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もんもん日記

ここではもんもん博士の日々のエピソードや思いついたことなどを日記でご紹介します。
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平成19年6月26日(火)

 この前の土曜日は、京都第一赤十字病院病診連携懇話会があった。私が勤めていた7年前には、緩和ケアチームもなく、電子カルテもはいっていなかったが、どんどんと最先端の医療を取り入れて発展しているようである。私のいた頃の部長もたくさん退職し、副部長であった先生が部長となっており、随分と若返っている。今の心療内科の部長も、皮膚科の部長と同級生らしいが、平成3年卒でまだ40歳を超えたばかりである。私がお世話になていた先生は、今や院長や副院長になって現在の厳しい医療情勢の中で奮闘されている。
 さて、今回の講演のテーマは癌で、最新の治療の様子がよく理解できた。ふだんはまったく癌とは縁のない診療をしているが、50歳も半ばに近づいてくると、自分の身体のことが心配になってくる。毎日外来をやっているので、なかなか人間ドックなどに行っている暇がない。最近は、喉から胸の辺りにかけて、いやな痛みが出る時があり、食道癌ではないかと心配になったりする。週3回は禁酒しているが、飲む時にはラム酒やバーボンなどをストレートで飲むので、食道には1番よくない。右腕も手を後ろにやると、痛みが出て、なかなか治らない。左腕は五十肩になったことがあるが、五十肩とも違った痛みで、ヨガができなくて困っている。以前から、腹の辺りに赤い発疹が出ていて、痛くも痒くもないが、最近気になってきた。朝起きると腰も痛く、前立腺癌は骨転移で発見されることもあると講演で話していたので、これも気ががりである。胃カメラは1年ぐらい前にやってどうもなかったが、以前から大腸の検査もしなければならないと思っている。講演では、子宮癌と乳癌についても話をしていた。男の私には関係ないようであるが、妻も癌年齢である。患者さんを診ていると、妻に先立たれた男の人は老後が大変なようである。もっとも、最近は妻が長生きしても、自分の親の老後の面倒をみてくれるかより、自分の老後の面倒をみてくれるか心配しなければならない時代である。
 癌の話を聞いていると、こちらも心配になって1歩間違うとノイローゼになりそうである。なかなか午後から胃カメラをやってくれるところがなく、去年やってもらった所になんとか予約した。食道は染色しないと病変がわかりにくいということなので、今年は詳しく検査してもらうつもりである。嚥下困難は全くないが、少し焼けつくような痛みはいやな予感がする。講演会の後は懇親会である。ふだんは必要がなければあまりしゃべる方でないが、酔っ払うと多弁になる。最近は、認知症の患者さんは京都第一赤十字病院の神経内科に紹介して、MRIなどを撮ってもらうことが多い。問題行動が多い患者さんは精神科であるが、認知症でも、アルツハイマー病か脳血管障害であるのかは神経内科で頭の検査をしてもらわないとわからない。最初にかかるなら精神科ではなく、大きな病院の神経内科である。前から1度挨拶をしておきたかった新しい神経内科の副部長にも挨拶をした。外科の副部長にも久しぶりに会った。乳癌の専門なので、家内がかかった時にはここで診てもらうしかない。前にも書いたが、私が部長をしていた時には、乳癌の再発の患者さんを私の所にたくさん紹介してきた。再発して転移してどうしようもない患者さんは、診察しているこちらの方が苦しくて逃げだしたくなるが、真正面から受け止めてやらなければならず、本当に勉強になった。最近心療内科の部長になった後輩の先生とも話をした。第二赤十字病院の部長と同じで、あまり開業志向はなく、このまま病院で頑張るようである。まだ若いこともあるのか、給料は相変わらず安く、年1100万円ぐらいだと言っていた。院長とも副院長とも話ができてよかった。院長は私がいた時にはまだ副院長で前の院長の定年退職後にそのまま院長になった。これまでは、大きな公的病院の院長は、医学部の大学教授が定年退職して就任することが多かったが、最近は事情が違うようである。副院長時代は厳しい所もあったが、病院を改革するために本当に額に汗して駆けずり回っていたので、私は好きである。私もこの年になってわかるが、大学教授や大きな公的病院の院長になっている人は、運や口だけでは決してなれず、みんなそれまでに大変な苦労をしている。私も若い時には上の人間に対して文句ばかり言っていたが、スターリンやポルポトのような人物でなかったら、積極的に評価したらいいと思う。私の外来の患者さんの中には、大量服薬やリストカットなどの自傷行為をする人も多いので、救急外来にはいつもお世話になりっぱなしである。
 さて、きょうはいよいよ書くことがなくなった。日曜日は京都市の休日待機番であったが、朝から晩まで1日中障害者自立支援医療の診断書と精神障害者福祉手帳の診断書を書いていた。7月31日で有効期限が切れる分はすべて書いたので、1ヶ月前までの申請は間に合いそうである。7月も休日待機番が当たっていたが、15日の連休に当たっていた先生が急に都合が悪くなり、京都市から改めて私に依頼があった。特に予定も入っていなかったので引き受けたが、7月は2回やることになる。日曜日もほとんど仕事でつぶれるので同じようなものであるが、京都市から出られず、映画にも行けないので、少し拘束感がある。お金に困っているわけでないので、断ろうと思えば断れるが、こういう公的な仕事を引き受けることで、少しは社会貢献しているのかと考えて、自分を納得させている。ボランティア活動のように、困っている人との直接のふれあいだけが、社会貢献になるわけではない

平成19年6月19日(火)

 この前の日曜日には、息子のサッカーの練習試合を家内と高槻まで見に行った。1試合40分ほどで、1年生は1年生同士でやっていた。今回は初めての練習試合なので、大勢の父兄が見学に来ているかと思ったら、6〜7人ぐらいであった。ビデオカメラに望遠レンズをつけ、手ぶれを防ぐため小型の三脚を持って行った。中学校のグランドに着くと、折りたたみのイスに座って帽子をかぶっていたおばさんがこちらに声をかけてきた。誰かと思ったら、池田の私の妹であった。妹の息子も同じ中学に通っていて、サッカー部の3年生である。きょうはサッカー部の当番で、朝8時から出てきて、夕方4時までついていなければならないという。飲み物の買い出しやけがをした時などに病院に送ったりする係だという。外は30度を超え、本当にご苦労さんである。以前に会った時には、妹の息子は反抗期で、サッカーの試合の見学は拒否していると聞いていたので、まさかこんな所で会うとは思っていなかった。妹も相変わらず忙しいかと思っていたが、はしかで大学が1週間日間ほど休みになり、ゆっくりしていたという。
 観客が少なかったので、グランドに置いてある台の上に三脚を立て、試合中の息子の姿を思う存分ビデオで撮った。ゴールに1点入れた時には、どんどん近づいてきて、アップのまま撮ってしまい、足の部分がはいらず決定的瞬間を撮り逃してしまった。三脚があると本当に便利で、いいシーンもいくつか撮れた。それでも、炎天下でビデオを撮っていると、体力的には消耗する。この間家内は妹と日陰でずっと話をしていた。妹は試合が終わった後で、自分の息子の友達を何人か連れてラーメン屋に行き、その後一人一人家まで送るという。反抗したかと思うと、また頼んできたりし、一体どうなっているかと嘆いていた。たまたま妹の息子が他の選手と一緒に通り過ぎた時に、私に頭を下げて挨拶をしてくれた。私の息子の試合はもう1試合2時間後ぐらいにあったが、私も家内も用事があったので、その日は昼前に会場を後にした。息子のサッカーの練習は普通の中学のクラブ活動範囲内であるが、娘のクラブは中途半端でなく、きょうも朝から晩まで練習である。家内も早く家に帰って、娘のダンス用の衣装を公演に間に合うように縫わなければならない。
 私は帰って、いつの間にかたまってしまった障害者自立支援用の診断書を14人分書かなければならなかったが、全くやる気が起こらなかった。他にも、きのうあった労災会議の資料を4人分読んでおかなければならなかったが、これも全く読む気になれなかった。息子の練習試合の後は駅の近くで家内と昼食をとり、その後は別れてヨドバシカメラに寄った。ストレスが溜まると、何か買いたくなり、3万6千円ほどの小型のニコンのデジカメを買った。特別セールでポイントが15%もついていたので、実質的には3万円ちょっとである。ネットで買うよりもかなり安く、ネットであまり安すぎると初期不良品が多いのではないかと心配になる。掲示板などのカメラの評価を見ても、同じ機種でも製品によってかなりばらつきがあるようである。パナソニックの新しいルミックスの評価はもうひとつで、リコーのカメラも一時迷ったが、いろいろなレビューを読んでこのニコンの製品にした。大きい一眼のデジカメは光学カメラの時のように、たぶん買ってもほとんど持ち出さないだろう。このカメラを持って、盆休みにベトナムのホーチミンからカンボジアのプノンペンまでバスで行き、たくさんの写真を撮ってこようと思う。カメラの説明書を読んだり、いじっているうちにもう夕方になり、結局何もできずに終わってしまった。
 夕食の時に、私が撮ってきた息子の試合を家族で見ていたが、その後で久しぶりに娘のことで切れてしまった。最近は切れてしまっても、私は顔にも言葉にも出さない。月、水、金は禁酒であるが、日曜日は夕食時に家内と一緒にビールを飲む。ビールを飲んだ後はラム酒ばかりではあきるので、最近はバーボンやウィスキーも飲んでいる。この日は娘のこともあり、バーボンをストレートでかなり飲んでしまった。労災の資料は翌日の月曜日の朝6時から医院で読むつもりであったが、間に合うかどうか心配になり、さっと目を通した。最近はややこしいケースが多くなり、酔っ払っていたこともあり、余計にストレスを感じてしまった。
 患者さんを診ていて、派遣労働者の人に格差社会を実感することが多い。最近、橘木俊詔「格差社会 何が問題なのか」(岩波書店)を読んだが、このあたりのことについては近いうちに、自分の考えを素人なりにまとめて書こうと思う。よく指摘されることであるが、最近は下の階級の人ばかりでなく、上の階級の人にも常に責任とプレッシャーがかかり、経済的余裕はあっても精神的余裕はない。いろいろな本を読んでいて、経済学者は統計ばかり追って、その数字の背後にある具体的な実態をあまり見ていないのではないかと思ったりする。現在の社会の問題点は指摘できても、実際の救済策になると説得力に乏しい。精神科医も同じで、個人の精神病理は指摘できても、実際の治療法になると薬以外に有効な手段はあまり持っていない。
 書くことがなくなってきたので、最後に、最近見たCNNニュースについて取り上げたい。私の医院には、このCNNだけ見るためにスカパーを入れているが、なかなか見ている暇がない。英語が聞き取れず、すぐにいやになってしまうことも多いが、内容は充実して面白い。朝ビデオで予約しやすいので、ポーラ・ザーン・ナウやアンダーソン・クーパー360°を見ることが多い。以前はアメリカン・モーニングを見ていたが、この前久しぶりに見たら、司会の女性が美容整形をしたみたいで、気持ち悪くて見ていない。ワールド・ニュースを見たり、インサイド・アフリカも気が向けば見ることもある。アフリカでは停電になったら、町工場みたいな所でも溶接ができなくなり、改めて電気の大切さを知った。ドキュメンタリーもやっており、南アフリカのスウェトのトレイン・サーフィンの特集がよかった。トレイン・サーフィンというのは、列車の窓から身体を乗り出して、すれ違う列車をかわしたり、屋根の上に乗って、身をかがめて軽やかに橋やケーブルをかわしたりする危険な遊びである。時には走っている列車の下にも身をすべらせてもぐりこんだりする。インタビューでどうしてそんな危険なことをするのかと聞かれ、黒人の若者がみんなの注目を集め、自分が何者かを示したいと答えている。1番危険な技は、列車の上で後ろ向きにこの橋やケーブルを上手にかわすことで、番組の中で1人の若者が失敗して亡くなっている。もうひとつ、アンダーソン・クーパーの番組で特集していたが、セレブ用のリハビリ施設である。過食症や拒食症、薬物中毒者用の施設で、番組ではマリブ・スタイルと紹介していた。海の絶景に面して、高級ホテルのような豪華施設で、ジャグジーやオイル・マッサージなどがついて、1ヶ月の治療費は1人7万ドルという。私の聞き違いで、1万7千ドルではなかったと思う。半分の給料でいいから、私を雇ってもらえないかと本気で思った。

平成19年6月13日(火)

 この前の土曜日の朝はちょっとしたトラブルがあった。私は大体毎朝5時起きで、医院には6時頃には出てくる。介護保険の審査がある時には当日の朝に資料を見るし、この日記も当日の朝から書いている。その時によって、障害者自立支援の診断書を書いたり、医療者向けのホームページをチェックしたり、英語の勉強をしたり、いろいろである。この日は朝少し寝過ごし、6時15分頃に医院に着いた。医院のトイレットペーパーが切れかかっていたので、前日の夜にホームセンターで12ロール入りを2個買っていた。私の医院は小さいので、ちょっとした備品(かさばる物や重い物)は私が買ってくる。アスクルなどに宅急便で頼むには量が少なすぎ、大量に買っても置く場所がない。駐車場からかばんとトイレットペーパーを持ち、医院まで着たが、両腕がふさがっていたので、一旦玄関先に荷物を置いた。週末で、郵便受けにもカタログなどたくさん溜まっており、それも出した。そして、そのまま鍵をあけ、トイレットペーパーなどはそのまま玄関先に置いていた。パートの受け付けの人の都合で、階段と2階の診察室は私が掃除しなければならず、その時に片付けるつもりであった。
 2階の診察室に上がって、前日の郵便物を開けたりしていた。福祉事務所や製薬会社、京都市、医師会、保険医協会、病診連携、大学、精神科医会、診療所協会、共同作業所、訪問看護ステーションなどうんざりするほど郵便物が溜まる時があり、午後から用事があった時などは何日かそのまま放っておくこともある。そのままゴミ箱に捨てたいぐらいであるが、すぐに返事を出さなければならない書類もあり、そういうわけにもいかない。開業して、日赤の部長の時よりも郵便物が10倍ぐらい増えた感じである。この日は午後から用事があり、夜も遅くなるので、朝風呂にはいることにした。めったにはないが、夜風呂に入れなかったりした時には、翌日の朝医院で風呂にはいることもある。風呂といっても、髪を洗いたいので、シャワーを浴びるだけである。冬にもはいることもあるが、朝6時からのシャワーだけはさすがに寒く、風邪をひきそうになる。3階の自分の部屋に上がり、着替えをしてシャワーを浴びていた。外で人の声が聞こえていたが、何も気にせずに頭を洗い身体を洗っていた。風呂から出て髪を拭いていたら、ピンポンとドアホーンが鳴った。こんな朝早く何かと思って、あわてて服を着て玄関に出た。扉を開けると、大勢の警察官がいて、近所の人もたくさん集まり、ものものしい雰囲気である。
 一体何事が起こったのかと思ったら、セコムの人もおり、3階の警報機が鳴り、誰かが侵入したという。誰かが侵入したといっても、どうして3階の警報機が反応するのかよくわからなかった。医院にはいる時にセコムをカードで解除したら、もう警報機は鳴らないはずである。結局警察官の立会いのもとで、セコムの人もはいり、3階の部屋を点検した。セコムの人の話だと、カードでまだ警報システムは解除されていないという。最初は私も混乱していたが、よく考えたら、きょうは荷物が多かったので、玄関に一旦置いて、郵便物をチェックしているうちにカードで解除するのを忘れ、そのまま鍵を開けて医院の中にはいってしまったらしい。しかし、医院の中にそのまま進入したら、警報音が鳴るはずである。これまでも、解除するカードを忘れてきて、自宅に取りに帰る暇もなく、そのまま入ったことがある。携帯電話を持っている時には、あらかじめセコムのセンターに連絡するが、その時でも必ず大音響のブザーが鳴る。2階の階段の上にもセンサーがついているが、これも反応していない。私が着替えに3階に上がった時に、センサーが初めて反応した。私は何も知らず風呂に入っていたが、1階では「ただちに犯行をやめなさい。犯行はすべてカメラで記録されている。」とセコムからの警告が何回も繰り返し放送されていたらしい。私はのんびりと風呂にはいっていたが、外では大勢の警察官が駆けつけ、近所の人も集まり、大騒ぎとなっていた。
 私もセコムのセキュリティ・システムについては知らなかったが、私の医院は温熱センサーではなく、画像センサーが備え付けられており、センサーが反応するのはレジのあるごく狭い範囲だという。診察室などについているのは火災報知機で、画像センサーは2階の階段の上と私の部屋だけである。今回は偶然が3回重なって、こんな大げさなことになってしまった。まず、荷物が多くて、うっかりカードで解除することを忘れたこと。次に玄関から2階への階段に行く時に、どうやって行ったのかははっきり覚えていないが、センサーを回避するルートを通ってしまったこと。診察室にはいる時にも、2階の階段の上のセンサーの向きが悪く、捕らえられなかったことである。1階のセンサーは仕方ないかもしれないが、階段を上ってくるのは反応してもらわないと困る。早速センサーの向きを修正してもらった。今回はたまたまありえない偶然が3回も重なった。世の中の大きな事件や事故というのは、このありえない偶然が10回ぐらい重なるのだろうとつくづく思った。
 ところで、警察官がドアホーンを鳴らした時に、私は髪の毛が濡れたままで玄関に出た。こんな朝早くから風呂にはいっていると、何か浮気でもしていたと誤解されたのではないかと思った。もちろん、警察官も全部の部屋を調べたが、浮気相手がいるわけではない。それでも、昔読んだタイに関する本のことを思い出した。バンコク市内の中心に大きなルンピーニ公園がある。もう20年近く前の話なので、今は知らないが、昔はこの公園に大勢の娼婦がたむろしていたという。タイの場合は、どこまでプロでどこまで素人かわからないような人が、あちこちに立って援助交際みたいなことをしている。バンコクの夜は長いので、こういう人たちが朝方まで公園にいる。タイに住んでいるある華僑の話である。社会的には成功してお金もあるが、奥さんの監視が厳しくて浮気もできないという。そこで、監視の目をくぐりぬける方法を考え出したのが、早朝のジョギングである。毎朝公園をジョギングしながら、気に入った子を見つけて息抜きをしているという。涙ぐましい努力といったら努力である。確かに、汗をかいて帰ってきても、怪しまれないだろう。私も早寝早起きであるが、朝からそんなことをしたら、その後は疲れきって仕事にならない。
 土曜日の外来の後は午後3時から、ある精神科病院主催の精神病理懇話会があった。精神病理学は難しく、私にはあまり理解できないが、その後の懇親会が楽しみで参加している。いつもこの会は格調が高く、今回は昭和15年の精神神経学会の文献やフランス語、ドイツ語の文献がたくさん資料として付いていた。この懇親会では、私が神戸にいる時に近くの大学の関連病院にいた後輩の先生が話をした。話の内容は、クライン派の精神分析の話である。この先生は100回以上ユング派の教育分析を受けて、ユング派に見切りをつけ、今度はクライン派の精神分析に転向している。その後、ロンドンの爆破事件で有名になったタビストックのクライン派の研究所に4年間留学している。200万円ぐらいの授業料と家族の生活費で年800万円ぐらいかかり、4年間ですべての貯金を使い果たしたという。私の先輩にユング派の精神分析の免許を取得した先生がいるが、以前にこの先生からもスイスに留学して家1軒分の費用がかかったと聞いたことがある。この会には、京大系のラカン派の有名な先生も参加していた。勉強会の後は会場を別にして懇親会があった。よく知っている先輩や後輩ばかりなので、久しぶりにリラックスできた。立食パーティよりこういう座敷が1番私にはあっている。ふだん、患者さんの話ばかりをいつも聞き続けているので、私もストレスが溜まっていたようである。帰りに、主催者側の病院の副院長から「しゃべりすぎや」と言われるほど、酔っ払ってしゃべってしまったようである。

平成19年6月5日(火)

 この前の土曜日は午後2時から国際交流会館で「外国人のためのカウンセリング・デイ」があった。法律相談やビザ・在留資格相談、税務相談、社会保険・年金相談などがあり、私の担当はメンタルヘルス相談である。やはり、ビザ・在留資格の相談が多く、なかなかメンタルヘルスの相談はない。今はどうなっているのかわからないが、私が京都第一赤十字病院に勤めている時でも、外国人の受診はほとんどなかった。開業して今年の5月で7年目にはいっているが、これまで英語圏の外国人が数人受診したぐらいである。最近珍しく、夫も中国人という人が受診した。在日の人や夫が日本人で本人が中国で生まれ育っている人はそれなりにいる。
 ビザや在留資格の相談に来る人の中には、精神的には追い詰められている人もいるが、カウンセリングが必要となるまではいかないようである。よく考えてみたら、精神科や心療内科の敷居が低くなったといっても、やはり大半の患者さんはにっちもさっちも行かなくなって受診している。日常生活に支障をきたすぐらい体調が悪くなってから受診することも多く、まだ気軽に相談というわけにはいかないようである。若い患者さんは抵抗が少ないようであるが、中高年の患者さんになると難しい。それでも、いろいろな科を受診してもまったくよくならず、心療内科を受診して劇的に改善する人もたくさんいる。内科などで自律神経失調症と言われている人は気軽に相談したらいいと思う。今までの苦労は一体何だったのかというほど、よくなっている。
 この「外国人のためのカウンセリング・デイ」は年に4回ある。他の相談は午後1時からであるが、外来が終わってから行くので、医師会が交渉して午後2時からにしてもらっている。午後5時まであり、それからはみんなで集まって話し合いをする。この前は40分ほどで終わったが、最近は1時間近くかかり、計4時間拘束されることになる。土曜日だけではなく、日曜日になることもあり、忙しい時には負担にもなる。中国語の通訳の人も何人かおり、中国語を習いたい時には簡単に先生を紹介してもらえそうである。私は医師会から頼まれて行っているが、誰か興味のある人は代わってもらえないか思う。特に英語がしゃべれなくても、英語の通訳がついてくれる。この拘束時間には、ゆっくりと本が読めたり、ウォークマンに取り込んだTV番組を見ることはできる。何もないと、かえってだらだらと時間を過ごしてしまい、ある程度拘束された方が充実していろいろなことができるかもしれない。前回の日記で紹介した、岩田正美「現代の貧困ーワーキングプア/ホームレス/生活保護」(ちくま新書)も読んでいたが、貧困の定義から始まり、なかなか歯ごたえのある内容で、まだすべて読み終えていない。
 その代わりに、京都府保険医協会から送られてきたある講演会の要旨を紹介したい。初めは京都府保険医協会と京都府医師会との関係がよくわからず、両方に入会したが、他府県ではそうでもないようである。開業する時には、京都府保険医協会からお金を借りたが、当時は金利が安く、変動金利で1番高い時でも1.2%であった。私は大変お世話になって感謝しているが、母体は革新系の団体である。京都府は蜷川知事の時代が長かったので、開業する時には慣例的に両方に入会するようである。そこから送られてきた冊子なので、革新系の立場からの内容である。講演の題名は「消費税増税は必要か? ー国家財政から検証するー」である。講師は元神戸大学教授である。実際に国家財政はどうなっているのか、興味のあるところである。政府が赤字だ赤字だと言っても、実態がどうなのか一般庶民にはわからないし、政府の言うことをそのまま鵜呑みすることもできない。いくら革新系の講演会でも、講師は学者なので、わかる範囲内できちんとデータを出し、現在の国家財政の全体像を示してくれている。
 小泉内閣で財政状況は一段と悪化したと述べているが、構造改革を何もしなかったらもっと悪化したかもしれない。最近になって少し改善してきているので、もう少し様子を見ないとそう簡単に結論はでないと思う。国民全体の負担を弱者に押しつけ、失業保険の金額を抑えたり、給付期間を短くし、生活保護、高齢者、患者に負担をかけているという。障害者に一定の費用を負担してもらう障害者自立支援法ができ、作業所に行っても、負担の方が重くなり、賃金をもらってもマイナスになる状態が生まれたと非難している。作業所に関しては、まったくその通りである。しかし、医療費に関しては、保険証が同一の世帯の収入に応じて上限額を決めるのは、ある程度は仕方ないと思う。3割負担のところを1割負担にし、家庭の収入に応じて1ヶ月にかかる負担の上限額を決めている。後で出てくるが、同じ演者の所得の多い人から税金をもっと取れという主張と基本的に変わりがない。私の医院の患者さんはほとんどが月に1〜2回の受診である。ところが、デイ・ケアに通う患者さんは月に20回も受診する人もいて、1人当たりの医療費としては驚くほど高額になる。ごくわずかな障害者年金しか受け取っていない患者さんやその家族もその値段を聞いたらびっくりするだろう。これまでは、その高額の医療費がすべて無料だったので、収入のある家庭から上限額が最高でも2万円は負担してもらうということである。同じ障害者のリハビリでも、作業所は医療機関ではないので、デイ・ケアを持っている医療機関のように患者さんが来たらその高額な医療費が収入としてはいってくるわけではない。経営的にはどこも苦しく、本当に気の毒である。
 生活保護についても、判断は難しい。離婚して小さな子どもを抱えていても、必死でパートで働いている人もいれば、同じ立場で生活保護を受けている人もいる。大変な時期に一時的に生活保護を利用するのはいいが、一旦生活保護を受けると、今度は就労意欲が乏しくなりがちで、そのままずっと生活保護が続いてしまうのも事実である。かといって、もともと就労経験が乏しく、集団行動や対人関係が苦手で、社会的訓練が十分にできていない人に、今さら働けといっても無理がある。NHKのワーキングプアの特集で障害を持っているお年寄りの夫婦が出てきたが、子どもは一体どうしたのかと思った。もし、子どもがいないなら、その分子どもにお金はかからないので、老後のために蓄えはしてこなかったのだろうか。子どもがいるとしたら、子どもはどうしているのかと疑問が出てきた。親の面倒は子どもが見る必要がなく、年金を支払ってこなかった人もすべて国が面倒をみなければならないということであるのか。一方では、生活が苦しくても必死で親の面倒をみている人も大勢いる。社会的弱者といっても、現在の一時期だけとらえても、なかなかそれまでのその人の実態が見えてこない。障害者などは国が助けていかなければならないが、将来のことは全く考えず、まだ成人もしないうちに結婚して子どもを作り、すぐに離婚してしまった人についてもどこまで国が面倒を見ていくのかは本当に難しい問題である。演者は自宅保有者への生活保護の廃止についても、弱者切り捨てとして批判している。しかし、持ち家も持てず、高い家賃を払いながら、一生懸命働いている人たちの共感をどこまで得られるかは疑問である。これまでのように無条件で給付するのではなく、やはり自宅を担保に福祉事務所から生活費を借りる形をとるなど、何か工夫が必要であろう。
 さて、国家財政である。540兆円の借金をかかえ、政府がひたすら財政危機を訴えているのは事実であると認めている。国債以外にも地方債もあり、他の借金を含めると880兆円の借金になるという。しかし、借金だけで考えるのではなく、外貨準備の金融資産や固定資産も考えなければならない。バランスシートで考えると、正味資産はまだ50兆円あるが、毎年その資産も食い潰しているという。もう待ったなしでこの財政赤字を早く何とかしなければならないのは間違いないようである。演者は、その手段として消費税は不公平税制の最たるもので、増税は景気を悪くするだけと述べている。そして、税収を増やすには、まず景気をよくしなければならないという。たまたま少し前の週間文春を読んでいたら、竹中平蔵が出てくる対談で、1%の成長は消費税8%に当たると書いてあった。保守も革新もとにかく景気をよくしなければならないということでは意見は一致するのである。しかし、その方法は異なってくる。財源の確保として、演者は法人税の値上げと所得税率を10年前の水準に戻すことを提案している。現在は年収2380万円を超えると、所得税は40%で地方税などを入れると税金は50%になる。私を含め、革新系の医師もこれ以上の増税には内心反対だと思う。演者は否定しているが、働いても働いても現在の半分よりも多い税金で持っていかれてしまうのでは、本当に勤労意欲をなくしてしまう。株の持ち合いが多い日本企業の国際競争力をどう評価していいのかわからないが、ある雑誌が、中国は有り余る資金で日本の企業を買収して、その技術力を狙ってくると警告していた。ヨーロッパでは消費税が20%で、日本の家計の貯蓄は1000兆円以上という数字も挙げられている。これらの数字をどう読み解くかは、それぞれの立場で異なってくる。しかし、確かなことは、財政赤字の改善は逼迫しており、ここまで増えてしまうと、国民の痛み(あまりこっちにはまわって来て欲しくないが)を伴わずに解決するのは難しそうである。

平成19年5月29日(火)

 先週の木曜日は午前中の外来が終わってから、博多まで日本心身医学会総会に参加するため出かけた。前から書いているように、心身医学会の認定医の更新のためには、学会に参加して5年間に50点集めなければならない。今年の総会への参加はあきらめていたが、最近は近畿地方会にも参加していなかったので、前回更新してからはまだゼロ点である。後からあわてて50点を集めるのは大変なので、急遽参加することにした。この総会に参加すると10点もらえ、土曜日にある講習会にも参加するともう10点もらえる。2日間外来を休んだら、20点もらえるが、開業していたらそんなに休んでいる暇はない。もし2日休めるなら、祝日と日曜を組んでベトナムまで行って帰ってこれる。近畿地方会は年に2回あるが、毎回土曜日にあるので、これも参加しづらい。外来が終わってからでは、大津市でも行くのが苦しい。結局片道2時間45分ほど新幹線に乗り、博多駅に着き、会場まで行って参加証を受け取り、本のわずか講演を聞き会場を後にした。博多駅の近くの食堂で夕食をとり、再び新幹線に乗って夜9時過ぎに京都に帰ってきた。博多に滞在したのは、わずか2時間半であった。以前に、学会を日曜日にして欲しいという意見を医学雑誌で読んだことがあるが、主催者は大学関係が多いので、その時の言い分は「日曜日ぐらい休ませて欲しい」ということであった。確かに、勤務医の時には仕事を休んで学会に参加できると、ほっとしてうれしかったものである。しかし、開業するとなかなか参加しにくいので、勝手なもので今度は日曜日にして欲しいと思う。
 土曜日は午後3時半から京都精神科医会があった。行くつもりが、いろいろな雑用で遅れてしまって、参加できなかった。日曜日は、午後1時からTOEICの試験が龍谷大学であった。会場には12時20分にはいらないといけないので、ゆっくりもしていられなかった。3cm×4cmの写真を添付しなければならないが、10年ぐらい前の写真を使っていたので、撮り直すことにした。カンボジアに入国する時にもビザ用の写真が必要であるが、これも同じ10年ぐらい前の写真である。今年の盆休みは、ベトナムのホーチミンからカンボジアのプノンペンまでバスで行こうと思っている。しかし、ベトナムでは帰りの航空チケットがないので、あらかじめ日本でビザを取っておかなければならない。カンボジアへの入国も陸路なので、余計なトラブルを避けるためにも先に日本で取ることにした。医院で、デジカメに三脚を立てて、久しぶりに自分の写真を撮った。いつも写真を撮る時に、どんな顔をしていいのかわからない。私は待つのが嫌いなのでいつも1500円の床屋であるが、この前は前髪は長めに切るように頼んでおいたのに、短めに切られてしまった。なかなか髪型が決まらず、何回も撮り直した。パソコンでビザ用のサイズも印刷したりしていたら、けっこう時間がかかってしまった。最近精神障害者保健福祉手帳の更新に写真を添付しなければならなくなったが、1人暮らしの患者さんで、どう考えても1人で写真を撮ってくるのが無理な人は、診察室で私がこのデジカメで写真を撮って用意している。
 TOEICの試験は久しぶりに受けたが、難しかった。2時間の試験で、ヒアリング100問、リーディングが100問で、満点は1000点である。昨年の国内受験者は150万人を超え、年々受験者数が増えているという。これだけの人数が受けているので、自分の英語力を知りたかったら大いに参考になる。中国語はあきらめたので、英語だけでも勉強しようと思ったが、相変わらず時間がなく、最近はCNNも含め週に1時間も勉強できていない。来月もまた受けるつもりなので、せめて1日1時間は勉強しようと思う。ふだん英文を読む機会もないので、The Japan Timesのウィークリーを取っているが、これもなかなか読んでいる暇がない。やはり仕事の方をなんとかしないと、自分の時間がもてない。7月に切れる自立支援の診断書を早めに書いておかなければならないが、12人もいるとうんざりする。労働保険の申告も今年は期限が延びたが、今度の日曜日までには書いておかなければならない。第5週目は何の予定もはいらないのがふつうであるが、きょうはこれからヘルパー養成講座の講義が2時間半あり、この日記も続きは帰ってからである。
 さて、続きである。博多までの新幹線の往復時間は5時間半あったので、またゆっくりと本を読むことができた。いつも5〜6冊を平行読みしているが、今回は香山リカ「なぜ日本人は劣化したか」(講談社現代新書)である。前にも書いた、土井たか子、佐高信「護憲派の一分」(角川ONEテーマ21)はまだ全部読み終えていないが、護憲派の憲法行脚の会にこの香山リカの名前が挙げられている。この本の前半の対談で、厚木基地の米軍の飛行機が墜落して住宅街に落ち、母とその幼い子ども2人が大ケガをしたことを取り上げている。そして、日米安全保障条約の下にいる自分たちの命が一番危険にさらされているのではないかと佐野は述べている。しかし、平和憲法を守るなら、日本の安全保障はどうするのかということになる。そのためには、日米安全保障条約を強化するというのはまだわかる。ところが、米国にも頼らず、話し合いで平和解決をするという。もっとも話し合いには応じそうもないような人たちが話し合いで解決をするというのも、説得力がない。米国に追随しないようにするために、安全保障を米国には頼らず、自分たちで軍備をして解決するというのならまだわかる。また、以前に取り上げた小泉首相靖国神社参拝違憲訴訟の時の裁判長の話を取り上げ、憲法違反という判決を書いた裁判長が遺書をしたためたうえで、あの判決文を書いたと述べているが、にわかには信じられない。確かに昔は、自民党と野党が組んで、自国の安全保障は米国に頼り、米国の圧力があっても野党や国民の反対を利用して、経済発展に専念することができた。防衛ただ乗り論も、貿易黒字の解消など他の分野のことがいろいろ絡んでいるので、どこまで本当なのかわからないが、これだけ日本が発展してしまうと、全く国際貢献の責任から逃れることはできない。さて、香山リカの本である。前半は面白かったが、後半の新自由主義についての批判については異論がある。新自由主義とは、経済への政府の介入を縮小し(小さな政府)、規制緩和を通じて、政府が担っていた機能を市場に任せようとする考え方で、排除型社会を作り、格差を助長するという。前回取り上げた本の内容も関係してくるが、もう夜7時を過ぎてそろそろ書いていても疲れてきた。今読み始めている岩田正美「現代の貧困ーワーキングプア/ホームレス/生活保護」(ちくま新書)を読んでから、新たに自分の考えをまとめて書こうと思う。

平成19年5月22日(火)

 この5月で開業して7年目にはいった。去年から減っていた患者さんが最近また少し増えてきている。この時期は患者さんが多くなるので、一時的なものかもしれない。年間を通して、ここ数年頭打ちである。あまり患者さんが多いと、患者さんにとっても医者にとってもよくない。患者さんが多くなってきた場合には、落ち着いている患者さんには長期処方を出すなど、ある程度調整はしている。最近は予約しない患者さんが増えてきて、日によっても数に波があり、予想がつかなくなってきた。昨日は予約していた患者さんは午前中はたった1人であったが、受診した数は20〜30人の間であった。数多くの患者さんを診ている先生もいるが、私には1週間に200人ほどの患者さんで十分である。夕方からの診察は週3回であるが、このぐらいの人数だとまだなんとかなる。精神科の場合は、患者さんの数ではなく、患者さんの質にもよるので、たった1人の患者さんでも神経をすり減らしてしまうこともある。毎日月曜日から土曜日まで患者さんの話を聞き続けていると、知らず知らずのうちに目に見えないストレスがたまってしまうのも事実である。
 5月19日は私の誕生日であった。どんどんと年を取っていき、生活は安定しているが、守りの生活にはいっているのではないかと反省している。私より大きなクリニックを開業している先生も、医院の経営は順調でも、何か物足りないようである。勤務医の時より収入は倍以上になったが、生活はますますマンネリ化している。もうひとつ、自分の生きがいが見出せないのである。「人類の幸せのために」とか「障害者福祉の充実を」とかでは、ピンとこない。「弱者救済」を叫ぶよりも、自分の医院の職員の給料をあげてやる方が、喜ばれるかもしれない。個々の患者さんを一生懸命診察して1人1人救い上げることが直接収入に結びつくのはいいが、お金儲けは生きがいにならない。今住んでいる敷地25坪の自宅を買いかえるのでも、だめである。シラク大統領が1番悩んでいたことは、自分の政敵でも外交問題でもなく、自分の娘の摂食障害だったという話は有名であるが、やはり家族が1番の生きがいになるのか。私は38歳で結婚したので、子どもは2人ともまだ中学生である。誕生日が来るたびに、後20年やろうと誓っている。まだ子どもが小さいので、アーリー・リタイアメントは夢のまた夢である。
 この前の土曜日に久しぶりに体重を測定したら、59.5kgであった。去年の11月12日に測った時には、69.5kgだったので、ちょうど10kgやせたことになる。開業してからは、ほとんど診察室で座って過ごすことが多く、体重がどんどんと増えていった。病院に勤めている時には、外来が終わった後でも広い病棟をあちこち駆けずり回っていたので、63〜4kgぐらいであった。毎朝コンビニで昼食を買って食べていたが、ついつい多めに買ってしまう。これまで体重を減らすために、何回も散歩したり運動しようと試みたが、忙しくてすべて三日坊主で終わっている。去年の11月に服を着たまま体重計に乗って、このままでは70kgを超えてしまうと危機感を持った。もともとあまり太る体質ではないが、食っちゃ座ってばかりではどうしようもない。一大決心をして本格的にダイエットを始めたのは、11月27日である。具体的なダイエットの方法は、前にも書いたが、楽天で1位になっている豆乳クッキーダイエットである。朝は、大豆、ゴマ、玄米などがはいった缶ジュースとアミノ酸ゼリーで250kcalで、昼はこの豆乳クッキーが150kcalで、2食で計400kcalほどである。キャベツダイエットはいつの間にかやめてしまったが、夕食後プリンを食べたり、スナックやチョコレートを山ほど食べているが、朝、昼を400kcalで抑えているので、大丈夫である。前はかなり苦労して歩いても、1kgしか体重が減らなかったので、カロリー制限の効果は絶大である。おなかもへこんだが、後は軽い腹筋運動などをするのが理想である。まさか、AIDSや悪性腫瘍に罹っていないと思うが、まだ体重が減り続けているので、もう少しカロリーを増やそうと思っている。
 日曜日は、きのうの労災会議の資料を読んでいた。今回は6件も出ており、資料だけでもかなりの分量になる。以前は最初のページを読んだだけですぐに判断できたが、最近は難しいケースも多くなってきた。ふだんは原則として朝5時起きであるが、唯一日曜日は朝寝坊できる。10時頃に起きて医院に出かけ、自立支援の診断書やふだん書けない書類も書いていたら、もう夕方の5時である。次の日曜日は久しぶりにTOEICの試験を受けようと思うが、なかなか英語の勉強をする暇がない。鈴木真実哉「格差社会で日本は勝つ」(幸福の科学出版)を本屋で見つけ面白そうだったので買ったが、家でよく見たら出版社は宗教団体であった。いろいろな宗教の患者さんがいるので、外来では宗教に関してはノーコメントである。最初からわかっていたら買わなかったと思うが、内容としては経済学のことがわかりやすく書いてあり面白く読めた。副題に「社会主義の呪縛」を解くと書いてあり、マルクス主義を批判している。私には経済学については全く批判能力がないので、どこまで内容が正しいのかわからないが、説得力のあることも書かれている。サッチャーの「金持ちを貧乏人にしたところで、貧乏人が金持ちになるわけでない」という言葉を引用し、努力もしないで金持ちを嫉妬し、「国のせい」「環境のせい」「社会のせい」「不況のせい」と言って、国に面倒をみてもらおうとするのは「たかり」の精神であると過激なことも書いている。最近は政治家も官僚も開き直って、国が何でも面倒をみれるわけではないと言い出しているが、「親から小遣いをもらうのは普通でない」「いつでも親が面倒をみてくれるわけでない」を「国から補助金をもらうのは普通でない」「いつまでも国が面倒をみてくれるわけではない」と言い換え、自助努力の大切さを説いている。この本に書いてあるように、負け組みは最初の努力が足りなかったかもしれないが、個人が選べない生まれた時の養育環境も大きく影響している。今の社会は途中から努力してもほぼ階級が固定してしまって、努力が報いられないのも問題だと思う。一見勝者の論理で書き貫かれているように思えるが、日本が生き延びていくためには、これぐらい現実は厳しいのかもしれない。私の好きな本である英国のスマイルズの「自助論」も引用されている。
 最後に最初に戻って、生きがいについてである。北尾吉孝「何のために働くのか」(至知出版)を読むと、論語などを引用し、「一分一秒たりとも無駄にできない」など、まさに努力、努力の本である。著者はライブドアのフジTVの株買占め時にホワイトナイトとして登場した人物である。ちなみに、この本の中で批判の対象として、アメリカ人のエリートビジネスマンの考え方が紹介されている。彼らはリタイアするまでに、10億円を貯めこむことを理想としているという。ドリームジャンボ宝くじの1等に連続5回当選するか、300年間ぐらい働き続けないと稼げない額である。若いビジネスマン向けの啓蒙書で、この本でも自助努力の大切さを説いているが、この年になると、常に努力、努力ももうしんどいと思う。

平成19年5月15日(火)

 前回書いたゴールデン・ウィークの旅行の最後の日は、朝6時半起きである。バンコクのスワンナプーム国際空港に余裕を持って行くには、この時間に起きなければならない。関西空港行きの現地時刻の出発時間は9時20分である。マニラ経由で関西空港に着くのが、日本時間で夜7時半である。はるかに乗って京都駅に着くのは、9時半である。今度の旅行は夜行便で行ったが、3泊4日の最後の日は丸1日飛行機の中である。飛行機の中で快適に過ごすために、新書を2冊持っていった。本ばかりでも飽きるので、最近買ったウォークマンも持参した。TVの動画も見れる最新式の機種である。最初は画面が小さいので、動画は見づらいかと思ったが、一人で見るには充分である。少し前に、iPodが世界で1億台売れたというが、私はウォークマン派である。家庭用のハイビジョンのビデオ・カメラではキャノンに遅れを取っているが、携帯用の音楽と動画は昔からソニーである。お気に入りのTV番組は「TVタックル」と「たかじんのそこまで言って委員会」であるが、ふだんはなかなか見ている暇がない。もう何週間もDVDレコーダーにとり貯めたままである。それぞれ3週間分ぐらいをこのウォークマンに入れていった。海外旅行の最後の1日が飛行機の中でつぶれてしまうのはもったいないが、考えようによってはこんな贅沢な時間もない。好きな本を好き放題読めるし、好きな番組も好き放題見れる。その間、ビールもコニャックも飲み放題である。
 さて、最初に読んだ本は、井上薫「狂った裁判官」(幻冬社新書)である。労災の裁判の意見書を書いたり、裁判に関する本もこの日記で取り上げていたので、面白く読めた。民事裁判などは何年もかかることが多く、私が関わった労災の裁判も6年ほど過ぎていた。裁判官は暇な職業かと思っていたら、この本を読んで全く間違いであったことがよくわかった。最近になって、マスコミでも勤務医の過酷な労働が取り上げられるようになったが、裁判官と比べるとまだましである。なかなか、名誉とお金と時間が同時に得られる職業はないものである。著者は実際に裁判官をしていたので、日本の司法の世界のことをわかりやすく解説しており、驚くほど濃い内容となっている。日本の司法システムについて批判的であったため、退官を余儀なくされているが、その分裏から表のことまで書きつくしている。しかし、このタイトルはなんとかならないものかと思う。編集者の意図なのかよくわからないが、あまりにも扇情的なタイトルで、実際の充実した内容とはかけ離れている。
 まず、裁判官という職業の特殊性について述べている。裁判官には上司はおらず、誰の指示を仰ぐことなく、意見を聞くこともなく、自分1人で決めなくてはならない。独立の原則に従って自分で決断するので、孤独だという。一方検察官は上下一体の巨大組織に属しているので、孤立した裁判官が組織力を誇る検察官と対決することになる。日本の裁判では有罪率が99%なので、検察官も無罪判決を受けると、人事上不利益を受けることになる。裁判官も無罪の判決を言い渡して2審で覆されると、同じように汚点となる。裁判官の最大の関心事は、やはり出世競争で、自分の出世に不利にならないように、判決にも微妙な影響を与えるという。裁判官の人事評価は年に1度行われ、一般人や当事者、その代理人である弁護士からクレームがあると、人事上のマイナス点になる。だから、なるべくクレームが出ないように仕事上の細工をするという。第1の方法としては、上訴を避けるということで、被告人を満足させるために、懲役刑の場合には執行猶予をつけるなどして、どんどんと刑を軽くしてしまう傾向があるという。うるさい当事者は、上訴するばかりでなく、裁判官忌避や裁判官追訴請求等の手続きもしかねないので、訴状を見ただけで原告が負けとわかる裁判でも、第2回、3回と審理を延ばしていくという。1つの例として、小泉首相靖国神社参拝違憲訴訟での福岡地裁の判決が挙げられている。この参拝によって精神的損害を受けたと主張して、慰謝料を請求した民事訴訟である。違憲であろうとなかろうと、最初から、専門家がみたら判決は請求棄却とわかっていたのに、原告にも一理あるかのように延々と2年余り審理を続けたという。裁判官が、早期結審することで原告の怒りを買い、自分の出世に影響することを避けたかったからであると著者は結論付けている。
 裁判官のふだんの生活ぶりについても書いているが、仕事はやはりハードで、著者が横浜地裁にいた時には、夜11時になると「健康のために帰宅しましょう」という館内放送が流れていたという。民事訴訟だけ扱うポストにいても、毎月30件ほど新しい事件がはいり、ある時点での裁判官が担当している事件数は約半年分になるので、180件にもなる。引継ぎの時には、裁判資料が高さ10mにもなり、最後は体力勝負だという。官僚の仕事も、医者の仕事も、裁判官の仕事も、頭も使うが、究極は体力勝負になってしまうのである。よく考えてみたら、受験勉強も最後は体力勝負である。裁判官の精神的プレッシャーも大きく、検察官が被告の死刑を求刑し、被告が無罪を主張している場合は大変だという。裁判官も神様ではないので、寝ても覚めても考え続け、被告人に対して「本当はどうなの?」と聞きたくなる衝動にかられるという。
 現在の判決文についても、著者は批判している。判決の理由欄には、主文の理由を必要な限度で書くべきだが、蛇足が多すぎるという。先ほどの小泉首相靖国神社参拝違憲訴訟でも、損害賠償請求に関係ない「参拝は憲法違反である」ということが理由欄に書かれていると、批判している。私は専門的にはよくわからないが、損害賠償請求は棄却されたが、違憲判決を出してくれたということで原告がある程度満足しているなら、あまり目くじらを立てることもないと思う。むしろ、前にも批判したが、耐震偽装事件で「悪のトライアングル」で検察が大々的な捜査をし、無罪とわかった後でも軽微な別件で有罪にしてしまっていることの方が問題である。裁判官もある程度世間に迎合しなければならないのは理解できる。金丸信事件で検察の権威が失墜しかけたことはわかるが、世間に迎合しすぎて、行き過ぎた国策捜査になってしまうのはやはり問題である。国策捜査になってしまうと、莫大な費用がかかるので、途中から有罪があやしくなっても、何が何でも別の罪をかぶせようとする。いくら大衆の不満を解消するための捜査であっても、単なる魔女狩りとなる危険性が大きい。著者は判例を重視して、六法全書を読まないと裁判官を批判しているが、どこの世界でもそうであるが、これまでの慣例を簡単に打破するのは本当に難しいと思う。
 もう1冊、土井たか子、佐高信「護憲派の一分」(角川ONEテーマ21)を読みかけたが、途中で酔っ払ってしまい、まだ読み終えていない。私は憲法改正はやむをえないと思っているが、また読み終えたら感想を書こうと思う。

<更新>もんもん写真館にプノンペン4を追加しました。

平成19年5月8日(火)

 今年のゴールデン・ウィークはカレンダー通りの休みだった。患者さんの話を聞いていると、製造関係の会社は1日、2日と休みで9連休になり、うらやましい限りである。開業医も自営なので、好き勝手に休めそうであるが、なかなかそういうわけにはいかない。5月は学会のシーズンであるが、どこにも行っている暇がない。認定医の更新は、精神神経学会はまだレポートの提出でなんとかなりそうであるが、心身医学会の方はとにかく学会に参加しないといけない。今年は福岡であるが、2日続けて休診するのは無理である。
 さて、今年は家内の機嫌が悪かったが、後半の4連休は1人で海外に脱出した。毎日朝から晩まで患者さんの話を聞き続けていると、こちらも窒息しそうになる。疲れきった心身をリフレッシュするには、私にとっては日本脱出しかない。たとえ短い期間でも、とにかく日本人のいない所に行きたい。と、いうわけで、3日の夜中1時25分に日本を出ることになった。2日の外来は連休の間ということで患者さんが多く、やっとなんとか終えた。自宅に帰ってから夕食をとり、それから旅の準備である。関西空港に行くには、特急はるかはもうないので、大阪で乗り継がないといけない。京都駅を10時前に出て、10時半頃に大阪駅に着いた。関西空港行きに乗り換えようとしたら、環状線で事故があり、新今宮で南海電車に乗り換えて下さいという放送があった。連休前だというのに、最終電車を勝手に取り消していいのかと思う。とりあえず、新今宮まで行ったが、南海電車でも関西空港行きはもうないという。仕方ないので、1番近い泉佐野まで行き、そこからタクシーである。結局タクシー代が4千2百円もかかってしまった。
 前途多難な出発であったが、飛行機の中ではエバミールを飲んで、なんとかうとうとした。ふだん睡眠導入薬を服用することはないが、夜行便だけは別である。前にも書いたが、ハルシオンは、ほとんど眠れず翌日は軽いむかつきみたいなのが残った。マイスリーの5mgも同じで、私には合わなかった。今回初めてエバミールを服用してみたが、そこそこ効いていて、翌日気持ちの悪さも残らなかった。バンコクのスワンナプーム国際空港に着いたのは、日本より2時間早い現地時間で朝5時過ぎであった。日本人観光客の多いタイにはそのまま入国せず、8時前に出発の飛行機に乗り継ぎである。私は飛行機の中では、パンや飲み物、時にはデザートやサラダは食べるが、メインの料理はまずくて食べない。日本出発の場合でも、空港のレストランで先に食事をすませておく。今回も空港のカフェで、朝食のサンドイッチとコーヒーをとった。目的地であるプノンペンの空港に着いて、タクシーで市内のホテルに向かった。タクシー代が7ドルは高いと思う。飛行機の中では何人かの日本人に会ったが、市内で会うことはめったにない。カンボジアはシェムリアップに近いアンコールワットが有名であるが、プノンペンに立ち寄る日本人は最近は少ないようである。
 私の旅の原点は、インドやチベットを放浪した藤原新也である。もっと若い世代の人にとっては、「深夜特急」の沢木耕太郎であろう。今回この2人を調べてみたら、意外にも3歳しか年が違わず驚いた。もっと若い私のうつ病の患者さんは、「ゴーゴーインド」で有名な蔵前仁一に影響されて、バックパッカーの聖地であるバンコクのカオサンで休養していた。この患者さんは引きこもりではないが、以前に読んだSPAで、最近は「外こもり」が多いと出ていた。どういうことかというと、海外の安宿に泊まり、日がな特に何をするわけでもなく、夕方になると屋台に出てきて、他のバックパッカーと酒を飲んで過ごし、同じことを何ヶ月、何年と繰り返している。日本の社会から退却し、海外でこもっているのである。私の好きな作家に、東京農業大学教授の小泉武夫がいる。専門の醗酵物を中心に世界を食べ歩き、酒も山ほど飲み、飲みすぎてホテルに帰って来れなくなったりしている。今ほど有名になる前から、私の憧れの的である。私も世界を放浪して残りの人生を過ごしたいが、そういうわけにもいかない。最近買った写真集、桃井和馬「この大地に命与えられし者たちへ」(清流出版)を見ると、著者は世界110ヶ国あまりを取材している。アフガニスタン、イラク、チェルノブイリ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ルワンダなどの印象的な写真が載っている。私は写真を撮るのが好きであるが、テクニックがないので、被写体の珍しさで勝負するしかない。今回の旅行でも、あちこちで写真を撮ったが、なかなか気に入った写真がない。近いうちに、自分では傑作だと思う1枚をもんもん写真館に追加しようと思う。
 夕食は「平壌冷麺」という北朝鮮政府が事実上経営するレストランに行った。プノンペン市内の移動はほとんどがバイク・タクシーである。道路でたむろしているドライバーに聞いたら、レストランの場所を知っているドライバーはすぐ見つかった。運賃の値段は交渉で安くできるが、貧しい国なので私はあまり値切らない。バイクの後ろに乗せてもらって、日本円で90円ぐらい払った。広いレストランには、大勢の客が入っていた。私は1人であったが、いい場所のテーブルに案内された。女性店員は私を韓国人と思ったのか、朝鮮語で話してきた。日本人であることを告げ、英語で話してみたが、あまり通じなかった。客のほぼ100%は観光客もまじえて韓国人である。本場の平壌冷麺とエビ料理を注文した。ビールももちろん頼んだ。男の店員はおらず、全員がそれこそ美女軍団である。北朝鮮政府の外貨稼ぎであるので、力がはいっている。20歳前後の選び抜かれた女の子ばかりで、もうちょっと田舎くさいかと思っていたら、本当に垢抜けていた。サッカーか何かの応援で北朝鮮の美女軍団が韓国に行って大騒ぎになったが、その気持ちがよくわかる。私好みの女の子もいたが、これだったらハニートラップでも何でもかかっていいと思ってしまうほどである。平壌冷麺は、盛岡の冷麺より細く、少し粘ついている感じがした。しかし、味は美味しかった。TVでは北朝鮮の風景が流され、美女軍団による歌謡ショーが合間合間に繰り広げられる。本格的にバイオリンを弾く女性店員もおり、やはりふつうのレストランとは違う。缶ビールを3杯飲み干したが、物珍しさもあり充分に楽しめた。値段は全部で20ドルぐらいであった。現地の値段としては高いが、日本食レストランの寄せ鍋が25ドルだったので、それから比べたらお得な感じもした。韓国人観光客は海外ではケチで有名であるが、日本人は反対にお人よしでだまされやすい。帰りに、チップを2ドルほど渡したら、びっくりした顔をされ、うれしそうに感謝された。いい気分でホテルに帰ってきたが、北朝鮮政府が経営するレストランなので、いろいろと考えてみた。私は想像力がたくましいので、その後で軽い被毒妄想が出たのも事実である。

平成19年5月1日(火)

 29日、30日と朝から晩まで他府県の労災訴訟事件の意見書を書いていた。2日連続で休みがあったので、なんとか期日に間に合わすことができた。裁判は勝つか負けるしかないので、山のようなこれまでの裁判資料をひっくり返して読み、国側の主張に沿って書き上げた。こんな面倒くさい仕事はもうこりごりだが、それでも書き上げるとふだんの診療だけでは味わえない達成感がある。山は高ければ高いほど克服した時の充実感が得られるが、その途中の過程となるとやはり苦しくて息も絶えだえである。原告側も精神科の専門医をつけているので、精神科医同士のバトルとなる。何とか書き上げたが、どこまで私の主張が裁判で通るかわからない。他府県の最初に出た医学的見解に沿って主張していかなければならないので、やりにくい面もあった。裁判に関わったのはこれで2件目であるが、これまでの裁判の流れという制約の中で、精神科医療とはかけ離れた部分で戦うので、違和感もある。本来は労災認定に該当するかどうかを争わなければならないのに、裁判の争点が変な所に移ってしまい、精神科医から見たらどうでもいいような所で争わなければならない。最近、読んだ本の中でも、精神科医が2人出てきて、裁判の中で争っていた。私が関わっているのは労災関係の裁判だけであるが、精神科医もあちこちの司法の場で証言したり、意見書を書くことが多くなってきている。
 さて、精神科医も関係してくる話題の書を紹介する。福田ますみ「でっちあげ 福岡殺人教師事件の真相」(新潮社)である。この本はあちこちの本屋で探したが、なかなか見つからず、アマゾンで注文して手に入れた。事件が起きたのは平成15年である。公立小学校で教えている教師が、家庭訪問で、9歳の男児の髪が赤みががっていることに目をつけ、応対した母親に「○○君は純粋ではないんですね」と切り出した。母親から男児の曾祖父がアメリカ人であることを聞きだすや、「血が混じっているのですね」と言い、延々とアメリカ批判を展開した。母親が「それは差別ですか」と聞くと、「私も人間ですから」と開き直り、「日本人は純粋な血だったのに、穢れた血が混ざってきた」と言い放った。この時に男児に「穢れた血」という言葉を聞かれ、その後母親は子どもから「僕の血は汚いと?」と聞かれるようになった。この家庭訪問の翌日から、この教師の男児に対する言語を絶する虐待が始まった。帰り支度の時に絶対に無理な10秒以内で片付けられないと、ランドセルや学習道具をこれ見よがしにゴミ箱に捨てたり、教師が考え出した5つの刑から1つを選ばせて、虐待を加えた。例えば、ピノキオでは鼻をつまんで鼻血が出るほど強い力で振り回す。この刑で、男児は鼻から大量の出血をし、洋服を血だらけにして帰宅した。虐待は連日のように続き、男児は鼻血や耳の怪我の他にも、口の中が切れたり、口内炎ができたり、歯が折れる、右太股にひどい打撲傷を負うなど、傷だらけになって帰宅した。教師は授業中のゲームの際にも、「アメリカ人やけん、鬼」と罵った。ある日、帰宅した男児のランドセルの中があまりにも乱雑で、母親が問いただしたところ、これまでの教師の虐待を告白した。
 母親と父親が小学校に行き、抗議をして担任の交代を要求したが、学校側は教師の授業中に監視役をつけるという異例の措置を講じた。しかし、この間にも監視役の教師の目を盗んで、男児の頭を殴るなどの信じがたい暴力行為を続けていた。学校側は教師を担任から外したが、その後男児に自殺強要まで行っていたことが明らかになった。福岡市教育委員会は、調査の結果、教師が児童に対していじめと虐待を行っていたことを認め、全国初の教師によるいじめを認定した。男児は教師によるひどい虐待により、体の震え、嘔吐、腹痛などが止まらなくなり、学校も行けなくなった。直後に、非常に重度のPTSD「外傷後ストレス障害」と診断され、大学病院の精神科閉鎖病棟に長期入院となった。男児の両親は、PTSDを理由に、教師と福岡市を相手に損害賠償を求める民事訴訟を福岡地裁に起こした。訴訟の先頭に立ったのは、福岡弁護士会「子どもの権利委員会」委員長を勤める元裁判官の弁護士で、全国の弁護士に呼びかけ、約550人もの大弁護団を結成した。この間、火付け役となった朝日新聞の地元版で「小4の母『曾祖父は米国人』 教諭、直後からいじめ」という大きな見出しで報道され、その後週間文春で、「『死に方教えたろか』と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』」と実名を挙げて報道され、全国ネットのワイドショーが一斉に飛びつき、連日報道合戦を繰り広げる騒ぎとなった。
 ところが、その後の裁判で明らかにされたことは、男児の母親が小さい頃にアメリカと日本を行き来していたとか、曾祖父は米国人ということもすべてでたらめで、そもそも差別発言の根拠となる事実が存在しないことが明らかになった。生徒の前でこれだけの虐待をしていたら、児童の間でこの話は広まり、父母の耳にもはいってくるはずだが、その事実もなかった。男児はもともと注意欠陥障害があり、同級生とけんかになると一方的に暴力をふるい、1年生の時には「このはさみ切れるんかいな」と言って、同級生の女の子の手を切り、何針か縫う怪我もさせている。だから、教師も暴力をふるう男児を制する時に、軽く叩いたことはあるかもしれないが、暴力をふるった覚えはない。ところが、学校側は騒ぎを大きくしたくないため、一方的に抗議してくる母親にとにかく謝れという態度に終始する。男児が怪我を負わされていたいう事実もすべて事実でないことが証明された。男児が重度のPTSDにかかっていることも、入院中にはPTSDらしき症状は一切現れず、教師側についた精神科医により完全に否定されている。この本の中で出てくる登場人物に対する辛辣な言葉を紹介する。子供は善、教師は悪という単純な二元論的思考に凝り固まった人権派弁護士、保護者の無理難題を拒否できない学校現場や教育委員会、軽い体罰でもすぐに騒いで教師を悪者にするマスコミ、かわいそうな被害者を救うヒロイズムに酔った精神科医、そして、クレーマーと化した保護者。
 著者は最初にこの事件を報道した朝日新聞の記者や週間文春の記者にも実名をあげてインタビューしている。きちんとした取材もせず、事実とは異なるセンセイショナルなスクープをものにして、後は書きっぱなしである。間違った報道をしたら、その後できちんと謝罪の記事を載せるべきである。1番問題なのはこの男児の母親である。マスコミの取材に応じても感情的にはならず、冷静に対応して、誰もがその話を信じて込んでしまったという。私がまだ大学で研修医の時に教授の外来についていたら、1人の女性患者さんが来た。どこかの医局の秘書をしていたと思うが、「私は留学していて、どこそこの大学を出て…」とよどみみなく答え、後ですべてが嘘であることを教授から聞かされた。あれから、こういう患者さんには出会っていないが、この母親も空想的虚言症ではないかと思った。患者さんにだまされているのに、私が気づいていないだけかもしれないが、空想的虚言症では単にうそをついているだけでなく、本人自身も虚構と現実の世界の区別が充分にできていないように見える。それにしても、裁判では母親の主張がことごとく否定されているのに、この教師がピノキオなどの体罰を加えていたかどうかが争点になっているという。この教師は言われなき罪を負わされ、マスコミからも散々叩かれたのに、人権派弁護士はまだ母親側についてこの教師になんとか罪を負わせようとしている。裁判と言うのは、始まったらとにかく絶対に負けられない世界なのかもしれない。

平成19年4月24日(火)

 先週の木曜日は今期初めての介護認定審査会があった。5人の委員で構成された合議体で審査をするが、審査の司会を合議体長がする。私は前回の任期では、体調をこわされた先生の代わりに途中からはいったので、まだ2年にも満たない。合議体のメンバーは医師2人と看護師、特別養護老人ホームなどの職員で構成されている。合議体長はどこも医師がやっているが、私の所は高齢のベテランの先生である。合議体によっては、「ああでもない、こうでもない」と審査するので、けっこう時間がかかるらしい。私の所の合議体長は、要領よくさっさとやってくれるので、今回も同じ合議体で喜んでいた。ところが、2年の任期であるが、来年の3月にやめるという。と、いうことは来年から私が合議体長をやらなければならない。これまでは、半分スリープ・モードで相槌を打っているだけでよかったが、来年からは司会をやらなければならない。それと、合議体長になると、それこそ永遠の指定席になって、なかなか他の先生と代わってもらえなくなる。今回の任期で次は誰か他の先生に代わってもらおうと密かに思っていたので、思わぬ話の展開である。他の合議体には私よりベテランの先生がたくさんいるが、任期途中となると私しかいない。
 土曜日は外来の後で、東京まである製薬会社の講演会に行った。新幹線代とホテル代は製薬会社持ちである。新しい抗うつ薬であるSSRIの発売1周年記念講演である。新幹線の中で、めったに読まない日経新聞を読んでいたら、面白い記事が載っていた。「夫に言われて傷ついた一言」である。1位は「君も太ったね」である。私の家内はもともとやせているので、この言葉は言ったことはない。しかし、私も言いそうな一言がずらりと並んでいる。「家にいるんだからヒマだろ」「誰のおかげで生活できているんだ」である。2位に「体調が悪いのに、ごはんはないの?」が挙がっているが、こっちは疲れて帰ってきているので、少しぐらい体調が悪くてもごはんぐらいは用意しろと言いたくなる。病院に勤めている時には、どんなにひどい風邪をひいても、這ってでも行って山ほどの患者さんを診察していたし、ひどい腹痛があった時でも、内科の先生にブスコパンを打ってもらいながら、患者さんの合間にベッドでのた打ち回りながら、夕方まで診察を続けていた。私だけではなく、会社に勤めていたら、誰もが会社を爆破したくなるほど不愉快な思いをしたり、激務で死ぬ思いをしたことがあるだろう。しかし、男の私が考えても、言ったらまずいだろうという一言もある。4位に「片づけが下手だ」がある。「うるさい」「話し方について、しつこいな」「で、結論はなに?」「おれの金を自由に使って何が悪い」などである。
 旦那さんが医療関係で開業している奥さんを診察しているが、最近旦那さんとのトラブルを聞く機会があった。旦那さんは開業しているので、朝から晩まで忙しい。ある時に患者さんが町内会でやっている書類についてやって欲しいと頼んだら、旦那さんが切れたらしい。40日間一言も口をきかず、家に帰っても机を蹴ったりして荒れ、怖かったと言う。40日目に「感謝しろ」と言って、また口をきくようになったが、この間とても苦しかったという。この患者さんは銀行振り込みなど、裏方の事務の仕事はすべてやっていた。私は患者さんの話を聞きながら、自分の家内のことを思った。保健師の免許は持っているが、完全な専業主婦である。前にも書いたように、パートの受付けの人の都合で、2階にある診察室と階段は毎朝私が掃除している。受付けの人に任せられない仕事も多く、毎日うんざりするほど郵便物が届く。きょうも労働保険の保険料申告書が届いていた。私は仕事のことは家に持ち込まず、どんなにストレスが溜まっても、子どもや家内にあたることはない。しかし、ちょっとした忘れ物をした時に家内に医院に届けて欲しいと頼んでも、渋ったりされると、永遠に口をききたくなくなる。それでも、開業の時には、他の職員とのトラブルを避けるために、自分の妻を事務に入れない方がいいと聞いていた。収入についても自分がすべて自由にできるので、今のままでもいいと思っている。子どもについては、娘も息子も家内には何でも話しができるようなので、このことについては感謝している。
 夫に言われてうれしかった一言では、「おいしいね」とか食事への感謝が挙げられている。この辺のことぐらいは私でも言えるが、「君と結婚してよかった」とか「えらいと思うよ」と少しづつ難易度が上がり、第10位に「今日は一段とかわいいね」が出てくる。解説を読むと、最後の一言は20代でも50代でも喜ぶという。こんなことを簡単に口に出せる日本の男が本当にいるのか、信じられない。仕事と違い、家事や育児は終わりがなく、達成感が得にくいというのはよくわかる。それにしても、男女の考え方の違いについては、異文化である韓国人や中国人以上に隔たりを感じることがある。
 東京での講演会は本当に勉強になった。全国から900人の医師が集まり、半分ぐらいは精神科以外の科だという。会場で、たまたま私が神戸にいた時にお世話になった先生とお会いした。同じ病院で副院長をしていた先生で、今は脳神経外科で開業している。テナントを借り、全身が撮影できるホール・ボディのCTを買って頑張っているという。うつ病の患者さんも来るので、神戸からわざわざ話を聞きに来ている。この先生に会えただけでも、東京に出てきてよかったと思った。翌日は東京でゆっくりとしたかったが、成年後見用の鑑定書を書かなければならず、10時過ぎの新幹線に乗って京都に戻ってきた。ゴールデン・ウィークの後半は家族でどこかに出かけたいが、娘は最後の日だけ休みで、後は朝から晩までクラブである。4月の29日、30日は労災の裁判の意見書を書かなければならない。子どものクラブと夫の休みを調整するのが大変だと嘆いていた患者さんがいたが、夫の方もたまには家族と一緒に旅行したい。男1人で温泉には行きにくい。ほとんどの日曜日も仕事でつぶれるので、最初に書いた介護認定審査会の合議体長については、家庭サービスのためと言って、なんとか断れないかと思う。

平成19年4月17日(火)

 この前の日曜日とその前の日曜日はいい天気で、花見には絶好の日であった。しかし、今年は忙しくてどこにも行けなかった。車を運転している時に、鴨川沿いにチラッと桜を見たぐらいである。本格的な花見は、TVで京都特集をしているのを見た。最近京都に目覚めたが、東山区に医院があっても、京都の桜はどこが見所か詳しくない。去年タクシーの運転手から聞いた曼殊院の紅葉がよかったので、タクシーに乗った時に聞くようにしている。今年も桜の穴場的名所を聞いたが、「原谷苑」の桜が見事であると情報を得ていた。ぜひとも1枚傑作の写真を撮りに行って、もんもん写真館に載せたかったが、また来年である。8日の日曜日は、朝から晩まで労災の裁判の資料を見ていた。金曜日に弁護士と打ち合わせをしたので、今月中に裁判所に提出する意見書を書かなければならない。15日の日曜日は障害年金や障害手帳の診断書を書いたり、きのうあった労災会議の資料を読んだりしていた。それほど急ぐ用事もなかったので久しぶりにゆっくりとできた。娘は珍しくクラブが休みで、家内と一緒に買い物に出かけ、息子は友だちと遊びに出かけた。ふだんできない雑用などをして過ごしていたが、外は青空が広がり、1人家に取り残され孤独感を感じた。
 また、私の患者さんが1人自殺した。警察から問い合わせがあって、初めて知った。まだ若い患者さんで、今回も全く予想していなかった人である。最近では中高年の患者さんの自殺が相次いでいたが、若い人の自殺はほとんど経験していなかった。きのうの労災のケースでも、若い人が自殺していた。まだ若いので、何も死に急ぐことはないと思うが、患者さんはなかなか目の前の困難を乗り越えられない。今回のケースでも、患者さんにとっては絶望的な状況であったが、まだまだ若いのでいろいろな可能性は残されていた。こんなに自殺する患者さんを抱えていて、私自身がやぶ医者のように思えてくるが、いつも精神科医は何ができるのだろうと考えてしまう。例えば、事業に失敗して借金を山ほど抱えていても、私が代わりにお金を払って解決してくれるわけでもない。幼い子どもを抱え、乳がんが再発したと言っても、私が完全に治してしてくれるわけでもない。職を失って、家族がばらばらになっても、同程度の年収の仕事を世話できるわけでもない。長年尽くしてきた男の人に捨てられても、その男の人の心を変えることもできない。困難な状況が1つだけではなく、いくつか重なってくると、本当に難しい。長いトンネルを患者さんに寄り添って進んでいくしかないが、あまりにもトンネルが長すぎるとと患者さんは力尽きて途中で脱落していく。
 桜と自殺の話だけでは今回の日記はもたないので、最近読んだ本についても感想を述べる。まず、大村大次郎「国税調査官が教える なぜ金持ちが増えたのか? 税が格差社会を作った」(グラフ社)である。高額所得者は以前は収入の8割が税金として取られていたが、現在は最高でも50パーセントというのは知っていた。しかし、株の売買で得た収入は、どんなに多くても20パーセントの税金しかかけられないというのは知らなかった。だから、ベンチャー企業のヒルズ族のような金持ちが生まれているという。税金が無駄使いされる最大の理由は、役人は「税金をたくさん使った者の方が偉い」という価値観の中で生きているからであるという。わかりやすく言うと、予算をより多くとってくる役人が偉いが、その予算も1円の狂いもなくぴったりと使い切ってしまわなければならない。法律を考え行政の方針を決めるのは、政治家か高級官僚の仕事で、一般の役人は法律や上からの方針に従って与えられた仕事をこなすだけである。それが社会にとって何の意味をもつのか、何の役に立つのか一切考えてはいけないという。キャリア(官僚)とノンキャリアのことについても書いているが、著者はノンキャリアなので、キャリアに対しては批判的である。官僚の天下り先である公益法人についても、税金の無駄使いであると切り捨てている。その一方で、官僚の給料が安いことは認め、同世代のノンキャリアの事務職より安いこともあると述べている。年齢が上がれば、二流企業ぐらいの収入が得られるとも書いている。
 官僚に対しては腹の立つことも多いが、私はどちらかといえばまだ同情的である。著者はたった1回の試験で将来を保障された特権が得られると批判しているが、企業とは違って最初からかなり選び抜かれた人が採用されている。ただ、ノンキャリアの中にも本当に優秀な人はいるとは思うので、キャリアと同じような待遇の道は残されるべきである。税金で給与が支払われているので、世間も官僚の天下りには厳しいが、実際の仕事は激務で、仕事内容も日本の将来に関わることである。この日記でも何回も書いているが、何のメリットもなく、滅私奉公だけで働かせるのは無理である。医療者向けのホームページを見ていたら、将来外科を選ぶ医学生もゼロになると書いてあった。産婦人科医や小児科医の志願者は激減し、田舎ではお産をするのも一大事である。どうしてこれらの科を選ぶ医学生が少なくなったかというと、医療訴訟が多く、仕事が激務であるからである。何のメリットもない科には、誰も志願しようとしない。官僚も安い給料でも日本の国に尽くしたい人を雇えばいいということになるが、国を動かす人は誠意のある人ではなく、本当に能力のある人が求められる。これまでは東大の中でもトップのトップが大蔵省(財務省)にはいり、国の予算を握ってきた。今はどこの官庁でも優秀な若い官僚がすぐにやめたがるので、引き止めるのが大変だという。本当に優秀な人が民間に流れ、2番手、3番手の人たちが国の舵取りをすることが日本の将来にとって本当にいいことなのか考えるべきである。天下りを禁じるなら、最初から一流企業以上の給与を保障すべきであろう。
 官僚については同情的なことを書いたが、魚住昭「官僚とメディア」(角川ONEテーマ21)を読むと、また考えが変わってくる。ここでは、耐震偽装事件やホリエモンや村上ファンドが取り上げられ、検察や国交省の批判がなされている。耐震偽装事件の真相は姉歯の個人犯罪だったことははっきりしたが、「悪のトライアングル」でヒューザーと木村建設、それと黒幕の総研が共謀して、姉歯に偽装マンション、ホテルを作らせたいう構図で検察が動き、構造計算したイーホームズもマスコミで総攻撃された。実際に著者が丹念に取材して歩くと、鉄骨量が少なかったからと言って、構造計算の仕方もいろいろあり、建設会社も簡単に偽装を見破れるものではないという。ヒューザーも木村建設も姉歯にだまされた被害者であったが、検察は無罪ですますわけにもいかず、別の件で摘発し、最初に耐震偽装を指摘したイーホームズに対しても、違法であるがどこの会社でもやっているようなことで摘発している。耐震偽装に関しては全く無罪で被害者であったのに、検察は間違っていないということを証明するために別件で罪を負わせ、姉歯と同等の犯罪を犯していたかのような印象を世間に与えたのである。被害者であるのに、検察の情報に基づいてそれまでマスコミで散々叩かれ、無罪とわかった後でも別の罪で摘発されたのではやっていられない。官僚の天下りを批判するよりも、こんな検察の暴走の方を徹底的に非難すべきである。
 毎朝5時に起きているわけではないが、きょうの朝はこの日記に書くためにこの2冊の本を探していた。息子はこの4月から自分の部屋で寝起きしているが、それまでは私が寝起きしていたので、1冊は息子の部屋に置いたままであった。5時半過ぎにそっと息子の部屋にはいり、本を取ったが、息子は寝息をたてて眠っていた。神戸にいた時に、TVで上沼恵美子が自分の息子のことを話していたことを思い出した。「汗臭くて、生意気だが、寝顔を見ていると本当にかわいい」 いつも別に寝ているので、息子の寝顔なんか見たことはなかったが、私も本当にそう思った。

平成19年4月10日(火)

 この前の土曜日は京都駅前のホテルで「第1回京都不安・抑うつ精神科ネットワーク学術講演会」があった。府立医大、京大、京都精神病院協会、京都精神神経科診療所協会、京都精神科医会などの共催であるが、実質的にはある製薬会社が主催となっている。この製薬会社の抗うつ薬は日本ではベストセラーになっており、いい薬なので私もよく使っている。少し前に、この製薬会社からうつ病の薬物療法についてアンケート調査があった。私はこの種のアンケート調査にはあまり協力的ではない。忙しいこともあるが、その内容から、うつ病の患者さんを何人診察して、抗うつ薬の第1選択薬に何を使うかなど、医師個人の診療内容がすべて明らかになってしまうからである。日々患者さんを診察している者にとって、うつ病の薬物療法の実態調査は大いに参考になる。この種の調査を大学がするのは全く問題ない。しかし、どの病院の誰が、何人のうつ病の患者さんを診ていて、最初にどの薬を使い、効果がない時にはその薬をどこまで増量し、それでも効果がない時にはどの薬に変えるかなど医師の診療内容に関する個人情報がすべて1製薬会社に把握されるのは問題である。
 この実態調査の結果を発表したある総合病院のT部長に、発表前にこのアンケート調査について少し批判したことがある。総合病院に勤めていると、医師の診療内容に関する個人情報の取り扱いについてはあまり自覚がないようである。私は個人の診療所をやっているので、このアンケート調査にすべて答えると、自分の診療所の経営内容まで情報提供しているようで、神経質になる。今回の調査は府立医大と京大が音頭をとっていたので、大多数の先生が参加していた。調査に協力する人数が増えれば増えるほど、正確な実態が把握できる。しかし、京都の大多数の精神科医の診療に関する個人情報が、抗うつ薬を作っている1製薬会社にすべて集まってしまうのはやはり問題である。もし、この種の調査に製薬会社が関与するなら、個人情報の守秘に留意し、医師個人が特定できないように無記名調査にすべきである。この調査は強制的ではないので、もちろん協力したくなければ拒否できる。しかし、今回のように両大学が関与していると、特に大多数の勤務医は医師の診療内容に関する個人情報の取り扱いに対しては無自覚になる。このネットワークは全国的にあり、あちこちで調査を進めているようである。こういう調査は大事な調査であるが、1製薬会社がこのアンケート調査の内容を作って回収して分析しているので、ほとんどの精神科医個人の診療に関するデータ・ベースが全国的に出来上がってしまうことになる。私が製薬会社の社員だったら、このデータ・ベースを使って営業にも役立てるし、将来出世しそうな先生にも取り入るだろう。製薬会社が関与しているこの種の調査にあまり苦情が出てこないのは不思議だが、安易に調査に応じる医師もあまりにも無防備過ぎると思う。やはり医師個人が特定できないように何らかの調査方法を考えるべきである。こんなことを言いながら、私もいろいろなしがらみでアンケート調査に協力してしまったが、後で考えれば考えるほど断ればよかったと後悔している。
 調査内容についての発表は、興味深いものでこれからの診療にとって役立ちそうなことばかりであった。その後の「うつ病治療のマネジメント」の講演では、うつ病がよくなっても半年以上は薬を減らさずに維持することが強調されていた。私は慎重に減量していくので、実際の診療とかけ離れている部分もあった。精神安定剤は、脳のセロトニンを増やす抗うつ薬であるSSRIが出てきてからは併用しないように言われていた。ところが、最近は最初の4週間まで使用してもいいとなってきたようである。私は昔から精神安定剤は特に期限を設けず、少量使っている。うつ病の治療は、原則的には抗うつ薬は1剤にして充分量まで増やし、精神安定剤はなるべく併用しないとなっているが、現場で患者さんを診察しているとそう単純にはいかない。うつ病が治る患者さんは6割ちょっとで、7割に達しないことはあちこちの講演会で最近言われるようになった。
 この講演会の後で懇親会(会費は取っているが、主に製薬会社が提供しているので懇親会という呼び名は使えず、正確には情報交換会という)があったが、いろいろな先生と話ができてよかった。同級生のF女医とも久しぶりに会えた。女同士だと、従業員の管理が相変わらず大変なようである。他の科の女医さんの中には従業員に対して厳しい先生もいるようであるが、F女医は優しすぎるのかもしれない。私も従業員に対しては何も言わない方である。しかし、従業員同士のけんかに対してはいやいやながら関わざるをえない。薬の話だったので、他の先生にも講演内容について感想を聞いたりした。こういう会には滅多に出てこない診療所の先生とも話をした。私が開業した後で、ある総合病院をやめて開業した先生である。最初の月から延べ人数ではなく400人ぐらいの患者さん(レセプトの数)が来たという。本人も言っているように、今では京都では1人で1番多くの患者さんを診ている。お互いに酔っぱらっていたので、ちらっと診察している患者数を聞いたが、私の倍以上である。F女医も一緒に話していたが、レセプトの数でいうと私の3分の2ぐらいである。
 この京都で1番患者さんを診ている先生の処方について聞いたが、精神安定剤も睡眠導入薬も使わないという。トフラニールなどの三環系抗うつ薬を150mgまで使うという。にわかには信じられない処方である。患者さんがよくなったら診察に時間はかからないというのは私と同じ意見である。実際にこれだけの患者さんを処理しているということは、よくなっている患者さんが多いということである。三環系抗うつ薬は少量使っただけでも、ふらついたり、眠気がしたり、だるさが出る患者さんも多いが、最初に充分説明して薬をどんどん増やすという。私より卒業年度が若い先生であるが、こちらの自信をなくさせるような処方内容である。講演会でも話をしていたが、海外でよく使われている抗うつ薬が、日本での治験ではまったく抗うつ作用のない偽薬(プラセーボ)との比較で有意な差が出ず、発売が中止になっているという。薬の効果も、使う先生によって変わってくるのかも知れないが、この先生の処方は大いに参考になった。テナント料なども聞いたが、個人の診療に関する情報については、精神科医同士でもお互いに酔っぱらっている時にちらっと聞きだせる程度である。最初に書いたように、薬物療法の実態調査の名を借りて、製薬会社が大量の精神科医の個人的な診療内容を集めるのはやはりずるいような気がする。

平成19年4月3日(火)

 この前の日記に体調が悪いと書いたが、あの後すぐに咳と熱が出て、風邪をひいてしまった。今回は市販薬を飲んで、比較的ましになっている。病院などではPL顆粒を出されることが多いが、私にはあまり効果がない。以前は、ダンリッチというカプセルの薬があった。のどがからからになるが、ある程度はよく効いていた。しかし、今は発売禁止になり、保険薬としてはあまりいい薬がない。まだ、市販薬の方がよく効いているような気がする。20年近く前であるが、内科の先生に、ステロイドを少量飲むと楽になると聞いたことがあるが、今でも通用しているのか。患者さんの話を聞いていると、花粉症も市販薬の方が合っているという人もいる。家内はアレルギー体質であるが、花粉症はすべて市販薬である。
 市販のドリエルという「睡眠改善薬」も予想以上によく売れているという。それだけ、不眠に悩まされている人が多いのだろう。これから、他社からも同じような成分の薬が何種類も発売になるらしい。保険薬であるレンドルミンやマイスリーは「睡眠導入薬」である。成分は全く違い、ドリエルはアレルギーを抑える抗ヒスタミン薬が花粉症などの薬より大量に含まれている。レンドルミンやマイスリーはいらいらや不安を抑える穏和精神安定剤に属し、日中服用するデパスやリーゼなどと同じ仲間である。ただ、眠気が強いので、睡眠導入薬として使われているだけである。患者さんの中には市販薬のウットを服用している人がいるが、成分にブロムワレル尿素がはいっている。ブロバリンとして、現在でも薬局で手にはいる。しかし、大量服薬すると生命に危険を及ぼすことがある。ハルシオンなどの睡眠導入薬は一時に10万錠ぐらい飲まないと死ねないので、安全である。以前から、危険性の高い薬の方が市販薬で簡単に手に入るのはおかしいと思っている。ドリエルは6錠入りが1050円なので、あくまでも臨時用である。不眠が続く時には、専門医に診てもらった方がいい。ハルシオンの薬価は1錠17円ちょっとで、レンドルミンも32円ぐらいである。診察料はかかるが、薬代としては3割負担なので、1錠あたり5円と10円ぐらいになる。
 さて、風邪もまだ完全にはよくなっていないが、新たに2つの仕事がはいった。1つは家庭裁判所からの依頼で、成年後見制度における鑑定書の作成である。認知症の患者さんで、自己の財産を管理、処分できないことを診察して鑑定書を書く。今まではすべて私が診察していた患者さんであったが、今回は全く知らない人である。神経内科に通院しているが、この鑑定書は精神科医が書かなければならないようである。鑑定料も最近はほぼ相場が決まっていて、自分が主治医の場合は5万円で、今回のように初めての人の場合は10万円である。前にも書いたが、最近の病歴や頭部MRIの検査日と所見などの記載が必要で、あちこちの病院に問い合わせをしなければならない。患者さんの家に電話したら、足腰が弱くなり移動が難しいということで、日曜日に往診に行った。昔は社会的には偉い人のようであったが、質問にはほとんど答えられないぐらい認知症が進んでいた。家族からも話を聞いて、後は現在通院している病院からの情報集めである。
 この仕事はなんとかなりそうであるが、もう1つの仕事がややこしそうである。何かというと、他府県で今争っている労災の裁判である。いろいろな事情があって、また私の所に裁判所に提出する意見書の依頼があった。他府県の労災補償課の人が私の医院に来たが、なかなか難しいケースである。私は国側に立って裁判に負けないように意見書を書かなければならない。労災に該当するかどうかは各都道府県で判定して、最初に医学的見解を書く。この時に書いた書類は裁判所にも提出され、後で一部訂正したくても訂正できない。含みを持たせた医学的見解ならばいいが、断定的に書いてしまうと、全くその意見書通りに主張して裁判で勝たなくてはならない。その人の障害が本当に労災に該当するかどうかを争うのではなく、一部訂正してもいいと思うような所で争わなければならなくなる。読まなければならない資料が、厚さ9cmほどある。外来の後は頭が働かないので、この書類を見るのは今度の日曜日である。来週に弁護士と打ち合わせがあるので、風邪を早く治して、気合を入れなければならない。
 日曜日の朝早くから、家内と子どもたちは春休みで2泊3日のディズニーランドの旅行である。娘のクラブはいつ休みになるか直前までわからず、別の日に予約していたが1度変更している。高校に入ったらダンスはやめると言っていたので、今年の年末ぐらいは家族で海外旅行もできそうである。私は1人で海外旅行に行くが、家族で出かけられるなら家族で行く。娘はロサンゼルスのディズニーランドに行きたいと言っているが、息子はスペインでサッカーを見たいと言うし、家内はエジプトに行きたいという。冬は寒いので、私はサイパンとロタに行きたいが、他の3人は全員反対である。また、家族3人で海外に出かけそうな雰囲気である。夜1人で自宅にいて、滅多にかけない電話を息子にした。雨が降っているかと聞いたら、大丈夫だという。パレードの最中か、バックで何やら音楽が鳴っており、よく聞き取れないらしい。早々に電話を切って、借りてきたレンタルDVDの「カポーティ」を見て、この日は寝た。

平成19年3月27日(火)

 いよいよ4月から新年度になる。2年ごとに入れ替えになる医師会の役員なども一部変わる。私は東山医師会第4班の班長を4年間やっていたが、この4月からは免除である。東山医師会の理事からも今回は退く。東山保健所のデイ・ケアも、今年度は予算の関係で回数が去年の半分以下になる。京都府保険医協会の代議員もこれからは予備代議員になり、代議員の先生が都合で出席できない時だけの参加になる。これまでと比べたら雑用が大分減って、少しは時間の余裕がありそうである。ただ、1番免除して欲しかった仕事が残ってしまった。何かというと、介護保険の審査員である。恐らく、医師会関係の仕事の中では最も不人気な仕事の1つに属するだろう。予め福祉事務所から届いた資料を見て、要介護1とか判定し、当日の審査会に臨む。毎回審査会の前に30人分ぐらいの資料を読まなければならず、けっこう手間暇がかかる。月に2回であるが、本当は誰かに代わって欲しかった。私の診療所は今のところ介護には全く関与していない。しかし、精神科なので、痴呆も関係してきて、永遠の指定席になりそうである。
 最近は風邪はひいていないが、体調がもうひとつである。土曜日に久しぶりに大阪の池田の両親の所に行った。去年の9月に長野県から池田に転居してきたが、今回の訪問はまだ3回目である。電話では時々話しているが、いくら近くに引っ越して来ても、なかなか会いに行く機会がない。私の息子の中学入試が終わり、妹の娘の大学受験も一段落したので、久しぶりの再会である。私の娘は相変わらず、この日も午前中はクラブがあった。ふだん持ち歩かない携帯電話を医院から持ってくるのを忘れ、途中取りに戻ったりして、車で池田に着いたのは4時過ぎであった。母親は相変わらず元気で、安心した。耳が遠いので、話をする時には大声を出さなければならず不便である。しかし、あまり聞かれたくない内容でも、家内とふつうの声で話しても大丈夫なので、便利な面もある。隣の部屋で両親が寝ていても、夜遅くまでTVの音は気にする必要はない。
 夕食はまた近くの料理店に妹家族4人と私の家族4人、それと両親の10人で行った。私と息子は両親の家でその日は泊まるので、ゆっくりとできた。娘は次の日の午前中もクラブがあるので、その日の内に家内と電車で帰らなければならない。テーブルが2つに分かれていたので、子ども4人は別のテーブルにした。私の妹はこういう時にはすべて仕切ってくれるので、楽である。1人誰かが車で両親を家まで送らなければならず、今回は私の家内の役である。家内を除いて、3人でビールを浴びるほど飲んだ。妹は前にも書いたが、経営学部の助教授をしており、大阪府内の某市の会計監査をしている。どこまで責任を持たされるのかわからないが、京都市からも依頼があったという。忙しくて、どこにも行けないと嘆いていた。娘の医学部の受験に米子と高知まで付き添って行ったが、今年はどちらもだめだったという。産婦人科医を目指しているというので、頑張って欲しいと思う。妹は、他の友だちはみんな合格しているのに、娘は根性が足りないと嘆いていたが、人のことは言えないと思った。私も、息子が中学受験で第一志望校に不合格になった時には、内心根性が足りないと思った。私も妹もハングリー精神で頑張ってこれたが、自分たちの子どもは所詮お坊ちゃん、お譲ちゃん育ちである。
 子どもが思春期になると、両親とはろくに口もきいてくれなくなる。妹の旦那は、自分たちも同じ年頃の時には反抗期だったので、仕方ないとあきらめている。娘は私にはまだ反抗期である。息子に話しかけても、最近は投げやりな返事をしてくる時があるので、これから反抗期である。私は子どもたちに「勉強しろ」とは今までに一言も言った事はないが、常に無言の圧力は加えているかもしれない。子どもたちにはいろいろと人生のことについて教えてやりたいが、親の話については聞く耳を持とうとしない。妹が学生を教えていて、昔は「あんたたちの両親はどうなっているの」と聞きたくなったが、今ではもう何も言えなくなったという。自分の子どもでもなかなか思い通りに育たない。それでも、親は常に子どものことを心配している。父親はすっかり呆けて、数時間の間しか記憶が残らず、その間しか生きていない。しかし、私の顔を見ると、「ゆっくりしていきなさい」と言い、帰る時には「気をつけて帰りなさい」と言う。
 次の日曜日は、京都市の休日待機番に当たっていたので、朝早く両親の家を出た。午後4時からは東山医師会の総会があった。会長が代わり、4月から新しい執行部の発足である。引き続きの懇親会では、私の代わりに次期班長になる先生に引継ぎの話をしていた。懇親会が始まる前に、今度の府会議員に立候補する地元の人が挨拶に来ていた。その時に、今までこの懇親会に出席をしたことのないその父親が、日赤の支部長として出席していた。久しぶりにお会いしたが、まだはつらつとしていて若々しかった。やっぱりみんな自分の子どものことになると、心配になって応援にかけつけるのだと思った。息子が大学受験の時には、私も医院を休診にして、北海道でも沖縄でもついて行くかもしれない。

平成19年3月20日(火)

 20日は不在になるので、早めに今回の日記は掲載することにする。少し前に、支払い能力があるのに学校の給食費を払わない親がいるということで、マスコミで大きく取り上げられていた。社会での最低限のルールさえ守られないことが、あちこちでよく見られる。毎日外来で診療していても、ごく一部の患者さんであるが、こちらが戸惑うような患者さんに遭遇することが最近は増えてきた。社会的に逸脱した人を診るのが私の科だと言われたらそれまでだが、病気による行動というより、診察を受ける上での最低限のマナーみたいなものが守られていないような気がする。以前にもこの日記で書いた境界性人格障害の患者さんが、最近また私の医院のトイレでカッターナイフで手首を切り、血だらけになって出てきた。早速近くの京都第一赤十字病院に紹介して縫合してもらったが、今回の出来事はマナーの問題ということより、病気によるものなので仕方ない。
 ところが、一流企業に勤めていて、うつ病で休養の診断書を出しても、1ヶ月以上受診せず、忘れた頃にまた休養の延期の診断書を求めてくる患者さんがいる。薬は1週間ほどしか出しておらず、どうしていたのか聞くと、海外で過ごしていたという。また、薬を出すと、今度は2ヶ月近く受診せず、また休養の診断書を求めて受診してくる。今度は別の国を海外旅行していたという。かなり過酷な仕事で体調をこわしたのは理解できるが、うつ病を本当に治す気があるのか、本当にうつ病なのかわからなくなってきて、こちらも治療意欲が喪失である。他にも、傷病手当をもらっていて、長いこと受診せず、傷病手当の診断書をまとめてもらいに来る患者さんがいる。傷病手当については、他の科では大体治療期間が決まっていて、最長の1年6ヵ月を受給する人は少ない。しかし、精神科関係では1年6ヵ月受給する人が多くなり、今は問題になっている。最近のうつ病はなかなか改善しないので、仕方ない面もある。それでもきちんと受診して、うつ病で困っているので早く直しほしいという最低限の意欲を示して欲しい。「体調が悪くて来れなかった」と言い、2週間分の薬で1ヶ月以上過ぎてから受診し、その後も何回も同じようなことが続くと、こちらとしてもどう対処していいのかわからない。最近の傷病手当の診断書はいつ受診したのか日付も書き込まなければならないので、通院だけはきちんとして欲しい。詐病かというとそうでもなく、本当に調子が悪そうなので、こちらもますます混乱してしまう。
 私の医院ではあまり関係ないが、病院などでは未収金が問題になっている。特に、夜間救急をしている病院などでは、事故などで保険証やお金を持たずに受診する患者さんが多い。最近は、最初から医療費を支払う気のない確信犯的な患者さんが増えてきているという。以前に、都立病院の未収金問題を取り上げているTV番組を見たが、都の職員が集金に行っても、居留守を使ったり、開き直って逆切れしたり、とんでもない患者さんが大勢いる。実は最初に書いた境界性人格障害の患者さんも大量服薬して入院した時の入院費をまだ払っていない。本当にお金がなくて払えないので、今はローンで少しずつ返しているという。医師法では「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な理由がなければ、これを拒んではならない」と定められている。医療費が不払いの患者さんでも診療拒否はできないことになっている。この患者さんは少しづつでも払っていこうとしているが、実際に病院としても血だらけになっている患者さんを放置するわけにもいかない。
 私のような診療所で最近増えてきているのは、リタリンや睡眠導入薬を大量に求めてくる患者さんである。リタリンについては前にも書いたが、若い人には私は原則的には処方しない。それでも、中には大量の抗うつ薬を処方しても効果がなく、気の毒に思って出したこともある。しかし、最近はトラブルが多いので、年寄りでも出さないようにしている。社会的にきちんとしている人でも、後で隠れ中毒だったとわかる時もある。以前とは違い、表面的な社会的地位や身分は全くあてにならない。今はネットや身近な人にリタリンや睡眠導入薬を売ったりする人もいるので、どこまで中毒でどこまで売買を目的にしているのかわかりにくい。
 他の医院で、不正手段でリタリンを大量に手に入れていた患者さんが、私の医院に転院してきたことがある。その後で、近畿麻薬取締部の麻薬取締官が調査に来て、対応が大変だった。睡眠導入薬についても、実家に置き忘れてきたとか、掃除をしていて捨ててしまったとか、これから出張で東京にでかけなければならないとか、ありとあらゆる理由をつけて早く大量に手に入れようとする。そういう患者さんには期限が来るまでは出さないようにしているが、それでも涙ぐましい努力をして手に入れようとする。ふつうの家庭の主婦で、眠れないということで、大量の睡眠導入薬を処方した患者さんがいる。それでも眠れないと言い、抗精神病薬のヒルナミンを100mgまで増やし、ベゲタミンAを2錠追加したが、まだ眠れないという。ふつうはこれだけ大量に飲んでいたら、ふらふらして朝起きれないはずであるが、まったく残らないと主張する。これまでにも薬を落としたとか、なくしたとか言って、何回も早く取りに来たりしているので、現在は期限を設けて処方している。毎回の診察で、本当に眠れないと誠実そうに答えるので、一体どう解釈していいのかわからない。

平成19年3月13日(火)

 この前の土曜日は国際芸術カーニバルの催し物の1つである「C'est Duckie」をアート・コンプレックスに見に行った。俳優やダンサーが集まった英国のカンパニーの公演で日本語では「うちら、クラブ★ダッキー!」と訳されていた。たまたま京都新聞の記事を見て面白そうだったので、インターネットで申し込んだ。場所は寺町三条の近くであったが、夜になるとあたりは暗く、すぐには場所がわからなかった。舞台の上のダンスを予想して行ったが、パフォーマンスと呼ばれる類のものであった。会場でもらったパンフレットには、独創的で先鋭的な表現形態を追求していると書かれている。大きなテーブルが8つ用意されており、係りの人に案内されて1つのテーブル座った。私は1人で行ったが、他にも1人で来ている人が2人おり、後は4人で来ているグループであった。みんな若い人ばかりで、同じテーブルでは私が1番年上であった。他のテーブルでは外国人のグループもいた。
 最初にシャンパンが1人1人に配られ、メニューとダッキーのお金を渡された。1つのパフォーマンスに値段がついていて、テーブルごとにみんなで決めて注文する。メニューだけでは、何をしてくれるのかわからず、いちいち値段を計算しながらこちらで選ぶのは面倒くさいような気がした。日本のレストランでは、味付けはすべてレストラン任せであるが、海外では自分でいろいろな調味料を調整しなければならないことがある。このやり方を思い出して、日本人にはあまり向かないと思った。しかし、若い人はけっこう楽しんで選んでいた。見知らぬ者同士が和気あいあいとなる効果もあった。最初に舞台でダンスがあり、その後はそれぞれのテーブルで注文したパフォーマンスが1人のダンサーや俳優によって行われる。他のテーブルでやっていることも、そのまま横から見物できる。
 私のテーブルには折った新聞の中にシャンパンを入れ、後でまたグラスに注ぐマジックショーみたいなパフォーマンスや、テーブルの上でパンツ丸見えの短いドレスで歌をうたったり、箱の中に骨折した骨のレントゲン写真を入れ、自分の身体と重ね合わせて見せたり、盛りだくさんであった。近くのテーブルでは、全員に傘を持たせて、霧吹きでかけながら、「雨、雨、降れ、降れ」と絶叫しながら歌ったり、テーブルの上で大きく足を開いて、股の上で人形を動かしたり、細長い風船でペニスを作ったりと、注文した題材がそれぞればらばらに演じられていた。観客はそれなりに楽しんでいたが、私には刺激が少なかった。日本舞踊などはそのよさがわからないので軽々しく論じられないが、今回のショーは物足りなかった。昔見た寺山修司の風船女の方がおどろおどろしかったし、マリックのマジックもTVで見ているので、いつの間にか目が肥えすぎてしまっている。電撃ネットワークが東京ショックボーイズの名で海外公演で売れている理由がよくわかった。中国の雑技団のように徹底的に訓練された見世物でもなく、肉体の極限まで使ったショーでもなく、息をのむようなようなダンス・ワークでもなく、ちょっと中途半端な気もした。私はロック周辺の音楽はよく聞いているが、それこそぶっ飛んでしまう音楽にはよく出会う。それでも、久しぶりにこういうショーが見れてよかった。忘れかけていた自分の中の何かが刺激された。
 さて、話はまったく変わるが、4月からのNHKの中国講座を前にして、最近2冊の中国に関する本を読んだ。 私だけではなく、中国の反日デモなどに対して反感を持っている日本人も少なくないだろう。ただ中国人はけしからんではよくないので、中国人の考え方をわかりやすく書いた本がないかとさがしていたら、いい本が見つかった。林思雲+金谷譲「中国人と日本人 ホンネの対話」(日中出版)である。著者である中国人留学生と日本人がメールでやり取りした内容である。靖国問題や南京大虐殺などのことが日本人にもわかりやすく説明してある。中国人と日本人の罪に対する認識の違いについても触れている。中国では裁判では伝統的に推定有罪で、逮捕されたら、容疑者が自己の無罪を証明できなければ有罪になるという。だから、警察で逮捕されたら、素直に自分の罪を認めれば裁判で寛大な処置が得られ、黙秘権なんか行使したら、反省が足りないということでより厳しい処罰を受けるという。これをそのまま日本人の歴史認識にあてはめると、日本人は己の罪を認める態度が悪いということになり、中国人民の感情をひどく害するという。中国の反日勢力も2種類の異なった部分から成り立っている。ひとつは中国政府が行う反日教育で、これは日本を反面教師として愛国主義教育を行う手段に使われている。しかし、政府が行うのは単なる思想教育で、日本製品ボイコットや反日デモなどの実際の行動については望んでいない。ところが、主に米国に拠点に置く反体制派は、政府の不安定化を狙って、民衆を扇動して実際にこれらの行動を起こさせようとしている。反面教師も1950年代は米国で、60年代から70年代前半は米国とソ連で、70年代後半から80年代後半にかけてソ連になり、90年代以降が日本である。中国人は熱しやすくて冷めやすい人種なので、反日感情もまたすぐ変わるという。他にも中国人留学生が本国に帰りたがらない理由も書かれていて興味深い。中国の民衆は常に役人から蔑視と侮辱を受けているというのも意外であった。私が今まで読んできた中国関係の本の中では、日本人が抱いている疑問を最もわかりやすく説明してくれていて、1番のお奨めである。
 ついでに、宮岸雄介「とらえどころのない中国人のとらえかた」(講談社+α新書)では、北京で暮らせたらどこの国でも暮らせると書いてあるように、中国では郵便1つ出すのも手続きが大変なようである。しかし、列に並ばないような人でも、電車やバスの中ではお年寄りや子連れには席を譲り、外国人に対して暖かく接してくれるという。この2冊の本を読んで、中国に対する考えも変わったが、1人で旅行するのはまだ大変かと思った。いろいろ考えた末、中国語の勉強は北京オリンピックが終わってから始めようと思った。なかなか時間がとれないこともあり、今年の4月はパスである。
 そのかわり、英語の方をまた気を取り直して勉強しようと思っている。目標はTOEICで上位2パーセントにはいる900点越えである。たまにCNNを見るぐらいではだめなので、体系だって勉強することにした。教材はNHKの「ビジネス会話」と「英会話上級」で、ラジオ放送を毎日録音するのも面倒なのでCDでやろうと思っている。どうして、また英語に目覚めたかというと、実は土曜日の英国のパフォーマンスも少し関係している。1人のパフォーマーが私たちの座っているテーブルにやってきて、ジェイムズ・ジョイスのユリシーズの一節を英語で朗読しながら、演じたのである。男性であるが、女性の下着を着て、パンストのような薄いタイツで全身を包み、テーブルの上で悶えながら、英語で「私の胸を抱いて」とか言っている。私は半分以上は聞き取れたが、こんなパフォーマンスでも英語ができないと楽しめないのである。観客との対話形式の演題では、わざわざ通訳がついていたが、もっと英語が上手になりたいと心から思った。

平成19年3月6日(火)

 この日記も1週間に1回の更新であるが、まったく書く題材がない時がある。先週も書くことがなく、全国労災医員会議のことを書こうと思ったが、どうしても気乗りしなかった。この時の特別講演で、ある大学の先生がわが国におけるPTSD(外傷後ストレス障害)の民事裁判について話をしてくれた。国も労災裁判では負けることが多いので、話題に民事裁判のPTSDを取り上げたのかもしれない。精神科における民事裁判についてはほとんど聞く機会もなかったので、この話を聞くだけでも東京に行った価値はあった。裁判というと誰もが間違いのない公正な判定がなされていると思うが、「トンデモ裁判」が多いことに驚いた。裁判官といえども、精神科関係については素人であるのは理解できる。しかし、優秀な人材がそろっているので、ある程度勉強したらおよそのことは理解して常識的な判断をしてくれるものと思っていた。ところが、誰が診断しても統合失調症と思われる人をPTSDと認定したり、何十年前の出来事を心的外傷として認めて、高額の賠償金の支払いを命じたりしている。最近は裁判所もPTSDの診断については慎重になり、「トンデモ裁判」も少なくなっているようではある。わが国でも最優秀な集団として認められている裁判官でさえ、精神医学の理解はこの程度である。ましてや、ふつうの一般の患者さんが病気の理解ができないのは無理がないのかもしれない。毎日患者さんを診察していると、ついつい患者さんもこんなことはわかりきっていると思いやすい。しかし、ほとんど理解してもらえなかったり、間違った解釈をしているのかもしれない。自分たちにはわかりきったことでも、繰り返し何回も説明していくことが大切な事がよくわかった。それと、私が国側について意見書を書いた労災裁判では負けているので、負け惜しみで言うわけでないが、裁判官と言えども、精神医学の診断における多層的なファジーな部分を理解させようと思っても無理である。裁判で勝つには、本来の精神医学の知識とは別に、素人受けするようなクリアカットで説得力のある意見書を書くテクニックが必要である。精神医学の知識が深まれば深まるほど何でも断定はできにくくなるが、裁判では本来の精神医学の知識とはかけ離れて、素人の裁判官が考えそうな筋書きに沿って、自分たちに有利なように断定していくことが必要みたいである。裁判では、学術的な論争をしてもあまり意味がない。
 さて、きょうも書くことがなく、何を書こうかときのうの夜から追いつめられていた。先週はこのPTSDの民事裁判のことをいくら書こうと思っても考えがまとまらず、全く何も書けなかった。最初の書き出しがうまく行くと、それなりに次から次へと書けるものである。土曜日には何も予定がはいっておらず、日曜日は京都市の休日待機番が当たっていたが、久しぶりにゆっくりできた。あわててやらなければならない仕事もなかったので、医院の机の中の掃除をした。製薬会社からもらったボールペンが山ほどたまり、思い切ってみんな捨てることにした。ふだん使っているボールペンは三菱の安いものであるが、私にとっては書き心地がよい。太くもなく細くもなく握り具合も丁度いい。いつもこのボールペンを大量に買い込んで使っているので、他のボールペンは永遠に使いそうもない。パソコンの更新もXPとウィルスをやっていたら、けっこう時間がかかる。ふだんはほとんど使っていないノートパソコンも、同じように更新して、使わないプログラムを削除したり、新しいプログラムを入れていた。買ったばかりの携帯電話に音楽を入れるのが難しかったので、ソニーの1番小さい安売りのウォークマンを買った。久しぶりにゆっくりと好きな曲を選んで、ここに何十曲と入れた。TVの音声もMP3に変えてここに入れたかったので、ソフマップまで行って音声変換の装置を買ってきた。ウォークマンの上位機種になると直接音声変換ができるが、少し大きくなって重くなる。多少手間暇がかかっても、いつでも持ち出せるように、小ささと軽さにこだわった。こんなことをしていたら、あっという間に1日が過ぎてしまった。本当は家内と一緒に映画に行きたかったが、待機番では出かけるわけにもいかない。
 夕食後、映画に行けなかったかわりに、借りてきたDVDを見た。去年のキネマ旬報で日本映画では第6位に選ばれていた「嫌われ松子の一生」である。ちなみに、第1位は「フラガール」である。結局この日は半分ぐらいしか見れなかった。きょうは何とか医院に出てきて、PTSDの民事裁判のことが書けたが、きのうはこの日記に何を書こうかと思案していた。とりあえずこの「嫌われ松子の一生」のことを書こうと思って、きのうは11時までかかって最後まで見た。この映画だけで1回分の日記をもたせるのも難しいので、朝6時前に京都駅近くのマンションに寄って、引用できそうな本を取ってきた。題名は、大庭佳奈子「風俗依存症 私が本当の居場所を見つけるまで」(文芸社)である。内容は、2時間で9万円という高級ソープでナンバーワンであった著者が、自分の身体を武器に月収5百万円を稼ぎ、最後は理解ある夫と出会って引退するが、子宮ガンに侵されていたという自分自身の体験記である。映画の中の松子は、学校教師からソープ嬢になり、一緒に住んでいた男を殺し、出所後もヤクザの女として生き、最後は心を閉ざして近所からはつまはじきにされ、バッドで殴られて死んでいく。外来をやっていると、松子のような生き方をしている人にたくさん出会う。自分の居場所を、他人につくすことでしか見つけられない人がいる。どうしてこういう生き方になってしまうのか、私には理解できるが、書くスペースもなくなってきた。映画も、精神医学的に楽しめるのはこの仕事を長くやっていることの役得だと思う。

平成19年2月27日(火)

 私は医院にいることが多いので、携帯電話を使うことがほとんどない。ふだんの外出でも持ち歩くことは皆無に近い。前にも書いたが、交通事故を起こした時にも、すぐに保険屋さんに連絡するのに、事故相手の携帯電話を借りたぐらいである。携帯電話を持ち歩かない理由は、メールは全くせず、そんなに救急連絡をする必要がないからである。それと、使っている携帯電話がウィルコムのW−ZERO3なので、ちょっと持ち歩くのにかさ張ってしまう。キーボード付きなので、入力するには便利であるが、せいぜい旅行の時に使うぐらいである。予定表などアウトルックと同期できるが、今は人生の大半を医院で過ごしているので、あまり必要性も感じない。インターネットにも接続できるが、まだ速度が遅く、外出先でわざわざチェックするような項目もない。動画も見れて便利であるが、今まで使ったことがあるのは海外旅行の時の飛行機の中ぐらいである。結局、外出の多い営業マンとは違うので、高機能の割には宝の持ちぐされとなっている。
 息子が中学受験が終わり、4月からは大阪の高校に通うので、新しく息子専用の携帯電話を買った。これまでは、娘専用の携帯電話と家内と息子が兼ねて使っていた携帯電話があったが、これで私のウィルコムの携帯電話を含め、一家で4台になった。昔からボーダーフォンを使っていたので、家族はそのままソフトバンクである。息子に携帯電話を買ってやる時に久しぶりにいろいろな機種を見て回ったが、1つだけ私の気に入った機種があった。ふだんの生活で携帯電話が本当に必要になるのは、京都市から委託されている休日待機番の時だけである。25日の日曜日は私が当番であったが、次の3月4日の日曜日も連続して私が当たっている。車の移動や外出の時は常に連絡が取れるように持ち歩かなければならないが、京都市はもうちょっとバランスよく待機番を当てて欲しい。前から梅田のヨドバシカメラに行きたいと思っていたが、3月11日まで行けないぞ。W−ZERO3はかさ張るので、簡単にポケットにはいらず、PHSなので丹波橋の自宅でも場所によって通じにくい時があった。息子の携帯電話を買ってからしばらく我慢していたが、どうしても気になっていた携帯電話が欲しくなった。結局ソフトバンクで1番小さかったサムスンの機種を買った。ウィルコムについては契約を解除し、通信機能はなくなるが、ノート・パソコンの代わりに必要な時だけ持ち出すことにした。
 新しい携帯電話は胸のポケットにはいるぐらい薄くて小さい。音はPHSと比べたら悪いが、パソコンを使ってアウトルックの予定表なども同期できる。韓国の会社なので、ヘッドホンなどをつなげるプラグは平型ではなく、特殊な形状である。実は、先週の火曜日は全国地方労災医員の会議が東京であったが、早めに京都を出たのは、この特殊なプラグを探す目的もあった。いろいろ探したが、結局日本には発売されていないようである。韓国まで行ったら、あるのかも知れない。ここまでこだわるのは、ノイズキャンセリング付きのヘッドホンをつなげたいからである。結局、ブルートゥースのアダプターを買うしかなかった。パソコンを使って音楽も入れたいと思ったが、携帯用のmp4に変換するのが大変である。苦労して変換してみたが再生できなかった。Mpeg4もいろいろな種類があるので、まだ研究中である。音楽というより、中国語を入れたいと思っている。それでも、いつでもどこでも持ち運べるのは気に入っている。
 土曜日は4時半から精神科診療所協会の集まりがあった。しかし、この携帯電話の音楽変換や何やかやでいつのまにか時間が過ぎ、久しぶりに欠席した。翌日の日曜日は朝9時から医院に出て、夕方5時半まで仕事である。自立支援の診断書や障害者手帳の診断書、福祉関係の医療要否意見書などをうんざりするほど書き、職員の2月分の給与計算し、その他の長いこと放置していた書類を書いたりしていたら、もう5時半である。本当は税理士に送る確定申告の書類を整理して送らなければならなかったが、時間がなくて何も手がつけられなかった。去年の今頃は自立支援法ができ、公費負担の診断書を書き直さなければならず、てんやわんやであった。たまった書類を整理していたら、この時の福祉関係の患者さんの断書料をまだ福祉事務所に請求していないことを思い出した。自立支援の診断書料は1通3千円であるが、1年前は山のような診断書を書くだけで精一杯であった。手続きする時に、公費負担の残された期間で、診断書が必要な人と必要でない人がいたので、後で整理して請求しようと思っていた。しかし、延び延びになって今に至っている。今さら請求できないのであきらめているが、去年の今頃はそれほど毎日が忙しかった。

平成19年2月20日(火)

 この前の土曜日はある精神科病院の懇話会があった。前にも書いたように、私の医院に通院していいる患者さんが何かあった時には、いつでも入院をお願いしなければならない。日頃からお世話になっている病院の先生との1年に1回の交流会である。招待客は診療所の先生が多いが、今年は京都第一赤十字病院と京都第二赤十字病院からも上の先生が参加していた。今は思春期を専門に開業している2年下の先生も来ていた。この先生は大学の同門会にも出席せず、精神科医の集まりにも参加しないので、10年ぶりの再会であった。以前はよく話をする機会もあったので、本当に懐かしかった。病院に勤めている時にも、思春期の患者さんを相手に、夜遅くまで診察していたが、その姿勢は開業しても変わらないようである。簡単な患者さんは他の医院に紹介するといい、毎日私よりはるかに遅くまで診察している。この先生と久しぶりに会えただけでも、この懇親会に参加してよかった。
 二次会は久しぶりに祇園のクラブみたいな所に行った。私より結婚の遅い先生とも話ができて、面白かった。みんなそれなりに苦労しているようである。ふだんは飲み過ぎないように気をつけているが、この夜はついつい注がれる水割りを次から次へと飲んでしまった。お開きになった時には、酔っ払ってふらふらで、やっとタクシーで家にたどり着いた。部屋の時計を見たら、夜中の1時近くだった。その日はそのまま寝たが、翌日は地獄であった。この日は自立支援の更新の診断書を7通書いて、月曜日の労災会議の資料を予め読んでおかなければならなかった。しかし、頭がまったく働かず、身体もだるく、気分もふさぎこみ、結局1日中何もできなかった。完全に脳細胞が破壊され、生きているだけでせいいっぱいであった。話に夢中になっていると、水代わりに水割りを飲んでしまい、新しい水割りをいつの間にかホステスが作っているので、とんでもない量を飲んでしまったような気がする。私は風邪をひいた時にはうつになるが、酒を飲みすぎてもやはりうつになる。
 月曜日は労災会議があり、日曜日には資料を1ページも読むことができなかったので、朝5時に起きて、6時から医院で資料を見ていた。2日経つと、二日酔いもさすがに改善する。最近の労災判定をめぐる裁判では、過重労働が問題になり、月100時間を越える超過勤務の場合は、裁判でも国側が負けることが多くなった。専門の精神科医が、その仕事内容を検討して業務外(労災ではない)として判断しても、裁判官は超過勤務に対しては厳しいようである。たまたま今月号の「月間保団連」という雑誌を読んでいたら、面白いケースが載っていた。いくつかの診療所を経営していて、転勤に応じない職員に対して、院長は強く言えるかという質問である。毎回雇用問題を経営者側に立って社労士が答えてくれるコーナーである。今回の答えは、共稼ぎの夫婦が別居を余儀なくされた配転でも、裁判所は有効とすることもあり、よほどのことがない限り使用者の権利の乱用にならないという。その理由は、日本は長期雇用システムが出来上がっているので、解雇が簡単にできない代わりに、転勤を頻繁にやることで、職場を活性化する方法をとっているからだという。だから、極端な場合は夫婦別居を余儀なくされる転勤も可能だという。面白いことに、裁判官はかなりひどい配転命令に耐えて仕事をしているので、裁判ではかなりの配転命令を認める傾向にあるという。裁判官といっても、判断の基準はやはり自分を取り囲む環境が影響しているらしい。私も医学部出身なので、時間外勤務といっても研究職の場合は評価は厳しくなりやすい。大学の医学部でも大学院生ばかりでなく、夜遅くまで研究している先生も多い。いくら職員だからといっても、これを超過勤務と認定するのも、何かしっくりとこない気もする。しかし、労災判定で超過勤務でないとすると、後で裁判で負けてしまう可能性があるので、慎重に判断しなければならない。
 ついでに、同じ「月間保団連」に載っていた記事を紹介する。700人近くの開業医のアンケート調査をもとに「開業医のストレス状況」が福岡の精神科医によって報告されていた。1番ストレスに感じていることは、経営問題で、開業医の半数近くが悩み、2番目は従業員の問題で3割近くいる。現在のこころの状態はややうつ状態が3割近くいる。毎日が忙しいので、私もややうつ状態である。誰かに相談するかというと、7割近くの人があまり相談しないと答え、相談相手での1番は配偶者である。私は家内とは子どものことなどは話すが、仕事のことについてはほとんど話さない。開業医の仕事に愛着はあるかでは、7割があるといい、私もそこそこあるぐらいである。どんな職業についてもストレスはあると思うが、満足しているかと聞かれると、少し考え込んでしまう。今日は外来を休診にして、全国地方労災医員の会議に出席するために、これから東京に行く。この日記も本当は日曜日から書かなければならなかったが、酔いつぶれて何も書けなかった。東京から帰ってから更新するのも遅くなるので、医院には朝5時半過ぎから出てきてこの日記を書いている。会議の前に買い物をしたいので、朝7時過ぎの新幹線で出かける予定である。開業医のアンケートでは忙しさのことがあまり出ていなかったが、やはり私の1番の悩みは自分のやりたいことやる時間が足りないことである。

平成19年2月13日(火)

 この連休は1人で香港に行っていた。本当は家族で城崎にでもカニを食べに行きたかったが、相変わらず娘はクラブでどこにも出かけられない。家内と子ども2人はこの春休みのウィークデイに東京ディズニーランドに行く。私はふだんは土日も関係なく仕事をしているので、最近は精神的にも煮詰まってきている。そこで、思い切って海外に出ることにした。土曜日は外来が終わってから出かけるので、行く所は近場しかない。本当はチェコに行きたかったが、プラハ2泊3日ではやはり無理がある。上海は飛行機で2時間ぐらいだが、観光地化されすぎているようで、今回はあまり気乗りしなかった。香港の方が観光地化されているが、今回は家族旅行のための香港ディズニーランドの視察という大義名分を作った。隣接している中国の深センにも行ったが、これは日中親善のためであると家族を説得した。私は中国本土に足を踏み入れたことはなく、香港も今度で2回目である。初めての海外旅行は大学を卒業して間もない夏休みで、行き先はこの香港であった。当時はタイガー・バーム・ガーデンに行ったり、フェリーに乗って香港島に渡ったり、何もかもが新鮮で楽しかった。
 土曜日は荷造りでばたばたしていて、香港にはどんな服装で行ったらいいのか迷った。2月の気温は12℃から19℃ぐらいと書いてあるが、日本が寒いこともあり見当がつかない。結局厚手のシャツと薄いジャンパーみたいなものを着て行った。飛行機の出発時間は夕方6時半ぐらいで、香港に着くのは夜10時近くである。今回は香港1泊と深セン1泊をホテルクーポンで予め用意していた。見知らぬ海外で、夜遅く1人で空港に到着するのは少し緊張する。空港で1万円両替して、バスでホテルまで行った。目的のホテルに着いたのは11時半頃で、チェックインしてから両替のために町に出たが、すでにどこも閉まっていた。この日はホテル周辺を少し歩いたぐらいであったが、路地が入り組んでいて道に迷い、やっとの思いで引き返すことができた。
 翌日の日曜日は目的の香港ディズニーランドであるが、その前に両替をしようと思った。ところが、日曜日でどこの銀行も閉まっている。やっと見つけた両替所も、円安のせいか日曜日のせいかわからないが、空港よりかなりレートが悪い。服装は厚手のシャツ1枚で十分であった。ホテルに荷物を預け、地下鉄で出かけた。本当は明日の月曜日の方がすいていて料金も安かったが、男人街のナイトマーケットも見物したかったので、日曜日にした。入場料は350香港ドルであった。1香港ドルが17〜18円だったので、日本円にして6千円以上になる。中は東京ディズニーランドに比べると、建物も小さく、最初は人も少なかった。お城も建っていたが、少し大きめの家と変わりないぐらいの大きさである。パレードも見たが、東京ディズニーランドのようなきらびやかな豪華さもない。ディズニーランド・マニアではないが、新婚旅行の時には家内とロサンジェルスのディズニーランドにも行っている。本場のディズニーランドもよかったが、香港のは正直言って物足りなかった。直接家族で来ていたら、東京の方がよかったと文句を言われたかもしれない。ほとんど待たずに見れたが、ライオンキングのショーは時間の都合で見れなかった。ミッキーのショーもよかったが、すべて広東語で、ステージの横に英語の字幕が出る。香港のオリジナルのショーかどうかわからないが、アニメと本物の人物が登場し、水の中のシーンでは小道具を使い、カラフルで躍動的で、こんな表現方法があるのかと感心した。このショーの初めの方でビデオカメラで撮っていたら、係りの人が来て注意された。一応会場内での撮影は禁止されているが、みんなフラッシュをたいたり、写真を撮っている。私は手振れを嫌い、必ずファインダーを覗いて撮影するので、目立ったのかもしれない。注意されている時に隣の人がデジカメの液晶を見ながら写真を撮っていたが、何も言われなかった。確かに、ユーチューブにでも投稿されたら、かなわないかもしれない。しかし、この水の中のシーンは危険を冒しても撮っておきたいぐらいすばらしかった。昔、ブロードウェイで、ショーが始まる前にフラッシュをたいたら、係りの人が来て注意されたことがあるが、それ以来のことである。
 3時過ぎにはディズニーランドを出て、地下鉄でハーバーシティに買い物に出かけた。私はもともとブランド物には興味はないが、今頃が香港では年に2回あるバーゲンの季節で、家内にお土産と考えていた。ところが、ただ広いショッピングモールが何階にも渡って続き、一体どこからこんなに人が集まってくるのかと思うほど、どこも人でごった返していた。私は時計も服も関心はないが、ついつい手が出てしまうのはバッグである。通勤鞄から始まって、旅行鞄、ショルダーバッグも気に入ったものがあったら、買ってしまう。それでも、デザインなどの好みがうるさく、京都中のデパートを巡ったが、気に入ったバッグは見つからなかった。スーパーで売っているアデイダスやポロなどのバッグも機能的で出かけるには丁度いいが、最近はもうちょっといい物が欲しくなった。果てしなく続くショッピングモールを歩いていたら、人の多さで疲れてしまい、バッグも家内のお土産もどうでもよくなった。その後は男人街に行って、ナイトマーケットを見てきたが、あまり欲しいと思うような品物もなかった。台湾を含め、中華系の女性歌手の中には私好みの歌手もいるが、時間がなくてCDも見ている暇もなかった。その後はホテルから荷物を取り、地下鉄で深センに向かった。
 香港から中国への入国手続きをすませて外に出ると、深センの駅があり夜の8時半を過ぎていた。あたりは暗く、大勢の人が駅前の広場に群がっている。この駅から広州から中国内部に向けて1本の鉄道が伸びている。香港とは全く違った雰囲気で、深センと書いた赤いネオンと時刻表の電光掲示板が闇に浮かび上がり、その下で大勢の人が大きな荷物を抱えてひしめきあっている。どこか懐かしく、昔の上野駅みたいな雰囲気である。駅の近くのホテルまで歩いて行ったが、物乞いもいるし、途中でポン引きみたいなおばさんが中国語で声をかけてくる。香港の雰囲気は私には合わなかったが、ここの雰囲気は私好みである。ホテルも香港より安かったが、広くて豪華であった。
 夜は、日本食を食べに近くのシャングリラホテルに行った。朝食はマクドナルドの中にあったイタリアンサンドイッチとカプチーノをとったが、味はもうひとつであった。昼食はディズニーランド内では油っこそうな中華の軽食が多かった。仕方ないのでチーズバーガーにしたが、これはまずかった。最近は海外に行っても、夜は日本食を食べるようにしている。高級ホテル内の日本料理店だったので、接待で使われているような場所であった。テーブル席には私以外に2人の日本人がおり、奥の座敷にも何人かいるようであった。刺身がついた鉄板焼きセットとアサヒの生を頼んだが、値段は高かった。雰囲気は全く違うが、日本の居酒屋の3倍ぐらいの値段であった。プノンペンで寄せ鍋を頼んだことがあるが、分量は2〜3人分で、これも高かった。こちらの店は現地の人しか来ていなかったが、けっこうはやっていた。私のふだんの昼食はダイエット食の豆乳クッキーだけなので、 旅行の時ぐらい夕食にお金をかけてもいいかと思っている。この日は万歩計で見たら、3万歩近く歩いていた。
 翌朝は町のコーヒーショップでモーニングを食べたが、英語のメニューも置いていない。ほとんど英語が通じないところも気に入った。駅のそばのショッピングセンターにも行ったが、香港のナイトマーケットより面白いと思った。ホテルに置いてあった観光案内を見ると、近くに温泉もあり、楽しめそうである。これまで、中国に対してあまりいいイメージを持っていなかったが、旅行したらはまりそうな雰囲気である。中国語はあきらめていたが、今度こそ心を入れ替えて勉強しようと思う。京都に帰ってきたのは夜11時近くであった。ハードスケジュールで疲れきっていたが、今回の旅行はこれから中国語の勉強を始めるためのいい動機付けになった。今年の4月からはNHKの中国語講座の再チャレンジである。時間があったら、今度は中国の奥地にも行ってみたいと思った。

平成19年2月6日(火)

 先週の土曜日は京都精神病院協会の講演会があった。この会には毎回参加しているが、今回は精神療法と薬物療法についての話であった。最初は製薬会社の薬の話でしっかりと聞いていたが、途中からついついうとうとしてしまった。肝心の講演は目が覚めた時には手遅れで、内容はあまり印象に残らなかった。風邪は治ったが、まだ疲れやすい状態が続いている。講演会の後は懇親会で、テーブル席についての会食である。開業している先生や大学に属している先生は精神病院協会の会員ではないので、ゲストとして1つのテーブルが用意されている。私はなるべくこういう会には参加するようにしている。開業してからはなかなか学会には参加できず、いろいろな先生の講演を聴く機会も少ない。たまたま私の横に座っていた先生が、開業して9年になるが、まだ1回も学会に参加したことがないという。東山医師会の役員をしているので、他科の先生に会う機会は多いが、同業者と会う機会は少ない。また、いつも自分の医院の患者さんが入院の時にはお世話になっているので、病院との顔つなぎの役割も果たしている。
 もんもん質問箱にも書いているが、精神病院には精神状態の悪い人は誰でも無条件で入院できるわけではない。覚醒剤中毒やアル中などの薬物依存の患者さんや大量服薬やリストカットを繰り返す境界性人格障害の患者さんは難しい。統合失調症の患者さんでも、暴力的な人は断られることが多い。こう書くと誤解を招きやすいが、精神病の人はこわいということではない。もともと心優しき人も暴力的な人も等しくこの病に冒され、大部分の暴力的な人もこの病にかかると大人しくなる。それでも一部の暴力的な人は病気になってもやはり暴力的なままである。前の病院で患者さんを殴ったことがあるという患者さんは、いくら患者さんが入院を希望しても、精神病院には紹介しづらい。
 他県の精神病院に覚醒剤中毒で何回も入退院を繰り返し、東山区に転居してきた患者さんがいた。福祉の紹介で私の医院を受診したが、なかなか大変な患者さんである。単身生活なので、食事や睡眠が不規則になり、いつ破綻するかと毎回の診察がどきどきである。1度にっちもさっちも行かなくなり、懇意にしている精神病院に入院を依頼した。よく知っている先生に拝み倒して入院させてもらったが、拝み倒してもいつも入院を引き受けてくれるわけではない。入院しても病院の中でトラブルを起こさないように、それこそ「星に祈りを」の心境である。去年のゴールデン・ウィークにこの患者さんが以前にいた他県に行き、知り合いの所で大きなトラブルを起こした。私は休みの日でも医院に出てきて、書類を書いたりしている。かかってきた電話も居留守は使わず、必ず出るので、この時に知り合いの人から入院を依頼された。以前に入院していた病院に連絡を取ったが、当直の先生に入院を断られた。ゴールデン・ウィークが始まったこの時期はもうどこに頼んでも断られるのがわかっていたので、絶体絶命であった。それでも、なんとかこの危機は乗り越えたが、この時にはもうこの仕事はやめようかと本気で考えたぐらいである。
 他にも、コンビニ強盗やバイクにわざとぶつかって強盗をし、措置入院を繰り返していた境界性人格障害の患者さんがいた。精神症状が不安定で毎日のように私の医院を受診し、また強盗をするかもしれないので、入院先の病院を紹介してくれと頼まれた。この患者さんもどこの病院に頼んでも最初から入院を断られるのはわかっていたので、紹介状だけ書いて渡した。「入院させてくれないと、また強盗をするかもしれないし、人を傷つけるかもしれない」と精神病院の先生にさし迫ったらしいが、案の定断られている。今は服役しているが、この患者さんも大きなトラブルや破綻をきたさないように外来で支えていくのは身が細る思いであった。どこの心療内科でもそうであるが、不眠症やパニック障害、うつ病の患者さんばかりでない。数は少ないが、大変な患者さんがいて同じ地域に住んでいると、どうしても地域の医療機関が支えていくしかない。精神病院はいつもベッドが詰まっていることも多いので、この日はお世話になっている先生に挨拶もした。
 人間関係を保つということでは、最近有罪が確定した佐藤優「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社)の中にロシア流の人脈の築き方が詳しく述べられている。ロシアの酒飲み政治家は酒を飲まない者は信用しないという。エリツィンのサウナ政治も語られているが、側近たちとウォッカを飲んでサウナにはいり、食事をして、またウォッカを飲んでサウナにはいることを繰り返す。5〜6時間かけて1人3、4本のウォッカをあけるという。そろそろお開きという頃に、側近たちは懸案となっている人事や大統領令について相談して、自分たちの都合のいいように決めてしまう。全く酒の飲めない日本の外交官も出てくるが、ロシアの要人との会談では、勧められるままにウォッカを飲みほし、ぶっ倒れている。この著者も、主任分析官であったが、ロシア人との人脈作りのために、失礼にならないように、飲めない上司の代わりに次から次へと注がれるウォッカを飲み干している。外交といっても全く洗練されていなく、ロシアの要人との信頼関係を作るには浴びるほどウォッカを飲まないといけないらしい。人間関係を保つことから話ははずれるが、ダカーポを読んでいたら、この本は平成16年の新聞・雑誌の書評担当者が1位に選び、私はまだ読んでいないが、去年の1位でもこの著者の「自壊する帝国」(新潮社)が選ばれている。著者は自分の逮捕を、国策捜査として地検特捜部を糾弾している。自分にとって都合の悪いことは触れていないかもしれないが、地検特捜部の方が自分たちの面子を保つために逮捕して無理に有罪にしたのではないかと思わせる内容である。その点、ホリエモンに関しては、東谷暁「金より大事なものがある 金融モラルの崩壊」(文春新書)を読むと、明らかに有罪ということがわかる。この本を読んでいたら、経営の神様といわれたGEのジャック・ウェルチも虚業でお金を稼いでいたにすぎないと思えてくる。
 さて、日曜日には朝から京都みなみ会館に「ダーウィンの悪夢」を見に行った。タンザニアのビクトリア湖のそばの都市ムワンザのドキュメンタリーである。ここに詳しく紹介したいが、書くスペースもなくなってきた。貧困、AIDS、娼婦、ストリートチルドレン、ロシア人パイロット、巨大淡水魚ナイルパーチなどが織り成す一大物語になっている。映像も印象深く、今度は全く眠らず最初から最後まで見た。観客は15人ぐらいしかはいっておらず、薄着で行ったので館内は少し寒かった。いい映画であったが、こんな広い京都でもこの映画を見るのは数百人ぐらいしかいないのは残念である。午後2時からは、国際交流会館でまたカウンセリング・デイがあった。私の担当はメンタル・ヘルスであるが、5時まで拘束され、その後みんなで1時間の話し合いである。そろそろ誰か他の精神科医にかわって欲しいと思う。唯一の収穫は、英語の通訳の人がボランティアとして来ていて話していたことである。プロの通訳は普通はボランティアとしての通訳はしないそうである。私の場合はわずかに謝礼は出ているが、なんとなくわかるような気がした。

平成19年1月30日(火)

 先週の土曜日は精神科医会が市内のホテルであった。今回の講演の題名は「自閉症とアスペルガーの再考」についてであった。アスペルガー障害は、最近は奈良の医師宅放火事件や宇治の塾講師による生徒の殺害事件などでますます注目を浴びるようになった。あちこちで講演を聴くようになって、私の中でもこの疾患概念がようやく形作るようになった。他にも、最近世間を騒がせている少年・刑事事件があるが、ほとんどのケースでは、事件が起きるまでこの障害にかかっていることが誰にも気づかれず、事件が起きてようやく精神鑑定などで診断がついている。前にも書いているが、一部の児童精神科医を除いて、大部分の精神科医がつい最近までこの障害については知らなかった。神戸の小学生連続殺人事件の時に高名な精神科医が少年Aを精神鑑定をしているが、アスペルガー障害とは正しく診断できなかったぐらいである。「一見正常のようで、どこかが変」ということの詳しい内容が、専門家によってひとつひとつ具体的に説明され、よく理解できた。誤解を招くといけないので断っておくが、アスペルガー障害を含む広汎性発達障害の人は危険だということではない。この障害に対する周りの人の無理解のため、追いつめてしまって、結果的に不幸な事件が起きてしまっている。周囲の空気を読むことができないとか相手の立場に立って考えることができないのは、自己中心的で冷酷だからでなく、生まれつきの脳の障害でそういう能力が充分に備わっていないからである。講演の中で、アスペルガー障害を特集したTV番組を見せてもらったが、この病気についてわかりやすくまとめてあった。こんな特集が、毎日TVの「ちちんぷいぷい」中で紹介されていたなんて知らなかった。しっかりとした内容で、ワイドショーだからと言って決して侮れないと思った。
 講演会の後は懇親会である。私は翌日の日曜日に精神神経学会の専門医の面接試験があったので、すでに受けた先生からその内容について聞いた。精神科医は厚労省が与える国家資格の精神保健指定医があるので、精神神経学会では長い間専門医制度がなかった。今回専門医制度ができたが、すでに経験を積んでいる先生は過渡的措置で、3症例のレポートの提出と面接で専門医の資格が与えられる。面接試験はレポートを書いたのが本人かどうかの確認程度と聞いていたが、年齢のいっている先生にはこの面接試験の評判は悪かった。公平を期すため、関西地区以外の先生が3名面接官として出て来るが、中には昔教えた先生が教授となり、自分の面接官となった先生もいた。教え子の教授は遠慮してあまり質問はしてこなかったそうであるが、他の2人にはいろいろ聞かれて「ムカッ」としたという。みんなベテランの先生なので、自分より年下の先生に根掘り葉掘り聞かれるのは、頭にくるらしい。私も翌日面接試験を受けたが、1人10分ちょっとぐらいで、3人の面接官は私と同じぐらいの年代であった。レポートの内容について質問してくるのであるが、面接官が1つの症例について統合失調症を発病する前のことをあれこれ聞いてきた。こちらとしてもそれほど重要でないので、あまり詳しいことを患者さんから聞いていなかった。数年前のことを必死で思い出しながら、苦し紛れに答えていた。私はそれほどでもなかったが、中には「ムカッ」とくる先生もいることがよくわかった。この専門医の資格については、もう取らないという高齢の先生も多い。京都第二赤十字病院のT部長がこの面接官をしているが、他の先生の話ではこの面接官の仕事も忙しくて大変らしい。
 外来で新婚の患者さんや、離婚した患者さんなどを診ていて、健常者とアスペルガー障害の隔たり以上に、男女の隔たりを感じることがある。家内と生活していても、全く別の生き物ではないかと思う時もある。この手の本ではアラン・ピーズ「話を聞かない男、地図が読めない女」(主婦の友社)が有名であるが、ボーボワールの「女は女として生まれつくのではなく、女としてつくられる」という言葉が意味をなさないほどに男女の差が生物学的に明らかにされている。少し前に、姫野友美「女はなぜ突然怒り出すのか?」(角川書店)も読んだが、精神科医でもこの程度のことも知らない人が多いのではないかと思う。女はただ話を聞いてほしいだけで、解決策を求めているわけでないと言われても、理解できる男はどのくらいいるだろうか。男の浮気を嗅ぎつける能力も、もともと女に備わった五感の発達によるものとは知らなかった。アスペルガー障害の特徴として、共感性の乏しさがあげられているが、男女の仲での共感性の乏しさの方が深刻ではないかと思う時もある。今時「男は仕事で、女は家庭」といったら怒られてしまいそうであるが、最近は不況も重なり、男の方がこんな不公平な言葉はないと思うようになってきている。会社で朝早くから夜遅くまで過酷なノルマを課せられ、サービス残業で手当てもなく、うるさい上司からこき使われ、もうやっていられないと思っているサラリーマンも多いのではないか。自営業をしている人でも、不況で取引き先に何回も頭を下げ、あちこちを駈けずり廻っている人も少なくない。妻の方は相変わらず夫に対しては、「家庭を顧みてくれない」とか「忙しいのはわかるけれど」ぐらいしか思ってくれていない。男の方は家族のためにこんなに苦労しているのにと思っても、妻の方はあまり夫に対する共感性はないようである。反対に、育児のことで妻が大変だと言っても、夫の方も全く妻に対して共感性はない。お互いに共通しているのは、男ならどこの家庭でも文句も言わず会社に行っていると考え、女ならどこの家庭でも文句も言わず育児をしていると考えることである。だから、お互いが抱えている苦労については当たり前と考え、そのまま思考停止の状態となる。しかし、私が男だからというわけでないが、育児はある程度したら子供に手がかからなくなるが、仕事は一生続けなければならないし、年齢とともに厳しさを増してくる。専業主婦をしている妻を見ていると、どう考えても妻の方が楽をしているような気がしてくるが、私の妻に対する共感性のなさのせいであろうか。

平成19年1月23日(火)

 先週はある患者さんの娘さんから医院に問い合わせの電話があった。母親が少し前に亡くなったという。大量の薬を飲み、病院に入院したが助からなかったという。母親の携帯電話の履歴を見たら、最後に私の医院の電話番号があったらしい。その日は成人の日の後で、正月休みや連休の影響で、外来は忙しかった。患者さんから電話があったのかさえ、あまり覚えていない。前にも書いたように、私の医院にかかってくる電話はすべて私が取っている。ちょっとした問い合わせぐらいの電話だと、数も多いのでしっかり内容も覚えていない。たまたま、1人調子の悪い患者さんがいて、今は少しましになってきたが、この時には1日10回以上診察中にもかかっていた。たぶん、「今、混んでいますか?」というぐらいの内容だったと思う。「きょうは混んでいる」と答えたのだろう。カルテを見たら、ふだん点滴をやったこともない患者さんが、1週間ほど前に抗うつ薬の点滴を希望して受診している。もしかしたら、この日も点滴を希望して電話したのかもしれない。その後大量服薬して、帰らぬ人となっている。この患者さんは比較的長いつきあいで、年代的にも近く、打ちとけて話もできていた。患者さんも心を開いて医者を信頼して相談してくると、こちらも親身になって相談に応じる。大量服薬の場合は、死にたいという強い意志よりも、今苦しいのでとにかくこの意識を消したいという願望が強い。意識不明になっても、目が覚めると、こちらが拍子抜けするほどけろっとしている患者さんもいる。娘さんには大変気の毒なことをしてしまったと思う。将来結婚して、自分の子供に熱が出た時には、ちょっとでも面倒をみてくれる母親がいた方がいい。患者さんの家族も私も、まさか亡くなるとは全く予想もつかなかった。
 去年の秋にも、1人患者さんが亡くなった。この患者さんも比較的長いつきあいで、まさか首を吊るとは予想もしていなかった。高齢の女性で、不眠と身体のだるさが訴えの中心であった。不眠は薬で改善するが、身体のだるさはありとあらゆる薬を試したが、あまり改善しなかった。それでも、何かあると1日何回でも電話で聞いてくるような人であった。「夜がまた寝にくくなったが、レンドルミンを半錠増やしても大丈夫かと」いうような内容で、「大丈夫」と答えても、「本当に大丈夫か」と何回も確認の電話がかかってきた。自殺者数が年間3万人を超え、自殺の予防が大きな課題となっている。精神科や心療内科で救っている患者さんも多いと思うが、それでも私のような専門医にかかっていても、こぼれ落ちてしまう患者さんもいる。いつも亡くなるのは、みんな予想もつかない患者さんばかりである。毎日朝から晩まで死にたいという患者さんを診ているので、年に何人かの患者さんは自殺する。医者としては毎回複雑な気持ちである。今回は2人とも何年も診ていた患者さんで、いつもと変わりない治療の中で突然起こっている。原因をあれこれ考えているが、はっきりしない。ただ、あまり改善しないからといって、自ら薬を減らすのはよくないと思う。一見薬の効果がないように見えても、薬を減らしたらもっと悪化する場合もある。この職業に自殺はつきものだと開き直ってもよくない。ついこの間まで話していた患者さんの死に接していると、人生の果かなさを感じるし、年齢的なこともあるが、自分の死も身近に感じたりする。
 きのうは息子の中学受験の合格発表があった。京都では有名進学中学校は2つある。そのうちの1つを第一志望にしていたが、不合格であった。京都には受験日の関係で3番手の中学校がないので、後は奈良か大阪の中学校である。奈良の3番手の中学校には合格したが、きょうは大阪の3番手の中学校の受験である。私の後輩や同僚でも、この京都の2つの中学に進学している子供が多いので、複雑な気持ちである。いつも息子にはどこでも好きな所に行ったらいいと言っていたが、いざ現実を前にするとやはり気落ちする。私は仕事が忙しくて、受験のことは家内にすっかり任せていたが、いくら専願で合格したら志望校に行けなくなっても、もう1校を全く受験しなかったのは納得がいかない。学校以外は朝から晩まで塾に通っていたが、人生はなかなか思い通りにいかないものである。それでも、いくら嘆いても現実は変えられないので、すべてを受け入れるしかない。息子もそれなりに頑張っていたので、人生初めての大きな挫折であったと思う。ただ、将来はどうなるかわからないが、娘は私に対して性格がきつい分、負けず嫌いで、いざとなった時の踏ん張りはものすごい。その点、息子は性格は穏やかでムードメーカーであるが、ケーブルTVでサッカーを見ながら勉強し、いざとなった時の厳しさが足りないような気もする。この仕事をやっていて、いろいろな患者さんを診ているので、いつでも人生はなんとかなるものと思っている。今は娘はダンスに明け暮れているが、息子は中学校ではサッカーでも何でも自分の好きなことをやって過ごしたらいい。医者の子供は経済的には恵まれているかもしれないが、子供にとっては、私の存在そのものが常にプレッシャーとなっているかもしれない。そういえば、電話をかけてきた娘さんも今年は受験だと亡くなった母親から聞いていた。人生最大の困難にもめげず、なんとか頑張ってほしいと思う。

平成19年1月16日(火)

 元旦にひいた風邪がまだ治らない。身体がだるく疲れやすいが、相変わらずばたばたしている。今年はまだ新年の目標をたてていない。例年だと、今年はこれをやろうと決意も新たにしていたが、風邪のせいかもうひとつパワーが出ない。いろいろやりたいことはあるが、今年も時間がないとわかっているので、新年早々とあきらめムードである。
 日曜日は、東山医師会の新年会があった。今年は60周年記念を兼ねていたが、例年とそれほど変わりなかった。最初は木管アンサンブルの鑑賞である。去年とは違って、5人の男性の演奏である。私はクラシックについては全くの無知である。演奏する人が木管アンサンブルと言っていたが、どうしてフルートが木管なのかよくわからない。演奏はうまいと思うが、もうひとつピンとこない。クラシックといってもジャンルが広いので、私好みの曲も探したら見つかるのかもしれない。この前、ツタヤで久しぶりにエアロスミスのCDを借りて聞いたが、ぜんぜんよくなかった。エアロスミスは学生時代から知っているが、初期の作品はよく聞いていた。私はロックファンであるが、ロックなら何でもいいというわけではない。本当に好きなのはロックの中でもごく一部のロックなので、好みでない曲は聞くのが苦痛である。もしかしたら、へたなロックより、うるさくない分クラシックの方が聞きやすいかもしれない。
 60周年記念ということで、年配の先生が昔の思い出話などを挨拶で披露していた。高度成長期の医者の黄金時代には、東山医師会の各班の新年会はあちこちの班と重なり、芸鼓の奪い合いとなっていたという。お茶屋さんから大勢の芸鼓を呼んで、ハチャメチャの大騒ぎをしていたらしい。それこそ酒池肉林であったのではないかと、勝手に想像した。今は大病院となっている所も、みんな最初は小さな開業医から始まっている。それだけ経済がどんどんと大きく発展していった時代である。昔は老人の医療費は無料であった。それが、今は現役並みの収入がある人の負担は3割である。サラリーマンも同じようなものだったので、医療費についてうるさくいう人もいなかった。保険点数も高かったので、勤務医も今のように事細かに病院の経営についてうるさく管理されることもなかった。
 食事会で、同じテーブルに座っていた外科の先生が、これからは外科系は訴訟が多くなるのでだめだと嘆いていた。私が大学を卒業した昭和54年の頃は、外科の先生はさっそうとした姿で歩き、医学部の中でも花形であった。私の精神科の同期は今は立命館大学の教授をしているT先生だけで、入局したのもたった2人であった。当時の精神科は医学部の中では変わり者の集まりと言われ、医者としてもまともに扱ってもらえないぐらいの傍流の傍流であった。それが、今や「こころの時代」と言われ、他科以上にもてはやされるようになった。私が小学生の頃は、日本は繊維業でうるおい、これからは造船業が栄えると言われていた。時代と共に脚光を浴びる産業が変わり、20年後、30年後を予測することは本当に難しい。就職時に華やかし企業に就職しても、産業構造が変わると、負け組みとなって老後を迎えることになる。ニンテンドーでも、トランプや花札の時代に就職した人たちは今や誰がみても勝ち組であろう。医学部でもこれからはどこの科がいいのか予想が難しい。産婦人科が低迷し、精神科が今のように注目を集めるとは当時は誰も想像していなかった。私はこれからは外科系の科がまた勢いを取り戻すような気がする。今はだめでも、産婦人科も20年後の将来を考えたら有望だと思う。今は訴訟が多いが、将来は法律も整備され、免責になる条項も増えていくと思う。まさか、「お産は費用の安い中国で」とはならないだろう。再生医学も発展していくと思う。美容整形もまだうさんくささがつきまとうが、再生医学と結びついたら、各駅に1つぐらいできて、現在の精神科や心療内科以上に敷居が低くなるかもしれない。自分の胸も自己再生で大きくできるようになったら、何が本物で何が偽物かわからなくなるであろう。
 さて、私の診療所である。開業してからは右肩上がりであったが、去年は患者さんの延べ人数でいくと、前年より数十人ほど減っている。落ち着いている患者さんに4週間処方をどんどんと出したことも関係している。保険点数も下がったので、収入も数十万円ほど減っていた。新患の患者さんも東山区が多い。前にも書いたが、東山区は高齢者が多く、人口も少なくなっているので、内科などでは東山区にある診療所をたたんで、他区に移ってしまった先生もいる。人口の多い地区で開業した先生は勢いがあり、私も後輩に追い越されたりしている。実際には、患者さんを診察するには今よりちょっと多いぐらいの人数で充分である。しかし、東山医師会で他の先生と話をすると、年々患者さんが減っているという話をよく聞く。近くの商店街を歩いていても、お年寄りばかりで開業する場所を間違えたかなと思う時もある。私の医院は伏見区に近いのでまだましであるが、祇園あたりの中心部では大変らしい。選んだ科はよかったかもしれないが、開業する場所を20年予測して決めるのは難しいと思った。

平成19年1月9日(火)

 海外では風邪にかからないように気をつけている。昔タイで一晩中冷房をかけていて、ひどい風邪にかかり、それからは夜間はどんなに暑くても冷房は消して寝るようになった。今回はまったく風邪の兆候はなかったが、元旦の朝起きたら、のどが痛かった。あわててうがいをしたが、もう手遅れである。前日の夜は歯を磨く時に念入りにうがいをしていたので、どうしてかかったのかよくわからない。外は30℃を超え、風邪をひいているような人とも接触していない。私の風邪はいつもパターンが決まっていて、最初にのどがやられて次に鼻にきて、鼻水が止まらなくなる。2〜3日で治ることはなく、最低でも2週間近くはかかる。今日で9日目であるが、まだ鼻水や咳が止まらず、鼻の皮はティッシュでこすれ、赤く擦りむけている。
 2日の夜遅くに帰国したが、自宅にはすぐ帰らなかった。息子が今月の20日に中学受験があるので、風邪をうつしたら大変だと思った。京都駅近くのマンションで1人で過ごしていたが、体調が悪い時に1人で過ごすのは大変である。独身の人が結婚に踏み切る大きなきっかけは、病気でダウンしている時の孤独感だということが身にしみてよくわかる。結局2〜3日で自宅に戻り、夕食以外の時はマスクをしている。私は土曜に外来があるので、成人の日を含めて2連休であったが、年賀状の整理やその他の雑用でゆっくりと休んでいる暇もなかった。郵便物でも20〜30通溜まっていると、いちいち開けて中の内容を確認するだけでも大変である。京都市に医療機関として自立支援の適応を受けるための書類を提出しなければならず、他にも書く書類が山ほどあり、少しうんざりした。精神科関係の自立支援のための診断書を書くには、精神科医としての経験が必要である。今回送られてきた申請書には、どこそこの病院でどんな身分でどれだけの期間精神科をやっていたかを書かなければならないので、内科系出身の心療内科の先生大変だと思った。
 外来は5日から始まったが、親兄弟などが海外に出かけていた人も少なからずいた。年末にあごをはずし、救急病院はどこも断られ、やっとおじいちゃん先生にあごの関節に入れてもらった人がいた。今の若い医者はすばやく傷の処理はできても、こういうのは苦手なのかもしれない。大晦日の日にマンションの鍵をなくして、大変だった人もいた。わずかな隙間からなんとかマンションの中に入り込んだというが、どんな隙間かと思う。しかし、自分の部屋の鍵は開かないので、鍵屋を呼んだという。少し前に別の患者さんが、マンションの部屋のドアが開かなくなり、同じように鍵屋を呼んでいる。この時は原因がわからないが、部屋の中から押してひっかけるU字型の留め金がひっかかり、外から開けれなくなったという。どうやってやるのかわからないが、鍵屋の人はわずかなドアの隙間から紐みたいな物を入れ、あっという間にはずしてしまったという。今度の場合は、ドアスコープを外し、そこから針金みたいなものを入れ、鍵にひっかけてこれも数分で開けてしまった。鍵屋恐るべしである。私の京都駅近くのマンションは日中は管理人が常駐し、入り口に監視カメラもついているが、心配である。サムターン回しができないように防備しているが、ドアスコープはそのままである。心配になって確認したが、どう考えても外から簡単に外せそうもない。外しやすいある特定の型があるのかもしれないが、それでも、プロになったらどんな方法を思いつくかわからない。このマンションは家族以外誰も訪れないので、早速内側からドアスコープを封印した。年末の東山医師会の班会で話をしていたら、自宅に2回ドロボーに入られた先生がいた。2回目は警備会社のセキュリティ・システムを入れていたが、警察が駆けつけるまでの数分間の間で家の中を物色されている。
 前にも書いたが、インフルエンザ・デプレッションという言葉もあるように、風邪をひくと私はうつになる。きのうは生きているのがいやになるほど辛かった。古い手帳から新しい手帳に予定を書き写すのも死ぬほど面倒臭かった。ある患者さんが、元気で頑張ろうという自分ともう死にたい自分がいて、自分でもどうなっているのかわからないと言っていたが、その気持ちもよくわかる。きのうは、早々と家に帰って、前に借りてコピーしていたDVDを見た。題名は「かもめ食堂」である。京都に映画が来ている時には評判がよかったので見に行こうと思っていたが、いつの間にか見逃していた。地味すぎる映画かと予想していたが、やはり予想通りで、ゆるゆるの話の展開で、何も事件らしい事件がなく終わる。フィンランドで日本食食堂を経営する女主人と店を手伝う2人の女旅行者が出てくる映画であるが、フィンランドの雄大な景色が出てくるわけでもなく、食堂を中心に淡々と話が進む。フィンランド政府が協力しており、フィンランドといっても、ムーミンの故郷ぐらいであまりなじみはない。最後のエンディングで歌が流れてきて、いい曲だと思ったら、井上陽水の「クレイジー・ラブ」であった。誰の曲か知りたいと思って、最後の最後までテロップを見てしまった。こんなことを書いたら怒られるかもしれないが、この映画の中では、この曲の出てくる所が1番よかったような気もする。
 きょうは昨日とは見違えるほど元気になって、朝6時から医院に出てきている。外来は大勢の患者さんが来て忙しかった。昼食を摂る暇もなく、京都市の依頼を受けて、府立洛南病院に通報患者さんの診察に出かけた。なかなか診察を断れず引き受けてしまったが、今年も忙しい年になりそうである。

平成19年1月2日(火)

 年末年始は海外に1人で出かけていたが、京都に着いたのが2日の夜9時過ぎであった。医院に戻ってこの日記を更新する元気もなく、1日遅れてしまった。火曜日の更新が間に合わないのは、今年はこの1回だけにしておこうと思う。相変わらず、年末はいつもぎりぎりまで忙しく、出発前にあわてて荷物を用意したので、またヘアー・ブラシを忘れ、DVテープも忘れてしまった。しかし、本だけはしっかり用意し、飛行機の中で久しぶりにゆっくりと読むことができた。
 まずは、内藤幹弘「宝石の裏側」(新潮新書)である。最近の新書は適当な大きさで、内容も充実していて、旅行に持っていくにはぴったりである。少し前に買ってあったが、ちょっと読み出したら面白く、今度の旅行の時に持って行こうと思い、わざと読まずにいた。それほど、宝石について裏も表も書きつくしている。宝飾品の価値と価格についてはいつも疑問に思っていたが、いきなりティファニーのオープンハートが出てくる。店頭で買えば2万円はするが、原材料費だけ見た場合はわずか数十円、加工料込みでもせいぜい300円だという。貴金属の価格は重さと純度で決まってくるので、下取り価格はこの原材料費だけということになる。だから、宝飾品は買った時の資産価値はほとんどなく、投機の対象にもならないという。藤原紀香が5カラットのダイヤがついた婚約指輪をもらったが、その値段は2000万円もしたという。しかし、将来生活に困って売りに出しても、高級ブランドのデザインと加工費が大部分を占めているので、多分数百万円もしないダイヤの原材料費にしかならない。 じゃあ、宝石の価値は何かということになるが、資産価値でないことは確かである。
 また、宝石のほとんどが、色づけなどをした整形美人だという。ダイヤモンドは放射線照射によって色処理され、真珠も最初は黄土色で、アルコール系の液体で脱色し、ピンクホワイトの輝きに染色する。エメラルドはもともと結晶の中に亀裂が多く、サラダ油につけて緑に染めてしまう。テレショップにも注意が必要だという。お得感で飛びついても、大量生産された宝飾品に愛着感もすぐ薄れてしまう。「超目玉5割引き」「店じまい半値処分」と書かれたディスカウント品に手を出すことも戒めている。年末に家内とデパートに行ったが、1万5千円のネックレスを1万円の特別価格で売ってもらったと喜んでいたが、もう少し早くこの本を読んでおくべきであった。現地販売は安くないというのも、驚きであった。産地から1番遠い所がベストで、真珠の1番安い所は札幌だという。大分前であるが、伊勢志摩に行った時に家内に奮発して5万円の真珠のネックレスを買ってやったが、札幌で買わないといけなかったのか。今さら後悔しても遅いが、産地よりビジネス激戦地、激戦地より遠隔地の価格が安いというのは、宝飾品業界の常識だという。ダイヤモンドも同様の理屈で、アントワープやニューヨークより、東京や大阪で買う方が安い。海外に行くと、掘り出し物の宝石が安く手にはいるのではないかと思いやすいが、ほとんどが偽物か安物であるという。
 招待・接待販売の功罪についても、述べている。衝動、付き合い、義理買いは禁物である。女同士で行くと、ついつい豪華な周りの雰囲気にのせられ、友人や店員の手前断れず、高価な物を買ってしまう。展示会のメリットとしては、たくさんの商品に触れたり、装着したり、商品の説明を複数の専門家から聞くことができることだという。もう忘れてしまったが、林真理子か群ようこか誰かの母親が毎回着物の展示会に招待され、高い商品を買わされるとエッセイでぼやいていたが、家内をこんな展示会に1人でやったら心配である。そのかわり、宝石選びは男の仕事ととも書いてある。どういうことかというと、宝飾品は誰に買ってもらったのかが大事だという。また、ふだん生活を供にしている夫の方が、客観的に妻に似合う宝飾品を選べるという。宝飾品は単に女性のお洒落や自己表現だけに使用されるものではなく、贈り主の愛情を刻んで、パワフルなストーリーを奏でてくれる。宝飾品は、人生で起こったドラマを集約してストーリー化してしまうだけではなく、過去の印象的な場面を甦らせてくれる。ただ、お金だけ渡して、「好きなのを買ってきたら」ではいけないことがよくわかった。宝飾品にその人の人生が刻まれていくことなど、これまで想像もしていなかった。これからは、愛情といい思い出でだけが刻まれ、世代を超えて娘にも伝えられる宝飾品を選んで、家内に贈ろうと思う。
 次の本は手嶋隆一 佐藤優「インテリジェンス 武器なき戦争」(幻冬舎新書)である。元NHKワシントン支局長と外務省のラスプーチンと呼ばれ、背任容疑などで逮捕され、現在起訴休職中の2人の対談である。義務教育の間の「君が代斉唱」と「日の丸掲揚」を反対している人たちには是非とも読んで欲しい。君が代・日の丸問題については最近読んだ野田正彰「子どもの見ている背中ー良心と抵抗」(岩波書店)の書評を兼ねて、また別の所で詳しく検討したい。執拗に反対する人たちは安全な日本に住んでいて、井の中の蛙で平和ボケしてしまったのではないかと思う時もある。ヨーロッパに1年でも2年でも住んで見たら、いやでも国家とは何かということに対峙せざるをえない。さて、この本はスパイ小説よりも面白かった。ここでひとつひとつ取り上げて紹介したいが、書くスペースも無くなってきた。ソ連のアンドロポフが亡くなった時に、その情報を世界に先駆けてつかんだのは日本であったというのは初めて知った。相手国の情報源となる人物に対して、謝礼が必要なこともわかるが、表にできないお金をどこまで使っていいのか難しいと思った。今話題のイラク戦争における情報戦についても書かれており、表に出てくる出来事ばかり見ていても何もわかっていないことがよくわかった。最初から最後まで内容が濃く、日本を取り囲む世界情勢に関心のある人には絶対にお薦めの本である。

 

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