トップページ心の健康相談もんもん質問箱 もんもん読書録もんもん日記もんもん写真館もんもん博士紹介

もんもん日記

ここではもんもん博士の日々のエピソードや思いついたことなどを日記でご紹介します。
平成29年
NEW7月〜12月の日記NEW
1月〜6月の日記
平成28年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成27年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成26年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成25年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成24年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成23年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成22年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成21年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成20年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成19年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成18年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成17年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成16年
7月〜12月の日記
1月〜6月の日記
平成15年
7月〜12月の日記
6月までの日記

平成22年12月28日(火)

  この前の日曜日は、自宅のパソコンを新しいのに換えていた。私は自宅での滞在時間が少ないこともあり、ほとんどパソコンは使っていない。娘と息子がウォークマンの音楽を管理したり、インターネットを見たりするぐらいである。1台のパソコンで3人の管理者になっているので、それぞれの管理者で新たにメールアドレスなどを設定し直さなければならない。大したデータは入っていないが、一応再現されないように完全抹消も必要である。自宅のパソコンは古いXPで、前から調子が悪かった。実は2年ほど前に新しいXPのパソコンを買ってあったが、時間がなくてそのままほったらかしにしていた。クリスマスのプレゼントに息子にiPodを買ってやることにしたので、この際一新することにした。娘には、いつもデパートの商品券を渡している。娘は家内に現金に換えてもらって、10代向けの店で買い物をしているようである。
 液晶ディスプレーと古いパソコンをつないでいるケーブルをはずす時に、うまいことはずれず、ねじが折れてしまった。ディスプレーからもはずしたが、ケーブルは狭い組み立て式の支柱の中を通している。ところが、いくら力を入れても、この支柱のふたがはずれなかった。このケーブルはもう使えないので、ケーブルの途中で切ってそのまま抜き出そうとした。ところが、火花が飛び散り、一瞬何事が起こったかと思った。間違えてディスプレーにつながっている電源コードをハサミで切ってしまったのである。2本とも全く同じ色をしているので、区別がつかなかった。それにしても、金属製のハサミでよく感電しなかったと思う。コンセントからコードを抜く時にはおっかなびっくりであった。
 こんなことで、医院に置いてあった古い電源コードをわざわざまた取りに行ったりしていた。新しいパソコンに電源を入れたらすぐに動くかと思ったら、今度は25桁のプロダクト・キーの入力を要求された。ところが、貼ってあるラベルに小さい字でびっしり書き込まれ、ルーペを使っても読み取りにくい。何回打ち込んでもエラーが出て、そのたびにまた25桁のプロダクト・キーをルーペと懐中電灯で確認した。初めはパソコンの初期不良かと思ったぐらいである。結局、最終的には2箇所間違って書き写していた。2箇所目の間違いは、自分でもいやになるほどわかりにくかった。
 昼は息子とヨドバシカメラまで行き、iPodを買った。少し前に梅田のヨドバシカメラに寄ったが、ここは相変わらず混んでいた。京都はそれほど混んでいなかったが、最上階のレストラン街は昼食時でいっぱいであった。食事はいつものように息子の好きなラーメンを食べた。まだお歳暮を送っていなかったので、伊勢丹にも寄りたかったが、すぐに帰ってまたパソコンの調整をした。iPodはパソコンがないと何も使えないので、アプリも私のクレジット・カードで買えるように設定した。他にもウィルス対策ソフトなど必要なソフトを入れていたら、夕方までかかってしまった。この日に年賀状を書き終えるつもりであったが、結局1枚も書けなかった。
 きょうの朝も6時から出てきたが、この日記と年賀状はまだである。お歳暮はきのう外来の合間に伊勢丹まで出かけたが、23日で終わっていた。仕方ないので、商品券を送ることにした。私は医院に着くと、すぐパジャマに着替える。外来の時にはさすがにパジャマでやるわけにはいかないので、ネクタイを締めて白衣を着る。日中でも日曜日でも、外来の時以外はすべてパジャマである。時々、宅配便などが届けに来るが、この時は急いでパジャマから普段着に替える。印鑑だけ押したら、すぐにまたパジャマに戻る。自宅でも、ずっとパジャマである。パジャマは身体に負担がかからず、リラックスできていい。
 休みの日でも医院にいると、患者さんからよく電話がかかってくる。私は居留守は使わないので、いつでも必ず出る。電話なので、今の所パジャマのまま出ても支障はない。しかし、将来である。そのうちTV電話が普及すると思うので、どうするかである。さすがに、パジャマのままTV電話には出にくい。結局私が考えたのは、観光地などにある記念撮影用のパネルである。浦島太郎などの姿をした人形やパネルが置いてあって、首だけのせて写真を撮るやつである。TV電話のカメラの前に、ネクタイを締めた白衣のパネルを置き、その上に首をのせて患者さんと話したら、何も問題はないだろう。これなら、パジャマを着ていてもいつでもすぐに対応できる。最近、髪の毛が薄くなってきたので、ついでにふさふさとした髪の毛の顔のパネルを作ってもいい。真ん中の部分をくりぬいて、額からアゴの部分だけ出したら、より見栄えがよくなるかもしれない。
 きょうは午後からタイのクラビに行く。プーケットはもう何回も行ったので、クラビからピピ島に渡るつもりである。息子にはiPodを買い、娘には商品券を渡し、家内には夏と冬にウン十万円のボーナスを渡している。多数派工作はしているので、年末に私1人で海外に出かけても大丈夫である。家内は、生命保険が満額出る60歳までに、ついでに飛行機が落ちてくれたらと願っているかもしれない。娘は大学受験なので、息子を誘ったが、南の島は断られた。今回もんもん写真館にマカオ、ロサンゼルス、ラスベガスの写真を載せたが、都会での写真はどうしても観光写真になってしまう。津波が来ないことを祈って、南の島の写真を思う存分撮ってこようと思う。南の島が好きなのは、ビールがうまく、サンダルとTシャツでいられるからである。次の旅行は前々から書いているように、中国である。海外旅行はなるべく気楽な服装で出かけるのがいい。しかし、中国では一部の地域と季節を除いて、サンダルとTシャツは無理である。ここは中国の伝統を重んじ、最初から最後までパジャマ姿で旅行するのもいいかもしれない。

〈もんもん写真館の更新をしました〉

平成22年12月21日(火)

 今年も残り少なくなってきた。相変わらす、今月中に書かなければならない自立支援医療や障害者手帳、障害年金の診断書が山ほど残っている。23日の天皇誕生日にはすべて書き上げ、26日の日曜日は年賀状を書き上げるつもりである。きょうはこの日記を書き終えてから、20日締めの事務員の給与計算をし、年末調整のために税理士事務所に資料を早く送らなければならない。午後は往診に行って帰ってきた所で、いつもと同じようにあまり余裕のない生活を送っている。先週は来年の4月からの新たな仕事を2件頼まれた。1件は同じ東山区にできる特別養護老人ホームの定期的な診察である。以前に行っていた紫野の特別養護老人ホームと違って場所的には近いが、時間的には余裕がない。こういう仕事は一旦引き受けると、やめる時が大変である。なかなか交代してくれる医者が見つからない。私はもう50代も半ばを過ぎ、段々と60歳に近づいている。少しずつ、自分の医院の仕事以外の仕事は減らしていきたい。もう1件は、東山医師会の会長からであった。前の会長の時には、介護認定審査会は今回で終わりという約束であった。ところが、新しい会長に、代わりにやる人がいないので、また続けて欲しいと頼まれた。私はこの仕事はもう3期6年やっている。他の東山医師会の仕事はするので、代えて欲しいと伝えた。しかし、まだどうなるかわからない。改めて東山医師会の会員名簿を見てみたら、みんな医師会の仕事をいくつも引き受けている。若い人にやらせたらいいと思ったが、東山医師会は医者も高齢化し、私はまだ若い方である。精神科医なので、引き受けられそうな仕事も限られてくる。他の医師会と比べ、会員数も少ないので、この東山医師会の仕事だけはいくつになっても逃れられそうにない。
 さて、きょうはあまり書くことがないので、以前に読み終えた本も加えて紹介したい。まず、きょうの朝読み終えた本である。齋藤孝「偉人たちのブレイクスルー勉強法」(文芸春秋)である。副題には、ドラッカーから村上春樹までとついている。私はちょっとしたことですぐにめげやすいので、この類の啓蒙書は好きである。こういう本を読んで、自分も頑張らなければと思う。さて、この本は自分に適した勉強スタイルを持つために、オリジナル勉強術を確立した偉人達を紹介している。私は、20〜30代の時の失敗は「石の上にも三年」ではなく、「石の上にも十年」で取り戻せると思っている。しかし、60歳も近づいてきたので、若い人のようにビジネスや生活のための勉強はあまり必要はない。この手の本は自分がやりたい勉強の意欲を失わないための元気づけと、自分がこれまでやってきた勉強法の反省に役立つ。最初に出てくるドラッカーは95歳でも、毎年新しいテーマを見つけて、3ヶ月、3年と期限を区切り、計画的に勉強を続けていたという。常に勉強欲を失わなかったというが、私も見習いたいと思う。
 本田宗一郎の「押しかけ学習法」が次に紹介されている。問題を解決するためにその道のプロのもとへ押しかけて行ったという。私は若い頃は人見知りをし(今でもあまり変わりないが)、人に物事を頼むのは大の苦手であった。しかし、「石の上にも十年」で、いざとなったら頭を下げて教えを乞うことができるようになった。必要なら、相手がいやがっても、断られても、5回でも10回でも頭を下げて頼むことはできる。これができない人は本当の苦労をまだ味わっていないと思う。スティーヴン・キングの「外界シャットアウト術」では、目標を定めたら、達成するまで書斎のドアは開けないと覚悟を決める。世界と上手に隔絶すると書いてある。毎週この日記だけは書き上げなければならないので、スケールは小さいが私も外界とは隔絶して書いている。実際に頭で考えながら文章を書くということは大事である。頭で考えていることと実際に言語化して文章にすることは別である。最後の方で、同じ作家の村上春樹の「頭脳のためのフィジカル強化」が出てくる。私は村上春樹の小説はほとんど読んでいないが、体力維持と体重のキープのためにマラソンを続けているという。頭脳労働と考えられている営為も、実は肉体的なものに支えられていると書かれている。三島由紀夫が座右の銘としていた、藤原定家の「歌道の極意は身養生にあり」に通じるのかもしれない。
 他にも、吉田松陰の「教え合い学習法」や福沢諭吉の適塾式「切磋琢磨」勉強術、渋沢栄一の「マイ古典」勉強術など、名前は聞いたことがあるが、あまり詳しいことは知らなかった偉人の簡単な生い立ちも知ることができる。この本の中で特に印象に残ったのは、シャネルの生い立ちである。孤児院で育ったということはまったく知らなかった。それまでのファッションの常識をくつがえし、皆殺しの天使と呼ばれていたという。シャネルの根本には、規則正しい生活と孤独の中で自分をみつめる精神があったという。「私の最上の友は本である。ラジオが嘘つき箱とすれば、本は宝物だ」と語っているのもいい。木田元の「丸暗記語学」もよかった。丸暗記のテクニックとは、「ただしつこく繰り返すだけ」と書いている。著者が最後に書いているが、鉄板テキスト周回学習法も参考になる。これぞ鉄板といわれているような問題集を、5回、10回と繰り返し解くと、わかるからできるにかわるという。坂口安吾は私の好きな作家であるが、インド哲学科に入って、神経衰弱になったという。ひたすら辞書を引きまくって、フランス語、ラテン語、サンスクリット語などの勉強に没頭することによって、病気を克服したという。こういう本は偉人達の上澄みだけをすくいあげ、表面的に読んでわかったような気にさせるだけの浅薄な本だと非難する人もいるかもしれない。しかし、勉強欲を持ち上げるには役に立つ本である。こういう本を読むと、その人にあった勉強のスタイルが必要なことはわかる。それでも、根底にあるのは絶え間ない努力である。絶え間ない努力を欠いて、要領よく物事を解決しようなんてどだい無理である。
 さて、最後に少し前に読んだ本もついでに紹介する。吉田友和「サンデートラベラー」(角川文庫)である。羽田空港の国際化で、気楽に週末に海外に出かけることも可能になってきた。私はカンボジアにはよく出かけたが、金曜日の夕診が終わってから、深夜便で出かけて深夜便で帰ってくることが多かった。この本では、異国の空気を吸って、気持ちをリフレッシュさせれば、生活に張りが生まれると書いてある。私は毎日朝から晩まで患者さんの話を聞き続けていると、段々と煮詰まってくる。束の間の現実逃避であるが、とにかく日本から脱出して、日本人のいない所に行きたくなる。さすがに年齢とともに、深夜便で行って深夜便で帰ってくるのは、辛くなってきた。これまで避けてきた中国を旅したいが、この本では「観光地に出向くと、現地で交流することになる中国人たちと不条理な文化的摩擦に心をすり減らしたりもする」と書いてある。中国嫌いの日本人が7割以上いるので、旅行をしていても日本人にはあまり会わずにすみそうである。私が意識的に海外に出ようとするのは、ほとんど医院に籠もっている生活の反動で、バランスを保つために実際に肉体を動かしてみる行動が必要だからである。

平成22年12月14日(火)

 きょうは昨日と打って変わって、朝は暖かかった。自転車通勤はなかなかできなくて、最近は京阪で通っている。土日だけは車で、外来が終わってから医院の前に停めている。毎朝5時前には起きて、ふだんは丹波橋から5時47分発の電車に乗る。家を出るのは、その8分ぐらい前である。きのうは朝刊が休みだったので、朝やることがなく、5時36分発の電車に乗った。ふだんの電車はがらがらであるが、5時36分発の電車では大勢の人が降りてきた。近鉄に乗り換える人のようで、みんな朝早くから頑張っている。最近は、医院に着いたら、何はともあれCNNである。朝5時から録画した放送を30分見るようにしている。昼食後だと、見ながら途中でうとうとしてしまうこともあるし、朝1番だと、昼から用事があっても見逃すことはない。私の患者さんで、TOEICを1回で900点以上取り、英検1級も1発で合格した人がいる。勉強法は毎日30分英文を声に出して何回も読むことと話していた。私は英字新聞のジャパン・タイムズのウィークリー版を取っているが、ほとんど読む暇もなく捨てている。この患者さんに言わせると、1つの記事を丸暗記するぐらい何回も何回も声に出して読むことが大事だという。私の医院は防音室も作っているので、遠慮なく大声を出して勉強することもできる。しかし、CNNの30分を見たら勉強した気になってなかなかそれ以上やる気が起こらない。中国語の勉強もしたいが、これもできていない。アルクの通信教育を調べて見たら、1日の勉強時間は60分〜90分となっており、週6日間それだけの時間をかけるのは無理である。
 この前の土曜日は、大学の医局の忘年会に当たる同門会の講演会があった。内容は、医局に属している先生方の研究発表などである。この時に、綾部市民病院にいた先生がこの11月末に亡くなったことを初めて知った。私の後輩にあたり、最近は年賀状を交わすぐらいであった。私は国立福知山病院(現福知山市民病院)に2年間勤めたこともあるので、この先生とはよく話をしていた。大分昔の話であるが、子どもさんが小さい頃に、私の8mmビデオを貸したこともある。仕事もやめてこの1年間闘病生活をしていたなんて、まったく知らなかった。ご冥福をお祈りします。昭和54年に大学を卒業して精神科に入局したのは、私と今明石市民病院に勤めている同級生の2人だけである。この講演会も途中で抜け出して、ホテルのラウンジでお互いの近況を報告しあっていた。それにしても、ホテルのコーヒーはいつも高いと思う。カフェオーレが900円で、カプチーノは1000円である。私が手取りで同級生の倍以上稼いでいると思うので、私が支払いをした。
 講演会の後はいつものように懇親会である。吹田済生会病院をやめて開業した後輩の先生とも話をしたが、経営的には順調のようである。若い先生はほとんど誰も知らなくなった。せいぜい平成5年卒ぐらいまでで、それ以降の先生とは直接話したことはほとんどない。会員名簿は28ページあり、私は7ページ目である。先輩の先生が話していたように、段々と前の方に近づいてきた。新研修医制度ができてから、今の若い先生は大学の医局に所属しない人も多くなったという。私は出身大学は違っても、どこか大学の医局には所属していた方がいいと思う。私も大学の医局はいい思い出ばかりではないが、それでも今では日常の診療では先輩の先生からも後輩の先生からも手助けをしてもらっている。京都は総合病院で精神科の患者さんが入院できる所がほとんどない。京都第一赤十字病院、京都第二赤十字病院、京都市立病院、京都医療センターは外来部門だけである。かといって、うつ病の患者さんは精神病院に入院するのに抵抗がある。こんな時には、私立の総合病院に勤めている後輩の先生にいつも助けてもらっている。自殺の恐れの強い人はもちろん一般病棟に入院させることはできない。つい最近も1人少しややこしい外来の患者さんを入院させてもらったので、この時にお礼を述べておいた。私が社会保険神戸中央病院にいた時に来ていた女医さんが小5の娘さんを連れて参加していた。子育てをしながら、病院で通常の勤務をするのは本当に大変である。
 日曜日は、きのうあった労災の判定会議の資料を読んでいた。今回は5件出ており、資料のページ数は数えていないが、いつものように大変な分量である。この仕事は来年の4月からまた2年間の任期である。もう2年はやるつもりであるが、本音としては他の先生に交代してもらってもいい。何とか生活できたらいいので、もう少し英語力をつけ、密かに外国人のための診療を充実させようと考えている。以前に、京都国際交流会館で外国人のカウンセリングをしていたので、京都市国際交流協会が発行している「京都市生活ガイド 英語版」には私の診療所も載っている。数は少ないが、きのうもアメリカ人の患者さんが受診した。どこまで需要があるのかわからないが、いつか英語のホームページを作りたいと思う。手間暇がかかって収入に結びつかなくても、京都にも1件ぐらいはこういう診療所があってもいいと思う。
 さて、今回読み終えた本である。実はこの本は1ヶ月以上前に買って読み始めたが、最初の方の文章は回りくどく、あまり面白くなかったので、なかなか読み終えることができなかった。この間に新しく買った本を同時並行読みをし、この本を読み終える前に何冊も読み終えている。大津秀一「死ぬときに後悔すること25」(致知出版社)である。著者は私より20歳以上も若く、緩和ケア医として京都にある日本バプテスト病院ホスピスで勤務していたこともある。この本はよく売れているらしく、去年の5月に出版され、今年の9月で24刷目である。2番目に、たばこを止めなかったことと出てくるが、くどくどとたばこの害のことなどが書かれており、第一章の健康・医療編の文章は総じてつまらない。第二章の心理編もあまり面白くない。第三章の社会・生活編で面白くなってきて、最後の第六章最終編までは見違えるほど充実した内容となっている。
 ここでは、現在生きている若い人と関連のあることを紹介したい。第19番目に、結婚しなかったことと出てくる。ごく近い将来に死別することを知りながら、結婚し入籍するカップルも稀ではないという。第20番目には、子どもを育てなかったことが出てくる。独身者からは、「結婚して、子どもを産んでおけばよかった」という言葉を聞くことも多いという。死出の旅路の前に、「子どもなんかいなければ良かった」と言った人は著者の知る限り存在しなかったが、「子どもがいれば良かった」という人は少なくなかったという。このあたりのことは、死刑囚も同じで、加賀 乙彦が書いていたが、子どものいる死刑囚はいない死刑囚より心穏やかに死刑に臨むという。21番目には、子どもを結婚させなかったことも出てくる。安易なできちゃった婚も困るが、若い人は結婚や出産についてもう一度考えてみるべきである。私は家庭では完全に給料運搬人化して、時々結婚を後悔したり、子どもについてもうんざりすることがある。しかし、この文章で少しは救われたような気もする。
 この本の中で、カール・ベッカーの著書の引用が出てくる。世界で1番死を恐れているのが現代の日本人で、来世に対する信仰が薄くなったことが関係しているという。死期が迫って、宗教に帰依しようとする人々の中に、医者が少なくないとも指摘している。私はもう精神科医を30年以上しているので、自殺をする患者さんにも大勢遭遇している。緩和ケアでは、目の前の死を逃れられない患者さんに対峙し、精神科では、死を望む患者さんを何とか生の方に引き寄せようとする。それぞれの科は互いに別の視点からいつも生と死を見つめている。著者は、生の1つの意味は、関連する誰かに、自分を残すことだと感じていると記している。私がこれまで気づかなかった視点で、まったくその通りだと思う。

平成22年12月7日(火)

 いつの間にか12月にはいり、今年も残りわずかである。今年1年間の医院の医療収入を比べたら、1月から11月まで去年とほぼ同じである。他の業種の自営業の人と比べたら、この大不況の中奇蹟的な数字である。それでも、12月2日の木曜日は開業以来最低の外来患者数を記録した。これまでは1番少ない日でも12〜13人ぐらいであったが、この日は午前中だけで10人であった。日によって波があるが、こういう日は精神衛生上あまりよくない。今年の最高患者数は午後診も含めて、74人であった。4月の診療報酬改定で精神科の外来では、患者さん1人当たりの収入が1回の診察で210円も減った。去年と同じ人数だと年間200万円ぐらいの減収となる。この調子だと、何とか昨年並みを保ちそうなので、ほっとしている。
 この前の日曜日は、京都府主催の介護認定平準化研修があった。月2回開かれる介護認定審査会で司会をしている合議体長が対象の講習会である。去年も出席したが、午後1時半から2時間の講義である。京都市も含めて、約200人が出席している。場所は毎年変わり、今年は京都リサーチパークで、私はJRで行った。ところが、研修会場案内図を忘れてしまって、丹波口を出てからどこに行ったらいいのかよくわからなかった。私は時々こういうミスをする。書類を机の上に出しておいても、そのまま忘れて出てしまう。西館というのは覚えていたので、道を行く人に聞きまくって何とかたどり着いた。実は、以前に中国語会話教室に申し込んで、当日学校の名前と場所を確認するのを忘れて出てしまったことがある。医院を出て京都駅に着いて、どこに行ったらいいのかわからないことに気づいた。医院まで戻ってインターネットで確認する時間はもうなかった。京都駅近くのマンションはインターネットを利用できる環境にない。早く四条烏丸まで地下鉄で行かなければならなかったが、地図での位置はうろ覚えであった。近くに、インターネット・カフェもないし、ビックカメラまで行ってもパソコン売り場でインターネットを利用できる保証もない。結局この時にどうしたのかというと、京都駅の2階にある京都総合観光案内所にはいった。ここにはパソコンが置いてあり、有料であるが、インターネットで京都の名所を調べて印刷できる。グーグルで、「中国語教室、四条烏丸」で検索し、何とかぎりぎり間に合うことができた。私は海外のホテルでもホテル名を忘れたり、部屋番号を忘れて、死ぬほど苦労したことがある。
 日曜日の研修会もぎりぎり1時半に間に合ったが、会場が地下にあり、あわてて階段を降りていった。場所はどこかと見渡しながら降りたので、最後の階段を踏み外し、両手を広げて派手に前のめりに転倒してしまった。持っていたカバンが10m以上ふっとんでしまったぐらいである。係の人が大勢駆けつけてくれたが、にこにことしながらできる限り冷静を保った。特に、吉本の新喜劇のような歩き方にならないように気をつけた。こんな所で骨折でもしたら、えらい災難である。会場はすでに沢山の人でうまっており、私は1番後ろの席で予備イスを出して座った。すぐに始まって、京都府からの報告があった。その後、厚労省から老人保健課の課長補佐が出て、「要介護認定の平準化の課題と留意点」という演題で講演してくれた。暖房が心地よく効いており、眠るなと言っても無理である。日頃の疲れを癒し、この研修会は終わった。京都府では、この介護認定審査会の仕事は各地区の医師会が引き受けている。私は東山医師会で2年任期でもう3期やっている。来年は交代する約束である。まだ先であるが、労災の認定審査の仕事も、60歳になる前に交代するつもりである。私の誕生日は5月なので、60歳になる前の3月で終了したらいい。60歳になったら、名誉も何もいらないので、自分の医院の診療と好きなことに専念するつもりである。60歳になっても、2人の子どもは大学生であるが、あせくせしなくても学費ぐらいは貯まっている。
 さて、今回読み終えた本である。きょうの朝、日経メディカル オンラインメールをチェックしていたら、週間閲覧ランキング第4位に、20年前の「サリバン長官エピソード」の真相というのが載っていた。ちょうど私が読み終えた本にこの事が詳しく書いてあったので、記事を見たら、元ネタは同じ本であった。アキよしかわ「日本人が知らない日本医療の真実」(幻冬舎)である。著者は米国のスタンフォード大学に医療政策部を設立し、その後米国の全大学の経営分析などをして、現在は日本でも病院の経営コンサルティングをしている。日本の医療制度は出来高払いに基づいた国民皆保険制度で、患者側にも医療側にもメリットが大きい。米国では16%の国民が健康保険に加入しておらず、その数はおよそ4700万人である。この中には貧困層だけではなく、病気に無縁な若い富裕層も含まれている。出来高払いというのは、医療費にかかった部分はすべて健康保険がカバーしてくれる制度で、複数の病院で同じような検査をしても、何のチェックもなしにすべて認められてきた。これまでこのような無駄を許容していたが、増大する医療費を放置するわけにはいかず、コストに対する医療の質はシビアに評価される時代がやってきたという。実はアメリカでは、1980年代前半までは患者を囲い込み、すべての治療を自足させようとするスタンドアローン病院が乱立していたという。この時の米国は7%の高いインフレ率であったが、メディケア(65歳以上の高齢者の公的保険)の病院コストは毎年16%以上伸びていた。
 そして、1983年に、DRGによる支払い制度が設立された。DRGとは1入院あたりの定額で診療報酬が支払われる制度である。あらかじめ定められた診断群に基づいて定められており、病院はその定額しか診療報酬を受け取ることができない。入院日数は関係ないので、コストを抑え、いかに質の高い医療を提供するか競争と努力が求められるのである。出来高払い制度とは正反対で、ムダな薬を沢山使い、入院を長引かせれば赤字となってしまう。米国では民間保険に入っている人は約5割で、消費者(患者)、保険会社、医療提供者は互いに三すくみの関係を保ちながら、健全な競争がなされ、医療の質の向上にも役立っている。いい加減な医療を提供する所とは保険会社も契約しないし、患者さんは質の高い医療機関を求めているので、保険会社同士も医療機関もお互いに競争しあっている。
 日本では、CT,MRIの導入台数は対人口比で世界1である。隣の病院が買うから、自分の病院でも競って買う。せっかく買った器械だからどんどん使って元をとろうという病院側の心理は、結局医療費のムダとなる。この本では、日本が誇る平均寿命の長さも、医療による貢献より、公衆衛生、ライフスタイル、遺伝的要素の3つの要因の方がはるかに大きいと指摘している。アメリカの出来高時代には、built bed is billed bed と皮肉られ、病床を増やすことで利益を確保していた。入院を長引かせれば長引かせるほど病院の収入が増えた。現在日本ではこの米国のDRGを参考にして、DPCが導入されている。1入院あたりの定額の診療報酬ではなく、入院1日あたりの診療報酬が設定され、その問題点も指摘されている。医療費高騰の最大の原因は技術革新であるとも指摘している。日本の医療機関では、疾患別のコスト分析がなされておらず、医療データベースを構築する文化が育っていないという。現在医師不足が叫ばれているが、本当に医師不足かについては私は疑問を持っている。ある大学の医学部卒業生の半分が眼科志望であったが、それを許していたら当然医師不足にもなる。医療機関を集約し、そこに医師を集中した方が効果的で効率的な治療体制が整えられるというが、私もまったく賛成である。私はもう数年で60歳に達するので、医者としてはこのまま出来高払いの恩恵を受けて何とか逃げ切れそうである。しかし、若い人はこの本を読んで、来たるべきこれからの少子高齢化の医療に備えるべきである。

平成22年11月30日(火)

 この前の火曜日は午後から紅葉を見に行った。私の医院がある同じ東山区では、東福寺から清水寺、高台寺と有名所がいくつもある。近くて便利であるが、もう何回も見に行ったので飽きてしまった。インターネットで調べたら、京都中紅葉の名所だらけである。どこに行ったらいいのか迷ってしまうが、じっくりと調べている暇もないので、思い切って嵐山に行くことにした。JRで京都駅から15分ぐらいで、嵯峨嵐山駅に着いた。嵐山は子どもがまだ小さな頃に来たぐらいで、10数年ぶりである。駅で散策エコマップをもらったが、ぱっと見ても自分がどこにいるのかすぐにはわかりにくかった。家に帰ってからゆっくりと見たが、おすすめウォーキングコースが書いてあり、次に来るときには役立ちそうである。とりあえず、人の流れについて行った。行き当たりばったりであるが、天龍寺があり、紅葉も見えたので中にはいった。広い境内の中は大勢の観光客が写真を撮っていた。中国人の観光客が多いのには驚いた。
 私の趣味は旅行とカメラなので、この分野にはお金は使う。実はパナソニックの高級コンパクト・デジカメであるLX5を買っていたのだが、使い勝手が悪く、これを手放してデジタル一眼のGH2に買い換えようかと思っていた。10月にマカオに行った時にこのカメラを持っていったが、もうひとつ手にしっくりとこなかった。外付けのビューファインダーとメーカー純正の革ケースがついたセットで買っていたが、ビューファインダーを付けるので、革ケースだけは使っていなかった。ところが、この革ケースの下の部分だけを付けると、手にしっくりとなじみ、俄然愛着がわいてきた。スタイルもよく、使い勝手が飛躍的に向上した。動画はフルハイビジョンではないが、ソニーのブルーレイディスク・レコーダーに簡単に取り込め、画質も悪くない。旅行にはこれぐらいの大きさで充分である。
 さて、紅葉である。なるべく電線と人がはいらないように撮ったが、今年初めての紅葉だったのできれいに感じた。この日の天気は曇り空で、時々陽が差すぐらいであった。天龍寺を出てそのまま歩いていると、土塀越しに燃えるような紅葉が見えてきた。道側から写真を撮っていたが、その先にこの土塀の中にはいる宝厳院の入り口があった。拝観料は弘源寺とセットになって9百円であった。この弘源寺は帰りに寄ったが、紅葉を楽しむ所ではない。マニアでない限りこの5百円で拝観できる宝厳院で充分である。中にはいると、写真の撮り所があちこちにある。茅葺きの小屋や竹林、小川が流れており、わざわざ写真撮影用に作っているのではないかと思うほどであった。夜間拝観用と思われる照明器具が所々に置いてあり、これは写真撮影には邪魔であった。それでも、ここに来て本当によかったと思った。きれいな紅葉を見たい人は1度は訪れるてみるべき場所である。
 紅葉づいて、先週の木曜日は午後からまた東福寺に行ってきた。私の医院から歩いて10分ほどで行けるので、撮るものがなくなると、ついつい足が向いてしまう。それでも、ここ2〜3年は訪れていなかったので、久しぶりであった。ここの拝観料は4百円である。この日は天気も悪くなかったが、休日とは違い、観光客で大混雑とはなっていなかった。東福寺では人が画面に入り込まないように撮るのは苦労する。それなりにきれいであったが、やはりあまり新鮮味がなかった。私はもう見飽きてしまったが、まだ1度も見たことのない人はここも訪れてみる価値がある。
 土曜日は久しぶりに車で医院に出て来たが、午後から今度は山科毘沙門堂に行ってきた。これまで行ったことがなく、比較的医院から近い所を選んだ。インターネットで調べたら、JR山科駅から徒歩20分となっている。どこか近くで駐車したらいいと思い、今度は車を使って出かけた。ナビを使って行ったが、山科駅を過ぎて、どんどんと細い道を上って行く。途中車もすれ違えないほど狭い場所もあり、観光バスで来るのは無理である。このもんもん写真館でも載せている左京区の曼殊院と同じである。ここには徒歩か車で来るしかない。その分、観光客が観光バスで殺到することはなく、ゆったりと落ち着いて過ごせる。駐車する場所があるのか心配になったが、曼殊院と同じで奧に無料駐車場があった。曼殊院では駐車場は狭く、たまたま私が行った時に運良く1台分があいていた。山科毘沙門堂では広いグラウンドが駐車場として解放されていた。この日の午後は陽があたり、青空も出ていた。写真は天候に左右される。どんなにりっぱなカメラを持っていても、天候が悪かったらどうしようもない。マカオでは天候に恵まれず、マカオタワーから市内を撮りたいと思ったが、視界が悪く無理であった。広い境内の中は日光に照らされて、紅葉が感動的にきれいであった。拝観料もなく、奧には池もあったりして、写真を撮るには絶好の場所であった。上り階段から藪みたいな斜面の所にはいって写真を撮っていても、誰にも注意されることなく、大満足であった。
 日曜日には今月中に出さなければならない自立支援医療や障害者手帳の診断書を書いていたら、ほとんど1日がつぶれてしまった。今年2月に買った地デジTVのエコポイントの申請がまだできていなく、今からでも間に合うのか心配である。この日曜日は録画していたNHKの番組を見ていた。題名は、「心の病の薬に何が 向精神薬乱用の実態」である。副題として、身近に広がる依存と密売とついている。まず、最初に北海道でネットで向精神薬を密売し逮捕された女性が出てきた。あちこちの複数の医療機関で睡眠導入薬などを手に入れ、ネットで売りさばき、252万円の収入を得ていたという。こういう人はとっとと死刑にして、不法に手に入れていた人は全員逮捕したらいいと思う。一罰百戒で、見せしめ的に懲らしめたらいい。
 平成20年10月に大阪の大東市の診療所で、睡眠導入薬のエリミン20万錠が暴力団に横流しされていた。昔は私もエリミンを処方していたが、この事件があってからはどの精神科医もエリミンは処方しなくなった。今はどこの診療所でも処方しなくなったので、気の毒だと思って下手に処方すると、裏で情報が流れて、わけのわからない人たちが集まってくる。精神科医は睡眠導入薬などをなくしてしまったという話は信用しない。タクシーに忘れたとか、掃除をしていて間違って捨てたとか、実家に帰って忘れてきたなどうんざりするほど言い訳は聞いている。同じ患者さんで、2回薬をなくしたという人はあまり信用しない。女の人の場合は、つきあっている男性の方も疑う。私の医院は地域密着型で、南区や伏見区からの患者さんが多い。仕事場や実家が近くにあるわけでもなく、北区や左京区から睡眠導入薬の処方を希望して来院する人も危ない。最近新聞でも問題になっていたが、生活保護受給者が複数の医療機関で向精神薬を手に入れ、暴力団関係者に売りさばいていた。番組ではこの時の暴力団関係者が出てきたが、覚醒剤を売りさばくのとは違い、罪は軽く、ローリスク、ハイリターンだと言っていた。麻薬及び向精神薬取締法でどこまで取り締まれるのかわからないが、最近は精神科医の善意を逆手に取る患者さんも増えてきている。大量処方はすぐに非難の対象になるが、中には大量処方でも乱用もせず落ち着いている患者さんもいる。ここまできたら、税金も含め、健康保険もすべて総背番号制にして管理したらいいと思う。

平成22年11月23日(火)

 きょうはこの日記を書くために朝6時過ぎに出てきたが、書くことがあまりない。さっさと書きあげて、紅葉の写真を撮りに行きたいが、思うようにはいかない。最近は朝早く出てきたら、すぐに録画しているCNNを見るようにしている。これまでは医院で昼食をとった後に見ていたが、午後から用事がはいっているとなかなか見ている暇がない。それに、最近ワールド・リポートの放送時間がいつの間にか変わっていた。午後1時からのニュースを録画していたが、今は朝5時のニュースを録画して、医院に出てきたらすぐに見るようにしている。きょうは勤労感謝の日で、ふだんとは違いたっぷり時間はある。先に日記を書くつもりであったが、気分が乗らないのでいつものようにCNNを先に見た。
 番組名はワールド・ワンでロンドン(?)のスタジオからの放送で、欧州のニュースが多い。最近はアイルランドの財政破綻やニュージーランドの炭鉱事故、ハイチのコレラの流行などが毎日のように取り上げられている。アイルランドの財政破綻については、IMFや欧州中央銀行の救済についていろいろ放送されているが、私の英語力では首相の演説などはほとんど聞き取れない。実はきょうこのCNNを話題にしたのは、カンボジアのプノンペンでの事故が最新のニュースで取り上げられていたからである。プノンペンでは「ウォーター・フェスティバル」が3日間開かれていて、最終日のきのう現地時間の夜10時に島にかかる橋の上で、観客が殺到し、337人が死亡したという。明石の花火大会での歩道橋事故を思い起こさせる事件である。警察が殺到する観客を制止するために放水したが、圧死だけでなく、橋に飾られた電飾の感電死も疑われている。政府の発表によると、この水祭りには毎年400万人以上が参加するという。
 大分前にこの日記でも書いたが、この「ウォーター・フェスティバル」で私も大変な目にあっている。当時はこの「ウォーター・フェスティバル」のことは知らなかったが、勤労感謝の日と重なるので間違いない。私は、夕方プノンペン市内から空港まで行き、バンコクまで行って、バンコクから深夜便で関西空港まで帰ってくる予定であった。いつものように時間に余裕があるようにホテルを出てタクシーに乗った。しかし、途中から渋滞で、まったく車が動かなくなった。タクシーの運転手は大丈夫と言うが、時間ばかりが過ぎていく。どうしてこんなに混んでいるのかと聞いたら、トンレサップ川でカヌー大会があったという。飛行機の出発時間がどんどん近づいてくるのに、車は数十メートルも進まない。これ以上待てないという時に、バイクで空港に向かうことにした。プノンペン市内では、どこに行くのも、車よりバイク・タクシーが使われる。タクシーの運転手に交渉してもらい、荷物を抱え、バイクの後ろに乗り込んだ。ところが、運が悪いことに雨が降り出して来た。きょうのCNNでも伝えていたが、この「ウォーター・フェスティバル」は雨期明けを祝うお祭りである。途中から土砂降りになり、全身びしょ濡れである。搭乗手続きの終了間際に、ぎりぎりで着いたことを思い出した。
 ついでに、あまり書くことがないので、きょう見たCNNのニュースの続きである。ドイツがFBIからの信頼できる情報で、アフガニスタンのアルカイーダがテロを企んでいるので、警戒にあったっているという。狙われているのはベルリンで、来年2月頃にムンバイ方式のテロが計画されているという。テロを起こすことで、スペインのようにアフガニスタンからの撤兵を狙っている。町中で、自動小銃を携えている警官がうろうろしているのはすごい光景である。今、欧米で問題になっているのは、空港での全身スキャナーによる身体検査である。プライバシーの侵害に当たるということで、検査を拒否する人もいる。どこまで透けて見えるのかCNNのニュースではよくわからなかったが、空港職員のモラルも心配されているようである。全身スキャナーがどこの空港でも取り入れられたら、給料は安くても、この検査係の仕事はトップを争う人気職業になるかもしれない。それにしても、飛行機に搭乗するのに、靴まで脱がされて調べられ、アルカイーダが世界の人々に与えた損害は甚大である。テロを防ぐために、どれほどの意味のないムダなお金が費やされているのかと思う。もしかしたら、将来高度な個人監視システムができあがり、アルカイーダのおかげと言われるようになるかもしれない。必要は発明の母である。
 先週の木曜日は介護認定審査会があった。この日だけは朝資料を読むので、CNNは午後からになる。しかし、審査会が終わってからは何もする気がせず、そのままさぼることも多い。その分、日曜日は休めず、溜まった仕事をこなさなければならない。この前の日曜日は、労災で裁判になっているケースの意見書を訂正していた。国側についている弁護士が修正した部分を取り入れて書き直していたが、やはり弁護士は裁判のプロである。打ち合わせの時には、修正部分の意味があまりぴんと来なかったが、じっくりと読み直したら、本当によくできていた。実は、他人の原稿を書き直すということは大変なことである。私も若い頃は医学論文の添削などを教授や上の先生にしてもらった。まだ論文を書き慣れていない時には、何でも素直に書き直せたが、ある程度書けるようになってくると事情は変わってくる。たとえ上の先生の添削でも、あまりにも無神経な訂正だと腹がたってくる。中には、その人自身が思い入れを入れて書いた文章を他の言い方に書き換えられて、想像以上に怒る人もいる。私も後輩の原稿を添削する時には、その人のプライドを傷つけないように必要以上に気を使った。書き換えたら、もっとわかりやすい表現になると思っても、訂正は誤字など最小限にとどめた。今回の裁判の意見書の修正でも、精神医学については私はベテランである。しかし、裁判については素人である。私は若い頃と比べて最近はかなり融通性がきくようになった。中には、プライドばかり高くて、弁護士の修正に応じない精神科医もいるのではないかと思ったりした。
 今は朝の10時半である。天気がよくなってきたので、午後からは紅葉の写真を撮りにいくつもりである。きょうの日記はいつもより短いが、他にも片付けないといけない仕事があるので、この辺で終わりにする。

平成22年11月16日(火)

 京都タワー近くにヨドバシカメラが開業し、何回か行ってみた。京都駅近くのマンションから1分もかからないので、ふだんはビックカメラを利用している。欲しい製品が置いていない時には、梅田のヨドバシカメラまで出かけることもあったが、これでわざわざ大阪まで行く必要もなくなった。大体欲しい物は買いそろえているので、何が何でも買いたい物はあまりない。パソコンも今使っているXPで充分である。最近、パナソニックからフルハイビジョン・ムービーで一眼カメラのルミックスGH2が出た。重いカメラは嫌いなので、長いことコンパクト・デジカメしか使っていなかった。しかし、久しぶりに物欲が刺激された。標準ズームレンズをつけたら、許容範囲内の大きさと重さになる。旅行の時はコンパクト・デジカメとビデオカメラを別々に持っていくので、嵩張って仕方ない。手に持ち替えて撮ったりすると、どちらにも集中できなくなり、中途半端になりやすい。最近のコンパクト・デジカメでもフルハイビジョンは撮れるようにはなってきている。でも、私は本格的に動画も撮りたいので、やはりファインダーがついている方がいい。キャノンのG12でも悪くはないが、ファインダーがちゃちすぎてダメである。年末になったらもっと安くなると思うので、また買うかどうか検討しようと思う。
 結局、ヨドバシカメラでは、iPodを買った。iPodを買うぐらいなら、iPhoneの方がいいと思う人が多いだろう。実は前のiPhone3Gを使っていたが、結局途中で解約してしまった。なぜかというと、ほとんど使わなかったからである。携帯電話としては、何代か前のサムスンをまた使っている。1番小さく、持ち運びに便利である。私はほとんど医院で過ごしているので、携帯電話は外出時に臨時的に使うぐらいである。メールも緊急の用事がある時に子どもとするぐらいである。携帯電話とその他の機能は別々の方が便利である。アプリとしては、リフィルの予定表などを入れたが、グーグルのカレンダーと同期するには、無線LANが必要である。結局、ポケットWiFiを従量制で安い料金の方で契約した。このポケットWiFiは便利である。ゲーム機からノートパソコンまで、何でもインターネットとつながる。今はどこのホテルでも有線LANがついているので、常時接続の無線LANカードはあまり必要ない。私の場合は、京都駅近くのマンションで調べ物がしたい時に、わずかにノートパソコンでインターネットを利用するぐらいある。これからは音楽やビデオもウォークマンの代わりにこのiPodを使おうと思う。ウォークマンはちょっとした予定表やメモなどが使えないので中途半端である。魅力的なスマートフォンが次から次へと発売になっているが、携帯電話として使うにはやはり重すぎる。小さな無線キーボードも手に入れたが、これぐらいならそこそこの文章も書けそうである。iPodのメリットとしては、iPhoneと比べたら薄くて軽い。
 土曜日の夜はある製薬会社の学術講演会があった。今回は誰もが参加できるわけではなく、府立医大系だけのクローズド(非公開)の会であった。こんな会は珍しく、開業して以来初めてである。最初に、この製薬会社の薬を使った症例が発表された。特別講演の演者は東京慈恵医大の教授で、演題は「21世紀に望む精神科薬物療法の維新」であった。最初に、精神医学の歴史を京都にちなんで話をしてくれたが、どうして非公開にしたかよくわかった。幕末からのわが国の精神医学の歴史について、府立医大と慈恵医大との関係をからませ、順を追ってたどったからである。私は日本史には疎いが、ペリーの来航以来、徳川家では13代将軍からみんな若くして脚気で亡くなり、このことが開国を加速させたという。現在の相国寺養源院に薩摩軍人病院があり、東京医学校(東大の前身)の校長となるイギリス人のウィルスがイギリス医学を教えながら、この野戦病院で働いていたという。この時に、慈恵医大の開祖となる人物や府立医大の創立に係わった人物がこのイギリス医学に触れたという。幕末時代の三大蘭学校の1つが順正書院で、南禅寺近くの湯豆腐の順正の所にあったということは初めて知った。京都癲狂院のことも話をしてくれたが、京都はさすがに歴史の宝庫だと改めて感心した。この京都癲狂院は氏族などが上京するための受け皿として作られたという。府立医大は歴史的に京大より古いというのはあまり知られていないが、当時の京都帝国大学医学部を作る時には、その存続が危ぶまれていた。
 府立医大と慈恵医大は今でも学生同士のスポーツ交流が続いている。歴史的にも縁が深かったのである。歴史の話が講演会の半分を占め、興味深く聞いた。しかし、精神科薬物療法の話になったら、最初の部分はよく知っている内容だったので、急に眠くなり、いつの間にか眠ってしまった。終わる頃にまた目覚め、肝心の内容は聞き逃してしまった。私は、最近は講演会にサンヨーのICレコーダーを持っていく。ソニーのステレオマイクをつけたら、MP3でも充分である。野鳥の声を録るとか、凝った録音をするのでなければ、リニアPCMなんかいらない。少し前のMP3レコーダーであるが、最新の物より小型で使い勝手がいい。iPhoneやiPodでも音声録音ができるが、先ほどの多機能か単機能かである。附属のカメラもメモ代わりに使う分にはいいが、デジカメにはかなわない。講演会には、小型の携帯電話とMP3レコーダーだけ持っていったらいい。最後まで録音したので、また暇な時に講演会の後半部分は聞こうと思う。
 講演会の後で、懇親会があった。府立医大関係者限定だったので、明石から私の同級性がわざわざ参加していた。久しぶりに会って、近況などを話したりしていた。女子大の心理学科で教授をしている先生などとも話をしたが、みんな50歳も半ばを過ぎているのに、忙しすぎて疲れ切っている。開業している65歳の先輩の先生も忙しいと嘆いていた。私も、次の日の日曜日はきのうあった労災判定会議の資料を読んだり、個別に頼まれた労災関係の意見書を書いたりしていた。この1週間で新たに自立支援医療の診断書を書かなければならない人が6名も増えた。すべて全員生活保護の患者さんである。京都市が赤字になり、福祉事務所も予算を削らなければならないのはよく理解できるが、いくら財源が変わって医療費が削れるからといって、何でもかんでも自立支援医療の診断書を書いてくれというのはやめて欲しい。私の医院に来ている患者さんは、全員自立支援医療の対象となってしまう。他にも、会計事務所に送らなければならない資料が2ヶ月も溜まり、まだ整理できていない。きのうは労災の判定会議の後で、私だけ裁判の事で国側の弁護士と話をした。私が書いた意見書を裁判に勝てるように、また一部訂正しなければならない。上の先生が嘆いていたが、今の若い先生は開業しても、医師会などの仕事を手伝ってくれないという。総合病院の部長になっても、心理学科の教授になっても、開業しても、病院長になっても、年をとっても、みんな忙しく、自分だけではないことを知ってある意味少し安心した。私の年代で、ハワイかどこかでゆっくりとすごしている先生がいたら、教えて欲しいと思う。

平成22年11月9日(火)

 この前の土曜日は車で医院に出てきて、近くの1番安いコイン・パーキングに駐車した。夜帰る時にお金を払ったら、1500円にもなっていた。これまで24時間700円だったので、車を停める時には重宝していた。朝まだまっ暗な時間に停めたので、値段の訂正の紙が貼ってあったことには気づかなかった。最近、他のコイン・パーキングでも値上がりしていた。日赤の駐車場が工事のため閉鎖したので、そのことも関係しているのかと思っていた。しかし、12月の初めまでの期間限定付きの値上げである。本格的に値上げするなら、貼り紙なんか貼っていない。いままで月極で借りていたので気づかなかったが、この時期は紅葉の季節になるので、値段を上げているらしい。紅葉のピーク時には、東福寺から泉涌寺にかけては観光バスが連なり、とんでもない人出となる。それだけ駐車場の需要も高まるのである。いくら観光シーズンとはいえ、いつも利用している者にとっては、えらいとばっちりである。
 日曜日も車で出てきた。京都駅近くのマンションに運ぶ荷物があったので、最初に寄った。日曜日なので、医院では玄関ぎりぎりまで寄せて停めている。最近は駐車するのにも慣れてきて、バックからぴったりと1回で寄せることができるようになった。土曜日に研究会などでお酒を飲むときには、そのまま玄関前に一晩駐車しておくこともある。うまい具合に私の医院の玄関先は少し奥まっているので、駐車しても他の車の通行にはまったく支障はない。外来の時には、入り口がはいりにくくなるので、さすがに停めておくことはできない。トヨタのiQぐらいならいけるかもしれない。自転車であるが、先週の1番冷えた朝に乗ってきたら、途中で風邪をひきそうになった。漕いでいるうちに暖かくなるかと思ったが、冷たい空気をハアハアいいながら吸うのはよくない。この日はこれまでの自転車通勤で最大の危機であった。耳も手も冷えきって、途中で駅に預けて、電車で来ようかと思ったぐらいである。ここ4〜5日は暖かいが、体調があまりよくないので、きょうも京阪で来た。この前の土曜日に本格的に防寒具をそろえたので、また気を取り直して自転車通勤を再開しようと思う。
 先週の金曜日は、また患者さんのことで他区の保健センターから電話があった。精神状態が悪くなって、10月に私が幻覚妄想状態を改善する注射を打ちに行った患者さんである。近所からまだ苦情は出ていないが、まだあまり調子がよくないらしい。私の医院にもあれから来ていないので、この日曜日に往診に出かけた。午後4時に車で出たが、ヨドバシカメラの開店と観光客の車で七条通は死ぬほど渋滞していた。この患者さんの往診では、いつも近くのコイン・パーキングに車を停めるが、ふだんの日はどこも満杯で駐車場を探すのが大変である。日曜日はがらがらであったので、これからの往診は日曜日にしようかと思った。患者さんの家に行くと、今回は居間でこたつにはいって何か書いていた。分厚い羽織みたいな物を着ていたので、強引に服の上から注射するわけにはいかない。いろいろ説得しながら注射すると伝えると、今回はこちらの勢いに負けて腕をまくり上げてくれた。精神症状が悪かったら、こちらの言い分にはまったく耳を貸さないが、前回の注射がやはり効いているらしくあまり抵抗しなかった。日曜日にわざわざ往診に行ったことも今回は奏功した。それでも、いくら治療が必要だと説得しても、納得させることはできなかった。当分往診が必要である。入院させるのが1番いいが、薬も服用しようとしない患者さんを説得して入院させることはもっと難しい。
 日曜の夜はNHKスペシャルで「862兆円 借金はこうして膨らんだ」を放送していた。現在国民1人あたりの借金は700万円である。国家の税収は37兆円しかないのに、支出は92兆円である。この赤字国債は、東京オリンピック後の不況で昭和40年に初めて苦渋の選択として発行されたという。昭和47〜49年まで田中角栄が首相になったが、この時に福祉元年と呼ばれ、老人医療費の無料化と年金の増額が行われた。大蔵省の計算では、このことによって、毎年10%歳出が増えることが予想された。しかし、この時は高度成長期で税収でまかなえると暗黙の了解があったという。ところが、昭和48年にオイルショックが起きる。公共投資は減らせるが、社会保障費は減らせず、毎年1兆円づつ伸びていった。そして、1回だけと言われていたのに、昭和50年に2兆円の赤字国債を再び発行することになる。そして、昭和52年には10兆円に積み上がる。福田首相の時に、借金返済のため景気対策として、11兆円の赤字国債を発行し、公共事業費も35%近く増やした。ところが、日本はすでに経済大国となっていたため、欧米諸国から7%の経済成長を要求された。税収は思ったより伸びず、結果的に借金だけが増えていった。この時代はもう日本は成熟社会になっていたので、財政で刺激しても高度成長期のような成長は望めなかった。社会福祉の支出は増大する一方で、税収は追いつかず、当時天才と言われた大蔵省の事務次官が考え出したのは、消費税の導入である。大平首相が導入を試みようとしたが、国民の理解が得られず、選挙で負けてしまう。ところが、これだけ借金があったのに、バブルが起こり、平成2年には借金がゼロになる。しかし、バブルが崩壊し、また税収は減ってしまう。そこに、対日貿易赤字を解消したいアメリカからの減税要求である。日本国内の消費を刺激するため、当時、クリントン政権は細川内閣に8兆円の減税をつきつけたという。この時の事務次官が郵政社長に返り咲いた斉藤次郎で、10年に1度の大物次官と呼ばれていた。細川内閣で消費税を7%にしようとしたが、国民の反発で白紙撤回になっている。その後、大蔵省や財務省は何とか財源の確保のため消費税を上げようとしているが、橋本内閣の時に5%に引き上げることができただけである。
 きょうはこの日記の更新が遅くなってしまったが、実は読みかけの本を最後まで読んでいた。午後の往診の後で、読み終えたのは午後5時過ぎである。それからこの日記を書き出している。あまり根を詰めて書いていると煮詰まってくるので、途中で夕食を取りに行き、帰ってきてからまた書き続けている。本の題名は、三橋貴明「経済ニュースが10倍よくわかる新日本経済入門」(アスコムBOOKS)である。今回のNHKスペシャルと大いに関係がある内容である。著者はこれだけの借金があっても、それほど大騒ぎすることはないという。ギリシアなどと違って、対外債務もなく、赤字国債も国民がほとんど支えているというのは他でもよく言われていることである。財政破綻も財政危機も定義していないので、検証のしようがないともいっている。政府の支出を削ると余計景気が悪くなり、税収が落ち込み、財政赤字が増えてしまう。そこで、どんどんと国債を発行して財政出動し、健全なインフレにすることが日本の財政を再建する方法で、そうすれば消費税を上げる必要はないという。財務省を批判し、財務官僚はバランスシートやマクロ経済が理解できていないと指摘する。子ども手当は、少子化対策でも景気対策でもなく、選挙対策で、景気がよくなったら子どもが増えるとも断言している。デフレの時に緊縮予算をしたら、ますます景気が悪化してしまうというのはよくわかるが、どんどん際限もなく財政出動していいのかは疑問が残る。新しい需要の創生についても書かれているが、その内容はすぐに実現できるものでもなく、あまり説得力はない。しかし、国の借金の考え方や中国やユーロについて勉強になることがたくさん書かれており、このNHKの番組と合わせて、ぜひとも読むことを勧めたい。

平成22年11月2日(火)

 この前の木曜日と土曜日の午後は、労災の裁判の意見書を書いていた。労災に該当するか該当しないかの医学的見解を出したのが、平成15年12月だったので、それからずっと争っていることになる。どう考えても労災に認定するのは難しいケースであるが、配偶者や子どもを亡くした遺族の人たちにとってはなかなか納得がいかないのだろう。こういう意見書を書く場合は、精神科医の間でも見解が一致しない部分についてはなるべく避けて通りたい。しかし、今回の裁判では触れないわけにはいかない。以前に別の裁判に係わった時に、うつ病とうつ状態、抑うつ状態の区別を裁判官がわかるように書いてくれと言われたことがある。しかし、こんなことは簡単に書けるわけがない。私も一応文献で調べてみたが、歴史的な過程から解説しており、読めば読むほどこちらの方も混乱してきた。以前にも書いたが、精神科の病名や考え方については専門科以外にはわかりにくい。労災医員であるベテランの精神科医が3人で決めた病名を、裁判官が勝手に変えて判決を出していたケースもあった。
 今回の意見書は10月末までに書くように労働局から依頼されていた。ぎりぎりで間に合うかと思ったが、書き出したら意外に早く書けた。1ヶ月以上前に頼まれていたが、最初に資料はざっと読んでいた。時々どう書いたらいいのかと考えたりしていたので、この間に少しずつ考えが熟成されていたことになる。日曜日はつぶれてしまうことを覚悟していたが、思ったより早くできたのでゆっくりとできた。それでも、書かなければならない新規の障害者手帳の診断書がまた3人も出てきて、よくも次から次へと出てくるものだと感心する。今回のような国側に立って裁判の意見書を書くのは、決して楽なことではない。労災の判定会議でも、山のような資料を予め読んでいかなければならず、けっこう手間暇がかかる。自分でもどうしてこんなややこしい仕事を引き受けていつまでも続けているのか、いろいろ考えてみた。
 実は、前回紹介した、寺脇研「官僚がよくわかる本」(アスコムBOOKS)を読んでいて、本当によく共感できる部分があった。どういうことかというと、官僚はお金のためではなく、より公共性が高く格の高い仕事をしたいという願望を持っているという。民間ではなく、公的な立場で人の役に立ちたいというのは、医学部でも私の世代では誰もが持っていた願望である。私が開業して、同じ東山区の先生から頼まれて高齢の元芸姑さんの家に往診に行ったことがある。この時に、ここの息子さんから、「日赤の部長をやめて開業したのは、何か不祥事でも起こしたのですか」と聞かれたことがある。私が日赤を辞めて開業したいきさつについてはこの日記でも書いているが、忙しい勤務から逃れるためでも、お金儲けのためでもない。日赤の後輩に聞いても、今では私がいた頃よりは医者の数も増え、忙しさも少しはましになっているようである。今はどこの総合病院でも、精神科医がどんどんとやめて開業していくので、問題になっている。私は開業して収入は増えたが、公共性が失われたような気がする。民間の病院にも勤めたこともあるが、どうしても社会に貢献しているという実感が得られにくかった。開業しても同じである。地域医療のために貢献しているといっても、どこか収入を得るためにだけ患者さんを熱心に診察しているような錯覚に陥ってしまう。特に精神科医療では、一歩間違えると貧困ビジネスになりかねない危険も伴う。私の世代では、民間より給料は安くても、公的機関の方が上という感覚が深く染みついている。京都市などから仕事を頼まれても、公の仕事は断ってはいけないと思っていたので、これまですべて引き受けてきた。今はすべて整理して、介護認定審査会ぐらいである。この労災の仕事を続けているのも、どこかでより公共性が高く格の高い仕事をしたいという願望が残っているからであろう。しかし、この仕事も引き受け手がいなくなったら、名誉でも何でもなく、単なるやっかいな雑用になってしまう。
 土曜の夜は、ある製薬会社主催の講演会があった。演題名は「気分障害のリハビリテーション」である。気分障害というのは、うつ病や躁うつ病のことである。演者は、虎ノ門で職場を休んでなかなか復帰できない患者さんのために、リワークという職場復帰訓練をしている。クリニックや精神病院で働いている約2500人の精神科医の調査では、復職しても短期間で再休職することも多くて困っている医者は半数以上いる。演者がリワーク・プログラムを必要とした理由として、休養と薬物療法では働くレベルまで改善せず、規則正しい生活リズムが確保出来にくいと述べている。私も患者さんを診ていて、まったくその通りだと思う。特に男性で一人暮らしをしている患者さんは、休職したりすると、昼夜逆転になったりして、余計に不規則な生活となってしまうことがある。実家に帰って規則正しい生活をするように伝えても、親と仲が悪かったりするといつまでもだらだらと休職が続いてしまう。他にも、日中の活動が不充分で通勤だけで疲れてしまうとか、他罰的・自己愛的傾向が強く、自らの疾病に直面できない例が多く、対人緊張が強く、他者とのコミュニケーション能力が下手な例も多いと述べている。
 このリワーク・プログラムは、リワーク・スクールとリワーク・カレッジと分かれており、月曜日から金曜日まで綿密にプログラムが組み込まれている。職場復帰前には、セルフモニタリングやストレスマネジメントの知識とスキルの獲得ができるようなっており、ナイトケアでは認知行動療法も教えられる。最初のリワーク・スクールを終えるだけで1年もかかる人もいるという。こういう所では、なかなか職場復帰できない猛者の患者さんばかりが集まってきそうである。650人ほどの患者さんで、2割ほどの患者さんはプログラムを最後まで終了できずに脱落している。これだけ綿密なプログラムを終えて職場復帰しても、約3割弱が再休職となっている。仕事が継続できる患者さんの推計値では、1年後では約75%で、2年後では60%ぐらいである。再休職をさせずに仕事を続けさせることはこれほど難しいのである。休職ばかり繰り返している患者さんがいると、精神科医として何となく職場に対して負い目を感じてしまうが、このデータを見て少しは自信を取り戻した。実際は、私のクリニックみたいな所で脱落した患者さんばかりが集まっていると思うので、安心してばかりはいられない。再休職しやすい人には、発達障害が疑われる人や人格障害の人が含まれるというが、納得できる。
 このうつ病に対する職場復帰訓練は、京都では宇治おうばく病院が本格的に取り組んでいる。評判の悪い独立行政法人であるが、京都駅のハローワーク内の京都障害者職業センターでも職場復帰支援(リワーク支援)を行っている。ここは公務員は利用できないが、平成20年度ではセンターを利用した20人の職場復帰率が100%となっている。もっとも平成19年は61.5%と年度によってばらつきがある。最長でも5ヶ月の利用で、企業からの利用者が増加しているという。私のようなクリニックの場合は、デイ・ケアで行うような職場復帰訓練は無理であるが、復帰できにくい患者さんについては個別のプログラムを考えたり、職場との連携を強化することが必要である。中には、どこまで本気で職場復帰を考えているのかわからない患者さんもいるので、患者さんの動機付けも大事である。

平成22年10月26日(火)

 きょうの朝は風が強くて天気もあまりよくなかったが、自転車で来た。ほとんど電動アシストを使わないので、ロードバイクやクロスバイクでもよかったような気がする。電動アシストを使わない分、ペダルが重いのではないかと思ったりする。漕いでいて息があがると、普通のママチャリにも追い越されることがある。大体20分ぐらいで医院までたどり着くが、覚悟を決めてこの冬は自転車通勤をしようと思う。荷物はどうするかであるが、落ちないようにサドルにくくりつけるのはけっこう手間暇がかかる。リュックサックもいくつか使って見たが、もうひとつ肩にしっくりとこない。結局、フレドリックパッカーズのメッセンジャーバッグを使っている。朝6時過ぎに医院にたどり着いたが、もうふらふらである。きょうはこの日記でも取り上げるつもりの、寺脇研「官僚がよくかわる本」(アスコム・ブックス)を朝の内に読んでおいた。午後からは往診があり、また3時からこの日記を書き出している。
 この前の週末は労災の裁判の意見書を書かなければならなかったが、何にもやる気がしなかった。仕方ないので、いつでも書き出せるように、自殺に関する資料だけは整えた。今週側の木曜日は介護認定審査会がはいっていないので、残りの時間はこの木曜の午後と日曜だけである。土曜の夜は研究会があるので、あまりやっている時間はない。いつものことながら、ぎりぎりにならないと尻に火がつかない。日曜日は相変わらず、障害年金の診断書を書いたり、1週間たまった郵便物の整理をしたり、送られて来た雑誌などをチェックしていた。やしきたかじんの「そこまで言って委員会」のビデオも貯まっていたので、2週間分ぐらい見ていた。いつもビデオに録り貯めるだけで、なかなか見ている暇はない。先週の番組では元NHKワシントン支局長の手嶋龍一が出演して、中国陰謀説みたいなことを話していた。インテリジェンスの大切さはわかるが、いくら中国が日本にいろいろなことを仕掛けてきても、事が思うように運ぶかは別である。番組を見ていたら、このまま放って置いたら、今にも日本が中国の属国になるかのような印象を与えていた。中国の覇権を心配するより、一党独裁で中国がどこまで持つか高見の見物をしていたらいいと思う。将来的にはソビエト連邦のように、いくつかの国に分かれるかもしれない。民間交流でも、すべてだまし合いだと思ったら、何も信頼感は生まれない。訓練されたごく一部の人を除いて、国益のためにだけ心を動かすことはできない。
 今週の週間ダイヤモンドを読んでいたら、就職が決まらない大学4年生が3割にも達しているという。新聞でもよく取り上げられているが、中途採用枠ではなく、新卒枠で就職するために、もう1年就職留年する大学生が増えている。私の患者さんの話を聞いていても、就職がまだ決まっていない人も少なくない。特に私立大学に4年間通い、住む所も借りていたら、授業料と生活費で1000万円ではすまない。経済的に余裕がない大学生は就職留年もできず、就職先も見つからず実家に帰ることになる。私の娘は今高3で、東京の私立大学を目指している。少し余裕のある学生生活を送ろうと思ったら、授業料と生活費だけでも大変な額になる。親が仕送りをけちったら、今の若い子は、割りきって、時給のいいキャバクラや風俗にでも行ってしまう。
 前にも書いたが、就職留年するぐらいなら、一浪してでもワンランク上の大学を目指したらいい。現役と一浪では、その間に学力が格段に伸びる可能性が高いからである。二浪と三浪が一浪の時と比べてどこまで学力が伸びるかは疑問である。あまり浪人をすると、就職にも影響するかもしれない。実は私は一浪して府立医大に合格しているが、現役の時はすべり止めの秋田大学医学部に落ちている。長い目で見ると、秋田大学に現役で合格するより、府立医大に一浪で合格した方がよかった。池田に住んでいる私の妹も、現役の時はすべり止めの京都工芸繊維大学に落ちて、一浪して阪大の経済学部に合格している。経済的に余裕があるなら、大学受験は何も現役にこだわる必要はない。これも前に書いたが、竹中平蔵が言っているように、子どもの教育費には相続税がかからないのである。子どもに資産を残すことより、人生の大事な時に多少無理してでもお金をかける方が子どもを幸せにしてやることができる。少し前の週間ダイヤモンドで、大学院に行き、学歴ロンダリングをする方法が書かれていた。実際に、筑波大卒の大学生が東大の大学院にはいり、ワンランク上の企業に就職することができている。東大の大学院でもお客さんとして入学するのはそれほど難しくないようである。親としては、せっかく高いお金を出して東京の大学に行かせるので、娘には一浪してでももっと上の大学に入って欲しいと思う。
 さて、最後に、寺脇研「官僚がよくかわる本」(アスコム・ブックス)である。著者は、文部科学省時代に「ゆとり教育」の推進者として悪者扱いされ、現在京都造形芸術大学の教授をしている。私より1つ年上であるが、ポスト団塊世代として同じ時代を過ごしてきている。まず、国民、政治家、官僚の関係を、飼い主(国民)がドッグ・トレーナー(政治家)に犬(官僚)のしつけを任せているようなものだという。著者が医学教育課長をやっていた時に、大蔵省の若い主査に呼び出され、80億円予算を削ると言われたという。しかし、その説明に納得できたので、全額切るように頼んだら、相手方が驚いていたという。それほど、予算を削ることに対しては抵抗が強いのである。かっての予算折衝では、主計官や主査が一応こちら側の意見を全部聞いた後に、ものすごい労力を使って自分で勉強して優先順位をつけていったという。この時の予算削減については、族議員や地元の議員からさんざん文句を言われたという。今はゼロサムゲームで、どこかの予算を増やしたら、どこかの予算を削らなければならない。ゼロサムゲームどころか、税収が減っているので、去年並みまたはそれ以上なんてどだい無理な要求なのである。現在消費税を上げたら、余計に景気が冷え込んでしまうので私も反対である。しかし、ただでさえ大変な時代を迎えている若い世代に、これ以上の借金をすべて押しつけるのも無責任である。マスコミなどの報道を見ていると、財務省が悪の根源のような言い方をされるが、お金もないのに国の借金ばかり増やしていく族議員や各省庁の憎まれ役になって予算を削減しているのは財務省である。
 官僚の機能は「シンクタンク」と「相互チェック」であるが、民主党は政治主導を唱って、すべて自分たちでやろうとし、官僚に本来の仕事をさせていないという。キャリア官僚は、基本的に公共のために仕事をやりたい人たちの集団である。天下りの「渡り」についても、官僚は金のためではなく、より公共性が高く格の高い仕事をしたいという願望を持っているので、順番に仕事を移って行って、少しずつランクが落ちていくような仕組みになっているという。だから、最初の天下り先は割りにハードな仕事になっている。著者も国民のためにいい仕事をしたと言われることが1番うれしいと述べている。ここでは、官僚ばかりが非難されているが、地方公務員の天下り問題や不適切な勤務問題は一向に改善されていないと指摘している。他にも、よっぽど官僚時代に不愉快な思いをさせられたのか、旧内務省系や外務省の官僚を激しく非難している。キャリアより優秀なノンキャリアはごろごろいるので、キャリア制度は廃止した方がいいとも述べている。しかし、命令系統が混乱しないか、私には疑問である。医療関係でも、下手な医者より優秀な薬剤師や看護師はいるかもしれない。国家公務員試験第1種に合格するということは、医学部にはいって国家試験に合格するぐらいの意義があると考えてもいいような気がする。他にも勉強になることがいろいろ書かれているが、最後に、低成長時代の新しい公共についても提案している。今までは、何か困ったことがあれば、全部お役所任せにしていたが、国民が手伝いあって公共圏を広げていこうという。低成長時代の福祉社会は、何でも役所に頼るでは成り立たないので、もたれ合いの社会から助け合いの社会に変革しなければならないと述べているが、私もまったく大賛成である。

平成22年10月19日(火)

 この1週間は患者さんも多く、忙しかった。年末年始や盆休みがはいると、患者さんが片方の週に集中しやすい。今週側はどちらかというと患者さんは少なく、少し暇である。前にも書いたように、私の医院は予約と予約なしの2本立てでやっている。落ち着いてくると、予約なしで来院する患者さんも多く、当日にならないと混むのか混まないのかよくわからない。今年の4月からは診療報酬の改正があり、精神科診療所の保険点数は大幅に下げられた。1人あたりの患者さんにつき、210円ほど少なくなっている。私の医院ぐらいの規模で、毎月15〜20万円近く収入が減ることになる。しかし、今年の1月〜9月までの収入を計算をしてみたら、去年と比べてほぼ同じであった。不況を反映して、受診抑制や長期処方を希望する患者さんが増えてきているが、思ったよりは減ってはいなかった。
 先週の土曜日の午後は、精神状態のよくない患者さんの往診に行った。以前にも書いたことがあるが、両親は年老いて、今では長期間施設に入所したり病院に入院している。きょうだいさんが同居しているが、同じ障害を持ち、私の医院に通院している。この患者さんは病識はまったくなく、まだ親が元気な時は、私が時々長期間薬の効果が持続するハロマンスという抗精神病薬を注射しに行っていた。高齢の親が時々入院するようになり、近所から苦情が出るようになった。私も何回も往診に行ったが、トイレなどに逃げ込まれ、なかなか注射を打つことができなかった。その間に精神症状はどんどんと悪化し、町内会からも私の医院に苦情が来るほどであった。世間一般の人は簡単に強制入院ができると思っているが、それなりの要件を満たさないと強制入院をさせることはできない。たまたま、家に帰っていた父親にけがをさせ、府立洛南病院に措置入院となった。これが、ちょうど去年の今頃であった。どうして覚えているのかというと、たまたま東山医師会の「秋の集い」があった時で、保健所から携帯電話で連絡があった時に、当日の講演を聴いていて全く気づかなかったからである。
 府立洛南病院を退院後も、私の医院を1回受診しただけで、薬を飲む必要がないと言って、来なくなってしまった。その後私がしつこく往診したので、また受診するようになったが、薬はまったく服用しようとしない。私の医院で注射を強制的に打ってもいいが、そんなことをしたらまた2度と受診しなくなる。毎回服薬の必要性を説明をしても、馬耳東風である。最近、また受診しなくなっていたが、家に電話をしてもまったく出てこない。きょうだいさんからも往診を依頼されていたが、往診のタイミングが難しい。また、トイレにでも逃げ込まれたら、この注射液がムダになる。どういうことかというと、予めハロマンスを注射器に入れて、すぐ打てるようにしておかないとすぐに逃げられてしまう。実際話をしながらハロマンスを注射器に入れていたら、手ではねのけられたこともある。ハロマンス1本の薬価は3000円ほどするが、患者さんに注射していないので、患者さんの診察代に請求するわけにはいかない。ムダになった何本ものハロマンスの薬代はすべて私の医院の持ち出しである。先週の金曜日には、保健所から名称が変わった保健センターからも連絡があった。その前にも、訪問看護ステーションから連絡もはいっていた。土曜日の午後には往診をするつもりだったので、覚悟を決めて患者さんの家に出かけた。注射を打つのを失敗すると、次回からは警戒され、自宅の鍵も閉められてしまう。
 一応声をかけて、自宅の中に入っていった。きょうだいさんが別の部屋から返事をしてくれた。患者さんは、玄関のそばの散らかった部屋で横になってうたた寝をしていた。声をかけたのが気づかれずにすんでよかった。こういう場合は、一旦起こして有無を言わさずに注射を打つしかない。声をかけて、起き上がったところに注射器を出して、腕に筋肉注射をしようとした。激しく抵抗するが、力ずくで抑え、とにかく腕に針を刺すことである。針は折れることはないが、「動いたら針が折れる」と言ったら、ほとんどの患者さんはおとなしくなる。何とか、注射をすることができて、ほっとした。次回の予約券を渡し、医院を受診しなかったらまた往診に来ると伝えた。自立支援医療の更新の手続きをしなければならなかったが、まったく聞く耳を持たなかった。長期間薬が効く薬を注射したので、今よりは少しましになると思うが、患者さんがきちんと薬を服用してくれるのが1番いい。町内会から私の医院に直接苦情が来ることだけは何としても避けたい。前の時には、障害のない別のきょうだいさんから往診・訪問医療専門の先生に紹介状を書いて欲しいという手紙も来たが、主治医の私がどうしようもない患者さんは、どこに頼んでも無理である。私がこれまで主治医として患者さんを診てきたので、力づくで抑えてでも、多少強引なこともできる。
 日曜日は、きのうの月曜日にあった労災の判定会議の資料を読んでいた。この日は久しぶりに自転車に乗って、丹波橋から医院まで行った。京阪で丹波橋から東福寺まで200円であるが、この電車代を節約するにはかなりの労力を要する。健康にいいとは言っていられないぐらい、疲れた。ほとんど電動アシストは使っていないが、20分以上かかり、朝6時までには医院に着くことはできなかった。この夏で体力が落ちたようで、自転車をこいでいても息も絶え絶えである。そのうち慣れてくると思うので、もう少し頑張ってみようと思う。朝6時過ぎに医院に着いて、最初に12月で切れる障害手帳の診断書や今月で更新になる障害年金の診断書を書いていた。新規の自立支援医療の申請も多い。今回の労災申請は5件あり、予め送られて来た資料は全部で900枚近くあった。一部資料の訂正があり、少し前にメールで送られてきていた。この日に印刷したら、びっしりと書かれたA4用紙で35枚あった。現在、電子書籍が話題になっているが、35枚の資料をパソコンを見ながらチェックすることなんか不可能である。いったん印刷して、ページをまくりながら見る方がよっぽど効率がいい。いつものことであるが、私が司会をするので、あまりいい加減に資料を読むわけにはいかない。労災で裁判になっている事案の意見書も今月中には書かなければならず、31日の日曜日まではゆっくりしている暇もない。
 この日は夜5時半から東山医師会の「秋の集い」があった。今回の講演者は童話作家で、新撰組についても本を書いているということであった。龍馬伝が話題になっているようであるが(昔から大河ドラマなんか見たことがない)、史実とは異なり、ほとんど作り物ということであった。ここでも何回も書いているが、私は大学受験で世界史を取ったので、日本史はほとんど知識がない。古文も嫌いなので、いつまでたっても昭和以前の出来事については無知のままである。せっかく京都に住んでいるので、引退してからはまたゆっくりと勉強をしたい。きょうの朝は読みかけていた本を読んでこの日記で紹介するつもりであったが、自転車通勤で疲れて何もする気がしなかった。マカオへの往復の飛行機の中でも4時間しかなかったので、ゆっくりとしていたらあまり読む時間もなかった。今回も立て続けに紹介してきた官僚シリーズで、寺脇研「官僚がよくかわる本」(アスコム・ブックス)である。本の帯には、官僚は(国民の)犬であると刺激的な言葉が並んでいる。何とか次回までに読み終えて、紹介しようと思う。きょう受診した患者さんが、旅行している間は楽しいが、帰ってきたらやることが山ほどあり、すぐにまたうつになると話していた。私もそうであるが、マカオでストレスを発散してきても、2、3日持ったらいい方である。昔と比べ、ふだんの日常の生活と何もしなくていい旅行との差が格段に広がったような気がする。ふだんの日常が忙しすぎるので、非日常と比べ、極端な隔たりができた。

平成22年10月12日(火)

 この連休は1人でマカオに行っていた。夏のラスベガスに次ぎ、立て続けの海外旅行である。こんな不況でみんなの反発をくらいそうであるが、私の唯一のストレスの発散は国外逃亡なので許して欲しい。ラスベガスはお金を使った割りには、不完全燃焼であった。ギャンブルをしないさすらいのギャンブラーとしては、後残っているのはカンボジアのポイペトである。ここは、タイ人観光客のために、カンボジア側の国境でカジノが作られている。「地球の歩き方」では、危険なので近づかないように書かれているが、ネットで調べて見るとそうでもないようである。たまたま、先週の水曜日に自宅で夕食をとりながら、TVで「クイズヘキサゴン」を見ていた。この番組の中で、おバカ3人組が過酷なはじめての海外合宿というのをやっていた。この時に、バンコクの国際空港からタイの国境側の町であるアランヤプラテートまでタクシーで行き、翌日国境を越えてアンコール・ワットまで行っている。このカジノの町であるポイペトも番組では出てきた。バンコクからアンコール・ワットまでたくさんの長距離バスが出ているが、必ず国境越えで通過する町である。今回も忙しくて、ギャンブルをしっかり覚えて行くことができなかった。ラスベガス、マカオとカジノにはいれなかったので、次はこのポイペトでカジノ・デビューをするつもりである。
 気楽に海外に出かけているようであるが、それなりに準備はしていく。あまり休診にはしたくなかったが、関空発のマカオへの直通の飛行機の運航は、週5日だけである。本当は土曜の午後に出発し、きょうだけ休診にしたかったが、運が悪いことに火曜日は運航していない。土曜日に香港経由で行ってもよかったが、外来が終わってからでは、マカオまでは当日には着けない。香港からフェリーで渡るのもけっこう手間暇がかかる。仕方ないので、金曜の午後と土曜日を休診にした。私は休診にする時には、2ヶ月前には院内と玄関前にお知らせの紙を貼る。それほど新患の患者さんが多いわけではないので、この辺りに来院しそうな患者さんには必ず声をかける。落ち着いてくると、自分で薬を調整して1〜2ヶ月に1回ぐらいで、予約無しで来院する患者さんも多い。ふだんは、土日関係無しに朝6時に医院に出てくることが多いので、この程度の休診は許して欲しい。このホームページを見ている患者さんにはバレバレであるが、医院の張り紙だけでは学会関係で休んでいるようにも見える。患者さんには迷惑をかけるが、医者がリフレッシュしてくれた方が、いい診療が提供できると考えて欲しい。最近プジョーのスポーツ・カーが500万円ぐらいで発売されたが、ストレスが溜まってくると、それこそ衝動買いしたくなる。それと、プロペシアは飲んでいるが、ますます最近髪の毛が薄くなってきている。リアップも買ったが、面倒臭くてまだ1回も使っていない。意味不明であるが、頭が禿げる前に、いろいろな所を旅行しておきたい。きょうも朝6時に医院に出てきたが、ややこしい書類が山ほどたまっており、患者さんも多くて、ストレスの発散が逆効果のような気もしてきた。
 さて、マカオである。マカオ航空で週5日直通で関空から出ている。飛行時間は4時間ぐらいで、マカオには現地時間で午後7時半頃に着く。今回は3泊ともホテル・リスボアを楽天トラベルで予約した。ここのホテルはいろいろな意味で有名である。私はマカオは初めてなので、交通の便がいいこのホテルにした。週末は香港からの客も多く、宿泊代も値上がる。ちなみに、高級ホテルに属し、税金やサービス料は別で、土曜日の夜は日本円にして約1万4千円で、日曜の夜は約9千円である。1人で泊まるには、私にはゴージャスな気分を味わえ、ラスベガスよりよかった。ラスベガスは何もかもが広くて大きすぎて、少しおおざっぱな感じがした。どんなに規模が大きくても、限られた時間で廻れるのは限られた場所だけである。物価は、フィリピンのサンミゲールの缶ビールがセブンイレブンで60円ぐらいで、市内のバスも近場で35円ぐらいである。タクシーの初乗りも140円ぐらいであった。夜でも照明がきらびやかに輝き、本当にミニラスベガスという感じである。観光写真となってしまったが、ラスベガスとこのマカオの写真を近いうちにもんもん写真館に掲載しようと思う。
 今回の表向きの旅行のお目当ては、ヴェネチアン・マカオ・リゾートでやっているシルク・ド・ソレイユの「ザイア」とこの夏から公演しているシティ・オブ・ドリームズの「ザ・ハウス・オブ・ダンシング・ウォーター」である。ネットで予約しておいたが、「ザイア」は約6200円で、「ザ・ハウス・オブ・ダンシング・ウォーター」は約9800円である。VIP席ではないが、それに次ぐ席である。マカオでは、海外資本にも市場を開放したので、ラスベガスからいくつもカジノ・ホテルが参入している。このベネチアンはゴンドラが流れ、作りもラスベガスとそっくりである。近くのシティ・オブ・ドリームズもハードロック・ホテルなどいくつものカジノ・ホテルがはいっている。天井が高く、高級感にあふれている。ここは、私の泊まっていたマカオ半島とは離れており、ホテルとホテルの間はまだ殺風景である。これからいくつものカジノ・ホテルが開業する予定なので、ショッピングも含め、ラスベガスに行くぐらいなら、このマカオで充分である。中国本土からの観光客も多く、マカオのカジノで大損をした役人が本土に戻ってから負けを取り戻すために不正を働くという噂もある。今回は日中に中国本土の珠海にも行ってみたが、物価が安いと言われているわりには、あまり割安感はなかった。マクドナルドでチキンのハンバーグとポテト、コーラのセットで300円弱であった。壊れた手持ちバッグの代わりに、小さなバッグを買ったが、約250円である。
 シルク・ド・ソレイユの「ザイア」は午後5時の公演を予約していたが、土曜日の夜だというのに観客は3分の1ぐらいしかはいっていなかった。心配になって、8時からの公演の方に沢山の観客が来ることを祈ったぐらいである。いつものように、ジャグリングや空中ブランコ、宙づりの自転車などが出てくるが、いかにワンパターンにならないように工夫するかである。ローラースケートを使った凄ワザが出てきたが、このショーを引き締めてくれた。個人的には、「コルテオ」よりもこちらの方がよかった。来年日本にやってくるシルク・ド・ソレイユの「クーザ」も見に行くつもりである。「ザ・ハウス・オブ・ダンシング・ウォーター」はまだ公開になったばかりで、夜8時からの公演であったが、超満員であった。プールを使ったショーであるが、舞台や人にお金をかけて最新の技術を駆使しているのがよくわかった。空中でのショーも集団を上手に使った新鮮な工夫が見られた。天井近くの高さから小さなプールに飛び込んだり、バイクを使ったアクロバット・ショーなど飽きさせずに楽しめた。今は3D映画やコンピューター・グラフィクスを使った映像に見慣れてしまったので、いかにリアルの人間が凄ワザを見せるかである。「ザイア」も「ザ・ハウス・オブ・ダンシング・ウォーター」も1度は見ておく価値はある。マカオでも珠海でも、出入国管理のカウンターでは、4段階で職員の対応を評価する押しボタンが置かれ、中国も本気で観光客の誘致に力を入れているようである。マカオはラスベガスのように、家族連れでも楽しめるように一大娯楽地と脱皮してきている。
 さて、大人の遊びである。前にも紹介したように、ラスベガスのナイト・ライフを舞台にした映画「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」のDVDが最近発売され、あちこちの雑誌で取り上げられている。やはり、男性にとってはラスベガスのような場所は、日常から離れた羽目を外す場所としての役割を担っている。ラスベガスでは、「クレイジー・ホース」などのストリップ・ショーも一流ホテルでやっているが、子どもを連れてははいれない。小さなストリップ・ショーもあるが、いろいろと規制があり、トップレスでは酒を提供できるが、スッポンポンではアルコールは禁止である。マカオでも、品のいいナイト・ライフは充実している。バンコクやアンゲレスのような大勢の日本人が娼婦を連れて出歩いているようないかがわしさはない。こういう所では、連れている女性ももうひとつである。私の泊まったリスボアはいろいろとあると書いたが、ホテルとカジノを結ぶ廊下を娼婦が歩いていることで有名である。回遊魚と呼ばれているが、本土から出稼ぎに来た女性である。娼婦とはまったく見えず、びっくりするようなモデル級の美女もいる。日本のアダルトビデオ女優もレベルが格段に上がってきているが、それ以上に見えたりする。私が冗談半分で、すれ違い時に「ハウマッチ」と聞いたら、1000と答えた。日本円で1万1千円にも満たない。私は、セックスに関しては病気がこわく、不潔恐怖である。最近は年を取ってきて、段々とどうでもよくはなってきてはいる。やはり、頭が禿げあがらないうちに何とかしようと思う。神経質かもしれないが、廊下には監視カメラが付いている可能性が高く、万ヶ一でも宿泊客として特定されるのだけは避けたかった。そのまま自分の部屋に帰ろうとして振り返ったら、5〜6人の女性が私の後ろに付いて来ていた。ところが、エレベーターに乗ろうとホテル側の敷地内にはいったら、全員廊下でぴたりと止まって、それ以上絶対入ってこない。それなりに、こういう女性も規制されているのである。

平成22年10月5日(火)

 何でもそうであるが、半強制的なものがないと、すぐに中断してしまう。中国語の勉強も毎日やろうやろうと思っていたが、ついつい怠け癖がでてしまった。4回の中国語入門編を終えてからは、もう何も手つかずである。そのまま初級編を継続してもよかったが、やっぱり火曜日の午後8時は不便である。きょうも午後の外来が終わってから往診に行っていたが、この日記を書き出したのは午後3時過ぎである。朝は6時過ぎには医院に出てきたが、あまり書くことがなかったので、とりあえず読みかけの本を読んでいた。このまま何も中国語の勉強をしなかったら、また来年の4月ぐらいまで遠のきそうである。インターネットで調べたら、京都駅付近にもいくつか中国語スクールがある。木曜の夕方か日曜日ぐらいが1番都合がいいが、なかなか時間を合わせるのが難しい。 個人レッスンではなく、グループレッスンの方を希望している。
 とりあえず、CNNのワールド・リポートは毎日30分は見るようにしている。語学の勉強で、1番ものぐさな勉強方法は、TVをぼんやりと見ることである。初心者には苦痛かもしれないが、ある程度聞き取れるようになると、あまりよくわからなくても、映像付きなので何となくわかったような気になる。聞き逃した部分を何回も聞き直すのは苦痛であるが、その努力は報われる。しかし、ただ見ている分にはそれほど負担にならず、語学力もあまり身につかない。英字新聞や英文雑誌を読むのも、手間暇がかかり苦痛を伴うが、語学力は飛躍的に向上する。CNNは時間帯によって本社のあるアトランタやロンドンのスタジオから放送されているが、私はいつも香港のスタジオからのニュースを見ている。アジアのニュースが比較的多く取り上げられているが、日本で大騒ぎになっていた尖閣列島の中国漁船衝突事件はほとんど話題にもなっていなかった。
 日曜日は朝早く医院に出てきたが、何もやる気がせず、時間ばかり過ぎていった。前日の土曜日にとりあえず書かなければならない書類は書き、後は労災で裁判沙汰になっているケースの資料を読むぐらいであった。10月末までに意見書を書いたらいいので、それほどあわてることもなかった。10月中に書かなければならない自立支援医療や精神障害者手帳の更新手続きや診断書を書こうと思ったが、まだ事務の方でしっかりと準備ができていなかった。結局生産的なことは何もできず、だらだらと時間を過ごした。これではいけないと思い、仕切り直しに格安の床屋に行き、映画も見てきた。映画の題名は「終着駅 トルストイ最後の旅」である。週間文春の映画評で評判がよかったので、この映画にした。題名からいうと、娯楽映画というより芸術映画の趣があるが、時々こういう映画も見たくなる。
 TOHOシネマズまで行ったが、上映するスクリーンはプレミアムで、席もゆったりしてよかった。トルストイの小説は学生時代に途中まで読みかけて、結局1つも最後まで読み終えることはできなかった。私の世代さえこんなものなので、今の若い人は「戦争と平和」も知らないぐらいであろう。私の印象では、トルストイはロシアの優等生的な文豪であった。同じロシアの文豪であるドストエフスキーの小説は、どこまでしっかり読んだかあまり覚えていないが、まだ話の内容は覚えている。そんなわけで、地味な映画で、芸術的な趣があり、それなりに格調は高く、誰もが露骨には批判できず、何回も見たいとは思わない映画を予想して出かけた。話の内容は、当たらずも遠からずであったが、それなりに楽しめた。少し前に、去年のキネマ旬報で、外国映画部門で第7位に選ばれていた「アンナと過ごした4日間」のDVDをツタヤで借りた。ところが、地味な出だしでなかなか話が展開せず、途中で見るのをあきらめて返してしまった。もうちょっと我慢して見ていたら、予想外の出来事が起こっていたかも知れない。この種の映画としては、古くはベルイマンの「叫びとささやき」などがある。
 トルストイが晩年妻から逃れて、旅に出ている時に高熱を出して、途中下車する。映画の原題は「Last station」で、ここでトルストイは息を引き取り、最後に妻のソフィアがかけつける。この映画の見所は、この当時の雰囲気とロシアの風景である。日本では絶対に出会えない味わいのある風景が次から次へと出てくる。私も早く引退して、カメラを持ってこういう所を旅してみたい。テーマは夫婦である。著明な有名人には悪妻で有名な妻が出てくるが、最初はトルストイの妻も悪妻であったのかと思ったほどである。しかし、トルストイも妻にうんざりしながらも、深い愛情を示したりする。この映画を見ていて、去年芥川賞を取った「終の棲家」を思い出したりした。私の医院で診ている何組かの老夫婦のことも改めて考えたりした。夫が暴君となっている夫婦もいれば、年老いて妻がしっかりと夫の面倒を見ている夫婦もいる。私も段々と年とってきて、いやでも老後の夫婦生活のことを考えてしまう。日本ではほとんど忘れ去られている作家であるが、夫婦とは何かを考えるには、1度は見ておいていい映画である。
 さて、今日の朝読み終えた本である。同時並行読みで、途中まで読みかけている本は山ほどあるので、何も書くことがない時には便利といえば便利である。岸博幸「ネット帝国主義と日本の敗北」(幻冬舎新書)である。著者は通産省に入って20年ほど勤め、現在慶応大学教授で、TVなどで官僚を批判している。前回書いたようにどこの官僚も財務省には不愉快な思いをさせられているので、多少割り引いて聞いた方がいいかもしれない。財務省の官僚に代わる人材であるが、政治家に任せていたら、国民のご機嫌取りとなって、今以上に借金だらけの国家となってしまう。予算の編成のできる人物は、国家公務員試験第1種でトップクラスの成績を治めたということで、命令系統が担保されている。頭のいい人達がよってたかって好き放題言っても、国家として何もまとまらない。しかし、現場で働いていた官僚として、ムダな予算を削る提言はこれまで以上にして欲しいと思う。
 内容としては、ネット上のサービスは、端末、NTTやイオなどのインフラ、グーグル、ヤフー、アマゾンなどのプラットフォーム、TV局や新聞、雑誌、レコード会社などのコンテンツ・アプリケーションの4つのレイヤー(層)に分かれるが、この中で莫大な利益を上げているのが、プラットフォームであり、アメリカが独占しているという。その分、これまで自社で流通も独占していたコンテンツ産業(新聞を含むジャーナリズムなど)がネットの普及で採算が採れなくなり、衰退していくことを危惧している。ヤフーやグーグルなどの米国企業が占める割合は、韓国で12%、中国で20%ぐらいであるが、日本での検索サービスの占める割合は90%である。現在クラウド・コンピューティングで、パソコンのデータをグーグルやエバーノートに保管することが流行しているが、米国では同時多発テロを受けてから「米国愛国者法」ができ、米国本土内にあるサーバーの内容は当局が簡単に調査できるようになったという。
 一般の人にとってテロは関係ないと思うが、経済情報については気をつけないといけないという。実際に、著者が米国滞在時に、経産省の外郭団体に関わっていたが、表向きにはいろいろな規制があっても、そこのオフィスの電話は米国に盗聴されていたという。日本の企業の不祥事がマスコミで報道される場合には、その情報源はその企業のサーバー管理者であることが多いという。サーバー管理者はその気になれば、個人のメールの中身を含む社内の情報を見られるのである。それだけ、情報支配には気をつけなければならず、国内にも安全保障の観点から、グーグルやヤフーに匹敵するサービスが必要であるという。グーグルなどのプラットフォーム・レイヤーが新聞などの情報をただで提供していることについては、ジャーナリスムからも批判が出ている。違法なダウンロードについても、各国でいろいろな対策が取られている。広告による収益で最も変化の激しい英国では、すでに2006年にネット広告が新聞広告を追い抜き、2009年にはTV広告も追い抜いたという。
 もっといろいろ書きたかったが、もう夜の9時なのでこの辺で終わりにしようと思う。この日記を毎週火曜日に更新するのは私にとっては半強制的になってしまったが、こんなことがなかったら、朝早くからこんなに無理してまでこの本を読んでいなかったと思う。

平成22年9月28日(火)

 日中関係がややこしいことになっている。ほとんどの日本人は中国のことを「盗人たけだけしい」と思っているだろう。いくら米軍の沖縄駐留を反対する人でも、まさか尖閣列島は中国固有の領土であるとは主張しないだろう。尖閣列島については沖縄返還とともに日本に返還され、日本が現在実効支配をしていというのはよくわかった。しかし、中国が主張する根拠となっている部分については何も報道されていないので、誰か教えて欲しい。いずれにしても、フジタ社員を拘束したり、レアメタルの輸出を制限したり、関税の手続きを遅らせたり、中国が主張する領土問題とは関係ない部分でやりたい放題である。これまで現場で、日中の友好関係に尽力をつくしてきた人たちの努力はすべて水の泡である。中国の脅威を必要以上に主張してきた反中派の人たちの言い分が、まったくその通りであったと証明されたようなものである。少なくとも、いくらこれから日中友好と言われても、日本人に対してぬぐいがたい不信感を植え付けたのは間違いない。多くの日本人に、中国は裏で何を考えているかわからず、決して心を許してはいけない国だと印象付けた。もっとも、中国人自身も、体制が変わったら方針がころっと変わる中国政府は、あまり信用していない。
 私は中国に対しては、これまでは親中派でも反中派でもなかった。わざわざ中国語を勉強して、中国を旅行したいと言っているぐらいである。国としては興味があるが、まだ本格的に旅行したわけでもなく、特に好きでも嫌いでもなかった。これだけの人々を食べさせて、1つの国にまとめていくのは大変なことである。国内問題で強権的な力を発揮するのは、国が成熟していく過程である程度仕方のないことだと思っていた。私も今回の中国の対応については「盗人たけだけしい」と思っているが、中国政府と中国人は別である。手始めにマカオ旅行を考えていたが、日本人観光客までいやがらせをするようなら、私も徹底的に反中派になろうと思っている。
 今週の週間ダイヤモンドを読んでいたら、特別広告企画でマカオが特集されていた。ラスベガスではあちこちの有名ホテルでシルク・ド・ソレイユのショーが公演されていたが、マカオでは「ZAIA」が演じられている。他にも、シルク・ド・ソレイユではないが、開演したばかりの「ザ・ハウス・オブ・ダンシング・ウォーター」のことが紹介されていた。ラスベガスがあれだけの大規模なホテルの数と会議施設を持っているのは、全米の各業界団体の大会に利用されているからである。この特集を見ると、マカオも個人旅行の旅先としてだけではなく、企業の旅行先として日本で誘致している。今回の尖閣列島の問題がこじれたら、どこの日本企業も中国はこわくて、安心して旅行なんかしていられない。日本人観光客はマナーもよく、金払いもいい。今の所、中国は日本に対して強気であるが、失う物も多い。日本人はバカではないので、あまりにも理不尽なことをすると、ボディブローのように、じわじわとこれから効いてくると思う。
 患者さんの話を聞いていると、自営業は全滅である。今年の夏は特に暑かったので、飲食業もだめである。町の床屋さんも、格安の床屋チェーン店に負けている。うちはまだ大丈夫といっていた建築関係もだめである。中古車を扱っていた自動車関係も全滅である。きのう、TVタックルの特集を見ていたが、それぞれの業界が同じ事を言っていた。コンビニの数よりも多いと言われている歯科医院もダメである。こんな事を書くと反発を呼びそうであるが、私の属している医療業界はまだましである。リーマンショック前も医療業界は決してよくなかったが、周りの業界がどんどんとダメになって、相対的によくなってしまったのである。病院関係が苦しいのはよくわかる。TVではそれぞれの業界が民主党議員に訴えていたが、最終的な国の意思決定はどうなっているのか知りたいと思う。
 さて、前回紹介した、岸宣仁「財務官僚の出世と人事」(文春新書)である。著者は読売新聞の記者として勤務し、当時の大蔵省や通産省などを担当していた。この本は読み終えた所であるが、同時並行読みで、ニューズウィーク日本版編集部「経済超入門」(阪急コミュニケーションズ)を読み始めた所である。お金も時間もモノも限られている。何をどれだけ選ぶか、経済学はそうした選択に関する学問であるという。限られた資源をどう使うかという社会全体の配分は、個人や企業や政府の選択をすべて合わせた結果で決まる。使える資源が限られている以上、何かを選べば、別の何かをあきらめなければならない。選択には、「あちらを立てればこちらが立たず」というトレードオフの問題が常につきまとうという。国の予算の配分も同じである。トラック業界にも予算をつけ、農業にも予算をつけ、子育てにも予算をつけ、医療にも予算をつけていたら、国家が破綻してしまう。
 この本では、日本の最高頭脳が集まる場所として、財務省(旧大蔵省)を挙げている。最近は医学部人気で、トップクラスの成績で卒業する医学生もその優秀さでは負けてはいないと思う。しかし、才能を発揮する場所が違う。ノーベル賞級の医学的大発見をする能力は、才能プラス運も関係し、卒業成績とはそれほど密接に関係しているわけではない。しかし、この本を読むと、財務省には文系のとんでもない秀才ばかり集めていることがよくわかる。キャリア官僚というのは、前回の日記でも書いたが、国家公務員第T種試験に合格した者で、毎年1500人ほど採用される。この財務省には毎年20人ちょっと入省するが、この中でもトップクラスの成績の者ばかりが集められている。中には、東大法学部を1番で卒業し、このT種試験でも1番の成績を治め、学生時代に司法試験も1番で合格し、外交官試験にも1番で合格した者もいる。しかし、省内では公務員試験1番はトップの次官にはなれないというジンクスがあるという。
 この財務省が他の省庁と異なっているのは、予算編成権を握っていることと、族議員のボスである政治家と密接な関係にあることである。この中でも、最高軍団は主計局で、予算のとりまとめをする。この主計局だけは、他の省庁の1ランク上の者と対等な立場で交渉できる。だから、主計局長は、他の省庁のトップである事務次官と交渉でき、課長補佐にあたる主査は10歳年上の他の省庁の課長を呼びつけたりできる。各省庁の課長も予算を削られては自分の出世の妨げになるので、若い主査に対して平身低頭である。本質的には他の省庁は予算の増額を訴え、赤字国債の増発を避けたい主計局は予算の削減を訴える。査定する側の主計官僚は、族議員に対して嫌われ者の役割を演じざるを得ず、族議員のボスから「彼がそこまで言うなら、矛を収めようか」と思わせる度量が求められるという。自民党についても書いているが、公共事業をあやつる建設族が公共事業の配分シェアをほとんど固定化し、大蔵省はメスをいれようとしたが、そのたびに族議員の厚い壁に跳ね返されていたという。
 民主党が、日銀総裁にほぼ決まっていた大物次官の武藤俊郎を天下り反対で、その就任を拒否した。その日銀総裁についてであるが、ある主計局幹部さえ「予算編成で多少の間違いをしても国がつぶれないが、金融は少しでも舵取りを間違うと、日本の将来につけを残すことになる」と言わしめている。単なるお飾りの名誉職ではない。武藤も著者のインタービューに答え、誰でもなれるものではなく、日銀総裁は日々命を削るようなポストと言わせている。単なる天下り反対ですむような問題ではないのである。このインタビューでは、主計局は常に敗北の歴史だったという。政治と闘って勝った試しがないという。本当に主計局が強かったら、国、地方をあわせて800兆円の借金にはなっていなかったという。財務省はなんとか身体を張って健全財政にしようとしていたが、族議員などの無理押しで、いつの間にかこれだけの借金を作ってしまったことになる。消費税の値上げも国民に評判が悪いが、財務省は本質的には憎まれ役になっても、国家の健全な財政を目指していることがわかる。これだけの借金を若い世代に残すのは私も無責任だと思う。
 これだけの超エリート集団の中でひとつ頭をぬける資質が求められるという。いい意味でのワルが求められ、それは「センスと、バランス感覚と、度胸」だという。国家のグランドデザインを描ききることができ、全体の均衡点を見極める能力を有し、無理難題を言ってくる族議員とも渡り合える度胸である。次官の器量についても書いているが、相手を納得させる器量、危機存亡の時でも安心して組織の舵取りが任せられるという安定感などをあげ、実際にそう言う能力を持っている人が財務省のトップになっている。国家の事務方を任せている人たちがこれほど優秀なのに、どうして素人目に見ても税金の無駄使いと思えることが起こってくるのかと思う。この辺を解明しないと、いつまでたっても日本がよくならないと思う。その責任の一端は官僚にもあるかもしれないが、政治家にも大いにありそうである。

平成22年9月21日(火)

 そろそろ涼しくなってきたので、自転車通勤をしなければならない。しかし、ついつい電車を使ってしまう。昨晩はいつもの通り暑くならないと思ってエアコンを消して寝たら、途中から蒸し暑くなって、目を覚ましてしまった。ビールの飲み過ぎだけではなく、少し暑かったようである。夜中に汗をかくので、毎朝シャワーを浴びて医院には出てくる。この連休はほとんどこもっていたので、少しは身体を動かさなければならない。1日祝日があると、気分的にはゆっくりとできる。本や荷物の整理をしたり、中国語の勉強も少しはできた。尖閣列島沖の漁船衝突事件では、中国政府の対応は強硬である。日本政府の対応は冷静というより、弱腰に見えてしまうぐらいである。こういう事件があると、私の子どもの世代はますます中国嫌いになりそうである。いずれにしても、日本の社会はどんどんと少子高齢化していくので、後20〜30年もしたら、中国人を大量に受け入れざるを得なくなる。私が介護を受ける年齢になったら、現在とはまったく違った世界となっているだろう。
 本を何冊か同時並行読みをしているが、この連休の間にやっと1冊読み終えた。横田由美子「官僚村生活白書」(新潮社)である。官僚の天下りが非難され、官僚批判が続いているが、その官僚の実態についてはほとんど何も知らない人が多いだろう。私も官僚、キャリア、ノンキャリアの正確な区別がつかなかった。この本を読んで、これまで曖昧であった官僚の概念がよく理解できた。国家公務員第T種試験にパスした者がキャリア官僚と呼ばれ、約30万人いる国家公務員全体のわずか5%を占める。このキャリア官僚が上層部を占め、中層や下層部分にはノンキャリアと呼ばれるU種やV種試験に合格した官僚や職員がいる。佐藤優の講演を聴きに行った時に、「私は官僚」と言っていたので、キャリアでなくても官僚と呼ぶことを初めて知った。このキャリア官僚には、事務官と技官の2種類がある。医者では厚生労働省の医系技官になれるが、要職につくことはなく、実質的には国交省だけがこの技官でもトップの事務次官ポストに就くことができる。キャリア官僚についても、通常、法律職、経済職、行政職で採用された事務官のことを指し、この区分も各省によって事情が違う。財務省では、「真のキャリア」と認定されるのは、東大法学部出身で、法律職で入省した文官だけで、経済職や行政職で入省したキャリアはキャリアとはみなされないという。キャリア官僚は入省後、約10年で課長補佐、20年もすれば課長に必ず昇進する一方で、ノンキャリアでは最高ポストでもほとんど課長補佐までである。
 昔から一流官庁とされているのは、大蔵、外務、警察、自治で、これに通産省が加わる。それ以外は、二流官庁、三流官庁とバカにされ、国税庁や特許庁の外局などは、T種試験合格者にもかかわらず、キャリア官僚としてみなされないという。旧防衛庁も、総理府の外局に置かれ、「憲法違反の三流官庁」と小馬鹿にされ、落ちこぼれがいく役所と見なされていた。なんだか、一昔前の精神科のようである、安全保障の分野では、外務省の安全課所属の官僚が主導権を握っていたが、その外務省に一泡吹かせて、省昇格に道筋をつけたのは、守屋元事務次官である。官僚には、苦学系官僚と名家出身のセレブ系官僚がおり、守屋元事務次官は東北大の出身なので苦学系に分類されることになる。ここでは、同じように逮捕された厚生省の岡光元事務次官のことも書かれている。東大法学部出身であるが、母1人子1人の母子家庭で育っている。この2人は、コンプレックスをばねにして、道を踏み外してでも、出世しようと身体を張ったと著者は述べている。
 世間一般では、官僚というと、勉強ばかりできて世間知らずで、要領よく立ち回ってきただけのように思われている。しかし、著者の知る限り、優秀な官僚の仕事は激務だという。土日もなく、懇意の政治家の事務所で秘書顔負けのただ働きをしている。議員が地元の選挙で勝ち抜くための選挙公約まで考えたりもしている。議員のために骨身を削ってお世話をしてきたのに、麻生政権末期には国民の支持率上昇を目的に「官僚批判」を行う議員も出てきた。この時に、激しい憤りを隠さない官僚も少なくなかったという。彼らほど、勉強熱心で努力を厭わない人種はいないと著者は述べている。居酒屋タクシーで官僚のタクシーチケットが問題になり、今は乗車できても「3人相乗り」が鉄則になり、使い勝手が悪くなったという。官僚の婚活についても書かれているが、土日、深夜まで働いている若い官僚にとって出会いの機会が少ない。この本では、経産省のことが書かれているが、長妻前厚労大臣が若手官僚の恨みを買っているという。どういう事かというと、以前は秘書や庶務などの仕事をする事務を補助する非常勤職員というのは、縁故が中心で、もっぱら「お嫁さん候補」として採用されていた。ところが、長妻前大臣が、野党時代の平成15年に「国家公務員のコネ採用に関する質問主意書」を提出したので、これ以降縁故採用がなくなり、公募が増えて、女性の容姿のレベルが圧倒的に悪くなったという。医学部でいうと、医局の秘書みたいなものである。今はどうなっているのかよく知らないが、昔は安い給料で、医者の娘やどこかのお嬢さんが医局の秘書として働いていた。実際に医者と結婚する人も多かった。今や官僚の地位も下がり、名家にとっても娘の嫁ぎ先として魅力のある職業でなくなったという。
 ここでは普通の家庭出身でキャリア官僚と結婚した奥さんが出てくる。官僚と結婚することが決まった時に、今まで自分のことなど歯牙にもかけなかった会社の偉い上司が、「ぜひ婚約者を紹介して欲しい」と態度を一変させたという。ところが、結婚して住むことになった官舎は安さだけが取り柄で、3LDKで家賃は2万1千円だったという。場所は都内ではなく埼玉県にあり、都心から電車で1時間ほどかかり、駅からも遠い。築何十年と経った建物で、風呂釜も着火式タイプである。マスコミで、超高級住宅地にある公務員宿舎が豪華すぎるとやり玉に挙げられるが、こんなマンションに住めるのは本の一握りの高級官僚だけである。しかし、こんな高級官舎でも作りは粗悪で、音が筒抜けになるという。給与も、キャリア採用時の初任給は18万1千2百円である。貧しい新居に驚いたこの奥さんは都心でマンションを借りることを夫に提案したが、課長補佐でも年収は600万円ほどである。保険や税金が引かれると、手取りが月30万〜35万円で都心でマンションを借りたら、恐ろしく切り詰めた生活となる。同じ官僚でも、セレブ妻を娶った官僚は都心で豪華なマンションに住むことができる。この官舎住まいも気苦労の連続であったという。嫉妬に燃えたノンキャリアの年上の奥さんの対応も難しい。45歳ぐらいで課長に昇進するが、年収はやっと1200万円である。この後は、キャリア官僚でもどんどんと首を切られ霞ヶ関には本当に優秀な上澄みの部分だけが残される。これまで身を粉にしてきた官僚をそのままどぶに流すわけにはいかず、天下り制度がある。天下りの制度は、選び抜かれた優秀な人材だけを政府の中枢に残す制度である。この本では、天下り禁止や新たな人事評価導入で困るのは、キャリアよりノンキャリヤであると書いてある。外交官妻のことにも詳しく書かれているが、一昔前は貴族外交官ばかりであったという。きょうは、中国語教室に出ていたので、この日記の更新も夜中の12時近くになってしまったので、詳しいことはこの本を読んでもらうことにする。
 今回は他の省庁の官僚をバカ扱いする、岸宣仁「財務官僚の出世と人事」(文芸春秋)の第1章だけ読んだ。第1章の題名は、「十年に1人の大物次官・斉藤次郎」である。斉藤次郎という名を聞いてもわからない人が多いと思うが、今回日本郵政社長に復活した人である。日本医師会は官僚についていろいろ批判するが、この本を読むと、本当に優秀な官僚についてはあまり理解していないと思う。医療費を増やせと言っても、ない袖はそう簡単にふれない。私もその恩恵を受けているので日本医師会を批判はできないが、単なる利益団体で、それ自体は悪いことではない。勤務医の過酷な労働が声高に叫ばれているが、安い給料で身を粉にして働いている官僚を知ると、偉そうなことは言えなくなる。医療者向けのホームページを見ていると、官僚をバカ呼ばわりしている発言もあるが、本当に身の程知らずだと思う。日本の医療をどうよくしていくか、現場から発言するのはもちろん大事である。政治家は法案を国会で通す権利を持っているが、大衆に迎合して、キャリア官僚ほど能力がない人がほどんどである。民主党は脱官僚を目指しているが、もっと自分たちの本当の能力を知るべきだと思う。「官僚生活白書」では、政治主導を錦の御旗を掲げた民主党議員が何でも仕切りたがり、官僚に仕事をさせず、オバマ大統領が来た時に失態を犯したことも書かれている。

平成22年9月14日(火)

 毎朝5時に目覚ましが鳴ると、なかなか起きる気がしない。気分が乗らない時には、無理矢理舞台の上に引きずり出される感じがする。そして、朝日が舞台の照明である。きょうも1日舞台の上で演じきらないといけないかと思うと、うんざりする時がある。このまま目覚めずに、ずっと寝ていたいと思ったりする。自分ではなかなか自覚できないが、こういう場合は軽いうつ状態にはいっているのかもしれない。生きる楽しみよりも、目の前のやらなかければならないことに圧倒される。若い患者さんを見ていると、その日暮らしのような生活で、将来に明るい展望が見えない人も多い。中高年の自殺が相変わらず多いが、これ以上生きていても何もいいことが起こりそうにもない雰囲気が世の中には充満している。社会的に成功している人でも、今の時代は疲れている人が多い。生きるのに疲れてくると、「こんな世界とはさっさとおさらば」という気持ちになってしまうのもわからないわけではない。
 きょうは午後から2件往診があり、その後でこの日記を書いている。しかし、なかなか書くことがなくて困っている。仕方ないので、年末の海外旅行のエア・チケットをインターネットで調べたりしていた。息子は南の島には行かないというので、私1人の旅である。HISに聞いてみたら、今からではもう満席で、予約待ちもできないぐらいであった。それでも、インターネットで別の航空会社の会員専用ページを当たってみたら、希望通りの航空券が遥かに安い値段で取ることができた。現地での国内の移動は溜まったマイルで行ける。自分でも遅いと思ったが、なかなか取れない予約が取れて、少し元気が出てきた。
 今の時間はもう午後6時10分前である。8時から中国語の入門コースがあるが、気分としてはさぼりたい気持ちである。この前のクラスでは、やはり中国語の発音の難しさを思い知らされた。前回はまだ順調にこの日記が書けていたが、中国語のクラスが始まるまでに書き終えることができなかった。終わってから医院に戻り、一息ついたら、もう午後10時である。その後からまた書き出して、前回の更新は大幅に遅れてしまった。きょうは中国語のクラスに出たら、もっと遅くなりそうである。今週は中国語の入門書を何冊か出して勉強をした。母音も子音も覚悟を決めて、何回も練習しないと先に進めないことがやっとわかった。結局、参考書として1番わかりやすかったのは、平成20年4月にやっていたNHKラジオの「まいにち中国語」であった。この時は第1週で挫折したが、半年分の本とCDは残していた。中国語の勉強をやり出してから、英語の勉強はこんなにも楽なのかとつくづく思うようになった。
 この前の日曜日は11月に切れる自立支援医療の手続きの郵便や年金の診断書などを書いていた。後は会計事務所に送る8月分をまとめたら、9月はゆっくりできそうである。月曜日に労災の判定会議があったが、今回は1件だけだったので、資料を読む時間もかからなかった。その反動で、次回は現在のところ6件だと言っていたので、まだ増える可能性がある。裁判になっているケースの資料も送られてきたが、どう考えても負けるようなケースではなかった。労災の判定会議が終わった後、私だけ国側についている弁護士と打ち合わせをした。いざ意見書を書くとなるとけっこう面倒である。時々、労働者が自殺して、会社側も家族も思い当たることがなく、労災申請をしてくるケースがある。自殺したのは事実であるが、資料からは精神障害を発病していたのかどうかもわかりにくい。自殺するということは、何らかの異常な心理のもとで行われたと解釈もできるが、抗議の自殺や信仰や信念に基づいた自殺が精神障害によるものとは考えにくい。有名タレントの後追い自殺もどう解釈したらいいのか難しい。病苦の場合は、適応障害という病名をつけることはできるかもしれない。この辺のあたりの事を、裁判官が納得できるように意見書を書くのは、けっこう大変である。
 時々、正社員を不当解雇されて精神障害を発症したと労災申請をしてくるケースがある。いくら零細企業でも、この場合の労働者のストレスは高く評価され、労災として認められることが多い。雇用主の言い分もわからないわけではないが、正当な理由なく正社員を解雇するのは労働基準法で厳しく戒められている。このあたりのことについては、私も開業して雇用主となったので、保険医協会が送ってくる「医院経営と雇用管理」で徹底的に勉強した。それだけ、契約社員と正社員の身分の差は大きい。少し前に週間ダイヤモンドでもこのことについて取り上げていた。正社員の身分が労働基準法で手厚く守られているのは決して悪いことではないが、その分企業側が労働者を正社員として雇用するのを躊躇させている。このことが、なかなか正社員が増えず、非正規社員ばかりが増える理由ともなっている。きょうのニュースを見ていたら、管首相が民主党代表に再選され、雇用を第一に掲げていた。労働市場の流動性を含め、この辺のことをどうするのか、本当に難しい問題である。
 きょうは結局中国語のクラスはさぼった。ふつうは1回さぼるとその次は出にくくなるが、最終回の次回は出るつもりである。その理由は来週の月曜日が敬老の日なので、中国語の勉強もたっぷりできそうだからである。中国人に中国語を習うメリットは言うまでもないが、デメリットもある。それは何かと言うと、中国語を発音する時の日本語側からの発想ができないことである。中国語の「e」という発音は、日本人のように「エ」という口の形をして「オ」と言うという教え方ができないのである。中国人の発音を聞くだけでは、なかなか発音のこつがわかりにくい。「j」という発音も、唇を左右に引き、前舌を上の歯ぐきの少し奧にあてておき、そのまま息をおさえながら、「j」を言い、母音を発音すると同時に前舌を離す。チとジの中間のように聞こえるという説明が難しいのである。

平成22年9月7日(火)

 最近何もやる気が出なくて困っている。この前の火曜日は初めて中国語の勉強に出かけた。夜8時から80分のレッスンで、4回連続の入門編である。授業料は7,400円で、この4回のレッスンの後、本格的な中国語会話の教室にはいる。いつもはビールを飲みながらこの日記を書いているが、酔っぱらって参加するわけにはいかず、前回も今回もビールは控えている。今のこの時期に入門コースを開いている所は珍しく、場所は四条烏丸である。理想的なのは、私の医院からも近く、マンションがある京都駅近くである。ちょうど四条烏丸から市バスが出ていて、祇園を通って、医院がある泉涌寺道まで帰ってくる。この日は医院に泊まるが、ビールはそれからである。
 どんな人たちが参加するのかと思ったら、20〜30代の女性が4人いて、20代の男性が1人で、後は50代の男性が1人である。最後の50代の男性というのは私のことであるが、若い女性が多いのには驚いた。私みたいな年齢から中国語を始めるなんて、動機が不純で、中国に愛人を作るためではないかと疑われそうであるが、金髪美人より中国美人の方が好きなのは確かである。隣では、韓国語の教室を開いていたが、今や英語やフランス語だけではなく、中国語や韓国語もそれなりに人気があるようである。私の中国語は独学で、これまで四声の後の数ページで何回も挫折していた。今回は実際にレッスンを受けてどうなるかである。講師の先生は癖のない感じのいい女性であった。最初は母音や子音から始まり、四声にも移る。6人の参加者全員にその場で1人1人に発音させる。今聞いた言葉をいきなり発音しろと言われても困る。まとめて10個ぐらい言わせるので、少し緊張する。ごまかして発音しても、その場で何回も訂正させられる。しかし、語学の勉強にはこれが1番いい。80分の授業を終えて、今まで拒絶感のあった中国語の文字にも少し馴染んだような気がした。講師の先生が話していたように、休みの日にまとめて勉強するのではなく、毎日10分でも口に出して、中国語の音感に慣れるのが大事である。
 これなら毎日少しずつ勉強して、簡単な会話ぐらいできるかと思ったが、結局他のことも含め、何もやる気がしなかった。きょうは夕方からあわてて前回の復習をしている。日曜日は時間がたっぷりとあったが、何もできず、1日が過ぎ去ってしまった。きのうまでのことは暑さのせいにして、きょうからは気分を新たにまた頑張ろうと思う。日曜日は、新しく買ったネット・ブックにソフトを入れたり、借りてきたDVDを見ていた。DVDの題名は「誰がため」である。ナチス・ドイツの占領下にあったデンマークが舞台である。ナチスの協力者を次から次へと暗殺していく物語である。前半の展開は重苦しく、あまり物語に入り込めず、楽しめなかった。途中で見るのをやめようと思ったぐらいであるが、後半からが面白くなる。昔、ダシール・ハメットの「マルタの鷹」を読んだ後で、こういう所に出てくる女性は決して信じてはいけないと肝に命じた。今回の映画の展開もまた同じである。陰謀が渦巻いている世界では、誰が味方で誰が敵かわからなくなる。何が正しくて何が悪いのかもわからない。
  患者さんから面白かったと聞いた「ソルト」を、少し前に映画館まで見に行った。アクションでぐいぐいとひっぱっていき、思わぬ展開を見せていく。この映画でも陰謀が渦巻いており、主人公がロシアの二重スパイなのか何なのかわからなくなる。超人的なスタントで見せ場も豊富で、それなりに楽しめた。「誰がため」は地味な展開からじわじわと見せ場を作っていく古典的な手法で、派手さがない分こちらの方が見た後でも印象に残りやすい。先行上映されたばかりの「バイオハザードIV アフターライフ」も見たが、見ている間は楽しめるのだが、こちらも話の内容はあまり印象に残らなかった。最近の映画は字幕のない吹き替えが主流になると言われているように、なるべく観客に負担をかけさせないようになっている。観客に何も考えさせず、すっと物語に入り込ませて、いろいろな工夫はこらして観客を楽しませてくれる。その分、見た後であまり何も残らない。陰謀が渦巻く世界では、いつも自分だけは利用されないようにと思っているが、この日記も上手に書かされているだけかもしれない。
 日曜日は郵便の整理もしていたが、最近は患者家族会や作業所などからの寄付の依頼も多い。不況のせいもあるのかもしれないが、精神科関係のNPO団体などから沢山の郵便物が送られてくる。時々振り込みをしているが、年に1回の協賛費や会費だけではなく、会報が送られてくるたびに振り込み用紙がはいっている所もある。こういう場合は、自分でもいつ振り込みをしたのか忘れてしまう。銀行振り込みの場合は、まだ通帳に残るが、郵便振り込みの場合は、振り込みの控えは税理士に送るので、自分でもわからなくなってしまう。1番いいのは控えておくことであるが、他にもいろいろな所の支払いがあるので、ついついおろそかになってしまう。他の精神科の医院ではこういう団体の協賛費はどこまで協力しているのかと思う。数を減らして、自分と直接関係する団体だけにするのか、額は少なくても、まんべんなく送るのがいいのか、難しい所である。
 最後に、書くことがないのでこれからは趣味の世界である。最近患者さんから、日本のオーケストラで演奏したELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)の「タルカス」のCDを借りた。忠実に再現していて、それなりによかった。私は「展覧会の絵」は嫌いで、ELPではこの「タルカス」がベストだと思っている。少し前に出た、レコード・コレクターズ7月増刊号「プログレッシヴ・ロック」を読んでいたら、このアルバムは全英アルバムチャート1位を獲得していた。これまでにオリジナル曲を別のアーチストが演奏して、1番感動したのは、ザ・ノー・コメンツの「ひょっこりひょうたん島」である。大昔に、円山公園でスカバンドであるザ・スぺシャルズのコンサートがあった。この時の前座がこのザ・ノー・コメンツで、「ひょっこりひょうたん島」の演奏を聞いてぶっとんでしまった。この時の私にとっては衝撃的で、本命のザ・スぺシャルズの演奏よりもよかったぐらいである。
 実は最近、ユーチューブを見るようになった。私は映像と音にこだわるので、画像の悪いユーチューブは長いこと見ていなかった。ところが、昔のロックや最近のロックをチェックするにはユーチューブが便利だとわかった。映像も音も昔と比べたら格段に改善していた。この日記でも書いている「king crimson」で検索したら、ザ・ピーナッツの曲が出てきた。なんと、ザ・ピーナッツがこのキング・クリムゾンの「エピタフ」を歌っているのである。誰でも見れるので、暇があったら見てもらったらいいが、この曲がなかなかいいのである。早速アマゾンでCDを注文したが、音源は昭和47年の民音ステージにおけるライブ盤である。このCDの1曲目は、「対自核」である。どこかで聞いた名前だと思ったら、ユーライア・ヒープの曲をカバーしている。CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)の「プラウド・メアリー」もあり、この時代のザ・ピーナッツにはまたしてもぶっとんでしまった。
 ここ最近10年間で、私の1番のお気に入りのバンドは、スイスのラクリモーサである。ドイツ語で歌っているので、ドイツのバンドかと思っていたら違っていた。名前の由来は、モーツァルトのレクレイムから来ているらしいが、私にはクラシックの素養は何もない。音楽の分類としては、ゴシックメタルに属するらしい。ユーチューブでlacrimosaで検索すると、派手な格好のビジュアル系バンドが出てくる。この姿は私の好みではないが、音楽は別である。私はいつもウォークマンに入れて聞いているのは、アルバム「エロディア」の「君の心に別れを」である。この曲はユーチューブでは見つからなかったが、個人的には高く評価している。最近出たアルバムは長いことチェックしていなかったが、また何枚か買おうと思っている。興味のある人はまたユーチューブで見て下さい。

平成22年8月31日(火)

 8月は夏休みを7泊8日も取ったので、患者さんの数が心配であった。きょうは8月の最終日で、予測の範囲内の減少でおさまり、ほっとしている。大幅に減ったらどうしようかと、旅行から帰ってきても毎日がはらはらであった。いくら盆休みといえ、もうこんな無茶な連続休診はやめようと思う。今月の旅行代金を含めたクレジット・カードの支払いは、100万円を超えていた。1度は贅沢な旅行をしたいと思っていたが、今回の旅はあまり実感のないまま、お金を使いすぎた。私にとって、もうアメリカは充分である。死ぬまでに来るとしたら、後はせいぜい、ハワイかサイパンである。南の島だったら、東南アジアにはまだ手つかずの島が沢山残っている。円高のメリットを感じるとしても、物価の安い中国や韓国、東南アジアの国々だろう。
 先週の木曜日は、車検のためにトヨペットに車を持っていった。トヨタのプログレで、9年間乗ったことになる。最近は通勤にも使っていないので、走行距離はまだ6万qにも達していない。私の家の駐車場は狭いので、普通車クラスの車しか停められない。燃費は悪いが、デザインは気に入っているので、今回車検を受けて後2年間は乗るつもりである。家内のマーチは家の近くに駐車場を借りているが、経費が無駄なような気もする。私のプログレを使ったらいいと思うが、言い出せないでいる。反対に、私の車を処分してマーチにするのも気が進まない。次に買うときには、もっと乗りやすい小型の車の方がいいのかもしれない。実はこのプログレを買った時には、今みたいな大不況ではなかった。私の医院も開業して間もなかったが、日赤に勤務していた時とはうって変わって、収入も大幅に増加した。開業して半年もたっていなかったが、車も経費で落ちることを知って、思い切って買い換えることにした。この時には強気で、ハンドルもオプションでマホガニー製にした。いくらかかったかというと、これだけで20万円である。いつまで乗り続けるかわからないが、廃車にするときには、このハンドルだけでもはずして、部屋の中に飾っておこうと思う。
 土曜日は、京都精神科医会の集まりがあった。この講演会では、去年は三聖病院の院長に森田療法について話をしてもらった。今年は、福知山紅葉丘病院の名誉院長である。この先生には、私が国立福知山病院に勤務していた時に、大変お世話になった。今では80歳を越えている。精神病理学に造詣が深く、人格者としても有名である。本としては、自分の恩師である小谷教授の論文などをまとめて出版している。今回の演題名は「精神医学における人間観ー精神障害の成因論へ向けてー」である。精神医学の歴史から始まって、この先生が研究してきた50年間の精神医学の集大成を話してくれた。私は31年なので、長生きしたら、まだ後20年間近く残っていることになる。
 以前に、この病院が京都市内で主催していた精神病理懇話会にも参加させてもらっていた。最後の会に、この先生が話をしてくれたが、話が難しすぎてよく理解できなかった。今回はしっかり理解しようと心して耳を傾けていたが、やはり難しすぎてわからなかった。昔、私の大先輩でもう亡くなられた先生が、ラカンで有名な京大の先生の講演を聴いて、「一言もわからなかった」と言っていたが、今回の講演もそれに近いものがあった。この会で少し前に聴いた木村敏先生の話の方がまだ部分的には理解できたような気がする。大変勉強家の先生なので、そこらへんの教授と比べても決して見劣りしない知識を持っている。ふだんは偉ぶることはなく、穏やかな先生なので、もうちょっとかみ砕いて、私のような者にもわかりやすいように話してもらえないかと思う。懇親会では、小谷教授の弟弟子に当たる少し後輩の先生とはさかんに議論していたので、この内容でもわかる人にはわかるのだろう。私の世代では、ヤンツアリック、マツセック、キスカーは名前だけは聞いたことがあるというぐらいである。レビンの位相心理学で、トポロジーの話もしていたが、いきなりドーナツの絵を描かれても、何のことかさっぱりわからなかった。
 この講演会の後の懇親会では、久しぶりに福知山紅葉丘病院の先生とも話ができた。それにしても、みんな同じ病院で20年以上働いている。私は飽きっぽい性格なので、開業して10年目でももうマンネリ化してだめである。これまで医局の人事でほぼ2年ごとにあちこちの病院を変わってきたが、1番最長の病院で5年である。これは、大震災を経験した社会保険神戸中央病院で、開業前の4年間は京都第一赤十字病院である。最近の医局はあまり人事が変わらず、同じ病院で勤めている先生が多い。若い時にはいろいろな病院を転勤することで、経験も積めたし、人脈も培えたと思う。最近の医局の方針はよくわからず、ごく若い先生以外は時間が止まったかのように、みんな同じ病院で勤めている。他の開業している先生とも話をしていたが、不景気になって精神科の開業ブームも一段落したようである。これからは場所選びが重要である。今から考えると、10年前であるが、タイミングのいい時に私も開業できてよかったと思う。
 さて、開業生活がマンネリ化してきたので、気分転換のためにアメリカに行ってきたが、あまり気分転換にはならなかった。また、ラスベガスに行きたいと思ったら、それまで頑張ることができるが、それほど魅力的ではなかった。次はマカオで、中国語の勉強の再開である。実は、きょうの夜8時から初めて中国語教室に出る。最近また中国語会話の本に再チャレンジしたが、なかなか漢字が覚えられず、どこまで続くかわからない。3度目の正直ではなく、もう10度目の正直であるが、本格的に中国語の勉強を始めようと思う。目標は最低限の旅行会話である。マカオから始まって中国本土の旅行を視野に入れている。最初のマカオでは、お目当てはシルク・ド・ソレイユとカジノである。自分でもあきれるほど飽きっぽい性格なので、次に何か目標を決めないと、ふだんの生活が生き生きとしてこない。

平成22年8月24日(火)

 さて、前回の続きである。旅行から帰ってきてもう1週間以上過ぎたので、もう過去のものとなっている。1週間前の旅行も、1年前の旅行も過去のアーカイブに収納されたので、もうあまり区別がつかない。相変わらず、目の前のことをこなすだけで精一杯である。ただ、記憶はどんどんと薄れていくので、記録だけは残しておこうと思う。今回の旅行では、ディズニーランドがあるアナハイムに3泊し、ラスベガスにも3泊した。飛行機で1泊したので、7泊8日の旅となる。1番高いパック旅行を選んだが、行き帰りの飛行機はエコノミーである。ラスベガスのホテルは、噴水ショーで有名なベラッジオである。ラスベガスの気温は連日40度を越えていたが、夏休みということで大勢の観光客でにぎわっていた。物価も高く、どこが世界同時不況なのかと思うほどであった。日本の夏は35度を越えたら、蒸し暑くて大騒ぎであるが、ラスベガスは乾燥しきっている。まったく汗が出ないので、シャツも汗臭くならず、着替えがいらないほどである。その分、みんなミネラル・ウォーターのペットボトルを持って、絶えず水分を補給している。
 そのうち、またもんもん写真館に撮ってきた写真を載せようと思うが、今回は完全な観光写真である。ラスベガスの夜景も撮ったが、誰が撮ってもきれいに写るので、写真としての面白みはない。ベラッジオの噴水ショーも一応撮ったが、これはアリバイ写真である。私はへそ曲がりなので、大勢の観光客が撮っていると、もうひとつ撮る気がしなくなる。このベラッジオはカジノ・ホテルで、客室が4000室近くあり、MGMグランドでは5000室を越えている。アメリカ人はみんなラフなかっこうで、Tシャツに短パンの人も多く、ロビーは人であふれかっていた。スーツやドレスの人はほとんど見かけず、どこが高級ホテルかよくわからなかった。ただ、客室へ通じるエレベーターの前では、外部の者がはいらないように、係の者がチェックしていた。高い旅行と安い旅行の違いであるが、ラスベガスではどこのホテルに泊まってもそれほど差がないように思えた。その違いは何かというと、無事に旅行を終えたらわかりにくい。結局、高級ホテルも高い旅行も、何かあった時に初めてその対応力の差でわかる。これは人間についても言えるかも知れない。何事もうまくいっている時にはどんな仕事でも誰でもこなせる。何かあった時にその人の本当の実力がわかる。私が泊まったベラッジオは映画「オーシャンズ13」で舞台になったホテルらしい。カジノを狙う犯罪アクションで、時間があったらまたDVDを借りて見ようと思う。
 どこのホテルもロビーをぬけると、スロットマシーンが並んだカジノがあり、その奧に客室やレストラン、ビュッフェ、劇場がある。最近の観光客はカジノをまったくしない人も多く、私も結局何もしなかった。息子がいたのと、ゲームのやり方を覚えている暇がなかったからである。今はマカオにこのラスベガスのカジノが進出し、カジノ人口はラスベガスを凌いでいるという。ラスベガスまで来て何をやるのかというと、ホテルのショーやアトラクション、ショッピングを楽しむことである。私はホテルのショーを3日間、インターネットで予約を取っていた。シルク・ド・ソレイユのショーや有名歌手の公演があったりする。一昔前は、エルビス・プレスリーがこのショーに毎晩出演していたのは有名である。1番評判のよかったシルク・ド・ソレイユの「オー」は休みで、第1日目にMGMグランドでシルク・ド・ソレイユの「カー」を見た。2日目はモンテカルロで「ランス・バートン」のマジック・ショーを見、3日目はミラージュでシルク・ド・ソレイユの「ビートルズ・ラブ」を見た。それぞれのショーはここでしかやっていないので、見れる時に見ておこうと思った。1番ランクの上の席を取ったが、日本円で来ているカードの請求書を見たら、シルク・ド・ソレイユは2つとも2人で3万円で、ランス・バートンは2人で1万5千円である。それぞれのショーは1時間半で、午後7時と10時の2回ある。息子もいたので早い方のショーにしたが、後のショーにしたらよかった。きちんとした夕食をとろうと思うと、夜10時を過ぎるとレストランはあまり開いていない。先に夕食をすませて、ゆっくりショーを楽しむのがいい。箱の中から人が突然消えてしまうマジック・ショーも近くで見れてよかった。シルク・ド・ソレイユのショーはマカオでもやっているので、また見に行こうと思う。
 朝の食事はホテルのビュッフェで16ドルぐらいで楽しめる。歩いて15分ぐらいのホテルでも、1箇所だけならいいが、次に移動しようと思うと、暑いのでそのうち歩く気がしなくなる。ショッピング・センターも広いので歩き疲れ、最後の方はすべてタクシーを使った。私はカメラやパソコン、オーディオ・ビジュアル製品には興味があるが、すべて日本製で満足である。あまりファッションにはこだわらないので、買いたい物は特別何もない。欲しい物といったら、せいぜいバッグぐらいである。着る物はジャスコでまったくかまわない。あちこちのショッピング・センターに出かけたが、私はイスに腰掛け、息子と会う時間を約束して、1人で買い物に行かせていた。息子はどこまで英語が通じたのか知らないが、試着させてもらったりして、服や靴を1人で買っていた。夜はショーが終わった後でダウンタウンまで行って、アーケードを使った光のパフォーマンスも見た。夜景は少し離れたストラトスフィアのタワー展望台がいいと聞いていたが、タクシー代ばかりかかるので、ベラッジオの前にあるパリスのエッフェル塔の展望台にした。ここでも、夜景は充分に楽しめた。宿泊客だけが使えるホテルのプールにも出かけたが、直射日光のあたるリクライニング・チェアは暑くて座っていられない。息子はプールで泳いでいたが、私はビールを飲んで早々と退散した。このプールは夕方ぐらいに利用するのが1番いい。毎日夜中の12時過ぎまで息子と過ごしていたので、今回の旅では1人で大人の時間を楽しむことはできなかった。7泊8日もこんなに清く正しい旅行をしたのは初めてである。この旅行では湯水のようにお金を使ってしまったが、ゴージャスな気分になれたかというとまったく実感できなかった。私もスポーツ・サンダルで過ごし、靴も上着も持って行かなかった。ドレスコードもあるので、私自身がゴージャスな格好をしないと、ゴージャスな気分にはなれないのかもしれない。
 さて、この前約束した帰りの飛行機の中で読んだ本である。三浦展、原田曜平「情報病」(角川ONEテーマ21)で、ロストジェネレーション(就職氷河期時代)の下の世代を第四世代として、現代の若者を詳しく分析している。この世代にとっては、根源的な希望は、「消費」でも「雇用」でもなく、「人間関係」だという。友人との良好な人間関係を保つことに幸せを感じるようになっている。その分、メール監視社会・友達村社会となっているという。この前誰々と歩いていたとか、そういう情報がすぐに仲間内で伝わり、彼女に浮気をしているのではないかと疑われたりしやすい。今大学生のこの世代の女子は、ジェンダーフリーとレディファーストを使い分けているという。この世代で結婚したくない人は特殊な人で、そういうことを言うのはロストジェネレーションまでだという。妥協がうまく、勝間和代こそ最も負け犬だという女子高生もいるらしい。草食男性も、男を立てられる女性を大器だと評価している。同世代の女性でも、40代になってもばりばり仕事ができる能力のある人は少ないと認めている。著者の三浦が、昔は草食の男性をムチで叩いて肉食にしていただけだと述べているが、そんな気もしてくる。直接この世代とは関係ないが、三浦は、今のパート主婦は張り合いが欲しくて働いている人が多いと指摘している。今の専業主婦というのは、じっとしていたいタイプで、あんまり人と会いたくないとか干渉されたくない人が多いという。私もまったくその通りだと思う。私の家内もこのタイプで、それほど社会適応はよくない。私ももともと社会適応はよくないが、この社会でサバイバルするために無理してでも変えて、社会に適合させてきた。今は段々年をとってきたので、少しずつ好き放題を言わせてもらおうと思っている。
 昔の見合い結婚はわかりあう必要がなかったが、今はわかりあえないと何もできないという。対等という理想を実現するために、どんな時でも努力が必要で、メールでもガンガンとやり合わなければならず、それで疲れてくるという。今の若者の車離れについても、車も高いし、免許も面倒だという人も多いという。それと、今は飲酒運転の取締りが厳しくなってドライバーに飲ませられないので、かわいそうだから車を使わず電車で行こうとなるらしい。今の若者は過剰なほど人間関係に時間をかけ、消費についても、みんなが持っている物をとりあえずそろえるみたいな所があるという。ここでは、社交公費とか外交費に例えている。無難な趣味で、仲間内でライフスタイルを合わせるという。それによって、だよねというこの一体感を楽しむらしい。この本では、東京圏の学生が出てくるが、仲間と旅行に行く先は熱海だという。海外旅行に行かないのも、友達を誘いにくいからだという。相手に負担をかけてしまうのを極端に嫌う。三浦は、友達KY消費が消費全体を縮小させていると評価している。私の世代では、仲間5人のうち3人でも海外に行ったらいいと思うが、今の若者では平等が浸透しすぎて、なんで残りの2人が置いて行かれるのだろうと考えてしまって行かないという。この世代では、空気を読むというのはここまでいってしまうのである。
 会社でもガンガン言う上司はダメである。相手を傷つけてまで言う必要はないという。この世代では、自分が嫌われるリスクまで背負って上昇する気がない。自分の意見を言って、相手に否定されたらショックを受けるので、誰々がこう言っていたとか主観をいれない議論をする。みんなでよく出てくる鉄板ネタは、子どもネタ、結婚ネタ、老後の話で、特徴はだよねコミュニケーションである。強く何かを、これは違うみたいな押しつける価値観は好まれない。知ったかぶりみたいになるので、一生懸命書いたり、語ったりしてはいけない。この世代は、横の関係に対するコミュニケーションばかり気にしているので、上下の関係がおざなりになりやすい。今は階層が固定化し、動けないと思っている子も多い。自由だよ、何でもできるよみたいな教育をしているのに、それには努力が必要だと教えてくれず、大人になって動けないことに気づいてしまう。今は不良達も学校はやめなくなってきて、以前より治安もよくなってきたという。この本では、消費や性に対する草食化も、コミュニケーションに費やされる時間とエネルギーが負担になってきているのが背景になっていると指摘している。他者から突出することが慎重に避けられており、人の持たない物を持つ差別化が好まれない。いつの時代も新人類を産んでいるが、日本はこれからどうなるのだろうかと考えさせられる本の内容である。

平成22年8月17日(火)

 さて、きのうの続きである。成田を出てロサンゼルスに着いたのは、日本時間でいうと午前3時20分であった。現地時間では午前11時20分である。それほどとんでもない時差ではなかった。この日はアナハイムのディズニー・グランド・カリフォルニアン・ホテルにチェックインし、午後からアドベンチャー・パークに行った。日本と同じように、ディズニーランド・パークとアドベンチャー・パークの2つに分かれている。私は並ぶのが嫌いなので、日本のディズニーランドでもここ最近行ったことがない。家内も子どもも人気アトラクションに2時間も並ぶ神経が理解できない。日本のアトラクションとアナハイムのアトラクションの違いはよくわからないが、このアドベンチャー・パークの乗り物はほとんど待たずに乗れた。カリフォルニア・スクリーミンというジェットコースターにも乗ったが、気分が悪くなった。時差ぼけの影響もあったのかもしれないが、猛スピードで1回転したり、横にねじれたりするのはよくない。
 この旅行中はラスベガスも含めて、毎日雲一つない青空であった。デジカメで写真を撮っても、いつでも真っ青な空がきれいに写る。ところが、ディズニーランドのあるアナハイムは、朝方は曇り空のような天候で、朝晩が寒い。気持ちのいい涼しさではなく、長袖のシャツや上着が欲しくなるぐらいの肌寒さである。今は円高なので、今回の旅行でその恩恵を受けることができるかと思ったが、まったく感じなかった。アメリカは日本と比べてとにかく物価が高い。今は日本ではデフレが進行し、何もかもがどんどんと安くなっているので、特に割高に感じてしまうのかもしれない。レストランで食事をしても、カリフォルニアでは消費税が10%近くとられ、その上チップを15〜20%払わなければならない。日本と比べ単価の高いメニューの値段の他に30%近く余分なお金がかかることになる。そのかわり、分量は山ほどあり、味は大味である。日本では消費税を入れた値段の表示であるが、食事だけでなく、他の物価もはるかに安い。これはラスベガスの話であるが、タクシーでもちょっと乗っただけでメーターがどんどんと上がり、ドライバーにはまた別にチップが必要である。とにかく今度の旅行では、それほど贅沢をしたわけではないが、それこそお金に羽が生えたように次から次へと飛んでいった。
 翌日はディズニーランド・パークに行ったが、夏休みと日曜日が重なり、午後からは大勢の人で溢れていた。日本人はほとんど見かけることはなかった。ラテン系の家族連れも多く、とんでもなく肥満している人が多いのには驚いた。日本人が健康志向で、特にお年寄りの人がジムで汗を流し、サプリメントを多用しているのとは大違いである。この日は東京ディズニーランドに負けないぐらい混んでいたと思うが、人気アトラクションで50分待ちぐらいであった。待ち時間の間に周りの人を見ていたが、ほとんど家族連れかカップルか仲間同士のグループであった。1人で並んでいる人はまったくと言っていいほど見かけなかった。大勢の人が集まってそれぞれがにぎやかに雑談したりしているが、集団同士はお互いに繋がりはなく孤立している。日本人は私と息子だけで、ふと孤独感を感じたりした。メルティング・ポット(人種のるつぼと訳すより、そのまま溶かす鍋とした方が本来の意味がよくわかる)からサラダボールの思想(文化が溶け合っているのではなく、それぞれが独立して共存している)に変わっているのがよく理解できた。同じ民族同士でも、必要がない限り他の集団とは関わらなくなってきているのかもしれない。
 乗り物については息子にすべて任せた。娘からも買い物を頼まれていたが、お目当ての品物がなかなか見つからなかった。娘は私には頼まず、弟に買い物リストを渡していた。私個人としては、ディズニーランドの乗り物で好きなのは、ホーンテッド・マンションやスプラッシュ・マウンテンで、ビッグサンダー・マウンテンもよかった。このうち、後の2つは新婚旅行の時にも乗っている。息子が東京ディズニーランドでも乗ったことがないというスペース・マウンテンにも行ったが、真っ暗闇にして光だけが見えるのは方向感覚をなくす。この方向感覚がなくなる感じというのは、音楽でいうと、クラウス・シュルツのアルバム「ミラージュ」をふと思い出した。クラウス・シュルツといっても誰も知らないと思うが、ドイツのタンジェリン・ドリームのメンバーで、シンセサイザーを使ったソロアルバム「Timewind」などをいくつも発表している。音楽は流れていくのがふつうであるが、この「ミラージュ」だけは一瞬方向感覚をなくしてしまう音が静寂な空間に立ちこめる。この真っ暗闇にして方向感覚をなくさせるのは、ライド系の流行みたいで、翌日行ったユニバーサル・スタジオでもあった。私は落下するのは大丈夫であるが、急停止や横にねじれるのは気分が悪くなって苦手である。
 さて、3日目である。ユニバーサル・スタジオに行く予定であったが、申し込みは現地で申し込まなければならない。前日にホテルのサービス係に頼んで、ツアーを頼んだ。朝、バスでホテルまで迎えに来てくれた。バスセンターまで運ばれ、そこでそれぞれの行き先のチケットを買って、目的地までのバスに乗る。日本人は誰もおらず、すべて英語でやりとりしなければならない。英語が1番難しい国はアメリカである。他の国の英語はまだ聞き取りやすいが、アメリカの英語は弾丸のような早さで容赦なく浴びせてくる。娘も入試が終わったら母親と一緒にここに来たらいいが、現地でのツアーの申し込みは無理である。日本の旅行会社で予めオプショナルツアーに申し込むしかない。ユニバーサル・スタジオで並ぶのはかなわないので、すぐにはいれるフロント・オブ・ライン・パスを買った。2人で約300ドルである。このバスセンターからユニバーサル・スタジオまで50分ぐらいで、ドライバーは女性であった。運転中ずっとしゃべりっぱなしであったが、なかなか聞き取れない。しかし、着いてからの集合場所や時間を聞き逃してはまずい。乗るバスの特徴も教えてくれたが、英語に聞き慣れていない人には無理である。ディズニーランドではもうひとつ気分が乗りきれていなかったが、ユニバーサル・スタジオはよかった。スタジオツアーは新婚旅行の時にも行ったが、今回はキング・コングが新しくなり、トム・クルーズ主演の「宇宙戦争」で使われた飛行機の落下現場も見ることができた。息子とこの映画は見ていたので、すごい迫力に感動した。両面3Dになったキング・コングとこの撮影に使われた現場は1度は見ておくべきである。私の好きなブルース・ブラザーズのショーも見れて、幸せであった。
 書いていて、段々疲れてきたので、ラスベガスについては次回書こうと思う。今回の旅行でもうひとついい体験になったのは、息子である。まだ高1なので、これから反抗期になっていくと思うが、7泊8日も朝から晩まで一緒にいると、今まで気づかなかったことに気づく。まず、出発の時に、こんな大きなスーツケースはいらないと思ったが、息子はズボンを毎日替える分を持っていくという。上着も同じである。私は1週間ぐらいなら、1本のズボンでいいと思ったが、けっこうファッションにこだわっている。その割りに、履き物はクロックスの赤のサンダルで最初から最後まで通している。私は買い物にはまったく興味がないが、息子は適度な値段の服やスニーカーを買いたがり、けっこうショッピングに時間をかけていた。家にいる時には片時も携帯電話を離さず、しょっちゅうメールを見たりしているので、私とはまったく違う文化で育っていると思っていた。
 前回の日記で帰りの飛行機で酔っぱらってしまったと書いたが、11時間近くも乗っていたので、酔いが醒めてから、1冊の本を最後までずっと読んでいた。三浦展、原田曜平「情報病」(角川ONEテーマ21)である。副題として、なぜ若者は欲望を喪失したのか?とついている。著者の1人である三浦展は「下流社会」で有名である。対談形式で、早稲田大学の男子学生と立教大学の女子学生が出てくるが、本の内容は濃い。息子はこの対談で出てくる大学生よりもっと若いが、どうしてこんなにメールをやりとりしているのかこの本を読んでやっと謎が解けた。私は友だち同士で東京ディズニーランドに行ったらいいと言っているが、どうしてためらっているのかもよくわかった。このまま書き続けようと思ったが、また今酔っぱらってしまったので、次回に詳しく紹介しようと思う。

平成22年8月10日(火)

 今年の夏休みは息子と2人だけで、ディズニーランドがあるアナハイムとラスベガスに行ってきた。娘は高3で受験勉強である。自宅に帰ってきたのは、14日の午後10時過ぎである。この日は疲れ切って何もできなかった。今この日記は16日の月曜日に朝6時から書いているので、お知らせをしておいた15日には更新することができなかった。帰りの飛行機はたっぷり時間があったので、この間に書くつもりであったが、酔っぱらってしまって、無理であった。開業以来の最長の休みを取ったので、きのうは、きょうある労災の判定会議の資料を読んだり、山積みになっていた雑用を処理していた。いつもこの労災の資料は医院に送られてくるが、今回は旅行から帰ってきてすぐに会議なので、自宅に送ってもらっていた。介護認定審査会の資料は、連絡するのをすっかり忘れてしまった。医院に送られてきたが、ずっと不在だったので、自宅に連絡があった。きょう医院に改めて送るということであった。この資料は毎回当日朝6時から出てきて読んでいるので、それほど急ぐことはない。
 さて、夏休みの旅行である。私は学会でニューヨークに行き、その後新婚旅行で西海岸・ハワイに行き、それ以来ここ20年ぐらいアメリカには行っていない。時間をかけてアメリカに行くぐらいなら、他に行きたい所が山ほどある。息子が海外で行きたがる所は欧州のサッカーとディズニーランドとユニバーサルスタジオぐらいである。海で泳ぐよりはプールがいいと言い、南の島は無理である。今の若い子は本当に海に行きたがらない。今回アメリカに行ったら、また20年ぐらいは行かないと思うので、思い切って贅沢をすることにした。インターネット限定のJALパックで、旅行代金が1番高いのを選んだ。泊まるホテルはアナハイムでもラスベガスでもナンバーワンと呼ばれている所がパックになっている。1番高いパック旅行を使ったら、その値段にふさわしいゴージャスな気分を味わえるかというと、微妙である。それでも、1番高いホテルに泊まったという事実が残るので、あまり深く考えないことにした。日本の盆休みとアメリカの夏休みが重なり、旅行するには1番コストパフォーマンスが悪い時である。
 旅行日程がなかなかわからず、送られて来たのは1週間ぐらい前であった。8月7日の土曜日は、午後5時20分発の成田発ロサンゼルス行きに乗るために、朝10時半頃に丹波橋の自宅を出た。京都から伊丹まで行くのはけっこう面倒である。まだ、はるかだけで行ける関空の方が楽である。いつも池田の両親の所に行くときに、中国自動車道は事故などで渋滞していたので、空港バスはあてにならないと思っていた。しかし、大きなスーツケースを抱えて何回も乗り換えするのも大変である。結局、京都駅から少し時間に余裕を持って、空港バスに乗ることにした。この日は名神が混んでいたらしく、予定のバスが時間通りに来ていなかった。それでも、今は高速道路には京都東だけではなく、いろいろな所からはいれるようになった。渋滞を避けながら思ったより早く着いた。これなら、これからは空港バスを利用してもいいと思った。成田からロサンゼルスまでは飛行機で10時間である。夜は私はいつものようにエバミールを飲んで寝たが、息子はなかなか寝れなかったようである。この続きは、明日の更新の時に詳しく書こうと思う。

平成22年8月3日(火)

 先週の火曜日は、午後から呼吸器科に行ってきた。同じ東山区でも呼吸器科を専門にして開業している先生もいるが、私の医院から少し離れている。近くにないかとインターネットで調べたら、京都駅近くにあった。火曜の午後はたいていの医院は開けている。長いこと胸のレントゲンを撮っていなかったので、1度専門家に診てもらいたかった。咳も出たりして、軽い息切れもあった。体調が悪いと、肺が穴だらけになっているのではないかと悪いイメージが浮かんでくる。結核にでもなっていて、患者さんにうつしまくっていたら最悪である。幸いレントゲンではどうもなかった。消化器科などの他科の先生を信頼していないわけではないが、呼吸器科の先生にどうもないと言われると、安心である。咳もそんなに出ているわけではないが、百日咳が流行っているという。大した症状も出ておらず、診断もややこしそうなので、このまま経過観察である。
 次に食道の検査である。ふつうの胃カメラなら午後からやってくれる所は知っているが、ルゴールを使った検査はしていない。朝方焼けつくような胸焼けがするので、1度はやっておくべきである。ルゴールを散布して検査するのは、手間暇がかかってコストパフォーマンスが悪いらしい。やっている医療機関も少ない。一般の精神科診療所で、認知行動療法をやっていないのと同じである。ルゴールを散布すると、受ける方も不快感が残るようである。私の場合は、ふつうの胃カメラでは、逆流性食道炎の所見もない。火曜か木曜の午後からの検査を考えていたが、インターネットで調べて問い合わせをしてもなかなか難しい。秋ぐらいに木曜日の午前中を休診にして、検査を受けに行くしかない。今年の盆休みは長く休むので、これ以上休診はしにくい。
 先週の土曜日は、うつ病についての講演会があった。新しい抗うつ薬が最近発売されたが、その製薬会社の主催である。あまり大きな会ではなく、20人にも満たない精神科医が集まっていた。座長は、労災の認定会議でいつもお世話になっている京大系の先生である。講演者はパニック障害で有名な貝谷グループの先生であった。演題名は、「生きづらくなった日本社会・急増するうつ病」である。現在、15歳〜34歳までの引きこもりは163万人に達している。現代はすべり台社会で、あっという間に貧困層に落ちてしまう。教科書やノートが買えない就学援助を受ける小・中学生は200万人にも達しているという。私は、自分の老後は子どもに面倒を見てもらわなくてもいいが、事故や病気は別にして、子どもが不良債権化するのはできるだけ避けたい。親が高い授業料を払って大学を卒業させても、就職がうまくいかず、すぐにやめたりするともう後がない。思うような仕事がなかなか見つからず、そのまま引きこもりになってしまう人も多い。親が定年退職してから、何の生活能力もない娘が離婚し、幼い子どもを連れて実家に帰って来ても困る。この講演会でも話していたが、今の社会は大阪の2幼児放置事件にあったような若い女性が多いという。就職しても、厳しい現実についていけない。結婚したら楽になれるわけでもない。これからは専業主婦という生き方は難しく、女性も手に職を持たなければならない。その分男性も家事や育児に協力すべきである。他にも、毎年公立学校の先生が、うつ病などで学校に復帰できず、1万2千人がやめていくという話もしていた。
 新しい抗うつ薬についても聞けて勉強になった。この先生も忙しいらしく、1時間に14人ほど予約を入れ、1日100人ぐらい診察している。新しい抗うつ薬はもう200人ほど使っているという。実際に新薬について経験している先生の話を聞けるのは、貴重な体験である。今の時代は製薬会社の提灯持ちみたいなことをしたら、その先生は永遠に信用されなくなる。主催者側が製薬会社なので、多少のリップサービスはあってもいいが、あまりにもかけ離れた話はよくない。どちらかというと、主催者側の製薬会社の薬をある程度批判する講演会の方が真実味があって、評判がよかったりする。この先生の経験では、この新しい新薬の評価は高かった。この新薬の前に出たリフレックスとの併用が最強のロケット処方になるようである。最近はうつ病もなかなか治りにくく、裏技として、幻覚妄想状態を改善する新しい統合失調症の薬が少量用いられる。このあたりの話も詳しく聞けて、よかった。ところが、海外でうつ病の適応症を取っている薬でも、日本では統合失調症の適応しか取っていないので、うつ病では使えない。結局どうするのかというと、うつ病の患者さんに、統合失調症という病名をつけて使うしかない。こういうのを保険病名というが、何とかならないものかと思う。
 最後の質疑応答で、今の日本をどうしたらいいか聞いていたが、精神科医では答えようがない。日本の経済が改善しないと、うつ病患者は減らないし、自殺者数も減らない。講演会の後で懇親会があったが、今回は座長が京大系の先生ということで、京大系の先生が多かった。座長の先生の紹介で、最近京都駅近くで開業した先生とも挨拶ができた。京大の同級生だという。この座長の先生も多い時には100人の患者さんを診ているというので、大変である。卒業年度で言うと、私より5年下で、演者は2年下である。年齢的には近く、私の方が診察する患者数が遥かに少ない。しかし、最近は上手にストレスが発散できていないせいか、調子が悪い。朝から晩までずっと患者さんの話を聞き続けるのは精神衛生上よくない。他の精神科医の先生は、みんな一体どうしているのかと思う。
 さて、日本の経済をどうするかである。今週読み終えたのは、榊原英資、竹中平蔵「絶対こうなる!日本経済」(アスコム)である。田原総一朗が司会をして、対談形式で作られている。日本全体が活力がなくなったのは、日本全体が検察国家化して、ネコも杓子もコンプライアンス重視だからだと指摘している。日本は貿易立国と言われているが、日本の輸出依存度は17.4%しかない。日本の企業の圧倒的多数は輸出能力がない。これまで何とかやってこれたのは、1億人以上の人口がいる国内を相手にしていたらよかったからである。韓国は国内のマーケットは狭く、海外に求めざるを得なく、輸出依存度は54.8%である。EU全体でも、この輸出依存度は40.2%に達している。わが国では90年代には10%しかなく、ごく一部の産業を除いて、決して輸出立国ではない。日本人は情報がなくても、日本にいる限り生きていけるので、情報に鈍感であるとも述べている。国際社会での英語の重要性も説いているが、日本では何でも翻訳した本がすぐに手にはいるので、国内にいる限りそれほど英語の必要性は感じない。しかし、これからは英語ができなければ、政治家としても世界では通用しない。
 ミスター円で有名な榊原は、大きな政府で、雇用・育児に手厚く、競争を促進するフランス型を理想としている。しかし、このような社会保障をするためには、税金は所得の60パーセントにしなければならない。私は、フランス型の大きな政府によるヨーロッパ型福祉社会の実現でもいいと思っている。老後さえ心配なければ、こんなに汗くせして働く必要もない。今の民主党についても司会者を含めた3人で批判している。最大の問題は政治主導で、優秀な官僚を使わず、経済人も使わず、政治主導と言いながら、素人主導になって経済政策そのものがないという。この点は、経済政策に対して意見を異にする竹中と榊原は一致する。例えば、今勤めている会社にその業界のことは何も知らない人が社長としてやってきて、好き放題発言したら、こつこつとその会社で苦労してきた人達はアホらしくてやっていられないだろう。官僚バッシングについても述べているが、私は官僚には庶民感覚を求める必要はないと思っている。国家を正しく導いてくれたらいいだけである。そもそももともと優秀で庶民感覚からかけ離れて努力して勉強している人が、どうして庶民と同じ暮らしをしなければならないのか理解できない。実際には、天下りがなければ、国家公務員なので、庶民の生活レベルとそれほど大差ない。。国家としても、優秀な人材を育てていかなければならないが、衆愚政治に陥った現在では無理である。天下りが税金の無駄遣いなら、榊原が言うように、政府から民間に行き、民間から政府に行くという流動性を高めなければならない。この本では、日本を代表する経済の専門家が2人で対談しているが、なかなか現状からの脱出は難しいようである。

平成22年7月27日(火)

 いつもの暑い夏がやってきた。夜は2階の狭い部屋で寝ているので、冷房と扇風機が欠かせない。1番いいのは扇風機を弱にして、冷房はタイマーで切ることである。しかし、扇風機をいくら弱にしても、すぐそばに置くと、風が強すぎて、気になって仕方ない。2mぐらい離したら理想の風が来るが、部屋が狭すぎる。1番端に置いても、せいぜい70cmぐらいである。6畳の部屋にタンスから机やパソコン、TVなどを置いているので、布団を敷いたら、ほとんどスペースがなくなる。毎年この時期になると、去年の夏はどう過ごしていたのかと考え込んでしまう。冷房の温度調整をいろいろいじったり、扇風機の置き方を工夫して、やっと何とか夜は快適に眠れるようになった。
 さて、自転車通学である。風邪が長引いて、ずっと自転車に乗っていなかったが、今は暑くなりすぎて、その後もそのまま京阪での通勤である。大きな荷物がある時には車で通勤しているが、近くに安いコインパーキングを見つけた。朝6時から夜8時まで停めておいても、700円である。日中はすぐに満車になるが、さすがに朝6時から駐車する人はいない。自転車通学していないのは、暑さだけではなく、体調もあまりよくないからである。風邪は治っているが、息切れがして、疲れやすい。朝方ののどの焼けるような感覚も続いており、1度検査をしないといけない。月曜日から土曜日まで午前中は外来をしているので、なかなか病院に行っている暇がない。長いこと胸のレントゲンは撮っていなかったので、きょうの夕方から呼吸器科を標榜している医院を受診するつもりである。きょうはいつもと違って、ビールを飲まずにこの日記を書いている。よく考えたら、いつもおつまみをつまみながら飲むのもよくない。体重がまた増えてきてしまった。きのうからまた本気でダイエットを始めている。
 土曜日は娘の誕生日であったが、いつものように塾に行っていて、帰りは遅かった。先に息子と家内と3人で夕食をとった。その後で、私一人で久御山のイオンシネマに映画を見に行った。車を運転していくので、もちろんビールは飲めない。題名は、「エアベンダー」で、3Dではない方である。それなりに映像は楽しめたが、ストーリーはよくある話をごちゃ混ぜにしたような印象で、それほど感動的とはならない。世界は、気、水、土、火の4つの王国によって均衡を保っていたという出だしは、どこかで聞いたことがあり、少しわくわく感が失われる。予定調和的に話が進むが、それでも最後まで飽きずに見ることができた。続編を意識した終わり方であるが、時間があったら続編を見てもいいかなと思わせる作品である。こういう作品はあまり堅苦しいことは言わず、映像を楽しんだらいい。
 日曜日はまた医院に出てきたが、何もやる気がしなかった。前から見たいと思っていた映画を今度はイオン・モールのT・ジョイ京都まで見に行った。12時半からの上映で、いい席を取ろうとインターネットで予約しようとしたら、なぜか予約がとれなかった。映画館で当日券を買ったが、ここでも座席の指定はできず、好きな席に座って下さいと言われた。他の映画はすべて座席が指定できるのに、どうなっているのか理解できなかった。上映場所はスクリーン5で、中にはいって驚いた。2人でゆったり座れる独立した座席が劇場の中に数えるほどしかない。客は10数人ぐらいしかいなかったが、満席とはならなかった。私は1人で2人席を独占した。これはこれで、面白いと思った。「サイタマノラッパー2」もこのスクリーンでやっているので、また見に来ようと思う。
 さて、映画の題名である。「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」である。私の映画の知識としては、この題名ぐらいで、内容は全く知らなかった。いつも映画の内容は意識的に読まないようにしている。ただ、この映画の評判のいいことだけは雑誌で知っていた。全米コメディー映画史上歴代興行収入ナンバーワンとなった作品である。ストーリーは、結婚式を前にした花婿とその悪友2人と花嫁の弟がラスベガスで独身者パーティをする。ところが、花嫁の弟が乾杯のアルコールにドラッグを入れたので、みんなその日の夜の記憶がなくなり、翌日の朝花婿が行方不明になるという話である。この映画では、マイク・タイソンも出てくるが、予想外の展開で楽しめた。ただ、内容としては男ならわかるという映画で、赤ん坊にシコシコさせる仕草をさせたり、こんなんで大丈夫かなというぐらい下ネタだらけである。この映画の舞台がラスベガスだとは全く知らなかった。実は、今年の盆休みは医院がつぶれるのではないかというぐらい長く休む。息子と2人で、ロサンゼルス・ラスベガスの旅に出るからである。忙しくて、ラスベガスのことを調べている時間がなかったが、こういう世界もあるのかと改めて納得した。私も夜が遅くなったら息子をホテルに置いて、1人で大人の世界を楽しむつもりである。私は賭け事は嫌いであるが、簡単なギャンブルを覚えて、少しは経験するつもりである。カジノの本も買ったが、早く一夜漬けでやり方を覚なくてはならない。
 映画を見てから、また医院に戻った。相変わらず何もやる気がしなかったが、力をふりしぼって、先週の日曜日に書いていた京都府警本部から頼まれていた意見書の一部訂正をしていた。こういう意見書は、根性で1日で書き上げるより、少し寝かした方がいい。少し日にちが経つと、こう書いたらよかったとか新たにいろいろないいアイデアが浮かんでくる。意見書はこの日に郵便で送ったが、その後でまたいい思いつきが出てきた。考えを寝かせることで、段々と洗練された意見書となってくる。
 最後に、今週読み終えた本である。小谷野敦「日本文化論のインチキ」(幻冬舎新書)である。この本では、いきなり土井健郎「甘えの構造」の批判である。著者はインチキ文化論の大本はヘーゲルにあると断定している。ヘーゲルは、歴史というのが一定方向に向かって進歩すると考え、それをさらに進歩させたのがマルクスである。著者は、歴史にそのような法則性がなく、あることが証明できないからないというしかないと言う。私が愛読していた岸田秀のものぐさ精神分析もこじつけ日本人論であると述べている。河合隼雄の「母性社会日本」も、戦後日本のことであり、戦前や明治、徳川時代には母性社会であったはずがないと批判している。ユング心理学もオカルトであると断定している。私はコリン・ウィルソンがユングのことを書いた本を読んだことがあるが、やはり内容はぼろくそであった。反対に、シュタイナー教育で有名なルドルフ・シュタイナーについては、好意的な書き方をしていた。この人にかかると、ラカンも意味不明となる。私も時々自分の読解力のなさを嘆くが、もしかしたらただ高名だからということで、本当に独りよがりの意味不明なことが書いてあるだけかもしれない。難解とされている思想家の本を、私も1度は自信を持って、意味不明と言ってみたい。民俗学と日本文化論についても述べ、もはや調査すべき民族は残っていないので、民俗学が民俗学者学になっているという。この本では、和辻哲郎からルース・ベネディクトまで、批判のオンパレードである。「怪談」で有名なラフカディオ・ハーンについては、これでもかというほど批判している。日本名は小泉八雲であるが、実際は日本語の読み書きができず、片言の日本語の会話ができただけである。同じ時代のバジル・ホール・チェンバレンは古事記を英訳したほど日本語に精通していたが、著者はハーンよりもこの人を評価している。そして、日本人の愛国心をくすぐるハーンを評価している恩師を批判し、ハーンを利用して、天皇制を神道に還元し、それが日本古来のものだと主張しているという。よくこれだけ批判できるものだと思うが、著者は縦横無尽に文献を読み尽くし、説得力もある。私には、著者の主張がどこまで正しいのか判断能力はないが、自分のテリトリーをよくわきまえ、海外の事情も知らず、そのテリトリーで得た知見を一般化して日本人論を論ずべきではないとよく理解できた。

平成22年7月20日(火)

 私の医院は土曜日も開いているので、この連休は3連休とはならない。2連休も無理で、日曜日も海の日も医院に出てきて仕事をしていた。きょうの午後は、往診や歯科受診があり、この日記も書かなければならないので、全部終えたらいつもと変わりない。先週の木曜日は介護認定審査会がはいっていたが、隔週なので、木曜日だけは比較的午後からゆっくりできる。この時に残っている仕事を済ませたらいいのだが、もう面倒臭い。ついつい休みの日にやったらいいと思って、ゆっくりとしてしまう。こんな繰り返しで、1週間の間だらだらと休日の区別なく働き続けている。
 日曜日は朝早くから医院に出て来て、自立支援医療の継続手続きをしていた。新規の自立支援医療の診断書や年金の継続の診断書も書いていた。午後からは久しぶりに池田の両親の所に顔を出した。息子と時間が合ったので、突然の訪問である。相変わらず、中国自動車道が事故か何かで大渋滞していた。妹は高3の息子の三者面談があり、不在であった。私立の医学部に行っている妹の娘が顔を出してくれた。父親は相変わらず認知症が進んだままで、私のことも息子のこともわからない。母親は元気にしていたが、私の方からあまり連絡もせず、つくづく親不孝をしていると思った。妹も娘に対しては何かとうるさいらしい。経営情報学科の教授として働き、家に帰ってからも夕食の支度などをしていたら、ストレスもたまると思う。旦那の弁護士事務所も少なからずこの不景気の影響を受けているようであった。妹の娘は合格した地方の国公立の医学部を蹴って、地元の私立医学部に入学したので、授業料が負担になってきているのかもしれない。近畿圏の私立医学部では、入学金も含めて6年間で最低3000万円はかかる。私が汗くせ働いているのも、万が一息子が国公立の医学部に合格できなかった場合のためである。妹の娘の話を聞いていたら、中には学生の身分で、ベンツやポルシェに乗っている者もいるらしい。私はこういうのは嫌いで、もちろん妹も大嫌いである。息子には、どこでも国公立の医学部に入学したら、1000万円の賞金を出すと言っている。好きなサッカーの試合をイギリスでもスペインでも見に行ったらいい。国公立の医学部にさえ合格してくれたら、私も患者さんに対してもうちょっと強気で診察できるようになるかもしれない。
 海の日は午後から頼まれていた意見書を書いていた。京都府警本部の依頼で、京都府公安委員会が関係している精神科関係の事例である。精神鑑定や警察からよく頼まれる捜査関係照会事項の回答とは違う。先週の水曜日に診察をしていたので、府警本部から渡された資料と診察所見をすりあわせて、意見書を書かなければならなかった。ここでは、どんな内容か公表できないが、またしかるべき時期が来たらこの日記でも詳しく書こうと思う。それぐらい珍しい事例で、小説になるぐらいの面白さである。他府県のことはわからないが、こんな意見書を書くのは、日本全国でも私が初めてではないかと思う。2〜3時間ぐらいで書けると思ったが、そうは問屋がおろさず、6時間以上もかかってしまった。ビジネス書などで、効率よく仕事をこなすノウハウが書かれているが、どうやってもうんうんうなりながらやらなければならない仕事は避けることができない。うんうんうなりがら仕事をやることで、少しづつ仕事になれ、最初の頃よりは上手にこなすこつをゆっくりと身につけていく。それ以外にこういう仕事を効率よくこなす方法はない。この日は精神科医としてはベテランの私でも、うんうんうなりながら何回も意見書を書き直し、7時間近くかかってやっと完成させることができた。
 実はこの日は意見書を書いた後で、税理士に渡す資料の整理をしなければならなかった。5月と6月と2ヶ月分も溜まっていたが、結局何もできなかった。その後で、延び延びになっていたお中元を頼みにデパートまで行かなければならなかったが、これも無理であった。やることがあまりにも多いと、社会的に成功していてもちっとも幸福になれない。時々このままどこかに蒸発したくなる。この前はもんもん写真館を新たに更新したが、コッコンもシェムリアップも現地ではせいぜい2泊3日の旅である。それでも、写真を整理していたら、よく撮れていると思った。シェムリアップの最初の写真はアンコール・ワットである。どこも観光客だらけで、オレンジ色の袈裟を着た僧侶だけが寺院に入っていく姿はなかなか撮れない。私はやきもきしながら、観光客が途切れた瞬間を狙ってこの写真を撮った。タイミングがずれたら、僧侶が寺院に入っていく姿も撮り逃してしまう。そもそもアンコール・ワットでは、こんなオレンジ色の袈裟を着た僧侶は歩いていない。コッコンの写真も私のお気に入りである。写真のテクニックがない分、被写体の珍しさで勝負している。
 忙しい忙しいと言いながら、今週は借りてきたビデオを見た。最近はアダルト・ビデオも見飽きたので、ツタヤ・ディスカスで評価の高い映画を借りている。今回見たのは、「誰も守ってくれない」である。封切りの時にはTVでも宣伝していたが、こんな内容だとは思いもよらなかった。警察が犯罪者の家族を守るというテーマで、なかなか見応えがあった。土曜の夜は「告白」を見に行った。思わぬ展開で、こちらも見応えがあった。「誰も守ってくれない」では、少年が幼い2人の姉妹を殺している。「告白」では、少年が教師の娘を殺している。私は、いつも逃れられないのは自分の子どもだと思っている。私には愛人はいないが、いざとなったら愛人からも逃げられるし、離婚もできるし、この仕事からも逃げられる。親が唯一逃れることができないのは、自分の子どもである。殺人を犯そうと、刑務所にはいろうと、どんなことがあっても親が死ぬか、子どもが死ぬ以外に子どもからは逃げられない。反対に、まだ子どもは大人になったら親からは逃げられる。2つの映画を見ていて、家庭環境、特に小さな頃の親の愛情(特に母親)がすべてであると改めて思った。

平成22年7月13日(火)

 先週の土曜日は年に2回ある大学の医局の集まりがあった。いわゆる同門会で、現在の会員は330名ほどいる。この中には医者ばかりではなく、心理関係の人も少し含まれている。この日は会員の3分の1ほどが集まっていた。この会に先立って世話人会があった。この時に私が最初にお世話になった教授が、この6月の終わりに亡くなったことを初めて知った。母校の精神科の医局にはいった時に、この教授の外来について精神科のことをいろいろ教えてもらった。今から考えると、学生運動の混乱がまだ医局に残っていた時代であった。この教授は定年前に大学をやめ、東大以外の出身者として初めて都立松沢病院の院長になった。この人事も秋元波留夫氏に頼まれて、学生運動の後の収拾のためであった。アルコールや薬物依存を専門にしていたので、私もその影響を受けて同じ領域の論文をいくつか書いている。2年半の指導を受けて、滋賀医科大学に出されたが、いろいろな思いが蘇って少し複雑な気持ちである。心よりご冥福をお祈りします。
 この医局の集まりでは、会員の先生から4題の講演があった。その後で、いつものように懇親会である。精神科の場合は、医学部だけではなく、心理や福祉関係の学部で教授になる先生もいる。今回、ある大学の福祉学科の教授になっていた先生が、不況と少子化のあおりをもろに受けていた。生徒が集まらなくなり、福祉学科が廃止になり、大学の籍もなくなったのである。医者の場合は、まだ病院を見つけて働くことができるが、あまり人気のない文系大学の教職員はこれからは大変そうである。今回の懇親会では先輩や後輩の先生に、躁うつ病の時の抗うつ薬や眠前薬について聞いてまわった。ある総合病院の先生は、イソミタールやベゲタミンなどの処方については反対で、若い先生には使用しないように指導しているという。私が総合病院に勤めていたのは9年前である。その後大量服薬して総合病院の救急に運ばれる患者さんが急増しているらしい。それでも、どうしても眠れない患者さんの処方については、なかなか納得のいくような答えが得られなかった。躁うつ病の時の処方についてもいろいろと教えてもらった。
 いつもこの会は、ふだん会えない先生と話ができていい。私の同級生は用事があったらしく、今回は参加していなかった。いつも先輩の先生と少し年下の後輩と話すぐらいで、若い医局員はほとんど知らない。私も年を取ってきたので、年配の先生については年齢制限はない。誰とでも話せるようになってきた。話をしていても、開業して60歳を越えている先生は余裕がある。サラリーマンで言えば定年を迎えている年なので、あまりあせくせして働く必要はないようである。きょうは息子と京都駅に息子のパスポートを申請してきたが、まだ10年頑張らなければならないかと思うと、気が遠くなってきた。それでも、京都第一赤十字病院に勤めていた時より収入は手取りで3倍以上になっているので、文句もいえない。最初の頃は借金の返済などもあったが、最近の5年間を考えると、3×5で15年分働いたことになる。もっとも、私が日赤の部長を辞めたのは48歳で、残業手当も出していなかったので、年収は税込みで1200万円ちょっとであった。
 翌日の日曜日は、きのうあった労災の資料を読んでいた。今月の労災の判定は多く、全部で9件である。9件を1度に協議できないので、この日は5件だけであった。8月の予備日を使って残りの4件をやる。複雑な世の中を反映して、ややこしいケースも増えてきた。この前に書いたいじめの裁判のケースは国側は控訴しないということであった。職場のいじめをどこまで客観的に評価するのかは難しく、裁判に負けるとこちらも弱気になってしまう。今回会社内で執拗ないじめがあったなら、この判決で私も不服はない。しかし、判決文を読んでいて、裁判官の精神科診断名に対する誤認については納得がいかなかった。30年以上と30年近くの精神科医3人が協議してつけた病名である。判決で簡単に否定されると、あまり気分はよくない。精神科の診断名はややこしく、伝統的診断、DSMーW、ICD−10と入り乱れ、そこに保険病名も加わってくるので、素人にはわかりにくい。外傷後ストレス障害(PTSD)が話題になった時に、損害賠償などの裁判でトンデモ判決が沢山出ていたのは周知のことである。さすがに、最近では裁判官も安易に外傷後ストレス障害は認めなくなった。
 さて、その診断が1番曖昧なうつ病である。今回は、植木理恵「ウツ病になりたいという病」(集英社新書)を読んだ。医療界では厳然たるヒエラルキー(階層)があり、1番上が医者で、その後に薬剤師や看護師が続く。精神科では臨床心理士もそこに加わってくる。著者は精神科医ではなく、臨床心理士であるが、経歴を見るとすごい。私は後輩であろうと臨床心理士であろうと実際の臨床で役に立つことには耳を傾ける。ここでは、ふだんの臨床では私があまり意識してこなかったことについて紹介しようと思う。ウツ病とカタカナで書いているのは、本来のうつ病とは違うということなのだろう。著者は従来のうつ病とは違って、ウツもどきを提唱している。ウツもどきはうつ病の未病であるとも述べている。このウツもどきを著者は、ウツになりたい病、アイデンティの不安定さからくるウツ病的な症状、10代〜30代の女性に急増している新型ウツの3種類に分類している。こんなにきれいに分類できるかと思うが、大胆にもその頻度まで書いている。最初のウツになりたい病の人は、ポジティブシンキング信仰があり、自分が根暗であることを極端に恐れているという。だから、治療としては、ウツ気分になっている時の自分を受け入れ、自分の感情をきちんと話せるようにして、自分が好きになれるように手助けしていくという。アイデンティの不安定さからくるウツ病的な症状の人では、「あなたが今こういうふうになったら最高という状態を教えて下さい」と質問する。その答えの中から、仕事などの成功だけでは満足できない答えを探ってどうしたらいいか一緒に考えていく。新型ウツの人については、自分が使える権利については敏感で、他罰的であるなど、従来から言われていることと同じである。著者はポジティブシンキングが強い自分を演出して、うわべだけの元気を装ってしまうと指摘する。本来の自分の弱さや自分のだめな部分を見つめず、一種の現実逃避になってしまう。ここでは、心の傷に向き合って、しみるが傷に粗塩を塗る、塩塗療法を勧めている。詳しいことは本で読んでもらうことにして、気分を言葉でなく色で表現するということについても興味深かった。最後の方は、反論もあったが、実際の治療で利用できる部分は利用したらいいと思う。

追記:もんもん写真館のカンボジアで、コッコンとシェムリアップを新たに追加しました。

平成22年7月6日(火)

 なかなか咳も鼻も止まらない。きのうはまだ激しい咳が出ていた。あまりにも咳が止まらない時には、胸のレントゲンでも撮らないといけない。きょうはまだましなので、このまま経過観察中である。私の風邪は毎回こんなもんである。勤務医の時には一冬に3回ぐらいかかっていた。やっとよくなったと思っても束の間で、下手をすると冬の間中、風邪をひいていたような気もする。風邪とは別に、最近また朝方に喉のあたりが焼けるような感じがしてきた。2年ぐらい前には消化器科と耳鼻科で診てもらったが、どこも異常はなかった。逆流性食道炎が疑われたが、胃カメラを2回飲んでも何も所見はない。症状が起こるのは朝方だけで、確かにかがんだりすると具合が悪くなる。私は月、水、金は断酒しているが、酒を飲んだ翌日が特によくない。時々、焼けつくような激しい痛みが生じる。息切れも起こるので、大動脈狭窄症も疑ったが、これらの症状は朝以外はどうもない。
 たまたま先週の水曜日に自宅で夕食をとっている時に、NHKの「ためしてガッテン」を見ていた。あまりにも疲れている時には、TVの音もうるさいので、消している時が多い。夜診のある時には、家族は先に食べているので、私1人で夕食である。たまたまチャンネルをまわしていたら、食道がんについて特集していた。最近はラム酒をストレートで飲むことはほとんどなくなった。ビールを飲んだら眠くなってしまって、その後のラム酒が飲めないのである。なぜかわからないが、すぐに眠くなって、AVさえ見れないぐらいである。この番組では、酒量がそれほど多くなくても、顔が赤くなりやすい人は、食道がんにかかりやすいということであった。すべての内容が私にぴったりと当てはまる。胃カメラだけでは、初期の段階ではわかりにくい。ヨードを用いた検査も大きな病院でもまだあまりやっていないようである。また、近いうちにヨードを用いた胃カメラを受けようと思う。私ががんにかかるとすると、食道がんか大腸がんが1番危ないような気がする。大腸カメラも1度はやっておいた方がいいが、大変そうなのでずっとそのままにしている。
 先週の土曜日は京都精神病院協会が主催する講演会に参加していた。講演会の題名は「うつ病の真実と現実」である。講演者は東京女子医大の教授であるが、この先生は私より3歳若い。これまでにも何回も講演を聞いているが、奥さんと娘さんのことについて、冗談とも本気ともわからない嘆き節がいつも出る。精神科医を30年以上やっていると、精神科の裏と表は精通してくる。うつ病の大家としてやっていくのも、この時代は大変だと思う。評論家のように、好き放題言っているわけにはいかず、大学病院では患者さんを実際に診察しなければならない。1時間に14人(だったと思う)予約を入れ、1日70人以上診察をしているというので、そのストレスは甚大である。TVに出ていると、どうしても、ややこしい難治性の患者さんが集まってくる。ここでは、NHKの番組の内容について非難していた。私もこのNHKのうつ病に関する特集は見ていたが、同意見である。必要以上に精神科の薬はこわいと強調し、薬は減らしたらよくなるような誤解を与えていた。マスコミはあるストーリーを作って、そのストーリーに沿って話を持っていく。1番典型的なのは、男性の更年期障害である。話題性があるが、専門科は誰も相手にしていない。私がいつも関心があるのは、躁うつ病である。最近は双極性障害と言われているが、この時の抗うつ薬の使用である。ここでも、三環系抗うつ薬の使用は禁忌と話していた。どんどんと悪化していくうつ病の患者さんにデパケンやリーマスなどの気分安定薬だけで放っておくのか、まだ疑問である。統計的なエビデンスと個々の患者さんは違う。
 私はセルシンやソラナックスなどの穏和精神安定剤などをよく使うし、睡眠導入薬も必要なら沢山使う。最近はなるべく短期間の使用や少ない量の眠前薬が勧められている。しかし、どうしても寝にくい患者さんには、イソミタールを使う時もある。ところが、イソミタールを使っている私の処方を見た若い精神科医が、中毒になるのですぐ中止するようにと患者さんにアドバイスをしたりしている。イソミタールは私が精神科に入局した時に教授のシュライバーをしていて知った処方である。時代はかわっているが、特に心配するような副作用もあまり経験していない。穏和精神安定剤で物忘れなどの認知機能障害が出ているなら、減量したり中止したらいい。中には、患者さんの症状があまり改善していないのに、かたくなに穏和精神安定剤の使用を控えている先生もいる。この辺は、患者さんの症状にあわせて臨機応変に対処したらいいと思っている。
 最近、警察に拘留されている患者さんを診る機会が多くなった。被疑者として逮捕されると、これまで服用していた薬は警察署に持ち込めない。新たに警察署から医療機関に薬を出してもらわなければならない。私は酒井法子が逮捕されて有名になった覚醒剤の吸引(あぶり)の学会報告では、京都府警に大変お世話になった。そのこともあるので、拘留されている被疑者の診察には、なるべく協力するようにしている。ところが、中にはとんでもない人もいて、眠れないといって、夜中中扉を叩いて、他の拘留者を眠らせない。今は昔と違って、いくら警察だからと言ってこういう人を強引に黙らせるわけにはいかない。うるさくて眠れないという他の拘留者からの苦情も殺到する。こういう人に限って、この薬はだめで、この薬を出してくれと好き放題言う。外来では押し問答になって、どうしてもだめな時にはここではもう面倒見切れないと診察を断ることもできる。しかし、警察署に拘留されていると別である。夜中に具合が悪いと言いだし、平気で医療機関を受診させたりする。現場の警察職員も対応が困難である。仕方ないので、どうしても拘留者のいいなりに多めの薬を出すことになる。腹がたってきて、こんな人は早く刑務所に行ったらいいと思う。さすがに刑務所では好き放題言えず、限られた薬しか出してもらえない。
 最後に、この前に書いていた、勝間和代「女に生まれたら、コレを読め マル活必勝法」(扶桑社)である。著者は雑誌などでもよく出ているし、TVでもよく出演している。これまで本は1度も読んだことはないので、どんなことを書いているのか興味があった。TVで結婚のことについて話をしていたが、結婚はリスクを伴う出来事で、万が一離婚してもやっていけるような生活の糧を持たなければならないと主張し、全く同感であった。婚活にならって、人活、美活、産活、住活などについて書いている。財活では、自己投資をし、最悪の場合は外国に逃げられるように準備すべきと書いている。日本の女性は二流市民で、男性に庇護されたいという発想は捨てるべきとも書いている。男性に守られたいと考えているうちは、平等をあきらめなければならない。日本人は歳を重ねても幸福にはならず、若い人、それも学生がいちばん幸せでそこからどんどんと下降するという。学生と女性が幸福なのは、一般に労働時間が少ないからで、男性の30〜60代が不幸なのは働き過ぎとも言い、これは共感できる。前回の日記で、小倉千加子「結婚の才能」(朝日新聞社)を紹介したが、フランスのことが紹介されている。フランスは出生率が高くなった理由として、パクス(連帯民事契約)が有名である。これは、カップルの一方が申し立てれば関係を解消できるという制度である。たまたま今週の週刊文春の私の読書日記を読んでいたら、鹿島茂がこの出生率の増加について詳しく書いていた。小倉千加子の本にも同じようなことが書かれているが、さてフランス人の先生の言葉である。「日本人の離婚の原因に経済的な理由が多いのはとても変です。フランスでは夫婦それぞれ経済的に自立しているので、フランス人の離婚の原因はほとんど性格の不一致です」 わが国では女性の職場環境の整備がまだ必要であるが、これからは専業主婦としての生き方はハイリスク、ハイリターンの生き方である。


前のページに戻る

www.monmonnet.com