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もんもん日記

ここではもんもん博士の日々のエピソードや思いついたことなどを日記でご紹介します。
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平成22年6月29日(火)

 風邪は2週間以上たって大分よくなったが、まだ少し残っている。蒸し暑さもあり、睡眠が不充分である。2階で寝ているので、温度調整が難しい。きょうは夜中の1時半頃に蒸し暑さで目が覚め、一旦エアコンをつけ、その後は部屋の扉を少し開け、扇風機をかけて寝ていた。6畳の部屋を閉め切って寝ていると、よくない。しかし、私は10時過ぎには床につくので、部屋の扉を開けておくとうるさいし、娘も部屋の前を通る。もうちょっと暑くなった方がエアコンの温度調整がしやすくなるかもしれない。
 先週の水曜日に夕刊を読んでいたら、労災の記事が載っていた。職場のいじめで精神障害を発病したという元女性社員の訴えが、大阪地裁で認められた。労働基準局の判定では精神障害の発病を労災とは認めなかったが、女性が裁判に訴えて労災と認められたケースである。このケースは京都の労働基準局で扱っているので、私が関与していたことになる。毎月1回労災の判定会議があるとこの日記でも書いているが、正式な名称は地方労災医員協議会精神部会である。ここで、あらかじめ送られて来た200〜400ページの資料を読んで、精神科医3人で発病した精神障害が業務上か業務外かを検討する。私は京都新聞を読んでいたので、ローカルニュースかと思ったら、全国で報道されていた。新聞を読んでいても、大分前の事案だったので、うろ覚えですぐに思い出せなかった。判決では、集団で長期間継続した陰湿ないじめで、常軌を逸した悪質なひどい嫌がらせだったと認定している。
 翌日早速、労働基準局から私の医院へ判決文がFAXで送られて来た。今回の判決が出て、国側も控訴するかどうかを早く決めなければならない。会社内でのいじめの場合は、なかなか証明するのは難しい。ある程度のいじめはどこでも起こっているが、今回の判決で出たような組織ぐるみの常道を逸した悪質でひどい嫌がらせというのは一般的には考えにくい。いじめに関する労災の裁判では、これまでは特定の上司からみんなの前で恒常的に罵倒されたりしているケースが業務上として認められてきた。裁判ですでに明らかになっているのかもしれないが、判決文だけでは常道を逸したいじめがもうひとつよくわからなかった。まだ高裁で争うのかわからないので、あまり詳しいことは書けないが、判決文に対する意見書は早速書いて送った。いくつかの労災の裁判に関わってきたが、精神医学の議論と裁判所の議論がもうひとつかみ合わない。どうして、こんな所で争うのか理解できない時もある。いずれにしても、裁判官が認定したような職場での悪質ないじめが事実上あったなら、国側も業務上として認めたらいいと思う。それにしても、今回裁判に訴えられたのはまったくの予想外であった。毎回業務上であるか業務外であるか検討した後に、精神部会として医学的見解を出すが、いつ裁判になってもいいように完璧な文章にしなければと改めて思った。
 きょうは午後から伏見区役所に行って、息子の戸籍抄本を取るつもりであった。インターネットでダウンロードした交付請求書に必要なことを書き込もうと思ったら、用紙の本籍地が京都市となっていた。住民票と違って、戸籍謄本は本籍地に請求しなければならなかった。両親は今は田舎を引き払って池田の妹の近くに住んでいる。しかし、私の本籍地はそのまま長野県飯山市になっている。早速飯山市に問い合わせをしたら、郵便で送ってくれるということであった。今年の夏は娘は高3で受験勉強である。息子はまだ高1であるが好きな学校のサッカーをやめたので、夏休みは2人でアメリカの西海岸にいくことにした。JALパックを使い、ロサンジェルス・ラスベガス8日間の旅である。息子はサッカーをやめて、少しは勉強するようになったので、1学期の中間テストはそれなりに成績が伸びた。これから反抗期になるので、どこまで成績が伸びるかわからないが、親としては息切れしないように、メリハリをつけてサポートしていくつもりである。私の1人旅は1泊10ドルで、壁にイモリが這っているようなホテルでもかまわないが、今回は贅沢をしようと思う。JALについては、前回客室乗務員の書いた本を紹介したが、今は、森功「腐った翼」(幻冬舎)を読んでいる。旅行前までには読み終えて紹介したいと思う。後から批判するのは何でも楽であるが、こういう本も記録としては大事である。JALについては心情的には、再びナショナル・フラッグ・キャリアとして蘇って欲しいと思う。
 最後に、途中まで読みかけていた本を紹介する。勝間和代の本と合わせて読んで紹介したかったが、まだ勝間和代の本は読みかけなので、今読み終えた小倉千加子「結婚の才能」(朝日新聞出版)だけにする。著者は「結婚の条件」でよく知られ、確か、当時の結婚の理想が専業主婦で、生活を支える仕事ではなく、趣味の仕事を続けたいと紹介していた。さて、それからリーマン・ショックが起こり、もう寝ぼけた理想を夢見ている時代ではない。現代の女子大生の現実的な言葉が沢山引用されている。最初に金婚式を迎えた夫婦に聞いた、結婚が続いた秘訣が紹介されているが、ぶっちぎりの第1位が「忍耐」である。現在の男性が女性に求める条件は5Kで、「可愛い」「賢い」「家庭的」「軽い(体重が)」に加わり、「経済力」となっている。「女は外に出しておかないと、品質が劣化する」という東大生の言葉も引用されている。男性には、家庭の中で自分だけが稼ぐ人になることには、潜在的な怒りがあると指摘しているが、これだけ世の中が厳しくなると、私も共感できる。
 この本は雑誌の連載に加筆したものなので、書いてある内容は羅列的である。それだけ、価値観の多様化で、こう生きなさいという指標を指し示すことが難しいのだろう。ややもすると、こういう考え方がありますよ、こういうことを言っている人もいますよとなりやすい。18世紀の英国恋愛小説を引用し、お金目当ての結婚と、分別のある結婚とどこが違うのと言わせている。男性の中には自分より「低」の女性を庇護することを愛情だと思っている人が相当数いるとか、アメリカでは富と成功を得た人が歳を取ってから若いモデルと再婚や再々婚をする「トロフィーワイフ」の披露が増加しているとか、なるほどと思う内容も多い。「なぜ結婚したのか」という質問に対して、1位と2位を占めるのが、「タイミング」と「成り行き」である。東京都では、学生を含めてであるが、全世帯の4割が単身世帯であるというのも驚いた。いろいろと書きたいこともあるが、もう午後7時半になったのでこの辺で終わりにしておこうと思う。1リットルほどビールを飲みながら書いていたが、かなり酔ってしまった。最後に、この本で1番気に入った部分を紹介する。「人間は1人だと不安になり、2人になるとやがて退屈になり、子どもがいないと寂しがり、子どもがいると心配が始まり、どうあっても簡単に幸福になれないという意味において平等な生き物である。」

平成22年6月22日(火)

 いつものようになかなか風邪がよくならない。1週間過ぎたが、ピークはやっと越えたようである。元通りになるのに2週間はかかる。夜は鼻がつまって息ができず、突然襲ってくる激しい咳で何回も目が覚め、やっと明け方に少しうとうとするぐらいである。ティッシュペーパーも1日2箱近く使っている。自転車通勤は無理なので、今はまだ電車である。それでも、今週の介護認定審査会が丁度私の休みの番に当たっていたので、助かった。今は往診ぐらいで、外部の仕事も少なくなったのでまだましである。びっしり予定がつまっていたら、それこそ毎日が地獄の日々である。簡単に代理を頼めるような仕事ではないので、意識があって手足が動く限りは、這ってでも出て行かなければない。風邪をひいた時ぐらいはゆっくりしたいが、勤務医の時でも開業しても夢のまた夢であることには変わりない。喜んでいる場合ではないが、先週は患者さんが少なかったので、その分随分と助かった。
 この前の土曜日は午後からある製薬会社の講演会があった。しかし、参加するのは遠慮した。体調が悪かったのと、こんな狭い閉じられた会場で咳をしまくったら、下手をしたら参加者全員全滅である。マスクをしてまで行くことはないので、夜は息子とゆっくりと居間でサッカーを見ていた。日曜日の予定は先週の月曜日にあった労災の判定会議の医学的見解の添削ぐらいであった。会計事務所に送る5月分の書類の整理もあったが、まだ慌てる必要はない。日本ーオランダ戦を見た後は、ツタヤで借りてきたビデオを今度は自分の部屋で見ることにした。題名は「パブリック・エネミーズ」である。大恐慌時代の30年代に銀行強盗であったデリンジャーの物語である。今は昔と違ってこういう銀行強盗をどう扱うか難しい。開拓時代のインディアンを悪者にして家族を守る開拓者をヒーローとして扱うことができにくくなったのと同じである。今の時代は30年代とは違い、いくら当時人気があったからといって、銀行強盗をヒーローとして扱うわけにはいかない。とんでもない自己破滅型のヒーローとも違うし、デリンジャーを追いつめた捜査官の苦労物語とも違うし、少し中途半端な感じがした。8代の大統領に仕えたFBI長官のフーバーがこの時代からいたのは興味深かった。このフーバー長官は自分の立場を利用して、政治家から著明人、財界人などのスキャンダルなどすべて個人情報を握っていた。8代も仕えたのは、歴代の大統領もこわくて辞めさせることができなかったからである。同じ時代の同じ銀行強盗を扱った映画では「俺たちに明日がない」がある。当時の私の心境とマッチしていたので、この自己破滅型の生き方もよかった。今新たに見直したら印象が変わるかも知れないが、こちらの方が私には面白かった。
 次の日の日曜日は医院の防音室で、借りてきた別のビデオを見ていた。今回は5本を借りるような無謀なことはせず、新作扱いの2本を借りた。3泊4日でも、準新作と旧作を5本1週間借りるのと値段はあまり変わりない。題名は「沈まぬ太陽」で、去年のシネマ旬報では第5位に選ばれていた。山崎豊子の小説とモデルとなった小倉寛太郎の実際の生き方と映画はまったく別である。私は小説も読んでいないので、純粋に映画だけから感想を述べる。モデルとなった小倉寛太郎についても、映画を見てからインターネットで知ったぐらいである。3時間を超える映画で、途中10分間の休憩があるが、DVDでもこの10分間休憩の映像が流れている。話の内容は、JAL(映画では名前が変えられている)の組合の委員長が首相の乗るフライト中にストをすると労使交渉で伝え、昇給を勝ち取ったが、その後報復人事でパキスタン、イラン、ケニアと10年たらい回しにされる。そして、あの御巣鷹山の事故が起きる。今の私はこういう生き方を賞賛はしないが、同じ立場だったら経営者側の懐柔策にも乗らない。どちらかというと保守的で体制順応型であるが、私も譲れない所は譲らず、きちんと筋を通した生き方をしたいと思う。
 今回この映画を見てから、話題になっていた日本航空・グループ2010「JAL崩壊」(文春文庫)を最後まで読んだ。途中まで読みかけてそのままになっていたが、今回は一気読みである。著者はチーフパーサーなど複数の乗室乗務員のグループである。JALの複雑な労働組合のことを知れば知るほど、この映画を見た印象が変わってくる。当時の時代背景と現在の時代背景が異なるが、何事もやり過ぎはよくないと改めて思った。この本では、旧エアシステムの統合・合併が日航の悪夢の始まりだという。JASは債務超過に陥っていたにも関わらず、当時は1番給与が高かった。そもそも採算が採れるのは搭乗率が70%が目安なのに、JASが飛んでいた路線は90%が赤字であった。
 労働組合についても書いているが、8組合が乱立し、御用組合が約1万人で、対立する7組合で約5000人である。世界一高い給料とぬるい労働条件の機長組合のことも書いているが、生涯収入は9億円だという。この収入は事務次官を経験した渡り鳥高級官僚と同じかそれ以上だという。事務次官というのは各省庁のトップで、年収は2500万円にも満たない。天下りを繰り返すことでこの生涯賃金となる。最近、上場企業の役員で、報酬が1億円以上の人は公開されるようになった。今の事務次官は民間の企業に行くより、国を選んだ人達である。当時はまだ成績がトップクラスの優秀な人はほとんど官僚になり、官僚になれない人が民間の企業に行っていた。1億円以上の役員報酬を払っている上場企業は100社とも200社とも言われているが、日本の将来を担う官僚のトップがこの給与でいいのか本気で考えなければならない。税金のムダ遣いである天下りをなくすのはかまわないが、対価の報酬を払わず国のために滅私奉公しろと言っても、今の若い人達には無理である。私は5000万円以上でも、上場企業は公表したらいいと思う。そのあまりの数の多さに、世間の人たちはきっとびっくりするだろう。これからは発想を変えて、超1流の人が企業に行って日本を活気づけ、少し能力の劣る2流、3流の人が官僚になって日本の舵取りをするのも悪くないかもしれない。景気がよくなったら、官僚のちょっとやそっとの失敗も帳消しになる。
 話は飛んでしまったが、機長に対する恨み、つらみが書き綴られている。非番の移動時には、ジャンボでも10〜12席しかないファーストクラスを使うと非難している。パイロットとキャビン・アテンダントの不倫は日常茶飯事とか、奇人・変人の部類にはいるパイロットは10人近くいるとも書いている。中には、ぶつぶつ言いながら棒を振り回していたという目撃談が漏れ伝わってきた機長もいる。この本では、自分たちの上司である管理職乗務員である女性マネージャーについてはぼろくそである。ただ、私は会社に一生を捧げ、定年まで頑張っていくと決心した女性マネージャー達については同情的である。私も若い頃は上司の非難ばかりしていたが、まだ未熟な部下たちをきちんと管理していくことは大変なことである。女性マネージャーにとって命の次に大事なフライト・スケジュールのことも書いてある。病棟看護師長と同じで、夜勤などをどこまで個々の事情を取り入れてスケジュールを組むのかは難しいと思う。これも、その人のキャラクターによる所が大きいかもしれない。キャビン・アテンダントの不満もよくわかるが、管理職の孤独をまだ充分理解していない。こういう人達の目に見えない所の苦労で、会社は成り立っているのである。映画の中でも、主人公の恩地に、会社側に立ってやっていくのも大変だと言わせている。JALの機内販売は年間およそ150億円あるが、驚いたことに盗難も多いという。
 ここでは、御用組合と対立するCCU(キャビン・クルー・ユニオン)のことも書かれている。日本語では客乗組合となるが、「ギャクジョウ組合」と揶揄されているという。この本では、某代々木の政党との直接の関係は存じ上げませんがと書いてある。御用組合は旧民社党系なので、対立が激しいという。何でも反対CCUでは、発行している客乗ニュースに、「反政府、反自民、反米、憲法改悪反対」などの思想的、政治的テーマがてんこもりだという。この組合の系統のE病院が有名で、組合員が腰が痛いと言ったら、すぐに診断書を書いてもらえるという。メールボックス事件のことなども書かれているが、興味のある人は1度読んでみて下さい。最後に、JALの負の遺産の最たるものは、会社側と組合側の無益な闘いの歴史だと述べている。
 医者は労働組合とはもっとも縁遠い所で働いているので、労働組合についてはあまり詳しくない。今回はJALを取り上げたが、JRでも同じである。JALの御巣鷹山の事故にあたるのが、福知山線脱線事故である。JRもいくつかの労働組合があり、過去の組合活動で報復人事を受けている人も知っている。少し前に患者さんから、秋山謙祐「敗者の国鉄改革」(情報センター出版局)を貸してもらったことがある。私は借りた本はなかなか読まないので、アマゾンで注文して読み始めた。3分の2ぐらい読んだところでストップしたままであった。今回改めて最後まで読もうと思ったが、すでに本を処分したらしく見つからなかった。著者は国労本部企画部長に就任し、国鉄分割民営化の反対闘争を繰り広げ、敗北している。当時組合員20数万人を擁する国労は国鉄最大の労組であった。今手元に本がないので、内容もうろ覚えであるが、著者は記憶が薄れない内に記録として残しておくように言われ、この本を著したという。何でもそうであるが、当事者が後世の人たちのためにきちんと記録を残しておくことは大事なことである。

平成22年6月15日(火)

 先週の月曜日から土曜日までは医院まで自転車で通った。自転車に関する本を読んでいたら、いろいろと注意が出ていた。あまりがむしゃらにこぐのもよくないようである。サドルの高さから自転車の発進の仕方まで何も知らなかったが、いろいろとルールがあるようである。ツーリングに出る時には、準備体操まで必要である。ゆっくりと景色を楽しみながら走ると書いてあったが、私はこぐのに必死でまだそんな余裕がない。スポーツタイプなのでサドルも固く、お尻も痛い。そのうち自転車に身体が馴染んで行くと思うが、まだ自転車をこいでいる途中でこのまま放って帰ろうかなと思う時もある。前の荷台はついておらず、取り付けることもできないので、荷物は背中に背負うことになる。しかし、これも荷物が肩にくい込んだりして、まだしっくりとこない。なるべく荷物は少なくして、オプションでつけたリアキャリアにくくりつけるのが楽である。雨の日については、自転車にはなるべく乗らないようにと書いてある。なぜかというと、見通しも悪く、道路上のマンホールや金属部分に乗り上げると、スリップして危険だからである。ゆっくり走ってもせいぜい20分ぐらいの距離なので、1度雨の日にも挑戦してみようと思う。日曜日は久しぶりに車を運転して医院に来たが、こんなにも楽なのかと思った。
 先週の木曜日は、京都駅のイオンモールまで映画を見に行った。私のマンションはキャンパスプラザの前にあるので、そのままハローワークの前を通る。堀川通りに出てしまうと、それほど時間がかからずに着いてしまう。木曜日の午後だというのに、たくさんの人が出ていた。ここを訪れるのは今回が初めてである。大きな本屋と映画館ができたのは便利である。私は喫茶店にはいってゆっくりするという習慣はないが、しゃれたカフェがいくつもはいっていた。この前の日曜日は雨だったので、このあたりの道路は大変な渋滞になったようである。今はもの珍しさもあって混んでいるという人もいるが、駅から近いのでこのモールは案外生き残るのではないかと思ったりする。
 さて、映画である。予めインターネットで席を予約して行った。題名は「パリより愛をこめて」である。よくあるシネマコンプレックスと変わりなかった。スクリーンが12もあり、経営的に成り立つのか心配になった。映画は午後2時半過ぎからであったが、観客は10人ぐらいしかはいっていなかった。私は席を予約するときにはなるべく後ろの方を取る。スクリーンはあまり大きくなかったので、ここでは真ん中ぐらいが丁度よかった。映画の内容は、パリでのテロ暗殺を防ぐためにCIAの諜報部員とアメリカ大使館員が活躍する。こうい映画を見る時には、自分以外はすべてスパイと考えるのが鉄則なので、話は予測通り進んだ。派手なアクションもあり、充分に楽しめた。それでも、同じパリを舞台にし、同じリュック・ベッソンが監督した「96時間」の方が、私には面白かった。近くて便利であるが、他の映画館のようにサービスポイントがついていないのは気になった。学割はあるが、成人に対する優待サービスは特にないようである。
 きのうはいつものように午後から労災の判定会議があった。今回は3件だけであったが、ややこしいケースが増えてきた。前日の日曜日に相変わらず分厚い資料を読んでいた。来月は7件も予定しているということなので、午後の外来は1時間遅らせることにした。この日は、他にもやらなければならないことがあった。新規の自立支援医療の診断書などの書類が沢山あり、車で来ているので、医院用のトイレットペーパーやA4用紙を買っておかなければならなかった。結局借りてきたビデオを見る暇もなく、1日が過ぎてしまった。
  きのうは自転車で医院に来るつもりであったが、風邪をひいてしまった。無理をせず京阪を使っているが、きょうは身体がだるく、最悪である。風邪をひいてもすぐに治るという人がいるが、私の場合は1週間以上続く。冬にはインフルエンザなども含めて気をつけていたが、こんな時期にかかるとは思ってもいなかった。日赤に勤めていた時には、毎冬3回ぐらい風邪をうつされていた。今はそれほどかからないので、大病院での感染力はばかにならない。この時には忙し過ぎて、免疫力も落ちていたのかもしれない。きょうの午後は往診に行ってきたが、私が往診して欲しいぐらい体調が悪かった。
 先週久しぶりに、手鏡で頭の上の髪の毛をチェックしたら、頭頂部が絶望的に薄くなっていた。いつもは鏡を見て、真正面の姿を整えるだけなので、薄くなっているとは思っていたが、ここまで進んでいるとは気づかなかった。もともと私の髪の毛は細いので、額の部分は大分薄くなっていた。前髪でカバーできていたので無頓着であったが、頭頂部の被害は深刻である。日本皮膚科学会がこの4月に男性型脱毛症診療ガイドラインを発表したが、外用薬のリアップと内服薬のプロペシアが有効である。リアップは薬剤師の対面販売が必要で、日曜日にドラッグ・ストアーに行ったら、薬剤師がおらず、薬を手に入れることができなかった。プロペシアは保険が効かず、医師しか処方できないので、自分用に薬の卸から取り寄せた。自費診療になるので、自分のカルテを作ってきちんと記載しなければならない。これまでばたばたしていたので、髪の毛についてはまったく無防備であった。もう少し早く気づいて、手を打っておいた方がよかった。今からではもう手遅れのような気がするが、これから何とか頑張ってみようと思う。この日記でも、時々その効果について報告しようと思う。ガイドラインでは、1年間やっても効果がない時には、植毛術かかつらとなっている。インターネットで調べたら、頭皮に黒く塗るファンデーションみたいなものも出ている。とりあえず、今は中国語より髪の毛に集中しようと思う。克服すべき人生の課題は次から次へと出てくるものである。

平成22年6月8日(火)

 先週の水曜日はいい天気のわりには、患者さんが少なかった。私の医院は予約と当日受付の2本立てでやっている。以前と比べて、最近は予約をしない患者さんが増えてきた。近くの患者さんは、医院をのぞいて混んでいたら、また別の時に出直して来たりする。中には、今混んでますかと電話で聞いてきて、家を出て来る患者さんもいる。予約の占める割合が少なくなると、雨の日などは患者さんは極端に少なくなる。新患の患者さんだけは、当初は予約制にして様子をみることにしている。落ち着いてきたら、こういう患者さんもあまり予約をしなくなってくる。予約制できちんと管理しているのは、サラリーマンなどで診断書を出して会社を休んでいる人ぐらいである。
 近所の患者さんが多いのは、地域密着型で決して悪いわけではない。しかし、その分地域の事情に左右されやすい。前にも書いたように、東山区は京都市内でも断トツに高齢化が進んでいる。将来的には患者さんの数も先細りになっていく。幸い、私の医院は南区と伏見区にも近いので、まだましであると思っていた。ところが、この前の水曜日はもろに地域の事情を受けた。何かというと、前にも書いた医院の近くで、新たにスーパーがオープンしたのである。私の医院から1分とかからない所のスーパーがつぶれて不自由していたが、思ったよりも早く別の系統のスーパーがはいることが決まった。この日はそのオープン記念日の安売りで、患者さんをだいぶ取られてしまった。ティシュペーパーの安売りをしていたらしいが、かさばる物を持って、私の医院は受診できないであろう。四条烏丸などのビジネス街とは違って、ローカルな場所で開業していると、近くのスーパーが閉じたり、オープンするだけでも微妙に患者さんの数に影響してくる。今はオープン・セールも終わったので、今までのように、買い物ついでに受診する患者さんも増えてくるだろう。このスーパーには何回か行ったが、ビールのあては豊富だが、肝心のビールが置いていないのは不便である。ビールだけ買いに遠くのスーパーに行くのは不便なので、何とか早急に善処をお願いするしだいである。
 きょうはなぜか患者さんが多く、午前中の外来だけで42人来ていた。午後は往診があり、その後は予約をしていた歯科に行き、帰ってきたのが午後4時過ぎである。つでにこのスーパーに寄り、ビールのあてを買い、ビールを飲みながらこの日記を書いている。大きなイカフライが2本はいっていて120円である。電子レンジで温め直して食べたら、イカが柔らかくておいしい。こんなことをしているから、なかなか体重が減らない。それでも、駐車場の契約を止めてから、丹波橋の自宅から東福寺の医院まで自転車で通っている。電動アシスト付きのスポーツタイプである。全部で2万円の駐車場代7ヶ月分もかかっている。土曜日には買い物があったりするので、車で通勤するが、安い100円パークで夕方まで止めていても700円である。日曜日は、医院の玄関前に寄せているので、お金はかからない。
 最初は自宅まで自転車でたどりつけるのか不安であったが、途中で自転車を放り出すわけにはいかないので、何とかなるものである。結局、京阪で通うより早い。自宅から京阪丹波橋まで5〜6分かかり、京阪東福寺を降りてから医院までも5〜6分かかる。もともと私はイラッチなので、歩いていても早足である。自転車に乗っていても、こげるだけこいでしまう。息が苦しくなったらもうこげないが、自転車は便利でこがなくてもしばらくは走り続ける。その間に息をととのえ、速度が落ちてきたら、またこげるだけこぐ。この繰り返しで、医院や自宅にたどり着いた時には息も絶え絶えである。8段のギアがついているので、電動アシストはいらないぐらいである。きょうの朝も自宅から医院まで自転車をこいで来た。きょうは全く電動アシストを使わず来たが、かかった時間は丁度15分である。全速力で走れるだけ走って息があがったらこぐのをやめるのがいいのか、少し力を抜いてずっと一定の速度で走るのがいいのか、これからの課題である。
 行きも帰りも本町通りを通るが、朝は早いので事故の心配はなく、帰りは一方通行の道を逆に行くので、車は点灯していて安全である。荷物はリュックサックを使っているが、使い勝手がもう1つである。メッセンジャーバックを使うのがいいのか、いろいろ試して見ようと思う。これから梅雨の時期にはいるが、雨が降った時に自転車を使うかである。阪神大震災の時に、神戸で400tまで乗れる中型のバイクの免許を取った。この時に雨の時にもバイクに乗れるようにゴアテックスの雨具を買った。長いこと使っていなかったが、これを着たら、雨の日でも自転車通勤ができる。水が低きに流れるように、人はどうしても楽な方向にどんどんと流れてしまう。この辺で、人生を引き締めるためにも、特別車の必要がない限り、雨の日も風の日も自転車で通おうと思う。特別お金に不自由しているわけではないが、私の原点であるハングリー精神だけは失わないようにしなければならない。
 この4月からは外部の仕事は大幅に減らしたので、今は出かけるのは介護認定審査会と労災の判定会議ぐらいである。その分、時間の余裕ができている筈であるが、あまり何もできていない。これではいけないと思って、6月からは1週間の予定を立てた。中国語の勉強も週3回入れた。勉強ができるのは、早朝と診療の合間である。きょうみたいな日は往診とこの日記で他のことは何もできない。予定表を作ると、きょうのこの時間は医学英語とか焦らず勉強できる。その分読書の時間が作れなくなるが、土曜日の午後と日曜日はあえて何も予定は入れていない。自転車通学と同じで、どこまで続けられるかわからないが、頑張ってみようと思う。最近はツタヤで5本1000円でビデオを借りれるので、これもよくないかもしれない。もったいないので、ついつい5本選んで借りてしまう。安く借りている分、最初の15分ぐらいで面白くないのは見るのはやめている。しかし、なかなかそこそこというビデオには巡りあわない。最近見たビデオでは、「ノウイング」が面白かった。主演のニコラス・ケイジはあまり好きではないので、5本合わせに無理して借りたが、予想外によかった。この前にも書いたCDの「MONO」であるが、最近巡りあったCDではベストである。日本のバンドはどちらかというと馬鹿にしてきた私であるが、この叙情性にはひれ伏してしまう。癖のある音ではなく、誰にもお勧めのCDである。安くついて申し訳ないが、私はビールやラム酒を飲みながら、こういう音楽を聴いていたら最高に幸せである。

平成22年6月1日(火)

 いよいよきょうから6月である。他の人にはあまり意味がないかもしれないが、私には新たな1ページが始まる。何かというと、前にも書いたように、医院の近くの駐車場を5月末で解約し、マイカー通勤をやめたからである。解約するには、1ヶ月以上前に言わなければならないので、きのうまで延び延びになっていた。電動アシスト付きの自転車通勤であるが、まだ医院に置いてある。きのうは最後のマイカー通勤で、帰りは荷物になる物はまとめて買っておいた。きょうはいつものように朝5時に起きて、5時47分発の京阪電車に乗ってきた。途中、伏見稲荷駅で降りて、そこから歩いてきたが、医院まで20分ちょっとである。車で通っている時は、朝は空いているので、家から医院の駐車場までは10分ぐらいである。医院から京都駅近くのマンションまでは電動アシスト付き自転車で何回も往復している。自宅からはこれからである。あんまり暑くなると、自転車で通うのも途中から歩くのも苦痛になるが、また体重が増えてきたので、できるだけ身体を動かそうと思う。
 大企業の3月決算は黒字になった所が多かった。しかし、ほとんどは大規模な経費削減によるもので、売り上げが大幅に伸びたわけではない。私の医院は今年の5月から開業して10年目にはいったが、同じようにコストの削減に励んでいる。あまりけちけちすると、気持ちの余裕がなくなるが、それほど必要のないものはどんどんと削っている。患者さんの数は去年より少し増えているが、精神科は4月から大幅に保険点数が削られたので、収益としてはあまり伸びていない。診察料が1人当たり210円も減ったので、月に診察する患者さんが延べ800人の場合は17万円近く、900人の場合は19万円近く純利益が減る。私の場合は、駐車場と綜合警備の見直しで、月に7万円削減した。きのう、会計事務所に送るのが遅れに遅れていた4月分の経費をまとめていたが、まだ削れる所があった。インターネット利用のヤフーと日経パソコンの会費である。ヤフーはオークションに利用しようと思っていたが、長いこと会費を払い続けていたわりにはまだ1回も使っていない。日経パソコンもXPからビスタになり、セブンになったので、私のXPのパソコンにはあまり役立たない。両方合わせても1000円にもならないが、今回中止することにした。宅配便のツタヤディスカスもアダルト・ビデオを借りるのには便利であるが、最近はほとんど見ている暇がない。時々CDを借りることがあるので、月8枚から4枚にして1000円ほど節約するつもりである。
 府民共済はどうしようかと迷っている。すでに私も家内も生命保険にはいっているので、これ以上必要がない気もする。しかし、普天間基地問題と同じで、どこまで保険をかけておく必要があるのかは予測がつかない。抑止力がどこまで必要なのかとか、本当に北朝鮮や中国の脅威があるのかは専門家でもきちんと評価できないのではないかと思ったりする。ソ連がまだ崩壊していない時に、ソ連の脅威が盛んに唱えられたが、その後実際には脅威は何もなかったという話もあるぐらいである。開業医には休業保証制度があり、所得保障保険に加入することができる。保険料が高いので、私は加入していないが、病気で倒れた時には一定期間所得を保障してくれる。こんなことは滅多にないと思っていたが、実際にこの保険に加入していて助かった家族も知っている。万が一のために、どこまで保険をかけておくのかは難しい。国家の場合は、個人と違って万が一も絶対に許されないのは理解しているつもりである。
 医院の3階に防音室を入れてからは、京都駅近くのマンションに行くことは少なくなった。娘が東京の大学に行ったら、友だちが京都に来る時もあるので、このまま置いておくつもりである。息子は友だちとゲームする時にごくまれに使わせたりしている。京都駅付近はイオン・モールもできて、便利になった。特に映画館が歩いていけるのはいい。秋にはヨドバシカメラもできるので、ますます理想的な環境に近づいている。このマンションは5年前に中古で買ったが、最上階で2番目に高かった部屋と聞いている。カルテ保存用に経費で落ちているが、5年たっても資産価値は落ちていないと思う。節約ばかりでは気分転換できないので、最近はCDを買ったりしている。週間スパ!で知った「エディターズ」がよかったので、デビューアルバムからCDを揃えてしまった。同じ雑誌の別の号で、キング・クリムゾンを彷彿させる傑作と紹介されていた「MONO」のCDも買ったが、これもよかった。日本のバンドであるが、「クリムゾン・キングの宮殿」が好きな人は1度聞いてみる価値がある。ワールド・ディスクから時々通販用のカタログが送られてくる。オランダのプログレ・バンドの「オディッシス」が紹介されていた。気になっていたが、たまたま翌日他の所でも紹介されていたので、早速アマゾンで注文してしまった。ツタヤで借りてきたビデオもこの防音室で見てしまう。「マイ・ネーム・イズ・モデスティ」と「ミッドナイト・トレイン」が面白かった。
 この前の土曜日は、京都新聞にも案内が出ていた佐藤優の講演会に京都精華大学まで行ってきた。演題は「自由の現在」である。著者は外務省のラスプーチンと呼ばれた元外交官で、鈴木宗男と一緒に逮捕され、背任などの罪で有罪(執行猶予付き)が確定している。地下鉄からバスを乗り継いで行ったが、300人の会場から500人の会場にかわっていた。会場は最後の方はほぼ満席であった。午後3時から始まり、4時半の講演終了予定であったが、会場から集められた質問用紙にはすべて答え、実際に終わったのは5時45分であった。検察と官僚については非難していたが、すべて普遍化して言っていいのかは疑問であった。質問で、罪を犯したと思っているかと聞かれて、まったく思っていないと答えていたのは印象的であった。しかし、自分が受けた仕打ちに対する個人的な怨念と検察全体の批判は別のような気がする。検察の国策捜査の問題点は私もよく理解できる。この日記でも書いたが、耐震偽装事件で姉歯一級建築士の単独犯罪だったにも関わらず、被害者である民間確認検査機関や建設会社が本来の罪状とは違う罪で処分されている。官僚全体の批判でも、今回の逮捕がなければ官僚として働いていたと思うので、個人的な官僚批判にとどめておいた方がいいような気がする。
 それにしても、いろいろな質問に対しては、次から次へと答え、知識の豊富さを示してくれた。私も自分の専門領域でここまで答えられるか疑問に思った。リトアニアでソ連の秘密警察からしびれ薬を飲まされたことも話していたが、このあたりのことについては「国家の謀略」(小学館)に詳しい。著者の作品はいろいろ読んだが、昔から映画でも小説でもスパイ物が好きな私にはこの本が1番面白かった。あまりにも節操がないぐらい、あちこちへ行って講演したり、対談しているので、余計な誤解を招かないかと心配になる時がある。今回逮捕されなければ、こんなに刺激的で面白い本がたくさん世に出てこなかったと思うので、皮肉といえば皮肉である。

平成22年5月25日(火)

 今頃になって気づいたが、自立支援医療は今年4月以降有効期限が残っている人はそのまま1年延長され、2年間有効になる。京都市や京都府からお知らせの書類が届いていたが、さっと読んで、勝手に今年4月から更新した人が2年間有効になると思い込んでいた。この日記でも書いていたが、7月に更新をしなければならない患者さんが障害者手帳を含め25人いた。しかし、自立支援医療についてはそのまま1年間有効になるので、新たに診断書を書く必要がなくなった。それにしても、まったく3ヶ月間気づかず、4月、5月、6月分と必要のない更新の診断書を書いていたことになる。手続きに時間がかかるので、更新の2ヶ月前に必要な書類は患者さんに送っている。長い人生の間では、時々、とんでもないポカをしてしまう。
 少し前に、法改正で、殺人罪などの時効が廃止になった。ところが、これから起こる凶悪犯罪だけについて適応されるのではなく、現在時効未成立の事件にも適用される。この殺人罪などの時効廃止については、捜査側の負担が増えたり、冤罪を産む可能性があるなどの批判も多い。しかし、現在時効未成立の事件にもさかのぼって適応されることについては批判はないようである。凶悪犯罪の時効廃止についてはどちらでもいいと思っているが、事件が起こった時の時効を後から法改正した時効(廃止)に変更することについては私は違和感がある。専門的にはどう解釈するのかわからないが、こんなことはそれほど問題にならないのであろうか。なぜ、こんなことを書くかというと、昔日本企業が中国に進出していた時のことを思い出してしまうからである。凶悪犯罪と経済的なこととは次元が違うが、中国側は自分たちの都合のいいように勝手に現地の法律を変えていた。今はさすがにこんなことはないと思うが、以前は法律を変えて、過去にさかのぼってその法律を日本の企業に適応していたのである。今回の自立支援医療の診断書の延長も、書いた時には1年しか有効でなかったが、今回そのままこの4月から1年間有効期限が追加された。行政ではそれほど珍しいことではないのかもしれないが、私が今回勝手に誤解してしまった要因もここにある。
 それにしても、患者さんには申請書と必要な書類を送るだけであったので、今月はあっという間に終わってしまった。数人の障害者手帳用の診断書を新たに書いたぐらいである。来年の3月までは今までのように更新の診断書で苦労することはない。外部の用事も少なくなり、自立支援医療の診断書も少なくなったので、やっと自分の好きなことができる時間が増えた。
  きょうは午後から往診に行っていた。帰ってきたら、患者さんのことで話が聞きたいと地方検察庁から連絡があった。副検事の人と書記みたいな人が来て、患者さんのことをいろいろ聞かれた。警察には詳しい捜査関係事項照会書の回答を送っていたので、どうしてこんなことでわざわざ私の医院まで来るのかわからなかった。その後、警察に頼まれて、カルテのコピーもすべて渡している。万引きなどの刑事事件が起こった場合は時々患者さんのことで警察から照会がある。しかし、今回のように検事の人が直接医院まで来るのは初めてである。素人の勝手な判断であるが、患者さんがそれほど重大な犯罪を犯したようには思えない。精神科医を30年以上やっていると、もっと大変な事件を起こした人には大勢遭遇する。以前に、他の医院から私の医院に転院してきた患者さんが、前の医院での処方箋をカラーコピーしてリタリンを大量に手に入れていたことがある。この時には近畿麻薬取締局の調査官がわざわざ私の医院に来た。ふだん、めったに会えない人に医院で会うのはそれ以来のことである。副検事さんから患者さんのことをいろいろ聞かれているうちに、なんだか私が取り調べを受けているような気になってしまった。まさか、裁判員制度の資料を整えていたわけではないとは思うが。
 そんなことで、きょうはこの日記を書く時間が遅くなってしまった。きょうは書くことがなく、無理にここまで書いたが、久しぶりに短い日記になってしまった。次回はもうちょっと内容を充実させるつもりである。

平成22年5月18日(火)

 この前の日曜日は、運転免許の更新に行って来た。5年間無事故・無違反の優良ドライバーである。最近は通勤以外で車を使うことはほとんどなくなった。以前は福知山まで土・日の当直に行っていたし、実家が長野県なので長距離運転もしていた。今では1番遠くて、妹と両親が住んでいる池田である。昔は家族であちこち出かけていた。私はもともといらっちなので、けっこうスピード違反で捕まっている。神戸にいる時には、免停3ヶ月を受けたこともある。レーダー探知機を取り付けていたが、一定区間の距離と時間で測定されたらどうしようもない。講習会に朝から晩まで2日連続出ても、免停は2ヶ月免除されるだけである。罰金も8万円ぐらい取られたと思う。この時には講習会に出るのも面倒だったので、そのまま3ヶ月間免停にしていた。年齢とともに、車のスピードはどうでもよくなってきた。
 特定の身体疾患と特定の性格傾向が関連することはよく知られ、タイプA行動パターンが有名である。競争的、野心的、精力的で、常に時間に追われているなどの特徴がある。こういうタイプは狭心症や心筋梗塞にかかりやすい。私は今でも早足で歩くし階段は2段ずつ駆け上るので、タイプA行動パターンに近い。今回改めてインターネットで調べたら、がんになりやすいタイプC行動バターンもあり、どちらかというとふだんの行動はこちらの方である。我慢強くて怒りなどの否定的な感情を表現せず、真面目で几帳面であることが特徴とされている。本質的にはタイプA行動パターンであるが、日本の社会では出る杭は打たれるので、社会適応のためにタイプC行動パターンに無理にしたような気もする。それにしても、狭心症や心筋梗塞にかかりやすく、がんまでかかりやすかったらわりに合わない。隠れた攻撃性については、車を運転している時に1番出やすい。今ではそうでもないが、前の車がもたもた走っていると、簡単に切れてしまっていた。昔は市内でも私がスピードを出して運転するので、娘が怖がっていたが、今では反省している。
 運転免許の更新は誕生日前後1ヶ月にしなければならない。実は明日が私の誕生日である。50歳も半ばを越えて、段々と60歳に近づいてきた。不良中年をしたかったが、まだできないでいる。このままでは、不良老人になれるかも危うい。ずっと堅い仕事をしてきた患者さんが、自営業をやめ、現在80歳を越えている。以前から診察中にいろいろ言っていたので、好き放題できるかと思ったら、後ろがあるのでできないという。後ろというのは、子どもや孫のことである。私も80歳になったら、人生も残り少ないので、好き放題しようと思っていた。大学の医局の同門会で、料理の載ったテーブルをひっくり返したり、若い医局の秘書さんに抱きついたり、困った老人になるのが理想であった。しかし、よく考えたら、息子が医者になったら絶対に無理である。いつまで開業できるかわからないが、きょう来た患者さんが80歳を越える内科の先生に診てもらったら、耳が遠くて困ったという。この内科の先生は患者さんの言うことが、ぜんぜん聞こえていないのである。私も、お年寄りの患者さんには耳に近づけて大声で話しているが、歳をとったら逆のことが起こるのである。
 きょうはあまり書くことがないので困っている。きのう外来が終わってから家に帰る途中で本屋に寄ったら、「新書大賞2010」(中央公論新社)が出ていた。年間ベスト20が載っているが、1位は内田樹「日本辺境論」(新潮新書)である。この本はまだ途中までしか読んでいないが、興味深い日本人論でまたじっくりと読みたい。2位の野中広務、辛淑玉「差別と日本人」(角川oneテーマ21)は辛淑玉が太字で解説している文章が押しつけがましく、途中で読むのはやめてしまった。3位の岡田暁生「音楽の聴き方」(中公新書)は本屋でも見かけたことがなく、私はまったく知らない。他に、読んでいないが、香山リカ「しがみつかない生き方」(幻冬舎新書)が6位に選ばれ、この日記でも取り上げた宮台真司「日本の難点」(幻冬舎新書)が9位に選ばれている。11位に選ばれている松岡正剛「多読術」(ちくまフリマー新書)と山森亮「ベーシック・インカム入門」(光文社新書)は買ったまままだ1ページも手につけていない。14位に選ばれている斉藤環「関係する女・所有する男」(講談社現代新書)はゴールデン・ウィークにアンコール・ワットに持って行ったが、この日記の下書きで時間を取られ、これも途中まで読んだままである。自宅、医院、京都駅近くのマンションに本を置き、同時並行読みであるが、最近もっぱら夢中になって読んでいるのは、サイモン・シン他「代替医療のトリック」(新潮社)である。これもまだ途中なので、読み終えてから紹介しようと思う。
 この小さな本屋では、この前紹介した親孝行実行委員会/編「親が死ぬまでにしたい55のこと」(泰文堂)が置いてあった。アマゾンで頼んでもなかなか来なかったが、こんな所に置いてあるのである。買う本があったので、先週はアバンティの本屋にも行ったが、アマゾンで注文して遅れていた小川和久「この1冊ですべてわかる普天間問題」(ビジネス社)が平積みに置いてあった。きのうやっと届いたが、ふつうの店頭の方が早い本もあるのである。今からこの本を読んで感想を書こうと思ったが、患者さんからこれから薬を100錠飲むと電話がかかってきた。最近来たばかりの患者さんで、名前だけではすぐにどの患者さんか思い出せなかった。カルテを出してこちらから電話をしたが、なかなかもうひとつ要領を得ない。今4時過ぎであるが、ビールを飲み出した所で、警察が患者さんを連れてくる可能性もあるので、250ccでやめておこうと思った。
 さて、2時間ぐらいで最初から最後までこの本を読んだが、簡単に紹介しておく。著者は客観的な事実と数字に基づいて、この普天間基地問題を解決しなければならないと述べている。もともと普天間基地は、太平洋戦争末期に海兵隊が上陸し、日本本土への出撃基地として飛行場を作った。沖縄県外にある米軍基地の多くは国有地で、沖縄県内にある基地の大半は民有地や市町村有地で占められており、普天間飛行場も92%以上が民有地で、地主が約3000人いて、年間65億円を国がアメリカの肩代わりで払っているという。海兵隊のことも詳しく説明されているが、沖縄から出撃した海兵隊はイラクやアフガニスタンで200人以上戦死している。命懸けの勇猛な部隊で、海兵隊を頼りにし、誇りに思うアメリカ人は少なくないという。在日米軍用施設の4分の3の面積が沖縄に集中している。
 私もこの本を読んで驚いたが、日本はアメリカの戦略的根拠地で、例えば佐世保の弾薬貯蔵施設には地球半分の範囲内で最大の陸上弾薬庫がある。普天間問題がこじれた経過も書かれているが、最大の原因は政治の不在と無責任を挙げている。どんな優秀な官僚でも、自分の役所の責任と権限の範囲内でしか答案を書くことしかできないので、他の省庁との連携、地元との調整、他国との調整などは政治がリードしなければならないと指摘している。嘉手納統合案やグアム移転案もなぜだめなのかも軍事的な知識から解説している。現実的な選択肢も挙げ、沖縄からの移転は困難で、普天間からの危険性の除去、日米地位協定の改定、沖縄経済の活性化などについて具体的な提案もしている。普天間からの危険性の除去については思ったより簡単にできるようである。日米同盟が崩壊して日本列島という戦略的根拠地を失えば、アメリカは世界のリーダーとしての地位を失うので、アメリカに対して必要以上に恐れることはない。しかし、長期化して混迷が深まると、通商問題などに飛び火しかねない怖れもあるという。著者は長いこと沖縄問題に関わってきた軍事アナリストなので、読んでいても説得力がある。

  18日(火)の夜8時頃にこの日記を書き、更新したと思っていたら、うまくアップロードできていませんでした。19日(水)の朝に更新したことをお詫びします。

平成22年5月11日(火)

 先週の木曜日は午後からいつものように介護認定審査会があった。30人の審査が終わり、他の委員の先生と世間話をしていた。たまたま、私が総合警備保障会社をかえたことを話ししていたら、同じ東山区で開業している先生が、テナント開業していて昔泥棒にはいられたことがあると話してくれた。ビルのテナントはビルの入り口を閉めたら安全かと思ったが、そうでもないようである。この先生は、朝早くビルの入り口が開いて、医院が始まるまでの間を狙われたらしい。高価なテナントのガラスを割られ、侵入されている。この時に、他にも同じ東山区でテナント開業している先生が泥棒にはいられていることを教えてもらった。そう頻繁にあるわけではないが、テナントでも医院が狙われることは皆無ではないようである。この後で、私の医院の横の開き戸の上にセンサーライトをつけようかと思った。今のセキュリティ・システムで充分であるが、センサーライトをつけたら、鬼に金棒である。綜合警備保障会社につけてもらったら高くつくが、それでもこれまでセコムに月3万円以上支払ってきたことを考えると、コストパフォーマンスは高い。
 自立支援医療や精神障害者保険福祉手帳の更新をする人はこの5月は多く、全部で25人いる。新たに自立支援医療や障害年金を申請する人も少なくなく、毎回診断書を書くのはうんざりである。それでも、自立支援医療についてはこの4月からは有効期限が1年から2年になったので、来年の4月からはもっと楽になる。この春からはいろいろな院外の仕事を減らしたので、時間的には余裕があるはずである。しかし、前からやりたいと思っていたことは、まだ手をつけられずにいる。だいぶ前に買ったTVのエコポイントもまだ申請できておらず、今からでも間に合うのか心配なぐらいである。医院の資金繰りについては、結局定期貯金をくずさず、何とかぎりぎり乗りきれた。今回は駐車場や警備保障などの見直しで月7万円の経費削減ができた。今迷っているのは府民共済で、家族4人合わせて毎月1万4千円である。私も家内も別に生命保険に入っているので、これ以上必要はない。しかし、私自身は最近あまり体調はよくないので、1度人間ドックにはいってからやめようかと迷っている。
 きょうはあまり書くこともないので、ゴールデン・ウィーク前に書きたかったことを書く。4月21日の京都新聞の夕刊に載っていた記事で、毎週(?)連載されている「現代のことば」である。ふだんは読み飛ばすことも多いが、鶴見俊輔(敬称略)が、「河合隼雄の心理療法を受けて」という題名で文章を書いている。どういう内容かというと、次から次へと出てくる河合隼雄の文庫本を読みながら、今年88歳になる哲学者が自分と父親との関係を見直し、新しい意味を持つようになってきたと述べている。著者の父親は国会議員であったが、軍国万歳に呑みこまれ、政治家としての行動については戦中も戦後も同意できず、批判し続けてきた。しかし、河合隼雄の著書を読みながら、自分のせまさに気づいたという。父親は自分に対して我慢強く、愛情を持っていたという。鶴見俊輔と河合隼雄の対談は、「河合隼雄 全対談 V 父性原理と母性原理」(第三文明社)に残っている。今回改めて読み直してみたが、「強姦と日本思想史」という題名で女性の哲学者のことなどが語られている。
 この新聞の記事を読みながら、いやでも父親と自分の関係を考えてしまった。私の父親は小学校6年までは、私を徹底的にスパルタ教育で育てた。私が長男で妹が2人いたが、私だけは学校の成績が悪ければ殴られたし、1日中でも正座させられた。昔は、学校でも遅刻したらバケツに水を入れて生徒を廊下に立たせた時代である。殴られないように逃げまくって、千曲川の堤防で夜を過ごそうと思ったこともある。毎学期の終わりに、小学校の成績表を父親に渡すのがこわくて仕方なかった。私もあまり勉強はしなかったので、成績はさんざんであった。ある夏休み前に、5段階の成績で初めていくつか2を取った。父親が案の定烈火のごとく怒り出した。自分の感情を抑えきれず、日本刀を取り出して、裏庭に咲いているひまわりをバサバサと切り倒していった。中学になってから、周りの仲間のおかげで私も自主的に勉強するようになり、父親は全く何も言わなくなった。その後はずっと父親に対しては反抗し続け、学生時代に家に帰ってもほとんど口をきかなかった。結婚してからも、あまり打ち解けて話すこともなかった。
 今では父親は私のことがわからないほど呆けてしまった。妹の家の近くの池田で母親が面倒をみている。学生時代は私はアルバイトもせず、すべて父親の仕送りで生活をしていた。決して裕福ではなかったが、お金が必要な時は、何も言わず送ってくれた。中学生以後はあまり口をきかずにいつの間にかきょうに至っている。鶴見俊輔が書いているように、今になって考えると、自分に対して我慢強く、愛情を持っていたと思う。今では自分が父親になり、自分の娘や息子との関係を考えてしまう。今度は私が子ども達に対しては我慢強く、愛情を持たなければならない。娘は私に対していつも反抗的であるが、息子は私と家内の間に立っているので、あまり反抗しない。一見明るく振るまっているが、かえって心配になる時がある。
 この記事についてはもっと早く書きたかったが、アマゾンで注文した本が遅れに遅れてやっときのう届いた。親孝行実行委員会/編「親が死ぬまでにしたい55のこと」(泰文堂)である。はじめにで、親にしてあげたいと思うことはたくさんあっても、親が亡くなって親孝行を何一つしてこなかった自分を知るので、残された限りある時間を愛すべき親と有意義に過ごせるようにと書いてある。しかし、本の作りは少し安易で、55人のエピソードを大きな字でそのまま載せ、「我が家の味を教えもらう」などの題名をつけているだけである。題材はすばらしいので、もう少し掘り下げて作ったらもっといい本になっていたと思う。いろいろなエピソードが載っているが、1番最初に出てくる話が印象に残った。36歳の男性が書いているが、父親が亡くなって書斎の机の整理をしていたら、自分が小学校低学年の時に父にプレゼントした「かたたたきけん」と書かれた紙が出てきたという。父親がずっと大切に引き出しの奧にしまっていたのである。実は、私も娘が私に書いたメモ用紙を大事に取っている。ウサギの絵と早く帰ってきてね! とうちゃんへ がんばれ!と書いてある。

平成22年5月4日(火)

 4月の天候は不純であった。暑い日があったと思ったら、急に寒くなり、雨も多かった。気温の乱高下が激しかった。私の医院の患者数も、その日によって極端に少なかったり、多かったりした。毎年ゴールデン・ウィーク前には患者さんが多くなる。先週書いたように、この4月で1番少なかった日は、開業以来の新記録でたった8名であった。ところが、4月の最高患者数は74名で、今年にはいってからは1番多かった。この1月〜4月までの統計を見ると、去年より患者さんの数は増え、収入も少し増えている。しかし、4月から大幅に保険点数が下げられたので、これからは去年と患者さんの数がかわらなくても、収入はかなり減る。
 たまたま、医院から1分もかからない所にあったスーパーがこの4月で閉鎖した。私の医院は今熊野の商店街から数十メートルしか離れていないが、この商店街が北東から医院のある南に向かって少しずつ閉じられてきている。このスーパーはビールを買うときには重宝していた。患者さんも買い物ついでに私の医院に寄ったりしていた。患者さんから聞いた話では、不況でただ単純につぶれたわけではないようである。それにしても、この大不景気である。ここで働いていた人たちも次の仕事を見つけるのが大変だということも聞いた。場所的には京都駅にも四条にも近く、便利であるが、高齢化してシャッター街となってきた商店街を再開発するには、まだまだ時間がかかりそうである。
 さて、ゴールデン・ウィークである。私は前にも書いていたように、5月1日の夕方からカンボジアの卒業旅行に出かけていた。どこがいいのか迷ったが、アンコール・ワットを見ずに、カンボジアを卒業するわけにはいかない。今回は、予め楽天でホテルを予約した。最後のカンボジアなので、豪華なホテルにしようと思った。これまでは、現地で見つけてせいぜい1泊10ドル〜30ドルぐらいまでである。1日は午後の外来が終わってから、あわてて旅行の準備をした。夕方6時半出発のJALウェイズで関西空港を出発し、バンコクに着いたのは現地時間の夜10時半である。バンコクのタクシン派騒動のせいか、飛行機は3分の1以上空席が目立った。いつも市内にはいらず、空港の近くのホテルに泊まる。今回はこのホテルも楽天で予約したので、送り迎えがあり、何も考えず楽ちんであった。朝食付きで送り迎えがあり、料金は1000バーツ(約3000円)であった。
 翌日は11時半出発のバンコク・エアウェイズでシェムリアップに向かった。飛行時間は1時間もかからない。日本人も何人か乗っていたが、それほど多くなかった。楽天の予約確認書を持っていたが、詳しく読むと、連絡したらホテルから迎えに来るとなっていた。空港で待つのも面倒なので、そのままホテルまで行くことにした。プノンペンの空港から市内まで7ドルで、シェムリアップも同じである。いつも空港までの行き帰りだけはタクシーを使っているが、ここでは2ドルで行けるバイク・タクシーを盛んに勧める。バイクでホテルまで行ったが、市内はふだん見るカンボジアの町とあまり変わりない。ホテルは4つ星クラスで、1泊朝食つきで75ドルである。私は1ドル90円の時に両替していたので、実質7千円を切る。ホテルに着くと、ウェルカム・ドリンクが出てきたが、いつも安宿に泊まっているので、こんなことは初めてである。10ドルのホテルでウェルカム・ドリンクが出てきたら、毒を盛られている可能性が高い。日本人の観光客が多いせいか、現地の従業員が日本語で説明してくる。日本語の朝食時間は少し聞き取りにくかった。
 部屋は中庭のプールを囲むように建っており、豪華であった。この日は早速アンコール・ワットに出かけた。この辺りの遺跡にはいるには、入場パスが必要で、1日20ドルで3日では40ドルであった。遺跡に入るときには、必ずパスの提示を求められる。最近TVでもよく取り上げられるアンコール・ワットであるが、大勢の観光客が世界中からやって来ていた。日本人団体客も多く、現地のガイドはほとんど日本語が話せる。京都の桜や紅葉の時以上に、みんなカメラを持って来ていた。私は今回はキャノンのコンパクト・デジカメを持っていった。やはり石でできた寺院は迫力があるので、絵になる。緑や池もあり、誰が撮ってもきれいに撮れる。その分、自分のオリジナリティを出そうと思うと、なかなか難しい。5月は1番暑い時なので、歩いていても汗だくだくである。この日はオールド・マーケットなどにも顔を出し、現地の旅行代理店で、トンレサップ湖クルーズを申し込んだ。朝10時から午後2時までの4時間で昼食付きで27ドルであった。申し込んだ時点では私1人で、1人だけでもOKである。ホテルまで送り迎えしてくれる。夜はパブ・ストリートにも行ってみたが、大勢の欧米人が来ており、どこが不況なのかと思うほど観光客でにぎわっていた。
 ホテルには日本語と英語の説明が用意され、ロビーには日本人のカップルが沢山いた。豪華ホテルで1人で泊まると、ふだんあまり感じたことのない孤独感をベッドの中で感じた。たまたま週間スパを持って行ったが、40代で無縁予備軍にならないための処方箋が特集されていた。少し前には、週間ダイアモンドでも「無縁社会」を取りあげていた。職場に出勤すれば誰かに会うが、週末には誰も会わないと「週末無縁」に気づかされるという。似たようなパターンで、今回のようなゴールデン・ウィークでは、友人たちが家族旅行や帰省して、「連休無縁」になり、孤独を痛感させられるという。ふだん孤独を感じるときよりも、大勢の場で無縁だと思い知らされる時の方が辛いとも書かれている。私はいつでも帰れる場所がまだあると思っているが、それでも強い孤独感を感じた。これまでは、息子は休みの日でも学校のサッカーで忙しく、娘は私とは旅行なんかしない。結局息子も医学部を目指すということでサッカーをやめたので、これからは当分一人旅は中止である。まだ高1でそんなに朝から晩まで勉強ばかりできないので、夏休みなどは一緒にどこかに連れて行ってやろうと思う。
 翌朝10時に、旅行代理店の車がホテルまで迎えに来てくれた。きのうは私1人だけと言っていたが、ドイツ人の女性が1人増えていた。年齢的には40代後半ぐらいか。最初は狭い川からボートで出発するが、途中から海のような湖に出て、水上家屋などを見学する。暑いかと思ったが、ボートに屋根がついていて、湖の風が気持ちよかった。前にも書いたが、ベトナムのメコン・クルーズとよく似ている。こちらの方がもっと貧しさが出ていて、私は好きである。乾期なので、水は泥色で水位が低く、狭い川では船が進むのも大変である。かなり高速で走っている私のボートにもう1台のボートが全速力で近づいてきて、勝手に飲み物を持って上がり込み、誰も買う者がいないとそのまま去っていった。湖の休憩所でワニを見たりしていると、小舟で現地の水上生活者がやってきて、この休憩所に上がってきた。小さな子ども達がワン・ダラー、ワン・ダラーと観光客にお金をせびる。
 ここで昼食を取るのかと思ったら、別の大きな船の上であった。ここにはこの家内ぐらいの年齢のドイツ女性と私だけであった。ガイドは注文を取ると、下に行ってしまった。私は焼きめしとアンコール・ビールを2缶注文した。周囲は海のような水に囲まれ、こんな所で殺人事件が起こったら、それこそシャッター・アイランドの世界である。このドイツ女性は今はドイツ政府のもとでベトナムで働いているという。JICAのことも話していたが、私は途中から酔っぱらってしまったので、どういう関係なのかよく聞き取れなかった。今度新しいプロジェクトを始め、ODAの効果をきちんと評価する仕事だという。ギリシアの破綻や世界経済の話では大いに盛り上がった。彼女がもう10歳若かったら私も本気で口説いていたかもしれない。若い頃はきれいだったと思うが、私の家内も若い頃はきれいだった。
 この旅行では、他にもアンコール・トムやタ・プロームにも行った。暑いのが難であったが、緑も多く、散策するにはもってこいの場所である。タ・プロームに行った時には、路上でたむろしているバイク・タクシーの運転手と交渉したが、行き帰りで3ドルである。この運転手は英語も日本語もあまりしゃべれない。タ・プロームは寺院が木に埋もれていて、写真を撮るには絶好の場所である。ところが、入り口と出口が違っていた。当然出口にはドライバーはいない。このまま帰ってもよかったが、英語も日本語もろくにしゃべれないドライバーが気の毒に思ったので、入り口まで引き返すことにした。ところが、出口にたむろしているドライバーは3ドルとか4ドルとか値段をふっかけてくる。結局2ドルで入り口まで戻った。このドライバーはのんびりと入り口で私を待っていた。料金も受け取らず、私が戻ってこなかったらどうするつもりなのかと思った。値段ばかりふっかけてくる観光ドライバーも多いが、現地の人相手の素朴なドライバーもいる。
 帰りは4日の夜7時の便でバンコクまで戻り、そのまま深夜便できょうの朝(5日)日本に帰ってきた。シェムリアップの空港は日本人ばかりであった。ベトナム航空でベトナムに行く団体客も多かった。カンボジアでこんなに日本語を話すガイドがいるのは、このシェムリアップだけである。それだけ、日本人観光客が多く、家族連れでも安全である。150年前に、このアンコール・ワットがジャングルの中で発見されたというが、一度は行ってみる価値はある。これまでは、カンボジア国内をあちこち歩いていて、貧しい国という印象しかなかった。しかし、これだけの遺跡群を残したクメール文化を改めて見直した。今回の卒業旅行ではトンレサップ湖クルーズが1番気に入った。水上生活者はベトナム人が多く、イスラム教徒もいるという。この日記でも書いたことがあるが、広い湖で小舟を漕いでいるベトナム女性を見ると、ホルガー・シューカイのアルバム「カナクシス」を思い出してしまう。ホルガー・シューカイはカンのメンバーで、ベトナム戦争華やかし頃、遠くラジオから流れてくるベトナム女性の歌声にシンセサイザーなどを重ね、「Boat woman song」を作った。このアルバムは当時LPレコードで何回も聞いていたが、物悲しいベトナム女性の歌声と共になつかしいメロディが私の頭に中に蘇ってくる。

平成22年4月27日(火)

 きのうの午後はセコムの取り外し作業をした。医院を開業してから丸9年間契約をしていたことになる。取り外し作業は簡単で、1時間もかからなかった。きょうは午後から別の警備会社のホームセキュリティ機器を取り付ける。この作業は時間がかかるらしく、午前と午後の外来の合間にするのは無理である。最初は医院を建てたばかりだったので、業者のいうままに防犯カメラやセンサーを取り付けてもらった。9年も開業していると、どこを重点的に警備したらいいかのわかってくる。宝石店ではないので、壁に穴を開けてまで侵入してくる者はいない。医院の建っている場所や環境も考慮しなければならないが、今から考えるとセコムの警備は過剰で、その分料金も高かったと思う。私の医院は注射を除いてすべて院外処方なので、盗まれて困る物もあまりない。日赤に勤めながらの開業だったので、薬の卸会社に机やソファ、ベッドなど細々としたものは頼んだ。そろえた医療機器は血圧計ぐらいである。この時に、この会社からセコムを紹介されて何も考えずに契約した。もしかしたら今の料金に紹介料が上乗せされていたかもしれない。自営業をしている何人かの患者さんに聞いたら、交渉したらすぐに安くなると言われた。契約の見直しを伝えたら、確かに料金は下がったが、もう少し安くしたかった。
 きょう頼んだ警備会社は余分な警備は省いて必要最低限だけしてもらうことにした。料金はセコムの月3万1千円から1万円にダウンである。料金が高いからセコムが悪いということではない。警備保障には建物の立地条件や種類によって、かける経費もかわってくる。たまたま私の医院は、泥棒もはいりにくい場所に建っていたということである。自分でセキュリティ・システムを組むのは簡単であるが、何かあった時にいつもすぐに自分が駆けつけれるわけではないし、いちいちチェックするのも面倒である。この1万円は安心料である。開業した当時は警備保障会社としてはセコムぐらいしか知らなかった。現在はいくつかの大手の会社もできている。都会のど真ん中では交番も近いので、警備会社の機動力はあまり関係ない。9年も経つと、警備機器も発達し、値段も安くなる。加入者が多くなると、1件当たりのコストも低くなる。しかし、警備会社から、わざわざ最新の機器にお取り替えしますとか、コストが安くなったので値段を下げますとは言ってこない。固定費として毎月銀行口座から落ちているので、1度見直してみるのもいいかもしれない。
 きのうは経費削減のため、医院の近くで借りている駐車場の解約を伝えた。1ヶ月前までに連絡しないといけないので、実際に借りるのは5月末までである。今回初めて契約書を隅々まで読んだが、管理会社に有利なように、けっこう厳しいことが書いてあった。ここも開業してから借りたので、丸9年である。外部の仕事を4月から大幅にやめたので、車が必要なのは往診と通勤ぐらいである。これは前回書いたように、電動アシスト付きの自転車で充分である。自宅から京阪丹波橋までは歩いて6分で、京阪東福寺から私の医院までも歩いて6分である。私が借りていた月極駐車場は最近は解約者が多いのか、コインパーキングもできた。朝8時から夜8時までの間は、最大料金で1000円である。これからは必要に応じて、電車を利用したり、車を利用しようと思う。私は朝6時過ぎには出てくるのでこの料金ではおさまらないが、それでも夜間料金を含めて1200円である。日曜日には医院の玄関前に車を寄せたら、駐車もできる。今回はマイカー通勤から電車通勤を飛ばして、自転車通勤にしたが、次にはジョギングで、その次にはウサギ跳びである。自分でもどこまで健康にいいのかわからないが、最後は、自宅の玄関前から私の医院まで、五体倒地での通勤である。
 先週も先々週も書くことが多かったので、紹介できなかったが、山本貴代「女子と出産」(日本経済新聞出版社)である。私は車や衣装やアクセサリーなどの外観にはあまりこだわらない.。髪の毛が薄くなってきたら、カツラにこだわるかもしれないが、基本的にこだわるのは知識と経験で、そのためにはお金を惜しまない。しかし、本は買いすぎで、読めもしないのに次から次へと買ってしまう。置く場所もないので、どんどんとたまってきた本は全く読まずに処分してしまうことも多い。これからは、この本についても経費削減である。時間は限られているので、自分が読める本の数は限られてくる。さて、「女子と出産」である。少し軽めの本であるが、現在起きている出来事については、ラカンの著書を読んだからと言ってわかるわけではない。実際に精神科を受診する人の悩みは、「旦那にこんなことを言われた」とか、「上司とあわない」というような類のことばかりである。診察室では、理屈はいいので、とにかく患者さんが納得するような形で、実際的に少しでも苦痛を軽減してやらなければならない。私は必要に応じて、「そんな旦那は死刑にした方がいいですね」と言ったりする。
 著者は36歳で第1子を出産し、第2子を考えたのが39歳であるが、その後流産や卵巣腫瘍の手術を経験している。「もっと若いうちに産んでおけばよかった」と後悔し、この教訓を若い人に伝えたいとこの本を著している。40代前半の出産はこの30年ほどで3倍ほどに増え、平成20年では約2万7千5百件である。ジャガー横田が、45歳で出産し、45歳まで生めるんだという神話が晩婚女性の間に広がったという。しかし、高齢で出産することは不妊治療と同じで、大変なことである。平均寿命が延びたからといって、平均閉経年齢が遅くなったわけではない。著者は35歳で結婚しても、子どもが欲しいと思ったら、「もはや遅い」と強く感じた方がいいとも述べている。博報堂の調査では、アラフォーで「いつか出産したい」という独身女性は54%である。著者が指摘しているように、女性にとっての人生の目的は「幸せな家庭」から「私の幸せ」にかわってしまい、人生を寄り道したり、途中下車している間に、陽が暮れかかってしまうのである。
 この本では独自の調査をしているが、女性では世間がいうほど婚活をしている人は少ないようである。未婚OLと既婚OLの結婚の条件ベスト3も載っているが、面白い。未婚OLの3位には食感覚が同じであることが挙げられ、既婚OLの1位は(特にお金に対する)価値観で、2位は妻の手を煩わさないだけの家事能力である。既婚OLたちから独身OLに対する結婚に対するアドバイスも載っていて、「絶対に譲れない条件以外は捨てること」とか「身の丈をわきまえること」など理想と現実の違いをいろいろと教えてくれる。他にも、市区町村別に見た合計特殊出生率も載っており、女性が産む子どもの数を表している。何と私の医院がある東山区は全国2位の低さである。清水寺や祇園を含む観光名所である東山区は、NTTがタウンページの広告のために持って来た資料を見ると、65歳以上が人口の32%近くを占めている。この女性が産む子どもの数と高齢化社会は直接関係していない。しかし、同じ東山区で開業した精神科の先生が2年近くにもなるのにまだ苦戦しているようである。この前の木曜日は前日とはうって変わって寒かった。午前中の外来だけであったが、この日の患者数は開業してからの最低人数で、8名だけであった。これまでの最低患者数は嵐が来ようと大雪が降ろうと、12人ぐらいであった。ライバルを排除するためでないが、東山区で精神科や心療内科で開業を考えている先生はやめた方がいい。開業するには、1にも2にも場所である。
 話がずれてしまったが、この本では不妊治療についても紹介している。不妊治療に取り組むカップルについても、絆が深くなるタイプと険悪になるタイプがあると、厳しい現実も教えてくれる。晩婚女性ほど、不妊は他人事でなくなるのである。ここに出てくるアラフォー不妊治療体験記が面白かった。看護師さんから、「1回の排卵も無駄にできる歳ではないんだから」と言われたりしている。華やかだと思っていた大女優が孤独な最後を迎え、老後の心配をする未産の女性も増えているようである。最後に、著者から3つの処方箋がでているが、私もまったく同感である。産みたいか産みたくないか意思を固めておくことや1度自分の人生図を描くことを勧めている。産むなら早い方がいいと強調し、女性が産める期間は短く、過ぎ去った出産期は二度と取り返しがつかないと警告している。

平成22年4月20日(火)

 いつも4月は普通貯金の残高が気になる。今年の1月は防音室を買って、普通車1台分ぐらいの出費をしたので、4月はいろいろな支払いがクリアできるか心配であった。ぎりぎり何とかいけるだろうと思っていたら、最近になって無理なことがわかった。この時期は開業する時に親から借りた老後のお金を分割で返す。きちんとした契約書を作り、3000万円を10年間で返すことになっている。返済は当初2年間は据え置きで、3年目から利子をつけて毎年300万円以上を返すことになっている。利子は1.8%でも、10年間では351万円にもなる。今年の返済額は316万2千円である。後2年残っているが、返済後も私が長男で両親の面倒みなければならないので、結局あまり変わりない。
 当初は母親に頼んで、今年だけこの金額を分割にしてもらおうかと迷った。たまたま4月の出費が多いので、夏ぐらいになったらすべてクリアできる。通帳の残高を見ながら、何とかなるだろうと4月の初めにすべての金額を送金した。これが失敗で、今になって100万円分は後回しにしたらよかったと思った。子どもは2人とも私立の高校に行っているので、この時期に授業料や教科書、通学定期代などで70万円以上かかる。国民年金の保険料は今年から一括払いにしたので、家内と2人で35万円ちょっとである。固定資産税も自宅と医院と京都駅近くのマンションで合計40万円近くなる。自宅は25坪しかないので、1番安くて約9万5千円である。税理士には毎月3万円ほど支払っているが、毎年3月に確定申告をするので、4月分だけは19万円ほどになる。他にも、税務署から振り替え納税の自動引き落としのお知らせが届いていた。予定納税や住民税についても、いつ引き落としになるのかよくわからない。いずれにしても、4月はふだんの月より500万円ほど出費が多くなる。
 今月は通帳の残高を見て、どうしてもクリアできないので、定期貯金をくずすことにした。私は定期貯金と毎月の積み立て貯金をしているが、実は今いくらぐらい貯まっているのかよく知らない。利息もどうなっているのか、これまでは忙しくて、調べている暇もなかった。早速きのう京都銀行に問い合わせをしてみた。定期貯金はもっとあるかのと思ったが、私の勘違いで、積立貯金が貯まっていた。積立貯金は毎月末に引かれるが、これはこのまま続けようと思う。今回定期貯金をくずして100万円ほど普通口座に入れるので、残りのお金をどうするかである。最近はイーバンクなどのインターネット銀行もできているので、金利を調べて預け直そうかと考えたりしている。
 以前にセコムに毎月3万円を払っていると書いたが、経費削減のため、他の警備会社で月1万円で契約し直すことにした。今年の4月からは大幅に外部の仕事を減らしたので、車を使う機会もほとんどなくなった。医院のそばで借りている駐車場代は月2万円であるが、これも経費削減の対象である。丹波橋から東福寺まで京阪電車で通ったら、定期代が月6千円ちょっとである。しかし、これも節約して自転車で通おうかと考えている。ここまでくると、お金をけちっているわけでなく、健康のためである。電動アシスト付き自転車も出ているので、自転車通勤を本気で考えている。ハングリー精神を取り戻すため、雨の日も風の日も自転車通勤である。往診もこの電動アシスト付き自転車で充分である。ただ、患者さんの話を聞いていると、普通の自転車でもイタズラされたり、盗まれたりしているので、管理には神経を使いそうである。自宅前で自転車を防犯チェーンで電柱に巻きつけ、本のわずかな間に切断されて盗まれ、それからはいつもサドルを持って診察室にはいってくる患者さんもいる。私が車を使わなくなったら、家内が近所で借りている駐車場も家内のマーチもいらなくなる。家内がいろいろ文句を言うようなら、私の車を処分してこれからはマーチでもいいかと思ったりする。本当は私のようなまだ経済的ゆとりのある者がどんどんとお金を使わないと景気がよくならないが、1度節約すると快感になり、もっと削れる所は削りたくなる。対費用効果が1番高いのは家内であるが、家内を経費削減するわけにはいかない。
 先週の週間スパを読んでいたら、興味深い記事が載っていた。今はサラ金などの過払い返金が認められ、一部の司法書士や弁護士が高収入を得ている。この過払い返金を扱っている大きな事務所ではTVでも盛んに宣伝しているのは周知の通りである。ところが、次に出てきたのが、サービス残業代の返還である。この埋蔵金となる未払い代が約11兆円とも見積もられている。労働基準法では、いかなる労働形態であろうと、週40時間を超える労働に対しては、雇用者は割り増し賃金を支払わなければならないと定められている。これまでは、未払い残業代について訴訟を起こすとなると大変であったが、美容室Ashの残業代未払いとマクドナルドの「名ばかり管理職」で裁判で負け、訴訟さえ起こせばほぼ確実に残業代は取り戻せるようになった。これからは、サラ金などの過払い返金に代わって、サービス残業代の返還訴訟がサラリーマンと弁護士のタッグで加速してくるという。
 私の医院は、きちんと毎年契約書をパートの従業員とも交わし、有給休暇もきちんと取れるようにしている。院外処方をしているので、仕事量もそれほど多くなく、パートの職員もどれだけ必要なのかわからないほどである。あえて必要以上に雇っているのは、正職員がきちんと有給休暇が取れるようにするためである。パートの職員の人に前の職場のことを聞いてみると、契約書も交わさず、有給休暇も与えていない診療所がほとんどである。病院関係はサービス残業が多いが、これからは訴訟も増えて、過去にさかのぼって残業代の返還を迫られる可能性が高い。裁判で訴えられたら、サラ金の過払い返金のようにもう勝てないのである。
  きのうの月曜日は月に1回の労災判定会議があった。今回は5件で予め送られて来た資料は全部で1550ページである。これだけの資料を整える調査官の苦労も大変であるが、この中には主治医のカルテのコピーなどありとあらゆる資料が含まれている。最近はパワハラやセクハラに対する労災申請も多くなってきた。記録に残っている上司とのメールのやり取りもすべてこの資料の中にある。中にはひざまずきたくなるほどセクシーな女性従業員もいると思うが、雇用主や職場の上司は誤解を招く行為は厳に慎まなければならない。心がかき乱され、常に理性の総動員を強いられるような人は、あまり身近では雇わない方がいいかもしれない。
 先週は書く時間がなかったので、今週見た映画と合わせて書きたいと思う。先週見た映画は「第9地区」で今週見た映画は「アリス・イン・ワンダーランド」である。「アリス・イン・ワンダーランド」はジョニー・デップが出演しているということで、インターネットでもいい席を取るのが大変であった。私の医院で取っている週間文春の映画評では、「第9地区」の評価が「シャッターアイランド」よりも高かった。この理由についてはたまたま読んだ夕刊フジに出ていたが、無名の俳優を使い、制作費用に糸目をつけないハリウッド映画に対抗して質の高い映画を制作したことが評価されたようである。内容については面白かったが、私は「アリス・イン・ワンダーランド」の方が気に入った。アリスが大きな木の根元の穴に落ち、冒険をしてまた帰ってくる物語である。この冒険は大人になるためのイニシエーションとなっている。穴から帰ってきたアリスは見違えるほど魅力的で自立した女性となっている。イニシエーションというのは、TVでもよく出てくるが、木の上にやぐらを組んで、ロープで足をくくりつけて飛び降りる大人になるための通過儀礼である。私は長いこと、受験勉強や医師国家試験に間に合わないという夢でうなされることがあった。夢分析をしている先輩の先生に聞いたら、一般的解釈として、大人になるためのイニシエーションが充分にできていないことを意味すると説明された。試験の準備ができていないということは、大人になるための準備ができていないということである。今では、こんな夢は見なくなったが、時々学生時代とあまり変わりなく、まだ充分に大人になりきっていないのではないかと考えたりする。さて、この大きな木の根元にある穴である。私が誰も行かない海外に行くのも、この穴の中に入って小さな頃に夢見た冒険をしたいのかもしれない。しかし、最近社会問題となっている自殺が、この穴とつながっていたら困ると思った。自殺したら、この穴からもう2度と戻ってくることはできない。

平成22年4月13日(火)

 この前の土曜日は、ある製薬会社が共催するうつ病やパニック障害の研究会があった。土曜の夜だというのに、精神科医が100人ほど集まっていた。2ちゃんねるなどを読んでいると、なかなか治らないということで、精神科医のことがぼろくそに書かれていたりする。しかし、大部分の精神科医は患者さんをどう治したらいいのか、最新の知識を得るのにみんな熱心である。特に新型うつ病とか非定型うつ病とか言われる現代型うつ病については、精神科医もどう対応していいのか戸惑っている。最近は学会誌以外の定期的な専門雑誌は読んでいないので、講演者については、「うつ病新時代ー双極2型障害という病」(勉誠出版)の本でしか知らなかった。この本では、その後NHKのうつ病の番組でも何回も取り上げられていた双極U型障害について詳しく書かれている。うつ病患者さんで、長い治療の間に軽い躁状態が出現する人がいるが、こういう場合はうつ病ではなく、診断は双極U型という双極性障害(躁うつ病)になり、治療も異なる。
 さて、講演会である。講演者の卒業年度は1979年と言っていたので、昭和54年になり、私と同じである。私は1浪しているので1歳年上になるが、それでも同じ時代の精神医学を30年以上歩んだことになる。精神科の中では、エポック・メイキングな出来事が1つあり、卒業年度がこの出来事以前か以降かで精神疾患の考え方も大きく変わってくる。何かというと、アメリカでできた精神疾患の分類と診断の手引であるDSMーVの導入である。日本には1980年に導入されたが、当初はこの診断基準については学会からも非難ごうごうであった。本格的に普及するにはその後年月を要している。私は卒後3年目に医局から滋賀医大に2年間出されたので、この時の事情については詳しい。どうしてかというと、このDSM−Vを日本で初めて導入したのが、当時の滋賀医大の教授だったからである。それ以前の診断は伝統的診断と呼ばれ、1980年以降も伝統的診断とDSMーVが併存して教えられていた。現在のわが国の主流の診断は、その後改訂されたDSMーWと国際分類であるICD−10である。精神科の診断は内科や外科のようにMRIや内視鏡、病理診断で確定されるわけではない。医学的検査ではわからないので、患者さんが訴える内容だけで診断することになる。当然診断的混乱が起こり、DSMーWでは外傷後ストレス障害と診断されても、ICD−10では適応障害と診断され、伝統的診断では心因反応と診断されたりする。若い患者さんから私はうつ病ですかと聞かれても、簡単にお墨付きを与えられないのは、伝統的診断が私の足をひっぱっているからである。
 現代型うつ病は若者に多いが、この講演ではわかりやすく読み解いてくれた。最初に、最近よく出くわすような症例を解説してくれた。うつ病で治療していた20代の男性が抗うつ薬が効かず、会社を休養となったが、毎週週末に彼女とマリン・スポーツに泊まりがけで出かけ、夏には真っ黒になって産業医と会っている。面接でも「仕事をしなくてもお金がもらえてラッキー」みたいなことを、ぬけぬけと言う。この患者さんはその後よくなり、悪かった時のことを「自分でも何とかしなければならないと思って、打つ手が博打のようになっていた」と述べている。演者の主張は、他の先生の文献を引用しながら、現代型うつ病というが、こういうケースは従来の典型的なうつ病の不全型で、本質は軽症内因性うつ病ではないかという。従来の典型的なうつ病は、メランコリー親和型性格といわれる几帳面で真面目で、他人に気を使う人に起こりやすかった。時代背景が現在のような不全型を作っているという。どこから引用してきたのかわからないが、1998年(平成10年)は日本にとって大きな転換期だったという。この年は、いくら頑張っても報われないという考えが日本人全体に浸透した年らしい。従来の典型的な中核群と比べ、不全型では、選択的制止や自己中心的で趣味も持ち、職場恐怖症的心性があり、対処行動が活発である。マリン・スポーツに行ったのも、何とか体調を取り戻したいという対処行動である。自分のペースを乱されることを恐れるとか、罪悪感から空虚感へとか、中年期心性から青年期心性へとかなるほどと思うことを指摘してくれた。すべての患者さんが今回の症例と同じように当てはまるわけではないが、勉強になった。メランコリー親和型性格の発達史も述べたが、久しぶりに思い出して、改めて私にぴったり当てはまると思った。しかし、私はメランコリー親和型性格よりも複雑で、屈折していて一筋縄ではいかない。現在は生きていく上で大きな物語が作れないと述べていたが、全くその通りだと思う。
 日曜日は夕食が終わった後で、子ども2人と久しぶりにじっくりと話をした。娘とは前から2人だけで話をしたいと言っているが、逃げてばかりいるので、息子も交えて話をすることにした。どんな話かと言うと、人生の法則についてである。息子はあれからまたサッカーをやめることについてぐずぐずと言い出していた。娘は高3になったのに、どこの大学に行きたいのか私に教えてくれない。大分前に、東京の大学に行きたいと言っていたので、OKは出したのは覚えている。まず最初に人生の法則を教えるのに、A4のコピー用紙数枚に線を引いてあみだくじを作った。テーマは人生の選択である。あみだくじの場合は、最初に1つの線を選んだらどんどん下に下がってもう後戻りができない。人生の場合は、下に下がってきたら、次に右と左と下に道が分かれている場合もある。こういう時にはどちらに進んだらいいのか誰でも迷う。人生の節目節目で常にこういう選択に迫られる。大学選びから職業、結婚相手などすべて選択の連続である。若ければ若いほど、遠回りになるが、あみだくじをさかのぼってまた選択し直すこともできる。しかし、年をとってあみだくじを下がれば下がるほど、さかのぼって選択し直すことは困難である。特に今のような大不況の時には、30代でもさかのぼって職業を選択し直すことはほぼ不可能である。昔は給料が100だとすると、まだ70〜80の給料の仕事はいくらでもあった。しかし、今は100かゼロで、どんなにやめたくてもやめれない状況である。
 大人になるということは、目の前の道を1つ選んで、他の可能性はあきらめるということである。目の前に3つの道がある時に、どの道を選択するかは誰にとっても難しい。しかし、3つの道の内1つを選べるというのはそれだけ人間は自由なのである。誰もその人の代わりに生きられないので、最終的な人生の選択はその人が選ぶしかない。その代わり、その結果についてはその人が引き受けるしかない。人生の法則といっても、身も蓋もないほど単純である。道を選択する時に大切なことは、できる限り客観的な情報をたくさん集めることである。それでも、予言者ではないので、失敗することもある。私も随分失敗しているが、大抵のことはまたあみだくじをさかのぼってやり直すこともできた。また、失敗したと思って、どんどんあみだくじを下がっていっても、結果的には他の道を選んでいても変わりない時もあった。医学部にはいり、時代も味方してくれたこともよかった。
 私が子ども達に数枚のA4用紙にあみだくじを引いたのは、意味がある。親が子ども達に理想を語れず、現実しか語れないのは不幸である。しかし、事実を伝えることは大切である。家内は子ども達のぐちを聞いたり、子ども達の細々としてことについて対処することは有能である。しかし、専業主婦呆けして、子ども達がこれから具体的に人生をなるべく失敗せずどう生きたらいいのか教えるのは無理である。私が子ども達に求める最低限のことは、30歳までには何とか独立して、自分の食べる分ぐらいは自分で稼いで欲しいということである。そんなことは当たり前と言われそうであるが、これからの時代は本当にどうなるかわからない。子どもが離婚して帰ってきても、援助はできても、孫が成人するまで経済的に面倒みるのは不可能である。勝間和代ではないが、これからは女性でも、離婚しても子どもを自分で育てられるぐらいの経済力を持たなければならない。今回娘と話してわかったが、娘はキャリア志向ではなく、ある程度働いたら専業主婦をなりたいようである。志望大学も文系であるが、私が予想していたより大学のランクは低かった。誰でも自分の出た大学が基準線となってしまうが、あれだけ勉強していても、サッカーやゲームばかりしている息子の方が成績が上のようであった。
 さて、数枚のA4用紙である。どの用紙を選ぶかも人生の選択で、こちらの用紙から別の用紙に移るのは今の日本の社会ではほぼ不可能だと伝えた。この用紙の選択は何を意味するかというと、大学である。今はいい職業を選ぶために就職浪人したり、資格を取ろうとする大学生がいるが、そんなことをするぐらいなら、初めから1年浪人してワンランク上の大学に行った方がいいと娘に伝えた。自分の好きなことが学べることと自分の好きな職業が選べることは別である。1年浪人してワンランク上の大学に行ったら、ワンランク上の職業も選びやすいし、結婚の時にもワンランク上の夫と出会える機会も増える。選択は自由であるが、これを選ぶにはもちろん親の経済力がいる。これを伝えた時に、娘は自分の選択を否定されたと思って、その後口をきいてくれない。息子も「姉ちゃんが選んだ道なら姉ちゃんの好きなようにさせたらいい」と猛反発である。娘については、私が浮気しているとか浮気したということで無視するならわかるが、私を拒否し続けるのは理不尽だと思う。
  いつまでたっても煮えかえらない息子には、医学部に行きたかったら援助はするが、私の後を継いでもらう必要はないと伝えた。娘も息子も私に似て、英語は得意であるが、数学は苦手である。医学部に行くならクラブ活動のサッカーをやめなければならないと担任の先生からも言われている。これも格差であるが、親の経済力で私立の医学部も行かせてやると伝えている。医学部に行きたくても、経済的な理由で国公立にしか行けず、私立の医学部はあきらめなければならない学生は大勢いる。それでも、息子は本当は文系に行きたいと言いだしたりしている。今は英語だけできても、あまり役に立たない。人生は長いので、文系に行くなら、英語プラス数字に強い人が生き残れると伝えた。親の責任逃れのようであるが、自分が選んだ人生は自分が引き受けるしかないとしつこいほど言った。自分は何も選んでいないと言っても、主体的に選択しないことを選んだのは自分である。それでも、子どもがいくつになっても、最終的に尻ぬぐいをするのは親である。これからも、親として選択するにあたっての客観的情報は伝えるつもりである。後で、こんな筈じゃなかったと言っても、用紙の中のあみだくじを少しぐらいはさかのぼることはできても、一旦選んだ用紙を選び直すことはほぼ無理である。最初に、現在の日本は努力しても報われない社会だと書いたが、唯一努力して報われるのは、受験勉強だけというのも悲しい事実である。

平成22年4月6日(火)

 いよいよ4月になった。桜も咲いて、京都は観光客で溢れている。桜の写真を撮りに行こうと思っていたが、なかなか天候と時間が合わず、まだ行けていない。早く行かないと散ってしまうので、きょうの夜に祇園の白川から清水寺を廻ろうと思う。以前はいくらライトアップしていても、夜に写真を撮るのは難しかった。しかし、今はソニーのサイバーショットで手持ち夜景が撮れるので、便利である。他社のカメラもどこまで夜景に強くなったのかよくわからないが、今出ているサイバーショットで充分である。キャノンのデジカメの日中の鮮やかさも捨てがたいが、サイバーショットで批判のあった日中の写りも最新のものでは満足のいくものとなっている。もんもん写真館の清水寺は、一つ前のサイバーショットで手持ち撮影したものである。3月の花灯路にも出かけたが、三脚を持たなくてもいいので、夜景を撮りに行くのが楽しみになった。
 この前の日曜日は朝からずっと書かなければならない書類を書いていた。3月に書ききれなかった自立支援医療や精神障害者保健福祉手帳、障害者年金用の診断書などが溜まっていた。前にも書いたように、4月からの日曜日はゆっくりしたかったので、4月分もこの日にほとんど書き終えた。患者さんが大阪とか滋賀に住んでいると、すべて診断書の様式が違うので、取り寄せなければならない。
 この日は朝からちょっとした工事をしてもらった。医院の3階の防音室は今年の1月17日に組み立ててもらった。しかし、忙しくてなかなかその後の準備が進まなかった。3月中旬にやっとサラウンドのスピーカーを取り付け、映画やCDが聞けるようになった。40インチのTVはやはり大きく、京都駅近くのマンション用にした。医院からマンションに運ぶのが大変で、息子に手伝ってもらった。防音室用には新たに32インチのTVを買った。ソファも高さが合わず、これも買い換えた。サラウンドのホームシアターシステムはボーズ製にした。ところが、スピーカーを取り付けるには、また別に取り付け器具を注文しなければならなかった。品物が来てからも、しばらくはそのまま放って置いた。いざ取り付けようと思ったら、今度は附属のねじが大きすぎて合わなかった。仕方ないので、わざわざホームセンターまでもっと小さなねじを買いに行った。5つのスピーカーを何とか壁に取り付けたが、垂れ下がった配線を目立たないようにするのも一苦労である。長方形の防音室に取り付けたので、まだ何とかなったが、一般の家庭で5つのスピーカーを取り付けてサラウンドにするのは、無理があると思った。
 中に机を置いたり、パソコンを使えるようにしようと思ったが、3畳の大きさの防音室では無理である。同じ東山区で開業している先生がサックスを習っていて、同じヤマハの防音室を使っていた。この先生は楽器の練習用に使っているので、1.5畳である。しかし、狭すぎて30分も入っていられないと言っていた。3畳になるとまったく圧迫感はなく、32インチのTVを置いて、ソファに座って見るのには丁度いい。しかし、せいぜい2人で見るのが精一杯である。他に物を置く場所がない。防音室の中には、大きな板が何枚も壁に貼られているが、最初は音の反射板かと思っていた。サックスをやっている先生に聞いたら、音を吸収する板で、普通の部屋で練習すると、もっと音が響いてよく聞こえるという。私もこの板を外して音を聞いてみたが、ボーズのサラウンドは実際に音を鳴らして、音場を自動調整してくれるヘッドセットがついているので、つけたままでもまったく問題なかった。
 さて、工事である。私はCNNだけを見るためにスカパーを入れているが、この衛星放送のケーブルをこの防音室で見れるように入れてもらった。ところが、CNNのニュースだけ見るのに、大型のTVでわざわざサラウンドで聞くのは大げさである。英語の勉強のためなので、ソファに座ったらメモも取りにくい。この3ヶ月間ほとんどCNNを見ていなかったが、使いづらいので、隣の和室で見れるように工事を頼んだ。今あるケーブルはそのままにして、隣の部屋に新しいケーブルを付け替えてもらった。この部屋には昔から使っている20インチのTVが置いてあり、座ってテーブルの上で書いたりするのも楽である。4月からは時間もできたので、もう少し本格的に英語の勉強をしようと思っている。いくら余裕ができたといっても、あまり何もかもしようと欲張ると、共倒れになる。中国語の勉強は英語の勉強のはかどり具合を見てからである。
 息子は高校生になったので、大学受験のために、学校のサッカークラブを続けるのはあきらめさせた。運動クラブをやめたからと言って、勉強ばかりできるわけではなく、その分TVゲームに走らないかと心配である。好きなサッカーをやめさせた分、今年の夏休みはロサンゼルスのディズニーランドとユニバーサル・スタジオに連れて行くと約束した。クラブがあったら行くのは無理である。娘は高校3年で、受験があるので遠出は無理である。相変わらず、私とはあまり口をきいてくれないが、通知表には積極的で努力家であるといつもいいことばかり書かれている。春休みも塾通いである。私は強迫的な所があるが、気分のむらも大きい。娘も私に似て強迫的な所があるが、勉強しだすと強迫的に勉強ばかりする。息子が、「サッカーをやめても、姉ちゃんのように勉強はできへんで」と言っているぐらいである。もうちょっと余裕を持って、メリハリをつけて勉強したらいいと思うが、父親の私でも何も言えない。これから夏休みまでは、息子とアメリカに行っても困らないように、英語の勉強に集中しようと思っている。
 3畳の防音室とその工事に180万円ぐらいかかった。その他に、TVやホームシアターシステム代もかかっている。この大不況に贅沢な買い物であるが、すべての費用でおよそ車1台分である。今乗っている車は8年目であるが、車にはもう興味はないので、10年とは言わず、乗れなくなるまで使うつもりである。大音量でロックを聴きたいというのが、私の長年の夢であった。50歳も半ばを過ぎて、やっと実現したことになる。さっそくレッドツェッペリンのライブDVDを見たが、よかった。サラウンド用のスピーカーを使っているが、CDでもいい音で聴ける。LPレコードはすべて持っているが、新たにキング・クリムゾンのCDを買い、「クリムゾン・キングの宮殿」や「ポセイドンのめざめ」(誤訳で有名)を大音量で聴いている。キング・クリムゾンは若い人は知らないかもしれないが、イギリスでビートルズの(発売が)ラスト・アルバムである「アビーロード」を抜いて第1位になったのが、このデビューアルバムである「クリムゾン・キングの宮殿」である。村上春樹の小説は私はほとんど読んでいないが、デビュー作である「風の歌を聴け」で出てくる喫茶店のマスター(だったと思う)が聴き終えた曲も、このキング・クリムゾンである。曲としては、いきなり最初の「21世紀の精神異常者」から聴くとびっくりするので、「エピタフ」や「ポセイドンの目覚め」からはいるのがお薦めである。レコード・プレイヤーもボーズのシステムにつけられるのかもしれないが、京都駅近くのマンションからLPレコードを持ってくるのも大変なので、まだそのままにしている。
  最近では、新しいロックにも少し手を出している。アマゾンでは曲の試聴もできるので、便利である。今私のお気に入りはエディターズとカサビアンで、カサビアンはライブ盤がよかった。輸入盤は日本のアマゾンでは視聴できないが、アメリカやイギリスのアマゾンでは視聴できる。いくら評価されていても、音が自分の好みと合わないとどうしようもない。エディターズはたまたま読んでいた週間スパに、ジョイ・ディビジョンの再来と書いてあったので、まず最初にアマゾンで視聴してみた。ボーカルも音も私の好みにぴったりであった。なかなか時間がないのでゆっくり調べている暇がないが、これからは最新のロックも捜していこうと思っている。「しがみつかない生き方」(幻冬舎新書)で有名になった精神科医の香山リカが、1日中ゲームをしていたら幸せとどこかで書いていたが、私は1日中ロックが聴けたら幸せである。

平成22年3月30日(火)

 先週の水曜日は旅行から帰ってきて、午後の外来も調子よくやっていたが、翌日から体調を崩してしまった。今回は2〜3日で回復したが、年齢とともに遠くに出かけるのがこたえるようになってきた。以前はタイ国際航空で、夜診が終わってから深夜便で関西空港からバンコクまで行き、カンボジアで2泊し、また深夜便でバンコクから関西空港まで帰っていた。もちろんエコノミーである。このスケジュールでは体力的にもたなくなってきたので、最近はJALウェイズを使うようになってきた。これで行くと、午前の外来が終わってからでも、行きはなんとかバンコクのホテルで泊まれる。カンボジアについては主だった所は行ったが、唯一行っていない所がある。どこかというと、アンコール・ワットである。観光の拠点となるシェムリアップには、私の周りでもけっこう行っている。カンボジアには行ったことがあると言う人は、たいていこのシェムリアップである。どうして意識的に避けてきたかというと、あまりにも観光地化されすぎているからである。それと、海外では日本人にあまり会いたくないという私のわがままもある。あえて誰も行かない少し危険な所に1人で行くことにより、自己愛が満たされるのかもしれない。しかし、あまりにも危険で無謀なことでしか自己のアイデンティティが確認できない時には、それだけ不安定でまだ確立できていない証拠である。私のカンボジアの最後の卒業旅行は、このアンコール・ワットにしようと思っている。
 患者さんの中で50歳を過ぎて、海外旅行に目覚めた人がいる。私の診察室には世界地図帳が置いてあるので、珍しい所に行った時には、地図で確認している。1回目はいきなりインドに行き、インド国内を夜行列車を使って移動している。想像しただけで目も眩みそうな旅であるが、無事帰ってきて、病みつきになっている。つい最近は、わずか4〜5日の旅でパキスタンのラホールまで行っている。爆弾テロが起こっているというのに、また、仕事の合間を狙って行きたいという。今回バンコクからトラート行きの飛行機に乗った時に、若い日本人女性を1人見た。欧米人の若い人はあちこちで見かけるが、日本の若者はあまり見かけない。私の息子なんかは、海外旅行にお金を使うなら、東京ディズニーランドに2回行く方がいいと言っているぐらいである。サッカーなら見に行きたいと言っているので、よほど強い動機がないと出かけそうもない。これからは、自分探しの放浪みたいな旅は流行らないかもしれない。何でも見てやろう、聞いてやろうと言っても、それが何になるのと言われそうである。タイでは、プーケット島やサムイ島が有名であるが、これからはトラートに近いチャン島がいいかもしれない。
 4月からのスケジュール表を見ていたら、恐ろしいほど予定が少なくなった。来月からは月に2回ある介護認定審査会と月に1回ある労災判定会議だけである。自立支援医療の診断書も年に1回から2年に1回の更新でよくなるので、来年の4月からは大幅に楽になる。今月は3月中に書かなければならない診断書がまだ山ほど残っているが、あまり予定がはいっていないので、外来の合間に片付けられそうである。この前の日曜日は東山医師会の総会があった。先に、会計報告や4月からの診療報酬改訂の話があった。その後で、懇親会である。たまたま私が座ったテーブルは同じテナントで開業している先生が2人座っていた。私はいきなり診療所を建てて開業したので、テナントを借りる苦労は知らない。話を聞いていたら、テナントのオーナーが強烈な個性の持ち主だと、大変なようである。他の先生とも話をしていたら、意外に、楽器を習っている先生が多いのには驚いた。
 さて、4月からの新たな決意である。今までは、新年や誕生日に新たな決意や目標を決めても、忙しすぎて時間的に余裕がなかった。いくら心を入れ替えても、目の前の仕事をこなすだけで精一杯である。この4月からは思い切って仕事の整理をしたので、自分の好きなことが少しはできるようになった。さて、何をやるかである。きょうも往診に行ってきたが、必要な患者さんはもっと積極的に往診に行こうと思っている。これからは日曜日だけは仕事を離れて、丸1日休もうと思う。今この日記を書いていて、まだ少し体調の悪さが残っているので、なかなかもうひとつ積極的にこれをやろうという目標が定まってこない。中国語を本格的に勉強したいと思っていたが、中国を1人で旅行するのも今は何となくおっくうな感じがする。もうひとつパワーが湧いてこないので、体調が回復してから決めようと思う。きょうは字数が少ないが、次回はもう少し書く内容を充実させるつもりである。

平成22年3月23日(火)

 この前は土曜日の外来が1時頃に終わった。急いで京都駅近くのマンションに行き、旅行の準備をした。服の着替えなどは用意していたが、これから出かける場所については、詳しく調べている時間がなかった。たった1冊、「シアヌークビル」という英語の無料のガイドブックがあるだけである。発行はちょうど去年の今頃である。「地球を歩く」のカンボジアは、医院の3階に防音室を入れるときに、どこかにやってしまった。午後5時25分のバンコク行きのJALに乗るには、2時15分のはるかに乗らなければならない。以前はもう少し遅い出発時刻であったと思うが、前日の金曜日に時間を調べていたら、この時間でないと間に合わない。その分、バンコクには夜の10時頃には着いた。機内でビールは飲めないのかと心配したが、これは大丈夫であった。新聞や雑誌は置いていなかった。今は航空券はインターネットで買え、座席の指定までできるので便利である。朝が早いので、空港近くのホテルに泊まったが、翌日朝食を取るときに、大勢の日本人が泊まっているのには驚いた。
 翌日は、朝9時出発のバンコ・クエアウェイズで、タイの海岸沿いの東端であるトラートに行った。このチケットもインターネットで手に入れていた。バンコクから1時間のフライトである。乗客のほとんどが欧米人である。ここからは南の島であるチャン島に渡ることができる。空港には、沢山の案内のパンフレットが置いてあったが、ありとあらゆるマリンスポーツが楽しめる。ほとんどの観光客はそのままチャン島に渡るが、私はそのままタイ側の国境であるハートレックまでミニバンで目指した。カンボジア側はコッコンになるが、歩いて入国する。入国ビザの申請書は自分で書けるが、この申請書を持っている人が私を座らせ、私のパスポートを見ながら勝手に記入していった。いやな予感がしたので、自分で書けると言ったが、すべて書き、タイの通貨である40バーツを請求された。1バーツは3円である。横に入国管理局の制服を着た人が座っていたが、この人にも20バーツやってくれと頼まれた。
 英語のガイドブックには、コッコンではカンボジアのリエルや米ドルなどよりも、タイのバーツが好まれると書いてあった。ビザを取るのに25ドルかかるが、ここでは1000バーツ要求された。こっちの方が明らかに高い。コッコンの町はこれまではシアヌークビルやプノンペンに行くための通過地点であった。最近になって、観光地としても注目を集めるようになってきた。幹線道路も整備され、バンコクからプノンペンまでの定期バスも走っている。のんびりとした国境の町で、入国の手続きをしている外国人は私1人ぐらいであった。ここから町中までバイクで行く。ドライバーに聞いたら、遺跡をめぐるタイ、カンボジアの国境紛争で、タイ人の観光客が減っているという。ホテルは河沿いにあり、1日目は20ドルの部屋に泊まり、2日目は15ドルの部屋に泊まった。違いは、ベランダがあり、表通りに面しているかどうかである。
 この日はたむろしているバイク・ドライバーの案内で、マングローブの森に行った。エコツアーを売り物にしているらしいが、観光客は私1人である。途中でボートに乗っている人たちを見たぐらいである。悪くはなかったが、マングローブの林はカメラを持っていってもあまり絵にはならない。この後で、ビーチまで案内してもらった。ホテルの前に広がる広い水域は河で、橋を渡った向こうに海がある。サファリパークのある所に行ったが、波が荒く、ビーチとしてはもうひとつであった。それでも、大勢の現地の人が来ていた。コッコンの夜は暗いが、私の医院のある東山区も夜8時になったらいい勝負である。大勢の人が河沿いで涼んでいた。
 翌日は、コッコンで有名な滝にまたバイクで案内してもらった。山をいくつも超えてかなりの距離を行き、途中で脇道に入り、でこぼこだらけの藪の中の道を進んでいく。こんな所に観光客が来るのかと思うほど、まったく人気のない山奥であった。真っ昼間でも、待ち伏せされて襲われたら、どうしようもない。道も狭いので、四輪駆動車でも、無理なのではないかと思った。ようやく、バイク置き場みたいな所にたどり着いた。ここには1台のバイクがすでに置いてあった。ここから、藪の中の細い山道を徒歩で降りていく。あまり期待していなかったが、ここの滝は本当によかった。欧米人のカップルが石段の上でちょうど抱き合っていた。そのまま藪の中で固唾を呑んで見ていてもよかっが、覗きをしにやって来たわけではない。泳いだり、水遊びをするにはもってこいの場所であった。川を上って船でも来れるらしく、現地の家族連れの集団が下流からやってきた。バーベキューをしたり、みんな楽しんでいる。ここの写真はたくさん撮ってきたので、またもんもん写真館で紹介しようと思う。今は乾期なので丁度いいぐらいの水が流れているが、雨期になったら一面水であふれてしまう。
 昼食はクラブ・シャックという所に行った。ここにたどり着くのにも、恐ろしいほどの悪路をうんざりするほど走った。ホテルに置いてあった現地案内のパンフレットでは有名な所らしいが、夜は真っ暗闇になるので、車でないと無理である。名前からわかるように、ビーチに面したカニ料理を食べさせてくれる屋台街である。ここも観光客は少なく、6〜7人の現地の人が来ていただけである。しかし、ビーチは手つかずで、波は穏やかできれいであった。人がいない分溺れても誰も助けには来ないが、ここも1度は訪れてみたい場所である。バイクのドライバーと2人で食事を取ったが、カニ3匹とビール2本、2人分のエビ焼きめしで400バーツであった。この日はずっとバイクに乗っていたので、顔と腕が真っ赤に焼けてしまった。
 翌日はまた歩いて、タイ側に入国した。この時間帯に入国したのは私1人だけなので、トラートの空港にたどり着くのがけっこう大変であった。とにかく、トラートまで行く車を見つけなければならない。以前に、ホーチミンからプノンペンまでバスで国境を通過したが、この時は楽であった。今回もそうであるが、荷物のチェックは一切ない。なんとかトラートの町までたどり着き、ここから空港まではまた車で30分ほどかかる。きのうは、バンコク発23時30分の飛行機に乗り、24日であるきょうの朝6時40分に関西空港に着いた。飛行機の中では子どもの泣き声がうるさく、あまり眠れなかった。京都には、はるかで朝9時過ぎに着いた。私の医院は朝8時半から外来が始まるので、いつも8時前には医院を開ける。もう少し早い時間に帰れるなら、そのまま朝の診察をしてもよかった。きょうはこのまま4時から午後の診察を始める。自分でもどうしてこんな苦労して旅行するのかよくわからなくなってきた。あまり日本人の行かない所に行くことが自分のアイデンティティみたいになってしまっている。帰りのバンコ・クエアウェイズのフライト・アテンダントが私好みのきれいな人だったので、他の観光客のようにタイのチャン島に渡ってもよかったかと思った。

平成22年3月16日(火)

 この前の水曜日はいつものように紫野の特別養護老人ホームに行ってきた。月2回なので、最後に後1回行ったらいいだけである。診察にはそれほど時間がかからないが、行き帰りにけっこう時間がかかる。私は東山区の自分の医院から車で五条通を通って、堀川通を上っていく。道路が空いているときには30分もかからないが、ごと日と重なる時にはどうしようもない。先月の2月11日は建国記念日であったが、その前の日に行ったら、帰りは50分近くもかかってしまった。この3月でやめるつもりであったが、なかなか交代の先生が見つからなかった。私も近くで開業している後輩の先生2人に声をかけたが、2人とも都合が悪いということであった。事務長さんが困っていたので、1度保健所に相談してみるように伝えた。もともとこの施設は100%京都市が出資している。保健所では精神保健相談などの事業をしているので、同じ地区の精神科医とは比較的交流がある。この日診察に行ったら、新しく同じ北区の先生に決まったということで、ほっとした。
 次の日の木曜日は午後から○○視察委員会があった。この委員会は任期が1年で毎年管轄の大臣名で任命書が送られてくる。私の前の先生は2年やり、私もこの3月で2年目が終わる。委員は京都弁護士会から1名、区役所から1名、地区の代表が1名である。私は京都府医師会の代表である。私の代わりに別の後輩の先生に声をかけてみたが、これも都合が悪く断られていた。前任の理事をしていた先生に聞いてみたら、また府医師会から連絡があるということであった。去年は、継続の確認の電話があった。ところが、今年はずっと何の連絡もなかった。このまま3年目もやらされるのではないかと、内心穏やかではなかった。会議が始まる前に、司会をしているこの施設の課長に府医師会から連絡があったのかどうか聞いてみた。すると、連絡があり、ある地区医師会長に決まったらしい。一言ぐらい連絡があってもよいのにと思った。府医師会から施設への連絡も遅かったらしく、4月1日に何とか大臣名の任命書を間に合わせるということであった。それでも、これでお役御免で、委員会中はうれしさがこみ上げてきて仕方なかった。
 今回はほとんどメンバーが代わるということで、この委員会の後で夜は意見交換会があった。意見交換会といっても、みんなでお金を出し合って慰労会を兼ねた飲み会である。場所は委員長をしている弁護士の先生が大学でよく利用している中華料理店であった。いつも自宅から医院に通うときに見ている店である。大学関係の人がよく利用するらしく、他にも宴会がはいっていた。この法科大学院の先生は有名で、TVや新聞によく出ている。4月からこの先生の後を継ぐ先生も出席していたが、この年配の先生はもっと有名らしく、次の日の京都新聞にもこの先生の文章が載っていた。同じ医者をやっていても、著明な内科や外科の先生はよく知らないので、他の業界に関してはほとんど無知である。最初に自己紹介する時に、山田知事も府警本部長も私より年下なので、これからは好き放題言わせてもらうと挨拶したら、私より10歳ぐらい年配の弁護士の先生が驚いていた。高知の病院に飛ばされてからは、さすがに私も懲りて、これまでは教授にも院長にもイエスマンに徹してきた。もうすぐ開業して10年目になるので、そろそろ誰にも気兼ねなく、好きなことは言える年齢になったと勝手に解釈している。こんなことを言いながら、この日記では、すでに昔から好き放題書いているかも知れない。それでも、患者さんに対しては好き放題言えるわけはなく、毎日診察に追われているので、不自由な生活であることには変わりはない。開業したら、お客様は神様である。
 次の日の金曜日は午後からこの3月で終わる最後の東山保健所の仕事があった。保健所でしているデイ・ケアの評価会議である。たまたま東山区で開業した精神科の先生がいたので、この4月から交代してもらうことができた。私の患者さんも大勢保健所のデイ・ケアにはお世話になっている。今後は、往診などを充実していこうと思っているので、往診が必要な患者さんは引き受けていくと最後の挨拶をした。
 日曜日には、きのうあった労災判定会議の資料を読んでいた。今回は2件だけだったので、読むのにそれほど時間はかからなかった。私は精神部会の部会長をしているので、滅多にないが、個別に裁判になったケースなどの意見書を求められることがある。たまたま、先週の火曜日は労働基準局の人が資料を持って私の医院にやってきた。裁判ではないが、問題になっている事案について意見書を求めてきた。なかなかややこしいケースであったが、意見書そのものはそれほど分量を要するものではなかった。公文書になるので、神経を使いながらこの日に意見書を完成させた。労災では、診断名は国際分類であるICD−10を使っているので、ICD−10については細かい所まで詳しくなった。
 月曜日は午後から労災判定会議があり、いつものように私が司会をした。任期は2年で、来年の3月までである。これまで精神科の労災委員が代わったことはなく、代わりたいという先生も今のところいない。大変な仕事であるが、ノブレス・オブリージュでまだ本当の名誉職の面影は残しているのかもしれない。今は委員の2人が開業しているが、当初は京都を代表する3つの公的な総合病院精神科の長で始まっている。しかし、この仕事もなり手がなくなったら、いつ名誉職から雑用へと不良債権化するかわからない。
  そして、きょうの火曜日の午後から、この3月で2年の任期が終わる府医師会の最後の医療安全対策委員会があった。私は3期勤めているので、今度こそはやめようと思っている。私の大先輩になる精神科医会の会長には今回は交代したいと、研究会などで会うたびにしつこく訴えてきた。まだ、何の連絡もないので心配であるが、今度こそは代わってもらえるものと信じている。開業している同級生に聞いたら、今は医師会の仕事や行政の仕事をしていない先生が多かった。こういう仕事は、特定の医師ばかりにいつまでも集中するのは問題だろう。この4月からは京都市の休日待機番を辞退したが、この当番を引き受けている先生は限られた比較的年配の先生が多いようである。ただ開業しているだけで、私は地域医療に貢献していますと主張するのもどうかと思う。町内会の役員と同じで、交代でいいから、行政や医師会、関連団体の仕事は引き受けるべきだと思う。今の時代を反映して、特に若い先生は、一見雑用と思われるような公的な仕事については無関心なようである。

平成22年3月9日(火)

 先週の木曜日は午後から介護認定審査会があった。この仕事は任期が2年あるので、あと1年同じメンバーで続けていく。私は合議体長で司会をするので、送られてくる資料をあまり手をぬいて読むわけにはいかない。それでも、今では大分慣れてきて、予め送られてくる30件ほどの資料を、1時間ぐらいで目を通せるようになってきた。もう3期もやっているので、来年の4月からはこれも絶対に交代である。今は20〜30年後の日本の姿はなかなか見えてこないが、毎回送られてくる資料を読んでいると、自分の老後の姿は見えてくる。最近は、老後のことをあれこれ心配しても、なるようにしかならないと思うようになってきた。それでも、高齢の一人暮らしで、ほとんど自分の身の回りのことができない人を、近所の人がみんなで支えているのにはびっくりする。これは東山区の特徴なのか、昔からの古い地域の特徴なのかよくわからない。
 長いこと診察していた患者さんが、最近は80歳を越える人も出てきた。私の場合は、神戸から京都に戻って来たのが平成9年なので、診察をしている最長の人でも13年である。同じ所で長いこと診察している先生に比べたらまだ短いが、それでも私も患者さんも年を取ってきたと思う。80歳を過ぎると、患者さんはみんな一様に昔とは違うと言う。高齢になるというのは、患者さんにとってこれまで経験したことのない未知の世界にはいっていくことである。そして、みんな先生はまだまだ若いと言う。確かに、私も年を取ったと今は思っているが、後10年もしたら、今現在をあの時は若かったと思うのだろう。どんどんと若返ることは永遠にないので、もう年を取ったとは思わず、自分の年齢にふさわしいことを精一杯やっていくしかない。開業してからでも、もう今年の5月からは10年目にはいる。初診時のカルテに小学5年と書いてあった患者さんの子どもが、今はもう大学生である。
 今の高齢者は太平洋戦争前後は大変だったと思うが、その後は高度成長期で、日本の黄金時代を過ごしたと思う。企業で勤めてきた人は、退職してからも不自由のない年金を受け取っている。若いうちは苦労してもいいと思うが、年をとってから苦労するのはかなわない。もう少し若い患者さんで、昔自営業をしていた人に聞くと、みんなバブルの時はすごかったという。今は生活保護を受けている患者さんでも、土建業で財をなし、毎晩祇園のクラブでどんちゃん騒ぎをしていたという。引退して生活保護を受けている元組関係の患者さんは、バブルの時に債権取り立てとクラブに女の子を派遣していた。この時は組1番の稼ぎ頭で、キャデラックに乗り、あちこちにマンションを借り、家賃が毎月100万円を超えていたという。他にも、生活保護を受けている患者さんが、この時には子どもをアメリカに留学させたりしている。3人とも今の姿からは想像もつかないが、みんな一様にこの時代が人生の黄金時代だったという。短い人で5年で、長い人は12年続いている。私も若い頃は1度は酒池肉林を経験したいと思っていたが、最近は精力的にも衰えてきている。死ぬまでに映画1本分の時間の酒池肉林が楽しめたらいいと思っている。
 私はバブルの時には、勤務医としては1番安い給料で働いていた。アルバイトもしていなかったので、それまでしていた確定申告もしていなかった。どんどんと土地が高くなっていき、早く家を買わなければいけないと思って、ちょうど自宅を買った時である。この時何が起こったかというと、税務調査がはいったのである。今まで確定申告をしていたのが急にしなくなり、年収も減り、自宅も買っているということで、過少申告が疑われたのである。勤務していた病院はさんざん調査されて懲りたらしく、私の後の勤務医はその後給与が上がっている。株もしていなかったので、バブルとはまったく無縁の世界であった。その後、この時に買った自宅を売ることになったが、実質4千万円ほど損をした。この日記でも何回も書いているが、43歳の時に本当に無一文になった。私も自分の黄金時代はいつなのかと考えたりする。経済的には、開業してこれまでが黄金時代だったかもしれない。今年の4月から精神科は保険点数が大幅に下がるので、ゆっくりと下り坂を降りていきそうである。人生が本当に楽しかったのは、今から思うと神戸にいた5年間だったかもしれない。私も少しは黄金時代を味わせてもらったが、これからの若い人が味わうことができるのかは心配である。どんな世代でも時代の巡り合わせがある。黄金時代はあまり遅すぎてもよくない。ベッドの上で死ぬ直前に、再び日本の黄金時代が来ましたと言われても困る。
 それにしても、高齢者のパワーはすごい。スポーツジムは今や高齢者であふれかえっている。たまたま患者さんから聞いた話であるが、75歳の旦那さんが毎朝琵琶湖バレーにスキーに行っているという。私も知らなかったが、この時期、スキー場はシニアであふれかえっている。実は、木曜日の介護認定審査会が終わった後で、久しぶりに祇園会館に映画を見に行った。題名は「剣岳 点の記」である。少し前に、今年のキネマ旬報ベストテンが新聞に載っていた。選ばれた外国映画は10本の内5本見ていたが、日本映画は1本も見ていなかった。この映画は3位に選ばれていた。予告編で、過酷な撮影をしていることはわかっていたので、この高い順位は映画の内容より、努力賞もあるのではないかという懸念もあった。祇園会館にはいると、大勢の観客が来ていた。平日の午後4時前ということもあるが、驚いたことに、観客のほとんどが高齢のシニアであった。題名にもよるかもしれないが、今の学生は高齢者に映画でも負けている。内容的には悪くなかったが、やはり撮影の苦労も高く評価されていると思った。いやなニュースが多い昨今で、誰も遭難せず、犠牲者を出さなかったことが、かえって新鮮でよかった。
 実は、土曜日にも映画を見に行った。きのうアカデミー賞を受賞した「ハート・ロッカー」である。イラクでのアメリカ軍爆弾処理班を描いた映画である。ベトナム戦争の時のいつ襲われるかわからないジャングルの中を進んでいく恐怖とは違い、どこに爆弾がしかけられているかわからない廃墟と化したビルの中を進んでいく恐怖がよく実感できた。ここまでして、アメリカが守るべきものは何かと思った。映画としては、大感動までとはいかなかったが、それなりに楽しめた。ただ、主人公となる爆弾処理班の隊員の独白は、深い意味がありそうでいてあまり意味がないように私には思えた。

平成22年3月2日(火)

 この前の土日は用事が重なっていて、バタバタとしていた。土曜日は午後2時から府医師会が主催する医療安全シンポジウムが京都テルサであった。私は委員になっているので、参加しなければならなかった。しかし、障害年金の診断書などが溜まっていたので、今回は遠慮した。この2年間は委員会には1回も休まず出席していた。その前の4年間は開催日が月曜日だったので、労災の判定会議と重なることがあった。今年の3月で任期は切れるので、今度こそは誰か他の人と代わってもらうつもりである。
 この日はなかなか気分が乗らず、年金の診断書は思うように書けなかった。夕方からは、ある医療法人が主催する懇話会があった。この医療法人は市内で2つの精神病院を持っている。いつも外来の患者さんが入院する時にお世話になっている。精神科医として開業する時には、患者さんが悪化した時に入院させてもらえる精神病院をいくつか持っていなければならない。滅多にないが、緊急の場合は、かなり無理を言って部屋を開けてもらうこともある。外来の患者さんを入院させる時には、必ず部屋が空いているかどうかを電話で問い合わせして、その後で紹介状を書く。私の医院は8時半からなので、患者さんが入院を希望して朝早くから来ても、9時を過ぎないと確認できないし、昼休み時間もこの問い合わせは遠慮している。最初から入院は無理な患者さんもいるので、こういう場合はこちらも大変である。覚醒剤などの薬物依存やアル中、自傷行為の激しい境界性人格障害はほぼ無理である。中にはあちこちの精神病院で問題を起こし、ブラックリストに載っている患者さんもいる。精神病院だからといって、どんな患者さんでも引き受けてくれるわけではない。入院中の患者さんを脅したり、医者や職員に暴力をふるう人もいる。以前にも書いたが、私は覚醒剤中毒の患者さんに殴られて、木の椅子で頭を叩き割られそうになったこともある。
 懇話会では、最初に特別講演があり、ある大学の臨床心理の教授をしている先生が「がん患者のグループ療法」について話をしてくれた。私が京都第一赤十字病院をやめる時に、一時は私の後任を希望していた先生である。その後自分で公募に応募し、医局とは関係なしにこの職に就いている。2つの精神病院は大学の関連病院になるので、参加者のほとんどが同じ医局の開業医や総合病院の先生であった。この先生の講演を聞いていて、京都第一赤十字病院にいた時に、今は乳腺外科部長となった先生から乳がんの患者さんを山ほど紹介してもらっていたことを思い出した。死を前にした患者さんと1対1で向き合うのは、精神科医としてはかなりエネルギーがいる。緩和ケアを専門にしている先生の1対1ではないグループ療法の話は勉強になった。開業医となってからは総合病院の勤務医とは違い、がん患者さんを見る機会は少ない。しかし、将来的には緩和ケアの一翼を担うため、開業医でも積極的に関わらなければならない時が来るかもしれない。
 講演会の後は懇親会で、各テーブルで食事を楽しんだ。いろいろな料理が出てきたが、最近は料理の味に関しては偏屈になっている。自分の好みが決まってきて、若い頃のように新しい味には挑戦しない。自分では、嫌いな物は一生口にしないわがままもできる年代になったと思っている。今は料理だけであるが、考え方もどんどんと保守的になり、気がつかないうちに偏屈になっていくのかもしれない。2つの病院の院長は私がまだ未熟だった時の先輩になり、卒業年度が上の先生に対してはいくつになっても頭が上がらない。昔はこの一方の病院の当直にも行っていたが、その時の院長が今は理事長をしている。新臨床研修制度で大学医局が解体の危機にさらされていると言われるが、それでも医局で培った人脈はその後の人生で役に立っている。大学医局の人事に対しては不満を持っている人は多いが、医局と教授はまた別である。いくら医者不足だと言っても、最初からどこの大学の医局にも所属せず、病院を転々として、どこまでやれるのかは疑問である。
 帰りに2人の女医さんと話をしたが、2人ともまだ子どもは小さく、育児と仕事の両立で苦労しているようであった。最近、高飛車女医で有名なタレントの西川史子が結婚した。みんな気づいていないが、40歳前後で子どもを産んでも育てるのは大変である。私は当時医局で1番の晩婚と言われ、子どもは2人とも7月に生まれている。誕生日が5月の私は39歳と41歳の時の子どもになる。家内は5歳年下であるが、同じ7月生まれなので、微妙な年齢になる。娘は誕生日の5日後に生まれ、息子は誕生日の11日前である。年齢で言うと、34歳と35歳の時になる。今となっては、それほど遅い出産ではないが、それでも子育ては大変である。小さい時はかわいいが、反抗期になってきたら、こちらもしんどくなってくる。息子はこの4月から高校生になるが、医学部に行かせようと思ったら、高校3年、大学6年、浪人1年で、まだ10年間は働き続けなければならない。この不景気で国公立の医学部はますます難しくなり、私立の医学部は金銭的余裕のある者に限られてしまうので、多少楽になるかもしれない。私立の医学部に行くことになったら、仕事は今以上に全速力で頑張らなくてはならず、私が望んでいるアーリー・リタイアメントは、夢のまた夢である。開業医の私でさえ息も絶え絶えになっているので、普通のサラリーマンと結婚して、アラフォーで子どもを産むのは無謀に等しい。50歳半ばを過ぎると、経済的なことばかりでなく、体力的にも精神的にも衰えてくる。実際にアラフォーで出産し、私の年齢に達している人はまだ少ないので、現実の声が若い人には届いていないだけである。
 日曜日には、東京まで日帰りで日本精神神経学会の指導医の講習を受けに行っていた。他の学会と違って、指導医と名乗れるのは、研修指定医療機関に勤めている時だけである。私の医院は研修指定医療機関の手続きをまだ取っていない。あまり必要がないと思って、講習Tを受けただけで放っておいた。ところが、2月の初めにFAXで案内が来ていたので、急遽講習Uを受けることにした。この年になって指導医の資格を取っても、オーバースペックになるだけだと思ったが、将来はまたどこで何が起こるかわからない。会場は六本木アカデミーヒルズで、狭いイスに座らされ、実質的には1時間半ちょっとぐらいの講義を受けた。指導医としての指導の仕方のビデオを見せられたが、半分ぐらいは眠っていた。それにしても、こんなビデオを見せられるとは思ってもいなかった。指導医として研修医などに注意をする時には、性格などに触れてはいけないなど、最近のノウハウが具体的に詰め込まれていた。私は自業自得であるが、若い時には言いたい放題言っていたので、けっこう先輩にはいじめられていた。後輩に対してもいい加減な教え方をしていたと思う。昔はそれぞれの医者が好き勝手に教えていたので、こんなビデオがあったら便利である。
  経費節約と言いながら、行き帰りはグリーン車を使った。帰りの新幹線の中で、この4月からは本気で産業医の資格を取ろうかと思った。たまたま土曜日の懇話会に参加していた先生に聞いたら、昔は2日の研修で産業医の資格は取れたそうである。開業していても、それなりに資格が役立っているという。他府県の医師会でも講習会は開いているので、本気になったら1年ぐらいで取れそうである。この4月からは外部の仕事は大分整理したので、少しは余裕ができそうである。私を含め、労災判定をしている3人の精神科医は誰も産業医の資格は持っていない。後10年は働き続けなくてはいけないので、ますますオーバースペックとなりそうであるが、新たな資格に挑戦である。

平成22年2月23日(火)

 今年の4月から2年に1回の診療報酬の改定があり、診療所と病院で異なっていた再診料が統一されることになった。これまで低かった病院の再診料を上げ、診療所の再診料を下げる。保険点数でいくと、これまで診療所で71点だったのが69点になる。たった2点下げることでも、日本医師会が猛反対し、とんでもない騒ぎになっていた。ところが、先週の木曜日に送られて来たFAXを見てびっくりした。まだ確定的でないが、精神科を受診した時の診察代として算定できる通院精神療法が、4月から20点も下がるという。1ヶ月で計算したら、従業員を1人正社員で雇えるぐらいの額である。少し前に、同じ京都精神科診療所協会から送られてきたFAXでは、眼科や皮膚科、精神科が今度の診療報酬改定で狙い撃ちされると書いてあった。しかし、まさかここまで減らされるとは予想もしていなかった。
 これもまだ確定的ではないが、精神科デイケアは8点減らされる。通院精神療法は週1回しか算定できず、新しい患者さんが来ても、落ち着いたら1ヶ月に1回ぐらいの通院となる。ところが、精神科デイケアでは1人の患者さんが月に20回受診することも珍しくない。この回数だとすべて算定できるので、1人あたりの1ヶ月の医療費はとんでもなく高額となる。しかも、患者さんは自立支援医療の対象となるので、医療費の負担はほとんどない。反対に、共同作業所などでは、患者さんがほとんど毎日箱折り作業などに参加しても、報酬は1ヶ月に1万円にも満たない。この平均収入が7千円という統計データもある。この位だと、かえって利用料の方が高くついてしまう。今はどこの病院も経営が厳しいので、精神病院での精神科デイケアは収入源として確保しなければならない。しかし、医療機関でない共同作業所などは、経営的にも厳しく、もう少し何とかならないものかと思う。
 厳しい世の中の不況の影響を受けて、私の医院も去年は5パーセントの収入減であった。今年の4月からはこれまで引き受けていた院外の仕事を思いきってやめるので、その収入もなくなる。そして、今度の診療報酬のマイナス改定である。実は今年になってから、これまで無頓着であった医院の経費の見直しをしている。私の医院は自分で建てたので、テナントのように毎月家賃を払う必要はない。親からの借金はまだ残っているが、親の生活費代わりに毎年返済している。人件費も正社員の事務員が1人とパートの事務員が1人なので、それほどかからない。必要な採血は自分でしている。診察室には看護師さんがいないので、話しやすいという患者さんもいる。本当に必要な時には、保健師の免許を持っている家内をひっぱり出してきたらいいだけである。事務員の給与には手をつけるつもりはなく、今年もわずかであるが昇給を考えている。
 さて、どこから経費削減をするかである。まず、医院の防犯対策である。医院にはホームセキュリティのセコムを入れているが、これが毎月3万円もかかる。私の医院は院外処方で、医院の中には大事な物は何も置いていない。交番に近い住宅密集地にあり、歩いて2分もかからない所に信用金庫がある。その気になったら、安い料金で貸金庫も借りれる。最近は手頃な防犯グッズも出回っているので、最初に少しお金をかけたら、今以上の防犯ができそうである。次に駐車場である。これもやめたら毎月3万円節約できる。これからは、京都駅までバスか自転車を使うつもりである。日赤に勤めていた時には東福寺まで京阪で通っていた。紫野の特別養護老人ホームに行かなくなったら、車もあまり必要がなくなるかもしれない。私の医院にはスポーツ新聞や週刊誌などが山ほど置いてあるが、これも見直そうと思っている。NTTの電話代とタウンページの広告費が毎月7万2千円かかっている。東山区、山科区、下京区は伏見区や南区と別のタウンページになるので、2冊に広告を出している。最近は固定電話を持たない人も多いので、来年は費用効果も考えなければならない。
 この前の土曜日はある製薬会社が共催する講演会があった。演題は「非定型うつ病」で、講演者はパニック障害で有名な先生である。非定型うつ病については、今月の精神神経学雑誌に総説が出ていて、話の内容はそれほど大きな違いはなかった。大勢の患者さんを診察してきて臨床的に検証しているので、話の内容はわかりやすかった。精神科領域では、外科のような特別な手術をするわけでないので、大学病院でも診療所でも同じような患者さんが受診する。摂食障害や境界性人格障害、薬物中毒、アル中、アスペルガー障害などについては専門にしている医療機関にはかなわないが、うつ病やパニック障害についての治療は大学病院でも診療所でもほとんどかわりない。せいぜいその差は、滅多にしない電気ショック療法や入院治療ができるぐらいである。うつ病概念が広がりすぎて、現代うつ病といわれる非定型うつ病は精神科専門医でも話題になっている。その病像は、対人関係の拒絶に敏感な女性に多い若年発症の慢性軽症うつ状態で、病的なうつ状態と性格反応との区別が困難な群である。
 演者が抽出している非定型うつ病は、典型的なうつ病とは異なり、過眠、過食があり、自分のプライドが傷つけられることに対する異常な過剰反応(拒絶過敏性)や四肢が鉛のように重くなる激しい疲労(鉛様麻痺)があり、病的な不安・抑うつ発作が認められる。この発作の時に、リストカットや大量服薬が認められ、境界性人格障害として診断されやすいという。演者は病気による性格変化なので、病気が改善したらこれらの症状は改善するという。ストレスとなる出来事に過敏に反応するということで、軽症のPTSDとしてとらえ、治療としては脳のセロトニンを増やすSSRIはあまり効果がないという。SSRIで若年者の自殺衝動が高まることが問題になったが、非定型うつ病でSSRIを用いると、自傷行為が誘発されることがあるという。幻覚や妄想を改善する抗精神病薬であるロナセンの少量投与が有効であると話していたので、私も今度試してみようと思う。幻覚や妄想を改善する統合失調症の薬であるエビリファイも海外ではうつ病の適応を取っている。時代は変わって、抗うつ薬と抗精神病薬の区別がますますなくなってきている。この演者の話は本では知っていたが、実際に直接講演を聞いて勉強になった。以前にも大学の医局の講演会で話を聞いたことがあるが、今回はさらに進展していてわかりやすくまとまっていた。

平成22年2月16日(火)

 この前の土曜日は私の同級生が会長をする日本心身医学会近畿地方会が京都テルサであった。女医さんらしく、ドメスティック・バイオレンスについて講演会を催していた。京都テルサは私の医院から車で10分ぐらいで、バスでも簡単に行ける。外来が終わってからぜひとも参加したかったが、家のことなどで用事があり、この日はどうしても行けなかった。実は、自宅のTVも買い換えたばかりで、早く設置しなければならなかった。大型電気店などで買った場合は自宅まで配達してくれて、有料であるが、希望すれば設置して古いTVは引き取ってくれる。しかし、今回はインターネットで注文したので、玄関まで運んでくれるだけである。古いTVは引き取ってくれない。自宅は駐車場も入れて25坪しかないなので、注文したTVを家の中に置いておくだけでも狭苦しく感じる。今まで自宅で使っていたのは、ブラウン管の32インチワイドTVである。映りはよかったが、前の方にかなり出っ張っている。薄型TVがどんどんと安くなっているので、発作的に買い換えをしたくなった。自分の抱えている問題が簡単に解決できない時や変えられない時には、身近な物を変えたくなる。他人を変えることも難しいが、TVはお金さえあれば交換できる。
 どうしてわざわざインターネットでなんか薄型TVを買ったのかというと、それほど大きくないプラズマTVが欲しかったからである。リビングも狭いので、40インチでは大きすぎる。せいぜい37インチである。夕食の時などは子ども2人はテーブルの横に座って見る。液晶の場合は距離が近いと見づらい。その点、プラズマはブラウン管のように、横から見ても色が薄くなったりすることはない。たまたま楽天でパナソニックの37インチのプラズマTVを見つけ、早速注文した。型落ちで、フルハイビジョンでないが、値段は送料も含めて75800円である。ここにエコポイントが17000ポイント付くので、実質6万円を切ってしまう。古いTVはお金を出して引き取ってもらわなければならないが、これは4800円である。この日は電話でリサイクル・センターに頼んでおいたので、それまでに古いTVと新しいTVを交換しなければならなかった。古いブラウン管のTVをTV台から降ろすのが大変である。息子がいたので、2人でなんとか玄関まで運んだ。息子が運ぶ時にちょっと待ってくれと言って、途中で一旦下に置いた。この時は図体ばかり大きく、力のない奴だと思った。ところが、業者が来て車まで一緒に運ぶ時に、今度は私がちょっと待ってくれと言った。TVがちょっと傾くだけでも死ぬほど重くなり、そのまま放り出したくなる。何とか新しいTVも設置したが、映りは上出来である。よほど大型のTVでなければ、フルハイビジョンにこだわる必要はないと思った。
 日曜日は、今度は医院の防音室に入れるTVがやっと届いた。在庫がなかったので、注文して2週間以上かかっていた。今回はビックカメラで買ったので、3階の院長室まで運んでもらい、TV台も組み立ててもらった。ところが、防音室に入れると、少しTVが大きすぎる感じがした。フルハイビジョンで、ソニーの4倍速40インチ液晶TVである。TV台とソファの高さも合わなかった。画像は自分の好みに合わせるのは難しいが、まだ何とかなる。大きさとしては、型落ちでも、自宅のプラズマTVの方がよかったぐらいである。まだ、TVの大きさに慣れていないだけかもしれないが、少し後悔した。TV台の上に何か置いて真正面の高さになるように調整したら、もっと見やすくなるかもしれない。サラウンドのスピーカーやアンプも届いたが、取り付けるのが面倒臭く、また気が向いた時にしようと思った。大型家具店で座りやすい1人用ソファを買っていたが、これも背中のクッションが均一でなく、気になって仕方ない。実際に店で見本に座った時には、こんなことはなかった。長いこと座っていると我慢できなくなるので、交換できるのか聞いてみたら、交換してくれるということであった。この商品は人気商品らしく、配達までかなり待たされていたので、交換にもまた1週間以上かかる。
 今回2台のTVを買って思ったことは、これぐらいの大きさだと、わざわざ最新の高い製品を買う必要はない。型落ちのプラズマTVでも何の問題もなく、狭い部屋で大勢で見るには、横からでも見れるプラズマTVの方が便利である。37インチクラスのプラズマTVはもう出ていないので、在庫処分の今がお買い得である。同じパナソニックから今年中に3DのTVが出るというが、これはまだ買うには早過ぎると思う。VHSのビデオデッキが発売された時に、広く家庭に普及するのに一役買ったのが、アダルト・ビデオである。それまでは、ピンク映画館でしか見れなかったピンク映画が自宅で見れるようになったのは画期的なことであった。当時は裏ビデオも大量に出回っていた。ただ、VHSテープは嵩張り、隠すのにも一苦労した。良質なアダルト・ビデオが大量に安く生産されるようになり、今度は同じようにDVD録画機の普及にも貢献した。さて、3DTVの出現である。アダルト・ビデオが飛び出て見れたら迫力があると思うが、モザイクが立体的になったらかえって不自然さが目立つような気がする。この際、3DTVの普及のために、ポルノを解禁してもいいと思う。エコポイントはデパートの商品券に換えようと思ったが、けっこう手続きが面倒臭くてまだ申請はできていない。
 さて、最後に今週読んだ本である。ダ・カーポ特別編集「最高の本!2010」(マガジンハウス)の中で、「コンビニの棚に居並ぶ500円のごとき安っぽい造本からは想像できない天下の奇書」と紹介されていた。加藤達夫「この世はすべて私のもの」(洋泉社)で、副題には「躁病者、初めての衝撃手記!!」とついている。精神科の患者さんが書いて出版された本は何冊か読んで持っていたが、今ではすべて処分してしまった。躁病の患者さんが書いた本では、題名は愚者の何とかであったことは覚えているが、今では内容もすっかり忘れてしまった。この本は期待して最後まで読んだが、専門医にとっては、それほどびっくりするようなことは書かれていない。タイの宝石店でお金もないのに900万円分の宝石を買おうとしたり、露天で目に入り気に入った物はほとんどすべて買ったりする。他にも、日本居酒屋で頭から醤油をかぶり、聖水による魔除けの儀式だと思ったりする。タイ国際拘置所に入れられたことやチュラロンコーン大学の附属病院に入院させられたことも書いている。この著者は躁病期には激しい被害妄想も出て、支離滅裂になるので、躁病として診断していいのか迷うほどである。長いこと精神科医をしていると、想像を絶する患者さんに少なからず出会うので、この程度のことでは少しも驚かない。それでも、1冊の本としてはしっかりと書かれているので、躁病の世界を知らない人にとっては面白いかも知れない。

平成22年2月9日(火)

 先週の火曜日はある患者さんの往診に行ってきた。私の医院は1階が待合室で、2階が診察室になる。最近は膝や腰の具合が悪いお年寄りが増えてきて、中には階段が上れない患者さんが出てきた。初めは患者さんにとって一種のリハビリだと思っていたが、そんなのんきなことは言っていられない。何とか玄関までたどり着ける患者さんは、私が階段を降りて1階の待合室で診察する。医院まで来れない患者さんは家族などが薬を取りに来るが、身寄りのない一人暮らしのお年寄りは薬も取りに来れない。ヘルパーさんなどが代わりに取りに来てくれることもあるが、都合がつかない場合もある。これまで私はあまり積極的に往診をしていなかった。この患者さんはヘルパーさんの交通費などいろいろな事情があり、1ヶ月に1回であるが、私が往診することになった。歩くには中途半端な距離で、車で行った。幸い近くに安い駐車場があったので、交通手段には悩まずこれからも来れそうである。
 木曜日は東山保健所のデイ・ケアに行った。今回は年に2回ある「こころのふれあい卓球交流会」である。東山保健所のデイ・ケアのメンバーばかりではなく、山科の障害者福祉施設からも大勢の患者さんが参加していた。東山保健所のデイ・ケアには私の患者さんも何人かお世話になっている。3月には今年最後のデイ・ケアの評価会議がある。4月から新しい年度になるが、今回は東山区で新しく開業した精神科の先生にこの担当をお願いした。開業してすぐにこの仕事を引き受けたので、8年ぐらいは続けていたと思う。やっとうまくバトンタッチできて、ほっとした。今年は他にも、京都府医師会の医療安全対策委員会と○○視察委員会、個人的に頼まれていた特別養護老人ホーム、ヘルパー養成講座、京都市休日待機番をやめようと思っている。しかし、府医師会の方は今年で任期が切れるが、まだ連絡がなくて心配している。特別養護老人ホームも私の医院から紫野まで行くのは大変なので、近くの先生に2人声をかけたが、都合が悪いと断られてしまった。本当は東山医師会の介護認定審査会ももう3期目になるのでやめたいが、まだ任期が1年残っている。
 先週の月曜日は月に1回ある労災会議の予備日であった。1月は8件出ていたが、1回の部会では無理なので、残りのケースをこの予備日にあてた。1件の資料はカルテのコピーなどを含め、200〜300ページある。京都の精神障害に係る労災請求は去年は39件で、今年は2ヶ月を残してもう同じ数に達している。大阪では年間100件以上あり、労災を判定する精神部会も2つあるという。この精神部会では3名の精神科医がそれぞれのケースを協議する。業務外と判定した場合には、裁判となることもあるので責任は重大である。任期は2年であるが、ずっと同じメンバーである。この仕事は毎回山のような資料を読まなければならず、けっこう大変である。しかし、勉強になることも多いので、しばらくは続けようと思っている。
 今は医者でも生き残りをかけて資格ブームである。医学博士を取ることよりも、いつの間にか精神保健指定医や学会の専門医を取ることの方が優先されるようになった。去年は医療収入が5%減ったので、この年になってもこれから先開業医として生き残っていけるのか心配になる時もある。この1月の患者さんの数は去年と比べたら増えていたので、少し安心した。労災に詳しい精神科医は京都中を捜しても3人しかいないので、産業医の資格を取ったら、鬼に金棒である。前々から夏休みを返上して、産業医大である1週間の夏季集中講座で資格を取ろうと思っていたが、ついつい延び延びになっていた。久しぶりに今年の夏季集中講座を調べて見たら、600人の定員に1200人以上が応募している。今から応募しても、来年の夏季講習にも間に合わず、再来年の夏になる。もともと精神科で産業医の資格を持っている人は少ないので、職場でのうつ病が増えている現在ではそれなりに役に立つだろう。他の科で開業している先生に聞いたら、仕事をしながら医師会で開催される土日などの講習会に出席して、資格を取るのに2年ぐらいかかったという。患者さんが増えてくると、いつも強気になって、産業医の資格なんかいらないと思う。この年になって苦労してまで取る価値があるのか、悩む所である。
 きょうはまた別の患者さんの往診に行ってきた。この日記でも書いたが、私が自宅まで何回も注射に行っていたが、いつも逃げられていた統合失調症の患者さんである。府立洛南病院に措置入院となり、最近退院してきた。すぐに訪問介護ステーションの人と私の医院を受診したが、1週間後の予約日に来院しなかった。訪問介護ステーションの人の話では、治療の必要がないと受診を拒否しているという。私も自宅まで電話したが、やはり治療は必要ないですとすぐに切られてしまった。退院してから勝手に薬はやめたようであるが、長いこと入院していたので、まだそれほど悪化していない。最悪の場合を考えて、長期間薬の効果が持続する注射液を用意して往診に行った。患者さんは部屋を暗くしたままこたつにはいっていた。比較的落ち着いていたので、強引に注射をするのはやめ、受診するように説得した。薬の効果は不充分でも、一人暮らしに近い状態なので、何とか通院を継続させることが必要である。どうしても強めの薬は、患者さんにとって不愉快なので中断しやすい。明日行くと言ったので、きょうはそのまま帰ってきた。受診しなかった場合はまた往診で説得していくしかない。同じ往診でも、先週とはうって変わって気が重い。
 最後に、最近読んだ興味のある記事を紹介する。まず、去年の12月の分なので少し古いが、私の家に勝手に送られてくるメディカル・トリビューンに載っていた記事である。全世界で成人の25人に1人が大麻(マリファナ)を使用していると書かれており、もっとも多い害としては、依存症状や自動車事故リスクの増加、呼吸機能障害などが挙げらている。大麻使用の公衆衛生の負担はアルコール、たばこ、他の非合法薬物に比べると軽いとも述べられている。誤解の招きやすい記事であるが、実際にそうなのであろう。私は海外にはあちこち出かけているが、大麻を使用したことは1度もない。ナチュラル・ハイを目指しているので、大麻解禁論にも興味はない。もう一つは、月刊保団連に載っていた記事である。不況で就職難が続く中、経済的理由から自衛隊への志願者が急増しているという。まだ、4月にならないとデータが公表されないが、ある東北地方では任期制の2等陸士の高校生の倍率が15倍であったという。米国の経済的徴兵制を引き合いに出しているが、米国の貧しい若者が軍隊にはいり、イランやアフガニスタンで命を落とすのとは違うと思った。私は見ていないが、マイケル・ムーア監督の「華氏911」で、実際に軍が若者を勧誘するシーンが出てくるのは有名である。先週の土曜日は、「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」を見に行った。近親相姦や殺人、レイプが出てくるが、この映画を見ていたらふつうのセックスさえこっけいに見えてくるから不思議なものである。

平成22年2月2日(火)

 この前の木曜日は府医師会で、医療安全講演会があった。府薬剤師会の演題を含め、各医会から10の演題が発表された。私は府医師会医療安全対策委員会のメンバーなので、精神科医会代表として発表した。最近は医療事故などが問題となっており、医療訴訟も増えている。日常外来で見逃しやすい注意すべき疾患について、各専門科の先生が主に開業医の先生向けに、実際に経験した症例を使って解説した。産婦人科医からは子宮外妊娠の症例が発表されていた。何かと話題になる産婦人科であるが、実際にこの子宮外妊娠で亡くなるのは日本では年間5人だという。妊婦のたらい回しが社会問題となったが、妊婦の死亡例は年間35人で、諸外国に比べると日本の医療は高度で安全だという。見せてもらった統計の数字を忘れてしまったが、戦後は毎年何千人という妊婦の人が亡くなっていた。年間35人というと多いと思う人もいるかもしれないが、蜂に刺されて死ぬ日本人は年間30人前後もいるのである。
 府薬剤師会の「複数の医療機関を受診する患者の重複処方例」も参考になった。私の医院はシアリスなどの自費の薬を除いて、すべて院外処方である。うつ病の患者さんはインポテンスになりやすいので、勃起不全改善薬であるレビトラとシアリスは院内で用意している。重複処方というのは、あちこちの複数の医療機関を受診して、同じ薬や同じ種類の薬をもらうことである。1つの同じ院外薬局で薬をもらう時には簡単にチェックできるが、複数の医療機関で複数の院外薬局で薬をもらっているとチェックできにくい。最近はお年寄りの一人暮らしの患者さんが増えている。別の医療機関から同じ種類の薬が出されていても、患者さんにはわかりにくい。精神科で問題になったのは、少し前ではリタリンの重複処方である。患者さんが意図的に複数の医療機関を受診し、一時に大量の薬を手に入れようとした。今ではリタリンの処方は簡単にはできなくなくなっている。代わって問題になってきているのが、睡眠導入薬の重複処方である。鳥取と埼玉で連続不審死が大きく報道され、遺体からは大量の睡眠導入薬が検出された。専門医の処方で服用する分については安全であるが、中には乱用したり、売買したりする人もいる。睡眠導入薬は「麻薬及び向精神薬取締法」に指定されているので、他人に簡単に譲渡することは禁止されている。
 私の演題は「うつ病の不定愁訴に紛れていた卵巣腫瘍の症例」であった。うつ病の患者さんは身体中のあちこちの症状を訴える。こういう場合は、訴えの内容が定まらないということで、不定愁訴という。ふつうは、心臓の具合が悪い人は心臓のことしか訴えず、胃腸の具合が悪い人は胃腸のことしか訴えない。ところが、うつ病の患者さんは、動悸や息切れ、食欲不振、頭痛、めまい、肩こりなど身体中のあちこちの不調を同時に訴える。うつ病に伴うこれらの症状はいくら内科などで検査をしても何も異常は出てこない。実際に、一時に胃潰瘍になって、不整脈になり、脳腫瘍ができて、メニエル病も出て、肺気腫になるなんてことは、宝くじを当てるより難しい。同時多発的に起こる身体症状は、うつ病などの精神科疾患に伴うことが多い。しかし、ごくまれであるが、これらの症状の中に本物の身体疾患が紛れていることがある。私の発表した患者さんはうつ病が改善しても、下腹部のもやもや感がなかなかとれなかった。婦人科を受診するように勧めたら、その後卵巣腫瘍が発見されている。
 この患者さんは自分がうつ病だと思って心療内科を受診しているので、一般の開業医の先生の所には同じような患者さんは受診しない。一般の開業医の先生が見逃しやすいケースについても、少し話をした。現在は昔と比べたらうつ病についての知識は一般科の先生にもよく知れ渡っている。しかし、それでもまだたくさんのうつ病患者さんが見逃されている。私が経験したのは、この逆で、一般科の先生は物語が成立すると身体疾患を見逃してしまうのである。どういうことかというと、高血圧などの慢性疾患で長いこと通院している患者さんにある日家族が付き添って来て、最近この患者さんが元気がない。少し前に、子どもが離婚したとか話すと、簡単に精神的なものと診断してしまうのである。家族が、最近患者さんにこれこれこういうことがあって、これで悩んで元気がないと言うと、頭からうつ病だと信じてしまう。もう10年以上前のことになるが、私が京都第一赤十字病院に勤めている時に、ある科の部長から患者さんの紹介があった。長いこと診察していた高齢の女性で、最近タバコ屋を廃業したら、急に元気がなくなってきたと家族が連れてきたという。私が診察すると、少しボーとしていて、よく聞くと2〜3ヶ月前に転倒している。念のために頭部CT検査をしたら、慢性硬膜下血腫が見つかった。慢性硬膜下血腫というのは、高齢者が頭を打ったりすると、その時にはどうもないが、少しずつ血が溜まり、脳を圧迫してくる病気である。一般科の先生などは、物語が成立すると身体疾患を見逃しやすいことも強調して話をした。
 土曜日は年に2回ある京都精神科医会があった。今回の講演者は、私が国立福知山病院にいた時によく話をしていた後輩の先生である。今では同じ精神病院の副院長をしている。私はこの病院にはその後も長いこと土日の当直を手伝いに行っていた。今年の5月で開業して10年目にはいるので、この先生の話を聞くのは久しぶりであった。話の内容は、精神医学と芸術についてである。レジメがあると詳しく書けるのだが、録音もせず、メモもとらなかったので、この先生が最初にフランスで留学した場所の名前もすぐに思い出せない。精神障害者が創作した芸術作品を紹介してくれたが、話の内容は新鮮で面白かった。スイスのローザンヌにアール・ブリュット・コレクションという精神障害者が創作した芸術作品を展示している美術館があり、このことについても詳しく紹介してくれた。アウトサイダー・アートと呼ばれることもあるらしいが、会場にはフランスで手に入れた作品をいくつか持って来てくれていた。この先生はもともと芸大をめざしていたぐらい芸術には詳しいが、昔はよく写真の話などもしていた。ニューヨークで落書きして捕まった奈良美智の作品でよく出てくる、女の子の顔を大きく描いたような作品があったが、私も欲しいと思うほど1番気に入った。この日に話してくれたことを本にしたらいいと思うのだが、本人にはその気はないらしい。描いたり、木に彫刻したり、何か形を作ったりする創作とこの日記のように書く作業の違いをいろいろ考えてみた。自分の中にある何かを、言葉を通さずに作品で表すことと、具体的な言葉に当てはめることの違いである。自分の中にある何かを言葉を通さず、行動や感情に出してしまうこともある。自分の中にある何かはすべて言葉で表現できるわけでなく、言葉にしてこぼれ落ちるものもたくさんあるような気がする。

平成22年1月26日(火)

 先週の日曜日は久しぶりに両親がいる大阪の池田に行ってきた。今回は私1人である。だいぶ長いこと顔を出していなかったので、妹からも暗黙の非難を感じていた。愛知県に住んでいる母親の妹から毎年年賀状が来るが、今年の年賀状には、母親の所にはたまには顔を出すようにと書いてあった。長男の私には直接言ってくる母親ではないので、ずっと罪悪感を感じていた。いろいろとあって、子どもを連れて行くかどうかも悩んでいた。家族のことを聞かれても、母親に心配をかけてはいけないので、うまく説明するのが大変である。すぐそばに妹家族が住んでいるが、長いこと行っていなかったので、ますます行きにくくなっていた。
 前日の土曜日は、防音室に入れるTVとサラウンドの音響機器を買いに行った。音に関しては、音楽を重視するのか、映画を重視するのか悩む所である。サラウンドにすると、CDなどの音は中途半端になるようである。このあたりのことを詳しく書いた本も読んでみたが、ややこしそうである。とりあえず、映画重視のサラウンドにすることにした。ビックカメラに行ったら、TVの大きさと視聴の最適距離が書いてあった。TVの高さの3〜4倍も離れなくていいようである。LEDの液晶も省エネには役立つが、今の時点ではそれほど画期的に画像がよくなるわけでもなさそうである。結局ソニーの4倍速の40インチを買うことにした。値段は14万1800円で、店のポイントが20%もつき、他にエコポイントもつく。少し前のことを考えたら、こんなに安くていいのかと思うほどの値段である。ところが在庫が不足しているらしく、2月の中旬にならないと手に入らない。ここは焦らずゆっくりとそろえていきたい。
 先週で今月にやる仕事はほとんど終わったかと思ったが、1週間で書かなければならない書類がいつの間にかたまっていた。日曜日も朝早くから医院に出てきたが、なかなか書類を書く気がしなかった。新規の障害年金の診断書を書くのはけっこう大変である。時間ばかりが過ぎていき、これはだめだと思った。急遽母親の所に電話し、午前中に会いに行くことにした。名神高速道路から中国自動車道を使って、医院から1時間ちょっとぐらいである。母親は私が着くとすぐ妹の所に電話する。妹家族も用事があるので、妹だけが顔を出してくれた。妹の息子と私の娘は同じ高校2年である。妹の息子と私の息子は同じ大阪の中学・高校に通い、サッカーをしている。私は息子が高校に進学してもサッカーを続けるのは反対である。妹の話ではレギュラーになれない子がやめていくという。それでも、高校になっても好きなサッカーを続け、自分の志望する大学に合格しようなんて虫がよすぎる。自分のしたいことをじっと我慢して、中学から勉強に専念している子も大勢いる。運動クラブと受験を両立させる天才的な子もいないわけではないが、私の息子は無理である。クラブを続けるなら、最低1年の浪人生活は覚悟しなければならない。
 父親は大正13年生まれである。高齢になって、ますます呆けは進行している。今では、母親さえわからず、もちろん私のこともわからない。最近は徘徊しないので、母親は助かっている。真冬の寒い夜に行方不明になり、妹家族が一緒に探し回ったこともある。いつもは、座椅子に座ってにこにこしている。それでも、ヒゲを剃る時など抵抗する時があり、最近母親が叩かれ、アゴの下が青ずんでいた。父親がデイ・サービスに行っている時に、母親はプールに行ったり、気分転換はしている。今でも、父親を連れだして、20分ぐらい散歩している。父親は要介護3であるが、思ったより元気であった。持っていったデジカメで両親の写真を撮った。妹は飼っていた犬が先か父親が先かと言っていたが、犬の方が亡くなり、また新しい犬を連れてきていた。患者さんの話を聞いていても、子どもより犬の方がよっぽど素直でかわいいのではないかと思ったりする。私も老後は犬を飼うつもりである。
 父親を見ていて、時々、私の世代は語ることがあるのかと思うことがある。親の世代は戦争を経験しているし、少し上の団塊の世代は学生運動を経験している。私はバブル崩壊と阪神大震災を経験しているが、下の世代も同じである。私が生まれた時から、日本の社会はずっと高度成長期であった。日本がこのままだめになるようなら、唯一語ることができるのは、この高度成長期だけかもしれない。私が父親の年代に近くなるここ30年で、世の中はまた劇的に変わるだろう。国境とか国籍とかは今ほど重要でなくなり、男女の区別、シングルと既婚の区別など、どんどんとボーダーレスになっていくような気がする。30年間医者をやってきて、いつの間にか「白い巨塔」の物語が成立しなくなっている。呆けてしまったら、世の中で何が起こっているかわからなくなってしまうが、これからの30年間で医学や技術の発達で、医者の役割大きく変わっていくだろう。コンピューターが人工知能に近づき、誤診もありえなくなる。今から考えると、名誉が重んじられなくなった現在、私個人としてはいいタイミングで開業し、開業医としての恩恵の残り火(?)をまだ享受できていると思う。
 さて、最後に前にも少し紹介した、富高辰一郎「なぜうつ病の人が増えたのか」(幻冬舎)である。平成11年から6年間でうつ病の患者が2倍に増えたことを取り上げ、その原因を探っている。以前はうつ病は心の悩みなので、自力で回復することも多く、悪化しなければ精神科受診の必要がなかった。ところが、現在はうつ病は病気なので、早期受診と治療が必要とされている。また、非定型うつ病など、うつ病概念が広がったことにもふれている。平成11年に新しい抗うつ薬であるSSRI(脳のセロトニンを増やす薬)が発売され、統計上、うつ病患者数、メンタル休職者数、抗うつ薬の売り上げが三位一体で増えてきている。イギリスでも、SSRIが発売されてから、景気の波とは関係なく抗うつ薬の処方数が劇的に増えている。欧州や米国でも、このSSRI導入後に同じことが起こっている。日本では、自殺者が3万人を初めて越えた時には、このSSRIが発売されておらず、うつ病患者や抗うつ薬の売り上げはまったく増加していなかった。著者は、経済の悪化に伴ってうつ病受診が増えたという論文はどの国や時代を調べても見つからなかったという。日本人では、生涯に1回でもうつ病にかかる率は15人に1人と言われている。ところが、うつ病になっても5人に1人ぐらいしか医療機関を受診しない。海外の製薬会社がSSRIの売り上げを伸ばすために、日本でもうつ病の啓発運動を大々的に始めた。
 病気への認識を高めることは決して悪いことではないが、行き過ぎになると病気の押し売りになる。病気の押し売りとして欧米で批判されている疾患は、小児の躁うつ病、男性型脱毛症、性機能障害などがある。米国では未成年の躁うつ病が10年間で40倍に増加したという。抗てんかん薬や非定型抗精神病薬が躁うつ病治療薬に承認されたので、マーケットを広げるために「躁うつ病に気づこう」と、強力な啓発運動が始まったという。そして、製薬会社は有名な児童精神科医を使い、「気分に波がある、夜が眠れない、落ち着かない」という幼児や学童は躁うつ病にかかっている可能性が高いと唱え始めた。精神科医も積極的に小児の躁うつ病を診断するようになり、小児躁うつ病が一気に40倍にも増えたのである。当然、3〜4歳の子どもの気分の波を、躁うつ病と診断すべきなのかという批判も多く、有名教授が多額のコンサルタント料を製薬会社から受け取っていたということも判明している。
 米国では製薬会社は研究開発より、営業宣伝に力を入れ、製薬会社の化粧品業界化と揶揄されているという。実際に製薬業界が食品や自動車を抜いて、1番広告費を使っている。私が所属しているうつ病学会も、ある製薬会社によって立ち上げられたと書いてある。病院を受診しても自然と治るうつ病もあれが、治療してもなかなか治らないうつ病もあると著者は指摘している。抗うつ薬の作用についても、「うつ病が改善するのは患者本位の自己回復能力のおかげであり、抗うつ薬による薬理作用の部分は20%以下である」というキルシュ教授らの論文も引用している。英国では、軽症うつ病では抗うつ薬はほとんど効果がないと認め、最初から抗うつ薬は使わないように勧めている。米国でも軽症では、患者が希望するなら投与していいとなっている。ところが、日本では重症度にかかわらず、最初から薬を使う。
 他にもいろいろ書いているが、専門家はこの本を1度は読んでおくべきだろう。特に、若い精神科医は三環系抗うつ薬を使い慣れていなく、頭からSSRIの方が副作用が少なくて優れていると信じ込んでいる。この本を読んでいたら、高名な大学教授も多額の謝礼で製薬会社に取り込まれているのではないかと疑ってしまい、何を信じていいのかわからなくなる。講演会などで、ドグマチールはパーキンソン症状が出るので、欧米ではまったく評価されていないと必要以上に過少評価する学者もいるが、あまり信用できない。以前に、非定型抗精神病薬が出現し、旧来の抗精神病薬より認知機能の低下が少ないと宣伝されたが、実際には違っていたことが後で判明した。SSRIでもよく効く人にはよく効くので、すべてだめだといっているわけではない。実際にパニック障害で、ある場所に近づくと強い予期不安を訴える患者さんがいた。いろいろな薬で調整してもまったく改善しなかったが、SSRIの服用でウソのように消えてしまったこともある。この本を読んで、治療者としては、権威ある人の言うことだからと言って頭から信じるのではなく、自分の経験と医者同士の評価も加えて、冷静に判断していかなければならないと、つくづく思った。

平成22年1月19日(火)

 この前の土曜日は、外来が終わってから3階の院長室の工事があった。まず部屋についているエアコンの取り外しである。最初は防音室のエアコンと部屋のエアコンを2台つけるつもりであった。しかし、部屋が狭いので防音室のエアコンだけにすることにした。古いエアコンは9年目になるので、処分する。日曜日はいよいよ防音室の取り付け工事である。朝9時から始まって、外からクレーンで3階まで防音室ユニットを運び入れ、組み立てていく。午後1時過ぎには全部組み立てることができた。院長室は6畳ぐらいの広さがあると思ったが、3畳の防音室を入れると、残りのスペースはあまりない。グランドピアノもはいる大きさであるというが、中にはいると思ったよりは狭い。この部屋の中で大きな声を出して語学の勉強をしようと思ったが、小さな机しか入らない。液晶TVは高さの3〜4倍ぐらい離れて見るのが最適と言われているので、今回はあまり無理をせず、32インチにするつもりである。
 防音室を組み立ててから、今度は防音室の中のエアコンの取り付けである。TVを中で見るので、穴をあけてTVとスカパーのアンテナ線を室内に入れなければならない。エアコンの配管もやはり壁に穴をあけ、隣の部屋の押し入れを通してベランダに出す。この工事がけっこう時間がかかり、終わったのは5時半過ぎであった。この日はやることがあったので、朝6時から医院に出てきていたが、結局1日中どこにも出ることができなかった。最後に、携帯用の防犯ベルを使って、防音室の性能を調べた。40デシベルぐらい下げる効果があった。こんな数値を言われても、どの程度の防音効果があるのかよくわからないが、今まで使っていた小さなTVの音量をかなり上げて外で聞いても、ほとんど漏れてこなかった。本来は楽器演奏用の防音室なので、これまでのヤマハの防音に関するノウハウが詰め込まれている。後は、院長室につけていたドアホンと電話をどうするかである。私の医院の電話は患者さんの呼び出しにも利用しているので、これが使えなくなったら困る。携帯電話もついていなかったので、簡単に解決できるのかまた業者に相談しなければならない。
 きのうはいつものように、労災の判定会議があった。今月は8件出ており、1度にやるのは無理なので、来月の予備日を使って月2回に分けてすることになった。今回出ていたのは、5件である。資料の総ページ数は1180ページとやはり分厚かった。今回は体調はよかったので、それほど負担にはならない。最近はセクハラやパワハラでうつ病になったというケースも増えきた。しかし、上司と被災労働者の言い分が大きく食い違う場合の判定は難しい。調査官も警察の取り調べをしているわけでないので、勝手に自供に追い込むわけにはいかない。調査は、あくまでも事情聴取の範囲を超えない。きのうはこの資料読みと今月の自立支援医療の診断書を書いていた。工事が長引いたので、時間はたっぷりとあったはずであったが、いろいろやりたかったこともあまりできなかった。
 さて、前から約束していた本の紹介である。きょうは午後から府医師会館で医療安全対策委員会があり、ここからは医院に帰ってから書き始めている。A4用紙とトイレットペーパーが切れていたので、ホームセンターに寄ってきた。医院に着いたのは5時過ぎである。今週の木曜日は介護認定審査会があり、また司会をしなければならない。勤務医が忙しくて、開業医は暇みたいなことが言われるが、そんなことはない。自分の医院以外の仕事で忙しい開業医はたくさんいる。しかし、私に関して言えば、勤務医の時より収入が手取りで倍以上に増えたのは事実である。患者さんの話を聞いていると、この不況で自営業の人はほとんど全滅である。これまで、うちはまだ大丈夫と言っていた人も年が明けたらだめである。企業に勤めている患者さんの話でも影響がないという人も少なくないが、全体的にはやはりよくない。
 最初に紹介するのは、船井幸雄、朝倉慶「すでに世界は恐慌に突入した」(ビジネス社)である。著者の船井幸雄は船井総研を設立し、経営コンサルタントとして本をたくさん出版している。私もあちこちでこの名前に接していたが、この著者の本を読んだのは今回が初めてである。ところが、この人が本の前と後ろで書いている内容が、トンデモ本そのものである。著者は今年で77歳になるが、原因不明の病に陥り、その原因がテグレトールであったと書いている。文章の一部を引用すると、「量子医学についてほぼわかったのは(略)、私自身(略)、特にプラズマなどの異次元や、エネルギーボディを治療してカラダを正常化するドイツ振動医学の研究家だったからです」とある。後の方では、世界中のエリートたちの興味と話題は「ウェブポット」と「聖書の暗号」であると紹介している。「ウェブポット」とは、インターネット上における掲示板など、不特定多数が集まるディスカッションサイトにスパイダーと呼ばれる言語収集用のソフトウェアを忍び込ませ、人々が書き込む言葉を収集し、分析を行う言語解析プログラムだという。この手法で、将来どんなことが起こるのか予想を試み、9・11の同時多発テロなどを次々と的中させているという。「聖書の暗号」は、3人のイスラエル人の学者が旧約聖書の文字をマトリック ス状に並べ、等距離文字列法に基づいたコンピューター・プログラムで調べると、イスラエルの聖人についてメッセージとして出てきたという。その後、聖書の暗号から多くのメッセージが伝えられていることがわかり、すでに起こったことやこれから起こることを予言しているという。
 本当に経営コンサルタントとして成功していたのか心配になる内容であるが、2人目の著者である朝倉慶は、前にもこの日記で紹介した「大恐慌入門」(徳間書店)を書いている。この船井幸雄については、著者は自分を高く評価してくれているので、扱いに困っているようである。少し距離を取ろうとしていることがわかり、この本のメインの部分は1人で書いている。TVや雑誌に出ている経済評論家などは、日本の将来についてストレートに暗い予測をするのは控えているようである。ますます消費が萎縮してしまうので、本当の実態を伝えていないのではないかと疑ってしまう。私は経済については素人であるが、この人の書いている内容は真実に近いような気がする。ドル離れが進行しているが、イラク戦争の本当の原因は、フセインのドル離れ(ユーロ決済)が米国の逆鱗に触れたからだと言われたこともあるという。壊滅状態にあるアメリカ商業用不動産と銀行破綻にも触れているが、このことはあちこちの雑誌でも取り上げられている。この商業用不動産を担保に証券化された額も莫大である。商業用不動産ローンの総額は、サブプライムローンの3倍以上あるという。アイスランドの破綻も書いているが、日本の国民に換算したら、就業者1人当たりの借金は8457万円になるという。
 アメリカでは、負債価格よりローンの方が大きくなった人は、アンダーウォーターと呼ばれるが、現在26%いて、1〜2年後には50%になると予想されている。安全と思われていたプライム層にもローンの延滞が急速に広がってきている。米国には借金の財布が2つあり、1つは米国債、もう1つはこの住宅ローンの担保証券だという。アメリカでは今CAT債(カタストロフィー債)が人気を集めている。地震やハリケーンなどの災害の起こる確率計算をし、また懲りずに金融工学で証券化しているが、著者は批判的である。他にもフラッシュ・オーダーといい、高性能のコンピューターを使って、成り行き注文を感知し、1万分の4秒で買い付けて売り注文を出すことができるという。超高速取引についは、監視機関も打つ手がない。今や市場はコンピューターゲームの主戦場になり、ヘッジファンドの大物たちは、皆コンピューターサイエンスや数学、物理学出身者が多いという。他にもいろいろ書いているが、日本株の暴落を買い支えたのは、年金による完全な株価操作であったという。たたでさえ不景気なのに、暗いことしか書けなくて申し訳ないと思う。ここまできたら、開き直って、みんなで赤信号を渡るしかない。恐慌に突入しているのかはここ数年でいやでも結果が出てくる。この予測が当たるかどうかは、後からゆっくりと検証したらいいと思う。

平成22年1月12日(火)

 今度の日曜日にヤマハの防音室を入れるので、この連休はその準備で大変だった。本来は楽器演奏用の防音室であるが、部屋全体をオーディオ・ルームにするのが無理だとわかったので、この防音ユニットを使うことにした。最初は2畳半で充分だと思ったが、大型のTVが入れられないので、3畳にすることにした。この工事がけっこう大変である。組み立てユニットは3階の院長室に外からクレーンで吊り上げ、窓から入れる。その前に、院長室の物は全部片付けなければならない。同じ3階の隣には以前に心理室として使っていた部屋がある。ここに荷物を全部移さなければならない。ところが、この部屋は本来は和室であったが、絨毯を敷いて大きな机や椅子がいくつも置いてある。院長室に置いてあるロッカーも移動させなければならず、どこから手をつけたらいいのかわからないほど気の遠くなるような作業であった。
 部屋を片付けたらそれで済むかというと、そう単純ではない。この防音室の中にはエアコンや照明も取り付けなければならない。院長室に取り付けているエアコンは一旦外し、場所を移動してまた別の所につけ直さなければならない。ところが、室外機と配管の関係で院長室のエアコンを再び取り付けるのが至難の技である。ベランダのドアを少し開けて配管を通すことは可能であるが、防犯的に難がある。結局どうなったかというと、壁に穴をあけ、隣の部屋の押し入れを一旦通過させて、ベランダに出すことにした。この防音室は天井ぎりぎりの高さなので、照明も火災報知器も移動させなければならない。セコムの感知器は部屋の隅についていたので、これはそのままでよかった。
 さて、土曜日の午後から部屋の片付けを始めた。机や椅子、絨毯は置く場所がないのですべて処分しなければならない。他にパソコン机などかさばる物がたくさんある。押し入れの中も工事するので、それまでに中の物を一旦全部出す。小さな机やこたつ、布団、古いパソコンなど細々としたものは玄関まで運んだ。これがけっこう力仕事で大変であった。本はゴミの日に出すので、残す物と処分するものを分け、残す物は2階の処置室に運んだ。開業してから、本の整理ぐらいはしていたが、すべての物を整理するのは今回初めてである。労災の裁判資料などが山ほどたまっていたが、そのまま捨てるわけにはいかない。京都市の措置入院に関する診断書の控えや資料もチリも積もれば山となるである。会計事務所から毎月送られてきていた資料はシュレッダーにかけていたら日が暮れるので、これはそのまま捨てることにした。8年半分のゴミを一気に処分しなければならず、日曜も月曜も朝から晩まで部屋の片付けに追われていた。大型の机やパソコン机は部屋で組み立てたので、また分解しなければならなかった。日曜の午後4時に業者に来てもらうことになっていたが、分解が間に合わず、その場で業者にしてもらった。業者が主だった物を運び出した後でも、今度は院長室のロッカーの移動である。畳の上の絨毯を処理したので、代わりにホットカーペットを買ってきた。絨毯のままだと、まくり上げないと押し入れが開かないのである。
 まだ、院長室はゴミの山である。ほこりだらけの部屋で丸2日半作業をしていたので、気分が悪くなった。TVやテーブル、ビデオデッキなどすべての家具は移動したので、後は散らかっている物の整理である。防音室に取り付けるエアコンはすでに買ってきて、3階の和室に置いてある。エアコンの工事は土曜日で、それまでに何とか間に合わせたらいい。今週は忙しく、きょうは午後からヘルパー養成講座の講義があり、明日は特別養護老人ホームに行き、あさっての木曜日は○○視察委員会がある。この間、労災のケースについて労働基準局との打ち合わせもはいっている。ばたばたして疲れてきたら、いやな予感もしてきた。3階に600kg近くの防音室を置いて本当に大丈夫かである。医院を建ててくれた大工さんに直接電話して聞いたら、普通の住宅より手を入れているので大丈夫ということであった。気休めでないことをただ祈るばかりであるが、地震が来た場合はどうなるかである。あまり深く考えると、ノイローゼになるので、ここまで来たら、後はラテン系で生きていくしかない。みんなには悪いが、私の医院だけがつぶれるような、中途半端な地震だけは来て欲しくないと思う。
 そもそもこんなことを考えついたのは、長年の夢である音楽や映画を大音響で聞きたいと思ったからである。まだ他に、外部からの電話や来訪者のドアホンにどう対処するかという難題が残っているが、全部完成したら、それこそ巣ごもりの生活になりそうである。それでも、映画館で見る封切り映画の魅力は失せない。土曜日の夜は夕食後に久御山のイオンシネマに行き、「アバター」を見てきた。3Dは疲れそうだったので、2Dにした。前半の主人公が分身であるアバターを使って、先住民ナヴィの生活になじんでいく過程は何となく間延びして、画像の美しさにもかかわらず、少したいくつであった。途中から映画の中に入り込んで、2時間42分があっという間に過ぎ去ってしまった。立体的な作りになっていて、3Dで見たらもっと迫力があったかもしれない。面白い映画であったが、どちらかというと「2012」の方が私好みである。
 さて、最後にこの前に約束していた本の紹介である。まず初めに、和田秀樹「富裕層が日本をダメにした!」(宝島社新書)である。この本の内容は過激である。現在の日本の不況と格差社会は富裕層の嘘八百が最大の元凶であると述べている。製造業の派遣解禁についても、経営側の一方的な論理が通ったと、小泉・竹中改革については批判的である。私の目にはこの派遣解禁については、日本の工場がどんどんと賃金の安い海外へ移転する前の一過程にしか見えてこない。製造業の派遣禁止を続けたら、正社員の増加につながり、国際競争力も保てるのかは疑問である。私は思い切って鎖国して、農業も自国で賄い、海外から安い物は入れず、製造も日本の消費だけにしたら、それなりに需要も生まれ、自給自足の仕事も増えていくような気がする。今回の世界大不況でわかったことは、アメリカ人を借金漬けにして日本の製品を売りまくっていたということである。今になって批判の多いグローバル・スタンダードであるが、こんなものは私も無視していいと思う。しかし、日本の製造業はアメリカを相手に利益を上げてきたことを忘れてはならない。日本の企業が国際競争力で、アメリカ国内の製造業をだめにしてきたのも事実である。
  著者は富裕層の累進課税をもっと増やせという主張である。相続税も100%にしろと言い、今回のリーマンショックで、資産を大幅に減らしたのではないかと思うほど、富裕層に対する風当たりが強い。この本で出てくる富裕層というのがどのレベルのことをいっているのかよくわからない。私は自分では富裕層だとは思っていないが、これだけ不景気になるとプチ富裕層になるのかもしれない。労働運動の衰退の原因として、労働者層とエリート知識層の知的レベルがあまりにも開きすぎ、昔ほどインテリが貧乏人に同情しなくなり、金持ちが貧乏人に嘘をつきやすくなったからだと述べている。飲酒運転についても大胆な提案をしている。飲酒運転の厳しい取締りは、地域のコミュニケーションをつぶし、飲食業を衰退させ、ただでさえ娯楽の少ない田舎の人の楽しみを奪っているという。罰則は地方自治に任せるべきだというが、確かに他の交通機関が発達した都会と人が歩いていないような田舎道では環境はまったく違う。他にも、左翼の学歴批判が金持ちの世襲制を容易にしたとか、アメリカで左が勧めた男女同権による女性の労働市場参入は、本来右であるはずの企業が安価な労働力として歓迎したと指摘している。地方は人材の出がらしになっているとか、なるほどと思う部分もある。後2冊紹介したいと思ったが、遅くなってしまったのできょうはこれだけにしておく。

〈追記〉もんもん写真館のプノンペン、シアヌークビル、清水寺を更新しました。

 

平成22年1月5日(火)

 年末年始は5日間ゆっくりとできた。京都から離れないと、なかなか仕事のことは忘れられない。自分の家にいても狭すぎて、あまり落ち着かない。医院に出てきたら、広い診察室や院長室があるので、1人静かに過ごすことはできる。それでも、書かなければならない書類がいつの間にか机の上に山ほどたまっている。やっと片付けたと思っても、次から次へと郵便で送られてくる。本当は来た郵便物をすぐに開いて、片付けていくのがいい。しかし、その場ですぐ処理できそうもないものもあるので横に置いておく。中には封筒を見ただけでややこしそうな書類とわかるので、これも開けずに置いている。定期刊行物を除いて、日によっては10通以上来る時もある。結局日曜日に出てきて、たまった郵便物を確認して処理していかなければならない。中にはその週に処理できず、先送りしてしまう書類も多い。1月2日に医院に出てきて書類を整理していたら、締め切りを過ぎていたのが2件あった。他にも、レセプトコンピュータ購入費用の助成に係る書類が来ていた。大事な書類のようであるが、ちょっと読んだだけでは何をどう書いて申請したらいいのかよくわからない。12月の半ばに来た書類をそのままほったらかしにしていたが、これも早く片付けなければならない。前にも書いた府医師会でやる医療安全講演会のスライド提出ももう締め切りが間近である。今月に書かなければならない自立支援医療や障害者手帳の診断書も山ほどあり、今年も新年早々やることがたくさんある。新しい年を迎えて、今年こそは自分の医院以外の仕事は不義理しても減らそうと思う。
 海外旅行といっても、せいぜい現地で3日間過ごせたらいい方である。現地で3泊できるのは、この年末年始の旅行ぐらいである。ふだんは深夜便を使うことも多いが、往復とも深夜便はさすがに疲れてきた。今回は久しぶりに行き帰りとも昼の便を使った。その分、飛行機の中でゆっくりと本を読んだり、見ている暇のないTV番組をPSPで見ることができた。まず、去年の12月に出たばかりの山岡拓「欲しがらない若者たち」(日経プレミアシリーズ)である。
 今の若者は車を欲しがらないというのは、よく言われている。モノを保有することで他人に対して強調したいライフスタイルをあまり持ち合わせていないという。車を欲しいと答えた首都圏の男女では、平成12年には48%だったのが、平成19年には25%と半減している。車ばかりでなく、今の20代は他人に見せて差をつける高級ブランド品などに対する関心も低下している。20代の親の中心は、私と同じ50代のポスト団塊世代である。(ただし、私は結婚が遅かったので、子どもはまだ10代である) 今の30代ではまだ演劇で成功したいとか、夢追い型のフリーターがいるが、今の20代は上昇志向や未来へのロマンは希薄化し、堅実だという。商品の選別能力は高いが、モノ選びには気合いがはいらない。酒についても、ほぼ毎日飲むと答えた50代の男女は3人に1人であるが、20代ではわずか6%である。若者の酒離れは、通過儀礼の消失が原因だという。私もそうであるが、昔は大学のクラブや会社で先輩に無理矢理飲まされて、飲めるようになった。しかし、日々淡々と過ごしたい現代の若者は飲んで日頃の憂さを晴らす必要もなく、仕事が終わったらとっとと帰ることを強く望んでいる。反対に、男性の甘党率ではこの世代では40%と目立って高くなっている。
 私は時間があったら東欧や南米を放浪したいが、今の若者は海外旅行にも行かなくなったという。若者意識調査でも、20代では休日にほとんど家にいると答えた者は43%で、ドライブも大きく低下している。スキーやスノーボード、テニスなどのスポーツの参加率も低下し、若年層が身体性の喜びから離れつつあるという。自宅とその周辺で過ごす「1マイル消費者」という表題がついているが、うまい表現だと思う。その分、将来に備えて貯蓄をするようになり、タカラトミーが発売した貯金箱「人生劇場」の火付け役は20代だったという。ここで、この上の年代を整理すると、バブル時代の40代、団塊ジュニアの30代である。この本では、楽天性残る30代、そぎ落とされた20代と表現し、確かな物は何もないという思いが今の20代の底流にあると指摘している。
 さて、いよいよ恋愛である。以前にもこの日記でも紹介した大屋 洋子「いま20代女性はなぜ40代男性に惹かれるのか」(講談社プラスアルファ新書) で書かれていたことと関係してくる。若い男性は恋愛に手間暇やお金をかける意欲自体が低く、いわゆる草食系男子が増えている。若い層ほど、異性と過ごすより、同性の友人と過ごす方が気楽だと答えている。空気が読みにくい異質な相手との接触を嫌い、同調しやすい友人との時間を好む。恋愛については、面倒、時間がかかる、個人の楽しみが減ると考える20代が増えてきている。クリスマスデートも特別なハレの日ではなく、相手のために着飾らず、普段着で自分や相手の部屋で過ごしたりする。デート費用も若い女性ほど負担率が高くなる。
 デートより仕事を選ぶ女性も増えてきている。男女の性差が縮小してきており、若い女性が男性に求めるのは、頼れる、仕事ができる以外に、料理ができる、家事ができる、かわいいという項目も高くなっている。私は知らなかったが、ファッションでも、女性が男性用の服を身につけたりする。男性用シャツやバッグ、化粧品まで一定の層では定着してきている。男性も化粧品、香水、整髪料にお金を使うようになり、洗顔料を使っている男性は20代と30代ではすでに7割前後いるという。元気のない男性とは対称的に、武道やマリン・スポーツなどにも若い女性が進出してきている。
 この本では平成元年生まれの19歳についても紹介しているが、より安定志向が目立ち、20代以上に巣ごもり派だという。既存の社会規範から見て、異質な、あるいは違和感のある行動は好まず、ジベタリアンや電車の中で大声で話したりキスすることにも抵抗がある。最後にまとめているが、今の若者は私の頃とは違って、モノを買うことや消費すること自体にそれほど喜びを見いださなくなっている。最も大きな喜びは、誰かとの体験の共有や気持ちの共有にあるという。友人とよく似た商品を買って、「うわあ、好みが一緒だね」と言い合う瞬間が幸せなのである。ついつい、自分と同じ価値観で患者さんを診察してしまうが、世代によってもこんなに違うのである。
 他にも読んだ本を何冊か紹介したかったが、遅くなってしまった。次回の日記ではもう少し簡単にまとめて、3〜4冊は紹介したい。


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