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もんもん日記

ここではもんもん博士の日々のエピソードや思いついたことなどを日記でご紹介します。
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平成21年6月30日(火)

 先週の土日は比較的ゆっくりとできていた。今週の日曜日にやらなければならないことは、労働保険の保険料申請書を書くことである。毎年この時期にやらなければならないが、今年は例年より提出時期が遅くなった。複数の従業員の1年分の給与を毎月ごとに計算するのは面倒くさいので、引き延ばせるだけ引き延ばしていたが、いよいよ締め切りである。
 前回私の患者さんの自殺のことを書いたが、今話題の、宮台真司「日本の難点」(幻冬舎新書)を読んでいたら、自殺をやめさせる方法について触れていた。中学生を二人一組にして、片方が自殺寸前、片方が自殺をやめさせる役をロールプレイで指導したという。この中で、本当に唯一効き目のある物言いは、「お前が死んだら自分は悲しい」「お前が死んだらつらくて生きていけない」の類である。しかし、こうした言葉は、それを支える関係性の履歴がなければ、空念仏に等しくなる。日本で毎年3万人以上の人が自殺しているのは、「お前が死んだら悲しい」「嘘つけ!」で終了するような関係性が蔓延しているからだという。ここでは重要な他者の不在も指摘している。
 精神科の臨床の場面では、死にたいという患者さんは少なくない。たいていは、すぐに自殺行為に走るということではなく、死にたいぐらい辛いという意味で用いられる。私が若い頃有名な精神科医が、自殺した後の自分の姿を想像させると書いていたが、どこまで抑止効果があるか疑問である。診察している先生のキャラクターにもよるが、「あなたが死んだら先生は悲しい」と言葉に出して言うのは私は苦手である。大量服薬や自傷行為を繰り返す患者さんについては、こちらも振り回されるので、そのうち思わぬ事故で亡くなると警告するのがせいいっぱいである。この日記でも書いているが、自殺をしている患者さんは予想できなかった人がほとんどである。自殺すると言って自殺している患者さんは案外少ない。そんなこともあって、精神科医は自殺すると言われても、かえって身構えてしまって、素直に「あなたが死んだら先生は悲しい」と言えなくなってしまう。死にたいという気持ちと本気度が必ずしも一致せず、一瞬の気分の落ち込みであっけなくそのまま実行してしまう患者さんもいる。
 きょうは6時過ぎに医院に出てきたが、この日記を書くために用意してきた何冊かの本をなかなか読む気になれず、メールをチェックしていた。日経メディカルオンラインを読んでいたら、女医の婚カツという記事が紹介されていた。最近は女医さんが増えているが、29歳以下の全医師では2006年末で36%を占めているという。女医さんにとっては、医師としてのキャリアを積むことも大事であるが、結婚は人生最大の重要課題である。この中の記事で、ある評論家が、未生殖女性の38歳を「女の38度線」と呼んでいる。この世代の女性が「素晴らしい恋」に固執していると、生殖可能期間の終盤のチャンスを失いかねないという。男性の方は、生殖能力がギリギリの女性よりは若い女性の方がいいに決まっているわけで、38歳を抜けると、荒涼としたバトルエリアに突入するという。この記事では、女医さんの60%以上が男性にもてないと考えていることも紹介されている。
 女医さんだけではなく、今の若い人はなかなか結婚しない。もちろん、経済的なことも関係しているが、私の時代と違って、女性がますます強くなっている。最近は肉食系女子と草食系男子が話題となっている。今回は途中まで読みかけていた、桜木ピロコ「肉食系女子の恋愛学」(徳間書店)を読んだ。副題は、彼女たちはいかに草食系男子を食いまくるかである。男に対して奔放な女性のことを、昔は「ヤリマン」「サセコ」と呼んでいたが、肉食系女子が多い世代は大きく2つに分かれるという。ひとつはバブル期に青春を謳歌したアラフォー世代ともうひとつは援助交際ブームの恩恵を受けた現在25歳から30歳前後だという。前者は負け犬の成れの果てで、後者は売ってきた女たちだという。肉食系女子には女友だちがいないとか、いつも孤独とか特徴が述べられている。肉食系女子や草食系男子について分類しているが、真性型草食系男子について紹介する。性欲はないし、感情の抑揚もない。一人っ子が多い。人と争うのが嫌いで、闘争本能も形成されていない。彼らの自己愛の強さが草食化に影響を及ぼしている場合もあり、もてたいわけでもなく、自分が満足したいためだけにカッコをつけるという。一般の女性が男性に求めている条件は、決断力、行動力、男の強さ、頼りがいであるが、肉食系女子の求めるものも同じである。現在の30歳以下の男性はほとんど草食化して、こんな男性はいないという。
 香山リカ「セックスがこわい」(筑摩書房)を読んでいたら、やはり草食系男子と思われる男性も大勢登場してくる。夫とは仲がいいが、ほとんどセックスがなく、10年間も不妊治療を受けていた女性が出てくる。結婚しても妻には表面的には優しいが、妻の心の中に入り込もうとはせず、セックスの関係も恐れる男性は急激に増えているという。30歳代ぐらいの男性は、恋愛をする前から傷つくのを恐れ、本当の自分をみせまいとし、出会いさえ回避してしまう。
 仕事を持っている女性の方が、セックスレスに悩んでいるという。セックスをしていないことは求められていないことを意味し、仕事を取ったら私には何の価値もないという自信のなさにつながりやすいという。作家の岩井志麻子の「自己確認としてのセックス」も紹介している。40歳を過ぎてからのセックスは、男をちゃんと勃起させられるかの、女の価値の確認作業だという。この本の最後に、キム・ミョンガンのセックスレスキューのことが紹介されている。夫とのセックスレスで悩む女性、セックスの経験がないことで傷つく女性に、セックス奉仕隊というボランティアを作り、希望者の女性と実際のセックスを行っている。この活動については前から知っていたが、誰かに抱きしめられないと自己肯定できない女性のためのリハビリのセックスになっていることは確かであろう。
 香山リカは独身のようであるが、この本を読みながら、余計なお世話であるが、香山リカ自身のことが少し気になった。1番最後の部分で、自分のことはどうなのか書いていないとわざわざ断っている。私は男で、ある程度年齢もいっているので、自分の性の部分について語るのはそれほど抵抗ない。一応結婚して、子どもも作っている。1番最初に、患者さんに対して、「あなたが死んだら悲しい」と言うのは苦手であると書いたが、自分の子どもに対しては素直に言える。親子の関係をできる限り他人に及ぼすのが理想であるが、少なくともこの世の中で「あなたが死んだら悲しい」と心から言える人が存在するのは、いいことなのだろう。

平成21年6月23日(火)

 先週は午後からいろいろと予定がはいっていた。月曜日は当初の予定では労災判定会議がはいっていたが、急遽別の日になった。火曜日は府医師会の医療安全対策委員会があり、水曜日はまた京都市からの依頼で府立洛南病院まで緊急措置入院の人の診察に行き、木曜日は介護保険認定審査会があり、金曜日は保健所のデイ・ケアがあった。日曜日は相変わらず、8月で切れる自立支援医療の更新の診断書を書いていた。最近は、障害年金の診断書の依頼も多くなっている。
 8月で有効期限の切れる患者さんのカルテを見ていたら、最近受診していなかった患者さんが1人いた。中には、他の病院に転院している場合もあるので、こういう時には受診した時に新たに書くようにしている。しかし、この患者さんは3月から受診はなく、黙って他の病院に転院するような人ではない。実はこの患者さんについては、1度警察から問い合わせの電話があった。この時には、最近姿を見かけないということで、本人の住んでいる所を確認して欲しいという依頼が警察にあったという。その後、どうなったのかは確認できていなかった。以前に1度自殺しようとして警察に保護され、緊急入院となったことがある。自ら、またどこかの病院に入院している可能性も否定できなかった。なかなかきちんと薬を服用してくれないので、これまでにも3ヶ月ぐらい医院を受診しないこともあった。しかし、その後どうなったのか気になったので、自宅に電話してみた。呼び出し音が鳴り、電話は通じていたが、誰も出てこない。この患者さんは1人暮らしだったので、たった1人の家族の所にも電話してみた。妹さんが出て、4月の初めに首を吊って亡くなったという。自宅の電話は処分したというので、先ほどの電話は別の人の所につながっていたのである。以前にもこの日記でも書いたが、いつもロープで首つりのリハーサルをしていた患者さんである。
 実は5月にも1人患者さんが亡くなっている。この患者さんは深刻でない過量の服薬はあったが、今回初めての大量服薬である。毎週1回は私の医院に通院し、いろいろと話をしては帰っていた。もちろん自殺するとは思っていなかったので、ノーマークである。今回はちょっとしたトラブルで大量服薬をしたようである。あっという間に腎不全などをきたし、設備の整った病院でも救命できなかった。現在の精神科関係の薬は大量に服薬しても比較的安全で、誤嚥性肺炎に気をつけなければならないぐらいである。しかし、ごく稀であるが、悪性症候群や肝機能障害、腎不全をきたして亡くなる人もいる。前にも書いたが、大量服薬は覚悟の自殺というよりも、今苦しいのでとにかくこの意識を消してしまいたいという願望が強い。この患者さんもまさか自分が死んでしまうとは思っていなかったと思う。別居していた患者さんの母親が娘の通じの薬が自分には合っていたと言い、その後私の医院に通院するようになったが、少し違和感を感じないわけでもない。
 6月には救急病院から私の医院に通院していた患者さんの問い合わせがあった。まだ若い患者さんである。5階の建物から飛び降りて、救急搬送されたという。なんとか救命できそうであるが、腰椎が粉砕し、肝臓に損傷を負っているという。整形外科で緊急手術をすることになったが、両足とも完全麻痺をきたしており、一生車イスの生活から逃れそうにない。高所からの飛び降りは、薬の大量服薬と違い、覚悟の自殺である。この患者さんは前の患者さんと同じように、深刻でない過量の服薬はあったが、これまで自殺企図はない。まったく予想のつかない出来事で、患者さんの将来を考えると暗澹たる気持ちになった。
 私自身はずっと気分の落ち込みが続いていた時だったので、亡くなった患者さんたちに引き寄せられるような錯覚に陥った。前にも書いたが、開業してから診察室にははいりきれないほど沢山の患者さんが亡くなり、それこそ隣の処置室も使わなければならないほどである。私の体調があまりよくなかったせいか、今回は患者さんの自殺を跳ね返すだけのパワーが出なかった。私は患者さんが自殺してもあまり罪悪感を抱えないようにしているが、今回は深く関わってきた患者さんなので、いつまでもいろいろと考えていた。前回の日記で、緩和ケア病棟で、がんで亡くなっていく患者さんを看取っている先生のことを紹介した。それぞれの患者さんが物語を抱えて、日常的に亡くなっていくことに接していると、この先生も何か見えてくるものがあるはずである。それをどう表現するかは難しいと思うが、この先生の講演から伝わってくる言葉にできない何かを私も感じた。私も沢山の患者さんの自殺に接して、何か見えてくるものがあるはずである。一瞬それが見えたと思っても、意識の中に浮かび上がってきては消えてしまう。まだうまく表現できないが、緩和ケア病棟の先生と同じように、私の見えたものはこの日記や言動の一部に見えない放射線のように漏れ出ているのかもしれない。
 きょうはまた午後からヘルパー養成講座の講義に行っていた。不況とともに受講者が増え、今回は60人を超えていた。次回は90人を超えるという。軽い抑うつ状態が続いていたが、きょうぐらいから体調が戻ってきた。土曜日は大阪の国立国際美術館まで、やなぎみわの作品を見に行った。写真雑誌ではよく見ていたので、単なる写真かと思ったら、コンピューター・グラフィックなどを使ったりしている。大きな作品で、ここまで引き延ばすにはコンパクト・デジカメでは無理かと思った。展示作品の数としてはこのぐらいが丁度よく、創作意欲が刺激された。忙しい忙しいと言いながら、映画も2本見た。「ターミネーター4」と「天使と悪魔」である。2作とも、大感動とまではいかなかった。

平成21年6月16日(火)

 最近ある病に陥っている。こういう症状が出る時には、精神的にはあまりいい状態ではない。どんな病かというと、過読症である。自分で勝手に思いついて名付けたが、グーグルで調べてみると、正式にこの名前が用いられている。アスペルガー障害などで見られる現象で、文字や数字に強い興味を示し、読み書きの能力が一般の子供より突出しており、低年齢で文字や数字や記号を覚えてしまう。読字障害と対照的な発達障害となっている。私の思いついた過読症というのは、これではない。過食症をイメージして勝手に名付けたのである。しかし、同じような言い方で書いている文章も見られる。
 今回グーグルを検索していて、昔書いていた医学論文を思い出してしまった。こんな症例は日本ではまだ発表されていないと思って医学文献を調べていくと、すでにけっこう報告されたりしていてがっかりしていた。今回もこの表現は誰も使っていないかと思ったら、同じように活字中毒と過食症をなぞらえていた。しかし、専門家ではないので、過食症のことを知り尽くして書いているわけではない。
 たまたま最近診察していた過食症の患者さんが、たくさんの食べ物を買ってきては口の中に入れ、ぺっぺと吐き出していると話していた。専門的にはチューイングと言うが、ふとある日、私の読書も同じような現象に陥っていると思った。どういうことかというと、沢山の本を買ってきては、ちょっと読みかけては別の本に移ってしまい、またちょっと読みかけてはまた別の本に移ってしまうのである。私の読書は基本的には同時並行読みであるが、自宅ではこの本、医院ではこの本、京都駅近くのマンションではこの本、電車の中ではこの本と決まっている時にはいい。しかし、過読症になると、ますます大量の本を買ってきて、読みかけてはぺっぺと吐き出すように、他の本に移ってしまい、なかなか読書に集中できない。そこでまた新しい本を買ってしまうという悪循環に陥ってしまうのである。いずれにしても、あまり健康的な状態ではない。
 先週の土曜日は、不安と抑うつフォーラムがあった。代表世話人は私の大学の教授で、製薬会社が共催している。特別講演は2つあり、最初に慶応義塾大学の講師の先生が新規抗うつ薬の使い分けについて話をしてくれた。抗うつ薬は何を使っても効果はあまり変わりないという統計上の結果が出ているが、症状によって使い分けるという話であった。2つめの演題は、「がん医療における精神医学的問題」で、埼玉医大の精神腫瘍科の教授が話をしてくれた。今はがん患者さんの緩和ケアが広く行われるようになっている。この分野では、淀川キリスト教病院や京都では日本バプテスト病院のホスピスがよく知られている。開業をしていると、総合病院に勤めているわけでないので、緩和ケア医療についてはそれほど興味がわくわけではない。将来もよほどのことがない限りがん患者さんを診察する機会もない。そういうわけで、参加者は110名以上と多かったが、精神科診療所協会の先生は少なかった。私も総合病院には長いこといたので、緩和ケアについては一応の知識はあるつもりであった。だから、話の内容についてはあまり期待していなかった。ところが、1時間あまりの講演であったが、最近聞いた学術講演の中では1番面白かった。
 どんな内容かというと、演者は精神科医であるが、17床の緩和ケア病棟を1人で持ち、年間110名の患者さんを看取ってきている。その体験をもとに、具体的な症例を紹介しながら解説してくれた。この先生は患者さんにハサミで胸を突き刺されたこともあるが、放射線治療を始めたばかりだったので、転院はさせず、最後まで看取っている。緩和ケア病棟というあまり精神科医にはなじみのない場所での経験なので、どの症例も新鮮で興味深かった。医者は誰でもそうであるが、自分が一生懸命診てきた患者さんほど、存在感を持って生々しく語れる。緩和ケア病棟で出会う精神疾患は、うつ病、せん妄、適応障害である。がん患者さんの半数は適応障害やうつ病などの精神疾患にかかっているという。
 沢山の死にゆく患者さんを診ていると、いろいろな死に出会う。この講演会で紹介していた死があまりにも印象的だったので、ここで紹介する。36歳の乳がんの患者さんで、7歳の子どもがいる。骨に転移し、主治医が腕を切断したいと考えていたが、この患者さんは子どもが抱けなくなると拒否。そのうち肺に転移し、胸水が貯まるようになり、緩和ケア病棟に移ってきた。毎朝この先生が「おはようございます」と言って回診に行くと、「子どもを残して死ねません。助けて」と言う。翌日もその翌日も回診では「私は死ねません。先生、助けて」と同じことを訴えていた。そのうち、肺に水が貯まってきて呼吸困難をきたしてきた。最後はどうなったかというと、この患者さんはベッドで座ったまま亡くなったという。本当に最後まで、子どもを残して死ねなかったのである。22歳の白血病の患者さんで、化学療法で白血球がゼロになり、カビの一種が腕に広がり、生きるために肩から切断している。骨髄移植したが、1ヶ月後に再発し、もう残された治療方法がない。日に日に弱って、腕を切断して力なく横たわっている患者さんを診ながら、きょうは最後の診察になるだろうと思って回診をしたという。その時に、ふだんあまりしゃべらない患者さんが、一言「先生、僕頑張ったでしょう」と言ったという。最後に40歳の肺がんの患者さんで、発見された時には両側肺内に転移があり、呼吸困難の治療のために緩和ケア病棟に移ってきた。呼吸困難に陥ると、患者さんの苦痛を取るために、最後に薬を注射してディープ・セデーションをするという。これをすると、亡くなるまで2度と意識が戻らない。主治医も後1日だと思っていたら、この患者さんが最後のお願いをしたという。明日は3歳の子どもの誕生日なので、同じ日には死なせないでくれという。子どもの誕生日と父親の命日が同じ日では子どもがかわいそうだという。結局この患者さんは、子どもの誕生日の翌日の夜中3時に亡くなっている。

平成21年6月9日(火)

 この前の土曜日は外来を休診にして、東京まで日本心身医学5学会合同集会に参加した。月曜から土曜まで外来をしているので、今回のように土曜が休めると贅沢な気分になれる。朝8時過ぎの新幹線に乗ったので、さすがにビールを飲むわけにはいかない。患者さんの数が減っているので節約しないといけないが、結局グリーンを使った。新幹線の中ではいろいろやりたいことがあったが、新聞や雑誌を読んでいたら、あっという間に着いてしまった。どんどんと早くなるのはいいが、本を読んだり、録画した動画も見たり、もうちょっとゆっくりしたかった。会場は東京駅の近くで、小雨が降り出していた。傘なしで会場までたどり着けるかと思ったが、もう少しの所で雨が強くなり、あきらめて用意していた折りたたみ傘を出した。
 事前登録をしていたので、受付でハガキを渡した。これで、日本心身医学会総会の参加が証明され、専門医更新のための点数がもらえる。会場をちょっと覗いて、すぐに恵比寿に向かった。目的は東京都写真美術館を訪れるためである。以前から1度行きたいと思っていたが、なかなか訪れる機会がなかった。場所は恵比寿ガーデンプレースがある所である。幸い、雨はあがっていた。会場が分かれて3つの展示が行われていたが、それぞれ入場料がいる。私は、日本写真家協会のJPS展とプレス・カメラマン・ストーリーの2つを見た。賞をとっている作品が必ずしもよかったわけではないが、私が逆立ちしても撮れない写真が多かった。写真の好きな患者さんによると、琵琶湖でも景色がいい場所は決まっており、ベストショットが撮れる時間帯も決まっているという。雨の日でも薄日が差し込む一瞬を狙って、三脚を立て1日中立ち尽くしているという。こんな人たちとは最初から勝負にならないので、私は被写体の珍しさとまぐれ当たりのスナップでお茶をにごしている。今週出ていたブルータスでも写真特集をしていたが、自分の好みの写真を楽しんでいたらいいと思う。このJPS展は10月にも京都市美術館に来る。しかし、忙しかったりすると、いくら近くてもかえって見逃したりする。
 プレス・カメラマン・ストーリーは、戦前の写真や太平洋戦争の時の写真などが展示されていた。名前の通り、新聞記者などが撮った写真である。1番印象に残ったのは、アサヒグラフに当時載せていた、秋元啓一「銃殺ーある高校生の死」である。ベトナム戦争時に、ベトコン側について手榴弾などを運んでいた高校生が捕まり、銃殺される場面である。モノクロの写真であるが、10人の兵士に銃を撃たれ、血だらけになって息絶えた高校生の一部始終を伝えている。うろ覚えであるが、当時、アメリカ兵に腹を切り裂かれているベトコン兵の写真も公開されていたと思う。ここでも何回も書いているが、カンボジアで大虐殺を行ったポルポト政権を支援していたのは、中国とタイで、一時アメリカも加わっていた。どうしてこんなことが起こったのかというと、ベトナムのカンボジアへの影響力に対抗するためである。5月に放送されたCNNのアントールド・ストーリーでこの裁判のことが取り上げられていた。トゥールスレン収容所の実質的な虐殺者であるター・チャンが出ていたが、今も故郷で普通の生活をしている。国際法廷がなかなか開かれないのは、大虐殺を支援していた国も過去のことはあまり蒸し返されたくないからである。CNNでは、カンボジア側の裁判官が賄賂を受け取っていることも放送されていた。
 何百枚という写真を見ると、やはり疲れる。パリなどの有名な美術館に行っても、そんなに一時に見て回れないのがよくわかった。そのまま、近くのサッポロ・ビヤステーションで遅い昼食をとった。ビールをがぶがぶ飲んで、幸せであった。広場みたいな所で、私も写真を撮った。今回持って行ったのは、リコーのコンパクト・デジカメである。こういう所ではどうしても記念写真になってしまうが、こまめにカメラを覗くことが大事である。数枚でも、そこそこ気に入った写真を撮れる。
 この後はホテルにチェックインした。最近はホテルに大浴場がついている所がお気に入りである。ホテルモントレもいいが、少し高いので、今回はドーミーインにした。大阪でも何回か泊まったことがあるが、ビジネスマン用によくできていると思う。寝泊まりするだけなので、それほど広い部屋もいらない。値段が安い割に、一晩中、サウナや露天風呂に入れる。パソコンも1泊2日千円で借りれるので、わざわざ家から持って行く必要もない。この日の夜は、話題作りに浅草ロック座で小向美奈子を見るつもりであった。特にファンでもないが、少し前に週刊誌で「グラドルの副業は売春」と告白していた。しかし、プロダクションとの契約で出演が無理と報道されていたので、別の予定を入れた。何かというと、はとバスツアーである。今では、インターネットでも予約できる。コースは「ブルーマンとペニンシュラ」で、料金は1万5千円ちょっとと高かった。チケットを見たら、ブルーマンは7500円なので、ホテルペニンシュラ東京での夕食もそれぐらいかかることになる。ブルーマンは1度は見ておいていいが、日本語で説明みたいにするのは私好みでない。観客を巻き込んでのショーであったが、少し物足りなかった。ホテルペニンシュラ東京での食事はフレンチで、日本食の好きな私には味はよくわからなかった。生ビールは1杯1200円であった。2杯飲んだら、別にサービス料もついて高かった。
 翌日は上野公園に出かけた。天気予報では雨であったが、青空が広がっていた。公園内の国立西洋美術館では、ルーブル美術館展をやっていた。動物園に行く時に案内表示を見たら2時間待ちで、帰りに見たら2時間半待ちであった。きのう外来に来ていた患者さんがたまたま話していたが、このルーブル美術館展は6月末ぐらいに京都に来るらしい。私は絵画まで興味を広げる余裕はまだない。上野動物園では、デジカメで写真を撮った。昼に新幹線で帰ってきたが、新幹線の中ではまたビールをたらふく飲んだ。帰ってからやらなければならないことが沢山残っていたが、この日はあきらめた。きょうは、午後から久しぶりに京都市から頼まれて、府立洛南病院まで診察に行っていたので、この日記の更新が遅れてしまった。

平成21年6月2日(火)

 きょうの朝はばたばたしていて、この日記で取り上げようと思っていた本を自宅に忘れてしまった。この本と関連した本をわざわざ京都駅近くのマンションに取りに行ったが、無駄な努力であった。午後から自宅までまた忘れた本を取りに行くのは面倒なので、今回の日記は他の話題を考えなければならない。京都駅近くのマンションは、日中は交通が渋滞していて、どこにも車を停める場所がない。車で大きな荷物を運んだり、今回みたいにちょっとした荷物を取りに行く時は、いつも朝6時前ぐらいに行く。さすがにこの時間だと車もほとんど通っていない。近くに駐車場もないわけではないが、本の数分立ち寄る場合は、マンションの前に車をとめるのが1番便利である。
 5月の保険点数を去年と比べたら前年比10%以上減っていた。1月〜5月までの合計保険点数は前年比8%弱減である。一流企業に勤めていても、給料が5%カットになったり、ボーナスが減らされる人も多いので、ある程度は仕方ない。新型インフルエンザの影響で、一部の整形外科などではリハビリに来る患者さんの数が減ったようである。去年の前半は大勢の患者さんが来ていたので、安定している患者さんについては強気で長期処方をどんどん出していた。これまで、開業してから経営的には何の苦労もしなかったので、この辺で少しは危機感を味わった方がいいのかもしれない。今年は1割減ぐらいは覚悟している。しかし、毎年1割減っていったら、5年で半分になってしまうので、これだけは避けなければならない。
 先週は外来である主婦の患者さんから、お金を貸して欲しいと頼まれた。心療内科の外来をしていると、滅多にはないが、お金を貸して欲しいという患者さんがいる。これまでは、すべて生活保護を受けている患者さんであった。気分が悪いので帰りのタクシー代を貸して欲しいとか、そんなことぐらいである。せいぜい1回1000〜2000円ほどである。定期的に通院している患者さんについては、今回限りということでその場で貸している。ほとんどすべての患者さんは、次の診察で返してくれる。これまで、たった1人貸したまままだ返してもらっていない患者さんがいる。金額としては3000円であるが、この患者さんは今は覚醒剤の使用で服役中である。まったくこわそうな患者さんではないが、2年も3年も経ってくると、出所してから返してくれとは言いにくい。これまで、さすがに生活費を貸してくれという患者さんはいなかった。
 さて、主婦の患者さんである。夫もいて、生活保護も受けていない。4月の終わりに来て、1回私からお金を借りている。この患者さんは私が京都第一赤十字病院に勤めている時からの長いつきあいで、私は家庭の事情にも詳しい。夫も私の医院を受診したことがあり、時々この患者さんが夫の睡眠導入薬などの薬も取りに来ていた。60歳の定年を超えている夫が、前の会社を契約打ち切りとなり、最近やっと次の仕事を見つけた。子どもの教育にお金がかかるので、もう少し働かなければならない。わずかな期間であるが、夫が無職の時があり、次の給料がはいるまで、どうしてもお金を貸して欲しいという。今は消費者金融でも審査が厳しくなり、主婦には簡単にはお金を貸してくれないらしい。持ち家もあり、子どもも大学に行かせていて、決して貧しい家ではない。ここではあまり詳しいことは書けないが、ある理由でどうしてもお金がいるという。診察室で何回も断ったが、夫の給料がはいったら返すという。仕方ないので、今回だけということで3万円貸した。ところが、5月末にも受診し、今度は借用書を書いてきて、7万円貸して欲しいという。今回も、どうしてもお金が必要な理由はここでは書けない。しかし、私の所は医院で、お金を貸す場所ではない。今度こそはっきりと断ったが、借用書に6月と8月に5万円づつ返すと書いている。これまでのつきあいで、こんなことを私に頼む患者さんではない。経済的によほど追いつめられて、認知のゆがみが生じているのか、それともあちこちで借りまくり、もう借りれないのかわからない。
 私の医院には、税金対策にマンションを買わないかとか、わけのわからない金融商品を売り込んでくる電話も多い。しかし、私は相手にせずみんな無視している。今回は予想外のことで、私も認知のゆがみが生じていたのかもしれない。結局、また7万円を貸してしまった。当然診察代も未払いである。今度またお金を貸して欲しいと言ってきた時には、私の医院では患者としてこれ以上診察できないことを伝えるつもりである。貸したお金については、分割でも返してもらうつもりである。こんなことを書くと、お金を貸して欲しいという患者さんが増えそうであるが、もう患者さんにお金を貸すつもりはない。10万円も患者さんにお金を貸すと、後味が悪い。患者さんにぼかすか殴られたり、貸したお金まで踏み倒されたのでは、いくらなんでも精神科医としてやっていられない。月末で、従業員の給料や家内に渡す生活費を用意していたが、また銀行にお金をおろしに行かなければならなかった。この4月に、妹の娘が浪人してやっと医学部に合格したので、ほったらかしにしていた入学祝いも必要であった。
 そんなわけで、日曜日は私1人で池田の両親の所に行った。妹と娘は前から予約していた旅行に出かけていた。妹の旦那の方は、弁護士事務所を開いて、この不景気にもかかわらず、成功しているようであった。私が開業する時に両親からお金を借りて、毎年300万円ちょっとづつ返している。そのお金が両親の生活費となっているが、後3年で終わりである。お金を返した後でも、長男の私が金銭的には面倒みなければならない。妹の旦那も開業する時に私の両親からお金を借りたというので、また少しづつ返してもらったら私も助かる。長いこと両親の所には行かず、電話もかけていなかったので、私の気持ちの中で罪悪感が生じていた。私1人だけであったが、母親はいつものように、忙しいだろうと言って暖かく迎えてくれた。父親は私のことはわからないほど認知症が進んでいたが、座椅子に座り、にこにこ笑っていた。家内や子供がいない所で母親と話をすると、また違った雰囲気でしゃべれる。私も素直に親と子どもの関係に戻れる。子どもの頃は気づかなかったが、母親は話し好きで、この血は妹に引き継がれ、私の息子にも引き継がれている。2人とも元気で安心した。妹の娘には両親が世話になっているので、ネットブックではなく、ちょっとしたパソコン1台が買えるぐらいの入学祝いを母親に預けた。困った時に無条件でお金を貸すことができるのは、やはり両親か妹の身内だけである。

平成21年5月26日(火)

 相変わらず、新インフルエンザ騒ぎがおさまらない。京都新聞を読んでいたら、新型インフルエンザの影響で修学旅行だけでも約10万人がキャンセルし、旅館など宿泊施設の被害は約20億円に上っているという。観光産業は中小の家族経営者も多いので、被害は甚大である。それでも、昨今見聞きする数字から比べると、大した数字でないような印象を持ってしまうのがこわい所である。東芝の2008年度の赤字が3400億円が見込まれ、ソニーの3月期の赤字も1000億円が見込まれているぐらいである。改めて、今回の大不況の深刻さを思い知るばかりである。
 医療界では、外科系の科で患者さんからすぐ訴えられることが問題になっている。たまたまインターネットの記事を見ていたら、出版業界の事情が載っていて面白かった。Business Media 誠の「集中連載・週刊誌サミット」である。グーグルで検索したら誰でも読めるが、内容は濃くて充実している。週刊誌の凋落について、各週刊誌の元編集長が発言している。どの週刊誌でも、裁判に訴えられることが多く、今ではスクープを書くことに萎縮している。まず、極道、エロ、スキャンダルを売りにしている「週刊アサヒ芸能」である。発行部数はこの10年間で半減している。この元編集長が現役の頃は、極道からのプレッシャーと合法か非合法かの司法からのプレッシャーにさらされていたという。現役時代に数多く訴えられたが、有名人の下半身のスキャンダルは、公共性、公益性があるのか立証するのが1番難しかったという。顧問弁護士からは、「君の記事には公共性と公益性のカケラもない。これをどうやって裁判すればいいんだ」と言われている。裁判で勝ったのはたった1件だけで、後は負けかお金を払っての和解だったという。今では、「週刊大衆」に発行部数では大差をつけられている。しかし、最近の記事では「徹底検証 ヤクザと裁判員制度!」が評価されている。
 「週刊現代」の前編集長の話もすごい。相撲の八百長疑惑で裁判に負け、4920万円の支払いを命じられている。かかえる訴訟の数も70件を超え、ちなみに賠償請求総額は24億5000万円である。勝訴や勝訴的和解も多く、JR東日本の革マル派の記事では、連戦連勝で40勝ほどしている。溝口敦に書かせた「細木数子ー魔女の履歴書」では、溝口が、連載中に、広域暴力団の幹部から「細木さんの連載を止めてくれ」と圧力を受けた。このことを連載で書いたところ、事実無根であると名誉毀損で細木側から訴えられている。賠償請求額は6億6000万円である。しかし、実際には公判の準備段階で終わり、その後細木はばたばたと高視聴率だった番組を降りている。この前編集長でも、八百長疑惑で裁判に負けた時には、現場の編集長に「迷惑をかけて申し訳ない」と謝罪し、いたたまれない気持ちになっている。
 田原総一朗も出てくるが、週刊誌に弾圧が来るのは当たり前で、自ら体験したTV報道の弾圧についても述べている。TV局でも、大物の政治家から放送をやめて欲しいと依頼されることもあるらしい。週刊誌側は新聞やテレビで報じられない情報で、「勝負しよう」という気力がないと批判している。しかし、現実的にはこれだけ訴訟を起こされたら、難しいだろう。現在のように週刊誌の発行部数が落ちると、取材にもお金がかけられなくなる。行き過ぎた取材や報道については批判的な私であるが、編集の現場では大変な圧力にさらされていることがよく理解できた。
 さて、毎回毎回この大不況についての本であるが、食傷気味になっている人も多いかも知れない。今回読んだのは、浜矩子、高橋乗宣「大恐慌 失われる10年」(フォレスト出版)である。4月末発行であるので、単行本としては新しいが、最新の情報はこの2月までである。最初にあまり報道されないイギリスや欧州のことが書かれている。しかし、すでにメディアで報道されていることばかりで、最初の方はあまり目新しいことは書いていない。最後の方で各国の事情をまとめた表現をしているが、今回の大不況でパニくるアメリカ、開き直るイギリス、血気はやるフランス、引きこもるドイツと書かれている。
 ドルが基軸通貨となった過程も詳しく書かれているが、金とドルとの交換が停止したのは、1971年のニクソン・ショック時である。当時の冷戦構造がドル基軸体制を助けたという。冷戦終結で、グローバル経済が発展し、結果的に金融資本主義経済の一人歩きを後押ししてしまっている。著者たちは、今回のグローバル恐慌が終息するまでに、確実に10年はかかると述べている。私の年齢では、景気が回復するのは、定年が延びたとしても完全引退した後である。私は開業医をしているので、普通のサラリーマンとは違うが、同世代の大部分の人は現役の最後を不景気のまっただ中で終えることになる。アメリカの経済はまだ一番底が見えていないという。産業空洞化が極端に進んだアメリカでは、どの産業を保護するのかも見えてこない。軍事産業のハイテク技術を民生化してきた実績があるが、軍事技術がいきなりとてつもない産業に化けるという期待も薄い。特定の産業を保護するということが、その産業の活力を取り戻すとか、産業全体の救済につながったことは歴史的になかったとも述べている。
 麻生首相のドルを基軸通貨として信任する姿勢については批判的であるが、他に代わる通貨がないので仕方ないのではないかと思う。世界共通通貨体制の構築も簡単ではなさそうである。今は各国とも、他国の保護主義に警鐘を鳴らしながら、自国では保護主義政策を進めるダブルスタンダードに染まっているという。格付け機関であるムーディーズなどは、基本的には金融機関を含め、企業に対する格付けで権威もあった。ところが、金融商品の格付けまでしたので、乱れたという。日本にはモノづくり以外に道はないと書かれ、今騒がれている政府紙幣の発行にも批判的である。本当はもっと詳しくこの本のことを紹介したかったが、ほったらかしにしていた家庭裁判所から頼まれていた成年後見用の鑑定書を書くようにせつかれている。世界大恐慌の問題より、早くこちらの方に本気で取り組まなければならない。

平成21年5月19日(火)

 新型インフルエンザが大変なことになっている。私の息子は高槻の中学校に通っているが、日曜日に緊急連絡があり、この月曜日から1週間学校が休みである。息子は夏休みがその分少なくなるのではないかと心配している。丁度中間テスト中であったが、連絡がはいってから急に勉強もやる気をなくしたみたいである。日本精神神経学会の総会が今週の金曜日から神戸で開催される。どうなったのかと思ってホームページで調べてみたら、突然の中止である。京都に感染者が出てくるのも時間の問題である。世の中、ただでさえ不景気なのに、修学旅行などが次から次へと中止となったら大損害である。最初は大騒ぎしすぎだと思っていたが、いざ身近に感染者が出ると事態は深刻である。
 先週の木曜日は映画を見に行った。この時はまだ新型インフルエンザは対岸の火で、映画館にはいるのも抵抗はなかった。ウィークデイの午後5時過ぎからということもあったが、観客は最初は私を含めたった5人であった。その後も1人か2人はいってきただけである。題名は韓国映画の「チェイサー」である。私は「冬ソナ」や「シュリ」などの韓国ドラマや映画は今まで1度も見たことがない。患者さんの中にも熱心なファンがいるので、1度見ておかなければと思いながら、見る機会がなかった。DVDは借りたことがあるが、結局1度も見ずに返している。さて、今回は私が初めて見る韓国映画の「チェイサー」である。韓国で実際に起こった連続殺人事件を元に作られている。デリヘリを経営する元刑事が連続殺人犯を追いつめていく話である。アカデミー賞を受賞したコーエン監督の「ノーカントリー」に出てきた殺し屋ともまた違った独特のキャラクターを持った殺人鬼が出てくる。助かるかと思っていた人までも、ハンマーなどで容赦なく血の海に染めていく。犠牲者となるデリヘリ嬢の幼い娘がいい味を出しており、物語に血を通わせている。最後まで緊張感を持たせ、面白かった。「ノーカントリー」が好きな人にはお薦めの映画である。レオナルド・ディカプリオによるハリウッドでのリメイクが決まったというのもうなずける。
 ウィークデイに映画を見に行くなんて、暇そうに見えるがそうでもない。日曜日はまた朝5時に起きて、6時から医院で自立支援医療の診断書を書いていた。今では診断書をパソコンで取り込み、内容を書き込んで保存している。更新の診断書で電子化されているのもあったので、もう今月から書かなくていいのかと思ったら、私の勘違いであった。去年新規に書いた分は8月に診断書を書いているので、有効期限が今年の7月である。しかし、去年も更新の人は有効期限が7月でも5月に書いているので、まだ手書きであった。更新の分については、診断書は電子化されていないので、8月になるまではまだまだ手間暇がかかる。7月に期限が切れる精神障害者保健福祉手帳の診断書も書いていた。途中昼食を30分とったぐらいで、午後4時ぐらいまでかかって郵便ポストに投函できるようにした。5月中に書かなければならないこの手帳用の診断書は、まだ4通が書けずに残った。A4で2枚に分けて書き、コンビニでA3にコピーする。他にも雑用が残っており、きのうあった労災認定の判定会議の資料を読んでいる暇はなかった。成年後見用の鑑別書を書くために調べなければならないこともあったが、これも手がつけられなかった。
 きのうの朝も5時に起きて、6時には医院に出てきた。この日の午後からある労災認定の判定会議の資料を読むためである。今日も朝5時に起きて、6時に医院に出てきた。今日はこの日記を書くためである。京都府医師会からFAXがはいっていたが、内容は医師会主催の学術講演会やセミナー中止のお知らせである。午後から府医師会館で医療安全対策委員会があるが、これは中止にならないようである。インフルエンザ対策なら、こちらの方も中止にして欲しかった。
 最後に、久しぶりに読んだ歯ごたえのある本の紹介である。安部芳裕「日本人が知らない恐るべき真実」(晋遊舎)である。この本は著者が2005年8月〜10月にかけてブログで連載したものを、最新のデータと情報を加えて書籍用に書き直したものである。政治系ブログの中で、アクセス数も1年で100万件、2年で300万件と伸びたという。内容としては、すでに日本が財政破綻していると説明し、日本経済の実態とは、国民の預貯金、年金、保険金を原資とした借金を上から流し込み、政・官・財そして暴力団などがその利権に群がるという構造になっていると過激に表現している。日本の財政がわかりづらいのは、公会計は単式簿記で行われているからで、お金の流れ(フロー)と財産(ストック)の増減が連結せず、一般会計と特別会計、特殊法人会計、認可法人会計が連結していないので、日本全体でいくら資産と負債があるのかわからないようになっているという。公会計に複式簿記を導入していない国は、資本主義国家では日本だけである。
 グローバリゼーションによってもたらされる市場原理主義・新自由主義経済についても批判し、グローバリゼーションを推進している3大国際組織についても詳しく解説している。まず、IMF(国際通貨基金)で、出資率1位の米国の意見が最優先され、次に世界銀行で、歴代総裁はすべて米国から選ばれている。最後に、WTO(世界貿易機構)で、国際金融資本の要求に対して忠実な国家と多国籍企業によって形作られているという。この米国を動かしているのは、金融複合体で、その本体は世界金融資本で、多国籍企業も同じように世界を動かしているという。株主の利益を優先する企業についても詳しく解説している。社会的責任と株主の利益が一致していたらいいが、株主の利益を損なうようなことがあれば、他者への思いやりは「株主への背任」とみなされてしまう。そこで、GMでは燃料タンクが炎上する危険を知りながら、訴訟された場合の費用と安全策を講じた場合の費用対効果を調べ、訴訟された場合の費用の方が安くつくという理由でそのまま放置していた。企業の唯一の目的である「営利の追求」を推し進めると、ここまで行ってしまうのである。このような性質を持つ企業が巨大化し、世界をまたにかけて多国籍企業として道徳なき商業を行っている。
 国際金融システムがどのようにしてできたかも、歴史的に詳しく述べている。旧約聖書時代からユダヤの歴史をたどっているが、プロテスタント運動により、教会は国民の経済活動に口が出せなくなり、利子を取ることが罪悪でなくなった。この時に、金融の技術を持っていたのは唯一ユダヤ人であった。貿易決済に必要な為替技術や船が海賊や遭難に遭った時の損失を肩代わりする保険業や株式や債券の考え方も生み出していく。イギリスが世界各地を植民地化できた陰には、ロスチャイルド家の金融技術があったという。このあたりの歴史的解説はわかりやすく勉強になる。その後のことについてはこの本を読んでもらうことにして、ロスチャイルド系の多国籍企業の名前が挙げられている。通信では、タイムズ、ロイター、AP、ABCを始めとするアメリカの3大ネットワークなどで、ネッスルやフィリップ・モリスなども出てくる。最近TVでも米国中央銀行FRBが出てくるが、このFRBが米国の金融政策である金利や通貨の数量と価値および債権の販売を決定している。12ある地区連邦準備銀行の中で最大の銀行がニューヨーク連邦準備銀行である。ところが、このニューヨーク連邦準備銀行は欧米の民間銀行が株の100%を保有していて、ロックフェラー系の1行を除いて、他の9行はすべてユダヤ系(ロスチャイルド系)だという。私の手元に、1988年に出版された、ぐるーぷ・21世紀原初の会「ユダヤ ブック」(徳間書店)がある。ここでは、ロックフェラー一族とモルガン一族がユダヤの血を引いているかどうかについては、肯定、否定の両論があり、決め手のなる確証がないと書いてあり、その後明らかになったのかよくわからない。この本の内容についてはあまり覚えていないが、印象に残ったのは、ユダヤ陰謀説で引き合いに出される「シオンの議定書」(プロトコール)は偽書であると書いてあったことぐらいである。ここまで書いて断っておくが、著者は反ロスチャイルド同盟を立ち上げているが、私は反ユダヤ主義ではない。ユダヤ教の聖典であるタルムードから、生きる知恵について沢山教えてもらっている。
 この本で1番ためになったのは、お金についてである。お金とは何かから始まってお金についての歴史を詳しく教えてくれる。簡単にまとめた部分を抜粋すると、お金は交換手段だが、同時に価値の貯蔵手段である。競争の激化など社会に不安が増大されると、お金が貯蔵される。お金が貯蔵されると交換のためのお金が少なくなり、取引が滞り、血液と同じように届かなくなったところから壊死していく。利子のつくお金は経済成長を常に求める。お金は利益を求めて移動する。お金は必要な分より常に不足している。地方にはお金を生み出す機能がなく、投資されない。公共事業には回収性がないので、財政赤字が膨らむなどである。利子についても、ミヒャエル・エンデの「モモ」を引用して興味深い解説をしている。
 最後に、著者が考える現在の不況の救済策である。それは、地域通貨である。著者は忘れられた経済学者ゲゼルの考え方を紹介している。ゲゼルはマルクスと異なる立場を取り、労働における搾取は生産手段の私的所有にあるのではなく、貨幣制度の構造的欠陥にあると考えた。利子を生み出す非中立的貨幣は業績に見合わない不公平な所得分配を生じさせるということで、ゲゼルの自由貨幣論が生まれた。どういうことかというと、あらゆる自然物が時間の経過とともに老化していくように、お金も老化しなければならないという。そこで持ち越し税を計算して、貨幣も1年間に5%減価されるべきであるとの結論に達する。実際に世界大恐慌の時に、通貨が貯め込まれ、循環が滞っていることが不景気の原因だということで、オーストリアの小さな田舎町で地域通貨が発行された、結果としては、老化するお金が消費を促進させて成功を収めている。このあたりのことは詳しく解説されているが、老化するお金というのが新鮮な発想で面白かった。書いてあることがどこまで正しいのか私には判断能力はないが、現在の世界大不況の原因を知りたい人は、違った視点から1度は読んでおくべき本である。

平成21年5月12日(火)

 この前の日曜日はゆっくりと起きて医院に出てきた。今月の自立支援医療の更新の診断書は23通あり、新規の分も別に3通ある。今月中に書いたらいいので、他の介護保険の意見書や紹介患者さんの返事などを書いていた。もうひとつ気分が乗らないので、午後2時頃からビールを飲みながら書類を書いた。ところが、ますます気分が乗らなくなり、ぼーとしていたら、4時過ぎに電話がかかってきた。私は外来中でもすべての電話は最初に出て、休みの日でも居留守は絶対使わない。ある統合失調症の患者さんからで、死にたくなったので往診してくれという。注射をして欲しいのかと聞いたら、注射はいらないという。注射がいらないなら、電話で話は聞くと伝えたが、往診でないとだめだという。私はビールを飲むとすぐ顔に出るので、顔が赤くてもいいかと聞いたら、いいという。仕方ないので、一応注射を用意してその患者さんの家まで出かけた。
 長いこと診ている患者さんで、これまで薬をいろいろ調整しているが、なかなか精神状態がよくならない。物音や他人のしぐさが気になり、テレビも見れず外出もできない。薬も副作用が出やすく、薬一つ変更するのでも困難を極める。1番いいのは入院して薬を調整してもらうことだが、これまでの経過からそれも難しい。家族の人とも話していたが、なかなか打開策が出てこない。途中から、私の医院にも何回も一緒に来ている友だちも加わった。この友だちは精神症状がなかなかよくならないことに対して不満があるらしく、いつ治るのかとかと外来の時と同じように執拗に私に聞いてくる。精神症状が悪くなるたびに呼び出される友人も気の毒だが、しゃべり方が威圧的でぞんざいで、私も途中から切れてしまった。私はこういう時には、「ガキのくせに偉そうな口を聞くな」という。相手は必ずすごんでくるが、私より20歳以上年下である。「自分より20歳以上年下の中学生から同じように偉そうなしゃべり方をされたら、自分はどうする?」と聞く。それでも、言う相手を選ばなければならない。一歩間違えると、ボコボコにされる可能性もあるし、後からお詫びを何回も言わなければならなくなる。
 1時間以上たち、結局この場はどうするのかという話になった。私が出していた頓服を飲むか、注射を打つかそれ以外に選択肢はもうない。最初に書いたように、入院も考えられない。結局ああでもない、こうでもないとなって、注射を2分の1アンプル打つことになった。以前に診てもらったことのある先生に主治医をかわりたいと言い、いつでも紹介状を書くと伝えた。往診を終えてどっと疲れ、もう日曜日の電話は居留守を使おうかと思ったぐらいである。しかし、外来の電話は必ず私が最初に受け、私が医院にいる時は必ず電話を取るというのが私の医院のポリシーである。これからも、どんなややこしい電話がかかっても私が医院にいる間は居留守は使わず、必ず出るつもりである。この日は家に帰って夕食後娘とけんかし、また余計にどっと疲れた。
 翌日家族の人が来院したが、注射を打ってから余計に悪くなったという。以前に診てもらったことのある先生を受診するというので、紹介状を書いた。いつも外来では、この患者さんの処方箋を見ながら、詰め将棋だと思っていた。私は囲碁も将棋もしないが、次にどの駒を動かすかで悩む。処方箋を眺めながら、うんうんとうなっている。この薬を変えましょうと提案しても、またああでもない、こうでもないで家族や本人から却下される。家族や本人が納得するまで話し合い、やっと1つの駒を動かす。ちょっとでも改善してくれたらいいのであるが、余計に悪くなったと言われることも少なくない。実は前にも書いたように、幻覚や妄想をとる抗精神病薬については私はそれほど詳しくない。長いこと総合病院で勤めていたので、抗うつ薬や睡眠導入薬、穏和精神安定剤については詳しいが、最近の抗精神病薬については使い慣れていない。エビリファイは使ったことはあるが、ロナセンは1度も処方したことはないぐらいである。たとえこれらの薬について習熟していても、治療は難しい患者さんだと思う。紹介状を書いたが、以前の先生でどこまで持つかわからない。またすぐ戻って来そうな気もする。以前にこの日記でも書いたように、私が診察室でボカスカ殴られた患者さんである。次に暴力をふるった時には2度と診察しないと伝えたが、今回は暴力をふるわれたわけではないので、その時はまた引き受けるつもりである。いろいろ考えると内心複雑である。紹介状を書いた先生には頑張って欲しいと思う。星に祈りをである。
 さて、前回約束していた読んだ本の紹介である。今回は3冊紹介するつもりであった。しかし、この日記も今日はヘルパー養成講座があり、午後5時半から書いている。今は午後7時を過ぎた所なので、2冊だけ書けるだけ書こうと思う。3冊目は読み応えのある本だったので、次回に詳しく紹介する。まず始めに、吉川英一「億万長者より手取り1000万円が1番幸せ」(ダイアモンド社)である。内容的には、日本の税制では課税所得金額が1800万円を超えると、すぐに最高税率40%になり、住民税も10%かかるので、4人家族で年間給与所得が1400万円ちょっとで抑えておくのが、1番お得な税率23%ですむという話である。あせくせして億万長者になるより、好きなことをして小金持ちになるのが、日本では1番幸せな生き方であるという。それでも、この不景気である。1400万円近くもサラリーマンでもらえる人はごくわずかである。そこで年収400万円でも、株やアパート経営などで収入を増やす工夫が書いてあるが、素人ではそう簡単にまねのできることではない。医者や弁護士、官僚のことも書いているが、この部分については不正確な記述も見られる。いつもこの種の本を読んでいて思うのだが、みんな決して簡単に資産を増やしたりしていない。自分の知らない所でうまいことやって簡単に稼いでいると思いやすいが、そんなことはない。やはり成功している人は絶えず努力して勉強している。成功するのは、おそらく、その中でもごく一部の人だけである。前から資産運用を考えるなら、最低限の簿記の知識は得なければと思っている。
 2冊目は、井野上裕伸「人間はウソをつく動物である」(中央新書ラクレ)である。著者は、興信所、バッタ屋、損害保険調査員をしてきている。交通事故にまつわる保険調査についても詳しく書いているが、1番多いのがアフターロスだという。営業車などは最初に自動車保険をかけず、事故が起こってから保険をかけ、契約日をずらして事故の保険請求をすることである。保険代理店も何台も契約してもらうので、ぐるになることも珍しくないという。他にもいろいろなケースについて書いているが、100%を目指さず、8割ぐらいで調査内容を保険会社に報告し、後は保険会社の判断に任せるという。むち打ち症のことについても書いているが、私からみたら保険会社も甘く、被害者に対してこんな所まで面倒を見るのかと驚きである。火災保険詐欺についても書いてあるが、全焼にならないと大きな金額がおりず、火加減は難しいようである。火の勢いが強すぎて、実際に家族を焼死させてしまった例も紹介されている。10年前に店を全焼し、その後6年間に4回店が全焼し、放火の証拠が出なかった例についても詳しく書かれている。最後の全焼の時には著者が調査し、最終的に保険金は支払われていない。私は労災認定の仕事をしているので、それから比べると、調査に限度はあると思うが、保険の支払いはおおおざっぱでいい加減であると思った。

平成21年5月5日(火)

 この前の日記で書いたように、5月5日は日本には不在だったので、今日は7日にこの日記を書いている。日本に戻ったのは、今日の早朝6時前である。予定より25分も早く関西空港に着いたので、京都に着いたのは8時過ぎであった。こんなことなら、今日は休診にせず、そのまま外来を開いてもよかった。それでも、夜行便は疲れる。いつも必ず通路側の席を取ることにしているが、今回はちょっとしたミスで真ん中の席しか取れなかった。ふだんは飲まないエバミールを飲んだので、窮屈な席でも比較的よく眠れた。京都駅近くのマンションに帰り、旅行中の衣服の洗濯をしたり、荷物の整理をしていたら、あっと言う間に時間が過ぎた。もう1つ何もやる気がせず、布団を敷いて一眠りした。2時間ほどであるが、ぐっすりと眠れた。遅い昼食をとり、この日記を書くために医院に出てきた。
 ポストに郵便物が沢山たまり、1つ1つ確認するのは面倒なので開封は明日にする。撮ってきたビデオや写真を整理していたら、また時間がどんどんと過ぎてゆく。今日中にこの日記を書いたらいいと思ってゆっくりしていたら、もう午後の6時過ぎである。この日記も1度ぐらいパスしたい気持ちであるが、気を取り直して書き始めている。海外旅行もだんだんマンネリ化している。日本人のいない所に行くのいい気分転換になるが、現地で過ごすのはせいぜい2泊3日程度なので、あまり遠出もできない。去年の夏はホーチミンからプノンペンまでバスで横断したが、今年の年末年始はプノンペンからタイのトラートを目指して国境越えをしようと思う。バンコク・エアウェイズの機内誌を読んでいたら、トラートの真っ青な澄んだ海の写真が載っていた。トラートの近くには南の島であるチャン島があり、ここまで訪れる日本人はさすがに少ないだろう。比較的長く休める夏休みでもいいが、海が荒れそうなので、ベストシーズンの年末年始にすることにした。
 5月2日の夜は、また久御山まで映画を見に行った。題名は今年のアカデミー賞受賞の「スラムドック$ミリオネア」である。CNNでも、この授賞式は子役のインド人少女とともに何回も話題に取り上げられていた。ムンバイ(ボンベイ)のスラム街出身の若者がクイズに答えて、最高金額を獲得する物語である。1つ1つのクイズの問題と生い立ちが重なり合い、ストーリーとしてはよくできていた。インドの持つすさまじいエネルギーも感じることができた。主人公が建設中のビルの上で兄と話す場面が出てくる。自分たちの育ったスラム街がつぶされ、どんどんと新しい近代ビルが建っていく。この場面を見ながら、ふとチェンマイのメーピン・ホテルのことを思い出した。メーピン・ホテルは高級ホテルとして知られ、テレサ・テンが亡くなったことでも有名である。しかし、このあたりは昔は貧しい置屋街であったことはあまり知られていない。英語の字幕までつくので、まったく純粋のインド映画かと思ったら、監督はイギリスの「トレインスポッティング」のダニー・ボイルであった。この「トレインスポッティング」は私は見ていないが、最後の踊る場面といいまさにインド映画そのもので、イギリスの監督とは思いもよらなかった。なお、この「トレインスポッティング」の意味は偶然私は知っていた。ケン・フォレット原作のスパイ映画「針の眼」の中で、「エアスポッティング」という言葉が出てくる。小さな島に流れ着いたドイツ人のスパイが、事故で車イスの生活を強いられていたイギリス空軍パイロット志願であった男に、皮肉で言われる言葉である。その意味は、飛んでいる飛行機の型などを言い当てることである。「スラムドック$ミリオネア」と「針の眼」はまったく関係ないが、たまたま「トレインスポティング」から「針の眼」を思い出した。この「針の眼」はビデオを買い求めて何回も見ているので、私にとっては「スラムドック$ミリオネア」より傑作である。
 今回の旅行中はいろいろと本を読んだので、そのことを書きたかったが、次回に譲る。実はこの日記はテラ・パッドを使ってテキスト文で書いている。ところが、映画のホームページを開いたりしていたら、フリーズしてしまった。今まで、テラ・パッドでフリーズしたことは1度もなかった。あちこちのキーを押しても、うんともすんとも言わない。かなりの文章を書いた後なので、そのまま電源を切って強制終了したらせっかくの文章はほとんど残らない。仕方ないので、デジカメでディスプレー画面を写真で撮った。その後で、電源を切って再起動である。デジカメで撮った文章は用紙に印刷して、それを見ながらまた文章を打ち直している。そんなことで手間暇がかかってしまった。今回は文章が少し短いが、この辺で終わりにする。撮ってきた写真をまたもんもん写真館に載せようと思う。

平成21年4月28日(火)

 今日の京都新聞を読んでいたら、京セラの減収減益やオムロンの赤字のことが載っていた。私の医院も、去年の1月〜3月までの合計保険点数と今年の分を比べてみたら、約7パーセント減っていた。去年は4月の保険点数が最高であったので、4月分まで入れたら減収はもっと大きくなる。不景気になったら、精神科の患者さんは増えるという人もいたが、私の医院については今のところ当てはまらない。今までが良すぎたこともあり、私の医院も不景気の影響をもろに受けている。患者さんの話を聞いていても、これから一体世の中はどうなるのだろうと思う。ついつい気がゆるんでいた自分の消費も、この機会に見直してみようと思う。自分では自覚していなかったが、けっこう無駄遣いもしている。保険などもいくつかはいっているが、本当に必要なものだけに整理しようと思う。今まで医院の経費も成り行きに任せていたが、削減できる所は削減しなければいけない。
 今日は久しぶりに患者さんが多かった。ゴールデン・ウィーク前なので、今週ぐらいは患者さんが増えないと私の医院ももう終わりである。ゴールデン・ウィークは2月から旅行の予定を入れていたので、今さら取り消すわけにもいかない。今から考えると少し贅沢をしすぎのような気もする。仕方ないので、思いきって気分転換をしてこようと思う。家内も子供も私の心配は知らずに、ゴールデン・ウィークはディズニーランドに行く。こういう不景気な時は家族全員で、近場で楽しむのが安上がりで1番いいのかもしれない。この機会に夏休みの過ごし方を見直そうと思う。考えてみたら、家族全員で仲良く楽しめたら、これほど贅沢なことはない。
 この前の土曜日は、患者さんの往診に行ってきた。前にも書いたが、精神状態が悪い患者さんで、両親は年老いて今はそれぞれ施設や病院に入院している。唯一のきょうだいさんは同じ障害で、私の医院に通院している。あれから何回か幻覚妄想状態を抑える持効性の注射薬を打ちに行ったが、患者さんに逃げられてすべて失敗している。1ヶ月ほど前に行った時には、注射しようと思ったら、そばに置いてあったどんぶりを振り上げられ、無理矢理注射するのはあきらめた。脳梗塞で入院していた親の方が最近改善してきて、自宅に帰るのがいいのか迷っている。しかし、本人の精神状態を改善しなければ無理である。1番いいのは本人を一旦精神病院に強制入院させて治療することであるが、他人に直接危害を加えているわけでないので不可能である。最近は私が注射をしに行くことを警戒して、いつも家に鍵をかけているという。
 この土曜日には予めきょうだいさんに頼んで、私が往診する時間の前に鍵を開けてもらっていた。家にはいると、患者さんは子猫をかかえていた。最近生まれたばかりらしい。コタツの周りには、親ネコ用のえさがいくつかの食器に入れられて散乱していた。こんな食器で頭を叩かれたら、かなわない。入院している親のことで話があると言うと、素直に応じた。抱いている子猫のことなど聞いていたら、多少警戒は緩めてくれた。前回は、本人の目の前で話をしながら、注射液のアンプルを取り出したら、手で振り払われ、注射液が吹っ飛んでしまった。今回は最初から注射液を吸い上げ、ポケットに入れていた。子猫の頭を撫でようとすると、すっと身を退く。無理に踏み込んで、腕を掴み、注射をするのがいいのか迷った。子猫を抱いているので、じっとしているのか、投げ捨ててしまうのか、読みきれなかった。逃げる時に、子猫を投げ捨ててしまったら、子猫がかわいそうである。今回は無理をするのはあきらめた。次回来た時に油断させるために、親のことでまた話をしに来ると言って、家を出た。退院を迫られている親やきょうだいさんの後見人が解決を急いでいるので、明日また往診に行く予定である。今度は失敗は許されないので、今から心臓はドキドキである。
 土曜日の夜は久御山まで映画を見に行った。今話題のクリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」である。インターネットで1番いい席を取って行ったが、劇場はほぼ満員であった。パニック障害の患者さんは、真ん中の席をいやがるが、私は大丈夫である。夜9時前の上映で、レイトショーになるので料金は1000円である。隣同士の年老いた1人暮らしの老人とベトナム人の若者との交流を描いた作品である。クリント・イーストウッドが毎日玄関先でイスに座り、ビールを飲んでいるのは羨ましいと思った。私も老後は何も考えず、景色のいい所で日向ぼっこをしながら、ビールを飲みながら過ごしたい。映画の内容はよかったが、最後の結末は途中から読めてしまった。その分、クライマックスがあまり楽しめなかった。週刊文春の映画評を見ると、全員が絶賛である。いい作品であると思うが、私個人としては前作の「チェンジリング」の方が面白かった。期待が大きすぎたのもよくなかったかもしれない。車で行ったので、家に帰ってから私も思う存分ビールを飲んだ。
 翌日の日曜日は朝6時過ぎに医院に行き、今月の自立支援医療の診断書を書いていた。刑務所に行っている人と行方不明の人がいて、2人分の診断書を書かなくてすんだ。その分思ったより早く書け、何か得した気分になった。でも、よく考えたら、この2人分の外来数が減っているので、喜んでばかりいられない。7月分(手続き上有効期限の2ヶ月前には書かないといけない)からは、コンピューターで文書を保存しているので、やっと面倒な作業から解放される。ふだんできない雑用をしていたら、この日もあっという間に1日が過ぎた。本の整理をしていたら、迷い箸のように途中までちょっと手をつけた本が10冊以上あった。今回はそのうちの何冊かでも読み切って紹介しようと思ったが、時間が間に合わなかった。何か新しいことをしようと思っても、なかなかできない。いつも生活パターンは同じである。本を読んで、映画を見て、ビデオを借りて、CNNを見て、暇があったら写真を撮りに行くぐらいである。中国語も資産運用の勉強もなかなか手がつかない。新しいことを始めるというのはものすごくエネルギーがいる。旅行もそうである。ついつい行き慣れた所に行ってしまう。来週の火曜日は不在なので、このもんもん日記は木曜日に更新するつもである。明日の往診は、「グラン・トリノ」のように、前もって床屋に行き、身を整え、靴を磨いて、覚悟を決めて行こうと思う。

平成21年4月21日(火)

 この前の木曜日は新年度の介護認定審査会があった。また2年の任期であるが、次の時には誰か他の先生に代わって欲しい。不景気になると不思議なもので、こんなことを言いながら、2年後にもっと経済が悪化していたら、副収入のために続けるかもしれない。この6月に東京で日本心身医学会の総会がある。以前だったら新幹線はグリーンを使っていた。しかし、今年はもったいないと思うようになってきた。そもそも外来を休んで学会に行くことさえ、まずいのではないかと考えたりする。事前登録で当日より安い参加費をすでに払っているので、今さらキャンセルするわけにもいかない。外来の患者さんが少し減っただけで、私の消費者マインドは完全に冷え切っている。
 金曜日には京都市国際交流会館から、係の人が2人私の医院まで挨拶に来ていた。ここでも書いているように、年4回の外国人のためのカンセリング・デイでメンタルヘルス相談を私が担当していた。しかし、今年からは臨床心理士の人が担当するようになった。相談者は必ずしも英語圏の人ではなく、中国人などもいる。英語がしゃべれなくても、すべて通訳の人がいるので相談には何の支障もない。この外国人のためのカウンセリング・デイは土曜日か日曜日の午後2時から6時ぐらいまであったので、忙しい時には誰か他の人に代わって欲しいと思っていた。しかし、いざなくなると少し寂しい気持ちもする。係の人が持って来た資料を見ていたら、平成16年から始めて5年間やっていたことになる。英語圏の人と直接英語でカウンセリングしていたので、これはこれで貴重な体験ができたと感謝している。
 日曜日には前から見たいと思っていた写真展を大阪まで見に行った。キャノン写真新世紀大阪展で、場所はOAPアートコートである。どこにあるのかと地図で調べていたら、JR桜宮で降りて近くに造幣局がある。時期は遅いかもしれないが、ついでに桜の通り抜けも見れる。京阪を使って京橋まで行き、京橋からJRに乗り換えた。桜宮駅に着いたら、大川(旧淀川)があり、川沿いの緑がきれいで、早速持って行ったデジカメで写真を撮った。広い河にはカヌーや観光船が行き交い、青空が広がり気持ちがよかった。造幣局まで行くと、すごい人である。河川敷には屋台が並び、入り口にたどり着くだけでも大変である。中の桜はやはり見るには遅く、色が少しくすんでいた。もう少し早く来たらよかった。昼食はOAPでそば定食を食べ、生ビールも飲んだ。ふだんは楽天で安売りをしていた豆乳クッキーを食べているので、たまには美味しい物も食べたい。合わせて2千円を超えていたが、これぐらいの贅沢はまだ許容範囲内である。キャノン写真新世紀は、悪くはなかったが、それほど衝撃的な写真ではなかった。今年の受賞作品は前半の期間で終わっていたので、この写真展ももう少し早く来たらよかった。私も負けずに、コンパクト・デジカメで川沿いの写真を撮りまくった。大阪のど真ん中で、こんな景色のいい所があるなんて思いもよらなかった。
 月曜日は、労災の判定会議があった。この4月からまた2年の任期であるが、メンバーは変わらず、私を含め医師は3人である。判定の仕方が一部変わり、違法行為を強要されたとか顧客や取引先から無理な注文を受けたなどの心理的負荷の評価が追加された。最近京都新聞に労災認定のことが載っていたが、誤解を招きやすい書き方が一部あった。労災とは関係ないが、同じ京都新聞に自立支援医療のことも載っていたが、こちらの方があまり正確でなかった。パニック障害や強迫性障害については、症状が重度かつ継続であることが必要である。京都新聞の書き方では、心療内科や精神科を受診する人は全員が自立支援医療に該当することになってしまう。さて、労災であるが、いつも発病の時期を特定するのに悩む。もともと臨床場面では、うつ病がいつから発病しているかなんてあまり考えていない。およその時期は推測できるが、いつからかははっきりとは断定できない。労災で発病時期が問題になるのは、発病のおよそ6ヶ前までの心理的負荷を評価するからである。まだうつ病を発病していない前駆症状の段階なのか、軽症うつ病をすでに発病しているのか、適応障害を発病しているのか、気分変調症を発病しているのかは専門家でも意見が分かれる。あまり早く発病の時期を特定してしまうと、その後に起こった強い心理的負荷の出来事が評価されなくなってしまう。裁判では、発病時期を巡って不毛な戦いになるので、職場における心理的負荷についてはできる限り評価できるように発病の時期はなるべく遅めにもっていくようにしている。
 今日は府医師会で医療安全対策委員会があった。この任期は2年で来年までである。精神科を代表して参加しているが、この役も来年で誰か交代して欲しい。今日の議題は、精神科とはあまり関係のない医療事故調査委員会に関連した、業務上過失致傷罪に問われた事案の検討である。医療事故があった場合に、刑事処分と行政処分があるが、それぞれのケースについてどの程度の処分がふさわしいか検討した。行政処分というのは、医業停止などの処分のことで、刑事罰がつくと必ずついてくる。バイクで事故を起こし、気づかずに走り去った医師がひき逃げに問われ、最高裁まで争って負け、医業停止3ヶ月を受けた例もあるという。刑事罰で最高裁まで争うと、とんでもない費用がかかることも初めて知った。内容としては、他科の問題も聞けて面白いが、やはりそろそろ解放されたい。
 明日は紫野の特別養護老人ホームに行って、認知症の患者さんの成年後見用の鑑定をしなければならない。以前だったら面倒臭いと思っていたが、これだけ不景気なると仕事があるだけありがたいと思わなければならない。

平成21年4月14日(火)

 この前の土曜日はある製薬会社の共催で、うつ病に関連した講演会があった。京大と府立医大の教授が代表世話人になっているので、大勢の参加者が集まっていた。医師だけではなく、臨床心理士や看護師なども含めて100人を超えていた。実は、私は案内があった時から参加を決めていたが、当日時間が近づいてくると出かけるのがおっくうになってきた。気分が何となく憂うつな時には、あまり人とは会いたくない。開業医は孤独と言われるが、こういう時には一歩間違えるとそのまま医院に引きこもってしまう。ぎりぎりまで迷っていたが、思い切って出かけることにした。この日は暑くて、着ていく適当なシャツを用意していなかったこともある。最近はよほど堅苦しい会議でない限り、ネクタイはして行かない。
 演題は2つあり、京都の病院からはうつ・ストレス病棟の治療について講演があり、もう1つは沖縄の精神保健福祉センターで実践しているうつ病デイケアによる復職支援についての講演であった。ここでも書いているが、うつ病患者さんの増加に伴い、なかなか職場復帰ができない患者さんが増えている。再発防止も含め、うつ病対策は、患者さんだけの問題ではなく、企業にとっても大きな問題となっている。私も1年以上仕事を休んでいる患者さんを何人も抱えているが、これだけ時間が経つと、あと半年休んでもどこまで改善するかわからなくなってしまう。会社に対する拒絶反応や自信のなさはただ休養しているだけではなかなか改善しない。講師の院長はうつ・ストレス病棟の開設時からの苦労を話していたが、臨床心理士や作業療法士などを含めたチーム医療での実践というのは納得できた。試行錯誤しながら、病院独自のクリニカルパス(入院から退院までの検査や治療のスケジュール)を作り上げているのも感心した。沖縄のデイケアによる復職支援は、それほどややこしいことをしているわけではない。初心者にもわかりやすい認知行動療法を取り入れているだけである。しかし、今回の話を聞いて、頭で理解することと実際にやってみることの違いを改めて思い知った。今流行のレコーディング・ダイエットと同じである。最初にも書いたように、この講演会に出てくる時には人にはあまり会いたくない気分で、否定的な思考が支配的であった。今回は特に認知療法を試みたわけではないが、実際に出てきて気分は改善していた。
 懇親会ではいろいろな先生と話ができてよかった。心理学科の教授をしていても、周囲に医師がいないとやはり孤独なようである。開業をしていても、ふだんは同じ科の先生と話す機会は少ない。不景気で受診抑制があるのか、患者さんが殺到している医院の先生に聞いたら、関係ないという。私の医院は何が影響しているのかわからないが、少し減ってきている。医師用の掲示板では、不景気による受診抑制の話が盛り上がっているので、まったく関係がなさそうでもない。患者さんの家族が経営している飲食店でも昔から流行っている店はこの不景気でもあまり影響は受けず、そこそこの店ほどお客さんが減っているようである。医院でも同じで、今以上に患者さんの厳しい選別を受け、勝ち組と負け組の差がついていきそうである。
 今日の外来は8時半から開いているのに、10時を過ぎても4人の患者さんしか受診してこなかった。どうなることかと思ったが、受付け終了までに何とか20人を超えてほっとしている。録画してあったNHKの「沸騰都市のそれから」を見たが、去年の年末は大勢の患者さんが受診していたので、この中に出てきた主人公と自分が一瞬ダブってしまった。まだ年末まであるのでそんなに焦ることはない。しかし、このまま患者さんの数が減り続けた場合の秘策を考えていたら、昔の東亜国内航空のことを思い出してしまった。(現在は日本航空と合併) 当時、日本航空や全日空は乗客数が多く、沢山の人が空港のカンターで並んで空席待ちをしていた。ところが、東亜国内航空は乗客が少なく、どの便も満席になることがなかった。そこで東亜国内航空が考えた苦肉の策が、プラカードに「空席があります」と書いて、他の航空会社のカウンターに行って歩き回ることであった。この方法は当時大きな話題となり、あちこちのマスコミで取り上げられた。患者さんが殺到している勝ち組の診療所では今は予約を取るのも大変である。中には1ヶ月先という所もある。私の考えた秘策は、勝ち組の診療所の前で、「今すぐ診てもらえます」と書いたプラカードを持って歩き回ることである。再診の場合はどうするのかとか、場所代は払わなければならないのかとかクリアすべき課題は沢山あるので、患者さんが来ない間秘策を練っていたら頭が疲れてしまった。いろいろな先生と話をしていても、精神科の診療所は西京区や右京区で足りないというので、開業場所さえ間違えなければまだ大丈夫だろう。
 さて、カンボジアでは少し前に、ポルポト政権時代の大虐殺を招いた幹部の特別法廷が開かれていた。今回はこのもんもん写真館でも紹介しているトゥールスレン収容所の所長(通称ドッチ)が出廷していた。もんもん写真館では、犠牲者の頭蓋骨で作ったカンボジアの地図を載せているが、現在は供養のためこの地図は展示されていない。アメリカのベトナム侵攻に反対を唱えていたジェーン・フォンダが、ベトナムが今度は小国のカンボジアに侵攻した時に大きなショックを受けていたことを思い出す。しかし、後にキリング・フィールドと呼ばれたそのカンボジアの実態が明らかになるにつれて、世界は戦慄した。わずか4年にも満たない間に、150万人とも200万人ともいわれる国民が虐殺されていた。私はポルポトやクメール・ルージュについて書かれた英文の本はプノンペンの空港でたくさん手に入れている。セントラル・マーケットでは、DVD「S21:The Khmer Rouge Killing Machine」も数ドルで買っている。前のことなので、2ドルぐらいだったかどうか忘れてしまった。しかし、なかなか英文を読む気にならず、今回は、山田寛「ポル・ポト〈革命〉史 虐殺と破壊の4年間」(講談社・選書・メチエ)を読んだ。
 著者は読売新聞のサイゴン支局にも勤め、このポルポト政権の1975年からの4年間も取材している。S21というのは、治安警察がこのトゥールスレンに設けた尋問・拷問・虐殺センターのことである。もんもん写真館の収容所の生還者6名というのは、「地球の歩き方」からの引用であるが、今度の裁判でもこの本でもこの数字は7名となっている。囚人の数は1万4千人から1万7千人と多少の開きはある。この本を読んで、ポルポトが毛沢東を手本にしていて、中国とのつながりが強かったことを初めて知った。トゥールスレン収容所に残された供述書のことも書かれているが、ポルポト政権の幹部も藤のムチと電線による容赦ない拷問で、身に覚えのない裏切り行為を白状し、陰謀ネットワークの仲間なる者の名前を挙げ、次から次へと粛正されている。ポルポトから割り当てられたベンツを断った指導者も粛正されている。この本で、残された山のような供述書は、人間の弱さの証明書でもあったと記されている。
 ポルポトが信用できたのは、12〜13歳の兵士ばかりで、旧来の知識や外国からの知識がはいった大人は信じておらず、武器を持たせるわけにもいかなかった。だから、中国がジェット戦闘機や戦車、装甲車など大量に援助したが、操縦する兵員の訓練を実施する時にポルポトが送ってきたのは、13歳〜16歳の字も読めない子どもであった。各地の収容所でも、十代の看守が多かった。この本では面白い話が載っている。ある英語教師が次から次へと殺されていく収容所で、子どもの看守たちにイソップ物語などを聞かせていたという。そのうち、彼は「物語名人」として子ども達に敬意を表されるようになる。ある日、囚人を全員殺せと上から命令があった時に、他の囚人37名は全員殺されたが、この「物語名人」だけは生き残っている。シアヌークのことも詳しく書かれているが、この本は最後まで面白かった。人間の愚かさや残虐さを知るには、お薦めの本である。

平成21年4月7日(火)

 3月末から4月初めにかけては、年度替わりということもあり、あまり予定がはいっていなかった。やらなければならないことはいろいろあるが、それほど急ぐこともない。今回は映画を2本見たり、桜の写真を撮りに行ったり、久しぶりにゆっくりとできた。しかし、いつまでものんびりしているわけにもいかず、今日は早速朝6時からこの日記である。午後2時からは京都会館で、また介護認定審査会の研修がある。それまでに何とかこの日記を書き終え、講習会の後はゆっくりとしたい。きのうは診察の合間に鴨川沿いに桜の写真を撮りに行ったが、月曜日だというのに川端通も東大路通も大渋滞であった。私の医院から京都会館まで時間通りにたどり着けるかどうか心配である。
 春休みと桜の季節が重なり、京都は本格的な観光シーズンにはいっている。日曜日は二条城の近くで、いつものヘルパー養成講座が2時半からあった。これまでは火曜日の午後からであったが、今回は新しい試みである。京都市が100%出資し、資産運用で巨額の損失が問題になっていた京都福祉サービス協会の主催である。いつもは二条城の駐車場にとめているが、長蛇の車の列が並んでいてはいれなかった。仕方ないので、会場の駐車場をあけてもらってとめた。私はこのヘルパー養成講座の精神保健を担当している。講師になってからもう6〜7年になる。最初の頃は大きな会場に大勢の受講者がいたが、年々数が減ってきて今は小さな会場である。介護現場は給料が安く、仕事がハードだということで、ヘルパーは不人気の仕事になっていた。ところが、突然のこの不況である。担当者の人の話では、また次の講習会からは受講者が倍になるという。今年は何回講義があるのかわからないが、5月も6月も予定がはいっている。受講者は主婦みたいな人も多いが、男性も増えてきている。この日は川端通を通って二条城の近くの会場まで行ったが、鴨川沿いの桜がきれいであった。
 今は面白そうな映画がたくさん上映されている。何を見に行くか迷ったが、木曜日の夜には「ウォッチメン」を見に行った。映画の予告編ぐらいの知識しか持たずに行ったが、面白かった。映画が始まって、いきなりボブ・ディランの「時代は変わる」が流れる。ケネディの暗殺やベトナム戦争など歴史的事実とフィクションが織り交ぜられ、ジャニス・ジョップリンやジミー・ヘンドリックスの曲が流れる。同時代を生きてきた者としては、懐かしい映像が次から次へと出てくる。インターネットで調べてみたら、原作はアメリカン・コミックである。一見複雑なストーリーのように見えて、ごたごたせず、テンポよく最後まで見せてくれる。映像も私好みである。高校生ぐらいの学生が大勢見に来ていたが、充分に楽しめた。この勢いで、土曜日の夜は「ザ・バンク 墜ちた巨像」を見に行った。今は世界中が金融危機に陥っているので、この危機と関係している話かと思ったら、あまり関係のない話であった。どちらかというと、「007」に近い内容である。メガバンクが武器取引に関わり、世界支配を企む話で、インターポールの捜査官とニューヨーク検事局の検事が真実を暴き出そうとする。私は女優をみていてもいろいろとけちをつけたくなるが、検事に扮するナオミ・ワッツは本当に魅力的である。息詰まるアクションシーンもあり、この映画も面白かった。今週の文春の映画評では、この映画と「フロスト×ニクソン」が載っていたが、後者の方が評価が高かった。これはこれで、また見に行こうと思う。
 2つの映画を見て思ったのは、大義名分と実益との調和である。「ウォッチメン」では、核戦争を回避するために、一部の少なからざる人たちが犠牲になる。世の中には建前の正義だけでは処理できない世界があり、必要悪と言われる陰の部分に頼らざるをえないこともある。1メガバンクが世界支配を企むというのは大げさすぎるにしても、表にできない資金を調達したり、公にすることのできない取引には実際利用されているのだろう。メガバンクが犯罪組織だけでなく、この映画にも出てくるようにCIAなどの各国の諜報機関と取引があるのも間違いない。しかし、ここまで派手に口封じのために殺していくのはやり過ぎである。必要悪は必要悪で最小限にとどめておかなければならない。必要悪が逆転して、建前の正義の世界を支配するようになっては困るのである。
 結局この日記は介護認定審査会の研修の前に書き上げられず、今帰ってきてまた書き続けている。早めに医院を出てタクシーで行ったが、清水や祇園の所も渋滞せずにすいすいと走り、あっという間に会場に着いてしまった。こういうこともあるかと、デジカメを持って行ったので、岡崎公園で時間が来るまで桜の写真を撮っていた。研修会の講演は、「新しい認定制度と平準化に向けた課題」と堅い題名であった。途中少しうとうとしてしまったが、話の内容は面白かった。京都市の介護認定審査会委員は540名もいると知って驚いた。医者だけではなく、看護師やケア・マネージャーなども含まれている。介護認定審査会で要介護1とか審査するわけであるが、まず最初に調査項目からコンピューターが一次判定する。審査員は調査員が書いている具体的な特記事項を読んで、この一次審査が正しいかどうか判定して、修正したりする。ところが、地域によって、このコンピューターが出した一次判定結果を修正する率が、2%〜40%とばらつきがあるという。農作業をしているのに、要介護2と判定される地域もあるのである。要介護の重症度によって受けられるサービスも変わってくるので、日本全国で共通した公正な判定ができないといけない。今回の改訂に伴って、そのあたりのことをわかりやすく説明していた。研修は4時に終わったが、行きはよいよい、帰りはこわいである。タクシーに乗って医院まで帰ろうとしたが、三条ぐらいから大渋滞である。仕方ないので途中でタクシーで帰るのはあきらめて、四条から京阪で帰ってきた。

平成21年3月31日(火)

 この前の日曜日は東山医師会の定時総会がホテルであった。議題は平成20年度の監査報告など堅い内容である。保健所から委託されていた市民検診がメタボ検診に変わり、今年は東山医師会にはいる検診料が大幅に減少した。この4月からは、会員の月会費が2.5倍になる。今まで東山区で開業するには、東山医師会に60万円の入会金が必要であったが、これも120万円に値上げされる。120万円というと高そうに見えるが、まだ地区医師会では安い方である。うろ覚えであるが、伏見医師会では250万円と聞いたことがあり、左京区も高いと聞いた。きちんとした会費を調べようとインターネットで検索したが、公表はされていなかった。かわりに、左京医師会のホームページで面白い記事を見つけた。京都市左京区で開業を考えておられる方へと案内が出ているので、どんな内容かと思ったらびっくりである。左京区は全国的に医師の多い京都の中でも飛び抜けており、医師過剰地域であるという。京大や府立医大も近くにあり、競合する医療機関が隣接し、レセプト件数、診療人数ともに他地区のほぼ半分であり、開業医でありながら他の病院や介護施設へアルバイトに行っている医師も少なくないと書いてある。実際に新規開業したある診療所の患者数が8年目でやっと1日20人近くになったという表まで載せているぐらいである。地方では医師が足りなくて困っているが、左京区では医師過剰で困っているのである。入会金を1000万円ぐらいにしたら、新規開業は少なくなるかもしれないが、医師会に入会せずに開業する人も増えてきて、これはこれで困るのだろう。
 患者さんの話を聞いていても、不景気で特に製造業は深刻である。私の診療所は去年の12月は忙しく、長期処方をどんどんと出したせいか、今年にはいってからは患者さんの数が少し減っている。不景気による受診抑制かよくわからない。これだけ不景気になると、落ち着いている患者さんは、なるべく少ない受診で沢山の薬を持って行こうとする。私の診療所は今年の5月で9年目にはいるが、これまでも右肩上がりで患者さんが増えてきたわけでない。年度によっては少し減少したこともある。しかし、今年はどうなるかまったく予想がつかない。東山区はどんどんと高齢化が進み、相対的には医師過剰になってきている。私の患者さんでも、自分では通院できなくなったり、他の施設に入居したり、老人病院に入院する人も少なくない。私のように最初から患者さんを大勢確保していても、開業というのは心配はつきない。私は毎朝医師向けの医療ニュースは必ずチェックしている。今見ているのは、「m3.comメール」と「日経メディカル オンラインメール」である。この2つを読んでいたら、医療界で話題になっていることは大体わかる。精神科関係は必ず見て、気になる記事は保存するようにしている。この「日経メディカル オンラインメール」に、週間閲覧ランキングがあり、44歳の眼科の女医さんが書いている「診療所開業奮戦記」がいつも上位にはいっている。内容的には開業の準備の時から現在進行形で書かれており、無事開業したが、現在なかなか患者さんが増えないという所まで来ている。短い文章で大したことは書かれていないが、ついつい気になって読んでしまう。
 私の自宅や医院には勝手に送られてくる医療関係の雑誌や新聞も多い。こういう雑誌などはその時の気分によって目を通したり、ほとんど目を通さなかったりする。正式に送ってくる雑誌でも、日本医師会雑誌はあまり読む所がない。きょうは朝6時過ぎに出てきたが、やはりこの日記を書く気がしなく、勝手に送られて来ているメディカル・トリビューンを読んでいた。この新聞も精神科関係の最新の記事をチェックするには便利である。今回も改良型の認知行動療法がほとんどの摂食障害に有効とか、コンピューターゲームでPTSD(心的外傷後ストレス傷害)のフラッシュバックの回数が減少と載っている。シリーズのこころの病も載っており、最近の青少年の規範意識について書かれていた。衝動コントロールが利かずに独善的・独断的に行動と見出しがついている。大講堂で集中講義していたら、ある学生が教壇の方に出てきて、暑いからといって勝手に教室の温度調節をして席に戻ったと書かれていた。この記事の中で私の興味をひいたのは、引用されている武田信玄の遺訓であった。「主将が陥りやすき三大失観」から、@分別のあるものを悪人と見ること A遠慮あるものを臆病とみること B軽躁なるものを勇豪と見ることが紹介されている。実感として、表面的には若者はどんどんと変わってきている印象であるが、この遺訓に共感してしまうということは、人間としての本質的なことは戦国時代とあまり変わっていない。
 今日の日記は左京医師会のホームページと日経メディカル オンラインとメディカル・トリビューンの記事で何とか持たせた。私としては引用が安易過ぎたかと反省している。医者なら簡単に手に入る医療情報ではなく、なるべく単行本や映画などを引き合いに出してこの日誌は書いていこうと思う。録画していたNHKの「プーチンのロシア」シリーズ3回目を見たが、これも面白かった。4回目はまだ録画したままであるが、なるべく早く見ようと思う。3回目は去年8月のグルジア紛争が取り上げられていた。モスクワでは100万人のグルジア系住民が出稼ぎに来ており、その仕送りがグルジア経済を支えている。この紛争で、爆撃されたグルジアのゴリの住民やゴリに丁度里帰りしていてモスクワにいる父親の所に戻れなくなった家族が出てくる。番組では2人の父親が出てくるが、妻と幼い子どもを養うために大変な苦労をしている。大不況で、家族を養うために同じように苦労している私の患者さんともダブってしまった。女性は長い間男性に虐げられてきたといい、現在はかなりわがままも言えるようになっている。しかし、この大不況の時に家族の最終責任を負わされるのは女性ではなく、男性である。これだけ重い責任を負わされ、夫や父親に対する思いやりもなく、自己主張ばかりされたら、使い捨ての働き蜂みたいで男性はやっていられないだろう。今回の世界経済の危機を機に、男女の役割もまた見直されてくるかもしれない。

平成21年3月24日(火)

 今日は朝6時から医院に出てきたが、いろいろと雑用が多く、一行もこの日記を書くことができなかった。外来が終わってからもすぐには書き出せず、書く内容もすぐには思いつかなかった。とりあえず、何か書かなければならないので、読みかけていた本を読んでいた。この本については、最後に取り上げようと思っている。ようやく読み終え、4時過ぎからこの日記を書き出したが、なかなか筆が進まない。今日の予定をチェックしていなかったことに気がつき、ノートを見てみたら、またうっかりポカをしていた。今日の午後からは何もないと思っていたので、こんなにゆっくりしていたのであるが、午後2時から介護認定審査の研修会がはいっていた。この4月から介護認定審査のやり方が一部変更になるので、テルサで4時半まで研修会があった。この研修会への参加は必須で、3日間の内1日を選択できるようになっていた。残りは明日の水曜日と金曜日である。私の医院は月、水、金は午後4時から外来があり、3時半に医院は開け、来た患者さんから診察している。明日は紫野まで特別養護老人ホームに行かなければならないので、無理である。金曜日に参加するしかないので、福祉事務所に電話して予定を変更してもらった。午後の外来があるので、最後までは聞いていられない。幸い、医院からテルサは近いので、資料だけ手に入れて、4時までに帰ったらいい。
 ふだん読まない週間ダイヤモンドで、「あなたの知らない貧困」を特集していた。興味深かったのは、生活保護についての記事であった。派遣切りなどが話題になり、生活保護を受ける人の数が増加し、「もはや戦後ではない」と宣言した昭和31年とほぼ同じ水準になったという。前にも書いたが、親との折り合いが悪いと言って、引きこもりみたいな若い人が生活保護を受けてアパートで一人暮らしをしている。高齢世帯が44%と半数近く占めているが、別世帯に住んでいるその子どもが扶養の余裕がないと言ったら、持ち家があっても福祉の世話になれる。窓口担当者の、すでに毎日がパンク状態で、不正受給も後を絶たないという言葉も紹介されている。今は不景気で、京都でも家賃代を払って1人で生活していくのは大変である。私の患者さんでも親元には絶対に帰りたくないと言っていた人たちが、生活がしていけなくなって、みんな最後は実家に帰っている。ここでは、貧困のセーフティネットとして機能してきた「家族」が消滅していることが指摘されている。
 まだ読みかけたばかりの本であるが、鈴木大介「家のない少女たち」(宝島)がある。副題として、10代家出少女18人の壮絶な性と生がついている。崩壊した家庭で育った少女は家出して、風俗や援交でしか生きていけないのである。私の医院にも20歳は過ぎているが、この本に出てくるような患者さんが通っている。どう考えても、京都で風俗をしながら1人で生活をしていくのは無理である。保険証も持っていないので、いつも実費である。実家に帰ったらいいと思うが、離婚した母親は男の人と住んでおり、帰っても自分の居場所がない。今は誰か男の人が援助してくれているようであるが、経済的にどこまで支えてもらえるのかよくわからない。経済的余裕がありそうな私でも、子ども2人を一人前にするだけでせいいっぱいである。まだ家出して間もないが、生きていくために風俗には慣れたという。結果的に、これから先何人者の男の人に裏切られ、人間不信に陥っていくのかと思うと、気の毒である。実は、患者さんの診察をしていても、患者さんのことより、その子どものことの方が心配になることはよくある。何の罪もない無力な子どもが犠牲になっていくのを見るのは、本当に忍びない。私のことを無視したりする娘には、この本を読ませて、自分はいかに恵まれた環境で育っているか思い知らせてやりたい。
 生活保護急増は地方自治体の財政を悪化させている。住民1人あたりの生活保護費が最も多いのは、北海道歌志内市の11万円で、最も少ないのはその366分の1の京都府木津川市である。パナソニックの本社がある門真市では、生活保護費に市税収の約40%が使われているという。生活保護の廃止理由も書かれているが、仕事などの復帰による自力復帰は約3割で、失跡と死亡が4割を占める。革新系の雑誌や新聞でよく取り上げられる北九州市の生活保護政策についても書かれている。平成17年に、おにぎりが食べたいと日記に書き残して餓死した事件である。孤独死が相次ぎ、市福祉事務所の方針が「水際作戦」として批判された。しかし、実態は1960年代半ばには北九州市の生活保護率は日本全国で1位であった。貧困のせいばかりでなく、福祉事務所では暴力団が暴れ、各種地域団体などが集団陳情と称して職員を長時間監禁、傷害も日常茶飯事の激烈な要求が繰り返されていた。関係者はそんな状況を30年間かけて是正してきたという。この事件後、保護率は急速に上昇している。日本政府は貧困を公式に認めていないので、その基準が曖昧である。最後に貧困を読み解く本が紹介されているが、何冊かは私も持っている。以前にベーシック・インカムについて少し触れたが、山森亮「ベーシック・インカム入門」(光文社)も載っていたので、もっと詳しく知りたいと思う。
 最後に、先ほどまで読んでいた、中原圭介「サブプライム後の新世界経済」(フォレスト出版)である。著者は平成18年頃から、アメリカの住宅バブル崩壊をきっかけに、国際分散投資は通用しなくなると訴え、平成19年7月の時点で、金融市場は混乱し、世界経済も後退するという予測を立てていた。世界経済のことがわかりやすく書いてあり、アメリカ人の消費が新興国の成長と世界経済の原動力であったと初めて知った。最も効果的な経済対策は各国がアメリカ国債のスポンサーとなって、断固として買い支えることだという。世界が大不況から脱するには、世界経済のエンジンであるアメリカの消費を回復するしかないという。アメリカ人は住宅価格の値上がりを担保にして借金をして、過剰消費を繰り返してきた。アメリカが巨額の貿易赤字を抱えても、貿易黒字の国が国債を買ってファイナンスしてくれた。ドルが基軸通貨である限り、新しいシステムの創造は不可能だという。
 ここでは、資本主義経済の行き着く先は最終的には薄利多売の経済だと述べている。エコノミストの予測があたらないことも強く批判している。ただ、国民を不安に陥れないように、今は悲観的な情報はわざと隠している部分もあるかもしれない。現在の深刻な不況が終わるのは、金融機関の損失処理がきれいに片付いた時だと結論づけているので、10年以上はかかることになる。平成17年から始まった投資信託ブームについても批判している。銀行などの金融機関には資産運用のプロはおらず、金融商品を売りつけるプロしかいないという。私の医院にも最近約束もしていないのに、取引先の銀行から投資信託の勧誘に来ていた。銀行はどの位個人が貯金を持っているのか把握できるので、ターゲットを絞りやすい。私はここでも何回も書いているが、バブルの時に京都に自宅を買って、神戸にいる時に売った。この時に利子を含めて4千万円以上損をしている。借金は残らなかったが、43歳の時に一文無しになった。医院にはよく投資の勧誘の電話がかかってくるが、自分の判断のできないことについては絶対に手を出さない。
 私の定期貯金の金利は1年間に0.4%である。投資信託を勧めるのは、銀行の親切心ではなく、顧客から入る手数料収入にうまみがあるからである。複利効果を損なう毎月分配型の投資信託が開発され、保有期間に応じて、信託報酬と呼ばれる手数料収入が金融機関にはいる。この本では、投資信託は金融機関が儲ける商品で、顧客が儲ける商品でないと述べている。実際に、運用成績が5.7%で25年間預けた場合に、信託報酬が1%、2%、3%の3つのケースに分けて説明している。信託報酬が2%かかるだけで、リスクは顧客が持ち、金融機関は運用益の半分以上をかすめ取るのである。年2%の運用益が出たとしても、信託報酬の2%はしっかり取られるので、利益はまったく出ず、信託報酬が3%では赤字になってしまうのである。顧客が損をしようが儲かろうが、金融機関には関係なく、信託報酬だけは収入として確実にはいるのである。決して顧客のことを考えて勧誘しているわけではないことが、この本を読んでよく理解できた。もちろん、定期の金利は0.4%しかならないので、このあたりを理解して投資するのは個人の自由である。最後に、ネット銀行・証券のことが書かれているが、これからは高い金利と安い手数料の無店舗型の金融機関を利用するのもいいかもしれない。

平成21年3月17日(火)

 この頃左肩から背中にかけて痛い。どの位痛いかと言うと、痛みで夜中に目覚めたぐらいである。この時にはロキソニンを飲んで何とか痛みをしのいだ。以前にサロンパスを貼ってかぶれたので、筋肉の痛み止めの塗り薬を塗っているが、あまり効果はない。今この日記を書いていても、左首から背中にかけて痛い。ネクタイをすると、余計に苦痛である。ヨガなどをやってみたが、なかなか取れない。そのうち治ると思うが、もう2週間以上続いている。ロキソニンはふだんは飲まないが、木曜日にあった介護認定審査会ときのうの労災判定会議は私が司会をしなければならないので、予め飲んでいった。飲むとそれなりに痛みは治まる。この前の日曜日は朝6時から医院に出て、今月の自立支援医療の診断書や障害年金の診断書を書いていた。なるべく肩に負担がかからないように、すぐにパジャマに着替えた。体重がまた増えてきて、ズボンの腹回りが多少苦しくなっている。こういう場合はシャツがズボンにピッタリとくっつき、首や背中を圧迫しているのかと思ったりする。診察の時には白衣を着ているので、ズボンの上のフックを外しているが、これもあまり効果がない。少し前に左腕が痛くなり、これはいつの間にか治っていた。五十肩の変形みたいな痛みかと思ったりする。
 体調は悪いが、ごまかしごまかし外来をやっている。こういう時に事故にでもあったりしたら、多分傷が治ってもなかなか職場には復帰できないと思う。休めるものならもう休みたいぐらいであるが、環境が許してくれない。こんな場合には誰もがふらふらになりながらも、緊張の糸を張ってなんとかしのいでいる。うつ病の患者さんを見ていても、なかなか職場復帰ができないのは、この切れた緊張の糸を元のように引っぱってくっつけることができないからである。今は少しずつあちこちの企業でうつ病患者さんの職場復帰訓練をするようになってきている。最初は半日勤務から始め、慣れてきたら3時頃まで勤務時間を延長し、また慣れてきたら5時まで延長する。この緊張の糸を無理のないように少しづつひっぱってくっつけていくのである。昔は職場の方も融通がなく、いきなり8時間労働をさせていた。しかし、なかなか職場復帰できないうつ病の患者さんが多くなってきたので、準備期間を取り入れるようになってきた。以前だったら、絶対に職場復帰は無理だと思えた患者さんも今では大勢復帰できるようになっている。職場の産業医の先生と話をしていても、長期間休養となっている患者さんほど、この準備期間の導入については協力的である。
 社内うつと言って、仕事中だけうつになる人がいる。こんなことを書くと、私だってうつになると言う人も多いだろう。旅行やお酒に飲みに行けて、どうして仕事中だけうつになるのかと文句の1つも言いたくなるだろう。この場合には2つのケースが考えられる。1つは、完全に気力も体力も改善している場合である。しかし、職場に対する拒絶反応みたいなのが残っていると、上司の声を聞いただけで、登校拒否のように身体がふるえてきて、息苦しくなったり、動悸がして、気分が悪くなってくる。気力も体力も回復しているので、純粋なうつ病ではない。しかし、仮病でも偽病でもない。会社に行くと身体が勝手に反応してしまうので、仕事が続けられなくなる。次に考えられるのは、こういう拒絶反応が出るだけでなく、気力も体力もまだ充分に回復していない場合である。休養期間が長くなると、主治医でもどこまで回復しているかわからなくなる。男の人は特に何もやることがないので、家でごろごろしたりする。近くを散歩したり、買い物に行くぐらいはどうもない。患者さんも調子がいいというので、すっかり改善したように見えることがある。しかし、葬式など急な用事でどこかに出かけたりすると、疲れがなかなか取れず、あまり回復していないことがわかる。家にいる分は何の支障はなくても、いろいろと負荷をかけてみないとよくわからないのである。いずれにしても、仕事内容や人間関係で拒絶反応が残っている場合には、職場復帰は難しい。拒絶反応まで行かなくても、自信がないという場合もやっかいである。こういう場合でも、半日の仕事から始めると、職場復帰への抵抗が薄らぐ時もある。
 最近は映画を立て続けに見ている。先週は「おくりびと」を見に行こうか迷って、結局「ジェネラル・ルージュの凱旋」を見に行った。DVDで借りた「チームバチスタの栄光」が面白かったので、今回はこちらにした。原作者は千葉大医学部を出て、外科医から病理医になった海堂尊である。今回は救急救命センターが舞台となっているが、高嶋政伸が演じる精神科教授も出てくるし、前回と同じ竹内結子が演じる心療内科医も出てくる。不定愁訴外来を別名ぐち外来と言っていたが、よくわかる。現代はなかなかぐちを言う場所がないのである。ぐちというと聞こえが悪いので、悩み事を言語化するでもいい。ここでも何回も書いているが、頭の中でぐるぐると廻っている悩み事は他人に話をしても何も解決しそうもないが、1度言葉に出して話をすると問題が整理され、気持ちも楽になる。竹内結子が演じる田口が診察を終えて、どっと疲れている場面が出るが、そうであろう。サイコな精神科医が出てくるが、精神科に対する偏見だと怒らず、こんなこともありうるかと思うのが精神科医のこわいところである。内容的には、大病院の裏側までよく描かれ、充分に楽しめた。
 きょうはこれから府医師会の医療安全対策委員会がある。私は精神科代表で参加し、特に司会をするわけではない。しかし、左の首から肩にかけて痛みがあるので、前もってロキソニンを飲んでいくかかどうか迷ってしまう。会議の途中で痛みが強くなってきたら困るし、いつも会議の前には飲まなくてはいけないようになっても困る。結局、薬は飲まずに行くことにした。パニック障害などの患者さんに対して、いつも言っている事とは反対になってしまう。

平成21年3月10日(火)

 今週は書くことがなくて困っている。家のことを書いたら気持ちがすっきりするかもしれないが、あまりにもプライベートなことで書くわけにもいかない。結婚当初は多少はあったかもしれないが、私は最近は何があっても家の中では感情を爆発させることはない。いつもじっと我慢の子である。しかし、2日前にひどく気分を害することがあった。丁度ちょっと前にNHKで「プーチンのロシア」を2回連続で放送していた。この中で、アル中で犯罪を犯し刑務所を出てきた父親がロシア正教に頼り、家族との再生を試みる場面が出てきた。私とはまったく立場は異なるが、今回の出来事と重ね合わせてしまった。どのくらい打ちひしがれたかというと、その夜はなかなか眠れず、翌日の外来で患者さんと話ができるかと思ったほどである。それでも、一晩寝たら何とか立ち直ることができた。しかし、ダメージは大きく、傷ついた心はまだふらふらである。
 NHKの「プーチンのロシア」は面白い番組であった。プーチンというと、欧米や日本では独裁者のようなイメージがつきまとうが、この番組では強いロシアの再生を目指していることがよく理解できた。私はロシアについては、現在起訴休職中である外務事務官、佐藤優の著作で少し知識を得たぐらいである。中国については山ほど本を読んで、その文化についてある程度は理解したつもりであった。しかし、田中淳「中華人民 今日は酷」(講談社)を読んで、すっかり自信をなくしてしまった。この本には、会話・会食・会計の掟30と副題がついているが、永遠に中国人を理解することは無理だと思った。1つ例を挙げると、中国人には予定を立てるという習慣があまりないようである。個人的なつきあいでも、相手の予定はお構いなしにいきなり誘いの電話がかかってくるという。相手の面子をたてるために、よほどの事がない限りすぐ行かなければならない。信じられないことに、来週の何日にみんなで遊びに行くから予定を開けておいてくれという習慣がぜんぜん発達していないのである。
 さてロシアである。旧ソ連というと、抑圧された社会主義国家というイメージしかもたないが、この番組を見ていると、そうでもなかったことがよくわかる。欧米とは違った伝統を引き継いで生きている人々が出てくる。第1回の番組では、プーチンのリストが取り上げられていた。世界の金融危機でロシアの富豪たちが経済的危機に陥り、国家の支援を仰がざるを得なくなった。プーチンは救済する企業リストを作り、その代償として、国家から監視役を送り込もうとしていた。どこの財閥もプーチンのリストに載るためにしのぎを削っていた。番組では、自家用ジェット機の中でキャビアをほおばっている新興財閥の人物が出てくる。まだ、世界の金融危機が襲ってくる前のことである。このドキュメンタリーでは金融危機に襲われたこの人物を追っている。政府の高官と会ったり、いろいろ努力するが、結果的にはプーチンのリストからは外された。しかし、企業の生き残りのために、二次リストに載ることを目指している。現在金融資本主義が破綻をきたし、世界中が大混乱に陥っている。プーチンが目指す国家資本主義がたくましく見えてくるから不思議なものである。第2回の番組では、膨張するロシア正教が取り上げられていた。命の電話の担い手が、このロシア正教である。この命の電話の会話が番組で上手に使われ、演出もうまいと思った。プーチンはこのロシア正教を支持し、ロシア人の魂を掌握しようとしている。プーチンについてはいろいろと言われ、日本ではいい印象を持っていない人も多いと思う。しかし、欧米の狭間でロシアが押しつぶされずにやっていくには、これぐらいの強いリーダーシップが必要かもしれない。欧米諸国が唱える言論の自由などはそれ自体誰も反対できない国民の権利である。しかし、戦略的には強力な武器ともなり、社会的基盤が弱い国でこの権利を声高に叫ぶことで、国民を混乱に陥らせたり、国家を弱体化させることもできる。前回取り上げたNHKの「うつ病治療 常識が変わる」は専門家からみたらあまりにも不正確な内容であった。だから、この番組についてもどこまでロシアの実態を伝えているのかわからないが、下手な映画より面白かった。このシリーズはまだ続くようなので、見逃さないようにしようと思う。
 下手な映画と書いたが、先週はまた映画を見に行った。今回は映画評はまったく見ず、劇場で見た予告編が面白そうだったので印象だけで選んだ。題名はまだ封切りになったばかりの「パッセンジャーズ」である。飛行機事故で生き残った乗客が次から次へと消えていくミステリーというふれ込みである。作品としては、途中だるい恋愛物語に発展し、最後は意外な展開をする。全体でどう評価するか考え込んでしまう作品である。調べてみたら、愚作という映画評も多い。映画を見ている時にはそれほど楽しめず、最後はどうなったかもすぐに理解できず、家に帰ってから確認のためにインターネットで調べたぐらいである。ところが、最後の部分はどの記事を調べても、まだ種明かしはされていなかった。ここでも種明かしはしないが、私は映画を見た後で、死についていろいろ考えさせられ、妙に印象に残った。きょうの外来で、自殺念慮が続いている患者さんが受診した。自宅でロープをつり下げ、毎日自殺のリハーサルをしているという。去年の秋に、ロープで首をつり、外れた時のロープの跡がまだ生々しく首に残っている。いつもふとんの横にロープを置いて寝ているという。入院を希望していたが、きょうすぐにはできない事情もあり、薬を変更して自宅に帰した。いつでも入院はできるように準備しているので、次回の診察まで、なんとか生き残って欲しいと思う。

平成21年3月3日(火)

 最近NHKでうつ病特集を立て続けで放映していた。「ここが聞きたい名医にQ」は2回に分けてやっていたが、専門家からみたら大した内容ではなかった。こういう番組では一般論は述べることはできるが、いつ薬をやめるのかと聞かれても1人1人が違うので答えにくいと思う。医療者向けの掲示板を見ていたら、この後でNHKで放映された「うつ病治療 常識が変わる」がいろいろと批判され、議論が盛り上がっていた。前の2つの番組がつまらなかったので、録画したまま放っておいたが、早速見てみた。
 杏林大学の田島教授など、専門家の間ではよく知られている先生が登場していた。この田島教授は安易なうつ病診断と行き過ぎた薬物療法を批判しており、専門医を対象にした講演会では大人気である。ややもしたら、製薬会社の提灯持ちみたいな教授が多い中で、脳のセロトニンを増やすSSRIなどの抗うつ薬について批判すべき所は批判している。番組では抗うつ薬を減らして良くなったという患者さんが登場してくるが、まったくうつ病の知識のない患者さんが見たら誤解を招くかもしれない。うつ病の治療については、充分な抗うつ薬を投与することが大事だからである。しかし、患者さんがなかなかよくならないとついつい多くの種類の抗うつ薬を使ってしまうのは事実である。特に、死にたいという訴え(希死念慮)が強い患者さんに対しては限界まで投与してしまう。私はいつも効果のない薬と合わない薬は飲む必要がないと言っているが、なかなか薬の減量はしにくい。どちらかというと、薬を投与し過ぎて副作用が出る患者さんより、抗うつ薬の量が不充分で改善しない患者さんの方が多いのである。今回番組に登場した患者さんは薬を減量してよくなったとは思うが、たまたま患者さんの病相が自然と改善に向かっていたのではないかという一抹の疑問もないわけではない。精神科医はいつも1つだけの説明では納得できず、いろいろな出来事に対しても懐疑的になりやすい。今回のケースでも、半年以上かけて薬を減量している。実際に治療していると、何をやってもよくならなかった患者さんが、薬とは関係なく、いつの間にかうそのようによくなっている場合もある。
 この番組でも紹介されているように、充分な経験もなく、うつ病の治療に当たっている医者も少なくないと思われる。番組を見ていなかった人のために、日本うつ病学会理事長である野村教授の「医者選び ここに注意」を紹介する。(きょうはあまり書くこともなく、字数かせぎもある) まず、「薬の処方や副作用について説明しない」である。私は副作用についてはあまり説明しすぎない。院外処方を出すと、薬の副作用などが書いてある薬剤情報がついてくる。しかし、中にはめったに起こらない副作用まで事細かに書いてあることがある。この副作用欄を見て、こわくなってせっかく処方した薬を服用しない患者さんもいる。例えば、市販薬でも使われている胃薬のガスターの副作用欄を見ると、再生不良貧血、意識障害、痙攣、急性腎不全、間質性肺炎まで載っている。私は、よほど重いうつ病でない限り、最初はごく弱い薬で反応をみてみる。副作用が出ると言ってもせいぜい眠気ぐらいである。新しい抗うつ薬であるSSRIでは、薬の効果が出てくるのに1週間以上かかり、最初にむかつきが出ることもある。すぐにやめず我慢して飲んでいたらおさまると説明している。基本的には、医院にかかってくる電話はすべて私が取り次いでいるので、薬のことで何かあったら診察中でも電話で手短に聞くように伝えている。
 次に、「いきなり3種類以上の抗うつ薬を出す」である。前医からの紹介ならともかく、初めての患者さんにたとえ重症でもこれほど多く出すのはだめである。次に、「薬の量がどんどんと増える」である。ここは患者さんに誤解を招きやすい。最初に書いたように、量を増やさないと抗うつ薬の効果わからない時があるからである。野村教授は薬をどんどんと増やして有効というデータがないと番組で説明しているが、SSRIのことについて言っているのか。経験的には、パキシルでも量を増やしてよくなっている患者さんは大勢いる。もんもん質問箱にも書いているように、最初に薬を処方して効果がない場合は、薬の量が足りなくて効果がないのか薬の種類が合わなくて効果がないのかわかりにくい。とりあえず、薬を増量してみるのが原則である。なかなか治らない難治性うつ病の治療では、まず第一に薬の量が不充分ではないかを疑わなければならない。次に、「薬について質問すると不機嫌になる」である。これはそう言われればそうかもしれない。次に、「薬以外の対応法を知らないようだ」である。これも、特に異論はない。
 薬以外の治療方法としては認知行動療法が紹介されていた。イギリスでは3600人の心理療法士を養成して、この認知行動療法を使ってうつ病患者さんの治療にあたらせるという。番組では、この治療法では改善率が55%で、1年後の再発率が抗うつ薬だけでは44%で、認知行動療法を併用している場合は27%であるとデータで示していた。不眠で家庭医を受診した患者さんが、薬は処方されず、国が運営している心理療法センターに紹介されていたが、疑問もないわけではない。この番組に登場してくるような心理療法士なら、それなりの効果が出ると思うが、にわか作りでどこまで心理療法士の質が保てるかである。認知行動療法の効果については異論はないが、イギリスでは医療費が高くつく抗うつ薬の処方を減らして、認知行動療法に切り替えていく壮大な実験をするようである。この結果については、5年から10年ぐらい経たないとわからないが、予想に反して抗うつ薬の処方が減らないのではないかという懸念もある。この心理療法に関連して、宇治おうばく病院のサテライトクリニックである新田辺診療所が紹介されていた。外来担当の医者は1日最低でも50人の患者さんを診察しているので、もっと時間をかけて欲しい軽症のうつ病の患者さんのために心理療法専門の施設を作っている。ところが保険がきかないので、1回のカウンセリング料は6300円で、まだあまり利用されていないという。他にも、うつ病の患者さんの中に軽い躁状態が出現する双極性障害U型のことも紹介されていた。確かに、抗うつ薬の処方で悪化しやすい患者さんもいるが、まったく抗うつ薬を処方しないというのも治療者としては勇気がいることである。専門医にとっては面白い番組であったが、一般の患者さんにとっては混乱を招く番組かもしれない。
 最後に、先週の木曜日にまた映画を見に行った。題名は「チェンジリング」である。今回はどんな内容の映画かまったく情報を得なかった。私の医院でとっている週間文春のシネマチャートで、5人の評論家から高得点を得ていた。監督も、「許されざる者」や「ミリオンダラー・ベイビー」のクリント・イーストウッドである。どんな時代のどんな話かも知らなかったので、かえってよかった。作品は文句なしの傑作である。ここでは内容について触れないが、クリント・イーストウッドは本当に名監督だと思う。映画の中で精神病院も出てくるが、ぜひともこの映画を見て、感動を分かち合って欲しいと思う。

平成21年2月24日(火)

 この前の土曜日は3つ予定がはいっていた。1つは私が委員をしている医療安全対策委員会が主催する市民向けの医療安全シンポジウムで、1つは京都市国際交流会館であるカウンセリング・デイであった。2つとも午後からの同じ時間帯になるので、私はカウンセリング・デイの方に参加した。ここでも何回も書いているが、年に4回外国人を対象に、司法、行政などの無料カウンセリングが開かれる。私は府医師会の代表として、メンタル・ヘルスを担当している。他には、弁護士や司法書士、税理士などが相談に当たっている。毎回、在留資格や国際結婚などに関した相談が多く、メンタル・ヘルスは少ない。しかし、この日は3件も相談があり、2時から5時までずっと相談者と話をしていた。英語圏の人が2人とアジア圏の人が1人であった。1人の相談者の時には英語の通訳の人が他の相談と重なったのか同席せず、もう1人の相談者は同席を拒んだため、2人とも私1人で英語で対応した。
 ふだんはCNNのニュースを30分は見るようにしているが、他には英語の勉強はまったくしていない。最近英語を使ったのは、カンボジアに行った時にホテルで簡単な会話をしたぐらいである。ふだんの生活では、まったくと言っていいほど英語を使う機会はない。私の医院に通っている数人の外国人が数ヶ月に1回受診するぐらいである。だから、聞く方はなんとかなっても、話す方はまったくと言っていいほど訓練されていない。それでも、1人1時間近くなんとか英語で受け答えをした。日頃使っていないので、ちょっとした言い回しなど、なかなか出てこない。それでも、なんとか通じているのは、日本に住んでいてもっと下手な英語しかしゃべれない日本人ばかり相手にしているからだろう。最後のアジア圏の人は大学院の学生であった。日本に来て1年ぐらいしかならないが、日本語がペラペラである。大学院生なので、高度な専門用語も理解しなければならず、本当に優秀である。今回は2人の英語圏の人とずっと話ができてよかった。久しぶりに自分の中の英語熱が刺激された。いつまで続くかわからないが、もう少しアウトプットの練習をしようと決意を新たにした。
 いつもはこのカウンセリング・デイの後に、みんなで集まって当日の相談内容について話し合いがある。しかし、この後すぐに予定がはいっていたので先に帰らせてもらった。もう1つの予定は、ある医療法人が主催する診療所などとの交流会である。毎年1回開かれている。精神科のクリニックをやっていていつも困ることは、すぐに入院できる病院が見つからないことである。患者さんの家族は困っていても、部屋が空いていないとすぐに入院させることはできない。いくら暴れていても、統合失調症の患者さんはどこの精神病院でも簡単に入院させてくれるが、薬物依存や自傷行為の激しい患者さんは難しい。この日の外来でも患者さんの家族から入院依頼があり、この医療法人が経営する精神病院に入院を頼んだ。空き部屋があるかどうか調べてもらったが、この日はなく、月曜日に部屋が空いたら入れてもらえる約束をした。一般的に休日、夜間はよっぽどの緊急性がないと無理である。この日の交流会でも、担当の先生に声をかけてもらって感謝している。
 私のテーブルには、2つある精神病院のうちの片方の病院の院長が座っていた。大学の医局にいる時からお世話になっている先生である。大学の関連病院なので、参加しているほとんどの先生は顔見知りである。同じテーブルには私の先輩はこの院長も含め2人だけで、後はすべて後輩である。最近は白髪も増えてきて老いを意識するようになったが、よく考えたら年を取ることはいやなことばかりでない。少し前にどこの新聞だったか忘れてしまったが、岸田秀が書いている文章に接した。岸田秀は「ものぐさ精神分析」で有名で、唯幻論がよく知られている。今年75歳の岸田秀が、若いうちは生きているのが苦しく、年をとってから人生が楽になったというようなことを書いていた。私も同じで、忙しい忙しいと言いながら、若い頃よりは人生に余裕がある。よく考えてみたら、若い頃は周りはすべて先輩ばかりで、気を使ってばかりいた。中には気難しい先生もいて、いじめられたこともある。ところが、年を取ると、周りは後輩ばかりになり気を使わなくてもいい。後輩の方が勝手に気を使ってくれるのである。知らず知らず、誰にも気兼ねせず、好き放題に言えるようになった。先輩の先生も高齢化し、昔ほど気を使わなくてもすむ。高齢になればなるほどこちらから話かけると、素直に喜んでくれる。言い方は悪いが、若い時よりまだジジ殺しの方が楽なのである。なかなか気づきにくいが、年を取ることで得られるメリットもある。若いうちに成功しても、嫉妬や妬みもあるので、この安定感は得られないかもしれない。
 今日はいつもの○○視察委員会があり、この日記の更新が遅れてしまった。府医師会から連絡があり、また4月から私がやらなければならない。例年は年4回であるが、今度は年6回に増えるという。最後に、先週読んだ本について書けるだけ書こうと思う。田母神俊雄「自らの身は顧みず」(WAC)である。著者はアパグループ主催の懸賞論文に応募して、日本は侵略国家でないと述べ、航空幕僚長を更迭されている。最近はあちこちのTV番組にも出演しているので、見た人もいるだろう。しかし、問題の論文に接した人は少ないと思う。短い論文で、この本の1番最後に掲載されている。この本1冊で長々と書いているが、要は1番最後の論文がこの本の要旨みたいなものである。日本は侵略国家でないという主張に対して一笑に付してしまう知識人も多いが、実際に何を根拠にして言っているのか、興味あるところである。
 サンフランシスコ講和条約で、戦犯とされた人の刑期を守ることとされた時(国際法違反と言われている)に、戦犯釈放の署名運動が起こり、ほとんどの国民が署名したという。その後、戦犯とされている人たちの遺族には、恩給などが支給されるように法律が改正され、国会でも法務大臣が「戦犯といわれる人たちは国内法上犯罪人ではありません」と答弁している。まだ、戦時中の軍部の洗脳から国民は解放されていなかったという見方もできるが、この恩給の改正は戦後8年経ってからである。村山談話同様の謝罪決議が国会で強行された経緯も触れられている。自民党との裏取引があったのかわからないが、当時土井たか子衆議院議長が本会議なしと衆議院内に通知し、国会議員が各地の選挙区に帰った隙を狙って、本会議を開いている。議員総数509人の内、半数以上欠席する中で、わずか230人の賛成で決議案が可決されている。そして、8月15日に村山談義が出され、先の大戦は侵略だったと、言及ではなく、政府の文書で初めて出されたという。
 著者はマスコミで文民統制(シビリアン・コントロール)に対する重大な挑戦であるとか、クーデター前夜であるとか、自衛隊の偏向であるとかさんざんこきおろされたことについて、反論している。文民統制の根幹は、軍を使って問題を解決するのか、軍を使わないで問題を解決するのか、その決定権を政治が握っているということである。正当な防衛活動ですらあれこれ制限されているのに、どうやって軍が暴走するのか私もマスコミに聞きたいぐらいである。さて、懸賞論文の「日本は侵略国家であったのか」である。日本は朝鮮半島や中国大陸に一方的に軍を進めたことはなく、たとえ強制があったとしてもすべて条約に基づいているという。もし、日本が侵略国家というなら、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかったのはどこかと書いている。これは私もずっと思っていたことである。
 また、日本政府と日本軍の努力により、それまでの圧政から解放され満州や朝鮮半島の生活は向上し、満州は荒野から工業国家に生まれ変わり、朝鮮も2倍に人口が増えたという。現地に学校を多く作り、大阪帝国大学や名古屋帝国大学に先んじて、京城帝国大学や台北帝国大学が作られている。第二次世界大戦前から5族(大和、朝鮮、漢、満州、蒙古)の共和を唱え、第一次大戦後のパリ講和会議において、日本が人種差別撤廃を条約に書き込むことを主張した際、イギリスやアメリカから一笑に付されている。イギリスを始めとする他の列強国は、インド人などに教育を与えることはなく、士官学校にも入学させていない。日本は朝鮮人も中国人も陸軍士官学校に入れ、李王朝に天皇のお妃候補を嫁がせ、清朝最後の皇帝の溥儀の弟に華族を嫁がせている。
 他にも、南京虐殺や慰安婦問題や、アメリカとコミンテルンや蒋介石とコミンテルンの関係も書かれ、日本は蒋介石により日中戦争に引き込まれたと述べている。この辺のことは、引用されている文献がどこまで信頼できるのか私には判断能力がない。しかし、議論を封印した行き過ぎた自虐史観については、私も反対である。みんなイデオロギーでなく、実際にあった事実を知りたいのである。この本では日本の防衛体制についても書かれているが、やはり現場の長としての意見は耳を傾けるべきである。もちろん日本軍が植民地でいいことばかりしていたわけではなく、この論文の審査員の1人である渡部昇一も「昭和史」で、第二次大戦の後半での軍部の乱れや暴走を批判している。前にも書いたが、手打ち論があり、天皇と国民に戦争責任がないとするかわりに、A級戦犯などに責任があるとした手打ちについてあれこれ後から文句をいうなという考えも方ある。A級戦犯などに戦争責任がないとなると、どうしても天皇にまで責任が及んでしまうのである。最初から侵略はなく、誰にも戦争責任はなかったと言ってしまえば、これはこれで楽かもしれない。

平成21年2月17日(火)

 先週の木曜日は午前中に京都市から電話があり、午後から府立洛南病院に緊急入院した人の診察を頼まれた。この日記では何回も書いているが、警察に保護された人が、強制入院である措置入院が必要かどうか精神保健指定医の診察が必要である。しかし、水曜日が祝日だったので、この日は紫野にある特別養護老人ホームに行き、帰りに統合失調症の患者さんの往診に行かなければならなかった。この患者さんは、1月下旬にも自宅まで往診に行ったが、トイレに逃げ込まれ、午後の診察もあるのでそのまま帰っていた。そばに年老いた父親がいたが、幻覚妄想状態となっている子どもに対してはまったく無力である。仕方ないので、またこの日に自宅まで行った。ところが、何回呼びかけても誰も出てこない。事前に電話連絡しておいてもよかったが、そんなことをしたらまた逃げられてしまう。一旦医院に戻って、用事をしてからまた出かけた。
 家には、障害のある兄弟さんが帰宅していた。父親は入院しているという。母親もショートステイで不在である。患者さんはこたつにはいって寝ていた。呼びかけたら、何をしに来たと興奮しだし、説得するどころでない。一方的にまくし立てられ、トイレに行くと言って、またトイレに逃げられてしまった。力づくで取り押さえてもよかったが、トイレに行きたいと言われて、一瞬ひるんだのがよくなかった。トイレに逃げ込まれたら、いくら外から説得しても無理である。これまでは、いやがっていてもなんとかこちらの勢いで、腕に注射できていた。この患者さんは自分では病気と思っていないので、自ら薬を飲もうとしない。以前は母親が食事に薬を入れて管理していたが、脳梗塞で倒れてからは薬を服用させることができていない。父親に頼まれて、時々往診していた。幻覚や妄想を抑える持続性の抗精神病薬であるハロマンスを筋肉注射すると、数ヶ月間は見違えるようによくなっていた。
 とにかく腕に注射針を刺したらこちらの勝ちである。動いたら針が折れると言ったら、みんなじっとしている。実際には、ちょっとやそっと暴れても針が折れるなんてことはない。精神状態の悪い患者さんほど私は余計な説明はしない。いきなり患者さんの部屋に入っていき、向こうが何しに来たんだと言っても、はいはい腕を出してと言って、腕を取りとにかくそのまま注射針を刺してしまう。患者さんは文句はいろいろ言うが、こちらの勢いに圧倒されて、注射を打たせてくれる。いろいろ文句を言っても、後の祭りである。疾風のように現れて、疾風のように去っていくのが正しいあり方である。この勢いというのは大事である。多分、振り込め詐欺なんかもこの勢いにだまされてしまうのだろう。中には、この勢いで好きでもない男の人とホテルにはいってしまう女の人もいるかもしれない。今回はいつもより精神状態が悪かったので、うまいこといかなかった。また、タイミングをねらって往診に行くつもりである。次回はトイレに逃げこまないように、先に誰かトイレにはいっていてもらうのも、1つの方法かもしれない。他にも、往診で注射を打ちに行っている所があるが、患者さんの両親が高齢化していると大変である。
 土曜日は、「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」を見に行った。私は映画を見る前はあまりその内容については読まないようにしている。せいぜい新聞の広告ぐらいの内容で、生まれてからどんどんと若返っていく主人公の物語ぐらいしか予備知識はなかった。どんどん年を取っていく女性と、どんどんと若返っていく男性との出会いが物語として成立するのか疑問であったが、最後まで破綻なく見れた。老いとか若さをテーマにした映画で、よくできていた。しかし、大感動したかといわれたら、難しい。アイデアもいいし、テーマもいいし、俳優もいいし、話の筋もいいが、何かプラスアルファが足りない。最後の時計がハリケーンで水浸しになっていくシーンは表現としてはわかるが、余韻としてあまり残らなかった。ややもすると、予定調和的な話の進行で、もっと誰もが思いつかないようなはっとする場面も入れて欲しかった。私は介護認定審査会をやっているので、この映画で出てくるようなお年寄りはたくさん知っている。あらかじめ送られてくる資料には、以前はお茶屋さんをしていたとか芸姑をしていたとか書かれている時もある。今では1時間前のことも思い出せないし、パジャマの着方もわからない。ふだんから、お年寄りの診察もしているので、この映画を見て人生を見つめ直すという所まではいかなかった。しかし、確実に自分が老いているのは、改めて自覚できた。
 最後に、京都新聞の書評欄にも載っていた、堀紘一「世界連鎖恐慌の犯人」(PHP)である。朝倉慶「大恐慌入門」(徳間書店)では、CDSが5400兆円と書かれていたが、ここでも6000兆円と書かれている。(その時のドル相場で額は異なるのだろう) ここでは、CDSは企業版の生命保険と説明され、保証している企業が倒産したら支払い義務が生じる。全世界のGDP(国内総生産)は5000兆円で、こんな保証をどこがするのかという。ヘッジファンドについても詳しく解説しているが、わかりやすく言うと、私的な投資組合である。ハーバード大学基金などが、資金の運用を任せているという。ヘッジファンドの数は4千ぐらいで、資金量は40兆円ぐらいである。表向きは40兆円しかなくても、レバレッジをかけて400兆円、さらに証拠金取引をすることで4000兆円になる。この4000兆円がある時には原油に流れるとあっという間に原油が高騰し、さっと引くと暴落する。ゴールドマン・サックスなどの投資銀行の年収はトップは30億円で、ヘッジファンドのトップは60億円だという。虚の経済でこれだけの年収を得、実の経済である日本のメーカーの社長はせいぜい数千万円である。著者はボストンコンサルティンググループの社長になった時には年収が5千万円で、やめる時点で約2億円だったという。ある投資銀行から最終的には10億円で誘いがあったが、断ったという。いかに儲かるかばかりの話で、納得のいく仕事の意義を説明してくれなかったからである。著者が代表取締役をしているDI(ドリームインキュベータ)にモルガンを辞めてきた人や年収2000万円は多すぎると言って応募してきた人のことも書かれている。儲けのためには人の生き血をすするというような投資銀行についていけない人もいるのである。
 ここには、個人投資家が絶対に勝てない理由も書かれている。株下落の1年後に不動産の大暴落がやってくるといい、まず最初に別荘がだめになるという。日本には1500兆円の個人金融資産があり、不況の時こそ金持ちと貧乏人の格差がますます広がるという。株については、三菱地所と三井不動産の株は絶好の買い時と書いてある。大恐慌の時には景気の回復に戦争が1番の解決方法みたいな言い方がされるが、アメリカにとって朝鮮戦争やベトナム戦争はまったく採算があわなかったという。戦争以外の方法として、ITとFE(金融工学)が考え出され、まやかしの繁栄が作られたのである。作者の金融資本主義から産業資本主義という主張もよくわかる。今回の金融危機に対しての対抗策は、とりあえず耐えることだという。私の医院に40歳を過ぎた引きこもりの息子を連れてこられても、すぐには解決策が見つからないのと同じである。著者はこの本を書くべきか書かざるべきか悩んだというが、水面下の世界で大変なことが起こっているようである。以前に紹介した朝倉慶「大恐慌入門」(徳間書店)も、決してトンデモ本ではないのである。

平成21年2月10日(火)

 私の医院は3階建てで、3階が院長室と心理室である。今は心理の人がいないので、2部屋とも私が使っている。もっともいくら部屋があっても、ふだん使うのはせいぜい2部屋ぐらいである。いくら豪邸に住んでいても、多分同じだと思う。書類を書いたりインターネットを見るのは診察室で、TVやビデオを見るのは院長室である。心理の部屋はストレッチやヨガ、腹筋運動用に使っているが、さぼりがちでまた体重が増えてきている。昼食をダイエット・クッキーだけにしたら体重がコントロールできるのだが、ついつい余計な物まで食べてしまう。
 1月末から2月初めは比較的余裕があり、先週も介護認定審査会があったぐらいで、ゆっくりとできた。細々とした書類はあるが、追い立てられるほどではない。明日も休みなので、今月中に書かなければならない自立支援医療の診断書もまだ焦ることはない。アダルト・ビデオばかりツタヤの宅配便で借りて見ていたが、他のことができなくなるので今は制限している。英語力が衰えないように、またCNNのワールド・ニュースを30分は見るようにしている。本当は英文雑誌や英字新聞をばりばりと読むのがいいが、ついつい安易な方法に頼ってしまう。TVだとわかってもわからなくても、映像を見ていたらいいので楽である。語学は声に出して暗誦するのが1番の上達法である。今は呆けてしまった私の父親が、昔は教育勅語でも歴代の天皇の名前でも論語でも、意味もわからず徹底的に暗誦させられたという。題名は忘れてしまったが、昔読んだ本で、インドに留学したお坊さんが書いた本があった。先生からは意味もわからず徹底的にサンスクリッド語の教典を暗誦させられたという。(この本で、サンスクリッド語の正式な読み方が伝わっていないことを初めて知った) この意味もわからず徹底的に暗誦するという学習法は原始的な方法のようであるが、ある種の学問には向いていて、記憶に定着させ、後から繰り返し思い出しては覚えた内容を理解できるようにしてくれる。
 院長室にはソニーのブルーレイの録画機が置いてある。今はビデオカメラの方が高画質化し、ハイビジョン画像のまま残すにはブルーレイしかない。この録画機に、おまかせ録画という機能がついている。私はTV番組としては、CNN以外では「たかじんのそこまで言って委員会」やNHKのドキュメンタリーなどを録画するぐらいである。このおまかせ録画というのは、録画機が私の好みを勝手に学習してTV番組を録画してくれるのである。最初の頃は自分が予約していないのに、バラエティ番組まで勝手に録画していたので余計なお世話だと思っていた。「たかじんのそこまで言って委員会」でもなかなか毎週見ている暇はないので、私にとっては必要のない機能である。説明書がどこかにいってしまったので、このおまかせ録画機能の解除の仕方がわからず、いろいろ試してみたが、実際に解除できるのかもよくわからない。勝手に録画されている番組はいつも見ずに消去しているが、先週はNHKの「アメリカ発 世界自動車危機」が知らない間に録画されていた。
 前回この日記でも紹介した、朝倉慶「大恐慌入門」(徳間書店)を読んだばかりなので、興味があって最後まで見た。出てくるアメリカの自動車産業はGM(ぜネラルモーターズ)で、値段の高いSUV(スポーツ多目的自動車)を売るために、返済能力のあるなしに関わらず、高いローンを組んでこの車を売り、莫大な利益を得ていたという。そして、このローン債権は証券化され、金融工学で他の証券化商品と組み合わせて売り出すのである。この金融商品の格付けは、信用度の高いAAAである。低所得者用の住宅ローンであるサブプライムローンの問題と構造的には変わらないのである。神谷秀樹「強欲主義 ウォール街の自爆」(文春新書)を読んでいるところであるが、前回取り上げたCDSについては、強大な地雷がまだ地中に埋まり、今後世界の金融市場を大きく揺るがす可能性も指摘されていると触れられているぐらいである。今後本当に大恐慌の再来が起こるのか懐疑的なところもあるが、日本のバブル崩壊時のように不良債権処理については先延ばししてごまかせるとは思えない。「大恐慌入門」では、最後に何が書いてあるかというと、食料品が高騰するので米を買い貯めておけという。誰もがまさかここまでひどいことになるとは思っていいないだろう。夕刊フジを読んでいたら、今週の13日の金曜日にヘッジファンドの投資家に対する返還期限が迫っているので、株が暴落すると出ていたが、どうなることであろうか。
 この前の土曜日は、京都精神病院協会の主催で講演会があった。演題は「境界性パーソナリティ障害とのかかわり」である。この道の大家である成田善弘講師の話であったが、内容的には面白かった。リストカットや大量服薬を繰り返す患者さんに対しては、一生懸命頑張っている治療者の中にはどうしても陰性感情が沸き起こってくる。しかし、心の中では何を思ってもいいという。腹がたって患者さんをぶん殴りたいと思ってもいいのである。実際にぶん殴っては困るが、心の中ではかまわないという。そう考えると、必要以上にマゾヒスティックに耐えることもなく、治療もやりやすくなるかもしれない。この成田先生はいろいろな学会の倫理委員会の役もしているが、この境界性人格障害の患者さんから主治医と関係を持ったという訴えが少なからずあるという。実際に関係を持ってしまう精神科医も珍しくはないようである。確かに中には魅力的な人もいて、医者を誘惑してくる時もある。性的ファンタジーが刺激されて負けそうになる時には、心の中で先に関係を持ってしまうのも1つの方法かもしれない。先ほどの、心の中では何を思ってもいいのと同じである。アメリカなどでは、患者と関係を持つ精神科医は多いようであるが、私は絶対に反対である。時々、境界性人格障害の人とつきあっているという患者さんがいるが、みんな振り回されてばかりである。境界性人格障害といっても、その病理の深さが異なるので一概に言えないが、労多くして功少なしである。絶対に、自分の力で彼女を治してやろうとは思わないことである。最後の質疑応答で、ある病院の院長が境界性人格障害の患者さんを積極的に入院させ、プログラムに沿って治療していると発言していた。いつも大量服薬をしたり、リストカットをする患者さんをどこに入院させたらいいのか困っていた。こういう病院が1つでもあると、開業医としては安心である。
 最後に、 先週の火曜日に出ていたディリースポーツの記事を紹介する。私の医院ではスポーツ新聞を置いているが、私個人はプロ野球などにあまり興味はない。ここに風俗業界の裏と表という記事が載っている。AV嬢の出演料も以前の記事に載っていた。今は安くなって、単体もので1本100万円から150万円だという。単体ものというのは、1本2時間のアダルト・ビデオを1人の女優で作っている。あまり出過ぎるとファンに飽きられ、出演料も安くなるので、出演回数は制限される。1ヶ月に何本も出て、お金を稼ぐわけにはいかないのである。さて、今回の記事である。風俗業界では、リストカットや薬物中毒の女性は少なくないという。こころに問題をかかえた女性たちが、風俗を最後のより所にしがちだという。だから、その場で適応できないとなると、人生に終止符を打とうとする。風俗嬢の自殺及び自殺未遂は多く、警察沙汰になると店や客に照会されることも少なくないという。タレントの飯島愛が亡くなり、その死因は肺炎であった。この日記でも書いているが、大量服薬しても薬の作用で亡くなることは滅多にない。昏睡状態になると、むせても吐き出す力がなくなり、誤嚥性肺炎を起こしやすい。リストカットや大量服薬を繰り返す人がすべて境界性人格障害ではないが、彼女らはアダルト・ビデオや風俗の世界で自分の居場所を見つけ、なんとか生き延びようとしている。

平成21年2月3日(火)

 先週は外来の患者さんが急激に少なくなった。私の医院は予約と当日受付けの両方でやっているが、地元の患者さんが多いせいか、最近は予約をしない患者さんが増えている。だから、当日でも今日は患者さんが多いのか少ないのかわかりにくい。日によって患者さんの混み具合の差が大きく、時間帯によっても異なる。前にも書いたが、冬は寒いので、朝方は少なく昼近くになって急に増えたりする。夏はこの反対で、暑くなるので朝方に集中しやすい。日によって差はあっても、1週間で見るとそれほど変わらないが、先週は本当に少なかった。風俗で働いている患者さんが、年末や1月の初めは不況の影響はそれほどでなかったが、後半になって急にお客さんの数が減ったという。私の医院もたまたま少なかったのか、受診抑制の影響かわからないが、新聞などの記事を見ていると少し不安になる。こんな不況は関係なく、患者さんが殺到している精神科の診療所も多い。前回の府立洛南病院との新年会でも、毎日70〜80人の患者さんを診ていると話していた先生もいた。
 この前の土曜日は、京都精神科医会の講演会があった。私が博士号を取った時にお世話になった先生が、「映画にみる精神病理の世界」について話をしてくれた。チャップリンの「ライムライト」や「心の旅路」「アナライズ・ミー」「恋愛小説家」などの映画を紹介して、登場人物に見られる解離性健忘やパニック障害、強迫神経症などについて解説してくれた。この先生は京都教育大学の教授をしているので、臨床心理士を目指す人のために「映画にみる心の世界」という本を書いている。精神医学をわかりやすく理解するための本なので、一般の人にはお薦めである。それぞれの疾患概念の歴史的変遷も説明してくれたが、チャップリンが主演女優に手を出していろいろトラブっていたという話は面白かった。この後の懇親会で、私が診察していたアル中の患者さんがお世話になっているアルコール専門外来の先生と話をした。この患者さんは私の医院に通っている時には、家族に隠れて飲んだり、会社の欠勤が続き、どうしようもない状態であった。このアルコール専門外来に通うようになってからは、今では断酒をして職場復帰も可能となっている。私はこの患者さんについてはアルコール病棟に入院する以外は無理だと思っていたので、改めて専門外来の底力を知った。他の先生とも話をしていたが、私の先輩で75歳の先生が自分で患者さんの処方薬を作り、夜中12時まで診察をしていると聞いて驚いた。私はいつも忙しいと言っているが、こういう話を聞くとあまり忙しいとは言えなくなった。
 先週は久しぶりに時間があったので、映画を見に行った。「007 慰めの報酬」で、3時過ぎからの上映であった。ウィークデイのこんな時間でも、館内は満員であった。前作の「カジノ・ロワイヤル」をDVDでレンタルして見たが、予想外によかったので、この作品は楽しみにしていた。内容は見てのお楽しみであるが、アクションシーンの映像の撮り方が迫力があり、内容も面白く、大満足であった。やはり、こういう映画はDVDではなく、劇場で楽しむのが1番いい。先週はこの映画ばかりでなく、本も集中的に読んだ。日本の代表する企業が何千億円という赤字を予想しているので、これから世の中はどうなるのかと誰もが心配しているだろう。製造業や自動車関連の仕事をしている患者さんの話を聞いていても、1月になってからは悲惨である。
 まず初めに、竹中平蔵、田原総一朗「ズバリ!先読み日本経済」(アスコム)である。この本の冒頭では、小泉・竹中批判について反論しているが、批判する人は何も対案を出していないというのはよくわかる。この本は10月に出ているので、対談が行われている時にはまだ原油が上昇しており、穀物価格の高騰も取りざたされていた。さすがにこの時点で、こんなに原油が安くなるとは予想できていない。まだトヨタが赤字に転落する前なので、トヨタも高く評価している。銀行について非難しているが、金融業は本来はリスク管理業であるが、80年代の銀行は土地という担保だけとって、こっちにある金をあっちに届けていただけで、宅配便と同じだという。ブルドックソースを守った裁判所の判決についても批判し、立法・司法・行政は三権分立ではなく、三権棲み分けで相互チェックがないという。アメリカは金融にシフトして、日本はまだもの作りで頑張っているというが、世界の製造業トップ100には、日本が8社で、アメリカでは44社もはいっていると反論している。金融再生プログラムのことも書いているが、田原は政治家は戦略は作れるが、戦術が作れないと述べている。細かい数字やマニュアルはみんな官僚が握っているので、政治家が唱える改革については簡単につぶせるという。竹中・木村が不良債権処理で日本を滅ぼすと日本中で大合唱する中で、田原は竹中を支持している。不良債権処理を進めていた時に、海外の識者もほとんど竹中を支持してくれたという。竹中は、強い会社というのは競争した会社で、強い人とは競争した人だという。自分が袋叩きにあったせいもあるのか、日本の経済記者を批判しており、大事な経済や経済政策にはあまり興味がなく、経済事件記者だという。政治記者も単なる政治事件記者で、事務所経費や緑資源機構の問題で自殺した松岡利勝が、日本の米を中国の金持ちに輸出しようとしたことなどまったく評価していないと述べている。他にもいろいろと書いているが、所得を稼ぐ能力をもっとも決定づけるのが教育で、ものは相続したら相続税がかかるが、教育投資をすれば相続税がかからないという指摘はなるほどと思う。教育というのは、生前贈与できるのである。毎年授業料を500万円払い、6年間私立の医学部に通わせるのはまさにこのことである。感心しながら読み終えたが、次の本を読んでまたこの本の評価が変わった。
 朝倉慶「大恐慌入門」(徳間書店)である。まだみんなどこが大恐慌の再来か実感としてはないと思うが、この本を読んでよく理解できた。どの番組か忘れてしまったが、TVを見ていて、民主党の原口一博がサブプライム問題とは比較にならない、まだ表に出ていない超メガトン級のCDS(Credit Default Swap)問題があると発言していた。何のことかさっぱりわからず、このCDSのことは気になっていた。新聞でもちらっと触れている記事を見たが、よく理解できなかった。CDSというのは、債務不履行や倒産の時に損失を補填してもらう一種の保険で、巨額の運用資金を持っていたヘッジファンド(私もよく理解できていない)がこぞってこの市場に参加したという。保険の引き受け手で、企業が倒産しなければ保険料は丸儲けになるので、争うように参加して、保険料は飛躍的に下がったという。金融機関も、信用度の低いサブプライムローンでもこの保険をかけてしまえば安全なので、どんどんと証券化を進め、最終的にヘッジファンドはこの保険の6割を引き受けるまでに至ったという。世界最大の保険会社であるAIGが破綻したが、2005年に危険であると判断してこのCDS市場から撤退している。それでも、すでに契約していた膨大な保証が残っていたのである。最大の取引先はゴールドマン・サックスで、この保険金を決済しないと今度はゴールドマン・サックスが破綻するので、FRB(米連邦準備理事会)から融資を受けたという。AIGのCDSの引受額は50兆円と言われ、急速な景気悪化でこれから企業の破綻が続出するので、AIGに代わって米政府が焦げ付いた保険料を払うことになったのである。問題は、想定元本が5400兆円と言われるCDSがどこにあるかである。AIGでさえ払えなかった保険料をどうやって支払えるのか実態は深い闇の中だという。ジョージ・ソロスも、「サブプライム問題とは別の超バブルが崩壊寸前にあり、世界大恐慌以来の最悪の金融危機」とインタビューで答えている。
 銀行に投資銀行と商業銀行があるのはこの本で初めて知った。シティなどの商業銀行はゴールドマン・サックスなどの投資銀行と違い、8%の自己資本比率の枠をはめられていたという。ところが、簿外であるSIV(特定目的会社)を作り、何でも好き放題投資していたという。この巨大な爆弾を隠すために、G7で決まったSIVの連結化による完全な情報開示の義務化は延期されている。表に出したら、即金融崩壊だという。シティグループのSIVの不良資産を米政府が保証すると言って、今はなんとかパニックを抑えている。ファニーメイとフレディマックの救済も、破綻させると1兆4千億ドルのCDSが一斉に決済不能になり、金融破綻の連鎖が避けられなかったという。しかし、今は大きすぎて潰せないから、大きすぎて救えないに変わってきているという。政府が救済すると言っても、その莫大な損失から考えると、カンフル剤を打って延命させているだけなのである。リーマン・ショックが金融恐慌の引き金を引いたのは誰でも知っているが、なぜ破綻させたのかも書いている。ベアー・スターンズが破綻した時、デリバティブ取引が想定元本で10兆ドルを超えていたという。また、CDSの引き受け手で、保証できない金融商品の続出で瞬く間に金融がドミノ倒しになるので救済するしか方法がなかったという。ところが、リーマンは不動産に強い会社で、CDSの額も大きくなく、いわゆる金融連鎖倒産を引き起こす大きな爆弾は保有していなかったので救済しなかったという。
 この本では、ロボットトレーディングのことも書いているが、確実に儲かる均衡点で取引するプログラムを作り、当初は年率40パーセントという利回りをたたき出していたという。ところが、映画「2001年宇宙の旅」でHAL(IBMを1字ずらしたもの)というコンピューターが暴走を起こしたように、ロシアのルーブル危機によってこの状況を想定していなかったロボットが暴走したという。この辺の話は面白いので、興味のある人はこの本を読んで下さい。今回問題となったのは、サブプライムローンを含んだCDO(債務担保証券)300兆円の一部にしかすぎず、デリバティブの0.5パーセントの世界の話なのである。CDS5400兆円が崩壊するのは、時間の問題である。先に紹介した本では、竹中平蔵はAIGは融資すれば救済できると判断してFRBが承認をしたと述べ、金融システム全体が資本不足になることは大きなスケールで起こらないと述べている。CDSの問題をわざと隠しているのかわからないが、いずれにしても大恐慌が差し迫っていることは間違いないようである。

平成21年1月27日(火)

 この前の日記で、夫は単なる給料運搬人かと書いたが、ある患者さんが夫婦げんかをして、妻から私は単なる家政婦かと言われたという。どちらの言い分もよくわかるが、男の立場からすると、どうも子どもは母親の人質としてとられているような気がする。子どもはどうしても母親と長くいるので、母親の影響を受けやすい。専業主婦の家内を見ていると、いいとこ取りだけしているような気もする。私は仕事でいくらストレスが貯まっても、家で八つ当たりをすることはない。しかし、子どもにとっては、父親は仕事から帰ってきたら何もせず、酒でも飲みながらごろごろとしている存在かもしれない。ここでも何回も書いているが、自分が作った料理について夫は何も言わないと女性が不満を漏らすことがよくある。しかし、毎日夫が会社に行く時に行ってらっしゃいと送り出し、帰ってきたら、今日のお仕事ご苦労さまと言っている人は少ないだろう。妻が夫からのちょっとした気遣いの言葉をかけて欲しいという気持ちはわかるが、夫は会社に遊びに行っているわけでないので、仕事で疲れきって帰って来る。夫は反対に、家に帰った時ぐらいは妻に少しは気を使って欲しいと思う。よく考えてみたら、もともと女性は夫と対等の立場になりたいとは思っていないのである。女性は一方的に男性から守られるもの、保護されるものと小さな頃から刷り込まれている。だから、夫は妻の方が楽していると言っても、少しも通じないのである。今は昔と違って専業主婦が少なくなっているので、パート、正社員で立場は異なるかもしれない。
 最近は男性と同じように会社でばりばりと働いている女性も多い。残業も男性と同じようにこなし、家に遅く帰っても、家族と同居している人は母親が夕食を作ってくれる。母親である患者さんに聞いても、夕食を作って待っていても娘から感謝されることは少ないようである。一人暮らしの女性は、疲れて帰ってきても、誰も家事をしてくれる人はいない。ばりばり働いている女性ほど、私も家政婦みたいな人が欲しいという。結婚して、妻が働いている場合は、夫は家事を手伝わなければならないだろう。一方的に家事まで押しつけたら、それこそ、妻と夫は誰が見ても対等の立場でなくなる。患者さんを見ていて1番大変だと思うのが、離婚して子どもを引き取り、日中は人並みに働いている人である。疲れて帰っても、今度は家事と子どもの世話が待っている。私の患者さんでも、実家が離れていて、すべて1人でこなしている人がいるが、頭が下がる思いである。
 子どもが小さいうちは夫が思う以上に妻の子育ては大変だと思う。すぐ近くに実家がある場合は、全く別である。マンションなどに住み、近所に知り合いもなく、1日中籠もった生活を強いられるのはストレスである。長い人生の中で1〜2年は仕方ないのかもしれないが、この時は夫は妻に対して気遣わないといけない。時々患者さんの中に、子どもが引きこもりで働いていないという人がいる。こういう場合には、妻の方は何となく自分の育て方が悪かったのかという自責感みたいなものがあり、夫の方はひたすら家族のために働いてきたのにという無念の思いもある。夫の方がアル中だったり、子どもを一方的に怒鳴りつけたりする場合もあるので、必ずしも妻が悪いわけではない。しかし、勝てば官軍みたいな所があり、子どもがうまく育つと妻の手柄となり、一人前の社会人になれないと妻のせいにされてしまう。私は専業主婦を責めているわけではないが、賢い専業主婦になって欲しいと思う。いろいろな患者さんの話を聞いていて、子どもが必要以上に親に反抗したり、妻と子どもの仲が悪かったりしたら、夫としては一体どんな育て方をしてきたのかと文句の1つも言いたくなってしまう。
 前回の日記で、これからますます不況になるので、就職は1番高く売れる大学卒業時のチャンスを逃すなと書いた。結婚もつくづく同じだと思う。前にも山田昌弘、白川桃子「婚活時代」(ディスカバー提書)を紹介したが、結婚するには結婚活動すなわち婚活が大事で、就職と同じで1番高く売れる時にチャンスを逃さないようにしなければならない。大物狙いをして婚期を逃すのではなく、若い内は苦労してもそれなりに幸せを感じられる人と一緒になるのがいい。女性は一方的に男性から守られるものであり、保護されるものと書いたが、夫に対するちょっとした気遣いでこんな一方的な要求でも夫から永遠に保証されるだろう。夫をたてなかったり、自分の非は全く認めなかったり、夫に絶対謝らない妻は無理である。
 この前の土曜日は、府立洛南病院と京都精神科診療所協会との交流会があった。府立洛南病院は京都の精神科救急の拠点病院で、休日や盆休み、正月休みなどに自分の患者さんが急変した時にはいつもお世話になっている。一般の救急病院と同じで、中で働いている医師の仕事は大変である。私は休日待機番をしたり、警察に保護された患者さんの診察に行くので、ある意味で救急医療には貢献していると思っている。夜間に当直をしている公的病院の給料は安く、開業している精神科医の給料は高いので、不公平感も生じている。しかし、若いうちは私も公的病院で精神医療には貢献したと思うので、年代に応じて交代していったらいいと思う。私は48歳になる直前に開業したが、年齢がいっていつまでも救急の第一線で頑張る必要もないと思う。順繰りに若い世代に廻したらいいと思う。昔は薬物中毒など大変な人をたくさん診てきたが、これも年齢とともに若い世代に引き継いだらいいことである。若い時にしかできないことを年をとってからもやる必要はない。その年代に応じて、自分の役割を変えたらいいだけである。だから、あまり社会的貢献もしていない若いうちから開業するのは疑問符がつく。
 今日はいつものヘルパー養成講座があったので、またこの日記の更新が遅れてしまった。もんもん写真館にプノンペンの写真を3枚と年末の旅のケップ、ラビット・アイランド、カンポットの写真を載せたので、また見て下さい。カンボジアの宣伝をするわけでないが、こんなにも欧米人がたくさん旅行しているのに、日本人は何をしているのかと思う。

 もんもん写真館を更新しました。

平成21年1月20日(火)

 最近患者さんを診察していて、何のために生きているのかわからないと言う人が多くなった。以前はどう生きていいのかわからない若い人の決まり文句みたいな所もあったが、最近はいろいろと人生経験を積んできている中年の男性や女性も言うようになった。私も疲れ切っている時にあまりにもやらなければならないことが山積していると、何のために生きているのかわからなくなることがある。家内とけんかした時に、我慢できず、「夫は単なる給料運搬人か」と怒鳴ったこともある。世の中はどんどんと不況になっているが、家内は何の苦労も知らず、このまま専業主婦として逃げ切るだろう。しかし、これからの時代は無理である。まだ、私が生きてきた時代は良かったのかも知れない。定年を間近に迎えた患者さんとも話をしているが、私ぐらいの年代までは、なんとか定年退職までこの時代を逃げ切ることができる。しかし、それより下の世代はこれからどうなるかわからない。退職金も満額出るかどうかも疑問である。
 今は高度成長期のような人生の物語が作りにくくなっている。最初は給料は安くても子どもが大きくなるにつれ、年齢とともに給料もどんどんと上がり、地位も上がっていく。将来に希望が持てるので、若い内は大変でもなんとか我慢できる。今の若者はすぐ仕事をやめると言って非難する人もいるが、患者さんの話を聞いていると無理もないと思う。給料は安く、昇給もほとんどなく、かなり上の先輩を見ていても自分とほとんど収入の差がない。一流企業は最近は満額残業手当を出すようになってきているが、まだまだサービス残業だらけの所も多い。このまま一生ここで働き続けるのかと考えると、何の夢も見いだせず、やめたくなるのも無理はない。大学を卒業して、すぐに正社員として就職しなかった人や正社員として就職しても1度やめた人は、30代や40代になっても手取りで20万円を超えるのは至難の技である。特別な資格や技能を持っている人は別であるが、その人が人生で1番高く売れるのは、大学卒業時である。この時を逃すと、今の時代はほとんど再起不能である。団塊の世代が定年退職を迎え、やっと若い人の就職が好転したと思ったら、また氷河期である。人生で1番大切な時に氷河期を迎える今の大学生は本当に気の毒だと思う。ただ、私の時代と違って、学生時代に遊びぼけている余裕はないと自覚することも大事である。これからはあまりにも安易に大学生活を送るのはやめ、後からこんなはずではなかったと後悔しないように常に目的意識を持たなければならない。
 今日は外来が長引き、急いで昼食をとり、2時半から府医師会の医療安全対策委員会に出てきた。きのうはいつもの労災判定会議で、今度の木曜日は急遽代理で保険医協会の定時代議員会に参加しなければならない。委員会が終わってからこの日記の続きを書いているが、もうひとつ書く意欲が湧いてこない。さて、前にも予告していた性についてである。どこまでまとめられるかわからないが、書けるだけ書こうと思う。まず、山口みずか「独身女性の性交哲学」(二見書房)である。著者は東京都立大学を卒業後、風俗産業を転々とし、最後は吉原の高給ソープで8年在籍し、ナンバーワンになったこともあるという。ロサンゼルスの国際売買春会議にも参加している。この本の最初の方で「オンリーユー・フォーエバー症候群」という言葉を初めて知った。どういう意味かというと、この世の中にはたった1人、自分にとって運命の人がいて、その人と生涯添い遂げて暮らすことが、本当の女の幸せであるという、恋愛に対する女性の信仰心である。男性の信者はほとんどいないのが特徴だという。たまたま偶然読みかけた、佐伯順子「愛と性の文化史」(角川選書)の中で、与謝野晶子の中にこの症候群が流れているという。明治から現在まで女性の本質は何も変わっていないのである。
 風俗嬢として男性と接してきて、男を知れば知るほど、この女子の憧れは何だったのかと気づかされたいう。この本では女性から見た男性の性を的確にとらえ、当たっていると思った。男性が欲しいのは2人で築き上げる愛のパラダイスではなく、自分の幻想に適したパーツとしての女。風俗嬢とつきあって男性が夢想するのは、リッチなエロライフでしかないという。男が女を必要とする第一の目的は、セックスと家事労働の安定供給というのはその通りである。女性の患者さんの中には、セックスはあまり好きではなく、子どもができてから子育てに夢中になっていたという人がいる。しかし、男性は女性と違って毎日精子を作っているので、生理的に定期的に放出しないといられない。だから、セックスは別にしても妻として夫の性処理にある程度協力をしなければならないだろう。ここでは、恋愛資本主義という言葉も出てくる。女性は高い物をおごられることで自分の価値を確かめたい。女は商品で、その価値はいかに男に大事にされるか、金を使ってもらえるかにかかっているという。もともと男性の方は恋愛に幻想はなく、セックスと安定を求めているに過ぎないというのも当たっている。いろいろな引用文献も多く、斉藤環の「おたくには相手を一方的に眺めていたい、観察したいという人が多いが、おたくは見つめ返しに弱い」というのもその通りだと思う。著者は恋愛依存症で、ホストに何千万円も貢いだという。私の患者さんにも同じような人がいるが、いくらお金を貢いでも無理なものは無理である。ダメ男養成コースも書いているが、「必要とされることを必要とする」「救済者になりたがる」「相手をほっておけない」「つねに自分を後回しにする」「現実をみつめることができない」は全く賛成である。客がいつまでも胸を揉みほぐし続け、一体何が楽しいのかと述べているが、男女の違いがよくわかって面白い。
 最近出た、婦人公論の「快楽白書」を読んでいたら、石田えりのインタビューが載っていた。映画「遠雷」で出演し、この映画は昭和56年のキネマ旬報で2位に選ばれている。私はこの時にこの映画が2位に選ばれたのは、まだ若い石田えりが裸になって見事なバストを披露したからではないとか思った。田中未知「写真屋・寺山修司 摩訶不思議なファインダー」(フィルムアート社)が朝日新聞や週間文春で取り上げられているが、この写真集で裸の女性が大勢出てくる。今から考えると、この時代には自分の中にある性的ファンタジーがアンダーグラウンドな芸術という姿を借りて刺激されていたのかもしれない。婦人公論の「快楽白書」では、271人の女性のアンケート調査を載せている。平均年齢は52歳近くで、セックスレスは36%で年に数回程度を含むと50%を超えるぐらいである。この数字をどう見るかであるが、私の年代ぐらいの医者だと周りはセックスレスが多い。最後に、最初にこれからの若い人は大変だと書いたが、私の時代と比べて格段にセックスの敷居が低くなったのは、男としては羨ましい限りである。その分、有り難みがなくなり、なかなか結婚をしない人が増えたのかもしれない。

平成21年1月13日(火)

 この前の続きである。12月30日の朝はホテルでモーニングを取り、ケップの海岸を歩いた。 海の向こうに島がいくつか見えたが、どれがベトナム領のフーコック島かよくわからなかった。天気は曇り空で、写真を撮るにはもうひとつであった。欧米人を何人か見たぐらいで、広い海岸はほとんど人がいなかった。ホテルをチェックアウトし、荷物を持ってバイクタクシーに乗り、近くの船着き場に行った。バイクタクシーというのは、お金を払ってふつうのオートバイの後ろの席に乗せてもらって目的地まで運んでもらう交通手段である。ここから小さなボートに乗って、20分ぐらいでラビット・アイランドに着く。1人で旅しているのは私ぐらいで、みんな数人で一隻のボートを借りる。他の乗客のボートに乗せてもらう方法もあるが、ボートは貸し切りになり、ラビット・アイランドで客の帰りを待つことになる。帰りの時間も他の乗客に合わせないといけない。島に渡る人たちは島で半日か丸1日過ごすので、私のように数時間で帰りたい場合にはボートを1人で貸し切るしかない。
 値段は一隻20ドルで時間制限はないようである。出航する時に天気があまりよくなく、風も波も強かった。船着き場には一応警察官がいて、ボートと乗客のチェックはしているようであった。荷物を取り上げられて、そのまま海に放り込まれてもかなわない。最初はかなり船は揺れ、ひっくり返るのではないかと心配するほどであった。万が一の事を考えて、ライフ・ジャケットは着けた。島に近づくにつれ風と波は穏やかになっていった。私はデジカメとしては、リコーのGX200を持って行った。南の島で写真を撮る時にはしっかりとしたファインダーが必要である。キャノンのパワーショットG10もファインダーはついているが、ちゃちで物足りない。いつも疑問に思うのだが、明るい所でみんなどうやって液晶だけで写真を撮っているのかと思う。ビデオカメラはキャノンのHF10を持って行ったが、やはり液晶だけでは見にくい。途中で、デジカメのバッテリーが切れてしまった。予備のバッテリーと交換しようとしたら、自宅を急いで出たので、PSPのバッテリーと間違えて持って来てしまった。仕方ないので、ビデオカメラについている写真撮影を利用した。
 島はほとんど観光地化されていなく、海辺に沿ってテーブルやイスが並べられている。丁度昼食時で、観光客が昼食をとったり、ビールを飲んだりしている。もちろん、泳いでいる人もいる。観光客はほとんど欧米人で、私の座った隣のテーブルはドイツ人のカップルであった。私の個人的な印象であるが、日本人の行かないような所でもけっこうドイツ人と出会う。私は遅い朝食をとったので、アンコールビールを2本ほど飲んだ。1本1ドルであった。島を歩きながら、思う存分写真を撮った。もっと時間があったら、ゆっくりとこういう島で過ごすのもいい。あちこちを旅しているうちに、いつの間にかまだあまり誰も行っていない所に行くことが自分のアイデンティみたいになってしまっている。ここも、20年ぐらいしたら有名な観光地になっているだろう。
 帰りは、船頭の知り合いが2人乗った。船着き場は海に桟橋のように突き出ている。先端の乗り場に他のボートがいたので、桟橋の途中から上がることにした。ところが、船の先のタイヤの上に乗り、1m50cmぐらい段差のあるコンクリートの桟橋に手をやり、乗り移ろうとしたら、船がゆっくりと桟橋から離れていく。手は桟橋にやり、足は船の上で、体は斜めになりそのまま海に落ちそうになった。仕方がないので、桟橋からつり下げられているタイヤに飛び移った。桟橋から手をさしのべてくれるが、タイヤにしがみついているだけで精一杯である。結局船がまた近づき、事なきをえた。波があると、船の先の微妙な動きをコントロールするのが難しいようである。
 その後で、バイク・タクシーでカンポットまで行った。この頃には青空が出ていて、田舎の道を風を受けながら走るのは気持ちがよかった。朝ホテルから出て船着き場まで行ってもらい、島から戻る頃に来てもらい、30分以上は走ったが、合計で5ドルであった。この日はカンポットに泊まるかどうか迷ったが、交通の便が悪い。翌日の31日の夜9時発のバンコク行きの飛行機に乗り遅れないようにしなければならない。カンポットからのプノンペンまでのバスの便は限られているようであった。市内を少し案内してもらい、その後でシアヌークビルに行くことにした。シアヌークビルならプノンペンまでバスで4時間で行けるし、本数も多い。川沿いを案内してもらって、ここでも写真を撮った。シアヌークビルまでのバスが出ているのかバス停で見てみたが、よくわからない。米国人の4人組も探していたが、この時間帯にはないようであった。仕方ないので、私1人でタクシーを使うことにした。結局20ドル払うことにしたが、かなりぼられているのかよくわからない。4人組には1人5ドルと言っていた。よく舗装された道路をかなりのスピードを出して、1時間半強で着いた。
 あたりは薄暗くなっていて、ホテルは海辺沿いではなく、バス停に近い市街地にした。私はこの日記でも書いているが、このシアヌークビルにはスマトラ島沖地震でプーケット島などが大津波に襲われた5年前に1度行っている。この時にはまだ観光地化されていなく、バス停も小さかったが、今ではいくつものバス会社が乗り入れ、巨大な発着場になっている。海岸の風景写真を撮るのは難しく、もんもん写真館ではあまりいい写真を載せれなかった。ここに載せているライオン像もつまらない観光写真であるが、自分が行ったというアリバイになる。今ではこの周りの道路には建物がびっしりと並び、車やバイクがたくさん行き交っている。ホテルは窓はなかったが、1泊15ドルであった。ケップでもここでもパスポートの提示は求められなかった。また、昔のいい加減さを取り戻してきているのか、よくわからない。夜はまたカニ料理などの海鮮料理を楽しんだ。その後で、オープン・バーに飲みに行ったが、開放感あふれてよかった。シアヌークビルには空港もでき、ここから船であちこちの島にも渡れる。ビーチもたくさんあり、今度またゆっくりと来たいと思った。翌日プノンペンまで帰ったが、バス代は4ドルで、道路もよく舗装され渋滞もなく快適であった。カンボジアも昔と比べたら格段に安全になり、アンコールワットだけでなく、ビーチなども格安で充分楽しめる。31日の夜中にバンコクを出て、1日の朝に京都に戻ってきた。写真の整理ができてから、このもんもん写真館にまた載せようと思う。
 この日に年賀状を書こうと思ったが書けず、2日に書いた。2日からはいつものように朝5時起きで6時には医院に出て来ていた。久しぶりに年賀状をプリンターで印刷したので、ハガキの裏を逆さまに印刷したりして、10枚以上の年賀状をムダにしてしまった。10日の土曜日の朝に、玄関で何気なく患者さん用のスリッパを見たら、前と後ろが黒く汚れていた。白いスリッパなので、汚れがすごく目立つ。最初に患者さんが医院に入ってきた時に手に取るのがこのスリッパである。いやでも目にはいり、不潔な印象を与える。ビニールのスリッパなので、患者さんが来る前に、私が全部きれいに洗って汚れを落とした。掃除はすべて受付けの子に任していたが、院長は時々気がつかない部分をチェックしなければならない。
  11日の日曜日は京都市の休日待機番であった。朝連絡があり、府立洛南病院に緊急入院になった人の診察に行っていた。この日は自立支援の診断書を朝6時から書いていた。措置入院が必要かどうかの診察であったが、なかなか歯ごたえのある人で、診察を含め往復で3時間以上もかかってしまった。12日の成人の日は散髪に行き、初めて髪の毛の白髪染めをした。真っ黒に染めたら、かつらみたいな印象になり、もうちょっと茶系統をいれたらよかった。年を取ったら、金髪に染めようと思う。この日の夜に東山医師会の新年会があった。昨年開業した精神科の先生と話をしたが、なかなか患者さんが増えず苦戦しているようであった。きょうは午後からゆっくりとこの日記を書くつもりであったが、また京都市から緊急入院になった人の診察依頼があった。今度も、府立洛南病院まで往復である。京都市でタクシー代を出してくれるが、こんな遠くだとタクシー代がもったいない。私は早く着きたいので、自分の車を運転していく。五条署などでは車の置き場所もないので、タクシーを利用する。京都市にはできる限り協力はするつもりであるが、沢山の障害年金の診断書も書かなければならなかったので、心は複雑である。他の先生も協力してやってくれ。そういうわけで、この日記の更新も遅くなってしまった。

平成21年1月6日(火)

 この前の日記で書いたように、12月27日は12月30日の日記を更新して年賀状を書くつもりであった。しかし、時間がなくなり年賀状は1枚も書けなかった。旅行のための準備は何もできておらず、飛行機の出発時刻も確認していなかった。深夜便のタイ国際航空を使ってバンコクまで行き、バンコクからプノンペンまで行くつもりであった。しかし、今回はいつもと違って何回も出発時刻が変わっている。どういうことかというと、飛行機の座席は大分前から確保していたが、12月になってから急にタイ国際航空が深夜便を取りやめるという連絡があった。旅行代理店が急遽別の便に変更してくれたが、日中の便なので行き帰りに丸々2日間を費やさなければならない。忙しい私としては、身体は疲れるが、寝ている間に到着する深夜便の方が都合がいい。しぶしぶ変更に応じたが、直前になってまた深夜便を復活させるという話になった。結局また深夜便に戻ったのだが、年末年始の直前のこのドタバタは何なのかと思った。少し前にバンコクのスワンナプーム国際空港が長期間閉鎖されていたが、私の患者さんがタイにある工場では部品が調達できず困っていると話していた。今回のことといい、こんなことをしていたら本当に国際的信用が失われると思う。
 インターネットで出発時刻を調べたら、当初よりも1時間以上早くなっている。旅行代理店から送られてきたEーチケットをどこに置いたのかいくら調べても見つからなかった。この時には、京都駅の近くのマンションに置いてあるのかと思った。とりあえず、医院に置いてある必要な物を持って、マンションに行った。着替えやビデオ、デジカメなどの荷物をまとめていたが、ここでもいくら探してもEーチケットが見つからない。8時半過ぎにはJRに乗らないといけないが、やはり見つからず、またあわてて医院に戻って探したが見つからなかった。もう時間がなく、かなり焦って関西国際空港に電話してみた。タイ国際航空のカウンターにまわしてもらおうと思ったが、直接はつなげないという。E−チケットをなくしたことを伝えたら、本物の航空券でないので、パスポートの提示で搭乗できるということであった。夕食をとっている暇はなく、急いで京都駅まで行き何とかJRに間に合った。
 年末年始の航空券は高いので、エコノミーで行った。満席であったが、エバミールを飲んで比較的よく眠れた。到着した28日はプノンペンで過ごした。夜、和食レストランで食事していたら、「D.A.C.」という日本語のフリーペーパーが置いてあった。Discover Asia in Cambodiaの略で、毎回行くたびに新しい刊が発行されている。日本で発売されている旅行案内書よりも詳しい地図や写真付きで、カンボジアの最新の情報が載っている。アンコール・ワットのあるシェムリアップまで行きたいと思っていたが、私の患者さんや大先輩の先生はプノンペンからバスを使っている。それではつまらないので、トンレサップ川から湖を船で上っていく方法を考えていた。ところが、この本を読んでいたら、欧米人の間で隠れ家的なビーチ・リゾートとして人気が上昇しているケップのことが出ていた。プノンペンからバスで2時間半で行けると書いてあり、急遽目的地を変更した。もともと私が海外旅行に出るようになったのは、南の島の写真を撮りたかったからである。
 翌日の29日にセントラル・マーケットに行き、ケップ行きのバスを調べた。セントラル・マーケットにはいくつかのバス会社が乗り場を持っている。私が行ったバス乗り場では、朝7時半出発と午後1時半出発の2本だけであった。朝の便はもう出発していたので、午後の便を予約した。値段は5ドルであった。時間があったので、バイクタクシーでプノンペン市内を廻った。市内の北にあるトンレサップ川にかかる橋が日本の援助で作られた日本橋で、今回はここから写真を撮った。もんもん写真館の大勢の子どもたちが手を挙げている写真は、市内の南にあるバサック川にかかるモニボン橋から撮った写真である。
 1時頃に荷物を持ってバス停に行くと、もうほぼ全員の乗客が乗っていた。バスの中は現地の人は少なく、ほとんどが欧米人であった。全員そろって、1時10分頃にはバスは出発した。赤茶けた幅の広い道路に2車線分のアスファルトが舗装されているが、でこぼこしてかなり揺れる。5年前にシアヌークビルに行った時には、道路はよく舗装されて快適であった。海岸沿いで行くと、シアヌークビルの手前になるが、ローカルの道路を走っているようであった。これはこれで、田舎の風景が楽しめてよかった。途中1回休憩したが、2時間半では到着せず、結局4時間以上かかった。このバスは、カンポット・ケップ行きで、最終目的地のカンボットはケップからバスで20分先である。ところが、ケップで降りる人は数人しかいない。あたりは少し薄暗くなっていて、海が見渡せるバス停で降りて少し心細かった。何人かの現地のバイクタクシーの運転手が寄ってきて、今晩泊まるホテルの呼び込みをした。バス停のそばにあるホテルの主人がいたので、案内してもらった。値段は1番安い部屋で10ドルであった。しかし、窓がなく海が見えない。近くに値段が高いというホテルがあったので、セキュリティのことも考えてこちらにした。値段は30ドルであったが、海が見渡せ、ゆっくりとできそうであった。
 夕食は先ほどのバス停近くのホテルのレストランに行った。客は全員欧米人で、子ども連れもいる。カニ料理が名物で、アンコールビールを2本飲み、他にもイカのグリルを頼み、ライスも入れて15ドルほどであった。夜は、バイクタクシーに案内をしてもらったが、欧米人の家族連れが真っ暗闇の中を歩いているぐらい安全な場所であった。まったく健全な場所で、もうちょっと怪しい場所があってもいいと思うぐらいであった。翌日はここからまだあまり観光地化されていないラビット・アイランドに渡ったが、次回に詳しく書こうと思う。

 

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