話をかけてくる。最低限のルールが守れない患者さんについては、私の医院では面倒見れないと伝えている。つい最近生活保護の患者さんが「薬をなくした」と言って3日ほどで再受診した。どんどんと受診間隔が短くなり、「紛失したと言っても処方しない」と警告したばかりである。エロ熊映画「テッド」のように、「気に入った。1ヶ月分処方をしよう。」というわけにはいかない。本来紛失した場合は、健康保険を使っての再処方はできない。今回はどうしても出して欲しいというので、生活保護の医療券では処方せず、自費で処方した。今は保険審査はコンピューターを使ってするので、チェックが厳しい。大量投与すると審査ではねられ、処方した薬代は私の医院で払わなければならない。
 次は精神科で問題となるのは、診断書の類いである。生活保護を受けやすくするために、最初から診断書を書いて欲しいというのは論外である。初診の患者さんでも、明らかにドクターストップが必要な人は休養の診断書をすぐ発行する。うつ病概念が混乱し、最近は新型うつ病には安易に休養の診断書を出すなという意見もある。いつから休養の診断書を書いたらいいのかは専門家でも悩むところである。中には、裁判所に出すので、「セクハラでうつ病になった」と書いて欲しいと頼んでくる患者さんもいる。精神科の診断書には、因果関係を書くことはできない。上司にパワハラを受けて体調を崩したことが事実としても、こちらは確認できる手段がないので、公文書としては書けない。ただ、「抑うつ気分や不眠を訴えている」という内容の診断書は書くことができる。職場復帰の診断書に、「部署を変えるように書いて欲しい」と頼んでくる患者さんもいる。病気休暇が長引いて、会社の健康管理室から直接私の医院に意見を求めてくる時には、患者さんの希望を伝えることはある。しかし、会社の事情もわからず、診断書に安易に患者さんの希望を書くわけにはいかない。せいぜい、「当初は残業は禁止し、徐々に慣らしていくことが望ましい」と書けるぐらいである。もちろん、上司を変えろとか、サービス残業をやめさせろとは書けない。丁寧に説明しているつもりでも、なかなか納得してくれない患者さんもいる。
 精神科でよく書く診断書類は、自立支援医療の通院公費負担用診断書と精神障害者保健福祉手帳用診断書、傷病手当の意見書、年金の精神の障害用診断書である。簡単に言うと、自立支援、手帳、傷病手当、障害者年金である。この中で1番厳密な診断書は障害者年金である。前にも書いたが、1年半の傷病手当期間が切れると、この障害者年金の診断書を持ってくる患者さんが多い。傷病手当がもらえる基準は「仕事ができない」である。映画や旅行に行けても仕事ができなかったら、傷病手当の対象になる。どうしてかというと、映画を見るのと仕事をするのでは負担の山(ストレスの度合い)が違うからである。
 傷病手当の意見書を簡単に書いてくれたからと言って、障害者年金の診断書も簡単に書いてくれると思ったら大間違いである。いわゆる精神病に属する統合失調症や軽症でない双極性障害(躁うつ病)はほぼ無条件で書く。しかし、障害者年金の対象は「仕事ができない」ではなく、「生活ができない」である。顔も洗わず、風呂もはいらず、着替えもせず、食事も食べれないである。自炊や洗濯ができることまで求めていない。重症のうつ病の患者さんでは一時的にはこういう状態になるかもしれない。しかし、治療を受けていて慢性的にこの状態が続く人はまれである。中には、これまできちんと定期的に1人で通院していた患者さんが、この診断書を持ってきて、いきなりずっとできていなかったと主張したりする。日常生活ができないほど重症の患者さんは、本来は入院治療の対象になる。今は昔と違って、うつ病専用病棟を用意している病院も多い。こういう所に入院すると、仕事ができるまでは改善しないかもしれないが、ほとんどの患者さんは日常生活に支障がない程度には改善する。もちろん、再発して入退院を繰り返す人は別である。充分な治療ができていないのに、安易に障害者年金の診断書を書くことはできない。どうしてかというと、生活保護と同じで、1度支給されるとなかなか切れなくなるからである。時々、他の医療機関でこの診断書が出され、私の医院に転院してくる患者さんがいる。患者さんの生活の中では、2ヶ月に1回支給される障害者年金のお金が深く組み込まれている。更新の時期に、日常生活にそれほど支障がないように見えても、診断書を前医と同じように書いていいのか本当に悩む。統合失調症や軽症でない双極性障害は一生の病なので、現在はそれほど日常生活に支障がなくても重めに書くことは問題ない。
 どうしてこんなことをくどくどと書いたかというと、私が患者さんとトラブルになる時はどんな場合かを考えたからである。私が年を取ったせいもあるが、最近は以前のような若い人格障害の患者さんは来院しなくなっている。そもそも、ネットを使ってまで、私のことをほめたりけなしたりする患者さんはほとんどいない。以前とは違って、新患の患者さんもそれほど多くはない。私の医院には営業の電話がひっきりなしでかかってくる。税金対策のマンション販売から金融商品の販売、インターネット広告などうんざりするほどである。私は外来中でもすべての電話は私が最初に出ている。時々トイレにはいっていて、間に合わないことはあるが、休み時間でも居留守を使うことはない。きりがないので、すべての営業の電話は話を聞かずに断っている。私は患者さんより、こういう業者には評判はよくないかもしれない。いずれにしても、特定の医療機関だけに投稿者数が多いホームページはあまり信用しない方がいい。
 さて、今週読み終えた本である。NPO法人プロジェクトK「霞が関から日本を変える」(マイナビ新書)である。プロジェクトKのKは、「霞が関」「公務員」「改革」の頭文字で、新しい霞が関を創る若手の会となっている。現在は地方自治体の副市長になっている者を含め、官僚になってから8年〜15年目の7人の若手が実名で霞が関の改革について述べた本である。私は同僚などから、官僚の味方をしていると暗に非難されることもある。医師会なども官僚を擁護したらいやがるだろう。しかし、官僚の実態を知らず、悪の巣窟や霞が関のシロアリとしてバッシングしても何も解決しない。規制緩和についても、むしろ医師会など各業界団体が反対している。私は優秀な若手官僚がどんどんとやめていくことに、危機感を抱いている。この本では7人が執筆しているので、いちいち誰が何を言っているかは区別せず、大体の要旨を紹介する。
 まず、公務員改革制度である。世間では、「公務員の天下りの禁止」「公務員の給与を下げる」が話題になっている。しかし、真の目的は公務員が国家・国民のために働く環境整備だという。そのためには、実績主義の人事評価制度の導入や年次主義を改めないといけないと述べている。ここでは、中央省庁に勤務する超過勤務についても書いている。過労死の危険ラインとされる月80時間以上を経験している職員が平成23年度のアンケートで約7.6%いる。毎月100時間を超える超過勤務が続く時があっても、一定の残業手当を超えると出ない。今回国家公務員の給与が、震災に伴ない2年間毎月7.8%減らされたことも、早朝から深夜まで働らかされている給与の少ない若手官僚の不満を爆発させているようである。
 優秀な官僚のこれだけの時間がどこに使われるかというと、その1つに国会質疑の対応がある。本会議や委員会での質疑内容についての答弁を徹夜してでも用意しなければならない。また、報告書やイベントなどの細部のチェックや文言調整に過剰なまでに時間をかけてリスクヘッジをする。本のわずかなミスでも、メディアや国民の一部から容赦のないバッシングを浴びるからである。こういう批判を恐れる公務員は、事なかれ主義、減点主義になって、思い切ったことができなくなってしまう。一切の例外を認めないような、恐ろしいまでの無謬性があり、今までになかったこと新しいことを生み出す可能性のある芽を最初から摘んでしまっているという。
 自民党が政権を握っていた時には、族議員で構成される議員連盟が政策の応援団として活動していた。法案を通してもらうために、この議員連盟には官僚も頭が上がらない構造となった。そのため先生の機嫌を損なわないように、時には局長まで加わって日々東奔西走する。「呼び出し」があると、「先生のご対応」が最も重要なことになる。今はどうなっているのか知らないが、以前は国会議員の視察旅行があると、各国の日本大使館は総出で至り尽くせりの接待をしていた。この本にも書いてあるように、官僚は政策の立案に充分な時間を割くのが筋なのに、あまりにも議員の対応に時間とコストがかかりすぎ、人手が割かれているのである。日本経済は1流で、政治は3流と言われた時代もあった。優秀な官僚が政治家をおだて上げるので、自分は1流の政治家だと勘違いしていた政治家も大勢いたのだろう。官僚ばかり批判するのではなく、この構造も打破しないといけない。
 ここでは、「省益あって国益なし」と言われる省庁の縦割り行政のことについても書かれている。根本は、各省庁の予算を拡大することが出世に繋がる仕組みになっているからである。効率の低い予算であっても闇雲に拡大に努める。翌年度の予算が減らされるからという理由で、無理な使い切りを行う。必要性の低くなった補助金や制度についても、先輩が作ったものだから潰せない等である。官僚制度の何が問題なのか、興味のある人はこの本を読んで下さい。バランスを保つために書くが、政治家も国益より自分の選挙区や出身団体の方に目が向いている。若手官僚が書いていることなので、ここに書かれていることすべてに納得できるわけではない。私はもうすぐ60歳になるので、少し青臭いことも書かれている。それでも、若手官僚が抱いている日本に残されている時間はもう残り少ないという認識は共通である。最後に、この本で引用されている塩野七生の言葉を引用してこの本の紹介は終える。「亡国の悲劇とは、人材が欠乏するから起こるのではなく、人材はいてもそれを使いこなすメカニズムが機能しなくなるから起こるのだ」

今週の愛聴盤 32 (130312)

Wheel in the Roses - Rema-Rema
Wheel in the Roses / Rema-Rema

 今週はあまり知られていないロックを取りあげる。どちらかというと癖のある音作りで、万人向けではない。きょう紹介するのは4つのバンドである。アルバムジャケットはどのバンドでもよかったが、最初に紹介したかったのがこのアルバムである。1曲目からあまりマニアックな音作りでは、後の曲は誰も聴いてくれないだろう。このアルバムは45回転のLPレコードで、現在は入手困難である。英国のバンドで1980年の発売である。YouTubeでは、Rema Rema - Rema-Remaで聴ける。次も英国のバンドで、このアルバムも45回転のLPレコードである。Caress and Curse / Leitmotiv (1984年)から、ここではLeitmotiv - (Living in a) Tinを紹介する。
 次はフランスのバンドである。これは33回転のふつうのLPレコードである。すべて筆記体のアルファベットで書かれているので、rなのかsなのか、tなのかfなのか区別がつきにくいYouTubeで調べる時には、アーチスト名と曲名の両方を正確に入力しないとなかなかヒットしない。アルバム名はLiaisons Dangereuses / Liaisons Dangereuses(1981年)である。1番の聴きどころは1曲目のMystere Dans le Brouillardである。ところが、アップロードされているにも拘わらず、わが国では著作権の関係で視聴できない。仕方ないので、ここではLiaisons Dangereuses - Los Ninos Del Parqueを挙げておく。(このアルバムにはいっている曲の別ライブである) コニー・プランクがプロデュースしていたなんて全く知らなかった。確かに、この曲もドイツのDAFと似ている。今回の4つのバンドは、思いつくまま同じ曲調を選んでいる。偶然の一致であるが、最後に紹介するバンドには最初に紹介したRemo-Remoのメンバーが加わっていた。(今回調べていて、これも初めて知った) アルバム名はLabour of Love / Mass(1981年)で、初期の4ADレーベルから出ている。多くの人はこういう音に不快を感じるかもしれない。一般の人の音楽の聴き方は、自分の持っていない聴覚領域に暴力的な音がはいってきたら、聴くのをやめるだけである。しかし、ハンマーのように何回も打ち下ろしてくる音の群れに耐えながら身を置いていると、聴覚領域に新しい回路ができ、楽しむことさえできるようになる。YouTubeではMass- Cabbageで聴くことができる。

 

平成25年3月5日(火)

 きょうは午後から往診に行ってきた。1ヶ月分のエンシュア・リキッドを持って行くと、かなりの量になる。1日2缶で計56缶である。私の医院はすべて院外処方なので、車で薬局に薬と一緒に取りに行く。コインパーキングに車を停め、患者さんの家まで500mぐらいある。これまで1度も使ったことのない折りたたみ式の荷台を広げ、ここに載せていく。この荷台はいつか使うだろうと思って、5〜6年前に買って車の中に入れて置いた。なかなか便利で、気に入っている。キャンプや海水浴に使ったらいいが、もうそんな機会はないだろう。
 先週の土曜日の午後は何もやる気がしなかった。仕方ないので、日曜日にまた必要な書類を書いていた。ややこしい障害者年金の診断書や、新規の自立支援医療用の診断書など1週間の間にけっこうたまっていく。他に、他府県の労災裁判の意見書を頼まれた。以前から頼まれていたものであるが、裁判の進展によっては書かなくてよいものであった。ところが、最近原告(被災労働者)側から新たに精神科医の意見書が提出された。私はこの意見書について反論し、被告(国)側の意見書を新たに作らなければならない。山のような裁判資料を整理しようと思ったが、この日はなかなかやる気が起こらなかった。月曜日から土曜日まで外来があるので、こういう仕事は日曜日ぐらいしか集中してできない。締め切りは今月末である。春分の日を含めたら、5日あるのでまだ余裕である。この3月で労災医員は引退するので、これが最後の労災裁判の意見書になる。
 日本でのカジノ構想がまた盛り上がっている。私はパチンコ依存の患者さんを(治療ではなく)大勢診ている。精神科医としてカジノには反対である。カジノで有名なマカオやラスベガスには実際に行ってきた。シンガポールだけはまだである。機会があったらまた見に行こうと思っている。英語が通じるので楽である。いつの間にか、ユニバーサル・スタジオもできていた。日本でもシンガポールのように大勢の外国人観光客を呼び寄せることができるのか、懐疑的である。ラスベガスは息子と行ったので、夜の遊びについてはよくわからなかった。しかし、映画「ハングオーバー」にあったように、アメリカ人にとってはハメを外す特別な場所のようである。マカオには、有名ホテルの中にソープランドがあったりする。女性の連れだしが可能な夜総会もある。
 何が言いたいかというと、カジノを作るからには、飲む、打つ、買うの3拍子がそろっていないといけない。豪華なホテルやブランド物の直営店、美味しいレストラン、高級クラブだけではだめである。ギャンブルで大儲けした人が大和撫子と一夜を供にしたいと思ったら、それが可能となる場所も作らなければならない。日本の風俗は原則的にはセックス禁止である。外国人観光客を呼ぼうと思ったら、外国人が受け入れ可能な女性もそろえなければならない。それこそ、有名AV女優のショーなど何か呼び物も必要である。カジノ構想で盛り上がるのはいいが、カジノで儲けようと思ったら、最終的にはここまで考えなければならない。今はマネー・ロンダリングの場所として利用されているのか、よくわからない。VIPルームで大儲けしたと言われたら、否定するのは難しいと思う。
 さて、今週読み終えた本である。黒川伊保子「キレる女 懲りない男」(筑摩書房)である。少し前に、婦人公論で「夫を捨てたい妻たちの本音」を特集していた。妻たちの7割が夫に対して愛情がありませんと答えている。夫に不満を伝えたかでは77%で、夫婦の会話は71%がないである。それでも離婚しないのは、経済的問題が第1に挙げられている。他の調査では、4割の夫婦がセックスレスと報告している。前にも書いたが、究極の質問は「夫の墓にはいりたいか」である。外来の患者さんに聞いてみると、高齢の女性は「姑に尽くしてきたので、もういい。」という人が大勢いた。どうしてこれほど男女のすれ違いが起こるのか、男女の脳科学からわかりやすく解き明かしたのがこの本である。ただ、脳には性差があるというのはわかるが、何もかも脳科学に還元する必要はないと思う。この本は男女の違いがわかるだけでも有益である。著者は人工知能の研究開発に従事した後、脳機能論と人工知能の集大成による語感分析法を開発と、よくわからないことが書いてある。
 まず、男女の脳では、五感からはいってくる情報さえ違うという。女性の一部には、光の3原色に対する3種類の色覚細胞だけではなく、4種類の色覚細胞の持ち主がいるという。女性の半数は、男性に見えない色が見える。男性が美しいと思うピンクは、女性が心地よいと思うピンクより青みがかかっている。だから、女性向けのマーケッティングでは、最終判断は女性に任せた方がいいという。企業社会はそもそも男性脳型で、男性が長く牛耳ってきたからではないという。女性脳のように、感度は高いが、生理や出産などで感度が変化しやすいと、男性脳のように、ぶれない効率的な組織を作ることができない。しかし、女性脳は「トラブル予知」や「斬新で自由なアイデア」、「先の見えない事態への強さ」を持っているので、企業のボードメンバーには必要である。
 この本では、まず女性脳の取扱説明書(トリセツ)が書かれ、その後で今度は男性脳のトリセツが書かれている。女性脳は脳裏に結んだイメージを、過去の経験に照らして素早く意味づけし、どんどんと言葉に変え、さっさと結論をだす実用装置である。混沌とした状況で、すばやく有用な答えを出すのに向いている。しかし、その分思い込みも激しくなる。女性のトリセツ1はとにかく話を聞くである。何が言いたいかわからない長い話をばかにせず聞くである。女性脳は大切な対象に意識を寄せて、ささやかな変化も見逃さず、意図を察して生きている。察することが愛情の証しだと信じている。ところが、もともと男性脳には察する機能はついていない。経験に培われるオプション機能なのである。しかし、女性はその「察しなさ」を愛情の低さ、関心の低さだと思ってしまう。男性能は、大切な物に対して、習慣的に債務を果たすことを旨とする。毎月生活費を渡し、毎日同じように帰宅する。これは充分に「大切にしている」証なのである。「察してナンボ」の女性脳は、「言ってくれればやったのに」というセリフに、想像以上に傷つく。女性脳にとってこの言葉は「察することを放棄する言葉」に聞こえるからである。欧米社会のレディファーストは習慣的債務として男性がしているだけだが、女性は「いつも大切に思ってくれている」と信じている。著者は男性脳には察することを期待するより、明確な債務を与えた方がいいという。
 トリセツ4では、過去の浮気を告白してはいけないとなっている。男性脳の想像を超えて生々しく五感の記憶を解凍してしまい、その臨場感は現在進行中と変わりなくなる。夫が無神経な発言をしたら、過去の同様の発言を一気に想起して、生々しく腹をたてるのと同じである。私の患者さんで、過去に夫が浮気した高齢の女性がいる。夫も今は高齢となっている。ある日、TVで温泉特集を見ていたら、夫が過去に愛人と行ったことをこの奥さんと行ったことと勘違いしてしまった。奥さんは一緒に行った覚えもないので、再びこの場は修羅場となった。過去に夫が充分に謝っているに、今でも収拾がつかなくなっている。女性がキレた時には、「今目の前で起きたこと」のみならず、2人で過ごしてきた人生時間のすべてに渡る壮大な憤りがあることを心してほしいと書いてある。解決方法は、真摯に謝るである。理路整然と自分が正しいことの証明をしないようにと注意書きまでついている。
 男性脳は共感のためではなく、問題解決のために会話をする。女性が身体の不調を訴えた時には、「医者に行ったのか」ではなく、大切なことはまず共感である。共感できない男性脳は、ことばの反復と体験返しが有効だという。ここでは、愚痴の返し方を書いている。「荷物が重くて重くて」には、○「重かっただろうね」×「3人家族でこんなに買ってきてどうするんだ?」、「何でもない段差で転んじゃって、痛いし、恥ずかしいし」には、○「平らな所で転ぶとかえって痛いんだよな、かわいそうに」×「お前ももう老眼だからハイヒールなんかやめたらどうなんだ」等。書き出したらきりがないので、この辺でやめておく。男性脳についても目から鱗のことがたくさん書かれている。婦人公論に特集されていた表面的な現象ばかりに目を奪われても解決にはならない。根本的な男女の違いを理解することが大切である。これから結婚する人もしている人も1度は読んでおくべき本である。売れないホストやもてない男性にもお薦めである。

今週の愛聴盤 31 (130305)

Affinity / Affinity
Affinity / Affinity

 今週は何を取りあげるか迷った。ネタが尽きたわけではない。まだ山ほどLPレコードは残っている。しかし、30〜40年前のアルバムなので、どんな曲だったのか忘れてしまったものがほとんどである。Aから調べようと思って、2枚のAsgardや1枚のArteryのアルバムの中からいい曲がないか1曲1曲チェックした。けっこう手間暇がかかったが、思ったようにいい曲を見つけることができなかった。レコード・プレイヤーのアームをいちいち手で曲の始めに持って行き、針についた埃を取ったりしていたら、CDのようにさっさと簡単にチェックできない。そんなわけで、きょうは思いついたまま、女性ボーカリストを4人紹介しようと思う。
 何の脈絡もないが、Aを調べていたら、Affinityのアルバムがあった。このアルバムはブリティッシュ・ロックの名盤と言われ、なかなか手に入れることができなかった。1970年の発売である。ボーカルはリンダ・ホイールである。YouTubeではAffinity - I Wonder If I Care As Muchで聴ける。次に、スウェーデンの女性歌手である。私が持っているのはCDで、アルバム名はMemories Of A Color - Stina Nordenstam(1992年)である。このアルバム名になっている曲もいいが、ここではStina Nordenstam - Another Story Girlを紹介する。曲が始まるまで30秒ほどかかる。待つのがいやな人は、早送りするか、アルバム・ジャッケトだけの動画の方を見て下さい。
 3人目のアルバムハもCDで、Almaty / Donna Regina(1993年)から1曲紹介する。Donna Reginaはドイツの女性である。私の気に入った曲はまだアップロードされていない。YouTubeでもアップロードされていない曲がけっこうある。今回このアルバム名を調べるのに少し苦労した。自分の持っているCDを調べたらいいが、整理してないので探し出すのが大変である。アマゾンなどで調べてもこのアルバム名はわからなかった。ウォークマンに1曲入れてあったことを思い出して、何とかわかった。ウォークマンとは違う曲であるが、Donna Regina - Dream popで聴ける。最後は、完全なロックである。このLPレコードはあまり知られていない。いくつかのバンドが演奏しているコンピアルバムである。このシリーズは3まで出ている。私の持っているVarious Artists / Earcom 1(1979年)からThe Flowers - After Darkを紹介する。

 

平成25年2月26日(火)

 きのう息子の国公立大2次試験の前期日程が終わった。きょうは面接である。明日から友達と深夜バスを使って東京ディズニーランドに遊びに行く。落ちている可能性が高いので、これからのことは帰ってきてからである。娘は自分で勝手に予備校を決めて行っている。息子も基本的には好きな所に行ったらいいと思う。それでも、どこの予備校がいいのか私も調べていた。私は長野県の田舎から出てきて、京都で1年浪人した。当時は同志社大学近くの近畿予備校に通っていた。記憶が定かではないが、京都府立医大の浪人生の合格者は半分以上はこの予備校で占めていたと思う。今は駿台や河合塾などの大手が進出し、私の時代にあった関西文理学院は廃校となっている。医学専門予備校もあるが、どちらかというと私大医学部向けである。どこに行っても同じで本人次第だと思っていたが、今は予備校選びも大事なようである。
 この前の日曜日は朝早くから映画を見に行った。上映時間は9時40分からである。土曜日の夜に見に行こうと思っていたが、いろいろ用事があって時間がなくなってしまった。題名は「脳男」である。久しぶりの邦画である。どうしてこんなに急いでこの映画を見に行ったのかというと、詳しいことは「今週の愛聴盤30」に書いた。朝1番の上映でも、そこそこ人ははいっていた。評判がいいということは知っていたが、どんな内容かまったく知らなかった。映画では、脳男と脳女?(爆弾女)との闘いを描いている。舞台は爆弾女を追う警察と脳男を鑑定する病院の精神科である。脳男については徐々に明らかにされていくが、爆弾女についてはもうひとつリアリティが伝わらなかった。脳男も爆弾女も精神医学的にはありえない設定である。しかし、ある領域で特殊な能力を発揮する人は確かにいる。映画「レインマン」で出てきた主人公は、ラスベガスのカジノで出てくるカードを全部記憶して大金を得ている。コンピューターのハッカーの中には、流れていく画面を見ながら瞬間的にプログラムのバグを見つけることができる者もいる。同じように、次から次へと変わっていく無数の企業の数字を見ながら、株などの動きを察知できる人もいるだろう。この映画は、単なる爆弾物に終わらず、精神科治療の難しさを正確に伝えていてよかった。私のような精神科医が見ても、楽しめる映画であった。
 こんなに朝早く映画を見に行ったのは、夕方から東山医師会第4斑の新年会を兼ねた班会があったからである。今回の会場は祇園の有名な天ぷら料理店である。これまで私も何回か来ている。ここの天ぷらはしつこくなく本当に美味しい。カウンターを借り切っての会であった。幹事の先生は今年65歳になる。いわゆる団塊の世代の先頭である。この年代になると、まだ医学部より理学部の方が難しかったという。病院勤務の75歳の先生が週40時間働いていると聞いて、別世界に住んでいるような気がした。私はまだ60歳にもなっていないのに、もう人生に疲れてきた。学友会から送られてくる会誌を読んでいたら、医局の教授が4月から病院長に選ばれていた。教授も私より年上であるが、元気である。元幹事の先生には、私が日赤でお世話になっていた時の消化器内科部長のことを聞いた。よく、各省庁の縦割り行政が批判される。この先生は日赤をやめ、大学から舞鶴市の病院再編など府北部の地域医療再生のために派遣されて行った。他大学との医局の対立か病院の設立母体の対立か他に何かあったのか、私はよく知らない。この先生が府や大学の後ろ盾を受けて苦労されたが、結局病院再編はできなかったのである。誰でも簡単に他の業界のことは非難できる。しかし、何かを変えるというのは大変なことだと、実感を持って知った。
 さて、今週読み終えた本である。永野良佑「銀行が超!衰退産業になったワケ」(扶桑社)である。著者は、外資系金融機関や国内不動産ファイナンスでデリバティブを駆使した金融商品の開発に長年従事し、現在は金融アナリストをしている。何のことかよくわからない人も多いと思うが、とにかく金融や証券に詳しいプロの書き手である。最初に銀行の事が書いてあり、読み始めはあまり面白くなかった。第3章の「証券会社の惨状」からは夢中で一気に読んだ。まず、銀行はなぜ儲からないかである。銀行が大企業向けの融資で利益を上げられないのは、大企業が銀行を必要としていないからである。金融の自由化で、優良な企業は今は銀行から借りなくても、株式や社債の発行などで資金が調達できる。メガバンク同士の競争も激しい。中小企業に対しても、貸せると思った先には銀行が殺到して、結局利息で儲けることができない。日本の銀行は減点主義なので、安全そうな所ばかり融資して、中小企業に対する審査のノウハウが蓄積されていない。一時、中小企業向けのリスクを反映して金利水準を変えた「スコアリング融資」が流行ったが、すべて失敗している。日本の銀行の人件費が高いので、中小企業向けの融資は本格的にやろうと思うとどうしても割高になってしまう。
 本来の銀行の仕事である決済、貯金の預かり、融資が儲からない。そこで、銀行の仕事は投資信託の窓口販売で、手数料商売にかわったという。現在、投資信託のほぼ半分が、証券会社経由ではなく、銀行や信用金庫などの金融機関経由で販売されている。銀行はリスクを負うことなく、手数料がはいる。同じ商品を証券会社が株もやったことのないような人に勧めても信用して買ってくれない。ところが、銀行が勧めるリスクの高い金融商品でも安心して買ってくれる。手数料率が極めて高い変額保険や仕組債のことなども素人にわかりやすいように解説している。融資先がないので、銀行の国債の大量保有はよく知られている。日本の銀行の格付けは高いが、今後の大きな懸念材料はこの国債の不良債権化だという。著者は、必ずしも国債暴落論には与しないが、その可能性も否定しているわけではない。私は金融にも地震にもまったく素人だが、ここ50年以内に原発事故を巻き込むような大地震が再び起きることより、国債の暴落の方が可能性が高いのではないかと心配している。
 証券会社のことも書いてある。日本の証券会社は手数料至上主義で、自分ではリスクを取らず、他人にリスクを取らせている。証券会社の他の仕事は法人業務で、特にM&Aが莫大な利益をもたらす。ところが、この業務は外資系の独壇場になっている。どちらかもしくは双方が海外展開して、海外商標をもっていると案件は一気に複雑化する。株主に外国人がいたりすると、各国の法制度や税制についても熟知していなければならない。生命保険会社などの機関投資家業務も外資系が強い。米英では株式の手数料自由化が早かったため、まず価格競争が起こり、次に付加価値競争が起こった。機関投資家が大きな金額で株を売買すると市場が反応してしまうので、インパクトを与えない取引技術などのノウハウを蓄えてきている。もっとも、金融の自由化が遅れたので、日本の銀行はサブプライムローンの破綻から逃れている。日本では、営利企業である会社が互助組織として機能しているという。外資系は自分の頑張りが報酬に反映されやすく、他人の分の給料まで稼ぐ必要がない。証券会社はネット証券の台頭で、将来手数料ビジネスは行き詰まるという。日本では、富裕層向けの金融ビジネスも成り立ちにくい。他にも、サブプライム問題のことが詳しく解説されている。世界中の銀行が大崩壊寸前だったことがわかり、空恐ろしくなった。今でもこの問題は、決して解決されたわけではない。

今週の愛聴盤 30 (130226)

In The Court Of The Crimson King / King Crimson
In The Court Of The Crimson King / King Crimson

 この愛聴盤も30回を迎え、どのバンドを取りあげるか迷っていた。20回目の時にはLacrimosaを特集した。キング・クリムゾンはこの日記でも何回も書いているが、私の1番好きなバンドである。しかし、あまりにも有名過ぎて、あちこちのホームページで取りあげられている。今さら私が何を追加して紹介したらいいのかわからないぐらいであった。ところが、週刊誌を読んでいたら、久しぶりにこのバンドのことが話題になっていた。何と、今上映している映画「脳男」でこのバンドの曲が使われているのである。早速この映画は見に行った。最後の字幕の時に流れてくるのが、このIn The Court Of The Crimson King / King Crimsonのアルバムの最初の曲である「21st Century Schizoid Man」である。どちらかというと癖のある曲である。しかし、最新のいい音響装置で聴くと、意外にも違和感がなかった。
 私が好きなのは、第1期のキング・クリムゾンである。1969年にこのデビューアルバムを出し、1974年にラストアルバムのRed / King Crimsonを出している。この間計7枚のアルバムと2枚のライブアルバムを発表している。私はこの9枚のアルバムを当時LPレコードで何回も聴いた。私はこの9枚を聴くことによって,音楽の聴き方に目覚めた。耳に心地よい音だけが音楽ではないと、初めて知った。それからは、一見雑音のような音の響きの中にも、快感を見いだせるようになった。
 さて、デビューアルバムは44年前である。YouTubeには、これまでのアルバムの曲が山ほどアップロードされている。若い世代の人はほとんど知らないと思うので、聴きやすい曲から紹介していこうと思う。まず、キング・クリムゾンの売りであるメロトロンが幻想的なメロディーを奏でてくれるKing Crimson - Epitaphである。同じアルバムから、ここではKing Crimson - Moonchildを紹介する。次に3枚目のアルバムLizard / King Crimsonからである。聴きやすい曲ばかり選んでしまうが、King Crimson - Lizard (Prince Rupert Awakes)もいい。熱心なクリムゾン・ファンからはあの曲がはいっていないとか、いろいろ言われそうである。きりがないので、最後に私の好きな曲を紹介する。2枚目のアルバムIn the Wake of Poseidon / King Crimsonからである。日本語訳では「ポセイドンの目覚め」となっているが、恥ずかしい誤訳であることは有名である。King Crimson - In the Wake of Poseidonは今聴いても新鮮である。他にもいい曲がたくさんあるので、興味のある人は自分で調べて聴いてみて下さい。

 

平成25年2月19日(火)

 来週の大学受験を前に息子との会話が増えた。上の娘が息子の分まで私に対する反抗期が強かったので、息子は私に対してあまり反抗できていない。同僚や先輩のドクターの話を聞くと、父親に対する息子の反抗期も中途半端ではないようである。私もよく考えてみれば、父親に対してはずっと反抗し続けてきた。娘は真面目過ぎるほどこつこつと勉強するタイプである。息子は最初から「姉ちゃんほど勉強できへんで」と宣言していたぐらいである。私は家にいる時間が少ないので、家に帰ると、いつも息子はサッカーのゲームをしたり、サッカーのケーブルTVを見ているイメージが強かった。最近は部屋にこもっていることも多く、本当に勉強しているのか内心心配であった。「勉強しろ」という言葉は、親の気休めにはなるかもしれないが、実は何の役にも立たない。私は早寝早起きなので、私が床に就いてから居間で録画したケーブルTVを見ているようであった。そこそこの進学校に通っていたが、これまで他の医者の子どものことを聞いてもあまり教えてくれなかった。
 きのうの晩は志望校のことでゆっくりと話ができた。医学部志望はやはり医者の子どもも多いようである。3年生の後半からは自分でもかなり頑張ったという。とにかく死ぬほど勉強をしてきたと聞いて、安心した。現役での合格は無理かもしれないが、勉強をする癖がついていたらまだ何とかなる。浪人したら、もっと成績は伸びるだろう。最近は、孤立したり、引きこもりになったり、登校拒否になったり、非行に走ったりする患者さんの子どもの話をよく聞く。何とか無事に高校が卒業できて、勉強する癖がついていたら、それだけでも感謝しなければならないと思うようになってきた。私の妻は結婚してから1銭も稼いでいない。しかし、私の気づかない所で内助の功があるのかもしれない。時々、子どもの中学受験などで熱くなりすぎて、ヒステリックに子どもに勉強を強制する母親がいる。しかし、これは最初に書いたように内助の功にはならない。現役の時には少し手が届きにくい大学を受験するのも悪くはない。だだ息子には、同じ落ちるのでも、ビリの方で落ちるのは親としてかっこ悪いので、最低真ん中ぐらいで落ちるようにお願いした。
 先週の土曜日は、毎年恒例のある精神病院主催の懇親会があった。今年はもう8回目になる。しっかり覚えていないが、私はこれまで欠かさず出席してきたと思う。外来に通院している患者さんが急に入院が必要になった時には、入院をお願いしている。医局でお世話になった先輩の先生が2人とも院長をしており、後輩の先生も多いので気楽に参加できる。他にも、開業している先生が招待されているので、ふだん会えない先生とも会える。開業していると、同じ精神科の先生と会う機会は少ない。ある程度年齢がいくと、開業医はお互いにあまり利害関係はなくなるので、同じ精神科医同士でリラックスして話せる。毎回懇親会の始めにゲストの先生が30分ほど講演する。今回はある大学の保健センターに勤めている先生が、話をしてくれた。いろいろな企業の産業医をしているので、学生の話より、産業保健や自殺の話がメインであった。学生が死にたいというと、すぐに学生相談室から保健センターにまわしてくるという。一般の人もそうであるが、経験の少ない心理相談員も「死にたい」と言われると、かなりびびるようである。
 私の座ったテーブルは、ほとんど知り合いの先生ばかりであった。開業している何人かの先生に聞いたら、少し患者さんの数が減ってきているという。私の医院はピーク時から比べたら2割ぐらい減っている。東山区の高齢化や近隣の開業も関係している。もしかしたら、好き放題書いているこの日記もよくないかもしれない。それでも、今年の5月には60歳になるので、後輩の先生からは世間では定年だと言われてしまった。確かに、40代や50代前半でこれだけ患者さんが減ったら不安になるだろう。開業している先生が話していたが、私立医学部の6年間の学費は3000万円である。今は私立の学費値下げが話題になっている。しかし、高額の授業料がかかることは間違いない。池田の妹の娘も今は近畿圏の私立医学部に通っている。寄付金のことなど皆なかなか本当のことを言ってくれない。近畿圏でトップクラスの医学部でも、実際にこの位のお金がかかっているようである。私は開業して、息子の学費分ぐらいは蓄えた。あのまま日赤に勤めていたら、絶対に蓄えることができない金額である。息子が国公立の医学部に合格したら、好き放題して残り少ない人生を楽しもうと思う。私は精神科開業医の黄金時代を味わえたので、まだましである。(それでも、デイ・ケアをしていないので、他科と比べたら微々たるものである。) これからの開業は以前と比べたら厳しいと思う。開業を考えている後輩の先生もいたが、しっかりとした先生なので成功は間違いない。
 日曜日は、労災裁判の意見書を書き上げた。何も予定のない朝が1番頭が冴える。ほとんど書き終えていたので、それほど時間がかからず完成した。午後からは、映画「パーカー」を見に行った。私はこういうアクションものの映画が好きである。「ダイハード ラスト・デイ」や「アウトロー」が他の候補である。Movie Walkerの評価を見てこの映画に決めた。料金は1800円である。60歳になったら、シニア料金になって1000円である。うれしいようなうれしくないような複雑な気持ちである。府立植物園もこれまで60歳以上は無料だったとは知らなかった。最近は映画館で、「007 スカイフォール」と「96時間/リベンジ」を見た。「パーカー」より、こちらの方が面白かったかもしれない。「007 スカイフォール」は007の50周年記念作品だったので、さすがによくできていた。「パーカー」も面白かったが、あまり不死身すぎるもよくない。(2回もではルール違反である。) サイボーグではないので、もうちょっとこのあたりにリアリティを出して欲しかった。

今週の愛聴盤 29 (130219)

Neu'75 / Neu!
Neu'75 / Neu!

 今回はスウェーデンのバンドであるRagnarokを紹介するつもりであった。もう1人、同じスウェーデンの女性歌手も入れてまとめる予定であった。ところが、以前にYouTubeで視聴できていた曲が、いつの間にか著作権の関係でわが国では見れなくなっていた。私の愛聴盤4で紹介したフィリップ・グラスの「Koyaanisqatsi - finale」も今では視聴できなくなっている。この著作権の基準がよくわからない。気に入った動画があったら早めにダウンロードしておいた方がいい。中には削除されているのもある。iTuneなどで購入できるものは大丈夫なようである。
 仕方ないので、今回は急遽ドイツのバンドを紹介する。当時は比較的よく知られていたバンドである。同じようなジャケットのアルバムが何枚もある。昔のことなので、最初はどれを紹介したらいいのかよくわからなかった。インターネットで調べてみると、最初のアルバムのNeu! / Neu!(1972)年の「Hallogallo」が高く評価されていた。この曲もYouTubeでは紹介されているので、興味のある人は聴いて下さい。このバンドのメンバーは、私はあまり好きでないクラフトバークにも所属していた。今回紹介するのは、1975年発売の3枚目のアルバムである。まず、このアルバムからNeu! - Heroを紹介する。曲の出来としては、Neu! - Isiも悪くはない。このバンドの中心的メンバーであったクラウス・ディンガーが別のバンドのLa Dusseldorfを作り、VIVA / La Dusseldorf(1978年)のアルバムを出している。私はこのアルバムもLPレコードで持っている。ここからは、La Dusseldorf - White Overallsを紹介する。YouTubeのコメントを読んでいたら、このクラウス・ディンガーは2008年に62歳になる前に亡くなっている。
 これだけで終わってしまったのでは面白くない。最後に、雰囲気の似たあまり知られていないドイツ人の曲を紹介する。このLPレコードはさすがに持っている人は少ないと思う。アルバム名は、Wunderbar / Wolfgang Riechmann(1978年)である。YouTubeでは、Wolfgang Riechmann / Wunderbarで聴ける。

 

平成25年2月12日(火)

 息子が大学の志望校を決めて願書を出した。センター試験で国語ができなかったようで、本番では国語の配点が少ない所を狙う。浪人を覚悟で受験する。父親としては、どこでもいいから国公立大学に合格してくれたらと思う。学生時代は親元を離れて1人暮らしするのも悪くない。まだ現役なので、地方はいやだと強気である。浪人したら1年下の学年と勝負なので、現役の時より勝算は出てくるかもしれない。今年は私立は受けずに1校だけである。実のところ、息子の実力がどのくらいあるのか、正確には把握していない。私立を含め2浪までは覚悟している。私は年齢とともに疲れ気味なので、早く合格を決めて欲しい。
 きのうまで連休であった。相変わらず日、月とゆっくりとしている暇はなかった。前にも書いたように、京都労働局から頼まれていた労災裁判の意見書を書かなければならなかった。今回はいつもとは違い、意見書のたたき台はできあがっていた。このたたき台をもとに、専門的な意見を加え、訂正すべき所は訂正していく。最初から山のような裁判資料と取っ組みあい、1から書いていく必要はない。それほど時間はかからないだろうと思って読み始めたが、これはこれでけっこう手間暇がかかった。
 労災は被災労働者が最初に労働基準監督署に申請する。労災補償課の担当者が調査資料をそろえた後で、精神科医3名で判定会議(部会)が開かれる。判定基準に従って、労災であるかどうかの判定が下される。労災と認められなかった場合(業務外)、納得のいかない被災労働者もいる。いくつかの手続きを経て、最終的には裁判となる。原告(被災労働者)側には弁護士がつき、中には精神科医が原告側の意見書を書くこともある。国(労働局)は被告側となり、裁判の進行に応じて私のような精神科医が新たな反論の意見書を出す。これまで他府県の労災裁判の意見書も書いてきたが、裁判に勝つための司法的な思考回路と精神科医の思考回路が異なり途惑うこともある。精神医学そのものが曖昧な部分があり、「うつとうつ状態はどう違うのか」と司法的な発想で聞かれてもクリアカットに答えることができない。こういう意見を付け加えて欲しいと頼まれても、精神医学的にはそこまでは書けないということもある。
 土曜日の夜は借りてきたDVDを見たり、本を読んでいたので、日曜日の朝はゆっくりと起きた。医院に出てきたのは、午前11時頃である。ここからやり始めたが、なかなかやる気が出てこなかった。たたき台は労災補償課の担当者が書いている。これだけの分量を書くにはかなりの労力が必要である。しかし、精神科医ではないので、どうしてもしっくりこない部分もあった。精神科医は曖昧にしておきたい部分も裁判ではクリアカットに書かなければならない。精神科医がふだんあまり考えていない部分の意見を詳細に求められることもある。こういう意見を求められということは、裁判に勝つため(裁判官を納得させるため)に必要なのだろう。たたき台を読みながら、どういう風に書き直したらいいか考えていた。この日は他にもやることがあったので、大体の目安をつけるぐらいにした。
 土曜日の午後には、いつものように障害年金の診断書や介護保険の意見書などを書いていた。日曜日には、土曜日に書き切れなかった新規の自立支援医療の診断書も書いた。そろそろ確定申告の時期が近づいてきたので、この資料の整理もしなければならなかった。調べてみたら、まだ12月分と1月分の資料を会計事務所に送っていなかった。通帳は2冊持っているが、1冊は1月末までの書き込みができていなかった。仕方ないので、銀行まで行って書き込みをしてきた。これをコピーして、振り込みや支出などの内訳を書き込んでいく。これに合わせて、振込用紙や請求書や領収書などを整理する。頭は使わないが、この作業にはけっこう時間がかかる。何とか仕上げて、この日の内に京都駅の中央郵便局から郵送した。
 さて、きのうの月曜日である。労災の意見書の締め切りは17日の日曜日である。しかし、次の日曜日はゆっくりと休みたいと思ったので、覚悟を決めてこの日に仕上げるつもりであった。朝7時前から医院に出て来て、関係する参考書を並べた。今回はじっくりとたたき台を読んだ。最初は違和感のあった部分も、こういう発想で書いているのかと段々わかってきた。机の周りに資料を並べ、こういう言葉は使っていいのか国際分類のICD−10やDSM-W、参考文献にひとつひとつ当たって調べていく。精神科医としての専門的な意見も書き加えていく。精神医学とは直接関係ない労働災害のことも、インターネットで調べたりした。結局この日は夕方6時頃まで意見書の作成に集中した。それでも、すべては書き切れなかった。後2〜3時間かけたら完成するので、今週中には書き上げるつもりである。他にも他府県の労災裁判の意見書が1件残っている。まだ裁判が進行中で、その結果によって私が追加の意見書を書くかどうかが決まる。私はこの3月には労災医員を引退するので、これからは若い人に頑張って欲しいと思う。
 さて、今週読み終えた本である。適菜収「日本をダメにしたB層の研究」(講談社)である。著者は、早稲田大学で西洋文学を学び、ニーチェを専攻した作家で哲学者である。この本の最初にB層用語辞典が載っており、最後にB層おバカ年表が載っている。私は最初のB層用語辞典を目次かと思って飛ばして読んでいた。この後で、はじめにが出てきて、現在はバカのバカによるバカのための政治が行われており、バカの生活が第一になってしまったと過激なことが書いてある。素人が玄人の仕事に口を出す時代がやってきて、参加してはならない所に参加してくる。自我が肥大した幼児のような大人が、社会の第一線で大きな口を叩くようになってしまい、バカが圧倒的な権力を持つようになったという。B層用語辞典では、「天下り」B層が官僚を批判するポイントのひとつ、「癒やし」簡単に癒やされるのがB層、「官から民へ」玄人から素人へという流れのこと、「真理」ひとつしかないと思い込むのがB層、「地方分権」痴呆に権力を与えること、「民意を問う」政治を放棄することなど、これでもかと断言している。
 この本を1冊読むと、過激ではあるが、納得できる部分も少なくない。ただ、ここまで書いたらまずいだろうという部分もかなりある。例えば、「ブスが痩せてももてるわけがない」等。B層とは、大衆社会の成れの果てに出現した今の時代を象徴するような愚民で、マスコミ報道に流されやすい。バカがバカであることに恥じらいを持たず、素人が素人であることに自信を持ち、圧倒的自信を持って社会の前面に出て行くと指摘している。原発の推進や反対についても、専門家の意見と主婦の不安を同列に扱う世の中は狂っていると述べている。著者は哲学者なので、大衆とB層の違いをオルテガの文章を引用して解説している。B級グルメのことや音楽のことも書いている。私が興味を持ったのは、B層を利用する英会話ビジネスである。「日本人はなぜ英語をしゃべることができないのか? 必要がないからです。」とある。私もこの意見にはまったく賛成である。
 民主党が政権を握ったことについても、子ども手当、高速道路無料化、ガソリン税暫定税率廃止などに買収された自分たちが悪いのに、B層は騙されたと絶対に反省しないと書いている。この本では、B層に媚びを売るB層政治家として、小沢一郎、橋下徹、原口一博をやり玉にあげている。ゲーテの言葉も引用されている。「本物の自由主義者は、自分の使いこなせる手段によって、いつもできる範囲内で、良いことを実行しようとするものだ。しかし、必要悪を、力づくですぐに根絶しようとはしない。彼は、賢明な進歩を通じて、少しずつ社会の欠陥を取り除こうとする。暴力的な方法によって、同時に同量の良いことを駄目にするようなことはしない。」 社会を変えていくには、この方法しかないと私も思う。例えば、古い鉄筋コンクリートでできたビルが立ち並ぶ町を造りかえようと思ったら、地中深く突き刺さった鉄骨(これまでの慣習や伝統、既存の法体制など)を1つ1つ抜いていくしかない。一気に変えようと思って、最初に爆弾を使って大きなビルを吹っ飛ばしたら、大衆は狂喜するかもしれない。しかし、古い建物の中にはまだ住民も住んでいるので、過激な手段を使えるのは最初だけである。
 司法、立法、行政のすべてにおいて大事なことは、専門家、プロ、職人の技術を尊重することで、素人を国家運営に関わらせないことである。法と権力を同じ源泉に求めてはいけないとも述べている。政治家は政策決定において安易に民意には従ってはならない。政治家は有権者の御用聞きではないので、やるべき仕事は議会で議論することだという。この20年間のメデイアの民意礼賛がおかしな政治家を生み出してきたという。政治家の役割は民意の暴走から国家・社会・共同体を守ることだと主張している。そして、今やらなければならないことは、先人の言葉を振り返ることだという。危機に直面したら、先人に問うことである。ここでは、ニーチェの言葉を引用できなかったが、この本には目から鱗のことがたくさん書かれている。

今週の愛聴盤 28 (130212)

Messe en Re Mineur / Wapassou
Messe en Re Mineur / Wapassou

 今回紹介するのはまたフランスのプログレである。ボーカルはほとんどなく、演奏だけである。レコード会社はCryptoレーベルである。今回グーグルで調べてみたら、日本のホームページでもこのレーベルを特集していた。あまり同じ内容になると芸がない。Michel Moulinieのアルバムジャケットを使うか迷ったが、こちらのWapassou - Messe en Re Mineur(1976年)のアルバムジャケットを使うことにした。日本でも発売されており、日本語のタイトルは「ミサ・ニ短調」である。LPレコードでは色鮮やかで、このデザインは、今見ると女性器に見えないこともない。YouTubeでは、フルアルバムで紹介されている。40分近くも聞くわけにいかないので、それぞれの曲にタイトルがついていないか調べてみた。ところが、私の輸入レコードで調べても、1曲1曲タイトルはついていないようである。ジャケットにフランス語で何か書いてあるが、タイトルではないようである。レコードの溝を見ると、分かれているように見えないわけでもない。こうなったら、私がこのアルバムのさわりの部分だけ紹介するしかない。YouYubeでは、Wapassou - Messe en Re Mineurでフルアルバムが聴ける。私はメロディーが次から次へと浮かび上がっては消えていくこの流れが好きである。自分でマウスを使って早送りするしかないが、15分27秒過ぎから11分間は安心して聴ける。聴き流していたら、自分好みのメロディーも出てくるだろう。
 さて、次は同じCryptoレーベルのChrysalide / Michel Moulinie(1978年)である。輸入レコードのジャケットで確認してくるのを忘れたが、1人で演奏しているようである。こちらのアルバムは、入手困難である。YouTubeでは、Michel Moulinie - Les Cordes de la Merで聴ける。この曲が気に入った人は、Michel Moulinie - Le Ballet des Mouchesもいい。
 最後に、Cryptoレーベルではないが、フランスのエレクトロ・コンポーザーを紹介する。アルバムはProcession / Bernard Xolotl & Daniel Kobialka(1993年)である。私の持っているのは輸入レコードで、発売はもうちょっと古いと思っていた。アマゾンで発売日を調べても、再発のCDの発売日だったりして、オリジナルの発売日を調べるのはけっこう大変である。現物のLPレコードを持っていてもわからない時がある。Daniel Kobialkaはバイオリニストである。このアルバムもフルアルバムでしか出ていない。しかし、紹介のコメントには、曲のタイトルと時間が書いてある。このアルバムの1番の聴き所は6分ぐらいしかない。しかし、目を閉じて聴いていたら、宇宙の彼方にきらめく星が見えてくる。まず、Bernard Xolotl & Danel Kobialka - Processionである。2曲目の7分21秒過ぎから始まるMiradorにマウスを合わせる。きらめく星が見えてこなかったら、お代金はお返しである。

 

平成25年2月5日(火)

 先週の土曜日は午前の外来が終わってから、横浜に行った。カメラと写真映像の情報発信イベントであるCP+に参加するためである。事前登録をすると、入場は無料である。ホテルは直前に探したが、安い所が見つからなかった。1泊朝食付きで1万2千円ちょっとである。新幹線はグリーン車を使ったが、新横浜までたった2時間である。ふだん読まない日経新聞を読んで、グリーン車についている雑誌の「WEDGE」を読み、うとうとしていたらもう着いてしまう。あまり早く着きすぎると、ゆっくりとくつろいでいる暇もない。この日は横浜にある日本新聞博物館の「2012年報道写真展」 も見るつもりであった。ところが、外来が遅くなってしまって、開館時間に間に合わなかった。いつもは桜木町のみなとらい側に泊まるが、今回は反対側の野毛に泊まった。ライブハウスがあったり、ストリップ劇場があったり、居心地のいい雰囲気であった。夕食は海鮮炉端の店にはいったが、ここもよかった。横浜に来る機会は、FIFAワールドカップとこのCP+ぐらいである。学会などで来る予定があったら、またこの辺で泊まろうと思った。
 翌日は会場のあるパシフィコ横浜まで歩いて行った。去年も青空が出て、いい天気だった。この日はソニーのデジカメWX100を持って行った。海外旅行では同じソニーの上位機種であるRX100を持って行く。以前はキヤノンのPowerShot S90やパナソニックのLX5などを使っていた。小さなコンパクト・デジカメであるが、今回はこれで充分である。ふだん街中では写真を撮る気にならない。しかし、会場まで海沿いに行けるので、何か面白い物がないか探しながら歩いた。真っ青な空が出ていると、高層ビルも撮り方によっては絵になる。今回のCP+は4日間の開催で、6万2千人を超える参加者があった。私の参加した日曜日は1万5千人ぐらいである。各カメラメーカーのブースや写真関連のブースが並び、写真展も開催している。最新のカメラが展示してあり、モデル嬢を使った試写もできる。
 入場したすぐそばにオリンパスのブースがあった。会場にイス席が並べられ、オリンパスの最新コンデジを使った作品をプロの写真家が解説していた。他のメーカーでも会場が設けられ、いろいろなテーマでミニ講演が行われていた。たまたま関心を持ったのは、テーマが旅で、カメラがコンデジだったからである。デジタル一眼は旅行には大きすぎて重すぎる。最近出たキヤノンのEOS 6Dはフルサイズで最小軽量とうたっている。会場で触ってきたが、やはり持ち運びには不便である。途中からだったので最初の国は忘れてしまったが、2番目はフランスのブルゴーニュで3番目はポルトガルである。3種類のコンデジを3つの国で使い分けて撮ってきている。旅の話が聞け、作品を見ることができるので、ついつい最後まで聞いてしまった。ポルトガルを撮ってきたカメラはまだ発売されていないが、価格.comでは最安値で3万5千円ぐらいであった。暗い場所でも驚くほどきれいであった。会場には1メートル以上に引き延ばされた作品も飾ってあった。講師が話していたように、ここまで撮れるとデジタル一眼はいらないぐらいである。もうすぐ、ソニーのHX30Vの後継機が出ると思うが、倍率が20倍あったら旅のカメラはこれで充分である。
 会場には、ここぞとばかり豪華なカメラを持ち込み、各ブースに立っている案内嬢を撮っている人も多かった。私はコンパクト・デジカメでどこまで撮れるか、試したい方である。去年も書いたが、モデル撮影用のスタジオは、プロの照明係が作っている。撮影条件がいいと、現在1万3〜4千円ぐらいで売られている私のWX100と高級一眼デジカメとどこまで差が出るのか疑問である。普通のパソコンで見る分は、あまり変わらないような気もする。このカメラは10倍のズーム付きである。ソニーのモデル嬢を、かなり離れた場所から超解像ズームを使って顔が画面の3分の2になるぐらいの大きさで撮った。家に帰ってパソコンで見たが、きれいに撮れていた。もんもん写真館の中国・下川島で、最後の屋台の写真もこのカメラで撮っている。もちろん手撮りで、フラッシュも使っていない。帰りには、広場でジャグリングもしていた。観客も含め、ここでも写真を撮った。何と呼ぶのか知らないが、すぐそばには大きなダムのような水路みたいな所がある。今年は光の加減で、階段が1段1段きれいな陰になっている所があり、いい写真が撮れた。高級一眼カメラは自己満足を満たしてくれるが、それにふさわしい被写体を見つけるのが大変である。旅カメラは機動性が1番だと改めて確信して京都に帰ってきた。
 さて、今週読み終えた本である。高橋乗宣、浜矩子「2013年 世界経済総崩れの年になる!」(東洋経済)である。この本の発売は去年の11月で、実際に書かれたのは夏の終わりぐらいだと思う。まず、現在はグローバル化で「ヒト・モノ・カネ」が自由に国境を飛び越えるので、政府や中央銀行が経済に対してできることは限られてしまう。だから、日銀がいくら金融緩和を行って通貨供給量を増やしても、物価が上昇に転じることはないと断言している。ユーロについても、単一通貨の条件を欠く不適格通貨だという。単一通貨圏が成り立つ条件は、その経済圏で地域格差が存在せず、たとえあったとしても中央所得再分配装置の仕組みが作られていることである。金持ちエリアから貧しいエリアにお金を再分配する仕組みである。ユーロはいずれの条件も満たしていない。単一通貨ということで、自国通貨のように価値を下げることも金利を下げることもできない。どうしてこんな不完全な単一通貨ができたかというと、ベルリンの壁が倒れて、欧州各国が大ドイツ共栄圏の出現を恐れたからである。統一ドイツ・マルクが欧州最強通貨の位置づけとならないように、欧州単一通貨圏という枠組みの中に統一ドイツを封じ込めようとした。ドイツも孤立を恐れた。ところが、今はドイツに頼りたくなくても頼らざるをえなくなり、当のドイツも他国の借金の肩代わりをさせられ、怒っている。
 著者によると、崩れゆくユーロ圏外に逃げだそうとする資金が円の大急騰をもたらすという。ユーロ危機はアジア諸国の輸出を減らしているだけではなく、欧州の金融機関が融資してきた大量の資金の回収ももたらしている。人民元は決済通貨や資産保全通貨として存在感を持つには、相当の時間がかかるという。筆者は1ドル50円時代を展望している。日本経済についても書いている。今は大手企業が海外に拠点を移しているので、地場の中小企業に依存する生産体制は崩れている。モノの輸出から輸入を差し引いた貿易収支は赤字であるが、海外への投資から得られた利子や配当などの所得収支は貿易収支赤字額の4倍以上の黒字である。グローバル時代は、モノの輸出より投資で儲ける傾向が強まっていく。日本企業の最優先課題は、いかに海外で儲けるかで、日本の金融政策が及びにくい場所に活路を見いだしている。企業も人もお金もどんどんと国を超えて行くが、国の政策は国境を越えられない。他にも、WTOの「自由、無差別、互恵」を評価し、今後の世界の経済のあり方を模索している。この本を読まなくても、日本の将来を悲観している人は悲観している。後は、世界のリーダーたちがどこまで総崩れの経済をごまかせるかである。現在の円安と株高はどう評価したらいいのかよくわからない。悪い兆候でないことをただ祈るばかりである。

今週の愛聴盤 27 (130205)

Tai Phong / Tai Phong
Tai Phong / Tai Phong

 今回紹介するのはフランスのプログレである。日本でもアルバムが発売されたタイ・フォンである。オリジナルは1975年の発売である。日本語のタイトルは、「恐るべき静寂」である。当時、自殺した中村とうようが編集していた「ニューミュージック・マガジン」にこのレコード評が載っていた。もう40年近く前のことなのではっきり覚えていないが、湯川 れい子だったと思う。すっと何も印象に残らず終わってしまうような音楽と、あまりいい評価をしていなかった。当時、私はこのアルバムに大感動していたので、この評価には困惑と反発を覚えた。今聴いてみると、当時のような大感動は味わえない。どうしてかというと、プログレに特有のキーボードと泣きのギターをその後たくさん聴いてきたからである。それでも、そこはかとない少し甘い音楽は誰にでも聴きやすい。
 まず、大ヒットした曲である。ポップスに近くて、私は個人的にはそれほど好きではない。しかし、タイ・フォンといったら、この曲を逃すわけにはいかない。YouYubeでは、Tai Phong - Sister Janeで聴ける。今回は全部で4曲紹介する。トリは1番最後である。次に、プログレ特有の曲である。これまで、あまりいい音で出ていなかった。最近出た新しい動画を見つけたので、紹介する。Tai Phong - Fields of Goldで聴ける。ここで、私も持っていた別のアルバム、Windows / Tai Phong(1976年)から1曲紹介する。私は、「Sister Jane」よりこの曲の方が好きである。YouTubeではこのフルアルバムが出ているが、この中からこの曲を探すのは大変である。最近、アップロードされたので、紹介する。Tai Phong - Gamesで聴くことができる。最後に、最初のアルバムに戻って、トリである。泣きのギターが思う存分聴ける。しかし、惜しむべきはあまりいい音でないことである。LPレコードからの録音みたいで、スクラッチノイズもはいっている。それでも、これを聴かずにしてタイ・フォンを語るわけにはいかない。Tai Phong - Out of the nightである。CDは安い値段で手に入るので、気に入った人は買っても後悔しないアルバムである。

 

平成25年1月29日(火)

 先週の土曜日は,京都精神科医会が夕方からあった。参加するつもりであったが、成年後見用の鑑定書の資料を整理していたら、あっという間に4時半を超えてしまった。会場も遠く、外も寒かった。私は遅刻して参加するのが嫌いで、この日の出席はあきらめた。覚悟を決めて、できるだけこの日に成年後見用の鑑定書を書くことにした。夕方すぐ近くのスーパーで弁当を買ってきた。近所では食べる所が少なく、外で夕食に時間をかけてしまうと、遅くなってやる気がしなくなる。何とか途中まで書いたが、もうひとつ気分はのらなかった。入院していた病院からは詳細な情報提供書をもらい、感謝している。この日はツタヤで借りてきたDVDを見ていた。「アベンジャーズ」は登場人物が多すぎて、途中で見るのをやめてしまった。映画館で見た「ドライブ」をもう1度最後まで見たが、やはり面白かった。2回見たいと思う映画は少ない。
 この日は医院に泊まった。外来のある月曜日から土曜日までは毎朝5時前には起きて、6時前には医院に出てくる。唯一ゆっくりと遅くまで起きていられるのは、土曜日の夜だけである。しかし、次の日曜日にやらなければならないことが多いと、あまりゆっくりとしていられない。ここでも何回も書いているが、この生活を開業してから10年以上続けている。さすがに最近は疲れてきたので、息子が大学に合格したらこの生活はやめようと思っている。どこでもいいから早く合格してくれないかと思ったりすることもある。日曜日は、残りの成年後見用の鑑定書を最後まで書き上げた。この鑑定書の値段は10万円である。自分の医院に通院している患者さんは5万円である。今回は家庭裁判所からまったく知らない人を頼まれた。日曜日は、他にも1週間の間にたまった新規の診断書などを書き、遅れている会計事務所に送る資料を整理しなければならなかった。受付の人の今月分の給与計算などもあったが、まったくやる気がしなかった。月曜日には、労災裁判に関連した仕事を個人的に頼まれた。いつもとは違い、叩き台ができているので、裁判資料と取っ組み合いをする必要はない。これも、2月17日までに意見書を仕上げなければならない。
 年末のベトナム・中国の旅に行ったときに、飛行機の中でふだん読まない読売新聞を読んでいた。12月28日の日付である。この中に、人生案内というコーナーがあった。わかりやすく言うと、人生相談である。少し前には、朝日新聞の人生相談で、上野千鶴子の回答が話題になっていた。15歳の男子中学生の「性欲が強すぎて、受験勉強に身がはいらない。」という相談に、「経験豊富な熟女に、土下座してでもよいから、やらせてください、とお願いしてみてください」と答えている。「わたしだってもっと若ければ・・・・・」と最後に結んでいたという。体型の崩れた熟女なんかとやったら、外傷体験が強すぎて、その後の性生活に支障をきたすだろう。中学生は誰もオバサンとなんかやりたいとは思っていない。(この文章を書いていて、久しぶりに中学生に戻ったような気分になった。)
 さて、読売新聞の人生相談である。30代後半の男性が、10年近く連れ添った妻から離婚を切り出され、別居している。理由の1つが「あなたは冷たすぎる。人の気持ちが全然わかっていない」で、「悪いところは改めるので、もう1度やり直して欲しい」と伝えたが、取り合ってくれないという。妻の両親や子どもからは好かれている。優しさとは何かと質問している。回答者は作家の高橋秀美で、私は名前はまったく知らなかった。この人の回答が、私も妻に「人の気持ちが全然わかっていない」と四六時中言われ、毎月のように離婚を切り出されている、である。私も毎日謝っていますからあなたも謝って下さい。もちろん許してもらえないと思いますが、許されなくても一緒にいてくれることもありますから。私みたいに、と結んでいる。
 ここでも何度も取りあげているが、男性と女性はまったく別の生き物である。男性は解決志向型で、女性は何も解決しなくても、話を聞いてもらったら満足である。精神科の外来をしていると、女性の本音がわかり、男性と思考様式がまったく違うことに驚く。夫は家族の生活を支えるために一生懸命苦労しているが、その姿は妻には見えない。もちろん、子どもにも見えない。この不況の中で朝から晩まで働いているので、限界に近いほど疲れている。なかなか家に帰ってまで、奥さんの機嫌を取っている余裕はない。
 だいぶ昔に読んだ本に、夫が上司を自宅に招いて食事をしている時に、ふだん妻には見せることのない笑顔を見せ、楽しく話をしていたと、怒っていた妻の話が載っていた。官僚の夫が予算編成で忙しかった時に、妻が風邪をひき、「この忙しい時にうつしてくれるな」と言われ、思いやりがないと怒っている妻の話もあった。妻は夫が常に自分のことを思いやるのが当然だと思っている。夫の方は、苦労して家族の生活を支えているだけでも感謝して欲しいと思っている。それこそ、夫の苦労がまったくわからない妻の方が鈍感である。妻は夫から常に優しく保護されたいと望んでいる。妻は夫に対してそれだけのことをしているか考えてみるのもいい。一方的に求めても無理である。しかし、浮気だけは論外で、読売新聞に出ていたように、ただひたすら妻に謝るしかない。
 女性でも、世代によって考え方は少しずつ変わってきている。専業主婦で逃げ切れる人はそれでいいが、子どもの教育費などでパートに出ざるをえない人も増えてきた。もともと社会適応がよくなく、専業主婦でしか生きられない人は大変である。夫婦で、1人娘だけいる3人家族の場合を考えてみよう。お父さん子の娘もいるが、思春期になると、たいていの娘は異性の父親に対して不潔感を抱いたりする。疲れた顔をして帰ってくる父親をうざいと思ったりする。母親は同姓として、食べ物やファッションなど娘と共通の話題が多くなる。母親と娘がつるんで買い物に出かけたり、家でも2人で仲良く話をしていると、父親は話題にはいれず、段々とのけ者にされていく。不機嫌な顔をしていたら、妻と娘からますますうっとうしがられる。父親としては、妻から1番嫌われる「誰のおかげで生活できているんだ」と言いたくもなる。こういう場合は、妻は家族の中で夫が孤立しないように、気を使わなければならない。これからの時代は、こういう家庭で何の自覚もなく育った娘は永遠に結婚できないだろう。結婚しても、夫に無理難題を言って離婚するのが関の山である。
 まだ、仕事面では男女平等とは言えず、男性の方が優遇されている。昔は、働きたくても働けない女性も多かった。私は仕事でも家事でも、男女平等になる社会が必要だと思っている。女性も男性と同じように働き、男性も女性と同じように家事もしたらいいと思う。これからは、もっと便利な社会になるので、家事にかかる時間はどんどんと減っていくだろう。育児だけはある程度女性に負担がかかるので、その時には男性が女性の分まで働いたらいい。専業主婦は家庭にこもるので、どうしてもストレスを発散できず、夫に対する不満をためやすい。同じ専業主婦でも、社会適応のいい人(対人関係の上手な人)は、それなりにストレスを発散できる。専業主婦には専業主婦なりの苦労があるのも理解できる。今はセックスレスの夫婦も多くなり、昔のようにセックスだけでは結婚の売り物にならない。生活力のない女性は、ますます専業主婦という永久就職から遠ざかっていく。これからの時代は、昔は、夫を朝から晩まで働かせ、自分は育児と家事だけに専念したらいい専業主婦という特権階級があったと、語り継がれていくかもしれない。夫婦で一心同体もありえない。うちはそうだと主張する夫がいたとしたら、それはただ単に妻が我慢して夫に合わせていることに気づかないだけである。これからの夫婦は、それぞれが自立し、緩やかな結びつきで協力していくのが理想と姿となるだろう。

今週の愛聴盤 26 (130129)

Casablanca Moon / Slapp Happy
Casablanca Moon / Slapp Happy

 きょうは女性ボーカリストである。プログレ(プログレシブ・ロック)のジャンルの中には、カンタベリー系というジャンルがある。英国のカンタベリーで生まれたバンドで、代表的なものにはソフト・マシーン、ヘンリー・カウ、ゴングなどがある。ソフト・マシーンはジャズ・ロックに近く、ヘンリー・カウなどは変拍子など即興的な要素も多い。余りにも複雑すぎて、実験的になりやすいと、独りよがりに聞こえて楽しめない。私はこのあたりの音楽もよく聴いている。しかし、それほど熱心なファンではない。さて、このカンタベリー系の中の代表的な女性ボーカリストがダクマー・クラウゼである。ヘンリー・カウ、スラップ・ハッピー、アート・ベアーズなどを経て、ソロアルバムも何枚か出している。私はCDのソロアルバムの他、当時出たこれらのバンドのLPレコードを何枚も持っている。このアルバムは1974年の発売である。
 今回YouTubeを調べてみたら、当時の珍しいヘンリー・カウのライブもあった。メンバーの名前をあまり覚えていなかったが、後に活躍する有名どころのアーチストばかりで改めて驚いた。まず、比較的聴きやすいSlapp Happy - Casablanca Moonである。次に、私の持っているCDのソロアルバムからである。アマゾンで調べてみたら、Supply & Demand / Dagmar Kurause(1986年)の中古CDが9千円以上で売られていた。ブレヒト、クルト・ワイルなどの曲を歌っている。私の持っているもう1枚のCD、Tank Battles / Dagmar Kurause(1988年)も4千円近くする。このアルバムはハンス・アイスラーの曲ばかりを取りあげている。ここでは、Supply & DemandのアルバムからDagmar Krause - Moritat (Ballade von Mackie Messer)を紹介する。
 ダクマー・クラウゼについては、いろいろなホームページで紹介されている。きょうはついでにあまり知られていない女性ボーカリストも取りあげる。カンタベリー系とは関係なく、ギリシア系アメリカ人である。私の持っているLPレコードは1982年の発売で、YouTubeに出てくるジャケットのデザインとは違う。デビューアルバムで、アルバム名はThe Litanies of Satan / Diamanda Galasである。私の持っているのはこのアルバムだけである。YouTubeでは、Diamanda Galas - Wild Woman with Steak Knivesで聴ける。他にいい曲がないか調べたが、この叫び声以外はなかなか魅力的な曲が見つからなかった。ピアノの引き語りの「My World is Empty Without You」も悪いことはないが、感動するほどでもない。もっとディアマンダ・アマンダの魅力を伝える曲はないかと思ったら、何とか見つけることができた。画像は悪いが、音は悪くはない。出だしはもうひとつであるが、1分を超えてから俄然よくなる。Diamanda Galas & John Paul Jones - Skotoseme (live 1994)で聴ける。

 

平成25年1月22日(火)

 この前の木曜日は成年後見用の鑑定書を書くために、ある施設に診察に行っていた。家族は仕事があるので、冬の間はショートステイを長めに利用していた。この成年後見用の鑑定書は早く書かなければならなかった。しかし、いつものように延び延びになっていた。締め切りは1月25日(金)である。こういう場合は、役所は土日が休みなので、27日(日)までに書いたらいいと勝手に解釈している。実際に、書類書きなどは外来がない日曜日にほとんどやっている。労災裁判の意見書などややこしい書類でも、締め切りまで日曜日や祝日が何回あるかで計算している。成年後見用の鑑定書では、これまでにかかっていた病院に早く情報提供を求めなければならない。  先週の日曜日は、朝9時頃から医院に出て来て、夕方6時過ぎまで書類を書いていた。今月中に書かなければならない継続の自立支援医療の診断書や障害者手帳の診断書を書いていた。今週中に溜まっていた新規の診断書もあった。他にも、いろいろとやらなければならない雑用もあった。患者さんが持ってきた新規の障害者手帳用の診断書を見ていたら、いつの間にか様式が変わっていた。これまでの継続の患者さんについては、古い様式の診断書に新たに追加になった項目を書き込むようにした。京都市のホームページでは、まだ確認していないが、この新しい様式で書き込めるようになっているのかも知れない。
 以前に他府県のホームページを利用したことがあるが、すごく書き込みにくかったことがある。今回も自分でA3用の診断書をA4の2枚に切り、1枚1枚PDFで取り込こんだ。その後で、それぞれの項目に書き込めるように、ソフトを使って加工した。最後に、A4で2枚に書き込んだ診断書を、コンビニに行ってA3用紙にコピーする。このひな形の診断書を作るのにけっこう時間がかかった。1度作ったら、次回からは楽である。ところが、切り分けた2枚目の診断書を印刷すると、左側の部分が少し欠けて印刷されてしまう。どうやって右側にずらしたらいいのかよくわからない。次回、新規の患者さんが来たら、京都市のホームページをのぞいてみようと思う。
 高3の息子がセンター試験が終わり、ピリピリしている。思うように、試験で力を発揮できなかったようである。私は1浪で医学部に入学したが、浪人の時には生きるか死ぬかぐらい精神的に追い込まれた。息子には、医学部の浪人は2浪までで、他の学部は1浪までと伝えている。特に大きな設備投資をしているわけでもないので、私の医院を継ぐ必要はない。私が引退するまでには、近くで開業しようという若い人も出てくる。仕事柄、大勢の患者さんの人生を見てきているので、私は医学部にこだわらない。医学部でなかったら、そこそこの大学に入学できるだろう。どうしても医学部に行きたいと言うなら、親として私立に行くための学費も用意しなければならない。実は医者という仕事はまったくグローバルな仕事ではなく、ドメスティックな仕事である。特に精神科は超ドメスティックである。世界で活躍している医者もいるが、大半の医者は国内の患者さんを診察している。日本の医師免許も海外ではほとんど通用しない。日本の医療保険制度が崩壊し、海外に脱出しようとしても、海外ではただの人である。いざとなったら、理系の技術の方が役に立つ。
 さて、今週読み終えた本である。佐藤智恵「外資系の流儀」(新潮新書)である。著者は東大を出て、NHKのディレクターをし、その後コロンビア大学でMBAを取得。ボストンコンサルティンググループ(BCG)など外資系企業に10年勤めている。この本では、投資銀行(ゴールドマン・サックス等)、金融機関(クレジットカード会社、商業銀行等)、経営コンサルティング会社(BCG、マッキンゼー・アンド・カンパニー)、IT企業(グーグル、アップル、マイクロソフト等)、多種多様な外資系企業の社員や元社員にインタビューしている。東大の法学部や経済学部では、ゴールドマン・サックスとマッキンゼーが人気で、その理由は合格者も少ないからである。官僚になる人は以前とは違い、トップクラスではなく、2番手である。優秀なトップクラスは外資系企業に行ってしまうのである。
 先週東京に行ったときに、もう1冊本を買ってきた。「図解 だれにも簡単にわかる! 官僚と霞が関のしくみ」(総合図書)である。私は田舎の高校出なので、周囲に官僚などいなかった。これまで何十冊と本を読んできて、政治家と官僚の関係など全体像を掴んできた。この本ではそのしくみがわかりやすくまとめられている。それでも、内容は官僚批判の立場である。どうしてこれまで明らかにならなかったのかというと、官僚が黒子に徹し、自分たちの仕事のことを語らなかったからである。法案を通すのは国民から選ばれた政治家なので、政治家のご機嫌を損ねないように徹底的に気を使ってきた。うっかり政治家の悪口を言って、自分の勤めていた関係省庁に迷惑をかけたらいけないと自重していたのかもしれない。
 私はこの本についてはまだほとんど目を通していない。「10 官僚の収入と住宅事情を徹底調査」を読むと、安すぎる公務員宿舎と批判している。前から書いているように、こんな都心に住めるのは高級官僚だけである。若い官僚は埼玉県など遠く離れたボロ官舎に住んでいる。こんな批判をしながら、キャリア官僚の給料は、意外にも民間の大手銀行やシンクタンク等に比べると圧倒的に低く、生涯賃金は民間企業の同世代の3分の1程度と言われていると述べている。残業量や転勤頻度、勤務環境の面でも不満を抱えやすいとも書いている。天下りが根絶できない理由とも書いているが、今の若い人は天下りができるかどうかもわからない50歳まで安い給料で滅私奉公で働く気はない。(優秀な人ほど、キャリアアップのための経験ぐらいに考え、早期にやめていくかもしれない。)激務ではないが、刑務所や保健所などで働く医者がいなくなっているのと同じである。今はまだ2番手がキャリア官僚になってくれているが、そのうち3番手、4番手でもキャリア官僚になる人はいなくなるだろう。どこの国でもそうであるが、国の中枢に優秀な人を集めるには何らかのインセンティブが必要である。民間に優秀な人が行って国を活性化したらいいという考え方もある。しかし、外交や防衛など国の中枢の仕事を民間に任せるわけにはいかない。民間からの登用も、優秀な人ほど高給を得ているので、兼業が禁止され、給与が大幅に下げられ、激務と責任だけ重くなる官僚には絶対に応募しないだろう。
 話がそれてしまったが、今や日本のトップクラスを引きつける外資系企業である。外資系企業の日本法人に入社するには、新卒採用、中途採用、派遣・契約社員からの正社員の登用がある。経営コンサルティング会社や投資銀行、IT企業企業など大手グローバル企業は新卒採用をして自分の会社に合った社員を育成する。しかし、多くの企業は中途採用で、即戦力を求め、入社初日から成果を上げる人が求められている。幹部クラスの求人はヘッドハンター(俗語で、正式にはエグゼクティブリクルーターという)が活躍する。役員クラス以上は世界五大ファームと言われるヘッドハンティング会社の日本支社に集中している。特殊な報酬体系で、中には1件当たり3000万円も支払われることもある。日本企業では若い内から事業の責任者になっている商社の社員の評価が高いという。
 採用基準についても書かれており、デブは論外で、ハゲは問題なしなどと書かれている。私が1番興味深かったのは、経営であえいでいる歯科医にとっても朗報となることである。何かというと、アメリカ人の歯並びに対するこだわりである。ここではJALの乗客乗務員だった人の話が書かれている。ファーストクラスでワインを乗客に持って行った時に、八重歯を見て、「そんな貧乏人が持ってくるワインなんか飲めない」と言われ、その後のサービスをいっさい拒否されている。ハリウッドのプロデューサーが最初にチェックするのは歯並びで、歯並びの悪い人からオーディションに落ちていく。アメリカでは、歯並びの悪い人は自己管理のできない人、親の愛を受けないで育った人だと見られやすい。だから、借金をしても歯列矯正をするという。これからはグローバル社会になるので、歯並びの悪い人は中学生の間に矯正すべきである。大人になってからでは、遅すぎてうまいこと矯正できなくなる。どの会社も重要視しているのが、「一緒に働きたい人か」でいわゆるカルチャ・フィットである。
 ここでは他にも興味深いことがたくさん書かれている。外国人はヒマに見られることを極端に恐れるという。上司は深夜残業する部下には厳しいが、朝早く出社する社員には優しいとか、外資系企業で成功するためには、極限状態で長時間働ける強靱な体力と精神力が必要であるとか、上司の権限は絶対で、日本以上に上下関係は厳しく、夜中のメールでもすぐに返信するなど「こび、へつらい」は必須である。外資系企業の日本法人は、本社は外国にあるので、地方支店みたいな扱いである。植民地の悲哀を味わいながらも、勤めてよかったことは、グローバル企業の醍醐味と成果主義を挙げる人が多い。金儲けに貢献した人が評価されるシンプルな仕組みである。外資系企業の日本支社長の給料は平均して4000万〜5000万円だという。グローバル化時代を迎え、日本企業も外資系企業に勤めた経験のある人を求めている。狭い日本を飛び出して、世界を目指している人は1度は読んでおくべき本である。

今週の愛聴盤 25 (130122)

May Blitz / May Blitz
May Blitz / May Blitz

 きょうは気分を変えて、ハードロックである。ディープパープルやレッドツェッペリンなど、数多くのバンドをこれまで聴いてきた。きょう紹介するのは、それほど有名なバンドではない。しかし、なかなか味のある演奏をしていて、私のお気に入りである。アメリカのバンドかと思ったら、イギリスのバンドであった。1970年の発売である。YouTubeでは、May Blitz - Smoking The Day Awayで聴ける。
 同じ1970年に発売されたアルバムの中では、Live Album / Grand Funk Railroadが私にとっては衝撃的であった。私はこの中の「Are You Ready」が好きである。この曲だけではなく、アルバムすべてが聴き所満載である。グランド・ファンク・レイルロードはこの初期の若さ溢れるギンギンの演奏が今聴いても魅力的である。YouTubeではフルアルバムもアップロードされている。しかし、音があまりよくない気もする。この頃の演奏だと思うが、ライブもアップロードされていた。ここではGrand Funk Live - T.N.U.C.を紹介する。

 

平成25年1月15日(火)

 先週の土曜日は午前の外来が終わってから新幹線で東京に行った。13日の日曜日に品川で精神保健指定医の研修会があった。5年に1度の更新である。大阪でも主催しているが、日曜日とは限らず、日付も合わなかったりする。前回も東京で受講した。土曜日は品川で降りて、そのまま恵比須の東京都写真美術館に寄った。1人で東京に出てきてもあまりやることがない。東京スカイツリーもわざわざ見に行くほどでもない。年をとってくると、ガールズバーやキャバクラ、ラウンジ、クラブ、風俗などにも関心がなくなってくる。海外に出かけていると、女の人に3千円以上かける気がしなくなる。最近は欲しい物もなくなってきて困っている。2月3日(土)には、横浜で開催されるカメラと写真の総合展示会「CP+」に行こうと思っている。特にお目当てのカメラがあるわけではないが、この雰囲気は好きである。カメラとしては、現在使っているソニーのRX100で充分である。
 東京都写真美術館では、写真展として「この世界とわたしのどこか」と「記録は可能か。」を見てきた。「この世界とわたしのどこか」で1番目を引いたのは、菊池智子の中国である。今パンフレットを読んでいて、女性のカメラマンの作品だと初めて知った。作品は中国のトランスジェンダーやドラッグクイーンを扱っている。いわゆる日本のニューハーフに当たる。彼らの故郷の古い建物の中や都会での暮らしを撮影している。私は個人的にはこういう世界にはまったく興味はない。しかし、被写体としてはすごく絵になる。写真は学会における症例報告みたいなもので、早い者勝ちである。中国ではこれからもこういう世界を描く作品はたくさん出てくると思う。しかし、最初に撮られた写真が1番印象に残り、引用もされる。「記録は可能か。」では、成田闘争や学生運動などの映像が流されていた。これはこれで、それなりに楽しめた。家で写真集を見るのと、写真展で見るのではやはり印象が違う。
 写真美術館に併設のミュージアム・ショップで、新書版の大きさぐらいの小林紀晴「写真と生活」(リブロアルテ)を買った。他にも興味のある本があったが、かさばるので買うのは控えた。こういう所では衝動買いしてしまうので、本の題名だけ覚えた。しばらくしても興味が残っているようならアマゾンで注文する。帰りには、いつものように近くのビアステーションに寄って、ビールを飲んだ。ジョッキを2杯空けたらすぐ眠くなった。泊まったのは、五反田のビジネス・ホテルである。1泊朝食付きで8400円である。駅から近かったが、細い路地にあり、すぐにはたどり着けなかった。ハノイで泊まったホテルの方が簡単に見つけることができたぐらいである。昔は東京に出てきた時には、必ずいくつかの輸入盤のレコード屋に寄った。今は暇があると、本屋である。新幹線の中で滅多に読まない日経新聞を読んでいたら、適菜収「日本をダメにしたB層の研究」(講談社)の広告が載っていた。面白そうだったので、本屋で見つけてこの本も買った。
 次の日は、朝9時から午後5時半までずっと1日研修会である。参加者は400人を超えていた。精神保健指定医とは、学会の資格ではなく国の資格である。この資格のおかげで、判断能力のない患者さんを強制的に拘束したり入院させることができる。ある一定の条件の下で、刑法の監禁罪や暴行罪から逃れることができる。うっかり更新を忘れて強制入院させたりすると、この刑法に触れてしまう。うつ病を含む精神障害の患者さんは平成11年の204万人から320万人に増えている。この間、精神病床は33万床余りであまり変わりはない。これまでの4大疾病に精神疾患が加わり、現在5大疾病になった。このせいかどうか知らないが、日本医師会の副会長が挨拶に来ていた。内容は「精神障害者の人権と法」など弁護士の話も聞けて面白かった。最後の事例研修のパネル・ディスカッションはもう少しパンチが欲しかった。想像を絶する患者さんを抱えて、どこの医療機関も大変である。精神科医だけにしわ寄せしてもらっても困るので、みんなで平等にしわ寄せするのがいい。
 きのうの成人の日は、夕方から東山医師会の新年会があった。東山医師会の会長も4月から交代する。次期会長から新しい府医師会の仕事を頼まれた。私の隣の席には、同じ斑の90歳になる女医さんが座っていた。さすがに、家族が同伴していた。それでも、まだ外来は週5日続けているという。同じ斑の先生とテーブルは一緒であった。毎年年末年始の休みは夫婦でカリブ海のクルージングに行っている先生もいる。
 さて、私の年末年始の旅行の続きである。12月31日は朝ホテルを出て、ハノイに向かった。来た時と逆のコースをたどって国境を越える。中国の浦寨(プーツァイ)から国境のある友誼関を経て、ベトナム側のドンダンに行く。ドンダンのターミナルでは、たまたま客を送ってきたタクシーを拾うことができた。ハノイまで行くミニバスがたくさん出ているランソンまで行き、ここでミニバスに乗り換える。ハノイまでは10万ドンで、約420円である。このバスは途中で休憩を取ったりするので、4時間近くかかった。ハノイに着いて降ろされたが、大きなバスターミナルではなく、普通の通りである。ハノイのどのあたりにいるのかさっぱりわからなかった。私は今回の旅行では中越国境を越えることだけ考えていたので、ホテルも何も決めていなかった。とりあえず、ハノイ駅に行くことにした。そばにいたバイクタクシーに乗ることにした。値段はミニバスと同じ10万ドンである。バイクに乗ったら風が冷たくて仕方ない。ハノイ駅では暖かくて広い待合室があり、ここでどこに行ったらいいか地図を広げた。私は勘違いをしていて、この日は日曜日だと思っていた。地球の歩き方に載っていた大きな旅行代理店は閉まっている。この日のホテルとハロン湾ツアーの申し込みをするため、ハノイ観光局が運営するツーリストインフォメーションに行くことにした。バイクタクシーで運賃は5万ドンである。
 このインフォメーションセンターはホアンキエム湖のそばにあり、この辺りは外国人が大勢滞在している。大晦日の日なので、ホテルが見つかるか心配したが、近くですぐに見つけることができた。1泊50ドルで、朝食付きである。木の湯船が置いてあり、久しぶりに暖かいお風呂につかることができた。中越国境越えではほとんどお金は使っていなかったので、ハロン湾ツアーは少し豪華な物にしたかった。ハロンまでバスで片道3時間ぐらいで、湾のクルージングは4時間である。1日のツアーでもハノイからだと10時間を超える。ホテルまで迎えに来て、1人で大体60ドルである。ところが、その上のツアーはいきなり300ドルである。結局、ここでは220ドルのツアーを組んでもらった。
 ふだんは英語を話す機会はないので、最初はなかなか思うように話せない。ツアーの交渉をしている内に、完全に英語脳に変わった。医者でもビジネスマンでもみんなふだんは仕事が忙しいので、なかなか英語の勉強をしている暇はない。私はここ何十年とCNNのニュースを見るようにしてきた。しかし、数年以上中断していることが何回もある。平成13年5月に開業してからは、毎日30分は見るようにしている。きょうみたいにこの日記を書いている時には見ている暇はない。この12年間近くの間で、大体半分ぐらいは見ている。眠くて、途中で寝てしまうこともある。本当は英語の読み書きや会話の勉強もしたらいい。しかし、忙しいのでこれがせいいっぱいである。これだけでもいざとなったら思っていることは何でもしゃべれるようになる。聞き取りに困ることは全くない。この日はバイクタクシーを捕まえて、夕食を鍋物のキチ・キチにとりに行き、ナイトマーケットもやっているドンスアン市場にも行った。
 翌日は朝8時にタクシーが迎えに来た。私1人専用で、運転手とガイド付きである。もったいない気もしたが、クルージングが終わってからは、直接ハノイのノイバイ国際空港に運んでもらう。翌日の0時20分発の関空行きに乗って日本に帰ってくる。ガイドは27歳の男性で、英語は完璧である。留学したことはなく、海外旅行もしたことがない。このガイドからは直接ベトナムのことをいろいろ聞くことができた。ベトナムは中国とは違い、2人っ子政策である。ついつい共産党の国だということを忘れがちであるが、やはり体制に対する批判は御法度である。共産党幹部の汚職もはびこっている。今は経済成長期にあるので、あまり大衆の不満はないようである。こんなベトナムでも、独身が増えて晩婚化がすすんでいるという。みんな忙しくて、結婚している暇がない。農村部と都市部の問題など、私が聞いたことは要点をとらえてすぐに答えを返してくる。同じ日本の若者より、世界を見据え、よっぽどしっかりとしている。帰る時には、英語のアンケート用紙にガイドの評価を書く欄もあった。ハロン湾のリピーターは少ないようである。それでも、世界中から観光客が集まってくる。京都は「日本のおもてなし」を売り物にしている。しかし、今や世界はどこでも観光に力を入れている。丁寧で優しくて、親切である。よほど差別化をしないと、勝ち残れない。リピーターが少なくても、印象がよければ、口コミで広がっていく。
 ハロン湾のクルーズについては、もんもん写真館にアップロードした。船内はこんな感じである。昼食付きで、ビールもついていた。料理もおいしかった。私の席には、フランスのパリから観光に訪れていたベトナム人家族が座っていた。以前はラオスに住んでいたという。ハロン湾は1度は訪れてみる価値はある。冬の間はあまり青空が出ることはない。夏は雨期になり、台風も来て、やはり青空に巡り合うのは難しいようである。もんもん写真館では、今回の旅行以外の中国の中山や私の故郷である飯山の写真も載せた。横浜のみなとらいでもそうであるが、私はあまりきれいな夜景は撮る気にならない。マカオのカジノの夜景もきれいであるが、誰でも撮れる観光写真はあまり載せたくない。中山は孫文の故郷でまだ日本人はあまり訪れていないので、今回載せることにした。いつも医院に閉じこもっているが、こういう1人旅もたまにはいい。ふだん使うことのない肉体や脳の部分が刺激され、その人の持っている判断力、決断力、リスク・マネジメントなど持てる能力のすべてが試される。やはり最低限の中国語は必要である。ゴールデン・ウィークまでには何とか勉強しようと思う。

今週の愛聴盤 24 (130115)

Mirage / Klaus Schulze
Mirage / Klaus Schulze

 京都駅近くのマンションにはLPレコードが山ほど置いてある。何枚あるのか正確に数えたことはない。もう30年も前のレコードが多いので、どんな曲だったが思い出せないアルバムもある。今年1月1日の私の愛聴盤で、ブライアン・イーノの曲を紹介した。この時に、私のもっているLPレコードの中からぜひ紹介したい曲があった。しかし、アルバムの後半にはいっていて、うまいことYouTubeで見つけることができなかった。今回何とか見つけたので、2曲追加した。
 さて、きょう紹介するのは、タンジェリン・ドリームなどに在籍していたクラウス・シュルツェの作品である。これまでにシンセサイザー・ミュージックのアルバムをたくさん出している。人それぞれ好みもあるが、私の1番好きな曲を紹介する。長い曲であるが、Klaus Schulze - Crystal Lakeで最後まで聴くことができる。1977年の作品である。
 きょうは、以前から探していた別のアーチストの曲も紹介する。私の愛聴盤で紹介したカンに在籍していたこともあるホルガー・シューカイ(チューカイ)である。この人もたくさんのアルバムを出しているが、私は特別詳しいわけではない。しかし、私が持っているLPレコードの中で、今でも私の大好きな曲がある。これまで、YouTubeでは曲の一部しか紹介されてこなかった。去年の11月に、このLPレコードCanaxis / Holger Czukayのフルアルバムがアップロードされた。この中の最初の曲は、ベトナム戦争が激しかった時に、遠くベトナムから流れてくるラジオの曲に、シューカイがシンセサイザーなどとミックスして作った言われていた。1969年の作品である。Holger Czukay - Boat Woman SongはこのフルアルバムHolger Czukay - Canaxisの最初の17分間で聴ける。久しぶりに聴いたら、やはり大感動であった。

 

平成25年1月8日(火)

 去年の暮れに車のミラーを破損した。私の丹波橋の家は敷地面積が82.16uで、25坪にも満たない。駐車場には普通車しか停められず、一昔前のマークUクラスの車は無理である。車を停める部分だけはルーフを付けている。バックで入れる時に、この側柱に左側のミラーをぶつけてしまった。夜なので辺りは暗く、特に何も確認もしなかった。朝は5時半過ぎには家を出るので、まだ真っ暗である。電動ミラーは正常に動くので、何も気にしていなかった。ところが、往診の時にミラーを見てみたら、プラスチックの部分がかなり破損して欠けていた。自宅に帰ってから、駐車場に落ちているプラスチックの破片をかき集めた。大きな2つの破片を瞬間接着剤でくっつけたが、小さな破片は解けないパズルようであきらめた。この車は12年目で、右の電動ミラーは完全に開かない時がよくある。そういう時には窓を開き、手で補助をして開けている。電動なので、手動では無理である。車はそろそろ買い換えの時期である。しかし、息子はまだ高3で今年受験である。行く学部にもよるが、最長2浪ぐらいは覚悟している。息子が大学に合格し、授業料や生活費(1人暮らし)のめどが付いてから買い換えようと思っている。行く大学によって、ヴィッツになるかフェラーリになるかまだわからない。
 この年末・年始は旅行をしていたので、あまり本や映画は見ている暇はなかった。旅行中は、ウォークマンZに入れた映画を見ていた。「探偵はBARにいる」である。この映画は本当に面白かった。ストーリー的に無理な部分もないわけでないが、久しぶりに楽しめた日本映画であった。医院で見たレンタルDVDでは、「アニマル・キングダム」がよかった。いろいろ借りて見たりしているが、中途半端な作品が多い。最後まで何となく見れるが、面白いような面白くないような時間つぶしの映画が多すぎる。私は今年巳年なので、京都府医師会や東山医師会から年始の会報の原稿依頼があった。何でもそうであるが、大きな仕事は断れても、身近な町内会の役員は断れない。この前の日曜日は東山医師会の原稿を書いていた。旅行では写真もたくさん撮ってきたので、ホームページ用に整理していた。また近いうちに、もんもん写真館で公開しようと思う。
 さて、この前の続きである。今度の旅行では、ヒートテックの下着を念のために持って行った。なるべく荷物は減らしたいので、下半身用だけである。それほど困ることはなかったが、上半身用があったら完璧である。半袖のシャツも用意したが、まったく使わなかった。2日目の12月29日はホテルでモーニングを取った。宿泊費32ドルの中に含まれている。中国人やベトナム人が多く、欧米人は2人いただけである。チェックアウトする前に、ランソンの町を歩いてみた。ホテルの近くに大きなバスターミナルがあった。帰りはここからハノイまでバスに乗る。ドンキン市場まで歩いて行ったが、写真としてあまり面白そうな被写体には出会わなかった。
 チェックアウトした後は、ホテルの前に停まっていたタクシーでベトナム側の国境の町であるドンダンまで行った。値段は10万ドンである。ベトナム式に0を3つ省略したら100ドンで、1ドンは4.2円になる。20〜30分で大きな国境のターミナルに着く。ここで1車両5列ぐらいのカートに乗り換えて、ベトナム側の出入国管理事務所まで行く。料金は1万ドンでベトナム式で10ドンになる。ここで出国手続きをし、今度は中国側の管理事務所に行って入国手続きをする。今は日本人のベトナムの入出国はパスポートだけでいい。入国カードなど余計な書類は何もいらない。あまり混んでいなかったので、どちらの手続きもスムーズに終わった。一昔前だったら難癖をつけられてワイロを要求されていたかもしれない。今は安心して通過できる。
 中国側の国境は友誼関になる。観光客が写真を撮っていたりして、何の緊張感もない。中国側の国境もターミナルになっていて、タクシーなどが待っていた。ここから凭祥(ピンシャン)まではタクシーで30元というのはすでに調べていた。(1元が13円弱の時に両替していた)「いくら」というのは中国語で言えても、数字が聞き取れないのであまり意味がない。結局、紙に書いてもらうことになる。私は100円ショップで買った使い捨てのメモ用紙を持って行った。タクシーの運転手などはみんな携帯電話で数字を示す。凭祥と書いたメモを見せ、30元で行くことになった。私は凭祥の中に浦寨(プーツァイ)という地区があるかと思っていたら、まったく別であった。凭祥は中国の地方都市と同じで、広くて大きい。豪華なホテルが何軒も建っている。荒くれた国境の町とは雰囲気が違う。結局タクシーの運転手にはバス停で降ろしてもらった。ここからバスで2元で浦寨まで行ける。30分ほどかかって、目的地の国境の町である浦寨に着いた。
 前回の日記でも書いたように、あるホームページでは中越三大エロ国境の1つで、銃などの凶器が売られていると紹介されていた。バス停を降りたら、大きなトラックの操車場があり、最初の雰囲気はそんな感じであった。私はすぐにカメラを出して、町の写真を撮った。初めは警戒していたが、そのうちまったく危険がないことに気がついた。たむろしていた5人の男たちから自分たちの写真を撮ってくれと頼まれたぐらいである。結論から言うと、まったく人畜無害な安全な町であった。こちらもわざわざハノイから国境を越えてやってきたので、せめて機関銃をぶっぱなして歓迎するとか何かして欲しかった。三大エロ国境というなら、半裸の乙女が出てきてタイやヒラメの舞い踊りもして欲しかった。この日は天候も悪く、寒かった。ヒートテックの下着を着込んできて正解であった。
 ホテルはどこにするか迷った。国境の町なので、大きなトラックの操車場があちこちにある。操車場の近くにあるホテルはトラックの音がうるさそうである。結局バス停から近いホテルを選んだ。道路に面したシングルルームで100元であった。この部屋は町の写真を撮るには便利であった。暖房はよく効いたが、シャワーのお湯はぬるかった。ベッド灯もついていたので、夜にはゆっくり本も読めた。ここで1泊し、凭祥で1泊するか迷った。結局ここで2泊した。適度な広さの町で、端から端まで歩いて行ける。ホテルにチェックインしたのは、午後2時過ぎである。こういう時には、自分の持って行った物で軽く昼食をとる。私は中国を旅行する時には、必ずドリップコーヒーと砂糖を持って行く。長いことキーコーヒーなどを飲んでいた。患者さんからもらったブルックスのドリップコーヒーも飲んでみたが、前から比べたら随分と美味しくなっていた。中国ではどんな安宿でも湯沸かし器は置いてある。ベトナムはベトナムコーヒーがあるので不自由しないかもしれない。
 他にも、固形のカロリーメイトも持っていく。食事が取れない時や安宿で食堂がない時には朝食代わりになる。この日記でも何回も書いているが、京都第一赤十字病院に勤めていた時には、外来を朝8時45分から始め、夕方5時まで終わらなかった。この間、休み時間はトイレに1回行くぐらいである。外来が終わった後は、病棟から山ほど患者さんの対診依頼があった。当時は今と違って、本格的に救急をしている病院は少なかった。清水の舞台から飛び降りたとか、手首をナタで切断したとか、すさまじい患者さんも多かった。外来が終わってから、昼食代わりに数分でカロリーメイトを食べ、すぐに病棟の診察に行っていた。私は看護学校の入試の面接委員もしていた。午後1時半から始まるので、その日の外来の患者さんは制限していた。それでも53人全員診察して、遅れずに参加したこともある。私は几帳面な性格なので、カルテは最低4〜5行は書く。
 この日は雨が降り出し、持って行った折りたたみ式の傘を使った。町の中を歩きながら、写真を何枚も撮った。この国境の町は、荷物を載せた大型トラックの中継点になっていた。中には、大型の車輪が横に6個並び、列車のようなコンテナを載せているトラックもあった。検問所みたいな所があり、ここを通って出て行く。木製の家具を扱う大きな市場もあり、観光客も買いにきていた。町のあちこちにトラックの運転手を相手にしたホテルや食べ物屋があり、空き地で座って食べている人もいた。荷物の集配には人がいる。トラックが着くと大勢の人が群がっていた。私はいつの間にかトラックマニアになり、トラック運転手の写真もたくさん撮った。大感動とはいかないが、絵になる写真も撮れた。
 港でもそうであるが、こういう国境の町では、トラック運転手を相手にした赤線地帯の置屋街ができる。町の真ん中に通りがあり、何件も置屋が並んでいる。シャッターを使っているのか、ドアはなくすべて開け放しである。1つの置屋に3〜5人の20代前半の女の子が通りに向かって座っている。寒いので、みんな着込み、丸い大きな遠赤外線温熱器が照明がわりとなってた。同じ建物の2階に案内されるようである。古今亭志ん朝の落語でもよく出てくるが、昔の吉原と同じである。私の旅は何でも見てやろう聞いてやろうなので、値段を聞いてみた。日本円で700〜800円ぐらいであった。いくら安くても、わざわざ日本からこのために来る価値はない。奥の方は見せてもらえなかった。こういう所はシーツを毎回交換しているとは思えない。ここの写真は撮りたかったが、さすがにカメラは取り出せなかった。次の日にここの通りだけは何とか撮ることはできた。また、もんもん写真館で紹介しようと思う。この通りでは雨が降っているにもかかわらず、テントを上に張り、ビリヤードをやっている人が大勢いた。
 夕食は屋台に行き、エビや魚や肉を注文し、適当に料理してもらった。大瓶のビールも注文した。雨が降っているので、ここもテントが張ってあり、冷たい風が吹き込んでいた。エビと魚料理はおいしかった。肉料理はもっとシンプルな味の方がよかった。全部で81元で、日本円にすると1050円であった。ホテルでは、YouTubeを見たりして、ゆっくりとしていた。
 翌日は、朝食用に市場でバナナ3本と子どものこぶし大のミニマンゴーを3つ買った。全部で3.5元(45円)であった。昼食もおいしい食堂を見つけた。自分でおかずを選べ、全部で10元であった。この日は雨が晴れ上がり、陽がさすこともあった。町のあちこちに行き、写真を撮った。置屋街にも行ってみたが、昼間から女の子が座っていた。長距離トラックの運転手は夜中も運転しているので、時間は関係ないかもしれない。刺繍をしている女の子も多く、見慣れない光景であった。この日の午後はバス停から2元で凭祥まで出てみた。町中を歩いてみたが、あまりにも大きな地方都市なので、写真を撮りたいと思う被写体も見つからなかった。もうちょっと事前に調べておくべきであった。ここでは、次の日の朝食用のパンを買った。夕方5時過ぎに帰りのバスに乗ろうとしたら、なかなかバスが来ない。こんなに早い時間なのにもうバスが走っていない。仕方ないので、そばに停まっていたミニバスに乗って帰ることにした。料金は5元である。ここでも途中で客を乗せては降ろしていた。夜は別の屋台で湖南料理を楽しんだ.。値段は前日とあまりかわらない85元であった。(この続きは来週にします)
 もんもん写真館のベトナム、中国、日本を更新しました。(1月10日)

今週の愛聴盤 23 (130108)

Orchestral Manoeuvres In The Dark  / Orchestral Manoeuvres In The Dark
Orchestral Manoeuvres In The Dark / Orchestral Manoeuvres In The Dark

 きょうは日記に書く時間を取られてしまって、ゆっくりと今週の愛聴盤を考えている暇はなかった。このアルバムは1980年に発売された英国のエレクトロ・ミュージックである。LPレコードのジャケットにはこの模様で穴があいている。まず、このアルバムにはいっているOrchestral Manoeuvres In The Dark - Electricityである。久しぶりに聴いたら、適度なポップス性があり、新鮮であった。このバンドの代表的な曲をもう1曲紹介する。YouTubeではOrchestral Manoeuvres In The Dark - Enola Gayで聴ける。エノラ・ゲイとは、広島に原爆を落とした爆撃機の名前である。
 Orchestral Manoeuvres In The Dark(OMD)とはまったく関係ないが、広島で思い出したバンドがある。ベルリンのバンドで、1982年にマキシ・シングルのレコードを出している。このレコードは私も持っている。題名はそのものずばりでHiroshimaである。ここでついでに紹介しておく。なかなか曲が始まらず、1分を過ぎるまで待たなければならない。Borsig - Hiroshimaで聴ける。

 

平成25年1月1日(火)

 この日記は1月2日(水)に書いている。実は、きょうの朝ベトナムのハノイから帰ってきた。この正月休みは12月28日から1月3日までの1週間である。12月27日は今年最後の外来であった。木曜日なので、外来は午前中だけである。年末の旅行は混むので、ハノイ行きの往復航空券は8月にすでに取っていた。中国との国境越えかハロン湾に行くか、もっと南の方まで行くか何も決めていなかった。最近は年のせいか、寒いと遠くまで出かけるのが億劫になる。ぎりぎりまでキャンセルしようかと迷っていたぐらいである。ばたばた忙しかったので、この最後の外来の日まで何も決めていなかった。外来が終わってから、あわててどこに行くか調べていた。8月に予約した時には、ベトナム・中国の国境越えを考えていた。28日の関空発の朝10時半のベトナム航空で出発し、帰りはきょう(2日)の夜中の0時20分発である。今回は予定時間より短く、帰りの搭乗時間は4時間ぐらいであった。2時間の時差があるので、関空には朝6時半前には着いた。
 今回の旅行は、丸々5日間あった。とりあえず、最初に考えていた国境越えに決めた。帰って来れなかったら困るので、どうやって国境越えをしたらいいのかインターネットで調べていた。目的地は中国の凭祥(ピンシャン)である。中国側(南寧駅)から鉄道を使って、中越国境超えを試みる人の方が多いようである。この凭祥については、中越三大エロ国境の1つで、違法な武器、凶器を半ば公然と販売する市場が複数あると紹介している記事もあった。この国境の町のにぎわいの裏手で、若い店員が後ろから近づいて来て、麻薬、催淫剤、銃、手榴弾、催涙弾などを買わないかと持ちかけてくるとも書いてある。私は今回ここを訪れてわかったが、この記事で紹介しているのは浦寨(プーツァイ)のことであった。凭祥と浦寨はバスで20〜30分離れている。私の旅は、まず生きて帰ってくること。次に、外来に間に合うように帰ってくること。この2つが守れたら、基本的には何があっても気にしない。
 1日目は、現地時間で午後2時半頃にハノイに到着する。ここでハノイに1泊していたら、時間がなくなる。まず、市内に出てバス・ターミナルから北部の町であるランソンまで行くバスを見つけなければならない。片道3時間ぐらいである。ランソンまで来たら、中国への国境越えは間近である。ハノイ市内にはいくつかのバス・ターミナルがある。しかし、地図を見ていても空港からの位置関係がよくわからない。簡単なベトナム語も必要である。この日記でも書いたが、以前に京都でベトナム人からベトナム語を教えてもらったことがある。ベトナム語は発音が難しく、中国語の五声に対し六声ある。英語のノーにあたる「コン(ホン)」の発音がどうやってもできなかった。簡単な発音記号の読み方のこつと数字などを書いたノートを作っていたが、いくら探しても見つからなかった。結局、この日は国境越えのことを調べ、持って行く荷物を用意するだけで精一杯であった。服装もどうしたらいいのか、よくわからなかった。結局準備不足のまま、28日には出発することになった。
 ハノイ行きの飛行機は思ったより小さかった。中央の通路をはさんで座席は両側に3席しかない。乗客のほとんどが日本人の団体客であった。私はいつも通路側に座る。奥の老夫婦は昼食時に缶ビールを6本も開けていた。空港には、現地時間の午後2時過ぎには着いた。気温は17℃である。とりあえず、空港でベトナム・ドンに両替をしないといけない。1円が237.59ドンであった。最初はどの位両替したらいいのかわかりにくい。他のツアー客の現地ガイドが2万円ぐらいにしたらいいと言っていたので、私も2万円にした。全部で4,751,800ドンになる。空港のタクシー運転手に市内までの料金を聞くと、380,000ドンだという。もう1人の運転手は350,000ドンにディスカウントするという。数字が大きすぎて、日本円でいくらになるのかとっさに計算できなかった。今回は日本円だけではなく、米ドルも中国元も持って行った。とりあえず、17ドルで市内のバス・ターミナルに行くことになった。空港のタクシー運転手でもまったく英語は通じなかった。
 やっとタクシーで空港を出たが、しばらくすると細い路地に入って行った。どうなるかと思ったら、私は別のタクシー運転手に同じ17ドルで売られた。この別のタクシーに乗り代えて、また目的地に向かった。この運転手もまったく英語は通じない。私は紙に書いたバス・ターミナルを見せ、ランソンと言っていたので、また別の所に連れて行かれた。地球の歩き方にも書いてあったが、料金のトラブルには警戒はしていた。着いた所はどう見ても、目的地のバス・ターミナルとは違う。ふつうの通りに、1台のミニ・バスが停まっているだけである。そばにいた男が300ドンと書いてきた。300ドンでは日本円にしたら2円にもならない。意味もわからず、タクシーの運転手には17ドル払った。私は今度はこのミニバスに300ドンで売られた。しばらくすると、何人かの現地の人が乗り込んできて、バスは出発した。
 途中、何人もの乗客を乗せていく。ガードレールみたいな所にも人が待っており、次から次へと乗り込んでくる。ミニ・バスは運転席も入れて、5列である。次から次へと詰め込み、3人座りの座席に4人詰め込まれた。前の座席との間も狭く、どうしても足を開かないと座りにくい。私は荷物を後ろの荷物置き場に置くのが不安で、中に持ち込んだ。余計に足の置き場がなくなった。それでも、途中で降りていく人もいる。ちょっとでも楽な姿勢がとれるように頭を座席にもたれさせていた。ところが、場所によってはかなり揺れ、たださえ薄くなりかけている髪の毛と座席がこすれる。これはまずいと思って首をあげると、疲れてくる。途中、停車されて、警察の取り調べがあった。明らかに定員オーバーで、運転手は車の後ろでワイロを渡しているようであった。こんな小さなミニ・バスで途中何回も停車したりしているので、4〜5時間ぐらいは覚悟していた。しかし、3時間ほどで着いた。乗客が次から次へと降りていくので、ベトナム語でホテルのことを何と言うのかあわてて調べた。車の中は真っ暗である。何とか懐中電灯を取りだし、単語を見つけることができた。料金を集めに来たときに、300ドンの意味がわからず、適当にお札を渡したら、10万ドンの札を見せてきた。300ドンというのは30万ドンのことで、000を省略して言う。帰りのミニ・バスは10万ドンであったので、3倍の値段で売られたことになる。ちなみに、計算方法は1000ドンで4.2円である。行きは30万ドンで約1200円かかったことになる。それでも、地球の歩き方に載っていた中級ホテルまで連れて行ってくれた。到着時間は午後7時前であった。
 このホテルは1泊32ドルであった。さすがに、英語だけは通じた。バイクタクシーで町に出てみたが、寒くて凍えそうであった。部屋の中は暖房が効いていて快適であった。外の売店でハノイビールを40円ぐらいで買った。この日はこの缶ビールを飲んでおとなしく寝た。断酒は18日の最高記録を打ち立て、前日の27日でストップしている。(来週に続く)

今週の愛聴盤 22 (130101)

No New York / Various Artists
No New York / Various Artists

 このアルバムはあまりにも有名である。ブライアン・イーノがニューヨークのパンクシーンから4つのバンドを選んでプロデュースしている。1979年の発売である。この4つのバンドの中で1番衝撃的だったのは、ジェイムズ・チャンスが率いるコントーションズであった。YouTubeではJames Chance & The Contortions - Dish It Outで聴ける。曲の出来としては、このアルバムの中にははいっていないが、James Chance - Contort Yourselfの方がいい。他にも、Teenage Jesus And the Jerksの曲もはいっている。私はこのバンドのボーカリストであったリディア・ランチのアルバムQueen Of Siam / Lydia Lunch(1980年)も好きである。下着姿のリディア・ランチの姿なんか見たくないが、これしかないので紹介する。Lydia Lunch - Gloomy Sundayで聴ける。LPレコードのA面すべてがこんなもの憂いけだるい感じで進んで、最後は誰にでも聞きやすいLydia Lunch - Spookyで終わる。
 さて、最後はこのアルバムをプロデュースしたブライアン・イーノである。私はロキシー・ミュージックにいた頃から知り、私の好きなキング・クリムゾンのロバート・フリップとEvening Star / Fripp & Enoなどのアルバムも出している。私は何枚かのアルバムを持っているが、私が好きだった曲を見つけた。どのアルバムにはいっていたか忘れてしまったが、Brian Eno - By This Riverで聴ける。当時、イーノのLPレコードの中では、Another Green World / Brian Eno(1975年)が1番好きであった。この中から、Brian Eno - Becalmedを紹介する。イーノはその後アンビエント・ミュージックなど何枚もアルバムを発表している。私の1番大好きな曲は、このアルバムの中にはいっているBrian Eno - Spirits Driftingである。

 


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